地球を愛の星へ

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聖母マリアからのメッセージ(15)

そのためにこの救世の世紀末の計画というものが立てられました。
エル・ランティ自らがお出ましになられ、エル・カンタラーお出ましになられ
天上界から総力を結集して、地上に霊言を送っております。
そして、何度か失敗しても、またこのレムリアを通して
今、わたしたちの言葉がこのように地上に降りております。

この最後の、このチャンスを通して
あなた方にメッセージが伝えられるということ。
そのことを、わたしは神に感謝申し上げます。
そして、このチャンスをつくってくださった皆さま方に
心から感謝を申します。

このようなことを天上界がしたいと思っても
このような形で、地上で受け入れてくださらなければ
わたしたちはメッセージを降ろすことはできなかったのです。

それを受け入れて、信じて集まってくださるあなた方がおられたからこそ
天上界は今、この最終計画のために総力を挙げて頑張ろうという
その状態になっているのです。

どうか皆さま方、生ある限り、命ある限り
この神の大計画のために協力していただき
この神様のご意思の中で自らの荘厳なる尊厳ある
素晴らしい自らの個性というものを光輝かせていただけますことを
心からお願い申し上げます。

あなた方のルーツを見ますと
今、愛の系団の方がたが圧倒的に多くなっているように思います。
それはなぜかと申しますと、どの神の子たちにも根本は愛なのです。
でもその中において今、神が宇宙の中における愛の摂理、愛の法則
愛のエネルギーそのものであるということを明かされる時代になりました。

これからは宇宙の時代と呼ばれている
新たな地球の未来、愛の時代がやってくるのです。
愛というものが、ほんとうの意味で魂に銘記されている
わかっている者たちが
その者たちだけがこの時代を救っていくことができるのです。

どうか皆さま、一人ひとりの中に
過去、数々の修行の中で蓄えられてこられたパーニャパラミタを
そのままお出しになって頑張っていただきたいのです。

人間みな、完全な者などいないのです。
わたしも同じでございます。
わからぬことほんとうに至らぬこと、たくさんあるのです。
でも、だからこそ仲間がいるのです。

愛においても、みんな全部
トータルにわかっている者など誰もいないのです。
自分の目の中から、針穴から覗いた部分しかわからぬことでしょう。
でも、自分が見た部分だけでも、ともに分かち合い、伝え合い
ほかの者が見た愛の部分を学び合うことによって
あなた方の愛の理解というもの
視野というものは広く、広く、広がっていくことでしょう。

だから、人間というのはひとりで生きるものではないのです。
仲間がいて、神の子たちみんなで手を取り合い
一体になって神の子としての道を歩んで行くのです。
それを神は望まれておられるということなのです。

ですから、自分自らが至らないと思い過ぎず、失敗してもかまわぬから
どうかあなた方の持てる限りの力を、精一杯、表現なさって
そして自分の知らないこと
知ってることを他の友人たちから与えられたのならば
それを喜んで受け入れて自らの知恵とし
そしてともに力を合わせて、この救世の大事業を
最後の大事業を果たして行かれることをわたしは心から望みます。

ホワイト霊団の者たちは常につきっきりで
ここのレムリアを見守っております。
今、新たにこの医学界というものを変えていく。
そのことはとても大切なことだと思います。

精神的な風土、精神的なものに
神の子の価値観に裏づけられた医療というもの
医療現場の確立ということ。
それを新たな時代に向けて、その時代の方向性、今の医学界の方向性から見て
明らかに修正されねばならぬ道なのです。

それをやるのはたいへん苦しい。
そして、知的なエリートの方がたがおられる医学界の中で
この目に見えぬ世界のことを言うことは、気違い扱いされて
ほんとうにお苦しいかもしれないけれども
でもほんとうの意味で人を幸せにする
神の子としての本来の道筋を示すということにおいては
それは避けては通れない、もう道なのです。

それをやるために、どうか渾身の勇気を奮い立たせていただきたいのです。
それをやるために皆さま方は出てこられているということ。
ただ普通の、一介のお医者様になるために
今世わざわざあなた方がこの地上に出てきて
お医者様になっておられるということではないということなのです。

ほんとうの意味で、ほんとうの意味で人間を
神の子としての人間を幸せにするためには
どういうふうに肉体という舟に対して
どのように関わっていったらいいのか。
生命の尊厳に対してどう関わっていったらいいのか。

それを、お医者様の立場として、あなた方は伝えていただきたい。
関わっていただきたい。
そして、新たな声を上げていただきたい。
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それは教育現場におられる方がたにおいても同じなのです。
それはすべての芸術の方面に、またあとで話が出ると思いますけれども
そのようなものにおいても、すべて神の愛の、創造物である神の子たちは
その愛の思いを表現するために、彩るために、この地上に生まれております。
そのようなスタンスに、そのような立場において
視点において、すべてのことをすることです。

芸術においてもそうなのです。
医学においても同じなのです。
政治においても同じなのです。

子どもを生み育てる母親たちにとっても同じなのです。
自分の持ち物であり、自分の所有物であると思わず
永遠の魂の中においては、自分とは違う魂であるという尊厳の中において
子どもは別の魂であるという敬意を持って
子どもたちを見守ることができたのならば
自分の持ち物として子どもたちの個性をつぶすこともないことでしょう。

神から与えられた自らの命と同時に、それぐらい大事な子どもたちの命
それをいっときお預かりし、ほんの数十年の
もう人によっては二十年足らずの時しか一緒にいられない方もおられるのです。

その時を一緒に過ごすことによって
ともに素晴らしい魂の学びと出会いを経験でき
ほんとうの意味の、愛の本質が何であるかということを学ばせていただく。
貴重な経験をいただく。
それが親子関係の基本でございます。

そのことを、与えられたということを、やはり学ぶ。
そして、我々が愛のもとに
自由意志という尊厳というものを神より与えられております。

その自由意志というもの、自己責任による自由意志というものによって
わたしたちが守られているのならば
あなた方親御さんもどうか、お子様方に対して
そのような思いで、自由意志というもの、自己責任というものを通して
彼らを縛ることなく、愛の思いで
そして依存しきったり、余分に過剰な庇護をするのではなくて
彼らが真に自立していくための
大いなる厳しい言葉をもって彼らを指導していくということ。

そして時が経ったのならば、ひな鳥が巣立ったように天高く舞い立たせて
彼らの個性をもって地上を彩る使命に戻してあげるということ。
そのような思いで、どうか子育てというものもしていただきたいと思います。

(2005.11.12 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-11-30 08:56 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(3)

日本一国だけを救うために仏陀は出られたのではないのです。
G会のような小さな団体の者たちに法を説くためだけに
私は出たのではないんです。

日本という地を通して
光の灯台となるべくこの日本という国、神の国を通して
この地球全体を、地球全部を光らせ、神理というものを発信していく。
そのために私たちは出て来たということ。

やっとここにきて、神理を世界に発信していく、そのような法の中味も
そして、それを海外に出していくシステムも、天上界の意思も今そろった。
この時をまた、あきらめずに迎えることができたということを
私はたいへんな喜びとしています。

「一度はこれをあきらめなければいけないかと思ったけれども
やはりあきらめなくてよかったね」と
天上界でミカエルたちと今言っているんです。
仲間たちと言っているんです。

あなた方の思いが天上界に向いている限り
我々のアンテナというのは地上に降りてくる。
天上界からの霊言がね、直接降りてくるということ。
これは、ものすごく大切なことなんです。

多くの人びとが神理の、まあ哲学やそういうものも通して
神理の探求というものを通して
いろいろ書物やなんかを書いてきた時代があるけれども
でもやはりストレートに
ダイレクトに天上界からの霊言というものを地上に降ろす。
それは、なかなか過去の歴史をひもといてもなかったはずなんです。

ソクラテスやプラトンや、アリストテレスが、まあ、イデア論とか言いながら
我々の世界のことも多少は伝えてくれたことっていうのはあるけれども
やはり人間の知恵というものを通して語っている。

ソクラテスもしょっちゅうこちらの世界には来てはいたけれども
でもやはり霊言というものがなかったから
彼の口を通して伝えるという哲学になっていったから
やはりダイレクトに伝わらない部分ってひじょうに多かったと思う。

でも、今この時代に、神託であるかのように
この霊言というものが地上に出てくる。
これがひじょうに特異な時代であるということ。

そりゃあ、あなた方はけっこう、こうやって毎週毎週、霊言聴いてて
慣れっこになってきているかもしれないけれども
CDを買えば、またいろんなの聴けると思うかもしれないけど
この時期は極めて短い時期であるということ。
そして、歴史の中において
ひじょうに限られた時であるということを思わなくてはいけないよ。

実際に僕がG会にいた時に霊言とったかというと
ほとんどとってないでしょう。
霊言というのは、降ろす役割の人というのがいるんです。

みんながみんな霊言とれるわけじゃあない。
まあ部分的に多少、短いものはあったかもしれないけど
それは今後どういう行動があるかということを
ミカエルやなんかから伝えに降りてきた時だけであって
本格的な霊言っていうのは、やはりOさんがとったものですよ。

あれがやはり霊言というものの神髄というものをやってくれたんです。
そして理論書というものを通して
法体系というものをしっかりと仏陀はおやりになったということ。
初期においては正しかったということ。
あれを踏まえた上でのレムリアであるということ。

でも、間違っていったことを、しっかりと何が間違っていったかを正し
そして、その流れを継ぐものとして、同様な
同じ霊人からくる霊言というものをやはり降ろせるということが
やはり光のパイプが天上界とつながっているということ。
それが、この計画を続行する上での最低限の必要条件であったということ。

そのことを考えるのならば、天上界の意思において
同じような霊言をとれる人を探さねばいけなかったということ。
そのためにおいて
まあ嫌がるこの人を引っ張り出してきたという事情があるんです。
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そんな簡単に、我々の言葉というものを降ろせる人がいるわけではないので
やはり嫌であろうが嫌でなかろうが
やるときにはやってもらわなくてはいけないということで
まあそのときは、「まさかやるわけないだろう」と思うんで
「はいはい」と適当にこの人も返事をしてたんでしょうけども
実際やる時になったら
「あなた、あのときに、はい、はいって言ったじゃないの」って
僕に、いや、モーゼあたりに言われて断ることができずに
今回使命を引き受けてくれたというんですけれども。

でもやはりね、天上界から地上に向けたときに
霊言というパイプを降ろせるかどうか
しっかりと地上の者たちに対して、神の子たちに対して
天上界の意思というものをしっかりとつないで伝えることができなければ
やはりこれだけの救世の大計画というのは続行することは不可能になるんです。

それはひとつの集団、ひとつの団体とかを通して
そこそこの神理を降ろそうというものとはわけが違って
この日本から出たもので地球全体を変えていこう
地球全体の命運を変えていこうという、そんな流れを、神理の流れをつくる
エネルギーを流すという、そういう時代だから
そして次に行動を起こす者たちが出てきたとしても
まず磁石として、羅針盤として
神理の教えというものがしっかり法体系として語り継がれなければ
いいかい、次の時代の行動指針なんてものは立たないわけだよ。

この天上界の者たちの必死な思い
これがもし、かなえられなかったのならば
今地球に起きている、ひじょうにさまざまな現象、あるでしょう?

今年もたいへんな状態、今また雪がたくさん降っていたみたいだけれども
これもすべて含めて地球自体が、地球神霊自体が
今この状況の中で悲鳴をあげて
もう断末魔に近い状態がきているということ。

しかしその中で、一生懸命時を稼ぎながら
人びとの想念というものを光の方に向けていって、その清めのエネルギーの中で
この地球というものが、新たな産みの苦しみの中で
大いなる新しい地球に生まれ変わっていくということ。

そのことをね、これからの地球時代、宇宙時代に向けてかなえるために
我々はこの神理の法
法を伝えていく神理の運動というものを
続行しなければいけなかったということ。
その情熱を持っているということ。
そのことをあなた方に、もう一度伝えたいと思うのです。

あなた方が今置かれている立場が
全体の神理の運動の中でどういう立場にあるのか。
今、自分たちがどういう時期にさしかかっているのかということを
しっかりとつかまえるということ、とらえるということ。
そのことができなければ、一年初頭にあたって
この一年間の方向性というのは、はっきりと見定められないと私は思うんです。

長いスパンではものは見られないことはあるし
実際に、あまり先の計画なんていうものは
立てすぎても計画が実行できないこともあるんです。

でも、一年間ぐらいのことならば、だいたいの指針はしっかり立つから
そちらの方向に向かって
具体的な努力というのをしていただきたいと思います。

(2006.1.14 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-11-28 16:19 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

役小角(えんのおづの)からのメッセージ(4)

よいか。
自らの占いの方法を確立しようなどという
そのような小さな思いを持つことはなかれ。
占いというのは、あくまでも判断材料にすぎぬということ。
神の子が、神の子たち同胞を少しでも幸せにできるかどうか。
この神より与えられし、前代未聞のこの神よりのメッセージを地上に開いて
広げいくことができるということ。
その使命を持って最大の使命となす。

そなたがそなたの自分の名前を広げるがために、もし占いなどに関わったら
それこそ裏の、裏としての下に堕ちてしまうということ。
そのようなことをやっている暇はないのだということ。
そこにおいて自らの使命というのを悟っていきなさい。

我はこれからそなたに直に指導していこう。
わからねばいつでも聞きなさい。
そして、本来のそなたの力というのをこれから出すために
この間から現象というものを起こしている。
怖がることはない。
少しずつ、少しずつ自分の力に気づいていきなさい。

この巫女においても今、力が発揮されようとしている。
まだまだここにきて不安定であるけれども
もともと過去世において修行した者である。
そなたも過去世において多くのものを学んでいる。
法力自体というものをひじょうに学んでいるということ。
逆にそれを前半で出すと、法を学ぶということから
自らの超能力に有頂天になり過ぎるから、閉じていたということがある。

でも前半たっぷり、もう法を学んだのであるから、これからは自らの持っている
本来の得意とする法力というものを出して、このレムリアのために
神のためにその力を使って、ご恩に報いていく道を出しなさい。
それこそが我らが持っている、荒神と呼ばれている者たちの真の使命なり。

甘えたことはもう許さん。
我が世界に返って来ることは、甘ったれたことを言う者は許さん。
我らが直々で指導しているということを思うのならば、自らの心に厳しく思い
そなたの人生、最後、命果てる時まで、そなたの使命を果たしなさい。
力を出し切りなさい。
そして、問答無用でこの地上に神の国を具現していきなさい。
そのためにそなたの守護をしよう。

そなたが生まれし時より、我は多くの守護をしてきた。
そなたを導いてきたということを、もう思い出しなさい。
そなたにとって、我こそが本来の師であるということ。
高橋信次師、数々の師というものを通して学んできたであろう。
今生の師というものがあるであろう。
でも、我はそなたの魂の師なり。
それを思い出しなさい。
そうすればそなたの力が出てくるであろう。

みんなここに来て、自分たちの力を出すことをもう要求されている。
新たに来た者たちが、自分の、自らの力というものを出すことにより
神々のお役に立つ時がきているということ。
お役に立ててこそ、過去世までの修行が報いられるというもの。

お役に立てぬ過去世の力など、なんの役に立とうか。
神のお役に立ててこその我らが神の子の使命が果たされるというもの。
修行の甲斐があったというもの。
パーニャパラミタを蓄えてきてよかったと、真に喜び合えるもの。
それなくして、増上慢の中において、自己の名声のためによって
その法力などを使ったならば、それこそ地獄に直下で堕ちるやも知れぬ。
それぐらいの危険の中にいるのが、我らが法力を扱いし者たち。
自らをよく戒めよ。

法力を使う者は、少しでも力を誤ったところにおいて使えば、真下に直行で
真下の地獄界に行くということを思いなさい。
それぐらいの厳しさの中で、ひじょうに怖い、恐ろしい思いの中で
一歩一歩を歩みながら山の上に上がって行くのである。
されど、我らのように
ちゃんとその山の頂上に登って行ける者たちもいるということを
そなたたちの希望の原理として修行してほしい。

これからはこの者を通して、この巫女を通じて
我はそなたのことも指導しよう。
そして、そなたたちにも言いおこう。他の者たちにも言いおこう。
これからはそのような時代が
そのような局面が展開していくときであるということ。
そして、自分が理解できぬものだからといって排斥するような
そのような狭い思いを持ってはならぬ。
そのようなことがあっては
この救世の大事業を果たせぬということをそなたたちは思いなさい。
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これから多くの者たちが集まって来るであろう。
その者たちの力を最大限に引き立て、信頼し、愛し
そして、みんなでこの力を合わせた救世の大事業を
少しでも展開していくことをそなたたちの目標としていきなさい。

失敗しないということを恐れることよりも
精一杯やって失敗しても神々はけっして怒られぬ。
逆に、精一杯やることなく、ぶつかり合うことなく
最大限の努力をせずに、あきらめてしまうような怖気者、小心な者
そのような者に対しては、神々は評価はなさらぬということ。
それは最初の頃、モーゼ神がそなたたちへの霊言で伝えているはずである。

失敗してもよい。
精一杯やってきなさい。
元々が失敗に、もうほとんど失敗しかかっているこの救世の事業である。
これの、最後の逆転満塁ホームランで成功に導くには
最後、そなたたちの不退転の思いの中での、必死さの思いがなければ
この救世の事業は成功しないのである。

だから、怖気づくことはない。
もうだめならば、だめで失敗するだけなのである。
でも、失敗したくないから、最後の瞬間まで頑張ろうと言っている。
そのような状況であるのならば、この期に及んで何を臆することがある。

どっちみち滅びていくのならば、最後まで努力をして
頑張ってエネルギーの限りを尽くし、情熱を持って散って
滅びていったほうが美しいであろう。
そのぐらいの思いを持って、この救世の事業のために命がけで当たれ。

そのような命がけの思いがある者たちだけが寄り添ったときに
このレムリアの事業は成功するであろう。
それ以外の中に言っているのは、もし隙があるのならば
言い訳をつくるのであるのならば、排他的な思いを思うのならば
魔がもう、すぐそこまで寄って来ている。

そなたたちの弱き心の中に、すでに巣食い始めている。
その思いというのが、その危険がわからずして
その危険をレムリアの中枢に引き込むつもりか。
そのようなことがあるのならば潔く切り捨てよ。

そのような思いで、自らの気持ちを、厳しく、厳しく統御することの中で
この最後の救世の事業を、魔に攬乱されることなく
神の御心のままに、自らの神性を光らせて
力を出して我らとともにこの成功を導く計画の中に生きようではないか。
そのようなことを思い、今日我はそなたたちにあいさつに参った。

(2005.9.24 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-11-26 13:40 | 役小角(えんのおづの) | Trackback | Comments(0)

ゼウスからのメッセージ(9)

今の段階の中において、書籍も二冊出た。
そして、レムリア・ルネッサンスという意識の中で
これだけの高度な磁場ができてきて
CDも出たし、小冊子も出てきたし、次の本への企画も出てきた。
そして、この小冊子や、ミカエルや、エル・ランティの言葉を通して
仲間も徐々に集まろうとしている。

今はまだ歩みが遅いように、のろいように思うかもしれないけれども
何度もいうが、最初の歯車、最初の歯車を押すということは
たいへんなことである。

最初はのろのろとしか動かなくても
その歯車がどんどん噛み合っていったときに
今後、ものすごいスピードで、速度がついてくるものである。
だから、焦ることなかれ。
やるべきことを、しっかりやっていかれよ。

そうすれば、必ずや、この、そなたたちのところから落とされた
この水面に落とされた一点のような、このような投げかけというものは
次々と多くの反響を生み、多くの者たちが集って来て
多くの者たちが知っていくものとなるであろう。

だから、書籍を出していくこと。
小冊子を出し、CDを出していくということ。
そして、我々の言葉を伝えていくということ。
そして、それを通して、確実な仲間を集めていくということ。
しばらくはそこに徹されよ。
その中において順番に、様々な分野における叡智というものが
盛り込まれてくるであろう。

そなたたちの降ろされている内容、我々が降ろしている内容
結構、一流の者たちというものが、宗教書籍にもあるであろうが
我々は、そんなに内容的に浅いことを言っていると思わぬ。

易しい言葉では表現しているが、彼らが難しい言葉で言っているだけであって
それだけの深みのある内容というもの
すべて含まれた内容を、我々は話していると思っている。

逆に言うと、難しすぎるぐらいであって
普通の、一般大衆の者にはわからぬであろうというようなものも
多少あるぐらいの叡智の極みを含んでいると、私は思っているので
そのようなことを悩むことなく
今はわかる者たちのもとに発信していきなさい。

よいか。
多くの人びとは、その仕事に携わる者たちのひたむきな姿勢を見ることを
後姿を見ることをもって、その、神理の使者かどうかを確かめるのである。

立派な家に住もうと、どんなに高級な車に乗ろうと
もしこの霊言をとる者が贅沢な暮らしをし、人びとのことを思わず
贅沢三昧に耽っているのであったりしたのならば
必ずやそれは、人びとの見るところになるであろう。

だから、一生懸命つましく、このレムリアを運営しながら
一生懸命、一冊でも本を出したいと思って
そなたたちが、一生懸命、持ち寄ってくれながらやっているその姿を
多くの者たちに伝えていく中で
多くの人たちは、レムリアが本物であるということをわかると思う。
だから、神理の使徒として、どのように見られても、恥ずかしくないように
ひたむきに、ひたむきに生きて、行動していかれることを、わしは心から願う。
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さっきの質問にあったことに、いくつかお答えしようと思うが
芸術というのは、我の時代においても、また、レムリアの時代においても
私は感性を中心としたもので、芸術的な表現、視覚的な表現を通して
神というものを人びとに伝えていく、そのような役割を中心にしていた。
だから、芸術的な極みの究極には、神の神理に、十分、到達するような
まあ、哲学に通じていくようなものというのが内在されていく。

そこまで極めれば素晴らしいのであるが
それをまた、視覚、音楽、様々なことを通して
多くの者に、また伝えていけるというメリットもあるといことで
私はそのことを多く担当してきた。

まあ、私は、その神理の理念というものを、オリンピックという
この競技を通してとか、寺院を建てたりとか
それから芸術っていうものを通して神の素晴らしさというものを表現していく
そういう指導の仕方をしたから
まあ、ギリシャという、ああいう大らかさというものが出たし
まあ、それは、そこに出ていた者たちの大らかさというもの
そういうものを引き継いだ文明であったかも知れないし
そのようなひとつの個性が出たであろう。

だから、そこの部分において
さっきからも楽しいことも言ってやりたいと思いつつ
わしが見ている限り、たいへんな道のりが出てくるということがわかるから
今回は、そなたたちに、このようなこともあると
肝に銘じておくようにという話になるから多少、重い話ではあると思う。

しかし、やはり、今回の文明をつくるにあたっても
屈託なく、大らかな、そういう部分がなければ、神の子は苦しいぞと。
十字架にかかったイエス・キリストの姿を見ていても
毎回毎回、このように苦しまれるのであるのならば、人類も苦しいぞと。

やっぱり、どっかで、神の国の大らかさというもの
楽しさというものを表す文明というものも
地上に映し出しておく必要があるのではないかと
そのように思い、わしは、かつてギリシャという地にあのような
一大文明圏をつくったのである。

だからそれがまた最後、この、まあいちばん深刻といえばなんだが
いちばんたいへんな、土壇場の、そなたたちの計画の中において
まあ、このような部分を多少は入れないと
気持ちが暗くなって、つぶれてしまうのではないかと思って
私やマヌが出てきて、一生懸命、気を引き立てようとしている。

まあ、もともとそういう大らかさというか、楽天的な部分がある者たちなので
自然体でそれが出るのであるけれども。
やはり、そういう部分がないと、そなたたちも苦しいであろう。
だから、そういうものを通して、多くの者たちに伝えていく。
芸術とかいうのは、もう本来が基本的に楽しむということ。

ミューズというのは、人びとの中で喜びということ
それが五感を通して、感性を通して
そういう喜びを通して神を知るっていうことも
多くの者たちにとってみれば、喜びであり、救いになっていき
神というもの、信仰の世界というもの
神の究極を知るということは、心地よいものであると
素晴らしいものであると、うれしいものであるというふうに
メッセージを伝えていくことも必要であろう。

(2005.6.4レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-11-23 14:18 | ゼウス | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(2)

日本における我々のような仲間たちだけではない。
世界中に広がっている仲間たちが、いろいろな運動をしているということ。
あなた方も知らないような仲間たちがいる。
その者たちにどうか、英語というものに翻訳することによって
インターネットを使って地球の人びとに流していく。

そして、書籍というものも通して、少しでもチャンスがあるのならば
多くの場所からそれを通して
多くの人びとの手に神理というものが届くようにしていただきたいと
思うんです。

あなた方のようにね、インターネットやコンピュータというものを
簡単に扱える方たちばかりでは、世の中はまだないんだ。
やっぱり書籍でなければ読めないという
お年寄りの方たちもたくさんおられるから
やはりこの間から言っているように、書籍でも出していく。
小冊子も用意していく。
そのような形で、活字としても用意していく。
そのような段階をぜひ歩んでいただきたいんです。

そういうふうにやって表現していけば、次に出て来るのは何かというと
芸術、文化を通して、あなた方の神理の教えというものを
生活様式の中で表現していくグループが出て来るということなんです。

今、どんどん新しく来てるのが
インターネット関係のお仲間がたくさん導かれて来てるでしょう。
それは、あなた方自体にお仕事の役割があるということです。

あなた方の専門職のお仕事を通して
このレムリアの中で、ぜひともこの仕事を
このレムリアの運動を発展させるために、お力をいただきたいということで
呼び集められて来ているあなた方であるということです。

今の時代、神理の運動をやるのに、宗教団体とか、宗教法人とか
会員とか会費とかそんなものをとって、大きな、何ですか
精舎とか建物、ビルディングみたいなものを建てて高いお金を使うと
そのことのために、経済行為のためにあくせくしてしまうというのがあって
そこの中で法というものが落ちていってしまうということがあるんだよ。

私もねえ、生前ビル建てて、潔癖なほうだったから
人から、会員さんからお金をもらっちゃいけないと思って
全部自分でやりました。

自分で事業を興して一生懸命、K工業でお金稼ぎながらビル建てて
講演会も無料でやって、一生懸命やったけれども
逆にその方向でやっていくことで
ものすごくエネルギーを使ってしまって
肝心の法を説く時間がすごく短くなってしまったという反省が
あるんだよね。
だから、それによってよかったというとこもあるけれども
もっともっと僕は神理を説きたかったなと。

残された時間がこれだけしかないと最初からわかってたのなら
もっともっと自分の納得いく法の追及というものも、探求というものも
やっておくべきだったよなあという、すごく反省があるんですよね。
ですから、この地上において不動産を買って、収入をあげて
それはやっぱり最低限のことは必要です。

あなた方だって、この事務所を構えるのにやっぱりお金もかかるし
いろいろな光熱費とかもかかっているでしょう。
だけど、それも最低限にして
そして世界に広げていくのに、どこかでやっているように
支部を海外にもつくるために建物を建てるなんていうことをやってたら
永久に神理を説く暇なんてなくなってしまうわけだ。
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だから、君たちも今はインターネットという
ひじょうにありがたいものが普及されている。
それが出てきたことによって
世界中に網の目のように張り巡らされたネットワークを通して
神理というものも広げていくことができる。
そのようなことが、逆に言うと、天上界で計画されていたということなんです。

だからそのための技術者という
そのために自分の技術を磨くために導かれて来た人たちというのも
多いはずです。
それはけっして、なんの無駄でもなかったということ。
逆にそのために、あなた方の力を使うべき時がやっときたということ。

今も、なんかダウンロードやるために一生懸命頑張っていらっしゃる方もいるし
英訳をして、ホームペ-ジも今やってくださってますね。
これをどんどんどんどん海外に向けて
多くの人たちが喜んで見ていくような媒体として
確立していくということ。

そうすれば、別に会員とかそういうのも何も必要がないし
逆に海外の、アメリカとかそういうところのほうが
こういう霊言とかスピリチュアルなものに対して
ひじょうにストイックなまでの関心というのが高いから
そちらのほうを通して逆に、ボーッとしている日本人に対して喝を入れるという
そういう出方もあるかなあというふうに思っているんです。

逆に、外国に行かなくては、外国で事務所を構えなかったら
外国でこういう法の伝道ができないという時代ではもうないから。
ただ、海外で書籍を出すという方向での検討というのは
私は素晴らしいことだと思っているし、やはり一般書籍を通して
それが世界的なベストセラーになっていけば
それがインターネットでも話題になるし
それを通して神理というものが、多くの人びとの目に触れる機会というものも
多くなるんではないかというふうに
そのようなことを楽しみにしているんです。

今、年始初頭にあたって、「こんなことをやるの?」と
また心細く思っている人たちもいるみたいだけれども
でも去年、1年前に、1年後にどうなるかなんて
考えなかった展開があったわけでしょ。

だからこの1年、今、年始の初めにあたって僕が言ったこと
だまされたと思って信じて
あなた方ちょっとやってみていただけないかなあと思います。

その間に、1年間いろいろなことがあると思うけれども
今年の年末、12月31日か30日あたりに振り返ったら
こんなレムリアになっていたよっていう
そのような期待をもって一年を締めくくることができるような
そのような、素晴らしい爆発的な展開を遂げていく1年になるのだと
私はそういうふうに期待しているんです。
やっとこの時がきたということです。

(2006.1.14 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-11-21 15:41 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

ラファエルからのメッセージ(6)

宇宙の中において何が悪いっていうことはないのです。
悪いと決めているのは、あなた方の裁きの心だということ。
わたしはさっきから何度も言っている。

自己限定の中で、ひとつの宗教的な、社会的な制約の中において
善悪というものを決めている。
確かに人を殺したりしちゃいけない。
確かに、人の物を盗ったりもいけないかもしれない。
でも、殺してはいけないといっても、過去世にその者がほかの
その人を殺していたかもしれないという
転生輪廻の因果律というものもあるのです。

そして、盗んじゃいけないといっても、ほかの惑星に行ったのならば
自分がつくった作物は、みんな、すべての者たちで共有しているといって
分かち合う宇宙人もいるというのは、あなた方も聴いたではないですか。
究極にいけば、そこにいくのです。

ですから、自分がこういうふうに正しく生きてきたから
お行儀良く生きてきたから相手の人は間違っている。
だから、相手は悪人であると、そういう裁く、ジャッジする
その心そのものが
今の世界の混乱をつくっていることをいっているのです。

神の世界は認識が高くなればなるほど、自由であります。
相手を裁くことはないし、悲しみや、喜びや苦しみを押さえつけて
平面的な感情の奴隷になるようなことは、一切ないのです。

逆に言うと、それは宗教の世界の中の指導者として
あの世に帰った者たちの、ひじょうに閉そく的な地獄があります。
自分たちこそは正しいと
そして、女性の姿を、裸体を想像しただけでも地獄に堕ちると
そのように思っている者たちは、仏教の中においても、イスラム教徒の中にも
いろいろあるのです。

全部、自分たちでつくった鎖のかせにはめられている。
その中において、自分で自分たちの中を、感情をすべて押し殺すことによって
正しくあらんとすることによって、その感情の逆襲を受けることによって
自分たちで地獄をつくり出している。
そのような世界に通じてしまうよ。

だから、上の世界に行けば行くほど、自由であるということ。
ゼウス神はどうお思いになるか。
マヌ神をどのように思われるか。

今回、なぜ彼らは、あのお二方を出してきたか、わかりますか。
あまりにも、こうあるべしというところで、地球人は
この地上の者たちは、自己限定を厳しくし
そして、喜び、幸せに思い、歌い上げる、人生賛歌をすること
愛の賛歌を奏でることが
まるで間違ったことであるかのように思ってしまった。
それは少しも、神が喜ぶ姿ではないのだよと。
神の子としての本来の姿ではないのだよと。
悪いとか、間違っているとか、言っているのは
あなた方の心の中の縛りであるのだよということを
繰り返し伝えられているはずなのです。

あなた方の心の中にある、自由な、やりたいと思う思い
たとえば、結婚だって、何歳までにしなくてはいけないと思うんでしょう?
宗教的な者たちは、大体が独身が多いのです。
確かに結婚することによって学ぶことは多いかもしれない。
でも、嫌ならしなくていいのです。
したけりや、すればいいのです。
違いますか?

だから、しないからといって、引け目を感じることはどこもない。
自分の人生を堂々と、自分の才能を開花させて
たかだか数十年、生きればよろしいではないですか。

なぜ、結婚しなくてはいけない?
結婚できないから、結婚しないから、したくないから
それは自分が選び取ることです。
したければすればいい。
したくなければしなきゃいい。
人からどう言われるものではないでしょう。

すべてにおいて
そのような足かせの中にあなた方は生きているということです。
そこから、本来の感性において自由にしていくのが
感性を中心とした芸術家たちの
芸術的な手段として神に出会う道でもあるのです。
ですから、頭ばっかりで、知的なものばっかりで、ものを見ようとする。
一度、頭を外して、感性で自分の心に正直な神の心として
神の子の本来の性質を
自分自身のオリジナルな気持ちに正直に生きるということを
もっと、自分に正直に生きてごらんと。
地上にいる時は数十年だよと。

わたしたちから、永遠の時を生きている者から見たらね
あなた方は、まだ三十年生きられる、四十年生きられると
思っているかもしれないけれども
わたしたちの世界から見たら、あと三日か四日にしか見えない。
それこそ、夏の日の蝉に見えるかもしれないんです。

もう、帰ってくるときが目に見えているのに何をしているのかと
逆に言いたい。
そして、悟りの道が、もし、あるとしたのならば、その縛りを捨て
愛の心、光の心、一元に向かうこと
二元対立から光一元に向かっていく道の中において
神の子として、どんどん自由になる道
相手においても、自分においても、自己限定を捨てて

いいですか?
自由になっていく。
自分の愛に正直に生きていく。
その愛の道を学ぶこと。

愛というのは、一言でいうのは簡単だけれども
愛の本質を学ぶことは、たいへん難しいのです。
神の本質が愛であるということを、愛のエナジーであり
パワーであるということを学んでおられるでしょう?
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でも、一言でいうのは、愛は簡単だけれども
愛をほんとうに生きられるかというと、たいへん難しいのです。
愛をほんとうに生きる、認識するということは、ほんとうの意味において
あなた方が、どんどん、どんどん自分の中に
蓄積した鎖を一本一本外していく道かもしれない。

その中において、自分を自由にし
そして、自分を裁かず、自分の自己限定を外したときに
初めて相手のことの、裁いていた
その、ジャッジしていたことを外していくことができる。
相手のありのままを受け入れることができる。
自分を愛せぬ者は、他者を愛することはできないのです。
だから、愛すること、愛されることを学びなさいというのも
そういうことです。
表裏一体、コインの裏表であるということです。

いいですか?
愛すること、愛されること、さっき言っていました。
シスター、あなた方は言っていたけれども、愛することを学ぶこと
愛されることを学ぶ人がいます。
いいですか?
でも、これは同じこと。
コインの裏表よ。

いいですか?
これを両方、学ぶこと。
それが永遠の課題でもあります。

それぐらい、愛っていうことを学ぶのは
ひじょうに難しいことであるということです。
その、愛ということを学んでいくにはね、自由というもの
それが、ひじょうに不可欠であるということです。
その永遠の旅びと、愛を学んでいく永遠の旅びと
それがわたしたち、神の子たちであるということです。

たまたま、ちょっと先輩にあたって、役職があるかもしれない
でも、あなた方と同じブラザーである、兄弟、家族である
ファミリーであるということ。
それがわたしの見解でもあります。
あなた方より上にあるのではなく、あなた方の仲間であり
家族であるということ。
この地球に住まう家族であるということ。
そのことを、どうかわかってほしい。

だから、ひとつの芸術を表現することにおいても、悟りにおいても
社会においても、家族においても、愛を学ぶ仲間たちであるということ。
その意味において、自己限定を外すということは、自己愛を
自分自身を愛するということを学ぶということですよ。
鎖を外すということは、自分を愛するということを学ぶということですよ。
で、他者をジャッジしないということは
他者を愛するということを学ぶということですよ。
コインの表と裏ですよ。

いいですか?
これが両方できないと、愛は学べないということです。
それを学んだら、それを表現していくのが芸術です。
そして、芸術の段階論であるのです。
けっして天上界に行けば行くほど、窮屈になると
それは誰が言ったのか知りません。
天上界は上に行けば行くほど、自由です。
わたしたちより、またもっと、上に行ったときの
九次元の方がたの大らかさを、わたしはあなた方に見せあげたいと思う。

それを、見せたいからこそ、今回、マヌ神や、ゼウス神を出してきて
ここに、レムリアのメッセージを降ろしているのです。
神の子はもっと自由であるということです。

いいですか?
神の本質というのは大宇宙の本質
愛の本質は自由であるということです。
そのような型にはまった、ルールに縛られた
男女の愛においても、紙っぺらひとつにおいて表現されるような
婚姻制度に基づくものだけが、ほんとうの永遠の愛ではないということ。

もっと別な愛の形があるよと。
愛を学んでいきなさいと。
その、愛を学んでいくための永遠の旅びとがわたしたちであるよと
それを伝えていってほしいと。
その段階にやっと、地球人がきたのであるよと。
そういうことを、今、言う段階なのです。

よろしいでしょうか?
ちょっと、長くなりました。
あなた方のご活躍を心から期待いたします。
そして、あなた方のご活躍のあとに
わたくしは、わたくしの仲間たちを率いて
また、この地上で仕事をさせていただきたいと思っております。
そのためにも、どうか、あなた方の力を最大限に発揮されますことを
心よりお祈り申し上げて、今日は失礼させていただきたいと思います。
失礼いたします。

(2006.6.17 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-11-19 15:26 | ラファエル | Trackback | Comments(0)

役小角(えんのおづの)からのメッセージ(3)

そなたに前半、法をたくさん、たくさん学ばせたのはそういう意味である。
そなたの欠点が出ぬように、なるべく多くの法を学ばせ
そして、ちゃんと知的な判断、法の判断をもって
これからのそなたの本来の力というのを出させるために
我は指導してきたつもりである。

そなたは我が、ひじょうに頼もしい優等生の
我が自慢のできる弟子であると我は思っている。
そして、今この席に高橋信次、エル・ランティより呼ばれ
この席に座る栄誉に浴したということを、我が身の最大の幸せと思いなさい。
そして、ここでできる限りの恩を返していきなさい。

高橋信次氏に呼ばれたということが、どれだけ栄誉に浴することか。
我が指導することがどれだけ栄誉に浴することか。
そして、これからのちの第三の計画において、レムリアの
この十二の席のひとつにあなたが座れているということが
どれだけ栄誉に浴するかということを、あなたはまだまだわかっていない。

そして、ここにいる他の者たちにも言いおく。
そなたたちが座っているこの席は永遠ではないかも知れない。
そなたたちの心構えが甘く
やる気がなくなった時にはいつでも自ら席を立って出て行きなさい。
他の者が来て座るであろう。

十二という数字が決まっている。
でも他の者たちがやって来る。
そなたたちの中で、もし甘い気持ちがあるのならば
不退転の境地が築けないのであるのならば、他の者に潔く席を譲りなさい。
それぐらい事態はひっ迫している。

これが成功するか、失敗するか
まるで成功したような気持ちでそなたたちはいるけれども
全然、成功しているかどうかなんかわからないのである。

今この巫女を通して、この方を通して、我々の言葉を今地上に降ろしている。
それにおいては成功しているということ。
文書化するということにおいては成功しているということ。
でも、このような知を降ろすということだけであるのならば
高橋信次、エル・ランティが、OR、仏陀が降ろされた法というものも
すでに文書として法としてなっている。
書物としてなっている。

それでも曲がった。
それでも実行できなかったという、第二の計画までの失敗があるから
逆に法を地上に降ろしたあとに、この地上にどうやってそれを広めていくか
これを伝えていくことが可能か-
そして、この本体、レムリアが曲がらずに
そなたたちが最後まで駆け抜けて行くことができるか。
それがこれからのほんとうの山場になるということ。
ここから間違ったら、また第二の計画までの失敗と同じではないか。

高橋信次はあれだけの素晴らしい法を残された。
本を残されたではないか。
ORにおいても素晴らしい書籍を残されたではないか。
でも残しただけでは世の中は変わらぬ。
それをもって人びとの心に届けてこそ
それで国家体制を変えるぐらいの力を持ってこそ、影響力を持ってこそ
この救世運動は成功したというのじゃ。

それをこれから出していくには
一人ひとりの力がどれだけ発揮されていくかということ。
その覚悟があるかということ。
その方法論を、地上の者として必死に問いかけ、編み出していくということ。
いつまでも、いつまでも知識の中で、法悦にひたることだけで
時をむやみに過ごすことなかれ。

今もうすでに、アメリカなどで多くの者たちが犠牲者で命を落としている。
これから地球規模の大災害が起きてくる中で、少しでも世界の果てまで
この神理というものを、価値観というものを伝えなかったのならば
知って亡くなっていった者たちと、知ることなく逝った者たち、時が遅ければ
それだけ多くの者たちが知らずして天上界に帰って来る。

少しでも多くの者たちに伝えていけるかどうか。
それはそなたたちがどれだけ迅速に行動でき
具体的な行動ができたかということにもうかかっているのだ。

最初、初期の頃、この方のアンテナを復活し
これだけの精度で地上に降ろすということに我々はひじょうに心を砕いてきた。
でも、降ろしてきて、これだけの神理知識が降りているのに
それを具体的に広めていく手段になると及び腰になるというとは
どういうことであろうか。

これをもっと、ほんとうに人を救いたいと、ほんとうに人を愛したいと
ほんとうに神の思いに感謝して、報いたいと思っているのであろうか。
その行為をもって、感謝行をもってしか、神の使者としての使命はない。
仕事はないと思いなさい。

これから法というものをまとめ上げ、それをわかりやすい形で編纂しなさい。
黄金光線の者たちよ、仏弟子たちよ。
今学んだことをこれだけ膨大なものの中から、誰が聞いても
女、子どもが聞いてもわかるような形で
大事なところだけを、因果法則、原因結果の法則、魂の永遠性
根本的なひじょうに初歩的なものだけれども
そういうものをまず小冊子にせよ。

よいか。
まずそれを、一冊渡せば
簡単な永遠の生命というからくりがわかるというものを
先ほど持って来たような小冊子でやりなさい。

いろいろな霊人の言葉をむやみに並べることよりも、まずいちばん大事な
根本的なレムリアの精神というものが伝えられているはずである。
それをまず伝えなさい。
その中に数々の霊人が言われたことを載せていく。
それをわかった上で、数々の霊言を聞かねば、多くの国民たちはわからぬ。
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まず永遠の魂があること。
転生輪廻があるということ。
神が愛そのものであるということ。
我々は神の子であるということ。
愛の光そのものであるということ。
そして、天上界がひとつであること。
すべての宗教がひとつであるということ。

そういう簡単なことがわからないから
世の中の、世界中の混乱があるということ。
そこをまずまとめ上げなさい。

簡単なことから始めるのだ。
多くの者たちには、赤子に口に含んで伝えるようにわからせなければならぬ。
それが愛である。

一人でも多くの者たちを救ってこそ、愛というものは具現される。
自分たちだけの知の、知によって
その陶酔の中だけでマニアックになっているのならば
人びとに対する愛のある行為ではないということ。
そのことをもっともっとわからねばならぬ。

我にとって愛とは、信仰とは、実行あるのみである。
一人でも多くの者たちを幸せにしてこそ、愛してこそ
多くの人びとに神の御心を伝えられてこそ
我はその、神の使者としての使命があると心から思っている。

実行なき者、どれだけ頭が良くても、その時代の知に酔っている者などは
我は、神の子としては、神の使者としては認めぬ。
そのような臆病者はいかん。

そのような中に数々の、我々のように実践に継ぐ実践の中で
真の勇気とは、叡智とは
神とつながるということはどういうことかということを体をもって学ぶ。

法力というものは、間違った方向に使えば
すぐその場で反作用として体にぶつかってくる。
だから我々の中においては、自分が何が正しかったか、正しくなかったかを
体の中で即、反応の中において学ぶことができるのである。
それが我らが階段を上って行くための、修行の方法である。

知に酔っているときは、ぐるぐる、ぐるぐる回っていても
それがほんとうに正しいか、間違っているかわからぬものである。
で、いつの間にか正しかったような、自分がまるですべてをわかったような
世界中の叡智を知ってしまったかのような錯覚に陥るのである。

でも、そのような道は我らはとらぬ。
実践あるのみ。
正しいものは正しい。
原因結果の法則によって、正しい思いを出せば正しい結果として
他の誰よりも何倍として返ってくる。
間違った結果を出せば、我が身の苦しさとなってすぐ反応が戻ってくる。
それをもって我らは道をはい上がって来た。

そして、この国というものを少しでも、伝道という形は使わなくとも
一人でも多くの神の子たちを幸せにするために
この国を幸せな国にしていくために
統一していくために、その力を使うために
国というものを平定し、広げてきた。
それが荒神と呼ばれている、戦の神と呼ばれている
自由の神と呼ばれている者たちとの、我々の仕事の役割であるということ。

そなたたちは、そのようなフロンティア精神、開拓精神の名において
これから神より与えられし、素晴らしい叡智を、メッセージを
この地上に広めねばならぬ。
その厳しさを持ってほしい。
不退転の境地を持ってほしい。

次の世代の者たちが出てくる前に
そなたたちにもそのような開拓者としての気持ちがなくては
次の世代の者たちに、ここに光があるのだということが伝わらんではないか。
伝えていくためにも、そなたたち自らが光りなさい。

光り輝き、輝いて自己限定することなく
どこまでも高く、高く、のろしの光を、のろしの火を、たいまつを掲げなさい。
そのようにすれば、次の時代に生まれて来た者たちが
その光を求めて集って来ることができ
そして、彼らの使命を果たしていくことができるであろう。

(2005.9.24 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-11-18 13:24 | 役小角(えんのおづの) | Trackback | Comments(0)

ガブリエルからのメッセージ(5)

あなた方、日本の方、それに宗教というものを学び
仏陀と呼ばれている方がたの法
そして、多くの光の天使の言葉を聴いた
あなた方にとっては簡単なことかもしれない。

でも、多くの人びとからみたら
宗教の違う者たち同士の根源神がひとつであるということは
とてもとても受け入れがたいことでもあるのです。

自らが信じている宗教が、本来はほかの宗教と同じであるということを
わたくしにおきましても
キリスト教のガブリエルと呼ばれている者であったとしても
やはり、イスラムの中のコーランの中においても
ガブリエルという者が出てくるのです。

その名を明かすことにより、今日一体化させるために
わたくしは名を明かしたのではあるけれど、それが嘆きの壁により
人びとにより、宗教の聖地争奪戦の中において、人びとの憎しみのさなかで
自分たちの信じている大天使と
敵の大天使が同じ名であるということは屈辱以外の何ものでもない。
でも、そこにひとつのパラドックスがあり、ひとつの真実があるということ。
そのことをもってわたしは言いたい。

我が名を呼ぶ者たちよ
そなたたちが最も憎む相手の宗教のもののメッセンジャーとして
わたくしがいるということ。
そのことをもってあなた方は
自らの宗教が何であったかということを理解しなくてはいけない。

そのために神は、無駄なことはない
神は全知全能にして万物のすべてを創造された方。
であるならば、今日これから起きる計画におかれましてもやはり
しっかりとした計画を立てられているのです。
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だから、レムリアの方がたよ、けっして気弱にならず
あなた方がこの霊言パイプというものを守ることにおいて
男性人が多いと見受けられましたけれども、この方を守り、一日でも多く
霊言を降ろされんことをわたくしは望みます。

それが書籍となり、多くの人びとに浸透していったとき
次の時代をつくる建て直しの者たちが出てくることでしょう。
でも、何度も言われてますように
その者たちもあなた方が残された書物、書籍
インターネットの文章などを読んで
次の時代をどうつくっていくかという指針を決めていくのです。
あなた方は生きてエル・ランティに会い、生きて仏陀に会い
そして、生の現場としてこの霊言の場所におられるのです。

次の世代の者たちはそのすべてにおいても
たぶん遭遇することはかなわないことでしょう。
でも、それでも神理の人として
その神理の代行者としての使命を果たさなくてはいけません。

そのことを思うのであるならば、あなた方は今やれるべきことをしっかりと
隙なく確立していかれることをわたくしは望みます。
それがしっかりさえしていれば、次の時代に来る者たちがそれを読みながら
自らの使命を悟っていくことができると思うのです。
でも、今あなた方がいい加減なことをしていたのならば
けっしてそれはかなうことはないでしょう。

結論だけを急ぐことなく、結論をけっして決めつけることなく
神の計画されたことだから100%ほんとうであると思うのでなく
今できる最善のことを精一杯やって帰っていらっしゃい。

結果ではなく、結果だけでは、わたくしたちもわからぬこともある。
しかれども、精一杯できることを精一杯やって帰ってきたならば
わたくしたちは喜んであなた方を迎え入れ、祝福しようと思います。

ですから、できる限りのことを精一杯やられること。
そして、また、インターネットにおける、その方法論においても
もしわからないのであるのならば
あなた方は、わたくしに聞かれるがよろしいかと思います。

わたくしは通信伝達を担当している大天使でございます。
ですから、あなた方の気持ちの中にもし
我が名を呼ばれることがあるのならば
ガブリエルとお呼びになられれば、わたくしは、いつでも飛んで来て
あなた方にお答えしようと思っております。

(2005.5.7 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-11-17 15:59 | ガブリエル | Trackback | Comments(0)

日蓮聖人からのメッセージ(4)

わたくしは、一から十までは申し上げません。
でも、当座やることを、今申し上げました。
そして、あなたも仏教関係の仏弟子であるならば
私の、この日蓮が代表して言ったことを
どうぞ、真摯に聞いて、受け止めていただきたいと思います。

あなたがやれることは、たくさんあるのです。
いや、あなたでしかできないこと。
本来であるならば、あなたの友となる方たちがたくさんいたはずなのです。
あなたと力を合わせ、我々の力になってくれる
私たちが期待をしていた者たちがたくさんいたのです。

でも、今使える者たちは数少ない。
特に仏教関係者は、総崩れ状態です。
その者たちに
今この立ち上げたばかりの計画を伝えるわけにはいかないのです。
大丈夫だという者、そういう者だけを
よくよく注意して、我々は選んでいるのです。
だから最初の頃からあなたに連絡がいっていたのですよ。
それだけ神々により選ばれたあなたであるということ。

そして、あなたが、この日蓮にも負けないくらい雄々しく
魔の力に対して、正面から名前を出しながら戦ってこられた
勇敢なる方であるということ。
我々は、知っております。
素晴らしいことであると
その偉業に対し、尊敬し、拍手を送っているのですよ。
我々の中でもまだ、魂腐らすことなく
欲にとらわれることなく、戦っている仏教関係者がいる。
それがどれだけ我々、今の立場の我々の者たちから見て、救いになっているか。
心より、日蓮は今この場を借りて、あなたにお礼を申し上げます。

そして、我々の名誉回復のためにももう一度
法を編集し直していただきたい。
いるはずなのです。
おいおい、私のほうからも言いましょう。
今これだけの者たちがいるのです。
であるからには、私たちがこれ、皆指導している
地上にいる者たちがおります。
あなたが声をかければついて来るでしょう。

これは、我々に託されている仕事なのです。
この仕事は、アテナがやる仕事ではないのです。
アテナ様という方は、魔から、法敵から、法を守る者たちを守護し
そして、旗を振りながら、人びとに行く方向を指し示す
それが、本来のお役なのです。
この方に「法の再編をしろ」と言っても、これはまたできないでしょう。

我々の仕事なのです。
仏教関係者の仕事なのです。
法を預かる者なのです。
仏陀が法を預かっていたように、我々が、法の編集を担当してるのです。
だから、知的な学問憎がとても多かったのです。

今一度、かつての高橋信次が説かれた法
そして、復活なさられた法、あれもいろいろな語り口調で
楽しいこともありながら
中身がいろいろ、多かったり少なかったりもあるでしょう。
大事なところを編集し直しなさい。
中身を、中身を残すのです。

そして、それをしっかりと、法体系化し、残していった時に
多くの人びとがその法のエキスを求めてやって来ます。
そして、ひとつのかつてのルネッサンスのような
もう一度、今一度
神の子の元へ戻ろうという大きなうねりが、出てくることでしょう。

でも、その時に忘れてはいけないのは、我々仏法僧は、法を守り、法を編纂し
法を後世に残していく、そのために出ている者たちであるのです。

ミカエルという者がおります。
私の魂の兄弟でもあります。
彼は今、戦闘系のトップとして、魔と必死で戦い
多くの者たちを守護しているのです。
体を張って護っているのです。
あなた方でも、今ここにいる人たちはわかっているでしょうけど
あなたのことだって、ミカエルは護っているのですよ。
護ってきたんですよ。
気づいていないでしょう。
必死で護っているのです。

戦闘系の者たちは、戦闘系の者たちとして、名を残さずとも
彼らは、必死に戦っているのです。
護っているのです。

みな役割分担なのです。
「我こそは」なんぞと思っていたならば、よい仕事もできない。
全体の神の仕事の中で、自分がいったい何をなせるのか。
何色の光線で、何ならば、お役に立てるのか。
その、最後の究極の思いの中には、無私な思いがなくてはだめなのです。

学問憎が、特に、釈迦教団の者たちが、大量にたくさん落ちた。
それを、我々の世界でも、今反省しております。
他の九次元の方がたもおっしゃったように、「生悟りである」とか
「頭でっかちになってしまった」とか
「さまざまな肉欲的なものを封印してきたがために
今世、逆にそれにとらわれ、魔に落とされた」とか、おっしゃっていること。
それは、当たっているのだと思います。

しかし、我々は、我々の個性体として
法を編纂し、守るという意味においては
命がけで戦ってきた者たちなのです。
その役割を知るならば
このようにサタンに曲げられ、汚されてしまった神理を今一度
きれいなものとして編集し直す。
それこそが、我々の生きる立場であり
我々の仕事をする位置であるということ。
そこをもう一度、認識していただきたいのです。

親鸞、法然、一遍、あと、六老僧、それ関係の者たち
あなたの名前を知らない者たち、今ここにおります。
みんなあなたに、頑張れと申しております。
あなたが仕事を始めれば、いくらでも我々はあなたを通して援助し
指導していきたいと思います。

かつて、私がORを指導したように
彼を指導したことは、けっして間違っていたことではないのです。
彼自体も間違っていた存在ではないのです。
ただ、よくよく気をつけなさい。
あなた方も、彼の二の舞いになるかもしれないということ。
どんなに気高い魂であっても、欲に足をとられた時、人は転落します。
そう、てっぺんから真下まで。

であるならば、あなた方はてっぺんではないのだから
なおさら落ちる可能性があるということ。
それをしっかり心に銘じながら、謙虚に、謙虚に神の法を伝えていきなさい。
残していきなさい。

まず、法の再編集、それをしなくては、人類は救われません。
あなたの人柄、あなたが出した本を通して
すがるように魂を腐らせず、救われて
神の光の中で、持ちこたえている者たちが、どれだけいることか。

あなたに見せてあげたいですよ
あなたは自分のことを愚僧のようにおっしゃるけれども
そんなことはないのだ。
あなたがやらなかったら、誰もやる者がなかった。
どれだけ優秀な者たちが、あなたの近くに
かつて、講師と言われた者たちの中にいたか。
あなたが一番ご存じでしょう。

K会に名の残っていて、今も残っている者たち
かつて、彼らも優秀な者たちだったのです。
仏弟子が多いのです。
でも、彼らは、今は、彼らのことは使えない。
頼むこともできない。

優秀であるということと
ほんとうの意味で指導できる立場にあるということ、それは違うのだ。
指導者としての器のある者、そういう者でなければ
こういう時には、陣頭指揮はとれないのです。

あなたには、そういうリーダーシップがあるでしょう。
優秀なだけの学問僧は、融通がきかないのだ。
でも、彼らを使いこなすのはあなたです。
いるはずです。
あなたが知ってる方にもいるのです。
だから、我々僧侶軍団は、ここに本拠地を構えているのですから。

もう一度、仏陀の名誉回復のためにも、あなたが、自分が元僧侶であると
仏教関係者であると思うのならば
今一度、その名誉回復のために力を貸してほしい。
そして、それさえ残れば
今回起きたトラブルは、あとで笑い話にだってなるのです。

笑い話にしましょう。
「こんなこともあったね」って笑い飛ばすのは
あなたの得意とすることではないですか。
こういう時は、おおらかな者、屈託のない者、とらわれない者、自由な者
そういう人たちだけが、真実を見極めることができるのです。
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自分を縛ってはなりません。
さまざまな、こうあるべきであるということで、縛ってはならないのです。
仏教関係者は多いのです。
僧侶は多いのです。
すべての欲を封じるところから悟りの道が始まると
思い込みすぎているのです。
だから、魂が自由じゃない。
そこに、転落のきっかけがあるということ。
ストイックなところで、仕事ができるでしょう。
でも、そういう者を落とすのは、魔界の者は、簡単なことなのです。

逆に、柔軟性があり、融通無碍で
常に自由で、客観的に、いろいろな立場の人びとの意見がわかるような人
そういう人を落とすほうがよっぽど魔はたいへんなのです。
四苦八苦するのです。
せっかく吹き込んでやった悪い情報を
「うまうまといったな」と思うのに
次の瞬間、「あっ、やっぱり違う」っていうふうに
否定されてしまうんですね。

だから、常に柔軟でありなさい。
なぜ、このアマーリエという平凡な女性に、我々の言葉が降りるのか。
彼女をもっと見てみなさい。
仏教関係の者たちは、彼女にもっと学ぶべきだと思う。
彼女にはとらわれがないのです。
常にそうです。
風のようにいつも、さらさらさらさらと流れながら
柔軟性を常に失わず、生きている。

彼女もつらいことありました。
哀しいことありました。私たちは、昔からそれを知っているんです。
彼女が戦闘系に行った理由、知っているでしょう、みなさん。
女性だてらで戦闘系に、普通行かないのです。
そこに彼女の哀しさがあるのです。
でも、彼女はそれを逆にバネにしました。
自分でなければ、今の自分でなければ、神に仕えられない仕事はないのか。
そこで、彼女が選んだもの、それが、戦闘系だったのです。
彼女のすごいところは、どんなに失意に満ちていても
常に神のお役に立ちたいという
その気持ちだけは、失わなかったということ。
何をすれば、神の喜ばれる計画に、自分かお役に立てるのだろうか。
こんな、砕けてしまった自分であるけれど、できることを探す。
そのひたむきさ、前向きさ、その柔軟性
そこを神々が称賛されているのです。

であるならば、この自由な魂の方が今地上にいるうちに
我々が最も不得意とする、柔軟性ということ、とらわれないということ
それを学んでいただきたいと思います。

お互い学び合うことがあるのです。
この者ができないこと、几帳面に、きちっと事務的に片づけていくこと
できないでしょう、この人は。
ですが、それは、我々が得意とするところなのです。
であるならば、この人からも学ぶことを、あなた方も学びなさい。

なぜ、この人が魔に強いか。
魔は、執着と欲に爪を立てて登って来ます。
常にさらさらとした、さわやかな風のように、生きていきなさい。
何もつかむことなく
そして、神のお心のままに、自らをお役立てくださいという
愛の祈りを込めて、そうやって生きていくことが
何も難しいことを学ばなくても、難行苦行しなくても、悟りを高めていき
高級霊の言葉を入れていくことができる近道なのであるということ。

この方は、とても簡単に、それを実現して見せているのです。
難しいことばかりで自分を囲うのは
自分の内面に自信のない方のやることなのです。
自分に自信があれば、人に何を言われようと、どんな評価を得ようと
素のままの、むき出しの自分で、にっこり笑いながら
おおらかに生きていけるものなのですよ。

常に周りに対する感謝を忘れず、愛の心を忘れず
神に対する、神仏への信仰心を忘れず、お役に立てますように
お役に立てますように、お役に立てますようにというその心には
「我こそは」という思いはないのです。

無私なる思いの中で、どうかお役立てくださいという、その思いは
自我という小さなものを消滅させ、大いなる神の神理の
神の愛の懐の中に自分を投げ込ますのです。神と一体となっているのです。
そうあってこそ、小乗から大乗へと悟りが高まり
そして、大いなる愛の神の懐に抱かれながら
悟りの高みを登っていけるのです。

個我の悟り、悟りと、きゅうきゅうとするがあまり、心が狭く、他を裁き
自らをも苦しい思いにさせ、その心に隠れた欲や執着を増大させ
そこにサタンの爪が楽々と引っかかる。
その転落、それが今回の出来事、現象の一端となっているのではないかと
今のところ、我々は反省しております。

(2003.4.4 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-11-14 15:52 | 日蓮 | Trackback | Comments(0)

ラファエルからのメッセージ(5)

今、やるのはあなた方しかいないのです。
あなた方しか残っていない。
なら、あなた方がやるしかないではないかと
腹をくくる者は何人いますか?

救世主はひとりだけではない。
あなた方、みんなが救世主であるし
あなた方のクリエイティブなパワーを神の子として
本来、神が与えられた、あなた方のパワーを使ったのならばね
あなた方には何でも可能。
この地上を愛の星に変えていくこと、このルネッサンスを成功させること
この第三の計画を成功させることは
これだけの人たちがいるんだから可能なのです。

たったひとりの救世主に押しつけすぎたのかもしれないよ。
その負担で、プレッシャーで、救世主はつぶれてしまったのかもしれない。
同じことをレムリアでしてはいけない。
この人だけに押しつけちやいけない。
あなた方自身が力を出しなさい。
それは、この間、前回のメッセージで
トヨという女性が出てたときに言っていたことです。

いいですか?
絶対に、ひとりの女性が上に立ったときに
上とか下とかいうのはおかしいけれども
メッセージを受けたときは
優秀な男性たちが輩出した時代であるということを
彼女は言っていました。

覚えていますか?
中途半端な人たちが、たくさんいたのならば
時代精神というのはリードされないのです。
優秀な人たちが、ここぞとばかりに出てるからこそ
だからこそ、我がぶつかり合って、男性たちがいさかいを起こすのです。

逆に、何の力もなければぶつからない。
それぞれの系続から、それぞれの力ある者たちが
我こそはと出てきているのが、この時代であるということ。
多くの者たちがつぶれていったとしても
残っているあなた方の実力を見ればわかるのです。
ただ、それを自覚し、自分こそが頑張らなければ
この時代はリードされないのだという覚悟が足りないから
まだ、嘆き悲しんでいるだけのことなのかもしれない。

やってごらんなさい。
残された今世の人生、やれるとこまで、やってごらんなさい。
形にこだわらず、神の子として、自分の納得いく人生をやってごらんなさい。
そして、帰っていらっしゃい。
結果はいい。
どのような結果になろうとも。
その、あなた方が精一杯、頑張られたのならば
その志を継ぐ者たちが、また次に出てきます。
また、今の幼き子どもたちの中から出てくる。

でも、あなた方が全開で、命をきらめかせ、時代の炎として
光として輝かなかったのならば、次の世代はあなた方を見て
また、自らの命を燃やそうと思わないことでしょう。
あなた方が、今世、無駄に命を費やすのならば
次の世代の者たちは、あなたを見習って
あなた方のようになりたいと思わないことでしょう。

その意味において
明治維新の志士と呼ばれていた方がたを出すプロジェクトは
ひじょうに大事なことであったと思う。
彼らから学んだ、学ぶべきことを、あなた方はやるのです。
彼らの命のきらめきを、ひとつの時代精神をつくってこられたということを
わたしは心から敬意を表しているのです。

あんなふうに生きられるのです。
彼らに比べて、あなた方の何か劣っているというのですか。
ただ、覚悟だけなのです。
そして、仏陀がだめになった、何かだめになったと言うけれども
霊格も関係ない。悟りも関係ない。ね。

自分なんて、と思うからこそ、自分の命がきらめかないだけなのですよ。
自分自身におごり高ぶるのではなく、ひとつの、この時代の中で
精一杯、生きてみようと、自分の生きる場所を見つけてみようと思って
命を輝かせてごらんなさい。

そういう人たちが、どんどん、火が灯っていったのならば
インマヌエル、イエス・キリストが言った、光を高く掲げよと
テーブルの上に高く掲げよと、あなた方の神の子としての命を高く掲げよと。
その神の思いというのが、この地上に光のリレーのように
キャンドルサービスのように伝わっていくのです。
一人ひとりの心の中にある、神の子としての愛の光に灯すのです。

外から見てもわかるように灯してごらんなさい。
そしたら、その愛の光のキャンドルサービスは地球を包んでいくのです。
それはわたくしが初めて言ったことではないはずです。
ほかにも言われているはずなのです。
でも、言うことはみな同じなのです。
それしかない。

愛の光で、神の光で、この地球を灯し続ければ
愛のリレーというものは、光のリレーというものは
どんどん伝わって、点火していくものなのです。
神の子というのは、根本においては、ひとつにつながっているのです。
c0171476_1252338.jpg

よいですか?
みな、意識においては、一人ひとりは素晴らしい存在であっても
根底においては、神の子の大いなる神の意識の中においては、一体なのです。
みな、他人が、とかいうけれど、他者というのは別の者ではない。
みな、一体なのです。

ですから、多くの方がたがひとつになれば、今日本でも言われています。
何とかの猿とか
スタッフ: 『百匹目の猿』
ラファエル大天使: そうです。その理論です。

それは、わたしたちの世界から見たら当たり前のことなのです。
深層心理においては、神の子として、みな一体であるということです。
ですから、その、愛の光のリレーというもの
認識というものが、覚悟を決めて
光を灯していく人たちが多くなっていくのならば
それは深層心理において、まだ会ったことのない
地球の裏側の方がたの意識においても伝わっていくということ。
それが地球を変えていくのです。
難しい理論が変えていくのではないのです。

愛の思いが、愛のために生きようとする、その決意が
いいですか?
あなた方、地球を救っていくのです。
その、神のメッセンジャーとして、あなた方は降りている。
それ以外の存在ではないということ。

そして、わたしはその思いの中において、その法を広げるために
芸術という分野において
責任を持っているメッセンジャーであるということ。
単に、好奇心や、自分の自由奔放な表現をしたいというだけにおいて
芸術的な部分を管轄しているということはなく
あくまでも神の法のために生きんとしている、そういう者でもあります。

そして、その中において、幼き頃より歌に、音楽に、絵画において
子どもたちを育み、青少年において
青少年たちはひじょうにコンサートとか行くでしょう?
今の日本においてもね。

そういう、ひじょうに多感な、センシティブな、繊細なときに
そういうものを使って光の方向に、神の方向に導こうと
そのような方向において、わたしは指導してきたから
ひじょうにわたくし自身の姿も若者のような姿になっているし
子どもたちに対しても、ひじょうに深い愛を持ち、指導者として
教育者として当たろうという気持ちがある者でありますから
そのような個性を、まあ、そのような姿をもって
こう、伝えられたものがあるかもしれません。

でも、純粋なる芸術家というよりは、ひとつの
やはり、わたしも宗教的な意味においての
法のメッセンジャーであるという立場における
芸術的な指導というものをしております。

それはサリエルにおいても、ウリエルにおいても
パヌエルにおいても同じなのです。
法とか、政治とか、医療とか、いろいろあったとしても
それはあくまでも、神の世界をこの地上に体現するための
そのためにおける、彼らのその手段であるという
それがいわゆる、エル・ランティとか
インマヌエル、イエス・キリストのもとに
わたしたちが役目をいただいております
七大天使という者たちの役割であるということです。
そのことを、ひとつ申し上げたいかと思います。

(2006.6.17 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2015-11-11 12:05 | ラファエル | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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