地球を愛の星へ

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モーゼ/モーリャからのメッセージ(27)

魂が永遠であるということ。
転生輪廻していること。
肉体生命に執着するのはおかしいということ。
それがわかっただけで、人間は数々の不幸や苦しみから逃れられる。

愛する者と死別することで、悲しみを、苦しみを抱えて動けない者がいる。
しかし、魂が永遠であると知れば、今生、引き離され、死別しても
来世においてまた出会えるという、希望が見えるのである。

悲しみや苦しみをいたずらに抱え込まなくてよい。
本来が魂であると、肉体ではないということがわかれば
もっと有意義に地上の人生が使えるのである。

いらぬ欲望のためにお金を蓄えて、貯金口座のゼロが増えることに
人生の大事なエネルギーを使い果たしてしまう者たちがいる。
名誉欲とか、権力欲、学歴信仰、それが少しも本人の糧にならず
社会にも、神の子としての修行にも少しのメリットにならないにもかかわらず
夢中になって、エネルギーと時間を浪費してしまう者たちもいる。

だからこそ、まず、魂が永遠であり、転生輪廻していること。
この地上での縁は、すべて自分が計画したものだということ。
それが不幸のように思われるけれども
そこを通して、自らの過去世のカルマの刈り取りがあり
自らが人生の中で気づかなければいけないテーマに気づく
その環境をつくるがために、自分を磨くための石とするために
数々の病や、不幸な環境が訪れる。
自分がやった不摂生や、自分がおこなった過ち
その結果として行われることもあるが
それを通して魂を磨き、輝かせ、自らの魂を成長させることでこそ
三次元に生まれた、生きた意味がある。

たかだか人生生きて数十年、かつて五十年と言われたものが
八十年になったとして、いかがだろうか。
何万年と生きている、何億年と生きている我々から見たら
そんなものは一点にもならぬ記憶である。
地上に降りた経験から、どの魂も成長してきている。
なかには大飛躍を遂げている者もいるのである。

だから、地上に出たということが
大事な、自分の魂の、成長の場を与えられたのだと思い
たかだか、与えられた五十年、六十年、じき八十年か
小さい頃はあまり修行はできないから、正味人間をやれるのは
ニ十歳から六十歳の間の四十年ぐらいではないかと思う。

その四十年の期間で、最大限に何ができるか。
どこまで成長できるか。
どれだけの貢献で他者を幸せにし
神の子を幸せにするために、自分のエネルギーを使うことができたか。
そのことを人びとにわからせるには、魂が永遠であり
転生する幾多のチャンスが人類に与えられているということを
教える必要がある。

だから、生き通しの人生の中において
今という一点に何をしなくてはいけないかという
根本的な価値の転換が行われるのである。
そこをしっかりと言うこと。

魂の永遠性、リ・インカーネーションと呼ばれている
転生輪廻が、西洋では欠けてしまっているゆえに、その観点が持てていない。
魂が永遠であり、転生輪廻をしているということ。
そこをしっかりと、人びとに伝えるのだ。

次、第二点として、これは第一点に持ってきてもよいのだが
人間が神の子であるということ。
神が愛の奔流であり、宇宙の摂理であり、愛のエネルギーの塊であり
その一部として、我々は、神の子であるということは
愛のエネルギーそのものであるという原点に気づくこと。

神が何であるかということがわからなければ
神の子であるということの本来的な意味はわからぬ。
愛のエネルギーの化身が自分であるという自信と誇りを持って
自らの人生を神の子として生きるとはどういうことかを
人びとに問いかけることになるであろう。

愛のエネルギーとして、愛の表現体として、この地上にある。
それがどういうことか。
そこに、さまざまな個性を埋め込まれているということ。
神の光の七色の分光として、自らの人生をどう生きるか。
その指針を、その価値観を、人びとは見つけていくであろう。

根本的な、魂に響く生きる指針がないから
今の若者たちは、引きこもりとかニートとか呼ばれている
無気力な状態を生み出している。
子どもたちが生き方を見失っているのは、単なる怠惰だけではなく
彼らもほんとうの意味で神の子であり
真に生きがいのある人生とは何か、ということを問いかけているのである。
それに対して、大人や教育者たちが本物を提示できないから
彼らは無気力な状態の中、動くことをやめ
魂の精神活動を止めてしまっているのが現状である。

だから、新たな価値観、魂が、血が騒ぐような本来の真実
それを教えることで、彼らの神の子としての魂が躍動し
新たな愛のエネルギーで、息を吹き返すことになるであろう。
そのような魂の高揚をもって、地球維新、地球ルネッサンスが行われる。
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再生するのだ。
ルネッサンスは再生である。
神の子であるということを
一度教えられていながら見失われていたことを復活させ
取り戻し、再生していくということ。
その愛の教えを伝えるということをもって、レムリア・ルネッサンスとする。

神の世紀、神の時代がやってくるということ。
その愛の教え、愛の化身として
神の子としてどう生きるべきかということを、原点として据え
それと、科学技術が両輪として動き出したとき
宇宙文明に参加する資格を地球人類が得ることになる。

今、科学文明がある程度発達していても、愛の教えの部分が欠落している。
その部分を補う意味で、九次元からたて続けの霊言を降ろし
救世主が地上に降りて、指導していたのが現状なのである。
これを、九次元が次に引き継ぐときまで
そなたたちが、我らが言葉を、人びとに伝えることによって
天上界の救世の計画が、地上に向けて行われていることを伝えてほしい。

最初は疑心暗鬼の者たちもあるだろう。
しかし、ネットを通して伝えられたCDや霊言集を通して
あれだけの莫大なものを読むうち、間違いないと
人類は気づいてくるであろう。
そのためにも、多くの霊言を収録してほしい。
負担がかかっているのはよくわかるが
今を除いて、九次元の、我らの言葉を
地上に通信するシステムは二度とこないであろう。
だからこそ、今のうちに多くを収録し
できる限り、書籍として出してほしい。

書籍は他に比べて安く、多くの者に配るにも簡単であり
確実なものであろう。
しかも、全国的にブームが起これば
かつてのK会のように、日本中に広がっていくであろうと思う。
そして、一国でのベストセラーではなく
他の国においても、ヒットさえすれば
翻訳されて出回っていくのが、今の時代のありがたいところである。

今は、そのようなことを想像できない
だろうが、そういうときが必ずくると思っている。
それだけの内容を、我々は地上に送っているはずである。
それをあなた方が、なるべく多く
地上の人びとの目に留まるところへ発信できるよう
知恵を使ってほしい。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-29 09:36 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(18)

わたくしの言うことがわかりますか?
あなた方、わかる方もおられれば、わからない方もおられるようだけれども
わたくしも今、七大天使と呼ばれている立場にいるかもしれない。
でも、これが別に数々の難しい法を勉強したから
切磋琢磨だけをしたから今の立場にいるというのではないのです。

わたしはいつも言います。
「ただ、ミカエルという魂は、エネルギーは
神に対する感謝のエネルギー以外の何物でもないということ」
それをかつてのG会のときにでも、ずっと言い続けてきているはずなのです。

我が使命は、ただ生かされんとする神に対する感謝のエネルギー。
感謝というのは何でしょう。
生かされているということを、ほんとうに感謝したのならば
その生かしめてくださっている愛の神に報恩し
自分のなせることを最大限に返していきたいと思うのが
本来の感謝のエネルギーなのです。

それをどうしていくべきか。
それは、神が望まれるのは「最も傷つき、最も心を見失い
そして、これから成長しようとする、力まだ弱き者たちの力になり
その者たちを成長させるために、進歩させるために
愛の光として返していくために
ミカエルよ、おまえはその感謝を使ってほしい」と
神はおっしゃっているように、わたしは感じるのです。
ですから、命がけで今まで仕事をしてきました。

この地球の中において、この地球に降り立ったときより
ベーエルダから降り立ったときより
わたしはその仕事を延々とやり続けてきたのです。

そして、今やっとこの段階に入ってきて
愛というものが宇宙の愛の法そのものであり
神そのものであるということを
人類に伝えられる段階がきたということをもって
そのものをもって、最終的に地獄を清めていく。
迷っている、かつての光の天使、神の子たちを
もう一度、光の中に救い上げていく。
本来の姿に戻していくということ。
その段階にやっときたという感無量さを、わたしはかみしめているのです。

どうか、そのことのためにも、このステップを上がるためにも
このわたしに力を貸していただきたいのです。
この手段をもって以外、地獄を清めるということ、この地球界において
地獄という霊域をなくすということはできないのです。
力づくで、この悪想念を追い払い
力づくで彼らを消滅させたとしても、何にもならないのです。

地上において今、かつてあなた方がこの間、言われていたように
わたしたちが八次元、九次元、七次元から
今このような霊言を送っております。
それをみんなが耳を澄ませて、ちゃんと聴いているのです。
天上界でも聴いているし、そして、この地下にいる者たちも聴いているのです。
そして、この地上でたくさんの迷える魂たちがいるのです。
天上界に帰って行けなくなった者たちがたくさん来て
周りで聞いているのです。
そして、学ぼうとしているのです。

この天上界、地上、地獄界、すべてを巻き込みながら
この霊言というものが降りて
この光というものがダイレクトに地上に降りることをもって
この愛のエネルギーが柱として降りてくることによって
最終的な地獄までも清める。
この地球が生まれ変わる、愛の星になる
大ルネッサンス運動の精神的基盤を今、つくろうとしているのです。

まず、精神的な基盤が、理念がなくては
そのあとの組織変革というものはあり得ない。
この愛あふれる理念というものを今、降ろせるこの時に、少しでも高度な
少しでも神本来の御心に近い、宇宙の法を地上に降ろしていけたのならば
時間の流れの中で、必ずやそのあとに生まれてきた者たちが
それをひとつの統一政府のような形で
地球自体を愛の星に変えていくという運動は起きていくでしょう。

そのように、物理的に組織変革をすることは、ある意味たやすいのです。
でも、いちばん大事なことは、この大いなる愛の理念
物質や、科学や、唯物論的に毒されてしまったこの社会の中で
神の子として、愛の理念が最も最優先であるという
その基本の価値観というものに、まず精神的にいくということ
変化をさせるということ。
そのことがいちばん難しいのです。

それを、イエス・キリストも、インマヌエルもやろうとされた。
そして、十字架にかかったのではないのです。
あの方は、けっしてカエサルのように帝国をつくって
神の国をつくろうとなさったのではない。
意識変革をさせたくて、神の愛のもとに戻したくて
意識を改革したくて、愛の法を説かれた。
それがゆえに人びとの怒りを買って、十字架にかかったのです。

それぐらい精神的な改革というものは難しいということ。
でも、それができるだけ、そして、宇宙というものを、すべてではないにしても
ある程度、トータルに見回せるだけの人類の智慧
そして、経験というものが伴うだけ発達してきた、今のこの時点であるからこそ
今この宇宙界の法というものが
九次元の法というものが、地上に降ろされていくのです。
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これをどうか、あなた方の素晴らしい、この真摯なる態度によって
絶え間ない努力の仕事の結果によって、この地上に足跡を残していただきたい。
書物として残していただきたい。

先ほどから伺っていると、本来はお坊さんで
次に本業の仕事があるということを
皆さんおっしゃっておられました。
皆さんご立派な仕事をお持ちであるにもかかわらず
本業は神の子としての
神の使者としてのお坊さんの仕事であると言われた姿を見て
わたしはたいへん胸が熱く、うれしく思って聞いておりました。
そうであってこそ神の使者なのです。

でも、地上における良識、常識、するべき責任から逃れてはなりません。
それをしっかりと行いながら
そして、神の愛の法というものを伝えられてこそ
仕事をなし得てこそ、人びとというのはそこに神の姿、愛の姿を見るのです。
自己逃避の姿の中に、人を悪しざまに言っている姿の中に
その姿の中にだれも神の姿など感じないのです。

ですから、もし、あなた方を非難中傷する方がいたのならば
あなた方を非難中傷するものをもって
その方がどれだけ神の使者であると偉そうに言ってみたって
多くの人びとは、その方の姿の中に神などの姿を
神の愛などは、何も感じないのです。
そのぐらいの心は、みな持っておられるのです。

ですから、その方たちのことを哀れんで
けっして彼らのことを悪く言うのではなくて
彼らのために祈り、彼らがいつかわかってくれる日を
忍耐をもって待ちましょうという
我々と同じ、神の愛と同じ忍耐という時をもって
その方の成長というものを待つ。

彼らが一緒に、また歩んでいくことがかなうようになるようなときを祈って
今という場を、彼らをけっして恨まずに頑張っていこうと
自分の仕事に頑張っていただけることを、あなた方に期待するのです。

天上界の通信というものは、ひじょうに難しいのです。
あなた方が考えている以上に難しいのです。
わたしがこの方の言語機能を使うということは、この方のことを
魂をひじょうによく知っているから
最初からすんなりと通信が送れていたのです。

そして、ほかにも、たとえば明治維新の方がたにしても
この方のあまり面識のない方がたが多いのです。
面識のない霊を、霊人をとって、その方の認識を言語化するということが
ひじょうに、どれだけ難しいかということ。

そして、伝えようとしている霊人にとってもですね、その、もし、霊媒の方の
現代のこの日本語というもの、そして、その方の思考形態というもの
男性霊、女性霊でも違います。
経験や学識によっても相当違うのです。

その中における、その方の認識力をもって、自らの思いというもの
思想というものを伝えようとしてくるわけです。
ひじょうに難しい。
ひじょうにそこにおいては、お互いにじれったいものがあるのです。

それであっても、天上界は伝えていきたいと思って伝えてくる。
そのような霊媒の霊言機能というものを
あなた方はどうか理解していただきたい。
そして、どうかお一人、おひとりが、いずれ受容的に神のもとに対して
心を開け広げ、愛というものを無防備に出すぐらいに、大いなる愛の化身として
神の子の化身として、あなた方が聞かれていったのならば
あなた方も同じように霊言というものを
神からのメッセージというものを受け取っていける。
そのような成長した姿になっていかれるということなのです。

それは、一人ひとりが特殊な、あなた方の頭の中にあるのは
特殊な霊媒という者の役割を授かった者以外はこのような仕事はできぬと
そのようにまた、自己限定しておられる方が、数々おられるようなので
わたしは申し上げているのです。

そうではない。
あなた方一人ひとりが、みな日蓮のように、空海のように
そして、エリヤのように、ダニエルのように
神の言葉を受け入れていくことができる。
男性であってもなっていける。
けっして神の言葉を受けるのが一部の特権的な者たちだけの仕事ではない。
あなた方みんなが、それをやっていけるような水準に
これから向かっているということ。

今申しあげた者たちは、大体がみな八次元如来界の者たちなのです。
あの者たちと同じ心境になっていく。
それだけの力を持っていく。
あなた方の魂の中において
素晴らしい魂の飛躍のチャンスを与えられているということなのです。

行いにおいて、覚悟において、認識力において、そして、霊言の知識において
あなた方が死ぬ気でついてくる気になれるのならば
あなた方は一躍、如来の境地にいけるということなのです。

それはけっして難しいものではない。
ピラミッドでもない。
あなた方が、どれだけ深い大きな愛で人を赦し、自分を赦し
宇宙の神のために、神の子たちのために、自らの人生を投げ出し、受け入れ
愛の表現体として自らの神性をきらめかせていくことができるか。
それによって、あなた方は如来にでも、救世主界の者にでもなれるということ。

(2005.8.19 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-27 15:56 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(16)

皆さん方のご活躍、天上界でもすっかり話題になっていますよ。
モーゼやイエス様あたりと、もう一生懸命あなた方の話をして
私の友達が出て来たり、マヌ様の友達が出て来たり
「いやあ、こんなところでこんな奴らも出て来た」と言いながら
天上界ですっかり地上のあなた方の様子を見ながら
天上界、今宇宙人の話題でもちきりなんですよ。

ていうのはね、地球の天上界っていうか、この我々の世界においても
宇宙人のことっていうのは何も知らされないで来た人たち
たくさんいるわけです。

ですから、あなた方の今地上で起きていること
あなた方が宇宙人とチャネリングしているっていうことを見て
まあ、正直言って、こっちの、そうだねえ、どっちかっていうと坊さん系?
釈迦教団とかいう坊さん系なんぞの人たちはもう
たまげちゃって見てる人たち多いです。

堅いからねえ、彼らは頭がねえ。
こういう宇宙人とかが出て来て「ワレワレハ」なんてやり出すと
絶対「魔じゃーっ」と言って、すぐ印を組んで
なんか切って張ってふっ飛ばしてやろうみたいな
そんな「魔だ」って思っちゃうようなのもけっこう多かったりして。

天上界の人たちもね、あなた方が今やっていることを見て
すごく学んでいるわけです。
我々は、
「やった、やった。とうとうこの宇宙の法のところまでやってきた」
「ここまでもってきたよ。やったねえ」と祝杯を
あなたたちにならって赤ワインで祝杯なんかあげたりして
こっちもモーゼたちと盛り上がったりしてるわけですよ。

「やあ、ここまで来るのに道は遠かった」と。
「長かった」と。
ほんとうにありがとうという気持ちで
あなた方の動きというのを見ています。

まあ、私がねえ、なんでこう出て来たかと言いますとねえ
いやあ、私の友達なんかが出て来て
「エル・ランティもたいへんだったんだよ」
なんて言ってくれちゃったりするんでね。

私としても、私の親友が出て来たのに
私が出ない手はないだろうと思いながら
やっぱり宇宙の進化の神、エル・ランティが出て来なきゃ
やっぱり話がまとまらないだろう、宇宙の法は、と思いながら
私がしゃしゃり出て来たというのが、今日の真実の姿なんですけれどね。

まあ宇宙人と言ってもね
僕もORさんの時にでも、『高橋信次のUFOと宇宙』ですか
さっきあなた方が見てた、あれを出したりとかして
さわりのところだけは出しました。

ただ、あの時はほんとうにあくまでさわりでね
まだまだあの方は何十年と先、法を説かれるというのがあったので
何のものでも段階が必要だったということ。
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だから、まあひとつの一般論的なものだけを出して、さわりだけを出して
で、宇宙の人たちからのコンタクトがきたら
世界中に法が広まっていったのならば
次の段階で、今度宇宙人とのコンタクティとしての役割
宇宙の方とつながることによって宇宙の神理というものを人類に示していく。

そういうのが仏陀の仕事としてあったということは事実ですね。
だけど、まあ、今やっとそこのところに大急ぎで駆け足しながら
そこまでやってきたというのが現状でしょう。

だから、あなた方にしてもよくやってくださったと。
ありがたいなというふうに思ってますよ。
今までのねえ、法のどこが曲がってしまったか
どこがおかしかったかということを一応流れの中で出してもくれるし。

やはり、この法というものがいちばん大事でしてね。
何が正しいか、何を伝えたくて私たちが出たのかということ
そこをしっかりと明記していただくというのが
レムリアの使命にもほんとにいちばん大事なこととしてあったわけです。

ですから、それがやっと今果たされる時がきた。
そのことをまず踏まえて、次なる書物、書籍群というのが出てくる。
こういう時に法の編纂ということをね
あなた方がやっとその仕事を果たせるということに
大いなる意義を感じていただきたいと思っているんです。

目新しいものばかりに流れるのではなくて
やはり地球系神理の、本来エル・ランティが出し、僕が出しね
仏陀が出していった流れの中でいちばん大事なエキスというもの。
地球の、これから何百年、何千年と残っていく
その教えの基盤になるものだからね。
そこが歪んでしまうと、あとでとんでもないことになる。

家でもそうでしょ。
土台がちょっとずれて、ちょっとちょっとずれたくらいで
「ま、いっかーなんて思ってると、二階、三階、四階とか
どんどん高いの建てていったら
上でとんでもないことになっちゃうでしょ。

ですから今、僕なんかが出したことがある意味で言うと
ORさんが出したことが、そんな今もう基本中の基本だから
たいしたことじゃあないよと言うかもしれないけれども
そんなことはないんだよと。

そういうことがあっての最上段か
三十階建てか四十階建ての上の宇宙の法があるんだよということを
しっかりとあなた方がそれを証明していっていただくということ。

それを歴史の中に残していっていただくということ。
そのことがあなた方の使命の中でひじょうに大きいものであると
僕なんかは考えています。
だから
そこのところをしっかりと頑張っていただきたいと思ってるんです。

(2006.3.4 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-25 07:19 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

スペースエンジェルAS(6)

あなた方が地球規模でやることは、地球人同士が殺し合ったり
価値観の違いでいがみ合っている、波動の低い荒いものをまき散らかしている。
そして欲に凝り固まって、今、世の中で事件が起きているようですけど
金だけがすべてだとか、立身出世するためだけに
頭の中に知識をたくさんため込んだ、学歴至上主義のようなことの中で
若者たちが、子どもたちが人生を誤ろうとしている。

そんなものの中で欲にまみれて、そして頭でっかちになった中で
自らの神性が神と直結するなんて道は永遠に見つからないということ。
それは間違った道だということ。
その視点を変えていくんだっていうことを、地球規模的に提示するのが
あなた方の運動の真髄でもあるんです。

自らの内側にある神性、真我というものは、神の子というものは
惑星を越えて星を越えるということ、星を越えるということは
当然日本人やアメリカ人や、ね、パレスチナやいろんな人たちいます。
そして宗教の違う人たちいます。
今いろんな人たちが争って、殺し合いをしているのが地球の現状でしょ?
いがみ合っているんでしょ?

でも本来はね、地球も越えて、惑星も越えて、銀河を超えて
みんな転生しているんだということ。
それを越えて全部がひとつになって
全部が、それが神の細胞であり、愛の一部であって
私たちはそういうところで一体になって大きな、大きな神の愛に包まれている。

そのエネルギーが私たちの真我と呼ばれている心の中に
大事に、大事にしまわれている宝石であるということ。
愛の宝石であるということ。
この愛の宝石をもう一度見つけ出して、ね。

そして宇宙の神のもとにもう一度帰っていく。
精神的にも高みに戻っていく。
愛の調和度の高い段階に戻っていく。
そこにほんとうの幸せがあるんだよ。
それがほんとうの幸せなんだよ。
愛ってのは絵に描いた餅じゃないんだよ。
ほんとうの幸せは愛を感じることの中にあるんだよ。
それを、自分を偽って人生を求めても何もないよ。

あなた方が欲にまみれて、金だ、名声だ、名声欲や支配欲や学歴や
そんないろんなものを所有することが人生の幸せだなんて思っているのならば
欲にまみれたとこで自分を見失うのならば
永遠に幸せなんてほんとはこないんだよ。
それを今回の、今世間を賑わしている出来事の中において
実証して見せてるんではないでしょうか。

今は波動が上がっていって、原因があって結果が出るのが速い時代なんです。
ひじょうに速いんです。
昔だったらば、結果が出るのに相当時間がかかったんです。
今は間違った方向に強いエネルギーを出すと
あっという間にどんどん結果が出てくる。
それぐらい結論がすぐ導き出せる
そういうひじょうにバイブレーションの上がった時代であるんです。
それだけ学ぶ速度が速くなっているということなんです。
「その道は間違っているよ」と
それを子どもたちにも多くの社会の人にも教えるために
結果がすぐ出るんです。

金がすべてじゃないんだよ。
学歴がすべてじゃないんだよ。
権力を持って、ひとりで会社を立ち上げて
まるで現代のバペルの塔に登ったように思ってるけど
そんなものはどっこも成功でも幸せでもないんだよ。
真上から真下に落ちるんだよ。

あなた方は幸せはどういうふうに思っているのか?
そんなものは自分たちがひとつの時代の中でつくった
小さな、小さな価値観の中で。
でも、今それが間違っているということを
時代の中で学ぶ時代がきているんです。
で、否定されたのならば、何がほんとうの答えか
それを言うのがあなた方レムリアだと私は思うんです。

それはレムリアだけではない。
天上界の計画そのものであって
そして宇宙から見守っている私たちからの答えでもあるんです。

「もういい加減そういう段階は終わりにしなさい。
そんな欲にまみれて生きるのはやめちゃいなさい。
そんなしがらみやつまらない情にほだされて
間違ったところを、グルグルグルグル回る生活はもうやめなさい。
それを捨てて、そんなに素晴らしい愛の宝石を持っているんだから
自らの真我に目覚めて、宇宙の友の、宇宙のふところの中に
愛のふところの中に戻っておいでよ。
さあ、みんなあなたの友人たちが出迎えに来てるよ」

それを私たちスペース・エンジェルと呼ばれてる者たちは
惑星が違おうと銀河が違おうと
みんなしてあなた方地球人を胸に抱きしめるために
地球の外に迎えに来てるんです。
その精神的な価値観の大変革というのがこれから地球規模で行われるために
私たちはそのメッセージを伝えに来てるんです。
その中のたまたま表現手段のひとつとして芸術があるというだけなんです。
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芸術はたまたま絵とか音楽とかで出すのは
感性を出すにはいちばん誤解がないし、効果も高いやり方であると思うんです。
でもそれは芸術という一部門ではなくて、政治においても、教育においても
すべての社会機構の中においても人間同士の関係においても
人間が本来は神の子としての真我な思いに
ありのまま素直に自ら表現して生きることが
宇宙と一体となって幸せになる道であるということをわかれば
その大事なことが一点わかれば
すべての不調和なところからくる病というものも消えていくし
社会悪というものも消えていくし
間違った波動を出す芸術もなくなっていくし
子どもたちを子どもの頃から洗脳するような
間違った教育方法の中で子どもたちに苦しみを与えて
今日のような若者たちの犯罪や病というものを防ぐこともできるんです。

だから、ひとつひとつの対処方法というよりは
根本的なところを気づかせていく
そこがいちばん大事なことであるということ。
その意味での精神的な精神革命というもの
霊的な意味での精神復興運動っていうんですか。
あなた方の言う
そういうものが行われることのほんとの意味というのがあるということ。
その意味においては地球人も宇宙人もないということ。

「私たちもあなた方も同じだよ」っていうことをメッセージで残すために
私は今回地球の肉体を持って生まれたんです。
あなた方だって私たちの星に来て生まれられるんです。
みんな同じなんです。

だったら、「同じ地球人で同じ形をしていながら
肌の色が少々違うぐらいでいがみ合っているあなた方は、なんなんですか」
ということなんです。

「もう卒業しなさい。その中で殺し合いするのをやめなさい。」
ということ。
それはこの間来たアミも言ってたと思います。
それはみんな私たち共通の認識なんです。
私はそのために出たということ。

(2005.8.6 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2016-04-23 11:11 | スペースエンジェルAS | Trackback | Comments(0)

イエス・キリスト/アモールからのメッセージ(9)

いい意味においても、悪い意味においても、それを判断材料として
この最終的な神の問いかけ、その問題を自力で解きなさい。
それが、あなた方、地球人類に与えられた、唯一のひとつの試験であり
次の宇宙時代を迎えるための最低限の入学試験になっていくのです。

それを越えてこそ、小学校レベルが終わり
中学校レベルの地上仏国土としての
愛の修行の場所がスタートするということなのです。

その答えは自分で出すしかないのです。
どれだけ口で言っても、頭で問題を解いたように言っても
その行いの中にすべてが出てしまう。
それを神が見ておられます。

あなた方自身の魂が、あなた方自身をいちばんよく見ているのです。
その結果をもって、答えを出すのは私たちではないということ。
あなた方自身の魂が答えを出していくのです。
そして、一人ひとりが、これから先、どのようなところに行くかを
あなた方の魂自体が決めていくのです。

これから中学校レベルになる、地球という修行場にいて
次の宇宙時代を築くために貢献して
頑張っていくメンバーになるのか。
それとも落第して、別の惑星で準備されている、小学校レベルのところにまた
転生していって、もう一度学びなおしていくのか。

それとも、もうその段階を越えたから、指導段階は終えて別の星へ
もっと別の進化した惑星へ帰って行くのか。
自分の来た星に帰って行く方もおられるのです。
その行き先を決めるのは、自分自身の魂であるということです。

宇宙においても、波長同通というのがあります。
広義な意味において、自分と同じ霊域でなければ
暮らしていくことはできないのです。

そうすると、中学校レベルになった地球自体は
おのずとバイブレーションが精妙になるのです。
波動が精妙になってくるということです。

下に行けば行くほど荒いのです。
上に行けば行くほど精妙になり、波動が細やかになるのです。
そのことをあなた方が学ぶのならば
中学校になった地球に、あなた方が入っていけるのか。
そしてまた、ほとんどの地球人の方がたが落第して
結果、地球自体を滅ぼしてしまうような
もし核戦争のようなものを行っていくのならば
地球自体の使命として
もう一度、振り出しに戻るという選択肢もまたあるのです。

だから、次の時代に
次の人類をまた、別の肉体で用意してなどということは
今の段階では、まだ用意できないということも、またあります。

あなた方自身の魂が、今まで学んできた数々の、頭でっかちな思想
その時代その時代では、「汝、他の神の名を呼ぶなかれ」とか
そういうのは、モーゼの律法における規定とか
それはその時代に必要であったということです。

バール信仰がひじょうに盛んであったとき
偶像崇拝がひじょうに激しく行われたときに、偶像崇拝をすることなかれと
そして、そこらへんではやっている民間宗教である
偶像崇拝を、他の神を拝むことなかれということを
我々は、モーゼにしても言ったことがあるのです。

でも、そのまま受け売りして、この現代の日本に、現代の地球に当てはめたら
それは私たちが言った本来の趣旨とは違うということです。
それくらいのことはおわかりいただけると思うのです。

ですから、私がかつて言ったこと
それも一部分の者たちが口で伝え、書物に書き
そして、のちにまた、編纂されて、聖書という形で伝えられているのです。
c0171476_843219.jpg

ですから、そのままの私の思いが伝わっているわけでもないということ。
それは、私のだけではない
仏教経典においても、他のさまざまな教典においても
みな、そうであると思います。

ですから、そのようなものに執着するのではなくて
ほんとうにそのようなひとつの狭い
狭いところだけで生きている魂ではない。

今回の文明だけではない、過去、さまざまな文明を転生し続けてきた
あなた方の魂として、そういうかせからはずれて
今回、神から与えられた課題に答えを出してごらんなさいと。
それのために、自由意志があるのですよと。

そのために地上は修行場所としてあるのですよということを
私は皆さま方にも、そして、このネットを通して、向こうで聴いておられる
すべての方がたにお伝えしたいです。
書物を読んでおられる方がたにもお伝えしたいのです。

そうすれば、私は何人であるからとか、どういう宗教を持っているからとか
どういう国に育つたからとかいうことは、地球という境界線のない
ひとつの青い美しい星の中に生まれた地球人として
地球に生まれた神の子として、あなたはどのように考え、振る舞いますかと。

感謝して、ともに助け合って、地球人類みなが家族であるという
愛の理念に支えて、支えられて、宇宙を貫く神の愛のエネルギーに感謝をして
新たな愛の星としての、愛の文明を築いていこうと
決意を新たにしていくことができるか。
そのような課題に立ったとき
さまざまな問題に対して、あなた方はどのように答えを出しますか。

そうすれば、大方の問題は解けるはずなのです。
さまざまなとらわれがあるから
あれは正しい、これは正しいと他者を裁くのです。
自分自身の中に、そのようなとらわれがなかったらば
他の方のこだわりに対しても寛容になり、裁くことはなくなるのです。

愛に裁きはありません。
愛は許し合い、生かし合い、分かち合うことを愛と言うのです。
それを魂の中において、愛のエネルギーの自覚というものを
真に神の子として知ったのならば、あなた方がどのような未来を築いて
人類が生きて行かなくてはいけないか
それはあなた方の置かれた今の立場を通して
あなた方自身で答えを導き出せることなのです。

それは政治機構においても、経済機構においても、教育システムにおいても
科学の発展していく方向においても、芸術の方向性においても
今の、この一点をもってすれば、あなた方が、まだきたるべき時代
愛の時代が到来したときに
どのようにシステムを変えていかなくてはいけないか。
その答えを、あなた方自身で導き出していけるはずなのです。

神は常に、あなた方人類を、こうしろ、ああしろという
指示、命令口調に満ちた思いで、操り人形のようにすることは望みません。
それはあなた方の神性に対する、たいへんな侮辱であると思うからです。

地上に生きる神の子たちの誇りにかけて、自由意志にかけて
あなた方はどうか地上の、神の子としての誇りを持って
自分たちの愛の判断に任せながら
素晴らしい次の時代を築いていただきたいのです。

そして、今この天変地異も含めて、たいへんな時代を、愛の羅針盤を頼りに
どちらの方向に行くべきなのか、それをあなた方自身のお力で
導き出していただきたいのです。

そこができてこそ、次の時代に行けるということ。
それに関する答えは、あなた方一人ひとりが出していくのだということを
何度でも私は申し上げておきたいと思います。

(2006.4.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-21 12:32 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(26)

そなたたちが、このように霊言を降ろし、我々のパイプから降りてくる
正しい天上界の言葉を、計画を地上に降ろしてくれるから、これを青写真として
次の者たちがこの救済の計画を続行することができることを心から感謝する。
間違った計画を降ろし、間違った方向に行ってしまったら
地球人類がこれから行うべき道筋が、誤った方向に行ってしまう。
それは、サタンたちが望む道だ。

地球人類を、戦争において一瞬にして滅ぼし
人びとの心の中に地獄絵図をつくり
恐怖と混乱に落とし、地球を滅ぼし、人類を滅ぼし
そして、地獄に来た者たちのエネルギーを大量に吸い上げて
自分たちが大きな力を持とうとしている。

それはあまりに無知な姿だが
彼らは、この地球という小さな世界に自分たちが君臨したいと
天上界のエネルギーを超えるエネルギーを欲している。
そのために、地上の者たちを
みんな不幸な恐怖と怒りのエネルギーの中に落として
そのエネルギーを吸いあげようと、それだけの魂たちを地獄に引きずり込み
小さな地球の中で、天使軍団に勝ったような思いになりたいと。

そなたたちもあったであろう。
こんな小さなレムリアの中においても
レムリアを欲しがる者たちがいたはずである。
こんな小さなところの代表に好んでなりたいのか、という意見もあったが
我々から見たら、レムリアで起きていることは
地球規模で起きていることと同じである。

我らが光の天使だからといって、我らが偉いわけでも何でもない。
地球というものは、他の天体、大いなる神の宇宙たる大構造から見たならば
ほんとうに小さな、小さなもの。
その中で、プラスエネルギーの光の天使たちに対して
マイナスエネルギーを持つサタンたちの勢力がある。
そのエネルギーを増幅し、光の天使たち以上の力を持つということで
彼らは、世界を征服したと、野心を満足させたと思いたいのである。

しかしそれは、神の御胸の中から見たのなら、ほんのわずかなことであり
我々にしたって
別に、たいして我々の地位がすばらしいと思っているわけでもない。
ただ、神のお力になりたいと思ってやっているだけのことなのだ。
でも彼らは、権力欲、支配欲にかられ
自分が天上の神以上の力を持ちたいと、思い上がっていった。
哀れな、愚かな人間のなれの果ての姿である。
欲望に固まりきった、哀れな姿。
それは、肉体を待った地上の者たちの姿であると言っても
過言ではないだろう。

地上ではどうであろうか。
必要以上にお金を貪り、欲しがり、権力、支配欲、民族問においても
自分たちが相手の宗教よりも、相手の国よりも上でありたいと思う。
北朝鮮なども、イデオロギーにおいても、小さな国であるからこそ
自分たちの国が、最高のものだということを誇示したいために
核を離そうとしない。
小さな者たちほど、そのようなことにしがみつき
権力を使って死守せんとする。
そのため、人びとは恐怖心を使って相手を脅すような
まるで、刃物で脅すような気持ちで、核を装備するのである。

ほんとうに自信があるのなら丸腰でいればいいのだ。
自分たちの共産主義、彼らの持っている思想が
世界の中でもトップクラスだと思うのなら
そのような核を持たずとも、自信を持っていられるはずである。
弱いからこそ、多くの者たちを脅し
ドスを相手の喉下に突きつけているように
核を手放そうとしないのである。
それが、ある意味で、人類の姿なのである。

民族間でも、宗教間でも対立し、戦争が起こる。
ハルマゲドンと呼ばれるような戦争が起きるのも、そこの場所であるけれども
そのような宗教対宗教の中で、本来は愛を説く教えー、
我がかつて説いたユダヤ教でも、イエス・キリストが説いたキリスト教も
マホメットが説いたイスラム教も、人を殺すことを正当化した教えはない。
深い信仰心、神を敬い奉って、謙虚に、愛の教え、律法、正義の教えとして
神の子の道を説いたのが、古代の我々が説いた教えなのである。

まだほんのわずか、二千年、三千年足らずの間なのに
人類が、学ぶというよりは大事なことを忘れ
その後にあめ玉のように与えられた発達してきた科学、物質文明に
我を忘れて浸りきり、愛の教えをすっかり捨て去ってしまった。
その結論が、結果がもうすぐ出ようとしている。
そして、その要にそなたたちがいるということを、もっと自覚してほしい。

精神的な世界で、個人個人の悟りを高めるという、その意味もある。
カルマの修正、魂を引き上げていく意味でも
法を学ぶということは大いに価値があるだろう。
しかし、そなたたちがやろうとしているのは
地球が滅びんとするこの風前の灯火のときに
実践能力において、この地球をどこまで救えるかということ。
その行動と教えの高さを人びとにどれだけ伝えていけるか
その熱意によって、未来の地球の命運が変わるという
そこまで確信し、腹を括っている者たちがどれだけいようか。

我らの霊言をありがたがって聴きながら
実践行動において、少しも愛をなせない。
そのような者たちは、我らがやろうとしている教えをわかっていない者だ。
熱き血潮の中、この地球を、人類を愛するからこそ
そして神に感謝をする気持ちがあればこそ、この計画の中で命を張り
この地球の未来のために何ができるかを、真剣に自らに問いかけ
やれることを探すのが、愛の人として
神の子としての生き方ではないだろうか。
その気持ち、その不退転の境地がないから
さまざまな神々から叱責を受けたのであろう。

覚悟を持ち、明治維新を興した者たちが、命がけで、自らの血でもって
この無血革命というものをなした彼らの、人類に対する
日本国民に対する愛が理解できたなら
そなたたちは、今度は日本国民たちだけの愛でなく
世界人類、神の子すべてに対する愛をもって、地球維新をやり遂げなさい。
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これからのち、理屈だけ、頭でっかちなだけで
実際に行えない者を光の天使とは認めぬ。
それくらい、地上での修行は厳しいのである。
理念だけでいればいいのなら、天上界におればいいのだ。
地上に、何ゆえそなたたちがおり、出て行った意味がどこにあるかというと
愛の教えを、今、天上界から降りている教えを見極めて
それを地球の裏の隅々まで伝えていく、教えを出していく。
何が行われようとしているかを伝える。
そのためであろう。

「このままで滅びてなるものか!」という気持ちで
最後の土壇場を踏ん張ってほしい。
「このまま地球が滅び、人類が滅びてなるものか」と
そのような意地をなぜ出さぬかと
多くの人類に伝えてほしい。
そのために、今までの地球の歩みはあったのだ。

かつてのアトランティスや、レムリアや、ムーそれを通して
人類が学んできたものがある。
それが、今回の文明のクライマックスをもって
ひとつの終結を見るということ。
かつての文明でも、滅びていった者たちはあるけれども
今度、核戦争が起きたら
局部的な大陸の崩壊どころでなく、地球規模的な崩壊が起きるであろう。
地球人類すべてが淘汰されるような状態が出てくるのである。

天変地異が、間違った想念の結果、現象としてさまざま起きるけれども
地球に天変地異が起きているのは
けっして、人類を皆殺しにしようなどという
エネルギーから起きているのではない。
そこは分けねばならない。

自分たちが捨てたゴミが溜まったから、それを処分するために焼却することと
自分たちが火をつけて世界中を焼き払おうとすることとは違うはずであろう。
その違いをわかって、自由意志によって、大いなる精神的革命を起こすことで
人間が神の子としての原点に戻ることで、いくらでも地球の命運が変わる。
人類の文明の方向が変わるということ。
そのことをもっと深く認識しなくてはいけない。

これから多くの支援者を募るために、急遮、懇親会が開かれるであろう。
書籍が出るということは、ひじょうに大変なことである。
この書籍が地上に出たことによって
そなたたちに協力し、支援していく者たち
次の出番を待っている者たちが呼び集められていくのである。
先見の明があり、CDや霊言集をちゃんと見て
数々の批判がある中で見極めてきた者たちが、先に呼ばれてきている。
彼らを、地方における支部長のような形にして、連絡係のようにしながら
ネットワークを広げていきなさい。

会員とか組織とか、そういう形にはしなくてよい。
彼らの善意、神の子として何とかして参加し、役に立ちたいという
やりたいというその気持ちをくみ上げていって、力としていきなさい。
インターネットもある。
だから、そういうものを拠点にして、多くの人びとに書籍を広げていく。
それがとても大事なことである。

この間からリーフレットをつくっているようだが
まず、根本的に愛の教えを打ち出したレムリアの教えの原点を
小冊子でいいから用意しなさい。
それをもっていくほどでなければ
数々の霊人の言葉をただ抜枠しただけのものでは
多くの人類を根底から変えることにはならないのである。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-18 12:41 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(17)

厳しいことを言うように思われるかもしれないけれど
これから先は誰かを憎んだり、誰かを非難していく
そのような思いではなく
あなた方の中に、圧倒的な愛というもの
それは、神だけの専売特許だけではなくて
聴いている神の子として、あなた方一人ひとりも神の子として
神そのものの愛を表現する、ひとつの光とならなくては
これから先の法は聴けないということなのです。
それをわたしは伝えているのです。

あなた方の認識力が、あなた方の高度なレムリアの磁場を生み
そして、その努力と高度な認識が
より高度な法を降ろす内容を決定するのです。

いくらでも優秀な、素晴らしい法というものを降ろせる方がたが
今、脇に来られておられるけれど、やはり、それをどこかひと事であるとか
自分は関係のない人生であると思って、最大限の努力をなされないのならば
腹を決めていかれないのであるのならば
そこにおいて、確実な、より高度な法というものを降ろす
天上界との信頼関係というのはできないのです。
そうすれば、何%かは、何十%かは、実引かれたものというものしか
法の内容として降りないということをわたしは申し上げているのです。

天上界の者、そして、この受けている、この巫女と呼ばれている
この霊媒の、この認識力以外にも、一緒に、ともに努力し
ともに仕事をされているあなた方一人ひとりのお力
エネルギーというものがこれから降りようとしている
天上界の法の高さ、広さ、深さというものを決めていっている。
けっしてひと事ではないのだということをわたしは伝えたい。

その時のキーワードは、やはり経験や、高度な知識による
高い認識力というものと同時に、深い愛というもの
万象万物、一切を育くもう、そして、すべてが自らの仲間であり
自らが、すべてが、地球全部が大いなる家族であるということ。

いかなる弱き者、そして、迷いし者、その者も愛していくような圧倒的な愛。
太陽のような、いかなる悪人であれ、善人であれ
均等に太陽はすべての者たちを育み、愛と熱を与えておられます。
それが神の姿の似姿であるということ。

あの者はあのような悪さをしたから、あのような悪口を言ったから
愛されなくて当然。
それは神の愛ではないのです。

太陽をいつも思ってください。
たとえ悪と思われし者であったとしても、みな神の子であるということ。
その、今は失敗して、ひじょうに自ら影のようになっているかもしれない。
でも、それでも神の子であり、我が子であると思い
大宇宙の神はいとおしまれ、その者がいつか気づいてくれることを思い
圧倒的な愛で、愛の光でその者を育んでいる。

けっして悪だから、その者に光を、その者だけには与えないで
すぐ命を絶ってしまおうなどと思われないのです。
それが神の愛。
ならば、あなた方も愛を神だけの専売特許にしてはなりません。

あなた方は誇りある神の子。
神の子であるということは愛の子であり
愛の化身そのもの、愛の光、個性ある愛の光であるということ。
自らの光を、自らの個性を輝かせなさい。
そして、自らしかできぬことを、必ずや神は期待され
あなた方、お一人おひとりの個性をつくっておられること。
そのことを追求する旅を忘れてはいけません。

かけがえのないあなた方であるからこそ
かけがえのないあなた方でしかできない仕事があるのです。
そのことをもって愛をなし
この地上において、この世界において、仕事をなしていかれることです。

ここにいるのでも、あなた方、一人ひとりの個性がきらめき合い
そして、複雑にからみ合って
ここの磁場を今、形成しているということなのです。
そのことを思ったのならば、自分はただ霊言を聴きに来たのだから
聴いているだけなのだから関係ないのだと
わたしやこの霊媒の者だけがたいへんであると
そのようなことはないのです。

あなた方一人ひとりの光が、その個性が今、仕事をしているのです。
それはあなた方の覚悟であり、認識力であり、愛の深さであり
どのように人生に
どのようにこの救世の運動に対して向き合おうとしているか。
何をしていこうとしているか。
その認識力そのままの意識が、あなた方の光の度合いとして、今黙っていても
この磁場において仕事をしているのです。
そのことがわかりますか。
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だから、人生の一瞬、一瞬において無駄はないし、手を抜いてはなりません。
あなた方の中にある愛を、最大限に開花し
最大限に神のために投げ出してほしい。
そうすれば、あなた方一人ひとりがもっと、もっと霊的にも敏感になり
我々の言葉をインスピレーションとして受けやすくなるでしょう。

学んでほしいのです。
なぜ巫女として、あと、霊的な
こういう霊言というものを受けられる者と、受けられぬ者がいるか。
確かにこの者のように
神に最初からそのような個性と能力を与えられたということもあるでしょう。

でも、それは最初から、そのように一方的に与えられたわけではないのです。
あなた方でもできるのです。
何が違うか。
それは心の持ち方が違うのです。

神の使者として霊言を受ける。
それは女性である、巫女と呼ばれている方たちは
女性の機能において受動的なものはあるのです。

でも、男性でも、イエス・キリスト、インマヌエルのように
そして、わたしもかつて出たときには、やはり霊言というものを
霊視というものを通して天上界の指導を受けておりました。

そして、預言者と呼ばれている男性の方たちは、たくさんおられるのです。
男性であったとしても、受けることが可能なのです。
ではなぜ、できる者たちとできぬ者がいるか。

それは神に対して、大いなる素直な受容性というもので、神の道具として
使者として、身を投げ出し、その人生を、魂を、神の前に投げ出して
最大限に神の使者として仕事をしようという覚悟があるかないか。
その覚悟が、その受容性を開く鍵になっているということなのです。

男性だから、能動的だから、受容的にはなれないから
霊言や我々のインスピレーションを受けられないというふうに
決めてはなりません。
そのように決めてはならない。

女性の機能のほうが確かにあるかもしれない。
受容的に受けるということはあるかもしれないけれども
あなた方の心の持ち方によっては、それはいくらでも可能なことなのです。

それは、かつて仏教の中においても、そして、ヨガの中においても
神の言葉を、神と一体になるという道を
いろいろなさまざまな行というものを通して
人びとは神と出会おうとしてきたかもしれない。

でも、そのような一方的な、そのような自らが悟りたい
悟りたいということだけではなく
今簡単なことは、この大救世運動があったのならば
その中で、あなた方がどれだけ自分の人生と、その仕事とその使命において
神の前に一切を投げ出し、神の存在を自らが受け入れることができるか
その素直さを持てるか、それにかかっているということなのです。

かつての預言者と呼ばれていた者たちは、すべての自らの人生を放棄し
自分の生まれたところから石をもって追われながら
神の言葉を聴くためにさすらって行ったのです。

その時代に受け入れられぬ者たちがたくさんいたのです。
でも、彼らは聞こえてくる神の言葉のために
その人生を投げ出し、覚悟を決め
その言葉を人びとに伝えていったのです。

なぜこのようなことを言うかというと
仏教でいう小乗における、自らだけを悟らしめんとする
そのような阿羅漢とか、そのような思いの中で神と一体になっていく
それを修行というのではなくて
小さきもの、すべての宇宙にいる自分たちの同胞、友たち
その者を幸せにするために、自らを神の道具として
その受容性の中において神の前に投げ出し、神の愛の通路として
自らの中における神性を、愛を、奔流のごとく打ち出しながら
多くの者たちを愛して、神そのものの化身として一体化していく
その道を求めるそのような段階がきているということなのです。

(2005.8.19 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-13 12:45 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(15)

銀河連合というか
この銀河系というのはひじょうに誇り高い場所でもありまして
ここの銀河連合、銀河系っていうところの宇宙連盟ですね
ここのところにいる方たちっていうのは
やっぱり相当プライドが高いというか
水準の高い方たちが来ている方が多いので
思いやりとかやさしさに満ちている方が多いですから。
やはり、そういう意味で言うと、さっきのハロルドのような感じで
温かく見守ってくださる方が多いんじゃないかと思ってますね。

でも、我々の地球が、この文明実験が成功したらね
やはり多くの星が、今黙って見守ってるところが
同じようにいろんな挑戦をまたしていくと思うし。

この地球で集めてきたデータというか、地球で挑戦することによって
我々が試行錯誤しながらね
でもやっぱり残してきた実績というのがあるから
それを公開していくことで
彼らが自分の星の進化発展にすごく役立ててくれる。

そして、より多くの修行していく手助けになっていくという意味でも
貢献ができるということがあるということ。
そういう意味では
まあ、やっていることは無駄ではないということですね。

僕はこれが楽しくて、楽しくて。
なかなかそんな、なんか惑星意識とかなんとかなんて
とんでもないみたいな。
できたら、いろんな実験をあっちこっちでやりながら
そして人間、人類にねえ、愛というもの
神の心というものを教えていくこと。
そういうことがもう楽しくて、もう興味は尽きないという形で(笑)
やってます。

今いる人たちだけじゃなくて、ほかの星雲からも
ほかの惑星からも、ぜひまた来たいという人たちもいるわけで
そうすると、その人たちを入れるとまたどうなっていくかと。
で、彼らはまた、ある程度いったら帰していく。

そうすると、その魂たちは自分の母星に帰って行ったときに
また新たなひとつの影響力というもの、ま、短期留学生ですね。
地球に短期留学して来て、自分の星に帰るという人たちもいるわけです。

そうすると、地球で学んだこと
その得たものというものが自分の星に帰ったときに
「やはりこういう方向に引っ張っていきたい」という
指導者層として役に立ってくれる。

それには、やっぱり多様な文化圏を受け入れることができるという
その懐の深さのある惑星に行かないと
そんな留学なんかできないわけですよ。

自分の単一星人だけで小さくまとまっているところだと
ほかの惑星の人が短期留学なんかで行ったら、とてもじゃないけれど
学ぶ前に弾き飛ばされてしまうということもあるので。

そういう意味で言うと
地球はいろいろな、これから成長したいと思う意味での
指導者層の惑星人からの留学先みたいにもなっているのも事実です。
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だから、ずーっとここで地球にいるっていうわけでもなくて
ここにいて何回か転生したりとか
あと、この間の最初の、彼女のね、A.Sさんにしてもそうだけれども
やはり長いこと地球を異星人の形で見守ってきて
そしてまあ、一度肉体を持ってみようかと思って地球人を味わうと
「ふうん、こんなもんなんだ」と思ってまた
「いや、やっぱり長居は無用だわ」とか思って
また自分の惑星に帰って行く。

でも、地球人に生まれたという、この地球を見守ってきたというのは
彼女の中でもひとつの財産になって
個性の中における広がりになっていくと思うから。

やはり、そういう意味で、自分の立場はどこの星にあるけれども
地球を見守って地球から吸収する。
で、地球に貢献することによって、自分もまた学ぶ。

そして、それで学んだものを、また自分の母星に持って行く。
そういうような役割をしている。
そういう人たちに対して、ひじょうに寛容に受け入れをしている。
それが地球の姿でもあるということなんです。

だからそういう意味で言うと、とってもいい留学先でもあるわけです。
だから、まあ、もっともっと高度な留学先になりたくて
今回の救世の計画を立てているわけだけど
私たち九次元十人が考えていることというのは
やはり、そういうレベルのことを、まあ、目指している
というかな、そういう意味であるわけで。

まあ、地球系でね、パイトロンで魂つくるとか
そういうのはちょっと今、休止してますんで(笑)。
そうでなくても、なんか外からいっぱい入って来るようになったんで。
魂人口においては、もう十分あるのでね。
まあ地球系でつくると、また混乱も起きるし、ということで。

でもまあ考えようによっては、地獄の底から天上界の上まで
全部経験しようと思ったら経験できる、とても希少価値のある(笑)
惑星かもしれないと思うと。
一歩踏み外すと地獄の底だけど
でも上ろうと思えば、エル・ランティまでいる、みたいな星ですから。

だからそういう意味で言うと
留学先としてもひじょうに面白い場所でもあるし
いいのかもしれないよ。
今度、また時間をとって
べーター星のことについては、じっくりと話しましょう。

(2006.2.9 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-11 08:27 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

イエス・キリスト/アモールからのメッセージ(8)

人間というものは、仮想敵国をつくって戦うのが好きなのです。
自分の中に都合が悪いことがあると、そのような仮想の
これは間違いなく悪の塊であると限定したものをつくって
そこと戦うということをもって
自らの非というものを打ち消すことができるからなのです。

でも、100%悪いなんてものは、この世にはないということ。
そしてそれが
人類が求めてきたからこそ存続してきたということなのです。
ということは、未熟な人類がまだまだ学ぶ意味において
必要としていた団体であったということなのです。

そのことを思うと、あなた方はどこかひとつの国だけを
ひとつの組織だけを
さも、ルシファー、サタンが指導しているから
魔であるというふうには決めつけをしてはなりません。

そこを通して、闇の中で光を学ぶ方もいるのです。
そこで苦しんだからこそ、魂が光というものの意味を
存在意義を知るような、指導の仕方を受けている方もいるのです。

ですから、その組織、この地上に出ている団体
それだけを悪の権化と決めつけてはいけません。
それよりも、そのようなものに惹かれ
もし、そのような暗い波動があるのならば
そこに惹かれていく自分自身の心の中を点検することです。

人は興味がなければ近くには寄らないのです。
興味があるからこそ、マイナスの波動があるとわかっていても
歓楽街のようなところに惹かれて行く場合もあるではありませんか。

いちばん大切なことは、表面にあるものが絶対、悪であるとか
絶対、善であるというふうに思うのではなく
心の中に天国も地獄もあるということ。

神の子としての自分もあれば
地下に通ずる醜い顔を持った自分もいるのかもしれないと
常に反省をすることです。

そして、ほんとうに神の子として
先ほどから言う、愛のエネルギーを引いた
神の子の誇りを持って生きるとしたのなら
あなたはどのように生きますかということ。

その原点に常に戻ることです。
そうすれば、地上にある団体とか、イデオロギーとか
宗教だけのせいにして
自分は被害者であるかのようなことは言わなくなるのです。

いちばん大事なことは、自分の心の中にある神の子の、そういうものさしで
しっかりと神の子として、愛を輝かせて生きることが大事なのです。
だから、私は申しました。「汝、人を裁くことなかれ」と。
そうすれば、人を裁くことにはならないのです。

まず、神の子として、愛を光り輝かせ
他者を裁くことなく心優しく生きる者に
波長同通の法則により
マイナスの者は近寄って来たくても近寄れないということです。

近寄れない者に、かかわり合うこともないわけです。
そこに、かかわり合って苦しむということは
自分が何かそこに惹かれている者であるということ。

そこに同通するものがあるということです。
それは、自分が求めているから
そういうものを引き寄せているだけなのです。
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その団体自体が悪いからということで
自分の中にあるものの責任転嫁を行っては
いけないということを、私は言っているのです。

それを学ぶ、まだまだ未熟な段階であるからこそ
神はそのようなさまざまな団体を
さまざまな組織を
そのようなイデオロギーを、淘汰せずに存続を許されておられるのです。

それをもって
人類がまだ学ぶ材料であるということ、学習材料であるということなのです。
でも、もう少したてば、そういう学びの段階ではなくなります。
そういう材料はなくなる時がくるのです。

でも、今までの過渡期において
人類はそういうものが必要であったということ。
戦争という痛ましい残酷なものを
なぜ神はあのようなものを許しておかれるか、という祈りも聞かれる。

でも、戦争で永遠の命があるからこそ
戦争のむごたらしさを、身をもって感じた者、傷ついた者であればこそ
戦争は起こしてはいけないと、人は殺し合ってはいけないと
何も生まないのであるということを魂に刻んだのではないでしょうか。
そこまでしなくては人類は学べなかったという
そういう段階であったということです。

それを、その戦争を通して学ぶ、その時期を終えて
数々の二元対立の中での悪と善の相克
そういうものを通して、二元対立の中で人類は学んできました。

その二元対立の時を越えて
ひとつの、光一元という神のお心の中に飛び込んでいく
神の国到来という、地上の神の国到来という
そういう時代をこれから迎えていく中において
人びとが、みな神の子の原点に戻らなくてはなりません。

その時代が到来することを、私たちは、地上仏国土
キリスト教で言うのなら、「神の国は来たり」
そういう言葉で予言してきたのです。
そのときがやっとこようとしているということなのです。

その扉を、神の国の、地上の神の国の扉をくぐって行ける者たちは
神の子としての自覚に真に目覚めた愛の人とならなくては
その扉はくぐって行けないということなのです。

わかりますか。
どんなものも、言い訳にしてはならないのです。
どんな宗教であれ、どんな教えであれ、今の時代、完全なものはないのです。
でも、その教えを通して
今現在の、あなたが養われてきたのではないでしょうか。

(2006.4.8 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-09 10:59 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(25)

最終的な人類の総仕上げの中、人類が神の子であると教えられ
そしてイエス・キリストや我が地上に降ろした律法、人のあり方というもの
孔子が説いたもの、マホメットなどが説いたものを通して
自らが神の子であるということ、永遠の転生輪廻をしているということ
天上界はひとりであるということ、愛というものが神本来のエネルギーであり
愛の波動の中で宇宙が統御されているということ。
愛の摂理そのものが神のエネルギーであるということ。
それらのことを学んだ。
その時期がやっときたということ。

これは、そなたたちがひじょうに難しい理論を学んでいることから見たら
とても簡単なことで、物足りないと思うかもしれない。
数々の書籍をかつてORも出したが
数々の書籍で、難解に、わからぬようにするよりも
今、我が語った、ほんの二つ、四つのことをほんとうに腹に落としたなら
世界維新はできるのである。
地球ルネッサンスができるのである。

多くの人類に向かって、世界中の者たちに伝えるときに
難解なことを、難解な長い文章で言うよりも
ほんとうに大事なことだけを言っていく
エッセンスのみを伝えていかなければ
多くの衆生、民はついてこられないものである。
これがいちばん大事なことであり
とてもシンプルなことであるが、原点なのだ。

欲望に任せて、人類は物質文明の中を駆け抜けてきた。
科学に夢中になるがゆえに、我らが説いた愛や、神の摂理
教えをすっかり忘れて
人びとは、十九世紀後半から、二十世紀、二十一世紀の初頭にかけて
暴走してしまった。

根本的なことを、あれだけ教えたにもかかわらず、自らが神の子だと
愛がもっとも尊いことを学んだにもかかわらず
愛も、神を信ずることも、ただそのふた言、そのふた言が信じられたか。
ほんとうに身になっていたか。
そのことがほんとうにわかっていたのなら
いかに物質文明や、科学が発達しても身じろぎもしない者たちがいたはずだ。

しかし、人類は、科学や物質的な豊かさのほうを
目新しいおもちゃのように喜び、もてはやした。
そして、我らが説いた教え、愛の大切さを、簡単にゴミ箱に投げ捨てて
「神は死んだ」などと言う者たちが多くなってしまった。
その精神状態の貧しさ、物質文明から出たマイナスエネルギー、その弊害で
今、人類は滅亡の危機に瀕しているということを学ばなくてはならない。

自らの欲、権勢欲、物質の中において、何もかもを欲しがる
それが、諸国問の抗争となっている。
そして、宗教の中でも、愛ということをあれだけ伝えてあるのに
今度は、宗教の名のもとに、自我の主張、欲望、自分たちこそが正しいという
自我のぶつかり合いから戦争になり
そして、核を保有している者たちが、その核を使う誘惑に駆られる。
そのような最悪の精神状態になってきているのである。

いちばん大事なことは、自らが神の子であり
愛し合うことがほんとうの使命であるということ一人が生きていくとき
どれだけ多くのものをがめつく貯め込んだとして
それを全部食べられるというのか。
幸せになるために、どれだけの物質が必要なのか。

物質的なもの、科学的なものがある程度満たされなくては
次の宇宙時代に行けないことも事実である。
だから、常に科学と信仰の両輪を目指して
我らは、アトランティスのときも、レムリアのときも指導してきた。
宇宙時代を迎えた高度な惑星でも
科学文明と、愛と信仰は、常に両輪として回っている。

科学を通して、物質文明の一線に多様化が起こったときに
未熟なる愛の精神しか持たぬ人類は、物質、科学文明に振り回され
神の子としての本来のあり方、生き様を見失う。
そして、過剰な物質を求め、過剰な科学信仰に陥り
自分だけが、自らの国だけが良ければいいという我欲にまみれ
最終的に、核戦争で滅びてしまうのだ。

神は、地球を球体でおつくりになられた。
それは、我々の魂の姿であり、神の子としての心の姿そのままである。
丸いピカピカした光そのものが、我々神の子としての、本来の姿である。
神は、その姿のまま愛の地球をつくられた。

地球が球体であり、自転しているということは
その上で核を爆発させれば、地球を包んでいる大気が放射能に汚染され
その空気は自分の国の上空にもかかり
自らの国民をも根絶やしにして、殺してしまう。
他者を愛することが、自らを愛することだということ。
それがほんとうの意味でわからないときは、最後は自らも滅びていく。
そのような構造になっているのである。

核を発見した段階、その段階に至ったのに
科学レベルに応じた精神状況、愛の心が育っていったかどうか。
それが、文明を存続することができるかがかの分かれ目になる。
我々はそれを見守ってきて、それを指導するために
あらゆる手を尽くしてきたつもりである。
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ほんとうのことを言えば、イエス・キリストが説いた愛の教え
それを一人ひとりが学んでいたのなら
敵国間でも、そなたたちの社会でも、家族の中でも
他者の幸せを、喜びを、我が喜び、我が幸せとしていくような
優しい、思いやりの深い人たちばかりが地上にいて
それが地域レベルから国家レベルになり、地球レベルに広がっていく。
そうなれば、愚かしい戦争などは繰り広げられなかったはずだ。

数々の映画などを通して、我々も、地球最後の日のような
讐告を発するようなインスピレーションを送っている。
それを通して、核戦争をしたらどのような状況が起きるのかを。

でも、核を発明しても、それを戦争の道具として使うか否か
ボタンを押すか否か、それは、人類の自由意志である。
それで人類が滅びたとしても、けっしてサタンのせいではないのだ。
人類は、自分の欲望想念で犯した過ち、醜さを
すべてサタンたちのせいにしたがる。
でもそれは間違いである。
それは、自分たちの蒔いた種の刈り取りである。
自分がやったことの結果であるということを、もっと、見極めねばならぬ。

神の偉大なる愛の力、エネルギー、宇宙を貫く圧倒的なパワーから見たら
サタンたちの力は赤子どころか、虫けらの一つに過ぎない。
サタンをあなどるわけではないが、彼らの力などはその程度のものなのだ。
だからこそ、我々光の天使たちは、彼らのもとに行って、忍耐強く説得して
まるで、不良になった自分の子どもを見るような気持ちで
「帰っておいで」と声をかけるのである。

今が、そなたたちのエネルギーを、精神的な魂の霊的な向上
それを飛躍的にアップさせる、最後のチヤンスなのだ。
そのことを認識してほしい。
そのために、この最終的な救世の計画が行われた。
そして、救世の計画の失敗をもって
この地上の文明が、今回どうなるかが結論づけられるのである。

そのためにも、まず精神的なルネッサンス
精神的な価値観の大転換というものを行わなくてはいけない。
地球人という、民族意識のかたまりのレベルから
今度は、神の子、人類としての愛のエネルギー、分光のエネルギーたち
それが人類であり、地球人であるという
その高い認識で、地球を預かった者として
地球を愛の星に変えていくのが、本来の神の愛へ報いる道であるという
高度な認識を持たなくてはいけない。
そのために、我々の指導がある。

科学文明がピークに達してきた今日、精神的な文明が追いついていけば
いつでも核を放棄し、地球を愛の星に変えていくことは可能である。
今は、不可能のように思われるかもしれない。
しかし、そなたたちが出した本を見ればわかるであろう。
明治維新が、すべての模範例として示してくれている。
それを地球規模に拡大したものが
今度そなたたちがやる、地球ルネッサンス、地球維新である。

彼らがやったのち、わずか百年もたたぬうちに
このような現代人の姿になった。
思想的においても、文化においても、ちょんまげや刀を持ち
袴をはいていた者たちが
今日あなたたちのような姿になるのは、あっという間のことであったろう。
つまり、精神的な価値観の大転換が行われれば
地球上において滅亡に瀕した人類を救うのは、不可能なことではけっしてない。

それを仏陀は計画され
我々も、天上界において、地球の飛躍、ステップアップのときとして
宇宙文明に仲間入りするときだと考えて、我々は、この大救世の計画を立てた。
そして最後の仕上げにかかっている。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-04-07 07:00 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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