地球を愛の星へ

カテゴリ:マリア・テレジア( 7 )

マリア・テレジアからのメッセージ(7)

愛というものの奥深くは無尽蔵にあり、未来永劫
私たちの魂が永遠の転生を超えて私たちが学んでいくことなのです。
奥はないのです。
どこまでも、高い次元まで愛というものは深まっていくのです。

その意味を通しまして、あなた方はこの地上でどうあるべきか。
どう判断するべきか。
やみくもに不幸があると思わないでください。

先ほどから言っている親子関係、子どもの性別、ね。
ご主人との相性、性格の不一致で別れるのがほとんどなんでしょ。
性格の不一致なんていうのは理由にならないということです。
それを選んで来たのであるというのなら
不一致があってこそ磨かれるということ。
本人にとっていちばん痛いことだからこそ
題材として与えられるということなのです。

いちばん痛いものを通してしか人は成長できないということなのです。
だからこそ、いちばん苦しいと思うこと、でも、耐えられることを
範囲内で神はちゃんと大事なことを
大事な時期に与えられてくるということなのです。

それから逃げてはいけません。
人生は逃げても何もないのです。
逃げたら、ただただ成長が遅れるだけなのです。
また別の時に、また同じ材料がやってきて自分の魂を磨くという
痛い過程を経てくるのです。

でも、ゴツゴツ、ゴツゴツと、そのような流れの中で学んでいって
丸くなっていくうちに、魂は成熟を迎え
丸くて豊かな魂として磨かれてくることでしょう。
そのための大事な修行として、たかが数十年の地上の生命があるということ。

私たちの世界に帰って来たのならば、波長同調の法則というのがあります。
同じ者たちばかりが集まっているのです。
同じ者たちがいるところでは磨かれないのです。
やはり同じ者たち同士でいたわり、深いところでいたらば
自分の欠点などなかなか浮き彫りにされません。

三次元はさまざまな世界から出て来ます。
上にいたから完璧ではないのです。
五次元の者より七次元の者が上にいたから、じゃあ完璧であるか。
そんなことはないのです。

七次元の者でも、五次元の者、六次元の者と一緒にいるうちに
自分の素晴らしいところも気づきながら、でも、やはり自分の欠点
自分がいたらなかったところというのを新たに発見するのです。
それには次元構造など関係ないのです。
次元の高さなど関係ないのです。

未熟な、まだまだ未熟な魂たちが、少しでも完成した
素晴らしい魂に成長していく過程の中において、素晴らしさがあるのです。
完成した、パーフェクトな人間など、魂の誰一人として
たとえ今、九次元の、救世主と呼ばれている方だって
完璧な方など一人もおられないということなのです。

完璧を望むのではなくて、成長することを喜びとし、感謝するということ。
それを、ただただ神に感謝して、私たちは昨日よりも今日、今日よりも明日
少しでも進歩、成長していきましょう。

そのためにともに手を取り合って、ともに励まし合って
つらいときは一人で泣かなくていいのです。
慰め合って、抱きしめ合って、一緒にこの課題を果たしていかれること。

そして、この救世運動のために
まだまだ多くの方がたがこの地上におられます。
その方がたを恐れることなく、呼びかけていってほしいのです。
その方がたに何かされるということではなくて
その方がたとともに何かできるのではないかという希望を込めて
あなた方は新たな人びととの出会いを求めていかなくてはいけません。
ちゅうちょしてはなりません。
それこそが、この者が言う、七色の虹をかける、希望の女神と呼ばれている
希望の天使と呼ばれている理由でもあるのです。
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七色の虹をかけるとは
けっして一人ひとりの霊団のことを深く知っているわけではないのです。
ひじょうに浅く広くと言われるかもしれません。
でも、あらゆる個性の者たちを愛し、その母性の中で受け止め
そして、彼らの使命を、天命を果たすために
もう一度、大空高く舞い上げていく。

そして、みんなで大調和をした姿の中で、神の素晴らしい虹という
未来に対する希望をかけていこうではないか。
そのためのお役をさせていただくのが、このアマーリエという魂の
神より与えられた使命そのものであるということなのです。
わたくしにも与えられた使命であるということなのです。
それをどうか現代の人びとはわかっていただきたい。

けっしてわたくしが、この者が
あなた方より専門的に卓越した知識を持っていたり
抜きん出た技術を持っているわけではないのです。
ただできることは、あなた方を受け止め、励まし
あなた方の天性の力を出すために、お力を貸すために
脇にいるというだけのことしかできないかもしれません。

でも、ひとつの時代精神を指し示しながら、あなた方を励まし
ひとつの神様の方向へ導く、いざなう、そのお役をさせていただく。
それがこの者が持っている力であり
そして、そのために戦っていくものが、この者に与えられた
神より与えられた使命であるということ。
それを今日、わたくしは明かすためにまいりました。

わたくしは今、マリア・テレジアではなく
本体エネルギーとして話をしております。
これがアマーリエの使命であるということです。

わたくしも数々の修行がございまして、ひじょうに周りの方がたに
たいへんなご迷惑をおかけしました。
今世、ひじょうに苦しい思いをしまして、自らの魂を修復したり
自分自身を取り戻すためにたいへんな時間とエネルギーをかけてまいりました。

よもやこのような使命が、このような段階で起きてくるとも
思いませんでしたけれども
今できる限りの力をもって、わたくしができることが、もし少しでも神様の
皆さま方のお役に立てることがひとつでもあるのならば
その残された命をかけましてお役に立たせていただきたいと
今、心からの決意を持っているものでございます。

(2005.9.22 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-12-29 15:54 | マリア・テレジア | Trackback | Comments(0)

マリア・テレジアからのメッセージ(6)

女性の幸せというもの、母としての幸せを抜きにして
女性霊の幸せというものはないとわたくしは断言できるのであります。

ですから、今回は普通の、当たり前のところで
当たり前の女性としての幸せを望みました。
その中において、自分は何ができるかということ。
それを自分に常に問いかけてきた人生でもあったと思います。

でも、まあ結果的にこのような状況になりまして
わたくしのような者でも出て来いということになりましたので
わたくしはこれから自分の過去世、いろいろ学ばせていただいたもの
総力を挙げてこの者を援護しながら、この地上での生命というもの
神により与えられた役割というものを果たしてまいりたいと思います。

この者は、私の生命体における本体のエネルギーでございます。
本体エネルギーの者が出ております。
それは、アマーリエという名前を使っておりますけれども
この者が神より与えられたものは愛の女神であるということ。
そして、七色の虹をかける者という、その役割を与えられているのです。

愛というものが神の愛のエネルギーそのものであるということ
それを明かされた今におきまして
愛というものはイエス・キリスト様が愛というものを説かれました。
でも、それは普遍的な意味においての愛でございました。

そして、そのような根本法のような愛ではなく
私のような、この者が説くものというのは
現実生活に即した愛というもの、まあ、一女性の姿を通して
女性霊を通しての愛のあり方というものを社会に出していく。
そのような、逆に言うと、それが一人の、一介の女性である妻である
そして、母親であるという、愛の表現としての愛というもの。
本来、男女というものにおきまして
母性というものを神より預かっております。
その母性を通して男性方を包み、女性の母性をもって男性方をまとめあげ
時代の、ひとつの時代精神というものをつくっていく、謳い上げていく。

そして、このような時代に
やはり男性のいろんな方が出て来ていざこざを起こすのです。
そのような時に、女性の母性をもって、そのような男性方をまとめ上げて
男性方に素晴らしいお仕事をしていただくという
そのような役割というのが、やはり時代精神の中における
女性霊としての究極の姿でもあるということ。

そして、女性というものが、ひじょうに受容性に満ちているということをもって
このように霊言をとる能力というものが男性よりも優れている。
そのような受信能力というもの、「受信」と言いますね
それは全面的な受容性ということなのです。

男性はどうしても、こうあるべしという理念が先に入ってしまう。
そういう意味において、受信能力はやはり落ちているということなのです。
受信をするということは、自分の思いが入らないということ。
これからしゃべろうとする霊人の思いを
なるたけ自分を無にして、受け入れて伝えていく。
そのような意味において
巫女というものが女性たちに多いのもそういう意味なのです。

役割として女性霊が巫女という仕事を授かっている
役割において多いのも事実であるということをもって
女性の特性であるということ。
たまたま女性という特性を持って、愛というものがなんであるか
そして、その延長には、だから夫婦愛というもの
そして、親子愛というもの、そういうものも通しましたけれども
究極的には
まあ、この間、マヌ様が出て来て男女の法というものを説かれました。

これはやはり、この者の縁生を通して、男女の法というものが説かれたのです。
ということは、男女の法という部分においての、男女の、まあ、情念も
普遍的な愛というものに通しましても、やはり愛というものを授かっている
役割として表現していくということを授かっている。
そのような多様な部分において愛というものを表現していく。
そのような役割が、このアマーリエという者には神が与えられたものとして
いや、使命としてあるということなのです。

ひじょうに普遍的な愛という、イエス・キリスト様の説かれたような
人類愛のようなそして、この間、アモール様が説かれたような
宇宙の根本的な愛というものを説くような格にはございませんけれども
日常的な、この三次元の人生に即した
生きた愛というものの学びというものについて
わたくしなども、時代精神の中において
母性を通してわたくしのような形を通しても
愛というものを伝えていきたい。
女性指導者としての愛というものが、どういうものであるかということ。
母性というものがどういうものであるかということを
時代の中で表現してきた。
それがわたくしという魂のグループの持っている
魂の使命というものでもあると思うのです。
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そして、これから数々の者たちがやって来るでしょう。
それと同時に数々の抵抗に遭うことでしょう。
現代の科学、唯物思想的な、その究極の今の時代の中において
霊的な価値観の革命というものを起こしていく。
その中において、ひじょうに多くの抵抗に遭うのも目に見えているのです。

その中において、正面からぶっかり合うよりも、女性の愛というものを通して
神が愛の根本エネルギーであるということを通して人びとに伝えていく。
女性の愛という姿を通して、母性愛というものを通して
わかりやすく神の愛というものを中継しながら、解説しながら
この者はこれから愛というものを伝えていくことでしょう。

この愛というものが説かれていくことをもちまして
後の世から、レムリアというものが、愛の時代、愛の世紀というものが開いた
そういう運動の先駆けであったと
愛の時代というものがこれから訪れてくるということ。
そういうふうに言われてくる時代が、のちの世にくることでしょう。

愛を語るもの、それは普遍的な、神のエネルギーが愛の法則であり
愛のエネルギーである、その愛のエネルギーこそが
宇宙すべてを貫く根本的なエネルギーであるということを
わたくしたちはやっと学ばせていただく段階に来たのです。

ということは、キーワードは「愛」であるということ。
だから先ほどから言うのです。
地上の修行というものは、わたくしたちが愛というものを学ぶために
大事な、大事な愛というものを学ぶために
あなた方は、私たちは地上に生命を受けたのですよと。

それを、ほんとうに愛というものを深く学ぶために、修行するために
数々の人間関係、国家体制、宗教もすべてが与えられてきた。
そのような教材であり、資料であったということ。

そして、もうそれを卒業していくから
新たな、もっと大いなる価値転換の中で
高次元の愛というものを学ぶ段階に入りましょうという
そのような霊的な愛の世紀が始まるということなのです。

(2005.9.22 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-12-16 18:15 | マリア・テレジア | Trackback | Comments(0)

マリア・テレジアからのメッセージ(5)

お子様がおできにならなくて悩んでおられる方、見受けられますけれども
それはあなたが決めて来たのです。
誰が決めたのでもないですよ。
あなたが決めたのです。

もし欲しいのであるのならば
子どもが生まれるような状況を自分でつくって来ます。
そのような体を持って来ます。
あなたは子どもを受け入れるということを拒否して来た。
子どもを産んでいく人生よりも、子どもがなくて自分の力を発揮する時代
そういう人生をあなたは望んで来た。
だから、お子様ができないということ。

ですから、それをいたずらに嘆かないで
あなたがやりたいと思った今世の貴重な人生を
あなたのできる限りの努力をもっておやりになることを私は望みます。

今ひじょうに子どもができないことを悩んで、不妊治療とか
男女産み分け法で頑張られておられる方がおられるでしょう。
でも、そのような過程というものは
確かに環境的なことは確かにありますけれども
わたくしのような者から見ておりますと
大方がご自分で選択なされた方が多いということ。

このような文化が爛熟した、このような現代的な時代になりますと
女性においてもひじょうに優秀な、有能な女性たちが出て来ます。
ひじょうに魂的にも
最終的な仕上げ段階に来ている者たちがたくさん出て来ているのです。

そのような過程の中において、自分の能力をぜひとも発揮したい。
まあ、自己実現というか、それ以外においても、救世の事業においても
自分は命がけでやりたいという思いが強いがゆえに
そのような家庭愛的な部分とか
やはり子どもにとらわれたくないという思いを
正面から打ち出して人生計画をつくって来る者も多いのです。

そのようなことにおきまして、今嘆かれることよりも、逆に子どもがいないから
そのような家庭の中で何ができるかということを
最大限に時間とかエネルギーは自由になるわけです。
お金も自由になるわけですから。
そのようなものを通して、ご自分の実力を発揮することをもって
神に、神様に対して、地上人類に対しての愛を発揮なさられることを
そのことがあなたの人生をより輝かされる結果になると思います。

そして、まあ不思議なんですけれども
今の日本において、養子制度というものは
あまり一般化されてないように思うのですけれども
わたくしは、魂においては別物であるということを、最初に今回申しました。
たまたま血筋がつながっているだけなのです。
それはあなた方、一人ひとりが思わなくてはいけません。
血筋がつながっていることにより、修行を途中で投げ出すことができない。
そのような利点があるがゆえに
親子関係という、血筋というのはある意味であるのです。

でも、魂において、たとえ今世血がつながっていなくても
もし養子を望まれてあなたのもとに与えられて来る子どもがいるのならば
その子は必ずやあなたとどこかで縁のあるお子さまなのです。
魂なのです。

そのお子さまが、たまたまご両親をなくされている、庇護者をなくされている。
そして、あなたに時間とエネルギーと経済力があるのならば
その愛を惜しみなくそのお子さまに向けていく。
そして、それを地域に向けても、困っているお子さんたちに
孤児院に対してのボランティアとか、そういう形でもいいと思うのです。

個人的に引き受けなくてもそういう形で、あと地域の老人の方がたに対してでも
お子さま、身障者の施設のボランティアはいつも人手不足で悩んでおります。
そういうところに行って
そういうお子さまたちに対してボランティアをしていく。
奉仕していく。

それは神のお心、神に対しての奉仕への姿でもあります。
神の愛に報いる姿の現れでもありますし
そして、それを通してあなた方の魂が学ばれる
そして、徳を蓄えられる素晴らしいチャンスになると思うのです。

愛というものは、分け与えよう、捧げていこうと思ったら
道はいくらでもあるのです。
でも自分のお金、自分の人生、自分のエネルギー
人に与えたら損してしまうという、そのような貧しい思いがあるから
人びとは、何がなんでも自分の子どもが欲しい
何がなんでも、女の子ばかり、男の子ばかりだから
何がなんでも男の子が欲しい。
そのように思って自分の人生を暗くしてしまうのです。

今、妃殿下と呼ばれている方でも女の子を授かりました。
本来ならば授からない方であったのです。
でも、神々の世界から
あまりにもお気の毒だということで女の子を授かったのです。

やはり時代の中で、日本神道の流れの中において
皇位というものは、皇族ですか?
あなた方が皇族というものが、天皇家というものの使命というもの
役割というものがあるということ。
それは時代の中で設定されているものがあるのです。

だから、いたずらにご自分の責任であると思いすぎないこと。
できないところにかわいい女の子を授かったのであるのなら
その方をいとおしまれて、そして自分の人生を感謝に満ちて
もっとそんなにすべてをやろうとするのではなくて
愛に満ちて、幸せに満ちて生きようと心を転換されたのならば
どれだけでもあなたの人生は、幸せになるのですよと、申し上げたいのです。

ですから、女の子だから、王位継承権がないものだから
自分を全部、すべて責めて不幸にすれば
お母様が不幸になってほほえみかけなくなれば
そのお子様も、ご主人も、家庭がひじょうに暗いものになるのです。
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女性たちに申し上げておきます。
前にもどなたかがおっしゃられていたと思います。
女性というものは家庭の中において太陽であるということです。
どれだけつらいことがあっても、家庭の中ではほほえみましょう。
夫に対してもほほえみましょう。

ほほえみというものは、無償の愛というものを
神様より与えられた愛というものを
地上に表現するための手段として
特に女性の微笑というのは貴重なものなのです。
ほほえみというもの、笑顔というものを通して
この地上を照らしていきましょう。

この国を指導するとか、国家を、体制をどうのこうのするということが
一介の女性たちにできなくても
家庭の中で、夫に対して、子どもたちに対して
そして地域の人びとに対して、ニコニコとほほえみかけるだけで
あなた方は愛の天使になれるのであるということ。
この地上に愛という光を投げかけることができる光の天使であるということ。
それこそが女性霊たちに本来、求められていた
神が求められておられる姿であるということなのです。

女性がいたずらに男性化し
権力や自己実現をはかって国の指導体制を握ろうとすることよりも
一人の女性として、愛の表現者として
ご主人を、お子さま方を愛の中で育まれ、慈しまれ
そして、この地上に勇気と慰めと
励ましをもってこの地上に送り出されていく。
その姿がどれだけ女性霊として尊い仕事であるかということ。
かけがえのない仕事であるかということ。
それをあなた方、女性たちは気づいていただきたいのです。

(2005.9.22 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-12-09 13:47 | マリア・テレジア | Trackback | Comments(0)

マリア・テレジアからのメッセージ(4)

まあ、夫婦というのは血がつながっていないので
今は安易に離婚というのができましょう。
でも、親子はどうでしょうか。
自分の血を分けた子です。
父親にとっても、母親にとっても、自分の血を分けた子ではありませんか。
そうするしがらみのなかで、たとえ投げ出してしまいたいと思うことでも
必死に人間は留まって、何とかその関係を通して成長し
折り合いをつけてうまくやっていこうとするのです。
やろうとする、その投げ出さないということを通して
魂は成長し合うのです。
高め合うのです。

でも、夫婦というものは血がつながっていないということで
あなた方の時代では安易に解消してしまうことが多い。
それはひじょうにもったいないことです。

夫婦が、ともに男女が成長し合うことをもって
あなた方が今、魂の学びにするための今回の転生であるのならば
今回の結婚というものをひじょうに感謝するということ。

そして、子どもたちにおいてもそうなのです。
先ほど言った、魂においてはまったく別物であります。
別物であるということを通して、逆にわかるからこそ
今回一緒に出てくれたことにどれだけの学びがあるかということ。
その子を引き受けることにおいて、子どももすごく成長するならば
あなた方親たちも、大いなる成長があるということ。
わたくしもそれを学びました。

自分が思う通りになるからといって、思う通りになってきたからといって
子どもの個性はいかんともしがたいものがあるのです。
それを尊重することです。

でも、その魂とともにこの時代を生きることをもって
あなた方は今、何を学ぶかということ。
それを考えるのなら、たとえ身障者の子どもを授かったとしても
それを引き受けるとあなた方は約束をして出て来ているのですよと。
身障者をお持ちになるお母様方、お父様方のご苦労をねぎらう気持ちとして
わたくしは申し上げたいのです。

あえてそのようなたいへんな魂を、そういう方においても
たまに事故はございますけど
ほとんどの方が計画してお出になっているのです。
そういうことを引き受ける親御さんは
たいへんな徳を積まれることになります。
たいへんな学びをされることになります。

忍耐というものを通して、真の愛が何であるかということを
体を持って学ぶのです。
そのような尊い修行をなさられるために
尊い魂をあなた方は預かられている。
そのような素晴らしい親御さんたちであるということを思うのならば
どんなに、たとえどのような確執があったとしても
そのような身障者だからといって
自分からその親であるということを放棄するような
そのような選択はしていただきたくないと思います。
それはあなた方が計画して来たのですよと、それを申し上げたいのです。

勇気がくじけることもあるでしょう。
頑張れなくなるつらいときもあるでしょう。
そういうときこそ、周りの方たちが助け合って
互いに励まし合って乗り越えていけるような
そういう社会をつくっていきたいと思います。

弱き者が淘汰されるのではなくて、弱い者、力尽きた者がいるからこそ
みんなで励まし合って、活かし合って、慰め合って、愛し合って生きていく。
それこそが神様が望まれておられる
愛の花園である地上ユートピアそのものの姿であるのです。

強い者だけが生き残っていく、生きる価値があるなどと思われるのは
けっして神のお心ではないということです。
そのさまざま魂が修行する、この地上というものを通して
あなた方はご自分たちの魂を磨かれ、使命というものを見つけていくのです。

それを打ち立てる時代がきました。
わたくしたちが、国家と国家の戦争を通して、国というものを安定させ
地球というものをひとつにまとめ
文化というものを、思想というものを通して
地球をひとつにまとめあげるために
わたくしなどはその使命を果たしてまいりました。

そして、これからは単に国家と国家の戦争ということではなくして
ある意味で、霊的な革命を起こすために
人間の価値観を変えていくための戦いが行われていくのです。

あなた方が考えている以上に、これは戦いであるということ。
変革期がくるということ。
その意味をもちまして
わたくしはまたこの地上に命を持っているということが事実なのです。

あなた方は戦いとは思わないかもしれない。
でも、わたくしたちの世界から見たならば
大いなる霊的価値観を転換していくための
大いなる革命的な戦いがあるということ。
霊的な世界においても戦いがあるということ。
それをあなた方は理解していただきたい。

そのような、ひじょうに思想的な源流のところに
あなた方がおられるということ。
その意味において、この者が言っていたように
戦いが始まっているのに鎧を着けて来ないとは
どういうことだということを言っておりました。
そのようなことであると思います。

そして、わたくしが言いましたように、私の時代でもやりましたように
できる限り外交的戦略というもの、そして、人材投与というものを通しまして
いらぬ無益な戦いというものを避けていただきたいというのがあります。

やはりそのようなものというのは、いつでも大切です。
日蓮様がおっしゃられていましたように
むやみな他集団とのぶつかり合いはなるべく避けるように
それは戦略のひとつでもあります。
そして、それは神のお心でもあります。

ひとつの思想というもの、ひとつの運動を通していくには
やはり数々のあつれき、戦い合い、敵というものが出てくるのは事実なのです。
それに負けていては
ひとつの流れというものを押し通せないというものもあるのです。

でも、むやみないざこざというものは避ける、かわしていく。
それは、外交的戦略というものを通して
やはり上手に交渉していく交渉術というものを通して避けられる。
わたくしはそのような者に外相という、まあ、あなたたちで言うと
外交官、外務省の人臣のようなものをよく登用しておりましたし
そして結婚というものを通して
子どもたちをそれぞれの国に送り込むことによって
無益な戦いというものを防いでいたということもあるのです。
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あの時代の王族は、庶民の者たちがパンや貧しい物しか食べない時代に
贅沢極まる生活をさせていただいていたのです。
宝石を身につけ、高価なドレスを着せていただいたのです。
ほんとに一部の特権階級の者たちだけが貴族と呼ばれている
領主と呼ばれている者たちだけが
そのような恩恵に浴していた時代でありまして
ほとんどの者たちが貧しかったのです。

そのような中で、このような贅沢をさせていただくという意味において
修行の過程で、やはり政略結婚と呼ばれるようなものの中を通して
人びとのお役に立っていくという
そのような役割があってもよかったのではないかと
わたくしは率直に思っております。

ですから、いろいろ賛否両論ございましょう。
私のやり方においてもひじょうに賛否両論
その後もあったのもよくわかっているのですけども
わたくしはわたくしなりのスタンスによって、考えによって
その時代の改革というものを
わたくしなりの改革というのを進めていったように思います。

神の国というものにおいて、真の平等が実現される、今日のような時代の中で
わたくしは貧富の差などというのがなく、人びとがほんとうに愛し合って
ほんとうに神様のお知恵という、このような天上の叡智というもの
神理というものを学ぶ機会というものが、どの者にも与えられて
そして、このような最終的な地上ユートピアの実現というもののために
もし人びとが力を合わせ、地球を変えていくことができるのであるのならば
わたくしも今までこのような状態をつくるために
この地球の現在をつくるために頑張ってきた者として
感無量の思いでございます。

これから霊的な革命を起こしていく上で
あなた方は自分の魂が永遠であるということ
魂においてともに修行し合う立場にある者であるということ。
そして、この間あなた方が学ばれた、神が愛の法則
神のエネルギーそのものであり
そしてあなた方は、私たちはみな神の子であり
愛を分かち合った、分けられた
愛を表現するために、愛を学ぶために
そのように地上に与えられた神の子たちであるということ。

その原点を通し、愛を学ぶためにこの地上に出て来ているという
大事なことを忘れていただきたくないのです。
それが女性の生き方においても
今女性の生き方がひじょうに混乱しているように思います。
やはり女性たちが身を持ち崩していくようにも私は思います。

女性が女性としての神性
そして女性としての高潔さ、貞淑さというものを失っていったときに
あなた方、誰が不幸になるのでもない
女性たちよ、あなた方がいちばん不幸になるのであると
私は申し上げたいのです。

愛を学ぶということ、それは目で言えば簡単なように聞こえるかもしれません。
でも、愛を学ぶというのは
ひじょうに複雑な、さまざまな課題というものを人生に与えてくれます。
親子愛であり、夫婦愛であり、そして、地域に対して、地上に対して
宗教に対しての偏見を取り払っていくというのにおいても
愛というものを学んでいくことの過程にあるのです。

そして、あなた方「そんな大きなことはできないわ」と言う方においても
一人の女性として、どのように愛というものを学んでいくか
開花させていくか
そのようなことについてもあなた方は学ばれる必要があると思います。

(2005.9.22 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-12-02 15:41 | マリア・テレジア | Trackback | Comments(0)

マリア・テレジアからのメッセージ(3)

一人とてお腹にできた子を堕ろしていいということはありません。
大事な、大事な、お約束した、かわいい、かわいいわが子です。
その子どもたちは、その親との約束を信じて宿って来るのです。
その子どもを殺していい理由がどこにありましょうか。
そのことをあなた方は、もっと現代の女性たちは
わかっていただきたいのです。

約束があって、自分を信じて
信頼して出て来る者の命をあなた方は絶つことができるのかと。
物質ではない、単に物体としてあるのではなく、命の宿った神の子ですよと。

それも、あなたと特に縁生か強く
あなたに子どもとして受け止め合いましょうと
ともに生きましょうと、ともに修行しましょうと言い合って
約束を交わして出て来た我が子ですよ。
それをあなた方は殺せるのですかと。
わたくしは現代、中絶をする女性たちには問いかけたいのです。

あまりにも自己の幸せをエゴイスティックに求めるがゆえに
自分の人生というものを、愛というものを学ぶ過程として
この地上の修行場があるということ、肉体修行があるという
そのような視点をあなた方は見失ってはいけないと思うのです。
それを深く学ぶ、それを明かしていく
それがあなた方の運動の根本であります。

魂が永遠であるということ。
そして、私たちは愛を学ぶためにこの地上に出て来ているということ。
魂を一人ひとりが磨くために、それぞれの役割を与えられて
この地上をともに活かし合う
神の子同士が活かし合うことをもって神の御意思を反映し
ユートピアをつくる。

でも、その中のどれが欠けてもいけないということ。
ユートピアをつくるということに優先し
自己の魂を磨く、修行するという立場を忘れてもなりません。

そして、神が愛そのものであるということを学ばれたのであるのならば
神の子であるあなた方が、愛を学び、愛を表現するためにこの地上にある
そのような魂たちであり、役割を持つ者であるということも
しっかりとその魂の根底に据えねばなりません。

けっして難しいことではないのです。
それを学ぶことに、地上の三次元の存在意義があるということ。
そこがわかったのならば
単に魂としてあなた方がエゴイスティックに生きていいというわけが
あるわけないではありませんか。

ましてや親子の関係、夫婦の関係という
地上ユートピアの愛の原点と呼ばれているものが家庭愛の中にあるのです。
結婚愛の中にあるのです。
親子愛の中にあるのです。
そこをしっかりと学び、しっかり表現し、受け止め合うことのできない者に
地上をユートピアにすることはできません。

愛を表現することはできないと、わたくしは言い切っていいと思うのです。
けっして浮わついた気持ちの中に、無限大に広げた愛という中に
愛というものが存在するのではなく、まず身近な、当たり前の
ささいな生活の積み重ねの中に、愛というものは宿るのです。
そこに真実の愛というものが宿り
真実に愛し合うということを私たちは学ぶのです。

夫を心から愛し、妻を心から愛し抜く
この間マヌ様がおっしゃっておられました。
一人の女性を、一人の男性を、時を超えて愛し続けることができるか
愛し抜くことができるか。
それが神が望まれていることなのです。

それを最後学ぶために、魂のパートナーというものを神は用意されている。
今わたくしたちの段階では、それは過渡期的なところにあるかもしれません。
でも、今それがほんとうの魂のパートナーでなかったとしても
今結婚愛というものを通して、パートナーに対して
男性を、女性を愛するということがどういうことであるかということを
今学ばせていただいている
修行させていただいている過程にあるということ。
それにおいては、わたくしもあなた方も同じであるということなのです。

そして、個人の修行がある程度わかってきたときに
そこに自分たちの魂のパートナーというもの
永遠のパートナーというものが明かされていくという仕組みとなっております。

そこに至ったときには、その相手と時を超え、時代を越え
そして未来永劫続く、この永遠の命の中でともに力を合わせて
神の国のために、神のお心のために男女が力を合わせて
神のしもべとして、道具として役割を果たしていく。
それぞれのパートナーと一体になることにより
オリジナルの役割を与えられているのです。

みな同じではないということ。
その男女が一体となることにより
その男女、パートナー同士でなくてはできないという役割がやはりあるのです。

光線の数によるように
私たちは個性の数分だけ創造されているということなのです。
その役割をもって
また神のお役に立っていくという使命が与えられるということ。

まあ、そこに至る以前の段階として、私たちは今、結婚愛というものを通して
男女の愛というものを学ばせていただいているのです。
そこにおいて、あくまでも私たちは成長の過程にあり
学ぶ修行の過程の一部として、かけがえのないパートナー
今の結婚の相手を与えられているということ。

そこにおいて、お互いが愛し合い、慈しみ合うということ。
それが家庭という花園に、愛という花を咲かすということ。
そのことをあなた方はおろそかにしてはいけないと思うのです。
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苦しいことがあるから成長があるのです。
夫婦の間においても幾度もくじけそうになることがあるでしょう。
信じ切れないで価値観が違うことがあるでしょう。
でも、自分にとっていちばん成長しなければいけないものを持っている
かけがえのない相手だからこそ、あなたの結婚相手として
自分も相手も今、目の前に存在していてくれるという
その感謝をあなた方は持たなくてはいけません。

今、相手との関係が苦しいから
「ここを抜け出て、ほかの相手と一緒になったらもっと自分は幸せになれる」
と思うなどは、愚の骨頂であるということ。
愚かしさの限りであるということ。
言葉はきついかもしれませんが、私はそう言わせていただきたい。

今の段階において学ぶべきことがある
いちばん大きなことを与えてくれる相手であるからこそ
今自分たちはともに結婚という
神の前に永遠の愛を誓って夫婦となったということ。
そのことを思ったのなら、永遠の転生輪廻の中の一回です。
次にはまた、もう一緒にならないかもしれない。

でも、今という人生が一回であるからこそ
でも、永遠の転生輪廻の中の一回であるからこそ
かけがえのない学びの時であるかもしれないのです。
そのために、相手も自ら自分との縁を結んでくれたということを
思ったのならば
心から感謝をし、こうならないから不本意である、苦しいではなくて
こういう相手として相手が目の前に出てくれたことを心から感謝して
うまくいかないのならば、そこに何か学びがあるのではないか
自分のいたらなさというのを浮き彫りにさせてくれるというのが
また魂のパートナーの役割でもあります。

(2005.9.22 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-11-26 07:52 | マリア・テレジア | Trackback | Comments(0)

マリア・テレジアからのメッセージ(2)

政略結婚ということがあると、あなた方は思われたかもしれません。
わたくしも、わたくしの夫と会ったときには
やはり親が決めたものでありました。
国対国のこと、あらゆることを考えて
ハプスブルク家というものを存続させるには
どうしても女性を王位につけなくてはいけない。
そのために選ばれた夫でもありました。

でも、その中において、私は運命を受け入れたという以上に
そのようになることが
すでに神代の世界ではもう決まっていたということなのです。
すべて決まって出て来ているのです。
偶然はひとつもないということ。

であるのならば
あなた方の親子関係においても偶然はないということを思われて
ご自分たちの運命をしっかりと受け止めるという
その厳しさが必要であるということを、わたくしは申し上げたいのです。

政略結婚と言うと、ひじょうに不本意なことに思うかもしれない。
でも、そうなるであろう時代ということを見越して
自分が一緒になりたいと思う、縁のある方をそのように選んで来ている。
そのような時がきたのならば、そのように話がいくようにもってきている
というのが現状でありました。

わたくしの夫も、そのようにやって決まって来たのです。
そして、わたくしの子どもたちも
わたくしがひじょうに政略結婚のように進めていって
いろいろな国に送り出していったのですけれども
それに適合した娘もいれば、適合しなかった娘もおりました。

それによって不幸になったり、幸せになったりした者たちもいるのです。
ひどいところに行っても、そこでそれなりに幸せを見つけた娘もおりました。
そうかと思ったら、満たされないと言って、放縦な生活をした者もおりました。
息子においてもそうでした。
わたくしが言っても、自分なりの政治的なものをやりたいと言って
わたくしと意見が祈り合わなかった者もいたのです。

でもそれは、その中において自分
わたくしはわたくしとしてやるべきことを実現し
そしてその次の世代の子どもたちは、その環境、与えられた環境を通して
16人のうちの10人なら10人が、まあ16人が
先に亡くなった子たちもそれなりの人生があったのですけれども
その者たちがその環境において
やはり今回生まれた上において修行したいというテーマがあったから
それを果たすために、彼らはそのような環境を選んで来たということなのです。

そこにおいて自分なりの幸せを見つける。
折り合いをつけ、そのような一見ひどいような環境に思えても
そこで得られた幸せというものを、喜びというものを見つけて
自己の魂の糧として、成長として、そして神に対する感謝として
周りの人びとに対する感謝と愛というものをもって
自分の人生というものを生きることができたのならば
そこにおいて政略結婚であったからといって、それが不幸であったと
すべての不幸の原因であったという言い訳にはならないと思うのです。

それは一見、政略結婚のない、自由恋愛の時代と呼ばれている
あなた方の時代においても、結果的にわたくしたちの目で見たのならば
結婚などというものは縁ある者としかしないのです。

それは、わたくしたちの世から出て来る時に
あなた方が計画をしてきたものであるのです。
そして、その縁の中で、まあ縁がひとつということはありませんけれども
その中のいくつかの中において、自分が今世やりたいという修行を果たすために
自分で選び、計画してきた人生のテーマというものがあった。
その中において、相手にぶつくさ文句を言うということは
まるでお門違いであるということ。
わたくしはそれを申し上げたい。

そして、結婚する、しないも、あなた方が選ぶことなのです。
自由意志の選択というものがあります。
そして、子どもも産む、産まないに関しても自由意志があるでしょう。
でも、産むと決めた以上は、あなた方に授かった子どもたちがおります。
そして、子どもたちにとっても、あなた方、親にとっても
それは偶然ではなく
すでに自分たちが自由意志により選択してきた結果であるということ。

お子様方、性別がどうであるとか、子どもたちがどうであるとか
そのようなことを嘆かれる方がたを、多々見受けられます。
しかし、それはあなた方が地上に出て行くときに
すでに縁を結んできた方がただから
そこにお出になっているということなのです。

だから、女の子だけであるとか、男の子が生まれないとか
そのようなことを嘆くことは
本来は自分の計画に対して嘆いているのと同じであるということ。
そのような環境を通して、何を自分が学ぼうとして出て来たか。
そして、子どもたちは何を学ぼうとして出て来たか。
それを前向きに人生はとらえるべきであるとわたくしは思うのです。
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なぜ、女の子しか生まれないのか。
王位継承するにあたって、なぜ女の子しか生まれないのか。
わたくしにおいてもそうでした。
わたくしの父などもひじょうに嘆きましたけれども
生まれても女の子ばかりが生まれ
そして母が体を壊し、もう子どもを産めなくなります。
その中でハプスブルク家の存続というものが
王位が途絶えてしまうのではないかと
危ぶまれた時代でもありました。

でも、それはなぜであったか。
それは、まあ、言ってはなんですが
わたくしが生まれていくための時代設定でもあったのです。
そこにおいて、わたくしが生まれるということは
わたくしの両親にお願いをして出て来ているわけです。
その時に、もし兄や弟がいたのなら
わたくしはわたくしの修行ができなかったでありましょう。
わたくしが神より与えられた使命というものを
その時代の中で果たせなかったでありましょう。
そのことを思いまして、周りに男子が生まれなかったのです。

でも、どうでしょうか。
下手な男子が何人生まれるよりも
わたくしが果たした役割というのがやはりあったと思うのです。

そして、その中において、わたくしも最初の三人が女の子でございました。
女の子ではなく、もう悲願のように、男の子が欲しい欲しいということは
わたくしたち夫婦だけではなくて、周りの宮廷の者たち
そして国民すべてにおいても王子、王子という声があったのです。
そのプレッシャーはひじょうにございました。

わたくしは、女の子でもかわいくて、かわいくてしょうがないので
別にどちらでもよかったのですけれども
やはりそのような立場にあった者として
王子を望まれておりました。

でも、最初の三人の子どもたちの中に
最初にもし男の子が生まれていたのならば
私は女帝となって役割を果たすことはなかったということなのです。
わたくしがわたくしの能力を発揮して、その時代の中で役割を果たすには
やはりそこに王子が出たのならば、わたくしは単なる宰相として
後ろで擁護する者として、そのような立場でしかなく
わたくしに統治権というものはなかったのです。

だけども、最初に女の子ばかり生まれたから
やはりこれは入り婿の夫ではなくて
この者を、わたくしを女王にして仕事をさせた方がいいという
そのような流れに自然になっていったということです。
そのことをもって最初に女の子が出て
そして、わたくしが、それで華々しい
ある程度、国民に認められる女帝としての立場
女王としての立場を確立したときに
待ち望んでいたかのように王子が生まれてくるわけです。

それは、なぜであるか。
全部そこは計画されて出て来ているということなのです。
そう、それぞれの魂が、それぞれの環境の中で最大限に発揮して
修行ができるように、そのために結婚のパートナーにおいても
子どもたちの性別においても
どういう魂を自分の子どもとして生まれて来るかということも
全部が決まっているということなのです。

そのことを思われたのならば、今、男女産み分けとか
あなた方はいろいろおやりになっているかもしれない。
でも、それにはわたくしは基本的に反対であるということです。
神のお心をお心として、あなた方は地上で修行する身であるということを
わかったのならば、わからなくても神のお心を信じることです。

子どもというものは神よりの授かりものであると思うのであるのならば
その家庭の中で預かった魂を
ただただ謙虚に、ただただ喜びをもって迎え入れ
たとえ女の子であろうと、男の子が五人、十人生まれようと
その魂を引き受けると約束したのでありますから、それを謹んで喜びをもって
愛をもって、子どもたちを迎え入れ、育て上げていくという
そのような運命に対する受け入れというものを持っていただきたい。

それは、そこにおいてあなた方が、単に不本意な運命に翻弄されるのではなく
生まれて来る前に、すでにあなた方の個人の自由意志によって選択し
計画されてきた人生であるということ。
そのことを人類はもう知らなくてはいけないということなのです。

(2005.9.22 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-11-20 12:08 | マリア・テレジア | Trackback | Comments(0)

マリア・テレジアからのメッセージ

今あなた方は、人間の魂が永遠であるということ。
永遠の転生があるということ。
親子であれどもそれぞれ別の魂が縁を結ぶのであるということ。
そのことをもう学ばれておられると思うのです。

その意味におきまして、親子というもの、その修行というものを通しまして
女性においても、わたくしは個人的に親になるということ
そして、結婚なさるということを、大いに勧める立場にある者でございます。

女性が一人で生きていく、男性が一人で生きていくというよりは
やはり愛し合う男女が一緒になり、ともに助け合い
神様のご加護のもとで、互いに協力し合って
ひとつの家庭というものを通して
そこに愛というものを実現していく。
愛というものを社会に表現していく。
そして、自分たちの魂を磨く場として家庭というものを授かるということ。
結婚愛というものが、いかに美しいかということ。
それを私は心を込めて力説したいと思います。

いかなる相手であれども、一度自分が結婚して
神より与えられたパートナーであるのならば、その方を心から愛し
その方のためにともに尽くし合い
二人で愛というものをこの地上に花咲かすために実現させる場として
結婚愛というのは実に素晴らしい
ともに魂を修行し、愛を表現する場としてはかけがえのない貴重な場として
わたくしは神がおつくりになられたのであると
わたくしはそのように思います。

それと同時に、もし望まれるのであるのなら、ぜひ親になるということを
子どもを授かるということに
今の女性たちはちゅうちょなさる方が多いかもしれませんけれども
わたくしはぜひともお勧めしたいのです。

それはなぜかというと、わたくしのようにたくさん子どもを産んだ者として
子どもの数が多くなればなるほど、子どもというものが
親とはまったく違う魂を持って生まれている
自分とは別のものであるということを
魂の次元で感じるのです。

この世的な血筋だけで、もし一人しか産まない場合であると
どうしても自分の分身であると
やはりでき愛してしまって客観性というのが持てない
それが母親としての情であり、父親としての情かもしれません。

特に母親は、自分の一部として出産するので
ひじょうに自分との一体感が強いということが、良くもあれ、悪くもあれ
それが影響するのであります。

ですから、子どもの数が多くなると、自分の遺伝子であるとか
自分の一部であるという考えを超えて
まったく自分とは違う、神がおつくりになられた
そのような自立した独自の魂の経歴をもったそのような生命
魂であるということを実感するのであります。

それには、ある程度の数を産んでみると
それは誰でもが学ぶことであると思うのです。
自分とは違う魂修行のために
自分が一時、神よりお預かりした子どもたちである。
その視点を忘れないでいただきたいのです。

どうしても自分の付属物である、自分の一部であると思うからこそ
人びとは今、現代の女性たちを見ていると、でき愛し、自分のエゴの
自分の自己実現のための道具として
母親として愛しているからと言いながら
子どもの人生を自分の思うがままに操り、自分の道具にしてしまう。

子どもには子どもの転生があり、子どもの修行があり
この地上に生まれて来た目的があるのだという
その個性を尊重したところにおいて
その子どもの命というものを花開かすために、一時育てさせていただき
そしてその子の適性、個性を磨き、見つけて
社会に向けて羽ばたかせていく
そのような役割が親であるということ。

それは子どもにとっても、親を選ぶことでありますが
子どもにとっても、親にとっても
子どもの親になることを通して、親は親になっていき
そして、人生の修行を、魂を磨くという
ありがたい体験をさせていただくというのが
親になるということなのです。

女性は、自分の妊娠、出産という体の変化を通して
確かに母性的なものというのが養われます。
でも、やはり産んだからといって、それで母親になるわけではないのです。
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父親はもっと、特にそうなのです。
赤ちゃんが生まれたからといって、そこで父親になるのではないのです。
子どもというものを通して、父親になっていき、母親になっていく。
それは子どもを見守る成長を通しての喜怒哀楽というもの
喜びや、悲しみや苦しみを通して、病気になったと言ってばハラハラし
子どもがしゃべれるようになったと言って、歩いたと言っては喜び
それを通して親になっていくということなのです。
それを通して自分も魂の修行をさせてもらっているということなのです。

でも、根本的には違う魂同士であるという認識を持たねばなりません。
それが、子どもの数が少ないという現代を、わたくしなどが見ておりますと
ひじょうにそこにおいて病的な癒着というものが
親子の関係において多いから、子どもを魂として尊重する
自分とはまったく違う転生の、ルーツのある魂であるということ。

自分も子どもを通して修行させていただいている
子どももこの環境を通して修行するために
この時代を、この家族を選んで来た
そういうかけがえのない魂であるという観点を
あなた方はもっと子育てにおいて
まあ、学ばなくてはいけないし、気づかなくてはいけないと思います。

子どもの魂というものは親とは違う。
それと同時に、あなた方も子どもがいたからといって、だからといって
あなた方が自分の分身がいて、自分の人生をないがしろに
生きていいということにはならないということなのです。

子どもの子育てを通して、夫婦生活、結婚生活を通して
自分も修行させていただくのだと
愛という修行をさせていただくのだということを
あなた方は気づかなくてはいけません。

それを通して自己を成長させていく、高めていくということ。
それとともに周りもともに高め合うということ。
そのことの観点を、永遠の転生輪廻ということを、永遠の生命ということを
あなた方はもう学んだのでありますから
それを実生活の中において
結婚生活、子育てにおいて役立てていただきたいと思うのです。

(2005.9.22 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-11-13 16:33 | マリア・テレジア | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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