地球を愛の星へ

サリエルからのメッセージ

わたしはインマヌエル、イエス・キリストのホワイト霊団の中における
医療関係の専門家としての役割を担っている立場にございます。
わたしは基本的にはホワイト霊団と呼ばれる
西洋医学と呼ばれている医療の専門家チームの中におります。

しかし、今この最終的な神様のご計画の救済計画により
西洋も東洋もすべてが一体化し、統合される時代となり
その中により、東洋医学、西洋医学も含めまして
人びとの人間の体というもの
そして精神の構造というもの
それらを両輪としてユートピアの価値として
方向性として位置づけていく、そのようなことが必要な時となり
そのようなことをお伝えさせていただきたいと思います。

西洋医学、東洋医学は別々のもののように発展してまいりましたが
しかし、それは西洋医学と呼ばれているものには
やはりこの三次元における、物質界というものの法則にのっとった
ルールの中における人体の仕組みというもの
それを科学的に明かしていかねば解決できぬという
そういう方向性が西洋医学の中にはございます。

そして、東洋医学の中には、メンタルという
人間の体の中には物質的な肉体をまといながら
そして中には霊体という、もっというならば霊魂という
メンタルな内的な魂の部分を持った
そういうものが一体化されてできているのが肉体人間なのであります。

その両方から救っていく。
両方から対処していくことをもたねば人間の体というものは
けっして救われていかないし、解決されていかない。
そういうものが三次元の肉体人間なのでございます。

それを、両方の面から追求していく。
人類が学び得ていくために、合理的な発想の中において
西洋医学というものが人体解剖などを含めまして
西洋医学の歴史というふうにもなっていき
そして人の心の深い所から、魂の部分によって肉体が影響を受けるという
メンタルな部分における精神的な発達というもの
そういうものを中心に発達させてきたのが
東洋医学の根源であったのだともいえるのだと思います。
ですから、東洋医学の原点においては
霊体というものが主に関心の中心にあると思うのです。

霊体というものは肉体人間が霊体というものを
死というひとつの端境期を通して肉体を脱ぎ捨てたあとに
霊体をもって我々の世界に戻って来るわけでございますが
それこそが本来の神の子、人間のいちばん神髄である部分
魂の部分、その部分を研究していくのが、神の子として
いかに存在し得るべきかということの観点から説いているのも
ある意味では、東洋医学の特色かもしれないと思うのです。

東洋医学を深く語るのは、わたしの立場にはあまりないのですけれど
わたしも多少、東洋のほうに出たことがございますので
少しこの際、お話しさせていただこうかと思います。

大きな流れにおいて、先ほどから申し上げているように
東洋医学と西洋医学とがひとつの接点を生み
統合されていくということをもって
最終的に何を伝えていくかと申しますと
それは神の子人間の現れそのものの姿を
人類が認知する段階にきているということなのです。

それはどういうことかと申しますと、肉体の生命波動というものが
肉体自身の波動は、この地上に生まれいでてよりの
先祖、両親から受け継がれた肉体的な諸条件というものがあるのです。

そして、それは先天的な、遺伝的なものに
今世、生まれて栄養を摂っていく
その生まれ落ちた場所の生命波動の影響をひじょうに受ける。
そして、その時代の生命波動を受けるということ。
その総合的なものの中により、肉体というものは成長して参ります。

それと同時に、魂自体が過去世からの縁生により
数々のひとつの癖を持って生まれて参ります。
そして、生まれ落ちた中において
今世、どのような課題を自分なりに解決し
到達した心境になっていきたいかということのテーマにより
その肉体というものも、ある程度、限定されて
影響を受けてくるということが事実なのです。

今世の結果、今世、何を得たいか、学びたいかということにより
あなた方の言葉でいうのならば
障害者という形によって生まれてきたほうが
今世、学びが深いという場合もございます。

そして、さまざまな肉体的な特徴というものも
今世においてどのように出たほうが
よりメンタルな部分で学びが深いかということをもって
肉体的な部分を限定し選び取り、それゆえに両親を選んでくるという
そのような選択、チョイスというものをしてくる場合があるのです。

そして、あなた方がいちばん考えなくてはいけないのは
肉体というものが、そのすべての幸せの究極的な価値ではなくて
それは健康というものが、神から与えられた最大の幸福の
至福の境地であるとは思うけれども、地上においてどれだけ神の子として
メンタルな部分で、その神の子としての霊的な意味で何をなせ
何を修行できるか、何を学び得るかということが、何よりもメインとして
いちばん大事なものとして
あなた方一人ひとりは計画を立ててくるということ。

その、いちばん学ばなくてはいけないということ
そして、学びたい個々の課題が違うということ。
霊的な成長ということが永遠の生命の中において
いちばん重大なことであるということ。
そのことがいちばん大事であるということ。

その目的を達成するために、この三次元の肉体というものが与えられ
選び取っていくものであるということを、あなた方は位置づけとして
しっかりわきまえねばならないとわたしは思うのです。

なぜならば、永遠の命というものを考えたとき
我々、霊天上界にいる者たちは、永遠の命があるということを
十分知っているのです。

そして、たとえ日常的な意味でのハンディキャップがあったとしても
この地上の三次元の生命を終えたのならば、天上界に帰って来て
そのすべての諸器官を復活し
また本来の霊人としての機能をもたらすのです。
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何ゆえにハンディキャップを持ち
何ゆえにそのような不自由な状態の肉体に入っていくかというのならば
魂の成長として、そのほうがいちばん次のステップに上がるために
そして、過去世の清算のためには、どのような状況で出るのが
限りある短い地上での生というものを通して、自己が成長できるかという
その観点にのみ集中して地上での、地上生活というもの
地上生命の計画を立てるのです。
そして、その計画を立てるのは誰でもない
あなた方一人ひとり、ご本人であるということなのです。

それを指導される方がたはおられます。
それは、それぞれの守護霊、指導霊といわれているクラスの方がたが
次の転生の中において
何をメインにするかという指導というのはされるのです。

でも、あなた方がいちばん大事なことは、霊的な魂の成長というものを
次に生まれていったときに、何を具体的にしていくかということを
いちばんの主眼として、メインとして
あなた方は計画を立てられているということなのです。

ですから、女性でいうのならば、美しく生まれたら幸せだったのに
と思われる方もおられれば、美しく生まれたがゆえに
過去世と同じ失敗を繰り返す
過去世において美しきがゆえに、多くの人びとをたぶらかし
自分自らの魂をおとしめていった者は、次に、ひょっとしたら醜い
人一倍、醜く生まれたく思うかもしれないし
そして、次にまた、ものすごく美しい女性として生まれてきて
ほんとうに魂がその段階を学び得たのかという
卒業試験のようにその美しさというものをもって
肉体を持って生まれてくる場合もあるのです。

ですから、けっして完全に、パーフェクトに健康であるとか
パーフェクトな美しさを持っているのが、その面だけをもって
肉体の一面だけをもって、完全にそのほうが幸せであると
そのように定義づけるのも
また早計なことであるかとわたしは思うのです。

それと同時に、世の中には生まれつき
ハンディキャップを持って生まれてこられる方がおります。
それは肉体的な意味、内臓的な意味
そして、生まれたときは全くハンディキャップがないと思われていても
ある年になって急に重大な病気が出て、自爆装置が働くかのように
一瞬にして亡くなっていかれる方がおられるのです。

その方をもって不幸とするか。
でも、それはその寿命の長さが数十年伸びたから、数年伸びたからといって
そのほうが幸せであったか、短いほうが不幸であったかということ。
そのことを、もっと地上の方がたは考えなくてはなりません。

わたしたちの世界から見たのならば、三次元というところは
地獄界と呼ばれているところに最も近いところでもあります。
四次元の地獄界の者たちが常に出入りをし、その波動を受け
自分がけなげにまっすぐに生きたいと思っても、おぞましい
汚い波動にまみれてしまうのが、あなた方が生きておられる三次元なのです。

そこにいつまでも長く生きていることをもって幸せとする
しがみついて、ボロボロの体にしがみついていることをもって幸せと思うか。
それとも、その時にやるべきことをやったら
とっとと我々の世界に戻って来て
より先の修行をしていくというほうが、より幸せと感じるか。
それは計画を立てたご本人が決められることなのです。

ですから、短くて亡くなるということ、若くして亡くなるということが
ある意味で無念さというものはあるかもしれないけれども
でも、それによって、魂を浄化させる場合もあるということです。

ハンディキャップがある方がた
いろいろな難病と呼ばれているものを背負って生まれてこられる方がた
その方がたは、あまり長生きできないことも多いかもしれない。
でも、逆に、長く生きないことが神の慈悲であったということも
あり得るのです。

そして、それをともに、支えてくださるご両親様
周りの方がたの援助を受けながら、自分は修行を進めていく。
受け止めている周りの方がたにとっても、たいへんな功徳を積まれる
大きな愛を介される、徳となられるということ。
でも、それを短い間に限定されて、ご本人も周りも
その徳を積まれて帰られることを目的とされている場合もあるのです。

ですから、ハンディキャップを負った子は生まれてこなくてよい子である
そのようなことはけっしてないということ。
誰一人として宇宙の中で、生命として存在し、必要なく
生まれてこなくてよかった
不必要な者など、何ひとつとしてないということなのです。
すべて命は尊く、神の愛により生かされております。
そして、そのシナリオを決めるのも、本人たちであるということ。

であるのならば、医療と呼ばれているものに
関わる方がたに申し上げたいのですが
それぞれの魂により、その目的は違うということを思われるのならば
ひとつの摂理の流れの中において
宇宙というのは愛の循環の流れの中に流れていくのです。

その時に、どうか、その時に座礁して苦しんでいる方がたに
愛という助け舟を、手を差しのべることはあっても
それをいたずらに引き止めたり
いたずらにそのハンディキャップを修行していく過程において
いたずらな哀れみというものを持ちすぎず、逆に背中を押し
「勇気を持って、頑張って乗り越えて行こうね」と
「あなたはそれだけ素晴らしい魂なのだよ」という励ましをもって
背中を押してあげられるような
そのような方がたになっていただきたいのです。

(2005.11.12レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-12-13 08:41 | サリエル | Trackback | Comments(0)

アモールからのメッセージ(11)

転生輪廻というものがあって、地上にいる間だけがすべてではなくて
転生輪廻の中で、今回の人生が駄目でも、執着や苦しみをつくらないで
次、来世があるよ、と。
そして、今世は今世でしかできないことを精一杯やって
学んで帰っていらっしゃい。
握り締めてはいけないよ、と。
人々の執着を晴らすために、転生輪廻の教えを伝えています。

あなた方は、もうそこを総合的な意味で、仏教だからこう
神道であるからこう、キリスト教だからこう、イスラム教だからこう
ということを統合し、根本的な地球神理をもう学ばなければなりません。
根本的な地球神理を通して、地球だけではない、宇宙を貫く愛の摂理
愛の神理を学ぶことにより、互いに傷つけ、憎み、悲しみ、苦しみにおいて
自らの魂をおとしめるようなことから、離れなければいけません。

愛というのは、何度でも申しましょう。
愛というのは分かち合いなのです。
母親の愛を見てください。
自分の子どもが、頭が良かろうが悪かろうが
姿形が美しかろうが醜かろうが
運動神経が良かろうが悪かろうが
才能があろうがなかろうが「かわいい」と一心に抱きしめる。
それが母性でしょう。
神の愛とはそのようなものです。
だから、あなた方が優れているから、優れていないからといって
神が差別されることはないのです。

なぜ悪人を生かし、
自分のように一生懸命がんばっている者が不本意に苦しむのかと
よく祈りの中で言われます。
でも、わたくしたちから見たら、悪党と呼ばれている
人を苦しめる者たちこそ、気づいてほしいと思う。
できの悪い子どもを抱えた親のような気持ちなのです。

ですから、地獄にいる者たち、魔王と呼ばれる者たちも
本来はすばらしい光の天使、神の子であったろうと-
神の子として、わたくしたちの世界にもう一度戻っておいで。
神は無限の時を与えておられる。
わたくしたちはあなた方が帰ってくるときを待とうと。
一切の裁きもなく、とがめもなく、ただ迎え入れるときを待つのです。
無限の赦しの中、彼らを抱きしめたいという
それは神の子ということではなくて、わたくしたちの仲間を待ち望む
ただ一介の友だちであるということをもって
彼らがわたくしたちの世界に戻ってくるのを待っているのです。

わたくしたちが上だから、下の者たちを迎え入れるという気持ちではない。
わたくしたちが上だから、あなた方より偉いというものでもない。
わたくしたちが、たまたまその役割に当たっているけれども
たとえ天国の、天上界といわれている、そのいちばん上にいるからといって
地獄のいちばん下にいる者たちに対して
優れているということではありません。
彼らは、たまたまそのような苦労のある、修行している身であって
彼らもわたくしたちの友なのです。
仲間なのです。

神の子としてともに手を取り合う
円いテーブルでともに手を握り合う者として
わたくしたちは彼らを見ているのです。
けっして、彼らを下であると思ってはいない。
だからこそ、無限に待ち続け、彼らが気づいてくれるときを
祈りながら、努力しながら、迎え入れる日を待ちわびている。
それが、わたくしたちの姿なのです。

もし、わたくしたちに彼らを裁く気持ちがあったなら
彼らは一瞬にして罪人になるのです。
あなた方地上の者たちは、「善・悪」という二元論で
自らの友人を、自らの環境自体に、裁きを与えているのです。
その中に、愛と赦しは存在しえない。
すべてに修行があるからこそ
わたくしたちの成長があり、学びがあるのです。

愛というのは、相手のその姿をそのままに受け入れ
「ああ、どうかいつか気づいてほしい」と祈り
その方がわたくしたちと手を取り合えるときを待ち続けるということ。
そのことに意味があるのです。

今、あなた方を傷つける者たちを
むやみやたらに引き入れろということではありませんよ。
その方たちといつか手を取りあえるときがくることを
ただ祈りながら、使命を果たしていきなさい。
焦ることはありません。
ときがきて、彼らと、必ずや手を取り合うことができるでしょう。
彼らも一生懸命やりたかった。
でも、理解できなくて、迷ってしまっただけなのです。

あなた方は、神の計画を地上で実行しておられる、大事なメンバーです。
使命を負っておられることを自覚して
あなた方はあなた方の道を歩みなさい。
あなた方の使命を通して、あなた方の生き様を通して
地上の者たちは、神とは何であるか。
神の使者とは何であるのか。
確かに神というのは臨在するのであると。
神の子の姿を通して、この肉体を通して
確かに神は存在するということを、多くの人々に知らしめる。
それがあなた方の使命です。
それが、愛そのものになるということなのです。
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あなた方が神の子である以上、宇宙を貫くすべての太陽
太陽には霊太陽というものがあります。
愛そのもので、生きとし生けるものをこの地上に生かしている力があるのです。
この物質界だけではなく、すべての生命の中に神の愛が流れている
「スフィア」と呼ばれている、霊の流れ、愛の流れがあるからこそ
すべての生き物が生きているのですよ。
地上のもの、草花一本一本においても、神の愛が宿っているのです。
鉱物においても同じです。
水においても同じですよ。
すべてに精霊が宿り、すべてにおいて、神の愛、神の霊が存在しているのです。

わたくしたちは人間という姿をとっていますけれど
根本的に、動植物、鉱物と同じである
同等であるという意識を持たねばなりません。
そうしたら、彼らに対する、いたわりや優しさ、感謝というものが
自然に生まれてくることでしょう。
身のまわりにある草花、花一本に対しても
「こんなに美しく咲いて、わたしたちをなぐさめてくれてありがとう」という
愛の思いが、感謝の思いが湧いてくるでしょう。
自らが愛の化身であるということを理解したとき
あなた方の心からただただ湧き出てくるのは、感謝の思いであるはずです。

この方が、いつも文章の最後に、必ず使うでしょう。
「愛と感謝を込めて アマーリエ」と、必ず書きますよね。
レムリアにはその教えがあります。
易しいように思うけれども、愛は、感謝と表裏一体なのです。
愛を理解した人は、自分が生かされている、愛されていると気づいたのなら
それは感謝という思いで、他者に対する愛として
発散されていかなくてはなりません。
それによって、愛が大宇宙を循環していくのです。

さきほども言いましたが、自分が愛を与えた者からだけ
もし百万円貸したとしたら
その人から返してもらわないとだめだ、と思ってはいけないのです。
その人は返してくれないかもしれない。
しかし、その人を赦しなさい。
そうすれば、ほかの方から返ってくる。
それが法則です。
だから、何も怖れることはない。
何も掴むことはない。
苦しむことはない。
他者を裁く必要もないのです。

他者に大きなマイナスを与えた人は、別な形で
それを償わなくてはいけないのです。
だからこそわたくしは申し上げたのです。
「汝、人を裁くことなかれ」と。
裁いてもしかたがないのです。
裁くのは愛の摂理、法則の中、大字宙に生きる者は
すべてが摂理に支配されています。
その中で、その人は、必ず代償を払わなければならないのです。

だから、あなた方は少しも怖れることはありません。
あなた方が裁きをするのではなく、神が、その摂理が裁いてくださるのだから
「ただただあなた方は人を赦しなさい」と。
「無限の赦しを与えなさい」
「赦して、その執着を離した瞬間に、愛の循環によって、別のところから
愛の恵みがあなた方に戻ってくるであろう」ということを
わたくしは申し上げたのです。
それが、宇宙の愛の摂理であり、愛の法則です。

わたくしは、日常のことを語るような立場にはないかもしれません。
愛の日常のことなどは、墨子などのほうがずっと話す意味があるでしょう。
わたくしは、宇宙の法則における愛の意味、神の子として
神の愛が大字宙の中に、法則に叡智において
どのように循環するかということをお話ししました。

(2005.7.30レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-12-09 14:37 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(44)

これからの伝道期の中において、たじろがず
どうか勇気を持って進んでいただきたい。
わが言葉は、常に神の正義を代弁するものであって、本来の正義というものは
神のお心がどこにあるかということを見極めてこそ
正義というものが価値を持つということ。

今までの、民族的な、歴史的な、小さな、小さな価値観に縛られた
正義というもののぶつかり合いの中で不幸を呼んでいく
悲しみや苦しみを生んでいく地球時代はもう終わりを告げて
ひとつの大きな人間神の子としての共通認識の中で
みんなが同じ価値観を持って喜び、愛し合うことができる。
そういう時代を、そういう未来をつくっていきたいのです。

そのために、次の世代の者たちが、今度は国境や、国や、組織や
さまざまな社会機構の大変革を行う者たちが出てくるでしょう。
その者たちはほんとうに捨て身で出てきているのです。

その者たちにバトンを渡すために、ぜひ、さきほどから言っている
この修正された新たな方針というものを伝えていく。
そして、そのために、彼らが動き易くするために、世論というものを
このような価値観の中の問いかけとして動かしていけるような
そこまでがあなた方の使命であるということなのです。

霊言を降ろす場所を魔より護り、ここにおいて我々の言葉を収録し
書籍、CD、小冊子というものを通して
そして、さまざまな集まりというものをする中で
本物はやはり多くの人びとを共感させていき
そして、ひとつ火がつけば社会の中のひとつの現象になるのです。

確かに一度、二度と失敗をしているので
日本の人たちにおいても
ひじょうに用心深くなっているというのはあるでしょう。
でも本物は、必ず最後は多くの人びとの心に残り
そして、求められていくということを私は信じて疑わない。
常に神の子たちというものの愛の心というのは
どんな人びとの心の中にも眠っているものなのです。

そして、もうひとつ言いたいのが、どんな人であれ、どんな世俗にまみれ
物質社会の中に翻弄されている者であれ
自らが自らの人生というものを振り返っていったとき
自分の人生をかけて、命をかけて
何か世の中を動かしていく、歴史の中に名をとどめるような
何か大きなもののために関与できる、そういう人生でありたい
そういう力を発揮する人生になりたいと
どこかでみんな思っているはずなのです。

その心というもの、そこに火をつけるのは、あなたたちの情熱であるのです。
情熱がなければ、やる気がなかったのなら、腹が決まっていなかったのならば
そういう方たちの心に情熱の炎を点火することはできないのです。
その情熱に火を点火していくためにも
あなたたちの心に決然とした意志というものを持って
この光の行進を始めていただきたいのです。

神より与えられた光というものがあります。
天上界より覚悟を決めた、光の愛の戦士たちの中において
あなた方が行進していくのならば、あなた方が死ぬ気で多くの人びとに
愛のメッセンジャーとして、かつての宣教師たちのように
命を張っていく気持ちになったのならば
天上界の光はますますあなた方という地上の体を通して
地上をあまねく光り照らし出すのです。

そうすると、地上に多くの光のパイプが降り、あなた方の体を通して
地上に光というものが満ち満ちていくのです。
それは多くの方がたに愛のメッセージを伝えんと
命がけで光の使者として生きんとして
多くの方がたに聞かれた思いで接していこうとしたとき
あなた方の肉体を通して
天上界から光のパイプが地上に放出されていくということです。
天上界から降りてきた光が、あなた方の体から
今度は横の広がりとして地上を照らしていくのです。

それは多くの方、自分だけがわかればいい
自分だけが悟ればいいという思いではなくて
天上界のメッセージを、神の愛のエネルギーを、少しでも地上にいる
この三次元の仲間たちにお伝えし、ともにわかり合い、喜び合い
そしてこの地上をみんなで手をつないで愛の星にしていこうという
そのほんとうの思いがあったときに
その天上界からの、上から降りてくる光は
あなた方の体を通し、心を通し
この地上に今度は横の動きとして放出されながら
地球全体を愛のエネルギーで包んでいくのです。
神のエネルギーで包んでいくのです。

そういう段階がある意味で伝道と呼ばれているときです。
伝道なくして広がった世界宗教は今までもなかったでしょう。
であるのならば、伝道という言葉をアレルギーのように思うのではなくて
無理な勧誘というような、そのような邪道なやり方はやめて
ほんとうに多くの神の子たちに、仲問たちに感動を与える
そういうメッセージというものを伝えていける、そういう自分たちであろうと
それが今回の、今世の自分の残された使命であると
そのように思われるぐらいの気持ちで伝えてください。

そして、それと同時に
あなた方が今地上で行っておられる職業、その仕事、家庭
そのような場所を通して、あなた方の存在というものを
レムリアの教えのように光り輝かしていただきたい。
それを発信していくことにより、社会にますます根づいたものとなります。
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今は多くの古い流れと新しい流れ、新たな価値観と古い価値観がぶつかり合って
新たな時代の方に発展していくか、それとも古いものの中に
逆流現象のように戻っていってしまうか、それは今はわからない。

でも、物質的な価値観だけが、目に見えない世界などは信じないとつっぱね続け
物質的な価値観だけを力により求めて
他の国をりょうがしてでも支配していこうと思う時代がピークまでいったのなら
必ずや国対国との関係の中において
核兵器というものを使う時代というのがきてしまい
地球人類が滅びてしまうという過程になるでしょう。
でも、それを選び取っていくのは地球人類であるということ。

もう結果が見えているのに
「そのようなことになってたまるか」というぐらいの気持ちを持って
あなた方は地球の同胞である仲問たちに伝えなくてはいけません。

「そのようなことをするために、我々は長い間、地球において
この地上において修行してきたのではないのである」と。
「この神の愛の言葉というものをもち、自らの心の中に神の子として眠る
愛のエネルギーにもう一度目覚め、
自らの神の子の誇りをかけてその光に、光を点火せよ」と。

そして、自ら神の子であるという、神の光に自らの心を点火したのならば
高々とその心を掲げて、多くの人びとに示しなさい。
恥ずかしがることなく、恐れることなく、堂々と「神の子である」と
「神はおられる」と、そして、「私は神の子であり
そして、愛のエネルギーの一部である」ということを
高らかに言えばいいのです。
その姿をもって、多くの方がたは感動をもって受け取られるはずなのです。

そのようなことをちゅうちょしているうちに
地球は滅亡、崩壊の時を迎えてしまうかもしれない。
だから一刻の猶予もなく、そこに気づけたのならば
これだけの書籍ができてきたのだから
それをもって多くの人びとにお伝えしていただきたいのです。
あなた方の中において、今はまだためらうことが多いかもしれないけれども
ひとつの流れとなったのならば、ブームとなるのはあっという間なのです。

(2006.4.22レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-12-06 08:05 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(40)

それは、私たちだけの特権的なものではなく
あなた方すべてが、惑星意識になりうるんです。
ときの流れの中、精進していくなら
遅かれ旱かれ、その道は開かれていくと
自由になる道だよと-
あなた方は、自らが、こうならなくては幸せになれないんじゃないか
社会的地位がなければ、お金がなくては-

いいですか。
結婚しなくては、子どもがいなくては幸せになれないと
己に限定をして不幸の種をつくっている。
でも違うよ。
もっと自由なものなんだよ。

愛し合って、今の生活に感謝して、神様の仕事を精一杯やって
神の愛の通路として光り輝くのなら、気づいたら
こんなにも自分は自由だった-

自己限定をなくすこと。
それを別の言葉で言うと、執着を外すといいます。
宗教なら執着を取るといいます。
それが悟りの段階として、仏教の中で特に言われてきた。
でもそれは違う。

愛という柵、垣根を取り払いなさい。
こうならなくては幸せになれない、病気だったら不幸だという。
そうですか?
病気になったから、過去世の因縁を晴らせるんでしょう?

肉体に感謝しましょう。
病と闘わなくていい。
病とともに生きることで、成功をおさめるのだと発想できたら
けっして不幸ではないでしょう。
悲しみでもないでしょう。
そういう思いを自分の中で学ぶことです。

愛の中に条件づけをしないということ。
「もし何々だったら-」
これはサタンの言葉と言われています。
もしこうだったら、もっと幸せだったのに。
そう言って、今の不幸の中にうずくまっている。
言い訳をして、努力をしない。
これがサタンの原理といわれている。

私たちの世界での言葉があるけれど、わかるでしょう。
「もし」をつけない。
今、あるがままにあることを感謝しなさい。
あるがままあるということが、愛の姿そのものであるということ。
それ以上愛豊かに生きるには何がなしえるかと考えなさい。

すべてのものに感謝し、受け入れて、次なる愛を生み出す通路となる。
循環の過程の中に自らの人生を投げ込んでいく。
それを広げていったときに、愛する枠をどんどん広げていったとき
あなた方は、もっともっと深い愛の中で大いなる自由を勝ち得て
そしてあなた方自身の愛も、無限大に広がっていくのです。

そのような意識になれば、地球系の、九次元でも何でも出てくるでしょう。
地球をそのような星にしたいから、そのような思いにしたいから
今回の救世の大運動があるということ。
あなた方はそれを伝えていかねばなりません。
それを伝えるのが、本来の救世主の役割でした。
伝えていきなさい。

今、レムリアにこのような霊言が降りているということを。
ぜひとも伝えて、公開していってほしい。
次の時代を担う者たちとともに、手を取り合って
この地球に、地上に広めていっていただきたい。
そうすれば必ずや、新たな世紀が-

救世主がいなくても、地上の者たちが力を合わせれば
救世主以上の仕事がなしえたと、そう言える時代が必ず来るでしょう。
そのようにして、レベルアップしている星もあるのです。
救世主ひとりに頼ることはない。

ただ、根本法に関してだけは、救世主界のほうから降ろしています。
それを受け入れること、地上に降ろすことができるようになっている。
今、この奇跡があるということは
地上に救世主がいるのとほとんど変わらない。
あなた方がみなで手を取り合って、
リーダーシップを取ればいいのです。
救世主だけがすべてをつくったのではない。

イエス・キリストが三年半語られた
そのあとは、十二弟子の献身的な伝道作業があったから
イエス様ので年牛の教えが、世界中に広まっていったのでしょう。
だから、根本法が降りた後は、あとは地上の天使たちの、献身的な
命がけの努力があるかどうかということなのです。

ぜひ、この地上に献身的な姿で伝えてください。
愛の根本原理を伝えていただきたい。
そうすれば、この救世運動は成功するでしょう。
私たちはそれを心から願っている。
最終的にはそこのゴールに行くということを思いなさい。
G会だのK会だの、そんなものは、そのうち消えていくものです。
最終的にレムリアが行き着こうとしているところ
そのゴールを、しっかり見据えなさい。

ゴールをしっかり見据えれば
今のプロセスにおける、種々雑多なあぶくのようなものは
いずれ消えて流れていくものだという
達観した見方ができるようになります。
そのような、大局的なものの見方、それも愛と同じで
大局的なものの見方が、上の次元の者の、物の見方だと思う。

小さなことに右往左往しない。
それには何がゴールであるかということを
しっかり認識することが不可欠でしょう。
ゴールがわからなくては、大局的なものの見方はできないと思う。
だから、あなた方は、大局的なものの見方をしていただきたい。
私たちと同じ視点に立っていただくということ。
そのことをお願いしたい。
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このように九次元から話が出ている
ここを中心にして、すり鉢状に、天上界に広がっています。
そして、ここから下のほうにも、ずっと地獄界にも通じているのです。
この地上、三次元を縁にして
天上界にも、地獄界の方にもこの話は流れている。
救われたいと思う地獄の者たち、そして天上界の中でも
このような話を聞けない者たち、その者たちが耳を澄まして
群集のように集まってこの話を聴いている。
毎週毎週、どのような話をするのか聴いて、学んでいこうとしている。

地獄にいる者たちもこの話を聴いて
心ある者は、自分自身の至らなさ、なにゆえに間違っていったかを
ひとりで学ぼうとしている。
地上の磁場、この場所を通して、天上界から降りている霊言を通して
天上界にいる者たちの大いなる学びと
地下にいる者たちの大救済計画というものが同時進行で進んでいる。
それを理解してほしい。

自分たちが、ただ霊言を聴いているという
それだけのマニアックな喜びに浸っているのではなくて
あなた方がここにいることで、天上界も地獄界でも、救済運動をしていると
その現場にいると、そういう磁場をつくっているのだということ。
そういうことを、どうかわきまえていただきたい。
そのように使命を果たしていただきたい。

ただ聴いているだけで何もしないというのではなくー
これだけのエネルギーを下に降ろすには
エネルギーに耐えうるだけの磁場が必要なのです。
だから「十二人集めなさい」と言っていたのも
地上にこれだけのエネルギーを降ろすには
それだけの人数が必要だったということなのです。

今、法を聴いている者たちの思い
本来は、地上に生まれてきたかったけど生まれられなかった
日本に生まれてこられなかった者たちの思いまで含めて
あなた方は、この地上で、代表者として聴いているということ。
聴くことで、言葉を地上に降ろしているのです。

九次元から三次元からまで降ろしてくれば
途中の界の者たちはみんな聴けるのです。
九次元が八次元に行って、話をすることはあります。
七次元に行って、話すこともあります。
でも、六次元、五次元に出てきて話をすることは、ほとんどない。
私たちの姿も、名前すら知らぬ者が多い。
六次元、五次元を越して、三次元にダイレクトに話を降ろすということは
途中の界の者たちはみんな聴けるということです。

三次元にいちばん近い地獄界の者たちは
三次元を縁として、その光、その話に触れるチャンスがある。
だからこそ、三次元を通して、大枚世運動が計画されるのです。
三次元に、九次元がどんどん降りて、根本法を、救済の法を降ろした。
G会のときにも降ろした。
O氏が降りて、仏陀自らが降りて、九次元の法を伝えた。
それがどんな意味を持つのか、あなた方はまだわかっていなかったと思う。

これは、地球の表面にいる、人類だけをターゲットにしたものではなくて
三次元を縁にして、天上界全体、地獄界全体の救済にまで向けて
ふだん語りきれない、伝えることのできない階層の人たちに対しても
根本法を伝える、愛の教えを伝えていく-
そのような地上のえにし、縁を通して
我々は、三次元に、定期的に救済運動をするのです。

今回は、それの集大成である。地球系の神理の集大成であるということ。
その救世運動のクライマックスに、あなた方はいる。
このあとどうなるか。
私たちも努力をし、あなた方も最大限の努力をしていけば
必ずや、宇宙の神の愛の思いに通じて
地球はすばらしい愛の星に生まれ変わる
地球ルネッサンスに至ると、私は心から信じているから
私たちはこのように努力しているのです。
あなた方もそう思って、この仕事をやっていただきたいと思う。

けっして軽んじて、慣れてしまわないように。
この間も言われていましたね。
霊言を受けることが、おもしろいもの見たさになっていくような
そんな思いであってはいけない。
一回一回、天上界で学べない者たち、地下にいる者たちに対しての学び
私たちの言葉よ届けと、そいう思いで、この場に集ってほしいのです。

私たちの言葉を届けるメッセンジャーであっていただきたい。
それが、光の使者として、神仏の使者としての仕事です。
そのために生涯を捧げてほしい。
けっして無意味な仕事ではないと思う。
あなた方は今回の転生を誇れる、そのような時代が必ず来ると思う。
魂の中にも、そのような歴史を残せると信じるから
ぜひとも、あなた方の力をお借りしたいのです。
今日、聴いた話の思いを、どうか伝えてください。

インターネットを縁にして、本を出すことを縁にして
我々の言葉を聴く者も多くなることでしょう。
そうやって、私たちの言葉が広がっていく。
それを、受け入れるか受け入れないかは、その者たちの自由意思です。
しかし、知ることがなければ、触れることがなければ
気づくきっかけもなかったことになってしまう。

五次元、六次元の者たちは
わたしたちの根本法を聴く機会はほとんどありません。
聴けないのです。
光が強すぎて、九次元は彼らの世界に行くことができない。
日蓮あたりが一生懸命、光を落としながら行ったり
七次元の者たちが一生懸命行く。
それですら、目がくらんで話が聞けないのです。
九次元の言葉を何度でも聴くことができる。
それは、肉体を持った者だからこそ耐えられるということなのです。
そう思って、私たちの言葉を受け入れることを厭わず
話を伝えていただきたいと思います。

ちょっと長くなりましたけれど、気持ちは伝わったでしょうか。
すべての疑問には答えられなかったかもしれませんけど
今日はこれにて失礼します。
ありがとうございました。

(2005.8.6レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-11-28 20:25 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

オーム(宇宙神霊)からのメッセージ

大宇宙に遍在するエネルギーはオームの、宇宙の身体です。
「宇宙空間は真空だ」と言われますけど、真空は何もないわけではなくて
このオームの愛のバイブレーション
これはたとえて言うならば、母親の胎内の羊水のようなものです。
温かくて一切を育む愛の温もり、一切を生み出す栄養、可能性
それが宇宙空間にはぎっしりと詰まっています。
それをあなたたちが見ることができないからといって
「何もない」と言うのは間違いです。

神の愛があらゆる生命の可能性を含み
そこここに遍在するすべてのマテリアル、材料、素材を宇宙空間に込めて
そこに神の世界からの理念
「このような存在をあらしめたい」と思う理念が降りたったときに
その中にある、羊水の中にある素材を使って
ひとつの求心的な磁場ができることによって
そこに一挙に集中して引きつけられて
この三次元に物体化する。
そういうふうにやって宇宙はできてきました。

この大宇宙の空間は母親の胎内であると、とらえてみてください。
胎内には、幼子を包んでいる羊水と胎盤があります。
羊水の中には、人体を構成するおりとあらゆる栄養素が
もうすでに存在しているのではないでしょうか。
でも、その胎内には、いつも胎児がいるわけではありません。
そこに宿らんとする意志によって
ひとつの生命体が使命を受けて降り立つということが決まって着床したときに
そこに創造が始まるのです。

宇宙も全くそれと同じ形態で構成されています。
あなた方の住んでいる惑星も、太陽系も
すべての宇宙はそうやってつくられたのです。
神の愛。
神の愛に満ちたバイブレーション。
あなた方を創造せしめるその物質の中に
エネルギーの中に、愛は込められているのです。
あなた方を形成している物質の中に
エネルギーの中に、愛は込められているのです。

あなた方の肉体がどのような粒子、素材でできているのか。
どのような愛によって受精し、核分裂の中で遺伝的な形態を形成し
どのように羊水の中で育まれ
あなた方人類というものが存在するようになったか。
そのすべてのプロセスが神の愛であるということ。

愛というものが観念的な、精神的なものであると
あなた方は思っておられるかもしれないけれども
神の愛というのは、三次元に物体化し、そこにおき創造していくという
その絶え間ない連鎖の中に脈々と流れていくということ。
あなた方はすぐ、物質的なもの、その科学的な現実的な実態というものと
愛というものを精神的な思い、遊戯にしてしまって、切り離してしまうから
そこで分離し違和感があるのだと思う。

神の愛とは、愛の思いイコールこの世界に、各次元の世界に創造し
あらゆるものをつくり上げ、そこに命を吹き込み
そこに神の愛の表現形態を実存させていく
生命の息吹をそこここに表現していく
その現れ、行い、それが愛そのものであるということ。
そこのところをあなた方地球人類は理解しなくてはいけない。

たとえあなた方の身体をつくっている
ほんとうにわずかな小さな、小さな細胞
粒子の中においても、原子の中においても
そこにすべて神の愛の摂理は込められて存在しているのだということ。
それをわかっていただきたい。
それがあなた方が今、地球人がこれから獲得しなければいけない
神の子という自分自身に気づいたあとの己自身が持っている創造力というもの
その力の使い方、それに結びついていくのです。

人類はみな神の子であり
オーム宇宙の中にある創造原理と同じ力を持っているということが
観念的にはわかっているけれども
その力を発揮することができないのは、そういうことなのだ。
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あなた方の中にある自分の力
それは大宇宙の中に遍在する羊水のような神の愛の思い。
そのマテリアルを一点に集中し
そこに、その個性ある生命体の使命をなさんがために
「その次元に存在せよ」という思いが集中して一点に集約したときに
それは強力な、強力な磁場となり
周りにある愛の思い、愛の物質を引き寄せ、うねらせ
らせんのごとく回転しながら
その存在を現しめるために動き出す。
大宇宙はすべてそうやって具現化され、構成されてきている。

あなた方が持っている力も同じである。
材料があって、そして、強い意志のもとに
この世にどのようなビジョンを「かくあるべし」と
「かくあれ」と願い続けるか。
その集約された集中力と、そこに神と同じ
これこそが神の愛の表現形態として存在せしめるに
真に価値があるものであるとの確信のもとに
己自身の力を、全身全霊を込めて願ってみよ。
一人ひとりが真に神の子の己自身に立ち戻って

神の子というより、あなた方はわたくしオーム宇宙の一部である。
神の一部であるから「神の子」と言うけれども
あなた方もこの集合意識であるオーム、神そのものの現れである。
神そのものの現れであるのならば
オームが、大宇宙がやっている創造原理を、あなた方もできるのである。

あなた方の世界で「法力」と呼ばれて
さげすまれているものがあるかもしれないが
彼らはその精神的な念波を一点に集中し、強く願うことによって
各次元にあらゆるものを創造してみせるという
その精神力が強い者たちなのである。

知的に偏っていくと、神の創造原理として与えられている
本来の自分の能力を失っていくように思う。
あなた方と違う惑星の者であったとしても、知的なものに偏り
その能力の進化が科学的な方向だけに行き、己自身の真の神の子としての
神の属性としての創造原理、愛の原理から離れていって
衰退化している者もいるであろう。

そういう神の摂理の流れから外れた者は
この宇宙の総合的な、共鳴したエナジーの場からははじき出され
その思想においても生き延びることができなくなるという
そういう事実がある。
あなた方が愛の教えとか科学的な進歩とかいうのは
さっきからあなた方に言っているように
それは「星間物質」と言われているマテリアルそのものなのである。

あなた方が知らない、原子・粒子・素粒子
さまざまなものが、光線を含めて宇宙にはたくさんある。
今の地球人が知っているものなど、ほんのわずかなものにしかすぎない。
それを突き詰めていくのが科学という目であろう。
そして、科学が発見したもの、テクノロジーも含めてその素材を使って
宇宙の中に地球の未来をつくり出すようにしなさい。

ここから先は神の子として、否、神の現れとして
あなた方一人ひとりが神として
いかにこの地球において、全宇宙にあまねく流れている愛のバイブレーション
愛の創造原理にかなった未来を地球に持つことができ
それを一人ひとりが具現化することができるかということだけが
地球の将来を、未来を決めていくということに気づきなさい。

大宇宙は、神の創造原理と愛の思いで満ち満ちている。
あらゆる可能性を含み、日々成長、進化発展している。
その進化発展していく愛の思いは
神という属性の中においてみな同じベクトルを放っている。
あなた方が、もしそれと逆行するベクトルを選ぶのであるのならば
地球という惑星のこれからの進化はなくなってしまう。

今までは、何が起きても
ひとつの惑星内だけの成長レベルということで存在を許されてきたけれども
これから先は、大宇宙の仲間として、真に目覚めた神の意識
神の細胞としての自覚というものを持って、その惑星の使命を果たしていく
そのようにそこに住まう者たちも意識を上げなくては
地球意識、地球という惑星自体の進化発展もないのである。

(2008.1.11レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-11-24 06:30 | オーム(宇宙神霊) | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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