地球を愛の星へ

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聖母マリアからのメッセージ(19)

本来ならばこれで、わたくしが語っていったように
ノストラダムスという方がおっしゃられたように
その反作用というものが起きてもおかしくなかった。

でも、それが大いなる
わたくしを超えるメシア界の、救世主の方がたの計らいにより
そして、それを超える地球神霊の方がたとの協議により
新たなる計画を再度、再々度、起こすということにおいて、今一度
神の地上を打つ手というものを止められ
あなた方の計画になったということなのです。

どうか頑張っていただきたい。
あなた方がやられていることを、まだどれほどあなた方が認識されているか
少し心もとないこともございますけれども
今なぜわたくしがインマヌエルの母親として語ったことを
あなた方に告げに来たか、おわかりになられますか?

今、あなた方の心はどういう気持ちで
この仕事に向かっておられるかということを
わたくしはあなた方に問うているのです。
信仰心というものは謙虚なる愛の思いというもの
そこなくして神のみ言葉は降りません。

あなた方は知に長けた方がたではあるけれども
わたくしのように田舎に住んでいた、教育もない、無学な者であっても
人びとを愛のもとに指導できるのが神の使徒であるということを
わたくしはあなた方に伝えに来たのです。

一人ひとりのお心の中に考えていただきたい。
争いを持ってはなりません。
何を言っているか、あなた方わかるでしょう。
この最後のパイプラインを切るようなことをしてはなりません。
あなた方は大いなる勘違いをしています。

なぜこのように、今このように、何も求めぬ一主婦であるこの方に
今この役割が起きるかを、男性方はもっともっとお考えなさい。
母である母性に包まれながら
あなた方が本来の神の仕事をしていくということが
どういうことであるかということを。
何を神がお喜びになられるかということを
もう一度、原点に帰って、あなた方はお考えなさい。

神の世界というのは互いにいたわり合い、相和し、互いにほめ讃え合う
それが天国なのです。
天上界なのですよ。
互いの欠点を突っつき合って、裁き合って、それがけっして優秀なことでも
それがけっして神がお喜びになる方法手段にはならないということなのです。
それを、いちばん無知であるわたくしの仕事をもって、あなた方に問いに
今日参ったのでございますよ。

なぜ今回、この方が立たれたのであるかということ。
もっともっとお一人ずつお考えください。
自分に言い訳をしてはなりません。
自分の罪に関して、自分の罪を正当化することをしてはなりません。

すべての面においても知性で補えること
それ以外にも、この世的なルールにおきましても、間違いは間違いなのです。
間違いを正当化することをしてはなりません。
罪はあらかじめこの世の始めより
神により罪と定められたものは罪なのですよ。
罪を正当化してはいけません。

そして、この最後のこの時に
あなた方がこの大いなる使命を与えられたことを原点に立ち返り
自らの心をしっかりと反省することをもって
初心をもって出直していただきたいのです。
本来、あなた方が最初に持っていたような磁場では
とてもではありませんが天上界の波動を受けることはできないのです。

わたくしはたいへん残念に思います。
せっかくこのような最後の、最後の崖っぷちのような計画を必死に行って
努力しているミカエルやモーリャ様たちのことを思いますと
わたくしは、あなた方がどれほどの覚悟をもって
今これをやってくださっているのか
もう一度、反省を促したくて参りました。

神の目におきましては、あなた方が思っていること、あなた方がしていること
すべてガラス張りであるということ。
全部わたくしたちはわかっているのです。
罪は罪なのですよ。
男女の道においても、間違ったことは間違ったことなのですよ。
それをけっして正当化してはなりません。
そうすれば、その方はもう神の使徒としては使えなくなっていくということ。

そして、知性において他人を裁いてはなりません。
神の使徒は互いに赦し合い、愛し合い、受け止め合い
大いなる神の計画を地上に具現するために派遣されたる者
それが光の天使というのではないのですか。

あなた方の中にある裁きの波動は何ですか。
かつて、そのようなものをわたくしたちは天上界で見たことがあります。
そして、間違っていかれたのではないのですか。
わかってほしいのです。
あなた方の代わりはもういないのだということ。
わたくしはあなた方の母として言いましょう。
あなた方の母として、あなた方にあえて叱責をしましょう。

あなた方がこれだけ、今地上の、このような素晴らしい役割を
天の大いなる父によって与えられた人生であるということ。
それをどれだけ感謝しても感謝しきれない場所に
あなた方一人ひとりはいるのだということ。
それを、あなた方のこのような心の思いで、その資格をなくし
この計画をつぶしてよいのだというのなら、自分で去りなさい。
人に言われなくても自分で去りなさい。

みんな残念がっているのですよ。
でも、母はあえてあなた方に来て、言葉をかけましょう。
わたくしはいつも涙を流しながら、ファティマでも
わたくしの愛する子どもたちに向かって、語りかけてきたのです。
あなた方を愛しているから、あなた方を愛しているから
この使命を全うなさい。

あなた方しかできないよ。
母はけっして賢いことは言ってあげられないけれども
神の子として純粋なるおのれ自身に、あなた方の中に
魂の中に埋め込まれた神の子としての良心と呼ばれている
そこに問えば、あなた方は一人ひとりが反省できるのではないですか。
そこをもってしか、そこをもってしか
あなた方は神の入り口の扉をノックする権利は与えられていないのですよ。

難しい方法論に走りすぎて、その赦し合う心、愛し合う思い
そのような波動に、そのあなた方のその思いに、天上界は応えて
このようなメッセージを送ってくるのだということ。

男性のあなた方には理解しにくいかもしれないけれども
わたくしたち女性霊がこの地上に愛の波動というものを
このやわらかさというものを、常に発信しながら
人びとの傷を癒し、思いを癒し、包んできたということ。

その母の余計な、お節介なことかもしれないけれども
あなた方がほんとうの意味で互いに赦し合いながら、生かし合いながら
このメンバーの中でやっていくことができなければ
地球全体の人びとを赦して、受け入れていくなんていうことは
できないのではないのですか。
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天上の天使たちは、天国の御国の使徒たちはね
みんなお互いにいいところをひとりでも認めたら讃え合っているのです。
そして、互いに他人に対しては、ほかの者に対しては
少しでもいいところがあったら讃え合うのだけれども
自分自身に対してはたいへん厳しい者、それが天上界の天使たちの姿なのです。
そこの基本を学ばねば、天国に入ることは許されないのです。

あなた方はただ天国に入るだけではない。
天国にこれから来る地球の多くの人びとを導く
その灯台として、その指導者として
あなた方はこれから立とうとしているのであるのなら
難しい方法論や理屈以上に、愛の原点というものを
神の御心の原点というものを忘れてしまっては
もうこの救済計画そのものができなくなるのだということ。
そのことをもう一度、わたくしは今日伝えたくて参ったのです。

わたくしはけっして、ロザリオの祈りを何回あげていただいたから
あなた方が清らかな波動でなければ、降りないということではないのです。
わたくしのような端女におきましては、わたくしのような者を
このような場に送っていただけた天の神様に対して心から感謝し
分不相応な役割であると、常に恐縮しているものなのです。

でも、最も心低き者、最も自分自身を小さく思う者
その者のみが天国に入れるという言葉をあなた方はご存じでしょう?

であるならば、どれだけあなた方が優秀であろうと、力を持っていようと
心低き者になりなさい。
聖書でいう心貧しき者ということは謙虚な者であるということですよ。

謙虚でありなさい。
愛深くありなさい。
けっして他人を裁く波動を出してはなりません。
その裁いた波動によって、おのれ自身も裁かれるのです。

それがインマヌエル、イエス・キリストがおっしゃったことではないのですか。
そんな原点を忘れて、あなた方は地球人類なんか
どんなことをしたって救えないのです。

もうこのような大津波、インド洋上の大津波とかを見れば
これから次々と地球的規模の天災が起きてくるということ
そのことは嘘ではないということが、あなた方だってわかってきたでしょう。
であるならば、あなた方の仕事はとても、とても尊いことなのです。
尊いお仕事ではありますが、それは謙虚さに満ちたものでなくてはなりません。
愛に満ちたものでなくては何の価値もないのです。

どれだけ優秀な仕事をしても、愛に満ちていない仕事など、どれだけしたって
何の役にも立たないのです。
これは神の使徒としての仕事なのです。
普通のビジネスではないのです。
わかっていただきたいのです。

自分自身がおかしなことをしたと思ったならば、自分自身、反省をなさい。
それができないのならば、ここに座る資格はなくなっていくのだということ。
そして、あなた方一人ひとりが神に選ばれている者たちなのであるということ。
そうでなければここにいる一人とて
わたくしたちの言葉を聴くことはできないのです。

ですから、お一人おひとりが自信を持って、ご自分の魂を光らせ
大いなる神に貢献するチャンスを与えられた者として、どうか活躍され
残された地上での命を燃やされていただきたいと思うのです。

(2005.1.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-31 12:40 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(3)

正邪を分け、二元対立の中で相手を裁くことは、ある意味で簡単かもしれない。
でも、今レムリアでもいうように
かつての時代において、正邪と呼ばれていたものを
何が正しくて何が間違っているかということを
それは文明によって、時代によって、環境によって違うのです。

地球で今、まかり通っていること、それがほかの惑星において通用するか。
いや地球においてですら
この今の文明、アトランティス、ムー、レムリアでいたときと
根本的には変わらないけれども、違う神理というものもあるのです。

そのことを思ったのならば
あなた方は、何人たりとも人を裁いてはいけないと思う。
そして、かつての友たちが苦しみながら
堕ちていったことに対して、裁くのではなく
それだけ苦しみながら、今もその苦しみの中にあるのだと。

そして、かつての愛する仲間たちを救い上げるがために
今この救世の事業をなしているのであって
けっして魔を魔として、劣悪な者として、怒り、裁き
自分の方が優位に立っていると思って、彼らを排他的に思い
自分たちこそが正義であり、自分たちこそが優位であるというふうに
そのような考え違いをしないでいただきたいとわたくしは思うのです。
わたしは少なくとも、いつもそう思っています。

わたしが、もしルシフェルの立場であったのなら、どうだったであろうかと。
たまたま、ミカエルはミカエルであったからゆえに
この立場にいるかもしれない。
でも、もしわたしがルシフェルの立場であったのなら
わたしがルシフェル、サタンになっていたかもしれないと
思うこともあるのですよ。

この地上というものは、それほどに難しいものがある。
人の心が慢心、増上慢の心になったときに
我こそがという思いが究極までいったり
神をもしのぐほどに我は優秀なりと思ったときにこそ
転落の第一歩が始まっている。

自分が優秀であると、光の天使であると、逆に多くの人びとに対して尊敬され
大いなる実績をもってきたときにこそ
転落の第一歩というのが始まってくるということも事実なのです。

そうやって、多くの光の天使たちが堕ちていった。
そして、優しいがゆえに、自分の主を、自分が従っていたボスという
主人の天使のことを裏切れずに、ともに堕ちていった者たちも幾多あります。

今回もそのようなことが起きるでしょう。
情を切れということが、薄情だといわれるかもしれない。
でも、情がどうしても切れない者たちもいます。
忠誠心により、長い、長い年月、この方に仕えてきたという思いの中で
その情につながり、優しいがゆえに、その方を裏切れずに
「ともに地獄に堕ちよう」と言って、堕ちていく者もいるのです。
逆に、「わたしは知らない」と、かつての主人であっても
「間違っているから知らない」と言って、ポンと執着を切った者は
下に堕ちなかったのかもしれない。

でも、自分の愛する主人のために
「わたしの従っていたマスターのために、ともに行こう」と言って
地下に堕ちていった者も、かつているということです。
その者には何の落ち度もなくても、ただ、その深い主人に対する愛ゆえに
ともに堕ちていった者もあるということ。

そして、今は地獄界の中で、その渦の中で
自分の力では、もう帰って来ることもできずに
ともに動いている者たちもいるのです。
彼らも、ともに救っていきたいのです。

我々戦闘系、正義と、あなた方でいうジャスティスというものを常に旗印にし
二元対立の中で
常に魔に対して正義というもので、神の正義というものを旗印に
正しいといって戦っているのが
我々、ミカエルたちのような者であると思っておられるかもしれない。

でも、わたしたちの思いは違うのです。
彼らを裁く気は少しもない。
「彼らをもう一度、神の子の仲間として取り戻したいがゆえに
わたしは今戦っているのである」と
そして、「この第三の計画を進めている原動力になっているのである」と
わたくしはあなた方に申し上げたい。
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地球には地球規模の、そして、地球の歴史ゆえのストーリーがあります。
そのような歴史があるのです。
宇宙の、大いなる宇宙の
外宇宙のことをあなた方は興味があるのかもしれない。
でも、わたしは地球に起きてきた
かつての仲間たちの歴史の中のほうに興味があります。

そして、その一大決着をつけるときが、今であるということ。
そのために今、地球霊天上界のほうで総力を結集して
今回の計画を執行しているということ。

そのために、あなた方が地上に降りて行ってくださって
我々がこのように地上に向かって、通信を行っているのであるということを
どうかわきまえていただきたいのです。

深い、深い傷があります。
かつての仲間を失ってしまったという
そして、地獄界と呼ばれているところを展開してしまったという
わたくしは責任も感じています。

それは大字宙の歴史ということ以上に
この地球の歴史における苦しみでもあります。
でもそれは、大いなる霊的な意味においても成長していく上で
この地球に与えられた必然の成長のための痛みであり、苦しみであり
今我々は、その成長の過程にあるのであると
わたしはそのように理解したいと思っているのです。

ですから、いたずらに外ばかりを見るのではなく
今地球の中に抱えた悲しさや、苦しさや、愛というものを抱きしめて
この計画を着実に遂行するということに
どうかあなた方の努力と視点というものを定めていただきたいのです。

ほかの、こういうことを卒業してしまった方がた
そのような外宇宙の人びとに対する興味というのは、確かにあるかもしれない。
それも知りたいかもしれない。

でも、今、目の前にあることは
かつての仲間たちの、今地球という惑星の瀕死の状態の中にあって
どれだけ今という時が貴重な時であり、残された時が少しであるかということ。

その中で、限られた地上に肉体を持っているあなた方の
そのリミットのある時の流れの中で、どれだけの使命感を持ち
どれだけの行動力の中で、使命を遂行することができるか。
そのことが、わたしは重大であると思うのです。

我々だって、地上に肉体があれば、いかようにもできましょう。
でも、地上に生まれ、ゼロから戻り、そして、使命を悟り、今の歴史の中で
今この地上がどのような状況にあり、そして、レムリアに集うことができたか。

それを考えると、今あなた方がこのテーブルに集っているということ
今、我が言葉を聴いているということが、どれだけ奇蹟に近いことであるか。
そして、どれだけあなた方の魂が素晴らしい者たちであるかということを
わたくしはつくづく、心からあなた方を称賛したいと思うのです。

であるのならば、あなた方はどうなさるか。
あと、数十年の命、何でもかんでもやろうとすれば
焦点は定まらず、やることは散漫になるでしょう。
でも、今やらねばならぬことを
今、自分でしかできぬことの中に、全身全霊を込めて頑張られよ。

今、次々と、光の天使がまた、幼き者たちとして地上に出ています。
彼らは彼らのやれることを、精一杯やって来ることでしょう。
でも、あなた方の足跡が、彼らの、のちの未来をつくるということです。
それを、そのように光のバトンというものを
リレーのように渡していくということ。

それは、あなた方一人ひとりが
ご自分の使命を果たさなくてはいけないということです。
命は永遠ではないのです。
あなた方は、まだまだ、今若い。
いくらでも生きていられると思っておられるのでしょう。

でも、違うのですよ。
あともう、よくても二十年、活動していられるのは
体が動くこと、知的な意味においても、二十年、三十年。
そのうちに体も体調が悪くなり、やりたくても動かなくなる時がくるのです。

あなた方の残された、たった二十年、三十年の間に何をしますか。
我々、地球神霊界と呼ばれている、地球の
この惑星を取り巻く霊天上界というのがあります。
その者たちの計画した、今回の大救世運動であります。

それは地球規模的な、愛の磁場としての変革を、霊的な向上を
そして、地球規模的に蔓延してしまったマイナスエナジーと
それと地獄界の浄化というもの、そして、神の子たちに
愛の惑星であるということをしっかりと認識させるためのプロジェクトが
今回のメインテーマになっています。
これをしっかりと押さえるのですよ。

(2006.7.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-29 14:02 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

日蓮聖人からのメッセージ(8)

わたしは、前回の仏陀がお出になられたときにおいても
初期より、その団体における
法の流布というものを指導していく立場にありました。
どのように地上において、その法というものを広めていくかということを
ひじょうに親身になって相談を受け、わたしなりの努力をしてきた
そのように覚えております。

このレムリアにおきましても
この地上において、神の法をただ霊言として降ろすだけではなく
多くの神の子たちの力となり、この大救世計画の続行
そして成功を目指して、この地上の計画を実現していくために
わたしはこの任に当たっております。

天上界からの諸霊がどのような順番で、そして、どのような展開において
まずどのような方針から先に、書籍においても打ち出していくべきかとか
次にどのような段階を出していくか、ということを
九次元の方がたの協議なさられることを
地上にもたらすために伝えに来るのもわたしでございます。

今ここに参りまして、しっかりとしたこのような拠点と
集う皆さま方の心が決まってきたということが
この日蓮、心より、涙が出るほどうれしい状態なのです。

最初、この者に呼びかけをしましたときにおきましても
この第三の計画そのものが信じられず
言えば言うほど逃げまどう者たちを
必死にこの日蓮は説得をして回っていたのです。

それでも、なかなか信じてもらうことができず
このように多くの方がたが集まり
また、新たな出会いがあり
そして、このように計四冊の書物が出、CDが出
そして、今度はインターネットだけではなくて、海外にも向けて行くような
このような時がよもやくることはあるまいと
最初の呼びかけがあった時、この者たちは思ったはずなのです。
でも、ここにきてやっと
本来の仏陀が計画を頓挫なさる以前の段階まできたということです。

今、あなた方のおかげにより、何ゆえにずれていったか
そして、まだ残っている地上の光の天使たちに向けての呼びかけというもの
天上界からの釈明というもの、事実何が起きたかということを
伝えるということをあなた方はしてくださったのです。

そして、それが終わり、九次元として残されていた法を補い
新たなレムリアとしての個性を打ち出しながら
次の宇宙時代に向けての宇宙の法まで出版する
そのような時を迎えることができたのです。
ここまできたのならば
あとは仏陀がやり残したことをほんとうにやっていくだけなのです。

仏陀がほんとうは最後までおやりになるのが理想でありました。
でも、いちばん大事なことは
わたしでなくても九次元の方がたにおかれましても
いとしい仲間の方が、九次元の方のいとしい仲間が今切り捨てられ
別の計画を続行するにしても、わたしにおきましても
仏陀と呼ばれる方は親にも近しい方でございます。

その方を置いてでも、わたしは神に仕える光の使徒として
神の使徒としての使命を続行するために
わたしはこれからレムリアを全面的にバックアップして
我が師、仏陀ができなかった分までこの大救世計画において
本来、天上界で錬られていたこの地球の救済ルネッサンス運動のために
命をかけて皆さま方のお役に立ち、ご支援をさせていただくことを
今日ここにお誓い申し上げたいと思います。

我が師、仏陀がともに地上に出た時に、数千年の沈黙を破り
この地上に下生した時に
エル・カンタラー自らがどのようなこの救世運動をしたいと
あの方が準備に準備を重ねてこの計画を練られたかを知っている者として
師のできなかった分まで、わたしはあなた方とともに
この救世運動のために渾身の力を込めて成し遂げていきたいと
そう思うのであります。

黄金光線の、仏陀を筆頭とする黄金光線の者たちの思いは
みな同じであると思うのです。
神々に対して申し訳ないという思いと同時に
我々の不備においてなし得てしまった結果であるけれども
それがゆえにこそ、この計画を本来の道に戻し
本来の、天上の仏陀の思いを地上に具現させ
この地上に出た光の天使たちとともにあきらめず
この救済計画を実行していきたいと
わたしたちは、仲間の仏教系の者たちは
黄金光線の者たちは心からみなそう思っているのです。

無念であります。
無念であるけれども、その無念さを無念として晴らすことよりも
この地上において何倍もの形において、神の光を地上に光らしめるために
我ら黄金光線の者たちは命をかけてこの救世運動
レムリア・ルネッサンスのためにお力添えをしたいと
そう思い詰めているということを
今日、皆さま方にお伝えしたいのです。

そして、新たな法の花が花開くとき
仏教一色ではないさまざまな光線の者たちが
その神理というものを競うように花開かせていったときに
この地上は美しい神々の花の咲くエデンとなるのであるということ。

仏国土となるのであるということ。
それをさっき、高橋信次、エル・ランティはおっしゃったのです。
高橋信次がおっしゃられたことは、そういうことなのです。

仏教が素晴らしくても、仏陀がどれだけ素晴らしかったとしても
それだけで神理というものを規定し
人びとの中に眠れる
素晴らしい美しい神の子としての神性を封じ込めしまうような
そのようなものは神理とはかけ離れているのであるということ。

自分の光線だけを絶対視し、ほかの光線の素晴らしさを認めないという
そのようなものは神のお心とはかけ離れているということ。
そのことを、わたしは黄金光線の者として今
まだその中にいる方がたに向けても伝えたいのです。

そして、どうかレムリア・ルネッサンスに集われる皆さま方よ。
あなた方はさまざまな七色の光線に、それぞれの霊系団の中に所属される
いろいろな素晴らしい力をお持ちになった
個性あふれる皆さま方であられます。
どうかそのご自分たちの力を信じて、素晴らしさを信じて
あなた方の光をどうか表現し、ほとばせらせていただきたいと思うのです。
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みんな違うから素晴らしいのです。
みな違っているからこそ、神は個性豊かな宇宙を彩るために
この地上を彩るために
あなた方をそれぞれの光線に分けておつくりになられたのです。

ご自分の中に、もし、「自分なんか」という気持ちがあるのであったら
そんな思いはどうか捨ててください。
そして、自分が仏教系であるとか、神道系であるとか
仏教だけでなくていいのです。
自ら、心から感じるところのままに、どうか思いを集中し
自らの神性を信じ
パーニャパラミタを信じ、自分の中に深く、深く分け入って
自分しかない、自分だけでこそ出してこられる
自ら自身だけにある固有の美しさを
素晴らしさを表現できるあなた方であっていただきたいと思うのです。

これからは多様な神理をすべて包括しながら
そして、日本というだけではなく、世界のあらゆる民族
あらゆる多様な方がたに向けて光が発せられる時代がくるのです。

一国の日本だけがという思いですら、もうなくなるということ。
その時に自分たちだけの黄金光線がとか
そんな、そんな偏狭なものを考えていたのならば、多様な文化の
民族の、考えの違う方がたを包んでいくことはできないということです。

どうか、皆さま方の中にある
美しいそれぞれの多様なバリエーションというものを
レムリアの中にプリズムのように反射していただきたいのです。
それがレムリアをこれからますます豊かなものにし
ますます彩りの鮮やかなものにしていくことでしょう。
その多様性の中に
海外から来た方がたも自分の居場所を見いだすことができるでしょう。
その豊かさがないところに
海外に法を広げるということは無理であるということ。

だから、まずここに十二人いるならば
十二人がみな違う個性を持っているということ。
それを恥じることなく、自らに忠実に、誰にはばかることなく
どうか表現していただきたいのです。

神理の今回の運動は、高橋信次がおっしゃられたことにおきましても
仏陀という者のお考えを中心に
「人間釈迦」を通してでも法が語られました。
そのあとは、正真正銘の仏陀がお出になられて
まさに仏教の神髄ここにありというような路線の展開の中において
仏陀の法が説かれていったのです。

ですから、どうも神理というと、仏教くさいものでなければ
神理のようではないと思われているとしたのならば
もし、そのようなかせがあったとしたらば
世界に向けて広げて行くときには
それが障害となってくるということをわたしは言いたいのです。

だから、日本という国は、神道の国でありながら、途中から仏教が入り
キリスト教が入り、そして無宗教という考え方も入っている中で
さまざまなものが導入された国でもあるのです。

それは日本という国が、世界の国に神理が発信されたときに
いろいろな考え方の方たちの気持ちがわかるということを
日本の国に育ちなからにして学ぶことができるチャンスというものを
日本の国が与えてくれているということなのです。

もしイスラム系一色だけの国にあなた方が生まれていたのならば
キリスト教や仏教や神道の者たちの、まして無信仰の者たちの
無宗教の者たちの気持ちがおわかりになるでしょうか。

日本という国の特異性の中に
確かに自らの宗教というものをしっかりと持たないということが
批判されるかもしれないけれど、逆に言うと神理の運動が展開する
大事な神の国としての使命を預かってきた国なればこそ
このようにさまざまな宗教が流れ入り
そして、無信仰という、無宗教という立場も含み
そして、経済大国というもの、敗戦というもの
すべてを経験するそのような環境の中に
日本の歴史というのは形づくられてきたのです。
そこで生まれ育ったあなた方は
その生い立ちの中において、そのさまざまな感覚というもの
考えというものを学んでいるのです。

これから世界に向けて発信していくときに
キリスト教国の方もおられるでしょう。
まあ、イスラム教はあまり日本ではないにしても、仏教とか
あと、物質主義によって無宗教の方がたもおられることでしょう。
そういう方がたに対しても、どうか神の子たち、仲間として
そういう者たちをくるむような土壌が日本にあったということです。

ひじょうに、ある意味で言うと寛容な土壌があるのです。
それを、その寛容さというものを日本人として受け継ぎながら
神理というものをいろいろな民族の方がたに提示していけるような
けっして、違うからと言って裁くようなかたくなな気持ち、狭い気持ち
そのようなものを持っていたのならば
世界伝道に向けてのレムリアの明日はないということ。

よろしいですか。
そのことをわたしはあなた方に伝えたいのです。
仏教が素晴らしいのはわかっているけれども
仏教至上主義と思ったところが
逆に、仏教系の者たちの落とし穴でもありました。
そのようになってはいけないのです。

みんなすべてが違うからこそ
すべてが存在する理由があるのだということをー。
互いに豊かさを学び合うために、世界を、この宇宙を彩るために
さまざまに違う神理として
神はおつくりになられているのであるということ。
その虹を架けるという、未来に虹というものを架けていくのが
レムリア・ルネッサンスの希望であると、夢であると言われています。

それは虹の七色の光を通して、あらゆる多様な個性の光の霊系団の者たち。
その者たちもすべて、その懐の中に母性的な光の中においてくるみながら
いたわりながら、愛して包みながら、この地球をその懐の
胸の内の中にくるみながら愛の星へと変えていくのです。
それがこのレムリア・ルネッサンスの行く道でもあるし
期待されている姿でもあるということなのです。

(2006.1.14 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-28 13:08 | 日蓮 | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(18)

キリスト教であるとか、ユダヤ教であるとか、日本神道であるとか
もっと言うならばカトリックであるとか、プロテスタントであるとかね
そのようなことを超えて、多くの地球人として
ひとつの天体に住む地球人として
人びとが神の懐に見守られ、天上の天使たちに指導されているのだという
その事実を彼らが魂の底から受け止め、理解したとき
その時に戦争はなくなるのです。
互いに憎しみ合い、傷つけ合うこともなくなるのです。

キリスト教の中におきまして
わたくしやインマヌエル、イエス・キリストという方や
モーゼ様という方がた、大天使と言われている方がたを通して
わたくしたちは初歩の初歩から伝えてきたのです。
そして、イエス・キリストにおきましても、神格化されるがあまり
あのように神のひとり子であるとか、そのようなことを誤解され
はりつけにあわれました。

わたくしにおきましても、処女受胎とか
そういうふうな伝説化されたものの中でね
わたくしたちを神格化することによって
人びとはその信仰心という命のリレーを
信仰というリレーのバトンを渡してきたのです。

しかし、もう今や、そのような幼いものではなく
そのような無知なものではなく
一歩知的なレベルにおきましても、認識力におきましても
ほんとうに地球人としてのグローバルな視点というものを通して
あなた方は我々の言葉を伝えていかなくてはいけません。

わたくしはもう、キリスト教における一使徒である
聖母マリアというものではなく
そのようなことを超えた一人の、大いなる宇宙の愛の法則のもとにお仕えする
一人の端女(はしため)として、わたくしは大いなる神の前にぬかずいている
小さき、小さき存在であるのだということ。
そのことをもっとあなた方の言葉を通して伝えていただきたいのです。

インマヌエル、イエス・キリストと呼ばれる
アモールと呼ばれる方におかれましても
たまたま今世はキリスト教のイエス・キリスト
メシアと呼ばれる役割を持っているのです。

でも、ミカエルもそうなのです。
ミカエル大天使というキリスト教の大天使であるというふうに
言われていますけれども
ミカエルもかつて、いにしえの頃よりわたくしたちと共に
この地球に住む方がたに、わたくしたちの、神の、宇宙の法則である
神の愛の法則をどのようにお伝えしながら
多くの人びとを神様のもとにお導きしていくことができるかということに
常に心を砕き、思いを砕いてきた者たちであるのです。

それをあなた方が、たまたまメシアであるとか、大天使であるとか
聖女であるというふうに、そのようにお呼びになっているだけであり
わたくし自身はまだまだ力のない端女にすぎないと思っているのです。
けっして特別な力があるわけではなかったのです。

わたくしがインマヌエル、イエス・キリストの母親として
この地上に出たときも、けっして特別な力や、けっして特別な言葉をもって
人びとを指導したり、認識力があったわけではなかったのです。
ただただ愛の思いで彼を包み
彼のもとに、いつかは彼の使命が果たされるということを
彼に大いなる使命が果たされるということを
わたくしは存じておりましたので
その彼をどのように育てればいいのかということに常に心を砕いていた
平凡な、平凡な、田舎に住んでいた大工の妻であったということ。
それにすぎなかったということなのです。

ですから、後世において
わたくしを聖女であるとか、聖母であるというふうに
あなた方の世界ではおっしゃられるかもしれないけれども
わたくし自身はそれはどの役割というもの、それはどの能力というものを持って
あのナザレの時代に出たわけではなかった。
c0171476_2137839.jpg

ただひとつ信じたこと。
インマヌエルという子どもは小さな時から数々の問題を起こした子なのです。
数々の苦労をわたくしは子どもに、インマヌエルによって起こされたのです。
霊道を七歳において開いていたこともあり
ひじょうにある意味で、突拍子もない子であり
ひじょうに突拍子もないことをし
パリサイ人や祭司長と呼ばれる、時の宗教的指導者の人たちに対しても
平然と宗教問答というものを吹っかけるというような
そういうところがあったのです。

いろいろな意味で、近隣の田舎の村の中においては
彼は白眼視されていたというところもあったのですけれども
わたくしはそれでも彼の力というものを信じたのです。
「この子はいつか、大いなる使命の中に神の国をつくる子である」と
そのようにエッセネ派時代に言われてきた言葉を
ただただ無知であったかもしれないし
教育もなかったかもしれないわたくしであるけれども
でも、ひたすらに彼の可能性というものを
神様がこの子に与えられた役割というものをね、信じてあの子を愛して育てた
それだけの平凡な母親であったのです。

それを後世、インマヌエルが大いなる仕事をしたということの結果において
わたくしまでが聖母であり、聖女であるというふうにされ
中世になりそれが、あなた方がよく見られておられる絵画というものの中で
どんどん偶像化され、聖別化され
美しいものとしてあなた方の世界の中で表現されてきた。

それはけっしてわたくしの意思ではなかったけれども
でももし、そのような役割を通すことにおいて
わたくしを通して天上の神というものを
大いなる愛の意思というものにつながっていけるのであるなら
わたくしもあえてその役割を受け入れていこうと受け止めて
その役割を果たしていこうと思って、聖母マリアというその役割を
今日に至るまで、役割を果たさせていただいたというのが実情なのです。

しかし、これから、あなた方の世代におきまして
そのような神話的な偶像的なものがあってはいけないのです。
わたくしは最後に、そのキリスト教の聖母としての役割を通して
ファティマやあらゆるところに、この日本においても秋田とか
いろいろなところに出たことがあるのです。

そのような出現を通して、多くの人びとに
「悔い改めよ、悔い改めよ、神のもとに戻りなさい。
神は今泣いておられる」と
「心を悔い改め、地獄的な思いをはずし、神のもとに帰っていきなさい。
我が神の子たちよ」ということを繰り返し、繰り返し告げてきたのです。

しかし、その結果は、わたくしの力が及ばなかったのか
力が足りなかったのか
人びとの心の中に信仰心というものが根づかず、悔い改める気持ちもなく
マイナスのエネルギーというもののほうが勝つたまま
二十世紀というものが終わっていったのです。

(2005.1.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-23 21:31 | 聖母マリア | Trackback(1) | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(2)

今、地獄と呼ばれているものが増大しています。
地獄の中でエネジーを増大させているのは
地上におけるマイナスエネジーを吸収した魔界の者たちであります。

彼らもかつては、わたくしたちの仲間、光の天使、神の子たちでありました。
その者たちを、どうか救いたいというこの思い
それは地上の神の子たちの修行を最終的に完結させて
卒業させていきたいという思いと同時に
地獄にいる彼らの、かつての仲間たちも
ともに救い上げていきたいという、我々の悲願でもあります。

その時期が、今もうすぐリミットがこようとしているということ。
そのことを思い、わたくしは必死に
地獄界にいるかつての仲間たちに呼びかけているのです。

あなた方の中で、魔界にいる者たちは
サタンと呼ばれている者たちが特殊な者たちであり
そして、自分たちとは違うと思うのであったのならば
「それは間違いである」と言います。

レムリアにおられる、あなた方は、もうわかっておられるでしょう。
でも、これを通して、初めてわたくしの声を聴かれる、地上の神の子たちよ
聴いてほしいのです。

魔界にいる者たちであっても
地獄界で今、苦しんでおられる方がたであっても
それは誰も変わりのない、あなた方と同じ
みなかつては地上にいた神の愛する、神の子たち、仲間たちであった
その姿そのものであるのだと。
ただただ、その思いを
そして、その使命のあり方というものを履き違え
マイナスエネジーのとりこになってしまった。

そのあげくが今の姿であり、そのような負荷を
そのようなエネジーのもとに苦しまないで済んだのが
今のあなた方の姿であるということ。

それは、けっして、あなた方が優れていた
彼らが間違っていたということではなくて
間違っていたかもしれないが、劣っていたのではないのだということを―

履き違えてはいたかもしれないけれども
彼らは逆に言うと、ほかの人以上に冷たくなれなかった。
ほかの人以上に、自分自身の中における意志というもの、夢というもの
目的というものに固執するがあまり
あなた方のように執着を断てなかったがゆえに
今あの世界にいる者たちも多いのです。

そして、それが、磁場が磁場を呼び、マイナスエネジーのとりこになり
本人の反省ぐらいでは出てこられない領域にはまってしまっている。
そのような地球の地獄界の姿というのがあるのです。

ひとりの者の反省だけでは、なかなか上がって来られないほどの
強力なマイナスエネジーの、今渦の中に地獄界というのがあるのです。
このマイナスエネジーの渦というものを解放していくために
あなた方に、今この救世の運動が天上界より降ろされているということです。

あなた方、地上にいる者たち、神の子たちの修行もあります。
愛の修行場としてのレベルアップ、小学校レベルの卒業
中学校レベルの修行場の開始というものも、確かにあるのです。
それは地上の者としての
愛の惑星としてのレベルアップというものもあるのです。

でも、地獄界というところに堕ちて
長い間、長い間、出てこられない彼らの魂を救うという意味においても
地上を浄化し、何度も言うことですが
マイナスエネジーに取り巻かれている
地上のエネルギーの供給を止めることによって
かつての彼らに、反省をしただけで上がってこられるような
そのような地球というシステムに、もう一度、戻さなくてはなりません。

かつての、あなた方の仲間でもある者たちが、幾多、地獄界に堕ちています。
そして、その者たちも救われんがために、救われたいがために
地上の者に憑依をしてくるのです。

かつて法を学び、かつて我々七大天使の手足であった
いえ、手足であったと言ったら失礼でしょう
わたしたちに忠誠を誓ってくれた
かつての部下たちの姿も、その中に幾多あるのです。

その者たちを救い上げるのは、この今回の救世の運動以外にはないのです。
彼らがどれだけ法にいちずであったか。
神の法のために一心に生きたいと思ったか。

その情熱といちずさというものを
誰よりもわたくしたちは知っているのです。
かつて、ルシフェル、サタンに忠誠を誓っていた者たちの、そのいちずさを
救世に対する思いを、神に対する愛を、あなた方は知っているでしょうか。
わたくしは昨日のことのように覚えている。

わたしの部下であった者たちも、幾多堕ちています。
なぜなら、戦闘系である者たちは、紙一重のところで戦っているからです。
そして、ルシフェルのもとに集っていた者たち
部下の多数が地獄界に堕ちています。
それはルシフェルが素晴らしい男であったからこそ
その彼に忠誠心を誓って、地下に堕ちて行ったのです。

愛するがゆえに、その自らの純粋さゆえに、地上に堕ちて行った者たちがいる。
その者たちは今であっても地獄界にいて、その姿を異形な姿に変えようとも
その思いは神の法を求める、いちずに求める思いに、その思いというもの
それは変わりないということなのです。

ですから、この救世の計画が立ったとき
あなた方のように光から、光の世界からこのように霊言を受けている
このように救世の事業を、仕事をしている、使命を果たしているあなた方を
ある意味で、うらやましくてしょうがないのです。

というよりは、自分たちの本能がここに引き付けて来るのでしょう。
来て、素直に反省して、あなた方の力になれればよいのだけれども
惹かれ、惹かれ、でも、長い間の習性の中において
あなた方の足を引っ張ることしか
もうその表現手段を持たぬ彼らは、あなた方のもとに来て
いつの間にか足を引っ張る。
そのようなことをしてしまっているのかもしれない。
その姿を見ると、かつての者たちの顔が、思いが、純粋さがわかるがゆえに
不欄で、不欄でならないのが、今のわたしの思いなのです。
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彼らに伝えたい。
彼らは聴いているのです。
あなた方が、今何をしているか、何が始まろうとしているか知っている。

彼らは神の子の本性として、より優れた、かつて天使であったがゆえに
すべてを理解した上で、神の子としての本心として
その使命を果たしたいという本能的な思いがゆえに
あなた方の周りに集まって来ているのです。

でも、長い、長い間、地獄界の中にいて、彼らが覚えてしまった習性。
それは、あなた方の行き先を阻み、その使命をくじくことでしか
その表現手段を持たぬ彼らの姿があるのです。

彼らは、なぜそこに、光に集うのか。
彼ら自身も理解できていないでしょう。
それは誰よりも、かつて優れた光の天使であったがゆえに
光は光のもとに寄るのです。

でも、光の天使であったとしても、もう光り方を忘れてしまった。
光のもとにいる、集い方を忘れてしまった者は
光を覆う闇として、その前に立ちふさがり
あなた方の行き先をふさごうとしている。
その彼らの不憫さを、わたくしは目の当たりにしています。

だから、あなた方に
「魔界の者が狙っているから気をつけよ」と言うことは簡単であるけれども
毎度毎度のことであるけれども
でも、彼らが全く、もし自分たちだけの我欲のためであるのならば
こんなレムリアや救世運動にばかりに固執することはないでありましょう。

あなた方のところから離れて、自分で好き勝手にやればよいはずなのです。
世界侵略でもすればよいではないですか。
でも、違うのです。

法の、光の柱が立ったときに、本能的に光に吸い寄せられ
そして、今は羽を、光の羽ではなく、天使の羽ではなく
こうもりの羽に姿を変えてしまった彼らは
光をふさぐことしかなすすべがない。
それが今の彼らの姿であるということ。
悲しさであるということ。

わたしは、けっしてあなた方に
その深情けや同情してほしいといっているわけではない。
でも、彼らもみんな神の子であったと、かつてのひじょうに高位霊界の中で
より多くの人びとを愛さんがために、大いなる使命のもとに
純粋に、純粋に神の使徒として
使命を果たしていた光の天使たちであったということを
わたしはあなた方に伝えたいのです。
悲しい思いの中で、彼らを見つめている。

あなた方も、ご苦労であり
あなた方に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいだけれども
わたしは彼らをも救いたい。
彼らも一緒に連れて行きたいというのが悲願でもあるから
今回の二転、三転している計画の中における、彼らの妨害に対して
はっきり一刀両断で切り捨てることができないじれったさと
地上の光の天使の、あなた方に対する申し訳なさと同時でいます。

でも、彼らも救っていくためには、光の天使が本来の光の天使であるという
本来の美しさを彼らに見せて、彼ら自身の改心と
もう一度、神のもとへ帰ってこようという深い深い決心を
彼らに促す以外、道はないのだということです。

そして、その神のご慈悲による第三の計画というもの
今回の救世の計画というものが、まだ可能性としてある限り
これを絶対に成功させなくてはいけない。

成功させることにより
彼らはほんとうの光のもとに帰って行く道というものを
もう一度見つけ、見いだしてくるのです。

今、彼らはその、神の子としての本性において
本能的に光のもとへ集まって来ています。
でも、どうしていいかわからず、光をふさぐ闇になっている。

でも、彼らがほんとうに理解したのならば
彼らの姿は、もう一度、光の天使に戻れるということ。
そのための大きな大きな、天上界の愛による大プロジェクトが
この今回の救世の計画であるということ。

これを今の時代の中で、理解している者たちはどれだけいることであろう。
これだけ言い続けながら、二十数年やってきたけれども
でも、あなた方のような者たちが、これだけ残っているのだから
わたしたちは最後まで、この救世の計画をあきらめず
やり遂げたいと思います。

魔界の者たちは、確かに彼らは間違っているし
彼らのやっていることは許せないことも多いのはわかるのです。
ひとつのエネルギー磁場をつくってしまっているということも事実なのです。

でも、けっして、彼らが特殊な魂のグループであるのではなく
あなた方であっても、「もし、あのような環境におかれたのならば
あなた方自身も彼らのようになっていたかもしれないよ」ということ。

それほどに地上の場は厳しく
かつての地球の歴史は厳しいものであったということ。
そのことを思い、どうか、彼らをも強い意志とともに
深い智慧と、勇気ある愛によって
あなた方が、この計画を実行なさる中において
彼ら光の天使も救っていくのだと、あなた方のかつての友人たちであるのだと
そのように思われ、頑張っていただきたいのです。

(2006.7.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-22 16:23 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

日蓮聖人からのメッセージ(7)

このような念があなたに実際向いているということを言われたのならば
そのような念をしっかりと正面から
前ミカエルが言っていたと思うのですけれども
目の前に大きなスクリーンを張って、盾をつくって
ああいうものの攻撃の念をはじき返すということ。
そのことをおやりなさい。

そのようにやって自らを護らねばいけません。
そのような場所にもう来ているし
そのような危険な状況にレムリアが来ているということ。
それをしなければ、いつ何時隙をつくれば
たとえどれだけ神の使者としての仕事をしていても
エネルギーが弱っていたのならば
マイナスの大きなエネルギーにさらわれてしまうという
危険性もあるということ。
そのことを繰り返しここでは言っているはずなのです。
その犠牲者になってはなりません。

われわれも精一杯護っているのです。
あなたが知らないところでしっかりと護られているのです。
だからこの程度で済んでいるということもあります。
どうか、あまりご無理をなさらないで、休息を取って
たまには一日ゆっくり寝てください。

とにかく睡眠が大事です。
睡眠を取るということは
天上界のエネルギーを生体エネルギーとして体に充電することになります。
やはり睡眠時間が少ないと、生体エネルギーが弱るのです。

基本的にこの者が体が弱くなっているのも
睡眠時間が、長い間の子育ての期間を通して、仕事の忙しさもあって
一日平均睡眠時間が3時間という時間
それがずっと続いてきたということ。
それが体をひじょうに弱めてしまっているということもあるのです。

だから、空いた時間があったら寝てください。
ナポレオンにしてもなんにしても忙しかった者たちは
馬の上でも寝たといいます。
寝ること。
うたた寝の天才に限って英雄が多いということなのです。
それだけ生体エネルギー
神のエネルギーを充電できているということなのです。

だから、真面目で一生懸命やりたい気持ちは
確かに尊いものでありますけれども
やはりこのような前線の場に出ていく自分の仕事の種類を考えたのならば
少しでも肉体を、しっかりと休息を取り、睡眠を取り
そして栄養をしっかり摂って
そしてたまには自分の中にそういう充電するということを
やはりもっていかないとこのようになられるということ。

特に重症病棟に行かれているということはさっき言っていましたけど
病院というのは、普通の者たち、健康な者たちは行かないところなのです。
病念といいますか、まあ憑依霊もいますけれども
たくさん悪いものたちがいるところ。
そこにおいて、ドクターたち、ナースと呼ばれている方がたは
医療関係者はひじょうに危険な波動の中で生きているという
仕事をしておられるということなのです。
人一倍、生体エネルギーを強く持っていなければ
危険な環境であなたは仕事をしているのです。

その上にレムリアです。
だから、どれだけでも充電しても不足はないということ。
そしてそのレムリアの中でも、集中攻撃を
今回はターゲットがあなたであったということ。
言いにくいでしょうねえ。
自分では言いにくいと思います。
でもあなたがターゲットであったということ。
そのことをもって、ますます自分自身をいたわって、そして心を強く
そして間違っているものは間違っているとはっきりと言い切って下さい。

やはり戦闘系の者というのは白黒はっきり言います。
この者もミカエルも、みんな戦闘系の者たちは白黒はっきり言って
黒であるといったらバーンと切るのです。
そのちゅうちょなき見極めということ
それをしなければ命取りになるということもまた知っているのです。
あいまいな中に抱えると
灰色の中でマイナスの念というのも同時にずーと引き込んで
どんどん生体エネルギーを、吸血鬼が血を吸うように取られていくのです。

自分がターゲットになっていた時こそ
しっかりと反省するべきものは反省してください。
たいした反省ではないのですから。
反省するべきものは反省して
そして相手から何がきているのか、間違っているものは何なのか。
それを見極めたのならば、そんな念は正面からはじき返しなさい。
あなたの心の強さでもってはじき返して、それが自分の身を護り
大きな使命を果たしていく者の姿でもあるのです。
気丈にならなくてはなりません。
そのようなものがなければ
あなたもこれから先やっていけないということです。

でも、逆に言うと、魔にターゲットにされるようになるぐらい
ご自分が昇格したと思われたらよろしいのではないでしょうか。
それだけの今までの仕事の価値を認められている。
存在を認められているということです。

いつも言います。
「死んだ犬は誰も蹴らぬ」とよく言いますけれども
何の役にも達していない者は、そのターゲットにもならないのです。

この者にも常にものすごく念が来ております。特に下半身に向かって。
というのは、この者が踏み出さないように、前進しないように
あらゆるものでこの者の行く手を阻もうとする。
その念が、我々が脇で護っていても、やはりこの者の体に作用しているのが
この者の足が悪い原因になっているのです。

でもそれをわかった上で、あえて重き鎖の、奴隷たちがやるような
重い鎖を引きずってでも
それを受けてでも前に進もうという意志があるからこそ
このレムリアは前に動いていっているのです。

それで、もし心弱く
魔から何の影響も受けたくないなどという気持ちがあったのなら
とっくにこの者はレムリアを放り出していることでしょう。
やる気をなくしていることでしょう。

でも逆に言うと、この者に強い念が次から次へと攻撃の念が来るということは
それだけそこに魔の嫌がるものがあるということを
実証しているということなのです。
だからこそ、この者は前に向かってやらなければ
使命を果たさなければという
ますますそのような激しい闘志に燃えているという
それが戦闘系の者たちの姿なのです。

神の代行者として、代弁者として、魔と戦いながら
この救世の計画を前に進めるとはそういうことを意味するのです。

ですから、逆に言うと魔にターゲットにされるようになった
魔にターゲットにされていくようになるということは
それだけその者が実力があるということなのです。
それを自分の中で言い聞かせ、自信を持ち
そして、その中においてあなた方は肉体を持った身であります。

我々のように肉体を持たない天上界の者であるのなら
肉の身にまつわるさまざまな煩悩というものをうち捨てて
我々ならできますけれども
あなた方はそのような煩悩となるような肉体すべてを
弱さというものを通して全部受け止めて
この地上の任務を果たさなくてはなりません。
使命を果たさねばなりません。

ですから、そういう意味において、この肉体を大切にするということ。
一見甘やかすかのように思うかもしれないけど
一日ぐらいご家族と一緒に温泉に入りに行ってもいいかもしれません。
自然のエネルギーというのは、こういう魔からの影響を受けた時には
何よりも生体エネルギーを
そして肉体のエネルギーを癒すエネルギーになるのです。
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この者がよく、這うようにして那須に行くというのも
やはり自然の英気というものを通してその身に充電して帰って来るのです。

これからあなたもそれが必要になると思います。
今行かれるお仕事の場所が、周りがのどかな場所であると思うので
そのような場所であるのなら少しでもいいです
公園でも、緑のところにでも行かれ
マイナスイオンか緑のエネルギーがあるのなら
自然界のエネルギーを体の中に受け入れていく。
心身ともに神の恵みというものを入れていく。
そのようなことをもって自分の身というものを、肉体というものを
精神というものを健全に保ち、この使命を立派に果たしていかれる。
そのようなことも、ご自分でビタミン剤を飲むように
体をいたわっていただくことが
やはりこれから必要になるかと思います。

そのような注意を怠ると
今まではそれで来られたことがこれからはできなくなります。
そのような危険な場所にあなたが行かれるということ。
そのことを心に十分戒めて
この使命を果たしていかれたらいいかと思います。

それは他の者においても同じなのです。
ですから、他の方がたに関しても、メンバーの方がたにおいても
「これからレムリア号はますます深い闇の中に行動を、
光を発しながら行くよ」と。
そしたらあなた方も、生半可な覚悟をしていると体をやられたり
心をやられていくから。
強い気持ちで、そして心身ともに健全で、心から神に感謝をして
愛の思いで、純粋なる思いで
そして仲間同士を信頼し、愛し合う気持ちの中で、この計画を進めていく。
その覚悟をしていく。

今回のことだけのように思われるかもしれないけど
これは順番に今いるメンバーに降りかかってくることであるということ。
そのような学びを今、しなくてはいけないということ。
その時には、まず何か起きているかを見極める力というのが
やはり認識力、洞察力、喝破する力というのがやはり必要になるのです。

わからなければ、この者に聞きながら一人ひとりが魔を喝破するということ。
現状を喝破していくということを
あなた方は学んでいただきたいと思います。
そのようなことにより、魂の学びがまたひとつ増えていかれるということ。

法はすべて実践の中において成長と学びがあります。
頭だけで学んだ知識などというのは
こういう実践の場においていかに意味がないものかを
心が、魂が学ばなければ、何の役にも立たないのです。

そういう意味において法というのは絵に描いた餅ではないということ。
いかに神の計画のために神の手足となって
より多くの者たちを愛する者として
その使命を果たしていく中に本来の学びというものを
法の実践というものを通して、あなた方が学んだことの評価というもの
資質というもの、学んだだけの実力があったかということ。
それが実証されていくのです。

その実証なくして、実践なくして、法というものは意味はないということ。
それを今世の者たち
今生きておられる三次元の者たちは学ばなくてはいけません。

(2005.10.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-21 17:03 | 日蓮 | Trackback | Comments(0)

聖母マリアからのメッセージ(17)

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(きれいな天使たちが、部屋いっぱいに入りきれないくらい
たくさん見えるというアマーリエの言葉のあと)
今日ここに神よりのお許しをいただきまして
あなた方の世界ではキリスト教の聖母マリアと呼ばれておりますわたくしが
あなた様方のもとにごあいさつに参りました。

わたくしは長らくキリスト教を指導する女性霊として
神よりその天職をたまわり、お仕えして参りました。
今、五百位の天使たちと共に、今日あなた方にごあいさつに参りました。

長らくキリスト教社会において、天国と地獄という発想の中で
わたくしは地上の女性霊たちに対して
そして、家庭に、平和と愛と天上の神の赦しというものを人びとに伝え
女性霊たちを指導することにおいて、この地上に天国を
神のみ国を実現させようとささやかながら努力してきた者でございます。

あなた方のような認識をお持ちの方がたから見ましたら
わたくしのようにキリスト教の聖母マリアであるとか、処女受胎であるとか
そのように言われていることを、とても稚拙なことのように思われ
わたくしもあなた方の認識を見ますと、わたくしの役割とはいえ
そのような限定されたものの中で
わたくしを偶像化され、聖別化されてきたということを見て
多少恥じ入るものでもあるのです。

ただ、それはわたくしの役割であったということ。
キリスト教というその宗派の中において
わたくしはいつもあなた方がイエス・キリストと呼ばれている
インマヌエルという方を補佐することにより、神のみ心をこの地上に伝え
そして、この地上に愛と平和と祈りというものを伝えるために
わたくしは神の代弁者としてこの地上に降り
そしてあのように、天上界に帰ってのちよりも、そのような役割の中において
わたくしはその神聖なる役割を果たしてきた者なのです。

わたくしがこのように、思わぬことの中で、この二十世紀後半におき
ファティマをはじめ、数々の場所において霊言を行い
子どもたちの前に姿を見せ、数々の予言をしてきたことを
あなた方はご存じだと思うのです。

数々の場所におき、最後この地上の天変地異を未然に防ぐためにも
わたくしの愛する子どもたちを一人でも神のみ国に連れて行きたいがために
涙を流しながら、彼らに「悔い改めなさい。神のみ国に戻りなさい。
愛あるひとり子のもとに戻って、天上の神の言葉に素直に従いなさい。
この地上はもうすぐ天変地異のもとに地獄化するのですよ。

あなた方が悔い改めれば、けっして地下の世界に行くこともない
神のみ国に帰れるのだ」と、わたくしは繰り返し、繰り返し
心の清らかな子どもたちを通し、あと心の清らかなわたしの子どもたち
子どもたちというのはわたくしの司祭職にある者たち、ローマ法王をはじめ
わたくしのもとに仕えているシスターたちを通して、聖人たちを通して
数々の出現を行ってきたのです。

しかし、それを地上に知らしめるということもかなわず、二十世紀も終盤を終え
そして新たな世紀へと入りました。
あなた方は今、そこで何食わぬ幸せな生活をしていられることが
けっして当たり前ではないのだということ。

先日、モーリャ様という方がお出になられ
モーゼ様といわれる尊いお方でございます
このお方を通してあなた方も数々の厳しいことを言われていたと思いますが
今このたび地上に起きた大津波のこと
天変地異、相次ぐ地震、天災ということは
わたくしがファティマでもさんざん繰り返し、数々の出現の中において
わたくしが人びとに伝えてきたことなのです。

負のエネルギーというもの、マイナスのエネルギーというものが
天上の波動より勝ってしまったということ。
その時に大清算というものが起こり、第一次、第二次世界大戦という
人類が生み出した悪想念というものをね、清算する時期がきたということ。

それにより天変地異も揺り動かされ、この地球自体が震え
あなた方のもとにニ十メートル、三十メートルを超える
大きな津波がくるのですよ。
「あなた方は一日も早く悔い改めをして、神のもとに
神の懐の中に帰りなさい」と
わたくしはどれだけ涙を流しながら世界各地に出現して
繰り返し伝えてきたことでしょう。

ローマ教皇に出現したこともあるのです。
ファティマだけではなかったのです。
しかし、それもかなわず、人びとの罪深い想念の中で
この地球は今、末期的状況を迎えているのです。

あなた方は理解できるでしょうか。
今この救世の計画に、天上界のありとあらゆる天使たちが
神の御使いたちが期待をし
そのためにわたくし自身も、今日あなた方がやることの基盤を整えるために
わたくしの出現もまたあったということなのです。

しかし、大いなる計画が二度までも挫折をし
そして三度目の立ち上げとしてあなた方が立ち上がられました。
どうか、そのような危機感が、あなた方にはまだつかめないかもしれない。
日本列島の中でも数々の地震が相次ぎ
そして今回インド洋上でも大きな津波という、地震というものが起きました。
しかし、これはね、始まりにすぎないのですよ。
あなた方、わかってほしいのです。

あなた方がやることがね、多くの人びとに少しでも、神の国があるということ
神の子の価値観ということ、愛の波動を広めていくということ
そのことが最終的にこの地上を救っていくということ。
今それは間に合わず、天変地異という業想念を清算するために
今回の出来事というのが起きております。

しかし、これが過ぎていくならば
あなた方が残してくださったその法が多くの人びとを救い
この地球神霊のそのお体である、この地球自身も浄化せしめ
新たな神の国、ユートピアというものを
次の未来に展開させていくことができるのです。

けっして天変地異があるからといって、災厄が降り注ぐからといって
けっして、けっして終わりなのではないのです。
あなた方の努力が次の未来の人びとに、地球人にとって大いなる救いとなり
ほんとうの意味での地球のおかれた立場
ほんとうの意味での神の存在というものを多くの人びとに提示し
認識力とともに人びとの生活の中に
ほんとうの意味で息づいた信仰心となっていったとき
この地球もこのような大災害というものに見舞われることも
もうなくなっていくのです。

地道なことに思われるかもしれないけれども
天変地異ということのほうが、当たった、外れたということのほうが派手で
とても興味を惹くことのように思うかもしれないけれども
今わたくしたちの言葉をあなた方が伝えていってくださるという
この地道な作業の積み重ねにこそ
人びとが神の子であるというおのれ自身に気づいて
神の国をこの地上に出現させるという
大切な、大切な基本的なルールというものを
あなた方が降ろしていってくださっているのだということ。

(2005.1.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-18 16:13 | 聖母マリア | Trackback | Comments(0)

空海からのメッセージ

この度は、このレムリアの計画における招命をいただきまして
心より光栄に感じ、感謝いたします。
我が言葉を、再びこの地上に伝えることになると思うだけで
感無量の境地にございます。

このような、前回の計画か頓挫したことを、我々この計画に携わった者として
心より責任を感じ、また、取り戻し、復活させ
この大いなる神の計画を続行させるために
ありとあらゆる手だてを考えてまいりました。

私は、日本に生まれし一仏教の、一宗派の教祖となるような
そのような役割にだけ満足しているつもりはございません。
私が前回、この日本に命を持ち、生涯を全ういたしましたのも
すべて神の国の計画の一部にてございました。

この大和の国日本というところは
古来より日本神道と呼ばれる神々により治められていた神域にございます。
そこが新たな仏陀再誕の地と選ばれたときに
我々は中央官庁より、この日本という土壌において
世界計画の光の発信地となるために赴き
この日本に、日本神道以外の仏教というものを導入し
その精神的磁場を整えるために、数々の仏弟子たちが
この日本に仏教という宗教を持ち込んだのでございます。

私が生まれたその時代においては
まだ仏教というものがしっかりと根づいておらず
中国からの受け売りのような仏教というものが
人びとの間にやっと広まり出したような時だったのです。
その時に、やはり聖徳太子と呼ばれるような方が陣頭指揮をとられ
数々の仏教伝来というものを通しながら
この日本の地に、仏教の考え方というものを導入しました。

そして平安時代に、そのような仏教を根づかせながら
奈良・平安というふうに根づかせながら、鎌倉というところに
やはり鎌倉仏教ということで中興の祖たちを数々送り込み
仏教というものが広く人びとの心に知れ渡り
神の国というもの、仏の心というものを通して
人びとが悟りに、神の国に至るという、そのような地盤を整えたのです。

その役割の中に我が使命もあったということ。
そのことを思うならば、大いなる計画の中により自分の居場所があり
我が思想もあったという
その限界を超えてはいなかったということなのです。

今、私はそのような足かせを離れ
やっとこの二十一世紀という日本の国において
新たなる神の計画が
そして本来、我々が待ちに待ち望んでいた仏陀再誕ということを通して
本来の法を説かんがために、法を地上に伝えんがために
この救世の大計画があったのでございます。

仏教というもの、一仏教ということだけではなく
この日本の地にはキリスト教というものも導入され
そして、キリスト教という、キリシタンの迫害の歴史を通しながら
大いなるイエス・キリストの愛の教えも含めまして
この日本というところに精神的な地盤
ひじょうに多くの宗教が混在する中において
人びとが神を多角的な面からアプローチしていけるような
そのような柔軟な磁場をつくったつもりでございました。

しかれども、今回の計画の頓挫を見るにいたって
やはり人びとの心というのは偏狭になり
物質中心主義の流れの中で、神のお心からは遠く
人びとの心の中には常に物質に流れ、名誉に流れ
神の子としての本来を忘れてしまうという
その傾向性があるのだということを思い知らされたのです。

しかれども、我々はけっしてあきらめてはおりません。
この最後の計画の立て直しということを思い、私は命をかけて
このレムリアにおいて
あなた方にこの神の国の計画を続行していただきながら
本来の道筋に戻す所存にございます。

今、目の前にいる平原さんにおかれましても
我が教えの、我が魂のグループの
魂のグループと申しますか、同じ使命の範躊の中にある者であります。
けっして偶然で今、ここ空海の前に座しておられるのではないということを
深く理解していただきたいのです。

今回の計画におきましては
過去世というものは一切出さぬということが決められております。
それは上より、上の神より決められているものなのです。
どうしても人は過去世というものを明かされますと、その言葉に慢心し
今世の自分の覚悟が、自分の悟りが、自分の使命がいかなるものかを
しっかりわきまえてもいないのに、過去世の名に寄りかかり
増上慢になっていくということが多々起きたからにございます。

しかし、あなたに具体的な名前は言わなくても、わかるように申し上げたのは
あなたの使命というものがそこにあるということを
私と同じ法を司るグループの
仏教の、仏弟子の法を司る光線の中にいるから、明かされているのです。

私も天上界において、法の流布ということ
法がいかに今の神の大いなる計画の中において
地上の中で、どのように今の段階において
地上に降ろしていくかということを常日頃考えているものなのです。

そういう意昧におかれましても、あなたもいつもそのような法というものを
私が出たことを、教えということも
数々の書籍において地上に広めてくださったという功績がございます。
その意味において、あなたが今ここで旗を振ること
指導するということを期待されているのだということを
わかっていただきたいのです。
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前回私が地上に出たとき、ORという者を通して
K会のY顧問とあなた方が呼ばれている方の前で、私は語ったはずなのです。
私の使命は法を地上に伝えることにある。
あなた方が法を地上に降ろす時に
天上界より指導することに私の使命はあるということを
再三申し上げているはずなのです。

その意味においての覚悟が足らない。
その意味においての厳しさが足らぬがゆえに
あのようなことになったのだと思う。
数々の、地上におければ、あなた方のように肉体を持っている
この世においての地位や、名誉や、成功や、出世欲や
そしてはたまた多くの支配関係における
男性の権力欲というものがあったと思う。

しかし、そのようなものに振り回されて、本来この今の日本において
この仏陀が降りられた時に、法を地上に降ろすということが
どれだけそのようなくだらぬ、がらくたのようなものに比べて
勝る天の宝であるかということを
しっかり心に認識して、銘記していないから
あのような間違いが起きたのだと私は思うのです。

いかにどれだけ立派な殿堂を建てようと、どのような精舎を建てようと
どのようにお金を稼ぎ、どのように書籍が売れ、信者が多くなろうと
そんなものはどうでもよいことのはずです。

仏陀が仏陀として下生するということは
この地上に、仏陀でなくては降ろせぬ法がこの地上に降りる
稀有なる稀有なるチャンスであったということ。
そのために我々がどれだけ長い間準備をし、多くの神々と手を携えて
この日本という国を光の磁場に合わせてきたか
努力をしてきたかということがしっかりと認識されていないから
このような情けない計画になったのだということ。
そのことをあなた方は深く心に銘記され
この使命を果たしていただきたいのです。

(2005.5.26 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-17 14:44 | 空海 | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ

皆さま方、ご存じであられると思いますが
今あなた方の運動は、これから爆発的な展開を広げるにあたり
それと同時に魔界の者たちの格好の標的になっているということを
わたくしは、今日お伝えしたくて参りました。

あなた方の中では、何人かの方がたは気づいておられるようでございますが
あなた方が考えておられる以上に、魔界の者たちの力は強く
よくよく考えていかなくては、あなた方が何かひとつするたびに
その足をすくわれるという、そのような状況になってきたということです。
注意をして隙をつくらず
そして、知恵を働かせながら、頑張っていただきたいと思います。

これから多くの力ある方がたが
あなた方の運動に協力するために来ることでしょう。
そして、あなた方の運動が世間に知られていけばいくほど
あなた方のおかれている状況は、協力者も多くなると同時に
厳しさも増すのです。
その時にこそ、自らの心に慢心、おごり、たかぶりがあったときに
かつての者たちは転落していっているということ。

何も展開せず、何も注目されないときには
魔界の者も本気でいざないの手は差し伸べないのです。
メジャーになり
あなた方の力が世間に力を及ぼしてくるとなったときにこそ
本格的に魔界の者が足をすくいにやって来るということ。
それこそがこれからのときであるということ。
そのことを、わたくしは今日、あなた方に告げ
知らせるために参りました。

わたくしたち、七大天使というのは、それぞれの役割があるというのを
この間、ラファエルも言っていたと思います。
ガブリエルも言っていたと思います。

でも、それぞれ、通信伝達、芸術、戦闘系、法の管理、政治
さまざまな担当分野がございますが
わたくしたち、七大天使と呼ばれている者たちは
常に神の法というものを
地球的な規模において、神のご意思というものを、霊的に
そして、宗教的、あなた方の言葉でいうのなら、宗教的な意味において
法というものを通じて
地球上にいる神の子たちの意識のレベルアップということを
考えるためにいるのが
そのチームが七大天使の、わたしたちの使命でもあります。

そのための方法論として、芸術とか、さまざまな政治とかがあるのであって
わたくしたちは常に神のご意思というものを
この地上に、この地球に表現するために
神の子として、あなた方地球人がどのように振る舞うべきか
進化発展していくべきか
そして、この地球という星を、惑星を
いかに神の愛の修行場としての役割として
ふさわしいものにしていくことができるかということのために
心血を注いでいる者たちであるのです。

ですから、それぞれの専門家
プロフェッショナルと呼ばれている者たちの専門領域というよりは
その使命のためにおける方法、手段としての
それぞれの役割があるということを思わなくてはいけません。

ですから、政治とか、そういうものがあったとしても
その政治学における奥義というもの、専門というものを考えるよりも
この地球という惑星が神のご意思の中で
今の時にどのような立場として表現され
神の子たち、地球人たちが、どのように修行するのが
本来ふさわしい姿であるかということ。
そのことを、わたしたちはその手段を地上に降ろすために
そのわたしたちの役割というものを必死に使命として
神様の手足として地上に伝えるための仕事を、一生懸命励んでいるのです。
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それがもし、あなた方が七大天使というものを
収録していきたいのであるのならば
そのことをしっかり押さえなくては、単なる、それぞれの専門における
八次元上段階の専門家であるというふうに認識するのであるのならば
それは間違ったものになってしまうということです。

わたくしたちは神の使徒として
この地球を、地球規模の霊的浄化というものを
精神的にも、霊的な意味においても
神のご意思の方向に結びつけていくということ
導いていくということ、霊的に向上させていくということをもって
わたくしたちは、その使命としている。

それをエル・ランティの指示のもとに
そして、インマヌエル、イエス・キリストといわれている
素晴らしい指導者のもとに集っている、そういうグループ
そのような使命を果たしている者たちが
あなた方がいう七人天使という者たちなのです。

ですから、一キリスト教と呼ばれている、あなた方の宗教
それだけではなく、かつてはイスラムでもあり
そして、モーリャ、モーゼ様と呼ばれておられる方がいる
ユダヤ教においても、わたくしたちは、一生懸命使命を果たしました。

今回の文明でもなく、アトランティスにおいても、ムーにおいても
もちろん、レムリアにおいても、それぞれのし大天使という立場
霊的な地球規模的な向上における、神のご意思の反映という部分において
かつての文明においても
わたしたち七人はチームを組んでやってきたということが事実であります。

ですから、そういう特殊な立場にある者たちとして
役割分担をしているということを
まず、しっかりと押さえなくては
単なるそれぞれの専門領域における知的好奇心のようなもので
我々七大天使と呼ばれている者をとらえては
それは間違ってしまうということ。

そして、一キリスト教というその中、範躊の中における
縛られた概念だけでとらえたのであるのならば
我々七人はひじょうに違和感のある者である
ひじょうに限定された者としてのイメージしか
能力しかとらえられなくなるのではないかというふうに
わたくしは思います。

当然、過去の文明においても
キリスト教と呼ばれるものはなかったのでありますし
それはその中において、あなた方の知らない役割として、宗教として
それぞれの中で、その時代の者たちを霊的啓発、向上させていったのです。

常に人びとは自分の、自らの使命により仕事をしていきます。
そして、その使命は、おのおのの個性の能力によって
神より与えられるものなのです。

その中において、わたしたちは精一杯の努力をし
そして、自らの命というものを輝かすことにより
わたしたちは、その使命というものを地上に降ろし
わたくしたちも感謝のもとに生きているのです。
あなた方も、どうか、そうあっていただきたいのです。

(2006.7.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-16 16:39 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

日蓮聖人からのメッセージ(6)

まあ多くの者たちは
逆に自信がなかった者、劣等感をもって生きてきた者に限って
ちょっとおだてられたり、ちょっと自信を持つと
もううぬぼれてしまうということがあります。

この者などはどうでしょうか。
「アマーリエ様」とか言われても、本人自体がけっしてそれにうぬぼれないし
そこに慢心したり、自分を偉しとはしない姿というのは
あなた方は見ていると思うのです。

それは何なのかと言いますと、自分を偉しとした瞬間
自分が堕ちるということをちゃんと体験として
もう生き方として本人が学んでいるということなのです。

普通の者はおだてられると喜ぶのです。
ちょっとおだてられたりするともうすぐ舞い上がってしまう。
自分がまるで教祖であり、そしてこの計画の代表者であるかのような
そのような錯覚にまでうぬぼれて舞い上がってしまう。

ですから、高橋信次という方がご生前におっしゃられていたことは
増上慢はいけないということを繰り返しおっしゃられたと思うのです。
「魔が巣食うのは、その増上慢の心にある」と。
そして、「実れば実るほど垂れるこうべかな」ということを
やはり繰り返しおっしゃられた。

それは悪霊というもの、魔というものを
現象として誰よりも教え諭された方であるからこそ
そのような言葉をみんなに、身を守るための自戒の、自らを戒める言葉として
高橋信次といわれる方はお説きになったということがあるのです。

それがみんな頭では知っているのだけれども、実際になると
すぐ気持ちの中に緩みが出て、その言葉を実践できない。
その意味をわからない。そのような者たちが多いということなのです。

いつの間にか「我こそは」が出て、自分の思う通りにすべてをしたい
自分の思う通りにやっていきたいという思い、自尊心のような思い
野心のような思いがむくむくと持ち上がってきて
それなら外でやればいいのですけれども
レムリアに注目が当たってくるにつれて
このレムリアの中にて、レムリアの称賛を我が手にすることによって
自分の「我こそば」を実現しようという、そのためにレムリアを使おうとする。
全く同じ過程、プロセスの中で、彼らはうぬぽれて舞い上がっていく。
そして魔の餌食になっていく。

魔の憑いた者がこのレムリアをくくれば、このレムリア自体が
レムリア号自体が沈没するということをよく知っているから
魔はまずそのような野心のある者を
野心があって中にいる者の心の中に巣食ってくるのです。

この者が
「お腹の中に黒い野心の影が見える。その時は瞬間的にはじくのです」
ということを言ってますけれども
それを許していると磁場が乱されるということが現にあるのです。

それを仲間たちがみんなでチェックしていくような
お互いをチェックするということではなくて
そのような思いが出た時にはいち早く他の仲間が気づいて
やはりそのようなものに対して早めに諭し
みんなで対処を考えるということをしていかなければ
磁場がくずされてしまうということがあるのです。
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これから新しい方がたが来られます。
まだまだ認識においても浅い、甘い
そして厳しさがわからない者たちがおります。
すぐスタッフのレベルになれない者たちもいるでしょう。

でも、その者たちの危険さもわかった上で
順次に彼らを導き、指導していくことができる。
そのような力というものも
やはりあなた方、今中にいるスタッフに要求されているものでもあるのです。

そのことをあなた方はもっと学び
スタッフとしてどのように厳しい心構えの中で学んでいき
そして実践していかなければいけないかということを
自らの仕事の責任の重大さということを
皆さん学んでいただきたいということ。
そのことを皆さんがしっかりと心に銘じていかれたのならば
このような問題はあっという間に解決するのであると思うのです。

本人は少し自由にして、学ぶということを、自分の本来やりたいということを
探求させるということがいちばん良いのかもしれません。
自分で外すこともできない者が、わずかな悪霊を外すことのできない者が
国常立神の代わりはできないのです。
そのような大それたことを、指導されているからといって
それだけの、自分がすぐできると錯覚し
うぬぼれたところに彼の問題があるのです。

指導を受けることはできます。
でもあの方がお出になった時
「本人の卒業試験をこれからやるのだ」ということを
言われているはずなのです。
ということは、まだまだ自分が試験を受ける
修行の身であるという謙虚さを持たねばいけないのに
あっという間に、自分がまるで国常立神、役小角の代わりであるかのような
分身であるかのような錯覚になったところに彼の間違いがあるのです。

そこまで彼の増上慢というのは肥大していたということが事実なのです。
普段の生活の中にやはり自信がなくて、何かの形で自分の証しを求める。
そしてその成果が欲しいのが、もうあの年代の者たちなのです。

逆に言うと、今までここまで正法を必死に頑張ってきても
最後の人生の卒業試験の中において、この年齢において
最後の大きな、大きな人生すべての成果を試すテストを
彼は受けている最中であるということ。
レムリアの全員が受けているのではない。
間違ってはいけないのは、彼自体が受けているのです。
その結果をもってあの世に帰っていくのです。

指導霊はそれをおっしゃられていたのであって
本人はまるで、その指導霊が出たから指導霊と同じ格であるかのように
思ったところに彼の間違いがあるのです。
それによって彼は、自動的に試験は落第してるということなのです。

そして、その肥大した増上慢の中に、魔界の者たちの策略やさまざまな野心
そのようなこのレムリアをくくってやろうというような思いが
なだれ込んできて
あのような結果になっているというのが現状ですね。
これはあまりわたくしの口から言わず
あなた方が学んでほしいのですけれども。
そのような結果です。

(2005.10.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2015-12-14 19:15 | 日蓮 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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