地球を愛の星へ

カテゴリ:聖母マリア( 21 )

聖母マリアからのメッセージ(21)

カトリックの教会において、あまりにも堅苦しかった。
あまりにも戒律にがんじがらめになり
あれをしてはいけない、これをしてはいけないということで
神の子たちの本来の喜びをすべて封じてしまうような方向に
キリスト教の教義というものがいってしまったから
そこで追いつめられた本来の本能というものが、別な形で吹き出たように
ひじょうにいびつな化け物のような形で吹き出していったのが
中世のキリスト教の内部事情だったと思うのです。

ですから、あなた方はそのような足かせからは解放された時代にいるのですよ。
ですから、人間神の子であるという
神の讃歌をもってこの地上の計画というものを
地球人に神のメッセージとして伝えられる時代がきたと
ゼウス様もおっしゃられておりましたけれども、わたくしもそう思います。

一時的には、あれもまた意味があり、美しかったと思うのです。
しかし、もうこれからはそのような過渡期的なものではない、根本的な意味で
「さあ、あなた方もここまで成長したから真実を教えるよ」と。
子育てをしていても、そういう時期がくると思うのです。
第一次成長期、第二次成長期がきたときに
子どもたちに本来の姿というものを教えていく時期があるでしょう。
それと同じなのです。
やっと地球人がその時期にきたということなのです。

あなた方の魂は、本来は他天体から来た。
宇宙にも、ほかの銀河系にも、外宇宙にもたくさんの素晴らしい方がたが
神がおつくりになった神の子たちがいるのよ。
わたくしたちの祖先もそこから来たのですよ。
その上で、ひじょうに指導者的にあった方たちがメシアと呼ばれ
この地球を統治し、指導してきたお立場にあっただけで
みんな同じ神の子なのですよ。

あなた方もお一人おひとり、七色の個性を分け与えられた
素晴らしい神の子として
さあ、いっしょにお役を果たしましょう。
信じ合いましょう。
裏切ることなく、お互いに愛し合い、讃見合い、ほめ合いましょう。
それが、それがほんとうにわたくしたちが、わたくしの愛する子どもたち
地球人に言いたかったことなのです。

やっと言える時がきたのです。
ですから、あなた方はそれを言ってもよいのです。
わたくしがナザレの時代に、そのようなことを言えたでしょうか。
言えませんでした。
インマヌエルにしても同じだったのです。
モーゼにしても同じだったのです。
仏陀にしても同じだったのだと思います。

今このような認識が、このように銀河系や外宇宙というもの
銀河系宇宙、小宇宙、大宇宙という意識が
実際にもう理解できる段階になったからこそ
わたくしたちの言う言葉が、おかしな絵空事ではないということを
多くの人びとが理解できるはずなのです。

であるならば、どうか自信を持って
わたくしたちのルーツというものを明かしていっていただきたいのです。
そして、神の愛が本来どこにあるのか、神というのは絵に描いたような
ひげを生やしたおじいさんでもないし
天上界ですべてをわかって玉座に座っているものでもないし
わたくしも聖女ではないし、神の使徒であるということ。
そのような者たちがたくさん
天上界からあなた方を愛して見守っているのだということ。
いつも応援しているのだということ。
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今日わたくしは、五百位の天使たちを連れて参りました。
この天使たちの応援も、あなた方は受けているのだということ。
けっして、けっして難しいことを知らなくても
愛ある思いの中に神は宿るのです。
その真実を忘れてはなりません。
そして、愛の根本的な法則である、宇宙の大法則である愛の思い
それを神というのです。

その神に、愛に直結して生きていくということ。
それがわたくしたち、光の天使と呼ばれている者たちが
光を発信する源であるということ。
あなた方も知っているようにスウェーデンボルグという方が
霊天上界には霊太陽という太陽があるということを
おっしゃられているはずなのです。
その霊太陽というものはね、大宇宙の根源の愛の思い、愛のスフィアという
そういうものが、この地球の霊天上界にも引かれてきた
その姿であるのです。

わたくしたち天上の者たちは、何も食べなくても生きていけるのです。
エネルギーを無限に、地下の者でなければ、霊界の太陽によって
霊天上界の太陽によって、エネルギーをいただいているのです。
それをご存じだと思うのです。

それは何かというと、宇宙の法則の中にある愛の思いの化身である
太陽に直結しているということなのです。
だから、愛を持てるかどうかが、天上界で生きていけるかどうかの
大いなる分かれ目になるということ。
わたくしたち一人ひとりは、大いなる宇宙の根源である神の愛を
愛のエネルギーをいただいて毎日、毎日を
生かさせていただいているのです。

肉体を脱ぎ捨てたら、わたくしたちの心に宿るのは思いだけなのです。
思いにおいて愛なき者は、天上界に入ることは許されないのです。
逆に言うと、愛こそすべてなのです。
愛こそすべてであるということ。
その愛の理解というものは、人それぞれにおいてまちまちなのです。
だからそこにおいて、いろいろな認識力の差というものにおいて
いろいろな世界が展開するのかもしれません。

でも最後は、神の統一された見解の中におかれる
愛の思いというものをみんなが持つということおいて
多くの人びとが直結して
本来の天上界の神の愛の太陽に連結されていけるということ。
それこそが神の子が神の子としての光を発信できるということ。

いかがでしょう。
さっきこの方が、「きれいね、きれいね」とおっしゃられていたでしょう。
わたくしの天使たちは、わたくしの愛する天使たちは
ほんとうに美しいのです。
ほんとうに美しく、光り輝いています。
わたくしの誇る、わたくしの子どもたち、わたくしの愛する天使たち。
そして、その天使たちの群れにはあなた方もいるのです。

美しく光りなさい。
美しく輝きなさい。
あなた方は光の天使、神の子どもたちなのですよ。
今わたくしの周りにいる、この五百位の天使たちと共に
あなた方も美しく輝きなさい。
本来、神が与えられ、あなた方を創造された美しさをもって
愛を自分の体に直結させることにおいて、光り輝き、羽ばたきなさい。
大いなる翼を広げ、大いなる美しき光を
この地上に生きた肉体をもって発信していきなさい。
光り輝きなさい。

一言ひと言、語る言葉の中に愛が宿るかどうかで
人びとはあなた方が光の天使であるかどうかを直感的に見分けるのです。
周りの人びとが自分を評価しないから悪いのではないのです。
言葉を超えて、思わず手を合わせたくなるような美しさを
神性を発現するような、そのような生きざまをしなさい。

肉体を持っていてもそれはできるのです。
それこそがほんとうに美しいということ、美であるということ。
真実は愛であり、美であるということ。
そのことをわたくしはあなた方に伝えます。
けっして、善であり、美であり、美しく生きるということは
難しいことではないのです。

わたくしのような者ですら体現できるのなら
あなた方におかれましては
もっともっと素晴らしい光を放てるはずなのですよ。
ならば、もう一度、原点に戻られて
その上でどうか素晴らしい愛の憩いの集団として
神の言葉を降ろせる磁場というものをおつくりになって
本を一冊、一冊、地道にお出しになっていただきたいと思います。

これからも多くの方がたが、あなた方の扉を叩いたとき、いらしたとき
どうかわたくしの教会の牧師、神父といわれている者たち
シスターと呼ばれている者たちがどのように彼らに接していたかを
少し参考にしていただけたらと思うのです。

わたくしの愛するシスターの中に
マザー・テレサという、最近、帰天した者がおります。
彼女がどのような思いで、人びとの手を握っていかれたか。
難しいことを言わなくても
彼女はどのような思いで、彼ら亡くなっていかれる方を看取っていかれたか。
その思いはね、けっして理屈なんかないかもしれない。
あなた方の好きな難しい神理はないかもしれないけれども
いちばん、これからの時代に必要なことかもしれないのですよ。

愛の思いで人びとを包み、愛の思いで人びとを看取っていく。
「あちらに神の国があるよ」と、「あちらが神の国の方向だよ」と
指し示していただきたいのです。
死んでいく人たちを。

彼らはどちらに帰ればいいのかわからないのです。
そのような時になってね、難しい理論書なんて
何にも役にも立たないのですよ。
ただ、あなた方一人ひとりがどこまで神の愛がわかり
どれだけ表現できるか。
多くの人びとを救いたいという愛の思いで
人びとの手を握ってあげることができるか。
その思いを忘れてはなりません。
そこを抜きに信仰心などはありません。
そこを語る女性が、母性がなさすぎるのです。

そして、それはわたくしの愛するブラザーたち
神父と呼ばれている者たちの中に
わたくしが時間をかけて育ててきた者の中にもあるはずなのです。
そのような神の愛に包まれた優しさというもの。
裁かない。
ただただ無心に、虚心に受け止め合っていく。
神の国は難しいことわからなくても、「こちらですよ」と
「神はおられるのですよ」と伝えていく。
そのような初歩的なものも、どうかあなた方は馬鹿にせず
伝えていただきたいのです。

あなた方は時間を惜しんで仕事することがあるでしょう? 
本を書けるでしょう? 
そして、語っていく場というものを持っていったらよいと思うのです。

まあ今は、レムリアは初歩的な立場であられるかもしれないけれども
天変地異は待ってくれないのです。
その人たちにこそ、苦しんでいる方たちにこそ
神の存在というのはどういうものか
伝えるチャンスがあるというのもまた事実なのです。

そうでしょう?
健康で平和に生きているときにはわからなくても、重大な病気をしたときに
「神よ」と言って信仰に目覚める方がたは多いはずなのです。
命はいつまでもあると思い続けていても、けっしてね
どんな人においても永遠の命を持つなんてことはあり得ない。
限られた命のものなのであるということを理解した瞬間
命が有限であるということを知った瞬間
人びとは人生の価値観を
ガラリと変えていくということがあるはずなのです。
そのためにある意味で、病気を設定してくる者たちもいるのです。

そして、この天変地異で親兄弟をなくし
多くの人びとがひじょうに苦しい立場におかれていったときこそ
逆に言うと神の光というものがどこから射して
どこに向かっていくのかということを伝える絶好なチャンスとして
人びとの心に届く、その時期でもあるかもしれないのですよ。

ですから、けっして簡単なことをおろそかにせず、シンプルで初歩的なこと
でもそれを最大限の愛をもって、思いやりをもって
神への圧倒的なる信仰心を込めて
あなた方は伝えていかれたらよろしいと思うのです。

わたくしはほかの方がたのように、難しい、崇高な宇宙の理論とか
そのような難しい理論的なことはお話しできませんけれども
女性が女性として与えられた神様からの
神よりの役割というものがあるのです。
その意味において
今疲れ、何を信じていいかわからなくなっている人びとに対して
励ましと勇気と、そして深い愛というもので
あなた方を包んであげたいと思います。

わたくしの愛する子どもたちよ。
どうかこの試練に負けないでいただきたい。
そして、この天上の天使たちと共に
天使たちもみな、あなた方のつらさをわかって、涙を流しているのです。
わたくしがずっとこのように涙を流しているのと同じように
あなた方のつらさがわかるから
わたくしはあなた方のために何もしてあげられないから
あなた方の分まで、あなた方のつらさの分まで
泣いてあげることしかできないから、泣くのです。

だから頑張っていただきたい。
どうかこの神が、どれだけあなた方に期待を込めて
この地上の救済計画をお立てになられたかということ。
そして、時期が時期であり
これからも打ち重なる天変地異というものを通して
多くの魂が天上に引き上げられていく、魂の清算の時期であるということ。
彼らにわかりやすい道標としての
道しるべとしての手段というものを残していただきたい。

魂を輝かすものは、神の国に直結するものであるということ。
このあなた方が掲げる大いなるたいまつが
「こちらに行けば神の国はあるのだ」と
「こういうふうに信じていけば、神のみ国に帰れるのだ」と
「わたしたちは神の子なのだ」と、高らかに宣言するような
そのような生き方をなしていきなさい。

今はそれがどう影響するのかわからなかったとしても、いつかそれが実を結び
次から次へと大いなる愛の連鎖反応により
この地球をドミノ倒しのように、愛で包んでいく。
そのような時が必ずくるのです。

信じてください。
そのように愛というものは循環していくものなのですよ。
それが神のご意思であるということ。
それがわたくしたち天上界の者が、いちばん喜ぶ姿であるということ。
どうか、どうか、この大いなる使命を与えられた、今回の人生を心から愛し
多くのあなたの仲問たちを
そして、あなた方を道しるべとして頼って来る多くの方がたを
どうか導いて救ってあげていただきたいと思います。

今日はこれにて失礼させていただきます。
心よりあなた方のご健闘を、お祈り申し上げております。

(2005.1.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-01-12 11:18 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(20)

いずれキリスト教もなくなっていくでしょう。
ローマ法王庁ももう、時間を経ずしてなくなっていくのです。
天皇家がなくなり、ローマ法王庁もなくなっていき
多くの宗教がひとつのるつぽに投げ入れられ
大いなる根本的な地球教としての
ひとつの神理体系というものが打ち出される時代が参ります。
その基本をあなた方が打たれているのです。

今までローカルな宗教と呼ばれて、打ち出されてきたものが
これからは地球教の神理として、地球人をひとつにまとめていく。
大いなる地球的な規模の政府機関というものを通して
地球人としての意識として
この地球がまとめ上げられる時代がくるのです。

そのための大いなるひとつの時代の変換点として
あなた方はひとつの相反する潮流の
狭間の中で立ち上がらなくてはいけない。
ターニングポイントの中にいる
ひじょうに大いなる使命を得られた方なのです。

でも、どう見ても、わたくしが思いますに、この地上に生きながらえるよりも
天上の世界のほうがとても美しい、幸せな世界なのですよ。
であるならば、今この地上に降りて
この大いなる使命を果たすことができる
この数十年を神の使徒として精一杯、燃焼して
この天上界に戻っていらっしゃい。
そうしなければ、あなた方、お一人おひとり、後悔が残るでしょう。
悔いを残されることでしょう。
悔いを残してはなりません。

このような素晴らしいチャンスに恵まれたあなた方であるのならば
どうかこの仕事を立派に果たされ、我が母の胸に戻ってくる日を楽しみに
わたくしも待ちわびて、あなた方が戻ってくる日を待ちましょう。
その日のために、頑張っていただきたいのです。
天上界の高級諸霊は、もう必死で頑張っておられるのです。

いよいよ天変地異が起き始めました。
もう地球神霊の支えておられるこの手を止めることはできないのです。
徐々に、徐々に、人びとは信じられなかったと
考えもつかなかったと思うような情報をテレビで見ることでしょう。
そのたびに驚かれることでしょう。

でも、もっともっと悲惨なことが
もっともっと巨大な、南極の氷が溶けて押し寄せてくるような
そのような地球レベル的な大災害というのがこれから起きてくるのです。

それを少しでも未然に防ぐためにも
そのようなことがあっても必死に体を張り
裏神道の方がたやミカエルたちが護っているように
あなた方がその中で
法の基本というものを降ろしていかねばなりません。
そのために精一杯、頑張っていただきたいのです。

そして、そのようなものを降ろしたならば、どうか芸術においても一刻も早く
人びとに芸術というものを通して、言葉のわからない方がたにおきましても
わかっていただけるという方法手段をとっていただきたい。
その果てに宇宙の法というものを通しまして
他天体からお越しになられておられる光の天使、宇宙人ではないのです。
わたくしたちから見たら他天体におられる天使の方がたなのです。

あの方がたと共に手を取り合い、地球の、この地上の御国というものを
ユートピアというものをこの地上に出現させ
この宇宙の光の天使たちの仲間入りを
この地球の光の天使たちとして、合流していけるような
そのような新たなる時代を、わたくしたちも望んでいるわけです。

どうか、あなた方の今のお立場ということを考え
次から次へと足をすくわれるようなことが
起きているのはわかるのですけれども
でも、原点に帰るということを忘れないでいただきたい。
そうでなければ、もうこの言葉が
この御言葉が天上から降りなくなりますよ。
その時に慌てても遅いのですよ。

何が間違っていたか
あなた方はもっと心をオープンにして、話をしてごらんなさい。
そうすれば、本来レムリアが持っていた愛の波動というものを
取り戻していくことができるでしょう。

原点に戻っていってください。
シンプルなものなのです。
神理というのはとてもシンプルなものなのです。
でもとても力強いものなのですよ。

わたくしはけっして、そのような難しい神学理論を語ることはできません。
でも、わたくしがあなた方を愛していて
母的な気持ちであなた方を神の子として
わたくしの子どもたちとして
わたくしが今思い、気づかっているということ。
その中において、あなた方に母として何を伝えなければいけないのか
何を叱責しなければいけないのか、何を励まさなければいけないのか
それを今日伝えたくて参りました。

もう、わたくしのような姿をとって
人びとを指導する時代は終わりを告げていくのです。
この方におきましても、過去世だけの断片を見たならば
数々の一部分的な偶像というのがあるかもしれない。
でも今回、彼女は一主婦であり、一母親であるという
そこで勝負してきているということ。
看板を持たぬ人。

看板を持たずして御言葉を語れる人
こういう人をほんとうに強い人というのですよ。
ひとつの、誰かが祭り上げ
絵画や教会建築の中で美しく偶像化したもの
その看板と役割をもって、わたくしのように言葉を語るよりも
何も持たずして人びとの心に
言葉で人びとの心を震わせ、波動を直撃していける
そういう人のことを、ほんとうにわたくしは強い人なのだと
力のある人なのだと思っているのです。

であるならば、あなた方も無名でよいではないですか。
あなた方の生きざまをもって、語る言葉をもって、する仕事をもって
人びとの心に、「ああ、あなたは神の子だ」と
思わず手を合わせられるような、そのような生きざまをなさい。
理屈だけこねてもね、どれだけ優秀なものを出してもね
人びとはあなた方に手を合わせないのです。
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神の臨在を示すということ。
それはあなた方の言葉や行い
そして、生きざま、そのすべてに出てくるのが
それが神の臨在を著現するという光の天使
地上に降りた光の天使たちのすることなのですよ。
そのことの意味において
神はけっして優劣はおつくりにならないのです。

あなた方の個性の中において、与えられた役割において、精一杯
あなた方がこの地上を愛していこうと
地上に住む神の同胞たちを愛していこうと思われて
一生懸命努力し、役割を果たすのであるのならば
そのすべてが尊く
すべてが神に、天の父に喜ばれる行いであるということ。

そのことの意味において
我々はけっして優劣もなければ裁きもかけないということ。
その意味において
すべての方がたにおいて、尊いのであるということ。
それを認識するのが
わたくしたち天上界の者たちの共通理念になっております。

ですから、あなた方もわずかなこの仲間の中においても
そして、外の世界の方がたに対しても、そのような目で見ないで
多くの神の子たちを自分たちと共に誘い合わせて
気楽に鼻歌でも歌うような気持ちでね
みんなで肩を組み合って行進していくような
そんな気安さがあってもよいのではないかと思います。

(2005.1.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-01-07 20:08 | 聖母マリア | Trackback(1) | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(19)

本来ならばこれで、わたくしが語っていったように
ノストラダムスという方がおっしゃられたように
その反作用というものが起きてもおかしくなかった。

でも、それが大いなる
わたくしを超えるメシア界の、救世主の方がたの計らいにより
そして、それを超える地球神霊の方がたとの協議により
新たなる計画を再度、再々度、起こすということにおいて、今一度
神の地上を打つ手というものを止められ
あなた方の計画になったということなのです。

どうか頑張っていただきたい。
あなた方がやられていることを、まだどれほどあなた方が認識されているか
少し心もとないこともございますけれども
今なぜわたくしがインマヌエルの母親として語ったことを
あなた方に告げに来たか、おわかりになられますか?

今、あなた方の心はどういう気持ちで
この仕事に向かっておられるかということを
わたくしはあなた方に問うているのです。
信仰心というものは謙虚なる愛の思いというもの
そこなくして神のみ言葉は降りません。

あなた方は知に長けた方がたではあるけれども
わたくしのように田舎に住んでいた、教育もない、無学な者であっても
人びとを愛のもとに指導できるのが神の使徒であるということを
わたくしはあなた方に伝えに来たのです。

一人ひとりのお心の中に考えていただきたい。
争いを持ってはなりません。
何を言っているか、あなた方わかるでしょう。
この最後のパイプラインを切るようなことをしてはなりません。
あなた方は大いなる勘違いをしています。

なぜこのように、今このように、何も求めぬ一主婦であるこの方に
今この役割が起きるかを、男性方はもっともっとお考えなさい。
母である母性に包まれながら
あなた方が本来の神の仕事をしていくということが
どういうことであるかということを。
何を神がお喜びになられるかということを
もう一度、原点に帰って、あなた方はお考えなさい。

神の世界というのは互いにいたわり合い、相和し、互いにほめ讃え合う
それが天国なのです。
天上界なのですよ。
互いの欠点を突っつき合って、裁き合って、それがけっして優秀なことでも
それがけっして神がお喜びになる方法手段にはならないということなのです。
それを、いちばん無知であるわたくしの仕事をもって、あなた方に問いに
今日参ったのでございますよ。

なぜ今回、この方が立たれたのであるかということ。
もっともっとお一人ずつお考えください。
自分に言い訳をしてはなりません。
自分の罪に関して、自分の罪を正当化することをしてはなりません。

すべての面においても知性で補えること
それ以外にも、この世的なルールにおきましても、間違いは間違いなのです。
間違いを正当化することをしてはなりません。
罪はあらかじめこの世の始めより
神により罪と定められたものは罪なのですよ。
罪を正当化してはいけません。

そして、この最後のこの時に
あなた方がこの大いなる使命を与えられたことを原点に立ち返り
自らの心をしっかりと反省することをもって
初心をもって出直していただきたいのです。
本来、あなた方が最初に持っていたような磁場では
とてもではありませんが天上界の波動を受けることはできないのです。

わたくしはたいへん残念に思います。
せっかくこのような最後の、最後の崖っぷちのような計画を必死に行って
努力しているミカエルやモーリャ様たちのことを思いますと
わたくしは、あなた方がどれほどの覚悟をもって
今これをやってくださっているのか
もう一度、反省を促したくて参りました。

神の目におきましては、あなた方が思っていること、あなた方がしていること
すべてガラス張りであるということ。
全部わたくしたちはわかっているのです。
罪は罪なのですよ。
男女の道においても、間違ったことは間違ったことなのですよ。
それをけっして正当化してはなりません。
そうすれば、その方はもう神の使徒としては使えなくなっていくということ。

そして、知性において他人を裁いてはなりません。
神の使徒は互いに赦し合い、愛し合い、受け止め合い
大いなる神の計画を地上に具現するために派遣されたる者
それが光の天使というのではないのですか。

あなた方の中にある裁きの波動は何ですか。
かつて、そのようなものをわたくしたちは天上界で見たことがあります。
そして、間違っていかれたのではないのですか。
わかってほしいのです。
あなた方の代わりはもういないのだということ。
わたくしはあなた方の母として言いましょう。
あなた方の母として、あなた方にあえて叱責をしましょう。

あなた方がこれだけ、今地上の、このような素晴らしい役割を
天の大いなる父によって与えられた人生であるということ。
それをどれだけ感謝しても感謝しきれない場所に
あなた方一人ひとりはいるのだということ。
それを、あなた方のこのような心の思いで、その資格をなくし
この計画をつぶしてよいのだというのなら、自分で去りなさい。
人に言われなくても自分で去りなさい。

みんな残念がっているのですよ。
でも、母はあえてあなた方に来て、言葉をかけましょう。
わたくしはいつも涙を流しながら、ファティマでも
わたくしの愛する子どもたちに向かって、語りかけてきたのです。
あなた方を愛しているから、あなた方を愛しているから
この使命を全うなさい。

あなた方しかできないよ。
母はけっして賢いことは言ってあげられないけれども
神の子として純粋なるおのれ自身に、あなた方の中に
魂の中に埋め込まれた神の子としての良心と呼ばれている
そこに問えば、あなた方は一人ひとりが反省できるのではないですか。
そこをもってしか、そこをもってしか
あなた方は神の入り口の扉をノックする権利は与えられていないのですよ。

難しい方法論に走りすぎて、その赦し合う心、愛し合う思い
そのような波動に、そのあなた方のその思いに、天上界は応えて
このようなメッセージを送ってくるのだということ。

男性のあなた方には理解しにくいかもしれないけれども
わたくしたち女性霊がこの地上に愛の波動というものを
このやわらかさというものを、常に発信しながら
人びとの傷を癒し、思いを癒し、包んできたということ。

その母の余計な、お節介なことかもしれないけれども
あなた方がほんとうの意味で互いに赦し合いながら、生かし合いながら
このメンバーの中でやっていくことができなければ
地球全体の人びとを赦して、受け入れていくなんていうことは
できないのではないのですか。
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天上の天使たちは、天国の御国の使徒たちはね
みんなお互いにいいところをひとりでも認めたら讃え合っているのです。
そして、互いに他人に対しては、ほかの者に対しては
少しでもいいところがあったら讃え合うのだけれども
自分自身に対してはたいへん厳しい者、それが天上界の天使たちの姿なのです。
そこの基本を学ばねば、天国に入ることは許されないのです。

あなた方はただ天国に入るだけではない。
天国にこれから来る地球の多くの人びとを導く
その灯台として、その指導者として
あなた方はこれから立とうとしているのであるのなら
難しい方法論や理屈以上に、愛の原点というものを
神の御心の原点というものを忘れてしまっては
もうこの救済計画そのものができなくなるのだということ。
そのことをもう一度、わたくしは今日伝えたくて参ったのです。

わたくしはけっして、ロザリオの祈りを何回あげていただいたから
あなた方が清らかな波動でなければ、降りないということではないのです。
わたくしのような端女におきましては、わたくしのような者を
このような場に送っていただけた天の神様に対して心から感謝し
分不相応な役割であると、常に恐縮しているものなのです。

でも、最も心低き者、最も自分自身を小さく思う者
その者のみが天国に入れるという言葉をあなた方はご存じでしょう?

であるならば、どれだけあなた方が優秀であろうと、力を持っていようと
心低き者になりなさい。
聖書でいう心貧しき者ということは謙虚な者であるということですよ。

謙虚でありなさい。
愛深くありなさい。
けっして他人を裁く波動を出してはなりません。
その裁いた波動によって、おのれ自身も裁かれるのです。

それがインマヌエル、イエス・キリストがおっしゃったことではないのですか。
そんな原点を忘れて、あなた方は地球人類なんか
どんなことをしたって救えないのです。

もうこのような大津波、インド洋上の大津波とかを見れば
これから次々と地球的規模の天災が起きてくるということ
そのことは嘘ではないということが、あなた方だってわかってきたでしょう。
であるならば、あなた方の仕事はとても、とても尊いことなのです。
尊いお仕事ではありますが、それは謙虚さに満ちたものでなくてはなりません。
愛に満ちたものでなくては何の価値もないのです。

どれだけ優秀な仕事をしても、愛に満ちていない仕事など、どれだけしたって
何の役にも立たないのです。
これは神の使徒としての仕事なのです。
普通のビジネスではないのです。
わかっていただきたいのです。

自分自身がおかしなことをしたと思ったならば、自分自身、反省をなさい。
それができないのならば、ここに座る資格はなくなっていくのだということ。
そして、あなた方一人ひとりが神に選ばれている者たちなのであるということ。
そうでなければここにいる一人とて
わたくしたちの言葉を聴くことはできないのです。

ですから、お一人おひとりが自信を持って、ご自分の魂を光らせ
大いなる神に貢献するチャンスを与えられた者として、どうか活躍され
残された地上での命を燃やされていただきたいと思うのです。

(2005.1.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-31 12:40 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(18)

キリスト教であるとか、ユダヤ教であるとか、日本神道であるとか
もっと言うならばカトリックであるとか、プロテスタントであるとかね
そのようなことを超えて、多くの地球人として
ひとつの天体に住む地球人として
人びとが神の懐に見守られ、天上の天使たちに指導されているのだという
その事実を彼らが魂の底から受け止め、理解したとき
その時に戦争はなくなるのです。
互いに憎しみ合い、傷つけ合うこともなくなるのです。

キリスト教の中におきまして
わたくしやインマヌエル、イエス・キリストという方や
モーゼ様という方がた、大天使と言われている方がたを通して
わたくしたちは初歩の初歩から伝えてきたのです。
そして、イエス・キリストにおきましても、神格化されるがあまり
あのように神のひとり子であるとか、そのようなことを誤解され
はりつけにあわれました。

わたくしにおきましても、処女受胎とか
そういうふうな伝説化されたものの中でね
わたくしたちを神格化することによって
人びとはその信仰心という命のリレーを
信仰というリレーのバトンを渡してきたのです。

しかし、もう今や、そのような幼いものではなく
そのような無知なものではなく
一歩知的なレベルにおきましても、認識力におきましても
ほんとうに地球人としてのグローバルな視点というものを通して
あなた方は我々の言葉を伝えていかなくてはいけません。

わたくしはもう、キリスト教における一使徒である
聖母マリアというものではなく
そのようなことを超えた一人の、大いなる宇宙の愛の法則のもとにお仕えする
一人の端女(はしため)として、わたくしは大いなる神の前にぬかずいている
小さき、小さき存在であるのだということ。
そのことをもっとあなた方の言葉を通して伝えていただきたいのです。

インマヌエル、イエス・キリストと呼ばれる
アモールと呼ばれる方におかれましても
たまたま今世はキリスト教のイエス・キリスト
メシアと呼ばれる役割を持っているのです。

でも、ミカエルもそうなのです。
ミカエル大天使というキリスト教の大天使であるというふうに
言われていますけれども
ミカエルもかつて、いにしえの頃よりわたくしたちと共に
この地球に住む方がたに、わたくしたちの、神の、宇宙の法則である
神の愛の法則をどのようにお伝えしながら
多くの人びとを神様のもとにお導きしていくことができるかということに
常に心を砕き、思いを砕いてきた者たちであるのです。

それをあなた方が、たまたまメシアであるとか、大天使であるとか
聖女であるというふうに、そのようにお呼びになっているだけであり
わたくし自身はまだまだ力のない端女にすぎないと思っているのです。
けっして特別な力があるわけではなかったのです。

わたくしがインマヌエル、イエス・キリストの母親として
この地上に出たときも、けっして特別な力や、けっして特別な言葉をもって
人びとを指導したり、認識力があったわけではなかったのです。
ただただ愛の思いで彼を包み
彼のもとに、いつかは彼の使命が果たされるということを
彼に大いなる使命が果たされるということを
わたくしは存じておりましたので
その彼をどのように育てればいいのかということに常に心を砕いていた
平凡な、平凡な、田舎に住んでいた大工の妻であったということ。
それにすぎなかったということなのです。

ですから、後世において
わたくしを聖女であるとか、聖母であるというふうに
あなた方の世界ではおっしゃられるかもしれないけれども
わたくし自身はそれはどの役割というもの、それはどの能力というものを持って
あのナザレの時代に出たわけではなかった。
c0171476_2137839.jpg

ただひとつ信じたこと。
インマヌエルという子どもは小さな時から数々の問題を起こした子なのです。
数々の苦労をわたくしは子どもに、インマヌエルによって起こされたのです。
霊道を七歳において開いていたこともあり
ひじょうにある意味で、突拍子もない子であり
ひじょうに突拍子もないことをし
パリサイ人や祭司長と呼ばれる、時の宗教的指導者の人たちに対しても
平然と宗教問答というものを吹っかけるというような
そういうところがあったのです。

いろいろな意味で、近隣の田舎の村の中においては
彼は白眼視されていたというところもあったのですけれども
わたくしはそれでも彼の力というものを信じたのです。
「この子はいつか、大いなる使命の中に神の国をつくる子である」と
そのようにエッセネ派時代に言われてきた言葉を
ただただ無知であったかもしれないし
教育もなかったかもしれないわたくしであるけれども
でも、ひたすらに彼の可能性というものを
神様がこの子に与えられた役割というものをね、信じてあの子を愛して育てた
それだけの平凡な母親であったのです。

それを後世、インマヌエルが大いなる仕事をしたということの結果において
わたくしまでが聖母であり、聖女であるというふうにされ
中世になりそれが、あなた方がよく見られておられる絵画というものの中で
どんどん偶像化され、聖別化され
美しいものとしてあなた方の世界の中で表現されてきた。

それはけっしてわたくしの意思ではなかったけれども
でももし、そのような役割を通すことにおいて
わたくしを通して天上の神というものを
大いなる愛の意思というものにつながっていけるのであるなら
わたくしもあえてその役割を受け入れていこうと受け止めて
その役割を果たしていこうと思って、聖母マリアというその役割を
今日に至るまで、役割を果たさせていただいたというのが実情なのです。

しかし、これから、あなた方の世代におきまして
そのような神話的な偶像的なものがあってはいけないのです。
わたくしは最後に、そのキリスト教の聖母としての役割を通して
ファティマやあらゆるところに、この日本においても秋田とか
いろいろなところに出たことがあるのです。

そのような出現を通して、多くの人びとに
「悔い改めよ、悔い改めよ、神のもとに戻りなさい。
神は今泣いておられる」と
「心を悔い改め、地獄的な思いをはずし、神のもとに帰っていきなさい。
我が神の子たちよ」ということを繰り返し、繰り返し告げてきたのです。

しかし、その結果は、わたくしの力が及ばなかったのか
力が足りなかったのか
人びとの心の中に信仰心というものが根づかず、悔い改める気持ちもなく
マイナスのエネルギーというもののほうが勝つたまま
二十世紀というものが終わっていったのです。

(2005.1.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-23 21:31 | 聖母マリア | Trackback(1) | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(17)

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(きれいな天使たちが、部屋いっぱいに入りきれないくらい
たくさん見えるというアマーリエの言葉のあと)
今日ここに神よりのお許しをいただきまして
あなた方の世界ではキリスト教の聖母マリアと呼ばれておりますわたくしが
あなた様方のもとにごあいさつに参りました。

わたくしは長らくキリスト教を指導する女性霊として
神よりその天職をたまわり、お仕えして参りました。
今、五百位の天使たちと共に、今日あなた方にごあいさつに参りました。

長らくキリスト教社会において、天国と地獄という発想の中で
わたくしは地上の女性霊たちに対して
そして、家庭に、平和と愛と天上の神の赦しというものを人びとに伝え
女性霊たちを指導することにおいて、この地上に天国を
神のみ国を実現させようとささやかながら努力してきた者でございます。

あなた方のような認識をお持ちの方がたから見ましたら
わたくしのようにキリスト教の聖母マリアであるとか、処女受胎であるとか
そのように言われていることを、とても稚拙なことのように思われ
わたくしもあなた方の認識を見ますと、わたくしの役割とはいえ
そのような限定されたものの中で
わたくしを偶像化され、聖別化されてきたということを見て
多少恥じ入るものでもあるのです。

ただ、それはわたくしの役割であったということ。
キリスト教というその宗派の中において
わたくしはいつもあなた方がイエス・キリストと呼ばれている
インマヌエルという方を補佐することにより、神のみ心をこの地上に伝え
そして、この地上に愛と平和と祈りというものを伝えるために
わたくしは神の代弁者としてこの地上に降り
そしてあのように、天上界に帰ってのちよりも、そのような役割の中において
わたくしはその神聖なる役割を果たしてきた者なのです。

わたくしがこのように、思わぬことの中で、この二十世紀後半におき
ファティマをはじめ、数々の場所において霊言を行い
子どもたちの前に姿を見せ、数々の予言をしてきたことを
あなた方はご存じだと思うのです。

数々の場所におき、最後この地上の天変地異を未然に防ぐためにも
わたくしの愛する子どもたちを一人でも神のみ国に連れて行きたいがために
涙を流しながら、彼らに「悔い改めなさい。神のみ国に戻りなさい。
愛あるひとり子のもとに戻って、天上の神の言葉に素直に従いなさい。
この地上はもうすぐ天変地異のもとに地獄化するのですよ。

あなた方が悔い改めれば、けっして地下の世界に行くこともない
神のみ国に帰れるのだ」と、わたくしは繰り返し、繰り返し
心の清らかな子どもたちを通し、あと心の清らかなわたしの子どもたち
子どもたちというのはわたくしの司祭職にある者たち、ローマ法王をはじめ
わたくしのもとに仕えているシスターたちを通して、聖人たちを通して
数々の出現を行ってきたのです。

しかし、それを地上に知らしめるということもかなわず、二十世紀も終盤を終え
そして新たな世紀へと入りました。
あなた方は今、そこで何食わぬ幸せな生活をしていられることが
けっして当たり前ではないのだということ。

先日、モーリャ様という方がお出になられ
モーゼ様といわれる尊いお方でございます
このお方を通してあなた方も数々の厳しいことを言われていたと思いますが
今このたび地上に起きた大津波のこと
天変地異、相次ぐ地震、天災ということは
わたくしがファティマでもさんざん繰り返し、数々の出現の中において
わたくしが人びとに伝えてきたことなのです。

負のエネルギーというもの、マイナスのエネルギーというものが
天上の波動より勝ってしまったということ。
その時に大清算というものが起こり、第一次、第二次世界大戦という
人類が生み出した悪想念というものをね、清算する時期がきたということ。

それにより天変地異も揺り動かされ、この地球自体が震え
あなた方のもとにニ十メートル、三十メートルを超える
大きな津波がくるのですよ。
「あなた方は一日も早く悔い改めをして、神のもとに
神の懐の中に帰りなさい」と
わたくしはどれだけ涙を流しながら世界各地に出現して
繰り返し伝えてきたことでしょう。

ローマ教皇に出現したこともあるのです。
ファティマだけではなかったのです。
しかし、それもかなわず、人びとの罪深い想念の中で
この地球は今、末期的状況を迎えているのです。

あなた方は理解できるでしょうか。
今この救世の計画に、天上界のありとあらゆる天使たちが
神の御使いたちが期待をし
そのためにわたくし自身も、今日あなた方がやることの基盤を整えるために
わたくしの出現もまたあったということなのです。

しかし、大いなる計画が二度までも挫折をし
そして三度目の立ち上げとしてあなた方が立ち上がられました。
どうか、そのような危機感が、あなた方にはまだつかめないかもしれない。
日本列島の中でも数々の地震が相次ぎ
そして今回インド洋上でも大きな津波という、地震というものが起きました。
しかし、これはね、始まりにすぎないのですよ。
あなた方、わかってほしいのです。

あなた方がやることがね、多くの人びとに少しでも、神の国があるということ
神の子の価値観ということ、愛の波動を広めていくということ
そのことが最終的にこの地上を救っていくということ。
今それは間に合わず、天変地異という業想念を清算するために
今回の出来事というのが起きております。

しかし、これが過ぎていくならば
あなた方が残してくださったその法が多くの人びとを救い
この地球神霊のそのお体である、この地球自身も浄化せしめ
新たな神の国、ユートピアというものを
次の未来に展開させていくことができるのです。

けっして天変地異があるからといって、災厄が降り注ぐからといって
けっして、けっして終わりなのではないのです。
あなた方の努力が次の未来の人びとに、地球人にとって大いなる救いとなり
ほんとうの意味での地球のおかれた立場
ほんとうの意味での神の存在というものを多くの人びとに提示し
認識力とともに人びとの生活の中に
ほんとうの意味で息づいた信仰心となっていったとき
この地球もこのような大災害というものに見舞われることも
もうなくなっていくのです。

地道なことに思われるかもしれないけれども
天変地異ということのほうが、当たった、外れたということのほうが派手で
とても興味を惹くことのように思うかもしれないけれども
今わたくしたちの言葉をあなた方が伝えていってくださるという
この地道な作業の積み重ねにこそ
人びとが神の子であるというおのれ自身に気づいて
神の国をこの地上に出現させるという
大切な、大切な基本的なルールというものを
あなた方が降ろしていってくださっているのだということ。

(2005.1.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-18 16:13 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(16)

そういう意味におきまして、社会の職業すべてが、政治においても
すべて神の子として、どのように社会を営んでいったらよいかという問いかけ
それが連鎖反応的にこれから出てくる時代であるということ。
そのことを思って、さまざまな社会改革がこれから行われていくのです。
ドミノ式のように、どんどん、これから社会が変わっていくのです。
それは神の子である、神の子、人間であるという原点に戻ったときに
人びとは自らが何をどう生きなくてはいけないかを真に学ぶのです。

その根本的なところがわからなくては
そして自らが神の子であり、愛を分けられた誇り高い
神の愛の意識であるということに自信を持てなければ
そのような次の時代は開いていけないということなのです。

あなた方はどれだけの愛を人びとに与えても、分かち合っても
それは尽きることはない。
枯れることはないのです。

無限に、無限に与えられる。
あなた方を愛してくださる神から
愛というのは無尽蔵に与えられているものなのです。

ですから、人びとに愛を与えることに臆病になってはいけません。
どんどん愛を与えてください。
賢い、真の知恵ある愛を与えてください。
そして、自らを解放してください。

自分が傷つくかもしれない
自分がひょっとしたら不利な立場になるかもしれないという
そのような恐怖心や、そのようなものの警戒心の中で自分を開かなければ
あなた方の本質的な成長もないし
ほんとうの意味で隣人たちと
魂と魂の愛の触れ合いということはできないのです。
愛というのはそういうものです。
自他共に一体となっていくためにも、自ら自身を開き
自らが開いていくことが相手の心を開いていくことにもつながるのです。

互いに開き合って、互いに尊重し合って
互いに学び合って、互いに高め合って
愛というものをともに循環し合って
この地上を素晴らしい愛の花園にするために
どうか皆さま方、お力を貸していただきたいと思います。
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これからは七大天使の者も、多少出るかもしれません。
わたしのもとにおります七大天使も、それぞれ役割を持っております。
通信伝達とか、それぞれの、みな立場を持っておりますので
その者たちが、逆に今の時代、時になったからこそ
それぞれの役割、使命に応じて皆さま方の前に出てくる。
そのような時がまいったのだと思います。

わたしも時々は、母性というものを中心にして
お話しさせていただこうと思いますけれども
どうか、これからもホワイト霊団の七大天使の者たち
そしてほかの霊団の者たちの思いというのも、どうかお聴き留めいただき
あなた方のお役に立てていただけたらうれしいかなというふうに思っております。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-12 13:11 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(15)

そのためにこの救世の世紀末の計画というものが立てられました。
エル・ランティ自らがお出ましになられ、エル・カンタラーお出ましになられ
天上界から総力を結集して、地上に霊言を送っております。
そして、何度か失敗しても、またこのレムリアを通して
今、わたしたちの言葉がこのように地上に降りております。

この最後の、このチャンスを通して
あなた方にメッセージが伝えられるということ。
そのことを、わたしは神に感謝申し上げます。
そして、このチャンスをつくってくださった皆さま方に
心から感謝を申します。

このようなことを天上界がしたいと思っても
このような形で、地上で受け入れてくださらなければ
わたしたちはメッセージを降ろすことはできなかったのです。

それを受け入れて、信じて集まってくださるあなた方がおられたからこそ
天上界は今、この最終計画のために総力を挙げて頑張ろうという
その状態になっているのです。

どうか皆さま方、生ある限り、命ある限り
この神の大計画のために協力していただき
この神様のご意思の中で自らの荘厳なる尊厳ある
素晴らしい自らの個性というものを光輝かせていただけますことを
心からお願い申し上げます。

あなた方のルーツを見ますと
今、愛の系団の方がたが圧倒的に多くなっているように思います。
それはなぜかと申しますと、どの神の子たちにも根本は愛なのです。
でもその中において今、神が宇宙の中における愛の摂理、愛の法則
愛のエネルギーそのものであるということを明かされる時代になりました。

これからは宇宙の時代と呼ばれている
新たな地球の未来、愛の時代がやってくるのです。
愛というものが、ほんとうの意味で魂に銘記されている
わかっている者たちが
その者たちだけがこの時代を救っていくことができるのです。

どうか皆さま、一人ひとりの中に
過去、数々の修行の中で蓄えられてこられたパーニャパラミタを
そのままお出しになって頑張っていただきたいのです。

人間みな、完全な者などいないのです。
わたしも同じでございます。
わからぬことほんとうに至らぬこと、たくさんあるのです。
でも、だからこそ仲間がいるのです。

愛においても、みんな全部
トータルにわかっている者など誰もいないのです。
自分の目の中から、針穴から覗いた部分しかわからぬことでしょう。
でも、自分が見た部分だけでも、ともに分かち合い、伝え合い
ほかの者が見た愛の部分を学び合うことによって
あなた方の愛の理解というもの
視野というものは広く、広く、広がっていくことでしょう。

だから、人間というのはひとりで生きるものではないのです。
仲間がいて、神の子たちみんなで手を取り合い
一体になって神の子としての道を歩んで行くのです。
それを神は望まれておられるということなのです。

ですから、自分自らが至らないと思い過ぎず、失敗してもかまわぬから
どうかあなた方の持てる限りの力を、精一杯、表現なさって
そして自分の知らないこと
知ってることを他の友人たちから与えられたのならば
それを喜んで受け入れて自らの知恵とし
そしてともに力を合わせて、この救世の大事業を
最後の大事業を果たして行かれることをわたしは心から望みます。

ホワイト霊団の者たちは常につきっきりで
ここのレムリアを見守っております。
今、新たにこの医学界というものを変えていく。
そのことはとても大切なことだと思います。

精神的な風土、精神的なものに
神の子の価値観に裏づけられた医療というもの
医療現場の確立ということ。
それを新たな時代に向けて、その時代の方向性、今の医学界の方向性から見て
明らかに修正されねばならぬ道なのです。

それをやるのはたいへん苦しい。
そして、知的なエリートの方がたがおられる医学界の中で
この目に見えぬ世界のことを言うことは、気違い扱いされて
ほんとうにお苦しいかもしれないけれども
でもほんとうの意味で人を幸せにする
神の子としての本来の道筋を示すということにおいては
それは避けては通れない、もう道なのです。

それをやるために、どうか渾身の勇気を奮い立たせていただきたいのです。
それをやるために皆さま方は出てこられているということ。
ただ普通の、一介のお医者様になるために
今世わざわざあなた方がこの地上に出てきて
お医者様になっておられるということではないということなのです。

ほんとうの意味で、ほんとうの意味で人間を
神の子としての人間を幸せにするためには
どういうふうに肉体という舟に対して
どのように関わっていったらいいのか。
生命の尊厳に対してどう関わっていったらいいのか。

それを、お医者様の立場として、あなた方は伝えていただきたい。
関わっていただきたい。
そして、新たな声を上げていただきたい。
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それは教育現場におられる方がたにおいても同じなのです。
それはすべての芸術の方面に、またあとで話が出ると思いますけれども
そのようなものにおいても、すべて神の愛の、創造物である神の子たちは
その愛の思いを表現するために、彩るために、この地上に生まれております。
そのようなスタンスに、そのような立場において
視点において、すべてのことをすることです。

芸術においてもそうなのです。
医学においても同じなのです。
政治においても同じなのです。

子どもを生み育てる母親たちにとっても同じなのです。
自分の持ち物であり、自分の所有物であると思わず
永遠の魂の中においては、自分とは違う魂であるという尊厳の中において
子どもは別の魂であるという敬意を持って
子どもたちを見守ることができたのならば
自分の持ち物として子どもたちの個性をつぶすこともないことでしょう。

神から与えられた自らの命と同時に、それぐらい大事な子どもたちの命
それをいっときお預かりし、ほんの数十年の
もう人によっては二十年足らずの時しか一緒にいられない方もおられるのです。

その時を一緒に過ごすことによって
ともに素晴らしい魂の学びと出会いを経験でき
ほんとうの意味の、愛の本質が何であるかということを学ばせていただく。
貴重な経験をいただく。
それが親子関係の基本でございます。

そのことを、与えられたということを、やはり学ぶ。
そして、我々が愛のもとに
自由意志という尊厳というものを神より与えられております。

その自由意志というもの、自己責任による自由意志というものによって
わたしたちが守られているのならば
あなた方親御さんもどうか、お子様方に対して
そのような思いで、自由意志というもの、自己責任というものを通して
彼らを縛ることなく、愛の思いで
そして依存しきったり、余分に過剰な庇護をするのではなくて
彼らが真に自立していくための
大いなる厳しい言葉をもって彼らを指導していくということ。

そして時が経ったのならば、ひな鳥が巣立ったように天高く舞い立たせて
彼らの個性をもって地上を彩る使命に戻してあげるということ。
そのような思いで、どうか子育てというものもしていただきたいと思います。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-11-30 08:56 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(14)

あなた方は愛というものがどういうものか
ただただ甘やかせばいい
赦し合えばいいというふうに思われるかもしれないけれども
あなた方の中にある、愛というものが自らの尊厳を高め
そして、相手の尊厳を生かすことであるのならば
時に愛というものが厳しい言葉を伴うときもあるのです。

真に相手を生かすことが、自らも生かすことでもあります。
そして、自らを生かすということは
あなた方の隣人、神の子たちを生かしていく過程の中に
あなた方の魂も最大限に素晴らしいところが発揮されて
あなた方の魂も素晴らしい光を輝かせていくのです。

隣人のためにという人生は
自らの人生を光り輝かすためになっていくことになると
言われるのもそういうことなのです。

ですから、どうか自分がとか、他者がということではなく
傷ついておられる方がたを見たのならば、それは我が痛みであると。
そして、悲しんで、苦しんで
まあ、精神的にも追い詰められている方がたがおられたのならば
その方がたの悩みや苦しさは我が痛みでもあると思い
そしてその方がたの気持ちになって、できるだけのことをしてあげてください。

そして、その過程の中で、真に知恵と勇気と判断力
そして、本来の厳しさというもの、そういうものをすべてを
あなた方の魂はトータルに学んでいかれることでしょう。

そうでなければ、そういうものは解決していけないのです。
甘やかし尽くすことだけが愛であると、もし、誤解をしておられるのであれば
それは間違っているのです。

真に相手を幸せにしようとするときには
それはたまには叱責することもあるでしょう。
強くなりなさいと、誇りを持ちなさいと
励ましのように強い言葉を言わなくてはいけないときもあるでしょう。

その過程の中で、あなた方は愛の寛大さも、愛の厳しさも、愛の豊かさも
愛すればこその悲しみも、すべてを学んでいかれるのです。
そのすべてを学んでいくことこそが魂の成長であり
それが自分自らの進歩発展にもなり
そしてあなた方の仲間たちの幸せに協力し
幸せを願う姿にもなっていくのです。

ですから、自分たちだけが幸せになるという、今の現代人のエゴイズムから
互いに生かし合い、互いに手を取り合い、互いにいたわり合い
癒し合い、励まし合うという、その姿こそがこれから神が望まれておられる
愛の発展段階の真の神の子の姿、そのものであるのだとわたしは思います。

これからは、一宗一派の宗教だけで唱えられる時代ではなくなって参ります。
今まで、在来の宗教と呼ばれていたもの
わたしもキリスト教の中において、人びとを導いて参りました。
でも、わたしだって、過去の別の文明においては
別の形でまた指導してきた者でもあるのです。

ですからこれから今、この今回の文明のクライマックスにおきまして
仏教が、イスラム教が、そして日本神道が、キリスト教がという形において
キリスト教におきましてもさまざまな宗派に分かれております。

それがひとつに統合されていく中において
ほんとうのエキスと呼ばれているものだけを
神の本来の根本的な法だけを残して
今までの発展段階的な宗教というものが消えていく
溶けて、人びとの中で融合されて
ひとつの新たな価値観として生まれ変わっていくという
そういうものをまた、ネオルネッサンスという
神々のお決めになったお考えの、計画の中にあるのです。

どうか、あなた方は新たな時代をつくっていかれる方です。
今までの古い既成概念にとらわれた、既成の宗教の足かせの中を超えて
そして、あなた方の新たな時代を、地球の新たな未来をつくるために
今、あなた方の命を輝かし、役立てていただきたいのです。

それを乗り越えられ、使命を果たされることが
あなた方個人におかれても素晴らしい魂の飛躍
進歩発展、成長となられることをわたしは信じて疑わないからです。

そのうちにホワイト霊団とか、キリスト教という言葉も
もう死語となっていくことでしょう。
でもこの文明において、ともに、ともに苦しみながら
この茨の道を歩み、道を切り開いてきた仲間でもあるのです。
そのあなた方を、わたしはけっして忘れません。

わたしも二十世紀の末から、ずーっと各所に出て大いなる予言をし
大いなる語りかけを人びとにして参りました。
世界中の方がたに対して
もう一度、神の御心のもとに戻るようにという呼びかけをしてきたのです。
「神のもとに、神のもとに戻りましょう」と、血の涙を流しながら
多くの者たちに、我が子たちに語りかけてきたのです。

そして今、この二十一世紀初頭になりまして、時代は少し移りましたけれども
やはりこれからくる時代の、この文明のクライマックスを迎えるにあたり
大いなる清算の時期がくるのです。
地震とか天変地異も含めまして
さまざまな病気、疫病というものがはやって参ります。
それはね、表面で見たのならば
また難病と呼ばれている新たなはやり病と思うかもしれません。

でもこれは、地上に人類がつくってしまった悪想念と呼ばれている
そのひとつの悪いエネルギーと申しますか
その業、カルマの流れをひとつの形で人類が、自らがつくったものは
自らによって清算していくということにより、その業想念を晴らそうという
そのためのひとつの手段でもあるのです。
天変地異というものも起きます。
そして、病というものも起きます。
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でも、その病を受け取る者たちには
けっして、それは全くの偶然ではないということです。
やはり何かしらの必然があり、清算行為が行われているということ。
清算が行われているということを思って
どうかこの時代を正面から受け止めていただきたいのです。

その中においては、すべてその病を放置しておけばいいかといったら
それはけっしてそうではないので、できる限りのことでは皆さま方で
医療チームでやっていただきたいと思います。

ただ、この新たな時代が生まれてくるためには
新たな美しい、きれいなエネルギーの時代が到来するためには
人類自らがつくってしまった過ち多き悪想念というものを
一度、美しくなるために清算しなくてはいけないということ。
そうしなければ、どこにも持って行けないということ。

そのために数々の現象が起きているのです。
そのために病というもの、天変地異というもの
すべてがあるということなのです。

ですから、どうか原因があって今、結果が実を結んでしまっているのです。
これが現われて消えていけば
起こっていったのならば、因果が実を結んだのならば
次に新たな悪い原因をつくらなければ、また、そういうことは起きないのです。

ですから、どうか今まで人類がつくってしまったことであるということを
人類に伝えていただきたい。
神の子たちに伝えていただきたい。
そして
「我々はこの清算をしたのだから、もう悪い借金は負わないようにしようね」と
そういう言葉を投げかけていただきたいのです。

過去の人類がつくってしまったことは、もうつくってしまったことなのです。
致し方ないのです。
汚い空気が出たのならば、一度その空気を外に、窓の外に出して
自らもその清算をして
そして美しいきれいな空気に入れ替えましょうということなのです。

そのためには空中にあったものは、一度は雨か雪か、何かの形で地上に落として
天上をきれいな雲ひとつない美しい青空に変えないと
いけないかもしれないのです。
その時の雨雲であり、雹であり、雷雨であるとお思いください。

そして、魂が永遠であるということを考えたのならば、今のこの時代の中で
その時代の、ひとつのバイブレーションの中で自らの修行も果たされ
やれることを通して、あなた方の修行の一環の中に受け止めていただけたならば
この時代というものを生きた意味というものを
あなた方は感じられることもあるかと思います。

人はその時代背景の中で、その時代とその国家的な
やはり背景の中において生きていくものでもあります。
その時代背景抜きにして人間というのは
人間が生きるということは成り立たないということです。

ですから、あなた方はこのような地球規模的な大転換点の
こういう大事なときにたいへんな時代ではございましょう。
でも、その時に生を持たれ、地上に肉体を持たれておられるのです。

その時にあなた方は
「では、この時代をわざわざ選んでこられたのなら、何をなさいますか?」
ということをもう一度自らの魂の中に問うていただきたいのです。

できることを、たくさん積み重ねてこられたことがおありでしょう?
そのことを通して、いかにして神の子として神の愛を表現できますか?

この時代の中で、この傷つく者たちが多い時代の中で
何をもって神の愛をあなた方は表して生きることができますか?
それを神は、常にあなた方に問われておられるのです。

それぞれの個性において
力量において、特技において、個性において、立場において
いろいろなものができることは違われるでしょう。
でも違うからこそ尊いのであるということ。

違うものがあなた方に与えられているからこそ
この神の国は、神の園は成り立っていくのであるということを思って
自らの使命を発揮されていただきたいのです。

神のたいまつは、けっして机の下に置かれるものではないと
インマヌエル、イエス・キリストは申されました。
あなた方の神の子としての光のたいまつは
もう今や高々と頭上に掲げられなくてはいけません。
高く上に掲げられなくてはいけません。

そのたいまつの光を通して、多くの方がたが集まって来られるのです。
その光をもう放っていただきたいのです。
そして多くの人びとにこの神の法、神理というものを伝えていただき
分かち合っていただき、人びとの心に少しでも平安に満ちた
安らぎと愛の思いに満ちた、神に帰って行ける道というものを
指し示していただきたいのです。
神の子として生きる道を指し示していく、お手伝いをしていただきたいのです。

あなた方が光り輝いていったのならば
多くの神の子たちが集まって来ることでしょう。
そして、その者たちに点火されたたいまつは
また別の者たちに点火されていくことでしょう。

それは地域を越え、国を越え、そして時代を越え、時を越えて
次から次へと神の愛の光というのは、点火されていくことでしょう。
それこそが、神がお望みになられておられること。
それこそが、天上界の者たちがみな心の中に願っていることです。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-08-08 12:12 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(13)

我が息子たちよ。
あなた方が今、この日本に生まれ
この神の計画のもとに集い来たっておられること
その姿を見てわたしは心よりうれしく、たまらなく
あなた方に声をかけたく、今日参りました。

あなた方は、我がホワイト霊団の愛すべき仲間たち。
わたくしと共に、数々の困難、苦難を乗り越えてこられた
わたくしのかわいい子どもたちでございます。

あなた方が今、このような思いでこの地上に生まれ
そして、弱き者たちの力にならんがために
その愛の思いを実践しようとされておられるということ。
そのことが、どれだけ神の御心の中において、神が喜ばれ
我々の気持ちをどれだけ喜ばせてくださっているか
それをお伝えしたいのです。

あなた方はこの地上に出られるときに、この救世の計画をすべて熟知し
一生懸命やってこられると、勇んで地上に降りて行かれた方がたです。
各霊系団からそれぞれの者たちが地上に降りて参りました。
今回の救世の計画において、ホワイト霊団の者たちが力を発揮する場所は少なく
なかなかわたしたちも指導するチャンスというのがなかったのです。

でも、これから
あなた方が多くの神の子たちを救っていく救世事業に入っていくときに
あなた方の本領を発揮されていく場が与えられているということ。
そのことをほんとうに、あなた方が来てくださったことを思って
わたしはありがたくて、うれしくて涙するのです。

先ほどから、「癒し」ということをおっしゃっておられるようですが
「癒し」というのにはさまざまな形があると思います。
「癒し」という以前に、それは神の愛のお心そのものであると思うのです。

愛を感じ、多くの方たちの気持ちに立ったとき
そして、それをどのようにしたら
多くの人びとに伝えていけるかと心を砕いたときに
その相手を一切裁くことなく、ありのままにて相手の全存在を受け容れ
そして、ともに励まし合い、慰め合っていく。
トータルに相手の素晴らしき神の子としての神性を受け止め、いとおしみ合う
その時に、わたしはいたわりとともに、癒しというのがあるのだと思います。

そして、最大の癒しというのは、神の、宇宙の中に遍在しておられる
大宇宙の神から発せられる愛の思い
愛とは自らを生かし
そして神の子、自分たち、仲間たちをともに生かし合おうとする
その愛の思いの中で、自他共に一体となり
その喜びも悲しみも分かち合っていく。
その辛さもともに分かち合っていく。

その思いの中において、人びとが神の子として
ともに手を取り合ったときつながって、神の御意識の一部として
その神様のお気持ちの懐の中に飛び込んで行ったとき
その時にわたしたちは魂において
最大限に癒されるのではないかと、そのように思います。

地上におけるあなた方、一人ひとりの中における癒しというものを考えたときに
まず、あなた方の身の回りの方がたを
そして、あなた方のように、傷つき苦しまれる患者さんたちのような方がたが
おられる立場におられるのだったらば
心に傷を負い、肉体に傷を負っている方がたに
どうか、あなた方の最高の技術と
そして、愛と励ましでもって、その方がたを包んであげていただきたいのです。

愛の思いの中で、優しさの中で、あなた方がその神の子たちを
あなた方の手を頼ってやって来られる方がたを
どうか、力を貸していただける中に
あなた方は神の光を帯びた神の使者として、神の代弁者として
その周りの方がたの魂を最大限に癒される、癒し手となられることでしょう。

その思いの根本に、どうかあなた方は神の子であり
ともに病で傷つき、病で苦しむ方がたも、けっしてひと事ではなく
あなた方の一部そして、あなた方もすべてが神様の一部であるという思いの中で
愛によってすべての魂が結合し、連結されていく中において
神のご意思というものがこの地上に表現されていく。

神の現れのわたしたちは、一部、一部がみな手を取り合って
神様がこの地上に表現したいと思うものを
最大限に表現し合う仲間たちなのだという
そのような連帯感のような思いの中で
どうか、ともに生かし合い、助け合い、そして癒し合っていただきたいのです。

あなた方が考えておられることは
今はまだご自分の個人的なことかもしれません。
でも、個人個人の悩み、苦しみは、それは個人、個人の事を越えて
大いなる神の救世の計画の中において、最大限に生かされていくのです。

その意味がおわかりにならないかもしれませんが
あなた方が今、苦しみ、悩んでつまずき
そしてその中で学んでいる中において、それこそが多くの人を助けていく
最も大事なよすがとなっていくということを、わたしは申し上げているのです。
人の苦しみ、悲しみを、ほんとうの意味で自分が苦しみ悲しんだ者でなければ
やはり人の涙の意味などはわからないということなのです。

生まれて一度も病気をしたことがない、一度も悲しい思いをしたことがない
人に裏切られたこともないという方が
ほんとうの意味で、自らの隣人たちの苦しみや悲しみや
病気の辛さというものを分かち合うことはできないということなのです。
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ですから、自らの修行をし
その悲しみや苦しみを今、一生懸命正面から受け止め
自らの修行として頑張られる中に、そのことが、その中で学び得たことが
あなた方の隣人たちを救っていく最大の愛の手だてとなっていくということ。

その表現手段となっていくということ。
傷ついた方がたの心を、真に理解していく道しるべになるということ。
だから、自他は一体なのです。
みんな一体なのです。

みんな、神により創造されたあなた方、愛の子どもたち、神の子どもたち。
神により愛され、創造された
神のご意思そのものの表現形であるのがわたしたち
みな神の子であるということなのです。

ですから、どうかお一人おひとりの存在に
お一人おひとりの個性にプライドを持ち
尊厳を持たれ、誇りを持たれて、自らかけがえのない命としてつくられた
神に期待されたあなた方の個性を生かされ
そして、それをもって自らの個性をもって
他の方がたの傷や、他の方がたの悩み苦しみ
そして、喜びも分かち合って、ともに手を取り合って
幸せに生きる道というものをこの地上に打ち立てていただきたいのです。
それこそが神が望まれる、地上ユートピアという言葉で表される
神の国の再来であるということなのです。

天上界には、神の国はできております。
この地上にも、この地上三次元に神のお心のある世界を映し出したいのです。
天上界のように人びとが互いに信頼し合い
そして、互いに生かし合い、そして、神の賛美と栄光を讃え合う。
その喜びに、祝福に満ちた、その天上界の世界を
この三次元にも、地上にも再現したいのです。

それであるには、善意というもの、愛というもの一辺倒の中において
少しも不安や、裏切りや、悲しみや、悪意というものの入り込まないような
それを許して溶かしてしまうような
そのような圧倒的な愛の世界というものを地上にも映し出すということ。
それが地上ユートピアの目的でもございます。

それにはまず、その神の王国というものは
人びとの心の中につくらなければ地上には出ないということ。
まず、先ほどの方もおっしゃられておりましたけれども
原因結果ということを思うのならば
人びとの心の中に、ハートの中に、魂の中に
愛の思いを、優しさを、ともに生かし合う
そのような互いに尊敬し合う思いを、神に対する感謝を、神の栄光を喜ぶ姿を
それをともにあなた方の心の中に思うのです。

自らも赦されて生きてきた魂なのです。
そういう人生であられたと思うのです。
であるのならば、あなた方が知らないところで
どれだけ多くの赦しの中にあなた方が生かされてきたということを思い
隣人たちの罪も、やってしまったことも赦してあげましょう。

相手の悪いところばかりを責めるのではなくて、相手のありのままを受け止め
そして、互いに生かし合い、受け止め合う。
そのような思いの中で、どうか、あなた方が生きていかれることを望みます。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-07-26 12:57 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(12)

思いは真剣であればあるほど
あっという間に光というのは広がっていくのです。
その光を発信しようという真剣さをもってでしか
最初の者の歯車を押していく真剣さをもって
愛のたいまつというものが点火されていくのです。

あなた方はその大もとにおられるということ。
その意味において、この日本に今、生を受けておられる方がたは
ひじょうに責任重大な場所におられるということなのです。
でも、それだけありがたい
素晴らしい人生であるということも言えるのかもしれません。

わたくしたちの生の声を聴き
そして、それを書物で読むことができ、CDで聴くことができる。
それを人類の遺産として守りながら、そこから何を学び
具体的に自分たちが何をなすべきかということは
わたくしたちは答えを申しません。

お一人おひとりがご自分の人生を突き詰めながら
ご自分の人生と対峙しながら
答えはお一人おひとりが見つけていくことなのです。

紋切りな、誰でもできるような画一的な答えで
自分自ら頭で思考することなく
与えられることをもってしか判断できない
そのような人生であるのであるなら
それは少しも力をもって、ご自分自身の人生を光らせたり
ほかの者の光を啓発するようなことなどできないでありましょう。

人生は大事な、大事な修行の場でもあるのです。
そして、この地上に生を受けている時間は永遠ではないということ
無限ではないということ。
そのことを心に銘じられ、この使命を果たしていただきたいと思います。

地上におられる我が子たちよ。
どうかこの母の願いを聞いていただきたいのです。
あなた方が、今この地上にいること。
生活できておられること。
それは、けっして予言が外れたわけでも
そして、この平和な安逸な時が永遠に続くわけではないのです。

確かにこの地球の節目の中で、今ひとたび残されたこの時の中で
あなた方がどのようにこの地球の大救世運動のために、何がなし得るか。
最後のラストチャンスを今、神より与えられた
そのような大事な、大事な時という中に
今、身をおいておられるのだということに
どうか気づいていただきたいのです。

むやみに時をむさぼってほしくないのです。
死んでから悔いを残されるのではなく
もしわが言葉を聴き、少しでもあなた方の心の中に何か納得し
気づくことがあるのならば
明日からと言わず、今日、今からやれることを探していただきたいのです。

認識を変え、学んだのならば
何をもってあなた方の人生の中で具体的なことができるか。
簡単に言えばこういうことです。
ほかの人を幸せにできますか、ということです。

自分ひとりの幸せの中であり余る時間と、エネルギーと、体力と、お金と
現代のあふれんばかりの物質の中で
自分だけが幸せになることを求めるのではなく
神より与えられたそのようなものを
どのようにしたら少しでもほかの人を幸せにできるために活用し
自らの人生を愛あふれる人生として輝かすことができるか。
そのような工夫や努力をしてくださいと、そのことをお願いしているのです。

一人ひとりができることはささやかでも
みんなが力を合わせて手を取り合ったのならば
多くのことがしていけるのです。
それにはまず、自分自身の人生の中で、できる最初の一歩を踏み出さねば
大きなことはできないのです。

今日、申しました。
愛のキャンドルサービスをこの地球上に広げてください。
あなた方の愛の思いを、優しさを、難しい言葉でなくていい
難しいことをしなくてもいい。
でも、できることから一歩一歩、ほかの方がたの苦しみを少しでも軽くし
悲しみを少しでも減らし、喜びをともに喜び、倍増し
幸せな人生をともに分かち合って
みんなで生きていくことができるということの願いと祈りをもって
このアースの、未来の地球をつくっていく
そのようなことがあなた方にできる。

そのような思いをどうかこれからもあなた方の中に刻んで
人生を生きていっていただきたい。
それこそが、この地球の最終局面を救う
ひとつの、唯一の解決法でしかないということを
残念ながら、わたくしはお伝えしなくてはなりません。
このようにつらいことを申し上げるのは
わたくしはほんと、胸がはり裂けそうなのです。

でも、わたくしはそのような役割を神より与えられておりますので
わたくしは、我が使命を果たすために
今日このようなことを申し上げるために参りました。

天変地異というのは徐々に加速され
今多くの方がたがあちこちで犠牲になっておられますが
これは加速度がついてくるのです。

もう支えきれなくなってきているということ。
そして、人びとの業想念がこのようにぶつかり続ける限り
そのうちに最終戦争というのが起きてくるでしょう。

人びとの心を分かち合いの中で
愛の循環という通路の中に流すようにしていかなくては
このまま互いが互いの戦闘性と
力と力のせめぎ合いの中で、張り合い続けるのであるのなら
いつかはそのようなことが起きてしまうのです。

そして、それはけっして遠い未来ではないということ。
そのような自然災害、戦争というもの
そして、宗教的な価値観の数々の制度が崩壊し
ひとつの新しい価値観の中に投げ込まれていく時代が
そのような文化的な意味においても、信仰形態においても
新たな局面が次々と連鎖反応的に起きてくる時代が
もうすぐ先にきているのです。
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今このように平和に
このように神の言葉を平静に聴きながら編集できるような
このような時が永遠に続くわけではないということ。

それを今回の地震とか台風とかの状態を見ながら
なにやら地球が普通ではないようだ
以前とは違うということは、多くの人びとが
もう気づき始めているということなのです。

でも、その現実というものは
あなた方が考えるような予想をはるかに超えた事態というのが
起きてくるということ。
その時、どのぐらいの方がたが生き残れるか、わたくしはわかりません。

でも、なるべくそのような方がたが少しでも多くなるために
そして、その次の天変地異が起きて、いろいろなことが起きていったあとに
新たな社会の、この地上の建て直しをしていくためにも
精神的なルネッサンス革命的な
そのような神の子の本来に生まれ変わっていくような魂の復活というもの。
神の子の神性の復活というもの。
それをかけて、次の時代の足跡を、道しるべを残すことをもって
次の世代の方がたはその地獄絵図のような時代の中から
地球の未来を愛の星へと導いていかれることでしょう。

どうか、そちらにもっていけるように
最悪のことがなるべく最小限度のことで済むように
わたくしはただただ、祈るしかない自分を無力だと思っております。

でも、このような機会を神より与えられ
再度、地上の方がたに対して
このようなわたくしの思いを語る機会を与えられましたことを
心より神に感謝申し上げ、また地上のあなた方に感謝申し上げます。

今までの出現と申しましても、子どもたちやシスターたちの前で
数々の物質的な現象を込めて語りかけることでした。
難しいわたくしの思いとか、複雑な理念
そのような微妙なニュアンスまで
このように語る機会というものを与えられたことはございませんでした。

今日、このように長時間、わたくしの思いというものを
この天変地異の押し迫ったこの時代の中で、最後に神の子たちに
地上の神の子たちに語るチャンスを与えられましたことを
わたくしの人生における、魂の歴史における
ほんとうの幸せな瞬間であったと心より感謝し
そして、地上の方がたへのメッセージとしたいと思います。

わたくしは、いつもあなた方を愛しています。
いつもあなた方は幸せになっていただきたい。
あなた方の苦しみ、悲しみを思い、わたくしもともに涙を流しているのだと
あなた方はけっして一人ではないのだと
苦しいとき、孤独を感じたとき、どうか天上であなた方の思いを感じ取り
涙を流している母がいるのだということを
いつでもあなた方は思い出していただきたい。

そして、わたくしを思い起こし、わたしの胸に抱かれ
わたくしの思いを受け止め癒され
また活力としていただきたいのです。

あなた方に幼子のような心があれば
わたしはいつでもあなた方に語りかけましょう。
今日このように語りかけているように、あなた方の心に貼られている
そのシールドのようなスクリーンを外してくだされば
わたくしは一人ひとりに、この者だけでなくあなた方にも
いつでも語りかけることができるのです。

ですから、あなた方もご自分の心を
どうかわたくしたちに向けて解放していただきたいのです。
そうすれば、わたくしはあなた方を
いつでも導くことができるのだということ。

あなた方は一人ではない。
どんなに苦しい時も絶望しないで、わたくしたちの心の中に
そして、愛の中に生きているのだということを
常に自信と希望の原理として頑張っていただきたいと思います。

今日はたいへん長時間になりましたけれども
この時期ではということなのです。
これ以上、わたくしはあまり言いたくないので
申し上げないこともあるのですが
どうか、お一人おひとりの覚悟の中に決められ、今という時の中で
あなた方のできる最大限の人生のきらめきの中で
この苦境を、状況を改善するために
精一杯の努力をしていただきたいと、ただただお願い申し上げます。

(2005.9.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-07-19 13:22 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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