地球を愛の星へ

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天照大神からのメッセージ(7)

今、この時、多くの者たちが傷つき、魔が跳梁し
ずたずたになった光の天使たちの屍が、あちこちに転がっているのです。
そして、また新たに地獄に引き込まれようとしているのです。
ですから、どうか、わかっていただきたいのです。

傷ついた者たちを癒し、抱きとめるのは、母の愛なのです。
それゆえに、この女性が立っているのです。
彼女が体現するのは、理屈に満ちた難しい理論ではないのです。
その母性による愛なのです。

それで彼女は、傷ついた人たちの
あなた方男性たちの傷を癒そうとしているのです。
それを思い、その母性を預かったということ。
この母性ある女性というものがこの地上に降りているということ。
それが女性の最高神といわれている
わたくしたち女性指導者たちのするべき務めであるということ。
けっして、男性と競って、男性の指導霊と同じようなことをしようと思って
この地上に降りているのではないということ。
それをどうか、皆さま方、深く心にお留めいただき
この方を盛り立てていただきたいと思うのです。

この方をつぶさないでください。
この方をつぶすと、もう後がないのです。
それだけ申し上げておきます。
計画書は何枚もあるのです。
しかし、この期に及びまして、この方が最後の切り札であるということ。

魔界の者たちも相当な思いで来ているのです。
相当な思いで、あなた方をつぶそうとして来ているのです。
今日、この場に集まったということは
これから、あなた方も標的になるかもしれないということなのです。

しかし、ご安心めされ。
わたくしたちには強い警備の者たちがおります。
竜神たち、不動明王、そして、裏神道の者たちも
あなた方を護るために警備にあたっております。
そして、西洋の世界からは、ミカエル様をはじめ、数々の戦闘系の方々が
あなた方を何重にも包んでお護りしているのです。

よろしいですか。
お護りしているこれだけの強いエネルギーの中にいるから
わたくしもこのように言葉を降ろすことができるのです。
しかし、魔界の者の手引きから、わたくしたちがいくら護ろうとしても
あなた方の心に濁りが生じ、欲念が湧き
そして、増上慢の心が起きた時には
わたくしたちがどれだけ何重にあなた方を護ろうとしてもね
護ることはできないのです。

その時は、悲しいけれども、堕ちていくのを見守るしかない。
時が経ち、その方が理解し、また上がってこられる時まで
お待ち申し上げようと思って、悲しい涙を流しながら見守るしかないのです。
そのようには、ぜひ、ならないでいただきたいのです。

今、あなた方の心の中の様子を見させていただきますと
ひじょうな謙虚さに満ちた、深い覚悟の中で
今日集まっておられることがよくわかります。
どうか、仲間を信じてください。
けっして、裏切ったり、相手よりも自分か優れているなどと思うのではなく
あなた方一人ひとりが、すべて必然の中で呼び集められ
すべて、一人ひとりがどれだけ素晴らしい魂として
神から期待を込めて創られたかという、その誇りを持って
このレムリアのために貢献していただきたいのです。

ここに来て、みんなで調和をするという
礼節をもって調和するという思いは大事です。
しかし、己が個性の力を発揮することをためらってはなりません。
最大限に発揮するのです。
それを恐れることなく、誇りを持って発揮してください。

自我をもってぶつかり合うのではなく、お互いの違いを認め合い
お互いの良さを互いに引き出すような、そのようなふれあい方をし
仲間としての結束力というものを深めてください。
そして、あなた方男性の積極的な陽のパワーを使って
どうか社会を変革してください。
構造変革をしてください。
法の再編纂をしてください。
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これから、政治家の方もいらっしゃるでしょう。
医療系団の方もいらっしゃるでしょう。
芸術家の方もいらっしゃるでしょう。
いろいろな方々が来るのです。

そして、過去、傷ついて
また新たな思いの中で来る宗教者の方たちもいらっしゃるのです。
光の天使といわれている法を預かる方たちも集まって来られるでしょう。
でも、ここに今いるあなた方はね
その世界の方々の指導者となるべき中核の方たちなのです。

今回は組織を持ちません。
会員制度を持たないのです。
でも、イエス様の時でも、常にそうだったのです。
組織はないのです。
原始キリスト教と呼ばれたものには、なかったはずでしょう。
それで良いのですよ。

組織というものを運営しようとする時に、魔が忍び寄って来るのです。
宗教団体というところで、いつの間にか、お金とか、そういうもので欲が湧き
組織を維持しようと必要以上に思うところに、魔が入り込んで来るのです。

ですから、十二使徒という言葉がありましたけれども
十二使徒が二十二使徒でもいいのです。
ほんとうに覚悟を決めた者たちが集まって来て
多くの者たちを指導できる指導者層を、今、つくり上げるために
わたくしたちが、しきじきに言葉を伝えているということなのです。

これから後に来る方たちは
じきじきに、このような言葉を聞けるとは限らないのです。
書物を通してしか聞けないということは、いくらでもあるのです。
でも、あなた方は
わたくし天照の言葉を、このようにじかで聞けるではありませんか。
本来であるなら、これはたいへん、稀なことであるということなのです。

ですから、今日のこの言葉を、このわたくしの波動というものを
お一人おひとりの心の中に留めおき、お持ち帰りいただき
ご自分たちの心性の中で、神の光というものを灯していただきたいのです。
そして、みんなが素晴らしい光のたいまつとなられんことを
わたくしは、高天原より深く祈っております。

また、今日は、たいへん長くなり、この方がちょっと疲れておりますようなので
今日はこれにて失礼させていただきたいと思います。
また、何かお尋ねしたいことがございましたらば
どうか、何なりとまた、この天照をお呼びいただけることをお願いして
今日はこれにて失礼させていただきます。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-01-24 08:12 | 天照大神 | Trackback | Comments(0)

天照大神からのメッセージ(6)

今の時がどれだけ重要であるか。
この認識を持った者たちが、今、ここにこれだけの数、集まったということが
どれだけ奇跡に近いことであるのか。
そして、今、この場所で、わたくしの言葉を、法を縦横無尽に聞けて
神々が降臨しているということが、どれだけ稀有なことであるかということを
あなた方は少しもわかっていないのです。

この時は永遠に続くのではないのですよ。
天上界の扉が開き、法が生の言葉で降りて来るという時は
ほんのいっときのことなのです。
このチャンスを最大限に活かしなさい。
自分たちだけのものとして
自分たちの興味関心のものだけとして溜め込むのではなく
多くの者たちに神々の言葉を伝えていきなさい。
この喜びを分ち合いなさい。
それこそが、多くの、後の時代の人びとを救う指針となることでしょう。

わたくしも見ましたけれど
けっして、あのような理論書というものが
多くの人びとを救うのではないのです。
古来より、わたくしや卑弥呼様や、デルフォイの神託といわれて
ギリシャの神々が言われたことは
けっして、けっして、難しい言葉ではなかった。
昨日もおっしゃられておりましたけれども
イエス様におかれましても、仏陀様におかれましても
けっして難しいことを一般大衆、衆生に語ったのではないのですよ。
いつから、そのような理論書でなくては悟れないと思ったのですか。
どうして、そのように難しい、難しい漢字や
難しい規制をすることでなければ悟れないと思ったのですか。
それは後世の者たちでしょ。
あなたたちのように、知的に優れたお坊様方が
勝手にそのような理論を組み立てたのでしょ。

わたくし天照は、一度だって
そのような難しいことを、過去、伝えたことはないのです。
でも、その易しいけれども、信仰心に満ちた愛の言葉で
多くの人びとを、国民を浄化せしめ、清め
そして、人びとに生きる喜びと希望というものを
神のもとに立ち返らすという
そのような使命において、国を治めていったのです。
それが神のお心を心とし、人びとの心をつかみ
そして、心を幸せに導き、それが社会においても調和した世界を実現し
制度をつくっていくという指針になっていたのです。

古代の社会は祭政一致でした。
本来は祭政一致であるべきなのです。
神の言葉を預かる者が本来、政治的指導者になるべきなのです。
そして、今一度、過剰な物質、過剰な科学の中で
現代科学の中でしか幸せが見出せないという、その誤った概念を
今一度、考え直す時期がきているのかもしれません。

科学の発達というものが、けっして罪であるわけではないのです。
誤りであるというわけではないのです。
そのくらい、わたくしたちもわかっているのです。
ただ、科学の中で、過剰な物質に囲まれたものの中でしか
幸せを見出せないという方向性が
間違っているということを言っているのです。
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掘っ立て小屋のような家の中で、竃で、薪でご飯を炊き
何もない、電化製品もないところの中にだって、人びとの幸せはあるのです。
そのように、もう一度、原始の時代に戻っていくことのほうが
人びとは本来の心の豊かさというものを取り戻していくのです。
自分は何者であったのかという、大自然の中に育まれ
大宇宙の神殿から生まれた神の子であるという
その神の子へ回帰していく、もう一度、その道を
自分のルーツを見出せるのかもしれません。

物があふれ、物に溺れ、そして、うぬぼれきった増上慢の中で
神の子としての己が神性をけがしているのが
今日の現代人のように思うのです。

だから、先ほどの質問にありましたけれども
やはり、組織、国の体制というものが
人びとの心の幸せを左右するのであるのならば
なぜ、あのような人びとを放っておかれるのか
ということも思うかもしれない。
でも、それは、物の豊かさだけが、人の心の豊かさになり
そして、人の幸せになるというのでは、けっしてないのだということ。

そして、わたくしたちの基本の中
特に紫神道、紫の法の光線の中にありますが
指導者というものは、本来、神の言葉を預かり
神近き人が国を指導するということ。
その中に、神のお心を心とした社会秩序というもの
社会制度というものがこの地上に具現してこそ
地上ユートピアというものは再現するのであるということ。

そして、人びとが神の子であるという本来の信仰心に立ち戻り
謙虚さの中で互いに生かし合い、神に感謝し合い、わずかな物質の中で
この地上的な物質に左右されることなく
喜びを感じ、幸福に生きることができること。
それらが、わたくしたち神道の者たちの
この地上をユートピアにするという基本的概念の中にあるのです。

しかし、そこまで、この地上が追いついていないということなのです。
社会制度の変革をするということも当然わかっているので
次に孔子様が出ておられるのです。
いろんな意味があって、あの方が選ばれているのです。
あなた方がお考えになる何手先も、上の神々はお読みになり
今、この方を女性として降ろされ
そして、次に孔子様が降ろされているということなのです。

だからどうか、あの方が成長されるまで、あの方が使命を果たされる時まで
どうか皆さま方が、そのために用意できることを
風土として残していただきたいのです。
用意していただきたいのです。
そうしなければ、また、O氏と同じことが起きてしまうかもしれないのです。
しかし、それは、そこまで考えても何もできないのです。
我々もやるしかないのです。

孔子様にしたって、「やるしかない」と言って、降りていかれているのです。
ですから、どうか皆さま方、どんな高級霊といわれようとも
やはり、その環境、その時代、そして、その育ち方に左右されていくのです。
その影響から逃れて、法を説くことはできないのです。
ですから、どうかひとつの時代の雰囲気というもの
環境というものを用意して、あの方を待っていただきたいなと思います。

そのために、あなた方が、何をしなくてはいけないのか。
それを、あなた方の知恵を絞ることによって
用意されていかれることをわたくしは期待しているのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-01-22 10:30 | 天照大神 | Trackback | Comments(0)

天照大神からのメッセージ(5)

卒業試験と申しましたけれども、完璧な卒業ではないかもしれない。
しかし、法の意味では、総集編にあたるのです。
できること、できないことがあるでしょう。
幾多の挫折と苦難がやって来ることでしょう。
しかし、わたくしたちが本来の女性として、いえ、女性だけではなく
神の子として、今一度、神のもとに還っていくという、回帰するという
信仰を取り戻すという、それを確立するべき
この大事な大事な修正期に当たっているのです。

どうか力をお貸しください。
この日本を通し、神様の法というものを世界に発信し
もう一度、挫折した計画を本来の道筋にのせ
我らが、孔子様が降りられたということ。
その計画をどうか無駄にしないために
お力をお貸しいただきたいと思うのです。

わたくし天照に
もし、皆さま方から質問があるならば、いくらでもお受けいたしましょう。
わたくしでお答えできることがございましたら
いくらでもお答えいたしましょう。
そして、どうか、お願いしたいのです。
これから、本来の男女の法というもの、女性の法を通して
男女の法というものが説かれていくのです。

それを説かれていく時に、この方は多くの自分の魂の傷口の中で
法を編み出さねばならないのです。
これがこの方の卒業試験なのです。
けっして、仏弟子の方々がおやりになる
黄金光線における仏教の再編纂のようなことが
この方の卒業試験ではないということです。

もっともっと、やらねばならぬことがあります。
そのために、どうか皆さま方、おできになることは
この方にすべてを任すのではなくて
どうか、これだけ力のある男性たちが集まっているのです。
皆さまが、それぞれの力をフルに発揮されて
どうか、お力を出すことによって
今回の計画を立ち上げていただきたいと思うのです。

つぎに、大衆救済ということが
芸術を通して多くの人びとに打ち出されるということを伺っております。
わたくし天照が口をはさむ分野ではないのでございますけれども
日本神道にも、本来、雅楽とか、さまざまな音楽を通して
神の波動というものを多くの人びとに伝えるという
波動の中で神を感じさせるという、日本特有の旋律というものがございます。
あの中に
日本神道の高天原における神々の世界にただよっている雰囲気というものを
伝えることができるはずなのです。
神々の世界のおごそかさというもの、そのせいひつな美しさというもの
それを音楽の音にのせ、神楽というものなどを通して
伝えているはずなのです。

芸術のことは、わたくしは専門ではございませんが
つぎに芸術というものを通して
多くの人びとを、理屈ではなくして、教化し、清めていくという
そのような芸術の使命というのがあるはずなのです。

理念だけではないのです。
感性を通して、女性が美しき感性に立ち戻るように
感性を通して、大衆救済をしていくという、その表現方法においては
いかなるものであっても、差別はされないのです。

そこのことをどうかお考えになり
この表現手段ではだめなのではないかなどとお思いにならず
ありとあらゆるものを使い
ご自分たちの特意とするものをどうか活かされることによって
この神の理念というものを、法というものを表現されて
少しでもひろげていただきたいのです。

すでにこの計画というものは、立ち遅れているのです。
多くの穴があいているのです。
そのあいてしまった穴を、あらゆるたくさんの
ぼこぼことあいてしまった穴を
ここも埋めてくれ、あそこも埋めてくれ
そして、ここもやってくれ、ここも集めてくれと、あなた方に強要し
そして、この方には次から次へと通信を送っているということも
わたくしはわかっているのです。

本来、この方が一からやるならば、別のやり方があったでしょう。
しかし、第一、第二の計画の
いろんな方々があけてしまった穴の修復から始まっているのです。
ですから、まず、水がこぼれ出ようとしているのです。
多くの者たちが、その穴から地獄の穴に落ちこもうとしているのです。
まず穴を塞ぎなさいと、穴を塞いで、下へ巻き込まれる
下に引き降ろされることをまず防いでほしいという
緊急の応急処置がとられているのです。

その上で、つぎはぎをした革袋のところに
今一度、神の光を入れてほしいと
これが本来の神の光であるのだと
ここの革袋が神の国であるのだということをー
今、神々が、けっしてあなた方を見捨てていないのだということをー
我々、天上の者たちは、必死に、この方を通して地上に伝えているのです。

その先達として、あなた方がいるのです。
天使として、あなた方がいるのです。
どうか伝えていただきたいのです。
あなた方の個性を通して、今、神々が、今一度、地上にメッセージを送り
今一度、救済措置をとろうとする計画が始まっているのだということをー

その中には、かつて、信仰に満ちていたにもかかわらず
途中から間違った教祖についたまま
共に、堕ちていった光の天使の救済ということも考えているのです。
それが、レムリアというものを通して、今、行われようとしているのです。

そして、それ以外の方々に対する救済ということも
芸術を通して、また新たな世代の人たちに
神の法というものを伝えるために
新たな霊言集が組まれようとしているのです。
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過去のものは、ほんとうに大事なものだけ残せばよいということ。
わたくしなどは、昨日から伺っておりましたが
『太陽の法』、『黄金の法』、『永遠の法』といわれているもの
それから、ほんの一部の霊言以外残さなくてよいと思う。
逆に言うと、わたくし天照が降ろした過去の『天照の降臨』ですら
廃本にしてもいいと思っているのです。
だめであるならば、また新たに降ろしましょう。
いくらでも降ろしましょう。

そして、霊言というものを降ろすことにより
また、このレムリアの名によって、レムリアの霊言によって
新たな人びと、次の時代の人びとを救っていきましょう。
過去、起きてしまったトラブル
苦しさをいつまでも引きずるのはやめましょう。
終わってしまったことは、常に光のほうを見て、常に希望に満ちた
けっしてあきらめないで、光を実現してみせるという強い確信の中で
新たな素晴らしい未来だけをイメージの中において
実現して参りましょう。

終わってしまったことは、もういいのです。
たしかに、昨日おっしゃられていたように
仏陀様でなくては降ろされない法というのがあるのも事実なのです。
それの最小限必要な部分だけをお取りになって
そして、それ以外の本は、あなた方は読むことができるわけですから
それを読みながら、あなた方の個性を通して、あなた方の言葉において
その法というものを後の者たちに伝えればよいではないですか。

なぜ、K会の者たち、G会の者たちと
むやみな論争をくり返したり、あつれきをつくってまで
その法の継承をしなければいけないと思うのでしょうか。
読んだものを、あなた方の言葉を通して
新たに法というものをつくればいいのですよ。
それが、光の使者たちの仕事なのです。
少なくとも、菩薩界以上の者たちの仕事なのです。
それを親鸞様もおっしゃっていたのです。

それが、「あなたの言葉で語り伝えよ」ということ。
それは、霊言集をいたずらに組み替えよということではないのです。
過去に降ろされた法を、もう一度同じように出版等するならば
著作権とかいう問題が起きるのであるのならば
それを読んであなた方の言葉で再編成すればよいのです。
そういうことなのです。

根本的な三部作はあるでしょう。
原初版『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』あれは手を加えてはいけない。
あれだけは継承すればいいのです。
時間がくれば、また再版することができるのです。
ただ一言、あの「初版本」
1987年から1990年にかけて
出版されたものだけが神理であるということを
あなた方が打ち出さなくてはいけないのです。

そうすれば、五十年は、あなた方から見たら、遠い
自分が死んだ後の世界のように思うかもしれないけれども
我々の世界から見たら、五十年経てば、また復活するのです。
そのように思うのです。
ほんのいっときなのです、五十年などという時は。

いちばん大事なものだけを提示すればいいのです。
それ以外の霊言であるならば
今、この方が降ろせるのであるなら、霊言をどんどん降ろせばいいのです。
そして、誰に遠慮することもなく
レムリアの霊言として、打ち出していけばないですか。
そのわたくしの言葉をもって
これから後の世の者たちを指導していけばよろしいではないでしょうか。
そうすれば、少しも魔界の者たちの毒の回らない霊言として
この地上に出していくことができるし
無駄なあつれきを生むこともないのです。

今のG会の者たち、今のK会の者たちに、何を言っても無駄です。
あの方たちに何を言っても無駄なのです。
彼らが救われていくには、やはり、時の流れというものが必要なのです。
今すぐわかれと言っても
あのように心を狂わせた者たちに、すぐわかれというのは無理なのです。
その方たちを説得している間に、大事な時は流れ過ぎていくのですよ。

今、光の本源が降りている時に、法の本源が降りている時に
いっときも、一瞬も、一秒も無駄にすることなく
神の光のみの純粋な光を降ろしなさい。
そんな方たちに関わりあっていることによって
無駄な時を過ごすのは、おやめなさい。
そんなものは、光の使者として、判断を狂わせているとしか
わたくしには思えないのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-01-20 08:23 | 天照大神 | Trackback | Comments(0)

サリエルからのメッセージ(5)

今までは天上界より一方的に降りてくる法というものを
下にいるあなた方が、三次元にいるあなた方が受け止め
聴かれているということの中でこられました。

そして、それを、しっかりと法を編纂されて
それを多くの方に広めていく、伝えていくという
そのようなことを通してこそ、本来の神の法というものは
愛の実践というものを生みながら本物になっていくのです。

本来の法というものは、文字に書かれたものだけではなくて
愛の実践行為によりこの地上において人びとの心の中に
幸せの炎を、火を灯していく、愛の炎を点火していくことを通して
神の法というものが地上に降りたといえるのです。

そうでなければ、書面だけで、文章だけで降りたとしても
それは神の御意思が
神の愛の法が地上に降りたとはいわないのです。

それゆえに、地上に降りた光の天使たちは菩薩行を中心にしながら
我が身を捨てて、多くの地上の神の子たちを幸せにするために
命がけになってその法を説き、その愛の実践行為のために頑張るのです。

先ほどお話になられていた、何度も申しますが
マザー・テレサの行為を見られてもおわかりでしょう。

愛というのは実践が伴うものです。
信仰というものも、愛の実践行為を抜きにして、どれだけ理屈っぽく
どれだけ偉そうに言ってみたところで、人を幸せにできない愛の法などは
そんなものは神の御心からは離れているということなのです。
それを、一人ひとり、あなた方の心に深く落としていただきたいのです。

アトランティスのときにはアトランティスの理念がありました。
それはその時代環境が、時代精神というものが違うからです。
レムリアにはレムリアの時代精神がありました。
そして今世、この最終的に統合されていく
この文明における最終的に融合される法の集大成
人類の、ある意味でクライマックスというのが
これから行われていくのです。

その時にどれだけ、天上界からの理念というものが地上に生かされ
愛の炎として、たいまつとして、地上にキャンドルサービスのように
人びとの愛の心に点火されていくことがかなうか。

そして、地上が愛の炎の、神の子たちの愛の炎で埋め尽くされるような
この地上が、この地球世界になれるかということをもって
我らが救世の大計画の結論が、クライマックスがくるのです。

仏陀が出られ、イエス・キリストが出られ
そして、エル・ランティがお出になって法は伝えられました。

でも、法を伝えたということをもって、それが終わりではなく
法を聞いたからそれが幸せだというのではなく
その神より受け継いだその法を
この三次元の地上に、多くの神の子たちの幸せの、愛の共感として
みんなが手に手を取って幸福の炎の中に、光の中に包まれたときをもって
天上界の救世主の方がたが説かれた法の
本来の意味というものが意味をなし
その本来の目的が遂げられるときなのです。

それ以外に、救世主と呼ばれている九次元の方がたの
そして、それを超えられる十次元の
いえ、もっというなら宇宙の中におられる
その神の御意思は何もないのです。

地上にいる光の子たちよ、神の子たちよ。
あなた方は手を取り合い、神の子として、この宇宙に遍在する愛の法則を
愛の喜びを、このあなた方の惑星においても具現化し
そして、幸せに生きる道を築きなさいと、そのために真実を学びなさいと。

余分なことの足かせから離れ、あなた方が真に
永遠に幸福であるということは何であるかという神髄を学び
神の法を学びそして、互いに助け合い、生かし合い
そして、神の意思に沿うように
そして、喜びをもってあなた方の生命を
愛の波動で満ち満ちて生きていくことを
もう自らの使命として喜びとしていく
そのような地球として生まれ変わりなさいと

神の子として幸せを感じられるような、そのような神の子として
地球人の使命というものを悟る時代がくるのですと。
それこそが神の星、地球の本来のネオルネッサンスと呼ばれている
新たな救世の計画のあとにくる、神の星の使命そのものであり
あなた方の生きていく道であるのだということを悟っていただきたい。
それ以外は何もないのであるということ。

今、あなた方は複雑な手術、複雑な薬
さまざまな複雑なシステムを世の中につくっておられます。

でも、ほんとうに幸せになり
さまざまな悲しみや不安というものがなくなっていったのなら
病やそのようなものはいずれ、いらなくなるのです。

一生懸命、発明されて申し訳ないけれども、本来は病なしという境地が
神の子人類としていちばん幸せなのではないでしょうか。

そのような状況に人びとの心を
そして、ひとつの摂理というものをしっかり学ぶことにより
自分たち自らの心の中にある、反省と永遠の命の構造というものを
しっかり神理というものを学ぶことにより
人類は今抱えている悲しみや不幸の種というものを取り除いていけるのです。

それには、やはり神の教え、心の教えが必要であるということ。
心の教えと共に、肉体を正常に機能していくという
三次元の法則の理解というものを通して、両輪になり手を結ぶのです。
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すべてが東洋と西洋、そして、科学と精神、信仰心
今まで両極であると言われたものがすべて統合し集大成され
そして、ひとつの神の宇宙を貫く根本的な愛の摂理
愛の法則のもとに最終的に統合されていく。

そのようなものをもって、本来の神理といい
そして、それをもって、本来の叡智と申します。
神の叡智と申します。

知に偏りすぎた、知識に偏重した知恵というもの、知識というものではなく
神の叡智を皆が人生の生きざまそのものとして分け与えられ
愛を体現する神の子として、この地上生命も
そして、あの世における天上界においても
自らの愛の生命としての命を燃え立たせる。

そのような立場に地球人、一人ひとりが戻って行けたとき
神の子としての原点に戻って行けるということ。
それをもって我々の世界では、神の、くるべき神の子の住まう神の星
愛の星、地球と呼ばれるために、それこそが次の修行段階に至る
ステップアップした惑星になれる、地球の未来を形づくる。
それを今、わたしたちが夢見て頑張っているのであると
あなた方にお伝えしたいと思います。

すべての概念の中心は心にあります。
魂にあるのです。
そこからすべて出ているということ。
病も悲しみも、すべてのトラブルも、そして美というものも。
表面だけで、表面だけ何か物質的な療法だけで対処したのならば
美しくなるのではないか
良くなるのではないかとあなた方は思われるかもしれない。
でも、違うということ。

美、ひとつにおいても、たとえて言うのなら、女性の美においても
表面ばかり高価なドレスを着、表面だけ塗りたくり
そして、整形手術とかが流行っている現代でありましょう。
それは真善美でいうのならば
美というものが本来、魂の中にあるということ。
心の中における美としての、女性たちも、もっと美というものを
自らの魂の美しさというものにかけるようにならなくてはなりません。

そうすれば思いの美しさが、その方の肉体細胞にまで影響を及ぼし
美しさというものを生み出してくるのです。
今すぐには出なかったとしても
それは目鼻だちを越え、表面的なものを越えて
あなた方は真に美しいと感じさせるものを
醸し出してくることになるでしょう。

あなた方の中にあるすべてが、魂の中にある原因により
その結果による表面であるということ。
表面を治すためには、表面だけを変えてもだめであり
やはり内面というものをしっかりと見据える。
その根本的なところに帰結しなければ、戻ってこなくては
あなた方は何も根本的なものを解決できないのであるということを
しっかり、しっかり学ばれることです。

そして、それをその場合の、ケースバイケースに応用されて
あなた方がそれを助力してあげるということ。
それはすべての仕事においても同じであると思います。
ですから、医療だけではなくて、ほかの方がたにおいても
そこを感じていただきたいのです。

原因はすべて心から発します。
心の中に起きたことが、その魂に蓄積されたことが現象化されて
今現在に浮かび上がってくるということ。

そして、それが現れたのならば、悪いことであるのならば
それが現れたことを乗り越えることによって
それは消えていく姿であるということ。
それをけっして追わないということ。

それはもっというのなら、肉体においても
若くして亡くなっていく子どもであったとしても
それをけっして、いたずらに追わないということ。

今、理由がわからない、納得できないかもしれないけど
必ず原因結果の理念により宇宙が貫かれているのならば
必ずやそれは意味のあることなのです。
偶然は何もないのです。

すべて必然により支配されていることであるのならば
現象として浮かび上がってきたことを、それはそれとして受け入れ
そして、それが現れていったときには、それを縛ることなく
どうか神の御心のもとに帰りますようにという思いで
それらすべてを、念をつかまずに離していくということ。

そのことをもって、あなた方の人生を考えたら
どれだけ肩の荷が軽くなることでしょう。
どれだけ楽になることでしょう。

どうかあなた方の思いの中に、そのような気持ちというのを持って
これから地上での職業というもの、仕事というもの
このレムリアの活動というものも頑張っていかれたら
多くの人びとの心にレムリアのメッセ-ジというものが
具体的な言動をもって伝わっていくことになっていくと思います。

これからはそのようなことを天上界は期待しておりますので
どうか皆さま方の職業、今のお立場を通して
この神の法というものをしっかりと伝えていかれる
そのようなことを、どうかよろしくお願いしたいと思います。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-01-14 12:55 | サリエル | Trackback | Comments(0)

サリエルからのメッセージ(4)

みんな、一人ひとりが神の子であるということ。
そして、本来の命というものは、天上界における生き通しの命こそが
本来の命の流れであるということ。

その永遠の命の流れの中において、この地上において一時出てくる。
そして出てきたとき、命を尊びながら
自らの成長と過去世のさまざまな苦しみというものを晴らしていく
乗り越えていくための大いなる学習ができる
学ぶ修行場であるということ。

そして、神の光、神の愛というものをこの三次元に表現し
発信していき、地上ユートピアというものをつくっていくという
そのような意味の両面においての修行場と
ユートピアの表現形の場所としての三次元の役割というのがあるのです。

あなた方は、個人、個人の役割を通し、修行を積みながら
この地上を神のお望みになるユートピアの光の、神の光を発信する
光り輝く地上ユートピアの実現、具現のために
今世、命を持たれておられるのです。

ですから、その実現をされるために今
命をかけてお仕事をしておられるということ。
このことをもって、神は、天上界の者たちはたいへん喜んでおります。

そしてあなた方、お一人、おひとりにおいても
たぶん、ひじょうに思い出深い
そして大いに学び、成長の飛躍的なチャンスであったと
天上界に戻ってきたあと
思い出深い転生となるに違いないとわたしは思います。

今世、数々のトラブル、数々の多くの不手際なことがございました。
そして、あなた方もひじょうに苦労し
それを乗り越えてこられておられます。

でも、そのことを通して、あなた方の魂は
限りない成長のチャンスというものを与えられたはずなのです。

このようなものの中で、どうかあなた方の命を輝かせ
大いなる人びとの助力となるために
あなた方の命を輝かせていただきたいと思います。

本論と呼ばれているものがあらかた降りました。
それはレムリアだけで出たものではないのです。
それはOが降ろしたものでもあり
そして、高橋信次、エル・ランティが降ろされたものも
すべてを通して言っているのです。
重複するものはあまり降ろす意味はないのです。

それは、今あなた方の中におかれれば
見失われた法だと思われるかもしれないけれども
わたしたち、神々の世界から見ると、天上界から見ますと
もう少したてばそのような書物も復活していくことでしょう。
後の人類の者たちから見ても、その高橋信次、エル・ランティが
そして、O、仏陀がそしてレムリアで降ろされたもの
すべてを人類の学びの書として、これから人類は大きな
それを今度、地上において具現化していく
そういう新たな時代の教科書としていくことでしょう。

ですから、その神髄が降りていったのならば
本来はもうとっくに世界の隅々までに伝わっていてもよい。
神の教え、神理というもの、神の理ですね
神の理法というものを、法則というものを
地上の隅々の方がたに向けて、具体論として発信していく。

それは、いうならば
神の子、仲問たちをひとりでも幸せにしていく道なのです。
その方法論の方向に、もう行かねば間に合いません。
そのような方向にレムリア号を動かしていっていただきたいのです。

そのためには、それぞれの現場で、プロフェッショナルとして動かれて
力をつけてこられた方がたの助力を得
そして、その方がたと手を取り合うことにより
各分野においてあなた方は、神の法というものをわかりやすい形で
人びとに伝えていかねばなりません。
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学究的な、学術的なものだけがすべてであるのではなく
そういうものを通して、あなた方がこの地上にいかなる光の都として
光の星、愛の星というものを、人びとを少しでも幸せにするために
あなた方がなし得たかということ。

そのあなた方がした後ろ姿を見て
これからの人類は、これからのあなた方の予孫たちは
この地上を愛のバトンリレーのようにしながら
時を越えて、この地球を愛の星へ変えていくことでしょう。

今すぐというわけにはいかないけれども
今、根本的な法が降り、それを具体論として、上から下へ降りた上下の光が
今度は横に向かって光は地球を一周していくのです。

我らインマヌエル
イエス・キリストのシンボルでもあります十字架というものは
それを意味しているのです。

天地をつなぐ神の光が上より下へ降り
そして人びとの、神の子たちの心と心をつなぐ
その横の光が地上を一周していく。
その交わるときに、大いなる天上の思いはこの地上において
大いなる救いとして、救世の愛の理念として輝いていくという
それこそが本来の神の御心であるということ。

それをインマヌエルは、イエス・キリストは
それを、その十字架というシンボルの中に込められて
あの方は、ずっとその十字架というものを
お出になるときに説かれてこられたのです。

単なる形ではないのです。
そこに込められた意味があるということ。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-01-13 10:11 | サリエル | Trackback | Comments(0)

サリエルからのメッセージ(3)

肉体にはバイブレーションがございます。
そして、霊的な意味でもバイブレーションがあるのです。
それと同時に、その時代、この地球における
ひとつの時代におけるバイブレーションというものがあります。

そのバイブレーションに、なるべく肉体というものは、時代の
この地球のバイブレーションに沿うた形によって順化し
同化していくことをもって
肉体というものは正常に機能し、生きていけるものなのです。

でも、この時代と過去の時代では、やはり霊的な
今は特に波動的に乱れておりますので、難しいこともあるでしょう。
その間のストレスというのがあるのです。

今の子どもたちは、小さいうちからテレビゲームとかしており
社会のひじょうなストレス、受験とかそういうものを通して
本来なら自然というバイブレーションの中で
神の波動の中でのびのびと成長していくべきはずが
今はひじょうに人工的な、そういうバイブレーション
ストレスの多いバイブレーションの中に生まれ育ってきているのです。

その中で、ひじょうにその肉体自体が
その時代のバイブレーションに同化できず
その意味において、現代はさまざまな病気をつくっております。
その間のストレスというものが
ある意味では病の原因になるということもあるのです。

そして肉体のバイブレーションは
その時代のバイブレーションの影響を受けるだけではなく
肉体と、今度は先ほど申しました
その宿る魂の、精神とのバイブレーションとの
そのギャップにも苦しむのです。

そのギャップの中において
あなた方はどのように折り合いをつけていくのか。
そう考えますと、この地上に生まれてくるということは
それは、それは、我々の世界から見ておりますと
たいへんな、苦しい、苦しい修行にも似たように思うのです。

その時に、あなた方、医療関係の方がたは、そのギャップにより生じた
その時々によって生じた病というもの
そういうものから少しでも肉体を修行する
魂を修行するための乗り舟としての肉体を
少しでも円滑に魂を修行させるために
順調に動かすために、助力するというのが本来
医療系団の目的でございます。

魂のために肉体を犠牲にすることではなく
そして魂を、肉体を優先するために魂を犠牲にするものでもないのです。

ある意味でいうと、神の子としての魂
肉体に宿った神の子としての修行を
最優先としたという意味において、時代環境
その方の魂の環境、それを通して
今世という、数十年というわずかな間に
最大限のご本人なりの修行を果たすために
どのようにしたらこの方を応援できるかという立場で
医療というものをしていただけたらと思うのです。

時には肉体のバイブレーションを乱しているのが
不適切な食物によるものもあるのです。

大地というものは、自然界というものは神の生命波動にあふれているのです。
我々人間は、魂は神の子でございます。
神の子であるということを前提にするのならば
本来は大自然の中をはだしで飛び回り
大自然の中で自然に、大自然の愛を受けて育った食物を
それを子どものうちから体の中に入れて
それをもって、肉体というものを育むのが本来の筋であるのです。

そして、大自然という中に、ひとつの
まあ、あなた方でいう、マイナスイオンと呼ばれているような
天気というもの
天の気ですね、気というものをひじょうに含んだ、そういうものが
ひとつの循環として体の中に注がれてくるのです。

それは遊びを通して自然と戯れることにより、心身共に
そして、自然界の恵みを受けたものを食することにより
子どもたちは神の愛に包まれて、健全に、本来は成長するものなのです。

しかし、今はその状態を保つことがひじょうに難しい。
難しい中において、現代におけるストレスの中において
数々の病が併発しております。

そして、そこにおける魂の修行というものの、魂の傾向性における
あつれきというものにおける病というものも出てきているのです。

だから、あなた方、医療関係の方がたは、今現れている、この肉体の病が
何を原因にして起こっているものか、それを見極めることが
わたしはいちばん大事であると思うのです。

その時々における、対症療法というものを通されて
そして、その中において、もし延命というものが
この魂において、けっしてふさわしいことではないと思うのならば
逆に言うともうこの地上において学ぶべきこと
そして、あちらの世界、わたしたちの世界に帰って来るための
本来の心積もりというもの
そういうものを語って聞かせていくということも
ある意味で、いちばん大事な役割かもしれません。

もうすぐ宇宙時代と呼ばれる、愛の理念により統一された時代がくるのです。
そうなっていったときには、愛と自然界の神の波動に調和した
肉体人間というものが存在してくるようになり
思いというものが神の生命波動に近づいていったときに
肉体のバイブレーションも、神の愛の波動に近づくのです。

そうなっていったときには、今まで申し上げたような
ストレスによる病というものは自然になくなるのです。

病が今、大はやりの時代ではありますが、それだけある意味でいうと
神の生命波動から離れた
ストレスをひじょうに多く持った時代であるということが
いえるのだと思います。

わたしは、現実的に何を使ってということを
エドガー・ケーシーとして指導し
エドガー・ケーシーの生命体として出たこともあり、あの時代の中において
眠れる予言者が具体的な、物質的なものを使って、この肉体を癒し
遠くにいる者の体などの構造を理解し、その指導できるということをもち
人間は肉体だけではなく、その生命的な意味においては
スピリチュアルな霊的な部分を持った
天上界から指導されている存在であるという
ある意味で、スピリチュアリズムの一環の、一部の表れとして
わたしはその役割をエドガー・ケーシーとして出たときに申し上げたのです。

そして、それぞれの、数々の対症療法というもの
数々のことを申し上げていったと思うのです。

でも、その時代は霊的な部分、教育も受けていない者が
医学会の最高権威以上の対症療法を知っているということを表すことが
あの時はいちばん重大であったのです。

どっちが大事であるかというと
その時に使った、ヒマシ油を使ってどうのこうの
あのような食べ物を食べさせたらどうのこうの
そして、この者の過去世は、アトランティスや、ムーや
レムリアのときに原因があるということを通し
過去世の証明をしていったのです。
そういうものを通して
病というものの原因があるということを明かしていったのです。

でも、時は過ぎ、今この時代になり、最終的な法の集大成の時代となりました。
その時に、今わたしが申し上げているように
魂というものの乗り舟として肉体があるということ。

そのことを思うのならば、その肉体の修行をしている
魂が修行している間に、いかに潤滑に航海ができるか、修行ができるか。

そのお世話役として医療系団の者たちがいる意味はあるけれども
けっして物質万能であり、肉体の化学的な生命反応だけが人間であるという
誤った近代の発想を打ち砕き
本来は肉体を抜いた霊体の魂が、本来のあなた方自身であり
それを修行し、進化発展させるため、成長させるために
肉体というものがあるのですよという
そのようなことを物質万能主義の科学的な
物質主義的な時代の、最終的に二十世紀の後半を越えて
21世紀に向けて新たな霊文明というものの確立をしようと
そのように天上界は計画しているのです。

そのことを思われたのならば、その中の一環として
医療系団の使命というものは
おのずと役割が変わってくると思うのです。
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生命が物質的な意味において万能であると思えばこそ、物質こそがすべてであり
死んだら何もかもがなくなると思うからこそ、一分でも余分に生きさせることが
人間としての幸福であり、医者としての存在価値があるというふうな評価が
判断が出るのではないでしょうか。

でも、本来の実態は肉体ではなく、肉体人間だけがすべてではなく
本来が神の子であり、霊的な魂そのものがあなた方の本体であるということ。
そのことがわかったのならば
あなた方、医療チームのやるべきことは変わってくるはずなのです。

何より大切なことは、地上に生まれてくる意義というものを、宗教だけではなく
すべての者たちがほんとうに学ばなくてはいけません。永遠の命の中において
たかだか数十年という、地上の一回の生命は
ほんとうにわずかなことを学んでいく
その転生のチャンスでしかないということ。

でも、その時に最大限に、精一杯に自らの命を通し、自らを高め成長させ
そして、地上に神の子としての光と愛を放出し、放って生きることにこそ
地上に肉体を持ち
修行しに出てきたことの本来の意味があるのだということ。
そのことを、もっと、もっと
多くの一般的な方がたが学ぶようにしなければなりません。

そこがわかれば、あとは謎解きゲームのように
いろいろなものが連鎖反応でわかってくるのです。

どのように子どもを育てたらよいか。
どのように人は生きるべきなのか。
病にあったとき、それは人を恨むのではなく
必ずや原因は自分自らにあるのだということを
徹底的に反省するところから始まるのだということ。
自己反省をしていくだけでも病は治ることはあるのです。

そして、反省し、その原因を突き止めたのならば
それをあらゆる方向で解決いくという
そういう意味でのあなた方はプロフェッショナルとして
患者さんたちに接しられたらよいのだと思うのです。

でも、基本は、そのような病をつくり出した原因は
それぞれ各個人にあるのだということ。
その原点に戻らなくてはいけません。

よいですか、人のせいにしているうちは何も解決しないのです。
人生のすべてのテーマにおいてもそうです。
病気だけではないのです。

すべて、原因と結果の因果律があるのならば
これが宇宙を貫く法であるのならば
必ずや不手際なこと、不幸な原因のことがあったときには
必ずやその方自身が今世においても過去世においても
何かしら生み出してきたものであるという
その謙虚な観点において、自己反省をされるのであるのならば
自然にその原因というのは見えてくるのです。

そして、自分がつくったのであると思えば
いかなるハンディキャップであったとしても
素直にそれを受け入れていくことができるでありましょう。

自分のせいではないと、自分はこのように生まれて不本意で
ひじょうにかわいそうな者なのであると
親を恨み、周りを恨み、人生を恨むからこそ
不幸というのがまた芽吹いていくのです。

そうではないのだと
そして、それを介せるあなたは最大限に幸せ者であるのだと
そして、そういう方をお世話できるわたしたちは、それと同時に
自分自らの業というものも返していくことができる
ありかたいチャンスを与えられたのであると思って
そういう障害者の方がたのお世話を
みんなが喜んでするようになっていったのであるならば
社会はそれだけでも
幸せと愛に包まれた世の中になるのではないでしょうか。

長く生きるということを、この肉体にしがみつくということ
この地上の人間関係だけが、この物質界すべてが
幸せの根本であると思うことそのものの
その根本をひっくり返さねばなりません。

そのために今、天上界は総力を挙げて
この救世の大計画というものを行われているのです。

そして、それを多くの方がたに広げるためにも、芸術的なものを通して
多くの人びとに知り得る限りの範囲で
神の法というもの、理法というもの、掟というもの
それをお伝えしていこうというのが、今回の計画でもあるのです。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-01-11 12:37 | サリエル | Trackback | Comments(0)

サリエルからのメッセージ(2)

地上において、数か月、数年、生き延びたといって
その間に、ただ、その伸びただけの命の幸せと
我々の世界から見て、その間に学び得るもの
逆に退化していくものもあるのです。

そのことを考えたのならば、生きて行く時の長さというものだけが
けっして、その神の子たちの幸せとは無関係な場合もあるということ。

80、100歳を越えて生きておられても
ただただ、そのパイプやチューブにつながれて命が長らえて生きているだけ
ということであるのならば
そこにおいて、その方が学び得るものがないのならば
そこは、ただ生きたということだけの証しか残らないでありましょう。

ただ、命というものは最後の瞬間まで
ご本人が生きんとする意志がある限りは続くものです。

そして、その短い流れの中、長い流れの中において
ご本人たちが納得したときに去っていくのが本来の筋でもあるのです。

ですから、不慮の事故とか
そのような時には皆さま方で魂を慰めて、励ましを与えて
わたしたちの世界に戻って来るということを
けっして恐れないでよいのだということを
医療現場にある方がたも、励ましのようなもので伝えていただきたいのです。

今の医療は、ただただ延命によるものに終始しているように思えるのです。
肉体人間というものにのみ限って
人間というものが存在し得るという観点に立ちすぎているけれども
人によっては、けっして長く生きることを望まない方もおられるのです。

ですから、そのような自分で決められた寿命
五十年という人生が短いと思われる方もおられれば
長すぎると思われる方もおられ、ちょうどよいと思われる方もおられるのです。
それを決めるのは、ご自分たちの自由意志である
ご本人たちであるということ。

であるのならば、その寿命が尽きたときに
天上界に帰って来ようとする者に対して引き止めることなく
「ご苦労様でした」という、ねぎらいの言葉をもって
我々の世界に送り出していただきたいのです。

それを、もし生きているうちから、心の準備として伝えていただけるのならば
それはわたしたちの世界に戻って来る過程においても
戻って来たあとにおいても
ひじょうに受け入れ態勢が楽になるということもあるし
その魂においてもひじょうに救いというものが
簡単に天上界に戻るという意味においても、楽になるということなのです。

あなた方の中には、もしかしたら東洋医学というものがよくわからないと
思われる方がいるかもしれません。
でも、あなた方、肉体の生命ということを考えたときに
化学工場のような肉体人間の、肉体という構造の中の動きというもの
そういうものがある一方
その肉体の体に同じ形で霊体というものが入っているのです。

その霊体の中において、天上界の光を受けながら
夜になると睡眠という名のもとに戻って来て、霊界の太陽を浴び
エネルギーを浴びながら、わたしたちの世界のエネルギーを充電し
睡眠中に充電して、また地上界に帰って行かれるのです。

その意味を持ちましても
まあ、三次元に生きているうちにも肉体だけではなくて
霊体としての、神の子としての部分も同時に存続されている。

そして、それがひとつのシルバーラインというもので一体化され
結合されているのが三次元の肉体人間であるということ。
そのことを、深く、深く考えていただきたいのです。

それゆえに、肉体が消耗するということは、この体の霊体の部分における結果に
原因結果の因果律ということをあなた方は学ばれておられると思うのです。
その結果により、肉体の波動か乱されるということもあるのです。

ここのところ、原因結果の因果律ということを学んでおりますけれども
肉体の体というものは、その原因結果の、結果がいちばん現れやすいものが
また肉体の健康でもあるのです。

それはこの地上における不摂生というもの、食物というもの
そういうものの摂り方の不適切な積み重ねにより
病気というものが発症する場合があります。

それと同時に、あなた方は信じられないでしょうが
過去世における霊的な意味における
霊体として背負ってきているカルマというものが
時に応じて現象化し、それが肉体に出て
そしてそのカルマの摘みとりというものをする。
そのような結果としても
肉体というものが存在しているということも事実なのです。
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それは、その者、その者によって、発症の時期は違うのです。
ですから、そのものが現れたのならば
もしそれが、この地上に生まれてからの、明らかに不摂生の積み重ねによる
そういう原因による結果として起きたのであるのならば
それはその根本である、まず不適切な食生活
実際の生活習慣というものを変えることが必要でしょう。

そして、これは明らかにそういうものではないと思う
過去世の積み重ねの中における、大きな、大きな曇りの部分
それが肉体に反映され、肉体の中におけるひじょうな苦しさを
この地上で数十年背負うことで
ひじょうに多くのカルマというものが解消される場合もあるのです。

もし、あなた方が、多くの人びとを過去世で殺めていたりしたら
どうされますか。
それが悪いとか、いいとかの問題ではないのです。
そういうことを、その時代の流れの中で重ね
積み重ねてしまうかもしれないのがある意味でいうと人間なのかもしれません。

それが、悪いとかいいとか裁くことよりも、そのことを通して悔い改めて
でも、そのやってしまった、自分がやってしまった罪に関しては
自分自らが責任を取るしかないのです。
ほかの者たちが代わってその罪を償うことはできないのです。

その時に、過去世にやってしまった罪に対して
多くの人びとを苦しめてしまったとします。
そしたら、その方がたの気持ち
その方がたに対するおわびのような苦しさというものを
やはり自分が体験しなくては、次へ進めないのです。
それが自己責任ということでもあるのです。

自己責任に基づいて自由意志というものが
神から我々人類には与えられているのです。

ですから、自己責任というものをしっかり取るという意味において
我々は永遠の魂の中において、幾転生を越えて
自分自らの魂の総合的な発達のために次の生というもの
地上の生というものを
何からいちばん最初に自分自ら学ぼうかということを決めていくときに
もし大きな巨大なカルマがあったときは、まずそこを越えていこうと
清算していこうと思ったときに
やはり、肉体的現象において一挙にそれを償ってしまう
払ってしまうことのほうが短期間で払えてしまい
次の修行に行けるということにもなる場合もあるのです。

そのことを思ったのならば、あなた方が、もし難病と呼ばれているもの
生まれついてのひじょうに苦しい状態に生まれてきた者たちがいたとしても
その方がたにいう言葉は、「生まれてきておめでとう。さあ、一緒に頑張って
人生乗り越えて頑張ろうね」という励ましを与えていただきたいのです。

何が何でも、不自由さの中において、魂を牢獄の中に閉じ込めてでも
チューブにつないででも、一日でも、一年でも、二年でも
生き延びさせるということだけを、主眼にするのではなくて
魂の乗り舟としての肉体というものをどのように利用したのならば
その魂が素晴らしい成長となれるかということを
進歩できるかという、成長できるかという
その観点における医療関係の皆さま方のご指導というもの
励ましというものがどれだけ的を得た
その魂における最大のケアとなるかということを
わたしは申し上げたいのです。

その時期がきたのなら、その苦しい肉体に
逆に牢獄のような肉体に閉じ込められているよりは
「もう十分、あなたはその罪を果たしたのだから、カルマを果たしたのだから
自由になってわたしたちの世界に帰っておいで」と
わたしたちは胸を開けて、腕を広げて待っております。
その時にやたらと引き止めることは
わたしはあまりしてほしくないと思うのです。


(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-01-10 15:24 | サリエル | Trackback | Comments(0)

サリエルからのメッセージ

わたしはインマヌエル、イエス・キリストのホワイト霊団の中における
医療関係の専門家としての役割を担っている立場にございます。

わたしは基本的にはホワイト霊団と呼ばれる
西洋医学と呼ばれている医療の専門家チームの中におります。

しかし、今この最終的な神様のご計画の救済計画により
西洋も東洋もすべてが一体化し、統合される時代となり
その中により、東洋医学、西洋医学も含めまして
人びとの人間の体というもの
そして精神の構造というもの
それらを両輪としてユートピアの価値として
方向性として位置づけていく、そのようなことが必要な時となり
そのようなことをお伝えさせていただきたいと思います。

西洋医学、東洋医学は別々のもののように発展してまいりましたが
しかし、それは西洋医学と呼ばれているものには
やはりこの三次元における、物質界というものの法則にのっとった
ルールの中における人体の仕組みというもの
それを科学的に明かしていかねば解決できぬという
そういう方向性が西洋医学の中にはございます。

そして、東洋医学の中には、メンタルという
人間の体の中には物質的な肉体をまといながら
そして中には霊体という、もっというならば霊魂という
メンタルな内的な魂の部分を持った
そういうものが一体化されてできているのが肉体人間なのであります。

その両方から救っていく。
両方から対処していくことをもたねば人間の体というものは
けっして救われていかないし、解決されていかない。
そういうものが三次元の肉体人間なのでございます。

それを、両方の面から追求していく。
人類が学び得ていくために、合理的な発想の中において
西洋医学というものが人体解剖などを含めまして
西洋医学の歴史というふうにもなっていき
そして人の心の深い所から、魂の部分によって肉体が影響を受けるという
メンタルな部分における精神的な発達というもの
そういうものを中心に発達させてきたのが
東洋医学の根源であったのだともいえるのだと思います。

ですから、東洋医学の原点においては
霊体というものが主に関心の中心にあると思うのです。

霊体というものは肉体人間が霊体というものを
死というひとつの端境期を通して肉体を脱ぎ捨てたあとに
霊体をもって我々の世界に戻って来るわけでございますが
それこそが本来の神の子、人間のいちばん神髄である部分
魂の部分、その部分を研究していくのが、神の子として
いかに存在し得るべきかということの観点から説いているのも
ある意味では、東洋医学の特色かもしれないと思うのです。

東洋医学を深く語るのは、わたしの立場にはあまりないのですけれど
わたしも多少、東洋のほうに出たことがございますので
少しこの際、お話しさせていただこうかと思います。

大きな流れにおいて、先ほどから申し上げているように
東洋医学と西洋医学とがひとつの接点を生み
統合されていくということをもって
最終的に何を伝えていくかと申しますと
それは神の子人間の現れそのものの姿を
人類が認知する段階にきているということなのです。

それはどういうことかと申しますと、肉体の生命波動というものが
肉体自身の波動は、この地上に生まれいでてよりの
先祖、両親から受け継がれた肉体的な諸条件というものがあるのです。

そして、それは先天的な、遺伝的なものに
今世、生まれて栄養を摂っていく
その生まれ落ちた場所の生命波動の影響をひじょうに受ける。
そして、その時代の生命波動を受けるということ。
その総合的なものの中により、肉体というものは成長して参ります。

それと同時に、魂自体が過去世からの縁生により
数々のひとつの癖を持って生まれて参ります。

そして、生まれ落ちた中において
今世、どのような課題を自分なりに解決し
到達した心境になっていきたいかということのテーマにより
その肉体というものも、ある程度、限定されて
影響を受けてくるということが事実なのです。

今世の結果、今世、何を得たいか、学びたいかということにより
あなた方の言葉でいうのならば
障害者という形によって生まれてきたほうが
今世、学びが深いという場合もございます。

そして、さまざまな肉体的な特徴というものも
今世においてどのように出たほうが
よりメンタルな部分で学びが深いかということをもって
肉体的な部分を限定し選び取り、それゆえに両親を選んでくるという
そのような選択、チョイスというものをしてくる場合があるのです。

そして、あなた方がいちばん考えなくてはいけないのは
肉体というものが、そのすべての幸せの究極的な価値ではなくて
それは健康というものが、神から与えられた最大の幸福の
至福の境地であるとは思うけれども、地上においてどれだけ神の子として
メンタルな部分で、その神の子としての霊的な意味で何をなせ
何を修行できるか、何を学び得るかということが、何よりもメインとして
いちばん大事なものとして
あなた方一人ひとりは計画を立ててくるということ。

その、いちばん学ばなくてはいけないということ
そして、学びたい個々の課題が違うということ。
霊的な成長ということが永遠の生命の中において
いちばん重大なことであるということ。
そのことがいちばん大事であるということ。

その目的を達成するために、この三次元の肉体というものが与えられ
選び取っていくものであるということを、あなた方は位置づけとして
しっかりわきまえねばならないとわたしは思うのです。

なぜならば、永遠の命というものを考えたとき
我々、霊天上界にいる者たちは、永遠の命があるということを
十分知っているのです。

そして、たとえ日常的な意味でのハンディキャップがあったとしても
この地上の三次元の生命を終えたのならば、天上界に帰って来て
そのすべての諸器官を復活し
また本来の霊人としての機能をもたらすのです。
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何ゆえにハンディキャップを持ち
何ゆえにそのような不自由な状態の肉体に入っていくかというのならば
魂の成長として、そのほうがいちばん次のステップに上がるために
そして、過去世の清算のためには、どのような状況で出るのが
限りある短い地上での生というものを通して、自己が成長できるかという
その観点にのみ集中して地上での、地上生活というもの
地上生命の計画を立てるのです。

そして、その計画を立てるのは誰でもない
あなた方一人ひとり、ご本人であるということなのです。

それを指導される方がたはおられます。
それは、それぞれの守護霊、指導霊といわれているクラスの方がたが
次の転生の中において
何をメインにするかという指導というのはされるのです。

でも、あなた方がいちばん大事なことは、霊的な魂の成長というものを
次に生まれていったときに、何を具体的にしていくかということを
いちばんの主眼として、メインとして
あなた方は計画を立てられているということなのです。

ですから、女性でいうのならば、美しく生まれたら幸せだったのに
と思われる方もおられれば、美しく生まれたがゆえに
過去世と同じ失敗を繰り返す
過去世において美しきがゆえに、多くの人びとをたぶらかし
自分自らの魂をおとしめていった者は、次に、ひょっとしたら醜い
人一倍、醜く生まれたく思うかもしれないし
そして、次にまた、ものすごく美しい女性として生まれてきて
ほんとうに魂がその段階を学び得たのかという
卒業試験のようにその美しさというものをもって
肉体を持って生まれてくる場合もあるのです。

ですから、けっして完全に、パーフェクトに健康であるとか
パーフェクトな美しさを持っているのが、その面だけをもって
肉体の一面だけをもって、完全にそのほうが幸せであると
そのように定義づけるのも
また早計なことであるかとわたしは思うのです。

それと同時に、世の中には生まれつき
ハンディキャップを持って生まれてこられる方がおります。

それは肉体的な意味、内臓的な意味
そして、生まれたときは全くハンディキャップがないと思われていても
ある年になって急に重大な病気が出て、自爆装置が働くかのように
一瞬にして亡くなっていかれる方がおられるのです。

その方をもって不幸とするか。
でも、それはその寿命の長さが数十年伸びたから、数年伸びたからといって
そのほうが幸せであったか、短いほうが不幸であったかということ。
そのことを、もっと地上の方がたは考えなくてはなりません。

わたしたちの世界から見たのならば、三次元というところは
地獄界と呼ばれているところに最も近いところでもあります。

四次元の地獄界の者たちが常に出入りをし、その波動を受け
自分がけなげにまっすぐに生きたいと思っても、おぞましい
汚い波動にまみれてしまうのが、あなた方が生きておられる三次元なのです。

そこにいつまでも長く生きていることをもって幸せとする
しがみついて、ボロボロの体にしがみついていることをもって幸せと思うか。
それとも、その時にやるべきことをやったら
とっとと我々の世界に戻って来て
より先の修行をしていくというほうが、より幸せと感じるか。
それは計画を立てたご本人が決められることなのです。

ですから、短くて亡くなるということ、若くして亡くなるということが
ある意味で無念さというものはあるかもしれないけれども
でも、それによって、魂を浄化させる場合もあるということです。

ハンディキャップがある方がた
いろいろな難病と呼ばれているものを背負って生まれてこられる方がた
その方がたは、あまり長生きできないことも多いかもしれない。
でも、逆に、長く生きないことが神の慈悲であったということも
あり得るのです。

そして、それをともに、支えてくださるご両親様
周りの方がたの援助を受けながら、自分は修行を進めていく。
受け止めている周りの方がたにとっても、たいへんな功徳を積まれる
大きな愛を介される、徳となられるということ。

でも、それを短い間に限定されて、ご本人も周りも
その徳を積まれて帰られることを目的とされている場合もあるのです。

ですから、ハンディキャップを負った子は生まれてこなくてよい子である
そのようなことはけっしてないということ。

誰一人として宇宙の中で、生命として存在し、必要なく
生まれてこなくてよかった
不必要な者など、何ひとつとしてないということなのです。
すべて命は尊く、神の愛により生かされております。
そして、そのシナリオを決めるのも、本人たちであるということ。

であるのならば、医療と呼ばれているものに
関わる方がたに申し上げたいのですが
それぞれの魂により、その目的は違うということを思われるのならば
ひとつの摂理の流れの中において
宇宙というのは愛の循環の流れの中に流れていくのです。

その時に、どうか、その時に座礁して苦しんでいる方がたに
愛という助け舟を、手を差しのべることはあっても
それをいたずらに引き止めたり
いたずらにそのハンディキャップを修行していく過程において
いたずらな哀れみというものを持ちすぎず、逆に背中を押し
「勇気を持って、頑張って乗り越えて行こうね」と
「あなたはそれだけ素晴らしい魂なのだよ」という励ましをもって
背中を押してあげられるような
そのような方がたになっていただきたいのです。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2014-01-09 08:52 | サリエル | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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