地球を愛の星へ

カテゴリ:吉田松陰( 6 )

吉田松陰からのメッセージ(6)

怠け心、精進を怠った気持ち、それをもっていかなる夢もかなわぬ。
人は、その自分の生きる場所を知り、おのが使命を知り、おのが夢を信じ
それに向かい、命のあらん限り努力精進をし、最後の瞬間まで生き続けた時に
この社会を変え、この地上すべての価値観を変えていく
大いなる仕事ができる。
それをもって「革命」と称する。

あなた方がやろうとしているのは、精神的な革命。
神の世界に変えていくための、霊文明に変えていくための大革命をする
革命の志士たちであると心に召されよ。

革命の志士とは単に心に思うことではない。
あらゆる状況分析をし、これからの先の時代何が必要で、今何が求められ
どういう時代であるか、そしてその中におけるおのが役割
自分が何をすればいい場所に生きているのか。
出すぎてもいかぬ、しかれどもやるべきことをしなくてもいけない。
それを見極めるにはおのおの方。

精進せよ。
努力をされよ。
書物を読まれよ。
時代を見るために、あらゆる情報を集められよ。

その上で正しい認識力と判断力をもって
今これから何をするべきかをしっかり判断されて
その上で最後の瞬間まで命をかけて生ききりなさい。

怠け心である。
「サタンにより足をすくわれるのは、
一人ひとりの心の中にある怠け心である」と
私はかつて言った。

だけれども、怠け心の真の意味というのは、怠けるということよりも
自分自身の中における使命をしっかりと感じ
そこの状況認識をしっかりできなかったということをもって
努力をするチャンスを逃してしまっているということもあるのである。
しっかりとした状況認識をしなさい。
それを私は、今日は来て、長いこと話をしていたのです。

あなた方が今どういう立場にいるかということがわかったのならば
努力をしないわけにはいかないはずなのである。
そうではないだろうか。
あなた方しかできないことである。
でも、一握りのあなた方が本気で努力をしていったのなら
この日本だけではない、この世界を、地球を救うことができるのである。

私はあの時代日本人のために、日本人の未来のために
必死で我々は生きたけれども
あなた方は世界の人びとのために生きることができる。
そして、単なる一神国日本という神だけではなくて
この地球霊界最高部におられる最高神格をお持ちの
我々から見たら根源神のように思われていた
その名を明かされたエル・ランティ
その方のご指導のもとに、この大計画が霊天上界においても
一大号令をかけられた。

我らの立場においても
エル・ランティと呼ばれるお方のお声を聴いたのは初めてである。
そのぐらいエル・ランティ自らが下生された今回の計画を見
このいくつかの失敗を見ていくにあたって
エル・ランティ自らがその最高責任者となり
その号令をあげられたということをもって
いかに最高霊域の神々が本気になっておられるかということを
私は肌身に感じてわかったのである。

そしてその計画が今、この我らが愛し、改革したこの日本の地により
ここにいるあなた方の力により
エル・ランティ自らの計画を実行しようとしているその実行部隊の
出所、出陣部隊があなた方であるということ。
そのことを思ったのなら、我らが明治維新の計画なんぞちっぽけなもの。
あなた方の使命のほうがはるかに数百倍大きいものであるということを思い
そうしたのなら怠けてなどいられないはずであろう。
精進しないわけにはいかないはずであろう。

自分のやった失敗をほかの者の責任にするから
そこにサタンという魔のものという者が浮かび上がってくる。
でもけっしてそれは、魔がやっていることでも何でもない。
自らの心の甘さに乗じてそこに同通して来ただけのことである。

だから、さっきもユダの話をしたけれども、心に隙なく
このような素晴らしい場所にいる今の自分の立場に対する感謝とともに
厳しさをもってあたらねば、逆に関わったこと自体が
間違ったことであるということになってしまうのである。

だからおのおの方よ、自らに自戒し、怠けるなということではない。
それはあの時に語った、怠けるのではない
今自分がどういう状況にあるかをしっかりと、自分の中で気づかれよ。
その厳しさをもって気づかれよ。
そうしたのなら、あなた方の人生
何もしないで終えるわけにはいかないであろう。

エル・ランティが、モーゼといわれる方が、イエス・キリストと呼ばれる方が
孔子と呼ばれる方が、そのほかの多くの高級神霊と呼ばれる
我々から見たら神代の国の、神の神々のお名前
その方がた自らのお言葉を聴きながら
彼らに、この神々に懇願されつつ、この計画を実行しているなぞと
なんと幸せな者たちであるかと私は思う。
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ここにおいて火あぶりになろうと、槍で突つかれようと
刺客によってぶった斬られようと、処刑台の露と消えようと
もし私であるのなら喜んでその使命の中で散っていこうと
そのように覚悟を決めるであろう。

であるのなら「あなた方も、そのような覚悟を召されよ」ということを
さっきから言っているのである。
その意味において魔であるとか、自分の中における怠け心だとか
そのようなものは、まだまだ覚悟が足りぬ者たちが言うことなのである。

覚悟さえ決まれば、あとはやるしかないであろう。
命の限り駆け抜けていくしかないであろう。
そのように駆け抜け、命の限りに自らの夢を信じ続けて
大いなる大義のために生き続けた者たちだけが
その歴史の中できら星のように光輝くのである。

輝きたいから走るのではない。
自分の命などどうでもいいから
大いなる万民のために、その愛する国家のために
あなた方であるのならば
偉大なる神の国にするため、この愛の地球のために
神仏の高級神霊の御意思に沿うために頑張るのであっても
少しも不足になることはあるまい。

このような一大時期に
大改革の時に命を持ったあなた方は幸せだと神に感謝し
今この場にいられるということを感謝し
命がけになって生きられよということを
私は今日、繰り返し、繰り返し申し上げて、終わりにしたいと思います。

どうか頑張っていただきたい。
竜馬がそのうちに出て行くから、彼をしっかり教育してやって
彼らの、彼の使命を果たしてやっていただけるよう
あなた方にもお願いしておきたい。

彼は黙っていられなかった。
彼は次の時代を待っていることはできなかったから
あなた方だけを見ていて、もうじれて、じれて、自分で「出て行く」と言って
このあいだから調整に入っている。

今日も来ているようなので、彼の気持ちを聞いてやっていただきたい。
そして彼を、ではない
次の時代に出て来ている数々の光の天使を、だけではない
あなた方自体が、一人ひとりが、命の限りに輝かし、生ききられんことを
私はこちらの世界より心より応援しながら
見守らせ続けていただきたいと思っている。

これからももし、わたくしのような者でよければお呼びください。
そのような立場で、もしアドバイスできる立場にあるのなら
私はこのあいだ日本に生まれて、このような縁を持つことを
ほんとうに誇りに思うことでしょう。

あなた方に対して今日お呼びいただいたこと
二度までもお呼びいただいたことを心から感謝して
今日はこれにて終了させていただきます。
ありがとうございました。

(2005.3.10 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-07 11:24 | 吉田松陰 | Trackback | Comments(0)

吉田松陰からのメッセージ(5)

何のものでもそうだ。
あとで名が残っていく者たちは
生きている時に自分たちの仕事が後世評価を残し
名前が残るかどうかなどということは考えもせずに
真摯な仕事をした者たちなのである。
その結果名前が残る者もいれば残らぬ者もいる。
一生懸命生きたけど、名前が残っていない者もいる。
でも、そんなことはどうでもいいのである。

必要なことは人の評価を気にすることなく
これこそが我が命の燃え尽きらんがために生まれてきた場所であると
男児本懐の場所であると思ったのなら
その場所においてその使命の中に生き切り
燃え尽きらんがための命を輝かして仕事をし続けなさい。

人間死ぬ気で、最後の瞬間まで燃え尽きる気持ちで仕事をしたのなら
どんなことでもやれるものである。
どんなことでも可能なのである。

そしてその時はほんのわずかな、小さな種を一つまいたかもしれない。
私、松陰のような人生があったかもしれないけど、その種は必ずや本物であり
命がけのものであったのなら、後世の者たちの心に残り
仲間の者たちの心に宿り、それは必ずや芽を吹き、社会を変えていくであろう。

あなた方においても、今あなた方が命がけでこのようにやってる仕事が
ほんとうに世界を変えていくのであろうか
たぶんまだ信じられないのではないだろうか。
そうであろう。
しかし、信じなさい。

なぜならこの計画はあなた方が
あなた方だけが考えついた計画ではないのだから。
あなた方を含み、私も含み
我々レベルではない地球最高神霊と呼ばれている方がたが
練りに練って考えられた大計画の一助であるということ。
そのようなものを、ビジョンをもって見たのならば
あなた方が今やってる仕事がどれだけ大事なことであり
どれだけ価値のあることであるか
あなた方には判断がつかなくて当たり前なのである。

しかし必ず、今やっていることが世界を変えていくから
いかなる誹誇中傷を言われたとしても、いやがらせを受けたとしても
心を常に安定させ、少しも身じろぐことなく、おのが使命を信じ続け
自らのやれる仕事のために邁進してほしい。
そのような者たちがほんとうに真に十人出てきたのなら
この日本だけではない、地球が変わるのである。

今は書籍というものが言論の自由というものをもって
ひじょうに簡単に出る時代になっている。
まず書において人びとを変えられよ。
私も書物をいくつも書いた。
どこにいても書けたのだ。
私においても、牢獄につながれていても書物は書けた。
だったらあなた方は、牢獄にとらわれているわけではないのであろう。
であるのならば、書物を出し続けなさい。

レムリアとしての仕事の霊言集の編纂、そして今までの過去の歴史
そういうものを書きながら、自分たち一人ひとりとしても書き続けなさい。
そして、このあいだから聞いていると
一冊の書籍を出すのがたいへん高いお金がかかるように思うけれども
これからの時代を思うと、そのインターネットというものを通して
どうかあなた方の本をどんどん発信していく場所としなさい。
そのうちに多くの賛同者が出て来るであろう。

すでにもう潜在的にはあなた方の霊言を、あなた方の姿勢を見ていて
レムリアに賛同している者たちもいるのである。
今立場上アンチと呼ばれているサイトにいる者たちもいるようだけれども
人間はどの者をもっても神の子である、神仏の子である。

であるのならば、どちらが本来神仏の目にかなっているか
それはどんなに間違った情報を聞かされても
一人ひとりの心の針に照らし合わせて見るのであるのなら
必ずやあなた方のほうが
神の、神仏の意に沿うている団体であるということがわかるはずである。
この者(アマーリエ)がとる霊言が間違っているはずないと
みんなが納得してくるはずである。

であるなら、あなた方の持っているものを
このインターネットを通してどうぞ発信してほしい。
そのうちに書籍を大手のところから出すルートというのも
出てくるであろう。
今は彼らは、いろんなところで手を回して
書籍を出させないようにするであろう。
そのような嫌がらせや、いらぬ中傷を出版社のほうに言ったりとか
いろんなことをするかもしれない。

しかしその姿はまこと哀れ。
まことに情けなく
ほんとうに神仏に呼び集められたかつての者たちであるかという
その形すらもうとどめぬほどに魂は堕ちている。
そのことを思うと、彼らの転生を思うと
何のために今この日本に出て来たのか
この計画に携わってきたのか
ああいっそ携わらなかったほうがよかったのにと思うほどの
哀れさと不欄さで私は胸がいっぱいなのである。
そのことを思うのなら、今いっとき時を待ち
時をみるということも大事である。
時をみて、その中であなた方がやれることを選んでやっていきなさい。
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そして、この計画が必ずや多くの人びとを変える計画になるということ。
そのことを私は知っている。
こちらの者たちは知っている。
これから何が連鎖反応的に起きていくか
あなた方はまだ一部しか知らないから信じきれないのである。

でも、多くの計画が
そして多くの者たちがあらゆる場所においてスタンバイしている。
連鎖反応でどんどんどんどん変わっていく。
そのような世の中が、時代が、あとくるのである。
そのための基本的な理念を今降ろしている。

だから、一粒の芥子の種
イエス・キリストの言われていた一粒の芥子の種であるとあなた方は思い
でもその芥子の種が落ちなければ、そのあとの連鎖反応的な
社会改革運動も起きていかないのであるということを思い
今の仕事を心から信じて、おのが使命を生き切っていただきたい。

あと数十年だ。
あなた方においても、今世の命を終えて帰って来るのはあと数十年であろう。
そのことを思ったのなら、我が生涯と比べてさして長い短いはない。
ただこの肉体のある限り、あなた方がやれる機会というのは多いから
どうかあなた方がやれることをもって
最後の瞬間まで生き続けていただきたいと思う。

私は今、吉田松陰と呼ばれている者の本体意識により話をしております。
何か、ほかに聞きたいことがあれば、おっしゃってください。
ほかの者が待っておりますので。

(2005.3.10 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-01 07:31 | 吉田松陰 | Trackback | Comments(0)

吉田松陰からのメッセージ(4)

ここに座るということがどれだけたいへんなことであるか。
今あなた方を誹誇中傷している者たちを見ると、皆ここに座りたいのである。
座りたいけれども、座ることはもうかなわぬ。
だから子どもが駄々をこねるように、泣き叫ぶように、怒りをぶつけて
あなた方に文句を言っているだけのことなのだ。

でも、この場に座ることは、やはりそれなりの境地というものが要求される。
当たり前である。
神仏の言葉を直で受ける場所にいられるというのに
心に欲とかさまざまなくだらないものをいっぱい詰め込んで
いずれこのレムリアを通して自分の夢を、自己実現をしてやろうなどという
悪しき思いをいっぱい心の中に、どろどろ腹の中に持っている者が
いかにしてこの霊言の場に立ち会うことが可能であろうか。

それを最も嫌う、そのような磁場を最も嫌う、この巫女の感性の中において
彼らはもう弾かれてしまっている。
だから、おのおの方も心から肝に銘じられよ。
何が神の国にとって、神の前に出た時に、何が一番尊いかということ。
それを、それのみをもって
おのおの方の魂を輝かす道があるのであるということ。

神仏の前にいっこうに評価されぬことに血道を上げたとしても
少しも魂は輝かぬ。
そなたたちが神の子であり、このまれに見る大計画の一助として命がけになり
不退転の境地において、神仏の力になるのであるのならば
またもや大きな功徳をもってそなた方の魂の光の量も器も大きくなり
後の大いなる、また使命というもの
重大な使命を受ける資格というものがあなた方に備わることであろう。

しかし、ここの今いる場所であるということを利用し
そこに私利私欲を忍ばすのならば
普通の社会において私利私欲を忍ばした以上の重大な罪になるということ。
そのことも肝に命じられよ。

あの、あなた方を誹誇中傷しているホームページの者たちは
その真剣さがなかったのである。
そして一生懸命自己正当化しても、そんなものは神の前に何も通じはしない。
正当化しようと思って嘘をつけばつくほど
罪を雪だるまのようにたくさん重ねていっているということを
彼らは知らぬ。
であるのならば、このような大計画に関わらなければよかったのである。
そこにおいて大きな罪をつくれば
ほかの人が失敗した以上の罪を償わねばならぬところに堕ちていく。
それが神仏の使徒の素晴らしさでもありながら、危険性でもあるのだ。

イエスの弟子に、十二弟子という中にユダという者がいる。
ユダはイエス・キリストを、インマヌエル
イエス・キリストという方を売って
自分で首は吊ったけれども
彼が行った世界がどこであるかということを考えるのならばー
普通の人が、普通の人間が
ほかの者を密告し、売ったからといって真下には行かないのである。
イエスのそばにいた者であったからこそ
彼が売った方がどういう方であったかということを考えて
普通の人間以上の償いをしなければいけないところに
堕ちて行ったということなのである。

それぐらい霊言を扱うところにいる者たちは厳しい思いで
自己点検をせねばならぬ。
それだけの重大な使命の中にいるということ。
神仏の使者、神より言葉を預かる者を害するということが
どれだけその罪を償わなければいけないかということを考えると
そう簡単にはできない、めったやたらなことでは関わっては危険なのが
逆にこのレムリアの仕事でもあるのかもしれない。
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もし疑問を持たれ、どうしてもついていけないと思ったのなら
黙って速やかに退かれよ。
それでよい。
それ以上のことをしてはならぬ。

人間だからその方針と合わぬこともあるであろう。
ついて行けぬと思うこともあるであろう。
ならば速やかに身を退かれよ。
けっして誹誇中傷してはならぬ。
そして、神仏の使者を罵倒、罵言雑言吐くようなことは絶対言ってはならぬ。
それは言った者の身を案じてこそ私は言うのだ。

そして、間違っても、わたくしの言葉なぞはまだよいが
わたくし以上の方がたからの数々の素晴らしいこの霊言が
降りているこの霊言を
けっして曲げたり、書き換えたり、軽んじたり
抹殺しようとするようなことをしてはならぬ。
そのようなことをしたならば、取り返しのつかない罪を背負うことになる。
そのことを私はあなた方に言っておく。

今のあなた方を見てると、ひじょうに安心して見てられるけれども
私がこれを言うのは
あなた方に攻撃をしている者たちのことを不欄と思うからこそ
彼らの立場を明かしているのである。
彼らもかつてはあなた方と同じ立場にいたのである。
誰よりもこの者を信じ、誰よりも霊言を心待ちにし
誰よりも熱心にレムリアの仕事をしようとしていた者たちではないのか。
それがあのような姿になっているということを思って
何か彼らとあなた方を分けてしまったかということを、私は今語っている。

このような大計画の中で
このような場所に使っていただけるということを思って
あなた方は人生の喜びとし
このような人生を生きるがために今までの過去世があり
そして今世の命を燃やす場所を与えられた喜びと感謝の中で
最後の一瞬までこの使命を生ききりなさい。
それこそが明治維新なぞというもの以上に
世界維新のためにこの地球が今生まれ変わろうとしている
この一大革命期にあなた方が命を持ったという素晴らしさを
あとで人びとに称えられる結果になるであろう。

(2005.3.10 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-01-26 16:48 | 吉田松陰 | Trackback | Comments(0)

吉田松陰からのメッセージ(3)

天上界に帰って来て
こちらの世界に帰って来て知らされたことではあるけれども
我らがこの明治維新の革命をするために降りていった者たちがいる。
この者たちは、なにゆえあの時日本に大挙して出ていったかというと
今日この計画を日本に降ろすこの場所として
この場所を整えるためにその使命を受けて
神よりその使命を受けて、あの明治の時に降りていった。

封建時代に終わりを告げさせ、新たな文明の
文明国の仲間入りをしていく精神的指導者、社会改革者として
我々は、あの時に大挙して命を持ったのである。
だから、みんなこちらに来れば、すべて我々は同じ仲間である。
その時代の者たちが、その時代のいろいろな世界の文明の革命的な場所に
時代が要請される時には
いろいろな場所に大挙して出ていっているというのが事実である。

私の魂の一部に吉田松陰という者がいて
その者が日本の明治時代に出ていった。
この者はひじょうにストイックな考え方の中で
その使命を果たして帰って来たのであるが
やはり彼が出ていったということにも私は心からの誇りを持っている。

あなた方が今神々の計画の偉大な流れを見ていて
単にあなた方の宗教者としての役割
その宗教の信仰者としての流れの中だけで
このあなた方の運動というものをとらえるのではなく
あなた方神仏の計画を実行するために我々のような一つの戦国時代
革命家、改革者と呼ばれてる者たちが
あなた方の土壌をつくるために準備して
前段階として出ていったという実情があるのだということ。
そのことをどうかお考えいただきたいと思う。

今あなた方は、多くの誹謗中傷の嵐の中にいて
我々の霊言が本物であるかどうかということ、とても危惧しておられ
ひじょうに傷つき苦しい思いをされているのはよくわかるけれども
あなた方を、この霊言を誹誇中傷した者たちが
そのあと我々の世界に帰って来た時に
どのような思いをするかということを思ったのならば
あなた方が今受けている中傷などという精神的代価などというのは
比べ物にならないくらい軽いものなのである。

死したらみな神の国に帰って来るのである。
その時神仏の前においてこの霊言がもしほんとうであったのなら
どのような申し開きをするつもりなのか。
このような神仏の使者を罵倒し続けていったということが
あとでいかなる弁明をもっても許されぬことであるということ。
それだけの厳しさをもって
このレムリアに彼らが携わっていたのかということを思うと
私は、彼らのほうが不欄で、不欄でたまらない。
神仏を汚し、神仏を罵倒するということは、どれだけの罪であるかということ。

イエス・キリストをゴルゴタの丘においてはりつけにしたユダヤ民族が
その後どのような時の流れの中でその償いをさせられていったかということを
もう人類が学んでいるのであるのならば
このような中央省庁から来たような大いなる計画の実行者を罵倒し続け
そのために必死に努力するあなた方を苦しめるのが
彼らにとってどれだけの罪であるかということ。

ましてや我らが降ろしている霊言が間違っていたものであると
そのようにしてホームページも本に関しても邪魔立てをするのであるのならば
彼らはまことサタン、サタンと何ら変わりがない。
いやサタンよりもっともっと法を曲げるために力を貸した者として
新たな大いなる罪をつくってしまっているということ。

そのことを思うのならば、彼らを哀れんでも、彼らを諭そうとか
もう彼らに言い返そうとか、そのようなことは一切することは必要ない。
彼らがいずれ償うべきこと。
あなた方は、今自分たちが置かれた立場において、やるべきことをやること。

このあいだ松陰が言っていた通りに、みじんも揺るがぬ決意で
今の自分たちの使命と、何のために自分たちが今やっているのかということを
しっかりとビジョン化しなさい。
そうすれば必ずや、神々のご計画はこの地球を愛の星に変えていくという
神の法則が今一度人びとの心に響き渡り
神の法則の、愛の法則のもとに人びとが生き始めた時に
この地球は大いなる変換を、変換点をもって変わっていくであろう。

「そんなことは信じられない」と
「霊文明を多くの人びとが受け入れるような社会がくるわけがない」と
多くの者は言うかもしれない。
しかし、明治維新の時も同じだったのだ。
士農工商により侍が刀を持ち、女性たちもみな着物を着て
自分たち自らの人生に挑戦し、ましてどうだ、女性が大学に行ったりとか
女性が市民権、市民権というか、人一倍の能力を持ち
それを社会に発言していくなどという時代はとても考えられなかった。
男性の付属物であると言われ続けて
あきらめて嫁入りをする時代であったのだ。

しかし、我々が明治維新をやったあとにどうなったか。
侍はちょんまげを切り、刀を捨て、そして女性たちもドレスを着、学問をし
社会に、世の中においては蒸気機関車のようなものが、多くのものが走り
文明国としての形を、機能というものをどんどん取り入れていったではないか。
わずか百年の間にその後何が起きた。
わずかな期間の間に
爆発的な文明国の仲間入りをしようという精神的な革命が起きたのである。

数々の維新の者たちの血は流れたかもしれない。
しかし、フランス革命とか、ロシアのほうとか
世界のいろいろな革命を見るのであるのならば、多くの血が流された。
中国においてもしかり。
中国においても常に社会が変わっていくときには多くの多くの戦い
戦乱の中で世の中が変えられてきた。
しかし明治維新においては
ある意味で無血革命といわれるようにほとんど市民の血を流さずして
大いなる意識変革と社会の構造変革が行われたのである。

そのことを思うのならば、あなた方はつらいことあるかもしれないけれども
でもこのあいだ言われたように、今斬り捨てられるわけではない。
竜馬たちのように命をかけて、この未来の日本のために仕事をしたのに
暗殺者によって斬り捨てられるような、そのような危険はないのである。

であるのならば、あなた方がやったことが
あなた方が死んだ後に芽がふくかもしれないけれども
今やってる仕事が必ずやこの一国日本だけではないのだ。
我々は日本を変えるために命をかけた。
あなた方は世界を変えるために命をかけよ。
この地球を変えていくために命をかけよ。
不足はないであろう。
一回の人生の中で、これだけの勝負のできる
これだけ命がけになって果たせる大いなる使命というのは
数々の転生あれどもそう滅多やたらにあることではないはずである。

であるのならば、この地球を生まれ変わらせるためにも
そして、新たなるこの宇宙時代の幕開けのための大計画を実行するためにも
あなた方は命を張り
最後の一瞬燃え尽きるところまで自らの夢を信じ続け、命がけで戦われよ。
生き続けよ。
最後まで生ききりなさい。
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今世の命どれだけ尊いか。
今まで送られてきた幾転生、幾百転生分の価値を超えてでも
今世の一回の今ここに座っているこの命の貴さを
皆、皆々方、どうか認識してほしい。
認識していただきたい。
認識されたい。

あなた方の命が燃え尽きる最後の瞬間まで、あらゆる工夫と努力と精進を重ね
この偉大なる計画をどのようにこの地上に実行したらいいか、考えられよ。
すべて口を開けて、上から指示を待つのではなく
自らの学んだこと、努力し、取り入れた知識、経験をもって工夫されよ。

明治の我々においてであっても
このような霊指導というものは直接的にはなく
すべてその時代の中で一人ひとりが観察し、書物を読み、編み出し
努力した結果において
将来の開国論というものをビジョン化していったのだから
あなた方はまだ、我々の言葉をこのように聴けるだけ
十分に恵まれているのである。
そして命も狙われることなく
食べ物においても、生活においても、これだけ豊かな時代である。

そのことを思うのならばどうか、今のこの現状をあなた方に捧げるために
我らの命があったのであると思し召され
ぜひとも我らが流した血が無駄でなかったという思いになれるように
あなた方に頑張っていただきたいのである。

政治的形態、経済的な形態、マスコミ形態
そのようなことをお聞きになりたいのもよくわかるのだが
それはもう今までの過去の遺物となる時代がくるでしょう。
私はそう思う。

なぜならば精神的な文明開化が、地球的な精神革命が
これから行われようとしている。
霊的な意味における魂の革命が起きてくるということ。
それがすべての政治、社会組織、教育文化芸術、すべてに染み渡って
新たなる大転換をもたらす地球規模的な精神的な革命が起きるのです。
そのために今、あなた方の仕事がある。

一握りの理念が、世の中を変えられる。
本物であるのならひと握りの人びとで、世界が変わる。
それはどうして可能か。
正しい、この時代の先を見据えた神の意に沿うた
しっかりとしたビジョンを、理念を
一人ひとりが心に落とし、それを信じ、不退転の境地で
そしてあなた方が命を張った時に、その奇蹟は起きる。

そのようにして社会を変えるのだ。
そのようにして世界を変えるのだ。
そのようにしてこの地球を変えて見せなさい。
それができるのがあなた方だ。

このような貴い霊言が、私のような者ではなく
我よりもっと高次な方がたの霊言をあなた方は聴いているであろう。
我らが世界においても、話をするどころか、そのような方のお言葉を
二言でも聴く場に立ち会うことなぞほとんどできない。
我らの世界にしてそうである。

我においてもそう低い世界にいるわけではないけれども
あなた方が今受けている九次元、八次元と呼ばれている
救世主界、如来界上段界、中段階、あのような方がたにおかれては
我らが世界においても
指導としてはめったにお顔もお声も聴くことがかなわぬ
そういうこちらの世界である。

それでも、地上には大計画が興されんとすることを我々は聞いている。
その明かされることに応じて
我々の世界においても指導者、指導的な立場にある者がやって来て
ことの真実を明かし、学ぶ機会を与えられている。
そのようにこちらの世界においても、少しずつしか学べないことを
あなた方はそのお方がたの生の声をもって
直に聴かれるという光栄に浴しているということを肝に命じられよ。

多くの方はおそらく、こちらの世界に戻って来られて
あのような方がたにお声かけをしていただけると思ったら
大間違いなのである。
それぐらいの場所に立ちおうているのならば
そしてそのような高級神霊と呼ばれている方がたに切に懇願され
「この大計画を実行してほしい」と言われているあなた方は
考えられないぐらいの果報者であるということ。
その使命をもって無上の幸せと感じられよ。

しかし、そのような使命が与えられたということは
この間も申し上げたが
あなた方一人ひとりの過去世の努力の結果の賜物であるということ。
それなくば、このような計画に呼ばれ、今ここに座することは許されない。

(2005.3.10 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-01-20 12:55 | 吉田松陰 | Trackback | Comments(0)

吉田松陰からのメッセージ(2)

吉田松陰です。
今日再びこのような場にわたくしをお呼びいただき、光栄至極に存じます。

あなた方のように偉大なる使命を持たれ
この地上にて呼び集められたおのおの方の魂の価値を思うと
我が松陰のやったことなど爪の先にも及ばぬほどの内容であったと
わたくし自身はそのように思っております。

しかれども、あなた方のような偉大な魂の者たちが今この地上に降りて行かれ
この神々の大いなる計画を地上に行わんがために頑張られているお姿を見て
もしわたくしのような者があなた方のお力になり
何か一つでも、示唆のひとつもお役立ていただけるのであるなら
喜んでわたくしはあなた方に話をさせていただきたいと思って
今日参上しました。

あなたが今お尋ねになった今日の日本というものを見て
我が維新の時代に出ていった者たちから見たらば
確かにいろいろな、こうあってほしかったという希望はあるけれど
しかし、時の流れの中におき、いきなり変化するものはないのであって
何事も段階を経て徐々に徐々に変わっていき
そしてまた大いなる革命的な大転換期というのが常に時代にはあるので
我らが維新の時に出た者たちがやったひとかけらの努力
命をかけた血の汗が今の日本の中におき
このような言論の自由と、このような文明国の一流の仲間入りをした
産業文化を発展させていく
世界の中心の一つとなったこの日本を見るにあたって
わたくしは感無量の思いがあり、わたくしたちが志を次の世代の者に
その思想における種をまき
それを引き継ぎ、開花させていってもらったその業績をもって
今の日本があるのだと思うと、わたくしなりに、満足はしてはいなくても
今の姿を見て「ああよかった」と
日本がこのような世界のリーダー国の一つとなり
ほかの国々から取り残されずに済んだのであると、そのように思うから
けっしてそのようにご心配召されるような失望ばかりがあるわけではない。

しかし、やはり今日の政治状況、経済文化
そして私がことに思うのは若者に対する教育制度の矛盾
希望を失い真の人生の価値を
命をかけて生きるということがどういうことなのかを
真に学ばねばならぬ若人たちの中に、単なる学歴と知識偏重の思いの中で
自らの命を燃やし、自らの魂を何にかけて生きていくかという
そのような示唆に満ちた教育が与えられていないということ。
それによりみすみす無駄に優秀な人材をこの社会の中で埋もれされ、腐らせ
この社会を発展させるための力としていないという
そのような悔しさ残念さというものを見ていて思うのです。

若者たちの力を、若人の力というもの
教育というものを、しっかりとしない社会に未来はない。
今政治においてもすべてが我々の時代でいうならば
もうとっくに引退してもいいような老人と言われてる世代が力を握っている。

このあいだもテレビを、この者の家のテレビをいっしょに見ていたけれども
今その、テレビ会社との乗っ取り問題でHという男がやっているけれど
彼自身が金のために殴りこもうとしている彼自身の優秀な力を
最後は金が欲しいというだけのために使おうとはしているかもしれないが
あの意気込みというもの、古い、古い体制の中で当たり前のように
なあなあで流れてきてしまっていて、あきらめに満ちた社会構造の中に
彼は一石を投じようとしている。

我々の時代はどうであったか。
竜馬にしても、勝にしても、私にしても、私のところに来た者たち
松下村塾の門下生の者たちも
その時代はまだほんとうに二十代、十代後半の者もいた。
そのような若き志高き者たちが未来の日本を変えんがために
必死に学び、必死に努力をし
新たな社会変革というものを思った時、世の中は動いた。
日本自体が動いたのだ。

何百年にわたる徳川の体制の中で
人びとは士農工商という生まれもった身分というものに
生まれ落ちたということを受け入れ、その中で生きていくことにあきらめを
人生の居心地のよさというのを感じていた。
そこには少しもおのが人生を光らせ、挑戦し、自分自身の天命を開花させ
そしてその自分の人生をもって社会を変革しようなどという夢は
少しも許されぬ社会であったのだ。

そのようなことをもし思ったのならば
すぐさまに斬り捨て御免で斬り捨てされていた。
そういう時代だから、若者たちは常にあきらめ
常に自分の生まれ落ちたところを下級武士とか士族の出であるとかないとか
そのようなもので自分自らの人生の中における夢を見ることすら
あきらめたのである。
そのようなことではいけないと私は思った。

人はそれぞれおのが命を光り輝かせ
おのが人生のすべての努力と誠をもって命を輝かせ
そしておのが命、おのが一人の幸せを超えた万人の幸せのために
社会を幸せにしていくことに命をかけることこそ
日本男児の真の生きがい、真骨頂があるのであると私は思ったのだ。
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その夢を持ち続けた。
その上での夢を若い私の塾の者たちに教え、そしてその夢を語ったのである。
私がやったのはそんな何年間のものでもない。
しかし、私か思ったその夢を私の門下生の者たちは夢を引き継いで
その夢がまさにその時代の先を見抜いたものであればこそ
それが時代を変えていったのである。

まず時代を見ること。
今の時代の要請の中で何が求められ、何をするべきなのか。
それが、私たちがまず最初にしたこと。
その意味においては
明治の志士と呼ばれた者たちは、皆別々の立場にはあったけれども
やはりあのまま日本が取り残されて
あのような封建社会の中にい続けることは日本の未来をつくらないのであると
早く世界に出て行かねばならぬのであると、やはり私たちは思った。
だから黒船が来た時、私は血が騒ぎ、胸が踊ったのである。

早く日本をあのような国と同じようなところにしなくてはいけない。
それでなければ日本の未来はないのであると、そのように思った。
そのような異国の地にも行ってみたかった。
そのすべて、世界で今何が動いているのかをこの眼で見ながら
この日本をどのようにしたらば一人前の日本にできるのかということを
わたくしなりに真剣に、真剣に考えたのだ。

そして、その思いを書物に残し、私の門下生の者たちに夢を語り伝えた。
私はほんの二十代後半、三十前にして散っていったけれども
その時に思った夢がけっして外れたものではなくて
その夢を多くの者たちに伝えるために、そのためだけに出たのであっても
あとで思うのならば、私の人生は悔いのない人生であったと
そのように思えるから、今あなた方がこの日本の地において
世界をまとめ上げていくという
世界を統一するがための神霊の大計画の一助として
この日本の地が選ばれ、あなた方のような方がたが今この日本の地に降りて
この第三の計画、第二、第一もそうなのだけれども
このような偉大な計画を実行する地にこの日本が選ばれたということは
わたくしにおいても
けっしてあの時代に思ったその命をかけた改革が無駄ではなかったと
今神仏に心より感謝している次第なのです。

(2005.3.10 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-01-10 13:25 | 吉田松陰 | Trackback | Comments(0)

吉田松陰からのメッセージ

そなたたちのこれからやろうとしていることは
我らがあの時代に命を張り
新たなる時代をつくらんがために、精進したことに、とても似ている。
しかれども、そなたたちのやらんとする仕事は
我らが仕事の規模と視野の高さ、広さ
そしてその価値は、はるかに我らが仕事を超え、この地球神霊のご意思
ご意思の計画そのものである。

我らは、その命を張り、刺客の追っ手に常に命を狙われ
それでも日本国の未来を夢見、新たなる志と希望を、この日本に託し
その希望の実現のために、散っていった者たちである。
竜馬にしても、かつての仲間たちも、どれだけ危険な中で、覚悟を決め
日本の夜明けのために、その人生すべてをかけて生き抜いたか。

わたしから見たら、そなたたちの覚悟はまだまだ甘い。
まだまだ、覚悟を決めておらぬ。
我らにして、命を張った仕事であったのだから
そなたたちのやる仕事は、世界の文明開化の幕開けとなる、大いなる仕事-。
我ら以上の危険の中においても、みじんたりとも揺らがぬ覚悟と
不退転の境地を心に召されよ。
まずはそこからすべてが始まる。

いかなる弾圧にも、いかなる批判にも、みじんも揺らがぬ自己を確立せよ。
さすれば、するべきことは自ずと見え始め
判断を誤ることなく、目的を達成することができるであろう。

まずは、おのが夢を信ぜよ。
なにゆえにそなたたちが、今世生まれる使命があったか。
何をするために、そなたたちが今このレムリアというところに集うのか。
我々が集い、わたしも数々の者たちを教育し、指導し
わたしの夢を彼らに託した。

我、命果てようとも、我が命短かろうとも、我が志と我が夢は
我が教え子たちをもってこの日本に、文明開化の道を開き
この日本という国を世界の一流の国にするきっかけを与える
一大革命を興すことができたのである。
そのことをもってわたしは、我が人生悔いなしと-。
我が命果てるとも、我が人生最良の
心から満足のいく、実り多き人生であったと、深く満足している。

そなたたちも、帰って来る時にそのような気持ちで、今仕事をしなさい。
そなたたちがやった仕事は
今このように、我らが言葉を伝えるという仕事は、ほんの花の種のようなー。
まだまだ大きく芽を吹き、枝を伸ばし、花をつけ
その結果を、そなたたちが生きている人生の間には見られないかもしれないけど
今まいた種は、必ずやいずれ芽吹き、そなたたちが語り伝えた
次の時代を担う者たちの活躍を生み、その者たちの活躍をもって
そなたたちの仕事の真の意味と価値が証明され
そなたたちの人生における仕事が
いかに素晴らしいものであったかということを
あとで神の国に帰って来た時に、そなたたちは理解することであろう。

それまではしばし、自らにおかれる評価は期待せず、求めず
いかなる批判にも負けず、今やるべきことを信じて、やり続けよ。
さすれば、いつかは我と同じように短くとも、その時は何の評価もなく
獄中において消えていった我なれども
その人生をもって無駄ではなく
その人生をもって誇りとし
その人生が次の時代を切り開く、一灯火となったという満足を
時の流れの中でかみしめる時が
我と同じ思いを、満足をかみしめる時がくることを、われが保証しよう。

だから今は、この神の国の計画を信ぜよ。
神々の指導の中、今は何ひとつ
それにより豊かな物質的なものが与えられるわけではないが
誹誇、中傷ばかり受け、多くの者たちの不当な攻撃にさらされているのを
こちらから見ていて、まことに気の毒、まことにさぞかしつらかろうと
同情の思いで見れども、我らには、何をして、助けるすべを持たぬことを
大変申し訳なく、おのが無力さをかみしめている。

我がそなたたらに、もし、してあげられるのなら、いかようなれとも
改革者としてのこういう時代を切り抜ける精神的な指導者としての役割が
そなたたちにもあるということ。
そのことをもって誇りとなせ。
そのことをもって自らの人生を真に受け入れ
やるべきことを命がけでやりなさい。

このような大計画の中の一部として、使っていただけるということをもって
そなたたちの魂の価値は、過去世の修行は実を結んだという誇りを持ちなさい。
そして、過去の業績をもって今世の使命を与えられたという
素晴らしい実を結んだ結果が見られたのなら、今の中に最善の努力と命をかけ
今の時を生ききることが
そなたたちの素晴らしい未来の、実を結ぶ結果となるであろう。

過去世のそなたたちの努力が今世に実を結び
今世に与えられた使命の中における精一杯の努力が
また素晴らしき未来を結ぶのである。
だから、今の一瞬一瞬を、一期一会として
燃え尽きそうなほどの快心の力をもって
命がけでこの道を進まれよ。
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この日本の男児たる者たちよ。
命を張り、新たなる世界の、地球の未来の黎明とならんがために
命を張られよ。
今の日本を見ると、刺客はおらず、言論の自由も、身の安全も保証されている。
そういう文明国になっている。
その日本を、今日のこの日本を夢見て、我らは命を張り生き抜いた。

であるならそなたたちは、この戦争と紛争の
荒れ果てた思いの地球に別れを告げ
まこと、神のみ心にかなう新たなる地球の幕開けを目指し
地球の新たな時代をつくるために、その全生涯を投げ出され、命を張られよ。
それだけの価値のある、大いなる仕事である。

我らの時代にも、多くの人びとがいた。
しかしあのとき、江戸の徳川幕府というものに決別をし
新たな日本の姿に生まれ変わらねば、日本に未来はない、世界から取り残され
ほかの国々の属国になってしまうということ
そのことを唱えられた者たちは、ほんのわずかな者であったのだ。
今もって同じである。

新たな地球文明としての、地球神霊のもとに一丸となる時代がこねば
この地球としての、今回の文明は終焉を迎えるということを
ほんとうの意味で理解し
このことの重要性を認識している者は、ほんのわずかな者たちなのである。

しかれども、心に刻まれよ。
いつの時代も、ほんの少数の、真に目覚め
時代の先を見抜いた者たちの手によって
いつの時代も大きな幕を切って落とされ、新たな時代を迎えてきた。
であるならば、そなたたちがやろうとしていることはそういうこと。

ためらうな。
ためらうことなく、この地球の未来を見たのなら、希望ある未来に焦点を定め
その夢を実現されることを、堅く信じ、疑うな。
疑いの思いの中に、夢を実現化させる力を弱めるものがある。

先ほどから不退転と我が申すは、みじんも揺るがぬ思いの中で
みじんも揺るがぬ希望の実現を願い続けるのであるなら、必ずやそれは成る。
必ずやそれは実現する。

だから、おのおの方よ。
自らの心の中にみじんも揺るがぬ
この第三の計画というビジョンの共通認識をしっかりと、皆が持ち
少しも揺るがぬ思いで、その実現を信じられよ。

必ずや、成るのだと、この地球を神の星にするのであると
新たな愛に満ちた世紀が開かれていくのであると、心から信じられよ。
さすれば、必ずやこの地球は愛の星と生まれ変わるであろう。
新たな地球文明の、宇宙に向けての文明開化が行われるということ。

我らが、黒船が来
異国の者たちと片言の言語で語りながら文明開化をしていったように
そなたたちは片言のテレパシーをもって
言葉で、ハートで、新たな宇宙の時代を築くために
ほかの星から訪れる者たちと、交信することであろう。
それこそが、新たなるカルチャーショックであり
新たな理念の転換点となるであろう。
宇宙の友たちは、そこまで来ており
その乗り物は宇宙船と呼ばれるもので、迎えに来ている。

文明開化のドラの音を鳴り響かせ、黒船がやって来た時のように
大いなる波動をもって、ドラの音高く
「地球よ、新たな時代を生きるために宇宙の一員として、心を開かれよ。
我ら皆、神の子。
神の思いの実現と創造により
我らが星々も、汝らのこの地球も、ともに創られたものなり。
さあ、迎えに来た。
いっしょに新たな宇宙文明を
宇宙の時代を生きる仲間として、目覚めよ。
ともに手を取り合って、この宇宙を素晴らしき光で満たそう」と
宇宙よりの来訪者たちは呼びかけている。

規模においては、そなたたちのやらんとすることのほうがはるかに
われが生きた時代より大きいが
でもその縮図はすべて、明治維新の動きの中に入っている。
そこを深く学ばれよ。

そなたたちがやろうとしていること、やろうとすれば
必ずや、その反対勢力という者たちがやって来る。
そして、ありとあらゆる誹誇と、中傷と、危険にさらされるかもしれない。
しかし、我らが時代に比べれば、はるかに安全な時代なのである。
我が仲間たちは、皆、片っ端から斬られていった。
そういう時代であったのだ。

わたしも、単に思想的なものだけで獄中に入り、命を落としていった。
しかれども、人間どこにいても、誇り高く生きることは可能であるということ。
そして、そこで知り合った者たちを通して
新たな時代の幕開けを切り開いたのであるのなら
我らが人生どこにいても、活躍するのに不可能な場所なし。

であるなら、そなたたちはこのように恵まれた場所を与えられ
今のこの安全な日本の中で仕事をするのであるから
どうか、心ゆくまでその使命を果たされんことを
心よりお祈り申し上げております。

もし我が言葉がそなたたちの運動の推進力や
理念的な活動推進に役立てていただけるのなら、何度でもお呼びされたし。
我が言葉は多少堅く
この者をもっては十分に伝わらぬことは、まことに遺憾であるが
できるだけ我もこの者の言葉を理解し
負担なきよう伝えられるために、努力しようと思う。

我が言葉がこの時代をもって少しでも必要とされ
このように今日お呼びいただいたことを、我が人生最良の光栄ある時と思い
心から感謝をし、今日はこれにて帰らせていただこうと思う。
ではまた再会を約束し、今日はこれにて失礼致そう。

(2005.3.10 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-01-05 13:59 | 吉田松陰 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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