地球を愛の星へ

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エル・ランティからのメッセージ(5)

わたくしは今日、この歴史の文明の中において
どういう立場に中東というものがあり
どういうものが明かされるために
あのような神々の計画があったかということを、明かしました。

それと同時に多くの別れていった者たちを深追いすることなかれ。
あなた方自身がほんとうの意味で
神につながるということがどういうことであるのか。
あなた方自身が体現したことをもって多くの民衆は学んでいくのです。

間違ったものを見ても人びとは神の子であるから
何かがおかしいと思うのです。
おかしいと思っても、これこそが素晴らしい神の子としての生き方であり
エネルギーの発現の姿であるというふうに
やはり人びとは見本を見なければなりません。

その見本となりなさい。
神とともに生きるとはどういうことなのか。
信仰深き人とはどういう者であるのか。
そのことをあなた方一人ひとりがもっともっと学び
そして自らの命をもってそれを表現できる、体現できる者として
この地上に現していきなさい。

日常のささやかな振る舞いにおいても、そして文学作品においても
何においても、多くの人びとに対するメッセージを伴うように
あなた方の使命というものを明らかにしていきなさい。

そのような過程があるのであるなら、あなた方がいつか神の使徒として
大いなる者たちの記憶にとどめられることでしょう。
そうでなければ、この計画自体が頓挫したならば
どのみち海中に没するのです。
誰もあなた方のことを語る者もいない。
今あなた方のことを批判して、中傷している者たちがいたとしても
それはね、少しもあとに残らないものなのです。

愛の摂理の中で、愛の願いの中で、愛の神に出会っていく。
そういう愛の固まりである、あなた方神の子たちよ。
どうか己の使命に気づきなさい。

そのことを思い、自らの中にある愛の本流に気づき、今なすべきことに気づき
近視眼的なことに惑わされることなく
この者に、とにかく力になってあげることにより
大いなるこの地上での使命を果たして、わたしたちの世界に帰って来なさい。

それが必ずや、必ずや地球ルネッサンスとして
レムリア・ルネッサンスという名のもとに大いなる意識改革をし
愛の星と生まれ変わっていく
そのようなステップの大いなるターニングポイントとして
あなた方の業績が、功績が評価される時がくることでしょう。

わたくしは今日、あなた方にこのような使命を明かすために来ました。
漠然とは思っていたかもしれない。
でも、わがエル・ランティの命により
あなた方に、この地上での使命を告げます。
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今ここにいる方がたよ。
あなた方はけっして初めて、そして単なる偶然により
今この場所に座っているのではないのだと。
あなた方こそ、我らが待ち望んでいた方であるのだと。
誇りを持ち、この地球人救済計画の最後の戦いのために命がけになり
そのエネルギーを燃やし、覚悟を決めていただきたいということなのです。

仲間が切り捨てられるのはつらいでしょう。
仲間を見捨てるような気持ちになる罪悪感があることでしょう。
でも、こちらの世界に帰ればみんな仲間なのですよ。

彼らのしてしまった失敗を、これ以上悔いを大きくさせないためにも
あなた方が彼らの失敗をすみやかにフォローし
大いなる計画を維持し続けることのほうが
どれだけ仲間のためになることでしょうか。

こちらの世界に帰って来た時に、あなた方は自分の使命を振り返って
あなた方がなしてこられたこと
使命として言い渡されたことの比重を見るのです。
今去って行った者たちは失敗した者たち。
ここに来られなくてもこの第三の計画に
馳せ参じるように言われていた者たちが数多くあるのです。
そのことを思うのであるのならば
この第三の計画に馳せ参じるチャンスがあった自らの生を喜びなさい。

来たかった者は多かったはず。
来たけど去らねばならなかった者たちもいます。
その者たちの悲しさ、残念さ、口惜しさを思うのであるのならば
あなた方は自らの生をどれだけ大切にしても
大切にし過ぎることはないはずなのです。
個人的な幸せというものは
大いなる神のメッセンジャーとしての幸福感に比べたら
ほんのわずかなわずかなものであるということ。

日常を大切にしなくてはいけません。
でも今この場所において、神の使徒として
神が望まれることをどこまでお役に立てるかということ
そのことこそに命を燃やすこと。

それがいちばんかけがえのない大事なことであるということを
かつて出られたモーリャにしても、マヌにしても
多くの方がたが語っているはずなのです。

我々はこれから地球系神理というものを
九次元が立て続けに出ることによって話していこうと思う。
我がエル・ランティの法というものも、もっと具体的に出していこうと思う。

しかし、今この第三の計画が
大いなるこの地球のステップアップの中において
どのように十次元により
我が責任の名のもとに降ろされたかということを思うならば
どうかあなた方、今いる位置がどれだけ重大なものであるかということ
そのことを思って、考えていただきたいと思って、今日参りました。

けっしてあでやおどしとかで
このような計画が降りたのではないということ。
そして根本法は本来九次元が降ろすべきものを、この方に依頼しながら
今降ろしているということが事実なのです。

でもどうでしょう。
本来のルールからいったらタブーであるかもしれないけれども
これが受け入れられる人材が地上に出た時に
我らの言葉を今地上の方がたが聴けるということが
どれだけ人類に対する祝福であり
大いなる幸せであるかということをあなた方が思うのであるならば
たまにはそのようなタブーを破ってみるのもよいかもしれない。

(2005.2.19 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-03-31 13:56 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

玉依媛命(たまよりひめ)からのメッセージ(2)

皆さま方がこれから愛の時代をつくっていくとき
いちばん大事なことは、神の子として
おのれ自身のピュアな思いに正直であるということです。

わたくしたちこの地球は
まだ自分のほんとうのパートナーと出会う段階にない星であります。
ですから、ほとんどの方が
自分のほんとうのベストーパートナーとは出会っていないかもしれない。
出会っているかもしれない。

でもその中で、いかに自分と合っていなかったとしても
男女の出会いを通して、自分の女性性というものを
合わないなら合わないなりに、何ゆえに合わないのか
そしてその中において、自分がどういう人間であり、どういう女性であるのか。
そして男性というものは
どういう多様な価値観の存在があるのかということを学ばせていただくために
今の地球というものの男女のあり方という学びがあるのです。

ですから、今は同じ価値観で、統一できず
お互いに傷付け合うことも多いかもしれない。
自分たち自らが、神の子であるということすら気づかない神の子たちの中で
自分が、本来は愛のエネルギーそのものであるということすら気づけない。
そして愛を与えていくことより、愛をむさぼり
愛を奪うことだけに汲々としている存在であるのならば
男女の愛がうまくいくわけがないのです。
でもそれを通して、大きな大きな学びを、今、与えていただいている。
それが今の地球の段階であるということです。

そのうちに自分たちが、愛のエネルギーそのものであるということ
そして皆が本心のピュアなむき出しの思いに
正直に生きていくことがわかったのならば
人びとは、今あなたたちが体験しているように苦しまなくても
苦しみ少なく、本来の男女のあり方というものに帰っていける。
そのようなときが、この先、来るということなのです。
そのために、新たな価値観を出さねばなりません。

女性たちの中に、本来の幸せは何であるか
それをしっかりと導き出すために
セレニティ様が女性性のあり方ということを、お話しくださいました。

そしてセレニティ様の女性性のあり方ということを
しっかりと女性の基本法として学ばれたのならば
今度は三次元の、この地球に住む者たちとして
しっかりと地に足の着いたあり方で
男女のあり方ということを学ぶようにしなくてはなりません。

わたしたちの肉体、わたしたちの恋のときめき
それは宇宙時代に行ったときに、ひょっとしたら、結婚の婚姻制度、戸籍
そのような社会的な今の時代が抱えているものは
ことごとく打ち崩されていくかもしれないのです。
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そうなったときどうするか。
自分の気持ちにいちばん正直に勝負していかなくてはいけないということ。
そうなったときに
耐えうるだけの自分の中の精神性というものが用意できているか
男女の関わり合いができる自分が用意できているか。
そのこともしっかりと学ばなくてはいけません。

反面、考えようによったらば、その点において未熟であっても
今の文明、今の時代は、結婚の婚姻制度という型にさえ収まっていれば
その徳を学ばずとも、目を背けていても、日常の生活の安定というもの
幸福の基本というものは与えられている
平和、平安というものは与えられていく、そういう社会でもあるのです。

しかし、そのうちそういうものが
全部瓦傑のように打ち崩されていくときが来ます。
そうなったときに、ほんとうに自分が女性性として
愛を表現できる存在であるのか、
男性として女性を愛するとはどういうことであるのか。
それをわたしたち人類は、もう一度問われるときが来るのです。
男女の本来のあり方も問われる時代が来るのです。

そのときに戸惑わないように、地球に住む女性たちも、男性たちも
どのような関わり合いがいいのか
それを学ぶべきときが、今来ているということなのです。

そのような打算とか思惑があったらば
愛のエネルギーというのは交流しないのです。
肉体の欲望、そういうものに惑わされていても
本来は愛のエネルギーというのは交流しないのです。

男性性と女性性、もし結びつくのであるのならば
お互いがほんとうのピュアな、むき出しの神の子として
その役割の中における男女というもので、真摯に向き合って
お互いが愛し合い、恋に落ち
そして二人でともに生きていこうと、生かし合っていこうと。

同じ価値観の中でともに生きていこうと、認め合い、和合していく。
そのような思い、まず心の思いが、交流し結びついたとき
その結果が肉体としての合一になり
そしてそこに男女のエネルギーというのが回り出す
そのような順序があるのです。

そのときに、もし打算のようなもので
男性と女性が向き合って、結びついていくような
今までの地球時代の結婚制度、婚姻制度の中で築かれた価値観の中でしか
異性というものが認められず
そのようにしか接していくことができなかったのならば
宇宙時代の結びつき、男女の結びつきというのは
もうできなくなっていくということ。
そのことをどうか心得ていていただきたいのです。

(2007.7.12 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-03-30 09:27 | 玉依媛命 | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(14)

マザー・テレサが、インドのカルカッタで始めたときにおいても
あの方がやったときには、ヒンドゥーやいろいろな、さまざまなインドの根強い
ひじょうに信仰心の強い国であります、日本とは違いますから
ひじょうに強いインドの宗教がいくつもある中に
カトリックのシスターがひとりで殴り込んでいったわけです。

その中で彼女の教えが彼女の神が正しいと、インドの人びとが頭を下げたのは
彼女の地道な毎日毎日の愛に溢れる行為の積み重ねであったはずなのです。
その姿が多くの人びとを宗教を超えて
人種を超えて人びとの胸を打っていくのです。

そのときに、「キリスト教などー」と言っていたインドの地において
次々と若い女性たちが彼女の姿に感動し、シスターとして入門してきて
ブラザーたちと呼ばれている男性たちが一生懸命
その彼女たちを手伝うために来たではありませんか。

インドの地でキリスト教を広めるということは
日本の国でキリスト教を広める以上のたいへんさがあるのです。
でも、そんなものを超えてでも彼女はそういう偉業をやっていくことができた。

それはすべて神の子たちが、脇にいる病人たちであっても
街に溢れてる孤児たちであっても、そのすべてが神の子であるという
自分の愛する仲間であると、キリストであると、そういうふうに思い
マザー・テレサは一生懸命自分の同胞であると思って
インドの傷ついた人たちの世話をし続けたのです。

その姿を、あなた方はこれから見習っていくチャンスが
幾多出てくることでしょう。
愛というものは、口だけで愛と言っていても愛というものはわからないのです。
愛というのは、思いにおいて、行動の中において実現されたときに
愛というのは光を放つのです。

親孝行していると口先で言ってたって、なんにもならないでしょう。
また逆に口に出さなくても、「お母さん、お父さん、ありがとう」と
内心思っていたのなら、その思いは逆に通じるのです。
「お父さん、お母さん、ありがとう」と、思っている思いを
もしそのときに、肩のひとつももんでいくとか
一度は温泉に一緒に連れて行って
ねぎらいの声を掛けるといったら、それは、どれだけお金をもらったこと以上に
親御さんたちが喜ばれることでしょう。
思いと行動、思いと行為の集積によって
愛の光というのは断続的に放たれていくものなのです。

まず、神の子たち、同胞を愛そう。神に対する感謝の表れとして
自分たち人類、地球人類を皆愛し合おうという
まず思いがなければいけません。

思いを胸の中に秘め
そしてそれを今度は具体的な、彼らに対して何かできるかという
実践行為というもの、行動というもので表していくのです。

ありとあらゆる社会に属するあなた方の、どんな立場でも良いのです。
それを通して、具体的な行動を通して実践していったときに
あなた方の中に愛の光というもの、愛というものが地上に放たれていくのです。
どちらが欠けてもいけないということです。
口先だけで愛を語るのがいちばんいけないのです。
そんなものは、知で愛をごまかしているだけのことが多いということ。

わたくしなどは、どうでしょうか。
よく引き合いに出されますけど、地獄の底まで降りて行って
一生懸命、せっせ、せっせと、地獄霊の説得と浄化にあたっております。

ある意味でいちばんドロドロとした世界
あなた方だったら、とてもいたくもない世界だと思いますよ。
物凄い世界です。

そのところにいて、その中で厳しい言葉を言いながらも、地獄界を浄化し
そこにいる者たちで少しでも菩提心のある者たち
そういう者たちを引き上げていく。
そして彼らが、反省ができるように、マイナスのエネルギーをカットしながら
少しでも神の光が入って反省できるような状況に指導していく。
そのようなこともしているのです。

そのようなことを思ったのなら、わたくしなどは、まず愛の思い
それと愛ある行動、勇気ある行動
それがやはり両輪として働いていかなければ
この救世運動というのはできないのであると、いや救世運動だけではなく
人生の中において愛に溢れた神の子としての偉大なる行為というもの
人生というものはないのであると思うのです。

あなた方の中において、これからレムリアの活動をしていくと
多くの者たちに狙われてくることもあるでしょう。
でも、あなた方は、常にこの光の本源のところにいるのだということ。
この思いを、我々の熱い思いを、頭で感じるのではなくて
できたらあなた方のそのハートの中に
しっかりと留め置いて帰っていただきたいのです。

愛というものがどういうものであるか、神の思いがどういうものであるか
各霊人の個性というものはそれぞれ違います。
違うけれども、その思いにおいて、根本において
愛の思いはひとつであります。

その熱意と愛の思いというものを
あなた方の胸の中に携えていっていただきたいのです。
そして、その情熱を忘れないでいただきたいのです。

その情熱を自らの具体的な生活の日常の場で
さあ、いざとなったときに、やるときに
どのようにしたらいいかと、わからなくなったときに
今日のわたしたちの言葉や、CDで聴いている霊言の波動を
思い出していただきたいのです。
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まず、波動に同通することです。
我々のこの天界からくる、この天界のバイブレーションを思い出し
これに同通することです。
そうすると自然にあなた方の神の子としての、自らの内側にある神性が開き
智慧が、あなた方が蓄えた智慧が、無尽蔵に出てくるのです。

その、あなた方の心の鍵を開ける、箱を開ける
パーニャパラミタとよく言いますけど、開けるキー
それが我々の言葉の波動であるということです。
あさましいことを考えていて、パーニャパラミタは開かないのです。

この現世で、自分だけよかれと思っている思いを持って
あなた方の過去世の叡智というもの
神の子の叡智というものは開かないのですよ。

そのときに、あなた方に埋め込まれた最大の宝
自らの神性というものの宝の箱を開
その箱にはまる鍵、鍵穴に当てはまる鍵というのが何かというと
我々の言葉の波動であるということです。

それを入れてごらんなさい。
それにあなた方が、もしほんとうに感応し同通できたのならば
あなた方はその自らの内側にある誇り高い神の子としての智恵を
叡智を引き出すことができるでしょう。
それをもって、具体的にこの三次元で仕事をするのです。
対処していくのです。
そうしていけば、あなた方は数々の学びも多いし、智恵も湧いてくるのです。

そして、それと同じ波動であれば
わたくしたちの世界も同通しておりますので
どんどんインスピレーションが与えられるのです。

そうやって、神の使徒と呼ばれている光の使徒と呼ばれている者たちは
霊示を受け、霊言を受け、預言を受け、そして仕事をしてきたのです。
キリスト教の使徒と呼ばれている者たちも
皆そういう仕事をしてきているのです。

預言者だけではありませんよ。
この地上を改革していく上で、具体的なこと、行き詰まったときに
我々の世界と同通する波動を持つことです。

あさましいことだけを考えて、人の裏をかくような
神は何もわたしの嘘など知りもしないのだと
嘘ついてもわかりっこないという
そのようなあさましい思いを持っていると
そのような次元に同通した者がその鍵穴に入ってくるのです。
そして、その世界の者たちの指導を受けることになるのです。
よいですか。

だから、CDが出るということをひじょうに喜びました。
最初のときに破門された者が、CDが出るのをひどく嫌いました。
CDが出るのはいけないことであると
この者を守るからと言って、CDが出るのをひどく嫌がった。
それは、まさに地下の者たちの姿であるのです。
音声により出てしまうと
その波動により、自分たちが近寄れなくなるということを知っているのです。

心が疲れたとき、もし行き詰まったとき
CDの波動の中に、音楽を聴くように聴いてごらんなさい。
そうすると、おのずと我々の世界のバイブレーションと同通しておりますから
この世界のバイブレーションを、頭で法は聴くのではなく
ハートで聴いていったとき
その波動の中であなた方は癒され、そして今一度
乱れてしまった自らの心の波動というものを調律することができるのです。

そうしたら、もう一度愛というものに、神の目からの立場というものに立って
もう一度、今、目の前に起きている問題について考え
新たな智恵も湧くということなのです。

そうやって、お一人おひとりが自らの神性を神と直結させていくことにより
この地上を変えていく、その作業がこれからあるということです。
これがなくては、別にこの者だけが霊言を巫女としてとって
それを聴いている、同席する者たちだけであるのならば
あなた方の仕事はそうたいした仕事ではないかもしれない。

これを今、書物として社会に出していくというものをもって
素晴らしい偉業だと思います。
でも、それを今度は学んだことを自らの人生、自らの職業
自らの社会的な役割、家庭の中における役割を通して
精一杯できることを発信していく。

(2005.11.26 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-03-28 14:48 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

玉依媛命(たまよりひめ)からのメッセージ

皆さま、こんにちは。
セレニティ様により、女性性の本来のあり方というものを
宇宙界の女神様の立場によって
皆さま方にお示しいただいたことと思います。
そして、地上の女性たちよ幸せであれ、というために
この金星の法というのは存在するのです。

そして、この女性たちが幸せになるという結びつきにおいて
男女の結びつき、そして女性としての幸せ、それを愛のもとに学んでいく。
そういう体系をつくるというのがまた、金星の法のあり方でもあるのです。

ですから、地球に生きる者たちの立場を踏まえての女性の幸福論というものを
皆さま方の手によって確立していただきたい。
それが皆さま方に、お願いしたい内容でもあると思うのです。

恋愛の大切さ、恋愛というものに落ちたときに
皆さま、むき出しの気持ちになり、ときめきを感じ、さまざまな鎧を捨てて
自分の中にある本性に立ち返り
そして無条件で相手の方に尽くしていきたいと
無償の愛を尽くしていくことで
自分が本来の幸せを感じ取っていくことを学ぶ。
そこからスタートであるということを
この間から、まとめていただいたように思います。
そして、その第一段階を学ばれたわけですけれども。

皆さま方、「恋愛」という文字がありますでしょう。
「恋愛」の「恋」は「恋」という字です。
そのあとには、「愛」という文字が来るのです。
まず恋により始まり、愛に昇華をしていく。
そのための入り口として、恋というときめきがあるのだということを
どうしても皆さま方にお伝えしたいのです。

恋というのは、落ちたとき、ときめくのであって
いくら頼まれても、努力をしても、ときめきが来るものではありません。
意志や意識を超越したところで、相手と出会い、感性によって胸が高鳴り
その出会いの中で、愛の入り口、第一歩を踏み出す
それが恋のときめきかもしれません。

でもそれは、時期が来れば、その情熱というものは冷めていくものなのです。
そしてそのあとに来るものとして、これから愛というものを
ほんとうの愛というものを学んでいく。
そのために神様はおつな喜び、おつな配慮をしてくださったということが
恋愛という、恋の魔法のような喜びであり
そのためにそのような甘美なものを神様が与えてくださったということを
今日お伝えしたいのです。

前回のままでおりますと、まるでそのような恋のときめき
それがすべてであるというふうに思われがちでありますけれども
それは、そのあとに来る
愛というものを学ぶためのプロローグであるということを
学んでいただきたいのです。
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ですから、恋は一瞬で激しく燃え上がっていくかもしれません。
でもその中において、燃え尽きて(愛が)現実に伴わなかったとき
お互いに愛という、育み合うという思いを忘れたときには
恋が恋だけで終わってしまう。
だけど、踏み出して勇気を持って
愛を学ぶために人生をがんばっていただきたいと思います。

でもそのあとに来ること、それはお互いに、今度は愛し続けていくという
ちょうど恋愛で始まり、結婚愛に至るように
互いにいいところも、悪いところも受け止め合い、認め合って
その中で、お互いの素晴らしい神性を育み合っていく。
絶え間なく続いていく、終わりなき愛の始まりというものが
今度は愛の中にはあるのです。

愛というのは、静かなものかもしれません。
情熱的なものではないかもしれません。
でも、その中で、お互い育て合っていくという思い
その愛の循環、男女の結びつき、生かし合い、そのことを学ぶ。
それがある意味でいうと、男女にとって
いちばん必要なメインイベントのところであるのです。

男女の結びつきにおきましても、性行為というものもあります。
なぜ性行為が、あのように甘美なものなのか。
皆さま方、お考えになったことがあるでしょうか。
子どもをつくることが苦痛なことであるだけであるのならば
神の子たちは、子どもを産まなくなることでしょう。

それと同じで、愛というものがただひたすらに
自分を抑え、忍耐の中で育むことだけであると思ったのならば
人々は絶望してしまうかもしれない。
そのために、神は人々に恋という魔法を、そして性行為という悦びを与えて
その中で愛というものを育んでいきなさいと
その使命を明らかにしていきなさいと
それを肉体の中においても、神様は埋め込んでおかれた。
そういうのが、愛というものの実体にあるということです。

それはとても三次元的なものに根ざしたものかもしれない。
でもそのすべてが、わたくしたちを育んでくれる、学ぱさせていただく
愛の営みがすべてであるということ。
それをトータルに受け止めていただきたいと思うのです。

(2007.7.12 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-03-26 12:56 | 玉依媛命 | Trackback | Comments(0)

エッセネ派の女性からのメッセージ

わたしたちの時代では、かつてモーゼ様の時代より
数々の預言者の方がたが、救世主がお生まれになることを予言なさり
そして我々エッセネ派の一派が救世主降臨を待ち望んでいた
そういう時代でございました。

この現代日本において仏陀が下生なされるということは我々にとって
イエス・キリストがお生まれになること以来の
天上界、地上一丸となっての期待であり、我々の夢でございました。

しかし、とても現実は厳しく、その夢なかばにしてこのような事態になり
再度、新たなる計画のもとに数々の光の天使たちが降りて参り
その方がたのご養育係としての皆さま方のご使命があるのだと思います。

わたしたちの時代は、学校という学校もあまりなく
救世主をお預かりするということがたいへんな光栄でもあり
我々の生きがいともなって、主をお授かりしたものでございます。

皆さま方は孔子様と言われてもあまりなじみがなく
どのようにご養育してよいやら
そして、その準備をどのようになさってよいやら
途方に暮れておられるのだと思います。

それも無理からぬ事だと思います。
わたしたちには心においても、方法手段においても
準備をするには十分なほどの年月と
数々の預言者の方がたの智慧がございました。
それを短時間に急激にシステムとして
あなた方は残さねばならぬというご使命にためらい、とまどい
途方に暮れていらっしゃる皆さま方のお姿をお見受けして
心よりお気の毒であり、何か我々もできる事はないかと
先日より皆さま方が集まっていらっしゃる姿を見せていただきながら
話し合っていたものでございます。

かつてイエス・キリストは幼き頃より
その霊性の偉大さをあふれんばかりにたたえた少年でいらっしゃいました。
誰が見ても神の子であると、神のお遣わしになった子であると
我々は思ったものでございます。

マリア様より託され
わたしたちは幼きイエス・キリストに数々の旧約の出来事、聖書の講義
そして、皆さま方もご存じのようにエジプトに、インドに
ペルシャのほうにも参りました。
霊的な力もすぐれておられ、すでに聖霊と会話ができる方でしたゆえ
我々の指導もとてもスムースに進んだのでございます。

今回降りていかれた孔子様のお母様OO様のことですね。
あなた方が心を砕かれ
先日より、ミカエル大天使もご尽力なさっていられたあのお母さまのことを
わたしたちも、どうしたものかと皆で話し合っておりました。

わたしたちは、マリア様も
あまり機会がなかったとはいえヨセフという者も
我々エッセネ派の一員であったのです。
ですから、イエス・キリストを教育するということに関して
彼らはわたしどもに委託してくださったのです。

ただ、今あの方も覚悟がつかないのだと思いますが、あれだけのお子です。
そのうちに、幼きイエス・キリストのように誰が見ても光の子
神のお遣わしくださった神の子だという片鱗が見えてきたとき
お母様であるOO様はたぶん少しずつお悟りになられるのだと思います。
その時まで、どうぞ無理はあまりなさらず
システムをお整えいただけるようお願い申し上げます。

今回、第一の計画、第二の計画、そしてあなた方の第三の計画
数々の喜びも悲しみも挫折もありました。
しかし、天上界の者たちは
そして神はけっしてあきらめてはおられないのです。
希望があるのです。
けっして神とは希望を捨てない方がたのことをいうのです。

あなた方が頑張っておられる限り
そして、それを信じて幼き子どもたちが、光の天使たちが次々と今
地上に降りていっております。
彼らをどうかよろしくお願い致したいのでございます。

わたしたちにできたことです。
皆さま方にできないことはありません。
そして、わたしたちから見ましたら直接に
我々よりもっと上の指導霊の方がた直々で
ご指導いただいておられるではないですか。

わたしたちもこのように直接、天の声を聞ける者はおりませんでした。
我々は、我々の時代なりに霊視や霊聴のできる者はおりましたが
このような高次元の方がたから
お言葉を頂けるような者たちはその中にはいなかったのです。

それだけ皆さまの霊格も高いということ。
そのように、引かれなくてよいのですよ。
事実を事実として認め
聖霊を降ろす方は聖霊と相通ずる霊格をお持ちの方だという事実を
しっかりお認めください。

先日から、いろいろな者たちが出て、あなた方に言っていると思います。
けっして恐れることでもなく、けっして増上慢なものでもなく
イエス・キリストが「我は神の子である」
「我こそ、神が遣わした救世主である」と
高らかに宣言なさったように
皆さま方も「我々は神がお遣わしになった神の使者である」と
「光の天使たちである」ということを
もっと自信を持って高らかに宣言なさればよろしいのです。

それが、けっして放漫なことでもなく
けっして他の者を誹誘中傷したり、軽蔑することにはならないのです。
己れ自身を悟るということ、そこがなければ力は湧いてこないのです。
これを再三、いろいろな方がおっしゃっていると思います。

それだけ言われるということはわかりますか?
あなた方にまだ力が出ていないということなのです。
ためらいがあるということなのです。
もっとこの者も確信を持てば直接に
人びとの霊示が受け取れるようになるのです。

まだまだ依存しているのです。
逃げているのです。
逃げないでください。
もう、逃げることもなりません。
逃げてもどこにも行けないのです。

あなた方は、あなた方の今回降った使命を謹んで、力の限りに受け止めて
できるだけのことをしなくてはなりません。
わたしたちから見たら、まだまだ人数が足りないのです。
もっと力のある方がたが出ているのに
あなた方を助ける協力者がたくさんいるはずなのに
あなた方が全部この人数でやろうとするからご負担が多いのです。

この者は本来神降ろしをする者です。
神降ろしをし、我々の霊言を伝える役をする者です。
それがあらゆる雑事をやっております。
自覚を持たねば、正しい神の器として機能いたしません。
自分のなじみの者しか入らないようでは、神の器としてはまだまだなのです。
現に受け入れられるはずなのです。
機能として、まだまだ開花しておりません。

わたしが誰であるかほんとうに悟ったなら、
その時は自然にわかるはずなのです。
そして、みんな一人ひとりが十二分に力を出し
それぞれの担当を一生懸命やっていただきたいのです。

誰かの指示がなければできないようでは困ります。
今、自分たちが何をやらねばならぬのか、そして今、何ならできるのか。
もう少しご自分たちの力で、頭で考えてください。
やっているうちに仲間は集まり
やっているうちに力は身につき
やっているうちに次の大きな使命が降ってくるようになります。

今の状態では大きな使命はこれ以上降ろせないのです。
動き出していけば次なる歯車が回転し出すのです。
皆さま方一人ひとりが素晴らしい魂であるから
現に神より派遣された光の天使たちであるということを
もっと自覚なさってください。

お一人おひとりが自分の力を最大限に出されたとき
もっと多くの仲間が集まることでしょう。
あなた方の魂からあふれ出んばかりの神の光が現れたとき
その光めがけて仲間たちが集まってくるのです。

人は光のもとに集まるのです。
何も言わなくても光輝くところに人びとは集い、感じて集中し
群集となりて集って来るのです。

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(2002.9.30レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-03-25 07:54 | エッセネ派の女性 | Trackback | Comments(0)

墨子からのメッセージ

あなた方に、申し上げておきたいことがあります。
今回、アモールから愛の根本理念について
そして、マヌ神より前回、男女の法についての、愛の表れの根本原理について
あなた方は学ばれたわけです。

あの方がたは九次元と呼ばれる方がたでありますので
神の摂理について、根本理念について話すのが、その役割であるのです。
逆に申しますと、根本理念を聞ける時代が、今、やっと到来したということ
そういう時代にあなた方は生きておられるのだということを
かみしめていただきたいということです。

わたくしは、アモールと呼ばれる
あなた方でいちばんよく知っておられるのなら
ナザレのイエスという者と同じ生命体なのです。
そこは、愛の霊団と申しまして、愛を通して人びとに法を語る
そういうグループであります。
その中から今、レムリアにもそのメンバーが行っているようなので
わたくしはその者を指導霊として見守りながら、今まできていたのです。

あなた方の中で、愛というと
ナザレのイエスの愛がすべてと思われるかもしれない。
でも、わたくしはナザレのイエスの生命体でありながら
九次元のナザレのイエスがなし得ない、愛の具体論について
民衆とともに生き、民衆の中で
愛というものがいかに実践されるべきであるかということを伝えたいがために
このような役割を持ち、出ていった魂であるのです。

あなた方の中に、どうしても、学んだ魂の本体分身論というものがあって
五人一組とかそういうものがあるかもしれないけれども
エネルギー体としては、もとはひとつであるということ。
上に行けば行くほど
エネルギー体はいくらにでも分解していくのであるということ。

逆に言うと、アモール、イエス・キリストという者
アガシャーと呼ばれている者
それは、わたくしにしても同じ生命体であって、エネルギー体であって
その中において愛を表現する上で、自分の立場を離れて
別の立場で愛を説きたいと思うときに
自分の中からエネルギーを分化させて
ひとつの個性体を生み出す。
それが、わたくしのような者であるということなのです。

春秋戦国時代という戦乱の時代に、わたくしはあの時代に
ひじょうに多くの人びとに、戦乱の中で傷つきながらも
愛というものが人びとの心をどう潤していけるのかという
彼らとともに汗をかき、涙を流し、ともに戦いながら
愛というものが具体的にどのように地上に表されるべきかということを
ひとつの思想と実践というものを通して
あの中国時代に表した、そういう魂であったのです。

あの時代は、多くの人びとが、多くの思想が花を開き
ひとつの文化圏をつくっておりました。
思想の高みをつくっていたのです。
ある意味で言うと、以前も申しましたけれども
今日的な大ルネッサンス、精神的な革命を起こす
思想的な極みが多々出た、そういう思想の
中国文明における思想の頂点に立つような、そのような時代であったのです。

孔子、孟子、荘子、老子、わたくし、いろいろな者たちが出て
諸氏百家というあの時代における文化の頂点を、思想の頂点をつくり
それが今日まで流れてきているのです。

その中において、社会の具体的な改革論として
孔子はこの地上天国をつくる政治機構を含めた上での改革というものを
常に考えられる方でありました。
その中でわたくしは、そのようなものを補うためにも
人びとの心に安らぎといたわりという、寛容さという
愛というものを伝える
そのような霊系団から、人びとを戦乱の時代に潤すために
弱き者の味方となってともに生きるために
わたくしはあの時代に命を持ったのです。

それがわたくしの生涯でした。
そして今、時代は移り、今の日本を迎えているのです。

あなた方は、どういうふうにとらえておられるか知らないけれども
今の時代は、わたくしたちのあの中国の時代、思想的な極み、大転換期
中世で言うイタリア・ルネッサンス、ギリシャの時代、かつての時代
繁栄していた時代にも匹敵するような思想の極みが
天上界の思想とともに流れ込んで、ひとつの人類の思想の
大文化圏の切り換え時期になっているということ。
その時代をあなた方は生きておられるのだという認識を
持たれなくてはいけないのです。

前回もそのことを申し上げたはずなのですが
ほんとうの意味で肺に落ちておられる方は少なかった。
あなた方は、愛というものを、イエス・キリストが説いた愛というものから
イエス・キリスト、ナザレのイエス・キリストが説いた愛を発展させたのが
前回、聞いたアモールという
わたくしたちの本体エネルギーからきた愛の摂理
宇宙の摂理を明かした愛の理念であったのです。

わたくしたちの時代、今から二千数百年前の中国の時代
そして、ナザレのイエスが出た二千年前の時代からみたのなら
はるかに進んだ認識の中で今、初めてアモールが法を説く
愛の理念を説ける段階にきたということ。
そのことをもって
それが聞ける人類になったということに感謝を持たねばなりません。

そして、それが理解できるあなた方であるからこそ、次に愛の中における
先日、聞いていたマヌと呼ばれている方の
愛の理論という、男女の法というものが明かされたのです。

あれは、以前の時代に明かすならば
いたずらな退廃的な文化を生み、誤解され
宗教の分裂を起こすだけにすぎなかったものが
今や、やっとそれを受け入れられる高度な認識力の中で
あなた方に明かされる。

そして、新しいようでありながら、いにしえの時より宇宙を貫いている
根本原理であったということ。
陰陽における根本的な理念。
それが今、人類に呈示された。
そういう時代であるということなのです。

それをあなた方が受け入れようと受け入れまいと
それは事実として、永遠不変の久遠の神理として
この宇宙を貫いているものであるのです。
それを明かされたのです。

九次元と呼ばれている、あのおふた方から出された根本法というもの
それは人類に対する恵みであり
そして、それを人類は時をかけながら理解していくのでありましょう。

わたくしの役目と申しますのは、あのような根本理念としての
アモールやマヌ神が説かれたものを、具体的な日常の中において
愛というものは何であるかということを、それを説明することにあります。

ナザレのイエスが語ったときにおいても
彼は根本的な愛の理念については説きましたけれども
やはり具体的な日常に密着した
生活に密着した愛というものを説くというのには
あまりにも時は短く
そして、彼の役割ではなかったということをもって説かれていないのです。
それをわたくしは、今回、明かすために、今日、参りました。
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愛というのは宗教の中において普遍的な神理であり
もっとも、神の存在そのものが愛のエネルギーであるということを
あなた方は学んでおられるはずなのです。
でも、愛というものは何でしょうか。

神の摂理そのものであり、神の子の、わたしたちの胸の中に流れ込んでくる
脈々としたその思いであり、エネルギーでもあります。
それを、いざ日常の中に降ろしたときに
あなた方はどのように愛というものをとらえられるか。

それは高橋信次といわれる方が、いや、ほかの方がたが
いろいろ語られておられることでしょうが
わたくしが、今回、あなた方に申し上げたいのは
愛というものは基本的には分かち合いであるということ。
分かち合いという開かれた心を持たねば、愛というものは流れ出ないし
他者からの愛も流れ込まないものであるということ。
その基本的なことを押さえてほしいと思うのです。

愛というのは、どれだけ高まいな理論のもとで固めたとしても
愛というのはささやかな当たり前の人生の中の、愛する人たちとの出会いの
ほんとうにささやかなことの積み重ねの中にある
ささやかな、ささやかな分かち合いの連続であるということなのです。
喜びも、悲しみも、苦しみも、それをお互いに分かち合っていく中で
愛というものを学ぶのです。

そこを学ぶときに、多くの出家者、宗教家という者たちは
今までの流れの中で、マヌ様がおっしゃられておりましたけれども
どうしても独身というものを通してくる中で、自分が神に近き者であり
神の代弁者として真実を説かねばならぬという懸命な思いの中で
家庭生活というもの、男女の出会いというものを拒否してきたがゆえに
ひじょうに頭でっかちな愛の理論というのが
宗教界の大半を占めてしまったということなのです。

でも、愛の基本は何であるか。
けっして難しい知識を頭に詰め込むことでもないし
けっしてそんなに高い悟りを求めるがために
自己中心的に生きることを悟りとは言わないのです。

弱き者、苦しむ者、脇にいる者
そして、最も愛する者、自分が守りたいと思う者
その、いとおしさを込めて、その者たちと人生をともに生きること。
その、悲しみも、喜びも、苦しみも込めて互いに分かち合って
愛を交換し合って生きていくこと。
そのことが、愛ある人生そのものなのです。

ささやかなことの積み重ね。
身近にいる者たちに対するいたわり。
寛容さ。
それの積み重ねが、ほんとうの愛ある人生なのです。

根本理念としての愛であると、それは宇宙のエネルギー体であると
神の子としてそうなのであると
我々は神の子であり愛の子であるということを
頭で知っていても、日常の中にあるものをほんとうの意味で愛せない
日常の中における分かち合いのないところに
ほんとうの意味での愛というものは、信仰というものは
究極にいうなら神というものは理解できないということなのです。

以前にわたくしは、結婚して子どもを生み
そして、守るべきものを持たなければ究極的に神はわからぬ
信仰はわからぬということを、まあ、極論ではありますが
申し上げたことがあったはずなのです。

それは何かと言うと、愛というものの中に
理屈を超えたドロドロとしたものがあるかもしれないけど
不条理なものがあるかもしれないけれども
それでも、いとおしさを込めて
愛という魔法の中で、その相手の存在すべてを
良きこと悪きことすべてを含めて受け入れ合い
そして、自分の欠点も長所もすべて相手に向けてさらけ出すことの中で
赦しを請いながら相手の前に立つ自分の姿というのがあります。

そのエネルギーの交換、そうやって真正面から向き合い
生きてお互いを受け止め合い、赦され合い、赦し合い生きる姿
そのことを愛というのです。
愛ある人生というのです。
それが肉体を持った者の姿であるのです。

存在の愛とか、永遠の愛とか、宇宙の根本の愛であると
そのようなことを頭で知って
そのようなものだけを自分の中で愛の姿であると思い
高みの中で、自分がけっして汗水流すことなく
愛というものを語ったとしても
それは少しも愛を実践したことにはならないのです。

わたくしは、アモールという本体エネルギーの中で
役割上、どうしても根本理念として
愛というものを語らねばならぬ立場にいる者でありました。
その中で、愛というものの特殊性から考えたときに
難しい高まいな理念や、哲学や、学問になってしまっては
愛の本義というものは少しも語ることはできない
人びとに愛の、愛するハートというものを、心から湧き上がるような愛の思い
それを伝えることができないと
中国の時代にあえてその時代をもって思想家として、ひとつの戦士として
人民とともに歩む者としての姿をもって生きたということなのです。

(2005.9.3 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-03-24 13:46 | 墨子 | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(3)

本来ならばこれで、わたくしが語っていったように
ノストラダムスという方がおっしゃられたように
その反作用というものが起きてもおかしくなかった。

でも、それが大いなる、わたくしを超えるメシア界の
救世主の方がたの計らいにより
そして、それを超える地球神霊の方がたとの協議により
新たなる計画を再度、再々度、起こすということにおいて
今一度、神の地上を打つ手というものを止められ
あなた方の計画になったということなのです。

どうか頑張っていただきたい。
あなた方がやられていることを、まだどれほどあなた方が認識されているか
少し心もとないこともございますけれども
今なぜわたくしがインマヌエルの母親として語ったことを
あなた方に告げに来たか、おわかりになられますか?

今、あなた方の心はどういう気持ちで
この仕事に向かっておられるかということを
わたくしはあなた方に問うているのです。
信仰心というものは謙虚なる愛の思いというもの
そこなくして神のみ言葉は降りません。

あなた方は知に長けた方がたではあるけれども
わたくしのように田舎に住んでいた、教育もない、無学な者であっても
人びとを愛のもとに指導できるのが神の使徒であるということを
わたくしはあなた方に伝えに来たのです。

一人ひとりのお心の中に考えていただきたい。
争いを持ってはなりません。
何を言っているか、あなた方わかるでしょう。
この最後のパイプラインを切るようなことをしてはなりません。

あなた方は大いなる勘違いをしています。
なぜ今このように、何も求めぬ一主婦であるこの方に
今この役割が起きるかを、男性方はもっともっとお考えなさい。

母である母性に包まれながら
あなた方が本来の神の仕事をしていくということが
どういうことであるかということをー。
何を神がお喜びになられるかということを
もう一度、原点に帰って、あなた方はお考えなさい。

神の世界というのは互いにいたわり合い、相和し、互いにほめ讃え合う
それが天国なのです。
天上界なのですよ。

互いの欠点を突っつき合って、裁き合って、それがけっして優秀なことでも
それがけっして神がお喜びになる方法手段にはならないということなのです。
それを、いちばん無知であるわたくしの仕事をもって
あなた方に問いに、今日参ったのでございますよ。

なぜ今回、この方が立たれたのであるかということ。
もっともっとお一人ずつお考えください。
自分に言い訳をしてはなりません。
自分の罪に関して、自分の罪を正当化することをしてはなりません。

すべての面においても知性で補えること
それ以外にも、この世的なルールにおきましても、間違いは間違いなのです。
間違いを正当化することをしてはなりません。
罪はあらかじめこの世の始めより
神により罪と定められたものは罪なのですよ。
罪を正当化してはいけません。

そして、この最後のこの時に
あなた方がこの大いなる使命を与えられたことを原点に立ち返り
自らの心をしっかりと反省することをもって
初心をもって出直していただきたいのです。
本来、あなた方が最初に持っていたような磁場では
とてもではありませんが天上界の波動を受けることはできないのです。

わたくしはたいへん残念に思います。
せっかくこのような最後の、最後の崖っぷちのような計画を必死に行って
努力しているミカエルやモーリヤ様たちのことを思いますと
わたくしは、あなた方がどれほどの覚悟をもって
今これをやってくださっているのか
もう一度、反省を促したくて参りました。

神の目におきましては、あなた方が思っていること、あなた方がしていること
すべてガラス張りであるということ。
全部わたくしたちはわかっているのです。
罪は罪なのですよ。
男女の道においても、間違ったことは間違ったことなのですよ。
それをけっして正当化してはなりません。
そうすれば、その方はもう神の使徒としては使えなくなっていくということ。
そして、知性において他人を裁いてはなりません。

神の使徒は互いに赦し合い、愛し合い、受け止め合い
大いなる神の計画を地上に具現するために派遣されたる者
それが光の天使というのではないのですか。

あなた方の中にある裁きの波動は何ですか。
かつて、そのようなものをわたくしたちは天上界で見たことがあります。
そして、間違っていかれたのではないのですか。
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わかってほしいのです。
あなた方の代わりはもういないのだということ。
わたくしはあなた方の母として言いましょう。
あなた方の母として、あなた方にあえて叱責をしましょう。

あなた方がこれだけ、今地上の、このような素晴らしい役割を
天の大いなる父によって与えられた人生であるということ。
それをどれだけ感謝しても感謝しきれない場所に
あなた方一人ひとりはいるのだということ。

それを、あなた方のこのような心の思いで、その資格をなくし
この計画をつぶしてよいのだというのなら、自分で去りなさい。
人に言われなくても自分で去りなさい。
みんな残念がっているのですよ。
でも、母はあえてあなた方に来て、言葉をかけましょう。

わたくしはいつも涙を流しながら
ファティマでも、わたくしの愛する子どもたちに向かって
語りかけてきたのです。
あなた方を愛しているから、あなた方を愛しているから
この使命を全うなさい。

あなた方しかできないよ。
母はけっして賢いことは言ってあげられないけれども
神の子として純粋なるおのれ自身に、あなた方の中に
魂の中に埋め込まれた神の子としての良心と呼ばれている
そこに問えば、あなた方は一人ひとりが反省できるのではないですか。
そこをもってしか、そこをもってしかあなた方は
神の入り口の扉をノックする権利は与えられていないのですよ。

難しい方法論に走りすぎて、その赦し合う心、愛し合う思い
そのような波動に、そのあなた方のその思いに、天上界は応えて
このようなメッセージを送ってくるのだということ。

男性のあなた方には理解しにくいかもしれないけれども
わたくしたち女性霊がこの地上に愛の波動というものを
このやわらかさというものを、常に発信しながら
人びとの傷を癒し、思いを癒し、包んできたということ。

その母の余計な、お節介なことかもしれないけれども
あなた方がほんとうの意味で互いに赦し合いながら、生かし合いながら
このメンバーの中でやっていくことができなければ
地球全体の人びとを赦して
受け容れていくなんていうことはできないのではないのですか。

(2005.1.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-03-23 07:11 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(4)

あなた方はひとりとしてこちらの世界に帰って来た時に
このエル・ランティに、勅令として言い渡される者はいないのです。
今このレムリアにつながったがゆえに
あなた方の魂は格段なる進歩を遂げ、格段なる使命を負うことになった。
その意味によりあなた方一人ひとりの魂の
大いなるステップアップのチャンスに恵まれたのであると
心から感謝をし、命がけになって、その魂の純度を保ち
愛のあふれる姿として、これからの時代をつくっていただきたいのです。

はっきり言います。
この計画が失敗に終わったのであるのならば
この地球はまたゼロからやり直さねばならぬということ。
あなた方が望んで、あなた方がこの計画に合流されたのであるのならば
このレムリアという計画がこれから後、あなた方が死んだあとにおいても
若い世代が急遽送り込まれ、改革に継ぐ改革の時代がきたとしても
今あなたが、天上界の扉が聞かれた、この方の霊言
この霊言というのはわたくしたちの言葉を
地上に書物として降ろしておかねば
そのあとの者たちの活動もないということなのです。

もうすでに第一、第二の計画は失敗し、この第三の計画におき、大事な部分
天上界の意思というものを地上に降ろし
そしてその第三の計画が成功したその理念をもって
第四の新たなる者たちの社会変革の、改革の時代がくるということなのです。

たいへんな、たいへんなスポットにいるということ。
たいへんな、たいへんな使命をもった場所に
あなた方が今集っているということを思ったのなら
あなた方はどうか多くの人びとの中傷や戸惑いに、かかずりあいするよりも
このレムリアの計画のために前向きに
具体的に何ができるかを自分の中で検証しながら
この計画を遂行していただけることを、心よりわたくしは願うものなのです。

今の第三の計画の責任者として、この第三の計画の総指揮官として
このわたくしエル・ランティが、この十次元以降の神霊の許可を得て
わたくしがこの任を引き受けたということを
あなた方に今日明かしたいと思います。

あなた方が今迷っているようであるから
一部の者たちの、離脱していった者たちの情に流されることなく
いま根本的に何が大事であるかということをしっかりと考えて
今やるべきことをなされていくことを、わたくしは切に思うのです。
あなた方が今やれる仕事は大きい。
あなた方がやれることの責任は大きいかもしれないけれども
この地球の未来を変えていく大きな、大きなポイントになるということ。

かつて明治維新というものを変えた男がいた。
坂本竜馬という大きな男がいて、この日本という未来を見据えて彼は
大きなビジョンの中で自分の命を燃焼させた。
今彼がやったこと以上に、未来の日本ではなく
未来の地球を左右するような
そのような場所にあなた方がいるということを思い
身近な、近視眼的なことを考えるのではなくて、大いなる未来を見据え
この地球が愛の星として
大いなる宇宙連盟の友たちを受け入れられるような修行場として
ますます発展できるような、そのような磁場に地球がなれるお手伝いができる
今その場所にいるのだという
遠い未来の中であなた方に今使命が降りているという
そのようなビジョンを持ち
かつてその坂本竜馬という方がしたようなことの
先をいくようなあなた方でありなさい。
そのような器というもの、そのような見識というものは
あなた方の魂の中で、いつか大いなる発展として
学びとして残ることでしょう。

今あなた方が楽しそうにワインを飲み、話し合いをしているけれども
いつかまたこのように集い合い
このメンバーで楽しくワインを飲めるようなことがあるとは限らない。
今という瞬間に命を燃やし
今という瞬間の中に全自分の魂の意味を込めなさい。

それはどの価値ある時を今、価値ある場にあなた方がいるということ。
やめていった方がたはそのような場からは弾かれてしまった。
弾かれたのではなく
自らが弾いて自分からそこに行けなくしてしまったのだけれども
そのような時代に生きたかったという思いは
彼らの魂に刻み込まれたことでしょう。

使ってあげたくても使ってあげられないのです。
そのようなことを思い、今ここの席に座り
この丸いテーブルに座っているあなた方を、自分自らを誇りに思うとともに
どうかこの使命というものを正面から受け入れ
あなた方の残りの人生を燃焼させてほしい。
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二十年、三十年、四十年と
長いの短いのということはあるかもしれないけれども
我々の世界から見たら
二十年も三十年も五十年も百年もあっという間の瞬間なのです。
今たまたま生きている時の生に執着しすぎることなかれ。

今どれだけ幸せであったとしても、あなた方の魂というのは永遠に生き続け
今のその永遠の魂の中において
今この地球の大計画の中の一員であるという
その幸せをかみしめ、その責任をかみしめ、今我らがために
あなた方の使命のために、何ができるかということに命をかけなさい。

それがけっしてこの我々の世界に帰って来た時に
後悔のないあなた方の人生であったと思える瞬間がくることでしょう。
一人ひとりが今精一杯、一生懸命仕事をしていただいています。
それに関してこの者に代わり、わたくし自身が深くお礼を申し上げます。

でもあまりに数が少なく、いたわしく
もっと多くの者たちがこの計画に協力してくれれば
負担が少なくてすむであろうにと不欄で不欄でならぬのですが
しかし、純度の高い者しかもう
この現場にはいられなくなっているという状態にあって
不純なるものを抱えた者が数ばかりたくさんあることよりも
純度の高い方がたが少数でもおられることのほうが
この方にとってはどれだけ力になるかということを思い
わたくしは不欄であると思いつつも
今のままでもう少し頑張られることのほうがよいかと思います。

ですから、お一人おひとりのことを思うと負担は大きいかもしれない。
でもそれは、我々がすべて見ています。
すべて見ているから、あなた方は少しも無駄なことをしているとか思わないで
わたくしたちは心からあなた方に感謝をしているから
どうかあなた方の使命をしっかりと、たいへんな仕事量であっても果たして
我々の世界に帰って来ていただきたいのです。

わたくしも心からあなた方に礼を言いましょう。
心から、今この仕事のために、今このランクの中において生き残り
力を貸してくださるあなた方に、心から感謝をします。

我が名はエル・ランティ。
あなた方にこの第三の計画を発動し
わたくしがこの計画の責任を持った者なのです。
これからたびたび参りましょう。

最初の頃、わたくしが出ますと
この方の中に恐怖心と受け止めきれないような
心的な、肉体的な負担というものが大きかったのです。
今この時をもち、この方の肉体を使ってもそれはどの負担がなく
大いなる使命の中で、あなた方にわたくしのメッセージを伝える
ダイレクトに伝えることができるチャンスを与えてくださった神に
心から感謝をし、あなた方にこのような声明を発したのです。

普段の個人的なメッセージ、普段の個人的な悩みについては
高橋信次という個性体
そして日蓮という者がその任に当たっているはずなのです。
ですから、細かいことは彼らにお聞きください。

(2005.2.19 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-03-21 10:46 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ

地球での修行の個性
そして、地球ならではのものというものを見つけ発展させていく
それによって個性と、付加価値というものですか
そういうものを生み出していくということ
それが我々九次元の指導霊団の修行でもあるということなのです。

ですから、最初から地球神霊と約束をしたから
こういう一方的な、これだけの目的のために
地球神霊が地球という修行の場を与えられたということではなくて
やはり、そこに集う者たちで、みんなで
そして地球神霊も含めて、この惑星の使命
この惑星ならではの個性、オリジナリティーというものを
愛の修行の惑星、愛の修行の霊団というところを超えて
そのオリジナリティーというのをつかんでいくっていう
そこが我々の修行でもあるのです。
ですから、ひじょうに変動していくものでもあるし
その時期、その時期によって役割というものも違うんです。

今までは、やはり初歩的なことをどこの惑星においても、戦争とかね、分裂
そういうもの、二元化の中で魂を磨いていく
初歩的な段階というものがどこの惑星でもあるわけですね。
進化してきたところでもある。
それをやはり提供をしていく。

まだまだ魂修行の初歩段階の者たちに
提供していく場というのも必要であるということをふまえて
あなたたちはどう思っているかしれないですけども
他の惑星に比べると地球はひじょうに、まだ若い惑星であるということですね。

まあ、子どもとは言いませんけども、若い青年のような星でもありますので
まず地球自体の、地球神霊自体の修行形態として
「初歩的な段階の修行場」というものを提供していく。
そのような、まず段階があった。

でも地球自体も、地球神霊自体も、もうこれだけ歳をとってきたら
次の段階に、地球意識自体、地球神霊自体が別の段階に
中学校レベルの惑星を提供していけるような
そういう地球という惑星自体が
進化しなくてはいけない時期がきているということ。

だから、地球神霊自体もこれから、小学校ぐらいから中学
それから高校、大学っていうレベルのものを提供していけるような
そういう磁場に地球神霊自体も、地球っていう惑星自体も
波動を上げながら変わってくるということ。

そうすると、そこにまだ修行が終わっていない魂たちである場合は
そこの、もし中学レベル、高校レベルに地球がなっていったのならば
まだ学んでいない者たちを他の惑星に移動させていく。
そして、そこでまた自分の修行をしていく。

そしてまた、この中学、高校レベルの修行をしたい者たちが
他の惑星からも大挙してやって来て
そこで魂の修行ができるような場というものを地球自体が提供していく。
そこでの指導っていうのを我々がまた考えていく。
そのようなことをいつも考えているわけです。

ですから、先程伺っていましたけど、ひじょうにいいことを言われた。
どんどん進歩し変化していく。
宇宙というのは常に進化と成長と、その変化の中にいつもあるわけです。
そのように、「流れる水は腐らない」と言われているけども
淀んでしまってはいけないということです。
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地球自体も、地球神霊自体も変化し、そして進歩し、成長し、学ぶということを
九次元でなく十次元の方であったとしても
そこで学び、ご自分の修行をされているということです。
我々も九次元ぐらいのレベルでは、当然修行しているということです。

ですから、あなた方も我々と一緒に修行していこうと、そのような場として
今この地球というものを神より預けられている
授けられているということが問題であるということ。

まあ、昨日彼女(アマーリエ)に言いましたけども
十三次元ということからの、アガシャー意識、銀河系霊団というのが
神よりのその心臓の部分、愛の部分としての
ひじょうに高い使命を帯びた銀河系
そして、その中にある太陽系である地球というものに
ひじょうに高い使命を与えられている
愛の磁場であるということも、まあ、明かしましたけども。

本来は、あまりそういうことを言わなくても、まず愛というものを学んでいく
そういう場所として、基本的に神の子として生きる
愛というものをしっかり認識しましょうという
この地球はまだそういう段階であるんですけれども。

でも、そこを言ったほうが
自分たちの使命と役割というものをしっかりと認識できるかなと思って
そこの部分も言いました。

我々の世界は、みんなで生かし合って、みんなで感謝し合って
少しでもお互い、いいものがあるなら持ち寄って
少しでもいいものを生み出していこうと
そして、人類を指導できるのに役だてるのならば
みんなの喜びとして分かち合おうという、そういうような世界ですから。
まあ、誰も縄張り意識ということはあまり考えないでやっています。
そして私にしても、他の者にしても、一定の指導時期というもの
期間が終わっていけばまた他の惑星に行って指導していく。

それもですね、僕なんかまだ九次元の中でも若いほうであるという場合は
こういう星に来て、マイトレーヤーとか
エル・ランティとかという大先輩方に指導を受けながら
自分の修行をし、九次元の修行をしているわけです。

そして、ある程度この初歩的なっていうか
まあ小学校レベルの惑星をシフトアップするというとこで
ひとつ修行を終えていくと
次の段階では、また別の、もっと課題の高いところに行って修行していく。

我々においても
いつも一定のところで同じ修行をしているのではないわけです。
そのために、ある意味で人事みたいなのもあって
「他の惑星に行ってちょっとやってこい」と
「一度母星に戻って来て、もう一度研修をしろ」とか
まあそういうのもあるわけで。

だから、ひとつの固定概念として、惑星とか、地球とかっていうものを
使命があると決めつけるのではなくて、いろいろな相互作用の中でね
自分たちの神より与えられた、その自分でしかない
神の子としてのエネルギー、才能、そういうものを、常に常に進化発展して
多くの人びとのために、神の子たちのために、愛を与えるために
どうやったらば自分という個性をきらめかしていくことができるのか
ということの試行錯誤、それがまあ、成長にも、進歩にもなるんだけれども。
その変化の流れの中に、常に我々も身を置いているということです。

それは、どの惑星においても同じで、あなたたちから見たら
ひとつの惑星とか、太陽系っていうと
まるで永遠の時の流れの中で存在しているように
思われるかもしれないけれども、我々のように長い時を見つめていると
実に宇宙というのは、めまぐるしく星も生まれて、成長して
そして老いていって、爆発して、死を迎えて
そしてまた別のところで生まれてという
「誕生」と[成長]と「死」という
そういう輪廻転生を惑星単位でもみんなしているわけで。

それは、時の流れのスパンをどういうふうにとらえるか
長いものと、短いものとして見るかというだけで全然違う。
だから永遠の進化の道を、我々がみんなたどっているのだということ。
その意味で、それを通して、我々もみんな修行している身であるということ。
そこにおいては、ひとつの固定化したものというのはないということですね。

(2006.4.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-03-20 08:38 | マヌ | Trackback | Comments(0)

木花咲耶媛命からのメッセージ(6)

女性らしさ、その母性というものをもって
母性というのは子どもに対してだけ持つものではございません。
母性というものは、女性の中に本来与えられたものなのです。

その母性をもって、お子様がいなくても
そのご主人を、その友人を、その地域を
その温かい母性で包んであげていただければ
ぎすぎすとした社会はなくなっていくことでしょう。

その潤いの部分として、愛と豊かさという部分を打ち出していけるのが
女性霊ならではの力であると
それこそが神が期待された女性に対する使命であるのであると
私は思います。
そしてその姿を通して、私たちはこの地球を愛豊かな星に変えていくのです。
愛というのは、本来は男性より女性のほうが感覚的に備わっているのです。

男性は神様の知恵、叡智をもってつくられました。
その才気ある知恵をもって社会をリードし、社会を変革していく
そういう力となっておられるのです。
行動力においてもそうなのです。

女性は、その母性豊かな、慈愛豊かなその愛というものでこの地球を包んで
豊かな潤いのあるものとして、最後仕上げていく。
そのようなエネルギーの奔流として
女性霊というものを神はおつくりになられたのです。

ですから、愛というものを体現し、愛というものでこの地上を潤していくには
女性ほどふさわしいものはないのかもしれません。
そのような愛というものを
あなた方が愛する男性たちに向けていくことによって
男性たちはその女性の愛を受けて、ますますその知恵豊かに
その才能を、その使命を、その男性としての光を、高貴さを
社会に放っていくのです。

愛する者を、守る者を持たぬ男性たちは
ほんとうの意味で光り輝かないのです。
よくごらんください。守る者を持たぬ者
心から愛する者を持たぬ男性たちは
愛する者を、守る者を持っている男性たちほど
輝いているとお思いでしょうか。

本人たちはそう思っておられるかもしれないけど
私たちの世界から見たのならば
愛する妻を、愛する子どもたちを、そして愛するそれを広げていくならば
この日本を、世界を、地球のために愛して
この地上を守っていこうという使命感をお思いの方がたが
男性たちは、やはりその力において格段の力が
私たちからの光の量というものが違うのです。

どれだけのものに責任を持ち、どれだけのものを守ろうという使命感の中で
男性方が覚悟を決めておられるか
それが器であり、その男性の力量そのものであるのです。
男性はその姿の中により、ご自分の生きがいというものを
幸福感というものを見出していかれるのです。

女性が幸せに感じる道とは、また違うかもしれません。
でも、なればこそ、男性は孤軍奮闘し
社会で敵と戦わねばならぬ存在やも知れません。

その時にこそ、優しい愛の励ましと、愛豊かさというものを
そして、自分のためににっこりと笑って待ってくれる人がいる
そのことが、どれだけその男性たちを力づけることでしょうか。
そのことをもって、けっして男性より劣る仕事だとは私は思わないのです。
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現代の女性たちよ。
自分を、自ら男性と競うことで
自らの美しい宝を捨てることをやめていただきたい。

女性が女性として、優美に美しく
そして謙虚に清らかに、貞淑に生きているということが
けっして自らを自立させず
自分自らの才能を開花させない道ではないのだということ。

そしてそれこそが、あなた方が本来幸せになっていく道であるということ。
この道を見つけない限り、あなた方は永遠に幸せにはなれないということ。
神様がおつくりになった女性霊に対する摂理というものを
その愛の摂理というものを抜きにして、女性も男性も幸せにはなれないのです。

家庭の中において、殿方を幸せにするのが女性自らの愛であるということ。
そして殿方に、その愛により愛されたとき
あなた方のいちばん幸せになれる瞬間があるということ。
そのことを理解なさり
あなた方が努力なさっておられる自己研さんは尊いけれども
道を間違っているのだと、努力の方向を間違っているのだと
今一度本来の女性の道に帰って来ていただきたいのであると
私は現代の女性たちにお願いをしたくて今日まいりました。

私などが言う言葉は、とても古く思われるかもしれません。
でも、女性たちに今一度気づいて
この不幸な離婚が多くなっているこの日本の現状の中において
もう一度、幸福な家庭生活というものを取り戻し
その中において、大切な、大切な神より預けられた神の子たち
光の子どもたちを大事に宝として育て
次の時代に幸福な未来をつくる原風景を
原像をしっかりと焼き付けた姿において
未来に送り出していただく。

そのような愛ある家庭をつくっていただくためにも
若い女性たち、女性たちの生き方こそが
この地球の未来をつくっていく姿であるのだということ。
それこそが女性の使命であるということ。
そのことを皆さま方が深く自覚していただけることを
私は心より願い、私は今日参上いたしました。

また、この女性論というものは、ほかの方がたにおかれましても
それぞれのご意見、立場の中で、お話しになられることがあると思います。
これは今日、私は私なりの思いで語らせていただきました。
ですから、ほかの方におかれまして、また別の思いがあるかもしれません。
でも、これは日本神道の女性として、やはり大体みんな思っていることを
今日代表してお話しさせていただきました。

もし質問とかございましたのなら
またいつの機会でもお呼びいただけましたなら
お答えしたいと思います。
これから女性論についてのご本というものを
ぜひ出していただきたくお願いにまいりました。

現代の女性たちが道を見失っております。
男性以上に女性たちが道を見失っております。
その身をお金で簡単に売ってしまう若い女性たちの姿を見て
私たちは悲しくて、悲しくてたまらないのです。

女性の貞淑さというものは、何にも勝る宝でございます。
それは、神より与えられた子を産む宮として、子を授かるものとして
神より与えられた宮として
その美しさ、清楚さ、貞淑さというものが刻印されているところなのです。

そこをお金のために売ってしまうような
けがれてしまうような道を自ら選び取ってはなりません。
お金なぞのために
女性の品性をけがすようなことをしては、けっしてしてはいけないのです。

そのような価値観というものをしっかり
子どもたちに、若い娘たちに教えていかねばなりません。
でも、教えていくだけの自信がない大人たちが、今多いのです。
何を娘たちに教えていいのか。
何か間違っていて
どういうふうになっていったのならば女性として幸せになれるか。
それが今の大人の女性たち自体がわからぬから、やはり娘たちにも強く言えず
そしてお金のために
人に迷惑をかけなければ何やってもいいじゃないかという
そのような、ひじょうにぞんざいな口の利き方の中で
放縦な生き方をしているのかもしれません。

そのようなことは本人に作用・反作用のもとで戻るのです。
戻ってきたときに深く傷つくのは本人であるということを思ったのなら
しっかりと体系立った女性としての幸福論というものを
今の若いお嬢さんたちに伝えなくてはなりません。

女性が女性であるという道を失ってしまったのなら
女性が母になっていく道も閉ざされていってしまうのです。
そのようなことをしてはなりません。

そのようなことを伝えるためにも、私たちはこれから
さまざまな女性霊をこちらに出させていただくことにより
女性論というものを続けていきたいと思います。

(2005.7.28 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-03-19 12:58 | 木花咲耶媛命 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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