地球を愛の星へ

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イエス・キリスト/アモールからのメッセージ(4)

私たちの世界から、臓器移植というものを見ているときに
この永遠の命というものを
神の子たちが有しているということを踏まえると
肉体は修行する地上の舟であるというふうに認識されていると思います。

その意味において、もし幼き者であっても
たとえば多臓器不全のような症状で生まれてくる者には
やはりその者が悪いということではなくて、その者にはその者の修行
そして、過去世よりのカルマの打ち消しになるような状況というものを
自らが設定して出てきているということがあるのです。

ですから、だったら、他の臓器を持ってこなくて
死んでいくほうがいいのかというと
たとえば、そのように今、伺ったような
肉親がその子の命をいとおしんで
自らの体の臓器を提供してでも
その子を生かしめたいという思いそのものは
自分の身を捨てた愛の思い、愛の行いであります。

そして、その臓器において、ご両親やなにか他の肉体においても
その子どもを生かしめたいという思い、愛の思いに満ちて
その子どもの体に移植されていくわけです。
それは、やはり愛の循環となって
その子どもの肉体においても受け入れられることはひじょうに多いのです。

愛が命を救っていく。
その流れにおいて、一面的だけの部分で
臓器移植が全部悪いというふうには私は思わない。
そのように理解しております。

愛において幼き者を救っていく。
逆にそのような状況、シチュエーションというものを
その親子が設定してきているということもあるのです。

いちばん大事なことは、みずからの命を捨ててでも、愛のために
愛を育むために、お互い生かし合って
今回、生きているのだということを学ぶことが
いちばん大事なことであるということなのです。

そのことによって、その子の命が長らえたということは
親に対する最大の感謝にもなるでしょうし
そして、その親にとっても、その子に自分の身を裂いてでも
その子の命を救うことができたということは、別な意味で
その子の親になったということの段階においてもそうですけれども
愛を恩返ししたということにもなるのです。

それは、輪廻転生の仕組みは、ひじょうによくできておりまして
その子ども自体も、その親になる方から愛を受けるということが
逆にお互いに、愛を返し合うという形になるために
お互い親子という形で生まれている場合もあるのです。

そういう意味において、愛を与え合うという、その美しい姿は
臓器を移植するということ以前の問題として、それは美しい姿です。
そして、それは他の方においてもあり得るのです。

たとえ、肉は、肉身において、血はつながっていなくても
自らの命は先に亡くなっていくけれども、この命を、この臓器を
どうか多くの方がたのために役立てていただきたいと。

もし愛の思いで亡くなっていかれた方であるのならば
その臓器がそれを求めている方がたに移植されていくときに
その肉体の中において、あまり反発というものが起きずに
また新たな命として、その方に貢献できることを、その臓器も喜び
その与えられた方においても修行が続行し、そして肉体を持ち
愛を与えられるということがどれだけ尊いことであり
命をいただいたということが
どれだけ感謝の思いが湧き上がるかということ。

そして、その感謝の中で、今度は多くの方がたに
この幸せを、喜びを
返していこうという思いになられるのであるのならば
そのきっかけになるのであったのならば
その臓器移植というものは、周りを生かしめうる
周りの方がたにとっても、命というもの、愛というもの
自分の命を捨ててでも愛のために生きるということの
尊さというものを学ぶ
素晴らしいチャンスをくれた、人生のチャンスとして
臓器移植というものがひとつの縁として
彼らに学ぶことができたのならば
それは素晴らしいことでしょう。

そして、その臓器も喜んで、その方のところにいって拒否反応なく
その方の命を長らえるということも
現在、世界中で行われていることなのです。

いちばん問題なのは
その亡くなっていく方の意識が、自らの命を捨ててでも
他の方の身体の中において愛を生かしめる
愛を与えていく存在になろうという覚悟なくして亡くなられて
そして、その本人自体が
まだ肉体がすべてであると思って、肉体から出られない
その肉体だけ、死んだら終わりであると思って
しがみついているところに
いきなりまわりの肉親とか、その親たちが出てきて、了解もなく
まだ肉体の中に入って、生きていると思っている者の身体を切り裂いて
臓器をみんな持っていったのならば
その肉体の中にいる魂自体がたいへんな思いをし
その魂自体が救われる道が、逆に難解なものになってしまうのです。

それであるのならば、昔から行われるように、ちゃんと葬って
肉体ごと、あなたは亡くなったのだよということを言い聞かせる
しっかりしたことをもって
我々の世界に送り出していただくことのほうが
魂を救うという意味においては
その方の魂を迷わせないということが大切なのです。

ですから、何でもかんでも分け与えることが
他の方の命を救うんだから本人も喜ぶだろうと、すべて決め込んで
他の方がたへ臓器を提供するということは問題があると思っています。

我々は魂の次元で見ております。
魂が成長できるか否かということだけを考えるときに
逆に混乱と迷いと転落を意味する場合も、臓器移植というのはあるから
全面的に賛成であると言って、亡くなった方の身体を裂いて
すべて臓器を提供し合うということ
それが当たり前のルールになるということは
やはり危険性があるということを申し上げているわけです。

それが、了解がとれて、それが愛の生かし合いの行為となり
そして、お互いに神の子としての学ぶ、愛の認識というものを学ぶ
素晴らしいチャンスとなり得るのであるのならば
どうぞそのチャンスというのは、優秀な医学界の方がたのお力を得て
また新たな命を生かしめるためのチャンスとして
生かしていただくことは私どもの世界では
何ら問題はないというふうに思っております。

愛と感謝は、表と裏です。
愛を、命がけの親の愛をいただいたときに
心からその子たちは、感謝というもの
そして、愛というものはどういうことかを身をもって学ぶ
素晴らしい尊いチャンスに巡り会うのです。

それを学べてこそ、地上で、肉体で、あと数十年生きること
長らえること以上に、その愛と感謝を学べたことのほうが
その子どもの魂にとっては、もっとも尊いことであるということ。

それは魂に永遠の記録として、残っていくことでしょう。
愛を学ぶために、あなた方は地上に出ておられるのです。
愛で互いに生かしめるために
この地上に神の子として修行されているのです。
愛を表現していくために、あなた方の天命はあるのです。

そのように、愛を中心に考えたのならば
すべての答えは一面的な部分だけで
断定的にものを考えるのではなくて
愛を中心に何でもお考えいただければ
答えはすべて自然に解けるのであると思います。

ですから、今繰り返し、繰り返し言われていること。
神が愛のエネルギーそのもので、奔流であること。
あなた方が神の子であるということは、神の愛を分け与えられた
愛のエネルギーそのものであるということ。

愛を学び合うために、地上にいるということ。
愛を表現するエネルギー、それがあなた方自身であるということ。
愛を学ぶこと。

永遠の転生輪廻、永遠の命の中で、愛を学ぶために神の子は存在するのです。
その愛の気高さ、愛の美しさ、それが神を知る道になります。
それが永遠の神を、神の子としての悟りの道でもあるということです。

(2006.3.25 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-29 22:16 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(11)

いやあ、宇宙の法と申しますか、宇宙のUFOとかはね
私の得意とするところです。
ですから、この、いよいよレムリアも宇宙の法シリーズにきたなとなったんで
なんか、どこぞの得体の知れない異星人ばっかりにしゃべらす手はないだろう。
私だって出てって、ちょっとしゃべろう。
この間、エリヤも出てしゃべってたことだしーというので
今日ちょっと割り込むように入ろうかなと思って来たんですけどね。

なんか宇宙連合のほうの偉い人出ちゃって
なかなかその話も素晴らしいんで
私が何冊、どれだけしゃべったとしても
「また、あのオヤジ、おかしなことしゃべってるわ」と
なんか信じてもらえないかもしれないけれど。

別の惑星の、なかなか、あれですよ、あの方、けっこう偉い人なんですよ。
あの人は議長もよくやるような人ですしねえ。
その人が直々でこの地球を査察に来てたということがあるわけだから。
あの人が興味を持って、あと自分の使命感と、ちょっとこう
早々に見切りをつけたのが悪かったなという気持ちが多少あるんでしょう
彼の中に。

だから、それでこうやって二回も出て来ているのを見て
私もちょっと脇にいて黙っていようかなあと
出たがり屋の高橋信次ではございますがね
やはり、こういう時だけはちょっと引いていようかと思って
黙って彼に先に入ってもらったわけです。

やあ、地球見てると面白いわねえ。
興味本位に映るかもしれないけど、彼らもこの地球っていうものの
文明実験のね、様子っていうのはとても興味津々だと、私も思いますよ。
で、まあ私も自分の、ねえ、べー夕星のほうから来る時に
まあ一種の内部抗争みたいなのがあったように言われてますけどね。

でも、それが単にその
「なんだ、べー夕星だって、
そんな中で内部抗争やるくらいレベルが低いんじゃないか」
みたいなこと言われちゃうかもしれないけれど、そんなことなくてね。

ひとつの進化発展していく時っていうのは
細胞だってそうでしょ、細胞がこう
ある日コブみたいなのができてポコッと分かれて
ボーンと飛んでいって、またそこで広がっていく。
そういう増え方をする植物、よくあるじゃない。

まあ、バクテリアみたいなのでも、そうやって増えていく場合があるけれども
そんなようなもんでね。
やっぱり、別の方向性、別の方向に向かって
自分たちが進歩していきたいと思ったときには
一種の細胞分裂みたいなもんで、中の人口が分かれていく。

新たな目的意識を持って分かれていくという、そのようなことがあるので。
けっしてそんな、あの、今地球で起きているような
テロリスト的なものまがいの暴力的な抗争ということよりは、単なる価値観
進化発展していく目的の違いというか
そういうものの新たな目標を持ちたいと思う者たちが
まあ、六千万人出て来たという
そういうふうにお考えいただけたらいいんじゃないかなって
僕は思うんですよ。

だから、彼らがこの地球に対してどう思っているか。
それは彼らも時々来て見てますしね。
やっぱり、興味あるんでしょう。
ああは言ったものの、「失敗してんじゃねえか。
エル・ランティ、あんな偉そうなこと言って出てったけど」とか。

それから、「ひょっとしたら、向こうのほうが進歩発展して
べー夕星のほうが置いてきぼりくらってるんじゃないか」とか
たまには気になって来るんでしょう。

でも、「なんだ、たいしたことないな」と思って
また帰って行くのかもしれない。
でも「今に見てろよ」と思いながら
私も頑張ってきたというのがあるわけでね。
まあ、いろいろな評価はあります、この地球に対しては。

「いまだに、この精神的な意味の枠を突破できないじゃないか」
という評価もあるし。
逆に言うと、さっき言ったハロルドですか(笑)
「ハロルド」っていう名前つけたんだ、自分で(笑)

あのう、まあ、ヘラルドですねえ、そのハロルドが言う
なんて言うんですか
評価はまあ彼も友人ですので
ひじょうに好意的な見方をしてくれているんだっていうふうに感謝しています。
今、聞いてて
「ありがたいなあ、やっぱり友達はと思って聞いていたわけですよ。
だから、あれ、だめだよー、なんかそんな「怖い」だの言っちゃあ、
かわいそうだよー。
あなたたちだって、来たときには今の地球人と全く違うわけでね。
それぞれの形で出たら、すごいびっくりするかもしれないけれど。
今、地球人としては、まとまっているからだけどね。
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いやあ、あの、彼みたいな人が来てくれて、一緒に
やっぱり地球を見守ってくれてる。
そういう意味で言うと、ひじょうに銀河連合、宇宙連合の中においても
そういう、地球を好意的に見てくれている方のひとりでもありますね
彼はね。
それに対して、やはり批判的な見方をしている人たちもいるわけです。

でもやはり、単一的なものの考え方だけで
垂直方向で、こう、進化発展してきているところもあるから
そういう意味で言うと、多様性っていうのを中に入れて
その中における、ひじょうな、なんていうんですか
デメリットも含めた上で統合させて、融合させていって
それを調和にもっていって
そこで、それぞれの多様な中のいいところを統合して
ひとつの精神的な文化的な高みをつくっていくという文明実験というのは
ひじょうに高度なものでもあります。

だから危険性も多いし、失敗の可能性も多い。
でも、それだけ挑戦する意味も深いし、我々としてみてもやりがいのある
そういう一種の文明実験でもあるし。
そして、ひじょうに深い、いろいろな多様なものを学べる修行場でもある。
そういう地球というものを、今提示しているということもあると思います。

だから、そういう意味においては、今あなた方は知らないだろうけれども
今のいろんな世界の国々の中においては、魂修行としてね
やはり、文明国、まあ、前も言ったかもしれないけれど
文明国と呼ばれている先進諸国で修行するのと
やはり、ほかのいろいろな国、アジアとか
それからあと、アフリカとかで修行する場合
生まれて修行する場合は、それぞれの魂の目的性というものが
違っているわけです。

そのようないろいろな、ある意味において言うと
時空列においてはいろいろな段階の者たちを
多様に受け入れていく修行場として
今地球というものがあるわけだけれども。

そういうことが受け入れられるという意味においても
やはり、この地球というものが、どれだけいろいろな
懐の大きい可能性を持った
地球という修行場としての役割を果たしているかということ。

そして、それをある意味でまとめ上げていくことの中で
より高い次元の中に、霊的な意味において
高くステップアップしていく中において
多くの人びとに
また新たな魂修行ができる場所に変えていけたらいいなというふうに思って
今、今回の文明実験をというか、精神的なね
救世計画というのを練っているわけです。

(2006.2.9 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-28 12:59 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(12)

わたくしは言葉がうまく言えません。
わたくしはひじょうにきつい言葉しか言えない者です。
だけれども、わたくしの気持ちをわかっていただきたい。

高橋信次、エル・ランティがどんな気持ちで
今回責任者として降りて来られるか。
これからTKに対して
どのような思いで看取られていくかということを考えますと
わたくしは胸がつぶれそうなのでございます。
ですから、皆さま方にお願いをしたいのです。
どうかどうか厳しい思いで今この仕事をなしていっていただきたい。

あなた方がこれから銃弾のごとく、弾丸のごとく発していかれる
この天上界の言葉、霊言というものを
潜在的に待っておられる方がたというのがたくさんいるのです。

もしK会の、そして、G会の今残っている方たちが
レムリアの霊言集を読まれて
もし気づかれて、今自分たちがやっていることが間違っているのであると認識し
新たな人生を歩まれることがあるのであるとしたならば
彼らの魂を一人ひとり救っていくということなのです。

それをもっとわかっていただきたいのです。
彼らを落としてはなりません。
彼らは今日の日本のために、この救世の計画のために、幾転生を込めて
選ばれて生まれてきた者たちなのです。

その者たちが高橋信次、エル・ランティ、TKという方がたのもとに集まり
そして、K会というところにおき
初期におきましてはひじょうに純粋な思いにおいて
この地上にユートピアをつくらんがために出て来た
一大計画のための光の天使たちであるということ。

彼らを、もっともっと救うという認識があるのであるのならば
あなた方の仕事の質というのも、もっともっと変わっていくし
もっともっと我々の言葉を伝えようという気持ちが出てくるのです。

どうか、この今回の計画におきまして、ひじょうに「レムリア的な」という
新たな発想というものがあります。
マヌ様やゼウス様というものを通して、緑の光線を主体にした
新たな角度というものをやって埋め合わせをしようということがあります。
対極を持ってくることにより、少し中和していこうという気持ちもあるのです。
でも、基本はこのミカエルの気持ちなのです。

G会の時から、K会の時から、この救世のために、この一大計画のために
下生された高橋信次エル・ランティ、OR、仏陀
そして、この計画におきますこの綿々として流れたる
このひとつの計画において、わたくしの悲壮感漂う、この気持ちというものが
第一から第二の計画まで流れているということ。
その意味においては
けっして第三の計画のムードに惑わされてはならないのです。

これはマヌ様たちが、あなた方があまりにも
もしこれが悲壮感漂う思いになりすぎると
絶対にあなた方が追い詰められてしまうであろうということを配慮なされて
神々の計画の中でこのような色づけがあるのです。

それと芸術を通して多くの方がたに
難しい神理というものを学んでない方がたにおいても
感性において、別に難しい文章を読まなくても、難しい漢字がわからなくても
言葉がわからなくとも、絵とか音楽を通して、神の国というのを理解していく。
そういう底辺層のレベルアップというものを考えて
神理というものを芸術に乗せるという
今回のレムリアの計画というのがあるのです。
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よろしいですか。
でも基本は、このミカエルの気持ちなのですよ。
これをあなた方、一人ひとりにわかっていただきたい。
これがだめならば一度、大清算が起こるのです。
地球規模的な大清算が起こるのです。

そして、宇宙人類的な、宇宙連盟的なレベルにシフトアップするという
大いなる地球規模的な計画というのは頓挫し、また一度、大浄化の時を迎え
そしてそのあと、もう一度、原始農耕社会からの
綿々としたこの歴史の積み重ねに戻って行くのです。
サイクルに戻って行くのです。
でも、それをさせたら、また我々は途方もない苦労の中で
あなた方人類というのを指導していくのです。

それを今までは、わたしたちはやってきました。
やってきたのですけれども、できたらここの段階で
地球の寿命というものを考えた上で
今の段階で宇宙連盟的な部分でのシフトアップというものを考えたい。

そして、地球意識というのがひじょうに病んでいるということ。
今あなた方が見ても異常気象ではないのですか。
先ほど、12月であるのに桜の花が咲いたとか
いろいろな、ひじょうに天変地異的な
例年では考えられないような天変地異が起きて
いるではないですか。
本来であるならば、とっくにきているのです。
ノストラダムスは、うそはついていなかったのです。

我々がこの第三の計画のために、この地球規模的な計画のために
十次元(地球意識)にお願いをし、エネルギーをいただき
そして、この計画のために、この地球の生活環境というものを整えなかったら
あなた方は今のような生活をしていられないのですよ。
いられないのです。

それなのに、あなた方はすぐに地上の安逸な生活の中に戻り、忘れてしまう。
その厳しさを忘れてしまう。
そして、ひじょうに近視眼的なもので、考えたり怒ったりなさる。

でも我々はもっともっと遠くを見ています。
それでいながらその大きな
マクロ的な視点の中におけるレムリアの活動というものが
どれだけ貴重なポイントに合っているか
ターニングポイントに合っているかということを
あなた方はもっともっと認識しなくてはいけません。

(2004.12.11 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-26 09:42 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ポセイドンからのメッセージ(2)

ポセイドンじゃ。
今日は、急といえば急じゃが
私のことをご指名あずかって、とても光栄に思う。
今日、兄と一緒に出ようと、割り込んでやろうと思って
今日、脇に来ていたのだが、来てはみるものだ。
まさか、私の声をこうやってとってもらえるとは思わなかった。

地上は色々とたいへんだなあ。
上で見ていても、次から次へといろんなことがあって。
あの時から随分時がたったが、やっとレムリアの方針というものが決まって
このように、小冊子やCD販売というものを通して
レムリアの理念というもの、あり方というものを広く世に知らしめる
そのような時がきた。

ひじょうに素晴らしい成果が上がっているとわしは思ってる。
だから、様々なトラブルもあるし
昔だって、私たちの間では戦があった。
神を、それぞれ擁護する者、信じる者
みんな自分の信じる神、己の良心に従って
己の信じる神のままに、精一杯、自分たちが頑張っているつもりなれども
その理念の違い、食い違いにより、戦が起き
我々も、数々のもめ事というのを経験してきた。

だから、人が集うところ、いかに高き、高潔な理念があろうとも
世の中を良くしていこうという気持ちがあろうとも
人が集まるところ、やはり問題は発生する。
仕方ないことだと思うよ。

だから、そなたたちも、そんなに自分たちが
問題が起きたということが至らなかったとか
もっともっと平和にみんなで愛し合って
何の問題もなく解決できたほうが良かったのではないかとか
あまり自分たちをいじめすぎないことだ。

地上に降りていれば、そんなきれい事ばかりではいかない。
それを、我々がいちばん骨身にしみてよく知っている。
だから、少なくともいろいろな、仲間を失ったり、問題を乗り越えてきて
今ここに少なくても、前に大きく飛躍して出てきたということ。
今の、そなたたちのレムリアの磁場というものを見ると
ひじょうに安定した高潔なものを感じている。
それだけでも大いなる進歩がある。

以前、私が出たときより進歩しているということを
私は今、言っておきたいと思う。
ねぎらいたいと思う。
だから、自信を持て。
そんなに自分ばっかりいじめたってだめだ。
起きるべきものは起きて、そして、去るべきものは去っていって
そして、新たな素晴らしいものを、また、血液を流れ込ますことで
前以上に素晴らしいものを打ち出していけば、それで良いではないか。
喧嘩したってまた仲直りすればいい。

でも、その時、正直にぶつかり合うお互いの気持ちがあればこそ
その後に仲直りもできるということ。
自分たちで精一杯やったということがある
なら、確実に一歩ずつ前に進んでるということ。

だから、もめ事を起こさないことばかりに腐心するのではなくて
自分たちで精一杯頑張って
自分たちなりのやり方で、このレムリアをレムリアという
ルネッサンスというこの精神を、今のそなたたちのいる時代の中で
その日本という場所で、どう表現していくかということを
精一杯努力すれば良いのだと思う。
けっして、計画が遅れているとか
けっして、そなたたちのやり方が劣っているとか
能力不足だとかいうような評価は何もないから
堂々と自信を持ってやっていけばよい。

今回、CDを出したということ
我々の生の言葉をこの地上に発信しているということ。
これは今の時代なればこそできることだ。
我々の時代には、そのような霊言を預かる者がいたとしても
それを広く民衆に、大衆に
聞かすようなことというのはかなわない時代であったから。
今、広く地上に、天上界の言葉というもの
波動というものを発信することができるということは
ひじょうにめでたいことであると、私は思っている。

だから、地下の者たちが地団駄を踏んで悔しがっているのであろうが
そなたたちが大きく一歩前進した、リードしたというふうに思っておればよい。
わしも兄も、どちらかというと楽天的だから
いいところばかりを拾って、「ようやった」と
自分にも、周りにも言い聞かせて
また次の「ようやった」ということを重ねて生きていきたい。
そういうタイプの者たちなので
そなたたちを見ている限りでは、十分、合格点をやれていると思っている。

だから、これから我々の言葉を聴いたり、書籍を見たり
ましてCDの波動に引き寄せられて集まってくる者たちが出てくるであろう。
その者たちを、今、そなたたちのもとに呼び集める。
彼らの使命を果たさせていく。
それがレムリアの根本的な存在意義だということを忘れてはならん。

他の、さっきから聞いているけど
他の者たちに対するメッセージというよりは
この第一、第二の計画のために命がけになって出て来た優秀な者たち
その者たちがこの日本にまだたくさん生きている。
その彼らをもって、もう一度、この神の国の計画の軌道修正をする
その天上界の一種のメッセージを伝えていく。
第三の計画というものを、地上にきちっとわかるように伝えていく。
それがレムリアの、本来のするべきことなんだ。

いろいろとやることが多いから、訳わからなくなってくるかもしれないけれども
まあ、我々、天上界の神々の世界からの出先機関とでもいおうか
天上界を地上に現すとどうなるかという
その神々のメッセンジャーとしての、伝達者としての役割
それがそなたたちの、レムリア・ルネッサンスであると思えば
間違いないであろう。

だから、まず神の国の計画というのを、この地上に正確に伝えるということ。
そして、今まだ迷っている、今も連絡があったようだが
元G会とか、K会と呼ばれているところの者たち
そこに命がけで出て行った光の天使が多々いる。
その者たちに我々の言葉を伝えよと。

そなたたちが魂に刻んで出て来た、神の国の救済計画というもの
地上天国のユートピア化の大悲願である、大計画の、それをもう一度
最後、死ぬ前に果たして帰ってこいと、それを伝えるためにレムリアがある。
まず、そこをその者たちに伝え、その者たちを救わなくては。
それから、一般大衆に対する布教である。
順序はそこ。
レムリアがやるべきところは、まずそこだ。
その急所を押さえなさい。
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なぜそう言うかというと、この第一、第二の計画
まあ、谷口雅春といわれている方もそうだが
そういう方たちの周りに出て来た者たちというのは
たぐいまれなる優秀な者たちが多い。
今の日本に、今のこの時代に照準を合わせて、選び抜かれてきた精鋭たちが
その大計画の周りに集って来ている。
その者たちがこれだけの密度で、この日本に、今、命を持っている。
肉体を持っているということ自体
そのこと自体を無駄にしてはならないということ。

よいか、そのために我々の、今メッセージがあるということ。
それを伝える相手、ターゲットは、まずその者たちであるということ。
ターゲットという言葉は悪いな。
わしはすぐ戦をするので、そういう言い方になるが、相手だ。
メッセージを伝える相手は、まずその神仏の使者と呼ばれていた
光の天使と呼ばれている
大計画に携わり、命を張って出て来た、彼らにまず伝えよ。

我々の天上界の意向、そして彼らが動き出したならば
そうでない者たちがたくさん動くより以上の力を発揮するはずなのだ。
彼らは、ほんとうにそれが肺に落ち、これこそ間違いなく
高橋信次、そしてミカエルが言った言葉と同じだということ
仏陀という方が、再誕した時に、自分が何をしなければいけないかということを
もう魂に刻んでいるから-。

彼らがほんとうに肺に落ちて、心から頑張ろうと思ったときには
たぶん、そなたたちの運動に対して命を張って
ともに助力してくれる者たちが出てくるはずである。
その者たち、高い認識力を持って
かつ、この時代のために、この大計画のために
自ら進んで命を張って出てきた者たちを
ひとりでも多くここに集めていきたい。
彼らの認識力をもって、この時代を変えていくエネルギーとしていきたい。
その人材というのが、まず大事であるということ。
ひじょうに高度な人材が、まだ日本には眠っているということ。
下に堕ちた者もいるけれども、堕ちていない者もいる。

そして迷いながら、迷いながら、自分の使命というものを
人生の終盤になって問いかけている者たちもいる。
その者たちに、こういう計画があって、天上界は見放していないのだと
必ず、我々が、天上界は地球というものを
この宇宙連合の一員にしていくための
この大計画の神の計画というのは
あきらめていないのだということを伝えてやってほしい。

そうすれば、最後の瞬間まで
人は一年、長く生きたとしても、多くの事をやれる。
イエス・キリストに至っては
三年あれば今まで世界中を救い続けているではないか。
だから、最後の一年でもいい、最後の五年でもいい、彼らに伝えていきなさい。
そうすれば、力ある彼らが、最後の残された日々に何をしなければいけないかを
本気で力を、本領を発揮したのならば
世界を変えていく絶大なるエネルギーとして
彼らは使命を果たして、我々の世界に帰ってくることができるであろう。

そのための、レムリアの計画であるということ。
そのことを、そなたたちは認識しなさい。

(2005.6.2 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-25 08:54 | ポセイドン | Trackback | Comments(0)

アポロンからのメッセージ(2)

私においても同じなのです。
深く、深くつながるとこにおきましては、全く同じ生命体でございますので
私の個性をもって、多少、穏やかであるからといって
情熱がミカエルより劣るということはないと思います。
私は私の役割をもって
その使命を果たしていくということをいつも心掛けております。

ミカエルという生命体は、ひじょうに激しいエネルギー体であり
ときにはひじょうにきつい口調になり
攻撃的なものの考え方をするかもしれません。
光一元の方たちから見たならば
この二元論的な害悪の戦いのように見えるミカエルの発想というものは
違和感というものがあったかもしれません。
多少、そのように魔を討伐するという役割の場所に
部署に長くいたがゆえに
そのような傾向性というのが強いし、この強い攻撃性というか
魔を封印するような強さのエネルギーというものを
神より与えられ、つくられた、そういう個性体であるという
そういう役割もまた、地球を治めていく中において
必要な個性体であるということをもって
神はご創造なさったのだと思うのです。

ただ大きな意識体としますと
ひじょうに強い陽性の攻撃的なエネルギーがあるときに
やはりその中の、全体の魂としての調和というものをとらなくてはなりません。
そのときに、私のように、ひじょうにどちらかと申しますと
穏やかな、一見、消極的に見えるような、そのような雰囲気を持った者がいて
全体のエネルギーのバランスを取るということがあるのです。

ですから、ひじょうに冷静に、ある意味で消極的に
人の裏に回ったように見えるような発想をしながら
かつ、本来のミカエルと同じような使命というものを果たしていく。
そのような、調和というもの、和というもの、優雅さというもの
そういうものもこの生命体の中に入っているということをもって
全体のエネルギー体を、バランスを取っているということがあるのです。

ですから、それぞれの魂が出て行くときには
それぞれの個性の部分というのが順番に出るのです。
本体、分身と申しましても、我々のような場合には
別にどれが本体とか分身とかというよりは、その部分
その大きな生命体の中にある様々な個性の部分が
たまたま、少量のエネルギー体として出て行って地上で活躍し
また戻ってくるという形なのです。
ひとつだけの強いエネルギーの個性だけで全体の個性を表すほど
安易な、容易な形では、天上界の指導霊クラスになりますと
表現というのは難しいかなというふうに思われます。

ですから、意外に思われるかもしれませんが
私はひじょうに物事に対しては、あまり戦闘的な発想は好みません。
この方はかつてのとき、一緒に出て行ったときも
やはり正義感の強い女性でありましたので
父、ゼウスが出られたときにおかれましても
やはり戦乱に継ぐ戦乱の中で、人びとがゼウス神を慕い
ギリシャという国をまとめていく中で、人びとを集めていく求心力としての
あとを取らなくてはならないという使命感がゆえに
女性でありながらもその指揮を取って
その責任を果たしていかれたということがあるのです。

私もやればよかったのかも知れないのですが
私自身の中には、やはりゼウス神が説かれた教えというものを
今度は文芸、芸術を通して
人びとの心に、戦いをもって国を統一するのではなく
人びとの心をまとめ上げていくことにより
人びとの心の中に神というものをお伝えしていき
その過程の中において、人びとをひとつにしていくという-。

地上において、領土においてひとつにするのではなく
人びとの心を、信仰心というものを
芸術に通じる神の奏でる美しい旋律の中において
人びとというものの心をひとつにまとめ上げていくという
そのようなことをもって私の使命としていたのです。
ですから、私は戦いには臨まなかったし
元々、臨むべきものではなかったのです。

この地上における戦乱というもの、戦というもの
いかに正義の戦いであるとはいえ、お互いに傷つき合い
殺し合わなくていい者たちが殺し合いをし、悲しみをつくります。
その大事な息子を、大事な夫を、父親を殺されたその家で待つ者たちの
また深い悲しみを誘うのです。

ですから、いかなる目的があろうとも
それが神のご意思の一環であったとしても
私はそのとき、戦いというものを、戦を通して
人びとの心をまとめるということに関しては、ひじょうに同意できなかった。
納得できなかった。

神のお心というものがハープの流れに、竪琴の流れの中に、旋律の中に
神の愛というものを感じていくのならば
愛の旋律というものを奏でていくのが信仰心であるのならば
私はその愛の旋律をもって、人びとに神の思いを伝えていきたい。

しかし、それはゼウス神やポセイドン神などが出られていた
初期の混乱した時代の中で
やはり、社会を体制的に立て直すという意味においては
あの方がたのご使命というものは確かにありましたので
そういう荒々しい方がたが社会の基礎というものを
国の基礎というものをしっかり立て直されていった後に
私は、今度は内面の教えをもって、人びとに深き信仰心というものを
国という領土というものを
支配体制とか為政者ということの領分を越えたところにおいて
人びとに信仰心というものを、法というものを
人びとに伝えていきたいというふうに
そのように思って地上に出て行ったのです。

ですから、ゼウス神が亡くなられた後から、私の使命は始まりました。
だから、そのゼウス神が、国というもの
国王という形において、国をまとめてこられた
あれだけの領上があったわけですから
それを社会的な体制において誰かが引き継ぎ
それをしてくれるからこそ、私がそのような内面的なことを
一見、やわに思われるようなことの中で
精神論を説くことができるチャンスを持っていけたというのもあるのです。

それゆえ、この方にはたいへんお世話になり
女性でありながらたいへんな前線のところで
格闘しながら戦ってくださったということがあるのです。
c0171476_15535192.jpg

ですから、私はとても信頼し、尊敬し、お慕い申し上げている方でもありますし
私にとりましても、今回のレムリア・ルネッサンスという
ルネッサンスという言葉をもちまして、芸術の文芸復興という意味が
ルネッサンスという教えの中にはありますので
それを次に復興していくときに、私の力もまた出て行くということ。
体制を、新たな体制をハタハタとつくり、倒しながら
別な意味で文芸復興という使命を持った者たちが必ず出てくるのです。

その者たちをもって、新たな愛の価値観による
社会の体制のつくり直しをするときに
必ずやその体制の中に魂を入れる、愛の教えというものを説いていく
それを芸術というものを通しながら、愛の旋律を奏でていくというような
そのような役割をする者たちが出てくるのです。

あなた方におかれましても、まず全体論という
教えと全体の計画の骨格というもの
そして、これからこちらの方向に行くという、風向きに関するご指示というのが
あなた方の霊言集というものの発行を通しながら
なされていくのでありますけれども。
しかし、次の世代にくる中において、体制とともに
その精神的な、ルネッサンスの精神論というものが
ひとつの芸術の雰囲気として、時代を席巻していくことになると思うのです。

あと、まあ、ギリシャのとき
私が説きましたことを申しましてもいいのですけれども
私もあのときに、五大弟子という
大きな私を支えてくれた弟子たちがおりました。
そのうちの数名が今、地上に出ております。
そのうちの一人、エリオンという者が
この方にはひじょうに、本人たちは全く知らず
長いことお互いに惹かれ合う中で、親交を結んでいたはずなのですけれども
やはり彼におきましても
このレムリアに来てほしかったなという気持ちはございます。

彼ならば、いろいろなことがわかったでしょうけれども
いかんせん老齢であるということも含めまして
この第三の計画には合流できない様子なので
たいへん私としても残念な気持ちでおります。

ひじょうに優秀な、心優しい、何が正しいかということを
ちゃんと感性の部分においても
知性の部分においてもわかっている方であります。
エリオンと呼ばれる方は素晴らしい方でもありますので
いつか、いつかまたお目にかかり
こちらに来られることがあればよいかなというふうに私も思っております。
ただ、これも地上の者たちの自由意志でもございますので
私どもは無理なことは申し上げません。

(2005.6.16 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-24 15:47 | アポロン | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(13)

まあ、仏陀光線というものだけで
法理論だけで蓄積してきた方がたにおきましては
多少、物足りなく思われるかも知れないけれども
実際問題ね、どんな難しい理論を知っていても
修行形態を知っていたとしてもね
やはり現実どう生きていくことができるか。
どのような言動をし、どのような言葉を吐けるかということがね
結果的に悟りすべてを決めていくのです。

それを清算し、自分が実感するためにね
この三次元に肉体を持つのだということですよ。
その三次元の意味、あなた方、ほんとうにわかっておられますか。

あの世にいて修行することは
「ああ悟った、ああわかった」という気持ちになっても
実際、肉体を持ってそのような環境の中で
具体的にどういうふうに生きることができるか。

そして、友人や神様に対してどのような言動を吐くことができるか。
そのようなことをもって、結果がすべて出てしまうのだということ。
そのような試験段階に一瞬一瞬あるのだということ。
そのことをおわかりになれればね、この地上の意味というのは
ただ安逸に惰性の中で生きるということではないのだと思います。

今の時期において、このような計画が降りていると言われ
そして、招かれているのであるのならば
そこにおかれてあなた方はどう生きる覚悟をなされるか。
どのような生き方をしていく覚悟ができるのか。

それが天上界でここに出られるまで
何百年、何千年、何千年まではいかないでしょう
何百年という、あちらの世界で修行してきたことの総決算が
たった一瞬のあなた方の言動によって
清算がついてしまうことがあるかも知れない。
それがこの地上世界の意味であるということなのです。

思いだけではいくらでも思えるのです。
言うだけではいくらでもできるのです。
この地上において肉体を持った、こういう規制された立場において
あなた方がどのように生きることができるか。
どのような言動をし、どのように多くの人びとを助け
どのように目に見えぬ神というものに対する忠誠ある信仰心というものを
もっと表して人生を彩ることができたか。

その試験の結果をもって、あの世に帰って行くのですよ。
だから肉体を持つということは尊いことなのです。
肉体を持たねば、やっぱりほんとうの意味では
わかったかどうかという試験は通らないのです。

思った、理解したというだけで、あの世で思っても
実際、生まれてみたら、前と同じことをするのであるのだとしたならば
それは何も学んでなかったということではないのでしょうか。
やはりそのことをあなた方は考えてほしい。

このようなビッグプラン、神の大いなる計画の中で
セレモニーとしてのひじょうに素晴らしい大きな計画の一員として
あなた方が参加してくるということ。

そのことをもって、あなた方が呼ばれているという今回の人生というものを
どれだけ感謝し、どれだけ実際の言動として生きていくことができるか。
もうすでに数名の方がたが脱落しているのです。

その意味におきまして、あなた方がどのような生き方をもって
あなた方が対応していかれるか。
そのことがいま即、試験であり、あなた方がどの程度の境地の
光の天使であったかということを、もう厳然と発揮して世の中に示している
神の目にもさらしているのです。

そして、アドバイスがもし間違ったならば、仲間だけではない
天上界においてこの間、高橋信次、エル・ランティがおられたように
あのようなことは今までの人類の歴史の中で一度もないのですよ。
そのことを考えなくてはいけない。

逆に言うと、そのときに「信じない」と「神の言葉ではない」と言った者が
あとでわたくしたちの世界に帰って来たときに
どのような申し開きをするのであるかと思うと
その者を逆に、わたくしなどは不憫に思ってならないのです。

謙虚でありなさい。
ありとあらゆる思いをすべてが神の尺度において
どのように自分が貢献できるのだという、それだけが神を
ほんとうに神の計画が間違っていないかどうかをみる尺度になるのです。
その思いがなさ過ぎるということでしょ。
「自分が」ではないのです。

自分の思いを、その時、一時、通したとしてもね
あとで本人が考えられないような償いをしなくてはいけないということ。
そのことを考えたら割が合わないですよ。
それが嫌であるのならば、この計画には参加しないことです。
それぐらい第一線の計画であるということです。
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第一の計画、第二の計画、ミカエルが言うように
常に魔によって引き倒されてきました。
八正道を中心とする反省、そして、神の子であるということ
愛と感謝ということを通して人類は学んできたはずなのです。

でもね、それだけをもっては、我々は勝ってはこられなかった。
この地上をユートピアにすることはできなかった。
やはり地獄が異常に拡大したということ。
彼らが、光の天使たちを落とすことにひじょうに精通しているということ。

ミカエルが必死にあなた方に呼びかける、必死に訴えかける気持ちというのも
わかってあげていただきたいと思うのです。
実際問題、第一、第二の計画が引き倒されてきたのは
魔によってやられてきたのです。

魔によってやられるということはどういうことか。
一人ひとりの人びとの中にね
どんなに素晴らしい神の子であるあなた方であったとしてもね
やはり肉体を持つ以上
ささやかなプライド、ささやかな自我、ささやかな自己優越感
そして、野心、野望というものが
特に男の人の場合にはムクムクと出てくるのですね。

そして、普段は彼らにしたって無私な思いでやっていたのです。
でもやはり、いざこういう計画で、上に
四合目、五合目と上がって行くにつれて
どんどんその部分があぶり出されてくるのです。

そのあぶり出されたときに、うろたえず、周りを非難するのではなく
「ああ自分にもこんな弱いところがあったんだ。
自分はやっぱり気づかなかったけれども、こんなところに執着していたんだ。
気づかせてくれてありがとうございます」という
そのくらいの気持ちに人びとがなれたときに
やはりこの計画を通して、大いなる魂の進歩というものがあると思うのです。

そのときに仲間を恨んだり、神を信じないとか
ここに降りている霊言が間違っていると
まあ、百パーセントとは言いませんが、わたくしも今の段階ではこの状態で
百パーセント天上界の意思を伝えているものだと思いますので
まあ「部分的にグレイゾーンである」という面白い言葉を聞きましたけれども
グレイゾーンというのは基本的にあまりないのですよ。

もう下の者を受信できる時っていうのは
その人の気持ちの中に
ひじょうにマイナスのエネルギーが入っていることなのでね
天上界は語るのを止めてしまうことが多いのです。

今の段階では、隙あらば、天上界の霊人たちがこぞって出て来て
あなた方に通信をしていきたいという状態ですので
まだまだわたくしの気持ちでみたらば白です。
ホワイトです。

ですけど、そういう状況になったときにね、「ありがとうございます」と
「気づかせていただきました」と
この計画に参加して活躍することができたからこそ
このような自分の落ち度も発見することができました。

ありがとうございました」ということが言えてこそ
本来の神の使者としての格があるというものですよ。
わたくし一人にしましてもね、やはり欠点というのはあると思いますよ。

やっぱりどんな者におきましても
あなた方、ショック受けるかも知れませんけど
イエス様たっておありになると思いますしね。

仏陀だってあるのです。
エル・ランティだってあるし、モーゼだってあるんです。
セラビムだってあるのです。
そう考えていくとね、やはりパーフェクトであるということが
けっしていいことではないのです。

いいところがあり、悪いところがある。
それゆえに個性があり、それゆえに人びとの気持ちがわかり
それゆえに個性の比重というものにおいて
世界を違う花によって彩ることができるのですよ。

たとえばバラが美しいとしてですよ
地球に咲く花がすべてバラの花だったら、あなた方どう思いますか?
少しも美しくないんじゃない?
「もう飽きた。もうバラはいいよ。ノーサンキュウ」と言うかも知れませんよ。
でしょ?

だったらいろんな花があっていいのです。
スミレがあり、ね、タンポポがあり、バラがあり、ユリがあり
素晴らしい花がたくさん咲くところに、この地上を彩る意味があるのです。
神の計画の意味があるのですよ。

であるならば、いいところ、悪いところ、短所、長所というものを通してね
人びとというのは個性を形成しているのです。

どんな素晴らしい方におきましても短所というものがあるということ
その短所を通して自分が成長させてもらっているのだということ。
それを感謝して、謙虚に、謙虚に受け入れていく。

死んでも、間違っても、仲間のせいにしないということ。
そして、けっしてそれを神仏のせいにしないということ。
そのことをあなた方がしっかりわきまえていただければ
これからのレムレアの発展は間違いないと思うのです。

(2004.12.11 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-22 16:21 | マヌ | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(10)

波動というものは
脇にいれば脇にいる者たちの波動の影響というのを受けるんです。
さっきも言ったけど、「波動、波動」っていうのも
波動を共鳴していくということです。

それはまず、私たちが天上界の波動をこの霊言を通して降ろしてるということ。
書籍を通して降ろしていくということ。
そしてあとは、その波動に気づいた神の子たちのあなた方が
地上に肉体を持ったまま、神の子としての気持ちを、神性を咋裂させて
肉体をもって表現していただきたい。

表現していく中で、周りの者たちがね
自分の本来の神の子としての自分を取り戻していくから。
そして、かけがえのない自分というものを見つけて、表現をし始めるから。

それが、地球規模に広がったときに、地球ルネッサンスが起きるということ。
愛のルネッサンスが起きるということ。
それこそが地上天国であり、地上ユートピアであるということ。

イエス様がおっしゃったように
ユートピア論ということはいろいろ言われるけれども
ユートピアというのは、外の体制だけにあるのではないんです。

まず、神の王国は心の中に築かれるべきもの。
それをイエス様はおっしゃったでしょう。
心の中に、神の王国というものは築かれ
そしてそれが神の子としての神性を炸裂させてったときに
それがともにみんなひとつなんです。

本来、神の細胞であるから、愛の細胞であるから
神の子たちはみんなひとつにつながっている。
それが、ひとつが愛の細胞で花を開いたのならば
みんな本来の愛の細胞に共鳴し合って、どんどんどんどん
素晴らしい神の子としての花を咲かせていく。
その者たちが手を取り合っていく。

そうなっていったときに、地球にほんとうの意味での
誰に強制されることもなく
神が本来望まれた、この地球に愛の波動というもの
愛の花が咲く地球というものが実現する。

そうしていったときには、互いにいたわり合い、助け合い、愛し合い
神に対する感謝、ともに生きる時代の者たちに対する
仲間たちに対する心からの感謝というものに裏づけられて
ユートピアというものが自然に地上に形をもって
中から外に向かって形というものが実現されて
地球規模のユートピアというものが実現されるということなんです。

まず大事なのは、心で天上界の波動を受け入れー
天上界の波動を受け入れるということは、最初から持っているんだよ
最初から持っている君たちの神の子としてのその神性を
まず表現してみせる。
共鳴して打ち出していくということ。
そこが原点であるということ。

それができなければ、地上において、いかなる憲法や
体制やイデオロギーを持ってきても
地上にユートピアは実現しないということ。
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でも、僕が生前言ったように
「仏国土ユートピアを実現するために私は来た」と言ったんです。
仏国土ユートピア、まあ今の言葉で言うなら
地球のユートピアですよね、地上天国です。

それを実現するために
私たちは今回天救世運動の計画を立てているんです、天上界で。
そのためにあなた方は
「頑張ります」と言って地上に出て行ってくれた
光の天使たちであるということ。

そのことを思ったのなら
そして我々の天上界の言葉を、CDでもない
生で聴いているあなた方であるのならば
天上界の者たちがどれだけ必死であるかということ。

この天上界のバイブレーションというものを
理屈ではなくて、頭ではなくて
あなた方一人ひとりのハートの中にある
その魂に直撃した私の波動を受け止めなさい。

頭ではなくて、魂で受け入れるんです。
そしたら、かけがえのない、あなた方の神の子としての素晴らしい思いが
神性がはとばしり出てくるから。

理屈で神をとらえようと思ってはいけない。
心で、自らの神の子の神性で、神を抱きとめなさい。
そしたら、あなた方自身そのものが神となっていくから。
神の子とはそういうことなんです。

神の愛の細胞の一部であるあなた方自身が、親である神と共鳴して
あなた方自身が神そのものの化身になっていくということ。
それができるのには、我々の言葉をダイレクトに聴くチャンス
そのような波動の場所にいなくてはできないということ。

そのために、今ここ、ずっと言ってました、十二人、十二人。
今日、十二人そろってます。
あなた方一人ひとりの
選ばれたあなた方一人ひとりのハートに落としなさい。

この霊的な波動を受け止めて、あなた方の魂をもって
あなた方の人生を光らしめていき、それが地球人類、宇宙に向けて
地球自身を救っていく道であるということ。

神の懐に、地球という、この末期的な状況になった地球ではあるけれども
もう一度愛の星へ立ち返らす、生まれ変わらさせていく
大ルネッサンスを興させていく原動力にこそなるのが
このレムリアにあるということ。

それを、選ばれし者たちであるから
我々が天上界からこうやって通信を送っているのであるということ。
その場に居合わせているあなた方であるということ。
そのことを受け止め、これから一年、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

(2006.1.14 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-20 11:03 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(11)

このような計画というものが実行された瞬間に
魔界の者たちが動き出したということ。
そのことが目に見えぬものなので、あなた方は理解できない。
だから前と同じような、不用意な
隙のある格好をしておられるのかもしれない。

でもそのような姿こそが、彼らが行ってきた
第一、第二の計画の者たちを引き倒してきた結果なのです。
でも我々は、もうこれ以上あとには引けない。
これ以上あとには引けないということはどういうことかというと
この計画を必ず実行させねばならないということ。

その意味をもって、わたくしミカエルは万全なる努力をし
そして、絶対に完遂させてみせるのだという気持ちで
わたくしは今臨んでいるのです。

高橋信次、エル・ランティにおきましても
心からあの方は今責任を感じておられるのです。
この計画がもし頓挫する、失敗するようなことがありましたら
この地球規模的な意味での大悲劇的な結果が起きるということ。
そのことをあなた方はもっともっと認識しなくてはいけません。

それであるならば、人類の運命を、地球人類の運命を担っているのは
あなた方であると思うぐらいの気持ちがあったならば
そのような隙ある発言はできないし
もっともっと我々の必死さというものが
理解していただけるのではないかと思うのです。

あなた方、ひとりの力というのは微力かもしれない。
でも、大いなる神の計画のもとにみんなが力を合わせていったとき
大いなる希望という、神の計画という中で、大いなる虹というものをかけ
人類を救っていく大きな力になる一人ひとりであるということ。

命のある限り燃え尽きて
命のある限り神様のために、一生懸命、生きるということ。
それをもってこそ、生まれてきたことの意味があるということ。

そのことをあなた方はもっともっと理解しなくてはなりません。
わたくしミカエルから見ると、あなた方はまだまだ甘い。
甘いし、我々が護っているということも、ときどき忘れている。

どうかわかってほしい。
この計画がもし今回、魔によって引き倒されることが
挫折させられるようなことがあるのだとしたならば
もうこのあと、取り返しのつかない結果があるのだということ。

九次元十人が願いいでて、十次元(地球神霊)の前において
エネルギーをいただきに伺い
そして、この計画を進めたということがどういうことかということを
あなた方はもっと理解していただきたいのです。

この計画が発動されないということを
我々にしても、モーゼ様におきましても、心より願っていたのです。
でも、この計画が発動されるとなったときに、我々の気持ちは決まったのです。

もう二度と甘いことは言わない。
もう二度と地上に降りた我々の仲間である
光の天使たちのことであったとしても
もし心に隙があるのであるのならば、もう切り捨てていこうと
もう甘いことを言ってはいけないのだと
そういうふうに我々自身が心に決めたのです。

我々の仲間が降りて行っているのです。
わたくしミカエルにしてもつらいのです。
わたくしの仲間を相手にしてわたくしは
切らなくてはいけない時があるのです。

だから今回の事件にしても、今までの事件にしても、あなた方が苦しいこと
仲間を切らなくてはいけない混乱を見ていました。
昨日も一昨日も、あなた方、苦しんで、悩んで
メールで話し合っていました。
それ見ててわかるのです。
ミカエルもわかるのですよ。

でもねえ、あなた方、わかってほしい。
わたしの部下たちなのです。
わたしの部下たちなのです、わたしが切らなくてはいけないのは。

その者たちを切らなくては、第三の計画はできない。
であるならば、あなた方にも痛みを感じてほしい。
高橋信次、エル・ランティがどのような思いでTKを切られているか
あなた方にはわかるか。

どのような思いで今の計画を行っているか。
天上界の者たちがどんな必死の思いでいるか。
わかっていただきたいのです。

だからわたくしはこの者に対しても
「○○歳において、たとえ幾人の子どもたちがおろうと
愛するご主人がいようと
死んだものと思ってくれ」と、わたくしはこの者に申しました。

「どんなに幸せであっても、どうかわたくしたちの計画の道具となるために
このあえて厳しい計画の中において、命を張ってほしい」と
「残りの数十年を我々のためにいただけないであろうか」と思って
この彼女に願ったのです。

彼女は霊言をとることはできる。
でも、実行するのはあなた方、一人ひとりであるということ。
であるならば、その意味においてあなた方も厳しい思いにおいて
我々の気持ちをくんで、実行していただきたいということなのです。

この中でG会から来た者もおられるでしょう。
K会におられた方がたもおられるでしょう。
我々が単なるデモンストレーションや何かで
あのようなことをしたと思われるか。
我々は必死だったのです。

高橋信次、エル・ランティがこの地上におられ
あれだけの八正道を中心とした教えを説かれたということ。
あのような素晴らしい教えを説かれたのであるのに
そして、K会に降り、多くの霊人たちがあれだけの霊言を伝えたのに
あれだけの三部作を降ろしたのに
なぜこの地上が少しも救われなかったかということ。
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そのことを思ったならば
あなた方は、我々がどれだけ
次の計画において必死になっているかという気持ちをわかっていただきたい。

必死さがあなた方に伝わらないから
我々がどれだけ断崖絶壁の中にいるかということが
あなた方に伝わらないから
あなた方の中で、たかが仲間ひとりが落ちる、落ちないのことで
それだけの情にさおさしていくことになるのです。

地球規模的に人類を救うのです。
神の我々一人ひとりがみな
涙を流しながらこの計画に参加しようとしている。
地球神霊というものがどれだけ苦しんでおられるか。

わたくしは高橋信次、エル・ランティを通しても
そして、K会の『ミカエルの降臨』という書物の中においても
今、地球神霊がどれだけ苦しんでおられるかということを
あなた方に伝えたではないか。

伝えたのに、みな読むとしばらくたつと忘れてしまう。
我々は何としてもこの地球神霊を救い
この地球規模的な今回の改革というものを成功させねばならないのです。

だから大きな流れの中において
今あなた方がたいへんな時期にあるということ。
それは言葉で何回も、何回もあなた方は聞いているかもしれない。
でもどうか、もっともっと心に落としていただきたいのです。

そのね、ホームページにおきましても、あまりにもレベルの低い
稚拙な段階で言っている者たちに、応酬している必要はどこもないのです。
あなた方が狙うことはもっともっと高次元のことであり
もっともっと先の未来、人類の
地球人類のための仕事をしているのだということ。

これから一人ひとり、数十年しか生きないかもしれない。
でも数十年というあなた方が必死でした仕事の業績が
これから幾転生していかれる永遠の魂の流れの中においても
あなた方の人生の中で素晴らしい記念碑としての
素晴らしいメモリアルな時代として
あなた方の過去世の転生の中に記憶されることであろう。
そのことをわたくしは、今ここにおいて誓えるのです。

であるならば、我々に力を貸してほしい。
どうか仲間たちを救うためにも。
彼らがどんどん落ちていく。
彼らがどんどん落ちていくという現状を
あなた方はわかっていないかもしれない。

今、K会にいる者たち、G会にいる者たちも
彼らの教祖が落ちていくならば
その者たち、今、忠誠を誓っている者たちも、彼ら光の天使たちも
ともに下に落ちていくのだということ。
そのことを考えたならば、彼らはあなた方の友人たちでもあり
わたくしの部下たちであるということを
もっともっと認識してほしいのです。

今はだめかもしれない。
今語っても彼らはわからないかもしれない。
でも永遠のスパンの中において彼らを救うには
今あなた方がやるこの仕事しかないのだということ。
この仕事が成功しなければ、そのあとにどれだけ孔子であろうと
モーゼであろうと、どんな方がたが、素晴らしい方がたが下生されても
あなた方の仕事をもってしか
次の世代に引き継ぐことができないのだということを
もっとあなた方は心に認識していただきたいということを
わたくしは今日伝えに参っているのでございます。

あなた方一人ひとりは精鋭として、ひじょうに選ばれた者たちとして
今日生き残ってこられ、ここに集われて
神により選ばれて今、この座にいられるということなのです。

この席におられるただひとりの方におきましても
ただひとりとしてもこの場において座ることが許されない方は
座っておられないのです。

今日初めて来られた方におかれましても
わたくしどもは許可をしているから
今あなたはこの席に座れているんだということを
認識していただきたいのです。
結果的に座ることを許されない方がたは弾かれていくのです。
そのことを、もっともっとわかっていただきたい。

そして、これから先のことを思い
どうかわたくしがきついことを、つらいことを言うことが
けっして部下たちを切り捨てるためでもなければ
仲間たちに対して、ひじょうに厳しい
裁くような言葉を言っているのでもなく
彼らの魂を今救わんがために、今天上界が必死であるということ。

そのためにあなた方の、今のこの計画があり
このレムリアの会というものがあるということ。
そのことをあなた方はわかっていただきたい。

(2004.12.11 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-19 07:17 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

ポセイドンからのメッセージ

我はポセイドンなり。
人は「海神ポセイドン」と言っている。
今日、ここに参上できた喜びは無常のものである。

アテナよ、そなたは今世、大きな使命を持ち、今、歴史の重要なポイントの中で
その力を尽くすことを神々に乞(こ)われているのである。
私も長い間、海神としてほかの神々と相容れぬ時を過ごしてきた。
兄であるゼウス神とも、互いに歩み寄ることなく
この数千年の時を別々の世界で過ごしてきたのだ。

今、この時、日本神道の神々の、特に海神の援護を受け
我々、地球世界の海神が手をつなぐことにより、表の神々とも力を合わせ
今、ひとたび地球救済の計画に参加する要請を受け
表、裏ともに相力を集わせ、この計画に参加しようとしている。

今、地上を見るに、これほどまでに汚れきった、この地上のけがれを
かつての私であるならば、大洪水を起こし、地上粛正という形で
地上の汚れきった民人を洗い流す、そのように、考えたかも知れぬ。
しかし、天の神々の心は愛深く
今ひとたびの猶予の時を、忍耐を持ち、待とうとしている。
神の深い、深いお心を知るにつけ
我々も、今ひとたび、洪水により地上を洗い流すことを待とう。

かつて我々は地上を、この地球という神の体をけがす
悪い想念で汚す人間たちをいましめるために、いくつかの大洪水を起こし
また一から立て直す、そのようなことをしてきた。
聖書にもあり、そして、ギリシャの神話の中にもある大洪水がそれである。
それは、世界各地に起こっているもののはずである。

それがまた、今一度、巨大な津波となり、大きな洪水となり
地上の人びとを消し去ってしまう。
それほどまでに地上が汚れているのだということ。
神々の怒りは、もう限界にきているのだということ。
そのことをお前たち、人間たちは心から反省せねばならない。

そなたたち人間が、どこまで、このけがれ切った波動から愛の波動へと移すこと
変わっていくことができるのか、私たちはまだわからぬが
しかし、その可能性を少しは信じてみたいと思う。
その要にいるのがそなた、そして、そなたの仲間たちである。

このような巨大な計画の中で、今地上におき、法輪を手にしているそなたは
ほかの神もおっしゃられていたが、たいへんな幸せ者であると
慎んでこの命を受けなくてはいけない。

かつて、私とアテネの町を相争い、また地上においてゼウスとも戦ったとき
そなたは常に先頭になり、私を屈服させてきた。
今思えば、あのような戦いは小さな、小さなもの。
今は、地球規模で、この戦いが行われようとしている。
戦うべきは人間、お前たちの心に巣くう汚れとも、迷いともつかぬ
誤ったその物質界に執着した、その心根なのである。

サタンが降り、ハデスが降り
さまざまな悪霊たちが人びとの心を引っぱり、計画を挫折させようとするが
そなたたちのけがれた、曇った神性に彼らは巣くうのであって
光輝く神の子の神性には何もできないのであるから
しかし、よくよく注意せよ。
よくよく油断するな。

今回の事故などを見ていても
それはそなたたちの、皆、不手際、あせり
そのようなものが戒めとなって降りた形である。
このようなものが、もっとひどい単位で起きるぞという計画でもある。
我々もそなたたちを護ってはいるか
自らの心の曇りにより引き寄せてしまう魔の誘いは
我々でも防ぐことはできない。
なぜなら、そなたたち自身が魔を呼び込んでいくことになるのだから。

ORしかり、TKしかり。
わたしはきついことを言うかも知れないが
厳しすぎることを言うかも知れないが
サタンが彼らをはめたのではない。
己が神性の、神になりたい、神にも勝りたいという
その思いが彼らを招き入れたのであると、私はそう思う。

肉体を持ちし者は、所詮人間なのである。
至高の存在である神に対し、心から謙虚に仕える姿勢を持たなければ
あのような姿になってしまうのである。
だから、そなたたちも、くれぐれも注意をしなさい。
我々が護ろうにも、そなたたち自身が神の手を振りほどき
サタンたちと手をつなごうと手を差し伸べてしまうのなら
我々はそれを止めることはかなわぬのである。

よいか、すべてはそなたたちの心の中にあるのである。
だから、神の使途として、もっともっと、光ある存在として
迷いのない愛の思いを発しなさい。
圧倒的な愛と、圧倒的な光の中で周りを照らしなさい。
それが今、何より今の時代の中におき、求められているのだ。

そなたたちは巨大なかがり火である。
神のかがり火である。
高く、かがり火を頭上に掲げよ。
迷いのない、確信に満ちたかがり火であるならば
真にわかる者たちは、そこに寄って来るであろう。

スパイを行う者。
そなたたちを中傷するために寄って来る者。
そのような者も確かに寄って来るから、気をつけなくてはいけない。
しかし、彼らも救われたいのだ。
彼らも神の子としての神性で、救われたくて、救われたくて
傷口が苦しければ苦しいほど、救ってもらいたいという願いは
傷のない者たちより、もっと強くなるのだ。
だから、寄って来るのだ。

そういう彼らも、その胸もとに包み込むように
あなた方の圧倒的な愛の中で癒してあげなさい。
それが女性である。
あなた方ならできるのだ。

男性は、なかなかそれができぬ。
どうしても、己が意志と意見が食い違う者に対しては、対立し
戦ってしまうのである。
そういう者たちの身も包んで、けっして攬乱されることなく、毅然としながら
しかし、その愛の中で癒してあげなさい。
愛とは何であるか、けっして裏切らないものであるということを
そのやさしい微笑みの中で、傷ついた者たちを癒してあげなさい。

私も本来であるならば、海神をする前に
それなりの光の天使であったことは間違いないのである。
かつて、神話の時代、神と呼ばれた者たちが数多く出た。
そして、人類の芸術と思想の流れの基盤をつくろうとしたのだ。

その時、ギリシャは霊的に見ても
知性の分においても、芸術においても、文明の極みの中にあった。
今だに、その燦然と輝くギリシャの、その叡智の光は
今日まで人びとを導き続けているはずである。

そなたたちの中で、オリンピックというものがあるであろう。
あれも、三千年を超える時の流れの中で、今だにあれを超えるものを
そなたたちの社会の中でつくれぬではないか。
ギリシャの中でつくられた芸術
そして、オペラ、さまざまな演劇
そのようなものの原形は、その時代に確立されたものである。

ギリシャ神話の中にある、美しい牧歌的な
しかし、神と人間たちとの関わりについて、人間的であればあるほど
神々は人びとの心の中に受け入れられていったのである。
地上に降りし神々も、肉を持てば人間と同じであったのだ。
ただ、その時代の指導者としての身を持ったという
その時代背景があったのである。

今、思うと、とても懐かしい。
相争ったこと、すべてがいとおしい。
そのように思える今の状態を、私はとても喜びに満ち、感動している。
そして、また、新たな時代がやってくる。
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そなたが、このような地球規模の計画の中で、白羽の矢が当たったということ。
そなたの生い立ちから
そして、高橋信次という、エル・ランティと呼ばれる方が出られたときから
ずっと流れを見守ってきた。
そして、その人生の中に、その学んだ神理知識を刻んでいるという
ほんとうにわずかの可能性の中で、確実に導かれ
九次元神霊の言葉を胸に刻んで、今日を迎えている。

なかなか、この確率は少ないのだ。
地球、何十億の人数がおれども
あの時に、あの時の高橋信次のG会という団体を通し
ORという方の初期の頃からの講演を聞き
そして、どのように曲がり、どのように転落していったかを
すべてを見守り続けてきて、かつ、サタンの攻撃がどこにあり
今、組織がどのようになっているか、正確に理性的に
間違いなくとらえている者たちはほんとうに少ないのである。

いないことはない。
しかし、私たちがその者たちの心を見ていると
ほんとうの意味で神に仕えるというよりは
だからこそ、我こそはという思いの中で、皆が力を合わすことよりも
自己主張し、分裂してきていることのほうを悲しく思う。

もっともっと、そなたたちの助力者がいてもよいのだ。
何のために、あのように法を学び続けてきたのか
神理知識を頭に詰め込んできたのか、我々、神々は悲しく思う。

先日、兄、ゼウスがおっしやられたように
難しい神理知識など頭に詰め込みすぎなくてよいのだ。
人間として、神の子として、本来の最も大切なところを
今一度、確かめよ。
確認せよ。
その光を広げよ。
もう一度、原点に戻れ。

愛とは慈しみであり、優しさであり、許しであり、助け合いであり
そして、謙虚さを伴うものである。
そんな簡単なことがわからぬほどにおごり高ぶり
人びとの心は
物質的な物の豊かさを求めることだけが人生の最大の興味であり
目的であるかのようにひた走りに走っている、愚か者の軍団である。

崖っぷちに向かって豚の群が突っ込み
崖の上からみんなまとめて落ちて死んでいくように
我々はそのように、人類の行き先を見ていて思う。
何と愚かな者であろう。

物質文明などというものは
物質文明自体が時代の中で要請されている役割が終われば
それほど価値のあるものではないのだ。
ただ、宇宙文明に行く前に今、急濾、近代科学というものが進歩
発展するということが要請されている時代だからこそ
科学文明が一挙に進歩してきたのである。

それ以外は、人間の真の幸せということを考えたならば
三千年昔のギリシャの地で、我々が布切れ一枚、体に巻き
そして、音楽を奏で、酒を飲み、神殿の中で
そして、人びとも和やかに演劇などを興じながら、神の話をしている。
そして、日常の生活を親子、家族楽しく、仲良く暮らしていく。
オリンピックを見
みんなで日夜、スポーツに、文学に、演劇にといそしんでいる。
その姿のほうが、よっぽど幸福であるということ。

人間が幸福であるということは、そんなにも変わらないのである。
今日のほうが、三千年経ったギリシャの時代よりも幸せだと
そなたたち、ほんとうに言えるか。
ただただ、ちょっとばかり便利になっただけであり
ほんとうの幸せは、夫婦、仲睦まじく
親子、皆、仲良く、健康で助け合って生きていける。
それが幸せの原点であるということを
今、そなたたちは学んでいるのではないのか。

その幸せを維持するために、社会を幸せにするために、発展させるために
男たちは外に行き、仕事をし
女たちは愛のために家族を守り、世話をし、生きていく。
その間に、余分な物質などはそういらないのに、女性たちの姿はどうだ。
つまらぬブランドだの、つまらぬ華美な贅沢さを求めるがままに
最後は女性としてもっと大事な貞操というものを軽んじ
自らが幸せであるかどうかをわからなくしている。
そんなものは、進歩したのではない。
明らかに、かつて三千年昔より後退したのである。

人間たちよ、目覚めなさい。
そなたたちが抱えている大きな心の病を
今、しっかりと見極め、今一度、神の子として神のもとへ戻ってくるのだ。
そなたたちの未熟さが、今日の文明社会の病を引き起こしているのだ。

どれだけ高度な神理知識を学べども、どれだけ難しい学問を修めようとも
どんなに素晴らしい科学技術が高度に進化しようとも
そなたたちの心が病に冒されているのであるならば
幸せなどどこにもないのだということ。
そのことに、もっと気づかねばならぬ。
そして、目を地球全体のことに向けて考えなさい。

今回の文明の中で、モーゼ、イエス、ブッタ、ゼウス
そのような神々が中心になって、この文明を支えてこられた
指導してこられたのだ。
しかし、まだまだ、多くの神々が天上界におられ
その方がたもまた別の文明を指導してこられたということ。

地球という歴史が、そなたたちが考えている二千年や三千年なものではなく
何万年という時の流れの中で、さまざまな指導を受けながら
そなたたちが、その大事なものを、神の子としての神性を学ぶために
長い、長い時、学習してきたのである。
そのために多くの神々の指導を受けてきたのである。

それにもかかわらず、そなたたちはまだ
そのような初歩的なことがわからぬのか。
原点がわからねば
その上の積み重ねは、何を乗っけたとしても砂上の楼閣なのである。
崩れ去ってしまうのである。

(2002.11.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-17 07:28 | ポセイドン | Trackback | Comments(0)

アポロンからのメッセージ

アポロンです。
このたびは、レムリア・ルネッサンスとして
あなた方が、新たな時代精神を、打ち立てていかれるという
そのような、大きなお仕事をなされるということ。
神の計画の中に織り込まれた最後のチャンスを
この地上に広げていくための新たな試みを
あなた方が請け負っていただけたということを心から感謝し
今日、招霊されたことを光栄に思います。

あなた方も少しずつ
この天上界の計画というものが理解できてきたように思われるが
この計画は遥か昔より
今日の地球の命運をかけた大計画であったということを
そのために様々な大如来と呼ばれている
エル・ランティや仏陀と呼ばれる方がた
そういういろいろな如来の方がたがお出になり、この日本という国を通して
地球の大転換の時というものをつくるためにご用意いただいたのです。

私の役割と申しますと、私の本体エネルギー
それはあなた方がよくご存知のミカエルというものでございます。
ミカエルというエネルギー体の中に
私のような個性が、先ほどお話なされていたジュピター
それからマルティン・ルーテルと呼ばれているような方がた
そういういろいろな方がいるというのも
個性体の一部としてあるということなのです。

今回、私は今を遡ること十年近く前
初めてこの方にコンタクトいたしました。
それまでは、全くこのような運動を立ち上げるということを
この方は何も知らず、かつてのK会というものを辞めた直後で
ひじょうに傷心な思いでおられたのを私は見ております。

ひじょうに絶望もして
もうこのような計画をやるというのは
もう二度と嫌だというふうな強い気持ちで
傷ついて辞められているこの方の気持ちというのは
その時、見ておりました。
でも、もうこの方が辞めるというのが決まっていたそのちょっと前に
もうすでに、この今回の第三の計画というものは
この方をもって発動されるということが天上界により決まっていたのです。

それゆえ、この方に対する呼びかけをしなくてはなりませんでした。
でも、呼びかけをするにはこの方は余りにも傷ついており
本人も、とてもうんざりした気持ちの中で
我々の言葉を聞けるような状態ではなかったのです。

それゆえ、まず私がこの地上に出ていき
数々の光の天使たちが下生していくという計画から
まず始めなくては間に合わなかったものですから
他のところにも出て行きましたけれども
私が、まず最初にこの方に出た時に
もしミカエルを産んでくれと言ったのなら
100パーセントこの方に断られていたはずなのです。

だからミカエルは出ませんでした。
ミカエルからの問いかけではなかったのです。
私からこの方の縁を通じて
この方にお願いに行ったというのがその時の事実であります。

ですから今回、出ているエネルギー体がアポロンであるかと申しますと
ミカエル本体エネルギーが出ていることになります。
アポロンという名前を通しますと
この方はひじょうに優しい思いで私を見ていただけ
「姉さん」と一言うと
ひじょうに優しい気持ちで、心を和らげて私の言葉を聴いてくれたのです。

それですから、私はかつてのギリシャの時代の姿をして、この方に
「また一度、この地上に出て行きたいから、産んでもらえないだろうか」
ということをお願いに行ったのです。
そのような経緯があります。
そして悩みに悩まれましたけれども受け入れていただけ
そしていろいろございましたけど
地上に誕生していったという経緯があります。

ミカエルとか、私のような者が
どのような役割を持ってこの地上に出るかと申しますと
ミカエルの場合は、もうちょっと魔を統治すると申しますか
征伐するというような強い意味合いがございますが
私におきましても、ミカエルというエネルギー体
私たちのエネルギー体と申しますのは、九次元の方がお出になられたとき
その脇にいて補助にあたるというのが私の使命と心得ております。

私が、というのではなく、私が中心に出るときは
だいたい中興の祖として出る場合が多いのです。
そうでなければ、九次元の方の
法の補助という意味をもちまして私の役割とさせていただくのです。

ですから今回におきましても、ミカエルのエネルギー体の降りた者が
その者が法を中心に説くということではなく
必ずそのときには、この方にも知らせてはおりませんでしたが
その数年後になり、孔子というエネルギー体が降りられているということを
この方は知る訳ですけれども。
孔子という、九次元の方がお出になられ、法を継承されるというときに
必ず、今あなた方も遭われておられると思いますが
このような神理の運動を立ち上げるときには、必ずや魔の標的となり
神理の使徒たちはありとあらゆる撹乱をもって
その神理の道を塞がれるのです。

このように私たちの霊言を本として出しても
またそれを、本を差し止めさせられてしまう。
出版権を取られてしまう。
そのようなことが、一体、天上の神々に対して
どのような神理の道を塞ぐ愚行であるかということを
あの者たちは何も理解していないのです。

でも、必ずや神理の運動が立ち上がるとき
かつてのジャンヌ・ダルクにおきましても
神の言葉を伝える者たちの前には、必ず魔に操られた者たちが立ち塞がり
その神理の道を命がけでせき止めよう
引き止めようとするのがいつもの道なのです。
常道なのです。
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ですから、私は、ミカエルのような者は、どのようになるかと申し上げますと
九次元の方が法を伝えられるとき、特にミカエルは脇に立ち
その法を伝える方を側面において補助しながら魔から守るということ
その神理の団体を魔の標的から守って護衛するという意味
その意味合いを持ち、ミカエルは出るのです。

そしてミカエルが地上に下生するということは
かつて、サタン、ルシフェルが地上に出たときもそうでしたけれども
最終的な魔との決戦という、戦いという意味合いをもちまして
その役割を担って地上に出るということなのです。
ですから、本人が中心になって法を説くとか
法の継承をするということは考えてはいないのです。

ただ、今回もありますように、第一の計画、第二の計画がだめになり頓挫し
第三の計画が発動するというように
やはり天上界は様々な非常手段というものをかねて計画しております。
その意味合いにおいて、万が一、万が一のことがあったときには
その者が法を預かることができる者であるという意味合い
ミカエルという特性は、天上におき魔の討伐というものも含めまして
あと、法の管理ということ
法というものを預かっているという立場もございます。

法をつくるのではなく、法を地球神
九次元の方がたが編纂された法というものを
ひとつの大きな書物の中にまとめまして
その法の管理ということを預かっているのが
またミカエルの仕事でもあるのです。
その意味をもちまして
もし、法が曲がったとき、法がいたずらな方向に行ったときに
脇において魔より守りし九次元の法を別な形で直していくという
守っていくという
そのような第二段階の形での使命というものも織り込まれているのも
事実なのでございます。

これはやってみなくてはわかりません。
これから先のことを考えると、どのようになるかはわかりませんが
でも孔子におかれましても、他の出て行った様々な力のある者たちにおいても
最後、レムリアの方がたが、一生懸命、今ここでつないでくださるのを
けっして無駄にはすまいと感謝をしながら、命がけでまた新たな使命を持ち
地上に、次々と下生して行っているのです。

ですから彼らも精一杯、頑張ってくれることでしょう。
その中で、孔子がどのように法をおまとめになり、世界計画の方向へと発信し
そのあとに続いた世の建て直し部隊と呼ばれている者たちが、体制を、法律を
文芸復興を、あらゆる方面において、各論と呼ばれているものにおいて
様々な文明文化の新たなルネッサンスを起こしていくことにより
地上を変えていくという、そのような流れがある中で
法というものをしっかりと継承した九次元の方が
孔子と呼ばれる方がお出になり
そして、そのときは必ずや、稀に見るような大迫害も起きるかもしれません。
たいへんな、たいへんな反撃に遭うかもしれません。

そのときにミカエルと呼ばれているその者が脇に立ち、護衛をし
法を守るための
人びとを守るための求心力の一部として立てていくのならば
役割を果たしていけるのならというふうにミカエルは思い
今回、出て行ったのです。
死に物狂いで、命がけで、彼は今、この使命を果たそうと
天上界においても、地上に降りた者の意識もまだ幼いですが
その者も通して、今必死でミカエルがやろうとしております。

(2005.6.16 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-02-16 08:47 | アポロン | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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