地球を愛の星へ

カテゴリ:エル・ランティ( 20 )

エル・ランティからのメッセージ(11)

我々がこのような話をできるような時代になったということ。
そしてこの愛の原理に我々一人ひとりが気づいたときに
大宇宙より多くの友が
あらゆる技術をもって応援しようと地球のまわりにきてくれています。

彼らはもともとわたくしの友でもあり、この地球人たちのルーツでもあり
我々を援助してくれようとする、宇宙のすばらしき仲間たちであります。
しかし、彼らが援助しようと、様々な知識を与えようと思っても
もし宇宙人があらわれたなら、ロケット砲などで円盤を打ち落としてやろう
などというような野蛮な民族の星の者たちに
どうして彼らが近づいてくることができましょうか。

他の星の者たちから見るならば
地球に住まうものは、ひじょうに原始的な星の住人であるわけです。
だからこそ、愛に同調した
本源の愛の神の子としての自分自身をしっかりと見つめ直した
友好的な愛に溢れる姿を見せなくてはならない。
そうすることで、今その存在をけっして見せない
見せてはいけないのではあるけれども
その姿を見せない彼らが次々と姿を見せて
あなたたち地球人に様々な技術を与えてあなた方を助けて
新たなアクエリアスの宇宙の
霊性文明の発達の時代に導いてくれる手助けをしてくださるということ
そういう時代がくるということを、あなた方は知っておきなさい。

それと同時に、地球神としてのわたくしたちの指導も
前以上に多く、あなた方に指導できるようになるでしょう。
自分自身が愛の塊であり、神の子であるという原点にあなた方が戻り
わたくしが高橋信次として説いたときの反省法に則り
己自身の霊性というものをしっかりと反省し
神の子本来の原点に戻ったのならば
あなた方に失われている
今、まあ、この者(アマーリエ)などは
霊言というものをとって当たり前にやっていますが
他の方にも本来備わっている
霊道現象と呼ばれている霊能力が復活してくるのです。
テレパシーなどは当たり前のことなのです。

別に、霊言をとるこの者だけではなく、本来であるならば
犬であっても、猫であっても、虫であっても、自然界の花であっても
そのような精霊たちはみんなテレパシーで交信をしているのです。
それを今、あなた方地球人は失ってしまっている状態なのです。
その状態を、能力を回復していったとき
宇宙の友たちと自然にコンタクトできるようになるでしょう。

このような口から出る言語。
この者の通信をみていてもわかるでしょう。
この者は言語に一生懸命、翻訳しているのです。
よろしいですか。
翻訳の前にテレパシーで言いたいことは伝わっているのです。
伝わっているから本人はわかるけれども
あなた方に伝えるために言語化をしているのです。
それは宇宙の者たちも同じです。

テレパシーで来れば、言語がたとえ違おうと何であろうと
言いたいことは伝わるのです。
しかし、言語でしか地球人が理解できないから
だから彼らは、宇宙語というのはそれぞれの母国でしゃべる言葉ですけれども
彼らはひじょうに苦労しながら地球語を学び
しかも変換機のようなものを使いながらでなければ話ができないのです。
c0171476_658530.jpg

本来、あなたたちが亡くなり
こちらの天上界の世界に戻ってきたときには、肉体を脱ぎ捨ててきます。
そうすると、あなた方の肉体は霊体という形になるのですが
そうなったときには、当然のようにテレパシーが使えるのです。
これは、肉体に支配されたときに、ひじょうに限定された
硬い、硬い肉体という物質的な限定の中に閉じ込められているから
あなた方は本来神が与えられたテレパシー能力を失っているのです。

地上にいても、先ほど申しましたが動植物などでは
鉱物においてもそうですが、テレパシーでの交感ができます。
だから、この間話しておられたように
花の精霊と話ができるというようなことは当たり前のことなのです。
あなた方全員が、話せて当たり前なのです。
彼らは一生懸命伝えようとしています。
しかし、受け手がそのような澄んだ心を持たぬから
あなた方は彼らの言葉がわからぬ。
精霊界や妖精の言葉がわからぬということだけなのです。

それと同じであって、心が澄んでいったならば
反省により、本来の神の子であるきれいな丸い心になっていったならば
当然のように宇宙の者たちと
テレパシーでコンタクトできるようになるのです。
それは一部の霊能者だけではなく
地球人みんながそのようになっていけるということ。
そのような時代が必ずや、飛躍的な今回の計画が成功したのなら
遅かれ早かれそういう時代が来るのです。
そうしたら、言語というものを使わなくても、他の惑星の者たちと交流できて
彼らの言いたいことがわかっていくようになるでしょう。
そういう時代が来るということです。

それを霊性の文明の開始と申しますか
水瓶座の時代のはじまりということをもって
我々は宇宙時代の幕開けというふうに呼んでいるのです。
その時代が来るための
大自然の最後の地上浄化の学びのときが今であるということ。

今までと明らかに波動が変わるのです。
明らかに今までの、戦国時代とかいって人びとが戦い合ったり
自分たちの欲や地上の権力などに振りまわされて
お金などに振りまわされて
ひじょうに原始的なレベルの話でいがみ合っていく、そういう時代から
自分たちが神の子意識であり、愛の奔流であり、宇宙は愛そのものであり
愛のボルテージそのものが神の、地球として
期待された次元になっていくために
わたくしたち一人ひとりがあるのだと
他の言葉で言うならば、神の花園に咲く花になっていこうと
そのような言動になっていったのだと思います。

愛のボルテージが高くなっていくこと。
そして、愛そのものになっていくということ。
それが宇宙における神の法則であり
神のご希望になる姿そのものであります。
あなた方はそういう時代をつくるための、そのための最後の先ぶれというか
ステップアップのときの大事な、大事な使命を担う
使者としての仕事があるのです。
それを常に思い、今の仕事を考えていただきたいと思います。

(2005.7.30 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2016-12-10 10:38 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(10)

この地球というものを考えていたときに
大いなるアクエリアスの時代という霊性進化の発展の時期
高度なバイブレーション、精妙なバイブレーションの中で
地球自体が進化発展してきた時期というのがあります。

今まではひじょうに野蛮な、ひじょうに幼い
そう、言うならば小学生低学年レベルの修行の場所であったのかもしれない。
愛の心をもって、もう少し文明、科学を発達させ
文明人の仲間入りをさせていきたいと
高度なことを教えてあげたいと思っても
その前に、宇宙を統べる愛の法則である神のご意志
その法則に則った動きをしないから
自浄作用により淘汰されてきたというのが今までの歴史なのです。

だからこそ、あなた方はまず人びとに伝えよ。
神とは愛の根源そのものであると。
愛の法則そのものであると。
大宇宙すべてを生かしむその思いは
神の愛の法則そのものが生きとし生けるものに染み渡り
神の愛のエネルギー、神の光が
すべての生ける神の子たちの体の中に流れ出でて、その姿形をつくり
それを神の体の表現体として、この大宇宙を統べておられるのだと。

法則。
愛とは法則であり、愛は旋律であるということ。
波動であるということ。
この愛の法則に則らぬものは
この大宇宙において存在を許されぬものであるということ。
それが許されるような次元のレベルの地球であるということを考えると
いかに我々の地球というものが
まだまだ初歩的修行の段階にある星であるかということがわかるであろう。

今、ルシフェル、サタンなどの者たちがここから抹消されることなく
その修行の、反省の場として、彼らに許され、与えられているというのも
彼ら自体の修行の過程の中で
まだまだ地球はそれが許容される修行場であるということなのだ。
だから彼らにしても
もしこの地球自体の修行場としての役割がレベルアップしていったのなら
彼らはその姿を見て反省し、同じく上がってくるやもしれぬが
そうでなければ、別の形で別の星に行って修行するような形態を
とらなくてはいけなくなるかもしれない。
そのようなこともあるということをわたくしは告げておく。

だから、わたくしとしてみれば、この地球自体を修行場として
もう少し高い次元の波動の中にある、愛というものを圧倒的に体現できる
そのような磁場にしていきたいと
そのような星にしていきたいというのが
今回の大プロジェクトの目的なのです。

それには、今回のような飛躍的にステップアップする時期というのが
かつて数千年前、いや数万年前より
宇宙の中における地球の時期というものを
よくよく考えて設定されているということ。
数万年前からおかれていた、今日の大事な地球にとっての要の時期が
今回の計画であったということを思うならば、みだりに簡単に
我々天上界の者たちが諦めてしまうには忍びないという気持ち
わかっていただけるのではないかと思います。

このようなチャンスをつくるために
他の霊人方もおっしゃられていたけれども
命を投げ出した数々の方がたの努力と歴史があって
今日がつくられてきたのです。
その大事な、まさにこのとき
今現在に、この磁場の、この光の中心にあなた方がおられ
そして奇跡であると思われるような
霊界通信を受けている立場であるということ。
そのことを思って最大限の努力をしていただきたいと思います。

地球の使命は、この太陽系の中において
太陽系のプリンスと呼ばれているほどの立場であります。
大宇宙からみると心臓部に近く
この大銀河系宇宙自体がひじょうに知的な場所でもあり
神のお体をもし大宇宙に例えるのなら、地球の位置は
ひじょうに要のところにあるとわたくしは認識しております。

銀河系には他にも、我々地球よりもっとすばらしい星はあるのですが
我々にしてもこの美しき地球を
大宇宙の心臓部の中においても恥ずかしくない水準のものに
光輝かせていきたいと
地球を預かるものとして、わたくしはそのように思っております。

人びとの心の中に愛がなくなったとき、愛の法則により
その人類はこの地上に、いや宇宙に住むことが叶わなくなるということ。
それは波長同通、因果律の法則の中にあり
愛の法則の中にあることなのです。
c0171476_1457851.jpg

圧倒的な愛、圧倒的な光の前に闇など存在しえないのです。
しかし、ほんの一部の闇がこの地球に巣食っている
そのほんの一部の闇に光の軍勢が負けたという事実があることを思って
闇というものをばかにできないと
ミカエルたちのように精一杯、闇と闘っている者たちがあります。

しかし、本来、大宇宙というものを
宇宙全体を神のお姿と、お体としてみるのであるならば
地球の中におけるわずかなものなど、地獄界などは
ちょっと転んでけがをした
かさぶたくらいのようなものでしか存在しえない
ほんの一点にしか過ぎぬということ。
そのことを考え、あなた方は闇に怖気づくことなく
けっしてそれに負けることなく
毅然と、光の使者としての道を歩んでいってほしいと思います。

神の愛というのは無限であり、神のエネルギーというのは無限であり
この大宇宙は愛の法則により、無限の光により
その法則により動かされているということ。
それを、今回のレムリアの教えの一番大事なところとして
あなた方がしっかりと後世に残さなくてはいけない。

神というと、人間の形をした
我々のような者たちが根源神であるかのように思われてきた。
しかし、我々は高級神霊であり、あなた方の指導者ではあったが
イエスもモーゼも仏陀もアラーも
みんなすべてが、あなた方より先輩である指導者たちであったのです。

神本来の姿は大宇宙の中にある愛のエネルギーです。
その愛のエネルギーをすべての者たちが分け与えられ
神の子として存在している。
だから、自分たちの存在を最高に輝かし、個性を発露させていくのは
自らの中にある愛の思いを最大限に引き上げて
愛のボルテージというものを最高限度に引き上げていって
宇宙の神に感応していくということです。

自分の親である神の愛にもう一度自分自身を投げ込んで返していくという
戻っていくという姿。
それこそが自分本来の道であり、そのときにはじめて
一人ひとりが違う個性と才能を分け与えられ
つくられた神の子であるということを、今一度認識し
他の者と何が違うか、どんなすばらしい才能があるかということに
真に気づくことができる道を築くのです。

自分の欲や、大きくなって名声を得たいとか
そんな思いで自分の将来の仕事や自分の天命、天職というものを考えるよりも
一度、神の愛という存在の中に自分自身の存在を投げ入れることです。
原点に戻り、自分の中からもう一度神の本源に
大宇宙の本源に還って、結びつけて
自分自身の原点に戻っていくということ。
神の愛を通して自分自身に還りついていくということ。
そのことを人類は知らなくてはいけない。
そうでなければ、これからの地球に修行する者たちにとって
すばらしい人生の修行形態というのはありえなくなるということを
あなたたちの法の中にぜひ残していただきたいのです。

今のあなた方の人生にも役に立つことでしょう。
でも、これから後に生まれくる者たちの、これからの者たちにとって
それが常識になっていかなくてはなりません。
愛の波動に同調できる者だけが残っていく。
それが神のご意思でもあるのです。
それに背いている、それにそぐわない者は
波長同通の原理の中で、大宇宙に存在を許されなくなっていくということ。
そのことをもっともっと学ばねばなりません。

(2005.7.30 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2016-11-21 08:38 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(9)

我はエル・ランティなり。
あなた方の使命が明かされてより幾数年がたち
今このような状況において、あなた方が心を合わせ
次なるステップヘ向かい、精進してくれていることを心より感謝し
あなた方の労をねぎらいたいと思う。
この度の計画は複雑難解にして
一度にすべてを明かすにはあまりにも常人の理解の枠を超えていたので
段階を経て、あなた方に伝えてきたという事情がある。

まず第二の計画により、頓挫した体制を整えるということ。
法の確立を、再編をするということ。
光の天使たちを救済するということ。
そして、次の時代にあなた方の法をバトンタッチしていくということ。
そのことをあなた方の最初の使命とした。
しかしこのように通信塔がしっかりと回復したことをもち
あなた方への使命がまた拡大されたことに関し
あなた方の努力が、苦労が大きくなることを申し訳ないと思うが
我々天上界の意向だとくみおき
しっかりとそれを果たしていただきたいとお願いしたく思います。

今回わたくしが出てきたのは
あなた方もよくよく存知おいているであろうが
今回の計画の実行者はエル・カンタラーご自身であられ
そして天上界においての最高責任者は
インマヌエル、イエス・キリストと呼ばれる方でありました。
それが、事情があって代わることになり
わたくしがその天上界における指導の責任者となることにより
あなた方を直接指導していくということを考えております。

これから行われること。
あなた方が今CDを出され、本の伝道を開始されるということ。
すでにもう小冊子という形で法の種蒔きをはじめられているということ。
どうかこれを継続し、世界中にインターネット発信ができるような形において
あなた方のいう、スピリチュアリズムという霊性の時代の幕開けとなるべく
法の種をしっかりと発信していただきたいと思うのです。
なぜならば、世界中にて多くの光の天使たちが
あなた方が発信されるそのときを待ちわびているということがあります。
世界中の光の天使たちが、この日本より発信される霊文明の
霊天上界の計画の発動に連動するように
すでにインプットされているという事態があるのです。

多少遅くはなったけれども、この天上界の青写真
天上界の様々な宗派の根源神と言われている者たち
ローカル神における神と言われてきた者たちからの通信が
いっせいに起きることをもって、それが発信されることをもって
海外の者たちもともに霊文明の夜明けというものをつくっていくという
そういった計画が最初から天上界においてなされていたのです。
ですから、あなた方の書籍販売、CD販売
そしてインターネットヘの発信を経て、その数年後に世界中で連動し
動き出していくのだということを今あなた方に告げたいと思います。

今はまだ、興味関心を持つ者は少ないかもしれない。
しかし、次の書籍で、あなた方の存在というものが広まっていったならば
必ずや日本においても世界においても
霊言のブームというものが必ずや広がっていくと
わたくしは確信しております。
なぜならば、そういう時代がもう目の前にきている
いや、もうはじまっている時代であるということ。

霊性の時代、あなた方の言葉で言うならば
水瓶座の時代という名前を聞いたことがあるでしょう。
アクエリアスの時代という霊性の時代、愛の時代の幕あけが
もう今世紀の初頭よりはじまっているのです。
それにより、霊性の開発というもの
人類の深層心理の中に、神の子意識の中において
そのような波動に敏感に反応するという
そういう時代が今きているというのが事実なのです。
あなた方が霊天上界の波動というものをストレートにぶつけていったとき
彼らがそれを待ちわびていたように反応してくる。
そして、それが世界中に向かって発信されていく。
そのような計画になっております。

今は、せっかく用意しても、なかなか販売が迫いつかぬと
売れぬと思うかもしれないが、あなた方によくよく言っておく。
けっして焦ることなかれ。
けっして焦ることなかれ。
光の天使たちは大体において猪突猛進、思うと命がけであり
進むときにまわりや後先を考えず
熱意のあまりに死にもの狂いでがんばりすぎ、焦りにより墜ちてしまう。
かつての者たちもそうであった。
けっして焦ってはならぬ。
やっとここまで立て直した計画である。
よくよく慎重に忍耐をもって、愛の法を説きなさい。

神の愛とは、本来は限りない忍耐につぐ忍耐に彩られたものである。
我々の愛がそうであるように
たとえ地上の者たちにどれだけの愛と知恵ある導きをしたとて
地上の者たちがその意に沿わず、少しも学ぶことなく、傷つけ合ったとき
我々は忍従をもって、愛をもって人類を見守ってきた。
であるならば
神の子であるあなた方は、わたくしたちと同じ心境になりなさい。

愛の種が蒔かれるとき、神の愛が光として放たれるとき
必ず、忍従というもの、忍耐というものを持たねば
人びとの、神の子たちの心にも、生活にも落ちてゆかぬもの。
神の愛というのは限りない忍耐心というものであって
その愛というもので、人びとの心を指導していくのであると思いなさい。

だから、性急になり、焦り、後先を考えず
今のことだけ、目の前のことしか見えなくなるのではなく
今はそういうときであったと、ゆったりとした気持ちで
愛の祈りの中において、神の子たちを
愛そのものである神のもとに指導して導いていける
そのような光の指導者として
天使としての役割を果たしていただきたいと思う。

我々から見たならば、あなた方がやってきたことなどは
早回しで見たほんの一瞬のこと。
まだまだ一点にしか過ぎぬ。
やっと立て直した最後の望み
これをつまらぬ焦りや闘争心や
つまらぬ、挫き倒されるような人びとの妨害によって
打ち倒されることは避けねばならない。
弱き心の中に人びとはおのれを見失い
この地上の欲にかまけ、神の子としての光を失い、闇へ墜ちていく。
そのようなことにならぬよう、よくよく一人ひとり、己自身の心を反省し
常に自己点検されることをお願いしたいと思います。

あなた方がこれから明かされていくこと。
それは常にステップバイステップで、一歩一歩進んでいくのです。
あなた方の体制ができればこそ、次の予定が明かされるのです。
一生懸命、あなた方なりの地上の努力をもって仕事をなされたとき
またその上の計画が明かされていくのです。

大筋においては、最初に伝えたこととなんら変わりはない。
ただ細かいことにおいて、多少盛り込まれたこともあるかもしれぬ。
そしてこれから先、行われる順序において多少変更があったとしても
あなた方がやらなくてはいけないレムリアの使命は変わっていないのです。
今はまだ、これが全世界に広がるとは
あなた方は少しも信じられないかもしれないけれども
しっかりと足元を固めて、今やるべき仕事をされてゆくことを望みます。


エル・ランティ:地球霊界九次元の中でも破格のエネルギーを持ち、
        エホバの神やアラーの神として知られている存在。
        今から約三億六千五百万年前、
        ベーエルダ星から約六千万人を率いて地球に飛来した。
        これが地球人類のはじまりとされている。
        長い間、地上に肉体を持つことはなかったが、
        日本に高橋信次として転生し、正法神理を説いた。
        現在は天上界にて「第三の計画」の最高責任者となっている。


(2005.7.2 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2016-11-03 07:12 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(20)

他天体から来た光の天使たちが、神の子たちが、実は地球だけではなく
他の惑星にもたくさんいるということを
愛をもって迎え入れてくれるであろう。
異星人たちも、あなた方を「待っていたよ」と言って
「長い間待っていたよ」と言って、手を差しのべてくるであろう。

でも彼らの手を握り返すには、まず、わが教えから育っていった
自分たちが愛する兄弟たちといがみ合うこと、傷つけ合うこと
これを乗り越えなくては、他天体の神の子たちと
手を握り合っていくことはできないのである。

その卒業試験であるということ。
地球規模の狭い発想、狭い縛りを卒業してそしてそれを超えてこそ
宇宙時代の神の子としての認識の修行というものに入ることができるのである。
そのために、私はあえて、かつてのあの中東の地に
わが教えとして、三つの教えを降ろしたのである。

ユダヤ教に、キリスト教に、イスラム教。
不思議であったであろう。
みな同じ私を呼ぶ者たちなのに、それぞれの宗教でいがみ合っていく。
それは最終的に私の名を呼ぶことにより
「神理はひとつであるのだよ」ということを
最後の収穫の時期に、みなに教え諭し示すために
私はあえてそういうことをした。

みんな私の愛する子どもたちであるということを彼らに伝えたいから
どうかそのハードルを乗り越えてほしい。
これを乗り越えられなければ、他の文化、地球だけという以上に
もっと別な姿や形、価値観を待った、宇宙の友だちと
胸を開いて交流していくことなぞは、ほとんど不可能に近いのである。

でも、愛というものを通して
神の子たちは、さまざまな創造の自由の中において表現されて
宇宙全体に神の愛というものは広がり、遍在している。

神の愛は、無限に表現を豊かに変え、光は無限のきらめきを輝か昔ながら
自由に、創造的な姿をとっていく。
その無限の可能性と、その愛の奥行きの深さと、光の素晴らしさ。
それをそなたたちはこれから宇宙に目を開くことによって
神の創造の豊かさと美しさというものを学んでいくのである。

どうか理解してほしい。
あなた方の中で、自分だけしか正しい者がいないとか
自分がとても孤独であるとか、もうそのような悲しみ、苦しみから逃れ
宇宙全体があなた方の仲間であり
地球全部があなた方の兄弟であるということ。

隣にいる方がたにおいても、今世血のつながりがあるとかないとかではなく
すべてが過去世、転生の過程において
一緒であった仲間たちであるということ。
そして、その永遠の転生の流れの中において
あなた方は無限の進化、発展、成長というものを繰り返しながら
登りつめていく、成長していく
気高い神の子としての、愛のエネルギーとしての
神の子たちであるということに
真に誇りをもって進んでほしいと思うのである。

残された肉体、残された人生、さればどのように生きるか。
この大事な地球の歴史の中においても
最終ピークというか、最後の収穫を、実りをつける時。
そして収穫の地にあなた方は肉の身を持って立っている。

そこにいるという幸せが、どれだけ素晴らしいものか
どれだけあらゆる可能性をあなた方が今与えられているか。
そして今回の計画、わが教え、高橋信次G会から始まり
不幸な結果に終わっていったエル・カンタラーのいきさつもある。
その無念を、生きなからにして目の当たりにし
反省することができたのなら
死んでしまって私たちの世界に戻ってきてから反省したのでは
もう間に合わぬ。

でも、今生きているうちに
その流れを見、無念さを胸にかみしめることができたのならば
どれだけ壮大な計画の中の、今クライマックスにあなた方が生きて
そして天上界の無念な思いというのがどういうものであったかを
肌身で理解できるであろう。
それだけの体験を積んだ者たちであろう。

今幼く生まれてきた者たちは、この流れを見ることはかなわぬ。
ただ言葉として聞くだけである。
でも、聞くのではなく、あなた方はその時代を生きたのであるということ。
その時代の証言者であるということ。
そのことをもって、残りの人生、あなた方がどう生きるか。
どのように知恵を出して、最後の時まで
ご自分たちの修行のクライマックスとして生きることができるか。
一人ひとりが自らの心に問うてみよ。

そして、自らの結果は自らしか出せぬ。
そなたたちの魂の、ピカピカの神の子としての、私か最初に指し示した
神の子としての黄金のリンゴの魂を、どのように実らせ、発展さ廿たか
最後の時に帰ってきたら、私に見せてほしいと思う。
その姿を見て、私はあなた方を通して
私の仕事がどのようなものであったかを、喜び合いたいと思う。

自らの人生のためだけに生きる人生よりも、多くの人びとの幸せのために
多くの人びとを活かすために生きる人生。
それこそが真に、あなた方自身の、一人ひとりを活かすことにもつながり
それが神の子としての、本来の愛を生きる姿そのものであるということ。
それがすべての原点になって、この地上界は動いている
宇宙は動いているということ。

愛の摂理の中で、その表れ方においてはあなた方の持っている才能
あなた方の個性、そのバリエーション分だけ
さまざまな表れ方があるというだけ。
職業や個性を通して
さまざまなバリエーションや方法論が生まれるだけであって
いちばん大事なことは、今さっき言った、私が言ったことである。
c0171476_8424826.jpg

命をかけてそなたたちの兄弟、仲間たちを愛してみよ。
そして、愛するために生きてみよ。
それこそがあなた方の神の子としての、本来の姿であり
私が最初に中東の地から法を発信したとき
愛をあなた方地球人に教えたとき
最初にあなた方に学んでほしいと思った
まさに法の種子は、愛の種子は、その愛の教えであったということ。

ひと粒の愛の教えが、あなた方の心の中に落ち
長い時の中で、どのような実をつけたのか
あなた方の成長、発展を楽しみにしている。
その実をつけるために、あなた方の今までの過去何千年という
魂の修行はあったのだということを真に理解していただきたいと思います。
それ以外のことは移りゆき、消えていくべきことなのです。

大事なことは、大事なことは、そのこと。
そして、そのためにあらゆる方法論を使い、知恵を使って
みんなで手を取り合って、頑張っていただきたいと思う。

あなた方に心から期待をしています。
あなた方がやれることを精一杯やっていただきたい。
我々は今指導することはできるけど
地上にいて実際にこの地球の出来事を動かすことができるのは
肉の身を待ったあなたたちであるということ。

それを、どれだけの素晴らしいチャンスであるかということを
ご自分たちの魂に言い聞かせ、ご自分たちで、ご自分たちの自由意志により
できる限りのことを精一杯やってきていただきたいと思う。

私があなた方のもとにこのような霊言をし、出ることが許されるのは
そうたびたびではないけれど
でも、これからは本格的な動きが出たと同時に
具体的な方法論についても、数々の霊人が来て、相談に乗ることであろう。
これからもう動き出す時であるということを念頭に置き
どうか、積極的に動いて、世界の裏側で待っている神の子たちに
あなた方が聞いたこのメッセージをどうか伝えてほしい。

かつてのとき、帆船のような、小さな小さな船に乗り、命がけで海を渡って
イエス・キリストの言葉を伝えていった宣教師たちがいるではないか。
彼らはどれだけの多くの荒波の中で命を落としたか。
でもそこで、言葉もわからぬところで、なけなしの言葉と思いで
その土地の人たちにイエス・キリストの愛の教えを伝えていった
その方たちの苦労を思えば
あなた方の今の日常は、どれだけ便利なものであり
安全なものになっているか。

それから思ったら、あの宣教師たち、バテレンと呼ばれていた者たちが
死に物狂いで出した、そのエネルギー、神の子として、神の子どもたち
仲間たちを愛し、神の法を伝えたいという必死な願い
それをどうかあなた方も取り戻していただきたいのである。

かつてそういうことをしていたであろう。
これを平和な時の中でふやけることなく
どうか今世できることを命がけでやっていただきたい。
死に物狂いでやっていただけたのなら、この地球は救えるのだということ。

最後、この地球は、素晴らしい愛の星として生まれ変わり
新たな宇宙時代を築きあげていくチャンスが十分に今まだあるということ
それはあなた方の思いに、あなた方の実行に
あなた方の手の内に入っているということ、握られているということ。
そのことを心に銘記し、どうか頑張っていただきたいと思います。
では今日は失礼させていただきます。

(2006.7.29レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝!バナーをカチッとお願いします。
[PR]
by nagoyasc | 2015-06-10 08:18 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(19)

さあ、わが愛する神の子たちよ。
わが指導のもとに育まれた光の天使たちよ。
最後の総仕上げが始まっている。

一度はだめになりかかったこの計画
天上界のもっと高位の霊人により光をいただき
この地球は、また新たなチャンスの中にその時をいただいたのです。

その残された時の中で、あなた方が最後の総仕上げをすることができるか。
それは先程あなた方がおっしゃられていたように
一人ひとりは小さくとも、みな力がなかったとしても
心の底からこの地球を愛し、心の底から神の子として
この地球を、仲間たちを愛し
その新たな時代をつくるために命を張ろうとする
そのような者たちが十人、百人と集まっていったのならば
九次元の者が一人いるよりも、はるかに大きな力を持つのであるということ。
そのことをわかってほしい。

地球時代の明治維新。
明治維新という時代をつくった、あの坂本竜馬たちにしたって
一人ひとりが魅力的な人材ではあったとしても
飛び抜けて誰かだけが巨大なエネルギーであったということはなかろう。

あの者たちが、やはり、自らの使命感に目覚め
みなで、仲間で助け合いながら
ひとつの時代をつくりあげていったからこそ、あの時代ができたということ。

そのことを思ったのならば、誰に頼ることなく
自らの魂に誇りを持ち、今までだてに長いこと転生し、魂を磨いて学んで
法を学んできたのではないということを証明してみせよ。
わが目の前に、そなたたちのリンゴの実が、木の実が
どのような実であるかを、わが目の前に指し示してみせよ。

口だけで言った者は信じぬ。
今回、肉の身を持ったればこそ、その実を私に見せることができる。
その実とは何か。

実際にこの三次元で、いかに生き、いかに行勤し、いかに愛を表現したか。
永遠の流れの中で、わが教えを、法を学んできたことが
どれだけあなた方の魂の血肉として生き、今世の魂の学びの中を通して
この三次元の愛ある、勇気ある行動として結びつくことができたか。
それをあなた方が、その姿として実行して、私にその果実を見せてみよ。

その実がどのようにおいしいか
どのように頑張ってその実を丹精込めてつくりあげたか
私の目の前に見せてみせよ。

その、そなたたちが一生懸命、丹精込めた実であるのならば
少々小さかろうが、歪んでいようが、傷がついていようが
それもまた、いとおしい。
「一生懸命よくやった」と、私はあなた方をほめるであろう。
そして、わが喜びとするであろう。
それがわが心である。

神の子たちよ。
愛はいくら言葉で聞き、いくら耳で聞いても、愛は学べぬ。
愛は最後、その行いを通し、傷つくほどに
あなた方の同胞を愛し抜くことができたときに
ほんとうに愛を学びえたと言える。
愛とはそういうもの。
私たちは、常にそれをあなた方に教えてきたはずである。

それを、自らの神を守るために、そなたたちの同胞を殺してどうする。
兄弟たちを殺してどうする。
わが教えはそんなところにはない。

私だけではない、宇宙を貫く神の愛というものは
わが身を犠牲にしても、傷つくほどに優しく、傷つくほどに愛深く
自らの仲間たちを、神の子たちを、兄弟たちを愛し抜く姿をもって
神の姿という。

地球意識を見てみよ。
そのお体に、傷をいっぱい携えながら
神の子たちが、自分の愛する神の子たちが
傷つけてしまうその傷に、衝撃に耐えながら、必死にそれに耐えながら
その修行の場所としての地球という場所を提供するために
痛みに必死で耐えておられるではないか。

あなた方を振るい落としてしまえば、そのお苦しみは終わるけれども
あなた方に最後まで魂を学ぶ場所を、修行場を提供するために
あなた方が出している、さまざまなマイナスのエナジー
マイナスの害悪ある波動を必死に耐えながら、苦しまれながらも
あなた方に残りの時を、学びの時を、チャンスを与えてくださろうとして
その痛みに耐えておられる。

その地球意識のお姿が、あなた方にはわかるだろうか。
傷つくほどに苦しみながらも、愛し、愛し抜くということは
こういうことを言う。
c0171476_11104265.jpg

その姿がわかったのならば、あなた方も最後の勇気を振り絞って
この地球の精神文化の、最後は金字塔を打ち立てる時となるであろう。
この法の集大成を、今我らが言葉を、世界中の津々浦々に届けるために
命をかけてみせよ。

イエス・キリストが語った言葉は、命がけの宣教師たちにより
多くの海を越えて、伝えられていって
そこで多くの人びとが愛の教えを学んだではないか。
でも、イエス・キリストが説かれたのは、たった三年半。
そして伝えた書物は聖書一冊ではないのか。
それに比べたら、あなた方は何冊の本をもうすでに授かっているであろうか。

神理というものは、奥は深いけれども、基本は愛を学ぶという
一点に集結した言葉だけなのである。
それをどこまで理解したかを、魂全体で理解するだけのことなのである。

たくさんの書物は、ひとつの神理の、万華鏡のように
バリエーションで表れた姿であって、ほんとうはひとつの物体があるだけ。
キリスト教で言うなら、聖書が一冊あるだけで本来は事足りるのである。
それを、それだけではわからないから
私たちはこのようなさまざまな霊言を通して
さまざまな形で、かみ砕きながら、そなたたちに伝えている。

「神理とはこういう面があるんだよ。
ここから理解したらわかるであろう」ということを
さまざまな個性のある霊人たちを通して、そなたたちに伝えているのである。

でも、霊人の数だけ表現はあっても
教えるべき、あなた方が学ぶべき愛の教えは
神理はひとってあるということを、間違えないようにしなくてはいけない。
そうでなければ、知りたい知りたいで
どこまでも知りたいで、求めていって
肝心な愛の教えを忘れてしまったのならば
単なる知的な欲求に振りまわされただけのことになってしまう。

いちばん大切なことは、知識を詰め込むことよりも、魂の奥深くから
愛とは何であるかということを真に学び
そして、それを生きることができること。
愛を生きるとは、あなた方の同胞を命をかけて愛し、善導することである。
それが、神の子が、神の似姿に応じた、使命を果たすということ。
それがあなた方にとっての真のプライドとなる。
誇りになるはずである。

神のもとへ。
神のもとへ。
光のもとへいざないなさい。
あなた方の仲間たちを、同胞たちを、兄弟たちを。

みんなあなた方の、かつての兄弟である。
宗教がとか、民族がとか、習慣がとか、文化が
そんなものは、たまたまその場所に居合わせているだけ。
かつては同じ国に、同じ村に住んでいたかもしれない仲間たち。
そのような者たちを、どうか、心の中にある、狭い縛りを解いて
地球人類として、みんなで受け止め合い、受け入れ合い、神の子として
みんなで一体になって生きることができる
愛というものが地球入として生きることができるような
神の子としての神性に目覚めることができるような
新たな時代をみんなで力合わせてつくっていこうではないか。

あなた方だけの宝物として、我々の言葉を封じ込めてはならない。
ごちそうを分け与えてこそ、おいしいものである。
ともに食してこそおいしいものではないだろうか。
ひとりでガツガツと、おいしいからといってため込んで食べても
それはほんとうのおいしさにはならないであろう。
神の愛とはそういうものである。

分け与えれば分け与えるほど
かつてのイエス・キリストが分け与えたパンのように、干し魚のように
無限に出てくるものである。
神理というのはそういうものである。
愛というものはそういうものである。
そして、そこがほんとうの意味でわかったとき
地球は新たな時代を迎えるのである。

(2006.7.29レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝!バナーをカチッとお願いします。
[PR]
by nagoyasc | 2015-06-08 11:11 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(18)

地上を縁とし、今この地上に出た者たちが、この地球という磁場を通して
最終の法の総括に入っている。
その法の総括をするために、今回エル・カンタラーが出られようとした。

この総括をもって、法の集大成をもって、中東にまいた、その法種子は
時代を通しながら、実り豊かに世界中を清め、実らせ
そしてこの日本の地で収穫し、そして新たなるアクエリアンエイジ
宇宙時代に向けて、さらなる次元を上げていくために、宇宙の法を含む
そして今までの地球の総括を含め、新たな法というものを打ち出すために
エル・カンタラーは使命があった。
だから、この教えは、世界中に広まらねばならぬ教えであったのだ。
それゆえに、我らがみな、九次元たちが法のバトンタッチをしながら
今回、最終収穫する、この帰結する日本という場所に出たのである。

あなた方はここにおいて、その仏陀のもとにおいて
その法を最終的にまとめていくために
使命を負ってこの日本に降りてきた光の天使たち。
我らが教えを、我らが使命を帯びた、その命令の中で
あなた方はその使命を遂行しようとしてきた。
ほんとうにご苦労をかけたと、申し訳ない思いでいっぱいです。

あなた方に、本来かけなくてよかった苦労をおかけしたということ。
それを、私たちは胸に深く刻んでいる。
でも、あのままついえてしまう計画ではなく、何とか生き延び
ここに法灯をつなぐことができたということ。
そのことを私は心から感謝し、心から喜び合いたいと思う。

あなた方は、この大計画の流れというもの、その位置づけというものを
わかっているようでわかっていなかったはずである。
それはこの日本が沈むとか、世界が沈むとか
そのような天変地異でという、そんな問題ではない。

肉の身よりも、永遠の魂の中で
大事な大事な卒業試験を今あなた方は受けようとしている。
それはあくまで個人的なものであるということ。
そして、宇宙時代の幕開けをつくっていく上において
なるたけ卒業試験に合格できる者たちが多く出たほうが
地球が次の磁場として移行できるという
そのような期待ももって地球維新をしようと
そのような新たなルネッサンスの、精神の復興を
宇宙時代の目覚めという使命をもってあなた方は降りてきている。

個人的に見るのならば、あなた方の個人の魂の成長の結果を示す時。
そしてもうひとつは、光の天使として
この地球が新たな霊的な磁場に飛躍していくために
法の集大成をし、次の時代の幕開けのために、この地球を整えるために
新たな教えの根幹を降ろすために、あなた方は今回生まれている。

個人の魂の清算だけに出ている魂も多い。
でもここにいる者たちは違う。
次なる新たなる時代をつくるために
今まで学んだことをしっかりと胸に刻みながら
新たな時代の幕開けをするために出てきている。

かつての時代は終わった。
私が全知全能の神であり、アラーとして、エホバとして
ヤハウェとしてあがめられる時代は終わり
エル・ランティとして、この地球を指導する者として
その姿を現しかとき、私はあなた方の前に
私自身の存在を明らかにしたのである。

もう、無知蒙昧な中において、天上界の神として
その姿をあがめたてまつられるだけではなく
あなた方の日常の、喜びや、悲しみや、苦しみを理解しながら
あなた方の神の子としての心を、いかに成長し、理解し
発展させることができるか
愛豊かな宇宙時代の神の子としての道を切り開くことができるか
天上界から指導をしているだけではなく
あなた方の中に入っていって、じかに指導していく
そのような存在として、あなた方の脇にいたい。

今度はそのような役割をしたいと思い
今回は高橋信次という個性を獲得するために
エル・カンタラーの前に露払いとして私は出たのである。
c0171476_862866.jpg

高橋信次という個性を通して、私が長い間やりたかった
あなた方のそばにいて、あなた方の息づかいのわかるところで
あなた方の悩みや、苦しみや、喜びを理解した上で
あなた方をほんとうに、内側からも指導していく
そのような仲間として、そのような指導霊として
私は次の宇宙時代を、地球時代が始まっていくときに
そのような姿であなた方を指導していきたいと思っている。

天上界における、永遠の神のような姿で、血の通っている
息づかいのわかるそのような霊人であるということの認識は
あなた方の中には、中東の地ではなかったであろう。
ただただ恐れられ、ただただ裁きの神であり、恐れられ
みなが平伏する姿をもって指導する、そのような役割しかなかったのである。

でもそれは、その時代の中において、自ら選んだ姿であり
自らが選んだ指導方針でもあったということ。
でもそれが終わったのならば、私はあなた方の中に降りていって
あなた方の悩み、苦しみを理解しながら
ほんとうの意味での、神の愛というもの、法というものを話したいと
長い間願っていたのである。
それが今回の日本に出た、高橋信次という個性体である。

それをもって、あなた方がこの地球維新を達成したとき
私は新たな地球の次のページに登場するときは
もっとあなた方を理解できる指導霊として
地球を指導していきたいと思っている。

だから、裁きの神、怒りの神、ねたみの神と、いろいろ言われながら
砂漠の神として、あなた方を、長いこと地球を、文明を指導してきたけれども
次の宇宙時代の、新たな文明の中においては、別な姿でエル・ランティとして
自らの名を名乗りながら、そなたたちを指導していきたいと思っている。

私は、人間たちが、地球や、他の惑星にもさまざまな神の子たちが住んでいる
その三次元で一生懸命生きようとする神の子たちが大好きなのです。
心から、あなた方の力になり、この新たな進歩発展の時期に
常に進化の神として、かかわり合いながら
あなた方を指導していきたいと思っている。

(2006.7.29レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝!バナーをカチッとお願いします。
[PR]
by nagoyasc | 2015-06-04 08:06 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(17)

何を学んだのか。
あなた方は何を学んだのか。
我々の答えはただひとつ。

あなた方の今までの長い転生は、長い魂の時は
今この終了テストを受けるにあたって、いかに愛を学んだか
その一語に尽きているのであると。
ほんとうに愛を学んだか。

愛とは神なり。
神は愛なり。

時期が来ると、「卒業テスト」というテストがあり
それを節目にして、また新たな、飛躍的な段階に行く者
やっぱり学び終えていないといって復習コースに入る者
そしてこの惑星の転生を終えて、また新たな可能性の天体へと、惑星へと
修行場へと移っていく者たち。

それがあなた方の個性に合わせて、進化度合いに合わせて
そのようなチャンスを与えるために、我々指導霊と呼ばれている者たちは
数々の計画を立て、あなた方に提供してきている。

それは、若きあなた方の魂の中から、私たちと同じ九次元の者たちが
もっともっと十次元(惑星意識)、十一次元(恒星意識)でもよいが
進歩発展していく仲間たちをつくりたいがゆえに
私たちはこの地球という星を預かりながら、ひとつの一大修行場として
私たちはあなた方にそのような場所を提供している。

子どもたちを学習させるにも
教師たちは学習プランというものを練るであろう。
その子どもの実力、子どものレベル、年齢に合わせて
どのような段階まで指導していくことができるか
そのように考えるであろう。

そして、子どもたちの中には、十人いたのなら十人十色の個性があろう。
ある者にとってはそういうやり方が向いても
他の者にはまったく別のやり方が功を奏することがある。
それゆえに、我々は、心の教えを説くのを宗教というのならば
宗教もひとつの教えではなく、中に含まれているものは
永遠絶対的なるものは、愛の教えとしてひとつではあるのだけれども
ひとつの教材として
さまざまな神のバリエーションというものを出すために
学びの教材を豊かにするために
私たちは中東の地をもってひとつの私の責任において
私の教えというものをさまざまなバリエーションで
法の種というものをまく場所として選び、文化を発祥させながら
文明を発祥させる地として選びながらも、そこに法の種をまいたのである。

だから、その意味においては、そこから世界の大宗教と呼ばれている
精神世界をリードしていく教えというものが
わがエル・ランティの教えとして、そこに集結しているのである。

そのことを学び、種をまいた地、種が芽をふき
さまざまなところにその種子を運び、今や地球中を包んでいる。
そしてその教えをもって、その刈り取りと、その実の結果をもって
この日本の地でもって
その収穫にあたる時が今来ているのだということを知りなさい。

そして、その計画の最初の実行者が、エル・ランティ、私であるのならば
その刈り取りをする、最終計画の責任者もエル・ランティ、私であるということ
このことを、今回あなた方に伝えておこう。
c0171476_1024770.jpg

種子を刈り取るとき、どれだけ立派な人生を学び
一見悟りが高かったかのように思っても
中身が腐っていてはすぐわかるということ。
そして、一個一個のリンゴに、同じ形のもの、色のものがないように
リンゴでもないように、あなた方の種子は、実をつけ
素晴らし果実となって今あなた方がそこにいる。
その果実の姿、その実をもってあなた方は私たちに示さねばならない。

私が種子を中東の地でまいた、学んだものを
今この日本の地で私に見せてみよ。
どれだけの転生を繰り返し、どれだけの成長をもって私に
「これだけ努力しました」と、「これだけおいしい実をつけました」と
私に見せてみよ。

私はあなた方が努力したその果実を見たい。
そのために、この計画はあったのだということを
あなた方は知らねばならない。

ある者は虫に食われてしまったであろう。
食べることもできない者もいるであろう。
ある者は青いままかもしれない。
ある者は、美しい赤色になっているかもしれない。
甘酸っぱいもの、甘いもの、甘くないもの、でも芳醇な香りがするもの
さまざまな者たちがいるであろう。

でも一生懸命、一生懸命、私に最初エデンの園で見せられた
その植えられた果実の木は、今あなた方という
果実の一つひとつになって、わが目の前に示されようとしている。

失敗したからといってあなた方を罰するわけではない。
あなた方がわが教えに歯向かったからといって
あなた方を地獄に落とすわけではないのだ。

ただ私は、愛するあなた方の成長と、進化と発展というものを願っている。
神の子として、永遠の進化の過程の中で
あなた方が、私の愛する子どもたちが、わが教えの中でどれだけ努力をし
実りをつけたかということだけを、この今収穫の時に見たいと思っている。
ただそれだけなのだ。

(2006.7.29レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝!バナーをカチッとお願いします。
[PR]
by nagoyasc | 2015-06-03 10:24 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(16)

我はエル・ランティなり。
かつて、アラーとも呼ばれしわが教えは、世界に今広がり
その混乱をもって最後の終結の時を見ようとしている。
今日、第三の計画の最終責任者としての私から、あなた方に申し送ろう。
これをもって世界に向けて伝道を開始しなさい。

今まで、そなたたちは、我らが言葉を受け、数々の霊言を聞いてきた。
しかし、我らが言葉が、今この時、世界を救い
地球の隅々まで、わが神理を、神の叡智を伝えることをもって
地球を一体とならしめ、救わしめんために、我らはこの計画を立てた。

先程言われているように、わが教え、モーゼが説いた教えも
インマヌエルが、イエス・キリストが説いた教えも
アラーとしてマホメットが伝えた教えも
そのすべては愛をもって互いに愛し合い、救い合うという
その一点に帰結する。

その教えが、さまざまな形により表れいでただけのこと。
イスラムの、あの中東の地から広がっていった数々の神理、数々の宗教
それが今またひとつの教えとして合流し、多くの人びとを照らすために
神理としてユダヤから発したものが
この日本の地で法を一体とすることをもってこの計画は終わるのである。

ユダヤと日本。
常に比べられ、同じように、同質であると言われてきたかもしれない。
そこに住まう者たち、その文化を形成してきた者たちは
魂においては同じであるからだ。

かつて、モーゼの時にも、インマヌエルの時にも
そしてアラーとして言葉を送ったマホメットの時代においても
ここにいる多くの者たちは、わが教えを聞いているはずである。

天上界における私が指導した教えは
中東の地をもって光を拡散しながら世界中を救い続けてきた。
その教えは、実はひとってあるということ。
神の愛と法の表れは多々あれども、それはひとつであるということを
この日本の地においてまとめあげることにおいて
この救世の計画は、ひとつの終わりを告げる。

神において、異なるものは何もない。
ただただ宇宙の愛と神理があるだけ。
ひとつの教えの中において、すべてみな神の子。
ひとつの家族であり、互いに愛し合い、赦し合い
互いに敬い合わなくてはならない。

そのことを、逆にさまざまな神の表れとして
神の表現がさまざまな形があるということを伝えるために
私はさまざまな姿を通して宗教を起こしてきた。
でも、その学びの段階は終わり
今ここにひとつのまとまりをつけることにより
あなた方は永遠の宇宙の神理に即した悟りの境地に至らなくてはいけない。

同じ家族の者たちが、同じ兄弟たちが、本来愛し合うべき者たちが
同じ父の、指導霊のもとに学んでいる者たちが
なぜそのように憎み合い、傷つけ合うのか
その幼さを、愚かさを、人類は学ばなくてはいけない。

互いに愛し合うということは、数々の教えの中、一偏狭なものにこだわり
他を排撃し、自らだけを正しいと思う、そのような思いの中には
本来の神の愛はないのである。
そのことを学ばなくては、次の宇宙時代の愛の次元には行けぬから
そこにあえてハードルをつくって、その中東の地に封印し
そこに災いの種のように、教えの核心なるものを埋め込んだのである。

そこは難しいかもしれない。
乗り越えることは難しいかもしれない。
でも、一見似たような教えでありながら
互いに傷つけ合っているあなたたちが、そこにおいてほんとうの意味で
地球のいかなる民族が、人種が、宗教が、文化が違おうとも
みなが同じ神の子の仲間であり、家族であるということを
真に学び合い、受け入れ合う。
そこがなせなければ、この小学校レベルの
地球の進化発展のハードルは、合格点はもらえないということなのである。

文明の発祥の地として中東の場所から
すべての地球の今回の文明の歴史は始まってきている。
しかし、それがこの地をもって、その対極にあるように見える
地球の反対側の日本のこの地をもって終結し、まとめあげられる
その時が来ている。

ああ、わが愛する神の子たちよ。
わが子どもたちよ。
私の言葉を覚えているか。
私の響きを覚えているか。
そなたたちの魂に、常に呼びかけ、呼ばわり
そなたたちに常に神理を説き続けてきた私の声を覚えているだろうか。
私は常にあなた方を愛し、天上界からあなた方を指導してきた。
この法の、最後の集大成の時
あなた方はわが教えに目覚めなくてはいけない。

イエス・キリストを指導したのも我である。
モーリャを、モーゼを指導したのも私である。
マホメットを指導したアラーも私である。
すべての者たちに、信仰を持てる者たちに
そなたたちの神として、天上界の神として、そなたたちを指導してきた。
それは私の声なのである。

あなた方はみなすべてが、私の子どもたちである。
わが教えのもとにいる者たちである。
その事実が、気づき、受け入れられることがあったのならば
その手に持った武器を捨て、憎み合うその思いを捨て
互いに肩を抱き合い、仲間として家族として
受け入れ合い、愛し合い、暮らしなさい。
それが最後、地球の中において、あなた方が学ぶべきこと。
そこを真に理解したのならば、この地球から戦争はなくなるのである。

最後の、この最終戦争において、なぜ中東が舞台になるのか。
なぜそこに多くの、地球の歴史の火種があるのか。
それが最も難しいけれども
乗り越えなくてはいけない最後のハードルであるからである。
c0171476_7393470.jpg

人は信仰心の中において、どうしてもこだわりを持つ。
異文化の者に対してはまだ寛容になったとしても
自分の宗教を否定した者には、牙をむいて戦い合っていく。
それが、同じ父の指導霊のもとにあって起こされた宗教であったとしても
あなた方の異母兄弟であったかもしれないのに
その兄弟たちをすら、死に物狂いで殺そうとする。
それをどれだけあなたが、「神よ、神よ」と
「父よ、父よ」と呼ばわっている、私の心をつらくし
胸が張り裂けるような悲しみを与えているか、わかっているのであろうか。

イスラムの子どもたちよ。
そなたたちがマホメットを仲介し
わがアラーとしての言葉を受け入れたとき
その信仰のもとに、一筋に生きている姿の中に
そなたたちの愛と、忠誠心と、そして神理を学ぼうとしていく
そのけなげな一途さを見てきて、心から愛してきた。
しかし、その中において、その寛容さというものを養わなくてはー

そなたたちは自分の同胞を殺そうとしている。
そしてこの最後の、世紀末の、この最終的な世の終わりの
幕引きを自らの手でしなくてはいけなくなるという
そのような危機に追っているのである。

イスラムの子たちよ。
わがアラーの教えを信じる者たちよ。
そなたたちは、もっと目を開かなくてはいけない。
あなた方は今イスラムに生まれていながら、必ずキリスト教圏のもとに
そして、ユダヤ教のもとに、さまざまに、仏教のもとに転生してきている。
そのようなハードルを、そのような学びを越えてきて
今日を迎えている時期であるということ。

イスラム圏にしか生まれてないということは許されない。
そういう学びの過程が魂にはあるので
あなた方は必ずや、他の宗教を経験してきている。
そして、それを自らの魂の学びとして
蓄えている魂たちであるということに気づきなさい。

そのことを学び終えるのが、今の時であるということ。
学び終えたからこそ、あなた方に改めて問う。
「そなたたちの兄弟を、そなたたちの家族を、仲間を、殺したいのか」と。
「憎み合いたいのか」と、あえて聞こう。

彼らは、あなた方のかつての同胞、かつての仲間たち。
そして、自分の故郷に近いところに
あなた方は攻撃を仕掛けようとしている。
一か所の場所にしか生まれず、ひとつの宗教しか学ばず
ひとつの指導霊にしか学んでいない者などは誰もいない。
多くの地球の歴史を繰り返し、転生しながら
あなた方は数々のことを学び終えてきた。
学び終えてきたこの時だからこそ、あなた方は今、真に魂が問われている

(2006.7.29レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝!バナーをカチッとお願いします。
[PR]
by nagoyasc | 2015-05-28 07:39 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(8)

時が必要かもしれない。
かつて中世の頃に同じことをしたのならば
この者たちはすべて火あぶりの刑になったかもしれないけれども
今はそういう時代ではない。
言論の自由が守ってくれる時代
数々の危険があり、数々の多くの苦難がこれからもやってくるでしょう。

でも、数々の苦難を乗り越えていこうが
あなた方自らがこの場所に席があるということを喜びなさい。
今回の人びとのことを見ていればわかるでしょう。
どうしていけばここに席が残るのか。
何をしたらこの場所に席がなくなるのか。
そのことをあなた方は一人ひとり学んだのであるのならば
心静かに真摯な思いで、無私な思いで神のために役立つ
そのような人生でありなさい。

わが名はエル・ランティ。
いつも高橋信次として地上にメッセージを送るかもしれません。
しかし、今この者の体が、エル・ランティとしてのわたくしの言葉を
これだけ自由に受け止められるようになったので
何年ぶりかで、このエル・ランティとしての意識として登場しました。

わたくしは根本的なことしか言いません。
細かなことであるなら高橋信次という方、日蓮という方を通して聞きなさい。
そしてもし、根源的なことでわからないことがあったのであるのならば
わたくしに聞きなさい。

今わたくしは天上界におり、地球人救済計画の総指揮官として
日々忙しい時をすごし、指導しております。
各次元におき、人びとが和をもってみんなが手をつなげるためにも
各民族宗教の者たちが手を取り合って
この地球救済計画のために意識を変革していくためにも
その意味で霊界でも大改革が行われているのです。

でも、だいじなことはこの地上。
この地上の者たちがどれだけの想念を変えていくことができるか。
そのことをわたくしは心より期待をし、あなた方に願うものなのです。
どうかこのような、まだまだ言いたいことはたくさんあるのですが
この今、時がきましたので、今一度引き取らせていただきます。

(このあと宇宙の法についての質問に際して)
今日はわたくしは
この第三の計画の重大性と使命を告げるために参りました。
宇宙の法自体についてはまた語ることを
別の機会に待ちたいと思いますが
宇宙の法ということが何やら地球の法以外の
全く別次元の法であるというふうに
あなた方はお考えかもしれない。
そのようですねえ、あなた方の意識を見ていると。

違うのです。
我々も、もともと宇宙人でした。
それが数々の星の修行場というものに招霊され
そこの星を縁として
数々の発展段階、修行段階を経ていくということかだいじなことなのです。

わかりますか。
だから、地球の法というものがそのままある意味で宇宙の法なのです。
単に発展段階によって
大いなるステップアップがあるというだけのことなのです。
今地球人が、わたしたちのような九次元を根源神だと思うところから
ひとつの人格神で人格霊であるという認識に至り
そしてそれがひとつの、神が愛の法則そのものである
愛の奔流であるという認識
宇宙の根本的な愛のエネルギーであると
やっとここまでやっとここまできた。

それが、そこの認識に至ることが
地球が今度次のステップアップにいける、修行場となれることなのです。
そのランクが今の地球のレベルであるということ。
それが宇宙の法の中における
まあそのような段階であるということなのです。

その次になれば、地球ってもののバイブレーションが高くなればね
もっともっと多くの法というものが説かれるようになります。
法というのは
相手の理解度というものをしっかり認識した上でしか説かれないのです。
わからないのに、高度なことを言ってもわからないでしょう。

小学生や幼稚園の者に、微分積分という難しいものを語ってわかりますか。
わからないのです。
今地球が幼稚園レペルだとは申しません。
でも小学校のそうですねえ、中学年程度のレベルかなあというふうに思います。
その先はいくらでもあるのです。

でも小学校中学年程度であるならば、そのランクに合わせて我々は今話をして
やっとここに来ているということ。
そして、このランクからせめて小学校レベルを越そうじゃないかと
高学年に行き、次の中学校レベルに行こうではないかというところに
今来ているということ。

わかりますか。
その段階に、中学校に行けるか
それとも小学校レベルで落第してもう一度小学校をやるか
下手すれば幼稚園レベルからやらなくちゃいけないかというところに
今来ているということなのです。

そのすべての一連の流れがあるだけであって、どっから先が宇宙の法であり
どこまでが地球の法であるということはない。
地球自体が進化、レベルアップしていくのであるならば
そこにすべてひじょうに高次元な
宇宙の法というのが説かれるということでしょう。

わたくしが来たベーエルダ、この方が来たオリオン
そのまま今この地上に説かれるのであるのならば
そのまま高次元な星の話がこのまま地球の法として語れるのです。
でも、今地球にいる者たちに、オリオンの法
ベーエルダの法を話してもわからない。
だから地球のレベルに合わせて
オリオンやベーエルダの法をみんなで話し合いをして
地球系神理としての初歩的な段階に落として話をして
ここまで指導してきたというのが我々の立場なのです。
c0171476_1743081.jpg

よろしいですか。
だからこの先、今この段階を越えていったのならば
次の段階を我々は話せるよと、そしてその段階を終わってくれたら
もっと上の立場を私たちは話してあげることができるよということ。
そのことをもって宇宙の法の一連の中の
今の地球の法という時間軸というものが表されているということなのです。

おわかりですか。
確かに宇宙人ということでは
あなたの頭の中でいろんな形をした宇宙人というものが
ひしめいているように思いますけれども
そういうことをもって宇宙の法と思うのかもしれないけれども
確かに宇宙にはね、地球外生命体というものがあってね
あなたの想像力の中にあるようないろんな人たちがいるのだと思いますよ。
それはわかるんですけどもね。
でもそのようないろんな形質の
形状の者がいるということもまた宇宙人としては事実なのです。

神というものはありとあらゆるものをおつくりになられる。
このような形状だけではないものに挑戦なさり
多くの形状の宇宙人というもの
そしていろんな、今この物質界と思っているあなた方の肉体ではない
別の次元の者たち、いいですか。
そのようなものとして、太陽にも人がいるし
恒星の中にも、そして深い海の中にも、地球の核の中にも
多くの立場の中にも、修行できる者たちが
ありとあらゆる場所にあるということ。

そのような認識をもし地球人が持って
そしてそのような霊的感性というものができたのならば
太陽系の中に地球しか修行場がなく
地球にしか人がいないなんてことは全くないということ。

そのような認識を持っていくということが
次の段階には確かに出てきてはいるけれども
それだけをもって宇宙の法というのではない。
宇宙の法というのは愛の摂理の法そのものなのです。
愛の認識段階におけるステップアップの段階のことを
本来の意味で言うならば宇宙の法というのです。

認識できないのです。
あまりにも神の愛そのものが高次元すぎて
それを地球レベルまで降ろしてきて、わたくしたちは愛の段階について
地球レベルの初歩的な段階で今語っているということ。
そのために、我々が神ではないけど、人格神のレペルでしかないけれども
根源神であるかのような指導をしながら、多くの者たちを指導し
愛の摂理というものを初歩的な段階から説いてきているという
地球の歴史があるということなのです。

そのことを思い、わたくしのように地上に住んでいる者たちを
愛してやまない神もいるのだということを
あなた方が記憶の中にとどめていただくということ。
そしてこのエル・ランティという名前、高橋信次という名前により
これから多くの地上の者たちを指導していくステップとして
今回のレムリアでのわたくしのメッセージが
地上の者たちに伝えられんことを心より願います。
ではこれにて今日は失礼させていただきます。

(2005.2.19 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2015-05-14 17:43 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(7)

イスラムの子どもたちよ。
聞いているか。
我が名はアッラー。

あなた方は我が名のもとに、わたくしの愛を得るがために戦い合い
多くの者たちを殺している。
でも告げておく。

あなた方が今殺しているクリスチャンと呼ばれている者たちは
我が指導せし、我が愛する子どもたちなり。
あなた方はイスラムの者たちが絶対的に正しいと思っているかもしれぬが
わたくしの愛する子どもは、この地球すべての神の子なり。
宗派が違えど、宗教が違えども
わたくしの愛する、わたくしが指導してきた者は
ことイスラムのみにあらず。
すべて愛する神の子たちを愛さんがために
わたくしはかつてより指導してきた。

わたくしの声を聞けた者は
そなたたちの指導者であるマホメットと呼ばれる者、それ唯一なり。
今我が声をこの地上に降ろすことにより、イスラムの子どもたちよ
マホメットを通し、我が言葉の意味を理解せよ。

今地球進化の過程の中におき
イスラム、キリスト教、仏教などという細かい小さな枠から離れ
そなたたち一人ひとりが神の子であるという時代認識の中で
そのマホメットが指導してくれた
その神の子としての姿勢を大切にしつつ、その呪縛から解き放たれよ。

われは神の子。
あなた方も神の子。
我が名をもし信じるのであるのならば
わたくしは神の代行者、神の代理である。
アッラーと呼ばれているそなたたちの指導者なり。
であるならば、我が名を信じるのであるのならば
我が名のもとに殺し合いをするのをやめよ。

殺し合いの中に愛はない。
神とは愛のおきてそのものなり。
愛とは生かし合い赦し合い、生かし合うこと、分け合うことである。
愛を分かち合うことであるのに、そなたたちは愛を分かち合うより
裁き合い、自分自らを正当化させるために
そなたたちの仲間を殺し合っている。
それが我がアッラーが、わたくしが望むことであると思うのか。
そのことを深く心に思いなさい。

そなたたちはかつて、イスラムだけに出たのではない。
たまたまイスラムの中に生まれたかもしれないけれども
かつてはキリスト教として、仏教として
さまざまの土地に転生というものをしながら磨いてきた
永遠の命というものを持った神の子なり。
そのことを思うのであるのならば
そなたたちの仲間を殺すのをやめなさい。
そなたたちの仲間を裁き合うのもやめなさい。

すべてを分かち合い、手を取り合い
愛の名のもとに、愛の法則のもとの中に生きるのだ。
それがアッラーの望みであり、キリスト教でいうヤハウェであり
エホバであるという者たちの、天上界の神の望む姿であるということ。

先日、マホメットが出て、そなたたちに涙ながら自らの罪を告白していた。
彼は素晴らしい指導者でありながら
やはり信仰の自由と、信仰の深さというものに剣というもの
戦うべきものということを両立してしまったということ。
それゆえに、今の世界の根源的な争いの場に
イスラム教というものの暴力性というものが出てしまったということを
深い嘆きの中で、そなたたちに先日語ったのではないのか。

どれだけあなた方が暴れれば暴れるほど
あのような貿易センタービルを爆破するような
関係のない市民を巻き込み殺して
多くの、その方たちの家族みんなの嘆きが集まった時に
最終的に苦しむのは
信仰と剣というものを両立することを許してしまったという
マホメット自らが、そのすべての苦しみを背負い、涙を流し
苦しい、苦しいざんげの中に生きているということ。

そなたたちの救世主、マホメットがどれだけ
あなたたちがやる殺戮の中で苦しみ
のたうち回っているかということを思ったのならば
あなた方が尊敬するマホメット、アッラーと呼ばれている
わたくしのような者が喜ぶ姿に変身してくれることこそが
我らが宗教の本来の意味である。

そしてこの地球進化のために
そなたたちがイスラム教徒として生まれたということが
そのイスラムの美しい、信仰の中にその全生涯を生きるという美しさ
信仰の美しさというものを学んだメリットというものが
そなたたちの人生の中に刻まれることであろう。
それをもってしか、あなた方がやってきたことというのは
記憶されないということ。

もしこのまま殺戮を続けていくのならば
イスラム教徒と呼ばれたということを
あとで深い、深い、苦しみと後悔の念の中で
生きていかなければならないでしょう。
そんなことをしてはならない。
そんなことをしてマホメットを苦しめてはいけない。
であるならば、今気づきなさい。
今我がアッラーの名のもとに、あなた方が殺戮をすることはいけない。
c0171476_9553717.jpg

地球は本来、境界線はない。
神がこの地球をおつくりになった時、この青き美しき星をつくった時
どこに国境などというものをつくったのか。
神はただただ、地球意識はただただ、神の代理者として
この地球を愛の星として、わたしたちの修行場として
その献身的な愛の思いでわたしたちに提供してくださったのです。
勝手に国境線などというボーダーを引いたのは
あなた方地上の者たちなのだ。
そのような醜い入れ墨をつくってはいけない。

互いに赦し合い、互いに生かし合い、互いに分かち合い
神の根源的な愛の法則のもとに生かし合い、信頼して生きていきなさい。
それこそがマホメットが言いたくて
インマヌエル、イエス・キリストが言いたくて
モーリャ、モーゼが言いたかったことでもあるのだ。

今最終的に地球教としての神理を統一するためにわたくしは今出ました。
そして、メッセージを伝えることにより
今地球教としてあなた方一人ひとりの価値観を統一し
万教帰一という、多くの宗教をひとつにまとめるために
わたくしはその計画の責任者として今出たのです。

どうかイスラムの子どもたちよ。
そして、クリスチャンと呼ばれている者たちよ。
聞くなら聞きなさい。
あなた方にメッセージが伝えられることを、わたくしは心から祈る。
わたくしはかつてエホバ、ヤハウェと呼ばれていた者。
砂漠の地により、シナイ山により、モーゼを指導し
インマヌエル、イエス・キリストを指導した者です。

「わが父よ」と呼ばれたのはわれのことなり。
その時にクリスチャンと呼ばれている者たちは、わたくしの姿を見て
わたくしの教えを学びながら、モーゼやイエス・キリストの名をもって
キリスト教という一大精神の教えをつくったのです。
モーゼは正義を
イエス・キリスト、インマヌエルは愛を中心に法を説かれました。

そのようなことがひとつの起源であり
天上界の「父よ」と呼ばれているものが我が名であるということ。
アッラーであり、エホバであり、ヤハウェであったという
そのひとつの真実にいつか、数千年の時を越えて人類かたどり着いた時に
天上界はひとつであり
自分たちが狭い認識の中で信じていた宗教というのが
実は地球規模のものであったということ。
そのことに気づくための布石を打つために、わたくしはあえてかの地に
自分自らが二大宗教を興しながらこの時を待ったのです。

だからローマ法王よ、多くのキリスト教につながる者たちよ。
かつてマリアが、聖母マリアがイエス・キリストの補佐のために
数々の場所に出られ
「この地上の最終的な時が追っている」と、メッセージしたのに
地上の子どもたちは聞かなかった。
母の言葉を聞かなかった。
そして、この地球が沈みそうになった時に
最後の最終手段として、また大いなる母が出てきたということ。

そのことを思い、そして父である我が名を、エル・ランティという名を
今度こそ正式名称として呼びなさい。
キリスト教であるとか、イスラム教であるとかいう時代とはもう別れを告げ
この地球というひとつの愛の星のもとに
地球教というひとつの愛の教えの宗教の中に神の子たちが統合される
そのような修行場としてこの地上が与えられる時がきたということ。
そのことを、どうかどうかあなた方一人ひとりが認識して
このレムリアのもとに集まっていただきたい。

今はこの日本という場所のほんの片隅に
ほんの数名で立ち上がっただけのものかもしれない。
すでに動き出したら、数々の試練と足かせを受けながら
多くの妨害を得ている。
でもいつか、今はわからなくても本物のみは残り
本物だけは多くの神の子たちの心の欲求に従い
求められ、広げられていくことでしょう。

(2005.2.19 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2015-04-26 13:46 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30
カテゴリ
最新の記事
以前の記事
ブログパーツ
ブログジャンル
画像一覧