地球を愛の星へ

カテゴリ:モーゼ/モーリャ( 40 )

モーゼ/モーリャからのメッセージ(44)

これからの伝道期の中において、たじろがず
どうか勇気を持って進んでいただきたい。
わが言葉は、常に神の正義を代弁するものであって、本来の正義というものは
神のお心がどこにあるかということを見極めてこそ
正義というものが価値を持つということ。

今までの、民族的な、歴史的な、小さな、小さな価値観に縛られた
正義というもののぶつかり合いの中で不幸を呼んでいく
悲しみや苦しみを生んでいく地球時代はもう終わりを告げて
ひとつの大きな人間神の子としての共通認識の中で
みんなが同じ価値観を持って喜び、愛し合うことができる。
そういう時代を、そういう未来をつくっていきたいのです。

そのために、次の世代の者たちが、今度は国境や、国や、組織や
さまざまな社会機構の大変革を行う者たちが出てくるでしょう。
その者たちはほんとうに捨て身で出てきているのです。

その者たちにバトンを渡すために、ぜひ、さきほどから言っている
この修正された新たな方針というものを伝えていく。
そして、そのために、彼らが動き易くするために、世論というものを
このような価値観の中の問いかけとして動かしていけるような
そこまでがあなた方の使命であるということなのです。

霊言を降ろす場所を魔より護り、ここにおいて我々の言葉を収録し
書籍、CD、小冊子というものを通して
そして、さまざまな集まりというものをする中で
本物はやはり多くの人びとを共感させていき
そして、ひとつ火がつけば社会の中のひとつの現象になるのです。

確かに一度、二度と失敗をしているので
日本の人たちにおいても
ひじょうに用心深くなっているというのはあるでしょう。
でも本物は、必ず最後は多くの人びとの心に残り
そして、求められていくということを私は信じて疑わない。
常に神の子たちというものの愛の心というのは
どんな人びとの心の中にも眠っているものなのです。

そして、もうひとつ言いたいのが、どんな人であれ、どんな世俗にまみれ
物質社会の中に翻弄されている者であれ
自らが自らの人生というものを振り返っていったとき
自分の人生をかけて、命をかけて
何か世の中を動かしていく、歴史の中に名をとどめるような
何か大きなもののために関与できる、そういう人生でありたい
そういう力を発揮する人生になりたいと
どこかでみんな思っているはずなのです。

その心というもの、そこに火をつけるのは、あなたたちの情熱であるのです。
情熱がなければ、やる気がなかったのなら、腹が決まっていなかったのならば
そういう方たちの心に情熱の炎を点火することはできないのです。
その情熱に火を点火していくためにも
あなたたちの心に決然とした意志というものを持って
この光の行進を始めていただきたいのです。

神より与えられた光というものがあります。
天上界より覚悟を決めた、光の愛の戦士たちの中において
あなた方が行進していくのならば、あなた方が死ぬ気で多くの人びとに
愛のメッセンジャーとして、かつての宣教師たちのように
命を張っていく気持ちになったのならば
天上界の光はますますあなた方という地上の体を通して
地上をあまねく光り照らし出すのです。

そうすると、地上に多くの光のパイプが降り、あなた方の体を通して
地上に光というものが満ち満ちていくのです。
それは多くの方がたに愛のメッセージを伝えんと
命がけで光の使者として生きんとして
多くの方がたに聞かれた思いで接していこうとしたとき
あなた方の肉体を通して
天上界から光のパイプが地上に放出されていくということです。
天上界から降りてきた光が、あなた方の体から
今度は横の広がりとして地上を照らしていくのです。

それは多くの方、自分だけがわかればいい
自分だけが悟ればいいという思いではなくて
天上界のメッセージを、神の愛のエネルギーを、少しでも地上にいる
この三次元の仲間たちにお伝えし、ともにわかり合い、喜び合い
そしてこの地上をみんなで手をつないで愛の星にしていこうという
そのほんとうの思いがあったときに
その天上界からの、上から降りてくる光は
あなた方の体を通し、心を通し
この地上に今度は横の動きとして放出されながら
地球全体を愛のエネルギーで包んでいくのです。
神のエネルギーで包んでいくのです。

そういう段階がある意味で伝道と呼ばれているときです。
伝道なくして広がった世界宗教は今までもなかったでしょう。
であるのならば、伝道という言葉をアレルギーのように思うのではなくて
無理な勧誘というような、そのような邪道なやり方はやめて
ほんとうに多くの神の子たちに、仲問たちに感動を与える
そういうメッセージというものを伝えていける、そういう自分たちであろうと
それが今回の、今世の自分の残された使命であると
そのように思われるぐらいの気持ちで伝えてください。

そして、それと同時に
あなた方が今地上で行っておられる職業、その仕事、家庭
そのような場所を通して、あなた方の存在というものを
レムリアの教えのように光り輝かしていただきたい。
それを発信していくことにより、社会にますます根づいたものとなります。
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今は多くの古い流れと新しい流れ、新たな価値観と古い価値観がぶつかり合って
新たな時代の方に発展していくか、それとも古いものの中に
逆流現象のように戻っていってしまうか、それは今はわからない。

でも、物質的な価値観だけが、目に見えない世界などは信じないとつっぱね続け
物質的な価値観だけを力により求めて
他の国をりょうがしてでも支配していこうと思う時代がピークまでいったのなら
必ずや国対国との関係の中において
核兵器というものを使う時代というのがきてしまい
地球人類が滅びてしまうという過程になるでしょう。
でも、それを選び取っていくのは地球人類であるということ。

もう結果が見えているのに
「そのようなことになってたまるか」というぐらいの気持ちを持って
あなた方は地球の同胞である仲問たちに伝えなくてはいけません。

「そのようなことをするために、我々は長い間、地球において
この地上において修行してきたのではないのである」と。
「この神の愛の言葉というものをもち、自らの心の中に神の子として眠る
愛のエネルギーにもう一度目覚め、
自らの神の子の誇りをかけてその光に、光を点火せよ」と。

そして、自ら神の子であるという、神の光に自らの心を点火したのならば
高々とその心を掲げて、多くの人びとに示しなさい。
恥ずかしがることなく、恐れることなく、堂々と「神の子である」と
「神はおられる」と、そして、「私は神の子であり
そして、愛のエネルギーの一部である」ということを
高らかに言えばいいのです。
その姿をもって、多くの方がたは感動をもって受け取られるはずなのです。

そのようなことをちゅうちょしているうちに
地球は滅亡、崩壊の時を迎えてしまうかもしれない。
だから一刻の猶予もなく、そこに気づけたのならば
これだけの書籍ができてきたのだから
それをもって多くの人びとにお伝えしていただきたいのです。
あなた方の中において、今はまだためらうことが多いかもしれないけれども
ひとつの流れとなったのならば、ブームとなるのはあっという間なのです。

(2006.4.22レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-12-06 08:05 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(43)

歴史の中において、明治維新を行った坂本龍馬たちのように
時代の端境期というのがあります。
今はまさに、今までの古い体質から、新たな地球の
宇宙時代への幕開けという大きな流れが
ふたつの流れがぶつかり合っている時代なのです。

今までの従来の体質、物質文明中心できた流れから
これからは地球人類がみな神の子であるという、その自覚に基づいた
宇宙を見据えた上での地球、神の子の一体化した共通価値観の中における
新たな霊文明の発展というものを通した、神の子たちの生まれ変わっていく姿。

それはもう一度、「自分たちが神の子であった」と
「愛のエネルギーの一部であった」と
「最初からそうであったのだ」と再認識し、気づいていく。
そういう生まれ変わっていく、再生していく
ルネッサンスの、その時を迎えるということ。
その時に血は流れることはない。
戦争、力によって支配し
軍事兵器をもってこのような革命が起きるのではない。
あくまでも心の中における精神革命であるということ。
それを人類が選び取ることができるか。
その価値観を持つことができるか。
それが人類に課せられた最終的な課題でもあるのです。

それを指し示し切った上で人類が失敗したのならば
違うほうを選び取ったのであるのならば
我々も第三の計画を発動しなかったのです。
指し示し切ることがなく、人類に対して、その課題を提示することなく
途中で挫折してしまったから、我々は、あなた方に第三の計画を発動し
人類にこのメッセージを、この価値観を提示するという行動に出たのです。

でも、それを力の限りに伝えていく、パワフルに伝えていくということは
大切な、大切な仕事であります。
そして、あなた方の頑張り方次第によっては、大きな地球規模の
ほんとうに地球人類の神の子たちが根底からみんなで
草の根から手を取り合って
一致団結してこの地球を守るために、地球時代の将来をつくっていくために
生まれ変わり立ち向かっていく、感動的な劇的な瞬間を迎える
そういう可能性もあるということなのです。

戦争により、力により支配をしていく。
それが神の、神の代弁者としての正義ある姿であると
もし言うのであるのならば
その答えはどうなのかということを人類に問うているわけです。
力で支配するということ。
そのようなことは、何も内側から満足した結果というものは
導き出せないということを
あなた方はもっと認め、学ばなくてはなりません。

これから多くのことが起きるでしょう。
でも、命をかけて大改革をしていくのは
あなた方の次の世代の、若い子たちの世代にあります。
その彼らに引き継ぐのがレムリアの仕事でもあります。

本来曲がってしまった法を整え
そして我々のメッセージ、そして第三のというか
今回の救世の大計画というものの全容
概要というものを地上の者たちに提示し
伝え、そして新たな価値観をしっかりと、正しい価値観を伝えていく。
伝道していく。

そのごちそうを地球の神の子たちに示したらば
あとは地球人類の者たちがどちらを選び取っていこうとするか
その先駆者として、あなた方がその模範を見せていかなくてはなりません。

このように、神のメッセージを聴いた者たちが
どのように感動的な神の使者としての生き方ができるか。
それを多くの人びとは見ていると思います。

あなた方の生きざまを見て、多くの者たちは、ここにこそ神があり
神の使者ここにありと感動するような
そのような生きざまをしていただきたいのです。
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それはけっして
もうお坊さんや、修道士や、修道女であるということではなくて
あなた方が普通の当たり前の地球人として、バランスある生活をしながら
そこにおいても普通の生活をしながら、そこに神の子としての、神の使者として
普通の当たり前の姿の中に
神性というのを宿した愛豊かな生き方ができるということ。
あなた方のそれぞれの個性を通して、生きざまとして見せていただく。
その姿に感動して仲間が集まってくるということです。

これから、世界に対する大伝道期というものがきます。
それは無理に会員を増やしたり、無理な勧誘を行っていくのではなくて
多くの人びとに愛の言葉伝えていく。
ただただ無心に、無私な思いで伝えていく。
そのチャンスを少しでも多くの方々へ提供していくという、その姿なのです。

多くの団体がやっているように信者数や建物や
ビルやそういうものを維持するために
金をかき集めるというわけでもなければ
それでお金を儲けようとするのではなく、少しでも多くの人びとに対して
この我々の、天上界の言葉というのを聞いていただくことは
純粋に、純粋に神の言葉を伝えていくということに喜びを持てるはずなのです。
その姿をもって多くの方がたが集まってくるということ。
そういう段階がくるということです。

レムリア・ルネッサンスは組織を持ちません。
そして支部とか、そういうものもいらないけれども、みんなで助け合う
ネットワークのようなものをつくっていただきたいと思います。
大阪地区なら大阪地区、東京地区なら東京地区
それぞれの、自分たちの住まう静岡とか、あと九州とか、北海道とか
今はまだ駆けつけてはいない方がたも
話をすればそういう方がたが来られると思います。

ですから、霊言をとる、こういう内輪の会以外にも
今ネットの向こうで興味を持っている方がたを
フランクに受け入れていくような
そういう集まりをしていただけたらいいかなと思います。

その上で、その地区の方がたにも手伝っていただきながら
さっきの図書館での伝道も、あなた方の数だけではなく
日本中にいる、普段霊言を聴く場には来られないけれども
自分の地区で何とかお手伝いをしたいと思っている方がたに対して
そういう方がたの手も借りて広げていくということ。

そのうちに、一人でも多くの方がたの縁を通していく中に
多くの方がたと出会っていくことができるのではないかと
そして、多くの神の子たちの手に
あなた方のメッセージが伝わっていくのではないかなと
そのような期待を持っているのです。

(2006.4.22レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-11-15 07:19 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(42)

過去の歴史において、私がユダヤ教と呼ばれる源流の元になりました。
イスラエルの民をエジプトの地から導き出し、カナンの地へ連れて行った。
それがユダヤ教というものの流れの源流になっているのです。

それから、イエス・キリスト、インマヌエルが
キリスト教の源流というのをつくりました。
マホメットがいるところで、やはりイスラム教というものができてきた。

それはそれでひとつの宗教の、ローカルな宗教の中で、多くの価値観の中で
民族的な背景、歴史的な背景の中で
ひとつの必然の流れの中で説かれた法なのです。

でも、わが律法は今日にはもう通用せず。
そして、そのような個々に分かれた価値観、個々に分かれた民族的背景
正義というものがバラバラに共存しているのが現在の地球なのです。

それがバラバラにあるがゆえに、その自分たちの正義が
小さな正義がたくさん存在することにより、自分たちの信仰感
正義というものを主張するがゆえに戦争が起きているのです。

それを一度、どんな民族であれ、どんな宗教であれ
大きなひとつの統一された価値観により、共通の認識された価値観により
地球人類はまとめ上げなくては、地球というものがひとつの惑星として
地球人類としてひとつになれないということなのです。

そのためにはキーワードは「神の子である」ということ。
神の子であるということは、愛の魂をもった、愛をたたえた神の子たちである。
そういう自分であるということ。

さまざまな民族を、さまざまな宗教の中を
永遠の転生輪廻の中で生き抜いてきた、そういう自分たちであるということを
ほんとうに理解したのならば、つまらぬ戦争などしなくても
ほんとうに人類が理解したときには
宗教間の争いというのは、ばかばかしくなって消えていくのです。
その共通認識をもって統合しなくては
地球人類がひとつになるということは不可能なのです。

彼らには彼らなりの言い分があるということです。
歴史的な背景、宗教的な背景があるのです。
でも、もうそのような小さな価値観の中に
人類が閉じ込められていがみ合う時代は
終わりを告げるということを、以前から私たちは伝えてきているはずなのです。
それをもっと前面に出さなくてはなりません。

そしてその、心の闇の中にある、小さな、小さな正義の中の争いによって
人類は最終的に宗教戦争によって、自分たちが造り出した科学兵器によって
滅びていかんとしているのです。

それを自分たちがやった因果の応報であると、そのように受け取るのか
それともそこから抜け出て、天上界から明かされた
本来の神の子であるという
愛のメッセージの中で、自らの中に眠る愛というものに目覚めて
愛のエネルギーを発動して宇宙時代を築く
地球時代から宇宙時代へと変わっていく。

そういう姿に成長し、発展し、生まれ変わっていくことができるのか。
それが今問われている
大事な、大事なターニングポイントであるということなのです。
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そなたたちはそれをもっと伝えなくてはいけない。
本来であるのならば、九次元の者が降りていって、前面に立って、語って
世界中を行脚しながら、「救世主ここに立てり」ということを
地球規模の中でアピールしなくてはいけないときであるのです。

それをやるはずであったということなのです。
でもそれができぬ今、今は逆にこういうネット社会というのがあるから
書籍を通して伝道していただきたいと思います。

自分たちだけが霊言を聴いて喜び
自分たちだけがその中でマニアのようになっているのではなくて
神から与えられた使命
そして神の、天上界からの与えられたこのメッセージをもって
地球の神の子たちに知らしめるために、神の愛を分かち合うために
そなたたちは活動していただきたいと思います。

そなたたちも、もう、一度なり、二度なりの挫折を繰り返し
宗教団体で嫌な思いをしてきている方がたが多いと思う。
だから、伝道というとアレルギーになるという
そういう方がいてもしょうがないと思うのです。
それはよくわかる。

でも、だからこそ、もうあとがない
そなたたちの第三の計画であるということを
どうか理解していただきたいと思うのです。

やるべきことはキリスト教の時代でも同じであった。
インマヌエルのたった三年間の、三年半の活動が、そのあと世界中を席けんし
世界中の人類を延々と救い続けたのは
その過程に、死ぬ気で命を張って伝えてくれた
宣教師たちの姿が、キリスト教の宣教師や修道女たちの姿があればこそ
命がけの活動があればこそ、インマヌエルの言葉が世界中に伝わったのです。

それをもって人類は救われ続けているのが現状であると思うのです。
それを思うのならば、法というものは降りたあと
やはり多くの方がたのもとに命がけになって伝えねばなりません。

あなた方の中においても、かつて十字架につけられても
辺境の地に流れ着いてでも
命がけで言葉もわからぬ国にバイブルひとつを持ち、愛の言葉を
キリストの言葉を伝えに頑張られた方がたがおられるのです。

そのときのことを考えるのならば
命をかけ、ほんとうに生命の危機にさらされながらでも
その伝道ということをやってこられた。
それから見たら、あなた方の時代は、たとえ少々のことを言っても
殺されたり、焼き討ちにあったりとか、そういうこともない時代なのです。

そういう時代から見たら、とても恵まれている時代であるということです。
そのことを思い、あなたたちがこれから世界伝道に向けて、神の言葉を
我々のメッセージを伝えていく
あらゆる手だてを発動していただきたいと思います。

(2006.4.22レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-11-01 06:44 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(41)

レムリア・ルネッサンスは、けっして無理やり会員を増やしたり
売り上げや収益を上げるために
数々の物を売ったりとか、そういうことではなく
純粋に天上界からのメッセージというものを
地球の人びとに伝えていくということをもって
使命としていただきたいのである。

もう地球が今、最終的な土壇場の時にきているということ。
そのことを再三、我々は伝えてきた。
そして今、時を稼ぎながら、この第三の計画を発動し
そして、地球の神の子たちに対するメッセージというものを
そなたたちに編集していただきました。

一冊でも多く書籍を出し
そしてそれをもって日本の、世界の人びとに向かって発信していく。
そういう時がやってきたということを認識していただきたいのです。

この土壇場の時、人類はどちらの道を選択し
どのような計画、結果を生み出していくのか。
それがこれから問われる時代なのです。

我々のメッセージをただ一方的に受け入れて
地上の者たちが天上界のなすがままになる。
そのようなことが地上の、学びの場であるわけがなく
我々が伝えたメッセ―ジを
今度は地球の神の子たちがどのように受け入れて
どのように推し進めていくか。
それでこれからの、この地球の命運が変わってくるということ。
その時期がきたということなのです。

我々は精一杯、この者を使って、天上界からのメッセージを伝えてきました。
それをもって、あなた方がどのように多くの者たちに伝えてくださるか。
そしてそれを、書籍でも、すでに本屋さんに並んでいるのに
それをもって無視し続けるのか。

それとも、それを本来の学びの糧として
人類の宝として受け入れていく人類の姿があるのか。
そこが我々にとっても手出しのできぬ。
地上の者たちの、ひとつの試練の場所であると思うのです。

かつて、他の惑星においても
このような時期というのは平等にきているのです。
戦争という試練の前に
このような天上界からのメッセージというのが起きて
同じようなことを、我々のような救世主界というところから計画し
降ろしていく。

その時に、この最後、土壇場になったときに、どのような指導者が出るか。
そして、どのような指導者に地球人類がついていくかをもって
大体その星の命運というのが決まっている。
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そのひとつは、軍事的英雄が出るタイプ。
軍事力をもってひとつの神の正義、ジャスティスというものが
多くの人びとに受け入れられて
そして、自分たちこそが神を代表するものであると
軍事力をもって人びとを支配していこうと思うタイプに
人びとがついていこうとするか。

もうひとつは、神の子として、神の愛というものを説き続けることをもって
人類に、その星の人びとに
神の子であるという霊的な目覚めというものを通して
地球の人びとに、心の精神的な意昧での愛の革命を起こさせることによって
その惑星というものを神の星にシフトアップしていこうとする指導者が出るか。
だいたいその二つのタイプが出てくるのです。

まがい物は、たくさんいつの時代でも出るけれども
大体その大きな二つの流れがあるのです。
そして、それはどちらもが天上界より降ろされている流れでもあるのです。

それに対して、その惑星の
地球なら地球の人類がどちらについていこうとするか
それを選び取るか、それによって結果が変わってくるということです。

どれだけ兵器を持ち、核を待ち、力でもって人の心を支配しようとしても
力でもって神の正義というものを代弁しようとしても、人の心はついてこないし
そういうもので地球が統一され、統合され、次の段階に行けるような
愛豊かな、調和と慈悲に満ちた愛の星にすることは不可能であるということ。

ひじょうに遠回りのように思うかもしれないけれども
神の子であるという共通理念に訴えかけて、神の子である愛の思いという
すべての者たちの心の中に眠っている、愛の思いというもの。

そこにしっかりと目覚めるように訴えかけ、その惑星の者たちを
神の子という共通認識、共通価値観のもとでまとめ上げていく。
そういう道を示せるのが本来の救世主といわれる者たちなのである。

そして今、立ち消えかけたこの計画が
第三の計画によって引き継がれたということから
あなた方が世界人類を救っていかなくてはいかないかということは
おのずとわかるであろう。

そなたたちが精一杯頑張られたのであるのならば、それを受け入れる
受け入れられないということは、世界の人びとがどのような精神状態で
何をもって最大の価値観として、最終的に選び取ったかということによって
地球の今後の命運というのは決まるということなのです。

(2006.4.22レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-10-11 07:15 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(40)

少し長くなりましたが、わたしもこの皆さんのところに出る機会というのは
ずっと楽しみにしてきたのです。
今がいちばんいい時期ではないかと判断いたしましたので
今日は出させていただきました。

どうか皆さん、ご自分の反省は必要ですよ。
反省をしなければ、そこに魔が入ります。
でも、反省をしすぎる仏教徒たちをただ見るにつけ
どうしてもっと自分を創造されたときの神の期待に応え
誇りを持つことができないのか。
もっと唯一の、唯一の存在として、素晴らしさを
素晴らしき光を投げかけることができないのか。

自信を持ってほしい。
清濁あわせるというではありませんか。
悪いところ、いいところも含めて、個性というのができるのです。
いいところばかりでは個性はできない。
だからいいところも含め、悪いところも含め、個性化してきた
その部分をもっと信じて、自己信頼をして、自分ならではの花を聞かせ
この使命のために一丸となっていただきたいのです。

己自身の悟りというもの、境地というもの
それは実践を踏まなければ格は上がらないのです。
仏教徒たち、間違えてはなりません。
アラハンであるとか何であるとか
そのようなものは、ひとつの角度から定義づけようとしたものであって
トータルな意味での悟りの段階論とはまた違うのです。

それは、仏陀の知恵の中においてつくられたものです。
確かにそれによって多くの者たちが少しずつ段々を上がって
多くの者が、地球的な部分でいったらば
高いはしごに登っていった実績があったではありませんか。

でももう、知っていますか、屋根の上に上がったらはしごはいらないのです。
屋根の上に上がったら、はしごはいらないのです。
あなた方は屋根の上にもうすでに上がったにもかかわらず
はしごを手放したくないと
はしごにしがみついているのではないのでしょうか。

はしごが必要な者たちもいるのですよ。
八正道によって、少なくとも煩悩から離れることによって
最悪のことを防ごうという者たちもいるのです。
でも、あなた方は、もうはしごはいらないはずなのです。
屋根の上にもう登っているのに
またはしごを引っ張りだしてきて、はしごから離れられない。
それが、仏教徒たちの八正道の使い方であり、悟り悟りと言っている
その姿のようにも見受けられるのです。

屋根の上に上がったら何をしますか。
大空にかかっている星々に対して、その宇宙の美しさが見えているのならば
その星の美しさを多くの人びとに伝えてあげなさい。
宇宙はこんなに広いんだよ。
屋根の上に上がったら、こんなに美しい星々が見えたよ。
他の天体にも素晴らしい人びとがいるんだよ。
そういうことを伝えてあげなさい。

屋根の上に登ったというのに、いつまではしごを握りしめて
また下の世界が恋しくなっているのでしょうか。
あなたにしたって、霊道を開く、開かないということで
アラハンだのなんだの、こだわっておられるように思いますが
あなたは屋根の上にもう登っているのに、いつまでたってもはしごが離せない
そのような仏教関係者のひとりと同じなのです。
だから、いらぬ縛りがあるのです。

屋根の上に上がるまではね、煩悩からある程度離れる必要があるのです。
だから仏陀は、そのための段階論として、修行の体裁論として
あのようなことをいろいろ言われたのです。
でも、屋根の上に上がったらね、それはもういらないんですよ。
屋根の上に上がったなら、はしごは無用なのですよ。

屋根の上に上がってその美しさ、満天の星々の美しさを、大銀河の美しさを
人びとに伝えていきなさい。
あなたの使命が降りているではないですか。

小さな、小さな仏教という枠の中に縛られていては
これから到来する神の神理を述べ伝える
そのような使命は負うことはできないのです。
仏陀の世界だけがすべてではないのです。
イエス・キリストの説かれた愛の教えは素晴らしいけれども
それだけが全てではないのです。

イスラム教徒だって、なんだかんだ言いながら、性の退廃を
女性たちがあのようなことをすることによって
防いできたこともまた事実なのです。
そして、誰よりも、地球の中で神を信じ、生活の中に息づかせているのは
イスラム教徒ではないのでしょうか。

神を見失っている西洋、欧米諸国の者たち、日本の者たちを見ていると
神という存在すら、もう心の中に認めることができなくなっている。
架空の絵空事だと思っている。
それなのに、イスラム教徒はどうでしょう。

朝な夕なに礼拝をし、人生の中にしっかりと神というもの
神と共に生きるということが即信仰心であるという、生活の実践の場において
神と共に生きておられるではないですか。
そのイスラム教徒に対して、自分たちのほうが上だと言えるでしょうか。

だから、時代の中において、地域的なものの中において
それぞれの真実、必然性
そして、それが求められた目的という時代的背景というものがあるのです。
それを引き受けながら、地域を担当しながら
我々九次元は、八次元のマホメットにしてみてもそうですが
引き受けて出ていった。
そして、地球の歴史をつくってきたのです。
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でももう、何度も繰り返しますが
もう今日は、そういう地域的なもので過渡期的な宗教ではなくて
最終的な地球正法的な部分において
根源的な神々はみな仲間であるという認識に
もっていかなくてはいけないのです。
それをやるのが今回の計画なのです。

我々の声をストレートにこのように発信するという
これは今までタブーとされてきたことなのです。
イエス・キリストの時代であったとしても、イエス・キリストですら
「わたしはモーゼである」とか、「エル・ランティである」とか
そういうことを言って
イエス・キリストが通信を受けていたわけではないのです。

モーゼのときもそうでした。
でも今は、ストレートに名前を明かして、九次元から言葉が出ているのです。
そのくらい我々も力を入れ、自分たちの身分を明かして出てきているのです。
そういう時代はそんな長くはないのです。
何千年、何万年生きてきた中で、ほんの一瞬の今回のチャンスなのです。

日本に生まれていなければ
この日本語でこの言葉を聴くチャンスもなかったでしょう。
正法に触れていなければ、我々が語る言葉の意味もわからないでしょう。
その数々の難関をクリアし、数々のサタンたちの惑わしを乗り越えて
あなた方はここに集いました。
そのことに誇りを持って、命がけになって
満天の星々の美しさを、観衆に向けて、語ってほしいのだと。

屋根の上に登ったのに、はしごをいつまでも抱きしめて
もう屋根の上からはしごを降ろしなさい。
捨てなさい。
あなたの心の中に、ねえ00さん、もう捨てるのです。
いらないのです。
あなた自身はいらないのです。

でも、はしごを登ってきた。
登ってきたからこそ、屋根の上にいるでしょう。
その経験は、あなたの中に大いなる智慧として、パーニャパラミタとして
ちゃんと蓄えられていくのです。
それを多くの者の指導のときに使いなさい。
我々もそうやってはしごを登ってきたのです。
平等だったのですよ。

ちゃんとはしごを一つひとつ登ってから、屋根の上で、屋根の上から
今度は空に向かって飛ぶことを覚えたのです。
そういう段階があるのです。

つまらないものに、もう乗り越えてしまったものに縛られず
己自身の人生に誇りを持って
その残りの人生を、命をかけて生き抜いてください。

あともう十年、二十年、二十年くらい生きてきたらもう人生
それほど大活躍できる年齢ではないではないですか。
いちばんいい時ではないですか。
身体も動きますし、知識も名声も財力もお持ちのようですから
そのすべてをフル稼働して、この時期に己自身の命があり
そしてこの時期に使命を与えられたということに感謝をして
この使命を引き受けていただきたいと思います。

ちょっと長くなりましたけれども
今日はモーゼから皆さま方にごあいさつをしたくて話をしました。
また、これからたぶん、赤色光線の者たちの力が必要になってくると思いますが
そのときは、いつでも呼んでください。

あなたのお兄様も今、向こうで戦って頑張っていますよ。
彼は本来赤色光線に属している者ですから
戦闘はひじょうに彼の得意とするところで
わたしがしっかり見てます。
マヌだけに任せているわけではないのです。

大丈夫ですよ。
あなたがそのご意志を継いでくださるからこそ
彼もまた頑張れるということなのです。
あなた方一族、そしてこのレムリアの計画のために
彼は命を張って戦ってくることでしょう。
その地上の部分で彼の意志を代行する者として
どうかあなたの存在が期待されていますよ。
よろしくお願いいたします。

この者にしてもまだまだ、腹はくくってきているとはいえ
まだ心弱いところがありますので
みなさん方のお力と助力によって
この者を助けていただきたいというふうに思っておりますので
よろしくお願いしたいと思います。
失礼いたします。

(2004.1.11レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-09-24 06:43 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(39)

少し長くなりましたが、わたしもこの皆さんのところに出る機会というのは
ずっと楽しみにしてきたのです。
今がいちばんいい時期ではないかと判断いたしましたので
今日は出させていただきました。

どうか皆さん、御自分の反省は必要ですよ。
反省をしなければ、そこに魔が入ります。
でも、反省をしすぎる仏教徒たちをただ見るにつけ
どうしてもっと自分を創造されたときの神の期待に応え
誇りを持つことができないのか。
もっと唯一の、唯一の存在として、素晴らしさを
素晴らしき光を投げかけることができないのか。

自信を持ってほしい。
清濁あわせるというではありませんか。
悪いところ、いいところも含めて、個性というのができるのです。
いいところばかりでは個性はできない。
だからいいところも含め、悪いところも含め、個性化してきた
その部分をもっと信じて、自己信頼をして、自分ならではの花を聞かせ
この使命のために一丸となっていただきたいのです。

己自身の悟りというもの、境地というもの
それは実践を踏まなければ格は上がらないのです。
仏教徒たち、間違えてはなりません。
アラハンであるとか何であるとか
そのようなものは、ひとつの角度から定義づけようとしたものであって
トータルな意味での悟りの段階論とはまた違うのです。

それは、仏陀の知恵の中においてつくられたものです。
確かにそれによって多くの者たちが少しずつ段々を上がって
多くの者が、地球的な部分でいったらば
高いはしごに登っていった実績があったではありませんか。

でももう、知っていますか、屋根の上に上がったらはしごはいらないのです。
屋根の上に上がったら、はしごはいらないのです。
あなた方は屋根の上にもうすでに上がったにもかかわらず
はしごを手放したくないと
はしごにしがみついているのではないのでしょうか。

はしごが必要な者たちもいるのですよ。
八正道によって、少なくとも煩悩から離れることによって
最悪のことを防ごうという者たちもいるのです。
でも、あなた方は、もうはしごはいらないはずなのです。
屋根の上にもう登っているのに
またはしごを引っ張りだしてきて、はしごから離れられない。
それが、仏教徒たちの八正道の使い方であり、悟り悟りと言っている
その姿のようにも見受けられるのです。

屋根の上に上がったら何をしますか。
大空にかかっている星々に対して、その宇宙の美しさが見えているのならば
その星の美しさを多くの人びとに伝えてあげなさい。
宇宙はこんなに広いんだよ。
屋根の上に上がったら、こんなに美しい星々が見えたよ。
他の天体にも素晴らしい人びとがいるんだよ。
そういうことを伝えてあげなさい。

屋根の上に登ったというのに、いつまではしごを握りしめて
また下の世界が恋しくなっているのでしょうか。
あなたにしたって、霊道を開く、開かないということで
アラハンだのなんだの、こだわっておられるように思いますが
あなたは屋根の上にもう登っているのに、いつまでたってもはしごが離せない
そのような仏教関係者のひとりと同じなのです。
だから、いらぬ縛りがあるのです。

屋根の上に上がるまではね、煩悩からある程度離れる必要があるのです。
だから仏陀は、そのための段階論として、修行の体裁論として
あのようなことをいろいろ言われたのです。
でも、屋根の上に上がったらね、それはもういらないんですよ。
屋根の上に上がったなら、はしごは無用なのですよ。

屋根の上に上がってその美しさ、満天の星々の美しさを、大銀河の美しさを
人びとに伝えていきなさい。
あなたの使命が降りているではないですか。

小さな、小さな仏教という枠の中に縛られていては
これから到来する神の神理を述べ伝える
そのような使命は負うことはできないのです。
仏陀の世界だけがすべてではないのです。
イエス・キリストの説かれた愛の教えは素晴らしいけれども
それだけが全てではないのです。

イスラム教徒だって、なんだかんだ言いながら、性の退廃を
女性たちがあのようなことをすることによって
防いできたこともまた事実なのです。
そして、誰よりも、地球の中で神を信じ、生活の中に息づかせているのは
イスラム教徒ではないのでしょうか。

神を見失っている西洋、欧米諸国の者たち、日本の者たちを見ていると
神という存在すら、もう心の中に認めることができなくなっている。
架空の絵空事だと思っている。
それなのに、イスラム教徒はどうでしょう。

朝な夕なに礼拝をし、人生の中にしっかりと神というもの
神と共に生きるということが即信仰心であるという、生活の実践の場において
神と共に生きておられるではないですか。
そのイスラム教徒に対して、自分たちのほうが上だと言えるでしょうか。

だから、時代の中において、地域的なものの中において
それぞれの真実、必然性
そして、それが求められた目的という時代的背景というものがあるのです。
それを引き受けながら、地域を担当しながら
我々九次元は、八次元のマホメットにしてみてもそうですが
引き受けて出ていった。
そして、地球の歴史をつくってきたのです。

c0171476_07375471.jpg


でももう、何度も繰り返しますが
もう今日は、そういう地域的なもので過渡期的な宗教ではなくて
最終的な地球正法的な部分において
根源的な神々はみな仲間であるという認識に
もっていかなくてはいけないのです。
それをやるのが今回の計画なのです。

我々の声をストレートにこのように発信するという
これは今までタブーとされてきたことなのです。
イエス・キリストの時代であったとしても、イエス・キリストですら
「わたしはモーゼである」とか、「エル・ランティである」とか
そういうことを言って
イエス・キリストが通信を受けていたわけではないのです。

モーゼのときもそうでした。
でも今は、ストレートに名前を明かして、九次元から言葉が出ているのです。
そのくらい我々も力を入れ、自分たちの身分を明かして出てきているのです。
そういう時代はそんな長くはないのです。
何千年、何万年生きてきた中で、ほんの一瞬の今回のチャンスなのです。

日本に生まれていなければ
この日本語でこの言葉を聴くチャンスもなかったでしょう。
正法に触れていなければ、我々が語る言葉の意味もわからないでしょう。
その数々の難関をクリアし、数々のサタンたちの惑わしを乗り越えて
あなた方はここに集いました。
そのことに誇りを持って、命がけになって
満天の星々の美しさを、観衆に向けて、語ってほしいのだと。

屋根の上に登ったのに、はしごをいつまでも抱きしめて
もう屋根の上からはしごを降ろしなさい。
捨てなさい。
あなたの心の中に、ねえ00さん、もう捨てるのです。
いらないのです。
あなた自身はいらないのです。

でも、はしごを登ってきた。
登ってきたからこそ、屋根の上にいるでしょう。
その経験は、あなたの中に大いなる智慧として、パーニャパラミタとして
ちゃんと蓄えられていくのです。
それを多くの者の指導のときに使いなさい。
我々もそうやってはしごを登ってきたのです。
平等だったのですよ。

ちゃんとはしごを一つひとつ登ってから、屋根の上で、屋根の上から
今度は空に向かって飛ぶことを覚えたのです。
そういう段階があるのです。

つまらないものに、もう乗り越えてしまったものに縛られず
己自身の人生に誇りを持って
その残りの人生を、命をかけて生き抜いてください。

あともう十年、二十年、二十年くらい生きてきたらもう人生
それほど大活躍できる年齢ではないではないですか。
いちばんいい時ではないですか。
身体も動きますし、知識も名声も財力もお持ちのようですから
そのすべてをフル稼働して、この時期に己自身の命があり
そしてこの時期に使命を与えられたということに感謝をして
この使命を引き受けていただきたいと思います。

ちょっと長くなりましたけれども
今日はモーゼから皆さま方にごあいさつをしたくて話をしました。
また、これからたぶん、赤色光線の者たちの力が必要になってくると思いますが
そのときは、いつでも呼んでください。

あなたのお兄様も今、向こうで戦って頑張っていますよ。
彼は本来赤色光線に属している者ですから
戦闘はひじょうに彼の得意とするところで
わたしがしっかり見てます。
マヌだけに任せているわけではないのです。

大丈夫ですよ。
あなたがそのご意志を継いでくださるからこそ
彼もまた頑張れるということなのです。
あなた方一族、そしてこのレムリアの計画のために
彼は命を張って戦ってくることでしょう。
その地上の部分で彼の意志を代行する者として
どうかあなたの存在が期待されていますよ。
よろしくお願いいたします。

この者にしてもまだまだ、腹はくくってきているとはいえ
まだ心弱いところがありますので
みなさん方のお力と助力によって
この者を助けていただきたいというふうに思っておりますので
よろしくお願いしたいと思います。
失礼いたします。

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by nagoyasc | 2017-09-11 07:36 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(38)

大事なことは法なのです。
地球レベルの法が説かれるとき
その根本法がきちっと今、地球のもとにひとつになるとき
それが確立されなくては、サタンたちは救えない。

そして、あなた方全人類も、地球を照らす太陽がひとつであるということを
ほんとうの意味で認識する。
その次元アップ、精神的な次元がアップしなければ
とてもでないが宇宙連盟の一員としての地球人の立場というものを
理解する段階には至らないのです。

そんな、自分たちの地域的な神が最高であると、モーゼが最高であった
イエス・キリストが最高であった、仏陀が最高であった
マホメットが最高であったと言って
殺し合いをするような者たちが、宇宙に出て行かれては
宇宙の人、宇宙人たちはたいへん迷惑をするのです。

そんな原始的な野蛮人が出て来られて
自分たちのアラーの神がおっしゃったから
だから火星や金星は他の神がやってるから殺してきてもいいのだという人が
宇宙にどんどん広がっていったら、どのようになると思われますか。
それは許されないのです。
その惑星の中で淘汰されるように言われていることなのです。

次に宇宙時代の到来のことを考えて
地球人がほんとうの意味で認識を統一するということ。
地球人として、地球系的な神理のもとに
地球神というものが今まで説かれてきた
救世主といわれている方がた、その方がたが実は一体となり
みんな仲間であり、指導してつくり上げてきたものであるということ。
そして、我々九次元であっても、完全体ではないのだということ。

大指導霊ではあるけれども、地球を任された責任者たちではあるけれども
神というのは限りなく高みにおられ、我々はその完成へ向かって努力する
そういう途中の過程にある、我々も平等な神霊であるということ。
だから、あなた方もみんな同じであるのだから
我々と同じように努力精進して
イエス・キリストのようになりたいと思うのならば
そのように頑張れと、そのように呼びかけていかなくてはいけないのです。

もう、宗派によって、自分たちの先生を守るために殺し合いをする時代に
終焉を告げなくてはいけない。
そのための今回の法であるということ。
それを人びとに伝えてほしいのです。
モーゼからお願いしたいことはそこなのです。

そこが人びとの認識にしっかりと入らなければ
地獄というのは永遠に解消されないのです。
そういう磁場がいつまでたっても巣をつくっている限り。
だってそうでしょ、あなた方がもし身体の中に癌というものがあったとした時
放っておいたら、どんどんどんどん拡がっていって
最後はその人間という生命体自体を
脅かすところまでいってしまうのではないのでしょうか。

すでにそういう癌化してしまった
それがある意味で地獄というもののエネルギー体なのです。
そして、それによって、この地球を育み、その身を投げ出し
この地球惑星というものをつくってくださった地球神霊が
今たいへん苦しんでおられる。

まあ、ある意味で言うと癌の末期症状に近くなってきているような
末期とまではいいませんがこの状態は中期後半ですね。
ひじょうに苦しまれておられる。
それだけ地獄が拡大されてしまったのです。

エネルギー体ですので、やはり癌化した部分が拡がっていけば
そのエネルギーの総量によって、本体のほうもひじょうなダメージを受ける。
だから地獄を解消していく。
完全に解消できないにしても、たとえば抗癌剤を使って
その癌の細胞が縮小するではないですか。
医者はそうするでしょう。
わたしは地獄の医者なのです。

けっして、彼らを裁こうとしているのではなくて
一人ひとりを説得することによって
地獄のエネルギーを小さくすることによって
地獄霊というものの数を減らして、救いながら、地球意識の治療をしようと
このモーゼは、いちばん膿みの部分に赴いていって
戦っているというのが実情なのです。

けっして、裁いているわけではないのですよ。
わたしは正義というものを常に説きながらきました。
正義という、本来の正義というのは、大きな目で見たときに
何をいちばんするべきか
何が真であるか、信じていくか
そのときの判断において、正義という言葉をわたしは使うのです。
使うのであって、けっして、正義という名のもとに
まわりが悪だといって切り捨て、責め
上から見下ろすようなことが正義ではないのです。
すべてのものを本来の姿に戻し
すべてのものを本来の姿の中で生かしていきたいから
そのためにわたしは日夜戦っているのです。

サタンに対してもそうなのです。
ミカエルもよく誤解されますが、けっして、サタンを裁こうとしたり
サタンと戦うことで封じ込めようとしているだけではないのです。
裁いているわけではないのです。
本来そんな姿で、醜い姿でいていいわけがない。
誰よりも知っているミカエルは、そう彼に言っているのです。

「お前はそんなものではなかったはずだ」と、「何をやっているのだ」と
彼独特の強い口調で言っているだけなのです。
それは、誰よりも深い、サタンに対する愛があればこそ
このようなところに赴いて説得をし続けているのです。

わたしは、この者と00さんという方が
ルシファーに対する談義をしているのを何度か聞いたことがあります。
「サタンにはサタンの使命があり、サタンだって存在を許されている以上
彼を責めてはいけない」と「アメリカのようになってはいけないから
イスラムと正義の名のもとに戦うのはいけないから
だからわたしは、戦いは好まない」ということを
彼は延々と論理の中で言っていたと思います。

ある意味で、非暴力の戦い方という意味で
まあ彼の理論もわからないでもないと思いますが
でも我々のような立場にいる者から見たならば
それはもっと達観した意味での愛の姿がないのだと、認識能力がないのだと。
ほんとうに愛していればこそ、あなた方は子どものことを
お尻を叩いてしつけをするではないですか。
自分の子どもの将来、社会に出て恥ずかしい思いをしないために
けっして人間として落伍者にならないために
お尻を叩いてしつけをした経験はお持ちだと思います。
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これ最後になってきたときに、サタンが表面化してくるので
覚悟はしっかりと決めていただきたいと思います。
とにかく身の回りに関して隙をつくらないこと。
それで何度もこの者が言っておりますが、サタンが角を突きつけてくることは
人の心の中に、人間関係の中に、不信感というものの中に
撹乱してくるということ。
その現実をしっかりとわきまえられたならば、心を統御し
絶対なる信頼でお互いを仲間同士結びつけ合いながら
信頼しながら歩んでいただきたいのです。

不信というものの中に爪を立てられると「仲間のためには死ねる」と
戦闘系の者はそういうふうによく言います。
仲間のためには死ねると思わなければ、
彼ら自体が危ないのだと
それを戦いの現場を踏んだ者たちはよく知っているのです。
今回の責任者に、このサタンとの戦闘の経験者を指名したのはそこなのです。
(やや間)
アマーリエ:ああ、そうですか。
モーゼ:最終的なこういう事態がこじれたときには
相当我々の計画がサタンによって撹乱されたときであろうということは
我々の中でも想像ができたのです。
だから三番目には、こういう戦闘系の者が責任者になるように
魔を封じることができるような責任者を出した。

どんなにサタンが卑怯な手段を使ってくるか、撹乱してくるのか。
それはやはり
その現場に出た者でなければわからないものというのがあるのです。
そこがあまりに、仏教関係者
キリスト教関係者で出てきた者たちはわからぬものがあって
守るにしても地上の者たちの自由意志というものがあるので
守りきれる時と守りきれない時というのがあるのです。

我々が必死に止めていたとしても、その手を振りほどいて
みんなで今回のように行進して地獄に行ってしまった場合には
それを止める権限は、天上界の者には、九次元といえどもないのです。

それを考えると、地獄に行くということはどういうことなのかということを
最終のこの第三の計画の段階の中で
人類が学ぶきっかけになったのかもしれないのです。
どんな九次元の者でも可能性があるということ。
そして、なぜあなた方が一部のサタンたちにここまで負けてきてしまったのか。

これは戦闘系に関わる者たちは知っていますが
あまり一般的に学ばれ、訓練を受ける内容ではないので
サタンとの戦いをどうするかなどというのは
一部のスペシヤリストたちの課題であるので
あまり公にはされなかったのですけど
その者たちが前面に出てこなければ駄目であると
それくらい、地球の地獄というものが最悪の事態であるのだということ。

だから、地球神霊がここまで苦しんでおられる。
宇宙文明の仲間入りが地球民族にはできないのだということ。
その一連の認識というものが
いくら言っても人びとにはわからなかったのですが
いよいよここまできたかと、まあなるのではないかと
わたしは現場を踏んでいましたので
最悪の場合にはこうなるだろうなと思ってはいたことなのです。
だからこの者にもわたしが
「こういうこともあるであろうと言ったではないか」ということを
最初に出てきた時に言ったはずなのです。

サタンたちの力というのは、今はひじょうにどう猛になっているのです。
できることだったら、核戦争で地球人類をすべて皆殺しにし
その根源に宗教戦争というものをもってくることで
神に対する不信、神を信じるがゆえに全人類が殺し合ったんだという
心身ともにぼろぼろにしようと、神への信頼も打ち砕いてやろうと
そして、地獄に大量にもってくるために、核戦争というものをお互いにし合って
地球を全部、真っ黒な黒い地獄霊で覆おうとしているのです。

そうなったら、もう手がつけられなくなるのです。
この地球神霊そのものが癌化するのです。
そのようなことは防がなくてはいけません。

そのようなときに、強い薬をもってこられるのは
それは光の使徒たちの役割であるということ。
あなた方地球神霊を救う手段であるのだと思って
どうかこの癌細胞との戦いをしていただきたいのです。

これ以上癌細胞を拡げてはなりません。
そうしたら地球神霊が死んでしまうのです。
地球にはまだまだ使命があり、まだまだ寿命があるのです。
でもその寿命自体が短くなってしまい
多くの者たちの修行ができなくなってしまうのです。
それでは地球神霊に対して申し訳ないというふうにわたしは思っております。

(2004.1.11レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-08-29 19:13 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(37)

やっと魂の過去世の蓄積や今回の計画により
みんなが抱えている宗教的な足かせ、呪縛を解き放つ時がやってきた。
そのための指導として、我々は計画を起こし
九次元がたて続けに出ながら地球的正法というものを確立しようと
そのような計画を立てたのが今回の計画なのです。

確かにいくつかの失敗はありました。
でもまだまだ可能性はあるのです。
可能性を追求しながら、今回の計画を完成させましょう。

そのためには、あなた方の今までに培ってきた知恵、そして行動力、認識力
そして信仰心そのものが試されているのです。
今ここにいられるということ
あなた方の過去世の蓄積以外の何ものでもないということ。
それを思ってほしいのです。

ここに招かれながら来られなかった者たち、なぜ来られなかったのでしょうか。
彼らはあとでそれを反省することになります。
悟性であり、認識力であり、信仰心のすべての中に
その水準が要求されてきた。
それを、その段階まで到達したくて
彼らは過去世、いろんな地域に生まれて修行してきたはずであったはずなのに
今回の大事な計画のいちばん大切なことが見えなかった。
命が捨てられなかった。

今、あなた方も話していました。
どのようなときに命を捨てたらいいのか。
どのようなときに命を張ったならば、今回の統合ができるのか。
そのことを、前回、今回と、あなた方は学ばされているように思います。
それくらいの腹のくくりが、我々はあなた方にほしいのです。

よろしいですか。
それぐらいの腹をくくるのです。
映画や作り事の世界ではない、本物の地球をしょって立つのです。
この地球人類の未来のために、地球的正法を確立するには
今ひとたびサタンたちと交えなければ
この道はもう一度軌道修正されないのです。

そのような大事な局面に、そのような戦いの戦闘部隊として
あなた方が指名され、そして我々の呼びかけをしっかりと認識し
あなた方はここに集まって来てくれているということなのです。

そういう自分であるということに誇りを持ちなさい。
それを認識できたということ。
我々の声を生でこうやって聴けているということ。
そのこと自体に、感謝とともに誇りを持ちなさい。

聴いてもわからぬ者はわからないのです。
どれだけ我々が、白い手で招いていても
やって来られなかった者たちが多かったことは
あなた方は知っているではないですか。

あなた方の仲間だって、来られなかったはずでしょう。
でもあなた方は、それをちゃんと信じて来てくれました。
そういう自分たちであるということ。
それは、あなた方の過去世の転生が無駄ではなかったということ。
そのことに誇りを持ちなさい。
誇りを持って、この道を堂々と真ん中を歩いて行きなさい。

そして己自身のもう残された人生に執着をしたり
未練をもって勇気を失うことなく
最後、散り際は美しく散っていきなさい。
それが今まであなた方が長い間、幾転生を重ねながら修行してきた
その結果になるのです。
実を結ぶことになるのです。

あと数十年、安泰に生きたから、嫌がらせを受けなかったからといって
自分の人生を穢すような、質を落としてしまうような
そのような人生に逃げてしまうことは、あとでこちらの世界に戻ってきたら
悔どれだけいを残すことか。

人間の人生なんて、しょせん七十年、八十年のものではないのでしょうか。
それが、八十年が九十年、百歳まで生きた人の姿を見て、どうでしょう。
ミイラのようになりながら、動けなくなりながら
ただただごはんを食べさせてもらいながら生き延びたところで
何になるのでしょう。

あなた方はそんな極限にいるのではないのです。
それこそ全人類の幸せを、未来を、しょった位置にいるのです。
これは戦いです。
命がけの戦いです。
だからこの者のところに、わたしのような赤色光線の者が出てきているのです。

前回、坂本竜馬という男をあなた方のもとに派遣しました。
我々も後ろで全部見ているのです。
あなた方に必要な者を、段階に応じて派遣しているのです。
そして今、赤色光線のわたしが出てきました。
サタンとの戦いがこれから始まるのです。

命がけになりなさい。
戦いたくても戦えずに散っていった者たちがもうすでにいるではないですか。
そして、本来なら戦いたくてここに集いたかったのに、招かれたのに
今までのつらい経験により、意気がくじかれて来られなかった者たちもいます。

それから見たら、たどり着けたあなた方は数少ないけれども
己自身の今の人生において、誇りを持ってください。
そして堂々と、誇り高く、この道を歩んでいきなさい。
間違いなく、これは神の誘われる道へとつながっているのです。

確かにひとりずつ欠点はあるのです。
あなただって昨日しきりに反省してらしたけど反省するところはあるはずであり
それが人間の弱さであり、愚かさであるのかもしれない。
そういう意味においては、我々の世界においたって、そう変わりはしない。

人格霊である以上、必ずいいところもあれば、悪いところもあるのです。
でも悪いところを、悪いところというよりは
弱いところはお互いに仲間同士でフォローし合い
そしてなるべくみんなで力を合わせながら
より高い完成度というのを求め合おうというのが
そのいたわりの気持ちが愛になり
理解力になり、仲間としての結束力になって
今日まで地球文明というのを我々はつくってきたのです。

けっして、優秀だから上でふんぞり返って、我々がいて
その地球を勝手に上からアゴで使ってきたわけではないのです。
下々の者、四次元や地獄に堕ちている者たちの気持ちがわかるから
彼らを放っておけなくて、わたしは地獄掃討、指導霊の責任者として
地獄に降りていって、彼らを諭しているのです。

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もし、ほんとうに上にそびえているだけであるならば
彼らのことは放っておくでしょう。
違いますか。

わたしは、地獄に堕ちている者たちだってかつての仲間であり
かつての弟子たちであった可愛い者たちがたくさんいるのです。
かつてサタンが天界に攻めてきたときに
サタンとして最後に堕ちていったときに
彼についていった多くの者たちがおります。
彼についていった多くの者たちは
大方が天上界の天使といわれていた者たちなのです。
ルシフェルが八次元のトップであったように、七大天使であったということは
彼の系列に、彼に忠誠を尽くしていた者たちがみな羽根の色を変えて
下に堕ちていったということなのです。

今回と同じなのです。
トップが堕ちると、そこに忠誠心を誓った者たちが、判断がきかず
共に地獄に堕ちていくのです。

ORにつながっていた者たちも同じなのです。
TKにつながっている者たちはこちらに来ないでしょう。
それは、優秀であるにも関わらず自分の先生に対して忠誠心
忠義心という縛りの中で
正常な判断がつかずに、みんな羽根の色を変えて雪崩を打つがごとく
天使たちが地下に堕ちていったのです。
その者たちの歴史をわたしは見てきているのです。

地獄霊だからといって放っておけるでしょうか。
地獄霊ではないのです。
彼らは素晴らしい天使たちだったのです。
その者たちの気持ちもわかっているのです。

けっして愚かだったから
けっして彼らが劣っていたから堕ちていったのではなくて
誰よりも自分の師を愛し、誰よりも信じて
その先生と共に死んでもいいというぐらいの忠義心があったがゆえに
引っ張られていった者たちが多かったのです。
おかしいなと思いつつも、その忠義心ゆえに先生を捨てられなかったという
情に厚い者たちが多かったのです。
だから、けっして愚かであったということよりも、情に厚かった。

あの西郷隆盛という男もそうでしょう。
彼ほどの人であるならば、わかっていたはずなのです。
自分ひとりが上に帰ろうと思ったら、帰れたはずなのです。
でも彼はそうしなかった。
だから若い者たちの気持ちを思うと、共に彼は最後の戦いをし
そして共に堕ちていってあげたのです。

そのような過程の中で下にいった者たち
かつて光の天使と呼ばれた者たちがたくさん、今地獄にいます。
サタンのもとにいます。
わたしは彼らも共に引っ張り上げてあげたいのです。
そのために死力を尽くして、いつも地下の世界へ赴き
彼らを諭しているのです。

ルシファーにしてもそうなのです。
サタンという、今は忌まわしい姿になって、悪業を責めるということよりも
彼の今の姿を見て、なんとかわいそうなことだと
哀れで我々はその姿の異様さに涙が出るのです。

あれほどの美しかった天使がこのような醜い姿になって
まだ自分は権力を欲しているのかと。
もう一度美しかった暁の天使に戻れと
知性と美の美しかった本来のあなたの姿に戻れと
わたしたちは呼びかけているだけであり
けっして彼を裁き、けっして彼を悪とみなし
封じ込めようとするだけの側面で彼を裁いているわけではないのです。

彼も救いたいのです。
彼のことも助けてあげたいのです。
そして、彼のもとで忠誠心を尽くして、今地獄の幹部になっている者たち
あの者たちも救ってあげたいのです。

彼らを説得しない限り、彼らが誘惑し
彼らがかどわかしてきた者たちが
どんどん地獄の人口とともに増えているのです。
そこで判断つかない者たちが、さっき言ってたコピーのような者たちが
磁場的に引きずり込まれていって、どんどん拡大していく。
それが地獄の構造なのです。
である以上、やはりトップで、地獄のトップにある力のある者たちに
ほんとうの意味での地球系的な正法ということを教えていかなければ-。

今、地上の宗教戦争といわれているものの裏でも彼らの力が働いているのです。
彼らがいたずらに阿修羅界という争いの世界の波動を撒き散らすがために
宗教界においても、いろいろな殺し合いが行われているのです。

彼らを説得せねばなりません。
彼らをもう一度、地球的な正法神理の姿の中に戻していかねばなりません。
そのために天変地異は起きるのです。

天変地異を起こし、そして我々が、一人ひとりの魂を大事にはしているが
この地上の生命は一時のものであるのだということ。
そして、この地上における栄耀栄華というものは
こんなにも一瞬にして崩れ去る虚しいものであるのだと
サタンよ、気づけと-。

「世界を手に入れたい。世界の、この地上の王となりたい」と
彼は言ったのです。
彼はこの地上の栄耀栄華の王になりたいのです。
そんなものは何の意昧もないのであるとー
天変地異が起きれば、一瞬にして終わってしまうものであるのだと気づけよとー
神のもとへもう一度戻ろうと、我々はその呼びかけをしているのです。

彼らを説得しなければ、永遠にこの戦いは終わらないのです。
磁場的なものが解決されない限り、また道を見失い
磁場の中で引き込まれていく者たちがその地獄の想念をつくってしまうのです。

彼らの迷いは浅いのです。
そういう磁場で引き込まれた者たちは、根源的な悪ではないのです。
単にちょっとした気の迷いで地獄に寄ってしまった
引きずり込まれてしまった者たちがいかに多いことでしょう。
でも、根源的なところで、七大天使クラスの人が悪を行っている場合
彼らを説得しない限り
地球的なこの地獄世界の拡張というこの悲劇は解消されないのです。

(2004.1.11 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-08-07 07:06 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(36)

九次元は、四次元から八次元の気持ちがわからないという
修行の仕方はしてないのです。
十次元とか、もっと上のほうで惑星意識として
つくられている場合はあるのだけど
九次元があくまで人格霊であるっていうことは
基本的には、四次元からの修行を一緒に地上でこなしながら
悟りの階梯、はしごというのを上がるようにできているから
やっぱり、四次元、五次元、六次元の者の気持ちがわかってこなければ
その悟りのはしごは、どんな入り口から上がっていったとしても
上がれないようになっています。

そうでなければ、万人のリーダーシップというのはとれないでしょう。
リーダーシップというのは、いわゆる普通の民衆の気持ちがわかってこそ
その心をつかんでこそ、リーダーシップというのをとれるのであって
我々はその修行をしています。

だからけっして、王様ばかりやってきてわからないからこそ
最初から九次元で救世主をやっているのではない。
救世主に誕生していく過程は、万人に与えられたチャンスなんです。

最初からそうつくられているところもあるかもしれないけれども
万人が修行していけば九次元になっていく。
その可能性は、あなた自身にも残されているんですよ。
最初から九次元だから、下の者の気持ちがわからない。
そのような悟りの流れ方、成長の仕方は許されていないのです。

九次元があくまで人格霊であるということは
九次元はけっして最高のものではない。
わたしたちの世界では、それはもう十分認識している。
だから九次元十人が力を合わせるというところでいさかいは起きない。
あなた方のほうが、逆に自分の力量をわかっていないから
お互いに自分の「我こそは」っていうのが出てきて
いがみ合いをしているのではないか。

上に行けば行くほど己自身の限界と謙虚さというのを学ぶし
上に行けば行くほど、自分の上がはるか何十次元まであるかということ。
我々でも、その上の先はわからない。

二十次元以上、先があるのはわかっているけれども
そこまでいくと宇宙の根源神になってくるのでわからないけれども
上には上があるということ。

この地球レベル、太陽系レベル、銀河レベルで話ができるような
指導者以上の指導者が、宇宙にはおられるということを考えたら
九次元がまだまだ小学生レペルにしか映らない我々の感覚を
わかっていただけますか。

けっして完成された姿ではない。
だから我々だって誰だって、修行の過程で
今回のような危険な目に遭うということは十分承知している。
ただ、我々の仲間の中からこういうことが起きたということを
ひじょうに厳粛な事実として受け止めて
我々も気をつけなくてはいけないんだというふうに理解している。
自分の仲間がこうなっている以上、できるだけ彼のために
みんながフォローしてこの埋め合わせをしたいと思っています。

我々の仲問を助けて埋め合わせをしていくことが、我々の今残された使命であり
自分たちにはやらなくてはいけないことだと思っているから
裏に回っていた九次元たちまで、今総動員して出てきているのである。

けっして我々は完成体ではない。
悟りが高まれば高まるほど、己の不完全さと向き合う、そういう道なのです。
悟ったと思うのはまだまだ
自分が小さな中で満足しようとしている無知さに裏づけられている。
だからわたしは、「無知は最大の罪である」というふうにあの時言ったのです。

みんな、我々が、あの世界(九次元)の者は
自信があるように思うかもしれないけれども
それは我々なりに精進努力してきたところの結果であって
自己信頼しているという意味においては
自信があるように思うかもしれないけれども
自分たちの限界ということ
自分に対して神がどのように個性を、期待を込めてつくられたかということを
知っているという意味においては、あなた方よりは優れているのかもしれない。

だから、あなた方も、何でもかんでもやろうとしないで
神があなた方一人ひとりに期待を込められた、その個性、使命というものを
己自身に対して正直に生きるということ。
それが己自身を最大限に活かすということ。
それが世の中をユートピア化していくためにいちばん必要なこと。
そこを抜きに悟りはないのだということを
もっと確実に理解していただきたい。

悟りという完全体のものがあるわけではなくて、一人ひとりの個性に応じて
人のために、神のために、宇宙のために、万人の幸せのために
生きんとするその姿の中に、己自身の悟りというのが輝いている。
そういうものが悟りだということ。
仏教関係者はそこをもう少し理解しなければー

悟り、悟り、というのがひとつのワンパターンのものの中にあるように思って
自分をいたずらに苦しくさせー
一人ひとりが、みな同じではなく、あなた方、墨衣を着ているから
みんな同じ悟りがあると思っているかもしれないけれども
その墨衣を脱いでみたら、仏弟子たち一人ひとりだって
みんな違うんだということ。

そうでしょう。
三人お坊さんたちがいたとしても
その三人のお坊さんたちの個性は、全部違うはずです。
でも、墨衣を着たら、みな何か同じ者たちであり、同じ悟りの段階を経て
みな同じ境地に至らなければ、アラハンだとかボサッターになれないって
思い込んでいるかもしれない。
でも、それは違うのです。

三人の仏弟子がいたならば、三人の黄金光線の中にいながらも
三人の一人ひとりに対して、期待を込められて
神がつくられた個性、使命が賢なっているということ。
もっと自分に自信をもち、もっと自分の魂に誇りをもち
自分の中で、己自身で己自身を輝かすということ。
もう、その仏教とか、キリスト教とか、神道とかいう呪縛から
人びとは抜け出さなければいけない時代がきているのです。
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根源的な神が、何を期待を込めて一人ひとりをつくられたか。
確かに光線というのはあります。
七色の光線のどれかに所属するように
わたしたちがあなた方をつくってきた過程の中にあるように
自分の所属する系団というのは確かにあるのです。
でも、それと己自身が、その七色光線の中の全部が黄色、全部が赤
そして、もっというならば、自分たちは仏教徒である
自分たちはイスラム教徒である
自分たちは神道である、キリスト教徒であるだから、この枠から抜け出せない。

だから、わたしたちはみんながイエス様のもとに、愛というものの中で
イスラム教徒と戦わねばならない。
アラーの名のもとに、クリスチャンを殺さねばならない。
それが今、ひじょうに過渡期的なものとして清算される
そういう時期が、今これからこようとしています。

あなたが、さっき聞いていましたけれども
ローカルレリジョンからスーパーレリジョンヘということ。
それは高橋信次のG会からずっと言われてきたことです。
それを今回求めている。

宗教、あらゆる地域宗教を一度、ひとつのるつぼに投げ込み
金属を溶かすようにすべてを溶かして
そして、純金である地球規模的なスーパーレリジョンというものを
抽出しようという試みが今回の計画の本筋であるのだということ。

このまま地域宗教を放っておいてしまっては、けっして人類に幸せは
そして神の正しい姿というものが認識されないままに
戦争や殺し合いが行われるだけでしょう。
その悪いサイクルから抜け出すためには一度、救世主が
本来の根源的な地球規模的正法の中に統一するという
今回の役割があったのです。
それをORはやろうとしたのです。

それをしなくては駄目なのです。
そうしなければ、いつまでたっても
無意味な戦争や殺し合いは延々と続くことでしょう。
毎日ニュースを見ていて、あなた方はどのようにお感じになりますか。
あのような戦争、アメリカにとっても、イスラムの人たちにとっても
そして、それに巻き込まれて、援助させられながら
いろいろな苦しみをつくっている日本をはじめとする他の国々にとっても
ひじょうに世界的に不幸なことではないのでしょうか。

その根源に宗教というもの、その根源に神があるということ。
そこの矛盾を我々は解かねばならないと思っているのです。
そして、やっとそれができる時代がき、その時がきたのです。
人びとの魂が成熟してきたのです。

ラクダに乗り、砂漠をわたり、羊や山羊と共に暮らしている者たちに
その規模のことを言ってもわからないのです。
砂漠の民ということですね。
その時代では、わたしの行ったシナイ山紅海を割って
奴隷がエジプトにいる時代では
このようなことを話してもわからなかったのです。

よろしいですか。
今は皆さんがひじょうに知的にもすぐれ、いろいろな仏教やキリスト教をー
わたしは砂漠の民という、その時代の者のほうがたとえにしやすいので
その表現をしましたけれども、それは古代ということですね。
そういう時代では、なかなかわからなかったのです。
今の時代になって、わかるようになりました。

だから、わたしたちが指導する一貫の中に
イスラム教徒であった者が次にはキリスト教に出るように
そして仏教も体験するように
神道も体験するようにという指導をしてきたつもりなのです。
だから、あなた方一人ひとりの中に、ひとつの宗派だけではなく
ほかの転生、ほかの宗教の中で生きた時代というのが必ずあるはずなのです。

それを長い魂の転生の引き出しの中にパーニャパラミタとして
さまざまな宗教を学ぶことによって
神はひとつであり、自分の魂というのは生き通しであり
ひとつの宗派に、ひとつの地域に固執するのは
どれだけ無意味な愚かなことであるかということを
魂の歴史の中で学習させてきたはずなのです。
そのことをどうか思い出していただきたいのです。

(2004.1.11レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-07-24 05:55 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(35)

わたくしたちにとってもたいへん大きな学びであり
大きな試練の時であるということなのです。
わたしたちの中にあるのは、我々がどう評価されようとか
どのような神で拝まれようということではない。
この愛する地上の者たち一人ひとりを
いかにしたら愛することができるか。

どのようにしたらこの地球神霊十次元の意識というものを
お救いすることができるであろうか。
このように苦しまれている地球神霊を
どのようにしたら救っていくことができるであろうか。

このように苦しませてしまった。
悪想念でつつんでしまった。
我々の責任は重いと。
そのような責任の中で我々、九次元十人は
心から苦しみながらその責任の重大さというものを背負っているのですよ。

だからどうか、この地上に生きる者たちに伝えてほしい。
神の国は愛を信じる者たちのみに実現されるのであると。
天上界はけっしてあなた方を見放してはいない。
あなた方一人ひとりは神の子であるのだと。

神の愛を信じなさい。
難しいことはいらない。
神の子であるという誇りをもって、この地球を愛で満たしなさい。
それが神の国である、愛の星であるということを。
この地上にひろげるいちばん根源的なものであるということ。

あなた方は科学とか、文明とか難しいものばかりを追い続け
いちばん大事な神の子であるという本心を
愛というものを、許し合いというものを
あなた方は忘れてしまったがゆえに
この地上を悪想念の、苦しみの多い星としてしまったのではないのかと。

もう一度、すべてを捨てて、許し合い、愛し合い、信じ合い
目に見えぬ天上界の神のこれだけの愛に包まれていること。
原点に戻り、神の星にしていかれるために、神の子本来の道に戻りなさいと。
どうか地上の神の子たちに伝えていただきたい。

わたくしモーゼが直接霊言を送ることは、今はかなわないけれども
これからエル・カンタラーが
エル・ランティが根源法を説かれるであろうけれども
わたくしモーゼから言えることは、そのようなことでしかないのです。

そこさえクリアできるならば、この地球がこれから神の星として
宇宙連盟のメンバーとして仲間入りすることは
少しも不可能ではないのです。

科学文明というものが進んだことにより
根本的に大事なことが見失われてしまったということ。
そのことをあなた方はもっともっと理解し
根本的なものに戻っていただきたいのです。

根本的なものを学んだ上で、科学文明というものが伴ってこそ
新たなるステップアップというものがあり得るのであって
科学文明ばかりが進んで、根本的な心の豊かさというもの
神の子であるという基本的な理念を忘れてしまっては
次のステップには進めないのであるということ。
その根源的なことをあなた方は彼らに伝えていきなさい。

わたくしの言葉として伝えてもいいです。
そして、あなた方の言葉として伝えてもいいのです。
よいですか。

これから地球文明の幕間けがくるのです。
地球文明として虹をかけていけるか。
神の国としての虹をかけていけるか。
そのようなことを思ったならば、あなた方はもっとね
どうか真摯な思いで我々の気持ちをくんでいただきたい。

天上界における者たちは、ものすごい数の光の天使たちとして
あなた方をバックアップしております。
いつでも協力はできる。
いつでもあなた方の要請さえあれば
あなた方をバックアップすることができるのです。

でも、わたくしのように名の残る者がいるかと思えば
名の残らぬ者たちもいるのです。
彼らの分までも含めてあなた方にお願い申し上げます。

どうか天上界の意思を、地上の代行者を通してあなた方が行動し
実践する者としてこの地上に押し広げていただきたい。
そして、この地球を、青きこの美しき地球を、神の星として
愛の星として光り輝くチャンスを
一度、この天上界の意思を代行する者として
この地上を光らせていただきたい。

そのようなものがいかなる奇蹟を生むことよりも
この地球を救うことであるのだということ。
そのことを地上の者たちに伝えていただきたいのです。
あなた方の気持ちを思うと、戸惑っておられるのがよくわかるけれども
どうかわたくしたちの意識を受け止めていただきたい。

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あなた方から見たらば考えもつかぬことかもしれないけれども
G会、K会といって
多くの神々の言葉を聴いてきたあなた方であるのならば
わたくしたちの無念さを理解していただけるのではないのであろうか。

ほかの者であってはわからないのですよ。
たとえ、この今、日本に生きていてもね、わからない。
であるならば、あなた方、一人ひとりにお願いするしかないのです。
そうでなければ我々はあきらめるしかないのです。

でもあきらめない。
最後まで希望をあきらめぬ者、それを神の使徒というのです。
この地上における神の国実現のため、わたくしは最後まで希望を捨てぬ者。
この虹をかける女神のもとに、あなた方は今集いなさい。

この者はまだまだ力を出しておりません。
それはあなた方、一人ひとりにおいても言えるのです。
あなた方、一人ひとりが自分自らの力を最大限に出してこの者に協力をし
みなで、仲間でこの計画のために力を合わせていったときね
この地球が変わるのです。

いいですか。
十人ないしは十二人、本気で力を出した者がいれば
この地球は救えるのです。
もし失敗してもあなた方の責任だと思うことはない。

でも、今やれること、永遠の転生輪廻の中で、この数十年
あなた方が頑張れることをもって
この地球の命運がかかるのであるかと思ったのなら
どうか我々天上界の者に力を貸していただきたいと
心からお願いしたいものなのです。

今回の文明における指導霊として、わたくしも名を連ねております。
なかなかお呼びがかからないようですが
しかし、いつでも呼ばれれば、わたくしは参ります。
そして、あなた方に魔の撃退法
この地上における具体的な魔からこの地上を護る方法論における
智慧というものを、あなた方に伝えることはできるはずなのです。

どうか、あなた方が必要であるなら、わたくしモーゼをお呼びください。
モーゼないしはモーリャと呼ばれている、古代からいる者なのです。
ユダヤ教のモーゼと思うことなかれ。
ゴンドアナすべてを含めて、モーリャという意識でわたくしは今おります。
本体のモーリャという意識において、今あなた方に説明をしているのです。

ですから、この地球を愛してやまぬ者、一信徒であるモーリャとしての
この気持ちをあなた方に今日伝えたいと思って、降りて参りました。
このような時を与えられたことをあなた方に
そして、神々に対して、天上の神に対して心から感謝し
今日のあなた方に対するメッセージを終了させていただきたいと思います。

(2004.12.25レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-07-07 08:58 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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