地球を愛の星へ

カテゴリ:モーゼ/モーリャ( 39 )

モーゼ/モーリャからのメッセージ(34)

この地上における将来というものは、あと数十年をもって決定されるのです。
あと数十年をもって決定されてしまうのです。
神が支えておられるこの両手が
支えきれているエナジーというものがもつかどうかということ。
あと数十年なのです。
それをミカエルが言っていた。

あなた方の寿命だけではない。
地上における今回の文明が、あと数十年であるということ。
そのことを今、わたくしは明かすのです。

数十年という時をもって、この地上の者たちの善なるエナジーというものが
魔というマイナスエナジーに勝てるかということ。
それをもって清算をつけられるかということ。
それが宇宙連盟と呼ばれているところの会員に
メンバーに属することができるかということの大いなるジャッジ
裁定されるということ
ジャッジされるということの基準になるのです。

マイナスエナジーがまさっている星を
宇宙連盟の一員に入れるわけにはいかないのだ。
そのぐらいのこと、あなた方わかるであろう。
マイナスエナジーがまさっているものを宇宙連盟の中に入れ
愛ある星であると
神の星であると認定されることは無理なのです。

けっして、そのようなハイクラスにいくことを我々が望んでいるために
無理やりあなた方に言っているわけではない。
それが大いなる人類の、この地球に住んでいる者たちの未来において
大いなる神のご意思の中における、神の子としての進化の過程において
この地球という星をね、預かる者として、この星を宇宙連盟の一員として
神の星として光らせたいから、わたくしたちはあなた方に言っているのです。

このような地球というものが
歴史的な流れの中において、スパンの中において
重大なターニングポイントというものを負わされたことはなかった。
わたくしが生まれたときにおいても、イエス・キリストと呼ばれ
ナザレのイエスが生まれたときにおいても、仏陀におかれてもなかった。
たいへんなターニングポイントであるからこそ
本体のエル・カンタラーが降りて行かれたということ。
そのような大事な節目に、エル・カンタラーが駄目になり
そして、あなた方のような方がたに対して
このような巨大な計画のお願いをしなければいけないということ。

そのようなことを、わたくしたちはもう、申し訳なくてしょうがない。
でも、これを今あなた方に、パイプラインが
このようなアンテナが復旧したことをもって
地上のあなた方に伝えることをもって
最後の救いとしてあなた方に動いていただきたいと
この地上を愛の星に光らすための
最後の逆転ホームランというもの、そういう言葉ありますか?
そういうことにもっていきたいというのが、我々の意思の中にあるのです。

本来なら駄目だったのです。
本来ならもうね、失敗しているのよ。
失敗しているのです。
でもね、最後のいちるの望みとして
今この者が立ってくれたということをもって
マヌが行ってくれていることをもって
この天上界との最後のパイプラインをつなぐことにおいて
我々の無念な意思というものをあなた方に
地上の者たちに伝えたいということ。

そうでなければ、なぜ高橋信次、エル・ランティがこの地上に出たのですか。
なぜOR、エル・カンタラーが出たのですか。
それで終わって天上界が黙しているのであるのならば
あれは単なるデモンストレーションであり
単なる虚言であったということではないのか。
それを信じ、多くの光の天使たちが下生して行き
多くの光の天使たちがその意思を代行するために集まってくれたではないか。

彼らは今、自らの学びの生活の中に戻り
「あれは一体何だったのであろうか」と
自らに問いかけているのではないだろうか。
違うか。

天上界は見捨てない。
天上界はあなた方、一人ひとりを愛し
巨大なこの天上界の地球救済計画のために
この何千年という時をかけて、着々と準備をしてきて
そのために地上に今回、意気込んで下生して行ってくれた
光の天使たちがたくさんいたからこそ、我々もこのようなお願いをしに-

何とか彼らの悲願を達成し、彼らを救済し
そして、この地球計画の本来の意思を持ち直すために
あらゆる努力をしたいと思い
このような掟破りな計画も出しているのです。
そのような真意というものを、あなた方わかっていただきたいのです。

いきなりミカエルが出て来て、沈痛な思いの言葉を吐くかもしれない。
でも彼には彼の思いがある。彼の無念さがある。
どんな思いで高橋信次、エル・ランティを父と呼び、TKを母と呼び
どんな思いでこの者を姉と呼ぶか。
あの者の気持ちがわかりますか。

今この地上に最後、出て行くことによって
彼はこの計画における責任をすべて取ろうとしている。
彼ひとりに背負わせてはいけない。
でも、彼はすべてを背負おうとする。
けっして彼ひとりに背負わせてはいけない。

我々も精一杯の思いをもって、今九次元十人が出ようとしている。
あなた方もこの天上界の、我々の無念さというものをわかっていただきたい。
けっしてね、我々九次元が神と呼ばれていい気になり
天上界で神として王座に座っているわけではない。
誰よりも心を砕き、誰よりも涙を流し、この地上を愛し
この地上を神の星とするためにあらゆる努力をし
苦労をしているということ。
あなた方、神の子たち一人ひとりを愛しているということ。
そのことをわかっていただけるのであるならば
今回、人類は大いなる学びを得たのであるということを
わたくしは思うのです。

けっして、我々は全知全能の、万能なる神ではない。
根源神と呼ばれている、地域的な意味において
指導してきた過去の歴史はあるかもしれないけれども。
ユダヤ教の教祖、キリスト教の教祖、イスラム教の教祖、日本神道の教祖
いろいろな神として呼ばれてきたかもしれない。

でもね、我々は教祖と呼ばれるために
根源神と呼ばれるために努力してきたのではない。
ただただ、無償の愛をもって
神の、天上界の神の大いなる根源的なる宇宙の法であり
愛の法である神の意思をあなた方に伝えるために、伝えたいために
幼い理論をもって人びとを指導しながら、「わかってほしい」と
いちばん大事なものを
何がいちばん大事であるかということを伝えるために
わたしたちはそれぞれの地に、その年代に降りて行ったのだよ。

その中におけるリスクというもの
ひじょうに危険なことは常にわかりながらも
我々は神の国をこの地上に具現するために、反映させるためにね
我々はこの地に降りて行ったのだ。
その意味において、我々はけっして崇拝されたいとか
栄光を自分の身に映したいとか、そんなこと思ったことはない。

そのような過程の中で、大いなる愛というものが、どこまで発現できるか
どこまで無償の愛というものを我々が表現できるかということを
我々自身もまた聖書の中でー
神により修行させられている一信徒であるということ。
一神の子であるということ。
九次元においても我々は修行の身であるということ。
そのことをやっと伝えるべき時がきたということ。
あなた方に伝えに今、来ているのである。

そのようなことを古代の時代であるならば、伝えられなかった。
今は伝えられる時代がきたということ。
そのことをもって、あなた方に伝えるのです。

どうかその我々の天上界わたくしのようなモーゼがユダヤ教であるとか
ナザレのイエスがキリスト教であるとか
あなた方の文明においてはそのように思うかも知れない。
でもね、わたくしたちはいくつもの、幾多の文明を見続けてきた中において
モーゼは別の名前で呼ばれ、イエス・キリストも別の名前で呼ばれね
仏陀もいろんな名前で呼ばれて、さまざまな貢献をしてきたのですよ。
だからわたくしたちは、けっして、モーゼとか、イエスとか、仏陀であるとか
そのような名前、孔子であるとか、そんなことは思っていないのです。

どうかあなた方、わかっていただきたい。
わたくしたちは生きとし生けるもの。
かつてあるときよりこれから未来永劫生きるもの。
魂は永遠不滅にして
ひたすら神の修行の過程の中において永遠なる階段を昇り
自らの不甲斐なさの中に、永遠なる神の完全なる姿を目指し
修行をする一信徒であるということ。
そのことを、わたくしもあなた方と同じであるということをもって
わたくしもあなた方にお願いするのです。

あなた方と同じ神の子なのです。
それをやっと明かす時がきたのです。
だからどうか、エル・カンタラーをそのような観点で見ていただけるのであるのならば
彼であってもパーフェクトであるということはあり得ないということ。

であるならばあなた方も、同じ仲間をフォローするということ。
ね、そのことを思って、あなた方のできることをもって
彼の今あけてしまった穴を埋めていただきたいということ。
それができるのは、けっして多くの者ではないということ。
我々の言うことがほんとうに理解できる者たちであるということ。
そのことを思ったのならば-、

誰でもがわからないのですよ。
日本中の者たちにこの言葉を伝えたとして、ほんとうに心に深く留め
涙を流してわたくしの今の言葉を聴ける者たちが
どれだけいるというのですか。
あなた方であるから、選ばれたあなた方であるからこそ
今この言葉が胸に落ち
今聴けるこのテーブルに座れるのではないのでしょうか。
であるならば、どうか我々に力を貸していただきたい。
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これから孔子が出られ
エル・カンタラーが、エル・ランティが大いなる宇宙の法というものを通して
今までの計画における、穴のあいた部分を埋め合わせされるというふうに
お話が先週あったと思います。
これが今、天上界の方針であるのです。

でも、最終的には地上におけるあなた方の自由意志において
あなた方が受け止めていただき、受け入れていただけるのであるのならば
我々、天上界の者たちはそのことを、計画を実行していきたいのです。
そのような承認をいただきたい。
そして、そのために協力をいただきたい。

このわたくしのような者は、地獄の掃討
地獄のエナジ―というものを抹消させるために戦っているけれども
今この地上からのマイナスエナジーの無限供給という
それはもうすごいものがある。
そして、レムリアというものが出てきたことにより
彼らは一度、自分たちの勝利というものを味わっているのです。

サタンたちは、自分たちはエル・カンタラーを倒したということにおいてね
自分たちが勝ったと思っている。
しかし、ここにおいてレムリアというものが出てきたことにおいてね
あなた方をもって、彼らはひょっとしたら違うかもしれないということで
また魔の再攻撃が出てこようとしている。
そのための計画を今練っているのです。
嵐の前の静けさというのは今のことなのだ。

だからあなた方は力を抜いてはいけない。
彼らがどういうことをしてくるか。
彼らはこの地上を完全に自分たちの手に掌握するために
この野心のために、この権力のために
一人ひとりの心の中に入ってくるのです。
外からくる者は、あのようにホームページでくる者などというのは
小さい、小さい者なのです。

気をつけなさい。
いちばん大事なことは、高橋信次、エル・ランティもおっしゃられた
いちばん大事なことは「己心の魔」ということ。

今回の騒動を見ていればわかるでしょう。
あなた方を消耗させ
いちばん苦しめたのは仲間たちにおけるものであるということなのです。

仲間の心の中にくるということ。
だから、ほんとうに不退転の境地を持つ者たちをね
仲間に入れていきなさい。
曖昧な者はね、単なる読者にしていきなさい。

彼らを連れて行くことはたいへんなロスになり
彼らにとってもたいへんな苦しみを生むことになるのです。
だから、彼らを無慈悲の中に切り捨てるのではなくて
彼らをおいて行くことが慈悲であり、愛であるということをもって
ほんとうに不退転な者を選んでいきなさい。

それはけっして固定化されたものではないのです。
不退転の者たちの十人のメンバーのエナジーが集まれば
天上界は何事においても、地上において、エナジーを
下の地上界において送ることができるのだということ。
固定されたメンバーであるということではない。

十人のエナジーの器というものが
我々、天上界にとって必要であるということ。
できるならば十二人ということです。
十二弟子とイエス・キリストは言われて、十二人の弟子を選ばれました。
十二という数字は天空におきましても
すべての天宮、十二宮というものがあります。
十二という数に霊的な意味があるのです。

そして、七という数字にも霊的な意味がある。
あなた方は、レムリアは八という数字を預かっている。
七という数字を越えるものが八というもの。
八というものは無限を意味するもの。
それをこの者は預かっているのです。
それは神々の期待がこの地上において
レムリアにおいて、最後の局面であるということ。
そのことを思ってね、八という数字があなた方に与えられたのです。

無限を意味すること。
無限の可能性を意味すること。
ユニバース、宇宙を意味するものが八であります。
八というものは末広がり、すべての意味を含めて
豊穣、豊満、すべてを含めて
すべての可能性を含むのが八なのです。

あなた方はその数を預かる者として
その誇りを持って、残された人生を生きていきなさい。
大した人生を生きずしてあの世に帰って来たとしても
安逸な人生をこの地上において生きてきたとして、あの世に帰って来ても
あなた方に残っているのは悔いだけだろう。

このような計画を聞いてしまった上においては
残りの人生を必死に生きていきなさい。
そうでなければこの天上界に帰って来ても
たいして幸せにはなれないであろう。
あのような局面に、人類の大事な場所にいたのに
自分は何をしていたのであろうかという後悔ばかりが起きてくるでしょう。

(2004.12.25レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-06-19 08:33 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(33)

かつてミカエルが言っていたけれども
それだけのことをやってだめであったのなら
わたくしたちもあきらめようというふうに思うと
ミカエルは言っておりました。
わたくしも脇で聞いていて、そのとおりだと思いました。
それだけのことをやって、最善の努力をして、それでも地球人がわからず
マイナスエナジーの中に溺れていって
また原始社会の中に落ちていくのであるのならば、それもいたしかたないと。
それはけっしてエル・カンタラーだけの責任ではないのだと
わたくしたちの責任もあったのであるのだと思えるのではないでしょうか。

たまたま最後、エル・カンタラーはご自分自身の責任をもって
この地球というものを最も愛し
古くから指導してきた霊として
最後のこの一大決算の時にエル・カンタラーがお出になったということ。
そのことをもってね、今回出られたということ。
ひじょうに任が大きかったということです。

『太陽の法』、『永遠の法』、『黄金の法』というものを通し
『宇宙の法』までいかれるということ。
そのことはね、ものすごくたいへんなことであった。
根本法としてたいへんなことであった。
そういう意味においても、最初の三部作が出たというだけでもあなた方は
人類は幸せであると思わなくてはいけないよ。
あの三つが出ただけでも、あれを学べただけでもね、幸せであるということ。

次の『宇宙の法』というものに関して
これから先行きの地球の未来というものを通して
エル・カンタラーは残りを語られようとしている。
その気持ちをね、この者を通して
たとえ言葉が全部伝わらなかったとしても、それを伝えようとなさっている。
その必死さ。

そして、それを支えようとするマヌの気持ち。
それをみんな援護しようとする九次元の気持ち。
どんな気持ちで我々があの方を思い
この今、地球を愛そうとして、あなた方に願い出ているかということ。
わたくしはあなた方にもっとわかっていただきたいのだよ。

簡単に魔にやられないでほしい。
魔は常に勝ってきたかもしれないけど
大いなる神のもとにおいて本来であるならば
一部の影にすぎないのである。

本来の神の子として、光の中を歩みなさい。
いかなることがあっても負けてはなりません。
いかなることがあろうとも、光の中を歩むのです。
影に負けてはいけない。

影の中において暗躍する者があったとしても
それは歴史の中において、けっしてメインの者ではないのです。
本来神の光があり、大宇宙の神があり、光の中におき
大いなる創造の原理の中で、愛の原理の中で、神はその意思を発現し
人びとを創造され、生き物を創造され、愛の原理の中で
大いなるご自身を表現されようとしているのです。
その一部としてこの地球というものが
これから役割を果たしていくということ。
そのことを思ったのならば、一部の魔に負けてはなりません。

大いなる光の影というよりは
本来の、小さな地上の人間たちが誤った意志の中で地下に堕ち
そして、サタンというような者になったかもしれないけれども
根源的な光のエナジーの中から見たならば
わずかな、わずかな握一点にしかすぎないのです。
そのような大いなる圧倒的なる神のエネルギー
大いなる神の光のことから思ったならば
悪の力などということを恐れてはならない。

けっして恐れてはならない。
しかし、侮ってもならない。
あなた方は侮りすぎたのです。
第一、第二の計画において、彼らの力というものを侮りすぎたのです。
でも過大評価することなかれ。

今回の計画において戦闘系の者たちが出てきたということをもって
あなた方はもっと自信を持ち、彼らより神の子である自分たち
自らのほうが力があるのだということ、天上界のバックアップを得て
神の意思を得て、この地上を神の星とするのであるということ
愛の星にするのであるということを
あなた方はもっと覚悟しなくてはいけない。

そのような意識があなた方一人ひとりにあればね-
十人いればこの地上を救えるのです。
かつてそのようなことを言った者がいたかもしれない。
そう、坂本竜馬という者が出たときに、言っていました。
十人いればこの地上を救える。あなた方は十人いるのです。
であるならば、一人ひとりがそのように肺に落としなさい。

あいまいな、優柔不断な者はもういらない。
これからはもっともっと覚悟を決めた者だけが十人いるならば
この地上を救えるのです。
どうかそのような、けっして絵空事ではないということ。
映画のようなフィクションの中にいるものではないのだということ。
あなた方、一人ひとりがキーパーソンであるということ。
そのことを真摯に受け止め、我々の力になっていただきたいのです。
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魔を侮ることはないけれども、けっして魔を過小評価することなかれ。
そして、今この場に座れるという栄光に浴しているあなた方であるということ。
我々の言葉を直々に、個人的に聴けるということが
どれだけありかたいことであり、どれだけ貴重なことであるかということ。
あなた方はもっともっと肺に落とさなくてはいけない。

かつてそのことに慢心し、神をも裁いた男がいたけれども
けっしてそのようなことになってはいけない。
常に謙虚でありなさい。
神の前において謙虚でありなさい。
そして、おのが使命を果たすのです。
そして、状況判断を誤ることなかれ。

今どういう立場にあなた方がおかれ
どのようなことをしなくてはいけないかということを
もっともっと一人ひとりが気づかなくてはいけない。

紅海を割ることよりも、あなた方が今しようとしていることが
はるかに難しいことであるということ。
そのことをもっと思って
この地球の命運を肩に背負って頑張っていただきたい。

荷が勝ちすぎると思われるかもしれない。
この者においても、胸がつぶれそうな思いで毎日
を生きているということも事実なのです。
でも、この任を誰かが背負わなくてはいけないのです。

であるならば、あなた方、一人ひとりがこの者に背負わせるだけではなく
みんなで任を分かち合って、背負うことにおいて
この天上界の大いなる計画を遂行していただけることを
心よりあなた方にお願いするものなのです。

(2004.12.25レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-05-31 10:22 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(32)

このレムリアに対しても、多くの罠が、トリックがかけられているということ。
そのことをミカエルは悔しくて、悔しくて
涙を流しながらあなた方に、語り伝えているのです。

もっと気づきなさい。
もっと気づきなさい。
魔がどのようなトリックをあなた方にかけているかということを。
もっと冷静になるのです。

もっと気づきなさい。
そして今、あなた方が今この人類の命運をかけて
あなた方はそのキーパーソンになっているということを
あなた方はもっと気づかなくてはいけない。

わたくしが紅海を割ったことよりも、エジプトの者たちを救済したことよりも
もっと大いなる奇蹟があなた方の肩にかかっているのだということを
そのことをもっと認識しなさい。

この者ひとりに負わすのではなく
あなた方一人ひとりの肩に背負っていただきたいのです。
あなた方、地上に肉体を持っているあなた方の力を借りなくては
どれだけわたくしたちが悲壮な決意を持ったとしても
この地上を変えていくことはできないのですよ。

わかっていただきたい。
この地上を変えたいのです。
この地上、物質界という、地球というものを救っていきたいのです。
そのことを、思いを、肉体を持っているあなた方
一人ひとりがその心に受け止めていただけない限りは
わたくしたちがどれだけ霊天上界において戦おうとも
地獄に降りていって戦おうとも
この地上にユートピアを実現することはかなわないのです。
そのぐらいの理屈は、あなた方、賢いのですからわかるでしょう?

どうか、この者ひとりに背負わせないのです。
背負わせてほしくないのです。
あなた方、一人ひとりができるのです。
できる力があるのならば、魔のトリックに引っかかってはなりません。

〇〇さん、あなた魔のトリックにかかりやすいですよ。
多くの人の善意を信じるということ。
そして、今がどれだけ大切な時期にあるかということ。
そのことを思うのならば、もっとおのれを引き締めなさい。
あなたがこれから死ぬまでに負う責任は大きいです。
あなたができる可能性が大きいからこそ
天上界からあなた方に旗ふり役というものが
あなた自身に役を与えられたのです。
でも、こんなわずかなことで引っかかってはいけません。

仲間を信じることです。
一人でわからなくても多くの仲間がいるのです。
その者たちがキャッチしたらば素直に聞いて、そして、隙をつくらぬことです。

ミカエルがこの間、日蓮をさしのけて出てきました。
彼の気持ちなのです。
ミカエルはね、いつもわたくしといっしょに戦っているのです。
だからわかるのです。

あなた方が今この日常の中で、この場所でね
楽しくワインを飲んでいられるのも
我々が必死になってあなた方を、こう、護っているからだということなのです。
そのことをもっとわかってほしい。

我々はこのために命をかけている。
このために地球というもの
地球神霊というものをいかに救っていきたいかということを
もっともっと、あなた方わかっていただきたい。
その思いを伝えたいのです。

その最前線にいるミカエルは、体を張ってわかっている。
それを指導しているわたくし自身が、そのことをあなた方に伝えたくて
この間、マヌに、「わたくしにも出させてくれ」というふうに言ったのです。

確かにマヌもわかっているのです。
あまりにあなた方が、あまりに追いつめられてはいけないと思うから
確かに彼なりの配慮の中で体を張って、この荒い三次元の中で通信塔として
裏方の役割をしていてくれているということなのです。

でもね、実質はね
もうこの地球はね、滅びていてもおかしくないという事情があるのです。
そう思ったなら、あなた方一人ひとり、今の日常をやっていられますか。

我々が十次元にお願いに行ったとき、どんな思いでわたしたちが
わたくしたち十人が十次元の地球神霊に対して
それ以上の力に対して頭を下げ、詫びながら。
「もう二度とこのようなことをさせないために
我々十人が力を合わせて、戦って
この人類を守り、宇宙文明の仲間入りをするために
この地球というものをシフトアップするから
エネジーをいただきたい」とぬかずいてお願いをしたか。
あなた方このわたしたちの気持ちがわかるだろうか。

どのような気持ちで願い出たか。
エル・ランティがどのような気持ちになったか。
仏陀がどんな気持ちで涙を流されたか。
あなた方にはわかるだろうか。

先日、エル・カンタラー出ておられました。
彼の気持ちを思うとね-
我々はけっして彼だけの問題ではないと思うのです。
たまたま、わたしはね、古代の時代に出た。
純粋な時代の中でね
神というものを伝えていくことができたからかもしれない。
でも、この近代の中で、この波動の荒い時代の中でね
仏陀は精一杯、法を説かれた。
でも、育ちの中において、信仰心というところに
ひじょうに問題があったのも事実なのです。
彼だけの魂の、彼だけの努力のために彼を悪く言うのであるならば
それは片手落ちなのかもしれない。

わたくしは彼(エル・カンタラー)の無念さを知っている。
でも、彼はいっさい弁解をしないよ。
彼はいっさい弁解をしない。
そして、その罪を償おうとする。
それが天上界の者たちの姿なのです。

でも、今回の失敗を彼ひとりの責任に負わすことはできない。
わたくしたちがみんな精一杯、この穴のあいたことをフォローしようとして
みんな、マイトレーヤーにしてもね、マヌにしても、ゾロアスターにしてもね
カイトロンにしても、みんな出て来てるんだよ。
それをわかってはしいんだよ、あなた方に。
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あなた方はね、信じられない。
映画の中の、SFの中だけの
夢見心地のようなことに思っているかもしれないけど
実際、地球の命運を担っているのはね、あなた方なんだよ。
それを思ったのならば、もっと厳しい思いで、我々の無念さを背負ってほしい。

あと数十年、重いかもしれない。
あなた方にこのような荷を負わすということは
わたしたち九次元の者たちはたいへん申し訳なく思っているけれども
でもね、この者を含め、あなた方にお願いするしか
今この地球の命運を償うことは、軌道修正することはかなわないということ。
そのことを思ったのならば、あなた方一人ひとり
できる限りの力をもって残りの人生を神々の前に捧げてくれないだろうか。

わたくしは力強い者と言われ、正義を担う者と言われ
「正しき者は常に勝つのだ」ということを言い続けてきた者ではあるけれども
さすがのわたくしにしても、紅海をまっぷたつに割ったとしても、
今回の地球文明の命運を正しい神の方向に向けていくということを思うとね
たいへんな時代にきたと
今ターニングポイントにきたということを思っているのだよ。

この者にしても、昨日、一昨日から
「根本法を預かるのはわたくしの霊格にはないことです。
わたくしにそのような任を負わせないでください。
わたくしがもし間違ってあなた方の意思を伝えたならば、
わたくしは取り返しのつかない罪を犯すことになります」
ということをこの者は言っているのです。

それも気持ちはわかる。
でも今、アンテナが復活した以上
この者を通してこの地上にこの九次元の意思というものを
伝えることをもってしか
今地上を救う道はないのであるというこそのことを思ったのなら
あなた方はどうかその手足となって働いていただきたい。

この者は通信機としての機能しかないかもしれない。
でも、それを聴いたならば、あなた方は動く力を持っている。
動く才能を持っている。
動く力、もうこの世的に素晴らしい力を持っているあなた方ではないのですか。
どうか、この力をこの地上にひろげ
大いなる力をもってこの地上を救うきっかけとなっていただきたい。

(2004.12.25 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-04-26 07:23 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(31)

我はモーゼなり。
今ここに集いしそなたたちの願いを聞き入れて、我はここに下生する。
あなた方は今回の計画における自らの使命を悟り
このレムリアの計画の中に
全身全霊をもって献身することをここに誓いなさい。

あなた方が軽口を叩いていることよりもはるかに大いなる意図をもって
この第三の計画が行われているということ。
そのことをあなた方は
もっともっと深く理解する必要のある者たちであるということに
気づきなさい。

あなた方がおおらかにこの地上を謳歌し
この計画における潤いを持つということは大事であるが
我々が持っている、もっと多くの必然性というもの
もっと悲壮感というものを、もっと切実感というもの
そういうものをもっと正面から受け止めて
我々の意思に応えていただきたいと思います。

わたくしが思うことは
この地上をいかにして、悪に染まりし、この今の時から
この地球上における人びとを解き放つかということ。
その思いにおいて、ミカエルもわたくしも同じであるということ。
エル・ランティを中心とした第三の計画における
この最後の切実なる計画において
あなた方がどのような貢献をもって、この計画において実現し
この計画を有効なるものとできることか
わたしたちは心よりあなた方に期待し、願い
協力を請うものなのです。

あなた方の気持ちを思うと
わたくしたちはまだまだ心もとない気持ちなのです。
九次元が、みな十人がどのような気持ちで今、地上に向かい
地上にメッセージを送っているかということをあなた方はわかりますか。
この九次元の最後の願い、十次元のエネルギーを借りた
この最後の願いというものを
あなた方はどうか、この地上に伝えていってほしい。

このような魔の撹乱というものが常にあるということ。
このような時代であるということ。
そのことをあなた方はもっともっと理解して、もっと隙がなく
そして、地上にこの計画を降ろしていっていただきたい。

その意味において
あなた方は自分たちでは何もできないと思うかもしれないけれども
悟りの段階ということにおいて、大きな迷いがあるかもしれないけれども
我々がこれから大いなる計画の中で、悟りの方法論というもの
そして、これから宇宙の法を通じて
人類がどのような未来に向かって歩んでいくかということを
我々は降ろしていくということ。
そのことをもっと理解するのであるならば
あなた方の、もっともっと使命という
覚悟というものが違ってくるのだと思うのです。

仏陀が失敗したということ。
そのことを我々は仏陀のみの責任ではなく
我々、九次元十人すべての責任として今、とらえているということ。
そのことを思い、あなた方も受け止めていただきたい。

仏陀だけの責任ではないのです。
仏陀は自分自らが背負おうとしているけれども、そんなことではない。
我々がいかに援護し
彼にとってもっと強き言葉の中で指導できていたならば
このように彼も苦しまなかったであろう。
このように落ちることもなかったであろう。
そして、引いていくならば、光の天使であるあなた方を
こんなにも苦しめなかったであろうという責任を
我々はとても深く感じているのです。
その無念さというものを
あなた方はもっと受け止めていただきたいと思うのです。

ただ無念というだけではなく、苦しいので
マヌとかゼウスとかいう方がたが出られて
あなた方にメッセージを送っているかもしれない。
でも我々、九次元十人の思いというのは
常に胸がつぶれるような思いの中で
この第三の計画、レムリアというものの中でいかに挽回し
天上界の意思というものを地上の者たちに伝えていけるかということ
そのことをもっとあなた方に伝えていけるかということ
そのことをわたくしは
わたくしたち十人は常に思っているのだということなのです。

たまたま地上に、この者を通してのアンテナというのが復旧したので
我々は降ろしているのです。
でも、彼女にとって、とてもこの任は重い。
この任は重いので、とても逃避的になることがあるかもしれないけれど
どうか、あなた方みんなが彼女を支えることによって
この任を遂げさせていただけるよう、心からお願いをしているのです。

さきほどおっしゃっていましたが、我々、ユダヤ教といわれていた者たちと
イエス・キリストが説かれたキリスト教というもの
キリスト教とユダヤ教というものが反目するという
わたくしが出たときにおいてもまた、その前からある在来の新興宗教という
昔からの宗教というものにおける葛藤というものは常にあったのです。

その中で、わたくしが説くユダヤ教というものが出てき
そして、ユダヤ教が長い間に形骸化していく中において
キリスト教というものが出てきた。
その中におけるあつれきというもの
それは常にいつの時代においても起きるものです。

それはあなた方、G会がおき、そして、G会の反発のもとにK会がおき
K会の反発、G会の反発をもって、あなた方レムリアがおきていくということ。
そのことをもって
あなた方がけっして、それにひるんではならないということ。
それはねえ、歴史において常に繰り返されてきた真実なのです。

彼らは自分が信じるもの、信じる教祖に対して忠誠を誓うがあまり
次に出てこられる新たな勢力に対して
受容的な気持ちで受け入れることができないのです。
あなた方はそのことを思うならば
どうかその試練というものが当然、起きるべきであるということ。

そのことを真っ正面から受け止めて準備し
そして、それが、なぜこのように
我々が迫害を受けるのかなどということではなく
もうすでにあなた方の迫害の歴史の中で、パーニャパラミタの中で
もうすでに学習してきたものであるということ。
そのことを思って魔の撹乱というものも
もう学習してきたものであるということをもって
この最後の救済計画のために力を出していただきたいのです。
魔のやることはいつもワンパターン。
c0171476_17145128.png

そして、救済における我々、天上の天使たちのやれることも
地上の者たちの自由意志を優先するのであるのならば
ある意味で、ワンパターンなのかもしれない。

でも、我々はその限られた中で
あなた方、地上人において神の意思を伝えるために
精一杯の力をもってあなた方に伝えてきた。
そして、戦いをもってきた。
その最後の戦いが
この天上界と地上を介在とする魔界との最後の戦いというのが
この世紀をもって、この地上においてハルマゲドンといわれていた
あなた方の聖書の中でいわれていた戦いというものが行われるということ。

サタンが今猛威を振るっている。
地獄界における勢力というものがひじょうにエネルギーを増していて
あなた方が考えている以上の力を持っている。
それが無差別憑依という状態において
あなた方、日常に報道されている事件を通して
子どもたちを無差別に殺したり
家族間においても母親、父親に対して殺すというようなことは
今まであり得なかったことが
今は日常茶飯事的に行われているのではないのですか。

そのようなことを思ってあなた方は、今この最後の末世の時期において
最後の天上界と地獄界における、最後の総清算の時
マイナスエナジーと天上界のプラスのエナジーとの
最後の総清算にあたっているということです。

この総清算において天上界は、何が何でも勝たねばならないのです。
勝たなければ、マイナスエナジーに負けて
また地上がすべて海中に没することにより
また一から、ゼロから出直すということ。
そのようなことをわたくしは、ミカエルとともにさせたくない。

この地上において、少しでもプラスのエナジーが優位に立つことにおいて
この地上におけるプラスのエナジーを介在する神の国を実現することにより
人類に希望を持たせ、人びとに希望を持たせ
「あなた方は悪魔の子ではないのだよ。神の子であるのだよ」ということを
あなた方に多くの人びとに伝えていくということをもって
わたしたちは新たな世紀というもの
新たな文明というものを切り開いていきたいのです。
そのためにわたくしはわたくしの役職をもって
精一杯の任に当たらせていただいているのです。

しかし、今地獄界というものはエナジーというものを
最大限に広げているということ。
地獄界というものはご存知のように
地上の者たちの悪想念というものを電源とし
そして、それからエナジーをもらうことにより活動しているのです。

今、サタンの力は最強になっているのです。
みんなが「ノストラダムスなんかなかった」
「神の国なんかなかった」
「神なんかいない」という気持ちの中で
また怠惰な安逸とした生活の中に戻っているのではないのですか。
そのようなエナジーを使い
サタンは、地下の者たちは、そのようなエナジーの中で
多くの者たちがこの地上を最終的に滅ぼすための計画を
虎視耽々と練っているのです。

(2004.12.25 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-04-08 14:40 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(30)

不退転の境地で、本来神の子であるという真なる誇りを持つなら
どれだけでも、宇宙の根源の神からのパワーを引き出せるのである。
智慧も、愛の量も、力も
我らが神の子であるということにほんとうに気づくのなら
宇宙の根源の神につながっている
我らの魂の中にあるラインによって、パイプによって
どれだけでもエネルギーを引き出せるのである。

その鍵さえ、そなたたちがわかっていれば、どれだけでもエネルギーを持てる。
我がモーゼで、力があるというのならば
我らはそのことを認識し、使える者たちなのである。
九次元といわれている者が破格なパワーを持つのは何ゆえかというと
神の子という認識の中、その極みにおいて
根源の神からのパワーを引くことをその力として
例えば我ならば、愛と正義を通して
根源の神からのパワーを引くことができる
その認識に至っているということなのである。

それは我らだけの特権ではなく
そなたたち一人ひとり、地球上のすべての神の子たちに可能なことである。
そこに至るには、神の子であるということを。
自らの幸せだけではなく、他者の幸せのために
喜びのために自らの人生を投げ出し
他者の悲しみ、苦しみのためにともに泣き、涙を流し、悲しみを分かち合う
その観点を持てる者であってこそ
神の子としての心の扉が、エネルギーが開くのである。

神の、宇宙の、大宇宙の神からの愛のエネルギーは
無尽蔵に引き出せるのである。
そのエネルギーを引き出す扉を開ける鍵は、愛ということ。
神の子としての愛というもの
その鍵を、鍵穴に差し込んだとき、奔流のように、愛のエネルギー、力が
根源の神から流れ出てくることであろう。
それが、そなたたちの本来の叡智を開き、パワーアップさせ
より多くの者たちを幸せにするために、救うために
このエネルギーを使いなさいという根源の神からの許可が降りる。
その力を蓄えている者たちが九次元の者たちなのである。

ゆえに、我らの力、確信は、常に人類を指導しながら使ってきた。
自らの力のために使えば
九次元といえども、扉はぱったりと閉められて、ただの人になってしまう。

九次元が九次元であるということは
自らの人生を、生涯を投げ出すことにより
ひとりでも多くの神の子たちの幸せのために
ひとりでも多くの者たちを愛するために
そして、根源の神の愛の思いを実現する道具として、手足として
命がけで使命を全うできること
それを喜びとして、使命として受け入れていった者たちであるということ。

愛として、慈愛の姿そのままに奉仕をしようとする
不退転の境地を持った者たちが
救世主界にいるのである。
そのような境地に
どうか、地球人類から発した者たちも、ひとりでもなっていただきたい。

我らが世界、進化した如来界、そして、九次元の者が出ることを我は望む。
ひとりでも出てくれることを待ち望む。
他の惑星には、九次元が次々と誕生している惑星がある。
ほとんどの者たちが七次元以降で
八次元如来界、九次元の予備軍のような者たちがいて
九次元という救世主界の者たちが次々と出てくるような
そのような高度に進化した惑星というのもある。
できたら、いつかこの地球も、そのような愛の星に進化し
高度な認識を持った、愛の表現形としての惑星になるよう望んでいる。

そこに至る原点は、我が語ったことにある。
根本は神の子であり、永遠の生命を持った、愛の奔流の分光であるということ。
愛そのものが、神の子の証であるということ。
そして、どれだけ多くの宇宙に神の子たちがいようとも
あなた方、一人ひとりに使命があり
あなた方は神の子として、個性を発現しなくてはいけない。
神の子というものを、もっとわからなくてはならない。

そのかけがえのない個性の中に、命が与えられたということを
もっと理解し、自らの人生を光らせ、個性の発現をもって
他の神の子たちのために少しでも役に立ち
他の神の子たちを愛していくために命を捧げる、愛の化身となって生きること。
それを認識するかどうかで、この地球が滅びてしまうか
次の宇宙時代に行ける愛の星になれるかの
大きな分かれ目にきているのである。

我が語ったことは、けっして難しいことではないはずである。
それをそなたたちは書物に書き
いずれは、そなたたちがひとりずつ、言葉で語って伝えていきなさい。
そなたたちは、かつての十二弟子のように
イエス・キリストの言葉をわきで聞き
様々なところに伝道していったように、自らの言葉をもって
神のメッセンジャーとして、その言葉を伝えていく者たちである。

だから、しっかりと学び、自らの言葉においても
神の子としていかにあるべきか、ということを語り伝えられるように
訓練しておきなさい。
そのとき、間違ったことを伝えたなら、後々までそれが魂の恥になるであろう。
そのためにも、しっかりと学んでおきなさい。

そして、ひとりでも多くの者たちを救っていく。
そのためには、あらゆる手立てを使って、創意工夫して
やるべきことを最大限にやりなさい。
いずれは、あなた方一人ひとりの書物を通して語ることで
伝道されていくことがわかっている。
今は、インターネットのような機構を通して
ネットワークが張り巡らされた時代であるから
それをどんどん利用して広げていく。
それを思っていただきたい。

まず、シンプルなことからはじめること。
今までのように、あなた方が神理を学び、高度な知性があり
ある意味でマニアックな趣味を持っている者たちが集うところから
多くの、一般的な者たちに広げていくときに、無理のない形で、易しい言葉で
シンプルなものを打ち出すことに眼目がある。

イエス・キリストが、どのように
学問もない者たちの、あれだけの人びとの心をつかんでいったか。
それを考え、難解な言葉を並べ立てることが、救いの言葉とならないことは
イエス・キリストが証明しているはずである。
シンプルな言葉で、簡単な言葉で、真実を伝えることができてこそ
そなたたちもこれからの菩薩行としての
大事な修行が果たされていくことであろう。

まず、自分の言葉で語ること。
そなたたちが語る言葉と行動で、多くの人びとを共感させ、感涙させ、共鳴し
自らの魂を光らす、作裂させるような仕事ができるかということ。
そのことをもって、そなたたちの悟りとするのだ。

そなたたちが、いくら悟り済ましたように思っていても
そなたたちの言葉を聞いて
そなたたちの行動を見て、ここに神あり、神の子ありと
神の使者ありと思う感動をもたらせないのなら
それはどこか間違っているということ。
他の者に指摘される以前に
伝えていったときに「おかしいんじゃないか」と言われてしまう。
それは、宗教をやるからおかしいというのではなく
愛の言葉に力があるのならば、人びとは必ず気づいていくであろう。
神理というものはそういうものである。

シンプルな言葉であっても、自らを飾らず
ほんとうの言葉で人びとに愛の教えを伝えていきたいと思うのなら
その言葉に力が入る。
神の子としての力が入る。
その言葉で、そなたたちの修行が完成していく。
修行を通して、そなたたちの魂が、器が広がっていくという
大事な実践であり、逆に言うと、そなたたちが試される
テスト期間でもあるということかもしれない。

仕事を通し、自らの魂の器を広げなさい。
稀なるこのチャンスを通して
そなたたちが自分の魂をも飛躍的な成長を遂げるような
そのチャンスとして、レムリアの仕事を使いなさい。

そのかわり、不退転の境地が、愛の心が腑に落ちていない者は
はじき出され、自らこようとしても、波長同通の理論で、親和性の法則の中で
かなわなくなってしまう。
だから、そなたたち一人ひとりが、愛がどういうものであるかということを
しっかり学び、活かしなさい。
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これからは、実践行が大事なときがはじまる。
そして、ひとりでも多くの者たちを救う、光の使者としての仕事がはじまる。
霊言をとらないということではない。
霊言をとりながら、いちばん大事なものは
「レムリアの風」という本の、後ろに出ているはずである。
あれを、何度も言っているけれども、もう一度、学びなさい。
あれは、イエス・キリストから、この者(アマーリエ)が
瞬時にして受信したものである。

たくさんのものはいらない。
ほんとうに必要なものが、そこに凝縮して書かれている。
多くの者たちは、たくさんのことを言ってもわからぬ。
あそこにエキスがある。

それをわかりやすい形で、小冊子としてまず書いて
それから、順番を追って、そなたたちが今まで収録してきたものを出していく。
一般の書物に出すには
明治維新のように、一般の者たちも受け入れられるような形で出していく。
『女性編』もいいでしょう。
『ギリシャ神話編』もいいでしょう。
抵抗のない形にして出していく。
そこから、霊界の認識をしてもらう。
枝葉をつけていくということ。

しかし、幹というもの、根源的な幹は、そうたくさんのものではない。
何十冊も、何百冊も出ていくと、どれが神理なのかわからなくなってくる。
混乱をもたらしてはいけない。
基本的な、かつて高橋信次のときなら「心行」があった。
あのように、レムリアの基本的な教えを明解に書いた小冊子をつくる。
『神理のススメ』をつくるということ。
それを人びとに配布していく。
手に取れるように、目に留まるようにする。
インターネットで無料で見られるようにしていく。
それをまず、正面に出していきなさい。

難しく難解な紹介をするより、まずシンプルに
レムリア・ルネッサンスとは何か
神の価値観とはどこにあるか、ということを
誰にでもわかるように書いていきなさい。
そうすることで、人びとは、大事な要点をつかむことになる。

要点をつかんでから細かい枝葉にしていかなければ
神理をはじめて知った者たちにはわからないから
まずシンプルなものから入る。
神理というのは、基本的にはひじょうにシンプルである。
それを思って、そなたたちが力を出していきなさい。
やれることをしなさい。
そして、やさしいものから順次に複雑なものに
難解なものにと発展させなさい。

「やさしいものだけでは奥がない」と言って、足りない様子の者たちには
これでもか、というくらいの蓄積と、神理の質の高さを持っているのだから
それを出していけるように
そのような態勢を打ち出していけるようにしていただきたい。

この者(アマーリエ)が命ある限りは、実践の指導をしながら
霊言を取っていくことであろう。
霊言を少しでも多く収録し、後世に残しなさい。
他にしばらく、このような霊言をとれる者が出る予定はないから。
孔子には、インスピレーションとして、霊界からの語りかけがあるが
霊言収録というのは、専門で取る者はいないのでー
実践になったら、霊言を取ることだけに生命エネルギーを使う者は出ないから
今のうちに、収録できる言葉はできる限り収録していただきたい。

霊言がいずれ未来の人類に対する遺産となり
人びとは、我々の言葉を学んでいくことになるだろう。
だから、今はこの言葉を伝えていくこと。
そして今度は、行動開始のどらが鳴ったということ。
今までと同じではない。

この流れについてこられぬ者はかまわない。
神の子どうし、仲間を愛すること、仲間をいとおしむことはとても大事だが
根本的には、人類すべてを愛し尽くす
まるごと愛すること、生かすということ
今の危機を、この窮状を打破すること。
それがものすごく大事なのである。
それがそなたたち本来の使命である。
その使命に忠実に、力を尽くしてがんばってほしい。

次なる者たちが、今、呼び集められている。
大きく時代が変わっている。
レムリアの使命が変わってきている。
その潮流に乗って、ついてきてほしい。
不退転の覚悟をしていただきたい。

実践に移れば、それだけの魔の力も出てくるから。
だが、そのような者に脅されるようなそなたたちではないと思うから
我も安心している。
魔の力が出てきたときは、我らの力を使いなさい。
呼びなさい。
あらゆる援護をするために、裏神道の者たち、裏の荒神たちも集結して
そなたたちのところにあいさつに出ているはずである。

そなたたちの心が純粋で、ピュアであり
常に神の意思と相通ずるものであれば
彼らの力をもっていかようにも、そなたたちを助けることができるのである。
しかし、濁った者たちに、我らが力は届かぬ。
だから常に、我々の援護を受けられるように
魂を、反省と、向上心の中において光らせていきなさい。
そうしたら、何も恐れることはない。
我が、モーゼが、そなたたちの後ろにいて援護しよう。
何も怖がることはない。

力だけ、自分の独りよがりの中で、空回りするのではなく
常にレムリアの目的、救済の計画の一助として
自分が何をなせるかということを、わきまえること。
全体として、何をするべき時期にあるかということを、常にわきまえること。
その中で、やれる最大限のことをやりなさい。
やりすぎてはいけないといって、引っ込み思案になることもないし
かといって、自分だけが、という気持ちを持ってもならぬ。
協力し合って、少しでもレムリア号がすばらしい航海ができるよう
多くの人びとに光を届けられるよう、仕事をしていきなさい。

そして、光を届け、たいまつを灯してまわっているうちに
真っ暗な荒海の中を歩んでいたレムリア号のまわりに数々の火が灯り
薄暗い地球が、どんよりと欲望に汚れてしまった
悪想念に汚れてしまった地球が
少しずつ、少しずつ、明るくなってくるかもしれぬ。

今、この地上に霊言が出たというだけで
我々の霊的な目から見たら、日本が明るくなってきている。
少なくとも、神の子としでのうずきを持った者たちが多くいる。
その者たちの心に火がつき、まず日本の、日本人の中から使命に目覚め
手を取り合うときが来ている。

日本で、光の天使たちが光のネットワークをつなげたのなら
この国を通して、神理が世界中に発信されていく時代がくるであろう。
それはあっという間のことである。
その動きが始まったことを肝に銘じ、ただ、仕事をしてほしいと思う。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-31 08:48 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(29)

今ここにいない
いずれこの声を聴くであろう者たちにも語りたい。

地上にいる者たちよ。
そなたたちは神の子であり
そして、自らがこの大救世計画を知り
大事な時代であることをよくよく認識し
意気込んで出てきた者たちである。

今、この救世の計画のために
天上界の我々の力となって、使命を果たし、力を貸してくれるなら
どうか、レムリアの者たちの力になってほしい。

ささやかなことでもよい。
ささやかなものをもって、そなたたちで、この者たちを助けていただきたい。
それが、我々の光の天使たち、救世主と呼ばれている
我々の世界の者たちを、神を助けることにもなる。

そのことを思って、どうか、できる者たちよ
その使命をうずきとしてまだ生きている者たちよ、集まってきなさい。
ここに、光の下に集まってきなさい。

一度は見た、光のもとヘ集結した者たちよ。
また、光が失われて、途方にくれて迷える者たちよ。
もう一度光が、神理のたいまつが灯された。
この光の下に集いなさい。

そなたたちは光の天使として、神の子として本来の光を放ち
愛の化身として本来の使命を果たしなさい。
そのために、そなたたちはこの地上に肉をもち、命をもったのです。
それ以外のために、そなたたちは命をもってはいない。

この大救世計画は、何万年に一度と呼ばれている、壮大な計画である。
その中で、ささやかであっても、光の天使としての計画をしなさい。
けっして、この者たちの足を引っ張るようなことを
この地上の記憶の中に残してはいけない。

できることなら、そなたたちの力をもって、この地球を愛の星に変えたい。
救世主が出ることで、光の預言者を持つことで
常に大計画の推進は行われてきた。
不幸なことに、今は大救世主が失われており
この者たちが立っているけれども
霊言を通して我らが言葉を聴いて、世の中を変えていこうとするなら
愛の言葉を自らが受け入れ
この地上において、具休的に行動し、愛の実践をしてくれるのならば
そなたたちこそが、自らの手によりこの地球を救う
救世主そのものになるだろう。
この地上を救ってこそ、地球の本来の意義、使命は果たされる。

救世主というのは、天上界の言葉を受け、それを愛のもと、神の指導のもとに
人びとに伝え、実践する者のことをいう。
ならば、今、そなたたちがレムリアの計画のための手足として
愛の実践をするなら、一人ひとりが救世主なのだ。
愛の光の天使である。

それほどの力がないと、しり込みをすることなく
自らの人生の最後にできることとして、力を貸してほしい。
その力をもってみんなが手を取り合うことで、つなぎ合うことで
地球を愛の星にしていこう。
しり込みしてはならない。

この地球は、滅びるか滅びぬかの瀬戸際に立っている。
神の手が止めていたマイナスエネルギーの揺り返しが
天変地異として地上に降りかかってきている。
いつまでこの時間を保てるか。
時間とのにらみ合い、時間との戦いになっている。

ほんとうに大事なことは
肉体だけを救うのではなくて、魂を救っていくことに意味があるということ。
魂を救いながら、肉体を持っている者たちの意識を変革し
愛と信頼こそがほんとうに大事なことであると
人びとの心に広がっていったとき
国を越え、国境を越え、民族を、宗教を超越した
地球規模で手をつなぐことになるであろう。
そのときこそ、愛というエネルギーは地上を循環しはじめる。

人びとは、我々は神の子であったのだと、これから神の星にしていくのだと
神のもとに帰って行くという、高度な認識の中
人びとは、今一度、神の子として息を吹き返すだろう。
それであってこそ、神の子としてのルネッサンス
大ルネッサンス運動が起きるのである。

人びとは多くの物を持ちこみすぎた。
数々の欲望想念、不摂生、間違ったエネルギーの使い方により
自らの肉体に病をつくり、数々の遊楽、享楽的な
根源悪のようなものをつくって
快楽にふけり、人びとは混乱している。
それに翻弄されて、社会的にも混乱が起き
間違った価値観の中で人生の目的と意味を見失っている。

神の子としての基準を取り戻していったときに
そなたたちがつくっていった
複雑怪奇な社会のシステムがシンプルに整理されて
神理はとてもシンプルであるということを実現するような
社会になってくるであろう。
病がなくなれば病院もいらぬ。
人びとを裁く裁判所などもいらないようになるであろう。

社会国家をつくるため、人びとが間違った方向でエネルギーを使うから
極度なストレスがあり、歓楽街とか、性的退廃を招くものがある
そのようなものは全部なくなっていくのである。
そうなれば、幼い青少年たちが迷うこともなくなって
魂が何の目的のためにあるか
若い命が、どんな目的をもって努力精進すればいいかということがわかり
教育のシステムも、根本から改革が行われるであろう。
国家体制も変わり、国が変わり、国境がなくなって
地球人類として、みんなが手をつなぎ合う時代がくる。

「我こそは、我こそば」と思い、富や宝や、財産や財宝を求めるから
幸せになる必要以上にそういうものを求めるから
人びとはしゃにむに働き、おかしなものを蓄える。
そのようなものは、すべて、価値観がガラガラと変わる中
なくなっていくであろう。

宗教においてもそうである。
カイトロンが言ったと思う。
オリオンの星には宗教がないと。
宗教は、単に自らが神の子であるという、愛の教えそのものである。
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人類どうしがみな神の子であるから
愛し合おう、信じ合おう、分かち合おうという中において
すべてが、物質文明における、貨幣経済までも変わってくる。
神の子、人類たちは、自らの個性と役割で、精一杯仕事をする。
欲しいものは分配されるようになってくるであろう。

すぐにはそのような社会ができないのはわかっているが
そのかわり、自分でできることをし
神の子として貢献しようと勤勉に仕事をしていれば
物事は循環していくものである。

人が幸せになるのに、たくさんのものはいらぬ。
衣類がたくさんいるだろうか。
食べものがたくさんいるだろうか。
子どもの教育をするのに、過剰な教育費がいるだろうか。

ほんとうに学ぶということは、人を、子どもたちを
過剰な教育環境の中において、ない才能を磨かせることではなくて
ある才能を活かすために、自ら気づき、研さんしていく道を示すこと。
そうすれば、教育費も、教育環境も
おのずと別な価値観、尺度が現れてくる。

病院や、そのような施設でも、圧倒的に病人が減るであろう。
魂が永遠であるということを理解したなら、むやみな延命治療もなくなり
短い命には短い命なりの意味があること、修行の目的があると理解され
医学にもそういった認識が進む。
シンプルに整理されてくるであろう。
あまりにも人間たちが、物質界の中で
複雑怪奇な、難解なものにしてしまった。

物質主義の、科学の混乱の時代の中、次の世紀には
神の子であるということが、永遠の命であるということ-、
この地上においての本来の意義と目的が、人びとの心の中に根づけば
ほんとうに幸せなことは、神の大いなるあらわれである大自然とともに
シンプルに生きること。
そのうえで、科学文明を使い効率的に生きることで
人びとは自由な時間を得る。
過剰な、余分な物質、お金、そういうものに目をくらますことは
何の意味もないということがわかる。

そして、自らの才能を、他者の力になるという愛と思いやりの精神で
互いに助け合い、高め合い、人生の目的とする時代がくるであろう。
そうなったら、多くのものはいらないから
たくさんの生産をする必要はない。
畑を耕したり、魚を獲ったり、そういうことが人好きな者もいるから
効率的に食べ物が生産されて、人びとはあくせくしなくなる。
そこに至って、文化、芸術、科学文明における爆発的な飛躍が起きるのだ。

今は戦争とか、つまらないことで足を引っ張り合い
エネルギーを浪費しているから
発達しているようでいても、根本的には飛躍していない。
しかし、愛の教えが根づけば、次なる扉が開かれ、他の宇宙に行けるような
飛躍的な理論が人類にもたらされるであろう。

人びとは宇宙へ出て行き
今度は、自分たちがある程度気づきえた
愛と奉仕の精神を、神の子としての幸せを
他の、発展途上の星に分け与え
今の地球のように滅亡していこうとしているような他の星に
何かしら手助けができないかと
そのような指導、他の惑星を指導するような仕事を
ボランティアとしてはじめていくことになるだろう。
それがまた、宇宙規模の愛の循環となっていくのである。

我らも、そのような惑星から、地球が立ち上げられたときにやってきて
精神的な指導をしてきたのである。
そうして愛の循環が、神の子としての教えが
宇宙規模に循環されて広がっていくのである。

まず、神の子であること。
愛の光であること。
その尊厳を持つこと。
尊厳を忘れるから、サタンたちのように、欲望に目がくらんで
自らを欲望と権力の中において見失っていくのである。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-13 08:29 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(28)

これからは理屈だけではなく、実践行動のある者たちが望まれている。
釈迦教団系というか、黄金光線の者たちは、そなたたちに
優秀な頭脳の総力を挙げて、大事な基本書、根本書というものを
書いていただきたいと思っている。
多くの者たちが理解できる易しい言葉で、いちばん大事な言葉
エキスを並べたものを小冊子としてつくっていただきたい。
それはレムリア・ルネッサンス編として、誰かが書けばよろしいだろう。

お坊さん軍団、黄金光線の者たちがいるのだから
まあ、実践のために来た者たちが
法の基本理念を古くというのは難しいかもしれないが
なるべくわかりやすい形で、根本法のダイジェスト版をつくってほしい。

福沢諭吉さんが、『学問のススメ』をつくっていただきたいと言っていたが
ある意味で、現代版神理の、そう『神理のススメ』というような小冊子
それを安価に大量につくり、今回きた、実践能力、行動能力のある方たちが
それこそ手渡しで渡していけばよいと思う。

書籍をお買いになった方に、その書物を付けてもよいし
そしてそれが人気が出てきたら、いずれコンビニでも売っていくような
そのような作業があってもいい。
そして最終的には、その神理を、買わなくても
インターネットなどで簡単に見られるように
根本的なこと、長ったらしく難しいものでなく、簡単に、端的に
女性でも、小さな子どもたちにもわかるように
役に立つような形で打ち出していく。
そして、インターネットさえ見られればその勉強ができるくらいの
そのような形で広げていってほしい。

今は小学校でも、中学校でも、ネット環境を完備している時代である。
そこに適応し、易しい形で、いちばん大事なものから優先して広げていくのだ。
地球のルーツとか、この者の過去世がどうとか、そのようなこと
ひじょうにマニアックな、しかも興味本位のものであるから
そのようなものは置いて、まず大事なものをー

危機に瀕しているとき、今、家が半分燃え落ちようとしている状態
猛火の中で、あなたがたは何をするか。
理屈をこねるよりも、水を持ってくるであろう。
そして、まず火を消すだろう。
そのくらいの気持ちが必要である。

ただ、てんぷら火災のようなときは、水をかけたらますます火が広がる。
そのときは化学薬品の入った消火器をもってくるか、毛布をもってきて
酸素を減らして火を消すというふうに、頭を使って消火を考える。
それと同じように頭を使いなさい。

効率よく神の法を伝えるには、まず、エキスの粋を集めた小冊子をつくるとか
書籍をつくっていくとか
全国に広がっていく同志たちに呼びかけて、その者たちの手を通して配る。
そういうネットワークをつくっていく。

そしてそれが、協力しようと思っている外国人の者の手に渡り、翻訳されて
海外に出て行くことだろう。
そのうちに、もっと仲間を募っていくことで協力者があらわれるから
この教えを海外に発信していくのにそう時間はかからないと思う。

大事なことは、書籍を出すこと。
そして、安定させた磁場で、霊言を収録していくこと。
我らの計画、そして今の時期、地球の文明の中において
そなたたちがどのような状態にいるかということを
尻に火がついているような状態であるということ。
その危機感が理解できたら、これからは、法理念をまとめつつ
法を学んだ者がいかに実践し、行動の中で
具体的に多くの人びとを救いうるかという
そこが問われているのである。

そのような実践能力のある行、自らに厳しい者、そして法というものを
自己野心や、自分の悟りの道具として使うのではなく
ひとりでも多くの方がたを救いたい
神の子として、神の恩に感謝し、報いていきたいと思う者たちだけが
愛の使者として、神の使者としての仕事をすることによって
結果として、地球が以後、救われていくか、滅びていくかが決まるのである。
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そなたたちにも、幾たびも言われているであろう。
この地上の転生で、そなたたちが任されている仕事は
これほどやりがいのある転生は他にない。
嫌かもしれない。
嫌な者もいるかもしれないが
今生の人生がどういう意味を持つかという、本来の意味がわかったのなら
この地上で、ひとりでも多くの者たちを救いえてこそ本懐を遂げられる
実りある人生だと言えるだろ。

自己愛、自己の欲望に振りまわされて、人びとの幸せよりは自らの幸せ
自分勝手な思いで、権力、野心の中、一生終わっていっても
そんなものは少しも魂の成長の役にたつことはなく、魂の記憶にすらならず
自らをいやしめた、落としてしまった
恥ずかしい経験としてしか残らないものだ。

それよりも、自らの魂の成長、ひとりでも多くの者を幸せにし
神の計画の使者として、ひとりでも地球人類を救った
幸せにする仕事をしたということで、自らの魂の格が上がっていくのである。

我々の世界でも、実践行動なくして
九次元まで上がってくる者は一人としておらぬ。
法理念だけを学んだだけでなく、九次元に上がるまでの間に
多くの行たちを救い、指導してきた精神的指導者、実践能力のあった者たちこそ
八次元如来格、九次元救世主界にくる器が磨かれるのである。

そなたたちが、レムリアにおいてこの仕事をするということは
逆に言うと、他の転生を、何万年分もの転生を越えてしまうほどの
大いなる仕事、業績として、自らの器を広げるもの、判断能力を養うものとして
大いなる魂の学習の場となる。
実績を積む場となる。

ここに座っている者たちの中から
八次元如来、九次元救世主界の仲間が増えるかもしれぬのだから
それを楽しみにさせてもらおう。
それくらいのチャンスが、幸運が訪れたのだと思って
喜んで使命を果たしていただきたい。

この数十年、数々の失望や、苦しみや、困難に巡り会うことだろう。
しかし、それらはすべて、自らの魂を磨き
神の子の使命を果たすための大事な要素であり
神の恩に、愛に報いる、大いなるチャンスを与えられた
すばらしい場にいるということを思えば
いかなる銀難苦難も喜びとなるだろう。

どんな形であるにせよ、そなたたちが傑になって死ぬことも
火あぶりの刑になることも、叩き斬られて死ぬこともないであろうから。
いろいろな不遇はあるかもしれないが、そなたたちの時代は恵まれている。
かつて、神の使者として、不遇に死んでいった者たちもこの中にいるだろう。

命がけになってやった者もいるだろう。
その経験からに見たら、別な意味ではたいへんかもしれないが
それはどの残酷な仕打ちは受けないのだから、ぜひともがんばってほしい。

このレムリア号の航海に、最後まで乗船できる者として
ぜひ、がんばっていただきたい。
我らはこの者(アマーリエ)と同じで、ひとりとて置いて行きたくはない。
すべての者が使命を持ち
意気込みを持って出てきた者であるのを知っているからこそ
最後まで連れて行きたいのである。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-09-29 07:09 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(27)

魂が永遠であるということ。
転生輪廻していること。
肉体生命に執着するのはおかしいということ。
それがわかっただけで、人間は数々の不幸や苦しみから逃れられる。

愛する者と死別することで、悲しみを、苦しみを抱えて動けない者がいる。
しかし、魂が永遠であると知れば、今生、引き離され、死別しても
来世においてまた出会えるという、希望が見えるのである。

悲しみや苦しみをいたずらに抱え込まなくてよい。
本来が魂であると、肉体ではないということがわかれば
もっと有意義に地上の人生が使えるのである。

いらぬ欲望のためにお金を蓄えて、貯金口座のゼロが増えることに
人生の大事なエネルギーを使い果たしてしまう者たちがいる。
名誉欲とか、権力欲、学歴信仰、それが少しも本人の糧にならず
社会にも、神の子としての修行にも少しのメリットにならないにもかかわらず
夢中になって、エネルギーと時間を浪費してしまう者たちもいる。

だからこそ、まず、魂が永遠であり、転生輪廻していること。
この地上での縁は、すべて自分が計画したものだということ。
それが不幸のように思われるけれども
そこを通して、自らの過去世のカルマの刈り取りがあり
自らが人生の中で気づかなければいけないテーマに気づく
その環境をつくるがために、自分を磨くための石とするために
数々の病や、不幸な環境が訪れる。
自分がやった不摂生や、自分がおこなった過ち
その結果として行われることもあるが
それを通して魂を磨き、輝かせ、自らの魂を成長させることでこそ
三次元に生まれた、生きた意味がある。

たかだか人生生きて数十年、かつて五十年と言われたものが
八十年になったとして、いかがだろうか。
何万年と生きている、何億年と生きている我々から見たら
そんなものは一点にもならぬ記憶である。
地上に降りた経験から、どの魂も成長してきている。
なかには大飛躍を遂げている者もいるのである。

だから、地上に出たということが
大事な、自分の魂の、成長の場を与えられたのだと思い
たかだか、与えられた五十年、六十年、じき八十年か
小さい頃はあまり修行はできないから、正味人間をやれるのは
ニ十歳から六十歳の間の四十年ぐらいではないかと思う。

その四十年の期間で、最大限に何ができるか。
どこまで成長できるか。
どれだけの貢献で他者を幸せにし
神の子を幸せにするために、自分のエネルギーを使うことができたか。
そのことを人びとにわからせるには、魂が永遠であり
転生する幾多のチャンスが人類に与えられているということを
教える必要がある。

だから、生き通しの人生の中において
今という一点に何をしなくてはいけないかという
根本的な価値の転換が行われるのである。
そこをしっかりと言うこと。

魂の永遠性、リ・インカーネーションと呼ばれている
転生輪廻が、西洋では欠けてしまっているゆえに、その観点が持てていない。
魂が永遠であり、転生輪廻をしているということ。
そこをしっかりと、人びとに伝えるのだ。

次、第二点として、これは第一点に持ってきてもよいのだが
人間が神の子であるということ。
神が愛の奔流であり、宇宙の摂理であり、愛のエネルギーの塊であり
その一部として、我々は、神の子であるということは
愛のエネルギーそのものであるという原点に気づくこと。

神が何であるかということがわからなければ
神の子であるということの本来的な意味はわからぬ。
愛のエネルギーの化身が自分であるという自信と誇りを持って
自らの人生を神の子として生きるとはどういうことかを
人びとに問いかけることになるであろう。

愛のエネルギーとして、愛の表現体として、この地上にある。
それがどういうことか。
そこに、さまざまな個性を埋め込まれているということ。
神の光の七色の分光として、自らの人生をどう生きるか。
その指針を、その価値観を、人びとは見つけていくであろう。

根本的な、魂に響く生きる指針がないから
今の若者たちは、引きこもりとかニートとか呼ばれている
無気力な状態を生み出している。
子どもたちが生き方を見失っているのは、単なる怠惰だけではなく
彼らもほんとうの意味で神の子であり
真に生きがいのある人生とは何か、ということを問いかけているのである。
それに対して、大人や教育者たちが本物を提示できないから
彼らは無気力な状態の中、動くことをやめ
魂の精神活動を止めてしまっているのが現状である。

だから、新たな価値観、魂が、血が騒ぐような本来の真実
それを教えることで、彼らの神の子としての魂が躍動し
新たな愛のエネルギーで、息を吹き返すことになるであろう。
そのような魂の高揚をもって、地球維新、地球ルネッサンスが行われる。
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再生するのだ。
ルネッサンスは再生である。
神の子であるということを
一度教えられていながら見失われていたことを復活させ
取り戻し、再生していくということ。
その愛の教えを伝えるということをもって、レムリア・ルネッサンスとする。

神の世紀、神の時代がやってくるということ。
その愛の教え、愛の化身として
神の子としてどう生きるべきかということを、原点として据え
それと、科学技術が両輪として動き出したとき
宇宙文明に参加する資格を地球人類が得ることになる。

今、科学文明がある程度発達していても、愛の教えの部分が欠落している。
その部分を補う意味で、九次元からたて続けの霊言を降ろし
救世主が地上に降りて、指導していたのが現状なのである。
これを、九次元が次に引き継ぐときまで
そなたたちが、我らが言葉を、人びとに伝えることによって
天上界の救世の計画が、地上に向けて行われていることを伝えてほしい。

最初は疑心暗鬼の者たちもあるだろう。
しかし、ネットを通して伝えられたCDや霊言集を通して
あれだけの莫大なものを読むうち、間違いないと
人類は気づいてくるであろう。
そのためにも、多くの霊言を収録してほしい。
負担がかかっているのはよくわかるが
今を除いて、九次元の、我らの言葉を
地上に通信するシステムは二度とこないであろう。
だからこそ、今のうちに多くを収録し
できる限り、書籍として出してほしい。

書籍は他に比べて安く、多くの者に配るにも簡単であり
確実なものであろう。
しかも、全国的にブームが起これば
かつてのK会のように、日本中に広がっていくであろうと思う。
そして、一国でのベストセラーではなく
他の国においても、ヒットさえすれば
翻訳されて出回っていくのが、今の時代のありがたいところである。

今は、そのようなことを想像できない
だろうが、そういうときが必ずくると思っている。
それだけの内容を、我々は地上に送っているはずである。
それをあなた方が、なるべく多く
地上の人びとの目に留まるところへ発信できるよう
知恵を使ってほしい。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-29 09:36 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(26)

そなたたちが、このように霊言を降ろし、我々のパイプから降りてくる
正しい天上界の言葉を、計画を地上に降ろしてくれるから、これを青写真として
次の者たちがこの救済の計画を続行することができることを心から感謝する。
間違った計画を降ろし、間違った方向に行ってしまったら
地球人類がこれから行うべき道筋が、誤った方向に行ってしまう。
それは、サタンたちが望む道だ。

地球人類を、戦争において一瞬にして滅ぼし
人びとの心の中に地獄絵図をつくり
恐怖と混乱に落とし、地球を滅ぼし、人類を滅ぼし
そして、地獄に来た者たちのエネルギーを大量に吸い上げて
自分たちが大きな力を持とうとしている。

それはあまりに無知な姿だが
彼らは、この地球という小さな世界に自分たちが君臨したいと
天上界のエネルギーを超えるエネルギーを欲している。
そのために、地上の者たちを
みんな不幸な恐怖と怒りのエネルギーの中に落として
そのエネルギーを吸いあげようと、それだけの魂たちを地獄に引きずり込み
小さな地球の中で、天使軍団に勝ったような思いになりたいと。

そなたたちもあったであろう。
こんな小さなレムリアの中においても
レムリアを欲しがる者たちがいたはずである。
こんな小さなところの代表に好んでなりたいのか、という意見もあったが
我々から見たら、レムリアで起きていることは
地球規模で起きていることと同じである。

我らが光の天使だからといって、我らが偉いわけでも何でもない。
地球というものは、他の天体、大いなる神の宇宙たる大構造から見たならば
ほんとうに小さな、小さなもの。
その中で、プラスエネルギーの光の天使たちに対して
マイナスエネルギーを持つサタンたちの勢力がある。
そのエネルギーを増幅し、光の天使たち以上の力を持つということで
彼らは、世界を征服したと、野心を満足させたと思いたいのである。

しかしそれは、神の御胸の中から見たのなら、ほんのわずかなことであり
我々にしたって
別に、たいして我々の地位がすばらしいと思っているわけでもない。
ただ、神のお力になりたいと思ってやっているだけのことなのだ。
でも彼らは、権力欲、支配欲にかられ
自分が天上の神以上の力を持ちたいと、思い上がっていった。
哀れな、愚かな人間のなれの果ての姿である。
欲望に固まりきった、哀れな姿。
それは、肉体を待った地上の者たちの姿であると言っても
過言ではないだろう。

地上ではどうであろうか。
必要以上にお金を貪り、欲しがり、権力、支配欲、民族問においても
自分たちが相手の宗教よりも、相手の国よりも上でありたいと思う。
北朝鮮なども、イデオロギーにおいても、小さな国であるからこそ
自分たちの国が、最高のものだということを誇示したいために
核を離そうとしない。
小さな者たちほど、そのようなことにしがみつき
権力を使って死守せんとする。
そのため、人びとは恐怖心を使って相手を脅すような
まるで、刃物で脅すような気持ちで、核を装備するのである。

ほんとうに自信があるのなら丸腰でいればいいのだ。
自分たちの共産主義、彼らの持っている思想が
世界の中でもトップクラスだと思うのなら
そのような核を持たずとも、自信を持っていられるはずである。
弱いからこそ、多くの者たちを脅し
ドスを相手の喉下に突きつけているように
核を手放そうとしないのである。
それが、ある意味で、人類の姿なのである。

民族間でも、宗教間でも対立し、戦争が起こる。
ハルマゲドンと呼ばれるような戦争が起きるのも、そこの場所であるけれども
そのような宗教対宗教の中で、本来は愛を説く教えー、
我がかつて説いたユダヤ教でも、イエス・キリストが説いたキリスト教も
マホメットが説いたイスラム教も、人を殺すことを正当化した教えはない。
深い信仰心、神を敬い奉って、謙虚に、愛の教え、律法、正義の教えとして
神の子の道を説いたのが、古代の我々が説いた教えなのである。

まだほんのわずか、二千年、三千年足らずの間なのに
人類が、学ぶというよりは大事なことを忘れ
その後にあめ玉のように与えられた発達してきた科学、物質文明に
我を忘れて浸りきり、愛の教えをすっかり捨て去ってしまった。
その結論が、結果がもうすぐ出ようとしている。
そして、その要にそなたたちがいるということを、もっと自覚してほしい。

精神的な世界で、個人個人の悟りを高めるという、その意味もある。
カルマの修正、魂を引き上げていく意味でも
法を学ぶということは大いに価値があるだろう。
しかし、そなたたちがやろうとしているのは
地球が滅びんとするこの風前の灯火のときに
実践能力において、この地球をどこまで救えるかということ。
その行動と教えの高さを人びとにどれだけ伝えていけるか
その熱意によって、未来の地球の命運が変わるという
そこまで確信し、腹を括っている者たちがどれだけいようか。

我らの霊言をありがたがって聴きながら
実践行動において、少しも愛をなせない。
そのような者たちは、我らがやろうとしている教えをわかっていない者だ。
熱き血潮の中、この地球を、人類を愛するからこそ
そして神に感謝をする気持ちがあればこそ、この計画の中で命を張り
この地球の未来のために何ができるかを、真剣に自らに問いかけ
やれることを探すのが、愛の人として
神の子としての生き方ではないだろうか。
その気持ち、その不退転の境地がないから
さまざまな神々から叱責を受けたのであろう。

覚悟を持ち、明治維新を興した者たちが、命がけで、自らの血でもって
この無血革命というものをなした彼らの、人類に対する
日本国民に対する愛が理解できたなら
そなたたちは、今度は日本国民たちだけの愛でなく
世界人類、神の子すべてに対する愛をもって、地球維新をやり遂げなさい。
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これからのち、理屈だけ、頭でっかちなだけで
実際に行えない者を光の天使とは認めぬ。
それくらい、地上での修行は厳しいのである。
理念だけでいればいいのなら、天上界におればいいのだ。
地上に、何ゆえそなたたちがおり、出て行った意味がどこにあるかというと
愛の教えを、今、天上界から降りている教えを見極めて
それを地球の裏の隅々まで伝えていく、教えを出していく。
何が行われようとしているかを伝える。
そのためであろう。

「このままで滅びてなるものか!」という気持ちで
最後の土壇場を踏ん張ってほしい。
「このまま地球が滅び、人類が滅びてなるものか」と
そのような意地をなぜ出さぬかと
多くの人類に伝えてほしい。
そのために、今までの地球の歩みはあったのだ。

かつてのアトランティスや、レムリアや、ムーそれを通して
人類が学んできたものがある。
それが、今回の文明のクライマックスをもって
ひとつの終結を見るということ。
かつての文明でも、滅びていった者たちはあるけれども
今度、核戦争が起きたら
局部的な大陸の崩壊どころでなく、地球規模的な崩壊が起きるであろう。
地球人類すべてが淘汰されるような状態が出てくるのである。

天変地異が、間違った想念の結果、現象としてさまざま起きるけれども
地球に天変地異が起きているのは
けっして、人類を皆殺しにしようなどという
エネルギーから起きているのではない。
そこは分けねばならない。

自分たちが捨てたゴミが溜まったから、それを処分するために焼却することと
自分たちが火をつけて世界中を焼き払おうとすることとは違うはずであろう。
その違いをわかって、自由意志によって、大いなる精神的革命を起こすことで
人間が神の子としての原点に戻ることで、いくらでも地球の命運が変わる。
人類の文明の方向が変わるということ。
そのことをもっと深く認識しなくてはいけない。

これから多くの支援者を募るために、急遮、懇親会が開かれるであろう。
書籍が出るということは、ひじょうに大変なことである。
この書籍が地上に出たことによって
そなたたちに協力し、支援していく者たち
次の出番を待っている者たちが呼び集められていくのである。
先見の明があり、CDや霊言集をちゃんと見て
数々の批判がある中で見極めてきた者たちが、先に呼ばれてきている。
彼らを、地方における支部長のような形にして、連絡係のようにしながら
ネットワークを広げていきなさい。

会員とか組織とか、そういう形にはしなくてよい。
彼らの善意、神の子として何とかして参加し、役に立ちたいという
やりたいというその気持ちをくみ上げていって、力としていきなさい。
インターネットもある。
だから、そういうものを拠点にして、多くの人びとに書籍を広げていく。
それがとても大事なことである。

この間からリーフレットをつくっているようだが
まず、根本的に愛の教えを打ち出したレムリアの教えの原点を
小冊子でいいから用意しなさい。
それをもっていくほどでなければ
数々の霊人の言葉をただ抜枠しただけのものでは
多くの人類を根底から変えることにはならないのである。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-18 12:41 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(25)

最終的な人類の総仕上げの中、人類が神の子であると教えられ
そしてイエス・キリストや我が地上に降ろした律法、人のあり方というもの
孔子が説いたもの、マホメットなどが説いたものを通して
自らが神の子であるということ、永遠の転生輪廻をしているということ
天上界はひとりであるということ、愛というものが神本来のエネルギーであり
愛の波動の中で宇宙が統御されているということ。
愛の摂理そのものが神のエネルギーであるということ。
それらのことを学んだ。
その時期がやっときたということ。

これは、そなたたちがひじょうに難しい理論を学んでいることから見たら
とても簡単なことで、物足りないと思うかもしれない。
数々の書籍をかつてORも出したが
数々の書籍で、難解に、わからぬようにするよりも
今、我が語った、ほんの二つ、四つのことをほんとうに腹に落としたなら
世界維新はできるのである。
地球ルネッサンスができるのである。

多くの人類に向かって、世界中の者たちに伝えるときに
難解なことを、難解な長い文章で言うよりも
ほんとうに大事なことだけを言っていく
エッセンスのみを伝えていかなければ
多くの衆生、民はついてこられないものである。
これがいちばん大事なことであり
とてもシンプルなことであるが、原点なのだ。

欲望に任せて、人類は物質文明の中を駆け抜けてきた。
科学に夢中になるがゆえに、我らが説いた愛や、神の摂理
教えをすっかり忘れて
人びとは、十九世紀後半から、二十世紀、二十一世紀の初頭にかけて
暴走してしまった。

根本的なことを、あれだけ教えたにもかかわらず、自らが神の子だと
愛がもっとも尊いことを学んだにもかかわらず
愛も、神を信ずることも、ただそのふた言、そのふた言が信じられたか。
ほんとうに身になっていたか。
そのことがほんとうにわかっていたのなら
いかに物質文明や、科学が発達しても身じろぎもしない者たちがいたはずだ。

しかし、人類は、科学や物質的な豊かさのほうを
目新しいおもちゃのように喜び、もてはやした。
そして、我らが説いた教え、愛の大切さを、簡単にゴミ箱に投げ捨てて
「神は死んだ」などと言う者たちが多くなってしまった。
その精神状態の貧しさ、物質文明から出たマイナスエネルギー、その弊害で
今、人類は滅亡の危機に瀕しているということを学ばなくてはならない。

自らの欲、権勢欲、物質の中において、何もかもを欲しがる
それが、諸国問の抗争となっている。
そして、宗教の中でも、愛ということをあれだけ伝えてあるのに
今度は、宗教の名のもとに、自我の主張、欲望、自分たちこそが正しいという
自我のぶつかり合いから戦争になり
そして、核を保有している者たちが、その核を使う誘惑に駆られる。
そのような最悪の精神状態になってきているのである。

いちばん大事なことは、自らが神の子であり
愛し合うことがほんとうの使命であるということ一人が生きていくとき
どれだけ多くのものをがめつく貯め込んだとして
それを全部食べられるというのか。
幸せになるために、どれだけの物質が必要なのか。

物質的なもの、科学的なものがある程度満たされなくては
次の宇宙時代に行けないことも事実である。
だから、常に科学と信仰の両輪を目指して
我らは、アトランティスのときも、レムリアのときも指導してきた。
宇宙時代を迎えた高度な惑星でも
科学文明と、愛と信仰は、常に両輪として回っている。

科学を通して、物質文明の一線に多様化が起こったときに
未熟なる愛の精神しか持たぬ人類は、物質、科学文明に振り回され
神の子としての本来のあり方、生き様を見失う。
そして、過剰な物質を求め、過剰な科学信仰に陥り
自分だけが、自らの国だけが良ければいいという我欲にまみれ
最終的に、核戦争で滅びてしまうのだ。

神は、地球を球体でおつくりになられた。
それは、我々の魂の姿であり、神の子としての心の姿そのままである。
丸いピカピカした光そのものが、我々神の子としての、本来の姿である。
神は、その姿のまま愛の地球をつくられた。

地球が球体であり、自転しているということは
その上で核を爆発させれば、地球を包んでいる大気が放射能に汚染され
その空気は自分の国の上空にもかかり
自らの国民をも根絶やしにして、殺してしまう。
他者を愛することが、自らを愛することだということ。
それがほんとうの意味でわからないときは、最後は自らも滅びていく。
そのような構造になっているのである。

核を発見した段階、その段階に至ったのに
科学レベルに応じた精神状況、愛の心が育っていったかどうか。
それが、文明を存続することができるかがかの分かれ目になる。
我々はそれを見守ってきて、それを指導するために
あらゆる手を尽くしてきたつもりである。
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ほんとうのことを言えば、イエス・キリストが説いた愛の教え
それを一人ひとりが学んでいたのなら
敵国間でも、そなたたちの社会でも、家族の中でも
他者の幸せを、喜びを、我が喜び、我が幸せとしていくような
優しい、思いやりの深い人たちばかりが地上にいて
それが地域レベルから国家レベルになり、地球レベルに広がっていく。
そうなれば、愚かしい戦争などは繰り広げられなかったはずだ。

数々の映画などを通して、我々も、地球最後の日のような
讐告を発するようなインスピレーションを送っている。
それを通して、核戦争をしたらどのような状況が起きるのかを。

でも、核を発明しても、それを戦争の道具として使うか否か
ボタンを押すか否か、それは、人類の自由意志である。
それで人類が滅びたとしても、けっしてサタンのせいではないのだ。
人類は、自分の欲望想念で犯した過ち、醜さを
すべてサタンたちのせいにしたがる。
でもそれは間違いである。
それは、自分たちの蒔いた種の刈り取りである。
自分がやったことの結果であるということを、もっと、見極めねばならぬ。

神の偉大なる愛の力、エネルギー、宇宙を貫く圧倒的なパワーから見たら
サタンたちの力は赤子どころか、虫けらの一つに過ぎない。
サタンをあなどるわけではないが、彼らの力などはその程度のものなのだ。
だからこそ、我々光の天使たちは、彼らのもとに行って、忍耐強く説得して
まるで、不良になった自分の子どもを見るような気持ちで
「帰っておいで」と声をかけるのである。

今が、そなたたちのエネルギーを、精神的な魂の霊的な向上
それを飛躍的にアップさせる、最後のチヤンスなのだ。
そのことを認識してほしい。
そのために、この最終的な救世の計画が行われた。
そして、救世の計画の失敗をもって
この地上の文明が、今回どうなるかが結論づけられるのである。

そのためにも、まず精神的なルネッサンス
精神的な価値観の大転換というものを行わなくてはいけない。
地球人という、民族意識のかたまりのレベルから
今度は、神の子、人類としての愛のエネルギー、分光のエネルギーたち
それが人類であり、地球人であるという
その高い認識で、地球を預かった者として
地球を愛の星に変えていくのが、本来の神の愛へ報いる道であるという
高度な認識を持たなくてはいけない。
そのために、我々の指導がある。

科学文明がピークに達してきた今日、精神的な文明が追いついていけば
いつでも核を放棄し、地球を愛の星に変えていくことは可能である。
今は、不可能のように思われるかもしれない。
しかし、そなたたちが出した本を見ればわかるであろう。
明治維新が、すべての模範例として示してくれている。
それを地球規模に拡大したものが
今度そなたたちがやる、地球ルネッサンス、地球維新である。

彼らがやったのち、わずか百年もたたぬうちに
このような現代人の姿になった。
思想的においても、文化においても、ちょんまげや刀を持ち
袴をはいていた者たちが
今日あなたたちのような姿になるのは、あっという間のことであったろう。
つまり、精神的な価値観の大転換が行われれば
地球上において滅亡に瀕した人類を救うのは、不可能なことではけっしてない。

それを仏陀は計画され
我々も、天上界において、地球の飛躍、ステップアップのときとして
宇宙文明に仲間入りするときだと考えて、我々は、この大救世の計画を立てた。
そして最後の仕上げにかかっている。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-07 07:00 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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