地球を愛の星へ

リシュールからのメッセージ(3)

この間、なんかマヌ様が、あの男女の法みたいなことを
オリオンを引きあいに出されていたのを
あなた方の今回のご本に書いてあるということを
読ましていただきましたけれども
まあ、ひじょうにオリオン的な発想だな、と思われるかもしれませんけれども
やはり、ああいう状態が実現しているのが、また我が母星の姿でもあります。

だいたい、究極的に自分のペアというもの
パートナーというものに巡り会っていき
だいたいがみんな男女一緒になって仕事をしております。
そして、互いに励まし合い、愛というものを表現しながら
自らの個性、自らの役割というものを、愛の奉仕というものの中で
互いに喜び合いながら果たしている、そのような惑星であると思います。

だから、でも、それはオリオンだけでなく、あなた方の惑星においても
他の惑星においても、宇宙が陰陽というものにおいて創造を
現になされているということを考えれば、そこで言われていたことというのは
至極当たり前のことであると私は思うのですけれども
それが、至極当たり前でない、地球というレベルの発想があるのだなと思って
逆にそのことを私は学ばせていただいたように思います。

地球の方がたは
ひじょうに不自由なところでお暮らしなんだなというふうに思います。
もっと伸びやかに、もっと人生を楽しみ
神につくられた自らの命というものを味わいながら、祝福されて
胸を張って生きていいんですよ。
私はそう思います。
どの惑星に生きようと、生命の根源
神の子としては、みな同じだと思っています。

私のような星におきますとね、いろいろな惑星に行ってお仕事をするのです。
そうすると、久しぶりに会いに行くと、地球なら地球に転生した姿を見て
「おお、これがかつての仲間の姿か」と
また別な惑星に行くと、今度はね、緑色の皮膚をしたところで
「やあ、リシュール」と言って声をかけられて
かつての仲間に言うわけです。

いろいろな惑星に行って、それぞれの星に転生し
いろいろな肉体を持ちながら、それでもオリオン人の
オリオンから使命を持って行った者であるという誇りに満ちて
彼らは仕事をしております。

そういう意味で言うと、宇宙全部がすべて、同じ神の子であるという
何星人である、どこの惑星という誇りはありますけれども
大いなる意味においては、神の子としては一体であって
どの惑星であれ、何であれ
みな素晴らしい神の子たちなんだという、そういうお互いに、神の子讃歌
生命の讃歌というものに満ち満ちて、喜びに満ちて
多くの宇宙の友たちは奉仕の仕事をしているのです。

ですから、あなた方地球人も、どうか、あなた方の存在に対して
もっと堂々と胸を張って
エゴイスティックに欲にかまけて生きるのではなくて
もっと神の、本来の、自らの神性というもの
それにほんとうの意味での誇りを持って
堂々と、そして人生を楽しみながら
神によりあなた方ひとり一人祝福されているのだという思いに
原点に立たれてお暮らしになられればいいのではないかと思います。

いろいろな、宇宙人と呼ばれている惑星の方がたが
それぞれにあなた方にメッセージを送っているように思いますけれども
「ありのままに生きる」と言われた方もおられるでしょう。
「ワクワクして生きる」と言われた方たちがいるのも
私は聞いておりました。
でも、みな同じことを言っているのです。

「ありのままに、あなた方自身の素晴らしさを
神よりつくられたあなた方の個性を発揮して、いかんなく発揮して
堂々とそれを表現していきなさいよ」と

「それの意味において、苦しいこと、悲しいことで
しかめっ面するのではなくて、仕事をしていく過程において、
自分の命を輝かせることを感謝して、喜びをもって楽しく生きていこうよ」
マヌが言ったように
「同じ仕事をするのならば、楽しんで、喜んで生きていこうよ」と。
その思いが、バシヤールと呼ばれた方が
「ワクワクして生きる」という基本にもつながっていると思うのです。
何星人がああ言ったから、こう言ったから
その部分だけ神理があるわけではないのです。

神よりおつくりになられた、そのひとり一人の、命の尊さ
その惑星における尊さ、惑星人の尊さ
それを、あなた方の国が今
自分の国の領海域以外に侵犯してきたからといって争いを起こし
民族問題で戦争を起こそうとして
ひとつの地球人、私たちから見たら地球人同士であるのに
ひとつの同じ惑星の中で
人類破滅になるかもしれないような、大戦争を起こそうという
そのような危険の中にあなた方はおられます。

それは、自分たちだけこそが絶対であると
自分たちだけが選ばれた者たちであるのだという
その、ひじょうに狭い民族意識のようなもの
選民意識のようなものが争いの種であると思うのです。
それが大きな意味で、地球人であるという
そういう意識になったならば、そういうものは消えていきます。

その意味において、我々においては、誇りは持てども
大宇宙の神がおつくりになられた、かけがえのない、神の子のひとりとして
自分は存在するのだという、その誇りのもとに生きております。

ですから、母星があろうと
母星自体と比べて、地球がどうこうということは、もう思わないのです。
みな自分の赴任していった星を
自分の星のように思って貢献しているはずなのです。
奉仕しているはずなのです。
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そして、その中でどれだけの惑星があろうと
どれだけの神の子たちがいようと
大宇宙の大いなる神の中のエネルギーの
かけがえのない、ひとつの個性として
表現形として、自分という存在を神はおつくりくださったと
その意味において
どれだけの数の宇宙人と呼ばれている者たちがいようと
自らの素晴らしさは、自分だけがわかる
神に創造された絶対無比なものであると
みなそこにおいては絶大なる誇りを持っているのです。

その意味において、精いっぱい表現しよう、神の愛の代理人としていい仕事をし
奉仕をしてこようという、そういう思いでみんな生きている。
そうすれば、どの惑星においても、すべてが自分たちの兄弟姉妹であるのです。

その兄弟姉妹の者たちが今、危険な状況にあるのならば
なんとかして力を貸せることがあるのだったのならば
お手伝いをしたいと、そう思って、いろんな遠くの星からすっ飛んで来るのが
我々の仲間たちであって、他の、他天体の者たちの意識であるのです。

そこにおいては姿かたち、惑星人で別の形態を持っているとか
それから他の星の出身であるとか
そんな思いはすべて消え去っているということです。

あなた方がまだ発見していない
大宇宙はひじょうにもっともっと複雑な構造をしています。
そして、まだ見えないものが、中にも多くの神の子たちが存在しているのです。

でも、そのすべてのエネルギーを統合し
すべてがひとつに、神の、親なる神のもとに
エネルギーとして一体化している
自分たちは大いなる神の愛のエネルギーの一部であると
統合されているのだという意識になっていったときに
脇にいる惑星の者たちの悲しみ、苦しみは
我がことの悲しみ苦しみとなっていくのです。

それをイエス・キリストと呼ばれる
あなたの星の方はおっしゃられたかもしれない。
メシアはおっしゃられたかもしれない。
でも、その彼のような素晴らしい方もおられますけど
私たちはまだまだそこまではいかないにしても
似たような心境で、宇宙空間に出て行って仕事をしているのが事実なのです。

食べていくこと、周りのこと、それは互いに奉仕し合う精神があったのならば
お金などというものを使わなくても
いくらでも互いに供給し合えるものなのです。

そして、そんなにたくさん食べられないではありませんか。
あなた方がいくら大食漢であったとしても、知れているではありませんか。
そしてこの地球には、ありとあり余る穀類、果物というものがあるのです。
互いにシェア、分け与えていくということ。
分かち合っていくということ。

互いに自分ができることの奉仕において
生産し、互いに分け与えていくのならば
互いが互いの、天命を、使命を発揮するチャンスというもの
時間というものは、もっと楽に生み出せるものなのです。

そうやって我々の星では
自分たちの天職というものを見い出していく中において
自分が、何に、どういう方法論で奉仕できる
愛を奉仕していけるかということを
自らの個性にのっとりながら探していくのです。

それにおいて、使命の多様性において、互いに優劣ではなく
互いに敬意を表し合い、尊敬し合って、お互いを讃え合うという
そういう星でもあります。
そのようにあなた方もなられればいいと思うのです。

ひとつの方向性だけで、たとえば偏差値と呼ばれているものだけで
ひとつの、先はどの時間論と距離ではありませんけど
どうも三次元の方というのは、一定方向に線を引いて
そこにみんな並べるのが好きなように思うのですけれども
そこの中において、あなた方が偏差値でどの段階で、どの段階だから
優劣であると、そういうふうに決めるのが
好きなのがあなた方地球人でしょう?

多様性があってこそ素晴らしいのです。
「神の愛の表現形」というのは、多様性があるのです。
大宇宙の素晴らしさは、多様性にあるのです。

その中においてあなた方一人ひとりの個性を、その多様性の中で
自分の位置というものを、座標軸というものを、しっかりと見極め
そのエネルギーにおいて、神の愛に貢献していくということを覚えたのならば
一方向で学ぶことなど何の意味もないことであり
そして優劣、上下関係でものを見ることが、いかにバカらしい
むなしいものであるかということを
あなた方は気づいていかれることでしょう。

(2006.3.11レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-09-18 09:23 | リシュール | Trackback | Comments(0)

アミからのメッセ―ジ(3)

僕の星からだって、何人かが、たくさんではありませんけど
ずーっと時代を越えて
指導員の形でこの地球と関わり続けてきているという過去があるのです。
ですから、けっしてよそ者とかというのではなくて
皆さん方のルーツなんだと
そのくらい思っていただいてもいいと思うのです。

その中で、自分の昔の古い仲間を、友を見るように、僕もこの人のことを見て
「へえ、またこんなことやってるんだ」って思って
おかしくて見てたんですけど。
よっぽど苦労性なのか
この人はいつもこんなことをやっているような気がします。

たまたま、僕がのぞきに来るとこういうことをやってるのかもしれないけど。
「また、こんなことをしてるんだよね、君は」
まあ、本人の意志でないというとこは多少あるみたいですけど。

でも、まあ、これがこの人の特技でもあるし
この人が母星にいたときから、この人の能力として
まあ、あの星の人はひじょうに進化しているのでそういう力が強い
その中でも特にそういう能力に優れた人であったから
常に宇宙とのコンタクティいうものを、愛の通信塔と呼ばれている
その通信塔の役割をこの人は引き受けてきた人なんです。

もうひとつついでに言うと
この間この人も聞いてびっくりしていましたけども
この人の来た星というのが地球の中では、今そのオリオンと呼ばれているけど
確かにオリオンの中には、ものすごくたくさんの星があるし
そっちの方面にある
ただ、宇宙の創成の時から見ても始まりに近いような
古い、古い星であるということ。

緑とブルーの、なんて言ったらいいんだろう?
君たちの色では、緑でもブルーでも混在したような色、そのような星です。
そこにこの間も言われていた通りに、すべての宇宙に広がっていた緑
葉っぱとか、植物とかの、根源的な創造のルーツになっている星なんです。

だから、大自然との調和、そして自然体で生きていくという中で
美というもの、真実というもの、愛というもの
それを高度に進化させた方がたがいる星でもあります。

肉体形式もずいぶん違うし
その星から来る人たちは、もうほとんどが宇宙のリーダー的存在で
グループを編成していろいろなさまざまな星に行って
お役に立ち、愛を分け与える。

そして、いろんな星に散って行く時に、その母星から
素晴らしい調和度に満ちた植物というものを運んで行って
行った先の星に、多くの美しい緑というものを広げていく
そのような種を持って移動されて行くのです。

緑の中には調和という光線があって、多くの人びとの心を調和に導き
愛あふれる素晴らしい平安さというものを、人びとに提供するのです。
自然と一体になっていく、そのバイブレーションの中で
宇宙の根源のエネルギーに同化していく、そのような波長というもの
波動というものを拾っていくことができる。
それがこの星の方がたの特徴なのです。

その中において、宇宙の根源のエネルギーと同調していく中において
高いバイブレーションを拾うことができる方がたが多いから
このような仕事をする方が出てくるということが事実なのです。

あまりこの星の方のことを言うと怒られちゃうかもしれないけども
ひじょうに美しい、そしてひじょうに起源の古い星であるということ。
そのような星から、相当な数の方がたが地球に来て
この地球を彩るためにお仕事をされておられるということ。
そのようなことをお伝えしておきます。

それと、あなた方の中では、ベーエルダと呼ばれている星
この星もひじょうに起源の古い星です。
僕から見ていると、皆、それぞれに古いのですけれども
やはり古さでは、この方が来た
あなた方の中ではオリオンと呼ばれている星とこのベーエルダと呼ばれている星
この星はやはり起源のひじょうに古い星であるということです。

この星に中において、大指導者と呼ばれた方が
今この地球に来ておられるということ。
そして、そのまわりにおられる大天使と呼ばれている方がたは
ベーエルダにおいて
やはり活躍なさっておられたかがたであるということです。

そこは、やはり科学技術を通して、常に進歩と前進ということ
そういうものを宇宙の中で謳っている科学的な星でもあります。
その星の方がたはひじょうに知的に優れていて
人びとの修行する、この生活において
いかに快適に修行できるかというために科学技術を進歩させて
宇宙の中の創造エネルギーというものを常にひらめきとして引き入れながら
この三次元というものを整えていくという
そのような使命に優れた方がたであります。

先ほどの緑の星の、大自然との調和と見ると
明らかに個性が違うのがおわかりでしょう?
星によってみんな使命が違うのです。
役割が違うのです。
そしてそれぞれの中で、それぞれの素晴らしさを発展させていく。

そして、自分たちの中で
他の惑星に分け与えるチャンスがきたなと思うときには
惜しげもなく他の惑星に行って、与えて
自分もそこの中でどれだけ自分のつかんできた素晴らしさが
神の子として学んできたという、その神理が他の惑星においてどの程度
花開くことができるかということを試しに
まあ、ある意味で、腕試しに来るようなところもあるのです。

だから、新たな惑星に行くと、言葉は悪いですけれども
実験場のように挑戦する場合もあるときもあって
その中で試行錯誤を繰り返しながら
地球も今日までの発展を迎えてきたのだと思います。

他の惑星においても
アモールと呼ばれる方が来た星などはやはり起源が古いですね。
私が知っているのは、よく知っているのは、だいたいそのあたりですか。
やはり、起源が古い星は宇宙の中でも、ある意味で、理想として、目標として
僕たちが目指したいと思う星々であるので、僕も知っているだけです。

まあ、この人がいる限り
次から次へといろんな宇宙の友たちがやって来ることでしょう。
その中で、皆さま方が、皆さま方の仕事に役立つ部分を取り入れて
新たな宇宙の法というものをまとめながら
皆さま方の地球の、この改革運動とでも言うのかな
ルネッサンスと言うのですか
そういうひとつの精神文明の、地球規模の飛躍の時その活動の
我々から見ていると、へその中心にいるのがあなた方であるということです。
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これから世界に出て行くんでしょう?
宇宙に出る前に、まず世界に出て行って、世界中にちらばっている
皆さま方の光の天使と呼ばれている
地球の光の天使の方がたとまず手を取り合って
皆さま方の神理というものを共有しあってください。

そして、地球人同士で心からほんとうに手を取り合って
みんなでこの美しい星を愛と調和に満ちた
調和度の高い星にしていけるように頑張っていただきたいんです。
そのための、あくまで応援部隊として、僕たちは来ているんです。

「もう中で内紛している、争っている場合じゃないよ」と
「宇宙から僕たちが見ているんだよ」ということを
やっとそれを表明できる立場になってきたということ
その時期がきたということ。
そのことをね、君たちに今日伝えたいと思います。

円盤に乗りたい人は、ますます素晴らしい仕事をして
心の調和度を上げてください。
そしたら、みんなを乗せられるような大型の円盤でも持って来て
みんなを招待しましょう。

でも、まず大事なことは、興味本位で、好奇心だけで
宇宙の者たちのことを、姿形とか、何星の何とかだとかということよりも
何を伝えたくて僕たちが来ているかということ
それをしっかりとそしゃくして
地球の人たちの精神文明の、革命期の波を越えて行く
後ろから応援する力として、僕たちの言葉を使っていただきたいのです。

これから宇宙の友たちが来ると、みななかなか個性豊かな
あくの強い連中もおりますから、自分の主張をしてくるでしょうけれども。
でも、やはり僕たちが常に言われているのは、その惑星の調和度
その惑星の人たちの個性をあくまで尊重するようにと
そして、その人たちの歴史をけっして
強制的に変えるような介在をしてはいけないということが決められています。

だから、ときには僕たちの言葉だと言いながら
実はあなた方の、地球人の心の底にわだかまっている
下の者たちからの通信であることが、往々にして多いということ。

姿形が奇妙きてれつで、何か変わったことを言えばありがたがっていく
宇宙人信仰みたいな、崇拝みたいなものが
一部のマニアの人たちには見られるように思うのです。

だいたいそういうところに出てくるのは
僕が言いたい宇宙の愛と光の調和度に反した
そんなものは少しも宇宙連盟から派遣されて来る
宇宙天使たちの姿ではないということを
まず最初に皆さん方がこれから見分ける術として
お伝えしておこうかと思います。

そうしないと、そこを見分けないと、なかなか言葉巧みに言い寄って来て
宇宙人ものと呼ばれているうちの半分以上が
僕から見ると、うさん臭いなと思うものが多いのです。

まず心で、皆さま方の心の中にある愛の思いで見分けるという
癖をつけてください。
知識では何とでも、言葉では何とでも言うことはできるのです。
でも、心の愛のセンサーで、しっかりと見分けていく。

そして、これ以上聞いていても、この宇宙人と称する者の中からくる言葉は
レムリアというものを通しての
地球系神理の正法の確立には何の役にも立たないと思ったのなら
耳を貸さずパシッと切ることです。
そうしなければ、これを機に伝えたいと思っている者たちが群がって来ます。

今までは高級霊ということで
あなた方の知っているなじみの方がたが多かったでしょうけれども
これからはあまりなじみのない波動が飛び込んできた時に
そのトリックに引っかからないように
どうか気をつけていただきたいと思います。

(2006.1.21レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-09-15 08:15 | アミ | Trackback | Comments(0)

エリヤからのメッセージ(3)

いくら外から、そのような情報を与えてくださりたいと思ったとしても
スペース・エンジェルの方がたが、地球自体の成長
地球人自体の魂の成長、発展ということを、責任を持ってやる権利があるのは
また、使命があるのは、地球人、地球神霊自らであるということ。
けっして、他天体の、他のスペース・エンジェルたちが
そこまでは、来て、干渉することはできないのだということ。

わたしたちが地球人である限り、地球を預かっている限り
地球の成長というものは、わたしたち自らの手でやらねばなりません。
それを心から、その使命として担ってくださるあなた方
地球の地球人としての神の使徒たち
この救世の大計画のために命を張ってくださる
地球のエンジェルたちのあなたたちに心から祝福を送ります。
そして感謝をいたします。

わたくしもかつては他の天体から来た過去はありますけれども
わたしたちは地球人です。
この間、天照大神がおっしゃっておられました。
「わたしは地球人です」とはっきりと言っておられました。
わたくしたちはそう思って生きています。

この地球という惑星を預かり、長いこと
地球という惑星を素晴らしい次元に上げるために
わたしたちはこの地球と共に努力し、汗水流してきました。
そして、自らの成長も、その歴史を通して学び
自分を養っていただいてきたのです。

だから、何よりもこの地球を愛し、神より与えられたこの美しい惑星を
この星を次の愛の惑星へ、光の星へと次元を上げていくためにも
地球人自らの手を取り合うことにより
三次元に出てったあなた方、神理の使徒たち、エンジェルたちとわたしたち
霊界にいる者たちとがしっかりと手を取り合って
この地球の成長期、この大転換期を乗り切っていきたいのです。

その、霊界におけるわたしたちと、三次元にいるあなた方の
心と心、手と手が結び合って
そして、宇宙からの友たちの援助とそして助力、それをしっかりと受けながら
わたしたちはみんなでスクラムを組んで、この大転換期を大成功へ導く
そのような素晴らしい瞬間へと変えていきたいと思います。
そのために、今、大事な、大事なメッセージが降りているのです。

この者だけではなく、あなた方におかれましても
そのうちテレパシーのような能力というのが与えてこられると思うのです。
そうすれば、次の時代になれば、あなた方も、どれだけでも
いろいろな方がたとテレパシーで通信し、宇宙の友からのメッセージも受け
科学の分野においても、さまざまなこの宇宙の構造における数々の知識
神理というものを受け容れる時代がくるでしょう。

それこそ文明開化をしたあとに、どっと西洋の文明や知識、学問
さまざまなものが日本に流れ込んで、夢中で日本人が貪るようにそれを学び
日本を近代国家へと成長するのに
怒涛のように流れていったのと同じようなことが起きてくるのです。

そのような流れになるのは、ひとつのきっかけ
ひとつの地球人の覚悟、認識の大転換
その転換さえあれば、ある意味でいうと
一瞬にして行われるかもしれないのです。
けっして、その時において
そんな時間はかからないということを申し上げておきます。

そこに至るときに、大転換が起きたときに、根っこが大地にしっかりと張って
大きな幹が張っていなければ
そのショックでその計画はひっくりかえってしまうということなのです。

宇宙からのもの珍しいものだけに振り回されて、逆に地球人としての誇り
地球人としてのルーツまで、何もかもがわからなくなってくる。
宇宙人が神であり、宇宙人により地球人がつくられたとか
なんか、おかしな情報が、下の者たちも入り乱れながら
いろんな情報が混じっているのが現実なのです。

ほんとうの意味で、地球系神理として、成長のための有効な
有意義なメッセージとして役立てられるものを選び取っていくためにも
地球系神理としての我々が説いている法というものが
しっかりと人びとの心に根ざす必要があるのです。

それ抜きに、ただ、もの珍しさや興味本位だけで宇宙の神理というもの
法、メッセージというものを、むやみやたらに受け容れるのであるのならば
ただそこには、混乱しか生まないことでしょう。

そして、逆に我々の計画も覆されて
もともこもなくなってしまうということなのです。
それぐらいならば
地球の中だけでしっかりとした認識を上げた方がよいのです。
でも、あえて、宇宙の友たちのメッセージまで
今回は盛り込むことにしました。

それは我々、九次元と呼ばれている方たちの根本法の修復が
ある意味で終わったからなのです。
伝えるべきことは、だいたいが伝えたのです。

エル・ランティが伝え、仏陀が伝えられた、本幹のところにある法
それにレムリアがどのように見分け、ふるい
そして何を足していくかということをしっかりと
一応、基本は押さえてくださったということなのです。

その上であるのは、今のうちにできるならば
今度は宇宙文明の夜明けということを含めて
スペース・エンジェルと呼ばれている宇宙の友たちのメッセージも
ぜひ、この際にとっておこうということで
今の企画が組まれていることなのです。
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そして、これが終わったらば
いつまでもスペース・エンジェルの方がたばかりではなく
本来の、地球の、我々の救世の大計画の方針の中に
また戻っていただきます。
まあ、今、やっていることもこの救世の計画の一部ではありますが
今度はそれを、グローバルに、地球規模に広げていく。

そのためには、インターネットを使い、ダウンロードを使い
あらゆるメディアというものを、今の時代、有効に
あなた方の取ったこの神理のメッセージというものが
しっかりと、正確に世界中の人びとに伝わっていくためにも
今、このような文明の利器というものを使って伝えていくということが
たいへん重要なことでもあるということなのです。

ですから、少々の
失敗するかもしれないという恐れや不安などは捨ててしまいなさい。
警戒はしなければいけない。
注意はしなければいけない。
賢くなくてはいけないけれども
でも、まだ起こらないかもしれない不安ばかりに恐れを抱いて
自分たちの行動に抑止力がかかるような
そのようなことをしている段階ではないのです。

ものごとというのは臨界点に達し、加速度がついたとき
その時は一気に流れというものが上昇気流に乗り
そして、ひとつの大いなる時代の激流
奔流となってひとつの流れを形成していくのです。

その追い風のようなその流れというもの
勢いというものは利用していかなくてはいけません。
間違った方向でないのならば、その方向で流していくということ。
それをもってこそ
いちばん効果的に法というものは伝えられていくことでしょう。
そのチャンスに、その成功に
我々、地球霊界の者たちも願いを込めているのです。

このレムリアの計画が成功し、我々が夢に描いた、地球が宇宙に通用する
宇宙連盟の一員となれるような、そのような愛と光の星に成長できる
その瞬間をどれだけわたしたちは夢に描きながら
胸に描きながら、頑張り続けてきたことでしょう。

この大いなる瞬間を、この地球にとうとうもたらすことができる。
その最後の可能性の中に、あなた方が仕事をしておられるということ。
それは、あなた方の転生の、魂の中においても
素晴らしい栄誉ある仕事であると、わたくしは思います。

あなた方がやってくださる仕事を通してしか
今、この夢はかなう道はないのだということ。
もう、一度はダメだと思って引き上げてしまった
宇宙の方がたもおられるということ。
でも、わたしたちはあきらめなかった。

最後の、最後の瞬間まで、わらをもつかむような思いで
この計画を、少しでも可能性があるのならばやり抜いてみようと
地球の霊界、我々の世界においても、皆が一丸となって
この計画実行のために体勢を立て直してきたのです。

もう、普通だったら無理かもしれない。
そう思う、悲観的な意見を持つ者も多くおりました。
でも、思いの中において、可能性があるのなら、最後までやってみようという
我々の世界の者たちの、一致した意見が沸き起こってきたのです。

それにより、我々の中における民族神同士のこだわりというもの
そういうものが、きれいになくなっていったということも事実なのです。
霊界人たちの心も、みな、心がひとつに、地球の危機ということを通して
一丸となったということなのです。

それだけでも素晴らしい霊的な意味の
霊界の世界において、素晴らしい成長があり
素晴らしい愛というものが、わたしたちの中に生まれたのです。
それを三次元にぜひとも具現したいのです。

ありがたいことに、高橋信次、エル・ランティ、仏陀に法を学び
その使命のもとに、この日本に降りて行かれた光の天使であるあなた方が
まだこうやって生きておられます。
その学んだ法をしっかり胸に携えたあなた方が
こうやって生きておられました。
間に合いました。

このレムリアの計画を立ち上げる時に、ミカエルが背水の陣でもって
この計画にすべてを託すと言われ、神々に直訴してまわった
その姿があります。
それは地上に降りて行った、あなた方を信ずればこそ
そして、出て行ったあなた方に対しての責任を
ミカエルは誰よりも感じたからこそ
最後の一瞬まであきらめたくないと言って直訴してまわった。
その心に九次元の方がた、一同の方がたも、十次元の方のところに行かれ
願いを伝えられ、この計画の続行になったのです。

本来であるのならば、かなわなかった計画かもしれません。
でも、その必死な願いが、ミカエルをはじめとする、皆のこの計画に対する
並々ならぬ熱い思いが、地球を愛する思いが
この計画の続行を決定したのです。

けっしてあきらめないということ。
神々の世界は、けっしてあきらめない。
愛することを、けっしてあきらめないということが
愛の世界の法則でもあります。
わたくしたちの決意そのものでもありました。

あなた方に、その使命を担っていただくのは
たいへん苦しいことであるということもわかっておりました。
このように、数々の挫折した計画の残骸があるところに出て行けば
当然、数々の戦い、数々の足の引っ張り合いがあるのもわかっていました。
でも、それでもあなた方に頼むしかなかった。

どうか、命がけでやってきていただきたいと、そのような願いを持ち
皆、その思いで、天上界からあなた方を見守ってきました。
数々のご苦労がありました。
全部、見ていたのです。

(2006.2.4レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-09-13 09:04 | エリヤ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(39)

少し長くなりましたが、わたしもこの皆さんのところに出る機会というのは
ずっと楽しみにしてきたのです。
今がいちばんいい時期ではないかと判断いたしましたので
今日は出させていただきました。

どうか皆さん、御自分の反省は必要ですよ。
反省をしなければ、そこに魔が入ります。
でも、反省をしすぎる仏教徒たちをただ見るにつけ
どうしてもっと自分を創造されたときの神の期待に応え
誇りを持つことができないのか。
もっと唯一の、唯一の存在として、素晴らしさを
素晴らしき光を投げかけることができないのか。

自信を持ってほしい。
清濁あわせるというではありませんか。
悪いところ、いいところも含めて、個性というのができるのです。
いいところばかりでは個性はできない。
だからいいところも含め、悪いところも含め、個性化してきた
その部分をもっと信じて、自己信頼をして、自分ならではの花を聞かせ
この使命のために一丸となっていただきたいのです。

己自身の悟りというもの、境地というもの
それは実践を踏まなければ格は上がらないのです。
仏教徒たち、間違えてはなりません。
アラハンであるとか何であるとか
そのようなものは、ひとつの角度から定義づけようとしたものであって
トータルな意味での悟りの段階論とはまた違うのです。

それは、仏陀の知恵の中においてつくられたものです。
確かにそれによって多くの者たちが少しずつ段々を上がって
多くの者が、地球的な部分でいったらば
高いはしごに登っていった実績があったではありませんか。

でももう、知っていますか、屋根の上に上がったらはしごはいらないのです。
屋根の上に上がったら、はしごはいらないのです。
あなた方は屋根の上にもうすでに上がったにもかかわらず
はしごを手放したくないと
はしごにしがみついているのではないのでしょうか。

はしごが必要な者たちもいるのですよ。
八正道によって、少なくとも煩悩から離れることによって
最悪のことを防ごうという者たちもいるのです。
でも、あなた方は、もうはしごはいらないはずなのです。
屋根の上にもう登っているのに
またはしごを引っ張りだしてきて、はしごから離れられない。
それが、仏教徒たちの八正道の使い方であり、悟り悟りと言っている
その姿のようにも見受けられるのです。

屋根の上に上がったら何をしますか。
大空にかかっている星々に対して、その宇宙の美しさが見えているのならば
その星の美しさを多くの人びとに伝えてあげなさい。
宇宙はこんなに広いんだよ。
屋根の上に上がったら、こんなに美しい星々が見えたよ。
他の天体にも素晴らしい人びとがいるんだよ。
そういうことを伝えてあげなさい。

屋根の上に登ったというのに、いつまではしごを握りしめて
また下の世界が恋しくなっているのでしょうか。
あなたにしたって、霊道を開く、開かないということで
アラハンだのなんだの、こだわっておられるように思いますが
あなたは屋根の上にもう登っているのに、いつまでたってもはしごが離せない
そのような仏教関係者のひとりと同じなのです。
だから、いらぬ縛りがあるのです。

屋根の上に上がるまではね、煩悩からある程度離れる必要があるのです。
だから仏陀は、そのための段階論として、修行の体裁論として
あのようなことをいろいろ言われたのです。
でも、屋根の上に上がったらね、それはもういらないんですよ。
屋根の上に上がったなら、はしごは無用なのですよ。

屋根の上に上がってその美しさ、満天の星々の美しさを、大銀河の美しさを
人びとに伝えていきなさい。
あなたの使命が降りているではないですか。

小さな、小さな仏教という枠の中に縛られていては
これから到来する神の神理を述べ伝える
そのような使命は負うことはできないのです。
仏陀の世界だけがすべてではないのです。
イエス・キリストの説かれた愛の教えは素晴らしいけれども
それだけが全てではないのです。

イスラム教徒だって、なんだかんだ言いながら、性の退廃を
女性たちがあのようなことをすることによって
防いできたこともまた事実なのです。
そして、誰よりも、地球の中で神を信じ、生活の中に息づかせているのは
イスラム教徒ではないのでしょうか。

神を見失っている西洋、欧米諸国の者たち、日本の者たちを見ていると
神という存在すら、もう心の中に認めることができなくなっている。
架空の絵空事だと思っている。
それなのに、イスラム教徒はどうでしょう。

朝な夕なに礼拝をし、人生の中にしっかりと神というもの
神と共に生きるということが即信仰心であるという、生活の実践の場において
神と共に生きておられるではないですか。
そのイスラム教徒に対して、自分たちのほうが上だと言えるでしょうか。

だから、時代の中において、地域的なものの中において
それぞれの真実、必然性
そして、それが求められた目的という時代的背景というものがあるのです。
それを引き受けながら、地域を担当しながら
我々九次元は、八次元のマホメットにしてみてもそうですが
引き受けて出ていった。
そして、地球の歴史をつくってきたのです。

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でももう、何度も繰り返しますが
もう今日は、そういう地域的なもので過渡期的な宗教ではなくて
最終的な地球正法的な部分において
根源的な神々はみな仲間であるという認識に
もっていかなくてはいけないのです。
それをやるのが今回の計画なのです。

我々の声をストレートにこのように発信するという
これは今までタブーとされてきたことなのです。
イエス・キリストの時代であったとしても、イエス・キリストですら
「わたしはモーゼである」とか、「エル・ランティである」とか
そういうことを言って
イエス・キリストが通信を受けていたわけではないのです。

モーゼのときもそうでした。
でも今は、ストレートに名前を明かして、九次元から言葉が出ているのです。
そのくらい我々も力を入れ、自分たちの身分を明かして出てきているのです。
そういう時代はそんな長くはないのです。
何千年、何万年生きてきた中で、ほんの一瞬の今回のチャンスなのです。

日本に生まれていなければ
この日本語でこの言葉を聴くチャンスもなかったでしょう。
正法に触れていなければ、我々が語る言葉の意味もわからないでしょう。
その数々の難関をクリアし、数々のサタンたちの惑わしを乗り越えて
あなた方はここに集いました。
そのことに誇りを持って、命がけになって
満天の星々の美しさを、観衆に向けて、語ってほしいのだと。

屋根の上に登ったのに、はしごをいつまでも抱きしめて
もう屋根の上からはしごを降ろしなさい。
捨てなさい。
あなたの心の中に、ねえ00さん、もう捨てるのです。
いらないのです。
あなた自身はいらないのです。

でも、はしごを登ってきた。
登ってきたからこそ、屋根の上にいるでしょう。
その経験は、あなたの中に大いなる智慧として、パーニャパラミタとして
ちゃんと蓄えられていくのです。
それを多くの者の指導のときに使いなさい。
我々もそうやってはしごを登ってきたのです。
平等だったのですよ。

ちゃんとはしごを一つひとつ登ってから、屋根の上で、屋根の上から
今度は空に向かって飛ぶことを覚えたのです。
そういう段階があるのです。

つまらないものに、もう乗り越えてしまったものに縛られず
己自身の人生に誇りを持って
その残りの人生を、命をかけて生き抜いてください。

あともう十年、二十年、二十年くらい生きてきたらもう人生
それほど大活躍できる年齢ではないではないですか。
いちばんいい時ではないですか。
身体も動きますし、知識も名声も財力もお持ちのようですから
そのすべてをフル稼働して、この時期に己自身の命があり
そしてこの時期に使命を与えられたということに感謝をして
この使命を引き受けていただきたいと思います。

ちょっと長くなりましたけれども
今日はモーゼから皆さま方にごあいさつをしたくて話をしました。
また、これからたぶん、赤色光線の者たちの力が必要になってくると思いますが
そのときは、いつでも呼んでください。

あなたのお兄様も今、向こうで戦って頑張っていますよ。
彼は本来赤色光線に属している者ですから
戦闘はひじょうに彼の得意とするところで
わたしがしっかり見てます。
マヌだけに任せているわけではないのです。

大丈夫ですよ。
あなたがそのご意志を継いでくださるからこそ
彼もまた頑張れるということなのです。
あなた方一族、そしてこのレムリアの計画のために
彼は命を張って戦ってくることでしょう。
その地上の部分で彼の意志を代行する者として
どうかあなたの存在が期待されていますよ。
よろしくお願いいたします。

この者にしてもまだまだ、腹はくくってきているとはいえ
まだ心弱いところがありますので
みなさん方のお力と助力によって
この者を助けていただきたいというふうに思っておりますので
よろしくお願いしたいと思います。
失礼いたします。

(2004.1.11レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-09-11 07:36 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(36)

愛というものは、トータルなものであるということ。
いいかい、自己限定することはない。
さっき、天上界での自由
それがどういうものかっていうことをお尋ねになっていたけど
あなた方、天上界行くと堅っ苦しいんじゃないかってー
いつも、以前の団体で学んだ名残が後遺症になっているんだよ。
試験、試験で、勉強で、上に行けば行くほど大変だから
上に行きたくないとか。
天上界に行くと、楽しいかわいいおねえさんもいないし
お酒も飲めなくなるし、とか。
そういうふうに思ってるから
天上界に行くと自由がないんじゃないかと思うんでしょ?

かわいいおねえさん欲しいしね。
おいしいものも、うまい酒も飲みたいっていうのが
気持ちの中にいつもあるからね。
天上界行くと自由がなくて、つまんないんじゃないかと思って
それなら、上よりちょっと下のほうがいいかな、なんて
裏のほうがいいかな、なんて思っちゃうんでしょ、すぐね。

そうじゃないんだよ。
上は楽しいよ。
自由ですよ。
それを証明するために、ゼウス様に出ていただいたり
マヌ様に登場してもらってるわけですよ。

どうも、人類の見方が、天上界に対しても偏ってしまった。
まじめなことはいいんだよ。
お坊さんたちが一生懸命、一途に法を学ぶ姿。
それは尊いし、人類における、精神文明のリードは
常に彼らの功績によって支えられてきた。
そのことばすばらしい、ありがたいことだけれど
それを追求せんがために、どうしても、一部分が絶対であるという
愛の偏り現象をつくってしまったかもしれないよ。

愛というものはもっとトータルなもの。
いろんな部分が神様の中にあって、一部分だけが極端に肥大化すると
どんな良いものであっても、偏りがあったら
愛と呼ばれなくなるときもあるんだよ。
母親の愛でも、子どもを愛するあまり、すべてを犠牲にして
その子どもを縛るような思いでやったときは
母の愛も、どれだけ世話をしたからといっても
それが子どもにとって悪になってしまうこともあるでしょ。
それと同じだよ。

だから、何でも行き過ぎればなんとやらってところがあって
偏ってしまうといけない。
お坊さんたちの思いも、行き過ぎていってしまったら
それを本来は法の道のためにね、一途に神の仕事を果たすために-
人類に、男性とか女性というものだけで、初歩的なところで
何もわからない者たちに
「女性と遊び暮らしたって、地獄に堕ちないんだよ」って言ったたら
むちゃくちゃなことも起きるような
そういう原始の、古代の時代というのがあったわけですよ。

その中で、ひとつの秩序の中で
神の愛の理念を伝える、メッセンジャーたちに限ってのみ
女犯の罪というか、女性とあまり触れないで、一途に信仰に生きる姿が
宗教のプロであるお坊さん、宗教者という者の中に義務づけられて
その中で一途に信仰の道というものに努力してもらった。
その姿が、仏陀サンガーにおける、坊さんたちの姿でもあるしね
神職とか、キリスト教の中でも、一部の神父さんとかもそういう姿でしょう。

それは、やはり混沌とした時代の中で、神の使者としての役割を果たすために
やはり多くの人々が欲を絶って
神仏に一生を捧げたという、美しい姿があるんだ。
その姿自体が間違ってたということではない。
それで人類はリードされてきた、精神史がリードされてきたという時代がある。
しかし、ある程度の爛熟期がきたとき、犠牲としてきた一部分が
まるで悪であるかのようにみなされてしまったということ。

神というのは、大きな意味で
トータルな、大いなるバランスの中にあるんだよ。
陰があり陽があり、すべてがあって、手を取り合い、陸み合っている。
それが、大字宙の調和の中で、愛という摂理、原理としてまわっている。
だいたい宗教者というのは、男性が多かったから
女性に対する罪悪感が、長い間に埋め込まれてしまった。
女性がまるで神の摂理から嫌われるもの、女性に触れたら
まるで、自分は神の使徒ではないかのような錯覚を植え込んでしまった。
だから、本来なら、陽の意識に対して、陰の意識という神の
神の子の一部として女性の意識は尊いものなんだけど
それがいつの間にか罪悪視されてしまった。

それが、今日ここまできたから、神の使者としても
今回はすべて在家の法でいきなさいという大号令が下っているわけ。
だから、みんな結婚しなさいねということをー
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巫女さんたちなんて「嫌だ、嫌だ」って言いますよ。
坊さんも「あんまり結婚したくないな」と言います。
芸術家の人たちなんかもう、結婚すること自体が怖いんですよ。
物質的なものにまみれるのがすごく怖いんです。
日常的な義務感を背負うことが芸術家にはすごく重荷だし
それで生きていけるのかという不安感があります。
恐怖心があります。
だから、生まれていくときも、「えぇーっ」ていう思いがあった。

「でも、今回出る以上は、在家の法ですよ、結婚しなさい」と
それは、女性原理と男性原理が手をつないだところで
ひとつの魂の集大成を見る、愛の完結を見るということもあって
あなたたちは結婚をしなさいよ」ということを
救世運動にかかわる光の天使たちは
その使命が義務づけられて出てきているんです。

だから、お坊さんも、尼さんも、巫女さんも、神父さんも
今回光の救世運動で出る人は、結婚するという義務があった。
だから、今の時期になって、男性原理と女性原理が
ほんとうの意味で手を取り合っていく。
そうしても、けっして自分の魂を汚すことにはならなくて
最終的に、愛の原理をトータルな原理として、受け入れて完成していく
愛を完成していく原理においても、必要な部分であるということ。
そのことをあなた方に教えるため、「在家の法」が打ち出されてる。

「在家の法」という原理があるということを、あなた方知ってるでしょ?
聞いてますよね。
でも、どうしてもお坊さんたちは、まあここ、ぱっと見ても
過去世、神職や、神様系の仕事やってきた人が多いから
結婚して家庭を持つということに違和感のある人たちが多かったですよね。
「結婚したくないなあ」って、しても、「しぶしぶしたなあ」みたいな
そういう人もいますよね。

でも、そこでこそ、ほんとうの意味で愛の基本原理を学べるんですよ。
子どもがいるとかいないとか、それはまた別です。
子どもはいずれ巣立っていくものですよ。
いいですか。

育むという愛の中では、もちろん大いなる愛を学びます。
でも、最後はこの間言われていたでしょ。
男性原理と女性原理とはまったく異質のものです。
それが出会って、手を取り合って、互いに何が愛であるかということ
それを学ぶのは、基本は夫婦という、男女というペアなのです。
そこに、ひじょうに大きな魂の学びがあるということなんです。

女性が女性になっていき、男性が男性となっていくということです。
男性がほんとうに男性となるには、愛する女性を守ってこそ
そこで、男性原理というのは花開くんだよ。
愛が、自分の中にあるほんとうの意味での男性としての愛に火がつくんだよ。

理屈だけで言っていても、愛というのは語れない。
愛は日常の行いの中で
人生の中で、自分の人生を切り刻んで捧げていくもの。
献身していく姿の中にある。

女性だけに愛の献身があるんじゃないよ。
男性だって、自分の人生をね―、ほんとうのこと言ったら
いつもお経ばっかり、経典ばっかり書いていたいけど
でも娘たちのためにがんばらなきや、とかね、いろいろありますね。
嫁に出さなきゃいけない二人も、と思って、一生懸命働かなきゃいけない。
ほんとうだったら、仏典の編集だけやっていたいけど
仕事もしなくちゃ出世もしなくちゃ、先生たいへんだっていうのが
あるんですよ。
でもこれが実際の愛なんです。

自己本位に、自分だけが自分のやりたいことだけをやっている姿
そこに愛はないんだ。
自分がやりたいけれど、自分が愛する者、守る者のために
男性ならば、愛する者のために、自分の人生を削ってでも
愛し、育んで、捧げていくという姿
そこあってこそ、男性が男性として光り輝いていく
男として頼もしくなっていく、それが基本なんです。

子どもがいなくったって、愛する妻を守り、妻が夫を支え
捧げ尽くしていく献身的な姿
それだけでも十分に学べる。
それをあなた方に学んでほしい。
理屈ではないということ。

(2005.8.6レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-09-08 05:33 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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