地球を愛の星へ

カテゴリ:モーゼ/モーリャ( 40 )

モーゼ/モーリャからのメッセージ(14)

マザー・テレサが、インドのカルカッタで始めたときにおいても
あの方がやったときには、ヒンドゥーやいろいろな、さまざまなインドの根強い
ひじょうに信仰心の強い国であります、日本とは違いますから
ひじょうに強いインドの宗教がいくつもある中に
カトリックのシスターがひとりで殴り込んでいったわけです。

その中で彼女の教えが彼女の神が正しいと、インドの人びとが頭を下げたのは
彼女の地道な毎日毎日の愛に溢れる行為の積み重ねであったはずなのです。
その姿が多くの人びとを宗教を超えて
人種を超えて人びとの胸を打っていくのです。

そのときに、「キリスト教などー」と言っていたインドの地において
次々と若い女性たちが彼女の姿に感動し、シスターとして入門してきて
ブラザーたちと呼ばれている男性たちが一生懸命
その彼女たちを手伝うために来たではありませんか。

インドの地でキリスト教を広めるということは
日本の国でキリスト教を広める以上のたいへんさがあるのです。
でも、そんなものを超えてでも彼女はそういう偉業をやっていくことができた。

それはすべて神の子たちが、脇にいる病人たちであっても
街に溢れてる孤児たちであっても、そのすべてが神の子であるという
自分の愛する仲間であると、キリストであると、そういうふうに思い
マザー・テレサは一生懸命自分の同胞であると思って
インドの傷ついた人たちの世話をし続けたのです。

その姿を、あなた方はこれから見習っていくチャンスが
幾多出てくることでしょう。
愛というものは、口だけで愛と言っていても愛というものはわからないのです。
愛というのは、思いにおいて、行動の中において実現されたときに
愛というのは光を放つのです。

親孝行していると口先で言ってたって、なんにもならないでしょう。
また逆に口に出さなくても、「お母さん、お父さん、ありがとう」と
内心思っていたのなら、その思いは逆に通じるのです。
「お父さん、お母さん、ありがとう」と、思っている思いを
もしそのときに、肩のひとつももんでいくとか
一度は温泉に一緒に連れて行って
ねぎらいの声を掛けるといったら、それは、どれだけお金をもらったこと以上に
親御さんたちが喜ばれることでしょう。
思いと行動、思いと行為の集積によって
愛の光というのは断続的に放たれていくものなのです。

まず、神の子たち、同胞を愛そう。神に対する感謝の表れとして
自分たち人類、地球人類を皆愛し合おうという
まず思いがなければいけません。

思いを胸の中に秘め
そしてそれを今度は具体的な、彼らに対して何かできるかという
実践行為というもの、行動というもので表していくのです。

ありとあらゆる社会に属するあなた方の、どんな立場でも良いのです。
それを通して、具体的な行動を通して実践していったときに
あなた方の中に愛の光というもの、愛というものが地上に放たれていくのです。
どちらが欠けてもいけないということです。
口先だけで愛を語るのがいちばんいけないのです。
そんなものは、知で愛をごまかしているだけのことが多いということ。

わたくしなどは、どうでしょうか。
よく引き合いに出されますけど、地獄の底まで降りて行って
一生懸命、せっせ、せっせと、地獄霊の説得と浄化にあたっております。

ある意味でいちばんドロドロとした世界
あなた方だったら、とてもいたくもない世界だと思いますよ。
物凄い世界です。

そのところにいて、その中で厳しい言葉を言いながらも、地獄界を浄化し
そこにいる者たちで少しでも菩提心のある者たち
そういう者たちを引き上げていく。
そして彼らが、反省ができるように、マイナスのエネルギーをカットしながら
少しでも神の光が入って反省できるような状況に指導していく。
そのようなこともしているのです。

そのようなことを思ったのなら、わたくしなどは、まず愛の思い
それと愛ある行動、勇気ある行動
それがやはり両輪として働いていかなければ
この救世運動というのはできないのであると、いや救世運動だけではなく
人生の中において愛に溢れた神の子としての偉大なる行為というもの
人生というものはないのであると思うのです。

あなた方の中において、これからレムリアの活動をしていくと
多くの者たちに狙われてくることもあるでしょう。
でも、あなた方は、常にこの光の本源のところにいるのだということ。
この思いを、我々の熱い思いを、頭で感じるのではなくて
できたらあなた方のそのハートの中に
しっかりと留め置いて帰っていただきたいのです。

愛というものがどういうものであるか、神の思いがどういうものであるか
各霊人の個性というものはそれぞれ違います。
違うけれども、その思いにおいて、根本において
愛の思いはひとつであります。

その熱意と愛の思いというものを
あなた方の胸の中に携えていっていただきたいのです。
そして、その情熱を忘れないでいただきたいのです。

その情熱を自らの具体的な生活の日常の場で
さあ、いざとなったときに、やるときに
どのようにしたらいいかと、わからなくなったときに
今日のわたしたちの言葉や、CDで聴いている霊言の波動を
思い出していただきたいのです。
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まず、波動に同通することです。
我々のこの天界からくる、この天界のバイブレーションを思い出し
これに同通することです。
そうすると自然にあなた方の神の子としての、自らの内側にある神性が開き
智慧が、あなた方が蓄えた智慧が、無尽蔵に出てくるのです。

その、あなた方の心の鍵を開ける、箱を開ける
パーニャパラミタとよく言いますけど、開けるキー
それが我々の言葉の波動であるということです。
あさましいことを考えていて、パーニャパラミタは開かないのです。

この現世で、自分だけよかれと思っている思いを持って
あなた方の過去世の叡智というもの
神の子の叡智というものは開かないのですよ。

そのときに、あなた方に埋め込まれた最大の宝
自らの神性というものの宝の箱を開
その箱にはまる鍵、鍵穴に当てはまる鍵というのが何かというと
我々の言葉の波動であるということです。

それを入れてごらんなさい。
それにあなた方が、もしほんとうに感応し同通できたのならば
あなた方はその自らの内側にある誇り高い神の子としての智恵を
叡智を引き出すことができるでしょう。
それをもって、具体的にこの三次元で仕事をするのです。
対処していくのです。
そうしていけば、あなた方は数々の学びも多いし、智恵も湧いてくるのです。

そして、それと同じ波動であれば
わたくしたちの世界も同通しておりますので
どんどんインスピレーションが与えられるのです。

そうやって、神の使徒と呼ばれている光の使徒と呼ばれている者たちは
霊示を受け、霊言を受け、預言を受け、そして仕事をしてきたのです。
キリスト教の使徒と呼ばれている者たちも
皆そういう仕事をしてきているのです。

預言者だけではありませんよ。
この地上を改革していく上で、具体的なこと、行き詰まったときに
我々の世界と同通する波動を持つことです。

あさましいことだけを考えて、人の裏をかくような
神は何もわたしの嘘など知りもしないのだと
嘘ついてもわかりっこないという
そのようなあさましい思いを持っていると
そのような次元に同通した者がその鍵穴に入ってくるのです。
そして、その世界の者たちの指導を受けることになるのです。
よいですか。

だから、CDが出るということをひじょうに喜びました。
最初のときに破門された者が、CDが出るのをひどく嫌いました。
CDが出るのはいけないことであると
この者を守るからと言って、CDが出るのをひどく嫌がった。
それは、まさに地下の者たちの姿であるのです。
音声により出てしまうと
その波動により、自分たちが近寄れなくなるということを知っているのです。

心が疲れたとき、もし行き詰まったとき
CDの波動の中に、音楽を聴くように聴いてごらんなさい。
そうすると、おのずと我々の世界のバイブレーションと同通しておりますから
この世界のバイブレーションを、頭で法は聴くのではなく
ハートで聴いていったとき
その波動の中であなた方は癒され、そして今一度
乱れてしまった自らの心の波動というものを調律することができるのです。

そうしたら、もう一度愛というものに、神の目からの立場というものに立って
もう一度、今、目の前に起きている問題について考え
新たな智恵も湧くということなのです。

そうやって、お一人おひとりが自らの神性を神と直結させていくことにより
この地上を変えていく、その作業がこれからあるということです。
これがなくては、別にこの者だけが霊言を巫女としてとって
それを聴いている、同席する者たちだけであるのならば
あなた方の仕事はそうたいした仕事ではないかもしれない。

これを今、書物として社会に出していくというものをもって
素晴らしい偉業だと思います。
でも、それを今度は学んだことを自らの人生、自らの職業
自らの社会的な役割、家庭の中における役割を通して
精一杯できることを発信していく。

(2005.11.26 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-03-28 14:48 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(13)

これからくる大きな天変地異とか、世界戦争とかいうもの
そして大きな脅威のある病気とかが、やはり聖書に言われていたように
順番に出てくるのです。

その中で、多くの者たちが亡くなっていく姿を見て
地球浄化の過程の中にある
この魂がどのようなところに行けるか。
それを広げていくためにも
早くあなた方の、その、まずシンプルであるけれども
その生と死というものを見つめる
根本的な九次元から降ろされた法のエッセンスというものを
伝えていただきたいと、早急にしていただきたいと思うのです。

今だから申しますけれども
Oが今回、道に対して指導をちゃんとできなかったわけでありますけれども
彼の基本的なところに、根本的に焦りというのがあったのです。

あと何年でこれがくると、実際に焦りがあり
その過程の中で、彼は一刻も早く
確実なる伝道できる教団というものをつくり
絶対的な力で早く地上の人たちに伝えていかなくてはいけないと
内心焦りを感じていたのが事実だったのです。

その焦りの気持ちの中に、我こそはという気持ちが増幅されたところに
彼が判断を見誤ってしまったということがあるのです。
それぐらい彼が見極めていたことは
ある意味で正しかったことではあるのです。

このあとにくるという天変地異というもの、世界的災害というもの
それはある意味で新たな時代をつくるためには、過去の清算として
ひとつの人類が捨ててしまったゴミの集積と申しますか
悪想念の集積というものを一度浄化していかなくては
新たなルネッサンスを超えた神の時代というのがこないということも
事実なのです。

ですから、これから年末にあなた方もするでしょう
大掃除というのがあります。
ある意味で、その大掃除をするための
浄化の過程が始まっていくということなのです。

けっして神が人類を見殺しにしているのでも、見捨てているのでもなくて
そして、彼らに、人類に対しての罰を与えているのでもなくて
あなた方が捨ててしまったゴミを
今、ゴミを燃やすことによって焼却しましょうと
それを、今、回収してきれいな青空を取り戻しましょうと
そういうことを今言っているのです。

そういうのであると事実を受け止め、そしてほんとうに心構えをし
その心構えの中で、また天変地異で嘆いて
人びとの心を荒廃させるのではなくて
そういう時こそ、生と死というものを
死というものをしっかりと見極めていく。

死というものを通して、みんなが逆に吹っ切って
我々の世界にすぐ帰ってこられるような
今そのようなきっかけがあったほうが
逆に帰っていけるのかもしれません。
ほっといたなら今、普通に亡くなっていく方でも
下に堕ちていく方があまりに多いということが事実なのです。

そのことを思うのならば、あまりにいろいろな事件があったり
天変地異で亡くなるときに
人びとに死というものをしっかりと正面から受け止め
人びとがあちこちで死を目にするからこそ
真剣に死というものを考えるチャンスというものを与えていく。

それによって魂が深い学びをしていくという
そういうチャンスに転化できるのならば
それは単なる悲惨な災害であるというふうに
とらえなくてもよいのかもしれません。

ありとあらゆるチャンスは、ありとあらゆる学びの場を提供してくれるのです。
そのような場所をどのように自らに利用し、自らに活かし
他の方がたのことも自分自らも成長していく。
愛を表していける場にできるかということ。
そのために役立てられるかということ。
そのことがあなた方にとって、この地上界
この今世、何よりもの大切な目的であると思うのです。
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多くの人びとが傷ついていかれることでしょう。
そのときに、あなたなら何ができますか。
お医者様たちなら専門的なことができます。
それだけのことを、力を蓄えてこられました。
医療系にいられる方もそうです。
介護をなさる方、そして、看護婦さん
いろいろな専門技術のある方たちはぜひそのように動いていただきたい。

そして、この間の阪神大震災のときも見ていても
普通の一般の、普通の市民の方がた
そして高校生のような者たちが、あの事件をきっかけにして
多くのボランティア体制というものを
そういうものに対して少しでも力を貸せる自分でありたいという認識に
目覚めていったではありませんか。

自分のことばっかりで、自分の幸せばっかりで、夢中で
自分さえよければ人はどうなってもいいと思っていた
それまでの流れの中で初めて、被災地を通して苦しんでいる方たちに
すぐにでも駆けつけて行こうというボランティアが
この日本でも出てきたではないですか。

これから多くの事件が起きてくるでしょう。
そのときに、そのときこそ、普通だったらば
他の人びとが幸せなときに手を差し伸べるチャンスはあまりないかもしれない。

でも、そういうときにこそ
普通の何にもできないと思っている主婦の人たちでも
炊き出し部隊、病人さんの看護
やれることひとつでも探してお役に立ちたいと思う中で
みんな主婦たちが力を合わせて頑張っていく中で
彼ら自体がますます光を、光ある行動をし
自らを高めていくというチャンスも与えられてくるのです。

自分などどうでもいいという訳ではない。
自分自身を大切にするからこそ、自分の身を投げ打ってでも
他の人びとの幸せのために、愛ある行動をするために
自らを駆り立てて頑張っていく。
そのようなことが尊いのだということを魂が学んでいく。

その実践の場として、これからの天変地異においても
ありがたい修行の場をいただいたのだと、チャンスをいただいたのだと
そのぐらいの思いで取り組んでいただきたいと思うのです。

そうすれば、あと何年、5年、10年生きられるかと思って
生きている人たちよりも
残り何年を素晴らしい多くの人びとのために
お役に立てる瞬間を持てたのならば
あと5年10年、ただ怠惰に生き続けること以上の
人生の光ある時というものを
自らの人生の思い出の中に刻み込みながら
帰って来ることができるでしょう。
多くの人びとのためにお役に立てたというその業績は
その方を、本人が嫌だと言っても高い世界に引き上げてくることでしょう。

だから、苦しいこと悲しいことばかりがあったから
けっしてそれが価値のない地上地獄絵図であると思わないで
そのときにこそやれることがあるのだと
何ならわたしはやれるのだろうかと
常にそう思って心を砕き
多くの人びとの幸せのためにやれることを探していきなさい。

単なる理念だけではなく、具体的にこの地上を光らせていく。
その無心な行為の積み重ねだけが、多くの人びとの共感を呼ぶということです。
黙ってやっていても一生懸命ひたすらにやる限り
多くの人びとはそれを、姿を見ております。

そして、あの方をそのように突き動かすのは何であろうかと思ったときに
それがレムリアであったと、その神からの教えであったと、そうなったときに
多くの人びともその姿を見習っていくことでしょう。

(2005.11.26 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-03-07 14:40 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(12)

いつの時でも、100パーセントそのような計画通りの結果になるということは
いかなる文明においてもないのです。

計画は我々の世界から立てます。
でも、やはり地上に降りた状況
そしてメシアと呼ばれている者たちが一生懸命頑張っても、その時代時代の中で
どのような結果になるかということ。
そのようなことは、各文明において、九次元の世界でいくら決めたとしても
その結果通りの結果にはならないということなのです。

ですから我々も、一生懸命頑張ったけれども
どこまで今回かなうのであろうかということをひじょうに目を凝らして
ドキドキしながら見ているというのが現状でもあるのです。

その意味において、結果ではなくて、精一杯そのプロセスにおいてでも
みんなで力を合わせて頑張り抜いたのだという、そこを通して
やはりわたしたちが魂の学びを、大いなる魂の学びというものができる
今回の計画であるのなら、それもそれでまた意味のあることであると
わたくしは思うのであります。

ですから、結果ということだけではなく、プロセスの中においても
お互いに、わたしたち指導霊と呼ばれている指導者としても
「このような状況を計算してなかった」ということが実際に起きるのが
この三次元での修行でもあります。

光の天使たちでも
自分でもこんなことになると思っていなかったということが起きるのが
ある意味でこの世界の法則でもあります。

それを通して、我々もひじょうに多くの学びを得
そして、判断力というものをまた鍛え上げていくという
そのような意味においても、今回の計画はひとつとして無駄なものはないと
わたくしはそう信じております。

そして、この件に関してはあまり言われてはきていないことでありますが
やはり、以前Oの時に、これからの闇の時代が
閉ざされる時代がくるということを暗に言われていたと思うのです。

それは、起きるべくして起きる、総決算のときがくるということも
また事実なのです。
その手が、神の地上を叩く手というのが止められていたということも事実です。
でも、ある程度、あなた方が準備ができてくるということは
その時期が近づいてきているということも
また覚悟をしていただきたいと思うのです。

この地上において、生とは何か、いや、死というものは何であるかということ。
死というものは、一宗一派、教団、宗教というものを越えて
あらゆる人類の上に起きてくるもの。

その死というものを通して、多くの人びとはこの心構えのもとに、新たな価値観
アイデンティティーを学ぶことによって
人類はひとつの統一された価値観に結びついていくという
きっかけを得るのです。

それが、この地上にとって永遠の生命があると人びとは人間が魂であり
霊性というものをもう一度確認し、永遠の命の中で転生輪廻というものを通して
人びとが生きている神の子であるということをしっかりと学ぶ時がき
そして、それこそが医学の世界も変えて、教育の世界も変えて
女性たちも男性たちの価値観、生きざますらも変えていく。

それが最終的に社会を変えていくという、そういう姿になってくるということ。
その切り口が、死というものと直面するということ。
それは病気だけでも直面する場合の人生もあるのです。

でもこれからは、痛ましい事件がいくつも起きてくるでしょう。
そのときに、何ゆえにこうなるか。
どうやって、死というものと向き合っていったらいいのか。

いかなる民族であれ、肌の色や目の色が違い、宗教が違い、道徳が違え
教育、思想、習慣が違っても、その死という厳然たる事実の前には
人びとの心構えは、ある意味でひとつなのです。

そのための、シンプルだけど真実の知識というものを
人類は学んでいかなくてはなりません。
そのものを通して
人びとは種族や国や国境を越えてひとつにまとまっていくのです。
その切り口が、ここにあるということです。
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あなた方が学んだ、霊言でとった大量のものがあるでしょう。
でも、あれを全部学べと言ったら、多くの人びとは学べません。
あの中のエキスです。
エキスの中でいちばん大事なもの人間は神の子であり
神は愛のエネルギーそのものであり
ゆえに、わたしたち人間はみんな愛を胸に抱える神の子である。

そして魂は、本来人間にとってはいちばん大事なものであり
永遠の時を生き抜く、転生輪廻をする魂であるということ。
永遠の時を生き続け、そして修行の過程の中で進歩、進化していくことを
神より義務づけられた、そういう命であるということ。

そこがしっかりと根づいたのならば
ほかのことは自然に問題が解けていくのです。
根本定理であるということなのです。

「罪の子ではない。悪を持っている性悪説なんかではない。
神の子としての、本来は愛の光を発する神の子であるのが
あなた方一人ひとりの本来の姿であるのですよ」ということ。
そのことをあなた方が伝えていくということ。

そしてこの地上における、永遠の生命の中のいっときの中の修行場として
ここ今、命を持っているという、現在という視点を見たのならば
肉体に対して周りに対して、どういうふうに接するべきであるか。
そのことをしっかりと学んでいくことのほうが大事であるということ。

いたずらに肉体に執着したり、この地上に抱え込むような
お金や財産や地位や名誉みたいなことに執着するということ
そのようなことが、いかに無意味なものであるかということが
人に言われずともわかってくるのです。

ほんとうに大事なのは、自らの個性を大切にし、やれることの中で
自らの神より与えられた命を輝かして
多くの人びとを幸せにするために生きること。
そのことが、ほんとうの意味で自分自身の幸せに
原因結果の法則により戻ってくるということ。

もういらないと、結構ですと言っても、その法則は厳然としてあり
自分自身にその報酬というような、神の光という、祝福というものが与えられて
その本人の魂というもの、霊格というものが、おのずと上がっていくのです。

そのことをもって、我々は永遠の魂を
永遠の時の中を修行する旅人でもまたあるということ。
そのような方向で、もし理解したのならば
無意味な戦争などというものはなくなるし
宗教間の争いや殺し合いも、イデオロギーの対立もなくなっていくのです。

そして、この科学万能主義というような、物質主義的なものが変わっていくし
自分の子どもたちだけがすべてであると思うような
親の思い込みによる教育体制というものが
本来の、その子自体がかけがえのなく与えられた素晴らしい個性である
魂であるという、その本来の才能を開発していく。

それこそがいちばん素晴らしいのだという新たな教育的な観点に立って
教育者も親も子どもたちも
自分の人生というものを考えていくことができることでしょう。
そうすれば、教育改革というのもできてくるのです。

あまりにも多くの人種が、あらゆる国に分かれ
数々の方向性や、数々の宗教の中において、ばらばらの思いの中で
人類は進化発展の途上できたけれども
これをひとつのアイデンティティーとして
地球教として、地球人として、ひとつの教えのもとに統一していくには
やはり人類すべてが、肌の色が違え、髪の色が違え、何か違っても
人間として神というもの人間として生かあるならば死というものがあるという
その根本命題に立脚して人びとは自分自らを受け止め、考えていく。
そのようなことをもって人びとは初めて
すべての人種が、すべての人間たちが同じ場所に立つことができるのです。

そうでなければ、それぞれ、いや我々は違うというふうにくるかもしれない。
その意味において
我々は大いなる改革をしようと思っているのが事実なのです。

(2005.11.26 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-02-21 11:24 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(11)

魔というのは、いつも申し上げますが、本人たちの心の持ちようが
こちらの世界のいかなる世界に同通するかにより、憑依という現象
そして、さまざまなこの三次元に映し出した事件というもの
心の状態というものを通して
現象というものを生み出しているものであるということ。
そのことをあなた方は、よくお聞きおきでありましょう。

肉体的におけると、長い間憑依されているところ
霊的に長い間憑依されていると
やはり、病というものになってくる場合があります。
それと同時に、事故というようなもの、一瞬にして若い生命が奪われた
今回の事故におきましても
やはり何かしらのそういう魔の力というのが働いていて
多くの者たちがその犠牲になるというのが
今、テレビでニュースを賑わしているさまざまな事件というものを見れば
そのような事件が起きるような、そのような三次元の状態というもの
地下の者たちが安易にこの地上のエネルギーを操作して
事件を起こすことができる。
それほど、この三次元というのが今
地獄界に近い波動の状態であるということを証していると思うのです。

事件というもの、事故というもの
そして今、幼い子どもたちが、その夕ーゲットになっています。
いちばん幼い者たちを
まるでゴミかボロぞうきんのようにして命を奪っていく。
そのようなことが立て続けに
事件だけではなくて事故も含めて数々のことが起きている。
そういうことが、どれだけ生きている大人の者たちの心を痛め
悲しい思いにさせるか
不幸の種をまくかということをよく知っていて
そのような卑怯な手段に打って出ている
地下の者たちの所業というのもあるのです。

そのことを思うと
やはり我々も早くこの三次元のマイナスの波動というものを浄化し
一刻も早く神の世の現れというものをこの地上仏国土に
地上ユートピアとして具現させていきたいものであると
心から願わずにはおられないのです。

もし、地下の者たちが暗躍し
この地上の者たちに何かをしようと思っていても
この三次元というものが
光の意識で、神の意識で人びとが生きていたのならば
その波動の中において、闇というのは光によってかき消され
けっして闇の者たちが力をふるうことなどはできないということなのです。

今見ていると、亡くなった方の多くの者たちが地獄にくるのです。
「天上界に帰ってこい」といくら言っても、この物質主義的なものの中で
肉体がすべてであるという考え方の中で、魂が永遠であると
本来は人間自体は霊性というもの、魂というものがある
それこそが本来の姿であるということを信じないがゆえに
生きているうちにそれを信じられなかった者たちが、死というものを通して
いきなりそこをわかれということはできない、無理な相談なのです。

だからひじょうに悩み苦しみ
そして迷いながら、わたしたちは精一杯の説得をして
上に上がってこられるときもあるけれども、上がってくることができず
地上にしがみつき自縛霊になる者、逆に心の針が地下に向き
地下に堕ちていってしまう者たち
その者たちの数がひじょうに多いのが現代であるとも言えるのです。

ですから、あなた方の思いの中で
いかに神近き心、心の中に愛と優しさというもの
謙虚さというもの、神の子としての誇りとしての、自ら神の代弁者として
神の子として、どう人生を生きるかという
そのような心境というものをしっかりと生きているうちに学ぶということ。
そのことがどれだけ、その本人の魂においても大事であるかということ。
そのことを肝に銘じなくてはいけません。

いかなる者も、たとえ自分は宗教など信じないと言っている者であったとしても
無神論であると言っている者だとしても、肉体を持ち生まれてきた者は
100パーセントみんな死んで、我々の世界に帰ってくるのです。
それにおいて例外はないのです。
ひとりとて例外はない。

そのときに死と向き合うのは、周りの人にいくら詭弁で言ったとしても
向き合うのは、本人自身がひとりで
神の子としての自らの神性と向き合うのです。
そこにおいて、どれだけこの地上において嘘やごまかしが効いたとしても
自らの心には嘘をつけないというように、その心、神の前に立ったときに
その心にはけっして嘘がつけない真実が
あぶり出されてくるということなのです。

ですから、生きているうちに、いつ神に見られても恥ずかしくない自分であると
そのような心掛けでぜひ生きていただきたい。
そして、今何ゆえに、このように九次元が立て続けに出てきて
根本法というものを降ろし続けるかということ
この一大救世運動が起きているかということを
あなた方は単に知識欲だけではなく
自らの心にしっかりと問いかけ、その法の根本を学ぶことにより
この地上界における神の子として、いかなる価値観により
人類はもう一度生まれ変わっていかなくてはいけないのかということを
伝える義務があるということ。
それが、あなた方の使命でもあるということ。
我々の言葉を聴いた者たちであるのならば、その責任があるということ。
そのことをぜひ思っていただきたいのです。

我々も命がけでこの計画のために皆頑張っているのです。
あなた方もご苦労です。
あなた方も一生懸命やってくださることを
わたくしたちはよく知っております。
みんな見ております。
でも、わたくしたちも一生懸命頑張っているのです。
あなた方が頑張ってくださって、もう一歩、歩を進めてくださったら
こういう方たちとも会わせていこう、もう一歩出てきたのならば
世界にいるこういう光の天使たちとも連携させていこうと
すでにそのような者たちに覚悟を促しながら
今一生懸命、裏で用意をしているのです。

地上にいる者たちによってでしか地上の改革というのは行われないのです。
アイデンティティーとして、計画としては、我々の世界から降ろしますけれども
やはり、肉体を持ち、三次元に降り立った者たちが
この三次元の改革をしていくのです。

それにおいて、あなた方の肉体を通して、我々があなた方の体を乗っ取ったり
憑依するような形で、あなた方のこの三次元を
神の意思だけで一方的に改革するということは
それはけっして許されていないのです。

そして、我々のメッセージをどのように受け入れ
どのように理解し、どのように行動していくか。
それは何度も言うように
あなた方に与えられた絶大なる自由意志というものに守られ
あなた方がそれを拒否するも受け入れていくも
それはあなた方が決めていくことなのです。

でも、拒否されようと、疑われようと
我々は、我々の世界から語りかけることはやめません。
語り続け、語り続け、そして、誰かの心に落ち
そして、その者たちが手を取り合い
励まし合い、この地上を変えてくれることに希望を託し
我々は毎日、日々の努力をしているのです。

三次元から地獄界への無限供給とも言わんばかりの
この頃の凄まじい地獄界に堕ちる者たちの供給を止めない限り
地獄界の勢力はますます増大し
そしてもう地球レベルのプラスとマイナスのエネルギーのバランスというのが
もうすでにバランスを崩しているのです。

そして、それを止めるために十次元からエネルギーをいただいているのは
もう知っているでしょう。
それをもって終わりにするのではなく、もう一息頑張るために、時を頂くために
わたしたちは今、光のエネルギーを増幅していただいているのです。

それでもなおかつ、物質中心のものの考え方が根強くはびこり
地獄のエネルギーが増大し続けていくのならば
やはりこの、地獄界のエネルギーにより、この三次元というものが破壊を
崩壊をしていってもしかたないのかもしれない。

それは神が望んだ破滅ではなく
人類自らが選び取り、自分たち自らで選んだ結果であるということ。
その意味において、神はけっして罰しはしないということ。

その天変地異においても、作用・反作用の法則による
あなた方、原因結果の法則による、自らが招いた結果であるということを考え
けっして神を恨んではいただきたくないと思うのであります。

それぐらい、三次元というもの、三次元を通して地下の勢力が広まり
そして天上界において、また三次元を縁として
天上界における天使たちの誕生というものもあるのです。
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そう考えていくのならば
三次元という修行場がいかに大事なものであるかということ。
そのことをあなた方は、もっともっと考えていただきたい。

三次元というのが、あらゆる次元を通して、我々九次元の者たちが
八次元の者たちが今、七次元の者たちが法を降ろすのも
メッセージを降ろすのも、地球を縦割りで光の法が知られていくということを
今、実現しようとしているのです。

地下にいる者たちも、遠巻きにしながら
この三次元のところで耳を澄まして聴いているのです。
救われたいと思う。
でも、救われたいと思っても、どう救われてよいかわからないと思う者たちが
張りつくように、ガラスのようなものを透明なものを通したように
三次元はのぞけるのです。
そこを通しながら、一生懸命救われたくて
法がなんたるかを聴きたいと思っているのです。

三次元に法を降ろすという意味は、そういう意味もあるということ。
この地上の者たちを救うだけではなく
地下の者たちもそれによって法というものに触れる縁を持たせ
そして天上界に引き上げていくという、そして地獄を縮小させていこうという
そういう目的があるということなのです。

そして、天上界にいる者たちにおいても、天上界も波長同通の世界であります。
ですから、自分たちの世界だけに比較的安住しやすい
進歩発展がどうしても、刺激的なものが少ないのも
また天上界の特色かもしれません。
その反面、ゆったりと時が流れて
人びとは幸せな、牧歌的な思いで生きている世界が多いのです。

でもその世界、五次元、六次元と呼ばれている世界にも
九次元の者たちの、八次元の者たちの法というものが
ダイレクトに聴ける状況になっていき、そこで向上心を持ち
もっともっと上の世界に頑張っていこうと思う者たちが出てくるのです。

そうでなければ、やはり魂の停滞を生んでいる者たちもいるということです。
地下には堕ちないけれども、けっして向上心は持たないと
言い訳をしている者たちもいるということです。
そして、七次元、六次元神界から七次元以降になりますと
逆に地上で法を説かれたとき、最も忙しくなるのはこの世界の者たちなのです。

この世界の者たちが
地上にいる者たちの守護霊・指導霊、光の指導霊というのを
だいたい買って出るのです。

そして地下の、地獄界にいる者たちでも、三次元で法が説かれたときに
以前、高橋信次、エル・ランティが呼ばれたときにでも、数々の転生輪廻とか
そういうことを一生懸命伝えていきました。

それをみんな脇で見ているのです。
それを見ながら菩提心を取り戻し、神の子としての本来の心を取り戻し
そして強力な天上界からの光の援護を受けて
どんどん地獄界の者たちが天上界に上がっていったのです。

そういうときに、わたしのように地獄担当の者たちが
やはり光の天使たちが出て行って、一挙に地獄界の者たちを大量に
天上界に引き上げていくということをするのです。

だから、三次元で法が説かれるということは
ありとあらゆる次元においての進化発展を促すということ。
それだけの意味があるということ。

だから、このだいたい二千年を周期とした文明の中で
要所要所に九次元という者が降りて根本法を説き
段階的に救世運動というものをこちらの世界で計画していくのは
そういうことなのです。

でも今回のことは、これをクライマックスをもって、どういう結果が出るか
その事実を我々は静かに受け入れようと思います。
それまでは、死にもの狂いで努力をする。
そのように天上界一貫として、皆が力を合わせてこの救世のために
計画のために頑張ろうという
その不退転の境地だけは持っているつもりなのです。

(2005.11.26 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-02-14 13:09 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(10)

やはり戦闘系の者が巫女をやるというのは珍しいケースであるのですけれども
今回はたまたまそういう人材がおりましたので
この者に第三の計画を任命したわけですけど
これを任命したのは実は私であります。
本人は嫌だと言いましたけれども、私が任命して
これはひじょうに成功していると内心とても喜んでおります。

これからも多くのことが来るでしょうけれども
ここは鼻の効く方が多いから
あなた方が不快に感じたときには
だいたい魔が入っているということをお思いください。

それはけっして排他的であるとか、そういうことではなくて
魔は今でもこの者に、体に対してでも
少しでも弱いところ、隙があるところを突いてきている。
それが現実ですし
あなた方の心の中においても人間ですからね、みんな完璧ではないです。

情に流されるときも、弱くなったときも
心が乱れてぶれたときもあるでしょう。
そういうときにやはり狙われるのです。

だからレムリアの、この核の、中心メンバーとして
このテーブルに座っているということ。
今どういう場に自分たちがいるのかということを
しっかりと認識することです。

それがもし理解できないのならば、ついていけないのならば
そういう者たちは順番に退席しているということ。
その現実をもうすでに見ておられると思うのです。

それはレムリアが、そういう方たちをけっして排斥しているのではなくて
これもやはり法則です。
波長同通なのです。
この磁場の高さについて来られない者たちは
やはり最後までついて来られないということです。

それと、仲間同士支え合ってほしいと思います。
やはり先ほども見ておりましたけれど、やはりこの者も普通の
一人の女性でありますし
まあこう言ったらなんですけども、背負うものが多いのですね。

九次元の、我々男性たちであったとしても
これを、この任務を背負うということは
ひじょうな負担になることがあるのです。

その時に、この年齢にして、この時期において、女性として
いろんなものを背負いながら霊言を降ろし
こういうことをするということが
ひじょうに本人にとっても辛いことであるということは
見ていてよくわかるのです。

ですから、あなた方のこともあるでしょうけれども
どうかこの者に対しても、そのようなエネルギーで
支えてあげていただきたいなというふうに思います。

やはりあなた方が考えている以上の負担が
この方の体にかかっているということ。
これはもう、どれだけ我々が助けてあげたいと思っても
本来九次元、天上界と地上がコンタクトを取れない理由でもあるのです。

波動が違うし、やはり物質界は物質界の法則の中で生きているのです。
どれだけ我々が、愛のエネルギーでこの人を救ってあげたいと思っても
やはり物質の中における生体エネルギーというものは
この地上に生まれた者たちでなければ持ちあわせていないのです。

それはある意味で輸血のようなもので、血液型が違う
全く別の惑星からきている者が
「血液をあげる」といってもあげられないでしょう。
それと同じことなのです。

我々は霊である、霊体であるということは
あなた方から見たらば万能のように思うかもしれないけれども
確かに過去世とか、そういうものも、ね、いろんなもの知ってはいます。
記憶もなくしてはいません。

あなた方は記憶を失って、肉体という牢獄の中に閉じ込められた
ほんとう無力な存在だと思っているかもしれないけども
この三次元という、この物質界の肉体をまとった
この地上において動くことのできる体を持った、道具を持った
素晴らしい神の使者たちであるということに、逆に誇りを持ってください。

物質を、この地上界の肉体を持って
かつ、この我々の世界の霊言をとるということ。
それは、この物質界の波動がない
この物質界の生体エネルギーを持たない我々に
命を吹き込んでくれているのです。
自分の生体エネルギーを使って、我々の声を、あなた方に聞かすために
命を吹き込んでくれているということです。

それは自分の中にある命の
生体エネルギーというものを消耗しながら伝えているということです。
その分、肉体に対するダメージが強いということです。
そこがなかなか聞いている者たちにはわからないということです。

その上でただ巫女だけを純粋にしているのではなく、全体を見渡し
いろいろね、人間関係でも苦労しているみたいですけども
気を遣っているでしょう。
あなた方をまとめていくためにも。
そしてまた、新たな計画に対しても指令を飛ばしていかなくてはなりません。

本来であるならば、二人、三人でやっていくべきものが
一人にかかってきている。
そしてその上、「もうあとがない」と言われている。
そのプレッシャーは甚大なものであると我々も想像しております。
肉体が動かなくなるということは
それだけ生体エネルギーを消耗しているということ。

それは、どれだけ素晴らしい優秀なお医者様たちがいても
こればっかりは治すことができないし
我々がどれだけ九次元から霊指導していたとしても
このエネルギーだけは
なかなか我々のほうでは与えてあげられないというのが現状なのです。

ですから、このエネルギーと
残されている時間との中の総量を上手に配分しながら
そのために今日、このレムリアの使命が
どこまでが使命かということを今日お伝えに来たのです。
c0171476_11292076.jpg

次の世代が、新たな組織の中で、ひとつのバックグラウンドとして
あなた方が説かれた正しいレムリアの書籍の、法の中において
ひとつの共通認識として広がっていったのならば
そこに坂本竜馬のような者たちが
次の世代に生まれていったミカエルや、孔子のような者たちが
また新たなオピニオンリーダーとして
この、今度は、新たなものを立ち上げるための
ひとつの戦いの時代をつくっていくことでしょう。

そして、ガラガラと秩序が崩壊しながらも
次なる時代にまた幕開けをしていくのです。
その時、彼らはほんとうに捨て身の行動をしていくかもしれない。

でも、そこにつなぐ、彼らがほんとうの認識を持つ年齢に成長するまで
この天上界の計画をしっかりと、間違えることなく純粋に伝えていく。
それがレムリアの使命でもあります。
その基本的な法を今降ろし、そして、これをあなた方の力で書籍化し
そして、これを今、世界に向かって発信しようとしています。

そして、これを受け入れていく人類というものがいて、それを共通認識の中で
ひとつの多くの人びとの中に受け入れていけるものとして根づいたのならば
そこで次の世代の者たちが大改革を行っていくことでしょう。
そこまでやれとは言わないのです。
彼らがやるまでの地盤として、地盤って大事ですよ。
そういうものが根づいていく。

「人間と言ったら、ああ、みんな神の子だろ」
「神っていうのはなんだい、愛のエネルギーだよね、だから、神の子だから、
僕たちも、私たちも、愛を表現していく者たちだよね」という
そこだけでもわかれば。

そして、「転生輪廻していく永遠の命があるんだよね。
だから病気が出ても、今病気が現れたから消えていくんだから
また来世もあるから今度一緒にまた生まれようね」と
そのぐらいの余裕のある言葉で語っていくことができたのならば
不幸の種を背負いこみすぎて
悲しみばかりの人生にならなくても済むのです。
そのように、どうか多くの人びとが思えるだけの、その地盤を築くまでの
そこまであなた方にお願いしたいと思います。

おおかた霊言で我々の趣旨というものは降りているのです。
もう大体降りているということをもって、あなた方が認識していただければ
あとはこれをお伝えしていくという過程の中で
あなた方の時間とエネルギーを使っていただければと思います。

魔に対してはお任せください。
どうも女性のほうが魔に強いという、レムリアの体質があるように思うけど。
戦闘系の方がたは、今見ていると男性たちも何人か来ているみたいなので
心あたりのある方たちはみんなで力を合わせて魔を
まあ彼らが結界を破らないように頑張っていただきたいと思います。

キリスト教系、仏教系いろいろいますけど
魔というものは人の心の弱みにつけ込んでくるのが大体常でありますから
人びとが互いに愛し合って、信頼し合って、そして無私な思いでいるところ
こういうふうにみんなで結界をつくっているところには
入れないということです。

だから方法論ではなく、その思いを忘れずに、謙虚に、愛深く、楽しく。
ワイン飲んでもいいんですよ。
毎回飲んでもいいんですよ。
我々は水代わりに飲んでいましたから。
お酒自体が別に悪いとは言いません。

だから、そういうものは構いませんから、そんな小さな価値観ではなく
男性と女性が手をつないだから地獄に堕ちるとか
もうそのような
小さな、小さな価値観で自らを縛るのはやめましょうということを
みなさん方にお伝えください。

(2006.4.22レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-02-07 08:06 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(9)

一人ひとりのエネルギーは小さかったとしても
ほんとうに信頼できる仲間同士が手を取り合い、チームを組むことによって
救世主界から出た者以上の器と
救世主界から出てきた者たちのエネルギー以上のものを
あなた方の信頼感の結集の中において
地上に神の受け皿としてつくることができるということです。

その大いなる奇蹟のもとに、今レムリアは存在しているということ。
この奇蹟的な、この第三の計画の実現というものを
天上界はひじょうに喜びをもって、感謝をもって見つめています。

あとはこれを地上に広げていく。
これはあなた方の信頼感であり、愛し合う仲間たちと結束する
共通の理念のもとに統合されていく。

その協力し合う体制によって
どれだけでも彼一人がやった以上の力ができるかもしれないということです。
そのことをどうか、自分に自信を持っていただきたいのです。

自分は何なんだからと、自分はどっちみち九次元ではないのだからと
そのような情けない思いを持つのではなくて、自分だってやればできるのだと
九次元以上の力を発揮することだってできるのだと。

いい意味で誇りを持って、そうやって私は神につくられたんだと
増上慢になることなく自信を持って、そして仲間を信頼して、助け合って
この計画を進めていただきたいと思うのです。
数々の工夫をしてやっていく中において、多くの協力者がまた出てくるのです。
次の段階の協力者というのが用意されているのです。

あなた方が今できないことでも、やれる仲間たちが集まってきます。
それにはあなた方が、まず外に向かってアピールしなくてはなりません。
アピールしていくうちに多くの仲間が集まってきます。
それだけの方がたがこの日本に生まれてきているということです。

まだ命ある限り、多くの光の天使たちがこの地上にいる限り
彼らはたまには根腐れを起こしている者もおりますが
でもやはり、うずきの中においては、神の計画のためにお役に立ちたいと思う
その気持ちで地上に生まれてきている者たちが多いので
レムリアが本来の、ほんとうの光を高々と掲げたのならば
彼らは集まってくることでしょう。

そして自分自身のために、多くの人びとのためにとか、神のためにではなく
自ら自身のために、自ら自身が充実し、感謝を持つために
彼らは使命を果たしていくことでしょう。
c0171476_8363758.jpg

あなた方が多くの方がたに対して使命を果たしていく
その道というのは、あなた方が地上に出てどれだけ
光の天使たちのやる気、本来のうずきに点火することができたか。
その情熱を分かち合うことができたか。
それがこれからのあなた方の正念場になるのです。

資料も十分過ぎるほど出ているのです。
こういうものは時々には出しますけれども、これだけで消耗し
この人をなくしてしまったのならば、これから先の計画はなくなるということ。

だから、この霊言も良いですけれども
もうこれだけ地上に降りてきたのならば
これを早く文書化し、CD化し
ダウンロード化するというのはたいへん素晴らしいことだと思います。

それをやりながら、英訳も考えながら、どのようにしたら多くの方がたに
このような書物を、ネットワークを見ていただき
広げていけるかということ。

もうすでにその流れの中にあなた方は入っております。
それは指導されて今入っているということです。
この次なる展開にきているということ。
それが今、日本の外側に向かって動き出しているということです。

今まで我々もそこを強くは言わなかったのです。
まだちゃんとした確たる資料ができる前に、外に広げて変な人が入ってきて
この磁場を荒らされることをひじょうに警戒したということがあります。

でもこれだけの資料が出てきて、書籍が出てきたのならば
あとはもう銃弾のごとく本を出しながら、少しでも多くの方がたの目に触れて
多くの方がたの魂のうずきを震わすような、心を震わすような
そのような伝道の段階に入っていただきたいと思います。

必ずや、この書物が、メッセージ集が、多くの神の子たちの心を震わす
そのような書物になると我々は信じております。
そして、日本の中で広がっていったものが世界に出て行き
日本というひとつの霊的な立場をもって、世界の多くの人びとの
世界の多くのところに出た神の子たちに運動しながら
地球すべての中において共通の価値観として
あっという間に、りょう原の火のごとく伝わっていく。

そのような新たな改革の時という
革命の精神革命の時というものがくるということ。
そのことを楽しみに
私たちはあなた方にこの仕事の次なる展開に入ったということをお伝えして
今日は帰りたいと思います。

(2006.4.22 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-01-30 08:37 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(8)

ひとりでは悲しいとき、一人では乗り越えられないとき
そういうとき、助け合うときに仲間がいるということです。
そのために神の子たちはみんなひとりではない
理解し合える、ほんとうの仲間たちを
神が与えてくださっているということをほんとうに理解したのならば
あなた方の人生に対する勇気というものも、また湧いてくることでしょう。

愛というものは、ひとりで試練の中に立ち向かうものではありません。
常に自分ひとりで生きているのではなく、多くの方がたによって支えられ
多くの方がたによって自分という存在が
この地上に生きていられるのだということをわかったときに
どうか、苦しいとき、悲しいとき、まわりの方がたの手にすがること。

ひとりで乗り越えられないときでも
仲問たちの力を借りることをためらわないでください。
それが多くのコミュニケーション
多くの愛というものを分かち合っていく姿にもなり
その姿をもってありとあらゆる愛というものを学ぶことができるのです。
閉鎖的な中において、自分ひとりだけでやろうとするその姿の中に
ほんとうの意昧での愛の姿はないということです。

失敗してもいいのです、人生は。
失敗しても、また次のときに頑張ればいいのです。
カルマがあったから因があり、果が結果を結んだからといって
それが悪いのではないのです。

自分で一生懸命やったけど失敗してしまった。
だったら次の人生でまたそれを学び、お返しをしていこうと
おわびをしていこうという気持ちがあったのならば
一生懸命、一生懸命生きるのならば
どんな人生も美しいのです。

それを勝手に、いい悪いを裁くのはあなた方人間たちであって
神はそういうものは裁きません。
あらゆるチャンスを通して魂が学んでいくことを選んでいるのです。
あなた方に許しているのです。

あなた方がどんな人生を選び、どのように結果を結んでいくのか。
この最終局面の、今回の文明の総決算期にあたり
天上界はできる限りの指導をやってきております。

ここまで世界伝道の入り口に立ってきました。
かつて立ったときがありました。
でも、もう一度ここに、正しい法をもって
正しい心がけをもって臨めたことを
私はあなた方に対して心から感謝をし
そして神の、地球の神の子たちの指導霊として
誇りをもって、今あなた方を見つめたいと思います。

これを今度はお伝えし、分かち合っていくことによって
世界的な精神革命を起こすことができるか、それはあなた方の覚悟と
それを受け取った者たちの気持ち次第によって
その結果が出るということなのです。

前にも言われたと思いますが、その結果についてまでは
あなた方の責任ではないということです。
精一杯やってお伝えすれば
そして、その過程の中で少しぐらい失敗してしまったとしても
それは構わないのです。

そんなことをあなた方が気にしないで
どうか、失敗して仏陀に怒られるのではないか
こんなことをしたらインマヌエル、イエス・キリストに怒られるのではないか
はては私にどやされるのではないかと、ミカエルにどなられるのではないかと
そんなこと気にしなくて構わないですから。
失敗したら、また別な形で使命を果たせばいいのです。

ですから、どうか弱気になることなく
この愛を分かち合っていく運動の中において
あなた方一人ひとりの覚悟において、あなた方の個性を通して何を選び取るか
あなた方自身がどういう関わり合い方をしていこうと決めていくか。

それをあなた方の自由意志で選択し、決めてください。
そして、それを決めたのならば、不退転の境地でやっていっていただきたい。
情熱を持ってやっていただきたいのです。
情熱とは真っ赤なメラメラ燃えた愛の炎なのです。

それがあなた方の中になければ、その情熱がなければ
他の方がたの神の子としての愛の炎に点火することはできないのです。
オリンピックの時の聖火リレーというのがあるでしょう。
次から次へと炎が点火していきます。

その愛の炎を点火していくという、その過程の中において
伝道という言葉があるのならば
愛の光をどうか地球中に伝えていくために
レムリアのこの天上界のメッセージと
バイブレーションをもって、もう本来すでにある神の子たちの
その心の中の炎に点火していくだけのことなのです。

新たな神の子のエネルギーをつくれというのではなくて
地球人類すべての者たちの中にある
神の子としての共通認識のうずきに点火するということです。
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それは、違いのある正義で裁き合っているうちは
その光は点火されないのです。
共通認識です。
みんな男と女が分かれていて、みんな人間であるということです。

どの者にも、悲しみや、喜びや、苦しみがあったのならば
その人間としての人生の流れの中においては、多少違いがあれども
みんな同じ人間としての人生の苦しみの中において
何をもって心の価値観とし、何をもって生きがいとするかは
そんなにみんな変わらないということなのです。

誰かにとってうれしいものは、やはり、みんな愛されればうれしいのです。
裏切られ、傷つけられたら悲しいし、苦しいでしょう。
それは民族も文化も宗教も関係ないということです。

人間であるということ
人間神の子であるということをしっかりと認識した共通の価値観
その愛を求めるうずき、そこが点火する場所でもあるのですよ。
それを私は言いたいのです。

それまでは、私はユダヤ教の出身だから、キリスト教の出身だから
だからこういうことは受け入れられません。
肉を食べちゃいけない。
牛肉なんか食べたらいけない。
いや逆に言うと、牛肉は食べるけど豚はダメ。
いろんなことを言います。

それは、ひじょうにその時代、その時代の中における
我々の法の説き方があったけれども
そういうものを超えた、多くのがんじがらめのところから
人類を鎖から解放していく道筋でもあるということなのです。

釈迦教団にいた者たちはどうでしたか。
みんな独身でいて、女性に触っただけでも
結婚妻帯するだけでも神の道から離れていくとして
そのようなことを禁欲的に拒否してきた流れがあるのです。

そういうものからも
実はそういうものはその時代の中には意義があったけれども
今日的に見たなら全くナンセンスなことであるということが
今の段階になったらわかってきているはずなのです。
そういうことを今、総合的に学ぶことによって、人類は開放されてきます。
さっきからの小さな正義というのはそういうことです。

小さな、小さな民族、小さな、小さな宗教のカテゴリーの中だけで
その小さな価値観の中で自分たち自身を縛り、自分と他者は違うのだと
別のものであるのだと、そういうふうに思う心が他の者を裁き
自らだけが正義であると主張する、小さな正義のぶつかり合いが
今日の、地球規模の宗教戦争を生み出しているのです。

今イスラム教圏とキリスト教圏の戦い
そのキリスト教もアメリカが代表して戦っているような形になっています。
どちらも神の正義があるといって正義のぶつかり合いでもあります。

でも、そのような小さな価値観から、もっと大きな神の子としての正義感で
自らの中にある内的なものに気づいていく過程がなくては
地球規模的に統合されることは、いくら戦争をしても、力で争ってみても
地球人類はほんとうの意味で幸せになることは
いつまでたってもできないということです。

この地上ユートピアというものは永遠にやってこないということなのです。
そのことをあなた方がもっと理解し
この計画の重大性というものを認識してください。

(2006.4.22 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-01-25 16:46 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(7)

生老病死から抜け出していくということ。
そして、いかなる事故に遭い、いかなるアクシデントに遭って
不幸な災いを招き、愛する家族の命を奪われたとしても
それを恨んだら終わりであるということ。

愛というものは許し合っていくということ。
そして、今までが因果の法というカルマの法則が
恐ろしいほど正確に実現されてしまうような社会であったのです。

でも、人びとがほんとうに自らが神の子であると
愛のエネルギーの一部であるということを
ほんとうに気づいて、分かち合いの人生を歩み出したのならば
人びとはカルマの、因果の法から解放されるのです。
そういうふうになっていかなくてはいけないのです。
わからないからこそ、今あなた方が気づかないような場合において
多くのカルマの法則というものが実現されてしまっているということです。

カルマというのは、多くの人びとにとってみたら
宿命のように思うかもしれないけれども
これは、カルマの法則は原因結果の理論
あなた方が学んでいる原因結果の
因果応報の世界の法則の表れでしかないのです。

ですから、それがいいとか悪いとかではなく、法則ですから
そのような原因があれば
そのような因果という結果を招いてしまうということ。

その結果を今摘み取っているとしても、そこが悪いとか
そういう問題ではなくて
その自分でしてしまった失敗は、自分なりに精一杯、果たしていけば
それはそれでまた美しい人生があり
学びがあるということを学ばなくてはいけません。

でも、そこでもし結果を、一生懸命、悲しみやなんかを通して学んだとしても
そこでまた人を恨んでしまったのなら
また新たなカルマを生み出してしまうということです。
許すということです。

魂が永遠であるということを、ほんとうに理解していないから
一瞬の事件に巻き込まれて、愛する者をなくしたときに
必要以上に悲しみ、苦しみすぎてしまうのです。

苦しいのです、わかります。
悲しいのです、わかります。
でも、何にも悪いことをしないで亡くなった者たちは
間違いなく百パーセント我々の天上界に来るということです。

であるのならば、魂的に見たのならば、早く地上の肉体の牢獄から解放され
我々の世界に来て、幸せに笑って
子どもたちでも蝶々を追いかけ、花を摘んでいるかもしれない。
幸せでいるかもしれない。

でもその時に、必要以上に親が悲しみ、苦しみすぎて
天上界に帰っていこうとする子どもたちを引き留め、そこで自縛霊のように
水子霊のようにしてしまったりすると
その子の魂自体も苦しんでしまうということ。

そうすると、不慮の事故に巻き込まれたとしても
それこそ不幸の種を親子ともに結んでしまって
そのような結果をまた生み出してしまう。

そのような悲しいカルマの連鎖になってしまうかもしれないということ。
それは基本的には、神の子であるということをちゃんと理解できない
ある意味でいうと無知さから出ているのです。

それは、人類は今まで、無知というのも過酷ですけれども
知らされていなかった。
まあ、仏陀やなんかの教えにおいても知らされてはいたのですけども
ほんとうの意味で神の子として永遠の命があるということは
転生輪廻をしていて、生き通しの命であるということを
ほんとうの意味で知らないから
表面に出てきた数々の事件のことで翻弄されすぎて
恨まなくていいものを恨んで
苦しみをつくり、自分を、そして、その家族もともに
地獄の底に落としてしまうようなことになるのです。

被害者であるからといって、必ずしもその悲しみの中に浸って
その悲しさをまき散らしていることが正当で正しいことではないということ。
私は厳しいことを言うように思うかもしれないけれども
悲しみをこらえつつ
その魂として、この過程の中において乗り越えて
早く愛の光の中に生まれ変わっていくことができるようにと
相手も何かの理由で、このような悲しい加害者になってしまったのであろうと
すぐに思えないと思うけれども
でもなるべく許していこうとする思いの中において
その悲しみを乗り越えていただきたいなと私は思うのです。

すぐにしろとは言いません。
その悲しみがあるからこそ人情があり、情があり、人間であるのです。
その苦しみがあってこそ人間であるということ。
サイボーグのように、ロボットのようになれとは言いません。

その悲しさを十分味わってください。
なればこそ、この悲しみを他の同じような者たちに与えてはいけないと。
だからこそ、嫌な世の中を素晴らしくしていく原動力にしていこうと
そのようにぜひ使っていただきたいのです。
そうすれば、その愛するわが子を奪われたとしても
その子の命はけっして無駄ではなかったということになるのです。

ただただ、わが子を失ったということを悲しんで
相手を憎んで、憎んで恨み続けて
何年たっても、何年たっても
恨みばかりをこの地上に想念として巻き散らすということは
それは本人だけの問題ではなく
積極的な意味においてマイナスのエネルギーを
地上に放出していくことにもなるのです。

放出し続けたエネルギーの量と年月の分だけ何倍にもなって
また逆に本人に返ってきてしまう。
これもまた因果応報の法則にあるのです。
私たちはそのような不幸な連鎖の中から救っていきたいのです。
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ですから、それにはまず真実の姿を学ぶということ。
真実の姿を、ほんとうに人間がどういう存在であるのか、肉体だけではない
物質だけに翻弄されるのではない
霊的な、霊的な目覚めを待った神の子であるという
そういう生き通しのエネルギーであるということを
ほんとうに理解したのならば
病気に対しても、事故に対しても
自分では理解できないひとつの流れに対しても
寛容になれるはずなのです。

その寛容さというものがまた愛でもあります。
それを発動していくのが、神の子としての愛のエネルギーをたたえたあなた方の
地上での修行ともなるのです。

すぐに笑って許せとは言いません。
でも、なるべくそれを許していけるような方向に努力していく。
そのように社会が導いていけるような、そういうひとつのバックグラウンド
そういう社会というものをあなた方の手でつくっていただきたいのです。

それは霊的なこと、生まれ変わりということ
それを個人個人でしらみつぶしに知っていたほうが
地上での修行ができやすいのならば
あなた方の過去世を残したまま我々は地上に生まれさせていくのです。

でもけっして自分ではわからない
不可抗力と思えるような事態に巡り合っていたときに
それを愛の思いで前向きに乗り越えていったのならば
必ずその過程でカルマが解消されて、あなた方の霊的な成長につながるように
そのように青写真というものは組まれているのです。

そのように、あなた方自らの手で計画してこられているのが
あなた方の人生であるということです。
それをつくったのは、支配して命令しているのは神ではなくて
あなたがた自身の手で青写真をつくって出てきているのです。

どのような形で、自らの過去世のカルマがあったとしたなら
カルマを返していくか。
カルマを乗り越えていけるように今回の人生をしていくか。
それを決めているのはあなた方自身であるということ。

そのことをもっと理解したのならば
今、過去世がなんであるということを知るよりも
今現在の人生を一生懸命生きる、前向きに愛豊かに生きる。

不可抗力のようなことがあったとしても、できるだけ愛の思いで前向きに
まわりを愛しながら乗り越えていかんとする
そのようなことを通してあなた方の人生は鍛えられる。
もし易しい、安易な生き方ばかりがあったとしたのならば
魂が鍛えられる時というのを失ってしまうでしょう。

数々の悲しい出来事があったとしても、それを真に乗り越えたとき
あなた方の魂はほんとうの意味で鍛え上げられ、鋼のような強い
愛と言っても弱虫の愛ではなくて、ほんとうの意味での鍛え上げられた
強い高貴な神の子としての
愛のエネルギーとして成長を遂げているものなのです。

そのように人生の要所、要所で試練というものが組まれている。
それを絶妙に、ケースバイケースで、個人個人の性格に合わせて
人生の計画の中に盛り込まれているということです。

そういう計画を信じることです。
あなた方の中において、その自らの人生を計画してきたのが
青写真を組んできたのが自分であるとのだと。

そして兄弟、家族関係においても、すべて親子関係においても
全部自分で決めてきたことであるのだということが理解できたのなら
そのすべてに対して責任回避は許されないのです。

なぜなら、自分で決めてきた関係なのですから。
その中において、どんな悲しいことがあっても
なるべく前向きに生きようとしてごらんなさい。

(2006.4.22レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-01-19 15:52 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(6)

今この三次元というところは、地獄界からのエネルギーを
あまりに多く引き過ぎているのです。
地獄界のエネルギーというものが
ひじょうに多くのさばっているということです。

地上の者たちの欲得、狂色、そのような思い。
そのような思いを引いて地獄界が動いているのが事実なのです。
でもそれだけではなくて、地上の者たちもひじょうに地獄のエネルギーに
影響されているということが事実なのです。

ですから、神の子であるはずなのに
地獄の悪魔の子のような生き方をしてしまっている者たちが多く
その者たちがいるがゆえに
地獄界からのエネルギーをたくさん引くことによって
地上のあちこちに、その者を中心として
小さな「ミニ地獄」のようなものが展開しているということなのです。
この地上に肉体を持つということはそういうことなのです。

この地上に、「ミニ天国」をあちこちに、「ミニ天上界」を実現することも
「ミニ地獄」をこの三次元に展開することも
この地上に生まれた者たちの生き様、心がけによるということなのです。

どちらの世界から多くのものをこの三次元にひっぱって展開するか。
それは、この三次元に肉体を待った者たちの力でなくてはできないということ。
それこそが三次元に生まれた本来の意味でもあるということなのです。

今、人びとは、「目に見えない世界などはない」と言って
自己中心的な、欲というものに追われた自己満足的な生活の中で
人びとは欲望に目がくらんで生きています。
その姿が地獄界をますます強大にし、この三次元自体を
地獄界を映し出すような世界にしてしまっているということなのです。

そうではなくて、ほんとうに神の子であるという認識のもとに
地上で神の使者として生き仏のような気持ちで
この地上を一生懸命生きたのならば
その方のまわりには「ミニ天上界」が展開するということなのです。

その方が、職業や、家庭や、友人関係や、多くの方がたと接していったとき
その相手とのコミュニケーションを通してまた天上界の空間が広がっていく。
そういう関係を通して
光というものが伝道していくということを表しているのです。
それぐらい伝道ということは大事なことなのです。

地上において天上界を展開するために、我々の言葉をもって
我々の言葉を生きざまとして、不退転の境地の中において
この三次元にお伝えしていくという、分かち合っていくという無私なる思いで
どうか次の計画にあなた方の力を貸していただきたいと
私は今日それをお願いするためにまいりました。

ミカエルのほうから伝える内容かもしれないけれども
でも私のほうから今回はお伝えしたい。
救世の情熱ということを、以前仏陀が唱えておりました。
救世の獅子吼、救世の情熱ということをもって、彼もまたやりたかったのです。

しかし、これから先、吼えていくのは彼ではなく、あなた方であるということ。
そして、これは間違いなく同じ形であるということは、これは天上界の大計画が
同じものが今継承され、展開されようとしているということなのです。

組織やそれぞれの形は変わったかもしれないけれども
天上界において、ありとあらゆる霊言を地上においてとり
そして書籍化し、銃弾のごとく書籍や講演会を展開していく中において
CDを出していく中において、多くの方に天上界のメッセージを
波動をお伝えしていく。

それができたのならば、今度は大伝道期に入り、日本中の
そして世界に向けてこのメッセージをお伝えしていき
多くの地球人類の認識を変えていく。

そのために今回の計画はあり
そしてそのために、仏陀自らが地上に下生されたということなのです。
そこまでなくては、彼、自らが下生するということ、その前座として
まあ、露払いとして
エル・ランティが出るなどということはあり得なかったのです。

あなた方の思いの中で、「かつての宣教師と同じことをすればいいんだろう」
というような思いでは、地球規模的なことは救えないということ。
今回の計画というものが、大救世主が、天上界が一丸となって計画をし
必死な呼びかけをしてきたということを思うと、今回の計画の特殊性というもの
重大性というものを理解していただけるのではないかと思います。

あなた方の中において、これから仏陀のできなかった部分、自らの命を
心血を注いで仏陀のために、仏陀のなせなかったことをやって
弟子の本懐を遂げていくと、そのぐらいの気持ちになり
あなた方は仕事をしていただきたいと思います。

これからくる時代の中において、数々の多様な価値観、多様な民族
そして、多様な歴史的背景を待った方がたもやって来ることでしょう。
その時、常に忘れてはならないのは、みんな地球の神の子であり
同じ愛を分かち合った、本来みんな同じ本源から、元からつくられた
一体化した愛のエネルギーの仲間たちであるということ。

その共通認識をしっかりと持つことによって
そのコンセプトがあることによって
あらゆる国境、あらゆる民族
あらゆる宗教の壁を乗り越えていくことができるということなのです。

それがなくては、また過去と同じところに戻ってしまうということ。
そのことをわたくしは今日あなた方にしっかりと伝えていきたいと思います。
その共通認識だけが地球をまとめ上げていくのです。
統合していくのです。
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地球自体をひとつの惑星として統合していくことができなければ
いつまでたっても領土問題などでいがみ合うのです。
今日本でも竹島問題とかやっているのを見ていましたけれども
あんな島ひとつが自分の国のものである、国のものではない
それで海まで自分たちの領海権をつくっていがみ合っていく。
そのようなものでますます意地を張り合っていく。
そのようなあさましい争いは、もう終わりを告げていかなくてはなりません。

日常的な物質のみに
物質があればあるだけ国が豊かであるという思いの中において
過剰な物質を得んがために、そのような醜いぶつかり合いが出てくるのです。

経済制度においても、社会制度においても、日常的なものに関しては
お互いに分かち合っていくという、愛の共通理念に満たされたとき
地球はそんなにがむしゃらに働かなくても
多くの者たちを養うだけのものはもう携えているということに
気づかねばなりません。

いつまでたっても物質の価値観の中だけで
物質をもっともっと多く抱えていなければ
所有しなくては不安であるから
その不安感がますます人びとの幸福感を奪いながらでも仕事をさせ
あさましく、他の者たちといがみ合いながらでも、少しでも多くのものを
物質をわが手中に収めようとして
さまざまな不幸なあつれきをつくっているのです。

ですから、物質的なものはすでに、もう神より与えられていると
イエス・キリストが言ったように
野の白百合のように、空を飛ぶ小鳥のように
そのように、あまり明日あさってのことを思い煩わなくても
しっかり神は養ってくださるという、そのような思いの中で
自分たちの仲間たちに、今飢えている者たちに回していくぐらいの
そのような思いで食べ物や物を分け与えていくのならば
その何倍にもなってその方の元に戻ってくるということ。

それが法則であるということを人類はしっかりと学んだのならば
不必要に多くの物を貯め込んだりしなくなることでしょう。
人びとは、そういう愛の根本原理における、大いなる制度の
社会秩序の変化というものを通して変わっていくことでしょう。

でもその根底にあるのは、まず精神的な革命
精神的な価値観の転換というものを通さなくては
社会制度の変革、秩序の変革にはならないということなのです。

あなた方はまず精神面の部分で、神の子であるということ。
そして人間がみんな神の子であり
永遠の転生をしている、永遠の命があるという
そしてだから、亡くなった者たちも天上界にいて
またいつか会えるのだということを
死というものは基本的には単に世界の生まれ変わり
お引越しのようなものであるということをほんとうにわかったのならば
多くの苦しみ、悲しみから立ち上がれない
恨みの中に埋もれている方がたの人生というものの不幸を
開放することができるのです。
そこをまず伝えることです。

(2006.4.22 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-01-07 14:12 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(5)

多くの人々は今、物質文明の中において疲れ切っているのです。
その中において愛のエネルギーというもの、愛すること
愛するということはどういうことかというと、信じ切ることにあるのです。

愛すること、信じることができない今の社会の中で
地上生活の中において、ほんとうの意昧での安らぎというものを求めている。
そういう地球人の姿があるのです。

今、魂は飢えているのです。
本来はみんな神の子であるのです。

ですから、愛の神理の言葉に飢えているし、自分たちが何者か
気づかなくてはいけないという強迫観念のような思いの中で
みなが右往左往しているのが現実なのです。

言えばわかるのです。
みんな魂が求めているのです。

自分はこんなことをするために、この地上に生まれてきたはずではないのだと。
そういうことがわかっている。
それゆえに、その価値観を見いだせない者たちが
今仕事にもつかず、うつろな日々を過ごしている。

それは、小さい時からちゃんとした、魂が躍動するような価値観の中で
子どもたちを育ててこなかったというその結果が
こういう無気力な人種をつくっているのであると
ニートのような連中をつくっているのであるということ。
それは社会自体が、教育自体が根底から問われる結果でもあるのです。

多くの人びとが、これだけ多くの人たちが働かなくなっていく
引きこもっていく現状の中において
どこか健全でない社会の価値観というものがあるということ。

やる気がないということ。
やる気を起こさせる道、社会ではないということ。
そこに多くの人びとが気づかなくてはいけません。
子どもたちに対しても、ほんとうの誇りある夢というものを持たせていく
それが大事であると思うのです。

どんな人びと、一人ひとりにおいても
一人として生まれて来なくてもよかった者はなく
みな素晴らしい才能と個性を与えられてこの地上に生まれてきます。

そのことを言ってあげるだけでも
多くの子どもたちは未来に対する希望をつなげるし
自らの魂に対する誇りを感ずることができるのです。

あなた方においてもそうです。
多くの方がたにおいて、コンプレックスというのはあるでしょう。
優越感もあるのならば、やはりコンプレックスというもののカルマの中で
動けなくなっている方がたも多いように思います。

でもコンプレックスがあるからこそ、多くの人びとの良さもわかるし
自らの個性の違いというものも認識できるということなのです。
コンプレックスと思うのではなく、魂の個性の違いというものとして
しっかりとあなた方は受け止め、多くの人びとに対して
「違うから素敵なのだ」と「違うからこそ、神はつくられた。

私たちに対する意義があるのだ」ということを伝えながら
青年や、若い子どもたちに対して将来に対する自信が持てるような
そういう積極的な働きかけをしなくては、国は、地球は滅びてしまうのです。

核兵器だけで滅びるのではなくて
そこにいる人類が、間違った価値観で無気力化し
社会に出て働かず、そして、子どもも生まれない社会になっていったのなら
遅かれ早かれ地球は滅びてしまうということなのです。

そのことをもって、どうかあなた方が素晴らしい神の子として
地球人として、生き生きと生きる姿というものを
あちこちで見せていただきたいと思うのです。

その姿を見て、多くの方がたは新たな価値観を求めているので
そこに合流してくるように思います。
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今までは霊言をとることを優先していたので
あなた方の中においてはあまり広げていこうという認識もなかったし
またこれで新たな流れがきたら、「レムリアはこんなはずではなかった」と
いう方がたも出てくるかもしれないけれども
ついて来られないならばついて来られないでかまわぬ。
これからが本来のレムリアの使命でもあるということ。

そしてこれは、大救世主がやるべき仕事の内容であったということを
逆に負担に思うのではなく、誇りに思って
そなたたちは力を合わせてやっていきなさい。

それこそが、自らの命をかけて明治維新をつくった坂本竜馬たちのように
そなたたちは命がけになって、この地球のターニングポイントにおける
このルネッサンスの運動の成功のために頑張っていただきたいと思うのです。

自分の人生を大切にし、自らの魂の個性に対して誇りを持ちながら
でも無私なる思いにおいて、欲得ではなくて、愛を命がけにおいて
神の、地球の神の子たちに伝えていかんとする、その決死なる、必死なる思い
それがあなた方のエネルギーを格段に、数倍光らせるものであり
そして、あなた方のエネルギーというものを増幅する力になるのです。

捨て身になって、無私なる思いで神の使者として生きようとする者たちに
天上界からの光が降りてこないわけはないのです。
何倍にもなって、あなた方の肉体をめがけて天上界から降りてくるのです。

その天上界から降りてきた何倍もの光を、地上に生まれていった肉体が
あなた方の体を通してこの地上の三次元を照らし続けていくという
そのことに救世運動の意味があるということなのです。

それには「不退転の境地」と、我はいつも申していたはずなのですけども
不退転の境地の中において、そなたたちが心から覚悟を決めて
「伝えていこう」、「この運動で地球を救っていこう」と
「分かち合っていこう」という愛の覚悟ができたときに
この地上には多くの多くの天上界からの光が降りてくるのです。

(2006.4.22 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-01-01 14:34 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(1)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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