地球を愛の星へ

カテゴリ:木花咲耶媛命( 13 )

木花咲耶媛命からのメッセージ(13)

宇宙の中における、宇宙の愛のエネルギーを
まずその身に、全身で、受容性の中において受け止められるのは
実は殿方ではなく、女性であるのです。
ですから、女性という性は、子どもを産むことができるのです。

巫女に女性が多いのはトータルな受容性
トータルに受け入れていくということができるから。
それは自分自ら空け渡して、空っぽにして
神に奉仕していくということ。

よろしいですか
愛の奉仕というもの、無私なる愛の奉仕ということ
さっきから、献身的な奉仕ということを申し上げております。
それを仕事として、境涯としてやっている者が
ここにおられる方(アマーリエ)のやり方でもあるのです。

そのときに、自分自らの想い、自分自らの幸福
そのようなものすべて、神様に一度お預けしてしまうということです。
その中おいて、一人でも多くの方々を、幸せにするための通路として
道具として、お役立てくださいといって
その身を、そのエネルギーを神に捧げ
その仕事をもって、一人でも多くの方々を幸せにしていく。
愛のもとに立ち返らせていく。
それを仕事としているのが、巫女という方々であるのです。

これが逆に言うと
わたくしが申し上げました五ヵ条の応用編でもあるのです。
ですから根本的なことを、この五つにしぼらせていただきました。
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わたくしは、わたくしからの考えとして
今日お話しさせていただいております。
でも、これから他の方が出てこられる中で
やはりこれを使いながら
他の女性霊の方のご意見もあると思いますので
それをまた判断材料、学習材料として
婦入部の皆さま方は、大いに話を膨らませ
そしてご自分たちではこの五ヵ条を通してどのようにお思いになるか
互いに学んでください。

その上で、ご自分たちの想いをしっかりと考えられて
ご意見を出し合いながら
どうか素晴らしい婦入部の法というものをつくり上げてください。

この時代に根付いた、この時代に生きて
この時代とともに生きた者たちの言葉が
この時代に生きる方々を救っていくのです。

わたくしたちは見守らせていただき
精一杯できることをさせていただきます。
でも、皆さま方の時代は、皆さま方の世界は
皆さま方のお手で、おつくりになるのですよ。
それを忘れないでください。

地上に生きた者たちがつくる、三次元のユートピアであります。
わたくしたちは、あなた方の補助者で
助力者にしかなれないということです。
その意味において
精一杯わたくしたちもお仕事をやらせていただきたいと思います。

でも神様の操り人形ではない
あなた方に自由意志というものを与えられた
宇宙の根本の神のご意思というものを、どうか学んでください。

その上で、どうかあなた方の人生が、素晴らしい人生として
今世輝き渡りますことを心からお祈りし、今日は失礼させていただきます。
ありがとうございました。

(2007.4.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-04-23 08:26 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(12)

今、絵本をつくって、やさしい言葉で伝えようと企画しているとのこと
とても素晴らしいことだと思っております。
その中に、どうか未来に来る女性たちに、母親たちに
未来の母親となる者たちに、本来の女性の姿の美しさというもの
良性の道の生き方ということ、そういうことをテーマとして
本を出していただければと思うのです。

人類の半分は女性であります。
でも今世の文明において
女性救済の法というものは、どこにも説かれておりません。

女性が幸せであるということは、愛の奉仕者となるということ。
男性はまた、陽のエネルギーとして、社会を改革し
時代をリードしていくという中に
生きがいと存在意義というものを見出されるという
宇宙の法則があるのです。

でも女性はやはり
今はそれに傾倒しているような女性の方も多いですけれど
基本的には女性として幸せになりたい。
それはどういうことかというと
女性の性として、男性の愛の中で、祝福され
子どもを産んで、幸せになりたいという本能が
必ずどこかに潜んでいるはずなのです。

その部分が大きく出ているか、小さく出ているかによって
違いはあると思います。
そして今回ほど、高尚な、高いレベルの学問を学べる時代はない
あとエル・カンタラー(仏陀)様がお出になったので、今の時代ほど
女性として神理の道を学べる時代はないというふうにお考えになられて
今世は結婚しないで出ようとお決めになられた方々がおられるのも
わたくしは存じております。

ですけれども、どうか、そうではない方々におきましては
もしそれを望まれるのでありましたら
ご自分の中で、愛する愛ということ
それが自分の愛の循環の中において
自分から積極的に多くの方々を幸せにするために
愛を与えていくということ、愛を奉仕の中で現していくということ
受身にばかりならないということ。
そのことを、どうか体現して生きていかれたらいいと思います。

そうすれば、今日お話ししたこと
今日の五ヵ条というものは、全部連鎖反応によって
生き方の中で、お役に立ってくることだと思います。

今そのような女性の生き方というもの、女性の価値というもの
女性の役割というもの、宇宙の中においても、創造原理におきまして
この間、月意識の方がお出になられておられましたけど
宇宙の中においても、陰と陽におきます、陰の意識としての
女性霊の役割というのがあるのです。
それは十次元(惑星意識)に行かれましてもあるということなのです。
であるならば、今、地球の半分の人口の女性たちが
本来の生き方というものを学ぶ時期が来ているのです。

宇宙のエネルギーの中のどういう役割であって
本来の自分の、神から期待されたエネルギーを
どういうふうに表現し、愛というものをとらえていったらいいのか
それを現実の生活の中において
幸福感として結び付けていくにはどのようにしたらいいのか
それをこれから語らなくてはいけないねということを申しておりました。
基本的にはそういうことでございます。

世の中で不幸の種というのは、自分を他の方と比べることによって
不幸だ、不幸だと握り締めてしまうことにあるのです。
でも他の方と比べることは、何の意味もないのです。

あなたの現在というものは、あなた自身が幾万回
ほんとうに数えられることのないほどの回数の中の
ご自分の転生の結果として今があるのです。
それを望まれて
この日本に、この地に生まれてこられたということです。

ですからこの結果については、すべてを感謝をもって受け入れましょう。
感謝の中において、今の人生を愛すること、抱きしめること。
そして感謝が出だのならば、その愛の思いを
多くの人々、一人でも幸せにするために、返していかれることです。
そうしたならば、その方はそれだけで、何の見返りもなくても
ご自分が幸せであるということを感じられることでしょう。

女性はね、理屈でどれだけ言われてもわからないのです。
感性の中において、自分か幸せだと実感してこそ
女性というのは幸福になれるものなのです。
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殿方にも申し上げておきます。
あなた方は、これだけ幸せに、これだけいい生活をさせて
こういうふうに僕たちは
毎日毎日あなたを食べさせるために働いてきてるのに
何を文句を言うのだと、何が不服なんだと
よくおっしゃられるかもしれない。

でも女性は、確かに物にも執着するかもしれませんけれども
物への執着というのは
だいたい愛情の欠乏が原因となっている場合が多いのです。
あなた方が奥様を、恋人を愛するときに、理屈ではなく
感性の部分で、理不尽な女性の愛というものを
受け止めてあげていただきたいのです。
理屈ではないのです。

ひじょうに女性は理屈においては、矛盾したことが多いかもしれない。
でもひとこと言うなら、愛を欲しがっている
愛がなくて寂しいという、シグナルとして
外に行って、買い物中毒になったりもするのです。
女性というものは、愛というものがいちばん、幸・不幸を左右するのです。

殿方においては、仕事とか、社会と関わる目標があったのならば
逆に女性との愛という問題は
逆に、そうですね、必要ないと言ったら言いすぎになるでしょうか。
無くても、参せに人生を生きることができるかもしれません。
でも女性は、幸・不幸を分けるのは、ただその愛する方
愛する人にほんとうに愛されているのだろうかという
その不安感、それが幸・不幸を大きく分けてしまう。
それが多くの不幸の要因を産んでしまうということも事実なのです。

ですから、日本の男性は、スキンシップとか
お花のひとつも持っていくとか
そういうことがちょっと足りないかもしれません。
それがまた日本男児の、男らしさであり、素敵なところだと
わたくしなどは思うのですが
やはり不安でいる女性たちへはできる限り
あなたを愛しているんだよ、というふうにおっしゃっていただいて
女性たちが自分は愛されているんだと
そういうふうな確信に戻れるように
どうか安心させてあげていただきたいのです。

そうやって女性を受け止めてくだされば、今、子殺しをしたり
育児ノイローゼでお子さんを殺してしまう若いお母さんたちがいますが
その思いは、だいたい、子どもを抱えて夫に振り向いてもらえない
理解してもらえないかもしれない
わたしは一人で生きていけないという混乱。
基本的にはご主人様にもっと、しっかりと抱きしめて、抱きとめ
受け止めておいていただけたのならば
防げたということも、けっこう多いように思うのです。

愛により、こんなにも幸・不幸が左右される。
それがある意味でいうと、おなごと呼ばれている女性たちの
まあ、欠点であるというか、個性であるかもしれません。
でもそれがゆえに幸せになったときには
愛のエネルギーとして、愛の通路として
全身から、愛を発散することができるということ。
その特性を持っているのが、また女性であります。

(2007.4.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-04-22 07:57 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(11)

今の女性たちは何でしょう。
美容整形ですか?
そのようなものが流行っております。

魂はますます醜くなっておられるのに。
現代の女性たちを見ていると、古代の女性たちより
わたくしは、魂がひじょうに醜くなっていると思います。
自己本位なエゴイスティックなもので、愛というものを貪るから
醜くなるのです。

地獄界にいる者たちと、同じような形相でありながら
表面だけお化粧で塗りたくり、果ては美容整形というもので
顔をつくり変えてみたところで、ひとくち、ふたくちしゃべれば
その方の気高さというもの、そういうものは伝わってくるのですよ。

魂のレベルから、美というものを求めるようにしてください。
人生の生き方として、存在として、美というものをとらえてください。
わたくしたちは今回、女性は美の使者としてその存在から
美を体現する存在であるというふうに書かせていただきました。

その中には、たんにお化粧を塗りたくり、上っ面だけ
他の人よりもおしゃれに入れあげたからといって
それが本来の存在としての美しさである美の使者ではないということを
ここで申し上げておきます。

美というのは、その方の生き方から出てくるものです。
言動から出てくるものです。
お人形さんのように、じっとしているだけであるならば
塗りたくった美しさもあるでしょう。
でも二言、三言、どうでしょう?

男性方が多いからうかがってみたいのですけれども
パーティですか?
コンパですか?
何て言うんでしょうか。
今そういうのがあるんでしょ?
お見合いみたいなのがね。

で、ぱっと見て、あ、かわいい娘だな
きれいなお嬢さんだなあと思っても、一言二言しゃべって
その方自体の魂の品位がなく、下品な
そして自己本位なわがままなものが出てきたら
もうある程度の年齢になった方でしたら
十分話せば、おわかりになるのではないでしょうか。

いくらぱっと見、美しくとも、話しているうちに
その方が美しいとは、思わなくなってこられるではないだろうかと
殿方に関しても、わたくしはそのように思うのです。

たとえば、髪の毛もとかさない、まったくおしゃれもしない
放りっぱなしというのでは、やっぱり困りますけれども
やはり表面は表面として、やはり美しく
そのように女性はできておりますので
お化粧でも何でもなさってください。

その上でいちばん大事なことは、魂としての
心からの美しさを学ぶということです。
魂を愛で光らせることこそが
いちばん、美の体現者になる早道なのですよ。

そして愛の体現者になるということは
受身で愛を貪ることではないのです。
あなた方の存在をもって、周りの人を
あなたに関わる方々を愛していくということ
私心を抜きにして、献身的に奉仕していくということ。

こうやってあげたら、必ず人の間でいい噂が立つだろうとか
こうやったらわたしの評判がよくなるから愛するんだとか
愛のボランティアをするんだとか、そんなのはダメです。
そんなのは魂を光らせたり、磨いたりすることにはならないのです。
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あなた方の存在から、心から、自分が関わることで
一人でも幸せにしていきたいと、幸せな方の微笑みをもって
幸せだと思われる想いをもって
わたしも幸せであると心から感じられる。
その愛の想いというもの、そういうふうな境地になれていったのならば
あなた方には、天上界の菩薩界以上のエネルギーと同通し
天上界から素晴らしい祝福のエネルギーが降りてきて
その方の魂が輝きわたるのです。

それは目鼻立ちを超えて、あなた方の内側からにじみ出てくるんですよ。
あなた方を、存在として光り輝かせていくのですよ。
愛する人に愛されたいから、男性から振り向いてもらいたいから
一人でも多くの男性から声を掛けられたいから
そのために、自分を美しくお化粧するのではないのです。

自分が、ほんとうに意中の
恋しいと思う殿方から愛されたいと思うのならば
あなたの魂を、あなたの心を、生き方を磨くことです。
そうすれば、あなたにほんとうにふさわしい方が
あなたを求めて、愛するためにやってくるでしょう。

カツカツと多くの男性方に愛されるために
上っ面のお化粧や、上っ面のことで自分を飾っていくのではなくて
そして愛されたい、愛されたいという、そのような貪るような
地獄の意識の中で、自らの人生を歪めていくのではなくて。

若いうちに結婚して、子どもを産んで、すぐ離婚して
それで二十歳までに何人かのは親になり
そしてまたすぐ別れてほかの男性と一緒になって
その新しい夫と一緒に
自分の産んだ子どもを殺してしまったケースが
あまりに多いではありませんか。

愛の勝者に、一時はなったように思ったのでしょう。
でもその方たちは、まだ子どもを産むという
成熟した段階になっていない、自分自身を学ぶということ
自分自身を養い、大人としての道を
心を学ぶという段階を踏み外して、その時期を待たずして
恋というもの、殿方に愛されたいという意識だけで
突っ走った結果なのです。

男性から愛される女性であるということ
そして幼い子どもたちの母親になるということ
それにはやはり、それなりの準備と成熟したものが必要なのです。

考えすぎてもだめですけれども、やはりそのような道を
できたら、これからの女性たち、そして今まだ幼い女の子たち
その子どもたちに、しっかりと教えてあげていただきたいのです。

(2007.4.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-04-21 09:03 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(10)

自分とほかの女性を比べてないもの欲しがりを
すぐ女性はいたします。

うちの子は成績が悪いけど
あのうちのお子さんは成績が優秀でいい大学に行く。
うちの子は身体は弱いけども
あの家の子はサッカーも水泳も上手だ。
うちの旦那様は課長にしかならないけども
あちらのご主人はベンツを何台も持っている。

すぐそういうことを言って
ご主人を、お子さんたちを苦しめてしまうのです。

気をつけてください。
女性は家庭の中において太陽であります。
あなたの微笑みをもって
多くの方々を、ご家族の方々を祝福し、受け入れ
愛していく優しさを持だなければ
家庭も社会も地獄になっていくのです。

太陽のように、愛と慈愛を、笑顔を振りまいて
家族の方に対して、感謝を持ち
あなた方ができる思いで包んであげてください。

お子ができなかったとしても
ご主人様がおられるでしょう。
一人よりも、二人で暮らされる人生は
どれだけ実りの多いものでしょう。

そして一人でいたとしても、お子さまや、あと近隣の方々
そしてこういう仲間がいたらば、隣人の方々に対しても
多くの感謝とともに関わり合っていく人生は
いくらでも生まれてくるのです。

今は、高齢化社会と日本は言われております。
この間見ておりましたら、皆さま方のメーリングリストの中で
動けない老人の介護の問題を話されておられました。

それを語られること
メインテーマでそういうことを理想の未来社会ということを
皆さま方がお話し合いになること、その中において
あなた方は、今、霊的に向上なさっていることを学ばれてほしいのです。
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確かに老人が多いかもしれない。
介護は必要かもしれない。
で、邪魔者だと
自分も邪魔者になりたくないという意識はあるかもしれない。

でもあの方々は介護をされるということで
身体障害者の方もそうですよ
愛を受けるということにおいて
他の方々が愛を与える場を、提供しているということに
あなた方は思い至っていました。
いいところに気づかれたと
わたくしはほんとうに思って、見ておりました。

愛をなしていくこと、愛をもって
介護とかのお手伝いをさせていただくということ
そのような場を介護というもので
寝たきりの状態で与えてくださっているということ。

それを介護することは、辛いことも多いかもしれない
一人で背負い込んでしまったらたいへんかもしれない。
でも一人で背負い込まずに、いろいろな人に相談しながら
介護する方ががんばっていく中で
深い深い愛する愛というものを学ばれるのです。
それが、お互いに勉強になっていくということなのです。

ですから、わたしは介護をしてあげたから
他の身体障害者や、他の方たちに愛をなして
ボランティアしたから、わたしは愛を与えたから
素晴らしい人生なのだと思ううちは、まだまだなのです。

愛というものは与えさせていただくのです。
お世話させていただくのです。

愛という、愛の天使になってくのならば、愛の補助者として
神様よりつくられたものであるのならば
愛というものは、謹んで捧げさせていただくものであります。

そのような謙虚な想いで
女性というものが、本来の神につくられました
愛の補助者としての、優しいエネルギー、愛念というものを持って
献身的に、人生というものを、すべての方々の中に尽くされたとき
あなた方の存在は、望む、望まないにかかわらず
最も美しい存在として輝き渡るのです。

(2007.4.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-04-17 07:57 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(9)

本来、お子があったとしても
自分の遺伝子が、自分の子どもが欲しいと
自分の子どもだからかわいがるというレベルでは
まだまだ女性としての普遍の愛には程遠いのも事実なのです。

そのときにこそ、大きく飛躍するために
世の中には、かわいそうに、親に見捨てられたり
親を交通事故などで不本意に亡くした
保護者を亡くしてしまった子どもたちがいるではありませんか。

日本ではまだひじょうに受け入れが少ないですけれども
海外では当たり前のように、里子というのをやっております。
そして、自分の愛を一人でも多くのお子たちに分けていくのが
それが自分たちにとっても学びであり
自分たちにとっても素晴らしい人生の糧であるといって
積極的にそういう難民のお子さまとか、親御さんを亡くした方とか
ひどい事故にあって両親を亡くしたお子さんとか
そういう方を積極的に引き受けている
そういう精神がキリスト教のところや、世界にはあると思います。

わたくしは、女性は、愛を与えることを学ぶのがメインテーマであると
ここに今回通信いたしました。
愛を学ぶとは愛を与えてこそ
そこからいちばん愛を学ぶことができるのです。
そして与えて与えて、無私の思いで、与え切ったときに
それは愛の循環作用として、自分に戻ってくるのです。
要らないと言っても、戻ってくるのが法則なのです。

そのときに愛により祝福され、愛により幸せを感じ
愛の下に生きている喜びを感じる。
それがあってこそ、女性の本来の幸せというのはあるのです。
現代の女性はその順番を間違っているように思います。

人並みのことができなければ不幸であると思うかもしれない。
でも永い永遠の命の中で
永遠の数々の生まれ変わりをわたくしたちは許されております。
自分の魂の課題になる人生を選択してきているのです。

肉体的に諸条件においても
結婚するときに急に子宮の病気になって子どもができなくなった
急に産むことを断念せざるを得なかった。
これが単に偶然でしょうか。
そうではないのです。
それは本人が望んできた計画通りであったということなのです。

確かにごり押しでいろいろな形で
子どもを産もうと思えば、授かろうと思えばできるでしょう。
でもそちらのほうにどうしてもという思いを、信念の強さを持っていくか
あるいはその信念を、自分と夫の子どもではなかったとしても
他の子どもたちに対する愛として
自分の命を、このエネルギーとお金を使っていこうとするか
その選択は、その方の自由意志であるということなのです。

今は科学文明が最高の極致のところに発展しております。
でも人の子というものは、神の子であり
そのように試験管やそういうものでいたずらに操作してはならぬのです。
命というのは、神より与えられしものなのです。

与えられるのならば、与えられるところで
あなたはそこで愛を学びなさいと、そういうふうに神に言われて
わたくしたちは地上に生まれてきているのです。

そしてその方の課題として、何ひとつとして、偶然はないということ。
そのままだって、気づいたらば
十分幸せな状態であるということに気づかないのです。

もし子どもができないからといって
それがまるで世界中の不幸を自分が背負っているのだと思ったのならば
考えてみてください。

身体は健康ではないのですか?
教育も受けられて、幸せな平和な時代に今
生活ができているのではないでしょうか。

学ぼうと思ったらいくらでも、女性として
素晴らしい学問でも何でもできる、仕事もできるチャンスに
恵まれているのではないでしょうか。
そのような感謝をしたことがあるでしょうか。

今ほど女性が学びをするのに、素晴らしい時代はないのです。
そのようなことを選びたくて
結婚をせず、子どもを欲しくないといって
ご自分で計画に、青写真の中に
そのように書き込んで出られた方もおられるということなのです。

すべてはあなた方自身が計画されたということであって
けっして何ひとつとして
まあたまには事故ということもございますけれども
ほとんどが偶然というものはないということなのです。
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与えられた人生は与えられた人生として
その中で最大限に感謝をして、そこでできることを精一杯やって
愛を学び愛を返していく、愛をなしていく。
そのような人生に心の針が向かない限り
たとえそれで子どもがいたとしても、別の悩み、別の欲というもので
その方は永遠にないもの欲しがりの人生の中で
不幸というものを背負うのです。

女性というものは、ひじょうに安定を好むがゆえに
さまざまなものを身の回りに身につけて
物によって、環境によって、受身の態勢の中で
幸せというものを形作ろうという傾向があるのです。

自分から何かをしようというエネルギーが欠けているがゆえに
ひじょうに環境に甘んじ
自分が今不幸なのは、すべて環境のせいであるといって
ご主人や恋人や親御さんを責めることも多いかもしれません。
そして現代という時代を呪うかもしれません。
自殺の方がこんなにも多いのもそういうことかもしれない。

でも、日本でも昔は
まあ、一部のお姫様たちは別でありますけども
大方の女性たちは、どうでありましたでしょうか。
一日中家事労働に明け暮れ、畑仕事に、夜中は夜なべまでして
一日中肉体労働の中で、女性たちはしゃにむに働いていたのです。

女性の人権が認められ
そして教育を男性方と同じように受けられ、認識も学びも得られ
いかなる社会参加もできる、そんな時代が今やっと来たというのに
この時代に、地上に肉体を持てたというのに
ますます悩みの種を多く抱え込んで、ノイローゼになり
子どもを殺し、自殺をしていく人たちが多い時代でもあります。

今、与えられたという
今の時点においての感謝をしっかりできないから
ますます複雑な社会の中で、受け身な環境の、複誰な要因を
全部まともに受けて、自分こそが世界一の不幸者であるというふうに
自分を演出してしまうのです。

愛というものは、自分から与えようと決意をしなければ
愛の循環というのは始まらないのです。
いつまでも受身でいてはいけないのです。

今、あなたが在る状況は
すべてあなたが過去世から築いたことの結果であるということ
それが今世であるということ。
でもそれがけっしてそんなに悪いものではないということ。

今立っているあなたのその存在
あなたの今与えられているものを活かして
あなたができる最大限のことをなして
愛を学び、愛を表現していらっしゃい。

そうしたらば、その感謝のもとに
自分が抱え込んでいた不幸感覚というのは
全部消えていくでしょう。

(2007.4.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-04-16 07:38 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(8)

今、不幸な子どもたちが
母親にも助けてもらえず死んでいくという事件が
ニュースを賑わせているのではないかと思うのです。
なぜこのようなことになるのでしょうか。

本来、女性において、子どもだけは守るという
そのような本能に近いような、深い母性の愛というのがあるのが
本性であったはずであるのに、この頃はその母親にも見捨てられた
かわいそうな子どもたちが次々と命を失っているのだと思います。

それと子どものことを申しますと
体外受精、代理母の問題が世間を賑わせているのだと思います。
その問題について、わたくしのほうから
ひとつお話をさせていただきたいと思います。

どうしてこのようなことになるのか
多くの方々はこの地上に生まれた目的を、根本的に理解できない。
その混乱が女性たちを襲っているということなのです。

本来は子どもを愛し、愛する行を命がけで守るという母性は
女性に埋め込まれた本性であるということ
それほど強いものであるのです。
でもそれを断ち切ってしまうほどに
今の女性たちの心はすさんでしまったということ。

この永い永い幾年月の転生の中で、わたくしたちは永遠の命の中で
愛というものを学ぶために、生まれ変わってきたのです。
でもいつの間にか、愛というと、自己本位な、自分だけが愛されたい
自分だけが幸せであればかまわないという
そういう愛に、魂はすっかり毒されてしまったのだと
わたくしは思います。

皆さま方、女性が愛を学ぶということを
もう一度考えていただきたいのです。

女性は確かに、ここの法則にも書きましたけれども
受容的な宇宙の陰のエネルギーであります。
それはどういうことかと申しますと
ひじょうに受身のエネルギーでもあるということなのです。

愛されたい、かわいがられたい、大事にされたい
理解してほしい、かわいいと言ってほしい
そのような傾向性を持つのがまた女性のエネルギーでもあるのです。

そして愛されたい、愛されたいという思いの中で
愛し返すということ、本来は愛してこそ
自分にめぐりめぐって愛というものが戻ってくるということ。
愛されたい、愛されたいという
そのエゴのようなものが、強く増大したがゆえに
人からでも何でも、愛というものを貪るように、奪うように
自己本位に変わってきた
その究極の姿が、今の女性の愛であるかもしれません。

愛というものは、本来は、愛してこそ
愛というものを学ぶことができるし
愛というものが自分に戻ってくるのです。
そのことをわからなくてはいけません。

子どもができないご夫婦は苦しいでしょう。
苦しいこともわかるのです。
でももうひとつ、今回申し上げたい法則があります。
わたしたちの命は転生輪廻を繰り返し
永遠の命の中で愛を学んでいるものである。
そして原因結果の、因果の法則により貫かれているのが
宇宙であるということです。
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よろしいですか。
原因なくしての結果はないのです。
もしお子を授からない方であるのならば
非常に厳しい言い方になるかもしれませんけれども
いろいろ条件はあるのです。
その中で夫がいて夫婦で欲しいと思ってもできない方、考えてください。

ひょっとしたら、欲しくて欲しくてたまらない。
ごもできないということで
初めて子どもを与えられるありがたさということを
今回学んでおられるのかもしれない。

お坊様や尼様、シスターという聖職につかれた
永い転生の魂の方々の中には
お子をご自分で産まれることを拒否なさって
生まれてこられる方もおられるのです。

ですから、転生の因果関係というのは、一概にひとつでは言えません。
ですから、それを言い切ってしまうのは、危険でありますけれども
子どもがいるからすべて幸せであるのか、どうなのか。
普通に結婚して、子どもが生まれた人生の中においては
子どもが生まれるということは、当たり前のことなのです。
でも当たり前で授かった子どもを、もしぞんざいにしたり
自分の不注意でなくしてしまったとき
それはやったことの結果を自分で償わねばならぬのです。

それはどういうことかと言いますと
次の世のときに、子どもが授からないことをもって
子どもが与えられることのありがたさ、感謝、尊さ
自分が生命の神秘として、宇宙の創造のエネルギーとして
自らが子どもを産むという、創造の原理の中で果せるという
女性としての幸せを体現できるという
その修行のありがたさを、学ばれるのです。

永い永い永遠の転生です。
その中で一回ぐらいお子ができなかったからといって
どうでしょう。
そこでお子が授かるということ、産めるという女性の幸せを
魂の底まで焼き付けることができたら
感謝することが学べたのならば
尊い人生でまたあるのではないでしょうか。

(2007.4.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-04-15 08:20 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(7)

わたくしは日本神道の女性界、女神界というところに所属しております
木花開耶媛命と申します。
わたくしは、ブッダ様があのようなことになられるとき
ある通信をもって、その道先案内をした者でございます。
皆さま方はお読みになった方もおられるかもしれませんが
わたくしたちにしてみれば、必死の
地上におられる方々への救済措置としての通信であったかと思います。

あれを始めたときは、まだ完全にだめになってしまうという
そこまで絶望的な感じではなく
少しは希望を持って始めたものだったのです。
警告を与えることによって、皆に気づいてもらうことによって
もう一度、道が修正できたらと、わずかばかりの希望を持っておりました。
でも月日が経ち、通信を送っていけばいくほど、状態は悪くなり
残念ながら、第二の計画の終了ということが天上界で判断されるまで
それはどの時間はございませんでした。

そしてそちらの通信から、第三の計画が立ち上げられるということを
ミカエル大天使よりうかがい、そしてそちらのほうに天上界一丸となって
協力体制を組むということを
エル・ランティ様のほうから我々のほうに告げられたとき
わたくしも、その役目、使命を終え
そしてレムリアのほうに、この方(アマーリエ)のところへ
通信の送り先を変えたのです。

そして、この方がどこまでできるか、どこまで耐え得るか
女性の身として、同じ仲間として、非常に心配し、危惧しておりました。
でも始めてより、もうかれこれ十年以上になるのですけれど
ここまで来たということ、ほんとうに神仏のご加護とともに
地上に集われる皆さま方のお力の賜物として
この第三の計画がここまで花開いたということを
わたくしはほんとうに天上界から感謝し
あなた方を祝福したいと思っております。

新たな展開のときが来ました。
今度はあなた方のお力をもって、この地上に神の愛の光を広げていく
そのようなときが来たのだということ。
わたくしたちは天上界から、一斉に通信をまた始めたいと思うのです。

日本神道というところは、今まで
この最後の計画というのが日本の地より起こり
九次元の方、エル・カンタラー(仏陀)様を通して
最後の地球の総まとめの法が説かれる
光の灯台として輝いていくのであると、そのようにいわれ
わたくしたち日本神道の者たちは、その命を謹んでお受けし
神の国として、大和の地を、和の心をもって治め
人々を指導して参ったのでございます。

その中におきまして、至らぬこともあったかもしれませんが
しかし和の心というのは、最終的に世界を統合していく
世界のさまざまな教えをひとつの神の胸の中に戻していく。
調和させて、本来の道への、道を指し示していく。
そのような道を、調和の道を説いたのが
和の心、大和の地の本来の存在意味でもございました。
それが、日本神道としての最もお伝えしたいことば、心であったと
そのように思います。

この最後、これから、あなた方を、通してやっていくこと
この根本神理というものを世界に出していきながら
大調和の想いで、さまざまなる思想、さまざまなる宗教
さまざまなる民族の習慣の違いを超え
みんながひとつであるということの意識に立ち戻らせ
大調和の道をつなげていくということ。
それで地球をまとめ上げていくということ。
その道を指し示すべく
これから皆さま方に、活躍していただきたいと思います。

女性の法というものの五ヵ条を、今日この方に通信させていただきました。
今日は男性の方もたいへん多いので
女性の法というものだけではわからないかもしれませんけれども
でも、もし皆さま方のお気持ちの中に役立ていただけるのであったのならば
ぜひ役立ていただけたらと思います。
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レムリアには十ヵ条というものがすでに天上界より与えられております。
それは地球自身のこれからのレムリアの教えとしての
十ヵ条であったかと思います。
わたくしどものほうでは
女性はあまり理屈っぽいことが好きではないのです。
何ヵ条といって、十個もあったらいやになってしまうのです。
ですから、簡単に五つにまとめてみました。
この方は先ほど知ったばかりなので、わかっているかどうかわかりませんが
読ませていただきます。

1、わたくしたち女性は神の愛の受容性という陰の意識のエネルギーである。
2、わたくしたち女性は転生輪廻を繰り返し、
永遠の命の中で学ぶ最も大切なテーマは、
すべての存在を生かし育む母性の愛を学ぶということである。
3、わたくしたちに与えられた、永遠のときは、因果の法、
原因があり結果があるという、その法則で貫かれている。
4、女性は美の使者として、その存在から美を体現すること。
5、女性は陽の意識の男性の方の補助者として、
やさしさと笑顔で愛を表してください。

日向(卑弥呼)様、天照様とお話をし
この五つにしぼらせていただきました。
それについてお話をしていきたいと思っております。

今日すべてについて
わたくしのほうから話をするわけではございませんけれども
今日はわたくしからひとつ思うことを
お話しさせていただきたいと思います。

(2007.4.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-04-14 08:17 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(6)

女性らしさ、その母性というものをもって
母性というのは子どもに対してだけ持つものではございません。
母性というものは、女性の中に本来与えられたものなのです。

その母性をもって、お子様がいなくても
そのご主人を、その友人を、その地域を
その温かい母性で包んであげていただければ
ぎすぎすとした社会はなくなっていくことでしょう。

その潤いの部分として、愛と豊かさという部分を打ち出していけるのが
女性霊ならではの力であると
それこそが神が期待された女性に対する使命であるのであると
私は思います。
そしてその姿を通して、私たちはこの地球を愛豊かな星に変えていくのです。
愛というのは、本来は男性より女性のほうが感覚的に備わっているのです。

男性は神様の知恵、叡智をもってつくられました。
その才気ある知恵をもって社会をリードし、社会を変革していく
そういう力となっておられるのです。
行動力においてもそうなのです。

女性は、その母性豊かな、慈愛豊かなその愛というものでこの地球を包んで
豊かな潤いのあるものとして、最後仕上げていく。
そのようなエネルギーの奔流として
女性霊というものを神はおつくりになられたのです。

ですから、愛というものを体現し、愛というものでこの地上を潤していくには
女性ほどふさわしいものはないのかもしれません。
そのような愛というものを
あなた方が愛する男性たちに向けていくことによって
男性たちはその女性の愛を受けて、ますますその知恵豊かに
その才能を、その使命を、その男性としての光を、高貴さを
社会に放っていくのです。

愛する者を、守る者を持たぬ男性たちは
ほんとうの意味で光り輝かないのです。
よくごらんください。守る者を持たぬ者
心から愛する者を持たぬ男性たちは
愛する者を、守る者を持っている男性たちほど
輝いているとお思いでしょうか。

本人たちはそう思っておられるかもしれないけど
私たちの世界から見たのならば
愛する妻を、愛する子どもたちを、そして愛するそれを広げていくならば
この日本を、世界を、地球のために愛して
この地上を守っていこうという使命感をお思いの方がたが
男性たちは、やはりその力において格段の力が
私たちからの光の量というものが違うのです。

どれだけのものに責任を持ち、どれだけのものを守ろうという使命感の中で
男性方が覚悟を決めておられるか
それが器であり、その男性の力量そのものであるのです。
男性はその姿の中により、ご自分の生きがいというものを
幸福感というものを見出していかれるのです。

女性が幸せに感じる道とは、また違うかもしれません。
でも、なればこそ、男性は孤軍奮闘し
社会で敵と戦わねばならぬ存在やも知れません。

その時にこそ、優しい愛の励ましと、愛豊かさというものを
そして、自分のためににっこりと笑って待ってくれる人がいる
そのことが、どれだけその男性たちを力づけることでしょうか。
そのことをもって、けっして男性より劣る仕事だとは私は思わないのです。
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現代の女性たちよ。
自分を、自ら男性と競うことで
自らの美しい宝を捨てることをやめていただきたい。

女性が女性として、優美に美しく
そして謙虚に清らかに、貞淑に生きているということが
けっして自らを自立させず
自分自らの才能を開花させない道ではないのだということ。

そしてそれこそが、あなた方が本来幸せになっていく道であるということ。
この道を見つけない限り、あなた方は永遠に幸せにはなれないということ。
神様がおつくりになった女性霊に対する摂理というものを
その愛の摂理というものを抜きにして、女性も男性も幸せにはなれないのです。

家庭の中において、殿方を幸せにするのが女性自らの愛であるということ。
そして殿方に、その愛により愛されたとき
あなた方のいちばん幸せになれる瞬間があるということ。
そのことを理解なさり
あなた方が努力なさっておられる自己研さんは尊いけれども
道を間違っているのだと、努力の方向を間違っているのだと
今一度本来の女性の道に帰って来ていただきたいのであると
私は現代の女性たちにお願いをしたくて今日まいりました。

私などが言う言葉は、とても古く思われるかもしれません。
でも、女性たちに今一度気づいて
この不幸な離婚が多くなっているこの日本の現状の中において
もう一度、幸福な家庭生活というものを取り戻し
その中において、大切な、大切な神より預けられた神の子たち
光の子どもたちを大事に宝として育て
次の時代に幸福な未来をつくる原風景を
原像をしっかりと焼き付けた姿において
未来に送り出していただく。

そのような愛ある家庭をつくっていただくためにも
若い女性たち、女性たちの生き方こそが
この地球の未来をつくっていく姿であるのだということ。
それこそが女性の使命であるということ。
そのことを皆さま方が深く自覚していただけることを
私は心より願い、私は今日参上いたしました。

また、この女性論というものは、ほかの方がたにおかれましても
それぞれのご意見、立場の中で、お話しになられることがあると思います。
これは今日、私は私なりの思いで語らせていただきました。
ですから、ほかの方におかれまして、また別の思いがあるかもしれません。
でも、これは日本神道の女性として、やはり大体みんな思っていることを
今日代表してお話しさせていただきました。

もし質問とかございましたのなら
またいつの機会でもお呼びいただけましたなら
お答えしたいと思います。
これから女性論についてのご本というものを
ぜひ出していただきたくお願いにまいりました。

現代の女性たちが道を見失っております。
男性以上に女性たちが道を見失っております。
その身をお金で簡単に売ってしまう若い女性たちの姿を見て
私たちは悲しくて、悲しくてたまらないのです。

女性の貞淑さというものは、何にも勝る宝でございます。
それは、神より与えられた子を産む宮として、子を授かるものとして
神より与えられた宮として
その美しさ、清楚さ、貞淑さというものが刻印されているところなのです。

そこをお金のために売ってしまうような
けがれてしまうような道を自ら選び取ってはなりません。
お金なぞのために
女性の品性をけがすようなことをしては、けっしてしてはいけないのです。

そのような価値観というものをしっかり
子どもたちに、若い娘たちに教えていかねばなりません。
でも、教えていくだけの自信がない大人たちが、今多いのです。
何を娘たちに教えていいのか。
何か間違っていて
どういうふうになっていったのならば女性として幸せになれるか。
それが今の大人の女性たち自体がわからぬから、やはり娘たちにも強く言えず
そしてお金のために
人に迷惑をかけなければ何やってもいいじゃないかという
そのような、ひじょうにぞんざいな口の利き方の中で
放縦な生き方をしているのかもしれません。

そのようなことは本人に作用・反作用のもとで戻るのです。
戻ってきたときに深く傷つくのは本人であるということを思ったのなら
しっかりと体系立った女性としての幸福論というものを
今の若いお嬢さんたちに伝えなくてはなりません。

女性が女性であるという道を失ってしまったのなら
女性が母になっていく道も閉ざされていってしまうのです。
そのようなことをしてはなりません。

そのようなことを伝えるためにも、私たちはこれから
さまざまな女性霊をこちらに出させていただくことにより
女性論というものを続けていきたいと思います。

(2005.7.28 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-03-19 12:58 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(5)

この方(アマーリエ)を毎日見ておりました。
なかなか古風でございます。
なかなか、周りのお子様たちに対しても、ご主人様に対しても
なぜこのように、この方を母として、妻として
大事になさるかよくわかるのでございます。

今の若い女性たちの中に
これだけ、かしずいておられる方を探すほうが
珍しいのではないかと思うのです。
でもこの方は、ほとんどが純然たる西洋の転生輪廻というのを
とられてきた方なのです。

その中において、戦いの女神と言われ
男性勝りのところでこられた女性であります。
魔とも戦う、果敢な戦い方をする珍しい女性でありますが
女性でないと、ご自分は女性らしくないと
ご自分でも今日おっしゃられておりましたけれども
なんの、なんの、そんなことはないと、私などはお見受けするのでございます。

人は姿かたち、こう表面に出ることではないと思うのです。
やはりその内において、女性意識とは何であるかということを
しっかりと心に刻んでいるのならば、殿方の前に出たときに
一体自分はどこまで出ていいのか
何はしてはいけないかということをしっかりと
賢明な女性は知っているのです。
男性が多い戦闘系の中で、この方が女性としてやっていけるのは
逆に言うと、そういう意味があるのかもしれません。

私は戦闘系ということは存じ上げませんが
ジャンヌ・ダルク様におかれましても
やはり数少ない女性霊の方が入っておられるのです。

男性がほとんどの戦闘系の中で、なぜ女性霊が必要になるかと申しますと
やはり男性が男性たちだけでいると、まるで軍隊のようになってしまうのです。
その中において
男性の中における騎士道的な忠誠心というものでまとめあげていくのに
やはり女性が立ちながら、そこの中において治め
周りをまとめていくという役割が必要なのではないかと思うのです。
それゆえに女性霊の方で
まれに戦闘系の中に女性たちが入っていくのかもしれません。

女性が、女性としての役割が
やはり戦闘系と呼ばれているところでも必要であるということです。
この女性が立つことにより男性たちが治まっていくのです。

ひとつの目的で動くときに、号令だけで
まあミカエル様のような方が唱えられて
戦いで切り込むということもあるかもしれません。
でも、神の国の戦闘系というのは、けっして切り込むためだけの
戦いだけの、彼らは戦いのためにいる戦士ではないのです。

やはり愛をもって、ひとつの目的のために
相手の魔軍の者たちに対して悟りを深めさせるという
そのような慈悲の思いでもって戦っておられる方たちでございますから
やはりその中において
愛というものを中心にして、魔というものに対して悟らしめていく。
そのような求心力、そのような意識において
男性の戦闘系の戦士と呼ばれている方がたをまとめ上げていく。

そのときに、このアテナと呼ばれているような女神が前に立ち
その男性の戦闘系の方がたが、ともにこの女神を守るというかたちにおいて
みんな求心力となって、一団となって結束していくという
そのような構造に私は見て取れるのです。

西洋系の戦闘系のことを深く存じ上げませんので
あまり立ち入ったことを申し上げると
ミカエル大天使様に怒られるやもしれませぬが
私はその中におきましても
けっして女性として戦闘系に行かれている方が男勝りであり
男性の天使たちと同じことをするために
女性霊がいるのではないというふうにお見受けさせていただきました。

どのようなところにおいても、男性たちが、やはりやる気を持ち
月のように、太陽のように思って忠誠心で
中世の西洋系で言うと騎士道と申しますか、そのようにかしずいて
この方のために命がけでひとつの目的を成就しようと
やる気を出そうというときに、やはり女性霊が立つのです。

ジャンヌ・ダルクと呼ばれる方もそうであったと思うのです。
やはりあの方が女性であり、さあこれからオルレアンに行こうと
そしてフランスのために戦おうと、あのフランスの少女が立たれたときに
そのいたいけなその少女が、神の召命の中で必死に
そのか細い身で神の言葉を実現しようとして戦って鎧をまとったときに
周りの無骨な体格のいい力の強い男性たちは
そのいたいけな少女を放っておけたでしょうか。

やはりその少女のために、その一途なその少女の願いのために
力ある男性たちが周りに集まって来て、彼女に力を貸すことにより
彼ら自身もまた天命を全うしていったのです。

そのような役割が、女性の高級霊と呼ばれている方たちにはあるということ。
だから、戦闘系にいる女性たちがけっしてもっと男勝りであると
以前おっしゃられていたのを伺いましたけれども、そうではないということ。

女性がその女性としての役割をもって、やはり戦闘系であれどこであれ
必要とされてその部署におられるということ。
だから今の女性たちは、男性的なウーマンリブと呼ばれているようなものの中で
男勝りになっていくのが
まるで女性解放であるかのように勘違いなさっているのです。

学歴において、知的な部分において
努力すれば女性だって男性と同じくらいの知的なところにはいけるでしょう。
それは、学ぶことは大いに結構なことなのです。
どれだけ学んだって、知恵というものは奥が深いものなのですから。

でも、単なる知識の寄せ集めにより、むやみなプライドをつくり
男性を見下すような論理のほうに走っていくための自己研さんであるのなら
そんなものは何も生まないということ。
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男性におかれましても、知識ばかりを頭に詰め込み
知識のみにより優位性というものを持ち
神の言栗を単なる知識の論争だけで終えるのならば
そんなものは何にも、神の叡智でも知恵でもないということ。
そして、ご本人の特性を高めることではないのだということを
皆さま方、もうお気づきになられているはずなのです。

でありますのならば、女性におかれましても
むやみに学歴がとか、偏差値がとか
男性が高収入の仕事になっていくことが真の女性の自立であり
真の女性の解放であると思うことは
根本的に自分自ら女性としての幸せを放棄した姿ということ。

どのような立場においても、仕事を持つなとは申しません。
仕事を持ってもよいのです。
そこの中において、男性を男性として立てる。
そして、男性よりむやみに知識をひけらかさない。
殿方に対して、謙虚な献身的な姿で、自ら女性としてのわきまえを知るという
その謙遜な、清楚な献身的な美の姿というもの
その生きざまそのものが美になってくるということ。

私は、先ほどから皆さま方に美ということを質問されましたので
なおさらそれを申し上げるのです。
生きざま、その心の心性、その思い
それがその方の美というものを形成するのです。

私たちのように霊天上界におります者は
このような、両親からいただいた肉体というものを
もうまとってはございません。
ですから、本人の心性、その人の悟り、霊的な美しさそのままが
その私たちの世界の姿となるのです。

気持ちにおいて老けている者は
こちらに来ても、やはり年寄りのかたちをするほうを安定して好むのです。
そして気持ちにおいて若い方は
やはりこちらに来ると若い姿を取りたがるのです。

ですから、九次元の方におかれましても、若く見られる方もあれば
ひじょうに貫禄をつけたくて、おひげを蓄えたい方、日本神道におきましても
やはり龍神系などは、皆おじいさまの形をとられます。

そのほうがご本人たち、しっくりなさっておられるようなので
皆さまおじいさまの姿を取られて、龍神のおじいさん、と呼ばれております。
ですから、そのようなご自分がいちばんそぐった形で、姿かたちを取るのです。
ということは、わたしたちの世界に来れば
その女性が本来美しい人であるかどうかというのは
その方の心根、心性におきまして一発でわかってしまうのです。

今肉体を持っているから、ご自分たちの中で
必要以上にカムフラージュできているところがあるかもしれません。
でも私たちの世界に戻れば、そのようなものは一切なくなるのです。

ですから、生きているときから
身なりにおいても、身づくろいをするということも
とても大事かもしれません。
女性であるから
やはり最低限の美しさというものは、わきまえるべきだと私も思います。

でも、必要以上に表面を塗りたくっても
内面のお粗末さというものが現れいでたときには
やはりその方はどれだけ表面を高価なバッグやドレスや
お化粧を塗りたくってみても
その方がほんとうに美しいかどうかは、十分か二十分お話をすれば
すぐばれてしまうのではないでしょうか。

そのようなものを逆に男性方も、女性の美の価値基準のひとつとして
理解する目というものを、力というものをわきまえていただけたら
女性たちはもっともっと、心の内的研さんという方向に
自らの美意識というものを注ぐようになると思うのです。

女性はどんなに頑張りましたって
年いけば若い頃のような美しさというものはなくなります。
プロポーションにしましても、やはり緩んでくるのです。

そのような価値観をもちまして、不幸であると思うよりも
長く生きてきた分だけ
若い頃以上に人の悲しみがわかったからこそ、その分、優しくなれた。
思いにおいて、一人でも多くの方たちを理解できる豊かさが
自らに備わったのであると
そして男性を通して女性としての慈しみというものを学び
子どもを育てるということにおいて、母性の豊かさを学んだ。

若い頃より肉体が衰え、古くなったかもしれないけれども
それに勝る宝というものを
私はこの「女性」というこの神性の中にたっぷり蓄えて
今この歳になっているのですよというふうな、そのような語り口で話すこと。

そのような美しさで人生を生きていくことができたのならば
たとえその方の髪の毛に白いものが混じっていようと
その顔にしわが多少できていようと、その姿において
プロポーションにおいて多少緩んでいようと、その女性を通して
その神様がつくられた女性の神性の美しさというものが
この地上に光として発散され、その発散されたその女性としての高貴な光が
男性たちの心を和ませ、癒し、男性たちを幸福にし
この地上を光らしめていく女性霊のエネルギーになっていくのだと
私は思うのです。

(2005.7.28 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-03-13 07:54 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(4)

ただ自然体に日本神道の女性たちは生きてきただけなのです。
自然とともに、その摂理の中に、けっして逆らわず
自然の中で、自然体で生きてくる。
それが、日本神道の教えでございます。
ですから、日本神道の中には祭るものというのがあまりないのです。

鏡というのは、人の心を表すものでございます。
人間というものは神の子の表れでございます。
そして、自らの中にある神性を、もう一度見るために人びとは鏡を見ます。
その鏡の中に映った姿を見て、その中にある神の姿を見るのです。
神の子の自らの姿を見ることにより、神を見るのです。
どこかに祭り上げて
大きな虚像の中に神を見るのは、日本神道の教えにはないのです。

自然の中、すべての中に精霊とともに神はあるという
そういう古代のアニミズム的な教えというのが日本神道にはございます。
自然と自他一体になり神を体現していく。
それが日本神道の教えでございます。

ですから、自然の中には陰と陽、男性と女性というものも
やはり陰と陽の意識というものの中で、自然界だけではなく
人間も自然の中に溶け込むひとつの神の子の表れとして
ともに共存して生きていくというその姿をもって
日本神道はその教えを旨としているのです。

ですから、「天」という言葉はありましても
「神」という高級神霊を表す言葉はありましても
我々が本来神と仰ぐのは、今レムリアで言われております
天の、大宇宙に遍在します意識、愛の意識、自然霊の意識という
自然の中に内在する神の意識そのものすべてを通して
そしてそれが自然界の山や川や水や、太陽や星や、木々のざわめきや
星々の瞬きや、動物たちのかわいらしさ、子どもたちの愛らしさ
そしてともに生きる男性であり、女性であるその姿を通して
人びとは神の姿を見るのです。
日本神道の教えというものは、あまり文書、文章に表れていないので
あまりご存じない方がたが多いかと思います。

この間から天照様がお出になられ、日向様がお出になられ
多少なりとも日本神道の考え方というものを
教えというものをお伝えいただいておりますが
今申し上げておりますように、女性というもの、人問というもの
それは自然界の一部であり、それとともに共存するものであるというのが
日本神道の根本的な教えなのでございます。

それであるのならば、男性が、とか、女性が、ということも
それだけを一部分だけを取り出してひとつの理論があるのではなく
その自然界の神がおつくりになられた摂理の一部として
女性の役割があり、男性の役割がある。

その中において、自分たちがどのように生きるかということ
そのようなことを知るということが、ある意味で教えであるということ。
その自然の流れの中に逆らわず
そして自らが神によりつくられた、期待されたその使命の中に
素直に準じて生き続けるということ
そのことをもって日本神道の美しさ
そして、悟りというものが問われるのが、この私たちの教えなのでございます。

女性もそうなのです。
ですから、太陽が男性であるのなら月の陰の意識が
月のようなちょっとかげっていても優美な意識というのが女性でございます。

ですから、女性の役割は女性の役割として尊い。
そして、殿方を太陽のように光らすために月があるのであると
そのようにお互いに持ちつ持たれつし合って
役割が違うからこそ神よりつくられ
ともに協力し合ってひとつの家庭をつくっていきなさいという
そのような神のご指示があるために、男女というのがつくられたのであると
そのように私などは受け取っております。

女性が男性化をし、男性と同じことをしたとして
仕事量を全部半分にしたとして、そこに幸せはございません。
幸せというのは幸せに感じる心を言うのです。
何かを所有することをもって、支配することをもって
幸福であるのではないのです。
男性は男性の幸せとしての感じ方がございます。
女性には女性としての幸せの感じ方があるのです。

男性は先ほど申しましたけれども、男性が社会に出て素晴らしい天職を全うし
その力を発揮するのが、妻たる女性の力であるのだとしたのならば
女性が幸せであるかどうかというのは
その男性次第であるということもまた事実なのです。

いくら一生懸命、献身的に愛を投げかけましても
その殿方がひじょうに不真面目で
ほかの女性たちにもしょっちゅうちょっかいを出すような男性であるのなら
その原因を反省しても、やはりそのような心性であるのならば
その女性はいつか疲れてきて、そして不幸せに思われることでしょう。

そしてその不幸せのなり方が、殿方が女性によって傷つく以上に
女性は男性の不誠実さとか、そのようなものによって
言葉によってひじょうに傷つき
不幸をより拡大してしまうというのがまた女性でもあるのです。
女性の特性でもあるのです。
ですから、殿方にはよくよく注意していただきたいのですが
女性がひじょうに言葉というものによって傷つくということ。

以前も聞かれていると思うのですけれども
皆さま方が考えられる以上に、言葉というのには力があるのです。
言霊が宿っているのです。

言葉は私たちの世界から見たら、行為そのものであります。
殿方はそれを気づかずして
女性に対してきつい言葉を感情の怒りのままにぶつけられるときに
女性はひじょうに傷つくのです。

その言葉において、どうかご自分の奥様方に、周りの女性たちに対して
もう少し優しい言葉を投げかけていただくのならば
女性たちは傷つかずにすんでいくことがいくらでもあるのだということを
お伝えしたいのです。

女性が女性であるためには
男性がますます、男性が男性になっていくことが必要であると
以前天照様がこちらにお出ましになられたときに
お話になられていたように伺っております。
そのように私も思うのです。

でも、家庭というものにおきまして、殿方は外で戦い疲れて帰って来るのです。
そのときに女性が家庭というものを守り、愛の園にしていくには
やはり女性というものが
家庭を預かる責任というのが大きいのであると思うのです。

男性が戦い疲れ、イライラとして帰って来たときに
それを忘れさせるような妻のにこやかな微笑と、愛ある思いやりと
心づくしの料理が並んでいたのならば
男性たちはけっしてその家庭を崩壊させようなどと思わないでしょう。

そのように言わなくてはならぬほど、今の日本では離婚率が高いのです。
家庭が崩壊していくのです。
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その中において何がいちばん不幸かと申しますと
男性も女性も不幸にはなります。
でもいちばん巻き込まれていって哀れなのは
そこの家庭により放り出されていく子どもたちであるということなのです。

子どもたちは愛ある安定したところで育つという権利を持っております。
育まれ守られ、保護されて
その中で育てていってもらえるという約束をもって
彼らは地上に誕生して来るのです。
その約束をご両親はしているのです。

それであるにもかかわらず、そのような仲たがいをし
いさかいをすることにより不幸により離婚をしてしまうのならば
その別れたことはご自分たちで償うにしても
お子様たちはその責任は何もないではありませぬか。
それなのに巻き込まれ、いちばん幼少期、守られねばならないときに
彼らはひじょうに不幸な育ち方をし、心に傷を受けてしまうのです。

そうすると、そのような中で育った子どもたちは
ほんとうの意昧での父親像、母親像というものをつかむことができず
男の子であるのなら
健全な家庭を営む父親としての原風景というものを
自分の心に刻めなく育つのです。

女性も同じなのです。
なにかしらのトラウマが発生し、自分は結婚などしたくないとか
やれ男性によって泣かされたくないとか、あとは女性なぞは怖いとか
そのようなことを自分の心に焼きつけ
そして離婚が多くなっていけばいくほど
また次の世代における離婚というのが発生しやすくなってくる
多発していくということが、またあるのです。

社会を崩壊させるのに
武力も、原爆や水爆などというものはいらないと私は思うのです。
家庭を壊していったのなら、人類はいつか滅びてしまうのです。
それぐらい根源的な幸福感の原点にあるのが家庭であると思うのです。

その愛の中において、殺伐とした思いの中で育てられた子どもたちは
けっして幸せな幸福感というのを営めなくなり
その果てに、自分自身の中にある男性として
女性としての役割に対する理想像というものも持てなくなるのです。

父親を、母親を尊敬することができなくなった者たちは
自分がどのような男性像、女性像になっていけばいいのかということも
またつかめなくなってしまうのです。
それぐらい愛というものは、家庭の中に普遍的なものを刻んでいるのです。
ですから神は、女性に、子どもを産むために、うちを守るものとして
その役割を与えられたのです。

そして男性は、その内なる愛ある家庭を守るために
外で戦って来て、その食べ物を持って家庭に戻って来なさいと
そのように聖書の中においても、太古の時代からも言われてきたはずなのです。
そのような役割分担というものは
神がお与えになった人類へのひとつの使命であるということなのです。

どうかその自然の摂理というもの
自分はそうではないと、いや、こんな内側にばかりいる
やりがいのない退屈な人生は嫌だとおっしゃられるけれども
実際に家庭の中に入り、子どもたちを羽ばたかすための時期というのは
男性が死ぬまで一生涯、社会で仕事をしてくることから見たら
その時期というのはある意味で短いのかもしれません。

子どもが育って行ったあと
またご自分なりの人生というのは歩まれればよろしいではないでしょうか。
それぐらい、女性が男性と出会い、妻となり、母となって
家庭を守っていったという
そこから人生学んできたことの宝というのは、ひじょうに大きなものがあるし
人間的な成長、霊的な成長においても
ひじょうに意義の深い意味のあるものであると
私なぞはそのように思うのでございます。

そしてその姿というのは、西洋、東洋ということにかかわらず
その根源的な意味において、地球が神の子の園である、星である以上
人間は皆同じであるということ。

その表れ方が、不幸の出方が西洋から先に始まっただけのことでありまして
西洋から来たことが、西洋と東洋の接点と呼ばれております
この日本に、今上陸しているのかもしれません。
そしてこれがまた第三国と呼ばれているところに
アジアの中でも波及していくのかもしれません。

でも、この波を世界中に広げてはなりません。
女性が女性であり、男性が男性であるという役割の意識というもの
それを今一度、女性たちは幸福な結婚生活を
女性としての幸せを得たいのであるのならば
今一度認識し直し、学び直す必要があるということを
私は申し上げたいのでございます。

(2005.7.28 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-03-09 18:18 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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