地球を愛の星へ

<   2015年 09月 ( 26 )   > この月の画像一覧

アマーリエ(日向の指導によるメッセージ)4

みんなそれぞれ神の子としての愛の思い
愛のエネルギーを満々とたたえています。
絶対に一人として同じ方はいない。
それぐらい尊く気高いものです。

この思いに正直に生きて、この思いを表現するために生きていく。
そうしたならば、社会はおのずと変わってきます。
そこから変えていくのが、ほんとうの意味での魂の再生
それがレムリア・ルネッサンスなのです。

その方向性をしっかりと謳い上げていく。
それが一体となった時に、女性の生き方
そして男性がどう改革を行っていくべきか
宇宙の友が来たとき地球がどういう方向で変わっていくのか
すべて自然に答えが出てくるものなのです。
地球人の認識力によって、自然に変わってくるのです。

不要なものはいずれ淘汰されます。
それが摂理でもあるからです。
だから高橋信次先生が
「わたしたちは神の子なんだよ。愛をいっぱいにたたえた神の子なんだよ。
魂は永遠なんだよ」と、今思うとすごくシンプルなことを教えてくださった。
こんなことだけを言うためにエル・ランティが出たのかと思うけれど
これがすべてのキーワードの基本だったのです。
信次先生が伝えてくださったこと、これに尽きるのです。
この思いにどう気づいて、表現する勇気をどう持って
そのエネルギーでどう社会を変えていけるか。

今、政治学とか何学とか、いっぱいあるでしょう。
科学、文学、そして社会の構造的なもの、子どもが荒れているし
自殺したり、子殺しがあったりという社会問題
そういうものの答えというのは、全部そのもとに自然に出てくるのです。
そのキーワードは
「わたしたちは神の子である、愛のエネルギーである、愛の子である」
ということ。
これまでは、それを宝の持ち腐れにしてきたのです。

気づけなかったし、信次先生が教えてくださっても
それをほんとうの意味で気づいて表現する人がいなかったから
信次先生が亡くなってから三十年経っているのに、世の中少しも良くならない。
宝の持ち腐れはダメよ、ということです。

イエス様も聖書の中でおっしゃっています。
「ろうそくの灯は赤々と、テーブルの上に載せなければいけない」と。
ろうそくに灯つけてね、テーブルの下に隠していちゃいけないよ
あなた方の中にある神の愛の光というのは、高々と掲げて
世の闇を照らすべきためにあるんだよと。
だから、机の上にちゃんと置きなさい。
高い所に灯を掲げなさいということを、イエス様は聖書でおっしゃっている。

それは、わたしたちの神の子としての愛の灯に点火させたらば
それを出し惜しみしないで表現をしなさい。
表現をして、発信していくことに勇気を持ちなさいということです。

それはけっして無理なことではなくて
わたしたち自体が持っているほんとうの底力でもあるし
神様が期待されているものでもあります。

素晴らしい才能を持っていたら
それを抑えておくことのほうが辛いでしょう?
みんなそうなんですよ。
自分らしくありたい、自分が感じた愛を少しでも表現していきたい。
それをできるのが、ほんとうの意味で正直に生きることであるし
幸せなことなのです。

そのうえで、女性としてどう生きるか、女性としてどう愛を感じるか
そういうものがやはり伴うのであって。
まず、原点は自分らしくあるということです。

もし、素敵な人に見初められたいと、自分らしさを一生懸命隠して
たとえばわたしはお料理がすごく上手ですとか
子育てもすごくうまいんですとか、やりくり上手なのよとか
一生懸命見栄を張って言ったとしても、そんなものは長続きしません。
自分を偽って、男性の愛を手に入れたとしても
そんなものはいずれ苦しくなっちゃうよ、ということなのです。

自分自身であって、自分自身にしかないものを神様が与えられた。
それを一生懸命表現して、愛豊かに生きていく。
そして、そういうあなたを愛してくださる人を探して、
女性たちよ、幸せであれ、ということを天上界はおっしゃっているのです。

愛されるからと言って、自分を偽って
自分の素晴らしい感性とか才能を表現することを封印するのは苦しいことです。
やはり自分自身に素直に正直に生きるということは
幸福の原点であると、わたしは思うのです。
c0171476_13302451.jpg

そして日向様も、まず女性性や愛というものをちゃんと学んだのならば
愛の表現媒体として
あなた方に授かった能力、才能を出していくことをためらわないでねと
おっしゃっています。

愛の表現者としての能力を発揮するということは
多くの人びとを幸せにするし
何よりもあなた方自分自身がいちばん幸せになれる道なんですよと。
そういう勇気を持ってくださいと。

今まではそれをやると、すごく社会から迫害され、生意気な女だとか
いろいろ言われることがありました。
けれども、ほんとうに愛豊かに、愛深く、自分の女性性を理解したうえで
素晴らしい才能を発揮する女性というのは、真に魅力的な女性であるし
社会もそれをきちんと受け入れるべき社会に成長しなくてはいけないし
男性たちもそういう女性たちを受け入れていくように変化するべきであると。

そこのところがわかっている女性であるなら
どれだけ優秀で素晴らしい才能を持っていても
男性というのは、ほんとうに敬意を表して
ちゃんとその女性を愛するものだと思います。

そこを認識せず、「いいから、あなたお皿洗ってなさい」とか
「わたしは忙しいんだから」とか、自我のぶつけ合いをしてしまうから
男性たちは引いてしまうだけであって。
男性は、女性が愛深く、愛を表現する手段として
自分のそばで燦然と才能豊かに光っていたら
敬意を表するものだと思うのです。

男性にしてみれば、自分と同じではだめなんですよ。
今までは、女性が職業に就くと
家庭の中に男性が二人いるようになってしまったのです。
だから、男性は奥さんに対してライバル心を持ったのです。

でも女性が、自然体でさりげなく女性性を表現して
愛を表現するためにわたしはこういう才能で奉仕するのよ
神様のために、多くの方のために
愛の奉仕をするのよといって存在していたら
相手の方は、逆に自分の妻に誇りを持ち、敬意を表して
それを助けるパートナーとして存在しようと自然に変わるものなのです。
けっしてそこにはやきもちはないのです。

けれども今まで、女性たちは解放された分
男性化し、男性と同じベクトルの中で
自分の能力をアピールすることばかりをやってきたから
男性たちは自然に身構えてしまったということがあったかもしれない。
でもそれは、やはりともに成長していかなくてはいけないかなと思うのです。
そこのところに気づいてくださいということを
日向様はおっしゃっているのです。

愛の原点というのは、わたしたちは神の子であり
愛のエネルギーそのものであるということ。
オリジナルの自分を表現することをためらわないで
自分自身を愛の表現者として、勇気を持っていきましょうと。
それがほんとうの意味での幸せで
ほんとうの意味でわたしたちの魂を自由に解放させていく道なのです。

やはり、なにか愛のためにお役に立てる
神様のために、多くの仲間、神の子たちのために
地球のために、宇宙のためにというのが、神様のためにでもあるのだけれど
自分という存在が無意味ではないと
何かお役に立てる力があると思うことは
ほんとうに幸せなことだと思うのです。

ささやかなことでもいいから、お役に立ちたい
みんなそういうふうに思っていると思います。
そしてそれを
いちばん言ってあげなければいけないのは子どもたちなのです。

【2007.8.2 レムリア・ルネッサンス(なでしこルネッサンス)
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-30 13:28 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

シュヴァンツェル(聖徳太子)からのメッセージ(2)

出たかった者は多かった。
ほんとうに多かったのです。
ひじょうに倍率の高い中を、きている。
それなのに我々から見たら
「いったい何をしているのか」と言いたいことはたくさんあります。

しかし、やはり人間である以上、神の子と言いつつも善悪両面を
良さも素晴らしさもすべてを兼ね備えているのが神の子であり
その誘惑の中で、そして、その切磋琢磨していく知識の高みによって
あなた方は、この地上界の修行というものをなされていかれるはずなのです。

今は、仏陀におかれましてもたいへんな学びをされ
今これを学ばれたということがいずれ大きな意昧での
あの方におかれましても指導能力に還元されるときがくると思うのです。

であるならば、地上に出て行くときに
「そんなにたやすいことばかりではないよ」と
「さまざまな誘惑や、さまざまな危険があるよ」と
「明治維新の者たちを見てもわかるであろう。
まともに天寿を全うした者など、ほとんどいないのだよ」と
そのようなことを言いながらも、「いいや、我々はやって来る」と
わたしたちに誓いを立てて降りて行ったのが、あなた方でございます。

であるならば、どうかどうか
今あなた方がわたくしたちに対して誓った言葉を
今この地上において果たされていかれることをわたくしは望みます。
それがあなた方にとっても、けっして悔いのある人生とはならないということ。
真に生きたということは、そういうことであるということ。

きれい事だけではない。
いいことだけではない。
地上にいれば肉体的な誘惑、金銭、地位、物欲的なことの誘惑に
今まで多くの者たちが惑わされ、堕ちていったでしょう。
そのさまを見て、あなた方がここに残っているというだけでも
ほんとうに素晴らしいことであるとわたくしは思います。
評価します。
であるならば、この修行を大切にしていただきたい。

よろしいですか。
天上界で清まり、良き環境で善意の者たちに見守られ、法の、愛の神の
法の愛の中だけに包まれているときには
このような修行はできないということ。
地上に降りたればこそ、人の悪意、物欲、肉体的な誘惑というものに惑わされ
でもそれを乗り越えて
この地上界に神の計画を降ろしてこそ、本来の修行があるということ。

酸いも甘いもかみ分け、そして、行動できたときにこそ
真に価値ある価値観が何であるか、神のご意思が何であるかということを
法を真に納得してあなた方が悟ったということ。
そうでなければ、天上界でいくら偉そうなことを言っていても
何もわかっていなかったのと同じことなのです。
そのために人は転生していくのです。

天上界では善意ある人ばかりです。
人を裏切ったりするような者はひとりもいません。
お金なんて本来はないし、肉欲とか異性に対する欲も性欲もないのです。
そのようなところにおいて
「惑わされるな」と言ったって惑わすものがないのです。
そこにおいては、人はある程度の境地にいけば清まり
善意の中で感謝し合って生きていられるのです。

しかし、地上に降りたらば、あらゆる誘惑の中において
人びとはその危険の中にさらされます。
そこにおいても、その肉体的な本能、物欲的なものにおかれても
なおかつ、「あなた方は神のご意思がわかっていたのか」
「神の思いがわかっていたのか」、「神の使いとして、神の使者として
あなた方は何ほどのことがこの地上にできるのか」ということを
今、あなた方は実証しようとしているのです。

それは誰の、神のためでもない。
全人類のためでもない。
究極に言うならば、あなた方自身のために今の修行があると思いなさい。
そうであるならば、あなた方は自分自身の人生を、魂を
今回与えられた場所において生き抜くことです。
生き切ることです。
そこにおいてあらゆる、これからは名誉心、金銭
そのようなあらゆる執着というものを放たなければなりません。
それほどに高い境地にくるということです。
c0171476_13524381.jpg

よいですか。
行い即実行、行い即イコール、悟りであります。
行いをもってしか
あなた方が真に悟ったということを証明できないということ。
天上界におり、清まったところにおいて
どのような美辞麗句を語っていたとしても、そのようなものが
けっしてあなた方の悟りの高さを証明することにはならないのです。
なぜならば、悪意を持つ者など何もいないのだから。
そして、何も建設的なことをしたわけではないのだから。

この地上の、三次元を与えられた神のご慈悲は偉大です。
この天上界の、神のご意思というものをこの三次元に投影してこそ
神の国ユートピアの実現であり、神が本来、愛の表現体であるという
その表現の、その実行者としての
光の天使の役割というのが果たせるからです。

あなた方が地上において何ができたか。
今の時を刻みながら確実に死へ向かっている旅路の中で
あなた方ひとりが何をなすことができたか。
そのことだけを思い煩いなさい。
それ以外のことはすべて捨てていきなさい。

ここから先は何を持っても、執着し、つかんでも危険になります。
どうしてもそれがつかんで離せないというのならば、今去りなさい。
自らの意志で去りなさい。
そうでなければ危険なことになる。
そして、この道についていくのならば、心を無にし
あらゆるつかんだものを離しながら
神の計画のために、ただただ無心についていきなさい。
己のプライドや欲や、そのような異性に対する関心などがもしあるのならば
そのようなものを一度投げ捨てなさい。
それほどに、あなた方の今世の使命は大きいということです。

明治維新の志士たちがつけた道の上を
あなた方は今、歩んで生きているのです。
その彼らがつくった土に
あなた方が今、大いなる神の国を打ち立てることにより
そのあとに生まれてくる子どもたちへ
そのあとの人類が、あなた方のつけた道の上を歩いて
巨大な立派な神の国、神の愛の星を建国していくのです。

そのことを思ったのならば、今あなた方がやる力をもってなしにしては
愛の星にしていくこと、神の国、ユートピアにするということ
そのようなことはあり得ないのです。

それぐらい大事な、大事な位置に今、この日本
大和の国というのが位置しているということ。
その今の時期に、この第一次、第二次の計画が失敗し
第三の非常事態宣言が発令された中で
この計画の中で、このテーブルに座っているあなた方であるというのならば
ほかの世間の者が何を揶揄し、何をあなた方をなじり
何を悪いことを言おうと、放っておきなさい。
彼らが神の計画についてこられなかった
ただその悔しさの中で言っていることなど、言わせておきなさい。

あなた方が、自分が言われることではなくて
あなた方が何を神のために、全人類のために
そして、己自身のためにやっていけたかということをもって
次の時代をつくっていくのです。

それをもってこそ
神の子としての、神の使者としての使命を果たしていくのです。
そうでなければ、あなた方の命は無駄になる。
あなた方の転生も修行も無駄であったということ。
そのことがわからなくてはなりません。

今回、脱退していった者たちを見ていると
その肝心なことがわかっていないのです。
この計画に携わるということが、どれだけ危険を要し
どれだけたいへんな覚悟のもとに歩まねばならぬかということが
わかっていないのです。

それだけの使命を持っているあなた方であるということなのです。
そのことをもち、この日本という国の使命をあなた方と共に
わたくしもこれから指導霊としてともに歩んで
この日本という国をつくったことがけっして間違いではなかったと
今日の日本というこの場所をつくったということが
けっして誤りではなかったということを
わたしはその使命の総仕上げとして、あなた方に申し上げたいと思う。

(2005.6.2 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-29 16:58 | 聖徳太子/シュヴァンツェル | Trackback | Comments(0)

アウグスティヌスからのメッセージ(5)

あなた方のところに来ている、坂本竜馬とか
明治維新の方がたの話をわたしも聞かせていただきました。
学ばせていただきました。

彼らはわたくしから見ると、わたくしの修道会、わたしのホワイト霊団で
命がけで殉教していった者たちの姿にたいへんよく似ているのです。
神の計画の中で、神のために、神の愛を伝えるために
自らの命を犠牲にし、命がけで命を張って
多くの未来の人びとの、人類の幸せの、未来の人類の
日本国民の、未来の日本の人びとの幸せのために
命を投げ出した方がたではなかったでしょうか。

彼らが見据えた、見抜いた
その希望という未来に対するビジョンというものの素晴らしさと同時に
彼らの命を張ったその真剣な生きざま
その姿をもって後世の者たちは彼らを称え
彼らの夢を素晴らしかったものであると
見習おうとするのではないでしょうか。

命がけになった生きざま、真剣な生きざまを抜きにして
いかなる美辞麗句を並べ立てたとしても
どれだけ素晴らしい書物を、バイブルを人びとに渡したとしても
それを受け取った人びとの人生は変わらないのです。

レムリアというものが、このホームページを今、窓口として出ているのです。
ホームページをもっともっと豊かな、もっともっと魅力的な
多くの人びとの熱意が伝わるものとしてつくっていっていただきたいです。

そうしたらば、そこから出されたエッセンスの書物であるごちそうが
どれだけ体の愛というものに役に立つか、身になるかということは
やはりその窓口であるあなた方の意気込みを見て
生きざまを見て、その姿を見て
「あっ、ひょっとしたらここにはほんとうに神の言葉が
降りているかもしれない」と思わすのです。

ですから、我々殉教者というものを
キリスト教はどうも殉教が好きであるというふうに
思われているかもしれない。
ひじょうにマゾヒスティック的なものがあると
思われているかもしれないけれども
逆に言うとどうでしょう。
レムリアだってあれだけの迫害があればこそ、今一躍有名になって
その価値を認められたのではないでしょうか。

迫害をされ、あれだけのことを言われ続けて
それにカッとし、同じ目線で言い合いをしたら
「ああどこも同じであった」と言われたことでしょう。
でもあなた方に対する迫害があったのを見事に乗り切ったからこそ
あなた方に対する評価も賛同もあるという今日をつくったのです。

ですから、「迫害する者のために祈れ」という言葉が聖書にあります。
迫害してくれる者たちにありがとうと感謝をし
「わたしたちが真に神の子として生きる姿を表す、
チャンスをあなた方は与えてくださったのです。ありがとうございます」
というふうに
人びとに、多くの方がたに思う境地になったのならば
あなた方に怖いものは何もないはずなのです。

そして、この計画の中で我が人生を投げ出し
神の使者として、道具として命がけで生きようと
ほんとうに不退転の境地になったのならば
「たとえこの身切り刻まれようとも、すべて財産取られようとも、
わたしは神のために頑張るのです」と言える
人生に誇りを持てるのであるのならば
何もあなた方に怖いものはないではありませんか。
それがホワイト霊団のキリスト者たちの心がけなのです。

その気持ちの中にサタンなどというものは何の力もない。
その中において彼らすら、殉教させてくれる
自らを神の子として証してくれるチャンスを与えてくれた者であると
彼らに祝福を与えながら死んでいくことができたということです。
そのような境地の者は、けっして地下の世界には行かないのです。
c0171476_15513013.jpg

ですからあなた方も
我々ホワイト霊団の者たちのことは全部とは言いませんけれども
もし思われるのならば、目に見えない不安
恐れというものはけっして受け付けないようにしてください。
不安や恐れを持つと、それは内の中で現象化され
さっきの良き言葉が現象化されるのと同じで
やはり現象化されてきてしまうのです。

そんなものに目をとらわれることなく、何が来ても、我が身切り刻まれても
自分は、自ら神の使者として生きることに誇りと喜びを持つと思えたのならば
何もこの地上生命の中で怖いものはないということです。
心揺るがすことはないということです。
そこにおいて、何もサタンにつけ込まれる余地などはないのです。
あとは喜びだけがあるのです。
神に祝福された人生だけがあるのです。
そして、真に強くされていく人生があるのです。

ですからあなた方も、どうかその気持ちの中において自らを強くせられ
信仰により強くし、愛に清められ、神の祝福と栄光の中で生きられる
そのような生きざまをもって
今回の価値ある人生を全うされていかれることを
わたくしは希望いたします。

では、今日はこれにて失礼させていただきます。
神の名によりて、あなた方に祝福を与えます。
神と子と父の名によりて。
アーメン。

(2005.11.5 レムリア・ルネッサンス

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-28 07:31 | アウグスティヌス | Trackback | Comments(0)

バシャールからのメッセ―ジ(4)

幸せというものがどういうふうにしたら手に入れられるか
それを私たちは知っているから、何ひとり余分なものを持たなくても
何もあなた方が欲しがっているような、何ですか
私たちからみるとひじょうに奇異なものに見えるのですが
お金、地球のお金ですか、これ?
他に行ったら何も使えません。

私たちの世界ではお金はなくても、必要なものは互いに奉仕し合い
分け合い、分かち合うのです。
何もお金なんか持って行かなくても
みな必要なものはひとつのスーパーみたいなところがありまして
皆行って取ってくるのです。

「いただきます。ありがとう。つくってくれた方ありがとう」
「どうぞお持ちください。あなたが生きていくために役に立つのだったら
私たちはこのような食べ物を生産したことをとても誇りに思います。
とても幸せに思います。どうぞお持ちください」
みなさんそう言って、自分たちのつくったもの
そういうものを皆置いておくのです。

そしてお互いに感謝をし合っていただいていく。
そしてその、たとえば果物や野菜をつくった人ならば
他の靴をつくっている、いろんなものをつくった人たちが置いていく
そこにおいて「ありがとう。じゃあ靴をいただきます。ありがとう」
みな感謝の思いです。

そして自らの同胞、仲間たちが幸せに暮らすことができる
役に立ったという思いが
彼らの人生におけるひじょうに幸福感の裏づけになっているのです。

幸せというのはそういうものなのです。
それが愛の輪廻と呼ばれているものなのです。
愛の循環と呼ばれているものなのです。

愛というのは分かち合えば分かち合うほど
何倍にもなって本人に戻ってくるのです。
愛というものはケチくさい思いになったのならば
少しも本人に戻ってこないものなのです。
私たちはそれを知っているのです。
それが神のお心でもあるからなのです。

自分に正直に生き、そして自分の愛する仲間たちの幸せな顔を見るために
一生懸命自ら仕事に励む。
そしてその彼らが喜ぶ姿を見て、ああ幸せだと感じられる。
その時こそ何ひとつ所有しなくても、何ひとつ持たなかったとしても
それは幸せの原型そのものであるのです。

神の愛はどうでしょう。
大宇宙を照らし、太陽の恒星の意識の中において
ありとあらゆるものをはぐくみ
私たちに生活できる、惑星や宇宙を与えてくださっております。

その中において、神は、ただただ何ひとつ主張なさることなく
私たちが幸せに生きているもうすべてのものを
もうすでに、ありとあらゆるものを
宇宙自体に埋め込まれて、私たちに奉仕して、与えてくださっているのです。

それがまた神の、愛そのものであり
神のお喜びになる幸福感そのものであるからなのです。
神ご自身がお幸せでありたいからこそ
そのような愛の姿を示しておられるということなのです。

いっさい主張することなく、何ひとつ自己主張することなく
ただ淡々と無限に愛し、愛し
自分の愛する神の子たちが幸せであってくれと思い
神の子たちが、一生懸命、ひとつ悟った、ひとつステップアップした
他の者たちを助けた、ここに素晴らしい文化を、文明をつくったという姿を
またごらんになりながら密かに喜ばれ
頑張れよと言って、あたたかな光と愛のエネルギーで包んで
無限の愛を与えてくださっている。
それが神の大宇宙の、神のお姿、愛の姿そのままであるのです。
私たちはその神の大いなる体の、宇宙の、愛のエネルギーの、懐の中に育まれ
私たちは、生かされ、神の愛の中で、幸せに満ちて生きているのです。

もうすでに親である神の、愛の中で気づけば、すっぽりと愛にくるまれて
幸せそのものである、それが私たちそのものの姿なのです。
にっこり振り返れば、私たちをいとおしいと思う
愛のまなざしで見てくださる、神のお姿があるのです。

その姿を振り返ってみてごらん。
あなた方はもう十分愛されているよ。
こんなにすべてのものをいただいているよ。
何を余分なものを握るの?
神のエネルギーを感じたかったのならば、振り返るだけじゃない。

あなたの心の中を見てごらん。
親である神、神様と同じエネルギー
血潮でこの体の中に愛という血液が、エネルギーが
あなた方の中に流れ巡り巡っているじゃないか。

これが愛だよ。
あなた方だけじゃないよ。
あなたの友人たちも、同胞たちの中にも
すべての中に、この愛の血液が、愛のエネルギーが流れているよ。

だからお互いに役に立ち合い、助け合い、ね、愛し合って、信頼し合って
あなた方のこの地球を、宇宙を素晴らしいものに一緒にしていこうよ。
それを、それを私たちは伝えるために
この地球にメッセンジャーとして来ているのです。

それがなにものでもない、あなた方が勝手にイメージしている宇宙人は
侵略者であって、食い殺されて、なんかそういういろいろなことがあるけど
それは単なる恐怖心から出ている
そのひとつの、あなた方の、幻想でしかないのです。

私たちはただただその、愛する仲間たちに伝えたい
一歩間違えればあなた方の未来は、自滅していきかねない
ぎりぎりのところにあるのが事実なのです。

そこではなくて、そちらの方向に行くのではなくて
所有し合い、奪い合い、傷つけ合い
自らをまるで悪の子であるかのように
サタンたちの、悪魔たちの支配下に落ちるのではなくて
あなた方がほんとうに愛の子であり、神の子であり
素晴らしい、互いに奉仕し合う中にこそ
ほんとうに神の根源のエネルギーを通してあなた方が幸せを
もう一度取り戻せる、そのチャンスが今ここにあるんだよ。
c0171476_19111458.jpg

どっちに行くの?
地球人たちよ。
滅びの道に行くの?
もう一度わたしたちと一緒に神の子である、神の子の道に戻ってくるのかい?

それを私たちは、ずっと長いこと心配しながら
メッセージしながらこの時を迎えるために来ていたのです。
でもそれを最後決めるのは地球の皆様、あなた方自身です。
それは私たちがこれ以上は言えないのです。

あなた方の未来は、あなた方の運命は、あなた方の惑星は
あなた方地球人の手でつくりあげるということ。
そのことに気づいてほしい。

そのことに気づいてほしいからこそ
この地球の、霊人であるエル・ランティたちは、アモールたちは
みなさん一生懸命この地球の指導霊団として
今日の地球の文明を存続させるために
今回の救世の計画をお立てになったのです。

そのためにこれだけの念入りな計画を立てて、総力をあげて
天上界が地球の、三次元、地上界を指導なさっておられたのです。
その必死な姿を私たちは見ております。
だからこそ、この我が愛する仲間たちが滅びるかもしれない。

必死で生き残らせようとして頑張っておられる九次元の
九次元だけとは言いません、地球の方がたのお姿を見ていて
私たちも、ひとつの外側から見て、宇宙の友として
何かあなた方に、気づきのチャンス、愛を分かち合うチャンス
その意味においてお役に立てることはないだろうかと思いながら
私たちの仲間を霊体だけでは限界がありますので
魂において地球に、何人もの者たちを転生させて
慣れない地球人の生活をさせながら
霊的に感応させながら、チャネラーというものをどんどん送り込み
地球人として転生した姿を通して、我々の言葉を聞く者たちが多ければ
「ああ、地球以外にも、宇宙という、宇宙人というものがいるんだな」と
「目に見えないけれどもチャネリングというのはあるんだな」とか
そういうことが少しは気づく
地球人のチャンスになってくれるであろうということを思い
この時期に大量に結構あちこちに出しているのです。
その者たちを通して私たちはチャネリングしているということのです。

やはり霊的な意味においても、同調する者たちでなければ
我々の周波数というのは気づくことはできないのです。
そういう能力というのを特殊に持っている人以外は
やはり、我々の惑星の者たちであるのならば、私が呼びかけるのであるのなら
私の惑星の者たちがやはり転生していったところに行って
私がメッセージを送っているということが事実なのです。

それはこのあいだ、女性の方のメッセージをとっておられましたけども
あの方においても同じなのです。
あの方がメッセージを受けている方というのはやはり同じ星の方であり
同じ星の方が転生してきて、その方の指導霊、まあ指導宇宙人といいますか
そういう者のメッセージを聞いているのです。

ですからひとつの惑星だけではない、ひじょうに数多くの宇宙連合の者たちが
今地球というものを通して、心配して、おせっかいにも
あなた方が見たらおせっかい思うかもしれないけど、愛を分かち合うために
今この時にきて見守っているということが事実なのです。

そして、あなた方はほんとうに霊的な意味においても自らの宝に気づき
地球人として、神の子としての意識に目覚めて
レベルアップすることができたのならば
みんなでほんとうに拍手喝采をもって
あなた方がひとつの我々のメンバーとして迎え入れる時ということを
ほんとうに心から楽しみに、楽しみに待ちわびているというのが
私たちの姿そのものであるということ。
どうか気づいていただきたいのです。

(2006.2.18 レムリア・ルネッサンス

c0171476_14183647.gif
*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-26 15:43 | バシャール | Trackback | Comments(0)

ピカソからのメッセージ(3)

ORが出てたときに
「緑色の光線のトップは老荘思想である」というようなことを
言っていたと思います。
でも本来のトップは、緑のトップはマヌ様と言われる方です。
それをなぜ隠していたか。
それをわたしは今明かしたいと思うのです。

それは、マヌ様と上の方との取り決めにあって
万が一、第二の計画であったORのK会がだめになったとき
そのときに、仏陀であっても明かされてなかった真実を明かすことによって
第三の計画の正当性というものを、信ぴょう性というものを明かすために
この者をいちばん指導するはずであったマヌ神という者が
一切姿を彼の前に現さなかったというのが事実であるのです。

そして、緑の光線のトップである
マヌ様とゼウス様という方がたが中心になって
今回の第三の計画を指導し、応援してくださっておられます。
そしてご存じかもしれませんが、芸術家の村というのは
すべてが緑色の光線、バリエーションはありますが
緑色の光線の中に生きているのです。

あなた方はこの方の霊言をどう思われるか。
日本神道や、デルフォイの神託を受ける
ただの普通の霊媒的な巫女さんと同じであると思うか。
わたしは彼女の霊言を聴いてるといつも思うのだけども
彼女の霊言は、この方の霊言は、芸術なんですよ。

我々も絵を描くとき、音楽をとるとき
ひじょうに霊能者が多いのは芸術家でもあります。
神のもとにコンセントを差し込んで、エネルギーを受けながら
インスピレーションを受けながら
我々は自分たちのそれぞれの表現手段を通して
神の思いというのを表現していくのです。

そういう意味において、彼女はある意味で女優のように
神から受けた我々のさまざまな個性と息づかいというものを
その身体を通して、その言葉を通して忠実に表現して見せてくれている。

だからこそ、ORがひとりでなくてはとれなかったこと
多くの人びとに対して一切見せなかった霊言収録というものを
この者は人がどれだけいてもその前でやれる。
それは、この者にとって霊言をとるところが劇場であり
あなた方が観客であり
そのあなた方に神の思いというものを自分の身体を使って表現していく。
見せて、神の息吹というもの、神のエネルギーがこんなに素晴らしいんだと
そういうことをあなた方に直に表現して見せる。
そのような、ある意味で言うと、神の国の女優であるのですよ。

だから、とってもアーティスティックなものが、この人の中にあるということ。
だから、単に普通の白装束を着た日本神道の巫女さんたちとはひじょうに違う。
それはどういうことかというと、芸術家としてのハートにおいては
我々とひじょうに同じものを持っているということ。

それはどういうことかというと
ゴッホやベートーベンやほかの人たちを見てもわかるでしょう。
ある程度の霊域以上から引いてくる芸術家というのは
みんなとことん型にはまるのを嫌がるし
自由というものがバックグラウンドにないと
自由に自分自身の身体を使って、技術を通して表現することができない
作品を出すことができない。
そういうことがあるのです。

だから、ほかの人以上に自由を望みたがる。
でも、一生懸命本人は世間の普通のお母さんになろうとする。
妻になろうとする。
嫁になろうとする。
そこにはめているところの中で、本人がひじょうに苦しくなってきてる。
そういうところがあるでしょう。
わたしが言いたいのはそういうことなのです。

霊言をとるときにお酒を飲んでたらとれないとか
うまいものを食べていたら、仏教者、修行者としては失格だとか
女に触っただけで地獄に堕ちるとか
あまりにも無知蒙昧な神の国の神理というものが
まことしやかに語られてきた。
それは神の子としての、まだまだ認識レベルが低かった。
この地球時代の、そういう遺物であるとわたしは思うのです。

本来はみなとても自由な、神はとても大らかな
そしてどんな生き方をしようと、どんな挫折と思えるような人生であっても
自由意志の中においてあなた方が選び取った人生は
どんなことがあったにしてもその本人にとっては
最大の学びであるということ。

遠回りをすることが逆に、人の喜び悲しみを肌身でわかり
そして遠回りをしてきたからこそ
自分の人間としての器を広げてくれるということがあるではないか。
優等生として
いつもいちばんの近道で自分自身だけが素晴らしくなるような道を
近道で歩んで来た者は、やはり人間として魅力がない。
人の間違いを許せない。
そして、人のおだてに弱い。
悪い女といい女の見分けもつかない。
そんなことで結果的に足をすくわれて
ほかの者たちと同じところに堕ちて行くのです。
c0171476_9554667.jpg

ですから、あなた方の中で優秀であるとか
そういうことがけっして人生の勝利の原因ではないということ。
いちばん大事なのは、魂の胆力をつけるということ。
どれだけ多くの人を愛していけるか。
どれだけ自分の気持ちに、自分の、神よりつくられた神の子としての
自分自身の本性に正直であるか、忠実であるか。
そして、それを表現するときに
どんな批判があっても負けないだけの不屈の勇気を持てるか。

そして、自分の個性を表し
自分がこれぞと思った仕事に対して、命がけの情熱を持って
その仕事をもってこの地球を、世界を変えていく。
それが、自分が創造された神に対する最大の恩義で
返ししていく感謝の表れであると信じて仕事ができるか。
「あなた方本気でそう思って仕事をしたことがあるか」と
わたしは言いたい。

その情熱だけが、あなた方の霊格、あなた方の評価に、自己評価
そして神の国の評価にかなうのであるということ。
そのとき、ひょっとしたら枠から外れて
世間から見たら後ろ指を差されることがあるかもしれない。
でも、そんなことはなんだというのだ。

わたしたちの世界になれば、人から後ろ指を差されることよりも
神の子として、神の使者として
最大のいい仕事をすることのほうが、優先していくのです。
それを、仕事をすることが、自分以外の多くの人びとを愛していく
その道になっていく。
それこそが自分が生まれてきた、創造された本来の使命であり
喜びであるということを知っているから。

家族というのは地上でいっとき縁を結び
ともに成長し、修行するために与えられた者たちなのです。
でもいつかはまた別れていき、それぞれの修行がある。
でも、自分自身に不正直に生きた者は
自分自身の人生に対して償わなくてはいけないのです。

自分自身からは永久に逃げられないから
自分自身の個性の中で、自分自身に忠実に生きるということ
いい仕事をするということをもって
あなた方はたぶん、魂の安らぎというのを得られると思うのです。

ましてや、この今の第三の救世の計画、地球霊団
地球の存亡をかけた計画ではないか。
そのときにあなた方は、何をそんな日和見的な
一個人主義的な愛着に応じたことだけで自分の魂を
そして仲間のことも考えようとするか。
そのような小さな、小さな思いが
レムリアを爆発的に世界に広げていく
エネルギーを奪っているものであるということ。
わたしはあなた方に言いたいのです。

あと生きてたかだか数十年ではないですか。
どれだけ生きたとしても、この数十年をどれだけ命がけで我が身の幸せを捨てて
他者からたとえ「魔女」と言われようと、「悪魔」と言われようと
火あぶりにされようと
命をかけてこのレムリアの動きを、計画を遂行するのだと、広げていくのだと
「捨て身の命がけの行為が、
みな一人ひとりの中に芽生えないのであるのならば、
このような状況から地球を救っていくような、この救世の計画の成功はない」と
わたしは申し上げたい。

地上に残っている数々の数少ない者たちを見ていても
最後、数が少ないからこそ、形勢逆転をして最後、勝利に導くのであるのならば
あなた方の勝利の女神の後ろ髪を引っ張るのではなくて
背中を押してあげてほしい。
そして、あなた方もともに、神の子として自由を取り戻す
神の子としての人権をも取り戻していく道をつくるために
今たいまつを高く掲げて進むべきではないのだろうか。
わたしはそう思うのです。

もう、つまらない既成概念にとらわれることなく、自らの魂を封印することなく
もっとみんな自由に-。
このピカソが、パブロ・ピカソが下に堕ちてないんだと
こんな自堕落な生活をした
人から見たら気違いであるかのように思われたわたしでも
ゴッホにおいても、下に堕ちてないんだという
ただひとつ自らの神性に忠実に、自らの神の子としての仕事に
少なくともゴッホにおいても、ベートーベンにおいても
みな命をかけて仕事をしたという、その一点において
私生活はすべて帳消しになっていくという
それぐらいの神は大きな、大きな思いで
わたしたちを愛して見守ってくださっている存在であるということ。
そんなケチくさい神ではないのだということを
わたしはあなた方に伝えたいのです。

(2006.8.12 レムリア・ルネッサンス

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-25 17:04 | ピカソ | Trackback | Comments(0)

カイトロン(ニュートンの本体意識)からのメッセージ(2)

まあ基本的に
過去の文明においても文明の特色があるということを
君たち、学んでいますよね。

だから、それから見ると、レムリアの場合は住んでいた者たちが
まあ、この人もそうですけども、ひじょうに直感的なテレパシーというもの
そして、そのときに住んでいた地球人類の
そのレムリア人の特色っていうのがひじょうに宇宙人の形態に近かった。
ひじょうに古い時代ですので
波動的にひじょうに近いものを現象的に持っていたということです。

ですから、彼らに感応する力、彼らと同しようなバイブレーションを感知する
広いキャパシティーを持っていたということ。
だから、そういう意味で、ひじょうに、こう霊的なというか、感性的な
そうですね、そういう人たちが多かったというのが事実です。

それと、また科学というのはね、違ってね。
あの、文明の方向性、特色性から見て
まあ、アトランティスと今回の文明が、やっぱり科学においては
ひじょうに華が咲いているというか
最先端の科学を持っている文明でもあるんですね。

ムーはもうちょっと違いましたからね。
農耕的な、ひじょうにアニミズム的な
おっしゃる通りの素朴な霊的な文明でしたので
それから見ると、アトランティスと今回の文明においては
科学というものが、ひじょうに推進力のように働いて
最終的に華を咲かせてきている。

まあ、そういう意味で
シルバー光線がひじょうに頑張ったという文明でもあるんですけれども。
まあ、ここの中において、またその、宇宙のエネルギーを引っ張るということ。
それは精神感応力ということもありますけれども
厳然と大宇宙の中には、ひとつのエネルギー波として
宇宙エネルギーというのが存在するわけです。

そのエネルギーは何か、それは何だと思う?

ひとつ簡単な例で言うと、たとえば太陽系を例にするんだったら
太陽の周りをさまざまな惑星とかが回っているでしょう。
衛星も回っているでしょう。

どっからこのエネルギー、来ているの?
何が回しているの?

慣性の法則とか、いろいろあるかも知れないけれども
ひとつの大きなエネルギーが働いて
みんな宇宙というのはひとつの規律、規則をもってグルグル回っていく。

そして、たとえば彗星とか、ハレー彗星、まるで偶然のように来て
ほうき星と呼ばれているものたちが
回っているように思うかもしれないけれども。

けっして、その中において、全くエネルギーが働いていないわけはなくて
ひとつのスポット、スポットにおいて、ちゃんとひとつのエネルギー波
宇宙エネルギーというのは、あなたたちが観測できないだけであって
エネルギーが出てくる場所というのがある。

そういう意味で
たとえば大宇宙っていうものはよく人間の体に似ているって言うよね。
わかるでしょう?

そうすると、エネルギーの、人間の肉体の中でもね
たとえば心臓から体の中へ、動脈で血流を流していくじゃない。
流すときにはやっぱり、心臓からエネルギーがボンッて出てくる。
その押していくエネルギーというのがあるわけでしょう。
だから、大宇宙の中も、ひとつのエネルギーっていうのは
血液を流していく力みたいなものだと思えばいい。

神のお姿に似せてこの大宇宙はつくられているわけだから
やはり、ちゃんとエネルギー源、動力源として
血液のようなものが流れていく。
愛が流れると言うけど、愛のエネルギーという血液が、この大宇宙を
あなた方に見えないバイパスを通って流れているということなの。

そのエネルギーを引いてくるということ。
それを引くということはどういうことか。
神の体の血液は愛でしょう?

愛に感応する波長同通のエネルギーを持った者が
神の、大宇宙の、神の体である大宇宙から愛のエネルギーを
宇宙エネルギーを引いてくることができるということなの。
簡単に理論的に言うとね。

だから、人のことも、け落としてやろうというような気持ちでいるのならば
神様の体から神の宇宙のエネルギーというものを使って
自分たちがそれでもって航海していくとか
そういうことはできないということ。

だから、愛のエネルギー、イコール宇宙エネルギー。
神の血液としての、神の、ひとつの宇宙の法則としてのエネルギー波
神は愛のエネルギー、奔流そのものであるということを
あなた方は習っているでしょう?

それは、まあ、もっとほんとに基本的なルールとしては
そこを言っているわけですよ。
神そのものが愛のエネルギーであり、愛の法則であるということを
今君たちは学んでいるでしょう?

それが実際に、この大宇宙は神のお体だというふうに考えて
科学的に実証していくなら、どういうことかと言うと
神のお体の中の血液、愛の思い、それが流れ流れていって
そのエネルギーによってすべての細胞も、すべての惑星や恒星とか
銀河の活動、動いているエネルギーというのはすべてそれが
神の愛のエネルギーそのものによって生かされているということ。

血液が肉体の中を回らなくなったらどうなる?
脳に回らなかったら
何分間か回らなくなったら脳は壊死しちゃうんでしょう?
体だってみんな死んでいってしまうでしょう?

愛の思いが体、宇宙のすみずみまで神のエネルギーが流れているからこそ
大宇宙は生かされ、神の子たちはみんな生きていられるんだよ。
あなた方はその毛細血管のように張り巡らされた
神の愛のエネルギーの中で、命を受け継ぎ
神の子としての修行をさせていただいているということだよ。
c0171476_11464989.jpg

それはけっして愛の理論を、あなたたちレムリアは言っているのではなくて
それがいずれ、この宇宙科学というものの中で
実証される時代がきたのなら
こういうものが大宇宙を流して生かしめているエネルギーだと
まず基本的に精神的なことをしっかりと入れてから
科学的な発明、発展でそれを理論化して
生かしていこうというふうに我々は考えているから。

今まず、法として、教えとして
神というのは本来、ひげを生やしたおじいさんたちじゃなくて、ね?
宗教で分裂しているものではなくて
大宇宙の根源的な法則であり、愛のエネルギーであると。

いわゆる原因結果論と波長同通の理論によって
引き合う慣性の法則というものを通して
人びとというのは引き合っていくんだと。
そういうものを、しっかりと今、基本、ルールを教えているとき。

それが、いわゆる科学においてもね、芸術においても
それが今度は応用段階になってきて、各論として花開いていくのが
もう少したってから次の時代にくる。
ひとつのルネッサンスとしての文化というものを花聞かせていく。
そういう段階になるということを今、言っているんです。

ですから、今いきなり全部言うのは難しいけれども
あの、神様のお姿に似せてこの宇宙はつくられている。
そして、あなた方、人間の肉体、これが宇宙の他のね
他天体のものであっても、基本的には変わらないんです。

形状とか肌の色は違うかもしれない。
でも、どの神の子たちの体の中においてもね
根源的には宇宙の大エネルギーとして
愛のエネルギーとしての、神のお姿に似せた構造
すべて埋め込まれてつくられているのが、私たち地球人の体でもわけです。

そして、その血液の流れ、そして、眼とか心臓とか肝臓とか
みんなそれぞれ役割があるんだけれども
それは全部、ちゃんと大宇宙の構造
根源的な構造にすべて則って設計されている
つくられているのが人類の肉体であるということ。

そこにちゃんと、神の子、子どもっていうのは
親の姿に似せてつくられているという
その意味合いがちゃんとあるということなんです。

ですから、その意味がわかるのならば
まず今、地球人類が互いに
ここにいる者たちはみな同じ地球という星に生まれた
親から生まれた兄弟、家族であるのに
殺し合って、お互いにともに、一歩間違えば滅びて行こうとする
そのような野蛮な幼い段階であるということ。

そこから神というものが
もっと根源的なひとつの存在であるという高い認識の中で
自分たちが神の子であるということを、永遠の命を持った存在であるという
その神に進化していく、無限の進化と発展の道の中にいる
そういう魂であると。

そういうことがほんとうに理解できたのならば
次は、その次に出てくる発展段階として、宇宙の神秘というもの
そして、そっちの神理の、神の世界を明かしていくのに足る科学
そして、他の技術というものが地球に与えられていく段階になるのです。

そうでなければ
そのように幼い野蛮な者たちに高い科学技術力を与えるというのは
ひじょうに危険なことであるということは
再三、申し上げげていると思います。

ですからまあ、認識の中において、バシャールたちが言いたいこと、
バシャールの理論を見ていても、まだまだ断片的であると僕は思うのです。
根本的にちゃんと明かしているわけじゃない。
でも、彼らも伝えたくても、全部を伝えるわけにもいかない。
その状況があるから断片的にそういう言い方になるんだと思います。

(2006.3.18レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-24 11:46 | カイトロン | Trackback | Comments(0)

アマーリエ(日向の指導によるメッセージ)3

すべての職業が愛を表現するために存在します。
農業でもそうです。
愛を伝えるために、この肉体舟のために
愛豊かなものとなれるようにと祈りを込めて
お百姓さんが一生懸命野菜をつくってくださる。

それを食べたわたしたちはとても幸せで健康になるし
子どもたちだって安心して育っていける。
まず、そこが基本です。

そうすると、素晴らしい野菜をつくったり
お魚を獲ったりすることに誇りを持ってお仕事をしていただけるでしょう。
その基本が間違っていたから、生業で、お金を稼ぐためだけとか
お金をいっぱい貯めて社会でトップの地位についてお金持ちと言われたいとか
そういうことのために仕事をしようとするから、ベクトルが間違ってしまって
人をおとしめてでも、お金さえ儲かればいいからと言って
農薬漬けの野菜とか、毒入りの魚とかをつくってしまったりするし
そういうことに良心の痛みも感じなくなってしまうのです。

すべての仕事というのは、愛を表現するために
愛をなすためにあるのだという、きちんとした根本認識を社会が持てれば
社会のシステムはおのずと変わっていきます。
やはりそこまでいかなければ、そこに住まう人間たちは幸せにはなれません。
そして、愛のもとに社会が変わっていけば
今ある職業で不要なものというのは消えていきます。

今、要らない職業がたくさんあります。
愛のもとにない職業は、ただただ社会を複雑化しているだけです。
ですから、極端な話で言えば、お医者さまとか、薬をつくるところとか
過度期の中では大事な仕事ではあるけれども
本来の健全な社会になった時には、要らなくなる職業でもあります。

また、歓楽街のようなものも、人びとにストレスがあり
妻が夫を、夫が妻を受け止めて、優しさや安らぎを与えられていないから
だからそういう風俗みたいなところで逃避的な愛を求める人たちも多い。
けれども、もしほんとうに男女の愛が健全なものとなってきたら
そんな仕事はいずれなくなっていく。
潰すのではなくて、必要がなくなって消えていくのです。

そうやって社会というのは、愛のもとに整備された時に
ひじょうにシンプルで、ひじょうに単純であるけれども
愛に満ちたものになってきます。
それが本来の姿なのです。

ただただ複雑化している今の社会というのは
優秀で時代が進んでいるのではなくて
ひじょうに病んだ諸相がいたずらに複雑化させているだけであって
それは魂においては後退している社会であるということ。

そして、そういう病んだ社会だから
子どもたちがその波動に触れたときに、さまざまなストレスにさらされ
すごく傷ついたりして、犯罪や迷いが多くなってしまうのです。

そういう社会を根本的に変えていくには
もう一度愛のもとに整備し直してくことです。

だから、すごく言い尽くされたことで
今さら新しくもないと言われるかもしれないけども
人の幸せも、女性の幸せも、生きる目的も
社会の究極的なあり方にしても、もう一度愛の原点に戻っていくということ。

わたしたちが神の子であるということ
神のエネルギー、愛のエネルギーに忠実になって戻っていく。
そのことがほんとうにわかったら、この世の中は変わってきます。
使命も変わってきます。
そして社会組織も、それこそ憲法も、すべてが変わってきます。

平和論とか、そんな学問的な頭でっかちでなくても
愛のもとに自然に整備されてくる社会が来るのです。
c0171476_916650.jpg

他の惑星を見ていても、ある程度成熟して
愛のもとに整備された社会というのは、すごく緑が豊かですよ。
自然が豊かで、一見、「えっ、ここが」って思うのだけれど
すごくシンプルに整備されていて。

それと一体になっていて、社会組織そのものも
すごくシンプルに、みんなで信頼し合っています。

すぐ隣にいる人に殺されるかもしれないと思ったら
警察やセキュリティや、やたらと複雑なものが出てくるでしょう。
でもほんとうに信じ合うことを知っていたのなら
シンプルにシンプルに、原点に帰ってくるのです。

そして、そんなむだなところにエネルギーをかけずに
ほんとうの意味での科学的進歩
時代をリードしていく進化発展に力を注げるようになります。

そうするとそちらの方向にものすごく伸びて
あっという問に、円盤とかワープ航法とか
そういうものが盛んになってくるのです。

今は核を使って、お互いに殺すか殺されないかと
そのような恐怖心のもとにあるので、経済的にも、努力するにも
エネルギーをみんなそっちの方向にかけてしまっています。

それを、恐怖心からではなく
ほんとうに平和のために利用できるような調和した愛の思いを持ち
愛のもとに社会を進化発展させていく方向に行ったなら
あっという間に宇宙のシークレットな部分も扉が開かれるのです。

逆に今、ワープや他の惑星に行く道を簡単に教えてしまって
それこそ爆弾を持って他の惑星に乗り込まれたら困るでしょう。
だからそこがコントロールされている。

科学にしても、学者さんがいくらがんばっても、お金かけて研究しても
そのわりには進歩しないのは
それ以上は発見できないようになっているからです。

だから、とにかく裸になっていく。
この間から何度も言われていることですが
自分を守らないでいようとすることが
最も早く強くなっていく、進化していく道だということです。

恐怖心を持って、いろんなものから自分を守ろうとか
欲の中で自分だけが、という思いで自分を飾ろうとすると
進化発展が遅れてしまうのです。

【2007.8.2 レムリア・ルネッサンス(なでしこルネッサンス)
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-23 09:13 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

バシャールからのメッセ―ジ(3)

あなた方の思いの中において、幸せであるということは
まず神の子としての神性に正直に生きるということ。
神の子としての思いに対して、精一杯自らを表現し
その道において無限の進化を遂げていくということ。

それは自らを愛し、自分に正直に生き
そして自分の同胞たち、仲間たちの幸せを祝福し
幸せのために何とか力になれるように自分たちが努力し、仕事をしていく姿
人の役に立てるということ、愛する者の役に立てるということ
それは幸せなことなのです。

愛というものは、愛する者の役に立つということ
その者を愛するがゆえに
何かその人を幸せにできることをひとつでもしてみたいと思うこと
それが神が埋め込まれた愛の原理のひとつでもあるのです。

そうでしょう?
そう思ったのならば、私たちの世界は絶対奉仕の世界なのです。

愛する地球の、愛する宇宙の仲間たちが
もし私たちが感じているような幸福感というものをまだ手に入れていないで
互いに傷つけ合い、不幸で涙を流し、血を流し
苦しんでいる友たちがいるのならば
そこに飛んでいき
あなた方は何を幸せになりたくて争って傷ついているんですか?
何もいらないんですよ。
そこにつかんでいる、お金も、物も離して
そこに持っている銃も武器も、すべて捨ててごらんなさい。

あなた方がほんとうに幸せとして求めているものは何ですか?
愛し合い、愛されたいという思いではないのですか?

でもあなたは、あなたの家族にも、あなたの仲間たちにも
宇宙の仲間たちにも、そして神にも
もうすでにあなた方は十分なくらい愛されている存在なんですよ。

気づいてください。
愛が、あなたの中に無限に眠っているんです。
外に向かって幸せを、外に向かって幸福感を求めて
傷つけ合う時代はもう終わりにしましょう。
そんな時代はやめてしまいましょう。

あなた方が心の中にある宝を、神の子としての扉を広げて
その胸いっぱいにある愛の思いを開放してください。
なぜならあなた方は神の子であり、愛の子どもたちである
愛の、愛をもとにつくられた神の子どもたちであり、宇宙の子であるから
もう地球の中だけで、一国だけで争う時代は終わります。
宇宙の友たちがみな、あなた方を愛し、見守ってきた、今こう迎え入れる
今やっとあなた方と手を握り合う時を待ちわびているのです。

あなた方の地球は霊的な指導者によって、地球自体の自己管理の中において
あなた方は成長してきました。
でも我々宇宙の友たちは、長い、長い間
あなた方の成長というのを見守ってきたのです。

必要以上に侵略し、必要以上に干渉することはけっして許されない。
自治の許される、それぞれの惑星単位の進化発展の中において
できる限りのことを助力しようと思う、私たちの思いというのは
私たちなりの愛の姿でもあります。
地球のあなた方を愛している姿でもあります。

それはあなた方の魂のルーツの中に私たちの子孫であるという
私たちと同じ種を持って
この地球に来られた方がたの仲間であるという思いもあります。

でも、もしそうでなかったとしても私たちは
私たちのような者の手を必要としていただけるのであるのならば
宇宙の彼方、はるかはるか遠いところでも飛んで行って
助力の道を惜しまないでしょう。
努力を惜しまないことでしょう。

あなた方は今、おおいいなる霊的な成長をしようとしています。
認識の拡大なのです。
あなた方でいう明治維新というものを通して
時代感覚、認識というものが広がった、時代があったと伺っております。

それが今度地球規模的に、地球人が認識を拡大し
宇宙人のひとりとして、宇宙の中におる地球人
宇宙人としての地球人というもの
神の子としての地球人というものをしっかりと
大宇宙の、愛の流れの中において自らを確認するという
そういう姿をあなた方はこれからは迎えようとしています。

そういう時期でもあるのです。
それにはひとつだけの、地球の努力だけではあり得ないということ。
ひとつは、あなた方の努カプラス、やはり環境的、時代的な認識、流れ
そのエネルギー波動というもの
すべてが相まって、こういう時代をつくってくるということなのです。

アクエリアスの時代と呼ばれている
霊性進化の時代というのがこの時代であります。
それがゆえに、あなた方地球霊界の
九次元の方がたが必死になられておられるのも事実なのです。

宇宙は必ずひとつの法則のもとに流れているのです。
ですから神のエネルギーというものが、最大限に地球というものを
バックアップするエネルギーというのがきている時期でもあるのです。

ですからあなた方がほんとうに必要なこと
それは、我々も含め、宇宙の生きとし生きる存在が皆、神の子であり
外に向かって愛を求めるのではなく、自分自らの心の扉の中に
神の子としての愛の姿が、愛のエネルギーが満ちているということ。
その意味において、気高い神の子であるということ。

そしてあなた方が思っている以上に姿形なんか関係ないのだということ。
たとえどんな顔の比率をしていようと、二本で歩こうが、四本で歩こうが
どんな形をしているにしても、すべて神が愛され、神が表現なされた
その姿として私たちは、宇宙全体にさまざまな姿形をした
生きとし生ける神の子として、神により創造されたのです。

その姿において、みな違いを認め合い
そして皆がそれぞれ役割を果たし合うことにより
この大宇宙を彩る素晴らしいハーモニーというものを奏で合っていく。

それには、神の子としての自覚
愛の旋律のハーモニーでしかないということです。
愛のハーモニーなのです。

愛においてはいろいろな強弱があったり、愛においてもいろいろな表現の姿形
感性すべて個性が違うのです。
それがゆえにハーモニーになるのです。

でもそれは神の子であるという、愛ということに
ちゃんと原点を踏まえた上での愛の旋律をみなが奏で合うからこそ
一大オーケストラのような素晴らしい
愛のハーモニーがこの大宇宙に鳴り響くのです。

自らが神の子であり、愛のエネルギーを放つものであるという自覚のない者に
大宇宙の中における愛のハーモニーを奏でる資格はありません。
あなた方は愛のオーケストラの一員なのです。
愛のオーケストラを奏でるには、まず神の子であるという
自らの宝である愛のエネルギーをまず解放しなくてはいけません。

それを解放するには自らの存在に正直になり、その心の扉を広げる中において
その神の子は、イコール、愛の子である
愛のエネルギーの化身そのものであるという
事実に至らなくてはならないということを
それをあなた方地球霊界の九次元の方は
繰返し繰り返しいろんな言葉で語ってこられたということなのです。

今回の救世の計画と呼ばれている
エル・ランティたちがあなた方に降ろされた法の核心の中にも
まず魂というもの、エネルギー、魂というものが永遠であるということを
そしてあなた方がみな神の子であるということを
まず主軸に置かれているのはそういうことなのです。

神の子であるということ、愛のエネルギーの存在であること
それを開放するその扉のキーワードに
私はワクワクする心ということを、あなた方に伝えたのです。
c0171476_19372751.jpg

あなた方はその扉の開け方を
もう長いこと開けていないから忘れてしまっている。
神の子であるのではない、まるで悪魔の子であるかと思うかのようなことを
あなた方はブラックミステリーなんぞを見ていると思う。
まるで自分たちが悪魔の子どもであるかのように
性悪説ですか、性悪説のように思う。

とんでもないのです。
あなた方は気高い神の子であるのです。
愛の化身であり、愛のエネルギーの奔流でもあるのです。

そのことに気づくには、その扉の開け方、扉がどこにあるかも忘れて
心の中にあるんだよ、ということを伝え
その開け方もわからない、開ける取っ手が取れてしまったのかもしれない。

その扉はね、自分の気持ちに正直になって
まず魂がワクワクする、興奮する言葉を、自分の中において見つけたとき
その波動に合わせて自分の内側から勢いよく出てくる
それが愛のエネルギーの奔流なんだよ。

あなた方がまず自分に正直に生きなかったら
その神の子としてのエネルギーは
愛のエネルギーは出てこないんだよっていうことを
私は長いことチャネラーたちを使って
あなた方地球にメッセージを伝えてきたのです。
それしか言っていない。
私はけっしてそんな難しいことは言っていないはずなのです。

私は宗教家ではありません。
私はただの、普通の、宇宙の、あなた方の友であります。
その時あなた方地球人のように
そんなに難しいことを頭にいっぱい詰め込まなくても
私たちはとても幸せであります。

(2006.2.18 レムリア・ルネッサンス

c0171476_14183647.gif
*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-22 17:19 | バシャール | Trackback | Comments(0)

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)からのメッセージ(3)

これから先、さまざまな苦難があるであろう。
混乱があるであろう。
足をすくわれることがあるであろう。
でも、謙虚に、ひたすら謙虚に神の前に額ずくことをもって
そなた方の使命となされよ。

いかなる苦難があろうとも、心を開き、互いに知恵を出し合い
一人でできなくてもみんながともに知恵を出し合えば
そなたたちの知恵は倍増して素晴らしい叡智となろう。
その指導をもって我々は大いなるアドバイスを
天上界からそなたたちに降ろすことができるのである。

何も努力しない者に神の知恵は授からぬ。
何も努力をせず、自ら道を切り開こうと思わぬ者に
神の救いの手は差し伸べられぬ。
そのことを思い浮かべられよ。

そなたたちの心の中に、少しでも迷いがあってはならぬ。
そなたたちの思いの中で、人びとが互いに救い合う道を見いだすことはできぬ。
だからそなたたちよ。
どうか自らの使命に微動たりとも、少したりとも疑いを持つことなく
この使命の中にまい進されよ。
我が言葉をこの大和の国土に伝えよ。

我がこの指導が降りているということを
高天原より数々の日本神道の神々が今
この地上に降りて来ているということを声を大にして伝えよ。

そして、我が国土をもう一度、光の国土とし、神の国としての使命を果たす
そのような役割を今日の中におき、果たす手助けをしていただきたい。
そのために我らは長いこと、この国土を整えてきた。

先日、明治維新の者たちも出ていたと思う。
すべてが、すべてがこの日本という、この大和の土地を通して
世界中に向けて、この地球というものを最終的ユートピアに
最終仏国土と呼ばれている
この神の国に戻すがための大いなる神の計画の一貫の中の
最終的なクライマックスにある今の時であるということ。
その担い手であるのはそなたたちであるということを
どうか心に留め置き、最大限の力を発揮していただきたい。

辛いことも多いかも知れない。
傷つくことも多いかも知れない。
経済的にたいへんであったり
時間的にも体力的にもたいへんなことがあるのは
この人数ではたいへんなこともわかる。

しかれども、そなたたちの心根を見ていて
やはりそなたたちに来てもらって良かったと、我は今思う。
そなたたちの心根を見ていて
「ああ、やはり神が選ばれた方がたであった」と
やはり我は思う。

であるならば、ためらわず、疑わず、この神の白き道を歩まれよ。
この光の道を歩まれよ。
この女神とともに。

そなたたちの行き先を示す方である。
そのような方が出ているときに、指し示すところを、道を、方向を疑うな。
普通の凡人にはわからぬことがある。
神の指し示される道の、先の意味がわからぬときもある。

でも信じよ。
信じて、みんなで力を合わせ、ともに手を携え合え。
そして、この大いなる計画を無事に果たして、我らが世界に帰って来られよ。

偉大なる、偉大なるそなたたちの栄誉として
そなたたちの魂の中に刻まれることであろう。
そなたたちは素晴らしい人生を授かったのであると
今生、素晴らしい生き方をしたのであると
のちのち、他の人生など消し飛んでしまうほどに
今、素晴らしい瞬間に遭っているということ。
そのことを感謝し、この使命を果たしていただきたい。

我らが言葉、我らが感謝、我らの愛のありったけを
そなたたちに伝えたいと思う。
我が国土を光の磁場にするために
たいまつの国家としての使命を果たすために
そなたたちが今、霊言起こしと呼ばれている
テープ起こしと呼ばれているものをすることは、ひじょうに貴重な仕事である。

今、この巫女がこの言葉を、我らが言葉を地上に伝えられる間に
少しでも多くとり
それをそなたたちが手分けをし、書籍にし、残されていかれよ。

その出された、神から出された御馳走を食う、食わぬは
国民一人ひとりの自由意志である。
それが受け入れられぬからといって
そなたたちが悩むことも、がっかりすることもないのである。

神からの御馳走は常に国民たちに与えられている。
でも、これほどの大御馳走がふるまわれることは
今世紀をもっても、今までの世紀をもってもないのである。

この大御馳走を、最高の御馳走の酒宴の席に今、あずかっている
この日本の国民いや、地球に生きている全人類の中において
そなたたちは神の御馳走を料理し、用意し、差し出さねばならぬ。

それを食べようと、食べなかろうと、そんなことに一切、煩ってはならぬ。
ましていくら儲かるとか思ってはならぬ。
そのような御馳走を出す、そのような調理人たちであるということ。
そのようなことの中で、ひたすらに料理をされよ。
それでよいのである。

神の国の御馳走さえ、あとに残れば、今わからなかったとしても
しばらくたってから多くの人びとは大御馳走であったということをわかって
人類の財産として、人びとは受け入れていくであろう。

その時に、そなたたちが関わったということ
そのことが大いなる魂の中における、賞賛となって刻印されるであろう。
それで十分であろう。
それ以外のものを求めてはならぬ。

神の仕事とはそうしてなすもの。
けっして見返りや褒美を求めてはならぬ。
それが足をすくわれる第一歩であるということをもって
そなたたちは無心に、無心にこの神の仕事をなされよ。
使命を果たされよ。
そのことを我はそなたたちに願い出で、頭を下げ
そなたたちに敬意を表して今日は帰ろう。
c0171476_661959.png

我が言葉は、これからはここにしか降りない。
これから日本神道の神々の言葉が出るのは、我はよく知っている。
そして、我もこれから先、この国土を変えていくために
次の時代をつくらんために使命を持っている。

しかし、その使命に届くためには、そなた方の仕事をもってしか
次の時代の者たちの仕事がないということ。
ただ単に、猛き者たちが出て来たといっても
神の国の言葉が、神の指針がこの地上に降りていなければ
多分、我らは羅針盤を失った、大海に臨んだ船のようになるであろう。

その時に神の国の、神の言霊の、神の御計画の
何が今なされようとしているのかということを、我らに伝えてくれるために
そなたたちの使命はある。
その修正のために、そなたたちの使命がある。

レムリアこそが地球を救ったのであると、人類を救ったのであると言わしめる
ターニングポイントと呼ばれる分岐点に今、来ている。
その大事な、大事な時の中に、今の今生の生を受け
今生の使命を与えられたそなた方は最高の幸せ者であるということを思って
そなたたちは自分の心に刻まれ、この地上での最後の残された日々を燃焼し
生き抜いていっていただきたい。

先日も天照大神の言葉とか、天之御中主之大神の言葉を聴かれていたであろう。
普通、我々の世界に来たら
そんな簡単にあの方がたの言葉を聴けないのである。
今、地上にいて、肉を持ちて
高天原よりのその言葉を聴けるそなた方は幸せ者である。

今、この地上に生を持ちし
そして、このようなうずきの中でレムリアに集いて
無償においてこの椅子に座ることを許されたそなたたちであればこそ
天照大神の言葉を聴けるのである。
我が言葉も聴けるのである。

そのことを思ったのであるなら、残された人生
もう二度と分裂することなく互いに助け合い、互いに知恵を出し合い
多くの難所に足をすくわれることなく
力を合わせて乗り越えていっていただきたいと思う。

これから多くの戦争とか、天変地異とか、多くの時代の入れ替えのための
清めの儀式のための天変地異が起きていくけれども
清めはあくまで清めにして
清らかな波動を生み出すための清めの浄化の時として
そなたたちは、ただ表面的なものだけで悲しみを胸にためるのでなく
その時を乗り越えられよ。

そのようなことをもってこそ、次の清らかなユートピアが、次の仏国上が
神の国がこの地上に映し出されるのだという、そのような嵐を越えてこそ
汚いゴミやチリが拭われるのであるということ。
悪い気というものが浄化されていくのであるのだと思い
心静かにその事象が移り行くのを眺められよ。

そして、その黒い、厚い雲がモクモクと出て、ザーザー雨が降っても
それにより汚いスモッグと呼ばれているような、チリやゴミが拭われたときに
その向こうには燦々とした神の光の射し込む
素晴らしい、その神の御姿というものを映し出す
そういう国土がこの大和の地にも、地球すべてに神の愛がどこまでも隅々までも
もう二度と、そのような汚い雲にけがされることのない神の愛が
隅々まで届くようなそのような地球が現されてくるのである。

そのことを思って、次の時代の幕開けをしたいと
そのように神々は思われているのである。
だから、一時のにわか雨のような、大いなる雲
いなる嵐のようなものに惑わされず
でも、嵐がくるのであるから、そなたたちの使命をもって
その嵐の中を乗り越える指針となされよ。

そしてそれが晴れたときに、その国土を、すべてを立て直していく。
それをこれから地球すべてに、その神の言葉をもって建て替えをしていく
建て替えの時がやってくるということ。
そのことの夢を、希望を信じて
その仏国上が、ユートピアと呼ばれているものが
神の国の具現というものが行われる、その光の時がくるのだということを信じて
そなたたちは今の使命を果たしていただきたい。

そなたたちの使命をもってこそ、光の国が、光の国が
光の瞬間がやってくるのだということをどうか信じて、この道を歩まれることを
心よりお願い申し上げ、今日はこれにて引き揚げようと思う。

(2005.4.23 レムリア・ルネッサンス

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-21 06:06 | 日本武尊 | Trackback | Comments(0)

ピカソからのメッセージ(2)

Yに言いました。そして、若きORにも言いました。
「あなたはまだ経験が足りないから、もっともっと遊んで、
もっともっと人生に幅を広げ、潤いをつけて、
そしてもっと人間的な魅力においても、
人を包んでいく人生を経験しなければいけないよ」と
あのときは言ったのです。

結果的に、彼自体が何ゆえにああいうふうに落ちていったかということは
やはり彼自身の中に、若いうちにもっと遊んでおけばよかったと
わたしなんぞは思う。
もっと遠回りをする人生を楽しんでおけばよかったと思う。

いつも、いつも彼は本ばかり読んでいた。
実際に本を読んでいたからこそ、あれだけの霊言を出せたということはあるし
あれだけの理論を出せたということはあるけれども
彼にもっと言いたかったのは、人間としての魅力、幅
そして挫折をした者たちの気持ち、それをもっと真剣に魂を添わせて
ともに涙を流し合いながら共感できるような
そういう優しさをもっと挫折の中で身につけていたのなら
あのように有頂天になって
落ちていくようなことはなかったように思うのです。

だから、それから見ると今のレムリアは
とても、あの状態よりは進化してるというか進んでいるし
とてもヒエラルキーのない、とても仲のよい平等感あふれるレムリアというのを
わたしは、自由でとても愛していますけれども。
でも、今ひとつ指示を受けなければ、あなた方は自分の力で動こうとしない。
この人は霊言をとるだけでせりきりいっぱい
そして日常もせりきりいっぱい
見ててほんとうに気の毒でたまらないというのが
わたしの素直な感想なのです。

天上界でもいろいろあったのですよ。
この人に五人子どもを産ませるかどうかというので、反対する者もいたし
ミカエル大天使などは絶対反対だというのもありました。
でも、あれもこれも、そして日本神道から頼まれた女性の法も降ろして
そして霊媒としての巫女としての霊言も降ろし、魔も封じ
そして自由を愛する軍神としての、女神としての
この世界に広げていくための第三の計画の実行統率係
それを全部この者に依頼し、そして日常生活は五人の子どもたちと家業のことで
ごったごたに忙しい生活の中で
この者は追い詰められていってしまっているという現状があるのです。

そして、霊言をとることにより体も壊れて
自分の中でどのような出口を見つけていいかわからない。
追い詰められていく中で体も動かなくなり
そして自分の、本来とても自由な魂の人ですから
もともとが家事労働をするようにはできていないし
「やってみたい」と言うからやってはみたでしょうけど
でもそのプロになるというような
一流の素質を持っているとはわたしも思えませんし
でも一生懸命頑張って努力していたと思う。

でも、このあいだのエル・ランティを聴いて
さあ、これで世界中に進軍していかなくてはいけないとなったとき
この者が結果的に子どもたちの母であるということ
その女性の法を説かなくてはいけないから、子どもたちに対して良き母であり
妻であるということをずっと背負っていかなくてはいけないということ。
それをしてたら、もう自分の人生は終わってしまう。
でも、このエル・ランティの命は、この者がいちばんわかっているのですよ。
この命を受けたとき何をしなくてはいけないかは
この者がいちばん魂の中で覚えていること、しなくてはいけないことなのです。

それを、その重荷の狭間になりながら、すべてを良きことにしようとして
自分自身を言い聞かせて、自分自身を縛ったあげく
身動きとれない魂の状態に今自分自身が落ち込んでしまっているということ。
そこから助け出すには、我々の世界からアドバイスをするしかないと
そのように思って今日は来たのです。
c0171476_1418442.jpg

いいですか。
この者が一流の主婦になり
一流のお皿洗いや掃除や洗濯が上手にできたとしても
我々の世界に帰って来て、この者が合格点をもらえると思うか。
そこをよく考えてほしいと思うのです。

さっきから何度も言ったように
わたしの私生活は、あなた方から見たら自堕落なものに見えたかもしれない。
でも、パブロ・ピカソがピカソとして今日名前を残したのはどこにあるか。
いかなる批判があろうとも、自分が信じた神の子として
神の世界をこの地上に表していくという仕事にのみ
忠実に頑張り続けたということをもって
わたしは評価をされているのではないのか。

ほかの芸術家においても同じであると思う。
そこのところを、第三の計画の実行責任者として、この計画を推進し
この計画を成功させなかったことにおいて
もし家で良き妻であり、良き母として
お皿洗いや掃除や洗濯がどれだけ上手であったとしても
天上界はあなたを一流のメイドや家政婦と並ぶぐらい
上手な立派な主婦だったからといっても
この者に与えた使命において、この者に合格点を与えないでしょう。

ひとりの人生の中には、やれることとやれないことがあるし
限界があると思う。
そして、この者がいちばん何をやらなくちゃいけないのか、やりたいのか
その気持ちに、わたしは忠実に生きてほしいと思うのです。

もし、自分自身の気持ちの中で正直に、ほんとうに最後、生きてる限り十数年
神よりの代弁者として、使命を与えられた者として、仕事をしていくのならば
突き進んでいきたいと思うのなら、もしこれをやらなかったら
彼女はこちらの世界に来て、たいへん後悔をすることになると
わたしは思うのです。

子どもたちにしても家族にしても、それはもう全部織り込み済み、納得済みで
今回家族になっているということなのです。
普通の者たちが良き家庭生活を営むということ。

その使命があるということと
「いったいどこの普通の主婦の者たちに、このような霊言をとれるか」と
逆にわたしは聞きたいし
「実際にこの中で誰が、この何もなかった、
批判の多かったこの残務処理の中で、
何もないところからこのようなレムリアを立ち上げてこられたか。
男性たちがこれだけいても、
やったのは結果的にこの者であったのではないか」と
わたしは逆にあなた方に言いたいのです。

であるのならば、こういう人材を今
この人類が預かったということを応援することをもって
この第三の計画を実行しなくては
わたしは何のために第三の計画を立ち上げたのか
何もわけがわからないことになると思う。

先ほどいいお話をしておられましたけれども
迷ったときは原点に戻ることです。
何をするためにこのレムリアがあったのか。
何のためにこの第三の計画、レムリアがこんな思いをして立ち上げて
数々の裏切りと苦難と、魔の攻撃をかわしながらここまでやってきたのか。
わからなくなったら、原点に戻ることだ。

第三の計画を実行し、天上界の光を、法を地球の裏側まで届けて
新しい神の子としての時代をつくっていく。
新たな地球時代の、愛の星としての夜明けを築くために
仏陀の仕事の残りをやるために
あなた方は仕事をしているのではないのか。

その本筋を忘れて、こまごまなさまつ的なことに気を取られて
ほかのことを一生懸命誠実にやろうとして、自分の自由を奪い
分自身を魂の牢獄の中に閉じ込めて
正しく正しく間違わないように生きることだけにおいて
なにが大きな改革者としての仕事がなせようか。
そのダイナミックさ、自由さ、パワフルさ
それが今欠けてしまったということなのです。

それなくして
エル・ランティが発せられた本来の進軍は果たし得ないということ。
そのような奇蹟が、どこにでもかしこでも
大した腹のくくらない連中ができるぐらいなら
とっくにこの地球はユートピアになっているであろう。
できないではないか。

数々の魔の攻撃の中で、どうしてこの奇跡的なこのグループが残っているか。
それが最後の地球意識の、地球系霊団の頼みの綱であるという
天上界の必死な願いがわかっているのならば、命がけになって
このレムリアの救世計画を実行するために
頑張るべきではないかとわたしは思う。

そのときに、どうかもうこれ以上この人を
ひとつの常識的なものの中で縛りつけることはやめてほしい。
この者は本来、わたくしたちの所属する芸術系霊団の中における
緑の光線の出身の者であるのです。
そして半分は、赤色光線というひとつの、まあ軍神といいますか
政治・経済、そういう世界の
本来はリーダーシップというものを学ぶための光線であります。
人の上において社会を動かしていく、世界を動かしていく
人を統率していくという
そういう修行を積んでいるのが赤色光線の者たちでもあるのです。

であるならば、赤色光線の実績のあるこの者として見るならば
今この世界を動かすために何をしなくてはいけないか
常にそういう大所高所に立って、大きく社会を見渡すという
そういう責任者的な思考判断で常に動くのです。
そういう者は、細かいところの才能は弱いかもしれない。

でも、大まかかもしれないけれども
直感的に何をいちばん優先しなくてはいけないかということを瞬時に見抜き
人の心をまとめ引っ張っていく、そういう力を持っている。
状況判断をしていく力を持っている。
その意味においては、自分自身の個人の幸せなどというものは
つい二の次、三の次になるのです。

だから、この者が死ぬまで
最期まで幸せな主婦として生き続けるということであるのならば
今回の第三の計画の指導者としての
責任者としての仕事は与えられてなかったし
それを途中で、こういう第三の計画を発動するときは、自らの幸せは脱ぎ捨て
神のために、その神の子たちを神のもとに連れて行くために命をかけ
わたしの人生を捧げますという、その彼女の誓いのもとにおいて
彼女は今回の使命を授かっているということ。
それが実行できなくて、本人がとても魂的に苦しんでいるということ。
そこのことをわかってあげてほしいと思うのです。

(2006.8.12 レムリア・ルネッサンス

にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2015-09-19 12:29 | ピカソ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリ
最新の記事
以前の記事
ブログパーツ
ブログジャンル
画像一覧