地球を愛の星へ

アモールからのメッセージ(6)

私、イエスの所属する光線の中では、愛というもの
その中で「慈しむ」というものをもって法の骨格としております。
それゆえ、病で苦しみ苦痛でのた打ち回る者たちを優しい眼差しの中で
その苦しみを軽くし、人びとを救わんとする、その医療行為をもって
人びとを幸せにし、慰めていくという
その使命があるのもホワイト霊団なのです。
だから私のもとに所属をし、私のもとに帰依しているということをもって
彼らが白衣をまとっていることも事実なのです。

そして、ここにもお医者さんがおられ
介護をしている女性がいるということも私は知って
今日は来ているのですけれども
あなた方に、ぜひぜひ、お願いしたいことがあるのです。

苦痛を和らげるために、地上の肉体的病というものを癒すために
たしかにあなた方の仕事はあることでしょう。
たしかに肉体の苦痛にのた打ち回っていては
やはり「愛ある許し」ということのできるようなゆとりはないはずなのです。

しかし、どうか、いちばんの不幸は、肉体的苦痛ではなく
魂を腐らせ、見失っていくことのほうが
どれだけ本来、不幸であるかということ。
その観点に立ちまして、病というものと、病を治療するということ
介護をするということを見守っていただきたいなと思うのです。

肉体だけをいたずらに延命させ、肉体だけをいたずらに治療し
薬漬けにすることをもつて
その人の苦しみを癒し、愛で包むということではないのだということ。
永遠に生きるのであるならば、永遠に修行したほうがよいのであるならば
神は肉体の寿命というものをもっと長くされたことでしょう。

しかし、やはり、どんなに生きても八十年、九十年
短い方では二十代、三十代で亡くなられる方もあるのです。
しかし、それは悲劇ではないということ。
どのように限られた天命の中で、寿命の中で、己の修行をし
どれだけ光を発信し自分自身の本来の仕事をなして
そして、その寿命の中で、無事に魂を輝かせて還ることができたか。
そのための修行のひとつの道具として
この肉体というものが与えられたのだという、深い感謝をもって
この地上を修行する、そのような大事な道具であるということ。
そう思って、肉体というものを見ていただきたいのです。

ですから、たとえば、野球の名ピッチャーと呼ばれている方であったとしても
自分の大事なボールやグローブ、バッターであるならば、大事なバット
そういうものを軽んじて粗末にしたら名選手にはなれませんよね。
やはり、卓球をしたり、テニスをしたりする名選手と呼ばれている方も
音楽家でもそうです。
大事なヴァイオリンを、大事なピアノを、どれだけ慎重に選び
そして手入れをし、慈しんでいることでしょう。
それと同じなのです。
肉体というものは、そういうものなのです。

二十代で還ることを良しとして
設計された人生を迎えられた方がいるのです。
そして、そういう肉体において、最後、ピリオドを打つには
やはり、病というものをもって、終止符を打つ場合が多いのです。
交通事故で亡くなる方もおられます。
沢山おられますけれども、最後にどうですか
人生計画を立てて、地上に降りて来る時に
最後、車にひかれるをもって、ジ・エンドというふうになさる
そのような計画を立てられるでしょうか。

やはり、その時期が来たら、生命体というのは、自然に
自分でセットされた爆弾が、自然に爆発するかのように
ある一定の状況というものを細胞変化の中で起こらせ
そして、その肉体に終焉をもたらすものなのです。
それは静かな、ある意味で自爆的な死というものを
自分に引き起こしているのです。
それが病の根源である場合もあるのです。
そのような、いろいろな意味をもって
人生計画というものを立てているのです。

ですから、どうかお医者様は、いたずらに長く苦しみを引き延ばしたりとか
延命だけのために、病気と不必要に戦わせるという態度を
どうか考え直していただきたいのです。
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何がいちばん大切なのか。
いちばん大切なのは魂であり、肉体ではないということ。
魂はまた、輪廻転生で生まれ変わればいくらでも別の肉体は与えられます。
しかし、それにより、不必要に魂が傷つけられた時
その魂を復活させるのはたいへんな年月を要し
傷ついた魂を修復するということは
本人にとってもたいへんな苦しみを伴うことなのです。

ですから、最後、看取る時に
マザー・テレサがなされたように、最後、彼女は延命はしませんでした。
最後、死に行く時に、死んでいく者たちの手を、彼女は両手で握り
そして、安らかに
人間としての尊厳の中で、魂を天上界に送り出して行かれたのです。
それが神のもとへ、確実に送り届けるという手段であるということを
彼女は信仰心の中で知っていたのです。

だから、肉体だけが人間であり、肉体の苦痛を救うことだけをもって
病める人びとの幸せがあり、それがホワイト霊団の目的であり
医療行為の全てであるというふうに思われぬこと。
魂を救い、最後、時間の流れの中で、この肉体の終わりをもって
死を迎えるのであるならば、どうか、「その生きてきた人生に幸あれ」と
そして「安らかに神の国に旅立たれよ」と
そのような思いをもって苦痛を和らげ
見送ってあげるという愛の思いで
その肉体生命の終焉を看取っていただきたい。
そのように介護していただきたい。
いたずらに戦わないでいただきたい。
戦ったり、いたずらな延命や、いたずらな身内の嘆きや執着というものは
その魂を迷わすことになるのです。

私たちから見れば、神の国に戻って来ることのほうが
この地上界、殺伐とした地上界に長らくいるよりも
よほどその魂にとっては救いになり
これ以上いたならば、どれだけ傷ついて
これ以上いたならば、どれだけ自分の魂を汚してしまうのかという
さまざまな状況がある中で
今いちばん、還るのがよいと本人も決め、守護霊も決めたからこそ
そのような病気が起きているのだということ。

そうでない病気もありますよ。
不摂生によって行われたこと
一時的な事故や、一時的な薬害、薬などにおいて起きてしまったような
そのような病気は、最善の治療策をもって治してあげていただきたいのです。
しかし、その魂において、その肉体において
セットされた時限爆弾が爆発するように、癌とか肝臓病とか
そういう致命的な病気が起きてきた時は
患者本人の苦しみの中で、最善の治療をする中で
「今は、そのホスピスというところで死を迎える」ということを
正面から受け入れさせ、その患者の魂の指導をするということが
医療の一部として出てきてはおりますが
もっともっとお医者様たちには
そのシステムというものを開発していただきたいのです。

医療系の方たちというのは、ひじょうに知的に優秀であり
理論的な方が、理数系の方が多いですから
やはり、目に見えぬ世界というもの、魂の実在というもの
本来は、自分たちが戦っている
「肉体物質というよりは、魂のほうが優先されるべきだ」という理論に
なかなか同意できない方々が多いのは事実なのです。

しかし、ここにおられる方々のように、法を学び、G会やK会というもので
我々の生の声を聞き、魂が永遠で、生き通しであり、幾転生をし
本来、何がいちばん価値があるか
ということを学んだあなた方であるのならば
多くの人びとを看取るという方法においても
もっと心のケアと申しますか、魂のケアにおいての方法というもの
見送るということ、マザー・テレサが行ったようなことを
もっと高度に、医療システムの中に取り入れていただけたらと思うのです。

肉体というのはひとつの道具であるのです。
どんなに愛して、どんなに手入れをしていても
使い込んで古びていって、折れてしまったバットでは球は打てないのです。
折れたバットは、「ありがとう」という感謝を込めて
処分するべき時期が来たというのも、また、事実なのです。

そのように、肉体というものをお考えいただきたいのです。
人間の肉体をもって、人間の尊厳があるわけではないのです。
魂の輝きをもって、神の子人間の尊厳があるのだということ。
それをどうか
医療の中に少しでもよいですから輝かせ、活かしていただけたならば
この私の気持ちも、多くの医療系団の方々の具体的なお仕事として
レムリアの仕事として、花咲いていただけるのではないかと、私は思います。

(2004.8.21レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-06-05 08:44 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)
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一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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