地球を愛の星へ

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ハロルド(宇宙連合からの使者)からのメッセージ(3)

霊的な意味においても、魂においても数が少なかったので
もっと、もっと文明実験の場所にするには
外からの移住を奨励していくと同時に
やはり、地球規模の、パイトロンですか、そういうものを通して
霊的なパワーというものを増幅させることにより
分霊をつくっていくという、そういう霊体を増幅していくことによって
宇宙の中における地球人としての魂をつくっていく
霊体を増やしていくというそのような文明実験も行われたわけです。

それは、霊界においてすべてが指導されてきて
そして、この地球における大陸の移動、文明の移動、それに合わせながら
今回はここまでであったからやはり次は
たとえばゴンドワナ人というのはひじょうにパワーの強い
ある意味で、男性たちは攻撃的なエネルギーを持つ者たちでありました。

女性たちを屈服させることにより、超能力から、第三の目から出る力と力
パワーとパワーのぶつかり合いの中で
お互いに支配関係というものを築き上げていくような
そのような文明でもありました。
そのときの彼らというのは、第三の目というのを持っていて
そこから並大抵ではない力というものが、念動力とともに出ていたわけです。

そういう力を持つことが、そういう肉体をつくってやってみたけれども
それでほんとうの意味で、魂の学習ができたかという反省になったとき
やはり、そういうものはあまり持たないほうがいいという結論が出たときに
一度、そのゴンドワナが崩壊したとき、次の文明を立ち上げるときには
別の人種をつくり上げて
第三の目を封印した人種というものを地球霊界は用意し
そして次の文明実験をしているわけです。

ですから、そして、レムリア人と呼ばれている方がた
アトランティス人と呼ばれている方たち、ムーで出た方がたも
やはり、その都度、その都度、微妙に、見ますと
同じ地球人ではありますけれども
やっぱり、身長とか、あと、持っている個性、能力
そのとき、そのときに試してみたい能力
そういうものが打ち出されたことによって応じた肉体を
その当時の地球人類というのは用意されて
その器の中に魂が入り、修行したということがあるのです。

ですから、あなた方がひとつの、今、あなた方が持っているような
北京原人とか、ネアンデルタール人ですか、何かそのようなことを
それが人類の先祖だと思っておられるようですけれども、
そんなものではなくて、地球人類として
あなた方が修行してきた過程という中には
今あなた方が持っているような、このような形ではない者たちが
ちゃんと地球人としてのルーツを、この地球の長い歴史の中において
様々な文明実験、魂の修行場としての
肉体と魂両方においての文明実験の場であった。

そのような意味で
画期的な地球という文明の歴史というものがあるのです。
移民たちの歴史というのがあるのです。

数々のところから流れ込んできて、まあ、今で言うと
あなた方で言うと、アメリカ合衆国という国がありますが
その国は人種のるつぼと呼ばれているわけでしょう。

移民というものがたくさんいて
でもその中において、やはり混血をしていく
でも、アメリカ政府がちゃんとそれを見守っていて
その中において、アメリカ人として、どういうものがいいかというものを
それぞれの人種のるつぼの中において
新たな人種というものをつくり上げていったような
それが、まあ、地球の姿でもあるのです。

この日本という国のように、ひとつの、一民族一国家ですか
このような国もあるならば
アメリカのような国もあるということであります。

それは宇宙においても言えまして
他の星においては、やはり、一民族一国家のようなひとつの惑星人
ひとつの系統の惑星人だけで治められている惑星というのがあるわけです。

そういうものたちは、たとえば、この人のいた星であるならば
この方たちの星の方というのは、だいたいみんな同じような姿をしています。
そのような形で進歩しているわけです。

それから見ますと、この地球という星は、様々な惑星人が来て
長い時間に練り上げられながら、それぞれのいいところを進歩、発展させて
そして新たな、より素晴らしい道はどこにあるのかということを模索していく。
そのような画期的な挑戦を行なった惑星がこの地球であるということ。

そうすると、この方のいるオリオンとか、べー夕星のような者たちから見ると
ひじょうに興味が深く、自分たちの惑星人がこの星に行ったときにはどのように
今日、DNA的においても、能力においても
どのようなものが今日まで残っているか
そして、それが優性遺伝として役に立っているか
そのようなことを調べたいわけです。

それがまた、それをもって、自分たちの惑星の進歩
発展の原理にも使えますし
また、彼らはもっと、もっと未開の星に行って、その星の修行場としての
その惑星の者たちを指導している立場にもありますので
似たような、もし、惑星の人間形に近いような形を持ったり
明実験をしていく上で
この地球から上がってくるデータというものは
次に指導するときにひじょうに役に立つということなのです。

その意味において、けっして地球人を怖がらせるためではなくて
新たな指導原理として使っていくために
この地球という、ひじょうに興味深い
この文明実験の惑星というものから学べるデータは学んでいきたいという
そのような気持ちがあるので
いろいろな星の惑星人たちが集まって来ているということが事実なのです。
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その意味において、宇宙連合は、私が所属しますのは、この銀河系を中心とする
この宇宙連合というものなんですが、ここからの、まあ、派遣として
今どのような状態にあるか、でも、これだけの人種というか
異星人のるつぼとなって
様々な価値観、様々な肉体を使いながら
ひじょうに理想的な、内面的な精神的なもの
プラス科学的な実験においても
科学の進歩においても同等に発展させていく
様々な異なる宇宙の価値観
様々な異星人たちの肉体、生物学的ですね
生物学的なことの長所、短所すべてを盛り込みながら
いったい、どこまでこのステップアップのときを
乗り越えていくことができるか。

普通であるならば、たとえば、一民族一国家であるならば
ひとつの方向に行くときに
ステップアップというのは、けっこう易しいものがあるのです。

でも、これだけ多くの、雑然としたものを内部に抱え込みながら
それを統合し、そして、その中において
地球オリジナルなものを彼らはつくりあげようとし
そして、その地球オリジナルな神理と、地球オリジナルの
地球人としての肉体をつくり上げた中において
それでいながら、次なるステップの修行場へと、霊的な意味においても
精神的な意味においても高みに上がろう
科学的な意味においても上がろうとする
彼らの不屈の情熱と、挑戦に対する飽くなきエネルギーというものには
我々はひじょうに敬意を表しているわけであります。

彼らの挑戦は、素晴らしいものであると思うわけであります。
エル・ランティが指導している
この、まあ、ひとつの進化、発展の歴史でありますが
ひじょうに素晴らしいものであると思います。
それだけに難しいものでもあります。

ですから、他の惑星の進化、発展において
確かにあなた方が、今言われているように
霊的な意味において神の子としての愛の誇りというものを
神の宇宙における存在の意義というものを、地球人がほんとうに理解して
それを自分たちの指導原理として、この科学の発展の果てに
宇宙連合の一員としていくところまで
ほんとうにこの世界中に散らばっている多様な価値観の者たちが
心を合わせて上がっていけるのか、それはひじょうに難しい挑戦でもあります。

でも、それをやると言って、彼らは挑戦しているわけでありますから
それを温かい目で見守りたいし
もし、できることだったらば、彼らの自立心を
そして自由意志を、まあ、ある意味で治外法権でもありますので
必ず、彼らの許可を得てですね、我々ができることがあるのならば
何かしらのお役に立ちたいという気持ち
それと、ここの地球で起きていることを
今この正念場のこの時期において、見届けていくという意味において
私は短期間でありますが
地上にこの肉体を仮の宿りとしていたわけであります。

だから、見極めとしてはひじょうに難しいものがありましたけれども
でも、もし、これをあなた方がつないでいくことが可能であり
頑張ってくださっているということがわかりましたので
もう少し、地球の難しいこの挑戦に
暖かいエールを送りながら見守りたいと思っているわけであります。

ですから、けっして、地球人自体が難しい
すぎて、実力がない惑星人であると
卑下することはけっしてないのです。

ひじょうに難しい課題に取り組んでおられる
そういうエル・ランティを筆頭とする
ひじょうに勇気のある九次元の十人がおられる
素晴らしいこの地球という惑星の修行場としての使命がある
役割を果たしておられるということに対して
我々はひじょうに、この地球に敬意を表しておりますので
けっして、地球人たちがいつまでも和解できないから
我々は低いレベルであるというふうに自己卑下なさることはないと
私などは思っております。

こんなに数々の宗教観、こんなに数々の、自分たちの星の出身が違うと
やはり、それぞれの自己主張というのがあるのです。
霊団自体がまとまりきらない、それは、ご苦労があったと思います。

(2005.8.6 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-06-30 16:04 | ハロルド | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(21)

かつての『太陽の法』、『黄金の法』、『永遠の法』というものの三部作を
魔界の者たちは、憑依することによって
その法典を書き換えてしまっております。
大事な、大事な天上界のアルカナで、秘儀であり、財産であり
エル・カンタラーの遺産であるような
そのような仕事を変えてしまっております。

それを正しい方向に、『太陽の法』をまた書き換えるというのではなくて
その内容において、やはり正しい方向のエキスというものを
しっかりあなた方の言葉で、書いていけばよいのです。

そのような、集大成の仕事があるのです。
そのために、残りの半生を使っていただきたいと思うのです。
書いて、書いて、書ける者は書きなさい。
あなた方はもうすでに、法がしっかりと入っているのです。

そして、霊言は霊言として残していくと同時に
ただ霊言をエドガー・ケイシーのように
ファイルとして残していくだけではなくて
やはりそれを読んだ者たちが、自分たちの言葉として
法として語った本を出していけてこそ
ひとつの文化というのをつくっていくことができるのです。
そこに関して、遠慮はいらないのです。

だから、間違っていたら、他の者が直してくれるでしょう。
わたしたちのほうも見ておりますから、どうかみんなで知恵を出し合って
それぞれの立場で、それぞれの言葉で、お書きください。

イエス・キリストの説かれた三年半の生涯におかれましても
十二弟子の者たちがそれぞれの福音書で、自分たちの言葉で
つたないながらに文字を書いたことがないような者たちまで
一生懸命福音書を書いたのです。
ですから、そのようなものが今日多くの人びとを救っているのです。
聖書として救っているのです。

あなた方のようにちゃんとした高度な学問を受けて、字も書け
しっかりと法を学んで、その上でこのように霊言を何度も聴いている。
それが今度はあなた方自体が、この法というものを
あなた方の悟りの段階に応じて、でいいのです。
それをしっかりと出していくことです。

それがのちに、多くの人びとに読まれることになり
多くの人びとの指南書となっていくことでしょう。
それでこそ意味があるのです。

霊言は霊言としていいでしょう。
でもやっぱりこれは霊言であるということは、人びとが、そのときの心境で
そのときの状態によって、都合よくいいところだけ
自分のためになるところだけを聴くのがやはり、神理の書というか
霊言であったり、聖書であったりするのです。

それに対してあなた方がどう感じて、どう思ったのか。
それを噛み砕いた形で、後世の者たちに伝えたいという
その思いで書き続けてごらんなさい。

かつてらいゆさんという方が、何百巻という本を書かれたということを
今回出しておりますけれども
その何百巻と書いた本が、多くの人びとを
後世の者たちにとってほんとうに光となり
多くの希望の書となっていくことでしょう。
あなた方がそのようなことをするのです。
イエスの弟子たちがしたことを、あなた方がするのです。
自分だけは違うと思わないで、どの人もみな書けるのです。
書けるだけの実力があるのです。

ですから、自分は芸術家だから違うとか、僕は坊さんじゃないとか
いやわたしは女だから書かなくていいとか、そんなことはない。
書ける人たちがいる限りは書き続けてください。
それがあとで、この光の本源が降りたときに、わからなければ
いつでもさっき日蓮が聞いていたように、質問ができるでしょう。

このあとの世の人たちは、そのようなことを聞きたいと思っても
もう二度と聞くことはできないのです。
あなた方は質問があれば尋ねられるではないですか。
「このような方向でいいのですか」と聞けるではありませんか。

そして、「光と共に歩んでいる今あなた方の人生で
その中であなた方はこれから仕事をしなさい」と言われているだけなのです。
あとの世の人たちは聞きたいことがたくさん出てくることでしょう。
多くのことを実践行動に移したのならば
わからぬことがいっぱい出てくるでしょう。

でもその時に直に、直接に、霊天上界に聞こうかと思っても
もう聞いても答えてくれる、そのようなパイプはないはずなのです。
だからこのように日蓮が、モーゼがこのように
七次元、八次元、九次元クラスの者たちが
常にあなた方にアドバイスを降ろせる時に
あなた方は精一杯の仕事をしていただきたいのです。

霊言をただ一方的に受け入れて
忠実にそれを聴いて再現することだけをもって自らの仕事とするほど
あなた方の地上での使命は甘くないのです。
そんな仕事をするためであるならば、機械でもできるのです。

そうではない。
一人ひとりが個性を持ち、一人ひとりが経験も知恵も違う
その中で、自分が見聞きしたものをもって
己白身の言葉で、己の心に正直に文章をつづり
あとの者たちに、愛をもって伝えようと思う気持ちがあるのならば
その愛の書は必ずや後世の者たちにとって、救いの書になることでしょう。

それが今はできる、文書の編纂の時期にあなた方は生きておられるということ。
これは、いつも、いつも文章の編纂というもの
結集というものをやっている時代があるわけではないのです。

仏陀の時代においてもやはりそういう時代というのがあったのです。
これが今その時期である。
それが今レムリアが文証、文章というものを通じて
文証というものを通じて、実践をする。
神理というものをつなぐという役割があるということ。
だからその意味においてこの者は霊言の答えが与えられるということであって
何でもかんでも興味本位に聞いたからいいというわけでもないのです。

具体的に実際に行動を出していった時に、わからないことがあったらば
さっきの日蓮であるかのように、わたしであってもミカエルであっても
具体的に言えることもどこまでもずばずばとお答えしましょう。

それはあなた方が動かなければ、質問はできないのです。
実践をして、あなた方が本や文章を書いてみなかったら
わからないところもわからないはずなのです。

ですから霊言をとることだけに夢中になるのではなく
そろそろ自分たちで、実践をされていくということ。
そして、新たにもう
光の天使たちに対する救済というものの光というものはもう投げられました。
サイは投げられております。
本も二冊出ております。

本人がほんとうに疑問を持っているのであるのならば
必ずやその答えが与えられているところに、今世間はなっているし
ホームページだってしっかりと
いくらインターネットの先がわからないといったって
検索して探そうと思えばできるはずなのです。

それは、天に向かって
「さあ神様、僕、わたしのことを悟らせて、助けておくれ」
と言って口を開けていても、誰もそんなものは助けないのです。
自らが求める者だけが救われていくのです。

ですから、苦しい、K会やG会で苦しんでる者たちがいるのならば
自分で必死に救われようとして
努力して検索する者は必ずやレムリアに到達できるように
もうすでになっているはずなのです。
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であるならば、次の段階で本来のメインテーマである
地球維新というレムリア本来のこと。
それと九次元の方が今出てきてこのように話をしている
宇宙規模から見たこの地球計画の救済計画というのが
どこに照準が合っているのか。

地球人自体が神の子であるということを、ほんとうの共通認識として
愛のもとに立ち上げられることができるか。
生きていくことができるか。

そしてお題目のように唱えていた宗教というものが
幅を利かせていた神という神話の中ではなくて
ほんとうに人生の中に実践生活の中において、行動体系において
愛というものが、一人ひとり自分のものになって活かし合って
捧げ合って、献身し合って、信頼し合って
あなた方は生きていくことができるのかということを
単なる宗教の教会や組織やドグマというものではなくて
ほんとうの意味で実践して生きることができるか。
それを地球規模に広げていくことができるか。
それこそが本来の今回の天上界が
最終的に計画した大救世運動の神髄であるということを
わたくしが今ここで宣言をいたします。

それ以外をもって
我々地球の天上界における最高神域と呼ばれている
わたしたち救世主界の者たちが立てた計画はないのです。

そのようなところにおいて九次元十人がみんな手を取り合って
この地球というものを守り、指導をしてきているということ。
九次元だけではないです。
多くの、ミカエルたちも含めても
八次元、七次元、六次元の者たちみんなが一丸となって
天上界が一丸となってこの地上救済に入っているのです。
地球救済に入っているのです。

そのことが今天上界からの理念として降りているということ。
その計画が今立てられているということ。
その計画において、不屈の闘志があるということ。
そして、それに対して魔界の者が、やはりまだまだ、罠を仕掛けてきて
彼らもけっしてあきらめていないということ。

その最後の決戦をもって、我々はやはり彼らをも含めて
愛の神の子への彼らの本来の姿に戻していくためにも
我々は愛のために戦わなくてはいけない。
この地球を愛の星にするために、もう一度頑張らなくてはいけない。
そのように思っているのです。

これをもって我々の大救世運動の、本筋
神髄であるということをあなた方に伝えましょう。
けっして神理は難解なものではないのです。

神理というものはある程度のことを知ったのならば
あとは腹をくくって生き抜くだけなのです。
やり続けるだけなのです。
戦い続けるだけなのです。

戦うのは、敵のために戦うのではないのです。
己自身の中にある、弱さに向かって戦い
己自身の心を戦えば戦うほど、行動実践をすればするほど、己自身の弱さや
まだまだごまかしていた部分というのが浮き上がってくるのです。

浮き上がってくるのを見るのは辛いです。
己自身の未熟さを見せつけられるわけです。
でも見せつけられながら、見せつけられながら
己自身が成長していくのです。

そして、成長しながら己自身の心を純化しながら成長していった時
より多く神のために、多くの神の子たちのために奉仕し
仕事のできるだけの自分の人格というもの
力量というものを手に入れていくことができるのです。
実践あるのみです。
実践行動あるのみなのです。

けっして信仰を、神を、神の神理というものを、叡智というものを
絵に描いた餅にしてはなりません。
あなた方が生きなければいけません。
生きざまを通してあるのです。

(2005.7.23 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-06-27 15:29 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

ハロルド(宇宙連合からの使者)からのメッセージ(2)

宇宙連合から参りましたのは、今回、私ひとりです。
それは私自体が、この地球文明をシフトアップさせるということではなく
あくまで地球霊団自体が進化、成長しようとする
この大きな過渡期にあたり
どのように進歩、発展するのかという
ある意味で、査察という意味がありました。

そして、それを見守ることにより、許される許容範囲内で
もし、何かお役に立てることがあればしていこうと
そういう気持ちでいました。
宇宙連合から見ましても
やはり、この地球が今回どのようにシフトアップしていくかということは
ひじょうに興味の対象でありますし、我らが同胞である宇宙の仲間が
このような飛躍的な成長を、もし遂げられるのであるのならば
それはとても喜ぶべきことであると
皆、ひじょうに楽しみにしているのが現状であります。

その意味におきまして、私は査察官としての立場がありました。
ですので、ある程度の見極めをして
これはもう、だいたい無理かなと思ったので
私自体、個人として引き上げたということでありまして
宇宙連合の私の部下にあたる者
そして別の使命で地球に残りながら
この文明を外側から支えるという意味においての
宇宙からの魂を持って、転生している者たちは他にもいるわけであります。

私は、その、ある意味で言うと
査察官の立場をもって自分の使命を全うしているということであり
他の私の宇宙の仲間たちは、それぞれの、また、使命に応じて
この地球に留まっていたり、やるべき使命がなくなった場合は
他の惑星に肉体を脱ぎ捨てて転生して行くという
戻っていくという形はあるわけであります。

ですから、宇宙連合であったり
あと、他の宇宙から来ている場合もありますし
あと、この地球自体が数々の古い歴史の、いろいろな星からの霊団を
たくさん引き受けている星でもありますので、それぞれの母星
あなた方が、今さっき話しておられた、ベーエルダと言われているその星
そして、この方がいらしたという
その星からも数々の、自分たちの魂の子孫が
今、どのように、やっているかということを思って、見守りに来ています。

それは我々の宇宙連合ということを越えた、それぞれの宇宙連合というのが
やはりございまして、そこから来ている者たちもございますので
その方たちは、その方たちなりのそれぞれの使命と役割
そして、自分たちが貢献したい度合いに応じて、この地球にどのように関わり
どのぐらいの長さを、自分たちでここに滞在しようかということは
一人ひとりが、みんな自分が所属する霊団において
決めているということなのです。
ですから、ひとつだけではないということですね。

この地球という星を考えますと
ある意味で、いろいろな銀河の、いろいろな惑星の
いろいろな宇宙人と、まあ、あなた方がおっしゃるような方がたの星から来た
DNAというものが、実際にこの地上にありまして
あなた方の肉体自体の中にも
様々な惑星の人類たちのDNAというものが流れ込んでいる
ひじょうに興味深い対象であることも事実なのです。

そして、ある動物、植物に至りましても
やはり、多くの惑星から持ち込まれたものが多いので
地球起源のものも当然ありますが
地球起源のもの以上に他の銀河から来たものというのが
その後の地球の進化、発展の中において溶け込んでいっているという
それにおいて、ひじょうに他の惑星の者たちから見ると
自分たちの星から持っていった動物、植物が、この地球という環境の中で
何億年という、何十億年という進化の中で
どのように変化を遂げ、どのように適応し
どのようにこの地球という
この酸素と、この重力と、この濃度のところにおいて
自分たちの星の植物、動物が適応して
生き残っていけたのかということを調べる
その意味においてひじょうに興味、研究の対象になっているということ。

その意味において、他の惑星から飛来して来た者たちが研究対象として
何度もこの地球に姿を見せている理由でもあるのです。

だいたい、この地球自体を、銀河系における
ひじょうに、最初におきまして
この文明を、この星自体を修行場として立ち上げるときに
エル・ランティ、仏陀をはじめ、さまざまの、アモール、モーリャ
あのあたりの方がたがまず招命されまして、セラビムもいらっしゃいました
それは、彼らはみんな私の仲間でもあります。

彼らがこの星に呼ばれて行ったときには
やはり、彼らほどの方がたが呼ばれて行ったという背景には
この地球という惑星をこの銀河のプリンスとし、この銀河自体の中でも
ひじょうに霊的にも高い立場に進化、発展させようという大きな希望を持って
この惑星の文明、文化というものをつくり上げようというふうに思って
着手したのであります。

その意味において、他の惑星からそれぞれのものを導入し
高い理念のもとに、この地球というものが人類の修行場として
今日まで累々と受け継がれてきたという中で
いろいろな惑星の方がたの魂の傾向性、そして、肉体の原型においても
この地球の中においてどのように進化、発展してきたのかということが
霊的な部分と同時に、この三次元の物質界においても
そして、生物学的においても、化学的な面においても
この地球というものを通して
ある意味で、異星人のるつぽのようなこの地球の中で
複雑に絡み合って進化、発展してきたというか
これほどたくさんの惑星人たちが混合していった惑星文化というのは
あまりないのであります。
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ですから、ひじょうに、宇宙から飛来した者たちも
そこの部分において、とても興味津々であるということも事実なのです。
そして、宇宙から来た者たちが、誘拐と呼ばれていますけれども
誘拐は実際してないはずなので、でも、その意識において
本人たちが忘れるようにちゃんとしながら
でも、やはりそのような、必ずそのようにコンタクトしてくる場合は
自分の系列の惑星人のところに来ているのです。

地球に転生し肉体を持っていても、事前にすべて許可が取れているから
その惑星人の、地球人のところに来て、彼らの肉体を通して
今地球の中で、自分たちの惑星人のDNAなどが
どのように進化、発展しているかということを
研究したいチームが来ているということが事実なのです。

ただ、彼らの前にあからさまに姿を見せ
露骨に、その研究対象として残虐なことをすることは禁じられておりますので
そのようなことは表立ってやっていないはずなのです。

ただ、それはちゃんと無言の許可というものが出ておりますので
この宇宙、神の世界におきまして、けっして、偶然なことはないし
理不尽な、暴力的な意味における、人びとの恐喝に満ちたような誘拐とか
そういうことはしていないはずなのです。

ですから、その意味においては、研究対象として、お互いに学びたいと思って
逆に地球に転生し、自分が地球人として肉体を持つことによって
自分の母星の者たちに、その地球人の材料を提供するという
ちゃんと暗黙の了解みたいなものがあって
その者たちは、その者のところに来ているわけです。

だから、けっして、あなた方が考えている以上に
恐ろしいことではないということなのです。
ただ、この地球というものが、あなた方が考えている以上に
宇宙の同胞たちから見ますと
興味を惹く、神の子として
あと、人種的なこと、生物学的
いろいろなことを含めまして実験場であることが事実なのです。

ですから、ベーエルダから来たエル・ランティにしても
この地球という星を通して
様々な魂の霊体をつくっていく実験を試みたり
肉体も改造してみたり、やっているはずであって
それは地球神としてということ、進化、発展という連鎖の中におきながら
ひじょうに科学的な判断をもって、この地球霊天上界というところも
この地球人類というものを進化、発展させてきたという
そして、今日のような地球人の肉体というのが
できてきているということが事実なのです。

あなた方の中においても、人種的に、白人系、そして黒人系
そしてあなた方のモンゴロイドと呼ばれているような黄色人種
それと赤色人と呼ばれている方たち
数々のそういう人種があるように思いますけれども
そのような方がたは、やはり、惑星として出てきたルーツが違うわけです。

だから、最初は大きさも違いますし
肉体的特徴もいろいろなものがあったのですけれども
それを、ちゃんと科学的な意味においても、多少、その名残をとどめて
肌の色や特性は違いつつも
やはり、大きさ的には、この地球の重力に耐えうるような大きさとか
姿形というものに変えていくために
やはり、ひじょうに科学的な力を持ちながら
エル・ランティたちは、この今日の地球人をつくり上げてきたのです。

原型はいろいろな惑星から来ている宇宙人の体
ヒューマノイドと言いますけれども
人間形をした者たちの体を使って
この地球人をつくり上げてきたというのが事実なのです。

地球自体から発生した、ミジンコとか、そういうふうにお考えでしょうが
それを原型として変えたというよりは、最初、肉体を持ってやって来た者
宇宙人の体を使いながら、それがどのようにこの地球に
実際、重力とか酸素濃度とか、そういうものが違うわけですから
彼らのそれぞれの母星の中には、地球に適合できず
病的で体が保たない者たちもあったわけです。

そういう場合は、ひじょうに、この地球的なものに強いDNA
対応性、耐久性を持つ肉体の者たちと混血させていったり
DNAを、強いものだけを取りながら、新たな人種をつくったりしながら
この文明実験というのは行われてきたというのも事実なのです。

それは、けっして、おかしな科学操作ということではなくて
進化の神と呼ばれているエル・ランティ
あなた方もご存知であると思いますけれど
進化の神と呼ばれている彼は
科学をバックボーンにした進化の神でもあります。

それを神より与えられたあなた方、私たちも皆、そうですが
神の子という中の偉大なる能力として、創造の原理という
創造の力というものを皆が持っているのです。

あなた方、地球人たちは、自分たちの創造のクリエイティブな力
思いによってつくり出したものは
この現象界においてもつくり上げることができるという
自らの内在された神のパワーというもの
それを自分も引いた神の子としてのパワーを持っているということに
まだ気づいていない、ひじょうに幼いレベルの者たちであります。

それを我々の次元では、己自身の力というよりは神の力と同通することにより
天地創造のような、人類に対しても、そして、植物、動物に対しても
新たな適応していくものをつくり上げていくという創造神的な
創造化していく力というものを、ひじょうに持っておりますので
その知識と、その能力を総動員いたしまして
この地球というのは、様々な試行錯誤の結果
つくってこられたという意味があるのです。
肉体においてもDNA、いろいろな惑星における
宇宙の者たちの体を使いながら
この地球系の現在の肉体をつくり上げたということです。

宇宙連合:アセンションした星々が所属する宇宙的規模の組織。

(2005.8.6 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-06-25 07:18 | ハロルド | Trackback | Comments(0)

ヘルメスからのメッセージ(2)

人びとが、多くの誤った富とか物質的なものにとらわれている限りは
そのようなことはありえないでしょう。
でも、今繰り返し言われていること、レムリアで繰り返し言われていること。
とどのつまりは、宇宙の根元が愛の法則で
愛のエナジーであるということを明かされていること。
愛の法則がすべてで、それで宇宙が動いているということ。
その法則をもって地球も治められなければ
地球のこれ以上の進化、発展はないということ。
地球というもののシステムにも愛の原理が、愛の法則が生かされなくては
この地球の未来はないということ。
そのことを、あなた方が社会機構においても理解しなくてはなりません。

単に宗教的なもの、スピリチュアリズムの精神性の中だけにおいて
愛は説かれるべきものではないのです。
愛というのは調和であり、分かち合いであります。
そのようなものを社会システムの中においても
人びとがいたわりと、調和と、分かち合いということを
愛という名のもとに、人びとが神の子であるという誇りをもって
互いに助け合い、貧しい者に分け与えていったなら
どのようになるでしょうか。

文明国のトップの中には、いま、肥満と闘っている者たちがおります。
食べ物を食べないように
いかにしたらローカロリーのものになるかということを
四苦八苦している者たちがおれば
アフリカの中には、食べるものもなく、やせ衰え、目が飛び出し、腹が膨れ
死んでいく子どもたちがいるのです。
そのようなときに、何か根本的に間違っているかと言ったのならば
分かち合いの精神が欠けているということなのです。

グローバルにものを見ていくのならば
一国、ひとつの圏、一エリアという感じでいるから
自分たちだけ満たされているから何の問題もないと思うのであるけれども
これからグローバルな世の中になっていったときに
人びとはこの地球人の一員として
脇で飢えて死んでいくかわいそうな子どもたちがいるのならば
自分がダイエットするために苦しむのであるのなら
その彼らに、少しでもおいしいものを届けようとしていったときに
世の中の貧富というもの、悲しみというもの、苦しみというものが
徐々に徐々に淘汰されていくのです。

そこまでいくには
一人ひとりの意識レベルというものの改革、向上というものが
ひじょうに、必然として要求されるのです。
そこの部分が、ほんとうにひとりの気持ちの中にわかっていったとき
人びとの気持ちの中に、ほんとうに宇宙の愛の神に生かされる
この地球の中に生きる、地球という惑星の一員であるという気持ちが
ほんとうに根づいたときに
人びとは自分のものを捨ててでも分かち合って
貧しい者たちに分かち合って、幸せを望んでいくことでしょう。
そのような思いがわからぬのならば、地球の未来はないということなのです。

もうイデオロギーにおける、システムにおける改革というものは
そのようなものは、ある意味で出尽くしたといえるでしょう。
その後におけるのは、愛の原理における
人びとが、地上の三次元の者たちが
実は、天上界における輪廻転生を繰り返す永遠の魂であり
神の子であるということを踏まえた
あなた方が永遠の命を生きる旅人であるということを思うと
余分なものを蓄えようという気持ちはなくなるのではないでしょうか。

裸で何ひとつ身につけず、母の胎内より生まれ出でるのは人間なのです。
そして何ひとつ持つこともなく、肉体すら置いて、あの世に帰ってくる
我々の世界に帰ってくるのが、また人間なのであります。
そのようなときに、たかだか地上に出る数十年の時に
わずかな胃袋を満たすために、どれだけの食物がいるというのでしょうか。

飢えて死んでしまうかもしれないという
そのような恐怖心と、悲しみと恐れがあるから
人のものを奪ってでも、自分のものとして蓄えたいという欲により
人びとが富というものをひとり占めすることにより
飢えて、死んでいく者たちがいるのです。
c0171476_982532.jpg

分かち合いとは、愛そのものを言います。
多くの苦しみを見て、何とか力になりたいと思うこと。
たとえば、大地震というのが今、地上に幾多、起きております。
そのようなときに、人びとが、かつてであるならば
他の家の物、他のショップの、店の物を襲ってでも
奪っていった時代というのがあるはずなのです。

その中で、今はどうでしょうか。
炊ぎ出しをし、人びとが一生懸命、ボランティアの中で
行き場を失った、家をなくした人びとのために、励まし合い、役に立ち
何とか人びとを救出せんために
命をかけて頑張る姿を見せるようになっております。

天変地異が人びとを不幸にばかりするのでしょうか。
人類は大きな学びを得ていると思うのです。
自分たちが出した想念のマイナスエナジーの結果として
自分たちがやったことの反作用として、当然の結果として
行われているものではあるけれども、その苦しみを通しても
人びとはそれを乗り越えたときに、魂を光り輝かすことができるのです。

多くの人びとは、阪神大震災、多くの津波や何かによる犠牲の中で
どうでしょうか。
自分の国だけでも日本全国の人たちがさまざまな救援を行い
ボランティアとして、他の県からの人たちが
新潟の地震や阪神大震災においても、多くの人びとが駆けつけた。
日本人においてはひじょうに、精神的な向上というのが見られたはずなのです。

それ以外においても、インド洋の地震においても
ひじょうに不幸な悲劇でありましたけれども
それを通してどうでしたでしょうか。
ヨーロッパにおいても、当然、日本においても、アメリカにおいても
世界からのいろいろな人びとが救援として駆けつけ
人びとのために、多くの人びとの災害後の復興のために
一生懸命力を注いだのではないでしょうか。

今まではひとつの国の中で助け合ったのが、国を越えて
一刻も早く駆けつけて、その国の人びとの力になるんだと
いろんな国々が待ち構えるかのように準備をしているのが
もう今の時代なのであります。

それだけを見ても、かつての時代、数十年前の時代を
第二次大戦直後の世界の状況を見ても
今の状況は、かなり精神的レベルにおいても
愛と分かち合いという意味においては
進歩していると私は思うのであります。

であるならば、このような気持ちをどんどん育てていきながら
他者の痛みをわが痛みとし、他者の喜びをわが喜びとし
みんな同じ地球に生きる地球人として、神の子として
この数十年、三次元の地上において修行をさせていただく身として
互いに助け合い、分かち合い、調和し合い
そして、この地上における数十年の腹を満たす
この物質的なものにおいて、ともに助け合って、分を知ることにおいて
幸せを感じようという新たな精神的な価値革命が行われたときに
人びとは物質を貪ることをやめることでしょう。
そのような次元において、人びとの精神革命が行われたときに
人びとはいたずらに富を蓄積することをやめるはずなのです。

(2005.6.11 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-06-24 09:08 | ヘルメス | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(9)

社会を見たのならば、ひじょうに孤独な老人の方がた
そして、手を貸してほしいと思っておられる身障者の方がた
そのような者たちだけではなくて
今は心の病を抱えた、育児に自信をなくしてしまった人びと
社会復帰ができなくて苦しんでおられるニートと呼ばれている
男性たち、女性たち、若者たちが、退廃的な文化の中で
自分自身の可能性を見つけることができず
むやみに自殺をしていってしまう若者たちなど
あなた方の身のまわりに苦しくて
援助の手を差し伸べてほしいと思っておられる方がたは
いくらでもおられるのではないでしょうか。

その方がたの痛みというもの、苦しみというものを、自らの人生を
自分の本能と欲にまかせて生きることだけに追われて
他者の痛みというものから鈍感になり
いえ、逃避しているのが現状ではないのでしょうか?

そういう方がたを救うのは、ひとつの社会奉仕者とか、行政機関であるとか
そして、一部のクリスチャンのブラザーとか、シスターの方たち
あとは仏教関係の奉仕者の方たちとか
特別の人たちだけがやるものであると思うならば
地球は少しも救われないし
地球を愛ある星にすることなどはできないのです。

あなた方、お一人おひとりができることを探してください。
そしてほかの国を見ても、まだまだ飢えて貧しい方がた
食べるものがない方がた、井戸もない方がた
そういう方たちに、何かひとつでもできることを探そうと思えば
いくらでも自分の創意工夫と
少しばかり余ったお金をまわしてあげるだけでも
やれることはいくらでも無限大に出てくるということなのです。

お金を払えないのならば、優しい言葉で、励ましの手紙で
多くの方がたを勇気づけることができるはずなのです。
そのようなあなたの一言で
ひょっとしたら、ほかの方が自殺をするのを思いとどまられるかもしれない。

あなた方の持っている時間と、能力と、エネルギーで
他者に対して無関心になるのではなくて、具体的に身近にいる方がた
そして、あなた方のできる手を今でも待っておられる方がたに
その手を差し伸べ、握り返してあげていただきたいのです。

そうでなければ、どれだけ愛を学んでおられたとしても
あなた方がどれだけ霊言を聴いて賢くなられようとも
社会はそんなものでは少しもよくはならないのです。

愛の循環の中に身を置くとは
自分自体が学んで愛というものを頭に詰め込むことだけをもって
愛の循環の中にいることにはならないのです。
そのようなものは、結果的に自己保存の思いでしかないということなのです。

あなた方の中にある、愛あふれる手を具体的に差し伸べ
社会に一歩でも踏み出て行ったときに
あなた方の愛というものは他者を生かし
他者を救い、他者を本来の神の子の姿に清め
あなたの心から、その方の神の子としての愛の炎を点火する
キャンドルの火がひとつ点いていくことをもって
愛のたいまつというものは輝かされ
たいまつというものが掲げられた意味を持つのです。

行動なくして、具体的な人生の中における創意工夫
他者への愛あふれる関心をもってしか
あなた方は愛というたいまつに火を灯していくことはできないということ。
具体的な言動こそが必要であるということ。

今あなた方の社会の中では引きこもりとか
オタクと呼ばれている方がたがおられるのは知っているのです。
ひじょうに病的な状態です。

今までは、ちょっと内気であるとかいうことはありましても
社会の中で普通に健全に、たとえ科学技術が劣っていようと
そして、物質的に恵まれていなかろうと
精神的な意味においては、人びとは額に汗をして働き、農作業などを通して
精神的には健全に生きていったのです。

でも、今あなた方の社会はひじょうに病んでいるのです。
それはなぜか?

他者に対する愛の分かち合いというものを忘れていったときに
自己保存というもの、人生の究極的な目的というものが
自らの中だけに帰結するものであると思い込んでいったがゆえに
自らの小さな、小さな硬い殻のような世界の中から
出ることができなくなってしまった。

逆に言うと、健全に、普通に架けられるべき社会との橋を
自ら橋げたを落としてしまったということ。
橋を架ける、架け方すら忘れていってしまったということ。

そして心の中に、深く病気のように自らの世界だけでしか物事が考えられず
他者とのふれあいというものをひじょうに怖がるような、拒否するような
そのような病んだ人格というものが大量に社会に出てきてしまった。
それは物質主義とか、自己保存というものが究極的に進んでいったときに
そのような精神の病的な現象が起きているのです。

男性たちが戦うことを、自分のその身を投げうって、人生を通して戦い
社会を少しでも良くし進歩させていくのだという
そのような責任感あふれる闘志というものを
そのようなものを忘れていったときに、今の若者たちを代表するように
「引きこもり」という現象が起きていったのです。

そこは彼らが教育を受ける段階で
自らの人生というのは他者に奉仕してこそ本来価値ある人生であると
我が喜びというものは、自分だけがよければいいのではなくて
他者の喜びも分かち合うことによって
自らの人生の喜びもますます輝くものであるということ。

愛というものは分かち合い
苦しみも二人、三人とみんなで分かち合うのならば
その人の苦しみも癒され、軽くなるのであるという
いたわりの優しい気持ちというもの。
それをどの宗教も普遍的に唱えているはずなのです。
それはキリスト教だけにあったのではないのです。

そして、キリスト教の中だけで言われてきた愛というものが
これからは日常を通して、宗教という名前だけではなくて
宗教という、教会とか教会活動という
特殊な部分の中だけで愛というものが語られ
神というものが語られるのではなくて、そのような心の鎧というものを捨て
それぞれの者たちが自らの宗教の衣を取りましょう。

わたくしも十字架というものを、このようなローブというものを着て
今まで自分自らの役割というものを果たしてきたのです。
でもこれからは、キリスト者という言葉よりも、神の子という言葉の中で
愛のもとに統合されていく時代がくるのです。
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わたくしも聖母マリアとして
キリスト教における母としての役割というものそのものも終わりを告げ
ただただ、あなた方を愛していく母性としての光として
あなた方の前に姿を見せる時がきたのだと思います。

ローマ法王庁という、ローマカトリックというものが
今までその使命と役割というものを果たしてきてくれました。
イエス・キリストや、わたくしたちの思いを
キリスト教という枠の中において人類を指導し、神の愛というものを
インマヌエル、イエス・キリストと呼ばれている方の、愛という
普遍的な愛というものをどのように伝えるかという
そのような宗教的な枠の中で
わたくしたちはその使命を果たし、人類を指導して参ったのでございます。

でも、もうわたくしたちは
そのような衣を脱がなくてはいけないと思うのです。
そのような役割を超えて、わたくしは天上界において
ただただ、人びとを慈しみ、多くの方たちをその胸の中で
母なる思いで人類すべて、神の子たちの幸せを願う
そのような一女性霊であるということ。

そのことをあなた方の前にさらすことをもって
ほかの宗教における指導霊と呼ばれている方がた、その方がたも
仏教であるならば仏教の方がたも、その墨衣をお脱ぎになり、数珠を取られ
ご自分自身の本体エネルギーとして
人びとの前に立つべき時が今きているのだと思うのです。

イスラム教においても同じだと思うのです。
すべての者たちが、本来が、まあ、今あなた方で言うと
「レムリア劇場」という言葉で
それぞれの配役というものを皆さん演じておられるという
そのようなおもしろい表現がありましたけれども
まさにその通りだったのです。

今まで地域の中において、わたしたちが役割を果たし
人類を指導する役目の中でそれぞれの役割というものがございました。
日本神道の方がたにおかれましても、天之御中主様
そして、天照大神様、日向様と呼ばれているような方がた
それぞれのお役目の中で、精一杯、ご自分の役割を果たして生きて
役割を果たしてこられたのでございます。

でも、もうその役割は終わり
わたくしたちはそのような宗教としての衣を脱ぎ
本来の天上界が皆着ている、その真っ白な
どの者たちも皆同じローブと呼ばれている
光の天使として皆同じ真っ白なローブがあります。

そのローブをみんなが着て、わたくしたちは本来、同じ仲間として
ひとつの仲間として最初からいた友達であり
そのような神の子たちであったということを
地上の方がたの前にも示すことにより
そのようなカテゴリーを、枠を超えなくてはいけません。
あなた方がそのような認識を持てるか、持てぬか。
それがこれからの地球の命運を賭けているということなのです。

(2005.9.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-06-23 16:42 | 聖母マリア | Trackback(2) | Comments(0)

ハロルド(宇宙連合からの使者)からのメッセージ

わたしは宇宙連合より、この地球を無事シフトアップできるか
そのフォローをするために、この地球に遣わされた使命のある者です。
異形のように感じるかも知れないけれども、けっして野蛮なことはしないから
恐れず、心を開いて私の言葉を聞いてください。

この地球規模の大計画がこの日本より、仏陀といわれる方の手により
この後、地球が統合されるということ
そして、シフトアップされていくという
大計画が実行されるその時がきたということで
それを側面からまた応援できることを願い
私も日本に肉体を持つという手段を講じたのです。

あの時点で、仏陀自体の肉の身が迷っていく姿を見たとき
この地球の計画はまたしても失敗に終わるであろうと
私たちはそのように考えていました。
事実、本来の計画であるのなら、そこで終わりを告げるはずだったのです。
ほかの同じような、地球と同じような成長段階にある惑星もありますが
普通はあそこで終わりなのです。

全権主導を握るのは、束ねるのは
その惑星の最高霊域の指導霊というふうに決まっているのですから
あの方に代わる方が出るとは、地球を見回していて考えられなかった。
我々は側面からフォローする、お手伝いをすることは許されていても
我々が中心に立ってやることは禁じられているのです。
けっしてそれをやってはいけないのです。

宇宙の友として友好的な手段を、手を差しのべるということは可能でありますが
そこを地球人類、その惑星の人びと自体が霊的な意味においても
魂の成長、飛躍する意味においても目覚めていくためには
その惑星の人たち自体の手で成し遂げなければならない課題であるからです。

その時点ではもう不可能であると思い、私は肉体を離れました。
しかし、地球における指導霊の方がたは、けっしてあきらめることなく
万が一の計画を用意されておられ
そして、その実行に踏み切られることになりました。
そのことを聞いて、果たしてそんなことがうまくいくのであろうかと
私たちも危ぶみながらも引き続き見守らせていただいていたのです。

他の惑星においても、大指導霊と呼ばれている方がダメになったとき
それ程の霊格の方でなかったとしても
みんなで手をつなぎ合うことにより
乗り切った文明、惑星というのもあるのです。
それによってシフトアップできたという惑星もあるのです。

でもそれは、ひじょうに極めて稀な、稀なケースであって
そのようなことが皆無であるとは申しませんが
ひじょうに確率的には低いということを申し上げておきます。
ただ、今の現状を見ていますと
ひじょうにいい方向に向かっているんだなあと
改めて感心して、あなた方の活動を見守らせていただいております。

我々は地球を外側から見ているけれど
あなた方は自分たちも外側から温かい目で
地球というひとつの惑星を見られているというその認識がないから
自分たちだけでもがいているように思うかも知れないけれど
逆に地球というものを外側から見守る目があるということは
あなた方、地球人の意識をひとつにまとめていく、統合していくのに
視点としては役に立つ意見も出てくるのではないかと思うのです。
そのために我々がメッセージを送っているということもあるのです。

今、民族紛争や、さまざまなテロなどでいがみ合っている
破壊と混乱と分裂の地球の状態を見ていると
その人びとの心をひとつにまとめるというのは
自分たちの中でそのような矛盾を乗り越えて
ひとつにまとまれと言っても難しいかも知れない。

でも、外宇宙から来た者たちの視点というもの、メッセージというもの
そして、肉体を持っている三次元という肉の身以外の
物質界以外の世界からのメッセージというものを聴くことにより
自分たちがどういう位置づけにあり、どういう目的のために
そして、これから地球人はどういう方向に向かっていかなければいけないかと
いうことを学ぶには、今、あなた方がまとめている霊言集と呼ばれているもの
そして、これから宇宙の友、仲間たちからのメッセ-ジというもの
それを世に問うていくということは
ひじょうに意味のあることだと私は思うのです。

ほんとうの意味での知るべき知識を、ほんとうの意味での智慧を
地球人はまだまだ知っていない。
けっしてそれは難解なことではないんだけれども
認識において、まだ意識が浅すぎて判断が伴わない。

宇宙の中における地球の位置づけ
そして、この多次元構造の中における三次元という
今肉の身を持っている地球人というあなたたちが
どのような認識レベルの中でまだ取り残されていて
狭い、狭いところで、低い成長の精神的な発展段階にいるかという
その認識をもっとあなた方はわきまえなくてはいけない。

そのような段階を卒業するためにも
地球人同士の争いや、傷つけ合う分裂、殺戮
そのようなものから卒業していかなくてはいけない。
普通に今まで通りの人類の歴史でいったのならば
ただただ、そのような分裂と統合が繰り返されるだけだと思う。

でも、そのような発展段階ではなくて、もっとひとつの飛躍的な精神向上の
発展するベクトルというもの、それは全く二次元で考えていたのなら
いきなり三次元的な高さというところからポンと答えが出るように
人びとの意識というものを切り換えていかなくてはいけない。

それをすることをよってのみ、人びとの精神的な
霊的な目覚めというものが行われ
自分たちの本来の姿、本来の力、宇宙と直結していかにパワーを引き寄せ
自らの内在した力に目覚め、地球人が一体となって
新たな宇宙文明に通じる地球文明というものを構築していくことができるか。
それをあなた方が学ぶときがくるでしょう。

その視点がない限りは、今の地球人のこのようなレベルの低い
精神的な右往左往する状態を続けていても、いくら時が許されていたとしても
この先に未来はないということ。

それを、今ではいろいろな宇宙人がメッセージを送り
シフトアップとか、次元上昇とか、いろんな言葉を使うのでしょうけれども
要は心の中における自らの宇宙の意識の一部である
神の子としての意識に目覚め
神のエネルギーといかに同調していくことができるか
宇宙のエネルギーと一体化していくことができるか、そこの視点だけなのです。

そこからエネルギーを引くということがわかれば
我々の世界のような霊的な目覚め
成長、進化、発展ということに、地球人もあっという間にくることができる。
その方向のベクトルが、視点がないから
地球人はまだまだ、そのようなレベルの中で学びの場を提供しているのである。

もう少し高い次元に上がろうとしている
そのような惑星は、他にもいくつもあるということ。
でも、地球の周期において
このような時期がきたということは喜ばしいことであり
宇宙の友としては歓迎の気持ちでみな来ている。

だからこそ
一度はダメであったとあきらめかけた計画をここまでつないだのだから
ぜひこれを頑張り続けて、次の世代に、未来の地球をつくるために
あなた方は仕事をしていただきたいと思う。

さっきから言っていることは、あなた方の認識の中では
まだまだ根づいていないかも知れないけれども
今までとは発想のベクトルが違うということ。

それでありながら、あなた方がエル・ランティや仏陀に説かれた法として
地球的な言い方で言うのならば、魂は永遠であり、転生輪廻をしていて
そして人間はみな神の子であると言われている。
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神は外にあるのではなく内にある。
神の子としての自らの魂の中に、永遠の宇宙のエネルギーに通じるものがある。
神は宇宙を貫く愛のエネルギーであり、法則である。

それは宇宙を航海している我々から見たら、ひどく常識的なことであり
あなた方の世界で言うなら小学生でも知っているようなことなのである。
そこに、あなた方地球人が認識に至るまで、それをほんとうの意味で
人生の基本的な価値観として生きることができるか。

それが私の言う、発想の次元が異なるところに
あなた方が至らなくてはいけないという理由なのである。
そのために、その方向に導くために
あなた方レムリアの計画もあるのだということ。

それはけっして宇宙ものの中だけで
それだけが独立して空回りしているのではなくて
今まで学んできた地球系の神理というものに
しっかりと根ざしたところの延長として
我々のこの次元にくるのであるという、一貫性という連鎖の中に
神理というものがちゃんと説かれているのだということを証明するところに
レムリアの意義というのがあるのだと私は思う。
それだけの偉大な法であると思う。

それを一から建て直すのはたいへんなことであり
それをやるために高橋信次、エル・ランティという方が出られ
そして、仏陀という方が出られていたのであるから。

そこで完結できなかったけど、しっかりとした根は下ろしているわけだし
あなた方がしっかりそれを選り分けたのだから
その先にしっかりと、その上に大きく幹を張り
枝を張り、葉をつけ、花をつけてほしいと思う。

神理の大きな太い幹は、しっかりと根づいているのだから
あと、それにさまざまな彩りをつけていただきたい。
そして、天高く、宇宙までも届けと、愛の神理を語ってほしい。
それを伝えてほしい。
そこのところまで至れば
レムリアは大成功であるということを私は請け合おう。

けっしてこれで終わりだというふうな
失敗したというような結論を導く必要はない。
そこさえ出れば、また次の者たちがあなた方の援助をしに
協力をしにやって来るでしょう。

そこの根本を仏陀は塗り替えて、歪めていってしまったから
天上界とのパイプというものをつまらせてしまったから
私はもうダメだと思ったのである。

我々と通じているということ
そして、天上界からのメッセージを受け取れるということ
そのことにほんとうの意味がある。
それがなくてはこの計画は成り立たないということ。
そこができない者が指導者にはなれないということ。

それを仏陀の姿を見て
我々は失敗であるというふうに判断した理由でもあります。
でも、希望をつないでくれたあなた方に心から感謝をしよう。
そして、地球のために心から祝福し、喜びの賛辞を贈りたいと思う。

失敗し、あきらめてしまうのはいとも簡単なこと。
希望をつなげていく努力をすることこそ、真に意味のあることだと私も思う。
だから、あなた方の思いの中で、もしできることがあると思うのなら
この地上の命をかけて、魂のきらめきの、輝く光を輝き渡らせて
人生をこのレムリアにかけてみるほうが
今世の、生きたという目的の達成のためには
いちばん有意義なことであると私は思う。

三次元の肉体など、脱いでしまえばただの抜け殻である。
でも、この三次元に肉体があればこそ仕事もできる。
この三次元の意味は意味として重要なことではあるけれど
いちばん大事なのは私たちの中にある
神性というきらめきに満ちた、光に満ちた、その魂の気高さにある。

その魂が永遠であり、その使命を負っていく限り
あなた方は何も悲しむ必要もないし、悲観することもないのである。
その魂の素晴らしさ、永遠性
そして、三次元の肉体だけがすべてだと思うことからくる
不幸だという悲しみや、間違った不幸の概念から地球人を解放してあげることが
あなた方の使命でもあると私は思う。

先ほど言っていたが、人生やるべきことを終えた魂は、早く肉体を捨てて
永遠の世界に戻って行ったほうが、苦しみは少ないのである。
逆に、長くいて、まわりに迷惑をかけて、反感や恨みを買うくらいならば
やるべきことを終えたものはとっとと帰ったほうがいいのである。

それは魂にこそ本来の価値があると思うからこそ、そういうことも判断できる。
それを冷たいとか思うこと自体が魂の幼さであり、無知さの表れであると
私はそのように思う。

そのような段階から、もう早く抜け出てくるような、そういう地球人であれと
そのために大いなる成長と飛躍の時が今、地球にきたっているということ。
ぜひ、この成長のチャンスに乗って、あなた方の星を、この惑星を
愛と光で輝き渡る素晴らしい学びの場とできるように
心からあなた方の使命と成功を祈って祝福を贈ろう。

(2006.2.2 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-06-22 16:34 | ハロルド | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(8)

愛の奉仕活動、愛というもの、信仰というものは
自らの人生を投げうってでも
ほかの人びとの幸せのために生き抜くことだということを
イエス・キリストは教えてくださいました。

その教えの中で、我々キリスト教関係の者たちは自らの人生を投げうち
光の柱として、愛の光として、この地上を照らすために献身的なまでに
この地上の愛の教えの中に道をひらくために
人びとはキリスト教霊団として努力してきた、今までの道筋があるのです。

これからは、キリスト者としてとか、仏教者としてとか
イスラム教徒としてとか、ユダヤ教徒としてという
その硬い殻を破らねばなりません。

愛という名のもとに、神の、宇宙の根本摂理が愛のエネルギーであり
神のその愛により生かしていただくわたくしたちが
愛あふれる光の神の子であるということを思うのなら
今一度、神の愛の奔流に統合されるために、人びとは心の垣根を取り払い
大いなる父なる御胸の愛の中に
みんなで飛び込んでいかなくてはなりません。

どの宗派が、どの民族があろうと
人びとは皆、神の子兄弟なのであるということ。
そこをつなぐ唯一のアイデンティティーが
「愛」というキーワードにあるのです。

それは、いかなる心の障壁を、壁を、すべてを乗り越え
宗教、民族、文化、そういうものすべてを乗り越え、垣根を取り払い
愛というものの中で、人びとが統合されていく時代。

それを最終ユートピア建設の時代といい
そして、大救世運動最後の、大救世運動と呼ばれている
今の時代の象徴として呼ばれる言葉なのです。

愛の中に、愛という言葉の中に
人びとがすべて統合され、まとめられていく。
今まで学んできた知識、知恵というものが
一度地球というるつぼの中に投げ込まれ
人びとはそれが過渡期的なものであったのだと
最終的に到達するべき愛の神理はここにあったのだと
そのような高い境地から人びとを指導していた
霊天上界があったのだということ。

我々が一人ひとり別々の宗教でメシアと信じていた方がたが
実は天上界ひとつの中におかれる指導霊、大指導霊であったという事実に
人びとがほんとうの意味で認識し学んだときに
この地球規模での統一というものが行われるのです。

それには今までとは違う、次元の違う、愛による精神的なルネッサンス
大ルネッサンス運動という精神改革、革命的な
そのような価値観への離脱というものが行われなくては
人びとが、このように愛という精神のもとに
統合される時代というのは来ないのです。

イエス・キリストが二千年前に説かれた愛というものの本質を
語られておられました。
それを学びながら、それでいながら、いまだかつて
人びとは愛の本質というものを生きることができないがゆえに
このように地上で醜く争っているのです。

人びとは今一度、この愛というものをほんとうの意味で
聖書や経典の中の言葉として学ぶだけのものではなくて
自らの人生を燃焼させ、燃え上がることにより
愛というものがどういうものであるかということを
全身全言をもって、生きざまをもって表現していくという
そして、それを通して自らも魂に刻みながら
最終的な愛というものがどういう段階であるかということを真に学ぶ。

その方がたにとって、今回はひとつの集大成であるということ。
そのことを、もっとご自分たちの魂に、肝に銘じて生きていかれることを
そのことをわたくしは望んでいるのです。
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このように魂が大飛躍できるような、このような歴史的な瞬間というものは
人類の歴史の中でもそうたびたびあるものではないということなのです。
このように魂が成長できる、このように素晴らしい飛躍の時が
この歴史的な瞬間の中に肉体を持ち
ましてや、このような霊言を次々と聴きながら
生きながらにしてこのような
天上界の神の叡智というものを学ぶことができる
この人生というものを神に感謝していただきたいのです。

わたくしたち、天上界の高級指導霊のことを言っているのではありません。
宇宙を統べる根源としての愛の化身
宇宙の奔流である愛の神に心から感謝していただきたいのです。

そして、感謝するのであるのならば
神がわたくしたち一人ひとりに期待された愛あふれる人生を通して
その感謝行というものを返して参りましょう。

あなた方が、今たいへんな時代を生きようとなさっているのは
わかっているのです。
でもそれは、地球の方がたが地球人として
今までの古い殻を破り、新しい殻へと
新しい形へと脱皮し成長するために、蝉が硬い殻を抜け出すように
蝶が毛虫の殻を、さなぎの殻を破っていって
美しい蝶々として生まれ変わるように
今そのようにさなぎから、硬い、硬いさなぎの殻を破らねば
蝶として出発もできないし、蝶としての可能性がありながら
そのさなぎの中で息絶えてしまうという
そのような現実になってしまうということなのです。

ですから、今世の大事な人生
今を生きるという意味においては
今世は一度きりの人生であるということ。
その一度きりの、今という現実のご自分たち、一人ひとりの環境
お一人おひとりの状況を通して、あなた方は何がおできになりますか?

愛あふれる奉仕というのは
キリスト教のブラザーやシスターたちに任せておけばいいのではなくて
信仰心における愛というのは
すべての人びとの人生の中できらめくべき問題であるということ。
そのことをあなた方は肝に銘じなくてはなりません。

けっして一部の宗教者たちだけが愛あふれる奉仕の人生ではなく
あなた方が、お一人おひとりが
自分の中においてできることを探していただきたいのです。

(2005.9.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-06-19 07:54 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

ゼウスからのメッセージ(6)

今回の者たちを見ていてわかるであろうが、心に油断をするな。
自分の能力にうぬぽれ、自分の心の中に迷い込んできた
その一筋のかどわかしに引き倒されていくような
そのようなことがなきよう
自らをしっかりと、反省により管理していきなさい。

そうでなければ、いくらこの者が脇に置いておいてあげたいと思っても
我々も、ともに連れて行きたいと思っても
もう、連れて行くことができないということ。
それがその本人にとっても、ためにならぬことであるということ。

それを、一緒に行きたい、一緒に行きたいという者たちが多いのは
諦めきれないのはわかるが
であるならば、なぜあの時に、無私な思いになれなかったかと
そなたたちは、まだ反省をしていないではないか。

それで、「この計画について行きたいのだ」と
「見捨てるな」と、駄々っ子のように言っても
もうこの計画に、このレムリア号に
乗船する資格はなくなってくるのであるということ。
それだけの、厳しさのあるところを生きているのであるということ。
そのことを、彼らの姿を見て、そなたたちも胆に銘じなさい。

何でもかんでも、なし崩し的に、臭いものに蓋をして
全員を連れて行ったからといって、いいものができるわけではない。
ましてや、この最終的な計画の中で何度もつぶされてきた
この、下の者たちが狙っているその中で
いかにこの純粋な理念を継続していけるかということは
命がけの仕事であるということ。
自らの厳しさに常に向き合いながら、この計画を進めていかなくては
とてもではないが、このような高度なレムリアの仕事はできないのである。

何ゆえに九次元が担当するか。
それは、それだけの実力を持った者でなければ
継承できぬものであるということ。
九次元の保護下、監視下のもとでなければ
継続される計画ではないということ。
そのことを、そなたたちは、もっともっと深く認識していきなさい。

我々の言葉を直に伝え、そしてそれを文章にし、CDにし
直に、ある意味で言うと
大衆伝道、布教をしていけることができるということ。
そのような時代に巡り合わせたということ。
そしてそれにより、今、仲間を呼び集めようとしていること。

何度も言ったが、生半可な者はもういらないのである。
中途半端な者はいらないのである。
そなたたちが、ほんとうに腹をくくってきたように
ともに腹をくくって頑張りたいと思う者たちを呼び集めよ。
その者たちと、また歩んでいけばよい。

レムリアは常に脱皮をしていく。
脱皮をしていくたびに
ついて来られぬ者たちは、後ろに残っていくしかない。

どこまでも、どこまでも飛躍していくフェニックスのように
そなたたちも、どんどん自分の意識を高みに
向上させていくところに切り替えていかなくては
この計画にはついて来られぬ。

ある意味でいうと、九次元が降ろしている計画であるということは
九次元と同じような認識に最後は立っていくぐらいの
すべてを捨てていく、自らを飾るものすべてを捨てていくという
神の使徒、愛のエネルギー、神への感謝のエネルギー
一途になっていくという光へ戻って行く道なのかも知れぬ。

多くの者たちを救い、この地球の歴史そのものに足跡を記し
愛の星に変えていく大事業であるということ。
そのために、孔子も出られておられる。
九次元がこのように立て続けに出られ
そして我々の言葉が
このように地上にシャワーのように降ってくるということ。
そのような時代に、今、巡り合わせているということ。
このような場にいるということ。

けっして慣れるでないぞ。
慢心するでないぞ。
今、ここにいて、この席にいて言葉を聴けるからといって
そなたたちが偉いとか、そなたたちでなければ聴くチャンスはないとか
自分たちこそが選ばれた者たちであると、思った瞬間落ちていく。

そのようなことを思ってはいかん。
そなたたちは全人類の代表者として
今、聴いて、ここの席に座らせていただいているのだと
そのように思いなさい。

それが、そなたたちの実力を侮ることではなく
その言葉、その思いが、そなたたち自身を守ることになるであろう。
だから、わしは今、そなたたちにそのように言っている。

よいか、自分の身を守るということは、自らに厳しくあるということ。
自らを厳しく戒めることによってのみしか
そなたたち自身を守ってやれない。

我々がいくら守ってあげたいと思っても
これからやる計画の高度さを考えると
未熟な思いの中で、欲というものがむくむく出てくると
あっという間に引き倒されていくのである。
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これからが本番である。
まだまだ本番にはなってはおらぬ。
まだ、この、CDが出たという段階がスタートである。
でも、ここまででも、そなたたちは数々のことを学んだであろう。
そして、これから、世界に向けてレムリアが出て行く。

そのときに、東洋の思想、西洋の思想すべてを、そこの中に内在させ
それを集大成した考えというものを
神の国の思想というものが現れてくる。

焦らなくてよい。
今の時期はそなたたちの認識と、覚悟と
今、地球上において何か必要かということを、焦点を絞りながら
我々は、順番に降ろしているのであるから
そなたたちの覚悟も、認識も、人材も集まってくれば
それに応じて我々からも、順番に神理というものを降ろしていくであろう。

そのことをもって、焦ることなかれ。
けっして焦ることなかれ。
焦ったことの中に、ろくなことはない。

もう、どうせここまで遅れたし、やり直している計画なのだから
よいか、そなたたちの中に不退転の境地だけをしっかりと刻み
無私なる思いで、この神の言葉を地上に伝えていくのであると
そのように思っていくならば
この地上は、必ずや素晴らしい神の光の導きの中で
愛の星へと変化する道へ、変わっていくであろう。

あのまま放っておいたのならば
もう二度と神のもとへ戻って来ることは、かなわなかったであろう。
しかれども、今再びこの地球が、この文明が
神の愛の懐のもとへ向かって歩みだした。
この地上を浄化させるためにも、愛の星にしていくためにも
いくつかの戦いが、これから行われるであろう。

でも、まず思え。
戦いの基本は、自らの心の内から始まるのであると。
心の内に、様々なトリックの中に、誘惑がくる。
そんなことをもってでしか
地下の者たちは、そなたたちに戦いを挑むことはできないのである。

肉体を持った人間なればこそ
様々な惑わしも、弱さも、苦しみもあるであろう。
でも、そのようなことを脇に置いておいてでも
まず神仏の使徒として、この第三の計画の使者として、ひたむきに生きよ。

ポセイドンも言っていたが
そのひたむきさの中に、神仏の使徒である姿を、多くの人びとは感じる。
たいした一流のランナーでなかったとしても
精一杯、その聖火を持ち、雨に打たれても、雷に打たれても
ぽろぼろになりながらでも走り続け
そのたいまつを次の世代に渡そうと走り続けるランナーの後姿を
いつしか街頭で野次を飛ばしながら見ている者たちの胸の中に
深い感動として、必ずやその姿が
本来の神の使者であったということを気づかすことになるであろう。
常にそうやって、神仏の使徒というものは仕事を果たしてきたのである。

いつの時代に預言者が地上に降りても、そんなに歓迎されたことはなく
常に、常に苦しみと、偏見と、人びとの罵言雑言の中に
人生を悲劇的に終えていっているものである。
だから、神の言葉を預かる者たちというのは、ひじょうに恐れ
そのような使命が降りるということを嫌がったものである。

されども今ここにおいて、再び神の言葉が降ろされている。
この言葉を、どうか嫌がらず、力強く誇りを持って
間からどのように悪く言われても
我々の言葉を、火を消さぬように守って、この地上に残していただきたい。

これこそが人類の遺産であると
今はわからなくとも、そのうちに、百年もたてば人びとは
あのように素晴らしい時代があったのだと
後世、生まれてくる者たちは、「ああ、あの時に、あの時代に、
あの日本に生まれていたら、どれだけ幸せであったであろうか」と
そなたたちの境涯をうらやましく思う時代がくるであろう。
そのことを思い、そなたたちの使命というものを、しっかりと腹にすえ
今やるべきことをしっかりやりなさい。

(2002.11.20レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-06-18 09:13 | ゼウス | Trackback | Comments(0)

ヘルメスからのメッセージ

私は、あなた方の文明の中において
エル・カンタラーと呼ばれし者の生命体のひとつとして
かつて、ギリシャの地により
ヘルメスと呼ばれた意識のひとつでございます。

このたびはわが使命を全うすることがかなわず、あなた方において
たいへんなご苦労をおかけしていることを心より申し訳なく
まず、そのようなお詫びをさせていただきたいと思っております。

私がヘルメスとして、かつてギリシャの地において生まれしとき
我らがギリシャの地というのは、まだまだ、戦乱に次ぐ戦乱の中において
人びとの生活は、幾ばくも安定する状態にはございませんでした。

しかし、神理を降ろされた後に、私は人民に希望を与えたいと思い
繁栄、発展の原理というものをもって、人民の気持ちを、人びとの気持ちを
明るい方向に、持っていく方向につなげていったのです。

かつてのギリシャの教えについては
ポセイドン、ゼウス、ヘラ様と呼ばれる方がたが
あなた方にメッセージを送られておりましたので
重なることは避けたいと思います。

私の生命体が今回、日本の地に下生し
さまざまなる神理知識というものを降ろしました。
それが今後の世界に向かってどのようにつながり
繁栄、発展していくかということ、そのことのほうが、私にとっては
あなた方に、ためになるのではないかというふうに感じております。

これから先の地球の未来をつくっていく上で、私が思うことを
あなた方に今回、初めてでございますので
メッセージさせていただきたいと思います。

今、数々の経済学者という方がおられて
資本主義、共産主義というイデオロギーの闘いの中において
人びとは数々の試行錯誤を重ねてまいりました。

人びとの中にあるものは
いかにしたら人びとを幸せにできるかという理念であったと思うのです。
富の平等化、そして機会の平等、均等化ということを通して
人びとがいかに貧困にあえぐ中から、物質的な部分を通して
人びとを幸せにしていくということはいかなる道であるかということを
経済活動を通して考えてきたのが経済学者であり
また社会的な意味での、法律、社会機構を学ぶ者たちであったと思うのです。

イデオロギーの対立ということが
近現代においてそれぞれの結果を、終着を見ております。
共産主義という体制が、今においては、もう意味をなさぬものであると
ひとつの文明実験の結果であったということを
人類は学んでいっているはずなのです。

人類にとって、答えをいつも与えることが我々の使命ではありません。
人類が文明の実験の中において、ほんとうに何が正しいかという方向を
その身をもって学んでいくという、その学習の場を
チャンスを与えるようにセッティングすることが我々の使命であります。

イデオロギーによる対立というものが、いかにむなしいものであるか
富による平等化というものを押しつけることが
いかに人間たちの、神の子たちの意欲をそぐことであるかということ。
そのことを数々の対立の歴史、こういう抗争の歴史の中において
人びとは中世以降、学んできたのではないかと思います。

そして、これにおける共産主義の終焉をもって
これから新たな時代の幕開けがなされていくということ。
共産主義体制というものが否定され
今、民主化という流れになっているけれども
では、民主化という流れの中において
資本主義体制というものが勝利したかというと、私は、そうは思いません。

そのような二元対立の相対論の中において
あなた方が学ぶという意味においては有効であったかもしれないけれども
そのような相対論の中において
あなた方が学んだ資本主義体制、民主体制というものが
けっして完全なる善であるということを我々は思っていないし
人びともそのうちに、それを身をもって学ぶことになることでしょう。

今、共産主義の崩壊の後に
資本主義体制の崩壊というものが行われております。
そのようなものが、もう少し時の流れの中においてー。
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今は資本主義体制のトップとして、世界をリードする国として
アメリカという国があるでしょう。
でも、そのような国が、そのうち音を立てて崩壊する時が来るのです。
資本主義対共産主義という二元対立の抗争があった中で
片方が先に滅びたからといって、片方が勝ったわけではないのです。
そのどちらもが本来の道ではなかったということを、人類は学ぶために
我々はその時をかけて見守ってきたということなのです。

かといって古代のような、徳治政治と呼ばれているような
そのような神につながる善なる指導者をもって
人民をすべて指導していくというような、そのような体制が
もうこれから後の世において有効であるかというと
私はそのようにも考えておりません。

かつて古代の時代には、巫女と呼ばれているような方がたが
日向と呼ばれているような、ああいうデルフォイの神託のようなものを通して
人びとは天上界につながることによって
人びとに天上界の指導を地上に降ろしていくことによる
一部の徳ある大指導者によって人民を治めていくという体制があったのです。

そして、それ以降、それの形骸化した形として
中世の専制君主制というものがあったかもしれません。
でも、それの流れを通し
一時、反動のような共産主義、資本主義という
機会平等の形があったかもしれないけれども
これからあとにくるものは、そのような体制ではないということ。
人びとが、ある意味で、その総合的な合算されたものの中に出てくる
社会体制というのが出てくるのです。

それは、自ら一人ひとりが、神の子であるという認識において
神の子としてどのようにこの地上を治めていったらいいかということを
一部の為政者だけに任すのではなく
一人ひとりが、みんながそのように願いながら
共産主義とも資本主義とも言えないシステムを確立していくのです。
その結果、平等な神の子の機会均等システムというものが現れてくるのです。

あなた方には、わからぬ。今、まだ想像もできぬことかもしれぬ。
でも、他の惑星体制の中において
進化した惑星ではみな、そのように生きているのです。

誰かひとりの王族、誰かひとりの絶対的なる権威者によって
あなた方を治めようとするのではない。
高圧的に、支配的にするのでもない。

一人ひとりが神の子だという意識に目覚めることにおいて
人びとが手をつなぐことにおいて、この地球を守っていくのは
一人ひとりの責任であるということをもって
自らが神に結びつき合うことにより、縦の神との連結において
横の人びととの手を取り合う関係の中におき
この地球という惑星を素晴らしい進化発展にもっていく。
それが、経済機構においても、政治体制においても
確立されるべき時が来るのです。

(2005.6.11 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-06-17 08:57 | ヘルメス | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(20)

魂が永遠の命を持つ転生輪廻をするものであると
本来生きているのがこちらの実在界であり
こちらの人間界は、ほとんど数十年の修行場であるのだということを
みんな聞いているにもかかわらず、やはり地上の生に執着をし
地上の名誉や肩書きやお金や
さまざまな、まあ家庭的なこともそう、子どももそうですけど
そういう幸せに執着するのです。

何かに必要以上に執着したときには、そこには愛は死ぬのです。
愛といいながら、愛ではなくなってるということ。
その中に、ほんとうに愛を実践していく
光の使徒としての仕事はなせないのです。

あなた方がやろうとしているのは
神の使者としての仕事を問われているのです。
であるならば、その自覚をしっかりとつけることです。
腹の底から、腹をくくることです。
中途半端な腹のくくりはひじょうに危険だということです。

であるならば、ここから出て行ったほうが、本人たちのためであるということ。
それを、以前のやめていった者たちにも言ったはずなのです。
それならば、今のうちに出て行きなさい。
それで、「その覚悟がつかないのであるのならば
ここにいると逆に危険なのですよ」ということを言います。
そうすると本人たちは「切られた、切られた」と言いますけれども
彼らがつかんでいるものをもって、この先に上がっていくことは
もっともっと彼らの魂の死を意味することになっていったのです。

ですからあなた方はここまで共に歩んでこられたということ。
そのことをもって、今あなた方の心がけが
ひじょうに透明なものであるということをみてわかるのです。
でもこれから先に上がるときに、今度は今までとは違う
もっと新たな世界に向けてレムリアが動いていく。
世界の人類を救済していく、それがレムリアの使命。
それが神の本来の大救世運動の使命の神髄であるということ。

そのことをあなた方自身が自覚なさるのならば
ご自分たちの心をしっかりと、腹を決められ、ご自分たちの心を整理されて
つまらぬ欲を捨てて、執着を捨てて
そしてそれは向上心とか仕事をしなくなるということではございませんよ。
それはしっかりとおやりになっていただきたいのです。
でも、仕事をしっかりとし、家庭を大切にし、社会をしっかりと守る。
それは当たり前のことなのです。
ただそれ以上の欲を持ってはいけないということです。

逆に言うと、もしそれで殺されたとしても、殺されればいのです。
はりつけになったイエス・キリストはどうでしたでしょうか。
一生懸命法を説かれ、法敵と戦われ
ゴルゴタの丘で十字架につけられ、なくなられました。
でも、イエス・キリストは負けたでしょうか。

いえ、死なれたからこそ
その後語られて、多くの魂を、世界中の方たちを救ってこられているのです。

ジャンヌ・ダルクは、最後火あぶりになって死にました。
魔女という汚名を着たまま彼女は火あぶりになって殺されていったのです。
でも彼女は、そのまんまで負けたでしょうか。

そんなことはないはずです。
彼女の勇気をたたえ、多くのフランス人たちが自由のために
そして神のもとへ帰ってきたのです。
神の奇蹟をそのままに見たのです。
聖なる神の使徒というものは、まことこのような人であったということを
目前で見ることができたではありませんか。

ですから、地上の生、地上の肉体、まだあなた方を見ていると
まだまだこの地上のものに執着しているのが見えるのです。
そこまであなた方に期待するのは酷なのかもしれない。
それもよくわかるのだけれども
今回あなた方が必要以上に恐れていることこの者を見ていても
必要以上に恐れているものを見ていると、自分の日常を守りたいとか
まあ子どもを守りたいということもありますけれども
やはりそういうものを必要以上に抱きしめすぎているということ。

駄目ならば駄目でいいのです。
だからまず最初に、この者を通して霊言をとるのです。
そして、レムリアとしてのビジョンを、これから先に何をするかというビジョン
ひじょうに出てきているはずなのです。

ですから、レムリアを通して
この世界救世運動がどのような方向に行くかということは
ずいぶん見えてきたはずなのです。
その青写真が出てくる。
それを降ろすために、今霊言が行われているのです。
知的欲求を満たすためだけにとっているのではないのです。

だから、ベートーベンがああだ、こうだとか
わたしは芸術はあまりよくわかりませんけれども
それはそれでいいでしょう。
文化のひとつの次の発信となるでしょう。
でも興味本位で、知的な興味本位で
過去の霊人を出してきてそれを出すならば
それはレムリアの仕事ではないということを、申し上げておきたいのです。

レムリアは改革者、革命家たちが多いのです。
そのためのビジョンを降ろすための霊言であるということ。
天上界の叡智を降ろすための仕事というのはあります。

でも、やはりそこにおいて次の
大いなる愛の星へ変われる、ステップアップがなかったら
どれだけ高度な芸術論や文学論を降ろしてみたところで
それが繁栄発展する星自体がなくなっていってしまうのです。
人類自体が滅びていってしまうのです。

そんなことの前に、今は急場を、とにかくこの地球意識を
この地球レベルから、宇宙の仲間たちと同じ意識にもっていく。
まず、そこを優先していただきたい。
そしてこの急場を、マイナスエネルギーとの戦いの中で
やはり少しでもプラスの方向もっていけるようにしていただきたい。

その本来の意味が、その方向性がしっかり理解されてこそ
それを大衆伝道の中において
芸術という方法論を使って打ち出されていくのであるのならば
とても意味があることなのです。

でも、過去の印象派がどうであった、なんであったということを
単に好奇心だけでもって、霊人を呼んで話をするとしたら
それは方向性が違うということだけを申し上げておきたいのです。
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そんな時間はないのです、レムリアは。
だから、やはりこれからの方向性というものをしっかりと認識したのならば
今また新たなお坊様たちが現れました。
あなた方が、みんなで力を合わせて、易しい法で新たな
まあ、宗教ではない、宗教ではないのです。
まあひとつの神理、宇宙の神理であります。

ですけどもこのレムリアとして、宇宙神理としての地球神理の総結集として
易しい言葉で伝えられるような、そのような理念というもの
そのような、天上界から伝えられている
今まで降ろされてきたものを通しての
理念というものをあなた方がまとめ上げるのです。
法の編纂というのはそれだけの壮大な力を持つものなのです。

ただ、いま霊言を一方的に受けて
それを、テープ起こしをして、本を出していただく
それだけでもたいへん素晴らしい手間のかがる
たいへんなお仕事だと思っております。
感謝しております。

でも、それを通しながら、今度はあなた方がその内容に応じて
今度は老いも若きも、神理の知識のない者たちも
そして、海外にいる者たちにおいても、易しいわかりやすい言葉で
伝えていけるような、そのような内容をつくっていく。

それがあってこそ、仏陀が亡くなったあとに
法の編纂をやられた方たちがおられますねえ
仏典結集をなさった方がたがおられます。
そのような仕事も、同時にあなた方は今やっていくのです。
そのようなものをもって、やはり次の時代につなげていく。
それが編纂事業としてのレムリアの使命であります。

そして未来に対するビジョンであります。方向であります。
そのしっかりとしたビジョンと、その法の再編纂したものをもって
次の者たちがますます社会改革にいくのです。

あなた方まで社会の政府やイデオロギーを倒して
社会を変えていけと、そこまでは申しません。
それはあなた方の仕事ではないのです。
次の者たちの仕事なのです。

それこそ彼らは自分の命を賭して、捨てて
やはりやっていくことでしょう。
途中にはその使命を果たせず、若くして散っていく者たちもいるでしょう。
でもそれを覚悟で出てきている者たちなのです。

ですからその者たちのことを思ったのなら、あなた方が今法敵と戦いながら
このような仏典を、このような法を編集していく
再編纂していくという仕事は
まだまだある意味で安全なところにいる仕事だと思われて
この仕事をしていただきたいと思います。

(2005.7.23 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-06-16 16:06 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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