地球を愛の星へ

カテゴリ:ジャンヌ・ダルク( 7 )

ジャンヌ・ダルクからのメッセージ(7)

信仰心がすべてなのです。
信仰心がすべてなのです。
すべてそこから始まるのです。

いかに知識、学問、博学なものをその中に蓄えておりましても
わたくしもこの間申しましたけれど
わたくしがジャンヌとして生まれておりました時代には
ほんとうに自分の名前を書くことすらままならぬほど
本など読むこともかなわぬほど
バイブルですらちゃんと読むことがかなわぬほど
わたくしには何もそのような知識はなかったのです。

知識がなくても素なる純粋な気持ちになっていったときに
神の言葉を、お心というものをわたくしの感覚の中で受け入れ、人びとに伝え
神様の言葉を伝えていけたということ。

その意味におきまして、わたくしにはなんにもなかった。
なんにもなかったけれども、ほんとうに無学で貧農の村娘でありましたけれども
しかしただひとつわたくしの中にあったこと
それは神様が大好きであったということ。
神様のお役に立ちたかったということ。

信仰心の中におきましてイエス様やマリア様ということを通して
わたくしが信仰心の中で
キリスト教と呼ばれているものではありましたけれども
ミカエル大天使をはじめ、神様のお言葉につながっていきたい
神様のお心につながっていきたいという切なる思いは
たぶん他の村娘たちの中におきましても
群を抜いていたものがあったと思うのです。

そのような信仰心、信仰心というものがこれからの時代では
信仰心という宗教のカテゴリーの中ではなくて
大いなるひとつの知識のトータルな考え方の中のひとつとして
神様の法という、愛という法のもとに
人びとがつながっていくことが当たり前であるという
時代がくるのだと思いますけれども
わたくしの時代におきましては一キリスト教、一宗教における信仰心という
ひじょうに限られた中で、神様が大好きであったと
神様のお役に立ちたかったという、そのほんとうに何も持たなかった
ほんとうに平凡で、無学であったわたくしの中にある
ひと筋の神に対する信仰心、憧れ、愛する思い
その一念により神様につながっていたのだと思います。

ですから、そこがいちばん大事であるということ。
そこが原点であるということをこのジャンヌが自ら証明しているのです。
あなた方は悟り、悟りといって
上の階層に行きたがるかもしれないですけれども
わたくしたちのような者におきまして、自分が今どのような階層にあるか
そしてこれ以上、上に行くとか下に行くとかそのような観点もないのです。

この方においてもそうなのです。
特に女性はそうなのです。
わたくしも周りの方の評価などあまり気にしないのです。

逆に、地上に行って修行して成功してきて
その結果どの階層にいるかなどということを気になさるのは
ある意味でひじょうにそのことに命をかけておられる
男性方のほうが気になるのかもしれません。

でも上に行かれると、男性方におかれましても
太陽界におかれる方たちなどにおかれましても
ひじょうに無邪気なお姿というのが実はございましてね
そのようなことはご本人たちはあまり気になさっておられないのですよ。

わたくしもそうなのです。
評価などというのは他人様が決めることなのです。

わたくしはあのような状況の中で
このようにしてほしいというふうに要請されたことを精一杯やって
十九年の命を終えて帰って来たという、それだけのことなのです。

精一杯やったのです。
それにおいて私も失敗はあったと思います。

もっともっと、わたくしがもっと博識であり、知性も高く
もっと良識も豊かな女性であったのなら
もっと別のことができたのではないかと思うことはあるのです。

でも、そのようなことを言っても仕方がないでしょう。
精一杯十九年の命を生きて、いきなり言われて、その言葉の中で戦い続け
やれと言われたことを精一杯やって
最後天上界に帰って来たということなのです。
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ですから、あなた方におかれましても
結果どういう評価を得るとかそういうことではなくて
ただわたくしの中にあるもの、わたくしのような愚かな女の中にあるものは
ただ、「神様が大好き、神様が大好き。
なんとか大好きな神様のためにお役に立ちたいの」
その一念だったように思うのです。

そのジャンヌと呼ばれたその生命体だけが
わたくしの生命体すべてではないのです。
過去いろいろな形の経験もしております。
あなた方の文明の中ではこのジャンヌ・ダルクと呼ばれている
その者があなた方の意識の中にあるから
わたくしはジャンヌ・ダルクという意識で話をしております。

しかし、わたくしも別な時代には別の形で
やはり魂のバランスをとるために生まれているのです。

しかし、大好きだ、大好きだという気持ちの中において
多くの人びとのお役に立ちたいというその気持ちにおいて
たまたまジャンヌ的にあなた方から見たら
戦闘系のその女性の位置にいるということ。

わたくしはホワイト霊団の影響を受けておりますけれども
モーゼ様と呼ばれている意識、モーリャ様と呼ばれている本体意識の
あの方がたのご指導の中におきまして、わたくしたちが改革というものを
やはり新たな時代における提言というものをするために来ております。

あの時代であるから
わたくしはあのようなシチュエーションの中で出て来たということ。
もし近現代であるならば
また別の形でのわたくしの現れ方というものがあったと思います。
ですから、あのときはあのときで精一杯やっていたということと
お考えいただけたらいいのかと思います。

(2005.2.24 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-03-04 08:10 | ジャンヌ・ダルク | Trackback | Comments(0)

ジャンヌ・ダルクからのメッセージ(6)

わたくしとかこの方におきます霊言能力ということ、霊言の通信
はっきり申しまして
わたくしが生まれていたときにおきましてもこれほど鮮明に
自分の次元を超えて霊言を降ろすということはかないませんでした。

わたくしはミカエル大天使、その他の数名の方々の呼びかけの中で
そして唐突における霊現象におきながら
人びとに伝えていっただけのことなのです。
このように一貫とした法体系というものを連綿と降ろしていくという
そのような機能がわたくしにあったわけではないのです。

ただその結果、信仰心に、一途に神の使命のもとに生き
そして、最後火刑台の中に消えていったということをもって
わたくしの評価というのが天上界においてひじょうに高く
わたくしが望むことではなかったにしても
ひじょうに高く評価していただいたということにおきまして
わたくしが身に余るその評価を得たということなのです。

この方におきましては、過去ひじょうに不幸な事件がございまして
ご自分自体の霊格をたいへん下げておられたということもあり
かつ、そのようなそのときの体験の中で
ご自分が霊言を霊媒者としてとるということを
ひじょうに嫌われておられたということがありますので
わたくしなどから見たならば、ほんとうに力がある方なのに
ご自分から歴史の表に出てくるということをひじょうに嫌うという
そのようなことがありました。

しかし、本来はプロの巫女さんとしての
霊能力の修行というのもしてらっしゃる方ですので
そういうことを含め、そしてひじょうに自由というか人びとを守るということ
英雄を守るということに対して
ひじょうにきっぷの良い面をお持ちの方ですので
ある意味で社会活動家と呼ばれている方たちともひじょうに意見が合って
よくお話になっておられるのです。

ですから、そういう意味で社会を改革していくという行動力、その能力の高さ
そして本来であるならば霊言能力の高さということ両面を持ちましても
まさにこの使命のために出られておられる方であると
わたくしなどはひじょうに尊敬申し上げて評価しているのですけれども
いかんせん本人がそういうことをやりたがらないという
今までの過程がございますので
今回このような立場にあって
第三の計画の責任者として割り当てられたということでありまして
けっして、けっして神々がこの方を軽んじられて
第三の最後の三番手にもってこられたということではないのです。
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ご本人が望まれてなかったということが、いちばんの理由かもしれません。
でも、このような事態に、第一、第二の計画がつぶされ
この地球の最後の土壇場の時期になりまして
皆さま方がこのようにお集まりいただき
わたくしのような者が守護霊させていただいて
このように霊言を送らせていただくような、このような立場になったときに
わたくしはどうかアマーリエ様に、力を発揮してこの時代のために精一杯
そしてもっと自分を信じて、自分の実力を信じて
頑張っていただきたいのだと心より願うのです。

そうであってこそ、次の時代の女性たちが、自分の才能を信じ
自分の人生を信じて自分の人生の挑戦をして生きていく
そして新たな時代がくるのであると、わたくしなどは信じるのです。
ですから、そのために精一杯守護霊をさせていただきたいと
わたくしは思っております。

(2005.2.24 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-02-26 10:16 | ジャンヌ・ダルク | Trackback | Comments(0)

ジャンヌ・ダルクからのメッセージ(5)

わたくしはかねてよりずっと
この方の守護霊をしてまいりましたジャンヌでございます。

わたくしは守護霊という立場がございますので、あまり立ち入ったことについて
特に上の神々のご指示に関する、この計画に対する細部のことについては
お答えできる立場ではございませんけれども
わたくしでわかることでございましたら
そして語ることを許されている範囲内でございましたら
わたくしなりの誠意をもって今日お答えしたいと思います。

わたくしのような者を「戦闘系」とおっしゃられ
この方のことも戦闘系とおっしゃられますけれども
わたくしたちの中ではけっして戦闘系という気持ちで話をしているのではなく
またそういうグループがいるわけではないということを説明するために
この間の霊言があったわけなのです。

ある意味で精神的な女性たちのリーダーシップを
オピニオンリーダーのグループたち
というふうにお考えになられればかまわないかと思います。

男性としての強固なり―ダーシップをお持ちの方がたというのは
各世界、各分野におかれまして、たくさんいらっしゃるのですけれども
女性によって、やはりある程度の主体的な考え方を持ち
オピニオンリーダーとして社会を引っ張っていく
人びとを善導していくという立場にある者というのは
やはり魂的に数が限られております。

ですので、わたくしたちは大体同じ邑で
じような意識レベルの者たちに分かれて
このような仕事を分担してやっているのです。

その中におきましても、わたくしとこのアマーリエ様というのは
まあこの方はアテナ様というふうに天上界では呼ばれておりますけれども
この方とわたくしなどの役割というのは
いわゆる神々のメッセージというのを地上に伝えながら
社会的な新たな時代の幕開けをつくりながら、かつ宗教的な意味におきましても
神の臨在の証明ということをさせていただくという立場にございます。

男性の方がたは、ひじょうに才能豊かな
リ―ダーシップがおありなのですけれども
やはりその陽のエネルギーと申しますか
積極性のある者だけで社会の改革ばかりをやらせてしまいますと
世の中がたいへん、何と申しますか、荒れたものとなり
ひじょうに細やかさに欠けてしまうということがあります。

それと同時に、やはり女性の意識変革
人類の半分が女性であるということを考えましても
女性の意識改革ということを担当している
オピニオンリーダーの女性霊たちというのも
一部の者たちにはいるのです。

だから、このような意味をもちまして
この間、平塚らいてうさんと呼ばれている方、そのようなグループの方がた
あなた方の知らないかつてのアトランティスやムーでも
最後、父性の指導者として末期のときに
多くの人びとを善導した方がたというのがこの間来ておられたのですけれども
あなた方の文明の中におきまして名前が残っていなかったので
名乗ることがかなわなかったということもあるのです。

しかし、それはやはりそういう方たちのグループとしてはございますけれども
思想的なこと以外におきましても
巫女的な部分をもって社会を意識変革していくその部分において
他には純粋な巫女さんたちのグループというのがございます。

純粋に巫女さんたちと呼ばれる方たちは
いろいろな神託を受ける場所におきまして
巫女の修行というものを通して霊的なものというものに通じていく
言葉を降ろしていくという機能があるのです。

しかし、彼女たちは一方的な受身においてその受けた霊言を通し
その言葉を通してその時代の新たな波を起こすという意昧での
社会運動家としての
女性リーダーとしての役割というのはない方がたがほとんどなのです。

逆に言うと、清らかな中において、清まった中において
神の言葉を降ろすということに対してひじょうにに敏感すぎる方たちなので
社会のオピニオンリーダーというのは、時には、はりつけにあったり
時には焼き殺されたり、ひじょうに弾圧の雨風の強い中で
社会という大きな時代のうねりの方向性を変えていかなければいけないという
まあ男性にしてもひじょうに荒くれの人たちが多い中で
女性でそういうことをやるということが
特に女性でいちばん敏感な巫女さんと呼ばれている方たちの中において
それが両立できる方というのはひじょうに難しいし
珍しいということがあるのです。

そういう意味におきまして、わたくしやこの方はそういう役割を
特殊任務を負うという意味において
天上界でもひじょうに少ない割合の者であるということが事実なのです。

そして、皆さま方がお考えのように、戦闘系と申されますけれども
この間アレキサンダー様、ナポレオンとしてお生まれになった
アレキサンダー様がこの方に対して
「私たちは同じ仲間である」ということをおっしゃられていました。

わたくしもアレキサンダー様とはよくお話をするのですけれども
ああいう方がた、かつての時代の中で「英雄」と呼ばれていく
社会改革と呼ばれているものをした英雄と呼ばれている方がた
その方たちには、やはり神のご意思というものを地上に降ろしながら
かつ、その神のご意思を社会のうねりの中において
万民の幸せのために新たな受け皿としての文明
社会構造というものを変革していこうというそのような役割があるということ。

そのような英雄と呼ばれている方たちが多く出られていくときに
やはりわたくしたちもご一緒させていただいて
側面から女性霊として社会を改革していくという役割もまたございます。
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ですから、やはりまあ、女性でありながら女だてらに
という言葉がありますけれども
女でありながらこのような位置にいるということは
ある意味でとても特殊なことかもしれませんし
わたくしとかこのアマーリエ様におきましては
このような霊言を受けるという素質を、もともとの資質を持っておりますので。

特にミカエル大天使におきましては
わたくしは実はミカエル大天使とはひじょうに仲が良く
やはり兄妹のような間柄であるのですけれども
このことに関しては今申し上げられませんけれども
そのようなご縁続きの、縁によりまして、やはりわたくしとミカエル様と
それとこの方におきまして同じような使命の中において
お互いに同じ計画の中で努力していったり
守護、指導霊をし合ったりというような関係があるのです。

まあ、天上界の中の女性霊は多いのですけれども
霊言をとって神の証明をして、信仰心を人びとに奮い立たし
神の言葉を伝えながら
かつ、ひとつの新たな時代認識、新たな時代の流れをつくっていくという
そのようなことをやるという女性はひじょうに少ないということが
事実なのです。

ですから、まああなた方がお考えになって
戦闘系の女性という役割というのが
ひじょうに理解できないということもおありかもしれないですけれども
男性の戦闘系の方がただけでやると、不動明王とか戦闘系の英雄と呼ばれる方
社会改革家と呼ばれる方、日本で近世におかれましては
あなた方に人気のある坂本竜馬様のような方がたにおかれましても
勝海舟様、或いは明治の勤王の志士と呼ばれている方がた
日本だけでなく世界を股にかけた社会の
世界の流れ、時代の流れを変革していくというお仕事を
常にいろんな地域に生まれながらおやりになっておられる方がたなのです。
そういう意味においては、わたくしたちは広い意味においては
お仲間であるということです。

その中において男性だけでやると荒々しくなるので
やはり女性の者が出てくる。
そして、女性の戦闘系の者たちがいちばん得意としているのが
神の霊言を受け取れるということ。

それがほかの、まあアレキサンダー様におかれましても
坂本竜馬様におかれましても
そのような明治の優秀な方がたがいろいろおられますねえ。
わたくしたちの世界ではまた別の名前で呼ばれておられますので
中国のときにも活躍なさられた方がたですね。

あの方がたをどういうふうにとらえるかというと
やはりこの地上におけるインスピレーションというものはありましても
ダイレクトに巫女的な要素で霊言を受けて
社会改革に利用するということはできないのです。

女性霊で社会改革的な部分を持つということにおきまして
女性の戦闘系の使命というのは、神の霊媒として神の霊言を降ろして
わたくしにおきますのならば、世の中に人びとに
ミカエル大天使と呼ばれる方がこのようにあなた方を護ろうとして
メッセージをしているということを証明していく
伝えていくということがあって、その上で、かつ、戦を通して戦いを通して
この時代を新たな方向に動かしていくという
そのような役割が女性の戦闘系という者たちにはあったということなのです。

ですから、その特殊性の役割というのは多少ありますけれども
先ほどから申し上げているように
ひじょうにそれは少ないものであるということ。

(2005.2.24 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-02-16 09:39 | ジャンヌ・ダルク | Trackback | Comments(0)

ジャンヌ・ダルクからのメッセージ(4)

わたくしとこの方はひじょうに近しく、いつもやはりよく一緒に話をして
大体モーゼ様やミカエル様から、その任が下りましたときには
ふたり一緒に行って
やはり同じような地獄と呼ばれているところに行って
多くの魂を救済するというようなこともしております。

実際に先ほどお出になられていた方がたは
精神的なリーダーシップをー握られるという方ですから
けっしてあなた方の言われる世界の中において
霊的な部分で魔を統治するというようなことはない方たちなのですね。
思想的なリーダーです。

しかし、わたくしやこの方というのは、魔に対しての
やはり魔を封じながら神の御言葉をダイレクトに伝えていくというそういう役割
神の使徒としての役割というのがひじょうに強いのです。

ですからわたくしは、神のメッセンジャーとしての仕事を持ちながら
やはり時代を切り開くという
そのような特殊な位置にあるということも事実だと思います。

それはある意味で、女性の天使と呼ばれている者たち
まあ、あなた方で言うならば「戦闘系」という言葉は
わたくしたちの言葉に直すとどのような言葉になるかというと
わたくしたちは地獄にいる者たちを裁き
地獄にいる者たちをそのような攻撃をして彼らの魂をつぶそうなどという
そのために行っているのではないのです。

わたくしたちはたまたま死後
地獄というところに堕ちていってしまった方がたに対して
一生懸命説得をし、彼らの攻撃をかわしながら
彼らが天上界に帰って来る導きの手段として
いちばんある意味で荒々しい場所に自らが赴いていって彼らを救済している
そのような感覚でおりますので
けっして戦うために行っているわけではないのです。

ただ、彼らを説得しに行きますと、もう降りて行っただけで矢が飛んで来て
多くの攻撃にさらされるので、わたくしたちもそのような者を、説得するために
まず防衛のためにおいて、やはり念でもって戦うということはございます。

しかし、それがけっして彼らの魂をつぶそうとか
勝ち負けの論理でやろうとしてはおりませんからそういう意味におきましては
わたくしたちはあなた方が考えているような戦闘系ではないかもしれません。

赤色光線という光線の中に所属しておりまして
やはりモーリャ様と呼ばれる大指導霊のもとに
そして直接の部署におきましては
ミカエル大天使長様と呼ばれている方のご指導のもとに
わたくしもアテナ様も一緒に使命を果たしている者なのです。

わたくしたちの世界の者たちになりますと
もう大体が霊言というものを受け入れられるような
地上に生まれましても、やはり霊能力というものを持ち
神の言葉、インスピレーションというものを受け入れて
その仕事をする者たちが多い世界でございますので
基本的には宗教的とかキリスト教的とかいうことではなくして
みなが神のメッセンジャーとしての役割というものを持っている
そのような位置にいる者たちなのです。
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だから、先ほどの女性の
オピニオンリーダーと呼ばれている指導者の方たちとは多少
ちょっと趣を異にしますけれども
基本的にこのような能動的な、受動的ではない能動的な役割をする女性たち
ひとつの時代を引っ張っていく女性たち、元気のいい女性たちというのは
あまりたくさんは天上界にもおりませんのでー。

やはり、勝ち気な方というのはいくらでもおられるのです。
強い方と言われている方たちは、逆に他の世界のほうが多うございますね。
だけれども、わたくしたちの世界ではどちらかというと
結構戦いとか仕事、任務についていないときは結構ボーっとした者が多くて
のんびりしているのかもしれません。

この方におきましても、実際に仕事をして戦っているときの顔と
日常では、ひじょうに落差があるように思いますけれども
そうやってバランスをとっているところがあるのですね。

だから、ある意味でわたくしも
向こうにいくとあまり自分から出ることをいやがりますし
あまり、こういうふうに言われましたら
いくらでもご説明はいたしますけれども
自分のほうからいろいろなことを語るということは
あまり積極的には望んでいないタイプなので
ちょっとやきもきさせて失礼したかもしれません。

しかし、もし今度あなた方のお仲間の中で
わたくしに何か聞いてみたいというようなことがおありになりましたら
いつでもお呼びいただけましたら、わたくしは腹を決めて出てまいりまして
お話をさせていただきたいと思いますので、どうかいつでもお呼びください。

わたくしはこの方がこちらの世界に帰って来られるときまで
ずっとこれからも守護霊をしていようと思っておりますので。

ただ、こういう役割が大きい方におかれましては、守護霊とか指導書とか
脇にいる補佐の方とかがどんどん変わられるということもございますので
やはりわたくしだけがいつもしゃしゃり出ていくわけにもいられませんので。

だからその時その時においての役割と状況におきまして
いろんな方の守護、指導霊が入るということが事実なのです。
でも根本的にはわたくしが
この間わたくしを指導、守護していただいたお礼として
今回はわたくしがこの方の守護霊というものを
遠くから見守らせていただきながらさせていただいているというのが
実情ですので、もし何か個人的にも聞きたいことがおありになりましたら
いつでもお呼びいただければ、わたくしでわかることでございましたら
いくらでもお答えしようかと思いますので、どうかお呼びください。

(2005.2.24 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-02-10 16:23 | ジャンヌ・ダルク | Trackback | Comments(0)

ジャンヌ・ダルクからのメッセージ(3)

いちばん大事なことは、今これだけの正確さをもって
天上界のわたくしたちの言葉を地上に伝えていただけることができるという
このパイプを維持するということ。
それがひじょうに大事なのです。

今、天上界の扉が地上に向かい開かれているのです。
この扉というものはパイプがあってこそ開かれるものであり
地上の者たちに対しての
神々がずっと長いこと伝えたかったその思いというものが
今一気に地上へのメッセージとして噴き出しているのです。

ただ、このようなメッセージを受けるということは
受けてる者の肉体におきましても
精神におきましても、たいへんな消耗が強いのです。

まして自分の波動に合うものであるならば負担は少ないのですけれども
実際にとってみますと、ひじょうに波動の合わぬ
女性にとっては男性のエネルギー体というのを入れていくときには
たいへんな消耗度というものがあるのです。

ですから、どうかあまり酷使することなく
しかし地上にいる間に少しでも多くの役に立つ霊言というものをおとりになって
後世の方がたに伝えていただきたいと思います。

扉はいつまでも開かれません。
わたくしがミカエル大天使のお声を聞き続けたのもわずか最後
火刑台に登るまでの数年でした。
それを伝えてみても多くの者は信じていただけず、いい時だけ祭りあげられ
そうでなければ魔女であると言って、最期火あぶりになっていったのです。

今この方におかれましても
当初霊言を伝えたときにはほんとうにありがたがって
喜んで聴いていた者たちも
ひとたび自分にとって都合の悪いことを言われると
手のひらを返したかのように、この方の言葉が魔界からの霊言であるとか
まるで魔女であるかのようなことを言われ続けるではないですか。

ずっとずっと何度もその姿を見てきました。
わたくしも同じような経験をしてきているのです。
だから、それをよく骨身にしみて知っているから
この方も霊言をとるのが嫌いなのです。

いやなのです。
普通の人間として当たり前の評価を受けるのであるのならば
少しもおかしなことを言う人ではないのに
霊言をとっていたということだけにおいて過大評価されたと思うと
いきなりしっぺ返しを受けて、私ならば焼き殺されていくというような
そのような、売られていったわけですけれども
牢屋に入れられていったわけですけれども。
そのようなことになっていったのです。

ただ、唯一わたくしのいた時代から見ると違いますのは
「焼き殺されるような状況にはないじゃない」ってわたくしは申しました。

そして最後は、外部の者によって裏切られるのではないのです。
いつも、いつも裏切られるのは、最後は仲間たちなのです。
それがひじょうにこの方を、まあわたくしもそうですけれども
傷つくのですね。
いっそのこと知らない外部の人に言われるのなら
まったく無視していけるのです。

しかし、昨日まで命を張って一緒に頑張ってきてくれた仲間たちが
いきなり手のひらを返し、今回のような攻撃をしてくる。
その姿を見て、やはりひじょうに傷ついて、つらい思いをするのです。

ですから、わたくしにおきましても、この方におきましても
「ああ、もう霊言などとりたくない」と
「このようなつらい立場の中で
なぜ私はこのようなことをしなくてはいけないのだろうか」と
やはり愚痴めいたものが出るのです。

そのときにわたくしは申しあげたのです。
「いいじゃない。私のときは、そういう神様の言葉を伝え、仲間に裏切られたら
牢屋に入れられ、火あぶりで焼かれて殺されちゃったのよ。
あなたの時代には言論の自由とか出版の自由とか
自由意志というものが社会の中で認められているから
少々のことが、神様の言葉を伝えたり
多くの人びとに新たな動きを提示したとしても
単なる変わり者ね、と言われるぐらいで命の危険性まではないでしょう。
だから焼き殺されることはないんだから、頑張ってください。
頑張ってちょうだい」っていうそういう言い方をしたのです。

そのときにこの方はハッとして
脇にいて常に話しかけているのがジャンヌ・ダルクであるということに
この方は気づかれたのです。

だから、それまではこの方が
ご自分がアテナであるとか、戦闘系の者であるとか
わたくしと縁が強いということもまったく気づいておられなくて
普通の当たり前の人生を一生懸命に生きていかれる方でしたから
逆にひじょうに平凡な幸せというものを
もの珍しいものを見るかのように楽しんで生きておられる方ですので。

だから今回の人生においても
もうそのような人生が後半長くなっておりましたので
なおさらこのレムリアのことで
また一からやるために駆り出されるということに
たいへん抵抗があったというのも
わたくしはもう脇で見ていて痛いほどわかっていたのです。

でも、今これができるのはこの方しかいないということ。
そのことをわたくしも重々知っております。
そして上の神々も、今これができるのはこの方しかいないということも
よくわかっているのです。

ですから、今は天上界の扉が開かれ
天の隠された神理というものが地上に降ろされる。
そのような時代が今、きているのです。
この扉が開いているうちに、天上の光がさんさんと今地上に降りて
その秘儀が地上に降ろされているうちに、どうかこの言葉をすくい上げ
多くの人びとに向かって、天上界のわたくしたちの気持ちというものを
地上の方がたのために伝えていただきたいのです。

これからまた別の時代になって、後世になって
他のメッセージというのを伝えられる方は出るでしょうけれども
このような機能において、わたくしたちの息づかいというものを含めて
この地上に降ろせるような方というのは、そうそうは出ないということ。

限られた命の中で、限られたその時を精一杯、神様の言葉を伝え
人びとを指導していかれることと思います。
それだけの時代の要というところにきておりますので
このあとの方がたの活動を支える意味においても、原点においても
そしてエル・ランティが残された法
そして仏陀の法で曲げられてしまったものを本来の姿に戻し
ほんとうの法というものをしっかり打ち立て
それに仏陀がやり残された「宇宙の法」
この方がやらなくてはいけない「女性の法」、「男女の法」を含めまして
今の時代の時代認識というもの
この宇宙文明に行かれるこの地球という大きな、大きな長い流れの中で
今が何をするべき時期であり、何の流れの中の
今どういう状況にあるかということを
人びとに伝えて、多くの人びとに理解と改心というものを
伝えていかなくてはいけないのです。

そして多くの神理が今明かされ、高度な知性によって
人びとの心の中に智慧として蓄えられる
この天上界の宝というものが今降りてこようとしているのです。

これを今三次元にいるうちにしっかり学び
そしてそれをこの三次元において大いなる活動として、行動として
この地上にユートピアを打ち立てるために
どうか人びとに、啓蒙運動としても
神の臨在を証明する手段としても
人びとに提示していただきたいと思うのです。
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近代の科学、物質主義の中で、神の臨在というものを、神の声を
ほんとうにまず神がいるということも
受け入れられなくなってしまった現代人の中で
天上界の高級神霊の言葉が実際にこんな簡単に
こんなにリアルに伝えられるのであるかということが
たいへんな驚きをもって受け入れられるはずなのです。

今は数少ない人びとしかいないかもしれない。
しかし、人びとはみんな神の子である以上
神の子として神理を追い求めるということ。
神理を求めてやまない、そのような習性を持ったのが神の子であるのならば
必ずやこれらのあなた方が出される書物は
今はそれはどの支持者がなかったとしても
必ずや時代の流れの中で多くの人びとに待ち望まれ
そしてこの夢を変えてゆくような
底力を出されるような書物になっていかれると思います。

ですから、どうかあきらめることなく
今の地道な作業を続けていかれてほしいと思います。
わたくしもこのような立場でこの方を
守護霊のひとりとしてやっておりますので
この方を支えていきたいと思います。

ひじょうに、一回の人生で何回分もの転生に近いようなことを
この方は経験されているのです。
本来であるならば、二回か三回分の転生の内容だと思います。
わたくしが最後に亡くなったのは、十九で亡くなっておりますから
それから考えたならば、何倍もの凝縮された人生であるのかもしれません。

しかし、この年齢だからこそ、数々の過去の若い頃からの経験があればこそ
このような一大事、重大な危機に対応できる
それだけの経験とキャリアというものも
今世身につけられたのだと思います。

あなた様におかれましても、やはりそのようなG会と言われている
エル・ランティの説かれた法からずっとごらんになられ
学ばれておられると思うのですけれども、それはけっして無駄ではない
一回におかれまして三回分ほどの転生をしたような
重大な、重大なご自分の過去の
過去世の経験の中の魂の輝かしい記憶として
力を蓄えた時代として記憶されることだと思います。
ですから、あきらめないで、わたくしたちも指導していきたいと思いますので
どうかお力を貸していただきたいと思います。

わたくしはあんまり能弁な者ではないので
聞かれたことに対しては答えますが
やはり神の使徒として霊言を預かり
神の存在を、常に神の御言葉を地上に伝えることによって
目に見えぬ神の臨在というものを地上に証明し
そしてその言葉を伝えつつ、魔の勢力、その運動
を阻止しようとする力に対して、実際に戦というか戦いをもって
この時代の新たな時代をつくっていく。

そのような行動をする、そのような個性を持つ霊体としての機能というか
魂というものの個性というものを持ち合わせている。
その意味においてはわたくしもこの方も同じであるということなのです。

(2005.2.24 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-02-05 06:58 | ジャンヌ・ダルク | Trackback | Comments(0)

ジャンヌ・ダルクからのメッセージ(2)

巫女としての仕事をする
天上界の言葉だけをしっかりと集中的に受け入れていく
そのことと、戦場において戦をしていくということ。
その両方にとって何がいちばん気をつけなくてはいけないかと申しますと
「己心の魔」、「外的な魔」、「魔との戦い」ということなのです。

霊言をとる者におきましても、最初はよくてもすぐ狂っていく者が多いのです。
霊言をとるには、それだけ純粋な、純粋な波動の中で
神の言葉を受け入れていくという
そのようなストイックなパイプというものが必要になるのです。

それは、少々何回かの人生の中で霊能力というものを磨いたぐらいでは
やはりこのような機能というものを持つ者は、難しいのかもしれません。
最初からそのような能力というものを持っている者たちがいるのです。
魔にも強く、かつ、天上界からのパイプをしっかり受け入れる。

そして、まさに阿修羅界と呼ばれている戦場においても
その神理の戦いとはどういうものかということを人びとに示しながら
この戦というものを、神の戦というものの中において
神の証明というもののステージとして、わたくしたちを使っていただく。

そのような意味において、魔というものに対して強い耐久性
魔に惑うわたくしの時代には、わたくしの時代の困難がありました。
人びとはまだまだ教養がなく、本来何が神の神理であるかという
高度な判断力というものを持ち合わせていませんでした。

だから、とても純度の高いけがれない神の子としての
その巫女としての姿を人びとに見せることにより
現象というものを打ち出すことにより
「ああ、この者は神の使徒である」というふうに認識されて
人びとがひれ伏すという、神の前にひれ伏していくという
そのようなことをもってわたくしの役割があったのですけれども。

アマーリエ様の時代におかれましては、皆さま方の時代におかれましては
もうわたくしのような時代のものではなく
高度な教育、知性、新たなる天上界から起こされた
ほんとうに多くの法というものを学ぶことによって
大いなる知的な判断力の中で
この時代を新たな宇宙への創世紀にもっていこうと
愛の星に変えていく時代がきたのであると
そのような天上界のひじょうに高度な法体系というものが
今地上に降ろされるということ。

それを、その知的な部分における教養も積んだ霊言というものを
今この方は降ろされているのです。

わたくしたち女性霊の中におきましても、これだけいろいろなことを理解し
霊言能力として降ろせる者は、なかなかいないのです。
女性、巫女と呼ばれている者たちは特にそうなのです。

男性方から見たならば
まだまだこのアマーリエ様の持っていらっしゃる能力というのは
劣って見えるかもしれないけれども
わたくしたちのように霊言を降ろすという意味において
はるかにわたくしたちの分を越えた、この神様からの法
智慧というものを一言語化し、翻訳し
私たちの言葉を地上に伝えることができるという
そのような霊媒機能を持った者というのは、ひじょうに珍しい
あまりいないということなのです。

おられますよ、天照様とか日向様とか、あのような方がた
そう、ヘラ様にしてもそうです。
ああいうひじょうに高度な知性の
女神様と呼ばれている方がたはおられるのです。

わたくしもそのような霊言を預かることはできますけれども
やはりそれにはそれなりの格と申しますか
それなりの力を待った者たちが当たらねばだめであったということなのです。

ですから、まあ今回でも巫女的な部分を持った女神たちというのは
たくさんではないですけれども、ある程度はおりますけれども。
まあ第三の計画の要員として埋め込まれたということは、万が一
万が一のときは相当な魔に支配された修羅場のような社会として
仏陀がその法を説かれることの
行き先をふさがれた時代であろうということを思いまして
やはり戦闘系と呼ばれている方、魔に強い巫女という者が
やはり今回お役をいただいて降りてきているということが事実なのです。
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ですからこの方は本来、もし第三の計画が発動されなければ
ささやかな人生の中で
女性としての修行をしていきたいというふうに望んでおられたと思います。

しかし、そのことだけで本人は思っておられますけれども
済むわけではなかったのです。
やはり一大ギリシャの時代、もし仏陀におかれましても
そのご意図が成功なさったとしましてもね、そのあとに草の根の中で
ひとつの文化の発信として、社会を変えて光を放っていくという意味において
やはりこの方は駆り出される使命があったのです。

ですけれども、まさかこのような大計画の責任者として
このような数々の霊言を受ける者として呼ばれるということまでは
思わなかったと思います。

ですから、ひじょうに当初当惑し
この計画を進めるミカエル大天使様のお気持ちを見ながら
ご本人がミカエル大天使と、まあ傍らから見ていると言い合いのような
兄弟げんかのようなことをしながら、「いやだ、いやだ」と申されていたのも
わたくしは脇で見ていて両方の気持ちがわかるだけに
ハラハラとして見ていたのです。

でもやはり、ちゃんとするべきことは
いやだと申されてもちゃんと受け入れられ
そのご使命を果たされる方ですので。
まあ、最初はいやだと申されるのです、この方はいつも。
でも、必ずやらなきゃいけないことはわかっていらっしゃる方なので
必ずちゃんとやってくださるのです。
人一倍責任感の強い方ですから。

ただ、すべてをやらなくてはいけないと思うと
とてもこの方にしても苦しくなると思うので
どうか、あまり全部が全部やらなくてはいけないというふうに
ご自分を追い込まれるのではなくて、やれることから手をつけながら
やれることは今やれることだけを優先して
あとでやってもいいことは
他の方にお任せするぐらいの気持ちでいかれたらよいと思います。

一度に大きくして。
一度につぶれてしまうようなことだけは、もう、今回はなさらないように。

(2005.2.24 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-11-24 12:03 | ジャンヌ・ダルク | Trackback | Comments(0)

ジャンヌ・ダルクからのメッセージ

わたくしは、皆さま方がご存じのように、農民の娘として生まれ
まだ十六歳の幼い時にさしたる教育もなく、母や父たちのもとで
ほんとうにのどかな環境の中におきまして、平凡な村娘として育ちました。

今のあなた様方のような、高度な知識や教育というものを受けておりません。
自分の名前を書くのも、のちにほかの方により教えていただいた
わたくしは無学な、そのような境遇に育ったのです。

そのようなわたくしが、いったい神様にとってどのようなお役に立てるのか。
そのことを考えただけでも
神様はずいぶん無謀なことをなさるのだなと、最初は思いました。

しかしわたくしにとっては、常にわたくしを指導してくださいました
ミカエル大天使長様よりご指導いただいて
フランスという国をもう一度立て直すために
「ジャンヌよ、降りていってくれないか」と言われて
わたくしはその命を受けて降り立ったのです。

わたくしがお仕えしていた国王になられた方におかれましても
わたくしには裏切りの連続であったかもしれないけれども
わたくしは難しいことは、何ゆえにこのような立場にわたくしが
普通の男性であってもあの時代に神様の指導により戦いをし
そして国王の位に、王位につけるために、わたくしのような者が出ていって
いったい男性でなくて、男性であってもたいへんな活動であったと思うけれど
このわたくしのような者が何かできるというのでしょうかという
祈りが常にありました。

しかし今となりますと
それはフランスという国が、あのときに王位につけるためとか
そういうことだけではなく
あの時にわたくしのような、まったく文字も書けぬ無学文盲な者が
ただひたすらに神様の、大天使ミカエル様の霊示を受けることにより
神のご指導により、神の臨在というものが確かにこの地上におかれ示され
そして常に天上界の指導のもとに
わたくしたちは歴史を進めているのだということを理解させる
ひとつの証のような時代として、わたくしの使命があったということを
あのあと聞かされました。

その意味において、いちばん多くのわたくしたちの時代のときには
教会の権力というものが村の、町の、国のシステムの中に
構造の中に入りこんでおりましたので
多くの人たちはキリスト教という神学というもののかせの中にいながらも
ほんとうの意昧での信仰心、素朴な意味での神とのつながりというものが
見えなくなっていたのです。

修道会とか国王とか、神ということをだしにして人を支配し
国を治めようとするそのような縛りの中に人びとは生きていたのです。

まだまだ教育水準も低く
貧しさも無知蒙昧な部分も多くの人びとの中にはあって
難しいことが、今あなた様方が説かれるような
難しい法というものが説かれましても
理解できる者たちはほんのわずかの者たちであったということ。

そのような、文字もわかり、ドイツ語もラテン語もすべてがわかっていくような
一部の学識者というのは、大体が僧侶
キリスト教系のいわゆる聖職者と言われている方がたでございましたので
わたくしのような普通の一般の者たちには
そのような法が難しく説かれましても理解する能力もなかったのだと思います。

そのときに、間違いなくそのような中において
純粋なる神につながる信仰心というものはどういうものなのか
そして確かに神の啓示を受けて
わたくしのように神の言葉を預かりながら人びとを救って
人びとの日常、人びとの幸せというものを
確かに天上界が見守っているのだよということを
多くの人びとに与えていく、示していくという
そのようなチャンスのひとつのステージの一部として
わたくしの役割があったのだと、今思うと、そう思います。

ミカエル大使様は常に、人びとの心の中に純粋な神とのつながり
信仰心というものが薄れることをお嫌いになり、危惧なさっておられるのです。
どのような戒律に満ちた
どのように宗教的に哲学か神学の僕であると言われるように
ひじょうに高度なキリスト教の教義に
がんじがらめの生活の中に生きておりましても
人びとの心の中に、やはり根づく素朴な信仰心というものが
純粋に指導されるというそういう時代ではなかったのです。

それを新たに人びとに、天上界の指導とはどういうものであるのかということ。
逆に、ラテン語やドイツ語や
難しい聖書の勉強をいっぱい知っている聖職者たちより
わたくしのような無学文盲な、このジャンヌのような村娘こそが
素直な気持ちになれば、神々のお声を聞いて人びとを救いうるのだという
その実証をするために、わたくしの使命はあったのだと理解しております。
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ですから、ほんとうの意味で知識、教養があり
その素朴さにおいても純粋なる信仰心により天上界につながるのであるのならば
それは両輪が整い、とても素晴らしい姿なのですけれども
わたくしが生きた時代におきましては、ほとんどが無学文盲な
高度な法など理解できない、そういう者たちが主流を占めていた時代ですので
その者たちの中において、ひとつの神というものを証しするための
一大ドラマであったかもしれない。
そういうふうにわたくしは思っております。

わたくしは、このアマーリエ様のことを長いこと見てきているのです。
この方がK会や、ある会でひとり
人びとをひっぱりながら奮闘しているときから
今度はわたくしが守護霊をしながら
この方にインスピレーションを送っていたのです。

ですから、この方がほんとうにもう最後、このレムリアになったときに
もうこのような運動はたくさんだと、こりごりだと
うんざりしている姿というのを私は痛いほどわかっていたのです。

ですけども、この最後の戦いこそにほんとうの意味があるのだということ
そのことを理解して、どうか一緒に頑張っていただきたいと
わたくしはこの方にいつも言っていたのです。
で、やっと重い腰を上げていただきましたけれども
わたくしはこのアマーリエ様の気持ちは痛いほどわかるのです。

ほんとうに子どもたちとともに幸せな、平凡だけれどもささやかな幸せの中に
女性として生きていきたいという気持ち
それはわたくしにおいても同じだったのです。

誰が好き好んでこのような、まだ何の社会経験も
ましてや戦の戦い方など何も知らぬわたくしが戦地に赴き
兵士たちの指導者になんかに、なりたかったでしょうか。

わたくしがいちばん望んだのは、母さんや父さんと兄弟たちと一緒に
あの田舎のフランスのあの地で、母さんと一緒に毛糸を編んだり
一緒にパンを焼いたり羊の世話をしたり
そのような生活を私はほんとうに好んでいたのです。

しかし、わたくしにおきましても、この方におきましても
神よりの啓示により
自分でいくら耳をふさいでも、次から次へと呼びかけてくる
天上界からの声というのが聞こえてくるのです。
それは、否定しても否定しても、呼びかけが続くのです。

ささやかな平凡な幸せに憧れながら、でも、やはり神からの
神様からの招命には受けていかなくてはいけないという
自分かちの本能のような魂の呼びかけの中で立ち上がっていく。

そこにおいては、けっして他の者たちよりも優れているとか
他の人たちよりもやりがいのある仕事だなどという
そのように男性方の考えられるようにそんな個性は
私たち女性の、たとえ「戦闘系」と先ほどおっしゃられていましたけれども
私たちのような立場にありましても、けっして好ましい招命ではないのです。

でも、わたくしやアマーリエ様のように、神々のお声が聞こえて
そして戦いというものに対して
もう過去世の中でいくつかの戦いを乗り越えてきておりますので
自然と戦い方というものを身につけている者というのは
ひじょうに少ないので
やはり神の声を聞けるという意味におきまして
このような場所には神々により招命されて
そのお役に立たせていただく場に呼ばれてしまうという
そのようなことがあるのですね。
ですから、わたくしはいちばんわかるのです。

わたくしが今度生まれてきて
またジャンヌ・ダルクとしての人生を歩みたいかと言いますと
そんな人生を望まないと思います。

でも、いつも言われているように
人にはそれぞれ現象、その私たちの個性を
神々により、根源の宇宙の神によりつくられたときにね、その役割というか
使命と申しますか、そのような力というものを埋め込まれて
わたくしたちは創造されているのです。

そういう意味におきましては、わたくしもアマーリエ様も同じなのです。
霊言をとるというひじょうに、そういう能力を持ちながら
かつ、ひとつの時代のうねりの中において
人びとを引っ張っていき、指導していくという
そのような女性霊の役割というのを
太初から持ち合わせているのだと思います。

そしてこのような者は、けっしてたくさんの人数が女性霊として
天上界にもおりませんので、どうしても特殊な役割として
わたくしたちが駆り出されてくるということがあるのかもしれません。

(2005.2.24 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-11-19 08:04 | ジャンヌ・ダルク | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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