地球を愛の星へ

天之御中主からのメッセージ

天之御中主なり。

今日ここに、そなたたちの前に、我が言葉を聞かす時を持てたことを
心より喜び、天に感謝するものである。
この我が国土、大和の国日本において、この救世の大事業が行われることを
そしてその計画の難航を、今そなた方が救われんがために命を張り
頑張られておられることを、我は心より喜び、感謝いたす。

この神の国、日本において、我が国土は、和をもって旨とし
その神の神意をもってこの国を治めてきた。
この国土は、神の光の表現として、表れの姿としてその使命をいただき
その使命を果たしてきた。
しかし、この国をもって救世の大事業の拠点とされることを
上の神から申し渡された時
我が国土をここまで預かってきた者として喜び、心打ち震えた思いであった。

そなたたちは完全な日本神道というわけではなかろうが
この地球に生まれし、みな同じ神の子であるという思いの中で
その優秀な、その徳の高さにおいて
神仏より大いなる使命を与えられた者たちとお見受けいたした。

数々の試練、数々の失敗、挫折を乗り越え、心からの決意を胸に秘め
そなたたちがこのレムリアという、この我が国土における
最終救世事業に立ち会われたることを、我は心より喜び、感謝いたそう。

数々の外国の神々とも、今回の救世の事業にあたり、様々な情報を伺い
そして事情を聞いていた中で、我とて紫光線一筋というわけでもなく
紫を超えた数々の光線の神々と手を取り合い
この日本から、この大和の国を通して
この地球全体にかかる救世の大いなる希望といたす
虹をかける、夢をかけるために
我は力を尽くさんと、お誓い申し上げたものでもある。

そなたたちの使命を思うと、さぞかしたいへんな荷を背負われたと
たいへん心より同情申し上げるが
この時にこそ光一元、すべてにおいて正しいものしかないという
すべて神のものしかないという、圧倒的な信を抱かれよ。

数々の挫折を、生活を乗り越えてこられ、否定的な思いを持たれる
あなた方の心の弱さはわかるけれども
この地上において、人びとの迷いの想念ゆえに
悪というものがいっときの影のように現れているだけである。

それは本来影にして、光のもとにあるいっときの影にして
そなたたちは、その影を押し払うべくその光を発散させ
神の大救世計画を光り渡らすことにより、そなたたちは使命を全うされ
この地球を救われよ。
そのために我が国土を使われよ。

我らは天照たちとともに、この国土をそのような場に整えるがために
今までこの神の国を、神の国土を預かってきた者たちである。
そなたたちは少しもひるむことなく
我らがそなたたちの味方であるということを信じ
この日本からの救世事業を、けっして失敗させてはならぬ。
魔のようなものに心を弱くさせられ、転覆させられるような
そのようなひ弱な計画であってはならぬ。

我が神道は、この地上には、この宇宙には神の思いのみがすべてであるという
絶対的な信がある。
神の光こそがすべてである。
それ以外のものは迷いであり、影であるというその思いがある。

今は確かに、数々の迷える者たちがいて、そなたたちの足を引っ張り
数々のトリックがあったかもしれないけれども
第一、第二の計画の失敗をもって失敗であるとは言えないと思う。

神はそなたたちを用意された。
そしてその救世の大計画により
最終的な救済事業を打ってこられたということを
我は心から感謝し、喜び
そしてこの大和の国が、またひとたび神のお役に立てるということを
心から感謝しているものである。

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そなたたちの警護には、我らが日本神道でも
「裏神道」と呼ばれている者たちが立っている。
そなたたちはとても不思議に思うかもしれぬが
今まで日本神道という、この大和の国は
大和の国という中において、自己完結した、ひとつの世界を続け
その伝統を継承し
我らは一筋に、この日本という国を守るために頑張ってきた。
しかし、この事業により、数々の外国の神々との接触の中で
特にこの計画の中におき
他国の神々との接触が、情報が与えられることにより
この大和の国を本来のあるべき姿に戻そうと
やっと我々がこの神国として預かってきた場所が
ほんとうの意味でここが光の灯台として
神の言葉を世界中に知らしめるその灯台の国として
その使命を仰せつかった。
そのまさに使命を果たさんが時に至ったということを
自覚しているのである。

先ほどから、明治維新の志士と言われている者たちが
今まで出てきたであろう。
彼らが努力をして、今日の近代国家というものをつくってくれた。
我から思うのなら、数々の不服があるにも関わらず
やはり今日、日本というものが
世界の有数の文化レベルにおける指導国のひとつになってきたということは
彼らの助力を抜きにしては語れないものだと思っている。

しかし、我が日本神道の思いの中には、単に近代国家にするだけにはあたわず
この日本という国を通して
本来の神の御心というものをこの地上に発信していく
そのような霊的な磁場にするために
この国を預かったのであるという自負心がある。
そのことを思うのであるならば、そなたたちは、これを霊的な磁場とし
今霊的な巫女が降りられることにより、ここの国を通して
霊的な天上界の扉が聞かれた窓口として、この磁場を使われよ。

今この磁場はたいへんな結界の中において守られ
霊言を降ろすにも容易な場となっているはずである。
今は日本神道だけではなく、表も裏神道の者たちが警備にあたり
そして外国の警備にあたる者たち
そして外国の神々と呼ばれている
今回の救世の事業の責任者と呼ばれている方がた
そのような方がたとも日夜、我は話し合いをし、次の計画を考えている。

この国をもって霊言を降ろすという磁場に与えられ
そして数々の、今までにないような神々の霊言が降りているという事実。
それを書籍とし、この日本からインターネットというものを通して
世界中に発信するであろうという
そのような天上界の計画があるということをもって
そなたたちは今の任にあたらねばならぬ。
まさにへそのような国、この神国日本を
無事にその使命を全うさせていただきたい。

今、天照が下生するのでもなく、卑弥呼が、日向が下生するわけでもなく
今この方が神より与えられて、今この日本に降りられ
このような任にあたっている。
次に、我らが日本神道、最も敬愛する、孔子と呼ばれる
セラビムと言われる方がおいでになっておられる。

そのセラビムを
この日本の地にお預かりしているという光栄に浴するということ。
そのことをもって、我はたいへんな幸せを感じている。
何よりも、セラビムをもって九次元指導霊とし、この日本の地におき
最終ユートピアを建設せんがための、この大計画が実行されるということ。
執り行われるということ。
そのことをもって我が日本神道は、最大の名誉といたすものである。

そなたたちにはわかるであろうか。
我らがこの国土を守ってきたこの教えの中において
この孔子と呼ばれる方がこの日本という地を使われ
この地球をまとめていかれるということ。

その場所に、そして今までなかった
かつてよりの霊言というものが降りる場として
この小さな島国日本というものが神より与えられ
お遣わしいただくということ。
このことをもって我が幸せと、心より思うのである。

そなたたちは、我らが主、エル・ランティ、高橋信次により
そしてエル・カンタラーにより
数々の知識を積みあげてこられた方がたである。
数々の知恵を、知識を胸に秘め、パーニャパラミタを開き
そして今の時代の使命における、そなたたちの使命を実行されよ。
そなたたちの足を引っ張る、反乱分子と呼ばれている者たちが現れることは
光の使者としてはいつでもあること。

セラビム:地球霊界九次元霊の一人。現代日本の他に中国では孔子として
     肉体を持たれたことがある。
     天上界では紫色光線(礼節と秩序)を担当している。

(2005.4.16レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-10-20 19:35 | 天之御中主 | Trackback | Comments(0)

カイトロン(ニュートンの本体意識)からのメッセージ(8)

信仰と科学ということは、けっして相反する別々のものではありません。
そのように思いこんでいるだけなのです。
真に歴史を推進してきた天才的な科学者たちは、常に深い信仰心の中にあり
天上界の指導言のインスピレーションのもとに新たな法則を発見し
人類の歴史を前へ、前へ動かしてきたはずなのです。
それには、信仰心が欠如してはならないのです。

深い、神に対する信仰心、謙虚に、無邪気に、子どものような気持ちで
神の前に自らを捧げていく心。
唯物思想で凝り固まり、我こそは世界一の天才であるというような心の者に
神からのインスピレーションは降りないのです。

逆に、欲にかまけ、尊大な、天狗になった者を指導しようとする
魔界の者たちがいるのです。
自分たちのエネルギー源を、地上の悪想念の中から供給して
地獄を動かしている連中。
その者たちのエネルギーは、常に地上の者たちが憎しみ合い
いがみ合い、傷つけ合う、そういった悪想念により生まれます。
地獄界のエネルギーは悪想念から生まれるのです。
だから、彼らは、地獄を円滑に運営するために
地上の者たちに積極的に憑依し、その者たちを悪想念で満たし
そして、物質的な科学者たちを、狂った方向に向け
大量虐殺の兵器を発見させたりするのです。

今回のように宗教という名のもとに起こっている戦争を
裏で操っているのは魔界の者たちなのです。
けっして、マホメットはあんなことは言わなかった。
「子どもたちを殺せ」なんてことは言わなかった。
でも、阿修羅界の気持ちのなかに
アラーの名を使い、マホメットの名を使って
魔界の者たちが暗躍し、大量殺人をさせようと画策しているのです。

そして、彼ら、狂った科学者たちが
ミサイルや原子爆弾、水素爆弾などを次々と発見し
それを使って宗教の名のもとに殺し合いをさせ、人類を滅ぼそうとする。
お互いが殺し合ったとき、人びとのなかに
神に対する絶望と不信仰が生まれ
裏切り、絶望が、どれだけこの地上に満ちると思いますか。
それを、サタンたちは狙っているのです。

そのため、常に神からのインスピレーションを得た科学者たちと
地獄からインスピレーションを得た者たちと
科学者同士のなかにも、そのような引っ張り合いがありながら
科学を進めてきているのです。

唯物思想だけで、目に見えない神など一切信じられない
目に見え、実験に裏付けされ
数式でのみあらわされたものだけがすべての真実であると思うような
科学万能信仰のなかで進んできたこの世界的文明-、
アトランティスの最後のときも、そのような波動にありました。
そのときに、常に科学をリードしてきたのは、狂った科学者たちです。
サタンが、魔界の者たちが常に指導した者たち。
そして、アトランティスのときは魔界の者たちが勝ったのです。

大陸を滅ぼすはどのものすごい科学技術を使い、悪想念を満ち満たさせた。
多くの人びとに、悪想念とともに絶望感を与えるということは
神の名のもとに殺し合いをし、戦争をするということです。
みごとにそこを突かれているのです。
そして、そのポイントはどこか
核エネルギーの使い方だということを私は言っているのです。

核エネルギーだって、本来、そのものは何も悪いものではない。
それは、原子や、核反応、核融合反応などの自然の摂理のなかで
当たり前にある法則なのです。
そのもの自体は少しも悪いものではなく、それを使う者の気持ち
使う者の心がけにより、両極端に分かれていくということ。
それが科学の両面であり、人類の最後、総決算の課題でもあるのです。
それは、けっして、ひとつの宗教の中だけの問題ではない。
科学も、遺伝生物学のことも、遺伝子操作を行ったりして
濫用しようとしている。
それも、現代のバペルの塔であり、パンドラの箱かもしれない。
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我々は見ているのです。
それを、あなた方がどうするのか。
自分たちの自我我欲、自己実現のためだけに
遺伝子までを操作するのかということです。
そこまでして、自己実現を、子どもを産み、女の子や男の子が欲しいと
そこまでするのか。

それは神の領域です。
そんなことを続けていては、そのうち、おかしなことが起きてくるでしょう。
「そこまでいかなくては、あなた方人類は学べないのか」と
神が人類に問うているのです。

だから、科学というもの、まあ、生物とか
そういう自然科学もすべて含めてですが
こういう領城が、けっして、信仰、宗教の対極にあるものだというふうには
お考えにならないでいただきたいのです。

私たちが、宇宙人としてこの地球に来たとき
地球に来るという、肉体舟をもってこの地球に来た
その科学技術レベルにあるということは
すでに今のような問題を越えて来ているということなのです。
だから、自分たちの科学技術を用いて、大船団を率いて他の天体を侵略したり
自分のものにしようなどという気持ちは持っていません。

呼ばれていく惑星への愛のメッセンジャー
美のメッセンジャーとして協力するために、大船団を組んでやって来たのです。
その調和された気持ちがあればこそ
科学も、芸術も、すべてが神の表現媒体として、惑星を彩り
惑星で修行する神の子科学というものにはあって-、
まあ、芸術もそうですが、私の専門であります科学の
シルバー光線の者の使命なのです。

だから、天上界におりますと、飛行機いらないでしょ。
別に、あなた方が発明、発見しているものが何もなくても
思いで、何でも目の前に出していける
そのような社会、世界が、天上界の世界ですよ。
それなら、なぜ科学があるか。
これを、よく考えてください。

我々のいる次元ので天上界から見たら、地上界において神の子が修行する地球
それを修行するために便利に、より快適な手段でもって
神の子たちが修行する場にするために奉仕している。
それが科学なのです。
神があって、信仰があって、そのしもべとして科学がある。
信仰や神の上に科学があるのではないということ。
科学は、神の意、神の意思を表現する、我々なりの表現媒体なのです。

(2004.9.19レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-10-18 05:51 | カイトロン | Trackback | Comments(0)

アミからのメッセ―ジ(5)

僕たちの星に輪廻転生はありません。
僕のお父さんが他の惑星に行っているっていう話、読んだでしょう?
転生輪廻っていうのが、すべての惑星に通じているのだったら
他の惑星に転生するときの時期というのが必要になっちゃうけども
そうではなくて、その、彼なら彼が持っている才能を
他の要請されている惑星で力を出して、お役に立てたいと思ったのならば
その惑星の人の肉体をまとうように転生してくるんです。

今回の、このA.Sさんも転生輪廻の流れの中で
ここに転生してきたというのではなくて
地球自体が、こういうステップアップになってくるから
この地球、長いことずっと、宇宙人として見守ってきたけど
最後、このステップアップの時に
地球人としての肉体を持って応援部隊で出て行こうと思うから
宇宙人の肉体を脱ぎ捨てて、地球人の肉体の中に入ってきた。

でも、それほど長いこといたくないから、やることを終えたら
さっさと自分たちの惑星にまた戻って来て、自分の肉体をまとうという
そういうふうな転生になっているんです。

だから、どうしても、確かに誰でも、得意、不得意があるから
皆さん方の言う、カルマというようなものは背負うかも知れないけれど
僕たちの気持ちになると、いいとこも、悪いとこも、個性として
それでも自分という魂を通して、少しでも必要とされる星に行って
できることでお役に立とうと、それならばどのような肉体を持って行った方が
いちばん好都合であるかということが前提です。

そして、皆さん方のような、と言ったら失礼ですけども
争いばかりを繰り返しているところに行って
いちばん警戒心なく受け入れられて
そして、いちばん、愛の本質というものを伝えることができるのは
たとえ、僕が何百歳、何千歳、何万歳であろうとも
子どもの男の子の姿をとって行くことが、いちばん抵抗なく受け入れられて
その我々が言う、愛の本質というものが
どういうとこに原点があるかということを伝えるのに
ひじょうに効果のあるそういうふうに判断したから
僕はこの使命をずっと続けている担当の者ですから
子どもの体を持つ惑星の者のところに行って転生し、この肉体を手に入れて
この肉体を使って、あなた方の星の中に、同等レベルの星に行って
今その使命を遂行している。
そのようなことなのです。

ですから、それは皆さん方が
まだ、その地球というものにとらわれているから
地球だって、最初エル・ミオーレという方ですか
その最初におられたときに、転生輪廻というのがなかったはずなのです。

ずーっと、永遠の命の中でというプログラムを組まれたら
進化、発展がなかったからということで
途中から転生輪廻というのは導入されたはずなのです。

その惑星、その惑星の中で、いちばんその星を進化していくには
そして、その指導霊たちの個性を生かして
知恵を出し合って、工夫し合って
新たな天地創造を始めていきながら、そこに新たな文化圏をつくっていく。
そのために尽力され、努力されてきたというのが
その惑星それぞれの歴史の中においての事実なのです。

ですから、たまたま地球というところへ
転生輪廻というものが途中から導入されて
転生輪廻という中で、個人、個人のカルマというもの、成長というもの
進歩、発展というものを繰り返すようにして修行していこうという
そういう形態をとられたのが、この地球なのです。

でも、他の惑星においては、そうしないところはいくらでもあるのです。
一日の昼と夜によって次元が違う、そういう肉体を持っている場所もあれば
やはり様々な価値観の中で
自分の、自分たちの神理というものを確立するために
特殊な肉体というものをつくり出しているところもある。

その期間限定で、何十年か経ったら、僕たちから見ると
たった数十年で肉体が衰えてしまうということ自体が驚きなのです。
ひじょうにカルチャーショックなのです。
神がつくりたもうた肉体というものが、そんな、八十年、百年ももたないで
老衰という形ですか、衰えてしまうというのを見ると
驚き以外の何物でもないのです。

そのような枠の中であなた方が修行しているという、でも、逆に短いからこそ
間違いなく上に帰って来られるチャンスが多くなるということも
なるほど、地球はよく考えたものだというふうに思って
見させていいただいているのです。
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ですから、あなたのおっしゃるように、私はこの仕事をするために
今のこの肉体を持ち
そして逆に言うと、惑星間であっても自由に転生していくことができるという
時がきたから否応なしに転生輪廻を繰り返すということの
もう法則の中からは、自由になっている。
そのような魂であるということは言えるのではないかと思います。

何か、うまく説明できたかどうかわからないんですけど
皆さま方がこれから、いろいろな方とコンタクトしていかれたときに
また別な形でアドバイスできることもあるかもしれません。

本に書いてあることは、いちばん大切なことは
ある意味で自動書記のような形で書き取らせたものもあるのです。
そうでなければ、子どもが一度聞いたことで
そのまま、あれだけの本の内容を覚えていられるわけはないのです。

書いてくれるという状況をセッティングするために
肉体を持って生まれて行ってそしてその状況がきたのならば
ほとんどこちらのほうからの自動書記のような形で
原稿を書き上げていったっていうのが現状なのです。
書いてる本人、気づかないだけなのです。
そうやって、連続ものが出ています。

そして、アミの名前が広がっていくのならば
それと同時に、こちらでも出てくるのなら
多くの人びとが共通認識のもとで、みんなで手を取り合うことができて
早く地球の一体化、統合化というものが
内側の地球系においても、宇宙系においても
ともに手を取り合う中で早く実現するのではないかと。
そのようなお役を、少しでもさせていただくのなら
僕は遠くの星から地球にやって来て
ほんとうによかったなあと思える仕事をできるのだと思います。

(2006.1.21レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-10-13 08:26 | アミ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(41)

レムリア・ルネッサンスは、けっして無理やり会員を増やしたり
売り上げや収益を上げるために
数々の物を売ったりとか、そういうことではなく
純粋に天上界からのメッセージというものを
地球の人びとに伝えていくということをもって
使命としていただきたいのである。

もう地球が今、最終的な土壇場の時にきているということ。
そのことを再三、我々は伝えてきた。
そして今、時を稼ぎながら、この第三の計画を発動し
そして、地球の神の子たちに対するメッセージというものを
そなたたちに編集していただきました。

一冊でも多く書籍を出し
そしてそれをもって日本の、世界の人びとに向かって発信していく。
そういう時がやってきたということを認識していただきたいのです。

この土壇場の時、人類はどちらの道を選択し
どのような計画、結果を生み出していくのか。
それがこれから問われる時代なのです。

我々のメッセージをただ一方的に受け入れて
地上の者たちが天上界のなすがままになる。
そのようなことが地上の、学びの場であるわけがなく
我々が伝えたメッセ―ジを
今度は地球の神の子たちがどのように受け入れて
どのように推し進めていくか。
それでこれからの、この地球の命運が変わってくるということ。
その時期がきたということなのです。

我々は精一杯、この者を使って、天上界からのメッセージを伝えてきました。
それをもって、あなた方がどのように多くの者たちに伝えてくださるか。
そしてそれを、書籍でも、すでに本屋さんに並んでいるのに
それをもって無視し続けるのか。

それとも、それを本来の学びの糧として
人類の宝として受け入れていく人類の姿があるのか。
そこが我々にとっても手出しのできぬ。
地上の者たちの、ひとつの試練の場所であると思うのです。

かつて、他の惑星においても
このような時期というのは平等にきているのです。
戦争という試練の前に
このような天上界からのメッセージというのが起きて
同じようなことを、我々のような救世主界というところから計画し
降ろしていく。

その時に、この最後、土壇場になったときに、どのような指導者が出るか。
そして、どのような指導者に地球人類がついていくかをもって
大体その星の命運というのが決まっている。
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そのひとつは、軍事的英雄が出るタイプ。
軍事力をもってひとつの神の正義、ジャスティスというものが
多くの人びとに受け入れられて
そして、自分たちこそが神を代表するものであると
軍事力をもって人びとを支配していこうと思うタイプに
人びとがついていこうとするか。

もうひとつは、神の子として、神の愛というものを説き続けることをもって
人類に、その星の人びとに
神の子であるという霊的な目覚めというものを通して
地球の人びとに、心の精神的な意昧での愛の革命を起こさせることによって
その惑星というものを神の星にシフトアップしていこうとする指導者が出るか。
だいたいその二つのタイプが出てくるのです。

まがい物は、たくさんいつの時代でも出るけれども
大体その大きな二つの流れがあるのです。
そして、それはどちらもが天上界より降ろされている流れでもあるのです。

それに対して、その惑星の
地球なら地球の人類がどちらについていこうとするか
それを選び取るか、それによって結果が変わってくるということです。

どれだけ兵器を持ち、核を待ち、力でもって人の心を支配しようとしても
力でもって神の正義というものを代弁しようとしても、人の心はついてこないし
そういうもので地球が統一され、統合され、次の段階に行けるような
愛豊かな、調和と慈悲に満ちた愛の星にすることは不可能であるということ。

ひじょうに遠回りのように思うかもしれないけれども
神の子であるという共通理念に訴えかけて、神の子である愛の思いという
すべての者たちの心の中に眠っている、愛の思いというもの。

そこにしっかりと目覚めるように訴えかけ、その惑星の者たちを
神の子という共通認識、共通価値観のもとでまとめ上げていく。
そういう道を示せるのが本来の救世主といわれる者たちなのである。

そして今、立ち消えかけたこの計画が
第三の計画によって引き継がれたということから
あなた方が世界人類を救っていかなくてはいかないかということは
おのずとわかるであろう。

そなたたちが精一杯頑張られたのであるのならば、それを受け入れる
受け入れられないということは、世界の人びとがどのような精神状態で
何をもって最大の価値観として、最終的に選び取ったかということによって
地球の今後の命運というのは決まるということなのです。

(2006.4.22レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-10-11 07:15 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(38)

結果はいいんです。
生きているうちの評価などどうでもいい。
それは、時間の流れの中で、振り返って言われることでしょう。
人の評価など気にしなくていいのです。
己の良心、神の子としての神性に照らし合わせて悔いがないか。
自分自身に悔いのない一生であったか。
愛を生きることができたか。
そこをもって、神の子としての修行の集大成が行われるのです。

いいですか。
今回のテストは、今世の修行は、集大成なのです。
トータルな意味で、愛を学ぶ最終的試験であるということ。
試験っていうと、また帰りたくなくなっちゃうかも知れないけども
それは別な意味でね
あなた方自身が、自分に課してきた課題だということだよ。

この地上で流されて終わるか。
自分のカルマの癖で、理念だけで終わってしまうか。
それとも、地上に、三次元に降りたのだから
「努力して、人生光り輝かせていきます。
救世運動の中、大いなる活躍をします。」と
約束して出てきているー
誓った内容をなせるかということ。
そのことが問われている。

いいかい。
この今、語っているときから、今日から、一日も無駄にしないこと。
生きている限り、愛を表現する者であること。
愛すること。
愛というのは理屈ではない。
自分の愛する者を、トータルに
いいところも悪いところも含めて受け入れて、愛し抜く。
これが愛の基本です。

それがわかったのならね
他の人類、他の国の人、他の人種
身分が違おうと、宗教が違おうと、文化が違おうと
あらゆる人たちに対して
トータルにありのまま相手を受け入れ
愛するということを学ぶことができるでしょう。
それを学ぶのが愛なのです。
それが人類にできていなかった。
それを学ぶ段階にきたのです。

ありのままに受け入れて、ありのままに愛し返していくということ。
相手を生かすためにがんばる。
それを愛の摂理というのです。
そうやって、あなた方は大宇宙の神に生かされているのですよ。
そうやって、僕たち天上界の者たちに指導されてきたということ。

あなた方の中から、七次元、八次元と上り
九次元が出ることを期待しています。
この理念の中で無限の努力を積み重ねていくうちに
地球系の九次元が出てくるのもそう遠くないと思っている。
九次元がどんどん誕生してる星もあるんだよ。
でも地球系で九次元まで行った者はないからね。
九次元の者が出てほしいなあと、僕たちは思っている。

九次元になるのは、そんな難しいことじゃないんだ。
愛をちゃんと学んだなら、地上で実現することができて
無限の愛を持つ、無限の愛と赦しを持てること。
それが、究極の神に至る道であるということ。
ただ、それを知って、行える者であるという、それだけなんだよ。
専門的なことを何でもかんでも知っているかというと
そういうわけではない。

愛が無限の赦しであるということ。
そして、無限に生かす愛であるということ。
それを理念だけではなくて、実生活の中で行うことができ
生き様としてあらわすことができる
そうなったときに我々から見たら
ルシフェル、サタンを赦せないなんてことはない。
彼もほんとうに、いたずらな、いたずらっ子ないとしい息子でしかないんだよ。
私から見たら、いとしい、いとしい息子。
他の九次元から見てもそうかもしれない。
僕にとっては、特にそういうところがある。

いちばん出来が良くて
いちばんきかん気があって、美しい、優秀な息子だった。
その息子が、父親に刃向かっている。だからといって
刃向かって、姿を変えてるからといって、父親が息子を切り捨てるかい?

そんなことはないだろう。
神が永遠の命を与えてくれた以上、私は彼が来るのを待っている。
もう一度父親と呼んでくれて、手を取り合って
彼といっしょに歩んでいける日を待っている。

ミカエルも待っている。
みんな待っている。
誰も彼を裁かない。
彼がやっていることも人類にとって、私たちにとって
大いなる学びであると思っている。
そういうふうに、彼を見守っている。
エル・ランティの意識として、彼を見守っている。
そういうところがあります。
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誰も、彼を悪だと決めつけ、悪を赦さないとか、そういうふうには思わない。
彼が撹乱しているせいで、ひじょうな迷惑をかけているのはわかるけれども
でも、そこから学んでいくのも、人類の英知の、ひとつのあらわれかもしれぬ。
彼によって撹乱されてしまうということは
ほんとうの意味での神理、愛、法が根づいていないということだから。
そう、僕は思う。

「彼自体のことも、ある意味で、すばらしい教材である」と
マヌ様がおっしゃった。
私もそのように思う。
そのように、他の九次元の方がたから見てもらえることをとても喜んでいるし
もともと私か連れてきた者だから、責任も感じるけれど
彼のことを、このようなことになってしまったゆえに
深い愛の思いで彼を見守って、待って、受け入れていきたいという思い
それは、前以上に深いものとして
彼に対しての愛が強くなっているのだと思う。

だから彼を裁くことなく、裁くことはたやすい。
裁くことは何の意味もなさない。
逆に、彼がいてくれたおかげで
私も、愛が何であるかということを深く学ぶことができた。
今回の件で、仏陀も、愛が何であるかということを深く学ばれることでしょう。
だから、この失敗は、一見
あなた方の世界から見たら、不手際と思われることかもしれない。
でも、永遠から見たなら、それも、魂の修行の段階であったということ。

ほんとうに学んでいたのなら、たとえば、あなた方がほんとうの意味で
高校生になっていたなら
掛け算、九九を間違えろと言っても、間違えられないでしょう。
でも間違えちゃうということは、それは、まだ―、
掛け算は、―の段から言っても九の段から言っても、ひっくり返しても。
言えるように、みんなやるじゃない。
2年生に習うっていっても、
3年生、4年生だとまだときどき間違えちゃうかもしれないけれど
中学生、高校生、大学生になって「九九を間違えろ」って
言うほうが無理だよっていうぐらいに、こなれてくるでしょ。
それと同じだと思う。

ルシファーが、ルシフェルが、多少のことを言っても
そのトリックにかかって、人類が文明を失敗してしまうのならば
ほんとうの意味では習熟していなかったということでしょう。
だから、「失敗したら、復習しよう」と
何度でも復習してきたのが人類の文明なんです。
でも、やっぱりいつまでも小学校にいてもしょうがないよ
中学校に行こうというのが-、
次はもっと、ピタゴラスの定理や二次関数
そういう、もうちょっと学問らしいものにいこうよと
九九は卒業しようと、そういう状況かもしれない。

だから、サタンが悪いとか、地獄霊が悪いって
エネルギー的にも引っ張られちゃうところはあるけれど
彼らを責めるのではない。
彼らが、自分の足腰を鍛えてくれるのだと思いなさい。
自分自身が学習していなかったところを気づかせて、学ばせてくれてると
足腰を強くしてくれるんだと思って、彼らを愛の思いで赦してあげて
彼らが愛の中に、光の天使として戻ってきてくれるときを待とうじゃないか。
それが、一切裁かずに、無限に赦しの中で受け入れていくということ。
受容するという、本来の神の大愛、自分たちが光の子として輝く道なんだよ。

けっして人を裁いてはいけない。
裁いたら、さばいた物差しで自分が裁かれると、イエス様もおっしゃっている。
裁くのでなく、彼らの苦しみを、彼らの位置を
彼らの状況をほんとうに理解して、赦して待つということ。
彼らの姿が見えたなら
もう二度と、あなた方は彼らのトリックに引っかからないでしょう。
それがわかるくらい学びなさいということなんだ。
それができれば、ルシファーたちのやることは終わっていく。

彼らも、反抗に使えるのは
ほんの一部の者だけであるということを学んでいくだろう。
多くの人々が彼らのトリックに惑わされなくなれば
彼らもエネルギーを失って、本来の姿に戻れるようになる。
そのことを私は思っています。

(2005.8.6レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-10-08 14:00 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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