地球を愛の星へ

カテゴリ:アレキサンダー大王( 7 )

アレキサンダー大王からのメッセージ(7)

私は今日この時を長いこと待っておりました。
あの霊言をとったときが、もう相当前になりますので
この方(アマーリエ)に勇気を持って踏み出てほしいと
ミカエル大天使並びに我々が要請をいたしましたが
なかなか自信がなく出ていただけない
そのような状況のもとで、あの霊言は降りたのです。

東の地に生まれられた光の天使たちよ
あなた方は今この地に生を受けたということ
そしてこのような使命の中に集えるという己自身に誇りを持ち
そして神に感謝し、今の生を喜びなさい。
あなた方の幾転生の中において、この時ほどかけがえのない
この時ほど神の子として価値あるものはけっして訪れないであろう。

我らがかつて、アレキサンダーとして
ナポレオン・ボナパルトとして、数々の道を歩んできた。
しかし、今日、世界に向けてこの日本の地より
この地球を新たな時代の中に生まれ変わらせていく
そのような時を刻む、そのまさにその叡智がよみがえり、天界の扉が開き
そなたたちの行動力、神の光としての個性、そういうものが一切解放され
自由の中に神の子としての光を咋裂させていくことができる
自分自身が生を受けたことを心から喜び表現することがかなう
そのようなときに、今このような重大な使命ができる
この場所にいるということ、そのことをあなた方はもっともっと喜び
感謝しなくてはいけないと私は思う。

この時代を今つくるためにどれだけ我々の、あなた方も一緒であったが
ともに苦労し、血を吐くような思いで、今日までこぎつけてきたことか。
今、飛躍のこのシフトアップのチャンスを逃したならば
この地球の今まで刻んできた歴史というものが
すべてむだになってしまうほどの
それほど今は大事な大事な地球の時であるのだ。

智慧ある者たちよ
智慧を学んだのならば、そなたたちの個性を通し
神の光の中で己自身を表現してほしい。
私はそう思う。

すべてにおいて、学問を通してでも
そして、僧侶として仏の法を預かる者として
そして、ピカソのように芸術を通して神の法を表現する者として
そして政治家、さまざまな社会構成を変えていく者たちとして
どの道においたとしてもあなた方の個性が光として作裂し
さまざまな方法で光を放つ中であなた方が表現していく
そのような自由をやっと与えられた時代が来たということ。

中世の暗黒時代、そして古代の奴隷制度の中にいたとき
いかにギリシャのアテナイが自由であったといっても
多くのギリシャの市民たちを支えるのは奴隷階級であったのである。

そのことを思ったのならば、すべての地球上にいる者たちが
神の子たちがすべて平等な意識のもとに、自由というものを
神から与えられた尊い尊い自由意志のもとに
一人ひとりのかけがえのない個性を、神の子として
かけがえのないあなたたちだけの個性を、光らせ、表現し
発信することができる今という時代
それがどれだけ感謝するべきであり
そして、かけがえのない時をやっとつくれたということを
認識しなくてはいけない。
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自由は当たり前ではなかった。
自由であるということが当然ではなかった時代が大半であったということ。
自由があってこそ、神の子は、自由意志のもとに
己自身の個性というものを全開し表現し
情熱をもって生きることができるのだ。

己自身を偽り、支配体制の中で、権力の中で
己自身を縮こまらせ、本来やりたいことをやれないで生きていくということ
そんなものの中に本来の神の子としての表現というものはあり得ない。
どれだけ情熱があっても、情熱があればあるほど苦しんだ者たち
それがあなたたちの過去の姿でもあると思う。

東洋と西洋というものが
さっき自由というものを比較して言っておられました
それは東洋と西洋というものが、東洋が内的な深み
神の子としての自由な精神性
それは外にはない自由というものを深く深く神の子として
自身の中に掘り下げていくという
内的な歩みというものが東洋の中にはあったということです。

そして、それをふまえて、本来自分自身の中に
自由というものを深く見つけていく旅が東洋の精神であるのならば
西洋の精神は、その自由というものを認めたのならば
分かち合っていく大乗のように、その愛と自由で社会を変えていく
そういう行動的な、発信型の自由というものを
西洋の文明社会というものは学んでいくためにあったのです。

東洋と西洋というふうに分けたのは
そこの両方にあなた方は転生輪廻をしてきたという歴史の中で
魂の歴史の中で、両方を学ぶようにできていたということです。

どれだけ東洋が好きであったと、どれだけ西洋が好きであったとしても
東洋だけ、西洋だけしか生まれていない方がたは
この中で誰ひとりとしておられないはずなのです。

東洋に生まれ、西洋に生まれ
内的な精神性、内的な神の子としての自由性、愛の深み
それを学びながら
かつ今度は学んだ自由性と愛というものを社会に発信し
社会を変えていくという
そういうヨーロッパ的な社会を変えていくエネルギーとして
行動実践型の自由というもの
それをあなた方はともに学んでいるはずです。

(2007.7.14 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-09-03 09:12 | アレキサンダー大王 | Trackback | Comments(0)

アレキサンダー大王からのメッセージ(6)

このレムリア号が無事に、この神理という、先ほど申しました
高橋信次、エル・ランティ、O、仏陀
そして、このレムリアにおいて降ろされたこの法の補填をもって
今回の一巡の神理の、神のアルカナの啓示というものが
神の叡智の集大成というものが編纂されるのです。
それを頭において、編纂していただきたいと思うのです。
それは、あなた方の法を編纂される方がたのお力によるものなのです。

ですから、今降りているもの、そして、かつてのものの内容について
そして、かつての内容の本について、今出ないものでも、あと数十年たてば
また出るようになっていくのです。
神の国の神理のエキスというものだけでも、あなた方が伝えていく。
そのことによって、集大成というものがしていけるのです。

ひとつのプログラムをつくっていただければ、「こういうものがあるのだよ」と
「神理かあるのだ」ということを言ってくれれば
次の世代の者たちは、それをしっかりと見極め、見分けて学んでいくことでしょう。
いたずらな遠回りをしなくて済むのです。

それを通して、それを世界中に編纂する形でー
外国に出るときは、このように細かいものは出なくてよいかもしれない。
編纂していった形での法というものを英訳していくことによって、道筋をつくっていく。
それが伝播していったのなら、それがひとつの、この時代のバイブルのようになって
世界中において、新たな精神運動、革命運動、精神改革的なルネッサンス
現代のルネッサンスというものが行われていくことでしょう。
そのことを通して、宇宙時代への組織体制、政治体制、そういうもの
統一政府というものへの流れというものが、行われていく予定になっているのです。

ですから、その道筋というものを
正しいところに血液は、血管を通して流さねばなりません。
間違った血管に、間違ったものを送り込んではならないのです。
そして、すでにそのバイパスというものは、そのような血管というものは
もうちゃんと要所、要所に光の天使が立っていて
流すようにもう埋め込まれているのです。

彼らの寿命があるうちに、彼らが気づけるうちに、あなた方はこの叡智を
この日本という光の発する灯台の国から、世界中に流していただけたらと思うのです。
その努力を、最初に光を発信されなければ、最初のポンプのひと押しがなければ
世界中に光を受けて次に流そうと待ち構えている者たちに光が届かなくては
その者たちが次の場所に光を送ることはできないのです。
その大本にいるのが、あなた方であるということ。

あなた方の気持ち次第で、世界中の者たちにどれだけの光がー
この間、おっしゃっておられました。聖母マリア様でしょうか。
「愛のキヤンドルサービス」ということをおっしゃっておられました。
素晴らしい言葉だと思います。
そうなのです。

神の神理というもの、神の神理は基本的に何を学ぶか
私たちは幾転生、永遠の命を越えながら、いちばん大事な愛というものを学ぶのです。
愛というものを学ぶために、私たちは永遠の命を与えられてるということなのです。

さまざまな形態での愛の現れというのはあるでしょう。
でも、さまざまな形態を通しながらそれでも幾転生を越えながら
永遠の命を生きながら、我々は愛を学ぶのです。
その愛という、光のバトンリレーが行われようとしています。

もう、世界の要所、要所に光の天使たちが待ち構えているのです。
でも、大本の灯台の国から最初の光がこないから、愛のバトンが、愛のキャンドルが
次に点火することができないで、みんな、じれているのです。

それくらい、大事なことが、その使命がこの日本の地にはあったということ。
その大救世運動の大本であるということを、どうか、心臓から、動脈から、ポンプを
愛の血潮を、神の叡智を、光を流していただきたいのです。

この光を通して、この愛のポンプを通して、まず動脈から大いなる血を
神の愛の溢れる叡智を流していただきたい。
それを流していただければ、もう、その者たちから者たちへと
次々と静脈を通して、毛細血管の先に至るところまで
神の愛の血潮というものが伝わっていくことでしょう。
そのことを通して、人びとは神の愛というもの、自分たちの今いる位置というもの
神のご意思というもの、地球としての
地球人としてどうするべきかということを学んでいくのです。

ですから、あなた方の使命は大本のポンプを押すということ。
その心臓を蘇生させていく。
今は息も絶え絶えになって、事故でショック死しかけている、仮死状態にある
そのような患者の体だと思えばいいのです。

心臓が一時停止しそうになっています。
その時に、あなた方が輸血をもって、汚い血を分けながら、正しい血液と輸血によって
そして、心臓マッサージと電気ショックのような形で、もう一度動脈を通して
血液を体中に流すための蘇生運動をしているのです。
蘇生措置をしているのです。
そのための緊急医療チームであると、そのように思えばいいのです。

事故にならなければ、緊急医療チームとやら出て来ないでしょう。
救援隊は出て来ないでしょう。
あなた方がそうであるということ。
この地球の、地球自体が事故にあって
今神理の大計画が瀕死の状態にあるということなのです。

その時に、その計画を、瀕死の状態の計画を、もう一度命を吹き返らせ
元の道に戻していって、輸血をしながら失われた血液を、もう一度元に戻しながら
体をもう一度動かせる、そのような地球の体、地球という大神殿のお体にもう一度
愛の血潮を人びとの心に届くようにもっていく。
それがあなた方の役目であるということ。
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それにはやはり、その場その場での俊敏な決断、判断というものが
行動力というものが要求されるのです。
それには、マニュアルに沿ったような
処方せんだけでは対処できないものがあるのです。

常に常に、どこから血管が破れていくかもしれません。
どこかほかの臓器が破裂しているかもしれません。
その時に、その状態に出会いながら、瞬時に判断をして、応急処置をしながら
新たな血液を送り込んでいく。
それが、あなた方の役割であるということです。
神理の道筋をつくるとは、そういうことなのです。

それには緊急を要することであり
ある意味で、タイムリミットの、時間との戦いなのです。
血液がいつまでも流れ続けていたら、人間は失血死してしまうでしょう。
そして、酸素がいつまでも脳にいかなければ、脳が壊死してしまうでしょう。
それと同じなのです。

焦らなくていいのです、焦ると失敗します。
わかっているのです。
でも、緊急を要した俊敏な判断というもの、行動というもの、そのものを通して
今この蘇生運動をしようと、それが、レムリアの使命であるということ。
それを思ったのなら
勇気ある行動抜きにレムリアのメンバーであるということはあり得ないということ。
そのような、最前線の者たちであるということ。
それを自覚していただきたいということを私は今日、伝えに来たのです。

話が長くなって、たいへん申し訳ありませんが
日本語の感覚が私の使っていた言葉と違うので
ひじょうにお聞き苦しいところがあったと思うのです。

この者の日本語を聞いていて、ずいぶん慣れたと思っていたのですが、発音
そして、言葉のニュアンスが、相当違うということに、今日話してみて気づきました。
ちゃんとした理念が伝えられたかどうか不安ではありますが
私の今日の思いとして、今日、伝えに参らせていただきました。

また、何かの機会にご質問なり、やれる具体論として
あなた方のお力に立てることがありましたら
どうか、いつでもお呼びいただきたいと思います。
では、今日はこれにて失礼させていただきたいと思います。

(2005.9.15 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2013-08-22 10:27 | アレキサンダー大王 | Trackback | Comments(0)

アレキサンダー大王からのメッセージ(5)

確かに今、世界の各地では、まだまだ血生臭い戦争をしております。
でも、この戦争も新たなる神のご意思というもの、真の叡智というものが
神の国のビジョンというものが、神の視点というものが理解できたのなら
いつの日にかその火は消えていくことでしょう。
それには、もう少し時を待たねばならないのかもしれません。
人びとの心の根底にある宗教観の違い、文化圏の違いによる憎しみというもの
それをなくすために、統一するために、今天上界の神々は
この地上に神の神理、叡智というものを降ろされようとしているのです。

これを本来おやりになるのは、仏陀で、九次元の救世主
大救世主でおられる方がおやりになる仕事であった。
だから、我々のような者たちがその任にあたるということは
たいへん重荷であるということ。
ほんとうに苦労であるということを私はよくわかるのです。

私などは、この者などは、救世主が説かれるときの道筋のために
前段階で出ていく。
同じ時代に出るというのはほとんどないのです。
ですから、その前に出て来る。
そして、その後に出て、その神理伝播を手助けして、文化圏に流していく。
そのような役割の中で、具体的に地上を変えていく。
そのような役割にある者ですから
ひじょうに、その者がこのような役に遭うということは
私たちの世界でも初めてのことであるといえましょう。

でも、であるからこそ、逆に言うと、九次元の救世主ではない温かさをもって
あなた方の道筋をつくっていくことが可能かもしれないということ。
一介の修行の身にある者たちです。
あなた方にしても、私たちにしてもそうなのです。
とても、大救世主と呼ばれている方たちと同じことはできないかもしれない。

でも、逆に、その血を流してきた、苦労をしてきているからこそ
低い人びとたちと同じ視点に立てるからこそ、愛豊かな教えというもの
愛あふれる思いの中で、神理伝播して、この神の熱き血潮を伝えていくという
ひたむきさが出るのかもしれません。

ですから、この時代をつくるということ、この同じ時代という船の中で
あなた方は、今レムリア号を発進しようとしているのです。
このレムリア号が、どのような航海を終えて、この時代の先に
新たなる地球の未来をつくっていくのでしょうか。

あなた方の努力と思いによって、このレムリア号は
いつでも転覆、沈没するかもしれぬ中を
一筋の神の国の、神理の希望を携えて
この暗黒の海の中に船出して来ているのです。
あなた方の思いが、このレムリア号を通して
この地球に明るい未来を築いていく
希望を、虹をかけていく、そのような未来をー。

あなた方の手の中にあるそのキーワード、新たな未来を開く鍵は
あなた方の手のひらの中に入っているのだという
そのような責任感、意識というものを
一人ひとりがお持ちいただければ
今ここに座すということがどれだけ価値があり
どれだけ思いが深く、あとで思い起こされ
そして、あとであのようなことをやっておけばよかった
なぜこのようなことをしなかったのであろうかという後悔をしない人生を
今世の最後の、息絶えるその瞬間まで、あなた方の使命として
生きる情熱をかけていただけたらと、私は心から思うのです。

新たな時代を切り開くか、暗黒の漆黒の闇の中に閉ざしてしまうのか
その鍵はあなた方の胸の中の、熱い情熱次第だということ。
そして、その鍵はあなた方が、今手のひらに握っているのだということ。
そのことを忘れないでいただきたいのです。

あなた方は今地上で、いろいろな立派なお仕事をしておられるでしょう。
でも、私たちの世界に帰って来た時、どう思われるであろうか。
地上にいて、名誉、職業というもので、素晴らしいステイタスを築いたとしても
私たちの世界に帰って来た時
人類の、地球の未来に関与するような
大使命を受けたという仕事の水準から見たら
どの仕事が果たしてそれを超える仕事であったであろうかと思ったときに
あなた方は、今いることの使命の重大さを知る、悟る
心の中にかみしめることかもしれない。

この状態にすぐ人間というものは慣れてしまう、慣れ親しんでしまうので
その使命の大きさというもの
重大性というものがわかってないように見受けられるのであるが
でも、もしあなた方に新たな仲間たちが来たのなら
その者たちはレムリアに来たということを思って、興奮をもって
あなた方にその情熱を、新たな情熱を気づかせてくれるかもしれない。
その意味においても
新たな出会いというものを用意していかれることが
必要であるかと私は思います。
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あなた方の中で、いろいろな者たちに傷つけられることを
恐れているかもしれないけれども
私の時代も、先ほどご覧になったでしょうが
暗殺に継ぐ暗殺の時代だったのです。
たとえ皇帝であれ、大王であれ、王位を継承する者であれ、世継ぎの者であれ
常に部下の者たち、側近の者たち、刺客により暗殺を、毒殺を
その危機にさらされて生きていた時代であったということ。
そのことを思うのなら、あなた方の時代に
毒殺しに来る者はいないはずなのです。

数々の論客は来るかもしれない。
始末の悪い連中はいるかもしれない。
でもそれは、いつの時代にもいることであるということ。
そして、その者たちでも、ある程度論理を通せばわかるほどに
ある程度精神的な成長を遂げてきた、この文化の時代であると思うなら
あなた方はもう少し勇気を持って、自らの使命を果たしていくような
ひたむきさを発揮していただけることを私は心から思うのです。

自らの名誉のために、名声のために、自らの自己保存欲のために
そして、自己満足のためにやるのではなくて、知識の貪りに終わるのではなく
神の叡智を単なる知識の集積にするのではなく、愛ある生きた叡智として
世界中にいる神の子たちを幸せにする手立てとして
あなた方はもっとその努力をし、神の使者として、神の子として
今この地上にある生をあらん限りの力を込めて生き抜かれ
その使命を果たされんことを、私はお祈りします。

そして今、この戦闘系の者が立った時代であるということ。
そのことの必然性というもの。
そして、あなた方にとっては戦いの時であるということ。
その認識を深く心に銘記していただきたいのです。

戦いの時であるということは、戦うということは
一部の戦闘系の者たちだけがやればいい
ミカエル大天使だけがおやりになればいいと
あなた方は思われるかもしれない。
そうではないということ。

戦いをもってしか、道筋がつくられないときもあるということ。
そのような時代もあるということ。
今まさにそのような時代になってしまったということ。
そのことをあなた方はもっと心に確信していただきたいのです。
生半可なことでは神理の道は伝わりません。
神のお心は無駄になってしまうのです。

これだけ、九次元の方がたが長い間、計画を立てられ
思いを込めて準備されてきた
この地上の第三の計画、この地上救済の大救世運動というものが
この第三の計画のあとにはもうないということを考えたのなら
この第三の計画が失墜してしまったのなら
レムリア号が転覆してしまったのなら
その後に出て来ている者たちの生涯は無駄になってしまうかもしれない。
それはどの価値が
あなた方は、今そういう時代のターニングポイントにいるということを
もっともっと深く理解していただきたいのです。

(2005.9.15 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2013-08-21 10:49 | アレキサンダー大王 | Trackback | Comments(0)

アレキサンダー大王からのメッセージ(4)

神理だけを説いていく、神理だけを受け入れて編集していくことに
安住しすぎているお坊様方を見ていると
もし、この人たちだけであるのならば
第三の計画は絶対に完遂することはないであろうというふうに
思ってしまうのです。

そのときに、この者が出て来て、神理の道しるべというものを
その熱い情熱の中で、あなた方に語って聞かすことでしょう。
そのときに、おじけづくようであっては
第三の計画のメンバーとしては役不足になるということなのです。

この地上がこの先どうなるか。
存続し得て
この地球に新たなる宇宙時代の幕開けとしての未来を築くことができるか。
それとも、このままなし崩し的にだめになっていくのか、終焉を迎えるのか。

いずれにしても、だめになるのなら、あなた方が命がけになって戦い
命がけになって燃え尽きて、使命を果たしていったことの中で
明るい未来を選択できる、選択肢を人類に提示することのほうが
どれだけやりがいのあることであろうか。

我々戦闘系の者たちは、死に場所ということをよく考えるのです。
どうやって死ぬか。
どういう時に自分なら死を選べるか。
そのことをもって、自らの命が燃焼し尽くす生というもの
生きるということを見つめるという
そういう習性があるのが戦闘系の者なのです。

だてに長く生きるということだけが、我々の世界では美徳とはされません。
わずかな、私も三十数年の命でしたけれども
短い間にどのように使命を全うし
そして、死に場所を、死に際を考えるか。
それが、我々がよく考えることです。
「死ぬことを考えることは、最もよく生きることを学ぶことである」
それは、昔から言われてきたことなのです。

我々の中においても、そのように死に際を考えるということは
あなた方の場合は、このままいけば
いずれこの文明は滅びてみんな死ぬのです。
であるのだったのなら、どっちにしても、死んでしまうこの命であるのなら
どのようにして神のお役に立てるか。
神の子同胞たちのために、この命を生かして
人の幸せのために捧げることができるか。
そのことを考えたのならば、死に際ということに
この第三の計画の場所が与えられているということが
どれだけありかたいことであるかと、私などは考えるのです。

戦闘系の者たちならば、この第三の計画の場にいて
いくらでも命がけになって戦おうとする者が出て来ることでしょう。
今はまだ、あなた方で言うメジャーではないから
一部の者たちだけの知っている神理の団体になっているけれども
これが世界中に広げられていったのなら
命がけになって神のメッセンジャーとして
神の御心というもののために、神理伝播のために、命がけになって仕事をし
そして、命がけになってこの神の計画を地上に実現しようとする
体を張って頑張ろうとする者たちが必ずや出て来るはずなのです。

いや、彼らはすでに待っているのです。
でも、これがいつまでたっても、伝播されないようなものであるのなら
その者たちの寿命が尽きて、地球の時は移ろい
あっという間に終焉を迎えてしまうかもしれないということなのです。

そのことを思うのならば、一刻も早く、この地上へのメッセージを人びとに
世界中の人びとに伝えていける
そのような道筋をつくることを考えねばなりません。
それは自分たちの創意工夫から始まるのであり
そして、神によって、思いもかけず出会わされる人と人とのつながり
そのようなネットワークづくりによって広かっていくものなのです。

まず動かなくては、そのような人材も
人びととの出会うチャンスも与えられないのです。
人と人が新たな、また道筋をつくるのです。
人と人との出会いが、また新たな智慧を呼び込んでいくのです。

それを思い、天上界ばかりに智慧を頼るのではなく、仲間たちが自ら出会い
みんなで自ら手を取り合うことによって、みんなで力を出し合うことによって
新たなこの神の国を、この地上三次元につくるのですから
三次元の者たちが力を合わせるという
そのようなことをもっともっと学ばねばならないでしょう。

次の段階に来たということは、法の核心は降ろされたということなのです。
あなた方が聞いていた宇宙の法の骨格というもの
基本的なもの、愛の原理について、仏陀が降ろせなかったものを
十分この者は、まあ全部ではありませんけれども
もう降ろしたということです。
仏陀と呼ばれる方、あの方が降ろせなかったものに
愛の原理というものがあるのです。

愛というものが何であるか。
頭ではとらえていたけれども、愛が何であるかということ
ほんとうに思いを込めて伝えるという術は、あの方は取っていなかった。
だから、愛の教えというものが欠落していた。
そして、新時代、宇宙の時代へ向けての、宇宙の法のビジョンというもの
それがまだ細かいところまで出ていませんけれども
方向性として、計画として
レムリアは、十分に打ち出すメッセージをもう受け取っているのです。

であるのならば、それに仏陀が、今まで説かれた現証の教えというもの
それに高橋信次、エル・ランティと呼ばれている方が説かれた
永遠の生命の霊的なものの実相というもの
そういうものをしっかりと、体系化していったのならば
これが一大神理としての、神が降ろしたかった
神様が降ろしたかった神理の叡智の全容であるということなのです。

欠けてしまったところを、この者はあなた方の協力により
おおかた降ろすことはかなったのです。
このあとに、我々の言葉
そしてまた、さまざまなメッセージというのは降りてくることでしょう。
でも、次に必要なことは、このおおかたのものを編纂し
それを今度は世界中に発信していくということ。
世界中に発信する前に、まず日本中に発信しなくてはいけません。
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日本中に発信したなら、今度は世界の人びとに発信していただく
受け取ってもらえるような、世界中に流れるような本を
そう、あなた方の中でも話題になっていた、『神との対話』にあるような
ああいう、国を越えたベストセラーになっていく。
そのような本として、あなた方はどんどん、編集していけばいいでしょう。

そのために私たちもいくらでも協力したいと思っております。
でも、あなた方の中に、そういう具体的な
地に足のついた伝播していこうという
ビジョンというものがしっかりないのならば
単なる神の血液は地に落ちて、地面の中に吸い取られ
無駄に終わってしまうのかもしれないのです。

神が地上に降ろすものは、神の叡智という
神理としての魂の栄養としての神髄を降ろされるのです。
それを、地上の者たちの努力により、地上の者たちの情熱と
神理を伝播していく道筋を
地上の者たちが勝ち取ることによって
その神の叡智というものが伝播されていく。
神理というものが、教えというものが
世界中の人びとの心に伝わっていく。
それが、常にこの地上の法則であり、ルールなのです。

であるなら、あなた方は何をなさるか。
何をなさりたいと思うか。
何ができると思うか。
何をしていきたいか。
もう少し具体的に、皆さまで考えられることが必要かと思うのです。

その中で、数々の出会い
そして、今はまだ外においてあなた方の動きに興味を持ちながら
待っている方がたがおられることでしょう。
別れること、裏切られること、造反されることを怖からないで
どんな者も神の子たちであるという信頼を持ち
裏切られること、疑うことよりも
信じていけることを、愛し合っていける可能性にかけて
あなた方は多くの人びととの出会いに
勇気を持って進んでいかねばなりません。

自らが何と言われるか。
あなた方を中傷することがネットで言われているということを
私も知っています。
でも、破壊の神と呼ばれ、自由の神と呼ばれ、戦をしてきた者たちに
常に汚名はつきものでした。
もっともっとひどい言い方をされていたことがあるのです。

そのことから思うのなら、ネットなど一部の者たちが言うことー
あと、これからやれば、確かにあなた方が言われることも
出てくることでしょう。
でも、そのような評判を恐れて何かできましょうや。
この地上に神の国の平安を、栄光を広げていくために
命がけになって生きることこそが
最大の名誉ある神の子としての生きざまではないかと私は思うのです。
私は少なくともそれを信じて、今まで使命を果たして生きて参りました。

今戦争によって統一することは意味がない時代なのです。
思想によって統一していく時代なのです。
その思想を統一していくには、神の叡智を、もう一度流す
文化的なネットワークというもの、道筋をつくるということ。
それは、血を流し、属国となったりしていく
そのような野蛮な戦争をする時代から見たら
はるかに新たな意味で、進歩した文化の時代になったと
私はあなた方を見ていて思うから
そのような犠牲を伴わなくてもできる時代になったということをもって
あなた方はあらゆる可能性を追求していただきたいと思うのです。

(2005.9.15 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2013-08-19 10:46 | アレキサンダー大王 | Trackback | Comments(0)

アレキサンダー大王からのメッセージ(3)

あなた方の流れを見ていると、神理というものを聞いている中で
どんどん、神理に対するマニアックな流れというのが
出てきているように思うのです。

我々の言葉を聞いて、もう十分聞いたなら
「さあ、あなた方も次は何をするのか」ということを
一人ひとりの心に肺に落とし考えなくてはならない。

天上界の叡智というものは無尽蔵にあるけれども、無尽蔵に聞いたから
その聞いた者たちが、無尽蔵に叡智が豊かになるのかといったら
そんなことはないはずなのです。

すでにもう、聞いた神理がある。
そして、かつて高橋信次、エル・ランティと呼ばれている方が降ろされた
神理もある。仏陀が降ろされた法もある。
学んでいるものがあるのなら、それを、今自分たちがどのようにしたのなら
神の国実現、ユートピア実現のために、何ができるかということ。
そのことを、もっともっと、具体的に考えなくてはいけません。

そして、今あるものを、この素晴らしい宝を、この神の血潮を、血液を
この魂の栄養となるべき血液を、多くの人びとに配っていく。
そのような道筋を
血管をつくる努力を怠ってはいけないと思うのです。
それをこの間から、この者がインスピレーションを感じながら
言っているのです。
それがとても、あなた方の仲間たちに伝わらないようであるから
私も今日、こうやって出て来たのです。

命がけになって戦い、命がけになって神の神理というものを、叡智というものを
この地上に流していかんとする、その限りない情熱というもの。
それを抜きにして、神理というものは伝播することはあり得ないということ。
神理というもの、神の叡智が伝わらないところに
神の御国に、ユートピアなどは実現できないということ。
そのことをあなた方に、今日は何よりもお伝えしたいのです。

ボサーと口を開けて、神理というものが口に降ってきて
人びとが変わっていくと、そのように思っているのなら
それは大間違いであるということ。
今も昔も、神理が地上に
メシアと呼ばれる方がたを通して地上に広げられたのならば
それを今度は命がけで伝播し、伝えていく者たちがいた。
その姿あればこそ
世界中にそのメシアの方がたの神理、叡智というものが伝わったのです。

今、あなた方はメシアではないかもしれない。
でも、メシアと呼ばれている先代の方がたが降ろされた叡智
そして、メシア格の方がたが、今地上に降ろして
あなた方が受けている叡智、神理というもの
そういうものを次の世代に向けて、次の世代の世界中の人びとが
それを読んで理解できるような状況にもっていく。
そっちの方向に全部、血管を配置できないにしても
そっちの方向に向けて流していかんとする
心臓のポンプのような思いを、あなた方はつくらなくてはいけない。

そうすれば、そのポンプ、熱いハート、心臓があれば
その後、血管は次々と毛細血管をつくりながら、地球という体中の
神の体のユートピアという国の隅々まで
あなた方のこの神理は伝わっていくことであろう。

でも、まずあなた方が、熱い、熱い心臓として、熱きハートを持って
この思いで、最初の一押し二押しのポンプを流していかなくては
次の世代にこの愛の神理というもの、思いというもの
この地上計画の意味というもの
それが世界中の果てにいる方がたには届かないではないか。

もし、あなた方が本気でやろうとすれば
この地上のネットワークが広がった時代
時間を短縮して、世界のこの地上の裏側にいる方がたにまで
この神の国の神理というもの
メッセージというものを伝えるチャンスというものは出てくるのです。

それには、まず身近な者たちにふれ合い、身近な者たちに伝えていく。
それを恐れてはいけないと思うのです。
それを伝えていきながら
そして、ポイントポイントで力のある者たちと手をつなぎながら
ネットワークづくりというのをしていく。

私はこの地上に国土を平定しながら
国を統合していくという、戦争というもの
戦というものを通しながら国を統一していきました。
でも、今は、別に国家というものを統一しなくても
思想の流れをつくるだけであるのならば
いくらでもネットワークづくりができる時代になっているのです。
国を越えて思想というものが流れていく
道しるべがある時代になったということなのです。

ならば、それを通して、あなた方は世界統一をしなくてはいけない。
神の思想を、神の思い、神の叡智というものを
この地球すべてに流していくには
神の国としての世界統一をしていくということ。

神の思いにおける意味での、この地上だけではなくて
その人びとの心の中に神の王国をつくっていくという意味においての
神の王国の世界統一をしなくてはいけない。

そのためには、あなた方の比類ない
そして、不断の思い、けっしてたじろぐことなく
ひるむことなく、あらゆる困難艱難に対して戦っていける
けっして尻込みをしない
そのような勇気ある姿勢というものがなくして
この地上に神理というものを広げる道筋が
一本たりとも通るとは思うことなかれ、と私はあなた方に伝えたい。

武将という者は、明日の我が身のことなどは考えないものです。
手柄を求めるだけの戦いしかしない者は、しょせんがそのような者でしかない。
大いなる自らの、そのような現世的な権力志向のようなものを超えて
戦って人びとを統一していくことの中で、国民を幸せにしていきたい。
この世に平和を反映していきたい、自分の思いの中で
少しでも幸せにできる人びとを広げていきたいという思いの中で
私は兵を進めていったのです。
それは神理伝播における、あなた方の姿勢にも通じているはずなのです。
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ここのところ見ておりますと、この者の心理の中に
自分にはこの使命というものがひじょうに身分不相応であり
そして、自分のカルマ修正のためにこの使命というものが与えられ
それが神の慈悲であり、私のような者に与えられたということが
申し訳ないというふうに思っている。
そのような心理を、数日間見ておりました。
そうではないということを申し上げたいのです。

ほかにも優秀な女神たちもおられることでしょう。
でも、この第三の計画が発動されるようなことになれば
当然世の中は、混乱した時代になっているということ。
その中において、強烈なる神の神理というものを自ら受け止め
巫女として降ろしながら、かつ、それをあらゆる逆境にもめげず
天変地異や、数々の法敵の人たちとの戦いを通しながらも、強烈な思いで
逆流してくる血液を、新たな本来の道筋の中に押し戻すようにして
本来の場所に流していく。
そのような力を持つ者でなくては、この第三の計画が発動されたときには
役に立たないということなのです。

それぐらい事態が切迫していたときに発動されるのが
第三の計画であるということを我々は知っておりました。
ですから、戦闘系の者が立ったのです。

戦闘系の者でなければ
単に巫女として優秀なだけの女神たちが立ったのであるのならば
それはこの現状の中で、戦っていくことはできないでしょう。
でも、あなた方が、今やろうとしていること。
かつて説かれた神の叡智という血液が
逆流現象を起こしているということなのです。

本来であるのならば、ここから世界に向けて
もう発信されているべき叡智、神理なのです。
そして、まだまだ先が説かれるべき神埋かあったわけなのです。
それが世界に向けて発信できるどころか、それが今度はその血液が
そのひとつの団体の中にとどまり
それが悪い血となって、宗教界を汚染し始めたのです。
血液の逆流現象とでも申しますか
悪い血になってしまったということなのです。

その悪い血の中から良い血を選び出し、そして、新たな輸血です。
天上界から、新たな血液を降ろして地上に、叡智を補充しました。
それが、あなた方が今受けている神理であるということなのです。

その新たな輸血した神理というもの
そして、悪い血に染まってしまったものから
まだ使えそうな血液の成分を取り出して
それと新たなる輸血によってもう一度
逆流し傷口から噴出している血液を止めながら
本来の道筋に、世界に地上から
この日本から発信するこの血液の道筋を
もう一度、本来の場所に流れていくように、発信していくように
そのような役割、そのような、まあ、ある意味で言うと
救急の医療チームのようなものがあなた方であるということ。

そのときに、交通事故のようなものですから
ひじょうに緊急な対応が叫ばれるということであり
あなた方が瞬時にして判断して、対処していかなくてはいけないということ。
そして、だめならばだめで
別のバイパスをつくらなくてはいけないということ。
そのようなことを瞬時に判断しながら、あなた方はこの神理というものの
復旧活動というものをしなくてはいけない。
それが、第三の計画のあなた方の姿であるということ。
それをもっと認識していただきたいと思うのです。

(2005.9.15 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2013-08-18 14:12 | アレキサンダー大王 | Trackback | Comments(0)

アレキサンダー大王からのメッセージ(2)

ナポレオン・ボナパルトという形で出たときも同じでした。
あの当時は、文化の最高峰の水準が、ギリシャから
すでにヨーロッパのドイツとか、フランスとか
あのあたりの国々のほうに集まっておりました。

あの時代にはもうギリシャは、力はあまりなくなっておりました。
その時に、この者もマリア・テレジアとして出たときに
やはりドイツ、フランス、スペイン
そして、イギリスなどと王家というものが
あのあたりでひじょうに戦争を起こしながら
国を平定しようとしていました。
世界の文化の最高水準のものが、ちょうどヨーロッパのあの先進国
あの時代の先進国と呼ばれたところに集中していたからなのです。

ですから、その国にある者たちの意識
その国にいる人たちの思想というものが世界をリードしていく
そのような場所にちょうど当たっていたということなのです。
時代を経て、その思想の頂点を極めるエリア、場所というものは
スポットというものは移動していく。
それは、もうとっくにあなた方は学ばれていると思うのです。
ギリシャであり、インドであり、中国であり、そして、ひと時はいわゆる
中世以降のヨーロッパにあったということなのです。

あの時は、やはり宗教改革なども通しまして
このヨーロッパが一大文化圏を築いておりました時代です。
ですから、やはりヨーロッパの意識を統一していく
そして、統一することによって、ひとつの文化が、キリスト教であるとか
そういういろんなものが流れていく。あの時の中世のヨーロッパの姿
あの時のエネルギー、それがキリスト教の教えというものを世界中に発信し
流していったという道筋をつくったのです。
やはり、イエスの教えというものを世界中に発信していくその原動力は
やはりあの時のヨーロッパのエネルギーにあったのかもしれません。

いつでも、神の国の神理というものを伝えていくには
そのような世界計画があり
神理伝道、伝播のための計画というものが、神理が降ろされたときには
すでに道筋として、神のご計画の中にあるということ。
そのご計画を前もって伺いながら、神埋か降ろされるちょっと前に出て
その世界、その文化圏を統一して
神様の神理というものを、神理を流していく。
血管を配置して帰って来る。
それが私の役目であるということなのです。
そして、この者も同じであるということなのです。

ですから、戦争をすごくしたかもしれない。
それは戦争というものを通して、自分たちが王であり
女王であったということを通して
自分たちの野心をも満足させたように
傍らから見ると思われるかもしれないけれども
でも、やはり戦争というものをできるだけ最小限にしながら
人びとを平和に導き、調和に導き、神のお心を伝えていくー。

この者(マリア・テレジア)であるのだとしたのならば、あの時代の
ひとつのオーストリアを中心とした最高の文化圏というものを
ヨーロッパ中に送り出していく
最高水準の音楽にしても、文化にしても、政治にしても
ウィーンという、オーストリアを中心にして
多くのものが発信された時代ではなかったかと思うのです。

そういう時には、そういう者が出ていって、やはり国というものを平定しながら
まあ、この方は女性ですので、あまり荒っぽいことは好きではなく
政略結婚とかやはり国と国との交渉ごとを通しながら
国というものをまとめていかれた。
そういう役割をしているのは事実なのです。

ですから、私たちのような者がいるのが、高級霊界にいるのが
ひじょうに不思議に思われるかもしれない。
そのように思っておられる方が多いのも事実だと思うのです。
ですけど、神のご計画を実現する上においては
やはりそのような荒々しいものも時には必要であり
ただ、その破壊を行うときに、それが神の国の、何度も申しますが
神の国のご計画のための、自らは道具立てとしてその使命を果たすために
命がけで地上に出ていくという思いがあってこそ
我々の立場、地位というもの
地位というのは失礼です、居場所というものが存在し得ている。
使命のセクションというものが与えられているということです。

日本語が、あまりちょっと―、言葉を選ぶのが難しいので
不適切な言葉を発しているのならば、どうかお許し願いたいと思います。
私の考えの中において、この大計画が実現されるということ
そのことは、今日的な意味で、私から見ると
ちょうど私か世界統一をなしていって
その後に、数々の神埋か伝播していく道筋をつくったように
今この日本から世界に向けて、あなた方が説いていく神理というものが
アジア、オセアニアを通しながら世界中を席巻していく。
その時代がくるということを申し上げたいのです。

あなた方は神理だけをつくっていたのならば
それが、いつか勝手に動くと思っておられるかもしれない。
でも、私はそうではないということを、今日、言いに来たのです。

神理は神理として存在します。
そして、それはおおかた
宗教関係の霊団の方がたが担当なさられるのが道理であるのです。
しかし、それが、常に種がまかれたとき
その種をまく道筋をつくっていったのが我々のような者なのです。

その時には、道なきところに道をつくらねばなりません。
そして、今これからくるのは戦争ということではなく
平和的な文化の交流という
世界的に、ある意味で、ネットワークづくりの済んだ
この地球のネットワークを通しながら
平和的に、あなた方の神理というものを打ち出していく
広げていくという、そういう時代がきたのです。
このような時代がくるまで、私たちは戦いを続けながら
この地球をひとつにするために頑張ってきたのです。

国と国の戦争というものは、愚かしい争いはまだあるかもしれないのです。
けれども、グローバルにものが考えられる、地球という視野で
ひとつの目でこの地球を見ることができる
それだけ意識が成長した時代が今日であるということ、現代であるということ。
その時代がきたということを、私は脇で見ていて
ほんとうに感無量の思いであります。

この時代の中であなた方の進歩が説かれていく。
神の国、ユートピアがつくられていく。
そして、これが地球を一体化して、そのうち地球に
ひとつだけの統一政府というのがつくられることによって
ほんとうにいつの時代か、そのうち国境がなくなり、私がかつて夢見た世界統一
それは、私が―世界統一という、世界を征服したいのではなく
神の御言葉により、神の御国になることによって
世界というものが、神の子が一体となる
エデンのユートピアの時代になるということを望んだからこそ
私は世界統一を目指したのです。

そういう意味において、神の子として、一体として
地球がひとつにまとまっていく。
そういう時代がこれからくるということ。
そのことを、あなた方が希望の原理として持っていただきたい。
そして、それを推進するだけの力というもの
覇気というものを持っていただきたいということを言っているのです。

神理だけを語っていれば、聞いていれば
それが勝手に広がっていくのではないということ。
それを常に血管の中に送り出していく
強い心臓のようなポンプがいるということ。
その熱い心臓のポンプの思いというのは
あなた方が、いかにこの地上において
自ら神の使者として何をするべきか
何をどういうふうにやっていきたいかという熱い思いの情熱に比例して
そのポンプの力というのは、血管を通して血液を送り出す
その力の程度が決まるのです。
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あなた方にやる気がなければ、そして、創意工夫がなかったのならば
それはその程度のものしか送り込まれないでしょう。
天上界から地上に送り込まれる、その神理の量というもの
その神理の質というものは変わらないのです。

でも、それを地上に、どのようにして伝播していくか。
命がけになって戦いながら、道なき道をつくっていった
我々の戦いぶりから見ると
あなた方の覚悟というものが、いかんせん、ほんとうに
この地上にユートピアを打ち立てんとして
出て来た者たちであるのかということを
やはり疑いたくなるような時があるのです。

何度も言いますが、私はこの地上を自分のものとしたくて統一したのではない。
神の御心を広げたいがために、その道筋となるために命を投げ出し
戦いに継ぐ戦いを通じて、人びとの生活文化圏を一体化させる
統一させるために戦ってきたのです。
そのために自分が、という思いはありません。
自分の名誉のため、権力のため
支配欲のためになどということで戦うことはなかったのです。

あなた方も、もし、この最終ユートピアを打ち立てるための
この第三の計画に命がけになってやる気があるのならば
我々が戦をしたように、時には-。

戦闘系の者たちは荒々しいといって嫌われるものなのです。
それもよくわかるのですけれども、やはり命がけになって
その道を、道筋をつくらねば、どれだけ血液が、素晴らしいものが
神の血液があったとしても、それが道の中を流れなければ
人びとの手もとには、人びとの栄養となって
心の栄養となって届かないのです。

それを流すのは、心臓としてのポンプの、あなた方の熱い情熱、使命感
それしかないということです。
その時に自らを守る
自らが傷つかぬ思いの中だけで汲々とするのであるのならば
それはあなた方の自己保存となり、単なる宝の持ち腐れとして
あなた方の単なる興味、嗜好のものとして
この神から与えられたメッセージが無駄になっていくのを
私は黙って見過ごすわけにはいかないということなのです。

我々のやってきたことは
常に明日の我が命のことなどは考えずに戦ってきました。
休む暇なく、私は戦い続けました。
わずかな生涯でした。
ですけれども、その間に、精一杯、自分ではわからなかったけど
でも、やはり学んだ神理の中で、ギリシャの叡智を学ばせていただきながら
やはりこの神理の伝播のための手立てとして
大いなる神の御心の一部として生きていきたいという
神理を世に伝えたいという思いは、やはりあったのです。

ですから、そのような思いがあるのならば捨て身になって、命がけになって
この神理のために頑張らなければ
とうていユートピアなどは建設できないということ。
目先だけで、ユートピア論を唱える人は多いかもしれないけど
やはり地上にユートピアが実現されるときは生身の三次元の
この地上の者たちが体を張って血を流しながら、汗を流しながら
この地上に、やはり平和な国土というもの
平和な国というものをつくり、打ち立てながら
一歩一歩前に確実に進んでいった、その実績があってこそ
その後に神理というものが伝播し
宗教関係のお坊様たちがまいた種が実を結んでいくのではないでしょうか。

そうでなければ、キリスト教においても、仏教においても
あの当時、仏陀やイエス・キリストが説かれた教えが
今日これほど広がるということはあり得ないと思うのです。

この世界中に広がったキリスト教
世界中の隅々まで行き着いた仏教などの教えを見ていると
これを伝播するために、どれだけの者たちの血が流れたことでしょうか。
キリスト教関係の修道土たちにしても、皆、殺されていったではないですか。

でも、彼らは命がけで伝播して、その毛細血管のような血管ではありますが
血管をつくっていったのです。
そのような、血を流しか歴史があってこその
まあ、あなた方でいう伝道ですね
伝道というものを通してこそ
神理というものは隅々まで広がっていったということがあるのです。

インターネットが広がってきている時代ではあります。
でも、やはりインターネットだけに頼って、自分たちだけが書斎にこもって
神理を語っているのでは、神の国のユートピアは建設できないということを
私は申し上げたいのです。

やはり命をかけて、情熱をかけて、思いを尽くして、自分の命を捨てて戦う者。
その神の手足となって命がけとなって戦う者。
それがある意味で、私とか、ヤマトタケルと呼ばれている者たち
そして、自由の女神と呼ばれている、この者にしても
あえてその戦乱の中に身を置きながら、神の使者としての国づくりの
荒々しいところの基盤で動いてる者たち
そのような者たちがいるということを私はお伝えしたいのです。

(2005.9.15 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2013-08-17 10:12 | アレキサンダー大王 | Trackback | Comments(0)

アレキサンダー大王からのメッセージ

アレキサンダーです。
あなた方の時代の中では
アレキサンドロス大王という言葉で伝えられているかもしれないけれど
天上界において、私はこの方とごいっしょに
この地上計画における神の国実現のための
戦争とか、国づくりということを中心とした赤色光線のもとで
できる限りの使命を果たしている、そういう者であります。

たまたま、あなた方の時代の中では
アレキサンドロスという者の名前が一般的であるように思うのですが
私ははるかなる昔より、神の国がこの地上に実現されるとき
その神の計画に沿って神命を帯びて地上に降り立ち
国と国を平定しながら神理の道筋をつくるべく
この地上に人びとの平和と、神の国との調和を求めて
この地上で、あなた方から見たら血生臭いと思われるかもしれぬが
戦というものを通して、この地上を平定してきた者なのです。

私のような者が天上界にいるということ。
そしてそれが、神のお心の中において
そのような役割を持つ者がいるということ。
あなた方は不思議に思われるかもしれない。
しかし、神の国を実現するという意味においては
ときには破壊をももたらすことが次なる再生をもたらし
そして、数々の互いの偏狭な垣根を取り壊していくことにより
ひとつの大いなる道筋の中で
時代を越えて流れていく神理の叡智というものの道筋をつくるという
そのような役割があるのです。

三次元においては、やはりこの地上で、ひとつの帝国、国というもの
組織体制というものを通して文化は継承されていく。
そのような道筋があるがゆえに、私はまず出て
神理伝道が行われる道筋に沿うて、その神の真意を地上に伝えるために
神の国実現のために、私は地上に出て
帝国の統一ということを生涯の事業としたのです。
その過程、間に、数々の悲しみや、苦しみや、戦いというものを通して
「破壊神」と呼ばれていたときもあるのです。

かつて、インドに出たことがありました。
インドでは、シヴァという名で呼ばれた、破壊の神と呼ばれた時代があります。
仏陀よりもっと以前の時代です。
その時代に私が出たときも
やはりインドは数々の国が入り乱れ、戦乱につぐ戦乱があって
その時に、やはり次に出て来る大いなる進歩を説く、仏陀の法が説かれる前に
やはり国を平定し、ひとつの愛による道筋というものをつくるためにも
慈悲というものを説かれる、仏陀の法が説かれる道筋のためにも
私はその古代のインドに降り立ち、国を統一するために破壊神と呼ばれても
その国々を統一して回ったという、そのような過去があるのです。

私たちのような者は、一見、その行為だけを見たのなら
神のお心からははるかに遠い殺戮者であり
略奪者と呼ばれているかもしれない。
思われていたかもしれない。

しかし、この間、アテナと呼ばれる方がおっしゃられたように
この神理の火というのは
ギリシャから行われたものがアジアに流れ
アジアのほうから数々のインドや仏陀の教えなどを通しながら
中国へ、日本へと行って世界中を一巡してきている。

キリスト教の流れというものを通しながら
そして、かつ、右回り左回りとしてキリスト教圈と
それから、アジアから発していった文化圏とが
ちょうど日本という場所を通して融合してくる。

かつて、ヘレニズム文化というのがありました。
ギリシャという西洋文明が、西洋の叡智が
アジアの文化圏とぶつかったときにヘレニズム文化というものをつくった。
それを目指して、私は帝国をつくっていったのです。
常に西洋と東洋を統合していく、その要に私はいたのです。

そのときに、この今日の日本を見ると、やはり西洋文化というものと
東洋からの源流の流れというものが行き着いた先、どこに来たかというと
この日本という場所に行き着いたように思うのです。

現代のヘレニズム文化、現代の西洋と東洋の文化圏が出会うところ
それが今日の日本であるということ。
そのことをもって、世界中の過去の叡智の流れが
最後たどり着いたその場所にこの日本があり、この日本を通して
最終ユートピアの思想の流れというのが世界中に発信されるという
神の国のご計画があったというのが事実なのです。

この日本、小さな、小さな島国のように思われるかもしれないけれど
これはちょうど地球のヘソのような場所であり
ここをもって、最終的ユートピアの
神の国の叡智、神理というものが広げられていく。
そのために、つくられ用意された国であったというそのような使命が
この日本という地には尊い使命があったということなのです。

私たちはこの時代の中で、戦争というものを通さなくても
もうこの日本の地から文化的に神理というものを発信できる時代
そういう時代がきたということをとてもうれしく思うのです。

まだ、局部的に、いろいろなところでは戦争をしております。
しかし、私に興味があるのは、国を支配し、自分の権力というもの
支配欲のために世界を自分の手もとにおきたい
そういう野心のために国を平定してきたのではないのです。

常に、源流としての思想、神の思想、叡智というものを流していく
その道筋のために国というものを平定し、統合するということが
その使命にあったがゆえに、私は自由の神と呼ばれた。

なぜ、自由の神と呼ばれるか。
それは自由とは、神理を、神理の叡智というものを
人びとの文化圏に運んでいく伝達の役をすることによって
人びとに真の自由をもたらす。
一見、奴隷のようになったように思うかもしれないけれども
常に新たなる神理というのが続々と生み出されてくるのです。
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最初は古代ギリシャのところに、そして、インドに、エジプトに
そして、中国にそして、イエス・キリストから流れたその教えの流れが
今度はヨーロッパのほうを経由し
そして、それがアメリカとか世界中を巡っていった。

そのような流れの中で人びとは、真に自由を得るというのは
神の叡智を学ぶこと、神理とともに生きること
ほんとうに神理を学んでいく文化圏が広がっていくということが
真に神の子人間たちを魂の底から自由にするという意味をもって
我々は三次元の人びとを自由にしていく。
そのようなために戦う神ということで
自由の神という名を、称号をいただいているのです。

けっして破壊神であるとか、略奪の王であるとか
この地に権力の権化であるということではないのです。
私たちが戦闘により、殺戮とか、戦というものをあえて肯定していくもの
そのような神のご意思あってこその、ご意思を地上に広げる
繁栄させるために神の御国を実現するためのその道具立てとして
我らは戦というものを通しながら国を平定していく。
あなた方の国では、ヤマトタケルと呼ばれてる方がおられるはずなのです。

あの方は日本神道の中において
やはり日本がいずれこの神理発祥の地となるために
日本神道の方がたは、はるか昔にこの日本という地を預かられたのです。
授けられたのです。
その時も、やはり数々の平定をし
この国を神代の国と呼ばれる神の国にしていくために
あの方も命がけになり、この大和の国を平定されたはずなのです。

それがゆえに
その後、安定した基盤の大和朝廷というものが築かれていく道筋になり
そこの中で、聖徳太子とか、そういう方がたが
神法、神の法というものを地上に降ろすことができた。

安心して、そのような仏教とか、日本神道だけではなく
仏教、キリスト教を通しながら
この国に、数々の西洋、東洋の宗教というもの、文化というものを入れながら
この国独自の磁場として、神の国の磁場というものをつくりながら
今日までの時を、力をためながら、蓄えて持ってこられたという
そのような時代があるのです。

その時に、やはりヤマトタケルと呼ばれる武将の方がお出になられて
この国を平定されました。
私は、まあ、ある意味で言うと
それのもうちょっとスケールが大きいと言ったら失礼かな
ほかの国、ヨーロッパ圏から、アジア圏から、先ほどあなた方が言われたように
アフリカのほうまで行きました。
インドのほうまで行きました。

あの時代は、まだ地上に、この世というのが、世界地図でいうと
だいたいそれぐらいのものだったのです。
アメリカ大陸とか、そういうところは、まだまだ発見されておりませんし
人が、それほど文化の高い者たちが住んでいたのは
だいたいそのあたりでした。

ですから、だいたい世界統一をなし得たという形に
まあだいたいなっていたわけです。
そして、それは私の野心により、何度も言いますけど
私が支配したかったから統一したというのではなくて
そこを一体化させることによって
ギリシャの文明というもの、ギリシャの叡智と呼ばれているもの
それが隅々まで流れ入る道筋をつくったということなのです。

血管を通らなければ血液は流れないでしょう。
それと同じなのです。
私が国を平定し、統一していくということは
神の国、神のお心という、叡智というもの
神の国を実現させるという、その神の熱い血を、情熱を、神理を
その血管に流すために国というものを統一させていく。
一体感をもたすことにより、その道筋をつくるという
その役割が私にはあったということです。

(2005.9.15 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2013-08-16 10:03 | アレキサンダー大王 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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