地球を愛の星へ

カテゴリ:ミカエル( 35 )

ミカエルからのメッセージ(27)

間違ってはなりません。
ひとつの道ではないのです。
あなた方十人いれば、十六人いれば
すべてのこの方々のね、方法論というのは違うのですよ。
悟りの道というのは違うのですよ。
それを見つけていくのです。

その道しるべは愛であり、目に見えぬ神に対する忠実なる信仰心というもの
それがおのおの方の個性を通して光輝いていった時
プリズムのような七色の美しい虹が天に架かるのです。
それが未来の希望となり
神々が期待されたこの地上を仏国土、ユートピアにする
愛の星になるという計画のもとに、この地球が輝いていく。
その希望をつなぐために、この者(アマーリエ)は出て来たのです。
私たちが助力をしているのです。
虹を架ける者、虹を総べる者、七色を統べる者
それがこの者の使命なのです。

虹というものは希望を表します。
そして虹は七色なのです。
七色霊系団の者すべてを愛し、慈しみ、その懐に抱き
母性の中において、彼らに、一人ひとりを活かすことをもって
神の七色の虹という姿にまとめあげることにより
この地上に希望を架けるのです。

神は、けっして希望をあきらめぬ者。
希望を持ち続け、神の国にすることを最後まであきらめぬ者たち
その者を神の使徒といい、高級霊というのです。
光の天使というのです。

あなた方は一人ひとりが皆、光の天使であるのならば
希望を捨ててはいけません。
私ミカエルも、数々の失敗も挫折もあったけれども
けっして希望を捨てていないのです。
だから、どうか私と共に、希望を捨てることなく、新たな計画のもとに
神の国をこの地上に降ろすという意味において
夢を、ともに同じ夢を見ていただけないかと
ここに私はお願いに上がっているのであります。

魔界の者、侮る事なかれ。
あなた方よりも知という意味においては、格段に優れた者であります。
あらゆる方法論をもって
あなた方はパーニャパラミタもたいして出ていないし
いいですか。
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十分の一といいますけど、十分の一以下の記憶、知性しか持っていないで
地上に出ている哀れな肉体人間なのであります。
しかし、肉体を与えられたということにおいて、行動でき
この地上を物質的な意味において
社会改革をする力というものを与えられているのです。

その意味においては
天上界において、多くの知恵と情報を持っている者たちから見たならば
あなた方は格段に実力のある、パワフルな者たちなのです。
神の道具として、どうか、その人生を光らせていただきたい。
その後、数十年して還った時
私たち、ミカエルをはじめ、天上界の者たちは
あなた方を迎え入れる時、拍手をもって迎え入れるであろう。
その時に喜びをもって、あなた方を迎え入れるであろう。

たった数十年の命なのです。
どうか、神のために命を捧げ出し、最後の瞬間まで、我々のために
我々の計画のために、力を貸していただきたいのであります。
そのために、どうか、油断なさることなく
この計画のために、迷いを捨て、力をお貸しいただけたらと思うのです。

共に希望をかけましょう
未来に対して
神の国を
神の夢を
この地上を
仏国上
ユートピアにするために
我々と共に
同じ夢を見ましょう



(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-17 14:38 | ミカエル | Trackback | Comments(2)

ミカエルからのメッセージ(26)

この私たちの言葉を信じられぬ者は、それはそれでよいのです。
証明することなど、どこにもいらないのです。

この我がミカエルの言葉を、あなた方の魂の中で
ほんとうに聞いたことも、共鳴するものもない
このミカエルの言葉が偽物であるのだと思うのならば
それはそれでかまわないのです。
よろしいのです。

けっして、私たちはあなた方を説得するために出て来るのではないのです。
このあいだ、高橋信次、エル・ランティがじきじきに出られ
ooさんという方に、あれだけの愛ある言葉を語っておられたにもかかわらず
その方は証明を求められました。
「我が名がわからぬか、師がわからぬか、私がわからぬか」と
エル・ランティは再三、彼に向かって言っておられたはずなのです。

「なぜわからぬか」と高橋信次、エル・ランティはおっしゃりながら
心の中で泣きながら彼は、問いかけていたはずなのです。
「なぜ証明が要るのだ」と。
「あなたが弟子であるのならば、なぜ、愛する師のこの声がわからぬか」と。
それを高橋信次は相手の方に問うておられたのであります。
だから証明をすることはないのです。
わかる方はわかるのです。

我がミカエルの言葉を、私の、ミカエルという、バイブレーションというものを
あなた方がかつて天上界で聞いたのならば
この波動というものをかつてTK女史のもとで聞いたのならば
この波動というものをあなた方はわかるであろう。
同じものであるかどうか、偽物であるかということ
あなた方がわからないのならば
私は「もう、よい」と言うしかないのです。

けっして証明したから信じるという訳ではないのです。
ホームページを見ていてもわかるでしょう。
ああ言えばこう言う、こう言えばああ言うという者たちが
次から次へと出て来て証明を求めるのです。
でも、神は、証明はしない。
証明を求める者に対しては、沈黙をもって答えるという、
「汝、聖霊を試すことなかれ」
「汝、天上界の神々を試すことなかれ」ということを
古来より人びとに伝えて来たはずなのです。

我々、神々の言葉を、聖霊の言葉を信じられぬ者は
証明をしてみせたところで
けっして、信じられるものではないのです。
信仰心というものは、本来は目に見えぬ神というものを信じるということ。
目に見えるものだけを信じているのであるのなら
唯物的な物質主義的なものを拝するという
物質信仰と何ら変わらないではないですか。

目に見えない神というもの、目に見えない聖霊の言葉を信じ
己が神の子としての神性の中で、神の高貴さの中に
己が神の子としてのプライドというものをかけて、神への道へと回帰していく。
物質などに、どんなに誘惑されたとしても
それは、けっして我々の魂を、自分たちの魂を売り渡すものではないのだという
そこに信仰心というものの基本があるのです。
目に見えない神を信じていくのが、信仰心への道なのです。
その目に見えない、明かされない、証明されないものを信じられないのならば
その方は信仰心のまず第一歩から、わかっていないということなのです。
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証明ばかりを求めることなかれ。
理論でばかり、理屈ばかりであなた方は法を語ることなかれ。
知的に優秀な者たちであるのはわかっているのです。
でも、愛深き信仰心なき知など、何の意味もないということ
今回、あなた方は学んだではないか。

我々、如来界、太陽界と呼ばれている者たちは
知というものが優れていますけれども
智慧という意味においては優れているかもしれないけれど
知などに負けない圧倒的な愛の思い
圧倒的な宇宙の根源の神に対する信仰心というものがあるからこそ
我々の知というものが生きてき、そして人びとに役に立つ
九次元、八次元という立場にいることが許されているのだということ。
八次元にいたいから、九次元にいきたいから法を学び
そのために修行をした者など、誰一人いないのだということ。
それをもっともっと、理解しなさい。

いつの間にか次元構造を解説する中に、すり替えが起きているのです。
あの『太陽の法』の中にですら
私から見ると、すり替えが起きているように思うのです。
修行をし、六次元、七次元、八次元、九次元にいくことが
まるで偉しとするかのように、方法論として書かれている。
それはひじょうに間違っているのです。
『悟りの極致』という本の中にあることも
私個人としたら、ひじょうに不服なこともあるのです。

自分を捨て、目に見えぬ神のために奉仕し、大いなる愛のために
多くの人類を救うために、人びとを愛さんがために仕事をしていく。
そのために悟りの道はあるのだということ。
神の子の道はあるのだということ。
それをあなた方は学ばねばなりません。

それは愛と共にあるのです。
人びとを救いたいという、愛の思いがなくては
いかなる知も、何の役にも立たないのだということ。
悟りの方法論だけ説いたって、上には上がれないし、けっして偉くもないし
上に行ったから偉いというのでもないし
己自身の個性を唯一の大事な、大事な
神より期待を込められ、創られたあなた方の個性、命に誇りを持ち
大事にして、活かすことをもって、多くの人びとの救済計画の中に
活かしていただきたいのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-01 12:07 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(25)

魔を切るということ
魔を切りたいのであるならば
我が名を呼びなさい。
我が名を呼びなさい。

これから、あなた方に来て、干渉して来るのは
かつての少々の浮遊霊だとかそのような次元の自称神々であるとか
そのようなレベルのものではなく
どんどん魔界のランクがアップしていった者たちが
あなた方の道を塞ぎに来ることであろう。

その時に、あなた方が、魔王たちを追い払えるような力がある者は
この中に一人とていないのです。
その時に我々は、やはりエネルギーの法則というものがあり
信頼してもらえれば、それだけの力が出せるのです。
信頼して呼んでもらえれば、それだけあなた方を救うことができ
それだけの力を我々は発揮することができるのです。

でも、このミカエルが偽物であるかもしれないというさいぎ心の中で
我が名を呼ぶことすら、ちゅうちょし、ためらうものがあるのならば
我々が護ってあげたいと思っても、あなた方を護ることはできないのです。
そのことを信じていただきたいのです。
そして、慣れぬ魔王たちにかかずりあって
本来の、本業である仕事をするエネルギーや体力の消耗を
防いでいただきたいのです。

前にもこの者が教えたと思うけれども、もし、魔に襲われたと思ったならば
目の前に「バリアー」を張りなさい。
心の中で目の前に透明な幕、透明な盾でもよいのです。
アテナが持っていたような大きな盾です。
あなた方の時代でいうならば、巨大なこの丸いスクリーンというのですか
そのようなものを目の前にイメージするのです。

そして、エネルギーの中で、相手の、まず、エネルギーを防ぎなさい。
そうしてから我が名を呼びなさい。
わかりますか。
そうでなければ、ポイント攻撃をやられ
エネルギーにより、瞬間的にやられる場合があるのです。
それが肉体に出るのです。

それがこのあいだ、Yさんの息子さんに起きたことでもあるし
わかりますか。
お母さんをいちばん苦しめるのは、誰をいじめることですか。
最も愛する息子を、のたうち回らせることであったのですよ。
その時は、あなたの力で、手に負えないと思ったのであるなら
我が名を呼びなさい。
そして我が名を呼んで、それでも方法がわからなくているのならば
この者に聞きなさい。
この者は、その専門家であります。
そのことに関してはわかるはずなのです。

この中で見ているとやはり、霊感の優れた者たちが多いように思うのです。
霊道が開いていればいるほど
そのような影響というものは受けやすくなるのです。
だから、いたずらに霊道を好むことなく
やるべき本来の仕事をしていきなさい。

霊道を開くことによって、他の者たちができないということを
現象として出したいなどということが、阿羅漢という名のもとに
もし、あなた方が行いたいという欲があるのならば
それはオウム真理教がやっていた空中浮遊と同じようなことの
神理の裏返しになってしまうのです。

霊道現象の中で、けっして守護霊やなにかと同通することが
現象を確立しなければ悟りが上がっていけないなどというのは
詭弁以外の何ものでもないということ。
現象には現象を担当する者たちがいるのです。
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かつて昔、レムリアの時でも、アトランティスの初期においても
人びとの心は美しかった。
この地上もまだ初期の頃は
そんなにマイナスのエナジーというものが、満ち満ちていなかったから
霊道というものが開いていて、天上界の者たちと交流していても
何ら危険がない状態であったのです。

しかし、今の時代において、もし霊道を開いていたならば
無差別憑依というものが起き、あなた方一人ひとりは、あっという間に
地下に引きずり降ろされて行ってしまうということ。
その危険から光の天使、あなた方一人ひとりを護るために
けっして霊道を聞かせないのだということ。

それは、けっしてあなた方の力量とか
魂が劣っているのではないのだということ。
そのように、奇をてらった能力をひけらかしたいというような思いが
悟りという名のもとにすり替えられて
そのような能力が欲しいというようなことにいったのならば
とんでもないことになるのだということ。
それを仏弟子と言われているお坊様たちはわからなくてはいけません。

二千年、三千年前に仏陀が説かれたことを杓子定規に思い
霊道現象も杓子定規にあなた方は思うかもしれない。
時代、政治的な背景、その地球のその状況、環境に応じて
法というものは説かれ
方法論というものは打ち出されて来るものなのです。

それを我々八次元、九次元の者たちは、計画を練りながら
今回の救済計画において、どのような立場を光の天使たちに取らせ
どのようなやり方において仕事をさせていくかということを
我々は会議をしながら決めていっているのが現状なのです。

そして、今のこの時代、この時期の世界、日本の情勢において
ましてサタンの力が荒れ狂っている時に、むやみに霊道など聞かせたら
とんでもないことになるのです。

そして昨日も伺っておりましたが、霊界通信機というものを
もし心の調整のできない者たちが使ったのであるのなら
これ以上マイナスの波動というものをこの地上に膨らませたのならば
先程も言いましだけど
上の世界からのプラスの光のエナジーによって
かろうじて、ぎりぎりのところでバランスを取っている
後のない状態であるにもかかわらず
もし増幅装置のように、機械でむやみにマイナスからのエナジーにより
どんどん、どんどん、無差別憑依された者たちを
この地上に蔓延させてみてごらんなさい。
それこそマイナスエナジーが増幅し、サタンたちの思うつぼに落ち
この地上はあっという間に滅びてしまうのです。

だから我々は霊界通信機というものもつくりません。
そして、光の天使たちも、本来持っていた霊能力というものを封印させ
一部の者たちだけ、使命のある者たちだけに
このような現象というものを通させて
あなた方に私たちの言葉というものを伝えているのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-09-19 12:37 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(24)

ミカエルが本物であるか、偽物であるかなどという詮索は
もう、どうでもよいのです。
かつて起きたことが、どこまでほんとうであったか
どこまでが間違っていたなどとかいうことを
もう、詮索する必要は、私個人の意見としては、ないと思うのです。

新たなレムリアの計画として
新たな道をあなた方がつくっていけばいいのです。
天上界の宝というもの、霊示というものは
けっしてK会だけの専売特許ではない。
こうして降ろせる者がいる限り、いくらでも天上界からの叡智というものは
無尽蔵に降りて来るのでございます。

それを今、降ろせる時があり
そして降ろせる者が、この地上にいるということ。
その時があるのならば、どうかこのチャンスを無駄にすることなく
あなた方が利用し、そして我々の言葉を聞いたならば
ただ聞くという受け身の言葉で終わらせるのではなく
あなた方の魂の中で、あなた方の仕事を通して
この地上に光を発信していただきたいのでございます。
それが、本来の、光の使者としての仕事なのです。

頭でっかちの法理論というものだけを確立し、小難しい理論だけで
人びとに本の中だけで、難しい言葉の理論闘争をすることが
けっして法でもなければ、神理の集団でもないし
光の使徒たちがやることではないのだということを
あなた方もっとわきまえなくてはいけません。

神の計画のために、心を無にし、己を無にし
仕事をすることができる、貢献すること
そのことこそが悟りであるのだということを
無私なる思いの中で、神に仕えていくという思い
神に生かされているという感謝の思い
それが我々、神の使徒、天使と言われている者たちの仕事なのです。
それをはき違えるようなことを、K会では打ち出したのではないでしょうか。
それをひどく悲しく思います。

ミカエルという者がこの地上に肉声を聞かせるというチャンスは
かつて、そう何度もなかったはずなのです。
TK女史を通して、私の言葉を聞かれた方も何人かおられるようですが
そのような言葉を語り、そしてOR氏の時ですら
私の生の声を一般の方々が聞けたでしょうか。
聞けなかったはずなのです。

それから考えると、今このように
縦横無尽に何度でも肉声を聞かせられるチャンスを
神が与えたもうたということ
それをこの場でミカエルは、心から感謝したいと思っております。
あなた方は、ひじょうに歴史的意味においても、恵まれた方々なのです。
我々は、そんなにたびたび
このように地上の者たちに言葉を伝えに来るのではないのです。

そしてこの後、霊言を降ろすために来られるであろう
イエス・キリストといわれる方がわざわざ九次元から降りて
あなた方に言葉をかけに来られるなどということは、かつてなかったのです。
必ず通信伝達の者が、ワンクッション、ツークッション入って
伝えに降りて来たはずなのです。

それを今、じかに我々の声をあなた方一人ひとりが聞けるということ。
それはひょっとしたら、あなた方は天上界に還ったとしても
我々の生の声を聞けるチャンスは、そうたびたびはないかもしれない。
そのようなことが今、この三次元において、起きているということ。
そのような奇跡の中に今、あなた方が生きているということ。
それをもっとわきまえていただきたいのです。
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そして、それに慣れっ子になることなく、この一回一回の霊言を大切にし
その中であなた方が人生に活かすということ。
どうも見ていると
霊言が降りることだけを受け身で待っているように思われますが
それを一人ひとりが学ぶことを通して、学んで持ち帰り
ご自分たちの仕事に、自分たちの仕事の中に
日常の中に活かしていただきたいのです。

そしてレムリアとして、第三の計画として、あなた方一人ひとりが結束し
ひとつの流れを、時代の波を
風を吹かせていっていただきたいのだということ。
それを心よりお願いいたします。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-09-05 06:49 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(23)

第一の計画、第二の計画、力ある者、TK女史も
そしてOR氏も、何によって堕とされたのですか。
魔によって、魔のトリックによって堕とされたのではないのですか。
「焦り」というものを通して、「組織・団体の維持」ということを通して
彼らは魔に引き下ろされていったのです。

光の天使を地獄に堕とすという方法において
サタンという者は、プロ中のプロであります。
あなた方より、よっぽど人間の心を、人間の欲というものを利用して
光の天使のもろさというところを突いて堕としに来る。
それは私も知っておりますけれども
彼らは、そういう意味ではひじょうにプロフェッショナルであるということ。
それをもっともっとあなた方は認識しなくてはいけない。
あなた方の能力くらいでは、彼らに勝てる訳がないのです。
だから援護に、いろいろな世界中の宗教、日本神道からも一丸となって
あなた方を守護しに参っているのでございますよ。

第三の計画というものの厳しさ、そして後がないということ。
第一第二の、あれだけの方々であっても、魔により堕とされたのである。
そうして魔が今
エネルギーを増幅している時であるということを考えたならば
一人ひとりが戦闘系の者たちのような覚悟、厳しさを持って
今、このレムリアの仕事に立ち向かうべきではないかと
私などは思うのであります。

釈迦教団の仏弟子といわれている方々は
法というものを極めることにおいては、ひじょうに真摯な
ストイックなところがあったとは思うけれども
でも、魔に対する警戒心ということにはひじょうに無防備であり
それで、法さえ学んでいればいいという、ひじょうに自惚れた心の中で
戦闘系の者たち、他の者たちに支えられているという感謝や
愛の思いというものが
自分の分をわきまえたものということが少しもなかったから
自分たちだけで助かって、自分たちだけでK会をやっているような
そのような自惚れた思いであったから
OR氏にしても、他の者たちにおいても
簡単に魔に爪を引っかけられ、堕ちていったのでございます。

TK女史においても同じなのです。
霊道が開いている分、まだ若くて幼かっか分
彼女はひじょうに不幸であったとは思います。
しかし、彼女の中にも、やはり若くして感情高く、自惚れる中で
やはり焦りの中で、自分を神格化していきたいという
そういう功名心のようなものに、魔が取り憑いていったのです。

あなた方が、TK女史を慕い、OR氏を慕う気持ちはわかるのです。
でも、彼らの魂をほんとうに救いたいのならば、彼らにほんとうに感謝を持ち
彼らを、あなた方の師である彼らを救いたいと思うのならば
真の弟子であると思うのならば
この難局をみんなが力を合わせて、乗り切りなさい。
乗り切っていきなさい。

そして、彼らがいつか、その反省行を済ませ
我々の世界に、あなた方の世界に戻って来た時に
「そのようにたいへんな使命を、ご苦労様でした」と
仲間として迎え入れてあげていただきたいのです。
あなた方の師としてもう一度、仕えていただきたいのです。

そのためにも、それまでの時を、弟子であるあなた方が
彼らに対して指導されてきたという感謝の思いがあるのならば
彼らが今、たいへんな瀕死の状態にある時に
彼らが果たせない使命を代行するように、あなた方が力を合わせて
その穴埋めを、埋め合わせをしていただきたいのでございます。

それをすれば、この計画が、本来の計画として流れていって
この地球救済という、法を降ろすという計画が
この地上にひろまっていったのならば
彼らのした失敗は、けっして失敗だけに終わるのではなく
やはりあのようなことがあったから、このような者たちが出て来たと。
そして新たな修行場を、新たな体験をさせていただけたのだと。
それによってあなた方が本来以上の力を授かり、本来以上の修行ができ
パワーアップしたのであるという
そのような光の発想を持っていくことができるのですよ。
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あなた方は彼らにより指導され、愛されてきた方々なのです。
指導者という者は、常にその危険の中にいるのです。
それでも彼らは、より多くの人びとを愛したいがために
この地球を救いたいがために
大きな計画の責任者として、常に出て来られるのです。

TK女史という方も、そうなのです。
けっして彼女が悪かったわけではない。
それは私もよくよく知っているのです。
私にとってもまた、特別な方であられますが
ほんとうに彼女の魂を救いたいがために
私はこのようにお願いにあがっているのです。

みんなで力を合わせて、この魔界の者が強い時に
このレムリアの計画というものを、皆さまで力を合わせ
そして孔子に引き継がんがために、引き継いで無事にいくことができるように
この時代の新たな波を起こし、この孔子様という方を迎え入れる
その道を整えようではありませんか。

そのために茨の道は続くでしょう。
あなた方を非難中傷する方々も出てき
あなた方は嫌な思いもされることでしょう。
魔界の者たちによって、マイナスエナジーによって
苦労をかけることもあるかもしれません。

でも、そのことを振り切りながら、光のもとへ
光のもとへ
神の国はここにあるのだと
どうか、大きな、大きなたいまつを、光を灯し、
多くの迷える人びとを光のもとに、神のもとへ導いてあげてほしいのです。

そのために我々は、今、来ているのです。
あなた方には見えないかもしれない。
でも、今はこれ、天上界のほとんどの神々が見ておられる
この場であるということ。
その中に、今ここに座ることを許されたあなた方であるということ。
そのことを感謝し
あなた方は、今できることを探していただきたいのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-08-18 06:50 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(22)

ミカエルはミカエルの個性として、ミカエルの使命として
神に創られたこの使命として、この個性を通して
神に一生懸命献身し、尽くし、努力している毎日なのです。
その結果において、私のしたことが、批判をされることもあるであろう。
私は言葉がきついし、私はひじょうに厳しい面があり
そしてミカエルにはミカエルの限界というものがあるのです。

それと同時に、私だけではなく
九次元には九次元の方、七色の個性の方々がおられ
それはあなた方から見たならば、ひじょうに素晴らしい
万能の天才のように思われるかもしれないけれども
彼らもやはり、人格神であるという意味において
やはり彼らにも限界はあり、彼らにも個性があるということ。
そして人格神であるということにおいて
彼らも修行をする一使徒であるという
わきまえというものは、私たちの世界の中ではあたり前のことなのです。

よろしいですか。
それをあなた方はもっともっと考えなくてはいけません。
九次元が万能であるということを思いすぎ
それによって地上に下生したメシアと言われている者たちを甘やかし
そのようにあなた方が祭り上げ、仏陀というものに祭り上げ
本人が望んだこともあるけれども、やはり、周りがそのように祭り上げて
全知全能であると思い
そのように地上に肉体を持った者であるにもかかわらず
天上界の神を揶揄し、天上界の神々に対して造反していく。
まるでルシフェル、サタンがかつてやったような
同じようなことを彼にやらせるような
そのような地盤というものをつくったこともあるのです。

けっしてあなた方を責めているわけではない。
彼の落度も多くあったであろう。
それもわかるのですけれども
地上に降りた、今幼き孔子と呼ばれるメシアに対しても
どうか、完璧なものであると
九次元でメシアであるからいかなる失敗もないのであると
どうか、生き神として祭り上げるような
そのような愚をもう二度と、二度とくり返さないでいただきたいのです。

彼はまだ幼いです。
そしてこれからも、数々の多くの試練に遭っていくでしょう。
そして彼はエル・ランティの法を学んだわけでもなくね
けっしてK会の教えをきちんと読んだわけでもなくね
我々の言葉を聞きながら育ったわけでもなく
いきなり大海に放り出され
後始末をさせられるという任を負っているのです。

孔子は孔子であり
本来、法を説くということを、しっかりと用意なさるのであったのならば
数多くのことができたであろうし、それだけの力のある方なのです。
仏陀と呼ばれるOR氏、仏陀の本体といわれる方であっても
それなりの力がある方であるのです。

しかし、時代の中で、その環境の中において、やはり影響され
そしてその中で限界があり、そして人間としての欲、煩悩と呼ばれている
肉体からくる煩悩というものに支配され、迷わされていくというー
やはりあなた方と同じなのです。
全く同じなのです。
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そのような修行の中で、彼らは悟り、多くの人びとを指導し、導き
その使命を果たさんとして
高きところからわざわざ降りて来られている方々なのです。
けっして、神ではないのです。
人格霊としては破格的に大きな器ではあるけれども
でも、やはりね、やはりあなた方と同じ人間に生まれれば
ゼロからスタートするという、一人の肉体をもって
迷いもある人間であるということ。

そのような中で、今また、孔子という方が法を説かんがために
急遽、降りられたのであるということ。
我々は彼を思うと、「ほんとうにどうか無事であってくれ」と
「もうほんとうに急に頼んで申し訳ない」と思いながら
でも、九次元の法というものをバトンタッチしていくために
孔子という方にお願いするしかなかったのです。

だから皆さま方にお願いしたいのです。
かつてイエス・キリストと言われる方、インマヌエルという方が出た時に
エッセネ派という方々が、その彼を幼きころより指導なさいました。
母マリアというあたたかい愛の中で、愛の法を説かれる地盤というものを
しっかりイエス・キリストは用意なさられたのであります。

やはり、そういう意味で、ひじょうに信仰篤い環境の中に彼は育てられた。
大工の息子のように思われているかもしれない。
実際、そういう修行の中には生まれられましたけれども
でもやはり、物質的には貧乏であったかもしれないけれども、
母マリアそしてエッセネ派の方々の愛と、信仰深いその環境の中で
彼は、インマヌエルは育ち、そして悟りを開き
全人類を救済するためにご自分の法というものを確立され
その三年間の使命を終えられていかれたのでございます。

今は孔子という方は幼く、まだその母も恐れていて
これがどのようになるやらわかりません。
しかし、彼をあなた方に託したいのです。
どうか、あなた方はある意味で、エッセネ派の者たちのように
彼をどうか無事に育て、このように物質偏重の中で
信仰心という基盤すら育たないようなことではなく
彼本来の悟りを開いていけるように
どうかあなた方にお力添えをお願いしたく
ここにミカエルは出て参ったのでございます。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-07-16 11:11 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(21)

ミカエルでございます。
皆さま、このたび、この地におき、この私が
このように出て来る機会を与えていただいたことを、心より感謝いたします。

私は、初期のエル・ランティ、高橋信次が、この地上に下生された時より
この計画の第一段階から関わり、指導している者でございます。
今さら私を紹介しなくても、皆さま方はご存知だと思われますが
あらためて、ここにおいて、第三の計画が発動され
あなた様方がこの場所に来られたということを通して
私より一言ご挨拶を申し上げます。

私は、皆さま方がご存知のように、魔を切る戦闘系の責任者として
この地上を守護し、法がひろめられる時に
光の天使たちを魔より護るために日夜努力している者でございます。

あなた方が新たな計画のもとに
我々の天上界の言葉を信じて、集まられたということを
心より祝し、心より感謝し
我々の手足となり、どうかこの計画のために
力をお貸しいただきたいと思うのであります。

そして見ておりますと、あなた方が動き出したと同時に
魔界の者たちが、ゾワゾワと動き出し
あなた方が知らないところで、あなた方の命を奪い
あなた方を陥れようとする計画がいくつも起きていたのだということ。
それを我々、戦闘系の者たちが、各日本神道の荒神たちと協力をし
今日結界を張り、あなた方の身辺警護をしているものなのです。

今は地獄界がたいへんなエネルギーとして増幅し
この三次元に対してものすごいマイナスのエネルギーが降り注ぎ
この地上の者たちの心を狂わし
多くの者たちが地獄界に引きずり込まれているのです。

そういう時代であるからこそ、高橋信次、エル・ランティは
そして仏陀は、その法を説かれに下生なさられ
今回の救世の計画が行われたはずなのです。
しかし、悲しいことに、なかなかその計画は実を結ばず
多くの私の愛する仲間たちを地獄に堕とすという
私ミカエルにとっても、悲しい、悲しい結果になっているのです。

しかし、我々はまだあきらめたわけではないのです。
けっして、彼らの魔の力に
ルシフェル、サタンに負けるようなことがあってはならないと。
正しきものは常に強く、正しきものは常に
最後は勝利するのであるということ。
そのことをもって我々は、けっして希望を捨てることなく
この地上を仏国土、地球を愛の星にするために、我々は日夜努力し
この第三の計画というものを、私の名におき発動することを
九次元の神々に、許可を願い出たものなのです。

そして、第三の計画というものは、計画としてはございましたが
万が一、万が一ということのために封印されたものであったということ。
それは、封印されたままであれば、それでよかったのであるけれども
万が一このような事態もあるかもしれないということを我々は思い
万が一のためにこの者を配し、用意していたものなのです。

我々がこのような計画を発動し
この者が出て来なくてはならないということは
ある意味、地上が最悪の状態にあるということ。
今はアトランティスの最後、末期という
その時のバイブレーションと同じような状態であるということ。
そのようなギリギリの状態であることを考えたのならば
あなた方は自分自身に対して
甘いことを言っている場合ではないのだということを
心から、心から、心していただきたいのでございます。

まだまだ甘い。
まだまだ心に隙がある。
新しい方々、まだいらっしゃられたばかりであるから
その決意において隙があるのはいたし方ないことなのですが
まだまだ、最初からおられる方においても、隙が多い。
魔というものはけっして、そんなに侮っていけるようなものではないのです。
光の天使であるから、光の中を歩んでいるから
安全であるということは、けっしてないのです。

魔という者の心理状態、魔がどういう計画を練り
魔がどういう方法で攻めて来るかということ
それを我々は長年戦って来ながら
その手口というもの、やり方というものを知っているという意味において
我々はプロフェッショナルであるということを
あなた方は認識していただきたい。
そして、今は、そのような力を持つ者でなければ
この難局は乗り切ることができない時代であるということ。
それをあなた方は、よくよくわきまえていただきたいのであります。

魔のエネルギーというものが
下手をすると天上界から降りている光の天使たち
人類が持っている善の、プラスのエナジーというものよりも
もっともっとマイナスの工ナジーというものが
増幅している時代であるのです。
本来であるのならば、エル・ランティが十次元の神に対して
エナジーを降ろしていただかなければ、あなた方がいるこの地球自体が
この日本という国土自体が
すでにもう海中に没していてもおかしくない状態なのです。

その「今いちど、時を、猶予を与えたまえ」と
我々の切なる願いの中におき、その時を稼ぎ、時を長くすることにおいて
我々は再度、第三の計画というものを発動しているのです。
それほどに、ぎりぎりのところにいるということを
もっとあなた方は気を引き締め、受け入れていただかなければなりません。

今までのような、日常の安逸な、淡々とした日常のくり返しの中に
「いや、ノストラダムスは嘘を言った。
このような生活がまた、くり返されているではないか」と言って
また平和ボケの中に、戻っていくのであるのならば
何のために第一段階の計画で、エル・ランティの法を学び
第二段階で仏陀の法の中で学んできたのですか。
あなた方は何のために、今まで修行をしてきたのですか。

修行というのは、己自身の、個人だけの悟りを開いて、自分が偉しと思って
高い次元に昇るためだけに、悟りというものはあるのではない。
そういうものを通し、多くの、多くの手段を通して
神のために、この仏国土、この地上をユートピアとするために
どれだけの仕事ができるかという、その能力を増幅するためにおいてのみ
その修行の目的というのはあるのだと、このミカエルは思うのであります。
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ミカエルは、かつても申しました。
「神に対する感謝のエナジー以外の何ものでもないのである」と。
私はこのエナジー全てをもって、神の国のために
そして宇宙の神のために、この私のエナジー、私の存在そのものを捧げ尽くし
その使命において、その仕事の中において燃え尽き
そして、そのためにのみ生きている
そういうエナジー以外の何ものでもないのです。
何もいらないのです。

そのようなことの中に、「悟りを高くし、自分が次元を高く昇って行きたい」
「そのためだけに知を磨き、そのためだけに修行をし
そのために愛の方法論、段階論を学んでいこう」
などということが頭でっかちにあるから、その自分の命を捨ててでも献身し
神のために、多くの人類のために仕えようという厳しさがないから
このような情けない第二の計画の結果というものを
生んでしまったのではないかと、私は思うのです。

目的をはき違えているのです。
神理を学ぶということが
けっして自分が高い次元に昇って行くことではない。
一生懸命修行し、一生懸命悟りを高くするということは
どれだけ多くの手段を通して
神の仕事に多く貢献できる道を開くかということ。
その能力を増幅していくかということ。
その器をひろげていくかということ。
どれだけ多くの方々を愛して生きるかということ。
お役に立てるかということ。
それ以外に何もないのだということ。
なぜそれを、あなた方はわからないのか。
なぜわからないのか。

そのような目的なしに、仏弟子と呼ばれている釈迦教団が学んでいった時に
どれだけ価値ある、どれだけ高い次元の言葉を、神理を降ろしたとしても
あなた方が学んだとしても、何も救えなかったではないか。
そんなことのために、神理の知識を降ろしたのではない。
そんなことのためにエル・ランティが露払いのために降りられ
仏陀が、あの三部作を降ろしたのではないのだよ。

わかっていただきたい。
あなた方は悟りということをはき違えている。
多くの方々をいかにしたら愛していくことができるか。
多くの人びとをどのようにしたら生かしていくことができるのか。
この地球という美しい星を通して
我々が、どれだけ「神の創造の偉大さ」を
「美」というものを、「真」というものを、表現していくことができるのか。
それを、それぞれの七色の個性を通して
あなた方一人ひとりが表現していくということ
それにのみ悟りというものはあるのです。

みんなが同じような、杓子定規な神理知識において
同じような方法のみで悟りというものが高められるような
そんな安易なものが悟りではないし
そのような次元構造になど、天上界はなっていないのです。

なぜならば、あなた方も学んだであろう。
光には七色があり、七色の系団があり
そして、それぞれの個性を神があなた方一人ひとりを創造された時から
それぞれの個性に応じ、その個性に期待を込めた
あなた方のかけがえのない命というものの中に
その才能というものを埋め込まれた
あなた方一人ひとりを創造されたのであるということ。

その己自身に出会っていく、それを悟りというのです。
己自身の中にあるものに出会っていく旅を、悟りというのです。
その己自身、かけがえのない自分
もうどんなに何億、何十億、どれだけいようと
他の誰にも代わることのできない
あなた方のかけがえのない神の子としての
そのあなた方の命の価値というものを、あなた方一人ひとりが見極め
それを通して、神の国の奉仕のために、人びとを幸せにするために
あなた方の命を燃え上がらせ、貢献していくということ。
そういうことが、悟りであるということなのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-07-02 18:58 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(20)

愛というものは、実践行為を伴っていないところに愛などはないということ。
愛を抜いて神に近づく道はないということ。
自らが神の子であるということを
高橋信次、エル・ランティにより知らされた。
それはどういうことかというと
自ら愛の階段を上り、愛の表現体として生きていきなさいということ。

であるのならば、愛というのは絵に描いた餅ではなくて、愛は実践を伴って
生きざまを通してのみ愛というのは語られていくのだと。
愛の実践行為をもってのみ
あなた方は神の子として評価されるのであるのだと。
そのことをあなた方は認識しなくてはいけないのです。

火の上を歩いたからといって、空中浮遊をしたからといって
ヨガをやったからといって、仏教の行をたくさんやったからといって
それが何になりましょうか。
そのようなことをもって、自らが深く神の子として神と対峙し
神へ向かって歩みたいという思いを育てるという意味においては
意味があったのかもしれない。

でも、もうそのような段階を人類は卒業しなくてはいけない。
圧倒的なる愛として、圧倒的なる愛の実践として、圧倒的なる愛の奔流の
宇宙の神のご意思の、ひとつのしもべとして、道具として、手足として
この大宇宙を彩る愛の芸術の、その作品として
自らのかけがえのない愛の光というもの、命というものを輝かせていく。
そのような人生を、あなた方一人ひとりが送られるということ。
そのことを神が本来、望まれているということ。
そのことを伝える。
それが宇宙界の法であるのです。

神の宇宙から眺めたときの、神の本意であるということ。
それを伝える立場に、わたしたちは、今いるということ。
それを、わたしはあなた方に伝えているのです。

これから宗教というものが変わっていくのです。
ひとつの民族宗教というものではなくて、神の子が神の子であるのなら
どの地域にいようと、どのような文化の中にいようと
どのような宗教の、過去の歴史の中に染まったものであろうと
地球人であるのならば、そして、もっと広げていくのならば
どんな天体にいようと
どんな惑星に生まれていようと、どんなところにいようと
この大宇宙すべてが神の子であるという、そのような認識の中で
神というのはひとつであり、そこから分かれてきた、すべてがひとつの命
親のもとに帰っていく命であるということ。

そこには地球人であるとか、何人であるとか、どの銀河の出身であるとか
そのようなものは何もない。
だから、はるか遠くの銀河から、わたくしたちはやって来て
地球のために命を投げ出すために飛んで来たのです。
あなた方のルーツもそういうところがあるのです。

であるのならば、地球の中で、キリスト教徒である、イスラム教徒である
仏教徒である、神道である、ユダヤ教である、はたまた無神論である。
そのようなつまらぬ枠を、鎖を自ら身につけて自己限定をし
狭い、狭い視野の中にいることをもっては
もう許されない時代がくるということなのです。

目を広く高く、そして、心に愛を、より広く豊かに持つことをもって
あなた方の認識力は無限大に、宇宙大に広がっていくことでしょう。
広がっていったときに、その偏狭な狭いところからくる無知な思いによる
愛の狭さというものが取り払われ、宗教などというものは、もう死語となって
ただただ神と共に、愛と一体となって
互いに隣人同士愛し合って、助け合っていく。
そのような社会が出現してくるのです。
そのような時代がくるのです。
そのようなところにわたくしはこの地球というものをもっていきたい。

それを、わたくしだけではない、わたくしの仲間たち
そして、九次元の方がた、十次元の方がた、そのような方がたをもって
みんな悲願として、この日を望んで
どれだけ長い間、わたしたちはこの地球と共に生きてきたことでしょう。

最後の総仕上げが成功するか、失敗するかの
その瀬戸際にかかっているということ。
この愛の理念を、宇宙の法を降ろすことが
今、ピンチーヒッターと言われつつも
ここにきてかなったということをもって、感無量の喜びをもって
わたしはあなた方にお礼を申し上げたい。
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ひじょうに一方的な、ひじょうに天上界から唐突な
勝手なお願いであったと思うけれども
あなた方はそれによって、ひじょうに苦しまれたけれども
今もまた、その迫害の中にはあるけれども
これから先、地球すべての人類、生きとし生けるもの
すべてを愛の循環の過程の中に導く
地球の最終的なレペルアップの時代になっていく。

そのことを思い、どうか、この仕事のために
愛の使者として、神の愛の使者として
我々に力を貸していただけないだろうか
この仕事を完遂させていただけないだろうかと
わたくしはあなた方に願うのです。

一部の者だけが優れ、一部の選ばれし者だけが、神のご機嫌を取った者だけが
神の通路、愛の通路となるのではないということを
わたしはあなた方に言いたいのです。

鎖を外しなさい。
心の壁を取り払いなさい。
宇宙大にまで広がるだけの
あなた方は素晴らしい神の子としての
愛のエネルギーをもう授かっておられるのです。

自己限定しないで、自らの素晴らしさを信じて
他者を愛するだけではいけませんよ。
こういう光の天使は、どうしても自分をないがしろにして
他者を愛することによって、ゆきすぎるのです。

さっき言った呼吸です。
息を吸うということは、自らを愛することです。
自らの存在を愛し、誇りを持ち、一生懸命自分を、自らを愛してこそ
他者を愛するエネルギーになるのです。

神から受ける愛の大きさが、神の子たちを愛するエネルギーになるのと同様に
あなた方も、自らを愛することを忘れてはいけません。
自らの愛のエネルギーに気づき、自らの神性をかけがえのないものとして
最大限に自らを、誇りをもって光らせるということ。
それをもってこそ、他者を愛していく
他者を光らすエネルギーヘとまた転化するのです。

この間、言われているはずです。
アモール様に言われているはずです。
愛は循環すると。
今、わたしは呼吸のことを
たとえをもって循環ということを申し上げているのです。
そうやって、愛は循環するのです。

人からむさぼる、愛を奪って、吸って、吸って
吸ってだけでは苦しいでしょう。
「愛はやはり、他者を愛することをもって、愛なのですよ」と言っています。
では、与え切りではどうでしょうか。
与えて、与えて、でも、自分はつまらない者だと、自分をいじめ尽くしていく。
そこには少しも
かけがえのない自らの神性の個性を輝かせるということは何もないということ。

自らも愛することです。
自らにも誇りを持つことです。
そして、あなた方自身を、ほんとうに誇りある、素晴らしいこの命だと
この個性だと気づいて、自らの内側の個性に気づいたのならば
そこには感無量の、自らを創造してくださった根源の神に対する
圧倒的な感謝というものが湧いてくることでしょう。

それをもって、他者を、神の子たちを、仲間たちを愛して、赦していくのです。
それが愛の循環の摂理なのです。
これをあなた方に知っていただきたいのです。
そうすれば、あなた方ご自身の光が輝くことでしょう。
かけがえのない個性が輝くことでしょう。

(2005.8.19 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-05-15 06:46 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(19)

自己限定をやめてほしいのです。
あなた方の中に、愛の光の、愛の奔流をきらめかすということに
かつての仏教であったり、キリスト教であったり、神道であったり
つまらない、そのようなドグマのような自己規定をいっぱい
あなた方はぶら下げているのです。

こうあるべきであると、宗教者はこうあるべきであると
自己限定をしている。
「その鎖を外してほしい」と、わたしは言っているのです。
それを外してごらんなさい。
もっともっと、自由になっていきなさい。

そうしたら、あなた方の内側から
もっともっと大いなる愛が出てくることでしょう。
湧き上がってくることでしょう。

そうしたら、自分をも、他者をも、弱き神の仲間たちのことも
愛さずにはいられない。
愛さずにはいられぬ思いが、宇宙の根源の神の愛と同通するのです。
それが神我一体の境地なのです。
そこに至れば、神の通信塔になれるのです。
みんなが霊媒になり、みんなが神と同通できるのです。
そのような時代がくることをわたしは願っている。

「如来界は一定の数、何百人だから、それ以上の者はいない」などと
誰が言った。
みんな如来になれる。
みんなミカエルぐらいの者になれるのです。

その認識力と、その愛する深さによって、広さによって
皆さま方、ものすごく素晴らしい方がたなのです。
その心の鎖を取りなさい。
数々の鎖が見えるのです。あなた方の中に。
宗教者であるのならばこうあるべきであろう。
お酒を飲んだら地獄に堕ちる。
結婚したら地獄に堕ちる。
つまらないです。

キリスト教の原罪説を受け入れなかったのならば
クリスチャンとして、神の子として、信者としてあり得ないのではないか。
神に喜ばれないのではないか。
神の罰が当たるのではないか。
そのような恐怖心で、人びとは信仰という名の中で縛られてきたのです。
ほんとうに湧き上がるような愛の歓びの中で、信仰心の中で
神につながってきたのではないのです。

中世以降のキリスト教でもそうだった。
ただただ、その罰が当たるという原罪説の中で
自分自体が罪の子であると常に言われることで
懺悔をしなければ自分が罪を赦されないのではないかとか
そんな恐怖心に満ちた中で自らを縛って
そして、地獄に行きたくないという、罰されたくないというだけの思いの中で
少しの喜びもなく、人びとは神というものと出会ってきたのが
今までの歴史なのです。

そんなものからはずされ、その鎖を外し、ほんとうの喜びをもって
素朴な愛の思いをもって、自らの中にある宝のような
神の子としての愛の光に気づいていきなさいと。

それをほんとうに喜びをもって、感謝をして、大いなる神の通路として
より深く、より広く、大宇宙をも愛していくような
自らが愛の化身となったとき
人びとはそんな恐れおののくようなもので神と出会うのではなく
ほんとうに心からの喜びと歓喜の中で、神と出会っていくのです。

そこには寺院もいらない。
教会もいらない。
ドグマもいらないのです。

神は何も求められない。
ただただ、神に対する感謝があるのならば
あなたの脇で弱く傷ついている者たちのために、力になってやってほしいと
助けて愛してやってほしいと。

愛は呼吸と同じです。
自らを愛し、神から愛される。
その愛という生気を受け入れ
そして、それを受け続けて呼吸を吸い続けたら苦しいでしょう。
それを吸ったら、やっぱり吐きたくなるでしょう。
吐くときが今度、あなた方の愛の思いなのです。

これだけいっぱいの酸素
これだけいっぱいの愛をあなた方は受け入れて吸っているのです。
神から愛されているのです。
ほかの方がたからも愛されているのです。
それをいっぱい吸ったのならば
思い切って周りを愛する愛に返していきなさい。
それが愛の循環です。
欲張りになってはいけません。

愛を受けているだけで、吸って、吸って、吸ったら、どうなりますか。
酸素が多すぎて苦しくなるでしょう。
生きていけないではないですか。
吸った空気は、いただいた愛は返すことをもって
自らの中で報われて、活きたものとなって、生気を帯びてくるのです。
それと同じなのです。
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あなた方が受けた傷もあるでしょう。
でも、大いなる愛により生かされた自分、自らがあるのです。
であるのならば、「その者のために祈れ」とわたしが言ったのも
インマヌエル、イエス・キリストがおっしゃられたのも
自分がどれだけ罪を犯してきたか
どれだけの方がたの愛によって生かされてきたかということが
わかってきたのならば
どうか、あなた方を憎む者、迫害する者
そしる者、傷つける者のために祈ってほしい。

その者たちが、いつか愛のもとに、神のもとに
そして、ともに歩める立場にくるまで、その者の成長を祈り
愛することをやめないであげてほしい。
その圧倒的な愛をもって、神の愛というのです。
その中に、あなた方が投げ出していったとき、あなた方は愛の通路になる。

如来界、菩薩界、そのような苦行の中で、自らのエゴの
自らが高く、偉し者になりたいというだけの
そのような修行論はもうやめましょう。

自らが偉し者となるために修行をして行をするのではなく
より深く、より広く、ひとりでも多くの神の子を、仲間たちを愛していける
そんな自分になるために、そんな自分に成長していけるために
どれだけ多くの愛を表現できるための自分に成長できるかということをもって
自らの成長としていく。
それを高く上っていく道を、魂の階梯としていくことができる。

それをもって修行とできるような、そんな道に
もう一度、神と出会う旅を、認識力を変えていける
そのような時代をともにつくりましょう。

間違った宗教のドグマに支配された、戒律に支配された
その道の先に神はいない。
そんなたやすいものではない。

自分だけが修行し、高きところに上り
そして、苦しんでいる者たちに対して、何ひとつ手を差し伸べない。
そのような非情なものをもって、本来の神の、宇宙の根源である
愛の塊である神が喜ばれるとでもお思いか。

わたしたちは、自分たちが偉くなるとか、そういうことではなく
神の思いを、神の手足となって、神の道具となって
この宇宙を神のご意思のままに表現していく。
その道具となるためにその身を投げ出し
愛と感謝のいちずな思いの中で仕事をしてきている。

それが、わたしたち、七大天使と呼ばれている者たちであったり
エル・ランティのご意思そのものでもあるのです。
わたくしは少なくともそう言われて
エル・ランティから育てられてきました。

自分が偉しとなるために、悟りを高くするために
脇にいる弱き者たちを見捨ててもよいなどと言われて
育ってはこなかったのです。

(2005.8.19 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-05-07 10:32 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(18)

わたくしの言うことがわかりますか?
あなた方、わかる方もおられれば、わからない方もおられるようだけれども
わたくしも今、七大天使と呼ばれている立場にいるかもしれない。
でも、これが別に数々の難しい法を勉強したから
切磋琢磨だけをしたから今の立場にいるというのではないのです。

わたしはいつも言います。
「ただ、ミカエルという魂は、エネルギーは
神に対する感謝のエネルギー以外の何物でもないということ」
それをかつてのG会のときにでも、ずっと言い続けてきているはずなのです。

我が使命は、ただ生かされんとする神に対する感謝のエネルギー。
感謝というのは何でしょう。
生かされているということを、ほんとうに感謝したのならば
その生かしめてくださっている愛の神に報恩し
自分のなせることを最大限に返していきたいと思うのが
本来の感謝のエネルギーなのです。

それをどうしていくべきか。
それは、神が望まれるのは「最も傷つき、最も心を見失い
そして、これから成長しようとする、力まだ弱き者たちの力になり
その者たちを成長させるために、進歩させるために
愛の光として返していくために
ミカエルよ、おまえはその感謝を使ってほしい」と
神はおっしゃっているように、わたしは感じるのです。
ですから、命がけで今まで仕事をしてきました。

この地球の中において、この地球に降り立ったときより
ベーエルダから降り立ったときより
わたしはその仕事を延々とやり続けてきたのです。

そして、今やっとこの段階に入ってきて
愛というものが宇宙の愛の法そのものであり
神そのものであるということを
人類に伝えられる段階がきたということをもって
そのものをもって、最終的に地獄を清めていく。
迷っている、かつての光の天使、神の子たちを
もう一度、光の中に救い上げていく。
本来の姿に戻していくということ。
その段階にやっときたという感無量さを、わたしはかみしめているのです。

どうか、そのことのためにも、このステップを上がるためにも
このわたしに力を貸していただきたいのです。
この手段をもって以外、地獄を清めるということ、この地球界において
地獄という霊域をなくすということはできないのです。
力づくで、この悪想念を追い払い
力づくで彼らを消滅させたとしても、何にもならないのです。

地上において今、かつてあなた方がこの間、言われていたように
わたしたちが八次元、九次元、七次元から
今このような霊言を送っております。
それをみんなが耳を澄ませて、ちゃんと聴いているのです。
天上界でも聴いているし、そして、この地下にいる者たちも聴いているのです。
そして、この地上でたくさんの迷える魂たちがいるのです。
天上界に帰って行けなくなった者たちがたくさん来て
周りで聞いているのです。
そして、学ぼうとしているのです。

この天上界、地上、地獄界、すべてを巻き込みながら
この霊言というものが降りて
この光というものがダイレクトに地上に降りることをもって
この愛のエネルギーが柱として降りてくることによって
最終的な地獄までも清める。
この地球が生まれ変わる、愛の星になる
大ルネッサンス運動の精神的基盤を今、つくろうとしているのです。

まず、精神的な基盤が、理念がなくては
そのあとの組織変革というものはあり得ない。
この愛あふれる理念というものを今、降ろせるこの時に、少しでも高度な
少しでも神本来の御心に近い、宇宙の法を地上に降ろしていけたのならば
時間の流れの中で、必ずやそのあとに生まれてきた者たちが
それをひとつの統一政府のような形で
地球自体を愛の星に変えていくという運動は起きていくでしょう。

そのように、物理的に組織変革をすることは、ある意味たやすいのです。
でも、いちばん大事なことは、この大いなる愛の理念
物質や、科学や、唯物論的に毒されてしまったこの社会の中で
神の子として、愛の理念が最も最優先であるという
その基本の価値観というものに、まず精神的にいくということ
変化をさせるということ。
そのことがいちばん難しいのです。

それを、イエス・キリストも、インマヌエルもやろうとされた。
そして、十字架にかかったのではないのです。
あの方は、けっしてカエサルのように帝国をつくって
神の国をつくろうとなさったのではない。
意識変革をさせたくて、神の愛のもとに戻したくて
意識を改革したくて、愛の法を説かれた。
それがゆえに人びとの怒りを買って、十字架にかかったのです。

それぐらい精神的な改革というものは難しいということ。
でも、それができるだけ、そして、宇宙というものを、すべてではないにしても
ある程度、トータルに見回せるだけの人類の智慧
そして、経験というものが伴うだけ発達してきた、今のこの時点であるからこそ
今この宇宙界の法というものが
九次元の法というものが、地上に降ろされていくのです。
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これをどうか、あなた方の素晴らしい、この真摯なる態度によって
絶え間ない努力の仕事の結果によって、この地上に足跡を残していただきたい。
書物として残していただきたい。

先ほどから伺っていると、本来はお坊さんで
次に本業の仕事があるということを
皆さんおっしゃっておられました。
皆さんご立派な仕事をお持ちであるにもかかわらず
本業は神の子としての
神の使者としてのお坊さんの仕事であると言われた姿を見て
わたしはたいへん胸が熱く、うれしく思って聞いておりました。
そうであってこそ神の使者なのです。

でも、地上における良識、常識、するべき責任から逃れてはなりません。
それをしっかりと行いながら
そして、神の愛の法というものを伝えられてこそ
仕事をなし得てこそ、人びとというのはそこに神の姿、愛の姿を見るのです。
自己逃避の姿の中に、人を悪しざまに言っている姿の中に
その姿の中にだれも神の姿など感じないのです。

ですから、もし、あなた方を非難中傷する方がいたのならば
あなた方を非難中傷するものをもって
その方がどれだけ神の使者であると偉そうに言ってみたって
多くの人びとは、その方の姿の中に神などの姿を
神の愛などは、何も感じないのです。
そのぐらいの心は、みな持っておられるのです。

ですから、その方たちのことを哀れんで
けっして彼らのことを悪く言うのではなくて
彼らのために祈り、彼らがいつかわかってくれる日を
忍耐をもって待ちましょうという
我々と同じ、神の愛と同じ忍耐という時をもって
その方の成長というものを待つ。

彼らが一緒に、また歩んでいくことがかなうようになるようなときを祈って
今という場を、彼らをけっして恨まずに頑張っていこうと
自分の仕事に頑張っていただけることを、あなた方に期待するのです。

天上界の通信というものは、ひじょうに難しいのです。
あなた方が考えている以上に難しいのです。
わたしがこの方の言語機能を使うということは、この方のことを
魂をひじょうによく知っているから
最初からすんなりと通信が送れていたのです。

そして、ほかにも、たとえば明治維新の方がたにしても
この方のあまり面識のない方がたが多いのです。
面識のない霊を、霊人をとって、その方の認識を言語化するということが
ひじょうに、どれだけ難しいかということ。

そして、伝えようとしている霊人にとってもですね、その、もし、霊媒の方の
現代のこの日本語というもの、そして、その方の思考形態というもの
男性霊、女性霊でも違います。
経験や学識によっても相当違うのです。

その中における、その方の認識力をもって、自らの思いというもの
思想というものを伝えようとしてくるわけです。
ひじょうに難しい。
ひじょうにそこにおいては、お互いにじれったいものがあるのです。

それであっても、天上界は伝えていきたいと思って伝えてくる。
そのような霊媒の霊言機能というものを
あなた方はどうか理解していただきたい。
そして、どうかお一人、おひとりが、いずれ受容的に神のもとに対して
心を開け広げ、愛というものを無防備に出すぐらいに、大いなる愛の化身として
神の子の化身として、あなた方が聞かれていったのならば
あなた方も同じように霊言というものを
神からのメッセージというものを受け取っていける。
そのような成長した姿になっていかれるということなのです。

それは、一人ひとりが特殊な、あなた方の頭の中にあるのは
特殊な霊媒という者の役割を授かった者以外はこのような仕事はできぬと
そのようにまた、自己限定しておられる方が、数々おられるようなので
わたしは申し上げているのです。

そうではない。
あなた方一人ひとりが、みな日蓮のように、空海のように
そして、エリヤのように、ダニエルのように
神の言葉を受け入れていくことができる。
男性であってもなっていける。
けっして神の言葉を受けるのが一部の特権的な者たちだけの仕事ではない。
あなた方みんなが、それをやっていけるような水準に
これから向かっているということ。

今申しあげた者たちは、大体がみな八次元如来界の者たちなのです。
あの者たちと同じ心境になっていく。
それだけの力を持っていく。
あなた方の魂の中において
素晴らしい魂の飛躍のチャンスを与えられているということなのです。

行いにおいて、覚悟において、認識力において、そして、霊言の知識において
あなた方が死ぬ気でついてくる気になれるのならば
あなた方は一躍、如来の境地にいけるということなのです。

それはけっして難しいものではない。
ピラミッドでもない。
あなた方が、どれだけ深い大きな愛で人を赦し、自分を赦し
宇宙の神のために、神の子たちのために、自らの人生を投げ出し、受け入れ
愛の表現体として自らの神性をきらめかせていくことができるか。
それによって、あなた方は如来にでも、救世主界の者にでもなれるということ。

(2005.8.19 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-27 15:56 | ミカエル | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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