地球を愛の星へ

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ベーエルダ星の光る人からのメッセージ(3)

私たちは、宇宙の中でワンダラーのように
いろいろな惑星から惑星へ行きながら
お節介のように思われるかもしれないけど
まだ私たちが手を差し伸べる余裕のある惑星に行っては
お世話をさせていただくというような、そのような使命を持った者たちが
ある一定水準の惑星になると
みな、あなた方でいうと何ですか、各国の大使ですか
外交官のような方たちが出て、他の国へ行って
大使館をつくってやっていているではないですか。
それを惑星単位でやっているのです。

だから私はベーエルダを代表して
今地球での担当官として、今伺っているということなのです。
ベーエルダの出身の者たちが、一体今の地球の方がたに対して何をもって協力し
この惑星の方がたの自治権、自治体制、そういうものを侵すことなく
でもともに繁栄していくためにどういう役割ができるか。
それを私たち宇宙連合の者たちは、役割を互いに分け合いながら
今この大転換期の地球に対して見守りながら
ひとつの自分たちの使命を果たしている。
それが今の現状でもあるのです。

ですから、ひじょうに多くの惑星の方たちが今来ておられる。
私が見ているだけでも、十二、三名の惑星の方たちが中心になって
今地球の進化、発展という
この大プロジェクトを側面から協力することによって
この救世の計画と呼ばれている
エル・ランティたちが立ち上げているこの計画を
成功させようと、側面から応援に参っているのであります。

今あなた方に科学の技術を、ワープの仕方を教えていくことが
私たちのやるべきことではなく
心の次元の扉を開いていくことだということを
バシャールは先週言ってたようにも思いますけれども
バシャールという方も、あの方は、あの星の代表者のひとりとして
精神面における指導者的な方でもありますので
地球においてひとつの教えというもの
それを分かち合う、それを伝えることを許可されている方でもあります。

やはり地球霊界の許可があって、みんなそれぞれの担当を組んでいるのです。
私たちのような科学の星は、あなた方が精神革命
ある意味で地球ルネッサンスと呼ばれているものが、ほんとうの意味で
神の子の、本来の立場として実現し、心の調和というものが整った後に
宇宙に対して心を開いてきたときに、次の段階としてあなた方に
科学技術、ワープ航法、物質波動論というものを具体的にお教えする
そのような役割の位置にいるのです。

今やれるものではないということをお知りおきください。
今あなた方に言ってもわからないし、もし言って下手に悪用されても
今の段階では危ないということが事実なのであります。

ただ私たちの星の中において、みなどの星でも、先に進んで行ったら
じゃあそれが絶対的にあなた方より良いのかというと
そうでもないということを、私はひとつお伝えしておきました。

それはおおかたにおいてはやはり優れているのです。
ですけれども、やはり今
あなた方のある生活の中にしかやはり輝いていないもの
たとえばそうでしょう、あなた方の現代の都会では忘れてしまったけれども
はるか百年前の、たとえば時代ならば、地方の暮らしになっていたのならば
とても不便かもしれないけども、そこにはそこの素朴な人間関係があり
大自然とともに、人びとは苦労しながら
幸せというものを体で感じ取って生きておられ
家族のきずな、ひとつの共同体としての喜びというもの
そういうものが満ち満ちて
ある意味でいうと幸せというのはどういうものかと考えたときに
けっして現代の都会の人の方が幸福であって
百年前の地方の方が不幸であったとは
言いきれないものがあるのではないのでしょうか。

ですから、それと同じで、進化発展というものが、ほんとうの意味での魂の成長
神の子としてますます豊かなものを生み出していくものであるのならば
科学技術とか、先に文明か進んでどんどん使利になっていくということ
数々の多くの発見をしていくということは、より豊かな道にはなりますけれども
心というものを、魂の神の子としての幸せというものを
どういうふうに感じ取っていくかということをしっかりと学んだ
学んだ成長とともにないのであるのならば
逆にいうとそれは、不毛なものをつくり出し
幸福感とはまたかけ離れた惑星、文明の状況というものを呈してしまうという
戦争ほど愚かではないけれども、行き詰まった閉塞感のある
もう進化発展などの可能性を発見することのできないような
そんな時代をつくってしまう
文明をつくってしまうということにもなりかねないのです。

ですから、今あなた方が学ばれようとしていること
それはたいへん大切なことであるということ。
自分たちがどういう心の針というもの、心の価値感というものを
しっかりと中心に据えるかによって、幸せというものは無限の可能性とともに
あなた方に開かれもすれば、閉じられるものでもあるということ。

そのことをあなた方は今、根本理念において学ばれようとしているのです。
そこがあってこその科学技術でもあります。
それをわかってこその
大宇宙のさまざまな情報を仕入れるだけの意味があるのです。

そんなものばかりを知っても、肝心な心の部分において
自らがどういう存在であり、どういう可能性に満ちた
どういうすごいパワーを持った存在であるか。
そして周りにいる仲間たちが本来は、自分のエネルギーの一部であり
自分たちが、みんながほんとうに愛しあうということ、助けあうということ
それはひとり一人の個性や自主性ということを
けっして阻害することではなくて、互いに讃え合い、認め合うということが
ほんとうの意味で自らの光もより一層光らしていく
そういう可能性の中にある道である。

そういうふうに生きていくこと自体に無限の進化発展と、喜びがあるのであり
神の、大宇宙の神のお心は、そこにあるのだということ。
そのことをしっかりと学ばずして
数多くの情報や科学技術の発展などは無用の存在であるということ。
そのことを今この節目において、地球の節目において
あなた方はしっかり学ばれることが必要であると思うのです。
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どれだけ便利になっても、人というのはどんどん、どんどん
便利さというものを求めるのです。
そのうちに子孫をつくるということも、なぜあのように
あなた方ですと十月十日ですか
ひじょうに長いですね、その間おなかに女の方は赤ちゃんを入れて育て
大変な痛みとともに生まれると聞いています。

そういうこと自体が、そういう営み自体が無駄であるとして
ますます便利に便利にというふうにしていって
結果的に子孫を残せなくなっていく
そのような宇宙人たちもいるのです。
感情においての喜怒哀楽は無駄なことであると思って
そういうものを否定しようとした方たちもいるのです。

その中において、殺し合ったりとか、そういうことはしないにしても
自分たちが少しでも楽に生きていくことを求めるがあまり、追求していくと
本来の不自然さ、神の意に沿わぬ道にいったときには
やはり種の消滅というような結果をもって学はされるということがあるのです。

すべての選択権というものに間違いはないのです。
間違いということを言うよりも、あらゆることが可能であるからこそ
その過程の中でこっちの方にいったらば違うんだ、ということを学ぶために
私たちは永遠の命があるということを
あなた方は学ばなくてはいけないのです。

たとえば核戦争をしてはいけない、と言うことは簡単かもしれない。
でも、核戦争をしたらどんなことが起きて
あなた方がどのような不幸になるかということを
核戦争を起こさなくたって学ぶ惑星の者たちはいるし
起こしてみなければわからない者たちもいるのかもしれません。

だからあなた方の中において、このような危機的な状況の中で
そこまでいかなくても、学べばわかるということの中で
どうかこの地球的な危機を回避して
せっかくここまで文明をつくり上げてこられたのですから
そのハードルを越えて
ともに人類みんな愛し合い、宇宙の仲問たちにも目を開き
みんなで手を取り合って、この宇宙連盟の一員として昇格し
地球人として宇宙人の仲間入りのできる、そのような惑星の仲間として
今回私たちの仲間に入られることを
私たち宇宙連盟の者たちは待ちわびているという
そのような立場であるのです。

あなた方は、地球霊界の高級霊と呼ばれている方たちからの指導の中に
今まで魂を学ぶ歴史を育んでこられました。
そしてほんとうの意味でここに気づいたときに
あなた方は一人ひとり自分の力に気づき
そしてほんとうの意味であなた方自身が光り輝き出し
あなた方自身が本来の、周りに対する指導者となっていく
光を放っていくというそういう力が出てくるのです。

今まではあまりにも地域共同体
宗教とかそういうものに依存する形で生活をしたり
文明を発展させてくる傾向性が多かったと思うのです。
これからは、全体の中の一部というのを理解しながら
個として自立していくということ。
自らが神の分身であるのならば、自らの個性においては、自分の責任において
あらゆる可能性に挑戦して、より少しでも多くのものをもって神に返していく
周りに返していくという、無限の追求という
その可能性の中にあなた方が解放されていく時代がくるのです。
それが魂の、精神の解放の時代なのです。

今あなた方は、私たちから見ると
手にたくさんの可能性を、黄金の体を持ちながら
少しも自らの力に気づかず、自分たちで「苦しい、苦しい」と言って
苦しみだけを感じている
不自由な足かせをつけた奴隷のようにしか見えないのです。

その奴隷のように自分自らが両腕肉足に下げた
その鉛のボールですか、塊を外して
そのチェーンをはずして、心を解放したら、あなた自体が、黄金でできた
素晴らしい無限の可能性に満ちた、光り輝く存在であるとー。

何でも欲しいものは手に入るのですよ。
それを自らの欲のために使うのではなく、分かち合いのために
自らの素晴らしさを神に感謝し、同胞たちに少しでも幸せとして還元していく
そのような愛のエネルギーの、愛の循環のエネルギーのひとつとなるために
あなた方がその黄金のエネルギーを、自らのエネルギーを使い出したときに
この地球は、この惑星は、黄金の光り輝く神の惑星として輝き出すのです。

そうやって自らの力にあなた方ひとり一人が気づかなくては
この地球は、これ以上は進歩発展しないのです。
一部分的に、局部的に科学技術だけ発達させたとしても
神の星としての霊格を地球が手に入れることはできないということなのです。

そこは、そこに住まうあなた方の、神の子としての黄金の色に輝く
あなた方のエネルギーを光輝かしたときに
この地球という惑星が神の星として
燦然と宇宙にその存在をアピールしていくのです。

その時期がきているということ。
そのために私にしても、バシャールたちにしても
おせっかいにも他の星から飛んで来て
あなた方にこのようなアドバイスをしているのです。

(2006.2.25 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-07-29 16:09 | ベーエルダ星の光る人 | Trackback | Comments(0)

ゼウスからのメッセージ(8)

そなたたちはわかっているであろうが
これからほんとうの戦いがやってくるのであるということ。
戦の前には静けさがある。
確かにそなたたちは、様々なトラブルを乗り越えて来たが
今までは、せいぜい仲間内のトラブルであろう。
でもこれからは違う。
外との戦いが待っている。
そしてその力を、勢力を使い
地下の大御所の連中たちが動き出そうとしている。

本気で腹に力を入れ、ひるむことなく、隙をつくることなく
雄々しく歩んで行け。
これからこそ、ほんとうの意味で、戦闘的な者たちが必要なのである。
そのためにいち早く、味方の軍勢を立て直し
力ある者たちを中に入れていきなさい。

もう過去さった、あのような者たちは何の力もなく、やれることもない。
かかずり合うな。
そして、これからもっと、もっと、そなたたちが戦わねばならぬものは
もっとスケールの大きい者たちと戦っていかねばならぬということ。

もう、一度は、神の軍勢に勝ったのだと思っている者たちがいる。
その者たちが、今ひとたび
これはたいへんなことになったと言って、動き出そうとしているのである。

ミカエルたちも、ポセイドンたちも
龍神たちも、荒神と呼ばれている者たちも
一斉に前面に出ては来ているが、戦いが本領を発揮していけばいく程
その戦いの行く手を塞ぐ力というのは大きくなってくるであろう。
その力を、そなたたちが授かっているのであるという自信をも持って
やっていけるのであるという自信を持って、この道を進んで行きなさい。

楽しいことばかりを言ってあげたいが、わしの目から見ていると
そなたたちが、これから戦っていかなければならぬ道というのがわかるから
あまり楽しい、甘いことばかり言ってやれぬのである。

でも、しっかりと、心の手綱を引き締め
隙さえつくらねば、何も怖いものがないのだということもまた
そなたたちに言っておこう。
そして、我らに対する信仰心を絶対に揺るがすな。

我々を信じよ。
天上界の力を信じよ。
そうすれば、いかなる者がそなたたちを痛めつけようと
我が雷が、その者を打ち砕くであろう。
我らが助力を、そなたたちは一身に、その背に背負って
雄々しく行進していけるであろう。

神理のたいまつとは我々の神理の言葉であり
この計画を携えた天上界のメッセージである。
それを携えて、雄々しく歩め。
隠れることなく、堂々と歩め。

これから、我々の世界に帰ってくるまでの数十年を
神の使徒として、あらゆるものに戦いを挑まれてもひるむことなく
引き倒されることなく、この道を歩んでいただきたい。

そのたいまつ、消えることなく、オリンピックの試合の前に
聖火が世界を回ってくる。
そして最後、オリンポスのギリシャの地にやってくる。
そして、毎年、毎年オリンピックが開催される地に
聖火というものが運ばれて行くであろう。

そのたいまつを消さないために沿道にいる人たちが
一生懸命守ろうとするではないか。
その火が消えないように、みんなランナーたちは必死に
その、雨に当たっても消えないように頑張るではないか。
その姿を見ていると、そなたたちの姿に重なって見える。

一度は消えた火である。
それに再びまた聖火に火がつけられた。
このたいまつを持って走りなさい。

このゴールがくるときまで、次の走者に渡すときがくるまで
命がけでこの聖火を守っていきなさい。
その光は地球を輝かし、この地球を愛の星へと、神のもとへ導く
唯一のたいまつであるのだということを信じなさい。
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かつて降ろされたものだけで十分であるのなら
高橋信次が降ろされた言葉だけで十分であるのなら
Oがもうすでに降ろされた言葉だけで十分であるのなら
このような計画のために我々は必死で出てこない。
降ろされた神理が、神理であっても、その大計画の中で機能しない限りは
その神理は、単なる神理として、書物の一冊として終わってしまうのである。

我々の生のメッセージを伝え、今、天上界と地上界がともに手を取り合い
何をなさんとするかということが、しっかり認識でき
その認識の中でしっかりと、肉体を持ったそなたたちが行動できた時に
ほんとうの意味で、その神理の言葉というのは意味をなす。
八正道も意味をなし
九次元が降ろした神理の言葉というのも、しっかり機能するのである。

残念だが、今の計画をそなたたちがしっかり伝えない限りは
高橋信次が降ろされた言葉も、O、仏陀本体が降ろされた言葉も
すべてが無駄になるのである。

よいか、その順番を間違ってはいけない。
そなたたちは、九次元たちが降ろした言葉の極みに到達できないと
思うかもしれぬが
降ろした神理は、所詮が神理なのである。
それをもって、地球を、大救済計画をしてこそ、仏陀の意味もあった。
エル・ランティが、露払いをされた意味もあったのである。

書物の中に書くだけの神理であり、叡智であるのならば
過去、数千年前から様々なことが言われてきたではないか。
でも、それが、単なる仏典や神理の書の中に埋もれていても
衆生は、人びとは救えない。
地球を愛の星にしていくことはかなわぬ。

そのために、我々九次元が、常に天上界で
地球救済の計画を幾度となく立てては
文明の実験を繰り返してきたのであるからー。

神の国の計画が発動され、我々の言葉が降ろされるということは
地上の者たちが、我々の言葉を聞きたいから
降ろしていただきたいと言われても
降りぬときは降りない。

神の国のメッセージというのは、基本的には一方通行である。
我々が降ろそうと思わなければ
どれだけそなたたちが請い願い、祈り、瞑想し
請い求めたとしても降りぬのである。

今、降ろすべき時がきたから
我々はこのように、要請があればいくらでも、矢継ぎ早に降ろすのである。
その順序を間違ってはならぬ。

我々は降ろすべき時だから
この者が嫌だと、わめこうが、泣こうが、逃げようが
とっ捕まえてでも降ろしてくるのである。
逆に、どれだけ準備ができましたから
「さあ、どうぞ降ろしていただきたい」と
「さあ、出て来てください」と言われても
こちらが、その計画もなく、降ろす意志もないのならば
メッセージなどというものは降りないのであるということ。
そのぐらいのことは、わかっていなさい。

であるということにおいて、天上界からこれだけたくさんのメッセージが
毎週、毎週、毎日、毎日、降りてくるということは
それだけ天上界の計画にかなっている
そなたたちの動きであるということ。

そして、それだけ天上界が必死であるということ。
そのことを、そなたたちは深く理解し
この計画を推進していただきたいと思う。

(2005.6.4 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-07-27 11:11 | ゼウス | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(13)

我が息子たちよ。
あなた方が今、この日本に生まれ
この神の計画のもとに集い来たっておられること
その姿を見てわたしは心よりうれしく、たまらなく
あなた方に声をかけたく、今日参りました。

あなた方は、我がホワイト霊団の愛すべき仲間たち。
わたくしと共に、数々の困難、苦難を乗り越えてこられた
わたくしのかわいい子どもたちでございます。

あなた方が今、このような思いでこの地上に生まれ
そして、弱き者たちの力にならんがために
その愛の思いを実践しようとされておられるということ。
そのことが、どれだけ神の御心の中において、神が喜ばれ
我々の気持ちをどれだけ喜ばせてくださっているか
それをお伝えしたいのです。

あなた方はこの地上に出られるときに、この救世の計画をすべて熟知し
一生懸命やってこられると、勇んで地上に降りて行かれた方がたです。
各霊系団からそれぞれの者たちが地上に降りて参りました。
今回の救世の計画において、ホワイト霊団の者たちが力を発揮する場所は少なく
なかなかわたしたちも指導するチャンスというのがなかったのです。

でも、これから
あなた方が多くの神の子たちを救っていく救世事業に入っていくときに
あなた方の本領を発揮されていく場が与えられているということ。
そのことをほんとうに、あなた方が来てくださったことを思って
わたしはありがたくて、うれしくて涙するのです。

先ほどから、「癒し」ということをおっしゃっておられるようですが
「癒し」というのにはさまざまな形があると思います。
「癒し」という以前に、それは神の愛のお心そのものであると思うのです。

愛を感じ、多くの方たちの気持ちに立ったとき
そして、それをどのようにしたら
多くの人びとに伝えていけるかと心を砕いたときに
その相手を一切裁くことなく、ありのままにて相手の全存在を受け容れ
そして、ともに励まし合い、慰め合っていく。
トータルに相手の素晴らしき神の子としての神性を受け止め、いとおしみ合う
その時に、わたしはいたわりとともに、癒しというのがあるのだと思います。

そして、最大の癒しというのは、神の、宇宙の中に遍在しておられる
大宇宙の神から発せられる愛の思い
愛とは自らを生かし
そして神の子、自分たち、仲間たちをともに生かし合おうとする
その愛の思いの中で、自他共に一体となり
その喜びも悲しみも分かち合っていく。
その辛さもともに分かち合っていく。

その思いの中において、人びとが神の子として
ともに手を取り合ったときつながって、神の御意識の一部として
その神様のお気持ちの懐の中に飛び込んで行ったとき
その時にわたしたちは魂において
最大限に癒されるのではないかと、そのように思います。

地上におけるあなた方、一人ひとりの中における癒しというものを考えたときに
まず、あなた方の身の回りの方がたを
そして、あなた方のように、傷つき苦しまれる患者さんたちのような方がたが
おられる立場におられるのだったらば
心に傷を負い、肉体に傷を負っている方がたに
どうか、あなた方の最高の技術と
そして、愛と励ましでもって、その方がたを包んであげていただきたいのです。

愛の思いの中で、優しさの中で、あなた方がその神の子たちを
あなた方の手を頼ってやって来られる方がたを
どうか、力を貸していただける中に
あなた方は神の光を帯びた神の使者として、神の代弁者として
その周りの方がたの魂を最大限に癒される、癒し手となられることでしょう。

その思いの根本に、どうかあなた方は神の子であり
ともに病で傷つき、病で苦しむ方がたも、けっしてひと事ではなく
あなた方の一部そして、あなた方もすべてが神様の一部であるという思いの中で
愛によってすべての魂が結合し、連結されていく中において
神のご意思というものがこの地上に表現されていく。

神の現れのわたしたちは、一部、一部がみな手を取り合って
神様がこの地上に表現したいと思うものを
最大限に表現し合う仲間たちなのだという
そのような連帯感のような思いの中で
どうか、ともに生かし合い、助け合い、そして癒し合っていただきたいのです。

あなた方が考えておられることは
今はまだご自分の個人的なことかもしれません。
でも、個人個人の悩み、苦しみは、それは個人、個人の事を越えて
大いなる神の救世の計画の中において、最大限に生かされていくのです。

その意味がおわかりにならないかもしれませんが
あなた方が今、苦しみ、悩んでつまずき
そしてその中で学んでいる中において、それこそが多くの人を助けていく
最も大事なよすがとなっていくということを、わたしは申し上げているのです。
人の苦しみ、悲しみを、ほんとうの意味で自分が苦しみ悲しんだ者でなければ
やはり人の涙の意味などはわからないということなのです。

生まれて一度も病気をしたことがない、一度も悲しい思いをしたことがない
人に裏切られたこともないという方が
ほんとうの意味で、自らの隣人たちの苦しみや悲しみや
病気の辛さというものを分かち合うことはできないということなのです。
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ですから、自らの修行をし
その悲しみや苦しみを今、一生懸命正面から受け止め
自らの修行として頑張られる中に、そのことが、その中で学び得たことが
あなた方の隣人たちを救っていく最大の愛の手だてとなっていくということ。

その表現手段となっていくということ。
傷ついた方がたの心を、真に理解していく道しるべになるということ。
だから、自他は一体なのです。
みんな一体なのです。

みんな、神により創造されたあなた方、愛の子どもたち、神の子どもたち。
神により愛され、創造された
神のご意思そのものの表現形であるのがわたしたち
みな神の子であるということなのです。

ですから、どうかお一人おひとりの存在に
お一人おひとりの個性にプライドを持ち
尊厳を持たれ、誇りを持たれて、自らかけがえのない命としてつくられた
神に期待されたあなた方の個性を生かされ
そして、それをもって自らの個性をもって
他の方がたの傷や、他の方がたの悩み苦しみ
そして、喜びも分かち合って、ともに手を取り合って
幸せに生きる道というものをこの地上に打ち立てていただきたいのです。
それこそが神が望まれる、地上ユートピアという言葉で表される
神の国の再来であるということなのです。

天上界には、神の国はできております。
この地上にも、この地上三次元に神のお心のある世界を映し出したいのです。
天上界のように人びとが互いに信頼し合い
そして、互いに生かし合い、そして、神の賛美と栄光を讃え合う。
その喜びに、祝福に満ちた、その天上界の世界を
この三次元にも、地上にも再現したいのです。

それであるには、善意というもの、愛というもの一辺倒の中において
少しも不安や、裏切りや、悲しみや、悪意というものの入り込まないような
それを許して溶かしてしまうような
そのような圧倒的な愛の世界というものを地上にも映し出すということ。
それが地上ユートピアの目的でもございます。

それにはまず、その神の王国というものは
人びとの心の中につくらなければ地上には出ないということ。
まず、先ほどの方もおっしゃられておりましたけれども
原因結果ということを思うのならば
人びとの心の中に、ハートの中に、魂の中に
愛の思いを、優しさを、ともに生かし合う
そのような互いに尊敬し合う思いを、神に対する感謝を、神の栄光を喜ぶ姿を
それをともにあなた方の心の中に思うのです。

自らも赦されて生きてきた魂なのです。
そういう人生であられたと思うのです。
であるのならば、あなた方が知らないところで
どれだけ多くの赦しの中にあなた方が生かされてきたということを思い
隣人たちの罪も、やってしまったことも赦してあげましょう。

相手の悪いところばかりを責めるのではなくて、相手のありのままを受け止め
そして、互いに生かし合い、受け止め合う。
そのような思いの中で、どうか、あなた方が生きていかれることを望みます。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-07-26 12:57 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

墨子からのメッセージ(5)

まあ、世の中には結婚したくない人もいるでしょう。
だから、結婚をみんなしろというのではないのです。
マヌ様もおっしゃるように、お勧めであるということだけなのです。

結婚しないとしても、子どもがいないとしても
そこでいくらでも愛を学ぶ姿はあるのです。
日本ではあまりないかもしれないけれども
外国では結婚しなかった人が、結婚しても子どもがいなかった方たちが
たとえばベトナム戦争で孤児になった子どもたちを
ひじょうに多く引き取ったりしています。

「愛というのは基本的に分かち合いである」ということを
最初に申しました。
愛というのは、あふれんばかりの愛を他者に
ほかの者たちに、弱き者たちに
そして、待っている者たちに分け与えてこそ
愛というのは循環していくのです。
愛というものの本義が、分かち合い、ともに喜び合い
命を流し合うことが愛であるのならば
ともに神の子である命を分かち合って、共有し合って
ともに生きることを愛というのであるのならば
愛に閉塞感はないのです。
そして、あなた方ができることは
人生の中でいくらでもあるはずなのです。

考えてみてください。
いくらでもあるはずなのです。
やれるべき努力をしていますか。
愛を分かち合っていますか。
そして、自分の家族が、もし幸せであるのなら
自分の家族以外の者たちに幸せを分けてください。

仲間たちに、そして、まだ見ぬ戦地で苦しんでいる子どもたちに
その愛というものが流れ出ていったときに
あなた方は、ほんとうに神の愛が何であるかということを
学ぶことができるのです。

愛に実践はつきものなのです。
ひとり孤高の中において、愛の理念の中において
実践なき者に愛というものは語れないのです。
人びとはついて来ないのです。
そのことを学んでいただきたいと思います。

人びとの心の中で今、愛が明かされる時がきました。
神が愛の摂理であり、根本原理であるということを今、今回の人生の中で
今回の文明の終局の中で明かされる、恵まれた時代がきたのです。
その中において、あなた方は根本的な愛の摂理の中で
具体的にどう地上の中に生かしていくべきか。
そして、それはもっと言うのならば
個人個人の修行の総集編であるということなのです。

あなた方が仏教に、神道にそして、キリスト教に
数々の知を求めて神の道を求めて努力されてきた方がたも多いでしょう。
でも、それをすべての仏智というもの、パーニャパラミタを統合しながら
あなた方が、じゃあ、具体的に何をなせるか。
あなた方の隣人たちに、弱き者たちに
そして、感謝する同胞たちに対して何かできるかということ。
この肉体の身は、だてにあるのではないのです。

霊界にいるわたしたちとは違い
この物質界に肉体の手足というものを与えられて
この中において、愛の循環のひとつの中において
この地球を最終ユートピアにしていくために
あなた方は何がなせるだろうか。
そのことをほんとうの意味で
あなた方の人生の中で、真剣に向き合って生きていただきたいのです。

けっして自分自ら逃げてはなりません。
あなた方の人生の一コマーコマの中で、どのような時代の風を吹かせ
どのような愛の原理の中で、あなた方の身の回りから始まり
この時代を生きる多くの人びと、ひとりでも多くの者たちに
この神の愛の教えを伝えることができるか。
そのために、あなた方の人生は存在しているのだということ。
そのことを学んでいただきたいのです。

愛というのは、高度な理念だけで終わるのではないのです。
高度な理念が打ち出される必要はあるのです。
高度な理念が出る、やっと時代がきたということを
わたくしは先ほども申しました。
でも、高度な理念が降ろされた中で
まず、地に足をつけた生きざまの中で
愛というものを具体的にどう生きるべきか。
選択肢の連続が人生であるのです。

結婚する、しない、どうでもいいことかもしれない。
それは、その人が決めることであるかもしれない。
でも今世、過去世聖職者であった者たちが地上に出る時
我々は天上界で言い渡してあるはずなのです。
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「今世は在家の法である」と。
「今世地上に出て、できる限りの経験を積んでいらっしゃい」と
「愛を学んでいらっしゃい」と
「愛を表現するすべてを学んでいらっしゃい」と、言っていたはずなのです。

ですから、それは完璧にすべてを学ぶということではない。
一人ひとりに応じた学び方でよいのです。
学びながら、そこで学んだ愛というものを、経験というものを通して
神の使者としての愛の表現の
愛の循環の中にその身を置いていただきたいということなのです。

愛というのは、最も小さき者の心の痛みを分かち合うことかもしれません。
どれだけ立派な理論を言っていても、脇で苦しんで、心の傷と
そして、飢えて死にそうになっている者を見捨てて
あなた方はほんとうにその人が愛ある人だと言えるでしょうか。

身近にいる隣人たちに愛を分かち合ってこそ
あなた方はほんとうに愛というものを語る資格がある。
愛には、実践が常につきものであるということ。
そのことを学ぶ時代がきたのなら
もう、頭の中にいっぱい積め込んだ知識を
愛という教えの中で
せっかく学んだ神理知識を学問にしてはなりません。

知識が学問になっていったときに、信仰は死ぬのです。
哲学にしてはなりません。
知識にしてはなりません。
神が求めるものは、難しい難解な神理知識や、学問や哲学ではないのです。

仏教は、仏教哲学になったときに、仏陀の心は死にました。
インマヌエル、イエス・キリストの
ナザレのイエスの言葉は、易しいものであったのです。
それが、中世のスコラ哲学を通して哲学になっていったとき
中世の、暗黒の闇の時代が訪れていったのです。
イエスの心が見失われたのです。
それを学ばなくてはいけません。

今、天上界からの智慧の、神の愛と
その愛ある教えの根本理念が降りているときに
それを学問化し、哲学化し、知の塊に、権化にしてはなりません。
神が望んでおられることは、愛にもとづく信仰心なのです。
信仰心に理屈はいらない。
正しい知識は必要なのです。

ありとあらゆる知識、正しい認識力が大事だから、知識を与えられている。
認識力のもとに、あなた方が正しい愛を実践できるものにするために
あなた方に神理の知識が与えられたのです。
その神理知識を使って学問にしたり
神理知識を使って哲学にしてしまうのであるのならば
神は、そんなことしなければよかったと、後悔なさられることでしょう。

あなた方は、自らの内側にある、愛の本源のエネルギーに出会うのです。
その愛というものは、けっして難解なものではなく
ささやかな、何度でも言います
ささやかな日常の積み重ねの中に見いだせる
愛の摂理、愛の根本原理を発見する旅であるのです。

それは実践の中で、経験の中で見いだされていくものであって
けっして書物の中に見いだされるものではない。
人生をかけて、体を張って、体全体で学ぶものなのです。
そのことを今、あなた方は問われているということ。

十分、知性は学びました。
十分、科学的なものは学んできたのです。
最後、統合するには感性というものが必要なのです。
それが、愛の中において必要不可欠なものであり
愛の中における寛容さというものを生んでいくのです。

自分と違うものを認め合うという姿。
けっして、自分と同じである必要は
みんなが同じである必要はどこもないということ。
その寛容さの中で
人びとはほんとうの意味での愛の本義に出会っていくのです。
そうでなければ、知で描いただけの愛の原理など
何の意味があるでしょうか。
現に、再誕した仏陀すら、救い得なかったということなのです。
知に偏りすぎたことが失敗の原因でもありました。
そうであるのならば、あなた方はどうか悟ってほしい。

(2005.9.3 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-07-25 09:16 | 墨子 | Trackback | Comments(0)

ベーエルダ星の光る人からのメッセージ(2)

あなた方は今、目覚めの時にいるということ。
大いなる教えの中において今、分断され、分裂し、こん然となっていたものが
ひとつの大きな地球の神理の中において一体化し
それがどうあるべきかということを示されることにより
ひとつのものとなって地球の共通理念となって地球を救っていくのです。
変えていくのです。
その時期がきたということです。

その大いなる教えを説くのは、本来はあなた方の惑星でいう
九次元と呼ばれる方の使命でもありました。
しかし、今それを代行するものとして、あなた方の存在があるというのならば
ぜひその仕事を立派に成し遂げていただきたいと思うのです。

まずあなた方がやるということは、自ら神の子であるということ
魂は永遠の営みの中にある魂であり
惑星の中をも超えて輪廻転生しているのであるということ。

そしてあなた方ひとり一人が、みな素晴らしいエネルギーと
素晴らしい個性豊かな力というものを、神より与えられて存在している
そういう素晴らしい存在であるということを
ひとり一人が認識することなのです。

あなた方はひとり一人素晴らしい、かけがえのない存在であり
何も実現できないものなどないのに
地球の中でいろいろなさまざまな心の縛りをつくり
あなた方の目の前で、人生のありとあらゆるチャンス
ありとあらゆる可能性が、あなた方の自由意志と
あなた方の創造性において実現する可能性があるということ。

それが大宇宙の永遠の神理でもあるのです。
そのことにあなた方地球人、神の子たちは
目覚めなくてはいけないということを、これから学ぶのです。
先週バシャールが言っていたように思いますけれども
ほんとうの意味で不可能なものなど何もないのです。

ほんとうにあなた方の魂が望み、ほんとうに実現したいと
それがあなた方のうずきにあるのならば
それに素直に努力していったのならば
大宇宙を超えて流れる、神のエネルギーに結びつくことができたら
不可能なことなど何ひとつもないということなのです。

あなた方も最初霊言を受けて
本を出すということに大変躊躇していたということを
先程聞いていたらおっしゃっていました。

ここまできたということをおっしゃっていました。
大変なご苦労があったんだな、と思って私も聞いておりましたけれども
たかが一介の主婦がこんなことできるわけがないという、その思い自体が
自らの人生を限定してしまっているということ。

それはあなた方、他の方がたにおいても同じなのです。
自分はこれしかできない
そんなものが人生だと、あなた方は自らの無限の力に
自らが封印をしてしまっているだけなのです。

あなた方の中には、心の奥深くに
神の子として、大宇宙に通じる神の子として
親である神に通じる、素晴らしい無限のエネルギーが
存在しているということに気づいたのならば
大宇宙を創造なさった神と同じ創造力が
創造性に対するクリエイティブなパワーというものが
あなた方の中にもあるということ。

大宇宙をつくるのと同じぐらいあなた方は
宇宙をも創るぐらいの力が本来ひとり一人の中にあるということ。
ただそれに気づいていないだけだということ。

我々の科学が、すべて欲しいものを目の前に出すことができる。
これは迷信でも信仰でもなく、絶対にそうなる、実現するはずだと信じて
科学技術を発展させてきた私たちだから、科学的に現実のものとして
あなた方でいうモーゼや
イエス・キリストと呼ばれている方がやった現象を
科学的に実現することができているのです。

すべてはクリエイティブな思い、そしてインスピレーションにおいて
自らがこういうふうに実現させたらいいのにな、というその思い
それを大事にするということがあなた方にとってとても必要なのです。

どんなことでもいいのです。
勝って、勝って、勝ち続けたいと思うのならば
自らの中で勝てる自分というものをイメージするのです。

そして自分がこういう仕事に就きたいけど
本来そうじゃない生き方をしているなと思う
自分はこんなふうに成功者にはなれないという
その思いをもしあなた方が持っておられるのならば
その思いがあなた方の人生を阻んでいるということ。

その思いが神の子としてのあなた方の創造力、創造性というもの
クリエイティブな神の子として
神と同通する力にふたをしてしまっているだけだということなのです。

あらゆることは可能なのです。
あなた方が何を言ってもー、どうですか
世界中の富が欲しい、何か欲しいとしても
神からみたらそんなものは大したものではないのです。

それ自体がほんとうに欲しいのならば
そういう自分であることを自分で努力し、夢を持ち
受け入れて頑張ってみることなのです。
そうすればあらゆる可能性は開いていくのです。
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お金が悪いわけではないでしょう。
物の利便性が悪いわけではない。
科学が悪いわけではない。
原子力が悪いわけではない。

ただその使い方を誤っていくだけの違いであるのであって
自らの人生の可能性に対して封印をしていく、ふたをしていくような
そして、それができっこないと思ってすねてしまうような
地球人であるあなた方は
そんな生き方をしているようにしか私たちからは見えないのです。
それはなぜか。
自分の力にまだ気づいていないだけなのです。

たかが数十年という人生が、一回きりの人生の中で終わりであると思うから
あなた方は人生の中においても刹那的になるのでしょう。
でも生まれ変わりをし、魂が永遠であるということ
そのことを今回しっかりと学ばされようとしているのです。

それだけでも相当人生観が違うはずなのです。
それと同時に神の子であるということ
エル・ランティが最初に出たときにおっしゃっているはずなのです。
彼はそれを言うために出たというふうに言っていました。
神の子というと、宗教的に聞こえるかもしれない。

私たち宇宙人の言い方でいうのならば
「宇宙に偏在する無限の愛のパワーの、自分は一部であると
それを自覚することである」と
私たちの星ではそういうふうな言い方をするのです。

神の子ではなく、神の愛のエネルギーの自分は一部なのだと。
―部は全体を含んでいるのです。
―部というのは全体の可能性をそのままに
自分の中に肉体に入れているのです。
だから肉体の中に大宇宙があるのです。

そして魂の中に神と同じ、天地をつくった、大宇宙を創造した
この宇宙創造の神と同じ創造力というのが、あなた方の中にあるということ。
その力をまだ気づいていないから、使うこともできない。
人生の中に挑戦することもできない。
それだけのことであるということ。

その枠を、かせを外したのなら
ありとあらゆることは自らの努力の中において
実現していくということなのです。

ただそれにおいて、間違った生き方もあるかもしれない。
でもそれを計るのが、神の子であるという
神の愛の、愛のエネルギーの一部であるということを
しっかり自覚するということ。

それゆえにあなた方の地球
惑星においては、地球系神理において、神の子であると
そのように、心の針をしっかりと
神の子だというところにしっかりと針を合わせた上で
無限の神のパワーというもの、自らの愛の力を信じるということ
自らの創造的な力に気づくということをあなた方に教えているのです。

私たち人間は神の子である、ということは
エル・ランティがあなた方に教えられました。
それはそういう意味も、すべてを含んでいるということなのです。

あなた方一人ひとりは、宇宙の中における神の偉大なるエネルギー
愛のエネルギーの一部であります。
そして一部であって
一部のあなた方は素晴らしい個性というものを授かりながら
キラキラ光り、独自性というものを持ちながら
でもそれはすべて親である神のエネルギーの中においては、一人ではなく
すべてが、みなが一体であるという
大宇宙のエネルギーはすべてがひとつであるという
あなただけで私は孤独であると、ひとりであると
そんなことは本来あり得ないことなのです。

イエス・キリストといわれているあなた方のメシアが
「あなた方の隣人を、友を、自分を愛するように愛しなさい」と
いうふうに言われたはずでしょう。
それはどういうことかというと
隣人、脇にいる友は自分と同じだということを教えているのです。

個性は確かに違うのです。
別の表現体として、今、魂を授かっていて
魂の入れ物として肉体が今あって、あなた方はここに今存在するけれども
でも大いなる意味において、隣人もあなた方も
ひとつの大いなる神の愛のエネルギーとしては一体であるということ。
それを教えておられるのです。

聖書とか今まで教えてこられた文献は、今までそれを聞く方がたが
ひじょうに原初的な宗教観の、信仰心の中でしかとらえていないけど
宇宙の私たちから見ると、ひじょうに宇宙の神理を含んだ言葉であるのです。

神理というのはそういうものなのです。
ひじょうに簡単な言葉でシンプルに表現できますけれども
シンプルであればあるほど大宇宙の神理を含んでいるということ。

それを解読する力さえあれば、高い見識を持ったのならば
宇宙のありとあらゆる神理がそこに見えるということ。
それを見るか見ないかは
見る者たちの心境、成長度合いによるということなのです。

あなた方が学んでいること。
神の子であるということ。
汝の隣人をあなた方
自分自らを愛するように愛していきなさいと、教えられたその言葉も
それは大宇宙に生きる私たちの心に響く神理と全く同じものであるのです。

そして、それが本物でほんとうのことであるということを
私たちは知っているのであります。
大宇宙にいる者たちは、私たちのようにいる者たちも
けっしてそれがすべて完全なわけではないのです。

科学において発達したからといっても
発達したら発達したでやはり学んでいないもの
忘れてきてしまったものというものがやはりある。

その中において
私たちがもう一度取り戻さなければいけないものもあるけれども
でもあなた方がまだ学んでいないところ
そこをひとつ大宇宙の神理に接続しながら学んできたという過程もあります。

それをあなた方に伝えることにおいて、そして他の惑星
いろんな過渡期的なところの惑星の方がたに伝えに行くことによって
ともに共存し、ともに神の子として
みんなで一緒に成長していこうね、という
愛の分かち合いの中において、宇宙の神理というものは、宇宙の愛という
神の体のエネルギーというものは、それはめぐりめぐって
愛の循環作用として流れていくのです。

(2006.2.25 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-07-23 20:13 | ベーエルダ星の光る人 | Trackback | Comments(0)

ゼウスからのメッセージ(7)

今、これから唱えられている、多くの各論というべき、学問、哲学、芸術
それを一般大衆の中に広げていくためのものとして
各論として、降ろされていくべき時がくる。
それには、それの専門家たちがまた出てくるのである。

今、我々は総論を言っているのである。
総論、本質である。
この計画が何ゆえに発動され、どういう歴史的な意味があり
そなたたちが今、何をするべきであるかと。
そのことをもって、我々は、今そなたたちに伝えに来ている。

それが、全体がわかったときに、その各論をもって
大衆に、地球全体に広められていくということをもって
システムが変わり、学問が変わり、政治体制が変わり、憲法が変わり
連鎖的に地球自体のシステムが変わることをもって
最終的な愛の星へと変わっていく。

しかし、それには、やはり多少の時が必要であろう。
でも、いちばん大切なことは、我らが伝えている理念を降ろすということ。
理念をもって神の本意という
そのことをそなたたちが地上に降ろすということ。
それがいちばん大事であり
それでは物足りないか?
高橋信次、エル・ランティが何を説かれたということ。
そうたくさんの知識を、地上に降ろされたわけではないぞ。

いちばん大事なこと。
それは魂が永遠であったということ。
死しても肉体を離れても生き続けるということ。
神の子であったということ。

人間の魂の構造を解き明かし、反省というものを通して
神の子としての神性を、神の子としての本体を光らせるための
反省の大切さということを説かれたということ。

実際に、霊界のもの、死後の霊として
彷徨っている者たちが確かにいるんだということを
悪霊を出して、実証して見せたということ。

基本はそこであろう。
今言えるぐらいの内容であろう。
そのことをもって、今だに、人びとを救い得ているということ。
だから、基本になることは、そんなにたくさんのことではないのである。

そして、その基本である大事なことというのは
エル・ランティ、仏陀が言われたことによって
おおかたの神理の基盤というものは降りているのが実情なのである。

だから、それにおいて、レムリアが言わないということは
言っても、もう言われていることだから
それ以上に言うべきことはそれほどないということも事実である。

それから先、何を言うかというと
それを一般的に広めていく道と、それと、宇宙の法につなげていく。
そこのところがいちばん大事なことであるということ。

地球の使命というものを説き明かしながら、我々の計画を説き明かしながら
宇宙連盟の一員として地球が生まれ変わっていくために
その意識の中に、地球の教えというもの、地球人類の多くの者たちの意識を
宇宙の目から見た地球人という認識まで引き上げていくということ。
そこの部分において、レムリアは、多分これからも続々と
様々なメッセージが降りてくるであろう。

それは、第一、第二の九次元が説かれなかったところである。
そこの部分を補強しなくてはいけないということをもって
メッセージは降りる。

だから、そなたたちが、八正道が何たらかんたら
仏教の奥義が何たらかんたら言う必要はどこにもない。
それは、もうすでに降りられたものを
そなたたちのような、中興の祖と呼ばれている
法を集大成する使命の者たちが、今、仏陀光線から降りられているのだから
そなたたちがしっかりとまとめられていけばよろしいであろう。

同じことを繰り返すことはない。
でなければ、エル・ランティ、仏陀がやられた仕事が
無意味になってしまうからである。

その上で、これから何ゆえに、この魂というもの
この神の子としての本体というものが、多くの人びとに認識されるか。
そのために、様々なスピリチュアリズムというものが
この近代、近世を通して世界各地に
そのブームというのが起きているはずである。

それは、ちゃんと光の使者と呼ばれている者たちが降りて、その地に
このように日本から、このような思想が発信された時に
しっかりとその意味がわかるように、自分たちの地域を統合していけるように
各地域に光の天使が出ているのである。
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そして、今この時代、インターネットや書籍で
外国で出たものであってもすぐ読める時代がきている。
だから、そのような書籍の普及をもって
人びとはスピリチュアリズムが何であるかということを
興味のある者たちは、知れる時代がきている。

大いなるその地盤、種蒔きがされたところに、そなたたちがはっきりと
本来の計画がこれであるということを、宣言していくということ。
それは、時には嘲笑を買うこともあるであろう。
危険を伴うこともあるであろう。

しかし、そなたたちの中に、不退転の境地があるのならば
ぜひとも、これが天上界の計画であるのだと
最終的なこの文明の総決算であるのだということを
そなたたちは認識してほしい。
伝えていただきたい。
それをもって、レムリアの使命という。

本来であるならば、私がこのようなことを
レムリアの計画について明かすということも
役が違うかとも思うのであるが
たまたまここに、わしの娘が出ているということをもって
私が伝えに来ている。

そなたたちが、これからもこの地上を光輝かせながら
最終的な神の計画を実行していく
最前線の実行部隊であるという認識をしっかり持つのならば
単に先にいて、威張るがための先輩であるのではなく
あとから来る優秀な、覚悟を決めた者たちを
どうかその大いなる愛で包みながら指導をし
ともに自分たちだけではできぬものを仕事を分かち合いながら
共通の理念と高い認識力をともに共有しながら
この計画を推し進めていただきたいと思う。

このような認識が、しっかりと上がったのならば、地球人類の認識力
本来の神の神性に立ち戻っていったのならば
一人ひとりの波動というバイブレーションが高くなっていく。

本来、神の子としての高いバイブレーションを持っているのが、神の子である。
それが、低い、低い次元の中に終始している。
だから、この地球自体が、その地域自体が
低いバイブレーションで覆われてしまう。

よって、高い神の子としての認識に戻っていったのならば
みんながそのような共通基盤を持ったのならば
この地球自体の波動も、また、高い認識力のもとへ戻ってこられる。

そうすれば、地球意識を苦しめている、この低次元の、波動の低い
へばりついたような、ウイルスのような人類が
素晴らしい愛の光を発するようになれば、地球意識本体のお苦しみもなくなり
地球意識自体も救われていくということ。

そして、そのように地球意識とともに、その表面に住んでいる地球人類
神の子たちが光り輝いたのならば
この地球も愛の星として、神の星として光り輝き
宇宙から見ておられる方がたから見ても
素晴らしい愛の星、愛の地球人になったということをもって
宇宙連盟の一員としての資格というのも与えられ
地球自体のバイブレーションが上がっていくことであろう。

すべては人びとの心次第、認識次第。
認識したのならば、神の子の本来の姿に戻っていったのならば
神の子の本来の波動は、ひじょうに深い愛を含んでいる。

なぜなら、神は本来、愛の、愛と慈悲の塊。
精妙な、素晴らしい波動の、愛の奔流そのものが神であり
その愛の根源的なエネルギーが、すべての宇宙をつくり
すべての神の子たちをつくり、発信している。

そのようなことを、そなたたちはまず気づきなさい。
我々が伊達や酔狂で、遊び心で
このような計画を発信してはいないのだということ。
そのことを、そなたたちが深く心の底に刻むならば
いつか、必ずやこの地球は、素晴らしい喜びに満ちた、愛の星となるであろう。

(2002.11.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-07-22 12:48 | ゼウス | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(12)

思いは真剣であればあるほど
あっという間に光というのは広がっていくのです。
その光を発信しようという真剣さをもってでしか
最初の者の歯車を押していく真剣さをもって
愛のたいまつというものが点火されていくのです。

あなた方はその大もとにおられるということ。
その意味において、この日本に今、生を受けておられる方がたは
ひじょうに責任重大な場所におられるということなのです。
でも、それだけありがたい
素晴らしい人生であるということも言えるのかもしれません。

わたくしたちの生の声を聴き
そして、それを書物で読むことができ、CDで聴くことができる。
それを人類の遺産として守りながら、そこから何を学び
具体的に自分たちが何をなすべきかということは
わたくしたちは答えを申しません。

お一人おひとりがご自分の人生を突き詰めながら
ご自分の人生と対峙しながら
答えはお一人おひとりが見つけていくことなのです。

紋切りな、誰でもできるような画一的な答えで
自分自ら頭で思考することなく
与えられることをもってしか判断できない
そのような人生であるのであるなら
それは少しも力をもって、ご自分自身の人生を光らせたり
ほかの者の光を啓発するようなことなどできないでありましょう。

人生は大事な、大事な修行の場でもあるのです。
そして、この地上に生を受けている時間は永遠ではないということ
無限ではないということ。
そのことを心に銘じられ、この使命を果たしていただきたいと思います。

地上におられる我が子たちよ。
どうかこの母の願いを聞いていただきたいのです。
あなた方が、今この地上にいること。
生活できておられること。
それは、けっして予言が外れたわけでも
そして、この平和な安逸な時が永遠に続くわけではないのです。

確かにこの地球の節目の中で、今ひとたび残されたこの時の中で
あなた方がどのようにこの地球の大救世運動のために、何がなし得るか。
最後のラストチャンスを今、神より与えられた
そのような大事な、大事な時という中に
今、身をおいておられるのだということに
どうか気づいていただきたいのです。

むやみに時をむさぼってほしくないのです。
死んでから悔いを残されるのではなく
もしわが言葉を聴き、少しでもあなた方の心の中に何か納得し
気づくことがあるのならば
明日からと言わず、今日、今からやれることを探していただきたいのです。

認識を変え、学んだのならば
何をもってあなた方の人生の中で具体的なことができるか。
簡単に言えばこういうことです。
ほかの人を幸せにできますか、ということです。

自分ひとりの幸せの中であり余る時間と、エネルギーと、体力と、お金と
現代のあふれんばかりの物質の中で
自分だけが幸せになることを求めるのではなく
神より与えられたそのようなものを
どのようにしたら少しでもほかの人を幸せにできるために活用し
自らの人生を愛あふれる人生として輝かすことができるか。
そのような工夫や努力をしてくださいと、そのことをお願いしているのです。

一人ひとりができることはささやかでも
みんなが力を合わせて手を取り合ったのならば
多くのことがしていけるのです。
それにはまず、自分自身の人生の中で、できる最初の一歩を踏み出さねば
大きなことはできないのです。

今日、申しました。
愛のキャンドルサービスをこの地球上に広げてください。
あなた方の愛の思いを、優しさを、難しい言葉でなくていい
難しいことをしなくてもいい。
でも、できることから一歩一歩、ほかの方がたの苦しみを少しでも軽くし
悲しみを少しでも減らし、喜びをともに喜び、倍増し
幸せな人生をともに分かち合って
みんなで生きていくことができるということの願いと祈りをもって
このアースの、未来の地球をつくっていく
そのようなことがあなた方にできる。

そのような思いをどうかこれからもあなた方の中に刻んで
人生を生きていっていただきたい。
それこそが、この地球の最終局面を救う
ひとつの、唯一の解決法でしかないということを
残念ながら、わたくしはお伝えしなくてはなりません。
このようにつらいことを申し上げるのは
わたくしはほんと、胸がはり裂けそうなのです。

でも、わたくしはそのような役割を神より与えられておりますので
わたくしは、我が使命を果たすために
今日このようなことを申し上げるために参りました。

天変地異というのは徐々に加速され
今多くの方がたがあちこちで犠牲になっておられますが
これは加速度がついてくるのです。

もう支えきれなくなってきているということ。
そして、人びとの業想念がこのようにぶつかり続ける限り
そのうちに最終戦争というのが起きてくるでしょう。

人びとの心を分かち合いの中で
愛の循環という通路の中に流すようにしていかなくては
このまま互いが互いの戦闘性と
力と力のせめぎ合いの中で、張り合い続けるのであるのなら
いつかはそのようなことが起きてしまうのです。

そして、それはけっして遠い未来ではないということ。
そのような自然災害、戦争というもの
そして、宗教的な価値観の数々の制度が崩壊し
ひとつの新しい価値観の中に投げ込まれていく時代が
そのような文化的な意味においても、信仰形態においても
新たな局面が次々と連鎖反応的に起きてくる時代が
もうすぐ先にきているのです。
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今このように平和に
このように神の言葉を平静に聴きながら編集できるような
このような時が永遠に続くわけではないということ。

それを今回の地震とか台風とかの状態を見ながら
なにやら地球が普通ではないようだ
以前とは違うということは、多くの人びとが
もう気づき始めているということなのです。

でも、その現実というものは
あなた方が考えるような予想をはるかに超えた事態というのが
起きてくるということ。
その時、どのぐらいの方がたが生き残れるか、わたくしはわかりません。

でも、なるべくそのような方がたが少しでも多くなるために
そして、その次の天変地異が起きて、いろいろなことが起きていったあとに
新たな社会の、この地上の建て直しをしていくためにも
精神的なルネッサンス革命的な
そのような神の子の本来に生まれ変わっていくような魂の復活というもの。
神の子の神性の復活というもの。
それをかけて、次の時代の足跡を、道しるべを残すことをもって
次の世代の方がたはその地獄絵図のような時代の中から
地球の未来を愛の星へと導いていかれることでしょう。

どうか、そちらにもっていけるように
最悪のことがなるべく最小限度のことで済むように
わたくしはただただ、祈るしかない自分を無力だと思っております。

でも、このような機会を神より与えられ
再度、地上の方がたに対して
このようなわたくしの思いを語る機会を与えられましたことを
心より神に感謝申し上げ、また地上のあなた方に感謝申し上げます。

今までの出現と申しましても、子どもたちやシスターたちの前で
数々の物質的な現象を込めて語りかけることでした。
難しいわたくしの思いとか、複雑な理念
そのような微妙なニュアンスまで
このように語る機会というものを与えられたことはございませんでした。

今日、このように長時間、わたくしの思いというものを
この天変地異の押し迫ったこの時代の中で、最後に神の子たちに
地上の神の子たちに語るチャンスを与えられましたことを
わたくしの人生における、魂の歴史における
ほんとうの幸せな瞬間であったと心より感謝し
そして、地上の方がたへのメッセージとしたいと思います。

わたくしは、いつもあなた方を愛しています。
いつもあなた方は幸せになっていただきたい。
あなた方の苦しみ、悲しみを思い、わたくしもともに涙を流しているのだと
あなた方はけっして一人ではないのだと
苦しいとき、孤独を感じたとき、どうか天上であなた方の思いを感じ取り
涙を流している母がいるのだということを
いつでもあなた方は思い出していただきたい。

そして、わたくしを思い起こし、わたしの胸に抱かれ
わたくしの思いを受け止め癒され
また活力としていただきたいのです。

あなた方に幼子のような心があれば
わたしはいつでもあなた方に語りかけましょう。
今日このように語りかけているように、あなた方の心に貼られている
そのシールドのようなスクリーンを外してくだされば
わたくしは一人ひとりに、この者だけでなくあなた方にも
いつでも語りかけることができるのです。

ですから、あなた方もご自分の心を
どうかわたくしたちに向けて解放していただきたいのです。
そうすれば、わたくしはあなた方を
いつでも導くことができるのだということ。

あなた方は一人ではない。
どんなに苦しい時も絶望しないで、わたくしたちの心の中に
そして、愛の中に生きているのだということを
常に自信と希望の原理として頑張っていただきたいと思います。

今日はたいへん長時間になりましたけれども
この時期ではということなのです。
これ以上、わたくしはあまり言いたくないので
申し上げないこともあるのですが
どうか、お一人おひとりの覚悟の中に決められ、今という時の中で
あなた方のできる最大限の人生のきらめきの中で
この苦境を、状況を改善するために
精一杯の努力をしていただきたいと、ただただお願い申し上げます。

(2005.9.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-07-19 13:22 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

墨子からのメッセージ(4)

今回は知というもの、知性というものを通して神理の究極を学び
そして科学の水準の究極をもって、信仰と知性というもの
科学技術というものが統合され、次の段階に行くという
そのようなひじょうに高度な課題を持った文明でありました。

でも、あなた方に理解してほしいのは
何よりも知と知性から入ってきたことにより
あなた方の魂の中において、頭でっかちになり
あなた方の人生の中で、知でしか判断できないような
通路がつくられてしまっているということ。
そのようなものを埋め合わすには
もう一度豊かな感受性というものを呼び戻さなくてはなりません。

その時に、男性原理の中に
知性、理性というものから悟りたいという衝動があり
そして、それが第一、第二の計画を挫折させていった原因でもあるのです。
その時に今、あなた方の目の前に現わされ
そして、与えられたのが何であるかというと
知性とか、理性とかいうことを超えた中で
女性原理における母性というものを通したものがあなた方に与えられたのです。

あなた方は、この意味がわかるだろうか。
母性というものは、理屈を超えているのです。
人類すべてに対して、どれだけ正しいとか正しくないとか
どれだけ我が子が優秀であるとか優秀でないとか
そんなものにこだわって母親が子どもを愛するでしょうか。

たとえ、どんなに障害を持っていたとしても
どんなに才能がなかったとしても、どれだけ非行に走ったとしても
そのすべてをくるんで、その胸の中で包むのが母性であり
母親の思いなのです。

あなた方は、知性で今回の文明をつくり、おおかた失敗してきているのです。
知だけで法を取ろうとして、愛が法の大事な
愛が神の根本原理であるということを聞きながらも
まだ魂の中で愛というものを理解できていない。

その時に一度、そのようにガチガチに積み上げてしまった
ヘルメットのような知の鎧を外しなさい。
知のヘルメットを外しなさい。
そして、この母なる者の胸に抱かれてみよと、抱きしめられてみよと

母性は、母親は何も裁かない。
何もランクづけしない。
すべてを超えて、その愛の中で、いとおしさの中で
すべての者たちを抱き、育み
そして、励まして、それぞれの魂の本来の姿に戻し
夢をもう一度見させるために
励まして送り出すのが母親たちの姿なのです。

その愛の姿というもの、そこにもう一度、あなた方は学びなさいということ。
それがゆえに、今回、女性原理の意味で
女性の指導者が立つたという意味があるのです。

ここまでくるには、やはり男性が本来、指導者として悟れるのなら
それは問題ないことだったのです。
でも、やはり男性原理優先で、知で凝り固まり
それがゆえに、我こそが、我こそがと思い
男性同士がせめぎ合う中で裁き合い
自らこそが正しいと思い合う中で失敗していったのが
数々の人類の、歴史上の悲劇を生んでいるのです。

以前にも申しました。
サタンをサタンと言って裁くのはたやすいこと。
でも、それをサタンとして裁き、魔として裁くその心は
それは、けっして神の本来の姿ではないということ。

神の心の中には、菩薩界、如来界の行たちの中には
あのミカエル大天使の気持ちの中にも、彼ら、魔と戦いながらも
魔であると言いつつ、魔と思っていない。
自分の最もいとおしい者が帰って来るときを待っている。
自分の仲間たちが帰って来るときを
ひたすら抱きしめるときを待っているという
そこには、彼らの中には裁きの気持ちはないのです。

魔であるというのは
地下の者たちが天上界の天使たちのことを言う時に、「魔だ」と言うのです。
あなた方も「魔だ」と言われて、随分嫌なことを言われているかもしれない。
あなた方は言ってはなりません。
彼らを裁いてはなりません。
彼らを受け入れていく、寛容な広い、広い愛ある姿こそ
その姿勢こそが、あなた方が神の使徒であるということを
唯一証明するものなのです。

魔は、常に光の天使を魔と言うのです。
でも、光の天使は、けっして魔のことを魔とは言いません。
「我が友」と言います。
「我が友よ、早く帰って来てくれ」と言うのです。

あなた方の心の姿を見て
人びとはどちらが神の使者であるかを学んでいくのです。
愛とは何であるか。
それは、実践する姿を通して愛というものは表現されるのです。
いかに頭でっかちの知識を、いくら詰め込んだとしても
九次元の知識を一生懸命、勉強したとしても、知識はしょせん知識なのです。
知識というのは、本来が愛ある実践を通してしか智慧にはなりません。
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なぜ、この人が智慧の女神と言われるのですか。
なぜ、この人が智慧ある者と言われているのですか。
一見、知識だけで見たら
お坊さんたちのほうがたくさん知っているかもしれない。
でもそこに、愛ある経験知が足りていないということ。
実践を通して、その知識をどう使ったら愛に結びつくか
愛に結びつくとは、神のみ心に近づくかということを
実践の理念の中で学んでいない者たちが多いから
神は智慧の女神をあなた方に授けられたのです。

智慧というのは、やたらと知識を知っていることではありません。
神のみ心をほんとうに体現する、その知識と
その実践方法を知っている者のみが「智慧ある者」と言われるのです。

知識ある者と言われていくのは、六次元神界の者たちです。
智慧ある者と言われるのは七次元。
七次元は愛ある者です。
八次元以降の者たちが
ほんとうの意味で知識と愛というものを合体させていった姿であるのです。
ちゃんと神はそのように考えて、修行の過程を与えられているのです。

七次元の菩薩界、八次元の如来界と呼ばれているところに
自らが高い世界に行きたいと、自分が菩薩になりたい
如来になりたいと思って精進している者はいないのです。

そこにはもう、ただただ、あふれんばかりの神に対する感謝の思いと
少しでも我が愛する仲間たちに、神の子たちに、いかにしたら役に立てるか
どのようにしたら愛を分かち合うことができるか
我が友の苦しみを、涙をどのようにしたら少しでも減らすことができるか
我が人生の中において、ひとつの言葉でも、ひとつの行動においても
何か我が仲間たちのためになすことができぬかと、体を張って
そのように苦しみや、思い悩み、自らの人生の中で
そのような工夫努力をした者たちこそが、その上に上がっていくものなのです。

そこに、我こそはもっと上に上がりたい、我こそは菩薩界に行きたい
我こそは如来界に行きたい、などと思っている者たちの中には
けっして菩薩界、如来界には行けないのです。
我こそは上に上がりたいという思いが
他者を救いたいという思いより勝るから
狭い世界に入りながら自らを偉しとし
知というもので鎧武装していくのです。

たとえ、それが愛を語ろうとも、自らの心の内を見るのならば
自分が傷ついても、多くの人びとのために踏み出ていきましたか。
自分が、たとえどんなに不利なことがあろうと、時間を取られようと
お金をなくそうと、肉体が疲弊しようと
自分の同胞のために汗水たらしましたか。
どれだけのことができましたか。

夢や希望はあったとしても、今世、レムリアが抱えているほどの
大きな、大きな神の理想はないのです。
夢はないのです。
大計画であるのです。

その中で、自分の人生、過去世を通し、過去世、幾転生の中を通して
どれだけのものを学び、どれだけのものを実証し、どれだけのものをもって
今世、多くの人びとを救い得る
そのような、ひとつのよすがをこの地上に呈示することができたか。
そのことだけをもって、今世、あなた方自身が問われているのです。

地上の中で、しっかりと地に足をつけながら、でも、それでいながら
心は愛ある神の子としての実践をどれだけすることができたか。
愛というものが、けっして絵に描いた餅ではなくて
棚ぼた式に人から与えられるものでもなく、与えられることより
与えることの中に愛というものの本来の意味があるということを
生きざまを通して、ささやかな人生の中で、当たり前の人生の積み重ねの中で
実践してみせた者だけが、愛というものを語る資格があるのです。
神の使者なのです。

マザー・テレサの生涯を
マザー・テレサがノーベル平和賞を取ったあとの姿を
ハンセン病というものを、患者たちを救ったとか
そういうものだけを取り上げて美辞麗句で飾ってはなりません。
彼女がそこに至るまでどれだけ無名の中で、お金がない中で必死で生きて
弱き者たちの味方になって、神の代弁者として、神とともにあるという中で
インドの人びとたちの中に神の姿を、キリストの姿を見ながら
彼女がどんな思いで誰にも認められず、いろいろな物を投げつけられながら
彼女が努力をしていた姿を知っているだろうか。

今日、成功して、無心であったが評価を求めない
ほんとうに弱者の味方として
命がけで生涯を駆け抜けた彼女の姿があったからこそ
結果的に晩年になって、それがノーベル平和賞に結びついただけなのです。

彼女はひとつも自分に対する評価を
自分に対する物質的な豊かさも、美辞麗句も求めなかったのです。
それがゆえに、彼女は最終的に、そのような称賛の中に包まれたのです。

でも、称賛に包まれた彼女の姿を見て、愛とはああいうものだと
型通りのことをするのであるのならば
それは間違った姿であるということなのです。
今、たとえ誰からも認められないとしても
自分の人生をかけて、地に足のついた姿として愛を学び
そして、学んだものを実践することをもって
神の使徒の第一歩が始まるのだということなのです。

(2005.9.3 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-07-17 12:18 | 墨子 | Trackback(1) | Comments(0)

ベーエルダ星の光る人からのメッセージ

エル・ランティの活躍により
我らの星も、地球人のいくらかの方がたの間では
有名になっているおかげで、わたくしに指名権が回ったことを
今日は大変喜ばしく、またラッキーなことだと考えております。

いくつかのご質問の中で
我らが魂、我らが同胞たちが、地上に降りていったとき
この地上に行ってからは、はるかな時がたち、あなた方が言われたように
今我らの仲間の魂が、どの人種に中心に降りているかということは
それは私よりエル・ランティたちのほうがご存じだと思います。

肉体的先祖において、あなた方地球の人種の中に
ひとつの惑星からきた者たちの遺伝子が
色濃く出ているということは伝え聞いておりますが
魂に関しては数々の人種を
あなた方の星では転生輪廻をしていかれるので
魂においては、どの人種に対して
ベーエルダの魂の者たちが出ているということはないように思います。

あなた方の星は、我らの星と決定的に違うのは
まだ精神的な意味において、内面的な霊的な目覚めが起きていない。
ひじょうに、そういう意味でいうと
過渡期的な、まだ精神的に幼いと申しますか
そういう段階にいる方がたのように思います。

では、我々のように科学技術を発展させたから
それで我々が先輩として、すべて良いかというと
私はそれがすべて良いとは思わないのであります。

何が決定的に違うかというと、生活の中における利便性というもの
そこを徹底的に科学技術の中において便利にしてしまったがゆえに
生産労働、日常における、労働における煩わしさが
我らの星ではほとんどいっさいなくなっているということが事実なのです。

何かをつくる、何かを生産する、そして何か別の場所に移動したいとか
何か新たな企画をつくりたいと思っても、大体そのように思っただけで
そのようなものが現れてしまうような、物質構造的な次元で我々の思いを
思念を集中するだけで、その次元に現象化するという
その技術まで至っているかゆえに、あなた方のように、たとえばジュース
コップ一杯のジュースをつくるために
山に行き、ミカンの木を植え、フルーツを収穫し
それを運び、それを買いに行き
キッチンで奥様たちがそれを潰し、ジュースに絞り
そしてテーブルの上に乗るという、そのような一連の作業なくして
分子構造の上で「ジュースよあれ」と思えば
そのような物体をつくり出すことができる
そのようなところまで行っているということ。

それをもしあなた方の惑星で見るのならば
紅海を真っ二つに割ったといわれている
モーリャ、モーゼといわれている方の話を
よく私はエル・ランティから聞くのですけども
そのようなひとつの空中からものを出していくような
インマヌエルと呼ばれている方がしたような
そのような不思議な現象と呼ばれていることのように
あなた方は思われるかもしれないけれども
それは物質構造理論的に考えるのならば
少しも不思議な現象ではなく、科学技術が進んでいったのならば
そのような物体をつくり出すということを
思念の中において、原子構造において
その瞬間的に出していくということは、可能になってくるわけなのです。

だから、あらゆる生産労働に従事するための苦労というものがなく
人びとは一日の中において、労働の苦労に就く時間はひじょうに少なく
個人個人の人生を楽しんだり、個人個人の個性に応じて人びとに
宇宙に対して、神に対して、何をもって自ら仕え
何を発明発見していったのならば貢献できるかという
そういう内面的な活動に、時間とエネルギーを使えるということ。

それが男女を超えてそのような自由な時間があるということ。
そういうことがあなた方の地球の暮らしを見ていて
何がいちばん違うかなと思うとそこのところを考えるのです。

でもそれがほんとうに良いかというと
私はそうは思わないこともあるのです。
ミカンの木を植えるということは、泥にまみれて嫌なことだと
ベーエルダの者たちはおおかたそう思っているのです。

でもどうでしょう?
地球の中において今、あなた方も都会に住んでおられる方が多いでしょうが
自然の中にいって、木を植えて
その木の成長を楽しみながら、いとおしみながら
ひとつひとつ実のつくオレンジを
我が子のように可愛がって育てておられる、農夫の方がたの姿。

その自然の恵みをいっぱい受けたオレンジをもぎ取り
そしてそのにおいを感じ
それを選んで買いに行き、そしてそれを家族のために愛をもって調理し
料理をつくっていくお母さんたちの愛のこもったジュース。

その一連の過程、それがある意味でいうと
愛の表現でもあり、神の愛の息吹というもの
大自然を通して人びとが体内に入れるというだけではなく、神の愛を感じる
そういう手段にもなっているのではないかとー。

神を感じ、愛の喜びを感じる通路になっているのではないかとー。
そういう大事なことを
我らがベーエルダの者たちは忘れてしまったのではないかと-。

利便性ばかりを追及していく中において、いちばん素朴な
神の大自然の気持ちに沿わして生きるという喜びを
自ら放棄してしまったのではないかと
わたくしなどはそのように思うのです。

ベーエルダの中にいても、いろいろな立場の者がおります。
エル・ランティの言ったことに対立して
議論を交わした者たちがおりますが
わたくしはどちらかというとその中間
エル・ランティともいい友人でいられるような
そのような立場の考え方をしている者でありますから
わたくしの個人的な意見と
ベーエルダの他の者たちの考えている意見は違うかもしれませんが
地球にこのように、私たちの子孫たちが、私たちの同じ天体の者たちが来て
どのようになっているか、エル・ランティがどのように頑張っていて
そして地球という惑星が今どのように成長しようとしているかということを
見守りに来ている、そのような役割をする者として見るのならば
地球という惑星の姿、現在の姿に、ベーエルダの者たちが今忘れてしまった
その神の波動に触れる素朴な生活
神の子として本来あるべき生活というものが
地球の中に残されている姿というのに、時おり感動したりもしているのです。
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確かに精神的にまだ幼いかもしれない、あなた方地球人は
だから、戦争とか、互いにだまし合ったりとか、まだ自らが神の子だということ
大宇宙の愛の波動の中に共存し、共鳴し合っていくという
そのような、まだ最低限の枠も超えていない
そういうあなた方ではあるけれども
それがゆえに、原初的に我々神の子として埋め込まれた大自然と一体となって
神の愛の中に生きるという、その姿勢、その姿をまだこの地球には温存している
その生活、ライフスタイルがあるという姿を見て
私はまた反面、ベーエルダの者たちも
地球人の姿から学ぶことが多いのではないかと、そのように思うのです。

あなた方が今エル・ランティと呼び、ミカエルと呼んでいる者たち
あの者たちはかつて昔
我らが星、わが星より独立し、別れていった者たちであります。

彼らが常に言ったのはそこでもあるのです。
科学ばかりを優先し、利便性ばかりを追求していった中に
神の愛というものを学ぶ
神の子として成長する道は閉ざされていくのではないかと-。

もう一度、一から神のもとに科学というもの、それと信仰というものを
信仰というものはけっして宗教、宗教というのではなくて
個人の内面における神の子としてのあなた方も、私たちにも相通じ合う
宇宙のエネルギーの根源に一体となって、そこに目覚めていく姿
それを信仰心と、あの時はいわれたのですけれども
その目覚めていく、そのほんとうに自らの力に目覚めていく力
神を信じ続けていく力
それと科学技術というものをとことん追及していく姿というもの
その両輪がしっかりと整ってこそ、本来は神の子の道があるべきであると
エル・ランティは、我らが星において主張した方でもあるのです。

その考えはひじょうにスケールが大きく、深いものでもありました。
しかし、多くのベーエルダの者たちは便利さに慣れすぎていたのです。
便利なものを手放すのは嫌なのです。

たとえば、今あなた方の主婦の方がたを見ておられても
冷蔵庫があるのが当たり前、電気掃除機があるのが当たり前
ごはんの炊飯ジャーがあるのが当たり前とか
たくさん電気製品があるのでしょう?

どうでしょうか、あなた方のお母さんとは言わなくても
おばあさんぐらいの世代では
冷蔵庫ひとつなかった時代があったのではないでしょうか?
その中で人びとは知恵を工夫しながら生きておられたはずなのです。

その利便性というもの、便利さというもの、あなた方はつかんでしまって
今の主婦の人たちに「薪でご飯を炊いて、冷蔵庫もない生活、掃除機もなく
ほうきとちり取りだけで掃除をしなさい」と言ったら
怒り出すのではないでしょうか。

「こんな便利な暮らしをしているのに、なんでわざわざ
そんな暮らしをしなければいけないのか」とー。

それが究極まで行きついた時に、さっき言った、苦労するということ
額に汗して努力をしていく
日常の当たり前な、一見退屈に見える繰り返しの生活の中に
自分のエネルギーと時間を取られることをひどく嫌う姿勢というのが
ベーエルダの中に蔓延していったのです。

その時にエル・ランティは
「そういうものを、すべてを通して神の子の営みがあるのだ」と
「そういうところを嫌がってはいけない」と
「もう一度本来の自然の中に、神とともに生きる姿に
そこにこそ信仰心の原点がある
神の子の原点がある。
そこを見失ってはいけない。
そこにもう一度戻りながら、そして科学の技術を我々の星として貢献して
発展させていく道を学ぼうではないか。そういう生き方をしようではないか」
ということを、エル・ランティという方は力説なさったのです。

そして、いろいろな状況がありまして、地球のほうから、新たな惑星をつくり
新たな文化圏をつくるという試みがあるというときに
エル・ランティは
「もう科学技術の発達しきり、便利さの極致にいたベーエルダにいても
新しい新たなものは何もないから、新たな未開の地、地球に行って
我らが信念をそこで試みてみよう。頑張ってみたい」というふうに言われ
彼の考え方に賛同する方というのを募られたのです。

そして、人望のある方でありましたから
「エル・ランティについて行く」と言った
名乗り出た者たちが、あれだけの人びとたちが
船団を組んで行かれたという現状があります。

でも私たちも定期的に今来て、地球の発達具合
どのようにエル・ランティたちのやっていることが
実っていくかということを見守りながら今日まできているのです。

銀河連合、宇宙連盟というのがありまして
やはり私たちの星からも銀河連合の中
宇宙連盟の一員として、この地球というものを見守っております。

私たちの星から地球に持ってきた動植物というのも結構多く
それが地球という惑星の中においてどのような進化発展を遂げ
なじんでいったのかということ
そういうこともやはり見守りたく思って来ているのです。

ベーエルダ星:大マゼラン星雲の中にある惑星。
科学が高度に進化している未来都市を持つ。
エル・ランティ:3億6千5百万年前に、ベーエルダ星から6千万人を率いて、
巨大な母船で地球にやってきたとされている。

(2006.2.25 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-07-15 06:56 | ベーエルダ星の光る人 | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(23)

我はモーゼなり。
戦いの時がきた。
今こそ立ちて、この使命に気づき、忠実に進んで行くがよい。

我はモーゼなり。
今こそ皆の魂をひとつにし、わが道を進むがよい。
あなたは思い出すがよい。
いつかこの時がくることを、あなたは知っていたはずだ。

それはけっして予定外のことではなく
はじめから計画され、封印されていたことなのだ。
今ここにその封印が解かれ、新たな使命が降りる。

あなたはけっして恐れてはならない。
あなたはけっしてひるんではならない。
いつの時も勇ましく立ち上がり、魔軍と戦い、勝利に導いたではないか。
何を弱気になっているのだ。

我ら赤色光線は、常に神の命を受け、いかなる時も命をかけて
その時代の危機を守り、導いてきたではないか。
かつてゼウスが倒れ、かのギリシャの地が
マケドニアの軍勢に攻め込まれた時
あなたは女だてらに立ち上がったではないか。
あの時の熱き情熱と、自分の愛する人びとと国民を守ろうとする
大きな愛と勇気を今一度、思い起こしなさい。

今度はあなたのその胸に、この地球の人びとすべてを抱きしめてほしい。
この世紀末、この地球文明がいかなる道を歩むのか。
それを時代の証人として、母なる思いで見守ってほしい。
これから多くの傷ついた魂が浄化の過程に入る。
我々も命をかけ、この時代の転換期に戦う。

今、天上界はエル・ランティのもと、あらゆる民族、宗教を超え
指導霊たち、またその下に付き従う者たち、一群となり、動き始めた。
我らはしばしの沈黙を破り、今再び、天上界より通信を始める。
みなこの時を待っていたのだ。
最後の賭けに、我らは希望を託そう。

正しき者は、常に強くなくてはならない。
正しき者は、最後に勝利せねばならない。
それが神の掟である。
さあ、正しき者よ。
立ち上がり、強くありなさい。

けっして不相応な命令ではなく、我々はそなたが生まれていく時
このようなこともあると、それを思い出してほしい。
だからアポロンもそこに出したのだ。
アポロンとはミカエル大天使のことなり。
ミカエル大天使はアポロンなり。
これを忘れてはならない。
間違えてはならない。

それがわかれば、彼が成長した時
どのような使命が降りるか、想像がつくであろう。
そのためにも、あなたはあなたの戦いをもって
彼の道を整えなくてはならない。

彼が成長する頃、急速降りた他の力ある者たちが、集まり来たるであろう。
その時は、混乱し、破壊された時代を立て直す、力強い男性の時代が再びくる。
その時まで、もうどうにも止めることのできない破壊の時を
温かい、いたわりに満ちた母なる思いで
この時代の人びとを包んであげてほしい。
励まして、その胸に包んであげてほしい。

いつかその破壊と混乱の時が過ぎ、再び新たな神の時代の幕間けがくるまで
その激動の時を、あなたは我らの指導のもとに立ち上がり
戦い、耐えてほしい。
もうその時はきた。
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数々の悲劇的変化が、この地球を襲うであろう。
今まで止めおかれた神の手が振り下ろされる。
新約の黙示録に記された時代がこれから始まる。
もうすでに始まってはいるか、これから本格的クライマックスが始まる。

我々もこの地球文明の一大転換期において
勝利するか、失敗するかの最大の賭けに出る。
我ら九次元神霊、相集い、智慧を出し、この危機に臨まんことをここに誓う。
いつの時も九次元から指導が降りるのは、そこここにあるにあらず。
今はここにのみ降りるのだということを
あなた方は心して受けとめなくてはならない。

さあ勇気を出して、我らとともにこの道を進もう。
あなた方はけっしてひとりぼっちではなく、我ら天の軍勢がついているのだ。
間違えることを恐れるより、今の時代に何もできなかった
そのことを恥じるようになりなさい。

何もしなかった臆病者より、一生懸命頑張ったが
失敗してしまった者のほうが、どれだけ神は喜ばれることだろう。
人は誰でも過ちがあり、失敗することもある。
しかし、失敗すればこその次の成長もあるのだ。
このような重大な時期に、重大な使命を受けたあなた方は
たいへんな幸せ者である。

あなた方ならできる。
あなた方なら大丈夫だ。
自信を持って、熱き情熱とともに、この道を歩まん。

(1998.4.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-07-14 15:39 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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