地球を愛の星へ

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イエス・キリスト/アモールからのメッセージ(7)

今日現在、さまざまな新興宗教がありますが
私の時代にもたくさんあったのです。
そのような宗教というものは、私や、モーゼが、仏陀が
法を説いたときと同じように
ひとつの人類が全く何もない原始農耕社会から始まったときに
私たちなりに、その時代の環境の中において、さまざまな法というものを
民族宗教的な、ひとつの限定の中で
私たちは法というものを説いて参りました。

その地域に、その時代に、その民族に合ったやり方で
人びとの心をつかんで
法というものを、法の種というものを降ろしてきたのです。
そして、それが成長を遂げ
今日にそれぞれの亜流というものをつくってきています。

だいたいが多くの宗教は、そういう根本的な法という
三大宗教とか呼ばれたものの
宗教の亜流というもの、それから新興宗教というものが数々出てきて
そこに地下の者たちからの惑わしのようなものが
入っていたのも事実かもしれません。
でも、あなた方の中で、この団体は魔であるとか、そのように言い合うこと
そこにまず、宗教界の、宗教戦争の種が常にあったのです。

宗教というのは、どの救世主においても、天上における神の理念というものを
地上に、その地域に、その時代に合うように降ろしただけであるのに
それが一人歩きをし
それが他の宗教の者たちを裁き合うトラブルの種になっていく。

そして、おまえが問違っている、私だけが正しいと言い合う中で
宗教戦争というもの、そして、ひとつの新興宗教の中においても
近年ありましたように、おまえがサタンだと、私は神の使者であると
そのように互いを裁き合う心の中に地下の者たちが同通して
地上にいる光の天使たちの魂すら、地下に引きずり降ろしてしまうのです。

そのことを考えますと、あなた方は、もう今まで
私の説いたキリスト教においても
モーゼの説いたユダヤ教においても、仏陀の説かれた仏教においても
イスラム教においても、さまざまな教え
それはその時代において必要であったから降ろされたということです。

でも、それは発展途上における
人びとの魂を成長させるための過渡期にあった
宗教の指導形態であったということを、わきまえねばなりません。

そして、ローカルな宗教と呼ばれて、世界中にさまざまな指導霊が降りて
今日まで導いてきた時代から、これが統合に向かう
最終的な地球規模でまとめ上げられる
総合的な宗教というものが到来する時代がきたということなのです。

地球を照らす太陽がひとつであるように
地球を指導している霊天上界もひとつであり
そして、宇宙の神はひとつなのです。

いくつもの神がいて、神同士が喧嘩をしていると思っているのが
地球の者たちの宗教戦争の原因でもあるのです。
根源はひとつであるということを、地球人類に教えなくてはなりません。

私たちは、みな仲の良い仲間であり
地球人類を指導するために頑張ってきた指導霊たちである。
実は私たちはみな、ひとつの理念のもとに指導してきたのであるということを
地球人類が悟ったのならば、宗教戦争というのはなくなっていくのです。
そして、それは愛のもとに、愛の倫理のもとに
ひとつにまとめあげられるのです。

その素朴な、シンプルな愛というものを理解していく中において
自分たちが過去、置かれてきた、狭い、狭い民族的な
ドグマ的な限定の中における認識というものから
あなた方、一人ひとりは、みな神の子であるということを
今回、しっかりと教えられている。

永遠の魂の中において転生輪廻をしている
永遠の命を持った神の子であるということを教えられている。
その意味において、あなた方が所属する宗教も、国家も
何もないのだということを、あなた方は知らなくてはいけない。

自分はクリスチャンであると、イスラム教徒であると、仏教徒であると。
そして、自分はアメリカ人であると、自分は中東のイスラム圏の者であると。
自分たちの所属するところがここであると思うからこそ
相手との戦いが生まれるのです。

しかし、実は違う。
世界中のいたるところに、そして、あらゆる宗教に転生している魂である。
その長い、長い年月、転生してきたあなた方の魂が
今ここで神に問われているのです。

どこかに所属して身を隠し、その与えられた過去の狭いドグマの中で
与えられた小さな宗教の考え方の中で、自分を正当化し争うのではなくて
あなた方が、一人ひとり、みな神の子であるという、神の子として
あなたの神性をもって神の前に立ちなさいと。
永遠の命を持つ神の子たちよ。
あなたはほんとうに神の子として、何をなさねばならないと思うか。
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神が愛のエネルギーであると
宇宙を貫く愛のエネルギーであるということを知らされ
そこにおいて、神の子である、愛のエネルギーを引くあなた方、一人ひとりは
それでも自分がかつていた国の、自分がかつて信仰していた宗教の
民族の仲間たちを攻撃し殺し合うのかと。
何をあなた方はするのかと。

もう、そのような、民族的な、国家間的な、イデオロギー的な
そういう枠を全部、一度捨てなさいと。
そこを学ぶことにより、あなた方の魂は育ってきた。

でも、今は、その学んできたものの中から、あなた自らが
あなたの神の子としての神性として、神の前に立ちて
その答えを一人ひとりが答えるときがきている。

それでも、あなた方は自分の兄弟たちと殺し合うのかと。
そうやって、この愛の地球を滅ぼしていくのかと。
神は問うている。

そこにおいては、いかなる所属団体の言い訳も
受け売りの知識も通用しない。
魂として学んできた、その長い、長い流れの中で、数々の転生輪廻の中で
あなたは何を学んだのかということ。

それを通して、今はもう、そういう国家間のこと、民族的なこと
宗教的なかせからはずれて、地球人類として、この愛の星のもとで
ひとつの家族として手を取り合って、この地球を滅ぼすのではなくて
次の愛の時代を築くために手を取り合って
愛の地球ルネッサンスをしながら
次の時代の到来を迎えようではないかと。
そのように、私たちはあなた方に語りかけている。
そのための試練である。

この答えは誰も代わることはできない。
なぜなら、その人その人の魂によって、来たルーツはみな違うのです。
でも、神から常に投げかけられる質問は同じなのです。

それに対する答えを
あなた方自体が、目先だけではなく、頭だけではなく
思いにおいて、この地球の、生きる、生き抜く人生の行いにおいて
あなた方がどのように納得した結果をもって
自分の人生の答えを生き切ることができるか。

それをもって、あなた方の魂が合格とされるか
不合格とされるかが決まるのです。
その時期が今回、きているということです。

愛の教えというものは、信仰というものは
ひとつの決まった答えだけがあるのではないのです。
それは、自分自らの人生の中で、どのような答えを導き出していくか。
それが真に大事なことであって
それは神の子としての、神性をますます光り輝かせ
あなた方の魂のグレードを上げていくものになるのです。
それがあってこその無限の進化なのです。
試験のための試験ではなくて、ひとつの区切りとしての
人類に課せられたテストなのです。

聖書の中にある、羊とやぎを分けるときというのは
そういう意味なのです。
けっして神は難しい難解なことを望んでいるのではない。

ただ、神の子であるのだよと言われたら
神の子として、愛に生きることができるかと。
愛を心の中心に据えて、分かち合って生きていくことができるかと。
互いに愛し合い、許し合い、生かし合って生きていくことができるかと。

ただ、その一点だけを、あなた方に教えるために、数々の宗教が興り
数々の霊指導が起きて、あなた方は転生輪廻をしてきたのです。
そして、その原点は常に
神の子としてどう生きるかという魂の学びにあったのです。

(2006.4.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-03-31 11:46 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(24)

我はモーゼなり。
今日この場において、新しい本が出て、新たな展開がはじまるということを
ともに祝福し、感謝を申し述べよう。
そなたたちの努力が実り、地上においてまた我らの言葉が地上に広まっていく。
このような書物を次々と出すことにより、我らが言葉を地上に広め
天上界の意思を、地上に広げていきながら、我らが計画を実行してほしい。

そなたたちは、この計画が実に壮大なものであるということが
わかっているようでいて、まだわかっていないかもしれない。
これは地球最後の命運をかけた、我々の世界とこの三次元と
そして地下の世界をも巻き込んだ、大いなる聖戦であるということを
そなたたちはもっと認識しなくてはいけない。

現代の文明、誤った方向に進んできたこの文明は
神の子たちが、神の子であるという本来の目的を忘れ
自らの欲望にかまけ、誤った価値観によって暴走し
自殺行為の結果、滅亡の危機に瀕している。
それを認識しなくてはいけないのである。

滅亡の危機というのは
天変地異により地球が滅亡するように思っているかもしれないけれども
地球の自浄作用として、そなたたちが自ら地球上にばらまいた
業想念の結果として、地球が浄化されるための天変地異はあるけれども
天変地異が文明を破壊するわけではない。
また、けっして神が望んで、我々の興した
この三次元の文明を滅ぼそうという意思があるわけでもない。

この最終的な滅亡の原因はどこにあるかというと
自らが行った、そして放っておけばそのうち起こるであろう
世界大戦と呼ばれるような核戦争に、一番の問題点があるのである。
それをもって、地球人類は滅亡に瀕するか。
そのようなものを使うことなく、人類愛というものに目覚めて
神の子としてどのように生きていくかという、価値観の転換をして
乗り越えていくことができるか。
その、二者択一の転換期にあたっているのが現実なのである。

それに応じて、地球の自浄作用が発揮され
天変地異が起きるということはありうるけれども
それは、新たな世紀をつくるための浄化の一環でしかないということ。
だから、大地震とか大津波がきたとしても
それは、自分たちの行った原因の結果、反作用の賜物であるということ。

それよりも、人類がこれから選び取ろうとしている
国対国における核戦争、民族紛争、宗教紛争
イデオロギーからすべてを含めて、戦争の危機に頻している。
これが表面化するかどうか、あるいは、これが表面化することなく
戦争態勢にもっていくことなく、核戦争にもっていくことなく
人類愛の中で核を放棄し、新たな精神文明の段階に至れるかどうか。
そのために、我々がこのように天上界から数々の法を降ろしている。

イエス・キリストが語ったような
人類愛に目覚めるような、高度な精神状態にもっていけるかどうか。
そこが地球人類としての大いなるテスト期間である。
これを越えて、人類愛に目覚めてこそ
次の宇宙時代の幕が切って落とされるということなのである。

我は地獄担当であるけれども、
そなたたちが思っているように、サタンたちは実際にいる。
魔との戦いを、そなたたちも、常に経験していると思うが
我も常に地獄界に行き、彼らを説得している。
しかし、神に対するサタン、悪魔たちが、二元論の中
対極としてあるというふうに
三次元の者たちは思っているかもしれないけれども実は違う。
二元論は本来ありえない。
それを、そなたたちは数々の霊人たちの霊言を聴き
光一元であるということがもうわかってきていると思う。
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本来、神とは圧倒的な宇宙のパワー
愛のパワーであり、光であるということを、もう学んだであろう。
その愛のパワー、宇宙を貫くエネルギーの前において
サタンたちの力などは、ほんのわずかな、一点の曇りでしかない。

そうすると、サタンとか、地獄の力というのは何なのか。
それは、人類たちが、未発達な精神状態の中
欲望という想念を積み重ねてしまった。
そのような汚れたエネルギーの溜まりのようなものである。

サタン対神があるのではなく
圧倒的な神のもとに生かされた神の子たちの中で
神の子としての、自らを発揮できぬがゆえの未熟さから
自らの欲望の虜となり、マイナスのエネルギーを出し
マイナスの精神状態でさまよい、迷っている
それがサタンたちの姿である。
だから、地球人たち、三次元の者たちは、過去より宗教の中において
悪魔対天使、悪魔対神という構造を頭に入れているかもしれないが
それは違うのだと学ばねばならない。

地獄の活動エネルギーが、地上の者たちの悪想念のエネルギーであり
それを吸って彼らが活助しているということは、もう知っているだろう。
ならば、地上の者たちの意識を神の子として純化し、清らかにし
本来の愛としての、神の子のエネルギーにもっていくことによって
地獄のエネルギーを抑え込むこと。
そうすれば、彼らも反省できるチャンスが与えられる。

もし、彼らをほんとうに消滅させようとするなら
神の偉大なるお力をもってすれば
瞬時に彼らを抹殺することなど簡単なことである。
しかし、彼らは神の子なのである。

しかも、サタンたちの使っているエネルギーが
地上の者たちにひじょうに影響しているから
我々天の軍団たち、戦闘系の天使たちは、非効率的であるが
根気強く、忍耐強く、彼らを説得しているのである。

ミカエルも、本来の力をもってすれば、彼らを打ち倒すこともできようが
かつての仲間を傷つけ、立ち直れないようにはしたくないから
時間をかけて彼らを説得している。

地上の者たちも、間違った思いでいるから
波長同通により憑依されているのだが
憑依されている者もろともに、その者を打ち捨てて叩き切ってしまったら
地上に生きている者にも、非常なダメージを与えることになる。

だからじゅんじゅんと、神の子としてあるとはどういうことかを説き
地上に、法として
光の天使を通してメッセージを降ろし、心を学ぶことで、法を学ぶことで
波長同通の結果、彼らと同通できない精神状態をつくって
地上の者たちの悟りを深める。
サタンたちを追放し、サタンたちにもわからせるチャンスを与えるためにも
地上の者たちに、愛の法としての
忍耐強い指導というのが行われてきたのである。

力任せに、法力任せにするだけなら
一瞬にして叩き切ってしまえばいいという
そのような理屈がまかり通ってもおかしくないほど
我々は途方もない時間を、彼らの説得のために使ってきた。

モーリャ:モーゼとして古代イスラエルに転生し、宗教的指導者となった。
     ユダヤ教の創始者として知られる。
     エジプトで奴隷のように苦役を強いられていた
     イスラエル人を率いてエジプトを脱出し
     紅海を割って渡るという奇蹟を起こし、
     追手の車団を振り切ってシナイ半島に入り
     その地でエホバの神と契約を結び
     十戒を授けられたと伝えられている。
     天上界では、九次元霊の一人として赤色光線(正義)を担当し
     地獄解消の役割を担っている。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-03-29 18:07 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

スペースエンジェルAS(5)

(宇宙から)おかしな者がやって来て侵略されてしまうんではないかという
そのようなものから出られないでいるということも事実なのです。
そのような、まあ、誤った警戒心、誤った認識を解くために
私たちのように本来は地球人の魂でない者が、一回限りということで
地球に肉体を持って、出てっているということも事実なのです。

そういう者たちがいて
ちゃんと、やはり地球の中にどっぷり浸かっていては
わからない感覚というもの、宇宙の視点から見た感覚というものが
地球人の肉体を持って生まれてたとしても
やはりそういうものが染み付いているので、私のように出てくる。
そういう方たちが、そういう使命を持った者たちというのが
やはり出ています。

そういう者はだいたいコンタクティになっていく。
自分の星からこの間あなた方が
「アミ」というのをとっておられたようですけども
ああいう人が通信する場合
やはり自分の星の者が出てったほうが、精神的に同調できるのです。
感応できるのです。
やはりまったく違う者が出てったところに
彼らの感性で語りかけても難しいというのがあるのです。

でも肉体を持っていないけど、地球に出てって地球の肉体を持って
地球の方がたに伝えるコミュニケーション手段が確保できるならば
その星その星の人たちが自分の星の者を送り込むことによって
メッセンジャーとして、地球に彼らなりの愛というものを
伝えたいものを
伝え広げていくということができるということをやるために
ああいう形態をとっている人たちがいるということです。

私も私の母星から派遣されて来た者なのです。
それはこういう時代がくるから、さまざまな星の者たちがいろいろな角度で
「この地球に新たな時代が、宇宙の時代がくるんだよ」ということを
伝えるために
「内側にばかりいて、お互いに傷つけ合っているのではなくて
外に目を向けて、外に向けて意識を開き
自らが大宇宙の細胞のひとつであるのだという認識に基づいて
私たちも一緒に手を取り合って、宇宙の仲間になっていこう。
宇宙の家族にもなっていこう」と。
そして「自分たちの中にある神性というもの、真我というものに目覚めて
本来の神のふところの根源というものに帰っていく、戻っていく。

そして、その中において自分のやれることを精一杯
あるがまま光輝かしていく。
そんな素晴らしい人生をともに歩もうよ」と
そういうことをメッセージとして伝えたくて
私たちは来ているのです。

どの人もみな役割があるのです。
それはずっと私も言ってきたはずなのです。
役割があって、みなが素晴らしくて、みんなどの星に生まれようとも
どの銀河に生まれようとも、みんな一人ひとりが素晴らしい存在であって
自らでなければやれない仕事というのがあるのです。
それを果たすために私たちは今、命を持っているのです。

私は肉体は脱ぎ捨ててきました。
でもだからといって、私という存在が消えたわけではないんです。
たまたまもう壊れかけてた肉体
それを置いて本来の自分として戻ってきているだけなんです。
ですから、今のほうがはるかにいろいろなことがわかるし
いろいろな認識も戻ってきましたし、逆にこの形でのほうが
あなた方にお力になる仕事ができるのではないかと思うのです。

あの時肉体を持っていたままでは
やはり何も詳しいことわからなかったですからね。
だからその中でも肉体を待ったことによって
あなた方と私がそんなに変わらない
この地上の現代の日本というものを生きた者として
私は言葉も知っているし、あなた方に伝える手段というものを持っているし
生前の私の名前や作品を知っていただけるから
あなた方もこうやって私にコンタクトしてくれるわけだから
前はまったく宇宙人としての形で
この地上にいるこの人をコンタクティとしてメッセージしましたけど
今はかつて地球にいたひとりの女性として
あなた方にコンタクトしてるという
そういう形のほうがずっとスムーズで楽に
メッセージが伝えられるということです。

私も地球の人たちの、まして現代の日本の人たちがどう考えるかということを
多少違和感はあったんですけども、でも理解できるようなことを学びましたし
認識力として今持っています。

レムリアの時はまったく自分の母星の、自分たちの考え方
価値観でそのままぶつかっているものですから
やはりひじょうに地上にいる人はたいへんな思いをして
コンタクトしてくれたのを覚えています。

こちらも「地球人ってへえ、こんなことを考えて、こんなふうに動くんだ」
ということを学びながら、遠慮がちにコンタクトしてたので
なかなか先に進まないということがあったんですけど
今はだいたいあなたたちがどんな考え方をするか
どのようなレベルにいるかということは、私はもうわかっていますから。

まあ、個人個人では違いますよ。
違いますけども、現代の日本人がどんな発想の
思考の中にいるかということはだいたいわかるから
だからそれを踏まえてあなた方にメッセージすることができるということ。

話は横にそれましたけど、芸術ということはね
一人ひとりの感性というフィルターを通して
自分の内側の中にある神性という
真我というものを通して大宇宙の根源のエネルギーにどこまで調和できるか
そのひとつの賭けのような挑戦のようなものが
それを表現でき得た手段を持った時に
それが芸術であり、アートであると私は思うんです。

その表現手段が、ひじょうにデッサンカがあったりとか
遠近法が優れていたりとか
まず技術を学ばなければ表現できないというものも
確かにあるかもしれないけれども
そういう技術ばかりにはやって、いちばん大事な心の魂の中で自らの真我
あなた方でいう神の子としての神性っていうんですか、言葉が出てきますね
神の子としての神性というものに忠実に宇宙の愛のエネルギー
愛の高い波動に同調するという
それをその精進というか、その挑戦というか
その探求というものを抜きにして真の芸術は存在しないということなのです。
どこまで出せるか。
それはその人の悟りがそのままその作品に出るということなんです。

難しい表現手段を知らなくたって表現できるんだよ
ということを私は示して生きて見せたんです。
「表現がだめだから、私は実は高い
ひじょうに高い高度なバイブレーションを感じているんだけども
表現手段が拙いから、できないから、誰もわかってくれない」
なーんてことを言わせないわっていう気持ちで、私は描きました。
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実際、私は学校もどこも出てないんです。
美大も出てないし
何もデッサンカ持ってないことは私の絵を見ればおわかりでしょ。
でもほんとうに自分自らが宇宙の根源に直結できる
そういう愛の調和度というものを獲得しているのだったら
自らの心に素直な思いで神の前に向かった時に
自然に自らの体が神の愛の通路として生かされて表現されて
素直に、素直に体が神の愛を描きたくて、描きたくて
自分で勝手に動いてくるものなんです。
そうやって表現するんです。
理屈じゃないんです。

あなた方を見ていても思うし、私のまわりを見ていても思うけど
理屈ばっかり、知識ばっかり頭に入れた、根性も勇気もない
そんな行動に移すこともできないで、理屈ばっかりごたくを並べてる
そんな人が世の中多いんです。
多すぎるんです。
理屈じゃないんです。

理屈あってもいいんです、あってもいいけど、心の中で神を感じる。
神と宇宙の調和を、愛の調和というものを、ちゃんと感性で感じる。
心で感じる。
それがあって、知識があればいいんです。

でも知識ばっかり。
そんな人ばかりがこの地球には多すぎるんですよ。
少しでも学んだならば、少しでも感じたならば
勇気を持って行動することです。
私は感じてるけど、知ってるけど
まして神様なんかを難しい言葉で知ってるけど
何ひとつ行動で、人生の中で勝負できないような
そんな腰くだけた人間は大嫌いなんです。

そんな人はほんとうの意味で何もわかっちゃいないんです。
何もわかっちゃいない。
ほんとうにわかっているのならば、ほんのわずかな知識でいい。
でも逆に知識を詰め込み過ぎたから、あなた自体の中にある真我な思い
宇宙と同調できる真我な思いを表現する道をふさいでるかもしれない。
そのようなことがあまりに多いんだと、私はまわりを見ていて思いました。

知識が悪いわけじゃない。
知ることは確かに判断力においても
目を開いていく意味においても意味のあることだというのはわかるんです。
でも、その前に神とは、愛とは、調和とは
人の思いの中に幸せを注ぎ込んでいく道というのは
やはり素直な自分の心に感じるところから
始まっていくんだと私は思うんです。

その感じるということを
まるで知性が劣った馬鹿者であるかのように軽視する
そのような傾向があるじゃないですか、今のこの地球の中に。
現代の日本の中にもありました。
自分がさも賢いかのように思う。
でもいちばん大事なことは、なーんにもわかってない。

頭でっかちの、実は心の中にはどろどろとした欲だけが渦巻いていたり
自己弁護があったり、弁解があったり
人のせいにしたり、なんでも人のせいにしていく。
人生というものは、さっき言ったけれども
命がけで自分の行動の中において挑戦していく道の中で
様々な試練とぶつかり合っても、がむしゃらに精一杯生き続ける中に
ひとつひとつ命の光を見い出していくものなんです。

そうやってひとつひとつ人生を一生懸命に生きていった時に
ほんとうの神の愛の尊さ、自らの内側の中にある神性の命の凄さ、凄まじさ
そういうものに出会っていくんです。

それには命がけになって真剣に人生を生きようと
そして行動を通して自分の愛を表現していこうと思わない者には
永久にわからないものなんです。

頭ばっかりでわかろうとする。
知識ばっかりでわかろうとする。
言葉ばかり並べ立ててすべてがわかったような気になる。
でも心の中にあるのは欲ばかり。
私はそういう人たちに利用され続けてきたんです。

私は知識もないし、そして欲もなかったから
だからそこのところを彼らが利用するにはちょうどよかったかもしれない。
私は無防備だったかもしれない。
でもそんなものを欲望として身にまとってしまった者は
永久に神に直結することはできないし
神の愛の高い調和、波動に調和は永遠にできないんです。

(2005.8.6 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2016-03-28 06:43 | スペースエンジェルAS | Trackback | Comments(0)

スペースエンジェルA.S(2)

私が生前に言ったことの中に
「治すということと、戻るということは違う」ということを
語ったことがあるんです。
それを皆さん方が読んで知っておられるようなので
少しお話ししたいと思うんです。
「治す」というのは治療して治すということ。
これは治療の部分なので、炎症がおきている所をひとつの薬のような
その場しのぎの対症療法によって治療するという意味なんです。
それはある意味で簡単だっていうことを言ったと思うんです。
私は「体を戻すんだ」と、「本来の姿に戻すんだ」ということを言いました。
この人においてもそうなんです。

霊体の意味において、今この人がやろうとしていることは
個人の修行においては
本来の姿に戻すための苦しみを味わっているということなんです。
けがをしたから治療で治すということではなくて
本来の霊体のものを、本来の存在として復活させるために、復元させるために
もとに戻すために、一度ぐじゃぐじゃになった体を
苦しみの中で追体験をしていくことの中でもう一度蘇生させていく
復活させていくというのが、私が言った「戻す」ということなのです。

「戻す」ということは命がけの修行であり、行であり、その過程の中で
自分の根源的な魂にいちばん苦しいとこと向き合うことを通して
魂を浄化させて統合していくことなのです。
それを、まあ、そのように砕いてしまったのは本人の罪ではありますけれども
それをもう一度復元させて「戻す」ということが
どれだけ霊的に見ても肉体的に見ても
とても考えられないような負荷というものを
この人に与えているということをもう少しわかった上で
霊言機能というものを使うために
この人に霊言をとらせなければいけません。

今、地球人の精神状態を見ていると、相当レベルが上がってきて
調和度というのが高くなってきて、かつての戦争を経験した直後から見ると
地球の磁場というものがひじょうに上がってきているのです。
ひじょうに高い部分になってきてはいるのです。
でもね、これからは、「戻る」ということをしなきゃいけないんです。
戦争とかで傷ついてきたことを治療するという世の中であってはいけない。
あなた方が言っている神の子という
本来のものに「戻る」ということを言ってる。

自らの中にある神性というものを復活させるということを
あなた方はうたっているそうですけれども、私たちから言ったならば
どの宇宙人であれ、どの生命体であれ、すべてが神の子であって
自分自身のなすがままに
あるがままに自らの神の子の根源的なエネルギーに素直になり
そして、宇宙に満ち満ちる神の高い波動を
高いバイブレーションというものに同調し、調和していく。
どこまでも、どこまでも高みへと同調していく。
そこに上がっていくということが、自らの神性への復帰であり
本来神の子として、神のふところの胸元の中に戻っていくという
戻していくという作業でもあるということなのです。

その意味においては命がけであるということなのです。
私はそういう意味もこめて
「治す」と「戻す」ということは違うということを使っていたのです。

地球はこれから戻しの時代にくるのです。
治療の時代はもう終わりました。
今までは様々な弊害の中において、様々な弊害を癒して治療していく時代
対症療法というのが行われてきたのでしょう。
でもその次元を今度は、それまでの視点ではない見方を通して
あなた方は、本来は宇宙から見た地球人においても皆すべてが同じ
宇宙人も地球人も
すべてが神の子としての生命体としては同一であるという。

そして、宇宙にいる友たちに向かっても大きく心を開き
そして神というものが小さな寺院や仏閣の中に納まっているのではなくて
大字宙の中にある高度な愛の高い波動のエネルギーそのものであるという
そこに同調していく。
そこに調和していく。
その調和していく過程において
自ら一人ひとりが神のふところのもとの中に戻っていく作業
それはひじょうに個人的なものなのです。
パーソナルなものなのです。

みんなと一緒に手をつないで、情でお互いに傷をなめ合いながら
「さあ、みんなで行こうね、いちにのさんで上がるよ」と言って
手をつないでいっても、その人ひとりの心境がついてこられないのならば
そこには戻っていけないのです。

神のふところに戻っていくということは、一人ひとりの問題であるということ。
なぜならば一人ひとりの心の王国というものは
誰にも汚すことができないから。
その自由意志の中において、あなた方が学んでおられるように
自らの心の中の悟りというのは
一人ひとりが宇宙の根源的なエネルギーに向かって接続され
そしてそれは一人ひとりが自分で追い求めなくてはいけない
過程だからなのです。

そこにおいては限りなく計り知れない厳しい道でもあるのです。
でもそうやって私たちは
根源的な自らの神性という自分の内側にある神に至っていくのです。
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内にあるものが無限の遠くにある神に直結しているということ。
自分自らが愛のエネルギーの
調和のエネルギーの一部であるというふうに気づいていくという過程。
気づくということは、どれだけ強制しても叱りつけても怒っても叩いても
その人その人が気づかなかったら、気づけないではありませんか。
私はそれを言ったんです。ずっと。

「どれだけ説教しても、どれだけ言っても
聞く耳を持たない者にいくら宇宙の神理を伝えていっても
続けて言ってもわからないではないか」と-。
だったら、「あなたたちには伝えない」と。
時を待ちましょうという意味において
「私はあなたたちには語る言葉はない」という言い方をすると
「ひじょうに冷たい女だ」と言われたかもしれないけれども
でも私はそういうふうに思っているのです。

命がけなんです。
神のもとに戻る道というのは、命がけなんです。
その厳しさがない者には、神のもとに戻っていく道はないということ。
それだけ痛みを伴うものなのです。

魂を通して自らの全存在を神の前において懺悔し
そして自分自らがやれることを探し、そして自らの神性というもの
自分自身がほんとうに心の中から素直に願い
神のために、この地上のために
この宇宙のために役に立てる何かを探していきたい。
それを通して自らの光を発して多くの人々を輝かせていく。

そのような愛と調和と、光のエネルギーとして神のもとに戻っていきたいと
切に切に願う者には必ずや、その道というのは開かれて
示されるものなのです。
そのようなことを求めない者に、そのような答えは与えられないということ。
それを求め、解答を得るために今の時代があるということなのです。

これだけの高いスタンスをもつ時代というのは
今まで地球の中でもそういくつもなかったのです。
その中において自省的な意味においても、今社会の文化度においても
精神的な目覚めをするのにひじょうにいい時期が
この地球に訪れているのです。

経済的なもの、科学的なものがある程度進歩発展してきて
そこで霊的な目覚めの時代がくるということ。
それがスピリチュアルと呼ばれている、あなた方の地球というものの
ひとつの霊的な流れになっているのだと思うのです。

(2005.8.6 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2016-03-28 06:40 | スペースエンジェルAS | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(15)

あなた方がご存じであるシルバー・バーチにしても
さまざまな、数々の霊訓を降ろされた方におかれましても
けっして大人数でとっていたわけではないし
組織の大衆の前で、いつもとっていたわけではないはずなのです。

逆に言うと、霊言というものは、ほんとうに心から気を許し合えた者たち
その者たちがひとつの目標のために手を取り合って、ひとつの磁場として形成し
天上界の言葉を限りなく受容的に
限りなく素直な思いの中で受け入れていくということ。
そのようなことができるところに、本来の霊言というものは降りていくのです。
だから、組織というもの
そのようなものは霊言とか、宗教をやる段階においては
あまりわたしは必要ではないと思うのです。

そのあとに大いなる組織、教会制度、キリスト教におけますドグマというもの
教義というもの、そのようなものがいかに素直な信仰心
いかに本来あるべき天上界、神の姿に、神の子のあるべき姿に
人びとを導くために妨げになっているかということを
わたしは常日頃、かみしめているのです。

別に、キリスト教の教義の中でがんじがらめに、善人として生きたからといって
天上界により早く入って行けるわけではないのです。
高い所に行けるわけではないのです。

本来、原始キリスト教というもの
イエス・キリスト、インマヌエルと言われている方は
実に素朴であり、実に愛豊かなおおらかな方であったということ。
そこにはとらわれることもなく、自らを偉しとすることもなく
そこには自由な、深い人類に対する愛が息づいておられたのです。
そのような素朴さというものを
あなた方はもう少し理解しなくてはいけません。

難解にすることばかりをもって神の御心に近づいたと思う、その心の中に
本来、救世主たちが降ろされた、本来の法というものを神から遠ざけてしまう
人びとの心を遠ざけてしまう第一歩が含まれているということなのです。
教義にするよりも、知で法を説くことよりも、信仰とは、愛とは、心で
ハートで確認し、つかむものです。

愛というものは、自らが神の子であるという
自らの心の中にある神性というものを開いていったとき
あふれんばかりの神の子としての愛が湧き出てくるということ。
けっして外にあるものでもなく
ハートの中にあふれんばかりにある神の子としての愛を
理屈の、理論の中で固めたからといって
その愛がより深くなるわけではないのです。

自らの中にある愛という、無尽蔵な愛の泉、井戸を掘り当てたのならば
他の者たちにも、その愛の泉というものを掘り当てる
そのようなことを、その道を教えてあげていただきたいのです。

それはけっして難解な理論によってではなく
ただ、「ほら、あなたの胸の中を開ければ、愛がいっぱいあったんだよ」と
教えてあげること。
そのことがいちばん大事なのかもしれない。
理屈で納得したものは、しばらくたてば
もっと知的好奇心というものだけに踊らされて忘れてしまうのです。

その時は納得したかもしれない。
その時に知的好奇心において、信仰というものを納得したかもしれない。
でも、ほんとうの意味で、知で悟ったものが、ハートの中に
心の中に深く落ちていった者だけが
ほんとうの意味で、その人の信仰心としての実力になるし
愛というものの深さ、広さというものを極めていく
手がかりになっていくということなのです。

これから、地球人類の多くの者たちを救わねばなりません。
その者たちに対して言うことは、難解な言葉よりも
我々、精霊と呼ばれている者たちの言葉を、わかりやすい言葉で
そして、自らが神の子であり、自らの神性の中にある
こんこんと湧き出る愛というものに、どうか、一人ひとりが気づいてほしいと
一人ひとりがかけがえのない
神性を帯びた神の子としての光であるということ。

誰ひとりとして存在しなくてよい者などはいない
尊い、尊い光であり、命であるということ。
そのことを踏まえて
地球自体の大ルネッサンスがこれから行われていくのです。
難解な言葉だけで世の中が変えていけるほど、神理の道は安易ではないのです。

難解なことに酔ってはいけない。
難解な知の論議、遊戯に落ちていったとき
たとえ、どれだけ愛を伝えられる方であったとしても
その知の遊戯の中において身を滅ぼしてしまうということを
あなた方は学んでいるはずなのです。
c0171476_1349169.jpg

知がなくていいとは申しません。
愛がまず、第一であるということ。
そして、知的なもの、そういうものを通して、愛を論証していき
そして、それを自分たちの中に役立ててこそ
知というものは価値を帯びるのです。
知性というものは価値を帯びるのです。

でも、大事なことは
あなた方の胸の中にあふれんばかりにある愛というもの
その豊かさというもの
他を傷つけることを心から悲しく
他の幸せ、ほかの方がたの幸せを自らの幸せと思い
自らの喜びと思い、みんな一緒になって、神のもとへ帰って行こうという
そのような思いに満たされる。

けっして難しい言葉はいらない。
けっして難解な言葉でもない。
易しい言葉で神を語る。
そのような時代がきているのです。

ただひとつ言えることは、認識力においては段階があるということ。
原始時代に、古代の時代に、中世の時代に、近世の入り口に
そして、現代に至るまで、我々天上界の者たちは
それは、それは忍耐強く、忍耐強く
人類を成長させるために指導してきたはずなのです。

そして、その時その時の、瞬間の中でしか
我々も地上に降りた霊媒と呼ばれている方を通して
メッセージを送ることがかなわなかったのです。

あなた方におかれても、そうであるはずです。
今あなた方に、これからあと十世紀ほど先のことを
あなた方に伝えたとしても理解できないはずなのです。

今の時点、ひとつの座標軸の中における
今という時点の中の、座標の中において
人類がこのレベルまで成長してきたということをもって
我々はあなた方、人類が納得できる、理解できる段階までかみ砕いて
そして、やっとここまで語ることが可能になったということをもって
我々は神理というものを伝えているのです。

相手が理解できぬもの、そしゃくできぬもの、成長のために役に立たぬものを
一方的に与えるのは、それは愛とはいいません。
愛ある教育、愛ある指導というのは、相手のほんとうの意味で
成長のために役に立つものをもってこそ
ほんとうの意味での愛ある指導というのだと、わたしは思うのです。
ですから、今のあなた方において、理解できる者においては、最大限のものが今
与えられようとしているのです。

女性の法におかれましても、家族の法におかれましても
男女の法におかれましても
そして、明治時代の志士と呼ばれている方たちの
ある意味で世の中の改革者と呼ばれている方たち
地球大ルネッサンスにいくための気概というもの
それを語られた、そのような数々のテーマにおける
無尽蔵な天上界の叡智というものが、今降りてきている。
それをどうか書籍に残し、インターネットなどを通して
人びとに、ひとりでも多くの方がたに伝えていただきたい。

今、時代はひじょうに霊的に敏感な時代になっているのです。
霊的な意味においても、宇宙的な意味においても
神の愛の波動というものがより繊細に人びとの心に届きやすい時代
霊的な時代になってきているのです。

ですから、あなた方もこの時代の波というものを、ぜひ利用なされ
天上界の大いなる地球浄化運動の
ひとつの先駆けとしてこの仕事をやっていただきたいと思うのです。

(2005.8.19 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-03-25 11:58 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(13)

まあ、宇宙人ものばかりではないけれど
やはり、宇宙の人たちからの、外から見た地球の評価
我々がやってきた文明実験の様子というのを
客観的にあなた方三次元の者たちが知るということ。
それもひとつの真実であるから、知ることが大事。
でも、まあ今見てるとね、UFOものとか、宇宙人ものでね
なんかおかしなもん、たくさんあるから。

なんか、僕も前言ったけども、おかしなのがたくさんあるから
それで奇妙きてれつな中で、あなたたちが訳わかんなくならないように
しっかりとこういう、たとえ姿形はゴジラみたいな格好をしてても、ね。
中身は仏陀以上だぞと、イエス様も真っ青って
モーゼも吹っ飛んじゃうくらいのパワーと力と賢さを持った
そういう悟りの深い宇宙の友がいると
宇宙のメシアがいるということを知ることも
また大事なことであると私は思うんですよ。

だから、そういう意味において、彼のような人が出て来てくれる。
そして、彼のような人が、この日本に転生を一時しようとした。
それは、なぜこの日本かということが
この日本というところから救世の光が
柱が上がるということをちゃんと知っているから
この日本に出ようとしたわけでしょう?
だから、ちゃんと意味があるし、全部、連続性があるということ。
それゆえに、彼がここにも出て来ているということですね。

だから私も、もう彼なんかとしょっちゅう
よく話をしているわけだけれども
共通のひとつの目的として
この地球をせっかくここまで持ってきたんだから
宇宙の中でも停滞している星、たくさんあるんですよ。

ある程度いったからいいと
でも一方向だけで進化の極みをやってしまったら
あとはまあ、それこそ私の母星でもそうだけど、便利になったから
もうここで、手を抜いて生きててもいいんじゃないかと思って
そうやっているうちに
どんどんどんどん魂の進化っていうものがなくなってきて
逆に、前持っていたような水準すら維持できなくなってくるという-。

やはり、人間怠けちゃいけません、怠けちゃ。
やっぱり、前に向かって永遠に努力していくような
その勤勉性というものをもっていかないと。

常に進歩して、常に多様な中で自分を磨いていこうとするような
前向きな努力というものにさらされていく者たちは
どんどんどんどん豊かになっていくし、どんどんどんどん神の愛と
神の与えられたこの世界の美しさと、素晴らしさというもの
叡智というものを身に付けることができるということですね。

でもまあ比較的、ここまできたらいいんだと思って
そこで進化発展の歩みというものをやめてしまうような者もあるわけです。
でも、それがひとつの単一民族っていうか、単一人類?
その中で、一方向だけで小さくまとまっている星に対して
この地球の場合は、ひじょうに多くの矛盾を抱えながらも
いろんな可能性と多様性を中に秘めているわけだから。

そういうことを考えるとね
この地球の中においての、進化発展してくベクトルの方向っていうのは
いろいろな方向に分かれていくこともできるし
この地球での修行っていう経験を積んだ魂っていうのは
ひじょうに多くのものを経験して
そしてそれが、それぞれの自分の神からつくられた個性
素晴らしさっていうものをみんな内側に持っているわけだけれども-。
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それを発揮していく中において
今はこういう方向で、たとえば芸術方向でやろうとしてる、政治方向でやる
たとえばお医者さんでやろうとしている
聖職者でやろうとしているってあるけれども。

そこのところを極めていったのならば、地球での経験を通して
また別の可能性がある星があったんだということを
ちゃんとインプットされているから
じゃあ、また今度は別の星に行って、あの時経験した本拠地に行って
ちょっと自分を磨いてみようかというふうな多様性の
さっき言った扉を開くことができる。

でも、そういう多様性っていうものに
一度もるつぼの中に入ったことのない人間、魂というのは
やはりそれ以外の進化発展の方向性があるということになかなか気づけなくて
魂の停滞を生んでしまうことがある。

でも、そういう意味で言うと
いろいろなほかの惑星のサンプルみたいなのが寄り集まったような星だから
ここでの、地球での転生の経験というのは、ひじょうに、その魂にとっても
あとで、まあある意味で、インデックスっていうの?
そういうもののように
そのあとで自分が進化発展するときのプログラミングの時に役に立つ。

ここまでで終わっていいわけがない、という多様性を見せてもらえる
そんな星かもしれないよ。
僕は、そう思っているんで。

まあ、この地球っていうものが存在する意味
そして、これが成功していくかどうかっていうことに対する
周りの人たちの気持ち
見守りっていうのはやっぱり興味津々であると、さっきも言ってたけれども
やっぱり私もそう思う。

だから、何がなんでも僕はこれを
まあ私のメンツなんかどうでもいいんだけれども
メンツも含めてだねえ(笑)
やっぱりできたら、失敗するよりは成功させたいよねえ。
ねえ、そうでしょう?

あなたも同じ目的で出て来てたから、やっぱり科学がとか
そういう実証的な方向でどうしても進みがちになっていたけど。
やっぱりこの惑星に行くからには、地球に行くからには
愛の原理の本拠地ですからね。
やっぱり、愛がなんであるかということを
いちばん神の愛という鼓動をね
心臓の中にこう、ここの磁場というのは、満ち満ちているわけですよ。

ここに来て学ぶということは
愛がどうしてもイマイチぴんとこなかった、頭だけで-。
どっかにもいたけど、頭だけで愛を考えている人たちが
この本拠地で、磁場に来ると、愛ってこういうもんなんだ
ということをひじょうに深い意味で学ぶことができる。
そういう場所でもあります。

だからそれを求めて、憧れて
この地球に移住して来て、修行したいっていう希望者が
ひじょうに多いというのが現状ですね。

(2006.2.9 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-03-23 17:31 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

イエス・キリスト/アモールからのメッセージ(6)

シフトアップ(アセンション)後の
人類の肉体が変わっていくかということですけれども
それはまず、あなた方が行おうとしている、この神の子の自覚による
愛によるルネッサンスというものが
ほんとうになし遂げられていったあとに起こるものでもあります。

ですから今、DNAなどの段階で、あなた方のお子様
お孫様あたりで用意されてきているかというと
それ自体は、まだ用意されているものではないのです。

ある意味で申しますと、ひじょうに霊的な関わりがあることでもあって
あなた方がこれから行おうとしていること、愛による神の子としての再認識
それを地球人類が、ほんとうの意味でなし遂げていく。

そして、地球というものが、今ひじょうに宇宙の波動レベルから見て
たいへん高速に進化していく
強い磁場の流れの中にある時期であるということを含めて
あなた方が今、行おうとしていることの真の意味というのが
成功していった後にそれは肉体的な変化が行われてくるのです。

ですから、私たちといたしましては
まず、地球上の方がたに愛というものを中心にした
地球人類がみな、ひとつの家族であり、神の子であるという
愛の原点に立った再認識
神性の復興運動というものを、まず、なし遂げていくということ。
それがあってこそ、次の時代に行く
霊的な肉体への進化、発展ということがあるのです。

そうでなければ、あまり私の口から言いたくないのですけれども
これがもし失敗したのならば
もう一度、振り出しに戻るということがあるのです。

ですから、しっかりとした霊的な認識
この神の子としての、しっかりとした魂の目覚めというもの。
そういうものを、今回の救世運動の中心として据えてやっていくということ。
それが、いちばん大切なことであるのです。

そういう肉体的なもの、物質波動的なものは
その後に伴ってやってくるものであります。

いちばん大事なことは
地球人類として生まれてきて、数々の地球の歴史を歩んできて
ここで地球神霊のもとに修行してきた総集編としての、ひとつの結果を伴う
大いなる人類すべての試験の、試練のときであるということなのです。

それは誰にも代わってもらうことができない。
自分みずからの力で、自分たちの習熟度に応じて
答えを書かなくてはいけない。

それが、けっして立派な答案でなくてもいいのです。
ただ一言、ほんとうに心からみずからの神性というものを信じて
神の子として愛を分かち合って、宇宙の神が愛であるということを知って
感謝し、ともに仲間と愛を分かち合って生きていこうと、そう思える
それをほんとうの意味で学んでいる、その答えが書けるだけでいいのです。

その原点を、ほんとうの意味で、生きることができるか。
それを学べたか。
地球に来て、長い年月、多くの魂たちは各文明を通して
転生輪廻をして修行してきたのです。

我々はけっして難解なこと、高度なことを学んだかといって
テストをしているのではないのです。
ただ一言、あなたは愛の人として生きることができますか?

神は愛だということ、愛のエネルギーであるという
生かされているということを
神に感謝し、神の子たち、仲間たちと愛し合って
許し合って生きていけますか?
2000年前、私がナザレの地において説いたのと同じこと。
その同じことを、ほんとうに理解できましたか?

日常の生活の中で、そういう人生を生きていけていますか?
ただ、その答えを答案に書いてほしいと。
愛ということを、神の子であるということを、ただ一言、書けるかどうか。
それだけの通過点の、ひとつのテストであるのです。

難解な答えは求めておりません。
でも、それは原点であるのです。
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次の時代に生きていく神の子として、宇宙時代を生きていくときに
みずからが愛により生かされた神の子であると。

互いに愛を分かち合い、愛をむさぼることではなく、愛を与え合い
生かし合って生きることがもっとも尊いのであるということ。
その原点を学ばぬ者は、次の時代は築けないということなのです。
宇宙時代を生きていくことはできないということなのです。

そこの通過点としての、ひとつの合格点を取れるかどうか。
地球人類みなが、ほんとうに、それを認識できるかどうか。
それが、今これからの地球にとって、大事なことであるということなのです。

それが合格した後に、次の世代に、愛により浄化された地球人類の中に
神よりの祝福によりて、肉体も変化が始まるということなのです。
ですから、その次元においての変化というものは
その時にごらんになればよろしいかと思います。

今、何かをして、用意をするのであるのならば、神の子としての心づもりを
愛を生きる者として、愛を表現する神の子として
いかにあなたは、今生の人生を光らしめて生きていきますか。

分かち合いの中で、愛を学ぶことの中で
愛によって地球を照らしていくことの中で
死滅しようとしている、この地球人類の愚かな戦争を回避して
互いに手を取り合って、地球すべてを神の星として、愛の星として
生きるためにあなたは何かできますかと。

それを、国を越えて、民族を越えて、宗教を越えて
シンプルなそのテーマだけを問い続けているのです。
そこにいかなる宗教も、いかなるドグマもないのです。
そこを地球の方がたにわかってほしいのです。

我が愛する人類にわかってほしい。
これからの時代は、そういうもの一切が通用しなくなる時代がくるのです。
今、アメリカが、中東の国がと言って戦争をしています。
それは、彼らは彼らなりの正義というものがあるから戦っている。

でも、その彼らが言っている正義というものも、一国や、ひとつの宗教や
ひとつのイデオロギーや、ドグマや
そういうもので限定された正義でしかないのです。

本来の正義の中に、殺し合いという文字はないのです。
愛という中には、生かし合い、分かち合うという思いがあるのならば
正義という名のもとに人殺しをすることは
どちらにおいてもあり得ないのです。

それを、自分たちだけは正義であると思うから
他を裁く心が生まれるのです。
自分だけは正しいと思うからこそ、相手を神の名のもとに、裁くのです。
そして殺すのです。
そんなものは愛ではないのだということを、人類は学ばないといけません。
それがなければ、戦争というものはなくならないし、終わらないのです。

(2006.4.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-03-21 14:56 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

ピカソからのメッセージ(5)

わたしはマヌ様の直属の者にあり、そして、この者におきましても
あなた方の過去世のいくばくかに関わっている者でもあります。
あなた方がこれから、神理芸術の台頭というものを通して世界に広げていく
そのときには、もっと頻繁に出て来て
あなた方のお力になれることをしていきたいと思います。

でも今はまだ、その前に法というものを出さなくてはいけない。
とにかく、Yにも言ったことでもあります。
レムリアは、百冊の本をまず目指してください。
で、これは霊言だけではなく
一人ひとりが書いた本も出してほしいということなのです。

レムリアという中において
あなた方一人ひとり、本を書ける力は十分あるではないですか。
この者においてもそうです。
本を、レムリアとして弾丸のごとく百冊並べてごらんなさい。
世間は必ずや目を引くはずなのです。

その意味において、失敗するのではないかとか
わたしの文章なんか、なんて思わなくていいのです。
今回来たその彼においても、いろいろ問題はあるかもしれないし
好き嫌いもあるかもしれない。
確かに裏系統の力を持っているから、嫌う者もいるかもしれない。

でもね、「百冊の本を出してやろう」と言う人がいたのならば
今までどれだけ一冊の本を出すために
たいへんなリスクとお金で苦しんできたかということを思ったのならば
百冊出してもらえばいい。
逆に、裏界というものの、下ではなくてですよ、裏界の者であるならば
彼らも今参画して
自分たちの本来の力を出すことで協力したいと思っているのも事実なのです。

裏だからといって嫌うのではなく、裏のエネルギーも
ある意味で神のエネルギーの一部であると
そのぐらいの器量を大きくして受け止めて
彼らすらもその懐に抱いていくぐらいのダイナミックさが
レムリアになくてどうしますか。

裏の者であったとしても、けっして間違ったものでないのならば
それを出していけば
その者を通して惹かれてきて、神理に導かれる者もいる。
数々の扉をいっぱいつくっていくということ。
その意味において臆病になったり、しゃくし定規にならぬこと。
お金を出してくれる。
誰が百冊出すお金を、資金を援助してくれるというのです。
出してくれるというのならば、出していただきなさい。

そしてその中で、霊言だけで百冊できないのなら、みんなが自分たちの
あなた方の素晴らしい才能を今こそレムリアの中に開花して
自分のハンドルネームでも名前でもいいです。
出して、本を出していけばいいじゃないですか。
『レムリア劇場』もよし、『レムリア物語』でもよし
もうそれぞれが、自分たちで書きためているものがあるんだから
それをどんどん臆せず評価して出していきなさい。

前、言ったのです。
十数年前言ったのです。
わたしの絵だって素晴らしい作品もあれば駄作だってある。
でも、弾丸のごとく作品数を出し続けたことによって
今日のピカソの評価が決まったのです。

いろんなものがあっていいではないですか。
多様な多彩なものを出していくことによって、多くの人たちが
いろんな入り口からレムリアに入って来て
神のもとにいざなわれるのですよ。
そのときに、「あの者はおかしい」とか、「裏だ」とか「下だ」とか
なんだとかって言うのではなくて
それすらも神の愛の光の中で浄化して、すくい上げていく。

神の子の多様な表れであると、愛するだけの懐の大きさがあなた方にあれば
けっして間違ったものとしては表現されないのです。
それぐらいのダイナミックさがほしいのです。
型から外れたもの、そういうものを常に裁こうとする思いが出てくるから
あなた方の仕事の幅を狭めてしまうのではないでしょうか。

いいじゃないですか。
いつまでもお坊さんのような発想をせず
いつまでも修道士のような発想をせず
そして、そうでない方もこの地上において
かくあるべしという枠に自分をはめているように思うのです。

そうではなくて、そんなものを取り払って
今できることを、魂の叫びのもとに自由に表現していく。
そういう大らかなもの、そういう情熱的なものが
地球を熱い、熱い熱風のような思いで吹き抜けていったときに
地球維新はかなうのです。
成功するのです。

世界中の者たちを包んでいくには
それだけキャパシティの大きい間口の広いものを提示していかなくては
一日本神道、一仏教
一キリスト教だけの発想の中で凝り固まっているようなものであったのならば
世界中の人びとが入って来ることはできないということ。
そのキャパシティの狭さを取り払いなさい。

そのためにおいしい酒やおいしい料理や、そして愛人や恋人が欲しいのなら
バシバシあなた方はそれを受け入れながらでも
這ってでもいい仕事をしなさい。
それ以外、神に奉仕し、感謝していく仕事はどこにもないのだということ。
けっして「自堕落な生活をしろ」と言ってるのではないですよ。
「そのぐらいのパワーを引いてきて、
その思いを転化させていきなさい」ということをわたしは言っているのです。

「皆がみな、私のような生き方をしろ」とは言っていません。
でも、そうやってエネルギーというのは引いていく。
そして仕事をしていくエネルギーに転化していくのです。

小さな、小さなまとまった、つまらない善人にならないでほしい。
小さな善人で大した仕事もしない者は、この際お呼びではないということ。
大きなスケールの中で、多少リスクがあっても
ダイナミックな仕事をしなかったら
地球規模の仕事はできないということ。
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坂本竜馬たちがやった明治維新は、一日本国の中だけで行われた改革でした。
あなた方がやってるのは
世界中の人びとの意識を変えようとするだけの大きな仕事なのですよ。
それをするには、もっと魂のたがを外し
もっと魂のダイナミックさを爆発させていく。
それが、でもかなう時期にきたから、今回のこの救世の計画が出てきてるという
魂の成熟度に合わせた時期であるということを
あなた方は理解していただきたいと思います。

今、世界を股にかけておられる
Mご夫妻のような方がいらっしゃられたということ
エル・ランテイを含め、天上界の者たちはたいへん喜んでおります。
あなた方が来てくださったことを、わたしたちはたいへん感謝しています。
どうか、今このようなご縁があったということ
レムリアが世界に羽ばたいていくための道しるべに
どうかあなた方は、なっていただきたいのです。

世界に出て行く方法、手段に対する経験知を持たぬこの者たちです。
あなた方はそれをご存じです。
ですからその意味において、この者たちを導き、先に先導する者として
どうかお力を与えていただけたらと、そのように天上界は期待をしております。

そしてまた、わたしとの関係とか
また天上界であなた方に対しての直接話したい者たちもいるのですけれども
今回、短い日本におられる中において
エル・ランティとわたくしのほうから代表して
メッセージを送らせていただきました。

これは一レムリアだけではなく
お国に帰られてあなたが素晴らしいお仕事をなさるということ。
そのことの心構えとして
たたれる前にどうしてもお伝えしたかったということもございます。

どうか素晴らしい魂を持った神の子が
神の使者がここにも生き延びておられたということを
わたしは神に心から感謝いたします。
どうかレムリアの仲間たちは、自分の心に正直に
そして自己限定することなく、小さな、小さな自分で凝り固まることなく
自分自身の評価など捨てて
多くの人びとを助けていくことにまい進していかれること。
そこでしか、あなた方の魂の活力を
エネルギーを復活させて輝かしていく道はないのだということ。

でも、一神の子が本気で自分の自覚に気づき、エネルギーを発したとき
ものすごく大きな、大きなエネルギーを爆発させていくのが
神の子のエネルギーでもあるのです。
それにもっと気づいて、自分自身を信頼して
自分白身の使命というものを大切にして
今回のこれからの展開に向けて頑張っていただきたい。
それはほかの、今回来られなかった方がたにおかれましても
お伝えいただきたいと思うことでもあります。

これからレムリアは新たな展開のために、また新たな方がたが来られるのです。
彼らを受け入れていくだけのキャパシティが
あなた方にあるかということもまた問題になるのです。
狭い思いの中で、彼らを裁くだけではなく、彼らも受け止め、愛の中で浄化し
彼ら自体の本来の個性と命、使命というものを気づかせていくぐらい
圧倒的なエネルギーで、あなた方が彼らを清め
洗礼してあげていってほしいのです。
神の子としての使命に目覚めさせていってあげてほしいのです。

どうかあなた方に対して、それをするよき先輩としての使命があります。
これが、レムリアがこれから展開していく道です。
どうか、あなた方の心がこの第三の計画のために命がけになって
自らの自由な魂に忠実に生きていかれんことを、わたしは心からお祈りし
今日は失礼させていただきます。

(2006.8.12 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2016-03-18 12:11 | ピカソ | Trackback | Comments(0)

シュヴァンツェル(聖徳太子)からのメッセージ(6)

(ホームページ上に霊言を残していくことについてアドバイスを求められて)
今、あなた方のホームページはまだ立ち上げたばかり。
でも、そのコンテンツと呼ばれている内容は
ひじょうに水準の高いものであるとわたくしは思っております。
ただ、もっと整理されていくべきものがあるでしょう。
でも、そんなに焦らなくてよいのです。
今の時期にできることを無理せず、一歩一歩を重ねていきなさい。
そうすれば、そのうちに整理する時期もくることでしょう。

今これから、CDとか、ネット販売とかいうことを考えておられますね。
それは素晴らしいことです。
一軒一軒行って、かつての伝道のように、押し売りのようにすることよりも
これからは小学生でもイッターネットを使う時代になるのです。

そのときに、ホームページを見ながら
お金を使わなくても神の言葉に知り合えるという
そのような状態になっているのは
たいへん素晴らしいことだと思っております。
ですから、全部しなくても、あそこにリストアップされている
「天上界の声」を、短編ずつでもいいですから
少しずつアップされていかれることを望みます。

お金が出せずに、インターネット販売などで神様の声を聴けない。
でも、小学校、中学校、高校という多感な者たちが
暇があればインターネットを覗いている者たちが多いのです。
その者たちが少しでも信仰心というものに興味を持って
あそこで「天上界の声」というものを読んで
それが命の糧となっていくことができるのであるのならば
あなた方の神理の伝道というのは、素晴らしいものになると思うのです。

でも、もう少し「神理の言葉」と
初期からの難しい難解な言葉を理解しなくてもわかる者たちの言葉というのを
もう少し整理されたらよいかと思います。
そして、当然あなた方の世代のことですから
宗教遍歴があり、ひじょうに知的にも高い
しっかりと学んでこられた方たちを対象とするところに
もっとはっきりと明確に分けられて
難しいものは難しいものとしてお出しになられ
やさしい一般、子どもたち向けとか、初心者向けコーナーとも
もっとはっきりと銘を打ってしまえばよろしいのではないかと思うのです。

ただ、もう少し易しい言葉でわかりやすく、はっきり言うならば
中学生か、小学生高学年ぐらいが神様の言葉に興味を持ったときに
開いて、読んでひとつのきっかけとなる
そのような内容にしていってもいいのではないかと思います。

今、だから多くの書籍伝道とか
かつての無理な伝道という体制がありましたけれども
そのような押しつけがましい伝道形態というよりは
あなた方にとっても楽だと思うのです。
今の時代はホームページにアップしておけば
勝手に伝道してくれるわけですから。
だから、そのようなほうが、押しつけがましくもないし
人びとの中に反感も感じないでしょう。
嫌ならば、読まなければいいのですから。

ですから、そのようなもとで、そのうちに女性向け、子ども向け
それからあと、神理の初心者向け、そして、今でも戦わせておられるような
かつての宗教遍歴の中における、ひじょうに知的水準の高い玄人的な人たち
そういう人たち向けというふうに、ちゃんと明確に分けられて
そのコンテンツももう少し整理なされてアップされていったならば
もっともっと生きた伝道の形態となると思うのです。

そのような伝道をして、今日も、わたくしもこの者と見ておりましたけど
E会と言うんですか。
それが、婦人たちがグループを持って
各家をピンポーン、ピンポーンやりながら
歩いているのを見ておりましたけれども
あのような形態が一時は確かに有力であると
言われた時代もあったと思いますけれども
今の人たちはもうそれで懲り懲りとしているのですね。
K会系統で来た人たちもそうであったと思います。
またK会と同じことをするのかと思われたら引いてしまうと思うのです。

ですから今、迷っている方たちにおかれましても、同じようなことではなく
「読みたければ、どうぞ読んでください、無料で」
というような気持ちのアプローチがあると
ひじょうに新鮮で、彼らの傷口を逆なでしないと思うのです。

ですから、そのような形で、インターネットで出していくという
今コンピュータが一人一台になってきつつある時代であるならば
今の幼くして出ている者たちが成長する頃には
すべての者たちがインターネットを開いて読む時代がくることでしょう。

であるならば、どうかそのようなことを生かして
インターネットのホームページの充実というものも
徐々に徐々にみんなの手を借りながらやっていかれるということ。
そこが最高の伝道の場であるということ。
そして、世界中に向けて、伝道の場であるということ。
だから、英訳をされるというのは素晴らしいことだと思います。

今、世界中の国々と、英語でさえ訳してあるならば
それを自国語に訳しながら読まれる方はたくさんおられるのです。
ですから、そのうちに霊言もある程度の数になってきて
もう一度、編集されて
ジャンル別に分けられていくようになっていったのならば
その流れの中で英訳にされていって、アップされていく。
そして、英訳本をつくることで海外に発信していくという
そのような資料の編纂の仕方もあっても良いかなと思われます。

よろしいでしょうか。
あなた方も成長していくのです。
今、書いてられる内容は、今のあなた方の悟りの中でまとめられたものです。
これから経験を積まれ、多くのわたしたちの言葉を聴いていく中で
また、さらに認識力というもの、思考能力というもの
経験知というものをもって
書かれていくコンテンツの中身も成長していかれることでしょう。

ですから、これだけがすべてだと思われるのではなく
あなた方の成長をもって常に更新していく
新たなものを打ち出していかれるという
そのようなアプローチがあるホームページとして
成長していくことをわたしたちは楽しみにしております。

伝道形態としては、素晴らしいものであると思います。
あまりに組織だとか、ビルだとか、宗教法人だとか
そのようなものばかりで思い煩い、かつてのK会は迷っていって
物欲の中で、泡の中で消えていってしまったのです。
そのようなものに惑わされるこの地上界ではあるけれども
そのようなものに振り回されることなく
なるべく、そのようなインターネットみたいなものを使いながら
効率よく経費をかけず、そして、あなた方も自らの人生を大切にしながら
無理のない形で焦らすね、焦ってはいけませんよ、焦らずにおやりください。

そうすれば、必ずや神の指導が入り
やるべきことを精一杯おやりになったのならば
結果を気になさることはないのです。
精一杯やっていただけたならば、そこであなた方が終わったとしても
そのあとを必ずや継ぐ、引き継ぐ者が出てくることでしょう。

真が、本来の真理が、本来の本物だけが残っていったならば
その本物の光を必ずやめがけて、あとを継ごうと来る者たちがいるのです。
でも、一生懸命頑張っても、焦って
まるで神理も魔も、ぐちゃぐちゃにしてしまったのならば
その中にある素晴らしさに惹かれてあとを継ぐ者も来ないことでしょう。

有限な命の中で、我々の世界から見たら線香花火のような命の中で
肉体を持って我々の世界から地上に出て行っているあなた方なのです。
いつまでもいられる人生ではないのです。
使命を果たすのは一時のこと。
それを精一杯果たしたのなら、心おきなく帰っていらっしゃい。
また次の者たちがその法灯を継ぐことでしょう。

ですから、全部すべて自分たちでやろうと思い焦ることなく
意気込みすぎるのではなく
精一杯、精一杯、今のときを大切にしながら
その使命の中で工夫をしながらおやりになるということが大切だと思います。
本物さえ残していただければ、本物の光を求めて
また本物の光の神の子たちがその法を継承するためにやって参ります。
そうやって法灯というのは継がれていくものなのです。
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高橋信次、エル・ランティが本物を残してくださったから
OR、仏陀が本物の初期の法を残してくださったから
あなた方が集まって来てくれたのではないのでしょうか。
本物がそこに存在しなかったら
あなた方が集まることもなかったのではないでしょうか。

だから、仏陀、ORに対しても、高橋信次、エル・ランティに対しても
心から感謝いたしましょう。
これだけの偉大な法を
今この地球に、この地上の日本という場所に立て続けに降ろしてくだされた
その神理の高みをもってこそあなた方がこの学びをし
今のような水準にまで上がれたということが事実なのです。

ほかの国のみがたは、このような救世主と呼ばれている
根源の本体の方のお言葉を聴くなどというチャンスには恵まれておりません。
どんなに素晴らしい資質があったとしても、あのような言葉を学び
あのようなことを心の糧としなければ
あなた方のような認識レベルには今世、到達していられないのです。

でも、今あなた方は、その生きてきたという人生の証しをもって
今このような認識の中で、このような我々の言葉をほんとうに理解ができて
使命を悟ることができる。
その素晴らしさは、あなた方という魂を培ってこられた
高橋信次、エル・ランティの言葉であり
OR、仏陀の言葉であったというふうに思っても
間違いはないのであると思います。

そうでなければ、一般のそこらへんに歩いている人たちをつかまえて
わたしの言葉を、今伝えてごらんなさい。
おかしなことを言う霊であると思われるかもしれない。
でも、あなた方はそうやって涙を流しながら理解してくださる。
それが認識力というものなのです。
それだけ魂が、今世そこまで水準が上がってきているということなのです。

であるならば、その水準の高さをもって
水準の高い使命を果たしていきなさい。
けっして、けっして神は分不相応なものを要求はしていないのです。
できるあなた方が集まっているレムリア・ルネッサンスであるからこそ
そして、今この方が愛のパイプを降ろしてくださるこの磁場であるからこそ
このような使命があなた方に降りるということ。
それをもってしなくては、神の計画をこの地上に降ろそうなどという
第三の計画の発動などということはしないのです。
ですから、あなた方は自分の人生に、自分の魂に、自信を持って
精一杯、やられることをわたしは望みます。

日々成長していきましょう。
成長し、進化発展していき続けることが、神の法則でもあります。
常に常に、神ですら、大いなる進化発展を遂げておられるのです。
であるならば、我々も大いに自らの人生の中で
新たなる学びと、新たなる教えの中におき、新たな実行というものを
行動というものを通して
我々の魂というものを磨き、成長させていきましょう。

かく言うわたくしでありましても、最初思っていましたことと
次々と違う事態が起きてくる中におき
精一杯、今まで頑張って参りましたけれども
今回のこの日本に起きた顛末を見まして
大いなる、大いなる学びをさせていただきました。
そしてまだまだ、自分の認識がまだまだであったなという反省を
深い反省をもって今あなた方に言葉を語っているのです。

もっと、わたくしがわかっていたらどうだったのであるかと思うけれども
やはり実際に、地上に映してみなければ
行動の中でやってみなくてはわからないことというのが多いのです。
実行部隊というのはそういうものなのです。
きれい事は通用しないのです。

であるならば、神のまことをもって命を張った明治維新の志士たちのように
あなた方も神のまことをもって命をかけ
この最後の地球の難局に臨んでいただきたいと心よりお願い申し上げるのです。

では、今日はこれにて失礼させていただきます。
また、わたくしなどの力がいりましたら、日蓮聖人だけではなく
わたくしもお呼びいただければ
具体的な方針をなんなりともご相談に乗らせていただきたいと思いますので。
今日、これでチャンネルがわかられたと思いますので、どうかお呼びください。

「シュヴァンツェル」というふうにて一言呼んでいただければ
わたくしは参ります。
「聖徳太子」というふうに言って呼んでも
どうもこの方のチャンネルにはないようなので
「シュヴァンツェル」と一言、言っていただければ
この方には一瞬にして通じるチャンネルがございますので
そのようにお呼びください。

わたくしが日本担当として、このレムリアの担当の指導霊の一人として
これからもあなた方の力に、相談役になっていきたいと
そのように願っておりますので
わたくしをまたお呼びいただけることをお願いして
今日はこれにて失礼させていただきます。

(2005.6.2 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-03-16 11:04 | 聖徳太子/シュヴァンツェル | Trackback | Comments(0)

スペースエンジェルAS(4)

レムリアを指導する芸術の責任者と呼ばれている方は
他にもおられるようなので
私ばかりがあんまりしゃしゃり出るのは失礼かと存じます。
ただ私の立場で、もしあなた方に言えることがあるのならば
いつでも喜んで参りたいと思います。

私の中にある独特の波動を通して
宇宙の根源のエネルギーを引き寄せていく。
そのためには無我になって、素のままに自らのエゴを抜いて
神と直結していくという、波動と直結していくということは
私がずっと生前言ってきたことでもあると思うのです。

そのやり方というものは
今私から言っていいのかわからないのですけども
これはレムリアの時にあなた方
地球人がやっていたやり方でもあるのです。
私が言ったことは、レムリアでは当たり前のことだったんですよ。

巨大建造物っていいますけど
ひとつの宇宙の中におけるエネルギーを引っぱってくる空間というものを
家というものを通してつくっていく。
そこにどれだけ高い次元のエネルギーというものを
その家という建造物の中に引き寄せていくことができるか。

ピラミッドなんかよりも、もっともっと高い波動のもの
エジプトのピラミッドに宇宙パワーっていうのが入るの
知ってますよね、皆さん。

「ピラミッドパワー」って言っている
あれの中に遺体とか置いておくと腐らないっていうじゃないですか。
それは宇宙のエネルギーというのを引き寄せてくるだけの
計算学上においてもそういうエネルギーを持ってくる
構造建築になっているということですよね。
あのピラミッドよりも、もっともっと精妙なもの
それを宇宙の中からエネルギーとして波動として引っぱってくる。
そのような媒体としての建造物の存在というのがあるのです。

それをレムリアは実現していたんです。
それを伝えるために
私たちがいろいろな知恵を与えていたということも事実なのです。

それは直線というもののピラミッドの中で構成されたものよりも
曲線、円というものを通して波動を
宇宙の根源からこの地上に引っぱってくる。
そのように、らせんエネルギーとして地上に導入してくる
そのような比率、そのような構造というのがあるのです。

それをひとつの建築家たち、そしてそれをひとつの芸術として
そして宗教家といわれている人たちも
今あなた方の地球にいる現代の方がたよりも
ずっと感性的な意味においては霊的な方が多かったので
その波動というもの、根源的なエネルギーというものを引いてくる
その感性にひじょうに優れてた宗教家、宗教家であり建築家であり
そして芸術家でもあるという方たちが、レムリアには多数おられたのです。
だから政治も行うこともできたということも事実なのです。

今考えるとひじょうに高度な文明だったのがレムリアでもあったのです。
宇宙のエネルギーを引いてくる、その一番の媒体は構造計算にもあります。
ありますけども、どこの次元からのエネルギーを引っぱってくるか。
どこまで高いとこから引っぱってくるか。
そしてそれをこの地上に照射することができるか。
それはその降ろす人の心境
どこまで高い波動をキャッチすることができるかというその心の状態
そしてそれを地上に照射してくる時の技術力、計算力
それはもの凄い素晴らしい高度な技術力というのを要したのです。

そしてそれを実現していくために
その職人さんみたいな芸術家たちがたくさんいて
それを可能にしていくだけの表現技術もまた持っていたということです。
それがレムリアの中にあったということ。
それを競わされていたということ。
それの意味においては、過去の地球の文明の中においては
格段と破格的な高さを持っていた。

そしてこの地上にひじょうに高い霊文明という
地上に宇宙からの、私からいうとひじょうに調和度の高い
バイブレーションの高いエネルギーというのを
地上に降ろすことが可能であった時代であった
ということもいえるのです。

そしてその時の指導霊はあなた方のいうマヌ様ですか
私の知っている名前は違うんですけど
マヌとあなた方が認識している方と、ゼウスと呼ばれている方ですね
今現代ではあの方たちです。
あの方たちがひじょうに芸術的な要素を持っておられた。
それでいながらひじょうに知性的な
論理的な部分もひじょうにお持ちの方がたであったという
そのすべてにおいて
レムリアにおいて可能にするだけの素地があったということなのです。

だから建物においても曲線が多かった。
レムリアの寺院と申しますか、人びとが住んでいたものも
尖塔のようなものの中で
尖ったものの中でひじょうに曲線を中心にした建物が多かったのです。
それを通して宇宙からのひとつのエネルギーを吸い上げてきて
人びとの中に反映していくということ。
そういう宇宙のエネルギーと結びつくという意味においての
祭政一致であったということ。
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だからそれだけの権限が巫女たちにもあったし
神の言葉が直接降りていったということも事実なのです。
そして、地球神の指導霊と呼ばれていた者たちからの
霊言というものを通しながら
かつ宇宙人という異形な形をとりながらも、でも宇宙から来る友たちが
同じ霊的な根源においては同一であるということを
認識の中にわきまえていた文明であるから
宇宙人が来たからといって宇宙人の襲撃だなんていう幼い発想ではなくて
友として迎え入れ
そしてその中において学ぶべき英知は分けてもらおうという
そして地球は地球なりのもてなしをしようという
そういう友好的な関係があったということです。
それにおいてひじょうに高く伸びていったということも事実なのです。

ですから、宇宙の私たちのような者たちから見ると
レムリアという時代がひじょうに宇宙史の中においても残るだけの
水準があったというふうに言われているのもそういう意味であるのです。

それはほかの方においてもレムリアというものは宇宙の歴史を書いてある
この間書物をお見せしたと思うんですけれども
地球にはアガシャーの記録というのがあります。
宇宙には宇宙の記録を
すべての惑星におけるすべての歴史を記憶したものがちゃんとあるのです。
その中にちゃんと地球というものの中に入っているのです。

それは宇宙の観点から見て
宇宙の友たちに通用するだけのとこにひょこっと出た
ひとつの頂上のような高みであったかもしれません。
それ以外は残念ですけども、あまりそこまで至らないのです。
インカとかそういうところにおいても、この文明においても
宇宙から来た友人たちはアドバイザーとして来てはいても
やはりあの時ほど友好的な関係というものは
結んでいないということなのです。

(2005.8.6 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2016-03-15 18:08 | スペースエンジェルAS | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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