地球を愛の星へ

カテゴリ:ラファエル( 6 )

ラファエルからのメッセージ(6)

宇宙の中において何が悪いっていうことはないのです。
悪いと決めているのは、あなた方の裁きの心だということ。
わたしはさっきから何度も言っている。

自己限定の中で、ひとつの宗教的な、社会的な制約の中において
善悪というものを決めている。
確かに人を殺したりしちゃいけない。
確かに、人の物を盗ったりもいけないかもしれない。
でも、殺してはいけないといっても、過去世にその者がほかの
その人を殺していたかもしれないという
転生輪廻の因果律というものもあるのです。

そして、盗んじゃいけないといっても、ほかの惑星に行ったのならば
自分がつくった作物は、みんな、すべての者たちで共有しているといって
分かち合う宇宙人もいるというのは、あなた方も聴いたではないですか。
究極にいけば、そこにいくのです。

ですから、自分がこういうふうに正しく生きてきたから
お行儀良く生きてきたから相手の人は間違っている。
だから、相手は悪人であると、そういう裁く、ジャッジする
その心そのものが
今の世界の混乱をつくっていることをいっているのです。

神の世界は認識が高くなればなるほど、自由であります。
相手を裁くことはないし、悲しみや、喜びや苦しみを押さえつけて
平面的な感情の奴隷になるようなことは、一切ないのです。

逆に言うと、それは宗教の世界の中の指導者として
あの世に帰った者たちの、ひじょうに閉そく的な地獄があります。
自分たちこそは正しいと
そして、女性の姿を、裸体を想像しただけでも地獄に堕ちると
そのように思っている者たちは、仏教の中においても、イスラム教徒の中にも
いろいろあるのです。

全部、自分たちでつくった鎖のかせにはめられている。
その中において、自分で自分たちの中を、感情をすべて押し殺すことによって
正しくあらんとすることによって、その感情の逆襲を受けることによって
自分たちで地獄をつくり出している。
そのような世界に通じてしまうよ。

だから、上の世界に行けば行くほど、自由であるということ。
ゼウス神はどうお思いになるか。
マヌ神をどのように思われるか。

今回、なぜ彼らは、あのお二方を出してきたか、わかりますか。
あまりにも、こうあるべしというところで、地球人は
この地上の者たちは、自己限定を厳しくし
そして、喜び、幸せに思い、歌い上げる、人生賛歌をすること
愛の賛歌を奏でることが
まるで間違ったことであるかのように思ってしまった。
それは少しも、神が喜ぶ姿ではないのだよと。
神の子としての本来の姿ではないのだよと。
悪いとか、間違っているとか、言っているのは
あなた方の心の中の縛りであるのだよということを
繰り返し伝えられているはずなのです。

あなた方の心の中にある、自由な、やりたいと思う思い
たとえば、結婚だって、何歳までにしなくてはいけないと思うんでしょう?
宗教的な者たちは、大体が独身が多いのです。
確かに結婚することによって学ぶことは多いかもしれない。
でも、嫌ならしなくていいのです。
したけりや、すればいいのです。
違いますか?

だから、しないからといって、引け目を感じることはどこもない。
自分の人生を堂々と、自分の才能を開花させて
たかだか数十年、生きればよろしいではないですか。

なぜ、結婚しなくてはいけない?
結婚できないから、結婚しないから、したくないから
それは自分が選び取ることです。
したければすればいい。
したくなければしなきゃいい。
人からどう言われるものではないでしょう。

すべてにおいて
そのような足かせの中にあなた方は生きているということです。
そこから、本来の感性において自由にしていくのが
感性を中心とした芸術家たちの
芸術的な手段として神に出会う道でもあるのです。
ですから、頭ばっかりで、知的なものばっかりで、ものを見ようとする。
一度、頭を外して、感性で自分の心に正直な神の心として
神の子の本来の性質を
自分自身のオリジナルな気持ちに正直に生きるということを
もっと、自分に正直に生きてごらんと。
地上にいる時は数十年だよと。

わたしたちから、永遠の時を生きている者から見たらね
あなた方は、まだ三十年生きられる、四十年生きられると
思っているかもしれないけれども
わたしたちの世界から見たら、あと三日か四日にしか見えない。
それこそ、夏の日の蝉に見えるかもしれないんです。

もう、帰ってくるときが目に見えているのに何をしているのかと
逆に言いたい。
そして、悟りの道が、もし、あるとしたのならば、その縛りを捨て
愛の心、光の心、一元に向かうこと
二元対立から光一元に向かっていく道の中において
神の子として、どんどん自由になる道
相手においても、自分においても、自己限定を捨てて

いいですか?
自由になっていく。
自分の愛に正直に生きていく。
その愛の道を学ぶこと。

愛というのは、一言でいうのは簡単だけれども
愛の本質を学ぶことは、たいへん難しいのです。
神の本質が愛であるということを、愛のエナジーであり
パワーであるということを学んでおられるでしょう?
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でも、一言でいうのは、愛は簡単だけれども
愛をほんとうに生きられるかというと、たいへん難しいのです。
愛をほんとうに生きる、認識するということは、ほんとうの意味において
あなた方が、どんどん、どんどん自分の中に
蓄積した鎖を一本一本外していく道かもしれない。

その中において、自分を自由にし
そして、自分を裁かず、自分の自己限定を外したときに
初めて相手のことの、裁いていた
その、ジャッジしていたことを外していくことができる。
相手のありのままを受け入れることができる。
自分を愛せぬ者は、他者を愛することはできないのです。
だから、愛すること、愛されることを学びなさいというのも
そういうことです。
表裏一体、コインの裏表であるということです。

いいですか?
愛すること、愛されること、さっき言っていました。
シスター、あなた方は言っていたけれども、愛することを学ぶこと
愛されることを学ぶ人がいます。
いいですか?
でも、これは同じこと。
コインの裏表よ。

いいですか?
これを両方、学ぶこと。
それが永遠の課題でもあります。

それぐらい、愛っていうことを学ぶのは
ひじょうに難しいことであるということです。
その、愛ということを学んでいくにはね、自由というもの
それが、ひじょうに不可欠であるということです。
その永遠の旅びと、愛を学んでいく永遠の旅びと
それがわたしたち、神の子たちであるということです。

たまたま、ちょっと先輩にあたって、役職があるかもしれない
でも、あなた方と同じブラザーである、兄弟、家族である
ファミリーであるということ。
それがわたしの見解でもあります。
あなた方より上にあるのではなく、あなた方の仲間であり
家族であるということ。
この地球に住まう家族であるということ。
そのことを、どうかわかってほしい。

だから、ひとつの芸術を表現することにおいても、悟りにおいても
社会においても、家族においても、愛を学ぶ仲間たちであるということ。
その意味において、自己限定を外すということは、自己愛を
自分自身を愛するということを学ぶということですよ。
鎖を外すということは、自分を愛するということを学ぶということですよ。
で、他者をジャッジしないということは
他者を愛するということを学ぶということですよ。
コインの表と裏ですよ。

いいですか?
これが両方できないと、愛は学べないということです。
それを学んだら、それを表現していくのが芸術です。
そして、芸術の段階論であるのです。
けっして天上界に行けば行くほど、窮屈になると
それは誰が言ったのか知りません。
天上界は上に行けば行くほど、自由です。
わたしたちより、またもっと、上に行ったときの
九次元の方がたの大らかさを、わたしはあなた方に見せあげたいと思う。

それを、見せたいからこそ、今回、マヌ神や、ゼウス神を出してきて
ここに、レムリアのメッセージを降ろしているのです。
神の子はもっと自由であるということです。

いいですか?
神の本質というのは大宇宙の本質
愛の本質は自由であるということです。
そのような型にはまった、ルールに縛られた
男女の愛においても、紙っぺらひとつにおいて表現されるような
婚姻制度に基づくものだけが、ほんとうの永遠の愛ではないということ。

もっと別な愛の形があるよと。
愛を学んでいきなさいと。
その、愛を学んでいくための永遠の旅びとがわたしたちであるよと
それを伝えていってほしいと。
その段階にやっと、地球人がきたのであるよと。
そういうことを、今、言う段階なのです。

よろしいでしょうか?
ちょっと、長くなりました。
あなた方のご活躍を心から期待いたします。
そして、あなた方のご活躍のあとに
わたくしは、わたくしの仲間たちを率いて
また、この地上で仕事をさせていただきたいと思っております。
そのためにも、どうか、あなた方の力を最大限に発揮されますことを
心よりお祈り申し上げて、今日は失礼させていただきたいと思います。
失礼いたします。

(2006.6.17 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-11-19 15:26 | ラファエル | Trackback | Comments(0)

ラファエルからのメッセージ(5)

今、やるのはあなた方しかいないのです。
あなた方しか残っていない。
なら、あなた方がやるしかないではないかと
腹をくくる者は何人いますか?

救世主はひとりだけではない。
あなた方、みんなが救世主であるし
あなた方のクリエイティブなパワーを神の子として
本来、神が与えられた、あなた方のパワーを使ったのならばね
あなた方には何でも可能。
この地上を愛の星に変えていくこと、このルネッサンスを成功させること
この第三の計画を成功させることは
これだけの人たちがいるんだから可能なのです。

たったひとりの救世主に押しつけすぎたのかもしれないよ。
その負担で、プレッシャーで、救世主はつぶれてしまったのかもしれない。
同じことをレムリアでしてはいけない。
この人だけに押しつけちやいけない。
あなた方自身が力を出しなさい。
それは、この間、前回のメッセージで
トヨという女性が出てたときに言っていたことです。

いいですか?
絶対に、ひとりの女性が上に立ったときに
上とか下とかいうのはおかしいけれども
メッセージを受けたときは
優秀な男性たちが輩出した時代であるということを
彼女は言っていました。

覚えていますか?
中途半端な人たちが、たくさんいたのならば
時代精神というのはリードされないのです。
優秀な人たちが、ここぞとばかりに出てるからこそ
だからこそ、我がぶつかり合って、男性たちがいさかいを起こすのです。

逆に、何の力もなければぶつからない。
それぞれの系続から、それぞれの力ある者たちが
我こそはと出てきているのが、この時代であるということ。
多くの者たちがつぶれていったとしても
残っているあなた方の実力を見ればわかるのです。
ただ、それを自覚し、自分こそが頑張らなければ
この時代はリードされないのだという覚悟が足りないから
まだ、嘆き悲しんでいるだけのことなのかもしれない。

やってごらんなさい。
残された今世の人生、やれるとこまで、やってごらんなさい。
形にこだわらず、神の子として、自分の納得いく人生をやってごらんなさい。
そして、帰っていらっしゃい。
結果はいい。
どのような結果になろうとも。
その、あなた方が精一杯、頑張られたのならば
その志を継ぐ者たちが、また次に出てきます。
また、今の幼き子どもたちの中から出てくる。

でも、あなた方が全開で、命をきらめかせ、時代の炎として
光として輝かなかったのならば、次の世代はあなた方を見て
また、自らの命を燃やそうと思わないことでしょう。
あなた方が、今世、無駄に命を費やすのならば
次の世代の者たちは、あなたを見習って
あなた方のようになりたいと思わないことでしょう。

その意味において
明治維新の志士と呼ばれていた方がたを出すプロジェクトは
ひじょうに大事なことであったと思う。
彼らから学んだ、学ぶべきことを、あなた方はやるのです。
彼らの命のきらめきを、ひとつの時代精神をつくってこられたということを
わたしは心から敬意を表しているのです。

あんなふうに生きられるのです。
彼らに比べて、あなた方の何か劣っているというのですか。
ただ、覚悟だけなのです。
そして、仏陀がだめになった、何かだめになったと言うけれども
霊格も関係ない。悟りも関係ない。ね。

自分なんて、と思うからこそ、自分の命がきらめかないだけなのですよ。
自分自身におごり高ぶるのではなく、ひとつの、この時代の中で
精一杯、生きてみようと、自分の生きる場所を見つけてみようと思って
命を輝かせてごらんなさい。

そういう人たちが、どんどん、火が灯っていったのならば
インマヌエル、イエス・キリストが言った、光を高く掲げよと
テーブルの上に高く掲げよと、あなた方の神の子としての命を高く掲げよと。
その神の思いというのが、この地上に光のリレーのように
キャンドルサービスのように伝わっていくのです。
一人ひとりの心の中にある、神の子としての愛の光に灯すのです。

外から見てもわかるように灯してごらんなさい。
そしたら、その愛の光のキャンドルサービスは地球を包んでいくのです。
それはわたくしが初めて言ったことではないはずです。
ほかにも言われているはずなのです。
でも、言うことはみな同じなのです。
それしかない。

愛の光で、神の光で、この地球を灯し続ければ
愛のリレーというものは、光のリレーというものは
どんどん伝わって、点火していくものなのです。
神の子というのは、根本においては、ひとつにつながっているのです。
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よいですか?
みな、意識においては、一人ひとりは素晴らしい存在であっても
根底においては、神の子の大いなる神の意識の中においては、一体なのです。
みな、他人が、とかいうけれど、他者というのは別の者ではない。
みな、一体なのです。

ですから、多くの方がたがひとつになれば、今日本でも言われています。
何とかの猿とか
スタッフ: 『百匹目の猿』
ラファエル大天使: そうです。その理論です。

それは、わたしたちの世界から見たら当たり前のことなのです。
深層心理においては、神の子として、みな一体であるということです。
ですから、その、愛の光のリレーというもの
認識というものが、覚悟を決めて
光を灯していく人たちが多くなっていくのならば
それは深層心理において、まだ会ったことのない
地球の裏側の方がたの意識においても伝わっていくということ。
それが地球を変えていくのです。
難しい理論が変えていくのではないのです。

愛の思いが、愛のために生きようとする、その決意が
いいですか?
あなた方、地球を救っていくのです。
その、神のメッセンジャーとして、あなた方は降りている。
それ以外の存在ではないということ。

そして、わたしはその思いの中において、その法を広げるために
芸術という分野において
責任を持っているメッセンジャーであるということ。
単に、好奇心や、自分の自由奔放な表現をしたいというだけにおいて
芸術的な部分を管轄しているということはなく
あくまでも神の法のために生きんとしている、そういう者でもあります。

そして、その中において、幼き頃より歌に、音楽に、絵画において
子どもたちを育み、青少年において
青少年たちはひじょうにコンサートとか行くでしょう?
今の日本においてもね。

そういう、ひじょうに多感な、センシティブな、繊細なときに
そういうものを使って光の方向に、神の方向に導こうと
そのような方向において、わたしは指導してきたから
ひじょうにわたくし自身の姿も若者のような姿になっているし
子どもたちに対しても、ひじょうに深い愛を持ち、指導者として
教育者として当たろうという気持ちがある者でありますから
そのような個性を、まあ、そのような姿をもって
こう、伝えられたものがあるかもしれません。

でも、純粋なる芸術家というよりは、ひとつの
やはり、わたしも宗教的な意味においての
法のメッセンジャーであるという立場における
芸術的な指導というものをしております。

それはサリエルにおいても、ウリエルにおいても
パヌエルにおいても同じなのです。
法とか、政治とか、医療とか、いろいろあったとしても
それはあくまでも、神の世界をこの地上に体現するための
そのためにおける、彼らのその手段であるという
それがいわゆる、エル・ランティとか
インマヌエル、イエス・キリストのもとに
わたしたちが役目をいただいております
七大天使という者たちの役割であるということです。
そのことを、ひとつ申し上げたいかと思います。

(2006.6.17 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-11-11 12:05 | ラファエル | Trackback | Comments(0)

ラファエルからのメッセージ(4)

かつて、メシアが失敗することはなかったのですよ。
アトランティスにおいても、レムリアにおいても、ムーにおいても
メシアクラスの方が失敗することはなかったのです。

でも、メシアクラスの方が失敗したときにおいて
いったい何がどうできたかということは
今回、初めて文明の流れの中において
初めての実験になっているのです。

無理がかかっているのはわかっているのです。
無理がかかっているのもわかっているけれども、こういうことを通して
また、わたしたちは多くのことを学ぶし
けっしてメシアクラスになることが
大いなる仕事をするということではないということを
また学んでいるのかもしれません。

ひとりの突出した人が時代の精神をつくること
そびえ立つということはあります。
でも、ひとつの突出した人ではなかったとしても
それぞれに志熱く思う者たちが、心からの手をつなぎ合うことにより
神の磁場をつくり、神の愛というものをこの地上に興す、降ろすことによって
メシア以上の、突出した時代精神以上の、時代精神のムードを
この地上に出していくことができるのならば
それは素晴らしい希望の原理になるのではないでしょうか。
わたしはそう思う。

一人ひとりの悟りを
一人ひとりの魂の悟りをということにきゅうきゅうとすることが
今までのひとつの宗教の流れの中にあったかもしれないけれども
個人の魂の偉大さというものは、霊格でもない、ランクづけでもない
悟りの大きさでもない。
ただただ、無心に多くの人びとのために命を投げ出すということ。
それが大事なことであるということ。
わたしたちは、ひとつの今回の文明実験の中で学んでいるのです。

この方(アマーリエ)においても、けっして完成された姿ではないし
けっしてすべてをわかったわけでも、本人が納得したわけでもないでしょう。
でも、誰よりも
天上界の計画を地上に伝えるためのメッセンジャーとして生きたいという
熱い思いは誰にも負けない人であるということ。
その意味においては、いちずな人であるということ。

ただそれだけの平凡な女性が
ひとつの時代精神をつくる役割を担えることができるのなら
あなた方だってできるではないですか。
優秀なあなた方がおられるではないですか。

あなた方の中にあることは、自分なんて、という、仏陀に比べたのならば
インマヌエル、イエス・キリストに比べたのならば
自分なんて、という自己限定が
あなた方の能力を、才能を開花させるのを阻止しているのではないかと
わたしは思うのです。

やれることを命がけでやってみてください。
それしかないし、それがいちばん尊いし
そして、その意味で、ほんとうに心から地球を愛し、神の子たちを愛して
そして、それが神に対する感謝であり、天上界からこの地上の
この今の日本に生まれることを許可してくださった
天上界の人びとに対する最大の感謝であり
恩返しになるのではないでしょうか。

あなた方は気づいていないでしょう。
今のこの日本に、地上に肉体を持つということが
どれだけの困難な許可に中において
あなた方が選ばれ、選ばれ、この地上に命を持ったか。

そして、やっと勝ち得た、このチャンスの中において
この地上においた人生の中で、みすみす地上のルティーン
当たり前の、ローテーション、生活の繰り返しの中において
みすみす暮らすのは嫌であると
先ほど言われていたように、結構、何もいらないと
精一杯、神のメッセンジャーとして生きるのですと
力強く宣言された方もおられるのです。

そのようなメッセンジャーも、実際におられたときに
なぜ、そのような思いまでさせたかということ。
それだけの大計画のもとに
あなた方は、この日本に今、生きておられるということ
降りられたということ。

そして、それの中で、たかだか数十年
あなた方の肉体の中において百年生きられないよ。
その数十年の中において、何を優先順位として
あなた方は決めてこられたか。
それはあなた方のオリジナルなプランによるのですよ。
あなた方が決めたことなのです。
それにおいて、今この地上にいるということ。
この第三の計画の担い手となって、今おられるということ。

その中において、芸術の復興とか
そういうことは、また、次の時代にきます。
今、大事なことは神の子としての倫理観、神の子としての新たな世界
ニューワールドの、新しい世界を提示していくということにおける
天上界の計画を地上に降ろすということ。
そのことに、今ひとつの時代精神はいちばんの価値を見いだしています。
重きをもっているのです。

そして、これが法の編纂を
これからあなた方が数々の本を出されるために協力者は出てきました。
彼のような協力者が出てくることによって、多くの人びとが力ある
この時代においても力ある方がたが、あなた方の協力をしてくれるのです。

まず、我々のメッセージを、単なるひとつの経験として
あなた方は楽しむだけで終わらせてしまうか。
それをひとつの書物として、多くの人びとと分かち合う
人類の財産とすることができるか。
その意味において、法の編纂というのは、大事なことなのです。
そのためにおいて、黄金光線の方がたが頑張って
生きていただいているということです。

そして、それを広めるためのメッセンジャーたちが
今コンピュータ関係の技術者として
あなた方が集められているということです。

そして、そのあとに、ひとつの時代精神として、芸術家が出てこられる。
その時には、わたくしも降りていきたいと思っております。
そういう、すべて順番があるのです。
順番があって、世の中は引っ張って指導されていくということ。

そして、新たな宇宙文明の中において、新たな世界観
今あなた方がルーブル美術館やなんかに行って見るような
絵とかいうことだけではなくて、ひとつの宇宙を感じさせるような
神の愛を体現させるようなエネジーを
エネルギーをひとつの感性として体感できるような
アーキテクチャー、建造物というものを打ち出していくような
そういう時代もきます。

でも、その前にまず
このメッセージを受け取ることができる人がいるうちに
法の編纂をしていただきたいと、わたくしは思います。
何でも順番があるのです。

そして、わたしは常に、その宗教的な、宗教的なっていうことは
まだ地球的には未熟な段階で使う言葉ではありますけれども
神の法を預かることにおいての、法の流布というもののための伝道手段として
芸術というものを担当する立場にいる、そういう者であるということを
わたくしは今回、申し上げておきます。
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考えてごらんなさい。
教会の建築物の中において、みんなミサを、礼拝をするでしょう?
その中において、賛美歌を歌うこと、その中においてね
人びとは大きな宗教的な高揚するような、ひとつ精神というものを学べるし
神というものの臨在を感じることができるのです。
そういう宗教的なものを、偶像崇拝というかもしれないけれども
そういうビジョン、目で見るということ。
そして、賛美歌というものを音楽で聞いていくということ。

いいですか?
そして、ひとつの空間が、教会建築の中における雰囲気ですね
その、感性で感じることにおいて
人びとは荘厳な神の波動というものに出会っていったのではないでしょうか。

今までは、そのようなプロセスでした。
でも、これからは、今度はそれを取っ払って
キリスト教とかそういうのではなくて
神の子として、宇宙の中における
ハイレベルなバイブレーションと出会っていく。
そういう段階がきます。

そのような意味においての、芸術的な表現をする者たちが出てきます。
それは何派とか、何派とかいう、絵とかそういうものではない。
もっと、あなた方、一人ひとりの神の子としての感性に
ハートに食い入るように伝えてくる。
宇宙の大本からくるメッセージを伝えていく。
そのような手段として、芸術というものが出てくる。

前、マヌ様がおっしゃっておられました。
神こそが最大のアーティストであると、芸術家であると
おっしゃっておられました。
無駄なものはないほどに、宇宙の隅々には、美しい神の芸術作品が
美が散りばめられているのです。
そのことを考えたのなら、本来の、神が望まれる美へ
あなた方をいざなっていくのは、ほんとうの意味で
自分たちが永遠の魂として
神の子であるということをあなた方が自覚したあとに
そのような美しい芸術作品が出てくるのかもしれない。
そして、出会っていくのかもしれない。

あなた方自身が、ほんとうのあなた方自身として、出会っていく
その瞬間がやっと今、きたのであるということ。
自分自身が永遠の転生輪廻を超えた神の子である
愛の化身であるということすら、あなた方は知らなくて生きてきた。
でも、神につくられた、素晴らしい個性を込められた神の子として
あなた方は永遠の命を生き続ける、あらゆるチャンスを与えられた。

そして、神の子として、神の似姿につくられた
創造的な、クリエイティブなパワーを持った、あなた方自身というもの。
それに気づくことすらなく、生きてきたではないですか。

神が大宇宙を創造されたように、あなた方もすべての自然界を
そして、あなた方の人生をクリエイティブにつくるだけの
この地上をつくり変えていくことができるほどの
クリエイティブなパワーを持っているのです。
それが神の子の力なのです。
それを、今さまざまな諸霊が、天上界からメッセージを伝えながら
あなた方に伝えているのです。

あなた方が、あなた方自身の本来の姿に、力に気づきなさいと。
そうすれば、この世界を変えていくことなんて、簡単なことなのです。
救世主を待つから、救世主に依存するから、自分たちの先生に依存するから
自己限定の気持ちが湧くのです。

今回、救世主が、先生がいなくなって良かったと思うような
人生にしていきなさい。
あなた方自身が、尊い
素晴らしいパワーを持った神の子たちであるんだから。
人に責任をなすりつけ、人に依存し
人に指導されることを待ち続ける姿の中には
自己を全開し、自分の力で勝負していくような
そういうチャンスは訪れないものですよ。


(2006.6.17 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-11-04 16:12 | ラファエル | Trackback | Comments(0)

ラファエルからのメッセージ(3)

ありのままを見つめましょう。
そして、神の世界はどれだけ多様であり
どれだけ素晴らしい色彩に彩られたものであるかということ。

今回は頭ばかりで、知性の文明でありました。
後半、科学が、技術が、知性的な部分が
ひじょうに優先した文明でもありました。
でも、神の子として
どうか、あなた方の感性をオープンにしていただきたいと思います。
全開にしていただきたいのです。

ほんとうにあなた方は、自分に正直に生きていますか?
人がどうであれ、どうでもよいではないですか。
あなた方自身が、あなた方自身として、正直に生きるために
たかが数十年の命、あなた方が望む姿として
今世の青写真をつくってこられた。
その中において、最大限にご自分の力を発揮されて
生きられたらよろしいのではないでしょうか。

人生は一回だけではありません。
今回の数十年の命だけではないのです。
永遠の、永遠の気が遠くなるほどの永い時を
あなた方は繰り返し生きてこられました。
その時に王様だったかもしれない。
乞食であったかもしれない。
お姫様であったかもしれない。
たくさんの子持ちの女だったかもしれない。
その中において、それぞれの役割を通して
あなた方は学んでこられたのです。

でも、その中で、たぶん
おそらく最大のものは、今回の転生になるであろうということ。
その、それだけの使命と自覚というものを
今回は問われて、この日本に降りてこられたあなた方であるということを
わたくしは知っているのです。

わたくしだけではない、ミカエルにしても、ガブリエルにしても
みな、あなた方に言ったのではないでしょうか。
あなた方に伝えているはずなのです。
忘れてしまっているだけなのです。

天上界に第三の計画がある前において
これが、こうあるべしというのはありません。
それが、そんなに簡単にルールで決まっているぐらいならば
こんな第三の計画は発動されていないのです。
どれだけのことが裏であったか、あなた方はその十分の一も知らないのです。

知る必要もないかもしれない。
でも、わたしたちは、それにいちいち対処してきました。
そして、十分の一の部分においても、あなた方はたいへんな
重い、重い負担の中に生きておられると思います。

でもね、その十分の一においても、しっかりと受け止めて
この第三の計画を成功させていただきたいと、わたしは思うのです。
それは、けっしてあなた方の残りの人生の価値を
卑しめることにはならないから。
命がけで、この計画を世界に発信していただきたいのです。

あなた方だけではないよ。
ほかの国にも、あなた方の仲間たちが、この、伝えてこられるときを待って
準備して孤独に頑張っておられる方がた、たくさんおられるのです。
あなた方はまだ日本に生まれたから仲間がいるし
そして、メシアも近くにいてくれたし
わたくしの言葉をこうやって聴けるチャンスがあるではないですか。

でも、何もなくて、何もなくて、でも、それでも魂のうずきの中で
一国に、自分の国に伝えられるときを待って、精一杯、努力して
神の法を自分なりにとらえたやり方で伝えて、頑張ってこられて
頑張っておられる光の天使たちが世界中にいるということ。

だめになった方もいます。
でも、頑張っておられる方がたの孤独感を思うと
あなた方は幸せであるということなのです。
だから、彼らも集めていきましょう。

世界の果てにというと、遠いように思うかもしれない。
でも、あなた方の掌にのった、ひとつのボール玉であると思ったのならば。
神の目から見たらそうなのです。
掌にのったかわいいソフトボールのボールがあるでしょう。
ボール球が地球なのです。
その中の、一点の中に、地球、東京、japan、日本があります。
日本から、日本が灯台となり
世界中にこの神のメッセージを伝えていくのです。
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難しいことのように思うかもしれない。
でも、かつての時代に比べたら、はるかに楽な時代になりました。
そして、そのためにもインターネット、コンピュータというもの
パソコンというものが普及されるために
あなた方にひとつの科学のテクノロジーとして与えられ
ここまで進化発展してきたのです。

その技術者も、あなた方の中に多くおられることでしょう?
そういう手段を通して、世界中に今回の第三の計画
いえ、第二の計画についても、広げられるはずだったのです。

頑張って、一緒に天上界と地上界のあなた方と
手を取り合って頑張りましょう。
どういう結果になるかはわからないけれども
結果のみを求めるのではなく
何もやれなかったということと、何もしなかったということは違いますよ。
何もしなかったら恥ずかしくて帰れないですよ。

一生懸命やったけど、だめだったと言っても誰も責めません。
自分自身が自分を裁かないことでしょう。
人生はすべて、そうだと思うのです。
結果において、それは神様にお任せしましょう。
自分の、個人の力ではどうにもならないことがある。
そのことまで責任を負いすぎて、自分を責めて苦しめることはないのです。

でも、その時において、精一杯やったのだと
何もやらなかったのではないよと、一生懸命、頑張ったけど
でも、ここまでしかできなかったと言ったときに
天上界の者たちは大きな拍手をもって、あなた方を迎えることでしょう。
結果ではないのです。

常において、あなた方の志であり、その時代の中において
自分たちとして何ができるかということを
真剣に自分に問うて行動したかということのみが
ひとつの、その人の魂の評価として戻るということです。

ですから、結果として動くのには、さまざまな要因があるのです。
地球規模的なものにおいて、原因結果において
さまざまな要因があります。
でも、第三の計画を発動した、されたミカエルの気持ちを思うと
やれるだけ精一杯のことを、最後わたしたちはやりましょう。

メシアが失敗し、メシアが伝えられなかったことを
凡人であるわたしたちが、あなた方が、精一杯やったときに
どのようなことができたかということを
そのことをお互いに後世の者たちが学び合う
ひとつの材料とすることもできる。

そして、逆にそういう者たちでなくても
みんなが力を合わせて愛のもとに、精一杯、死ぬ気で頑張ったときに
メシア以上のことができたではないかと。
そのように思うことは、後の人類にとっても、神の子たちにとっても
大いなる希望の光になっていくのです。

(2006.6.17 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-10-28 13:18 | ラファエル | Trackback | Comments(0)

ラファエルからのメッセージ(2)

お坊さんたちが言うような、神の側にいるような者は
確かに次元は高いのですけれども
でも、人の心の中において、神の光の子として生きる姿もあれば
状況において、時代の中において、追いつめられ
闇の部分を色濃く持ってしまう
そうやって悩み苦しみ、追いつめられた部分を持つのも
また神の子の姿、ありのままであるということなのです。

そこにおいて、裁きはいけません。
裁くのではなく、そういうプロセスの中において
わたしたちは愛を学ぶために永遠の時の中を生き続け
その中で、精一杯、その時、その時を学び
その時の中において、時代において
表現をしている、そういう旅びとであるということ。

そのありのままの自分を、プロセスとして受け入れていくということ。
そのことを、もっと受け入れてほしいのです。
白黒つけ、常に、正しいか、間違っているか
二元対立の中において人を裁き続ける
それが現代の世界なのです。

自分の相容れない価値観を受け入れられない。
自分だけが正しいのであり
自分だけが信じているメシアが絶対であると思い
神は絶対、自分たちが幼い頃から学んできた価値観だけの
神が絶対的なものであり
ほかの方がたの神の価値観、生活様式を受け入れない。
受け入れられない者は間違っているものであり
自分たちがなじんだものは常に正しく
ジャスティス、正義であると。
そのような正義と邪悪なものというふうな
間違ったものであるというふうなせめぎ合いの中において
この地上は二元対立の中において、互いに攻撃し合い、苦しめ合い
同じ神の子たちが、同じ宇宙船地球号の中において
ともに攻撃し合い、自爆しようとしている。
それが今の時代ではないのでしょうか。

二元対立、互いに裁き合う心をやめましょう。
ただただ、学んでいない旅びとの
途中としての未熟さがあるだけではないですか。
でも、神の子として愛を学ぶ道に、ここが終わりということはないのです。
永遠の過程がある、道があるということを考えたのならば
今の時代の中において、自分と違う状況の中で
過去から生きてきた方がたに敬意を表しましょう。

そして、互いに違いがあることを認め合いながら、互いに学び合うことを学び
そして、受け入れ合うことによって
今これから第三の計画により、地上にもたらされた
ひじょうにシンプルではあるけれども
ひじょうに本質的な宇宙の叡智を学びましょう。
難解なことに神埋があるのではないのです。

最後に、数々の、今ある宗教は淘汰されていきます。
小さい頃からモスクに向かい、常に絨毯を敷き、あいさつをしたり
日曜日に教会に行ったり、さっき言っていた赤ワインとパンをやって
聖体拝領を受ける姿が、それが天上界の神の子の道であり
神に最も喜ばれる姿と誰が言ったのか。

そんなことはないし、ブッディズムの中の、プリースト、僧侶でいいですか?
僧侶の方がたが決めてしまった、仏陀サンガーと呼ばれている中における
戒律という、ルールというものを守ることが
ひとつの魂の階段を上がることだと
そのように自分たちを縛りつけてしまったのです。

それは、ひとつの段階論として
無秩序さの中から学びをする学習の方法論として
過去、与えられたものなのです。
それは、その時代の中においては尊かった。
それはわたくしは認めます。
それによって、世界各地の宗教というものは、ここまで導かれてきたのです。

でもね、もう、その枠を捨てるのです。
その殻から抜けるのです。
あなた方は地球の、宇宙の、大宇宙の神の子であるという意味においては
他天体においても、ほかの宇宙においても一体であり
すべて、多くの人びとの意識の中においては、みんな神の子であり
互いに生かし合い、愛し合う存在であるということ。
そこには何教もないということ。

そして、地球人でも、火星人でも、金星人でも、アンドロメダ星人であっても
何であっても、みな同じ神の子であるということ。
最後、統合されるということは、二元対立を越えて統合されていくという道は
ひじょうにシンプルな道へ向かうということなのです。

宗教というものもなくなり、芸術という言葉すらなくなり
あなた方、神の子たちが本来の自分自身を取り戻し
そして、自分自身がどれだけクリエイティブな
創造的な存在であるかということに気づいていく。
あなた方は罪の子ではない。
神の子であるということ。
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愛の子であり、光の子であるということを学んだでしょう?
そしたら、それは何教であろうと、どの国民に所属していようと
どのような形態を持っていようと、あなた方の心が自分に正直に
愛の思いをたたえ続けていく限りは
あなた方は素晴らしい神の子として
すべての人びとと一体となり、結びつけ合い、協力し合い
愛し合うことができるということなのです。
それが統合への道なのです。

それは地球人類をひとつにまとめあげ
そして、他天体の者たちとも意識の交流を結びっけていく。
それが宇宙時代への
大事な、大事なレッスンになっていくということなのです。

自分たちだけが、因習や、ひとつの歴史的な習慣の中において
こうあるべしと決めつけたもので自己限定をし、自分を縛り続けて
常に、自分と相手を裁き続ける限り、あなた方の心の中に
他をほんとうの意味でありのままに受け入れ
そして地球規模で、宇宙規模で
ユニティ、統一、合一ということを学んでいく
そういうチャンスというものはないということなのです。
それを学ぶために、今回の計画はあるのですよ。

それを知らしめるために、かつての救世主たちが総出で現れて
かつて、彼らが打ち出された宗教ではあるけれども、もういらないのだよと。
そんなものは、もう捨てなさいと。
それで学んだのならば、上り終えた階段は、もういらないでしょうと。
あなた方の背中に羽が生えている
神の子であるということがわかったのならば
もう、そのようなローカルなレリジョンは捨てて
もう、あなた方自身の中で飛び立って行きなさい。
自由に大空に。
あなた方が、本来つくられた、ありのままの姿として
あなた方の才能をきらめかせながら、大宇宙へ飛び立って行きなさいと。
やっと、その段階がきたよと。
地球はその段階にきたんだ、アクエリアンエイジと言うんだよと。
それを、今、救世主の方がたが一生懸命声を大にして
メッセージを伝えておられるのです。

わたしはキリスト教の七大天使のひとりと
あなた方は認識しておられるかもしれない。
でも、わたくしの中においては
キリスト教の、なんていうことはないのです。
そして、ベーエルダからきたでしょうと言われていましたけれども
ベーエルダだって、どうでもよいのです。
わたくしは地球のために、地球の進化のために
地球の人びとと共に、命を添わすために、今まで生きて参りました。

よいですか?
キリスト教徒であろうと、ブディズム、仏教とであろうと
の、イスラムの者であろうと、すべてみんな、宇宙における神の子であり
神の創造者として、創造物として、愛された素晴らしい存在であるということ。
その意味において、神の子であるということにおいては
一体であるということ。
そのことをあなた方が、もっとわかったのならば、そのようなカテゴリー
そのような範躊における自己限定というものを脱ぎ捨てるべきなのです。
そうすれば、今の大方のトラブルはなくなるのですよ。

そのような思いで、自分だけは正しいと思うから、相手を攻撃するのです。
自分の中に思っている価値観だけがすべてだと思うから
相手を裁いて、自分が不幸な思いになるのです。

(2006.6.17 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-10-19 10:55 | ラファエル | Trackback | Comments(0)

ラファエルからのメッセージ

初めまして。ラファエルでございます。
地上に日本語で、メッセージを送ったことは初めてでございますので
多少、お聞き苦しいところがあるかもしれません。
わたくしはあなた方の世界で七大天使と呼ばれている
ラファエルという者でございます。

わたくしのことは聖書の中に、そして、名前の中においてのみ
あなた方の世界では知られているかもしれませぬが
わたし自身が最近、生まれ変わったということがないがゆえに
メッセージというものが地上に広く伝わることはなかったかもしれません。

皆さま方の中には、聖書の中で、また、神話の中で
わたくしの役割というものを伝え聞いておられる方もおられるでしょう。
わたくしは、あなた方が認識している中において
アートというもの、芸術というものを通して司る
メッセンジャーとしてのエンジェルであるというふうに
あなた方はとらえておられるかもしれません。

アートという中においても、さまざまな領域があります。
純粋にアートというものを追求している方がたも
プロフェッショナルな専門家の中においておられるのですけれども
わたくしにおきましては、アートというものは神の御心というものが
ひとつの宗教的な時代、歴史的な時代に打ち出されるときに
その歴史の中において、神のメッセージというものを伝え広めるために
ひとつの法を流布させるための手段として
わたくしは芸術というものを預かるという、そのような役割にあるのです。

ですから、宗教画であるとか、宗教において
また、賛美歌というものを通して、神の御心を伝えていく。
そして、宗教的な彫像というのですか
マリア像であったり、エンジェルの像であったり
そういうものはステンドグラスであったり、カテドラルであったり
そういう大聖堂のようなものの空間の中において
神の臨在というものを感じていく。
そして、そういうものを通して
多くの人びとが感性の部分で神と出会っていく
その部分においての領域というものを
わたくしは担当している者でもあります。

アートの中には、純粋に宇宙の神の子としての部分として
多くの人びとが所属している芸術家集団というのがございまして
その中において、神の子として自由に、奔放に表現していくという
そういうところもあるのです。

ただ、七大天使クラスと呼ばれている、わたしたちの領域というものは
エル・ランティを含め、インマヌエル、ジーザス・クライスト
イエス・キリストと呼ばれている方のもとにお仕えしておりまして
その中において、やっぱり法的なものの流布というものを中心として
宗教芸術というものをわたくしは担当していたのでございます。

先ほど、ダンテという言葉が出ておりましたけれども
ダンテとして出たときに、地獄から天上界におけることについての
『神曲』というものを出していく中において
キリスト教の中において
かつては、インマヌエルは説かれたのですけれども
地獄の諸相を、そして、転生輪廻についての語るべきことを
生きてあの世に、死後の世界に行ったときに
どのように原因結果の理論の中において
人びとはあの世に行くのかという諸相というものを伝える
それはキリスト教の中に欠落してしまった部分を補うために
わたくしは出たということがあります。
その中において、文学を通して、芸術を通してメッセージを伝えたのです。

ですから、芸術といいましても、最終的にはマヌ様が
そして、ゼウスという、あなた方もご存じの方が
芸術全般を治められております。
指導しておられます。
その中において、わたくしの役割は法が流布されるときに
神の宗教的な教えが世に広まるときに、その補助として宗教というものを
アートというものを通して、神の教えを広めるために尽力するということが
わたくしの役割でもあり、個性でもあるということ。
そのことを、今はっきりと申し上げておきます。

ヒーリングというものですね、癒しというもの
芸術を通してヒーリングされるということは、当然あるでしょう。
もし、身体的な、肉体的なヒーリングということであるのなら
サリエルのほうが向いているのかもしれません。
芸術的な感性において
人びとがハートをヒーリングされるということにおきましては
確かに、芸術的な領域があるかもしれませんが
わたくしが担当するのは、そういう肉体的な癒し
病気治しということとは部署が違うということは
今はっきり申し上げておきたいかと思います。

まあ、今まではわたくしの役割、位置というものを申し上げました。
わたくしの役割というものは、今あなた方がおられるレムリアという
この救世の大計画の
まさにそのあなた方が計画のど真ん中に座っておられるということ。
そして、今この第三の計画が動き出しているたいへんな場所に
あなた方がおられるということ。
そのことをあなた方に、もっともっと自覚してほしいとわたくしは思います。

このために、先はどから伺っておりますと
一個人の幸せ、一個人の、結婚するか、しないかということなどは
もう、この大事な地球を救っていくようなレベルの問題におきましては
自らがその救世の情熱に燃えて、自らの過去世から磨いてきた
ご自分の力を最大に発揮するためにも、そのようなものはいらぬと言いながら
命がけでこの地上に、この日本に生まれてきた方がたが
特にこの日本には多いのでございます。

皆さま、高橋信次、エル・ランテイの法を、大なり小なり聴かれておられ
本でも読まれておられることでしょう。
そして、仏陀本体の法を聴かれ、学ばれた方も多いでしょう。
そして、また、このレムリアにおいて、さまざまの九次元の方がたをはじめ
わたしたちのメッセージを聴かれておられるはずなのです。

その言葉を聴けるということが、何万年において、何千年において
この天上界と地上の行き来の中において
どれだけ価値ある転生であるかということを、あなた方はほんとうに魂から
今わかっておられるのかと、逆にわたくしは思うのです。

一個人としての幸せを求めること
それを伝えることが、多くの人びとに対する説得力であり
多くの愛を与える
ひとつの説得する手段であるということもわかっております。
でも、いつの時においても、歴史を引っ張り、新たな世界観を提示するのは
その時代からはみ出たようなエネルギーを持った、新たなビジョンという
ニューワールド、新しい世界に関するビジョンというものをつかみ得て
それを行動の中において示された方がたによってのみ
その新たな世界というのは
新たな次元の世界へと導くことがかなうということなのです。

あなた方はその先駆けになろうと、志を新たにされ、名乗りを上げ
出られた方がたではないのですか。
多くの方がたがつぶれていきました。
でも、こんなに素晴らしい方がたが残っておられ、ここに集まっておられる。
でも、光の天使たちの軍団が地上に、この地上に
この日本に降りた数をわたしは知っているのです。
どれだけの数の光の天使たちが降りて行ったか。
熱き志を胸に秘め、この地球規模の計画を必ずや遂行すると
我々に誓って出て行った者たちがどれだけいたかを
わたしは昨日のことのように覚えています。

だからこそ、思うのです。
これしか残らなかったかと。
そして、でも、あなた方を縁として今、道を見失っている光の天使たちを
どうか集めていただきたいと。
まだ、肉体の命残る限り、その彼らを集めてほしい。
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その時にどうか、お願いしたいのです。
基本的にはこの地上の枠の中で
正しいことをすることは必要かもしれない。
でも、今この救世の、この大事な時において
あなた方は、その自己限定の枠を破り
新たな想像もしないような世界を打ち出すために
今ここにいるのだということを
もっともっと、高い認識において自覚していただきたいのです。

そうでなければ、この第三の計画を実行するなんてことはできないのです。
芸術において、わたくしが好きなのは、感性において神の法を説くことです。
理屈ばかりをこねて、理詰めで言ったとしても
人びとの心に神の心は、神の愛の光は届かないのです。

仏陀や、救世主、インマヌエル
ジーザス・クライストが地上に降りられたとき神の法を伝えられます。
神の光を伝えられます。
そうすると、それを教えとして編纂されるお坊さんたちや
哲学者のような方がたが出られて
それを法体系化し、後世へ残す文書の編纂にあたるのです。
そして、そのあとに出てくるのが
その教えを多くの方がたに感性でメッセージとして伝えるために
出てくるのが芸術家の集団なのです。

わたくしが出る予定がないのかという質問が、先日あったように思います。
わたくしのような者は、常に、救世の法が説かれたときに
その救世主の法を伝え、広めるときにのみ、肉体を持ちます。
ですから、出るとしたらこれから先なのです。
救世主が説かれた法を、途中でついえてしまった法ではあるけれども
それをあなた方が無事に補い
それが地上にひとつのブッディズムのプリースト
仏教のお坊さんたちにより、法体系、法の編纂をされ
ひとつの教えとして、この地上に広まったあとに
わたしたちはひとつの芸術家集団を率いて地上に降ります。

音楽において、絵画において、文学作品において、日本にもあるでしょう?
大正時代、大正から明治にかけて
ひとつの優秀な芸術家集団が文学においても出られたと思うのです。
彼らは群れて出てくることによって、ひとつの時代の雰囲気を醸し出していく。
ひとりで出たらば、黙殺されてしまうかもしれないけれども
みんなでチームを組んで出てくることによって
その時代の雰囲気というものをつくることによって
時代精神というのを打ち出していく。
そのようなことがあるのです。

今、まだ、わたくしの時ではない。
あなた方の時であるということです。
ですから、メシアが説かれるべき法を今、編纂されておられるとき。
でも、それを多くの神の子たちに、メッセージとして
感性として伝えていくときがくるために
わたくしは、もう準備をしております。

わたくしの仲間たちを含めて
これからどのように地球規模で広げていこうかという
それを日夜、打ち合わせをしているのが現状でもあるのです。
今、出ている方がたは、現代アートと呼ばれている中において
世紀末的な価値観の混乱と混沌さというものを
感性の中において表現する方がたが多いかもしれません。

でも、あなた方に言っておきたいのです。
神のメッセージを伝えることは、もっとも尊いことではあるけれども
芸術における本質的な、自由なものにおいて
その限定はないということです。
何が正しいとか、何が悪いということではない。
一時、その時代の中において、人類が苦しめられ、追いつめられ
よいですか、一時、閉そく感の中において混乱したものを表現したとしても
それはその時代の中においては、ひとつの真実であるということです。
混乱したアートを出すからといって、それが悪いとか、下の者であるとか
魔であるという価値決めは
それはひじょうに、わたしたちから見ると愚かなことであると思うのです。

(2006.6.17レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-10-07 16:38 | ラファエル | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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