地球を愛の星へ

カテゴリ:中山みき( 5 )

中山みきからのメッセージ(5)

あなた方が考えておられること
それは、もっともっと大いなる神様の計画の中から見たら
ほんのわずかなものであります。

これからも、もっともっと多くのことを知らされ
もっともっと多くのことを学ばれ
この地上に神さんの法を説かれて、降ろされていくのでしょう。

私の教えも口伝えであったがゆえに、口から口へと
神柱という者たちの言葉を通しながら伝えてはいきましたが
やはりそのときそのときの者たちの教えにより歪められ、変えられ
今日まで継承されてきた姿があります。

あなた方がつくられておられる書籍というもの
CDと呼ばれているものを見させていただきますと
このようなものがあれば法は曲がらぬし、正しく後世にそのまま伝わるのだと
ほんとうに羨ましくも感動をもって見ております。

わたくしの言葉などが、このように今
この方の音声を通じて地上に伝えられる。
そして、それがそのような機械を通して、CDというものを通して
多くの人びと一人ひとりの手元に渡っていく時代がくるなど
私が生きておりました時代には、考えも及ばぬことでございました。

せめて本があれば、出版技術があれば
多くの者たちに多くの伝道となりましたでしょうが
そのようなことができず、『おふでさき』という書物の中で
人びとが口伝えに聞いたことを、あとの者たちがまとめていったというのが
この経典というものなのです。

ですから、経典自体がひじょうに大きく、その時代の影響を受けたり
伝えた者たちの思惑がひじょうに入って、
その都度その都度、やはりちぐはぐなものが出てきたというのが現状なのです。

ですから、わたくしが伝えた言葉を、本になって残っているわけではないので
『おふでさき』と呼ばれているものは
その時どき、その者たちに与えたアドバイスでございます。

そのときに考えたことを、その者たちがあえいでいる苦境に対して
神さんのご意見を、『おふでさき』というものを通して
伝えてったというのが事実なのです。

だから、経典のようにしっかりとしたものが
私の言葉として残っていたわけではなかったし
でも今はこのように書籍として残る。
それが印刷技術という、それも、そのように出版社というところを通さなくても
このように簡単につくれるのだということを見て
私たちはこの世を覗きに来ながら
「すごい時代になったものだねえ」と言い合っているのです。

このようにまた、「インターネット」というネット網が世界中に張り巡らされ
今あなた方が考えている以上に、あと10年も経ては
このようにインターネットというものが
子どもたちから、世界中の者たちに対して
世界の国々のすみずみまで伝えられていく
情報手段となるということをうかがっております。

そのような時代に向けて、あなた方が情報を発信されていくということ。
時代の先を見据えて、今どのようなことで迫害を受けようとも
心を神さんにだけに向けておられて生きられよ。
けっしてそれ以外のものに惑わされたり
自らの人生を、生涯を売り渡してはならんと私は思います。

神さんひとすじに、神のお心にひとすじに、多くの者たちの幸せだけを祈って
自らの人生を投げ出して、神さんの道具となって一心に生き切る姿。
それがたとえ学問がなくても、私のように無学な女であったとしても
江戸時代におうたあのような、辺境の身命を生き抜いた者であったとしても
その生きざまを通して、人びとに神さんの姿を伝えることはできたのです。

であるならば、皆さん方はそのような素晴らしい情報手段をお持ちであり
かつ、私が受けていた守護指導と言われていた方も尊い方でございましたが
それをはるかに超えられる素晴らしい指導霊団と呼ばれている方がたから
このような素晴らしい霊言というものを次々と降ろされて
神の計画というものを引き継がれるあなた方が
ただただ毅然とした神の使いとしての生き切る姿
神に全託した姿という生きる姿勢を見せられたときに
あとの者たちは、あなた方の生きる姿勢を、姿を、生きざまを見て
ああ確かにレムリアは本物であったと、神の使者たちの団体であったと
神の言葉を降ろされていたところであったということを
のちの世の方がたは思われるのだとわたくしは思います。

そのときに大衆にへつらったり、迎合したり
自分の生き方そのものを変えてしまうような
ましてや二枚舌、三枚舌で、神の道をふさぐような言葉を言った者は
それは自分に返ってくる、それはおきてであり法であります。

私も前から、生前言っていたはずなのです。
すべてはおきての中にある、法則の中にあると。
だから、喜び一条で生きようと、神一条で生きようと言った言葉。
人の幸せを祈ることが結果的に、みんな自分たちの幸せに返ってくるのだよと。
だから人の幸せを喜ぼう、人の素晴らしい幸せになっていく姿を念じようと
そういうふうに言い合ったのですよ。

ですから、あなた方もどうかいろいろなつらいこと
苦しいこと、おありになるでしょうが
その時はどうか、わたくしがどのようにして牢屋で尋問を受けたかとか
または、あなた方の知ってる中では
ジャンヌ・ダルクと呼ばれておられる方がおられます。
あの方もお友だちなのですが、あの方もたいへんな苦しい、苦しい牢獄での
苦しい取り調べの中で生き抜かれ
わたくし以上に凄惨な死に方をされたのです。

そのような時代を生き抜いてきながら、私たちは女性霊でありながら
神の使徒として、神のお心を伝える道具として
生き抜いてきたというものがございます。

わたくしたち女性霊よりはるかに優秀で
素晴らしい男性方が多くおられるのであるのなら
わたくしたち以上に毅然とした、神の使者としての迷いのない姿をもって
今世、神々のご計画というものを地上に広めて
提示していただきたいと思います。

この今の日本に、この地上に肉体を持って
神のご計画の使命に預かるということが
この日本列島、日本の歴史開びゃく以来の大事業であり
この日本国民として生まれたという最高の栄誉であると。
坂本竜馬様たちが生き抜かれたことだって
あなた方が仕事をするための捨て石であったというふうに
思われるのであるのなら
あなた方のご生涯は、素晴らしい輝きに満ちた可能性の中にある
今回の人生であられるということが
おわかりになられるのではないでしょうか。

このように尊い、素晴らしい高級神霊からのお言葉をいただき
それを生で聴くことができ、それを書物に編纂し
まとめてくれというふうな使命を預かられたということ。

そして次には尊き、尊き孔子様がお出になられ
あなた方の法を引き継がれて素晴らしいお仕事をなされるという
次の舞台のための、素晴らしい前段階の仕事を
あなた方がされているということ。
今一度、道を、神仏の道を正しい方向に引き直す
素晴らしいお仕事の中におられるということ。

そのことを思われたのなら、どうかどうかご自分たちの生涯を感謝をもって
神一条に、神のもとに、神の使徒としてひたすらに
神の愛を表現する光となりて、毅然と誇りをもって
この使命に当たられていただきたいと思うのでございます。

わたくしの生涯などは、あなた方のおやりになられることに比べましたらば
ほんとにちっぽけなものやったと思います。
でも、ちっぽけやけども、でも、ひと粒の種でございました。
一生懸命、ひと粒の種をまいて、わたくしは帰ってまいりました。

あなた方もあなた方の生涯をもって
ご自分の種をまいて帰って来ていただきたいのです。
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あなた方の人生の中で、最大の種をまかれ
精一杯、種まきをされて来られたのなら、あなた方の肉体は朽ち果てようとも
人間の肉体などというのは早かれ遅かれ朽ち果て、天上界に帰って来るのです。
その時に、地上の肉体は朽ち果てようとも、神の使者として
人びとの心に落ちた神の言葉、神の種は、信仰の種は芽吹き
時代を越え時代を越え、人びとの心の中に世代を乗り越えて
神のお言葉というものが、わたくしたちの思いが
あなた方の思いが、あなた方の人生そのものが、その種の中に込められて
次から次へと時代の中に芽を吹き、花を咲かせ
そしてまた種を結び、次の世代の者たちに継承されてくるのです。
それが法の種ということでございます。
それが神仏の使者としての使命でございます。

そうやって連綿と神の法の種というものは伝えられ
それが少しずつ少しずつ広がっていきながら
最後は時をかけてこの地球すべて
日常すべてに神の法の種が、人びとの心の中に落ちた神の種、法の種が芽吹き
大きな花、素晴らしい花をそれぞれが咲かせて光り輝くとき、
人びとが神様よりつくられた、個人個人に託された素晴らしき個性を開花し
その法の種が神の子の神性を通して
その方ならではの素晴らしい、素晴らしい神の子としての花を咲かされ
地上すべてが仏国土ユートピア
神の花園となり果てるときが必ずやくると私は信じております。

それが、わたくしが言っておりました陽気の心、陽気の世界、苦楽のない
神仏の喜ばれる神仏と一体となった、陽の気、喜びに満ちた
陰気なもののない、そういう素晴らしいこの地上ユートピアがなされんのやと
私はそこまで言いたかったのでございます。
でも、それをするには時代が早すぎた。

そして今、あなたさん方が私の思いを、私があの時言っても伝わらなかった
私が望んでいたものを、今この日本を通して、多くの地上の人びとに
神さんのこの法の種を伝えていかれることをもって
あなた方を通してこの地上ユートピアが具現するのであるという
この時がきたのだということ。

私は心から感謝し、そしてこの計画のために
少しでも、わたくしなどのような者がお役に立てるのなら
いくらでもお役に立たしていただこうと思い
今日飛んでまいったのでございます。

わたくしのような者から見たら、あなた方がおやりになるお仕事は
破格なスケールのお仕事であるということを、どうか心におとめいただき
今回の人生というものをどうか大事に
最後の一日、最後の一瞬一秒まで生き抜き、光り輝かし
あなた方がまかれる法は
あなた方の魂の光を帯びた花の種をまかれるのですよ。

誰がまいても同じなのではないのです。
中山みきが投げた法の種は、中山みきの心を持ちて
その人生を、法の悟りを持ちてまかれた法の種でございます。

であられるのなら、あなた方が精一杯悟られ
精一杯お仕事をなされてまかれた法の種というものは
あなた方の人生を、あなた方の悟りを、すべてを含めて色合いをもって
次の世代に投げられていく法の種なのでございます。

ですから、その法の種ひと粒ひと粒にあなた方の魂が込められ
次の世代の者たちにつながっていくのだと思って、今のお仕事をなさられ
精一杯の法の種というものをまかれていただきたいと思うのでございます。

わたくしの人生の中において、このように精一杯やった人生でございますが
今でも今日まで綿々と残り、天理教の中山みきということで
今回の計画の霊言の中にわたくしなどを呼んでいただき
そして今日このような場に預かることができ、お話をさせていただき
またこうやって神さんのお仕事にひとすじでも
お役に立てる場を与えていただけたことを
そのことをわたくしは今回日本に生まれた最高の人生の栄誉であったと
あの時代に頑張ったからこそ
今日このような場に呼んでいただくことができたのやと
私は心から皆さま方に、そして天上の神様方に
そして、私か江戸時代に法を説いてから今日まで連綿とつないで
人びとの心にいろいろ苦しいこと悲しいことあったけども
それを我が教えを引き継いでつなげてきてくれた
この天理教の者たち、信者の者たち
生きとし生けるすべて、もう亡くなったけどつなげてきてくださった
今日まで来てくださったその信者の皆さん方に
ありがとうさんでございましたと
心より感謝を申し上げたいと思います。

あなた方の人生が、あなた方の教えが今日までつなげてくださったからこそ
この中山みきは今日この場に呼んでいただくことができ
このような話をさせていただくことができたということ。

みんな、あなたさん方のご努力があって
それをもって私が今日あるということ。
このような場に呼んでいただけたということを
心から感謝申し上げたいと思います。

どうかあなた方のご計画が最高の実りを持ち、あなた方の投げられた種が
地上の人びとの、多くの人びとの心の中で実を結び、花を咲かせ
そして、この地上を素晴らしい花園として
神の国として開花させていくことができますように
この天上の神々のご意思が、どうか報われ
この地上を素晴らしい愛の星として飛躍できる
ステップのときというふうに実られること
この天上界の計画の、最後の計画が成功しますことを
わたくしは心より祈りまして
今日これにて失礼させていただきたいと思います。

本日はほんにありがとうございました。

(2005.6.30 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-11-10 15:17 | 中山みき | Trackback | Comments(0)

中山みきからのメッセージ(4)

あなた様がたがやられる以外、今この計画をやられる者はおられません。
あなた方が、神一筋の姿を
生き切る神の使徒としての姿を毅然と見せることにより、ほかの者たちの妨害
ほかの者たちのやゆするようなことは、いつの間にか消えていくことでしょう。

どのように批判があっても、今あなたたちは座敷牢に入れられるわけでなく
鞭で追われるわけでもなく、刀を持って刺客に追われるわけでなく
単なる言葉の暴力はあるでしょうが
私たちの時代にも口さわがしく言った者たちはたくさんおります。
でも、私はそんなものは何も聞かずほっておきました。
逆に、ますます神の国を光らすいい機会であると
逆に言って聞かせたものでございます。

あなた方のように、今このように反対者がいて
彼らがいろいろと興味があればこそ
あなた方に興味があればこそ、あのようなことを言うのであるのならば
そのときこそ毅然として、神の使者としての姿を見せられることを
わたくしなぞは望むのです。

数々の歴史の中で、今日の計画が花を開かせるために
それこそ聖徳太子様がお出になられたときからこの日本の国土というものは
ほんとに気が遠くなるぐらい昔から
天照様たちがこの大和の地というものを預かられて、整えられて来られたのも
今日まさにこの仏陀下生のための、世界宗教のために
この地上ユートピアを実現せんがために
仏国土ユートピアを実現せんがための
神さんの天上界の大計画を具現するための地として
この日本、大和の地が選ばれたらばこそ
今までの綿々とした歴史の中におられる大人物と呼ばれている方がたの
努力と汗と血と涙の歴史があったのでございます。

それは今日、この場所が
この仏陀再誕の地に選ばれておればこそのことだったのです。
ですからそれが、途中でついえてしまうことのなきよう、あなた方がどうか
その神々の夢を繋ぎー
神々の夢は、この日本の地を通し
生き抜いてきた数々の者たちの夢でもあります。
あなた方が彼らの、実際にこの日本の地に生まれて、戦いながら精一杯
この日本の国土を用意してきた者たちの夢を、そして天上界におられる神々の
その神々の計画におかれるその夢と悲願を、あなた方が今
この日本の地に肉体を持って生まれておられるということを通して
あなた方がすべての者たちの夢を引き継ぐのだと
そのように思われていただきたいのです。

そうであるのならば、あなた方は、この今の残りの人生の中において
今できる計画を精一杯おやりいただけるということ。
そして願わくば、私が教えた者たちが、もし聞く機会がございましたら
その者たちが、もし我が教えを聞いて、この言葉を私の言葉であると
もし認めていただけるのならば、わたくしは私の教えた者たちが
この計画のもとにまた合流してもらえるのならば、どれだけうれしかろうと
どんだけありがたかろうかと思うのでございます。

わたくしが地上で精一杯頑張った人生、そのときにまいた種というものが
大いなる時を超えて、神さんの大いなる計画の中に、時代は変われど
次々と我が教えは伝えられて、今日合流すると。
もしその姿があったのならば、私はどれだけ生まれて、頑張ってよかったと
ほんとうにあの時の人生を心から感謝して
神さんにお礼を申し上げたい気持ちになれると思うのです。

ですから、もしあなた方の中で私の教えを知って、その上でこの計画に合流し
力を貸していこうと思う方がいたのなら
この中山みきという、この一介の哀れな普通の平凡な女でございます。
普通の女でございます。
でも、精一杯、あの時代を生き抜いた、そういう女でございます。
このわたくしの気持ちに免じて
多くの人びとが我が教えの中からこの計画に合流し
力を貸していただけることを、私はお願いしたいと思います。

それあってこそ、我が教えも、我が生涯も、真に光るものであり
輝くものであるというふうに思いたいのです。
あなた方の教えの中で、あなた方も気づいておられないほどの
広大なスケールの中における今日の法の高みというのがあるのです。
法の高みというのは、説かれるのはほんとうにたいへんなものなのです。

ほんのちょっと前のことであっても
わたくしの時代とあなた方の時代はかなり違うのですよ。
わたくしたちの時代は、一部の武士とか
そのような者たちだけがちゃんとした教育学問を受けました。
でもほとんどの者たちがちゃんとした学問もなく
そして、衛生状態も悪く、迷信や俗信の中で
いろいろなものに人びとは縛られて
無知の中で魂の自由を失って、封建世界のしがらみと
家と社会のしがらみの中でがんじがらめになって生涯を終えていったのです。

そのようなときに、あなた方がお話しくださるような
高い高貴な神様方の法というものが降ろされましても
それを理解できるのはほんの一部のお偉いお坊様たちとか
武士の一部の者たちであったと、お侍さま方であったというふうに思います。

でも今は、このように多くの人びとが学問を受け
ましてやこの日本は文盲率も低く、みんなが書物を読み
学ぶことができる時代になりました。

そして多くの状態の中で、無知と俗信による人びとの衛生状態とか
幸せに対する価値観というものが、無知なる信仰から科学の普及により
ひじょうに合理的に人びとの幸せの中に、人びとに自由をもたらしたのです。
そういう背景は、しっかりとあったと思います。
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そのような科学が進歩してこられ、そして物もある程度近代化され
人びとが自由になって
そのときに精神的にも高く、知性的にも用意されたときに
そういう最後の時に、いつの文明においても最高度の文明というものを
最高度の法というものがその文明の高さに応じて
人びとの心が、状態が用意されたときをもって
天上の神々は最高の法を降ろされるのです。

そういう時代でなければ、たとえばもっと極端に申しませば
原始人たちにそのような高度な法を説いてもわからぬでありましょう。
かつての時代に
ほかの惑星より円盤によって移住してきたなどという言葉をね
語ったとしても、人びとは理解できなかったでありましょう。

そのようなことがわかる時代に今きたということ。
この一瞬をもって
天上の神々は最高度の法を降ろされようとなさっておられるのです。
それを理解でき、受け止めることのできるあなた様方がおられるからこそ
今この法も降ろされるということなのです。

ですから、私はけっして、民百姓たちの気持ちを理解してほしいからといって
法の高みを否定して、低いものだけを言って
かんで含むようなことだけを言ってくれと申し上げに
今日来たわけではありません。

あなた方の高い法は高い法として、今この時代に花咲くために
今までの歴史があり
この日本が用意されてきたということを当然わかった上で
それでも、やはり多くの大衆というもの
あなた方のような博識な
高い悟りをお持ちの方がたのわかる神さんの知識だけではない
もっとわからぬ者たち、女子どもたちへの
そのような神さんの教えを伝えていけるような
そのような道も用意していただきたいなというふうに思って
私のやったことを通して、今日お話に来ただけなのです。

多くの者たちが幸せになっていく、互いに違いを認め合い、個性を尊重し合い
男であるから女であるからともに素晴らしいのやと、それが宇宙の摂理なのやと
このあなた方でもおっしゃっておられる陰陽というものの
それが合体していく姿こそが宇宙の創造原理であり
そしてこの地上における平和の基礎である。

それは男女の姿であり、夫婦の姿であり、家庭の姿である。
家庭がまず調和し、男女が調和し、幸せに互いに尊敬を持ちおおたならば
それを広げていって、隣人たちがみんなで手を取りおおたなら
それが日本中に広がりおおたなら、それが地球中に広がりおおたなら
それだけでこの地上は神さんの星になります。

神さんの愛の星になります。
それを大調和と言うのです。
それを私は伝えたのです。
そのことを私は易しい言葉でお伝えしたのです。

当然、それを伝えて来られたのは
私の守護霊、指導霊と呼ばれている方がたのご指導のもとに
私は伝えてまいりました。
でも、私の時には具体的な名を明かすこともなく
輪王という名前を使いながら
神さんというものを、人びとのわかりやすい仏教の言葉で
人びとに伝えたのが事実なのです。

でも、あなた方の時代には、具体的にモーゼ様が、イエス・キリスト様が
仏陀様が、という言葉をもう出しながら
そして霊天上界の構造もすべてを明かしながら
この地上界に、天上界の秘儀という
アルカナというものすべてを降ろされようとなさっておられます。

それだけの尊いご計画の中の中心におられてお仕事をなさるということが
どれだけ尊いことであり
神の使者として最高の栄誉であるかということをお感じになり
頑張られていただきたいと思います。

(2005.6.30 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-11-05 07:17 | 中山みき | Trackback | Comments(0)

中山みきからのメッセージ(3)

あなた方はひじょうに知的にも優秀で、ほんとうに難しいことを
難しい、難しい法を任されておられる方がたです。
でもその中において、難しいことに走るがあまり
大事な、大事な人びとの心の調和とか、優しさとか
神様につながる男女の原点というものを
どうかお忘れないようにしていただきたいのです。
そこをもって、人びとは幸せというものを感じ取るのです。

いくらあなた方の時代にこれだけ学問を受けている方が多くても
やはり認識度においてはあまり高くない方がたのほうが一般大衆なのです。
一般大衆の神の子たちを、神さんのもとに近づけていける道をつくることが
神様の使者の仕事だと私は思います。

ですから、多くの大衆の人びとに対する愛というものは
けっして難しい難解な神理ばかりを述べたてることでもなく
逆に難しい難解な神理なればこそ、わたくしのように易しい言葉で
易しい身振り手振りで、歌で、人びとの心に伝えていくことが
かみ砕いて幼子に食べさせるように
口の中に含みかみ砕いて母親が食べさせる
私らの時代はそういたしました。

離乳食などというものがあまりないから。
硬いものはみんな母親たちが口の中でかんで
やわらかくして食べさせたものなのです。
そういう姿を、どうかあなた方も忘れないでいただきたいのです。
あなた方が語っておられるような神理、今これは大事なことなのです。

これだけの最高峰が出る、やっと時代がきたということ。
それだけの学問文化レベルの時代がきたという
そういう知性の頂点を極めてる時代であることを
私もよくよくわかってはおるのです。

おりますが、やはり私は取り残されていく十割のうちの
あなた方のその教えについていけるのが二割の者たちであったとしたなら
取り残された八割の者たちに
あなた方がどうぞその口でそしゃくし、かみ砕いて
わかりやすい言葉で伝えていくという道を
どうかどうか忘れないでいただきたいと
そのようにお願いしたいので今日はまいりました。

あなた方が今おられている書籍を編纂されるということ。
それはほんにほんに素晴らしいことだと私は思います。
というのは、私の時代にもし文字が書けたのなら
もし書物が書ける者たちがおったのならば、そうであったのならば
どれだけ教義というものも歪まず、ちゃあんと正確に伝えられたことでしょう。

でも、やはり多くの者たちは文字が読めず
多くの者たちには、たとえわたくしが書いたとしても
やはり読みこなせるものたちが少ないし、難しいことを言ってもわからないし
だからやはり目で伝えていくことが大事であったという時代なのです。

そして出版技術というものも、今日ほどそのようになかったから
すべて手書きでございました。
あなた方の時代は、わたくしたちの時代に比べたのならば
はるかに恵まれた時代であるということ。
そのために、この間からお出になられておられる
明治維新の志士の方がたのお話があったのやと思います。
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あなた方は、その時代の彼らのご苦労を通ってきたればこそ今
今日のような言論の自由とか
自由なぞという言葉は我々の時代にはなかったのです。
でもあなた方には言論の自由もあるし
人権というものもちゃあんと保障されてる時代に生きておられます。
出版の自由もございますし
そのような技術というものが、もう普及してる時代に生きておられます。

そして信教の自由、宗教の自由というものがおありでしょう。
私たちのときには、自分の信じてる神さんの名を唱えただけで
神道の国粋主義の神様の名前を唱えないと、神道の名前を言わんと
それだけで私たちは牢屋に入れられたのです。
その教えを曲げるまで、何日も何日も冷たい牢に入れられ
拷問を受けていったのです。

ですから、その中で何度投獄されても、私は教えを変えませんでした。
そのような戦いの中で、私たちは神一条、神一筋に生きることだけを
姿を残すことによって、神様のありさま
神様の教えがここにあるよということを
人びとに伝えることをもって、その使命としたのです。

ですからあなた方に申し上げたいのは、私たちの時代
そして竜馬様の時代に見たならば、いろいろと危険なことがあるのは
この間見ていてもわかりますが
わたくしが乗り越えてきたあの時代の苦しみに比べれば
あなた方はひじょうに、ある意味で安全な恵まれた時代に
生きていらっしゃるのだということを理解していただきたいのです。

その時代に生きていた者は
成果としては大したものは残せなかったかもしれない。
でもあの時代に生き、あの時代の日本の中で精一杯生きた者として
あなた方はあなた方の時代の良さを、すべてを引き受けて
そして、私が背負うた使命よりもはるかに大きな使命を背負われようと
あなた方はしておられますが、その使命を精一杯しっかりと肩に背負うて
この残りの人生を生き切って
神一筋に生き抜いていただけんもんやろかと思って
私は今日、お願いにまいりました。

(2005.6.30 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-10-31 07:59 | 中山みき | Trackback | Comments(0)

中山みきからのメッセージ(2)

私はけっして難しいことは言わなかったのです。
難しいことを言ってもわかるような者たちでなかったから
わたくしのような、わたくし自身もそんな学問を受けておりませんでしたから
わたくしのわかる言葉で、わたくしと同じような者たちにわかる
神さんの摂理というものをお伝えしていっただけなのです。

そのときに、民衆の娯楽の中にその歌というもの
そして踊りというものを込めていくということが
ある意味でひじょうにあっという間に多くの人びとに
わたくしの舞いという
踊りというものが伝わっていったことにもなったのです。

はるか遠くの場所にまで、その踊りというものが
歌というものが広がっていったはずなのです。

ですから、あなた方にも申し上げたいのです。
あなた方の時代には、今このように霊言集というものを降ろされて
このように小冊子という書籍を持てる、ひじょうに周りの人びとも
高度な学問を受けられた素晴らしい時代であると思います。

でもね、多くの人びとは、それを読んでもわからない者たちがいる。
その者たちへの一般伝道の道が出てきたときに
どうかあなた方にお願いしておきたいのは、わからぬ者たちにも易しい言葉で
神さんの摂理を易しい言葉でわからす手段というのを
常に置いておいていただきたいと思うのです。

その意味において、あなた方が次に一般伝道の中に芸術を使ってということを
言われるのは知っておりますが、そのような段階になったときに、感性に
そして人びとの生活に根づいたものの中で、自然に入っていく言葉を通して
人びとの心に神さんのお心というのを伝えていく道があるのやということを
どうか、あなた方にもお伝えしたいのやったと思って今日はまいりました。

私の教えは天地創造のときから、というのを先ほどおっしゃって
ご存知の方がおられるようなので
あなたはそのようなことを知って育てられたからだと思いますが
この方は何もご存じないようなので、わたくしは逆に、そのように昔
説いた話ということにあまり関わって解説をしてもしょうがないと
思っておりますから、あまりは申しません。

ですが、ひとつだけ申し上げておきたいのは、私の時代の中におきましては
民百姓たちが、このような時代の中で
少しでも少しでも救われたいというふうに思う
そういうふうな、士農工商のような封建時代というものを越えたその先に
あなた方がこの間とられていた明治維新の方がたがおられましたでしょ。

あの方たちが出て来るという一連の神さんの世界の
天上界の計画のひとつとして、私も中山みきとして生まれてきたという
そういう事情があったのです。

江戸末期にわたくしは出ました。
取り残された民衆たちに、少しでも幸せになっていく道を伝えたかった。
そしてその者たちの苦しみが、下から、底辺から上がっていきながら
かつ、組織体制としても、この間言われていた坂本竜馬様とか松陰様とか
いろんな素晴らしい方がたが出て
明治維新やなんかのそういう改革をしていくという
怒とうのような今日の近代日本につながるという
そのようなことの、天上界の計画の一環として、私は先駆けに出たのです。

谷口雅春様とか、畏れ多くも高橋信次様と言われるようなお方がお出になる
その宗教界の改革の前触れとして、先がけとして
わたくしがこのような江戸の末期に出たというのがあるのです。

どうしても男性たちの改革者が出られると
やはり底辺の者たちを救っていくということはひじょうに難しいのです。
まず、組織体制の中から変えていくという大改革が行われていく
その時に私は出て、神一条の、神一筋のその思いというものを
素朴な、その恵まれぬ民百姓たちの身になって
神の愛というものを伝えていきたいと願い出て
許されて出ていった者であるのです。

しかしそのあと、皆さま、ご存じかもしれませんが
日本神道というものの流れの中で、神道に属さねば宗教は皆つぶされる
お取りつぶしになるという、そういう戦時国家の流れの体制の中で
わたくしはたいへん何度も投獄されましたし、そのような中においても
私は神の社となって、その信仰心そのものを神の地上代行者として
そのままに生き抜いていく姿を見せてこそ
人びとは私の姿を通して神の存在を感じてくれるのだと
そのように守護霊にも言われましたので
頑張り抜いてあの時代を生き抜いたのです。

わたくしが教えたことは、あなた方が教えられておられることから見たら
ほんとうにわずかなことだし
たいしたレベルのことではないかもしれないけれども
でも一粒の種まかずんば、その後に芽が生えることがないという
偉いイエス・キリスト様のお話もあられるように
わたくしがまいた種は、先ほど言いましたけれども
信者と呼ばれる者たちが出るのに
ほんとに長い年月をかけて広がっていったものなのです。

でも、私は長生きをいたしましたゆえ
その四十から始めて九十五歳ぐらいまでの間の流れの中で
人びとの気持ちの中で、九十歳までの間の中で、一生懸命生きて
その姿を、神のお社としての姿の模範を見せたつもりでございます。

そして、その間にまいた種というのが
一時期は私の教えをそのままに言ったらつぶされると言って
いろいろな形を変えた形で
私本来の望みではない形にはなりながら継承はされていったけれども
今この信教の自由の時代になりまして
また私の思いを復活してくださる人びとが出て来たということ。
それが今の天理教の流れの中にあるということを
今の信仰している方がたに労をねぎらいたく思います。

とっくに立ち消えてもおかしくない我が教えを
今日まで伝えてくださったということ。
あの戦時下にあり、ほんとうのことを言えばつぶされてしまうような中で
形を変えることが私の教えを曲げることになる
嫌でもつぶすわけにはいかぬという悶々とした中で、まさに彼らは現実の中で
信仰心とは何であるかということを自らに問いながら
今日までつなげてくださったということに対する
今の天理教の方がたに対する
お礼と感謝の意をここでひと言申し上げたいと思うのです。

ただ、その教えの中でわたくしが説きました教えは
ひじょうに素朴なものでございました。
その教えの原点に戻ろうとしている流れがあるということを
私はたいへんうれしいと思っております。

ただ、あの時私が説いたこと、そして私が今言いたいことという延長の中で
今私が出たことを、昔説いたことの教えの延長に
この神々の、天上界の大いなる計画がある。
そのことをどうか我が教えを信ずる者たちも聞いていただきたいと思うのです。

そして、わたくしが単に天理教というものだけを通して
世の中を変えていこうと思うよりも、大いなる天上界のご意思の
大いなる尊い神々のひとつの使者としてあの時代に出て
神様の心をこの地上の方がたに伝えるために出てった者であったということ。

であるならば、天理教という教えのひとつの中にこもっているのではなく
今の時代は、もう地球規模的な意味で
そして何を考えよう、私か説いたこの教えは日本にあります
この日本という場所が
今のこの世界の霊文明の夜明けと言われている時代の中で
どれだけ素晴らしい場所に位置しているかということ。
まさに、光の奔流を世界に放つ原点の場所にいるということ。
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わたくしが生前、「おぢば」という言葉を申しました。
そこは神さんが、神の光が出る
信仰心の中心になる場所であるということを申しました。

「おぢば」というのがあるのならば
今はこの日本列島すべてが、「おぢば」でございます。
そしてこの「おぢば」より光を放ち、この地球すべてを光でくるむために
天上界の神々のご計画はあるのです。

ですから、わたくしはそのために
お力添えをできたという喜びを持っておりますので
どうか皆さん方もみんなで手を取りおおて
私が昔申したように、手と手を取りおおて
キリスト教徒も仏教徒も、日本神道も天理教の者も、のう
谷口雅春先生がお説きになったと呼ばれている生長の家の方がたも
そのG会と呼ばれている方がたも
仏陀のお出になられたK会の方がたの皆さんもね。
同じ日本に生まれたそういう尊い仲問たちではありませぬか。
どうか皆さんで、私が言ったように、手と手を取りおおて
一緒に舞ってみてはいかがでしょうか。

「神様の計画の中で、この素晴らしい最後のこの計画の中で
互いにいがみ合うのではなく、互いに素晴らしい個性を生かし合うことで
そして男女がともに尊重し合う中で、神さんの喜ばれる
苦楽のない素晴らしい大調和の世の中をつくろうよ。
喜びに満ちて一緒に歌おうよ。
一緒に踊ろうよ」と私が申したのでございます。

今の、「宗教」と呼ばれてるものも数々の苦しみがあり
数々の分裂があったのです。
そして確かに日本神道の流れの中に統合しようとして
わたくしの教えも弾圧を受けたということを、よくよく知っておるのです。

でも日本神道の神さん方も、やはりこの日本という場所を預かり
この日本という場所の磁場を大事にしながら、神の国土へなさって
努力なさられてきたということなのです。

ですから江戸時代の、あの時代の民百姓たちの、狭い、狭い世界の中では
あのようなことは大事であったけれども、今それをもっと広げてみるのならば
いろいろな宗教がこの日本には混在して
ともにひしめき合っているように思うかもしれないけれど
でも、それなればこそ、今日レムリアというところで言われている
万教帰一と申しましょうか、あらゆる宗教を一度るつぼに投げ込み
ひとつの世界宗教へと育て上げていく、発信していくそのような場所として
そのような地盤としてこの日本が与えられたからこそ
日本神道、仏教、キリスト教、さまざまな教えが
この日本という小さな、小さなお国の中に流れ込んで
その中において、今日すべてを見渡しながら
そこで世界宗教への道を歩む大事な地盤というのを
日本神道の神さん方がおつくりになられて用意されてきたという
そういう時代背景があったということを
私はこちらの天上界の世界に帰って来てからすべてを知って
ほんとうに素晴らしいところに仕事をさせてもろうたんやというふうに
心から感謝しております。

ですから、どうか皆さん方も仲良く手を取りおおて
神さんの計画に頑張っていただきたいと思うのです。

(2005.6.30 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-10-24 07:20 | 中山みき | Trackback | Comments(0)

中山みきからのメッセージ

わたくしは中山みきと申します。
あなた方のお知りおきの記憶の中では
天理教と呼ばれているところの教祖と呼ばれた者でございます。

あの当時は江戸時代という封建時代の末期という時代の
世の中がまだまだ士農工商と呼ばれる身分制度の中で
人びとの自由意志というものは少しも通らず、その身分
そして男女の差別の中で
人びとは食べるものもままならず、生きる目的も知らされず
ただただその体制の中で
縛られるような閉そく感の中で生きていた時代だったのです。

わたくしはその時代に生まれました。
そこで一介の、農家と言っても多少は大きいうちでございましたが
そのような、まあ農家は農家でございます。
そこの妻として、母として、嫁ぎ先で一生懸命
普通の平凡な人生を送っていた者なのです。

でも、私の心の中にあるのは、いつも神さんと一緒に
人びとがみんな自分たちの個性を、それぞれの素晴らしさを光り輝かせて
みんなで手と手を取りおおて、みんなで幸せに
神さんの喜ばれる世をつくろうやないかという
そのような思いで生きていたのです。

ですから、私の気持ちの中には
結婚して、その中で幸せだけを見いだすというよりは
なぜにこのように農民の世界にも庄屋があり
そして畑を持ってる者たちがおり
そして水呑み百姓と呼ばれる小作のように、一生、人の田畑を耕しながら
一生、生きる望みも張りもなく、食べるだけに追われ
いや、食べるものすらままならぬ、ひもじい思いをして生きていくという
そのような貧しい者たちがたくさんいるのだろうかという思いを
持ち続けておりました。

わたくしが四十近くなった頃でしたか、たいへんな飢饉がありまして
多くの小作たちが、多くの者たちが次々と飢え死にしていったとです。
行って、その中でどうにか助けてやりたいなあと思っても
私の力ではどうにもできなかったのです。

なぜこのような天変地異が起き
なぜ一方ではうなるほど食べるものがあるのに
このような者たちは飢え死にしていかねばならないのだろうかと
その姿を見るにつけ、悲しくて、悲しくて、はらはらと涙が落ちたのです。

私は一部の富んだ者たちよりも、彼らとともに生きようと決意を決めました。
彼らが何も持たなくても、食べるものにひもじかったとしても
そこに幼子たちがおり、女たちのにぎやかな笑い声がさざめき
男衆たちの元気な働く姿があれば
人はこの世でいくらでも幸せに生きていくことができるのだと
私は思いました。

なら、人びとの心に、私にだけしか聞こえなかった
神さんの心をみんなに伝えていこう。
そして、物はなくても心がけは神様のほうに、ひとすじに向かって生きる。
そのような社会をつくることで、人びとの心の中に幸せな思いをつくり
それこそが、いちばんこの地上を苦楽のない素晴らしい
神様の喜ばれる地上天国とさせていくことができる道ではないかと
私は私なりに考えたのです。

それを指導なさられたのが、やはり私の守護霊であられました。
わたくしは若い頃から、神さんの声が聞こえておりました。
でも、それを言うことがあまり人には喜ばれず
私の心ひとつの中におさめておりました。

でも、その飢きんが起きたとき
自分の気持ちの、私の存在そのものが揺さぶりを受け
神様に、今思うと守護霊様に、さあ、お前が生まれて来たのは
ここに来て世の建て直しのための先駆けとして
人びとに神さんの言葉を伝えて
人びとに幸せな世の中をつくる、そういう生き方を示しなさい。

そして、わたくし自身が神の社そのものになりて、人びとに模範となりて
神の使いとして、神の使者として
この地上に生きるその姿を見せていきなさいというふうに言われたのです。

それを覚悟をしたとき、そのときわたくしは家族の者に言ったときにしても
周りの者たちの反応はたいへんなものでした。
今の時代よりも身分制度が激しいだけではなく
男女間の差というのもひじょうに大きかったとです。

ですから男女の中において、夫に妻は常に服従し
夫のもとに三つ指をついてその家のために生きるというのが
その時代の女たちに要求されていたものですから
わたくしが神そのものの社となりて生きていくと言ったときには
たいへんな反対にあったのです。

でも私の意志はもう固く
そして、いやだと言っても、もう神さんには離してももらえず
お前がその道を極めぬのならば、お前の命も絶ってしまおうと脅されるほどに
私はその使命というのを受け入れざるを得ないという状況におかれたのです。
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そのときに私の気持ちの中にあったものは
この百姓たち、学問もないこの民人たちの心の中に少しでも幸せと
そしてさまざまな無知な無理解さの中に、苦しみの中にあえぐ人びとに
少しでも神様の世界の様子を伝えて
そしてそれをわかりやすい言葉で伝えて
難しい漢字なぞ、そういう難しい難儀な言葉なぞはなく
すべてが易しい和言葉で、女、子どもたちにもわかる言葉で
私は口伝えに伝えてきたのです。

というのは、あなた方の時代と違いまして
わたくしたちの時代はほとんどが、周りの人びとが文盲でした。
文字も書くことができず、書物も読めず
そして伝える言葉もすべてが口移しで伝えていったのです。

だから私はこの世の成り立ちも、この世の摂理というもの
神さんの教えというものも
易しい言葉で、人びとのかけ声の中で、身振り手振りの、舞うことによって
ひとつの表象的な形をつくることによって、男女差別がひどければひどいほど
男性も女性もみんな五分と五分、どちらが偉いでなし、どちらが卑しいでなし
互いに手を取りおおて、みんな仲良く互いに助けおおて
万物創生の始まりはそこから始まったんよと言いながら
夫婦仲良く暮らしなさいというふうに、まず伝えたのです。

そして、そこで生まれた子どもを大切にして、子どもたちも親の元で
頭ごなしに親に服従するのではなくて、親を大切にし、みんなの喜びを
みんなの苦しみを分かち合うことによって
人びとの心というものを喜びに満たすことが
自分の喜びであり幸せであるという
そうやって世の中から
すべて苦しみのない喜びに満ちた社会をつくっていこうと
それが完全調和されていったとき
この地上はすべて苦しみのない世の中になるのやよと
いうふうに私は伝えていったのです。

わかりやすい言葉で、わかりやすい身振り手振りを交えて
なぜあのような舞いをつくって、踊りを私か口移しで教えたかというと
私の周りにいた者たちがみんな無学文盲な者たちであったから
ということなのです。

彼らにわかるには、彼らの言葉で伝えて、易しい言葉で伝えながら
そして彼らの身振り手振りを通して
彼らに信仰心というものをしっかり根づかせることを図ったのです。

だから踊りというものは、歌というものは
その時代は娯楽は何もありませんでした。
あなた方の時代のように、テレビだとか映画だとか
そのように楽しい娯楽がたくさんあればよいのですが
ましてや彼らは貧しい身分の者たちばかり。

何にもない、電気もない時代の中で
人びとが苦しみと飢えと貧困にあえぐ時代の中で
ただ唯一の喜びといったら、声を出して踊って騒ぐ盆踊りのような
そのようなものがひじょうに
民衆の中で祭りというのが根づいていった時代でもありますので
やはりいちばん原始的かもしれないけれども、ひじょうに人びとの心に
貧しい者たちでも喜びの娯楽としての部分がありながら、その形を通して
みんなが舞うことを通して
「ああ、生きてることがありがたいな。神さんありがとうございます」と
みんなで手をつなぎおおて舞いながら
「さあ、みんなで手を取りおおて、仲良く調和して
みんなで助け合って生きていこうよ。
これが人びとが喜び、神さんが喜ぶ社会だよ。
これが地上の苦楽のない時代、世の中なんやよ」と私は言いながら
人びとに伝えていったのがほんとうなのでございます。

(2005.6.30 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-10-21 14:17 | 中山みき | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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