地球を愛の星へ

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高橋信次からのメッセージ(21)

ORさんが出した、仏陀が出した法は
確かに部分的に見たら、あなた方よりはるかに高いものがあるかもしれない。
でも、高いものばかりが人を救うのではないのです。

今言ったように、初歩的なことかもしれない。
神の子であるということ。
自分の内面を見て、自らの中から神へ通じる道に気づきなさいと。
それをほんとうの意味で言って、誰ひとりとしていなくていいものはない。
みんなかけがえのない神の子であるんだよ。

だから地球人類みんな素晴らしい仲間として、家族として手を取り合おう。
いや、地球人類だけではない。
宇宙からも、ほら、友たちが待っている。

彼らとも手を取り合って、地球自体を素晴らしい惑星にし、進化をし
次なるステップに歩み出して行こうよと。
それを言うことは、少しも難しいことではないでしょう?
専門的なことはいらないでしょ。

その易しい言葉で、でも根本でいちばん大切なことを
あなた方は伝えていきなさいということを
この間言った、ベーエルダ星の光の方は言っておられたのです。

「大事なことですよ」
「いちばん大事なこと、いちばんシンプルなこと。
易しい言葉で語れることを地球人たちは理解していないから
このような混乱をつくっているのだよ」ということを
宇宙の方たちはおっしゃっているということなのです。

だから、マニアックなことに流れることよりも
あなた方自体で今やるべきことをしっかりとして
そしてこのギリギリ、土壇場の地球の
断崖絶壁の崖っぷちにいるわけだよね、あなたたちはね。

我々もそうだけど、「その中においてやれる精一杯のことをやりなさい」と。
そういう気持ちで、温かい目で見てくれています。
でも、温かい見守りの目で見てくれるということと
楽観して甘やかしてくれるということとは違うということです。

現状認識をしっかりしたのならば、今あなた方がしなければならないことは
たいへんなことなんだよということ。
そして、二元論的な、光と闇の相克という中で修行している私たち
あなた方にとって厳然としてあるのが、魔との戦いということがあるのです。

光一元、光一元といっても、ミカエルやモーゼなどは現実に地獄があって
現実に悪霊たちがいて
あなた方、光の使徒たちの計画をいつも転覆させようとしているじゃないかと。
「いるんだよ、気をつけろ、気をつけろ」ということを
ミカエルはいつも声の限りに、張り裂けんばかりに叫んでおります。

それは現状として、光一元の宇宙の中にあるけれども
地球の今の段階が実際に二元論の中での光と闇の争い
勢力争いになっていることも事実なのです。

それほどに魔というものが肥大化してしまった。
そういう地球の今の現状であるということも事実です。
それがなければ仏陀が、エル・カンタラーが落ちるわけはないんです。
私がやったG会が大混乱させられることはないんですよ。

それだけそういう時代になっているという
たいへんな時でもあるということ。
そのような時代認識というもの、危機感というもの
それもしっかりとわかって、彼、魔に対する防衛策というもの
彼らに対してどういうふうにふるまっていくか。

それでいながら、みんな人間神の子であるという深い愛の理論に基づいて
性善説というのを打ち出していけるか。
これは我々の指導レベルから見ても、たいへんなことである。
たいへんな指導能力がなければできないことであるということも
事実なのです。
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だから我々が、霊言を今このように送っています。
あなた方は、今その霊言集を編纂してくれています。
それを通して、本で発刊しながら
そのうちに多くの人たちと会っていきながら
この書物を、この霊言集を通していちばん伝えていかなくてはいけないことを
講演会や何かで話していくことになっていくことでしょう。

今、その前段階として、あなた方がしっかりとまず伝えるには
この我々からの霊言をしっかりと受け止め、それを書籍化し
核となる、レムリアの教えの核となるものをまず残すということ。
そのことのために、今までの数年間は割かれてきたということが事実なのです。

これがあれば世界に行っても通用するのです。
なぜなら、地球で最高の者たちが、最高神格の者たちが降りて来て
霊言を行っているのは、このレムリアしかないからです。

そして、今までのK会でしかなかったからです。
でも、今のK会ではないということでしょう。
そのことをしっかりと踏まえて、レムリアというものが
レムリア・ルネッサンスというものが説いていく霊言、降ろしていく霊言
そして発刊していく本というものがこれだけの水準であるということを
ひとつの実績として出していったのならば
そのあとに海外に行こうが、どこに行こうがへこたれもしない
びくともしないで、堂々と世界中にいる有名な人たちに
会っていけばよろしいではないですか。

その時に、「これだけの本を、実績を出しているのだよ」と。
「そこら辺でぽっと出たような、
チャネリングしている人だちとは違うんだよ」と。
「法を降ろしていっているんだよ」と。

それをしっかりと実証できるものがなければ
我々地球霊団の最高域からの指導を受けた救世の集団というふうな
そういうバックボーンというものを抜きにして
あなた方の存在意義というものが
認められるということはないと思うのです。
そこのとこにおいて、あなた方はしっかりと認識していただきたい。

うぬぼれろというのではなく、うぬぼれたらね
落ちるのは真下だってもう知ってますよね。
うぬぼれるのではないけれども、でも自分たちの役職が
今、行われようとしている使命がどのような位置づけにあるか
どのような重い場所にあるかということをしっかりとその両肩で受け止め
その使命というものを果たしていく覚悟というもの
腹を決めていただきたいなというふうに思っております。

(2006.3.4 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-06-30 11:41 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

マイトレーヤーからのメッセージ(3)

わたくしは、マヌ、カイトロン
そしてこのアマーリエという者といっしょに
かつての昔オリオンからきた、そういう者でございます。
わたくしたちの星は調和に満たされ、愛に満たされ
芸術と人びとの間に、大調和というのを実現していた星でございました。

人が集うところには、当然それなりのトラブルと申しますか
問題があるのはどこでもあるのですが
神のお心というものが、その星の方針として
多くの人びとの心に調和し一体となっている
そのような星であったと思います。

そのような星におきましては、人びとの悟りの中において
それぞれが神と一体として生きるということが一般化されておりますので
わたくしたちのような九次元と申します者も、相当数おります。
星の指導者としての役割があるのですけれども
わたくしたちのような星になりますと、あの当時の地球のように
これから星としてスタートをし、一つの文明を
星としての使命を果たしていこうという
そのような修行場、修行過程にある、未開発といったらなんですけれども
そういう星への指導者として
指導的な立場にある星としての使命というものを神より預かっているのです。
それゆえに我々は、指導者、ないしは教育係として
いろいろな星に派遣されるという役割がございます。

オリオンは、美を体現した星でございましたけれども、感性だけではなく
やはり法、悟性というものをすべて含めまして、科学技術においても
そして芸術においても、法の極みにおいても
人の、神の子としての人倫の道において、法道徳と申しますか
それについても、それなりの進化を遂げた星であったとわたくしは思います。

ですから、わたくしの星オリオンから地球に招霊されたときに
まず、地球に科学を進めていかなくてはいけないということで
科学の部門から、九次元の悟りを開いたカイトロンという者を伴い
さらに、芸術、感性というものを通して悟りを開いて
九次元レベルになっておりましたマヌという者も伴って参りました。
そして、前回の大移住における、その計画におけるグループの責任者として
わたくしが立っていたのです。

わたくしは神のお心、神の法というものがどこにあるのか
それを伝えるための悟り、メッセンジャー、地球における仏陀の役割のように
オリオンにおける仏陀というふうな位置づけの、そういった役割があるのです。

みなさま方の意識を見ておりますと
オリオンというと、どうも芸術、感性ということだけが
突出した星であるというふうに、まあマヌの人気によって
あなた方は誤解なさっているところがあるのかもしれませんが
ひじょうに美的な部分、感性の部分
まあこの者もそうですが、感性というものを通して法を表現していますし
テレパシーというもの、普通の人間たちが感じる以上のものを
感性の中でとらえて、神のお心というものをキャッチしていく
それに優れた者たちが多いのも事実です。

しかし、科学の分野におきましてもとても優れておりますし
法を学ぶということ、あなた方が黄金光線と呼んでいる方たちが
おやりになっているようなことについても
究極的に極めた、悟りの高さをも持っているのが
オリオンであるということも申し上げておきたいのです。

その中で、この星における黄金光線的な役割にいて、何が法であるか
何が神のお心であり、何が神の望まれる道であるかということを説くために
わたくしは常にいるものでございます。
そして、オリオンからきた使命におきましても、教育者としての部分
新たなる星に行って、指導する役割を常に持っておりますがゆえ
ある一定期間、その星が、ある程度の段階になるまで協力をして
またオリオンに戻るなり、別の星から招霊されたなら、別の者たちを伴って
別の惑星に行って、その星を次元アップさせていく
成長させていくための指導者として、別の霊人たちを伴って移動する。
それをわたくしたちの星の使命としております。
だから、オリオンはリーダー的な星であるということは事実です。
そのようにお考えください。

わたくしたち九次元は、今は九次元には十人おりますが
それはみなさま方ご存知でしょうが、
その中で、モーリャが赤色光線とか、マヌが緑色とか
そういういろいろな色づけというのが
ホワイト霊団であるならインマヌエル
ホワイト霊団は白というふうにみんな分けております。
しかしそれが宇宙の中で、光線をもって地球に招霊されたわけではないのです。
それは違うのです。

地球には、地球意識というのがございます。
地球という惑星をつくるためにその身を投げ出して、修行場として
その身を犠牲にしてわたくしたちに修行させてくださっている
九次元を超える十次元意識としての地球意識という方がおられます。
それに対する月意識
さらにその上に、太陽から出ている大日意識がおられるのです。
その上の世界から、光線が地球に降りてくるわけです。
それをわたくしは、エル・ランティの補助をしながら
それをプリズムに分けて七色の光線に分光していく役をしているのです。
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そして、光というのは何であるかと申しますと
神のお心、神は光そのものなのです。
神は愛であり、愛は光です。
その愛のエネルギー、神の、すべての大宇宙をあまねく照らし、生かしむ
その愛の光が、この地球においても、上から降ろされてくるのです。
その愛のエネルギーにより、地球意識も、地球におけるすべての植物、動物
すべての生命体が
霊性、霊的なエネルギーというものを得て生きているのです。
それをまず分光する、最初のプリズムをしているのが
わたくしやエル・ランティなのです。

そして、分光したときに、七色の光線が分かれていくのです。
それは神の光の一つの役割、使命であります。
赤には赤の役割があり、黄色には黄色の役割があり
緑には緑の役割があります。
その役割をもって、この地球を豊かな神の愛の表現体として生かすよう
使命を果たすよう、七色に分光しているのです。
実は詳しく言うと七色ではなく、詳細に見るなら何十通りにも
神の光というのはバリエーションがあるのです。

ただ、大きく見たときに七色に分かれていくということ。
その七色が分かれていくときに
我々九次元十人がそれぞれ担当しているということなのです。
それぞれの個性に応じて、いちばん得意とする分野の指導を
自分たちが買って出ているということなのです。

今回は、地球の中において、法を地球の法として確立する。
それは、この仏陀とよばれている、エル・カンタラーといわれる方
いちばん地球の中で永い生命体でおられますので
その方が、地球の法とはなんであるかということを築き上げることにおいて
黄金光線、黄色の光線というのを
仏陀が担当されているということなのです。

そして、愛を説かれるインマヌエル
あなた方の言葉ではイエス・キリストと呼ばれている方が
ホワイトという光線のことを担当されておられる。
正義を説かれるモーリャという方は
ひじょうに力の強い、正義感のお強い方です。
その方が赤の、本来持っている赤の個性を
「じゃあわたくしが担当しよう」ということで
担っておられるということなのです。
また、緑やブルーは、ゼウス、マヌという方が、それぞれに分けたり
ひとつの個性をお二人で兼任なさっているということがあると思います。

ですから、じゃあ絶対にこれが変わらないかと申しますと
わたくしたちのような長い目で見た場合には
ときどき光線の役割は変わるときがあるのです。
わたくしも、本来であるならば
法というものを担当できる部分におりますので
わたくしがもし「黄金光線をやれ」と言われたら
やはり黄金光線をやるわけです。
ただ、地球の法として、どのような地球の法
オリジナルを確立するかという立場になりますと
地球にずっと最初からおられた
エル・カンタラーがおやりになるのが適切であるのではないかと
わたくしは思いまして
わたくし自身は法を担当する者でありますけれども
エル・ランティの補助という立場で、分光という作業をしているのです。

ですから、我々がもともと色のついた光線として神より創造されて
そしてその光線の中だけでしか使命を果たされない
というふうに思われるのであるなら
それはちょっと思い違いであるなと思います。

神はすべてのものに個性を与えられました。
そのものでなければ果たせないようなすばらしい能力というのは
わたくしたち九次元の十人でなくても、あなた方一人ひとりにおかれましても
すばらしい才能、能力をお与えになって
神の子としてこの地上に、いやこの宇宙に創造なさったのです。
ですから、あなた方自身の色、あなた方自身の個性というものを
どうか探して、探求して
ご自分の光を、光線を輝かすことを、わたくしは心より望んでおります。

また、わかりやすくというなら
あなた方が読まれた『太陽の法』におかれまして
あのような書き方をしているということ。
たまたま、地球の歴史の中において
我々九次元の十人が担当しているのであるということ。
そのことを思いおかれればよろしいと思います。

(2005.7.9 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-06-25 11:48 | マイトレーヤー | Trackback | Comments(1)

木戸孝允からのメッセージ

今、皆さま方の質問を伺っておりまして
レムリア・ルネッサンスというこの計画におきまして
わたくしも胸に詰まる思いがございますので
今回皆さま方に、ひと言お話をさせていただくことができ
たいへん喜んでおります。

皆さま方、ご存じであられるかどうかわかりませんが
わたくしはかつて、YSと呼ばれていた
ORとして生まれた方の父親をなさった方と
たいへん縁の深いものでございました。

天上界におきましては、日蓮様、わたくし、まあ天台智顗
それからYSと呼ばれる本体の者とたいへん深い親交がございまして
今回の計画というものも、それはもう明治維新の以前から
今回の計画をこの日本の地に降ろすにはいかようにしたらよいものかと
いかようにしたらこのような神の、神々の大いなる計画を
この日本という国土において、花を咲かすことができるかということを
ひじょうに熱心に話し合っていたものなのです。

ですから、高橋信次さんという方がこのあいだ、お出になられまして
そのあとにORさん、そしてYSという者が次に出てくるということを
わたくしは側面からたいへん期待して
彼に対しても激励を送っていた立場にいた者なのです。

そのような立場にありながら、このような結果を生んでしまい
そしてその中において、あなた方が第三の計画として
レムリアという運動が立ち興ってきたということ。
そのことをわたくしは胸に詰まる思いで、見ていたものなのです。

逆に申しますと、YS、ORと同じような罪の呵責に胸を詰まらせ
神々に、人びとに対して申し訳ないという思いで
この計画を途中で断念せざるを得ないものであるかという
無念さを胸にかみしめながら、今日まできたものなのです。

しかし、あなた方がそれを引き継ぎ
今数々の困難、歎難にも負けることなく
あなた方はそれを乗り越えられて、今こうしてこの霊言を受け
この第三の計画を実行しようとしてくださっておられるということ。
そのことを思って、いかにあなた方に対してわたくしは感謝をしているか
どのようにお礼を申し上げたらよいか
ORに代わって、わたくしからあなた方に礼を言いたいと思うのです。
そして申し訳なかったと、改めて謝罪したい思いでいっぱいなのです。

本来であるならば、ORが説いた精神復興運動というものが
今頃は世界の隅々までにとどろき渡っていてもおかしくない。
それがあってこその天変地異であり
人びとに法と神々の、本来の計画と本来の意思というものが伝えられ
それから大いなるこの地球浄化のための天変地異があって
その中において人びとが神の懐に戻って行くという計画があったのです。

しかしそれが、先に天変地異がきて
人びとがわからぬままに死んでいくだけであったならば
少しも地球上において
神に対する認識力の精神的な革命というものは
行われなかったということです。

ですから急速第三の計画におき、本来ORが説かれるはずであった
その精神革命、神理を明かしていくということを
その続きをあなた方がやっていただくことにより
人びとの心に本来の法というものを、神のみ心を伝えていくことによって
それから天変地異というものを先延ばしにするという
そのような計画が急速、計画変更という形で行われたということなのです。

もうすでにその予兆というものが起きております。
しかし、我々もそれ以上は言ってはならぬということが
上位霊界より申し渡されておりますので
そのことはいらぬ恐怖心をあおることになります。

しかし、そのためにも少しでも早く、人びとに正しい法の知識というもの
霊界の知識というものを、そして神々のご計画
本来の地球を浄化するための計画というものを
地球上の隅々の人びとに伝えねばなりません。

それが明かされるのが今この至福の、恵みの時である
この地球計画の大いなる時であるということ。
その意味をもって、地球上の人びとに
人類に霊界の智慧の扉が開く、解放される
そのような時というのはー

天変地異の繰り返しというのはいくらでもあったのです。
しかし、そのような人類に、神の叡智というものが下る時というのは
そんなにたびたびはなかったのです。
そのように今、大事な、大事な時にあるということ。
そのために我々明治維新の時に、その下準備があったということ。

それを上位霊界のほうで計画なされ
そのために我々は命を張って明治維新を興し
日本という磁場を、国土というものを近代国家にし
そしてあなた方のような方がたが、こういう霊的なことを自由に説かれる
そのような場所というものを用意するために
政治体制、そのような近代国家へのステップという意味において
明治時代の志士と呼ばれている者たちは出ました。

そして前回聞いておりますと
ノストラダムスという方がおっしやっておられましたけれども
十九世紀、十八世紀後半より
ひじょうにスピリチュアリズムという霊的なものが
徐々に徐々に人びとの心に違和感ないような形において
世界各国において降霊会というものを通して
人びとの心の中に免疫をつけさせるようにし、受け入れ
霊天上界からのメッセージというものがあるんだということ
エドガー・ケイシー、スウェーデンーボルグ、いろいろな方
シルバー・バーチ、いろいろな方がたにより、精神的な意味においても
人びとに免疫をつけさせてきた。
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そして王制体質の、専制主義的なところから近代国家
科学というものを発達させる中で、人びとをそういう中世的な
中世の専制主義の中で自由のない、教育のないところから解放しつつ
精神的にも、物理的な意味においても、科学と経済的なもの、自由というもの
精神の自由というもの、そしてこの物質界だけではない
霊的な、精神世界というものがあるということを
徐々に、徐々に、人類に免疫をつけて指導してきた。
そのような流れというのが世界の歴史の中にあるのです。

その結論の先に何が待っていたかというと
大いなる、大いなる救世主が降りられ
そこにおいて天上界における科学と霊的なもの、宗教的なものの合一における
この地球系神理の最高峰が明かされるという大計画があってならではの
その方向に向けての計画であったということなのです。
それを我々は計画をいっしょに立てる者として
天上界より見守ってきたのです。
そしてその一番の任に当たられたのが仏陀という方でおられました。

仏陀と呼ばれる方がこの地上に下生なされることによって
この方があらゆる、この最後の法体系の総論というものをお説きになられる。
そしてそれを地球人たちが皆知ることにより、世界がひとつにまとまり
神の国へと旅立っていく。
そのような計画が本来はあったのです。

そのための前段階として、エル・ランティという方がお出になられて
精神世界の復興というものをこの日本にまた説かれてきた。
それは神の忍耐強い、神々の忍耐強い
人びとに対する、絶対に間違ってはならぬという、細心の注意を払った
何段階にもおける計画があってのことであったのです。

このあいだ、ノストラダムスが申しておられました。
「神の計画の中においてこそ、
個人個人の修行というものは最大限の光を放つのである」と。
自分自らが計画を立て、自分自らが法を説こうと思ったとしても
一人ひとりの人間の知識、知恵などというのはちっぽけなものなのです。

大いなる、大いなる神の愛のもとに、神に奉仕しようと
自分を捨てた無我の境地の中において、無私なる境地において
大いなる神に献身しようという、その思いの中で
我々が一心にその命を投げ出し、使命に励む時
一人ひとりの命というものは、生命というものは最大限に輝くということ。
その観点を、皆さま方、けっして忘れてはならないのです。

それがすべてに優るのです。
それが、あなた方が聞きたがっている政治家としてでも
憲法としての本来の根本的なあり方であるということ。
そういう時代に次に、塗り替えられていく時代がくるということなのです。

(2005.4.9レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-06-23 07:59 | 木戸孝允 | Trackback | Comments(0)

空海からのメッセージ(7)

あなた方が生まれたときに
ソビエト連邦というものが、ロシアからソビエト連邦というものになり
ひじょうな脅威を生み出した。
アメリカと世界を二分するかのようなイデオロギーの中で
脅威を与えたものであろう。

絶対に、ソビエト連邦が崩壊するなどと誰も思っていなかった。
ドイツですら東と西に分かれ、人びとは愛する家族を引き裂かれ
何とか会いたいと思いながら
数々の者たちが銃弾の中で撃ち殺されていったではないか。

それが今はどうであろうか。
ベルリンの壁と呼ばれているものも取り払われ
今ドイツの人たちは、ともに幸せに暮らしている。
ソビエト連邦というものがなくなり、今ロシアという形で
多少の弊害はあるにしても
一生懸命彼らは復興しようとしている。

アメリカも、だから逆に言うと
ソビエト連邦との二大対立という構図がなくなったので
キリスト教対イスラムというそのような対立の中で
自分たちの権力というものを出していこうとしているのかもしれない。

でも、あなた方が生きてきた、まだたった四十数年しか生きていない中で
このような劇的な変化があったではないか。
だったら今イスラムの中で、このような凄惨な事件で
このような貿易センタービルとか、いま日本の者たちも捕えられて
多くの者たちが惨殺されている状態があるけれども
このような状況というのも私から見たら
胸がともに張り裂けそうではあるけれども
でもこれがいつか、宗教がひとつのるつぼに投げ込まれ
練り合わされていった時に
ひとつの神のもとに、アラーであり、エホバであり、ヤハウェであり
エル・ランティであるという、大指導霊のもとにみんなが一丸となって
人びとが神の子であるということを
神というものを賛美する時代がくるのであるということを
私は信じて少しも疑っていない。

この計画を実行している天上の者たちは、みなその希望を捨てていない。
なぜなら、私たちはみんな神の子であるから。
この地球に生まれたひとつの、地球人としての
みんな同じ神により育まれてきた神の子たちであるから
ひとつのイデオロギーやひとつの宗教という狭いものの枠を取り外して
ひとつの「宗教」という名もなくなった、大いなる愛のもとに
愛の化身として、分け御霊として生まれてきて
この地上に生命を持っている。

そのような神の子である、我々であるということを
ほんとうに認識していった時に
ひとつの神のもとにまとまり、そして人びとの心の垣根が取り払われ
そして物質中心主義の、物欲の、権勢欲の
戦争の、殺し合うような恐怖心や
そういうものからすべてが
人びとが連鎖的に開放される時がくるのである。

そのために法がある。
愛の法がある。
神の御心こそが愛の法であるということ。
真実を伝えるということ。

霊天上界が今一丸となって、ひとつになっているという中で
自分たちの信ずる神々がみな手を取り合っているのに
自分の愛するアラーが、ヤハウェが、みんな一緒に手を取り合って
この地上を指導しているのに
なぜその子どもたちがいがみ合うことができるであろうか。

それがほんとうにわかった時に、彼らは人から強制されることなく
人から罰せられるからということではなく
自らの手から、あのライフル銃を捨てるであろう。
その時を待っているのである。
そのためにこの間もマホメットが涙を流して語られたのである。
そしてアラー自らが今出てきて、彼らに対するメッセージがあるのである。
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そのようなことは今まであり得なかった。
でも、こうやって宗教が最後統合していったときに
愛の星というものになっていく。
その最終的な仕上げが、イデオロギーでも何でもない
科学と宗教とかそんなことでもない
人びとの心を本来神の子に戻すということは、宗教において
信仰の世界において統一されて、信仰の世界において
人びとが神の子であるということをほんとうに認識していく
そのことを待たなければ、次のステップには進めないのであるということ。

そんなことがないから、お互いの恐怖心と恐怖心の中で
力と力のせめぎ合いの中で
最終核戦争みたいなことを起こそうとしているのである。
その内的な境地において、恐怖心において
「過去を捨てよ」と言っても人は捨てぬであろう。
なぜなら、怖いから。

日本には幸い銃というものがないけれども、他の国ではある。
なぜ彼らが常にベッドの枕元に銃を忍ばすのか。
怖いのである。
恐怖心があるから。
「そんな恐怖心なんかいらないんだよ」と。
「人びとがもっと互いに信じ合って
もしそこで、もし万が一、肉体生命がなくなったとしてもだよ
そのあとにまた生まれ変わって、肉体があるのだから
人を殺して、殺してまで生き延びてあなたは何とする」と
問いかけがあったときに、ほんとうにわかったときに
人は銃を持つのをやめるはずなのである。

恐怖心が恐怖心を生み、力が力でますます暴力化し
愚かな神の子同士の殺し合いという戦争をつくる。
そのような連鎖の中に
けっして人びとの心は平安な気持ちで幸せはこないし
最終的なユートピアなどというのはつくれないのである。

そのような恐怖心を持つのは何なのか。
それは無知であるということ。
神の国の真実を、ほんとうにあなた方が知らないから、無知であるから
そのような、人を殺してでも生き延びたいなどという
愚かな肉体生命にしがみつくという
そのようなことをもって人びとは殺し合うのである。

おのが肉体生命を生きながらえるために人を殺して
自らが殺人者として何となる。
殺人者になってまでなぜ生きたい。
生き延びたいと思うかと、我ならそう思う。

でも、人びとは恐怖心で
この八十年あたりの人生がすべてであると思うからこそ
戦争に行った現地の者たちが
けっして悪くないということをわかりながらも
そのお互いの兵士同士の後ろには
その兵士を愛する家族や母親たちや
愛する人たちの姿があると知りながらも
お互いに殺し合うのではないか。
そのような、愚をもう止めなくてはいけない。

(2005.3.17 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-06-20 07:24 | 空海 | Trackback | Comments(0)

谷口雅春からのメッセージ(2)

すべてが神の世界より発せられた計画のプロセスであったということ。
その段階において、未成熟な上に、まだまだ達しない習熟度の段階において
結果として完全な結果は
期待された通りのことは起きなかったかもしれないけれど
それは単なる未成熟なことによる結果であって
けっして悪そのものではないということ。

子どもが失敗をして、泥んこで前を汚しだからといって
けがをさせたからといって
他の者たちに、子どもたちにけがをさせたからといって
親たちはそれを、だからといって
その子どもたちを悪であるとは言わぬであろう。

それは単に、この子が理解していなかっただけ
まだ幼かっただけというふうに母親たちは許し、いとおしむであろう。
それが神のまなざしであり
それこそが「光一元」と呼ばれている
本来の神のまなざしの視点であるということを
そなたはいちばんよく知っているはずである。

けっして、失敗した子どもを悪というのではなく
失敗したがゆえに学ぶことがまだまだあるよねと、逆に励ますような
そのような視点も神の中にはあるということ。

それに対して、西洋に対しては、二元の善悪の対立というものがある。
我らの発想に対して、善悪、善により悪というものの力があって
ともにせめぎ合っているという発想、理念がある。
我が教えは、かつてのローマの時代に出ていたもの
そして西洋の時代に出ていたものもすべてが、本来が紫神道ー
古代の神道の教えに貫かれているのが、我が教えである。

光一元と申すが、それは東洋だけの専売特許ではない。
東洋であれ、西洋であれ、本来光一元であると、神の教え、表れであり
その未成熟なゆえに人びとがせめぎ合い、争い合い
傷つけ合うのが今の段階であるというふうにサタンであろうと
ルシフェルであっても、まだまだ未成熟な我らが兄弟である
友であるという発想が、我らが神道の中にある。
そのようにとらえているのが我が教えのひとつである。

だから神道であろうと、キリスト教であれ、ローマの教えであれ
哲学であれ、かつてアトランティス、ムーを通して
我らが教えが数々あったけれども
私は常に光」元の教えの中に、「神こそ真実」、「神こそ絶対」
「神の教えこそがすべてである」ということを説き続けてきた者である。

そして、あなたも同じように、私とともに、「神の光こそ真実」と言って
あなたも法を説き続けながら、その私とともに歩んでくれた者である。
だからあなたの教えの中に、愛深きものがあるけれども
その愛の根源は何であるかというと、人間はみんな神の子であるから
当然失敗もあるかもしれないけれども
神の子なんだから本来は光そのものであるという、絶対的な確信があるから
あなたは知とともに愛の人になるのである。

それが常に、悪と正義とか、善と悪が互いにせめぎ合い、相反するものであり
半々の価値を持つのであるという善悪二元論の立場を
あなたがもし持っていたとしたのなら
これほどに愛の人として、弱者の味方として
どんな人においても神の子であるという根源的な信頼というものが
人びとに対してもなしえなかったであろう。

そなたは「光一元である」という我が教えとともに生き続けたからこそ
「人間、神の子である」ということを、真実信じることができ
ともに神の子としての多くの者たちの苦しみから
悲しみから解放するために戦い
立ち上がろうと思った、そういう魂の方である。

だから、話はそれたかもしれぬが、神の教えというものは
多神教であろうと、神の根本神であろうと
すべてが、神の教えが、今明かされる時がきた。
今は、何なりと解答が与えられるということ。

過去世認定、あとは天変地異に関する人びとのいたずらなる恐怖心を募るもの
そのようなものに関しては固く戒められているけれども
それ以外のことに関しては、わかることは、理解できることは
そなたたちに明かされていいというふうな約束になっている。
だから他にも質問があるのならば、語るがよい。

今、私の魂の兄弟である、プロティノスという者が出ていた。
その者は私が今世、出たというよりも
そなたは彼とひじょうに近しい魂であり
彼がひじょうな感動をもって、そなたと話をしたがっている。

私が今世、出て話ししたこと、伝えたこと、書物
数多くの書物を残したであろう。
そのものをもって、あなたが学ぶことをもって
あなたは私のあとを継いでいく
本来の者であるということを認識しなさい。

書籍を、『生命の実相』などをたくさん残したとしても
それを実際に読んだ者はこの中にいても数少ない者であろう。
であるのならば、私か伝えたいと、言わんとしたかったことを
あなたはいちばんよく知っているのだから
それをあなたの言葉において、わかり易い言葉において
そしてレムリアの理念の中に、次の時代を導くものとして
もしあなたが利用し、あなたが発展させてくれるのなら
我が教えも、我が人生も無駄でなかったと思うのである。

光明の、光一元の者にとって
逆境の教えがどうのこうのというのは、どういうことであろうか。
すべてその、逆境であるという思いが、逆境を呼んでいるのである。
逆境などというのは、本来なし。
自らが行ったことの結果が今、起きているだけのことである。

高き思いの中に神を信じ、神の本来の、神の子としての自らを信じ
明るい未来を信じ続けるのならば
必ずやそのような未来は自らのもとにやってくるであろう。
それが、原因があり結果があるという、その法則のもとに行われた
この当たり前の現実の世界の具現化である。
それをもって光一元であり、「光明思想」と呼ぶ。
そんなことはわかっているであろう。
そんなことを私に聞くではない。

光一元の思想とは、本来がけっして紫の光線だけではない。
青の光線、赤の光線、ホワイト霊団においても
すべてにおいて神が本来、神の子
我々一人ひとりが神の子であるという、光の化身であるということ。
その事実をもって、けっしていかなる一人たりとも悪魔の子ではないという
神の子であることを、その思想の根幹としている。

今さら高橋信次という方が
人間がみな神の子であると高らかに言われなくても
我らが光明思想の者たちは、我々はみな神の子であり
光の化身であるということを信じ、語り伝えてきたのである。
それを様々な理念の中において、神の子であるということを表現するために
様々な光線の者たちの間を生き続けることにより
それぞれの光は降りてきたのである。

ときには光の子であるということは、知の中において、知の最高峰で理論的に
神の子であるということを実証することでもあった。
そして、ホワイト霊団の中により、本来神の子であるからこそ
自分の自らの身を十字架のもとにはりつけにしたとしても他者を愛したと
イエス・キリストの姿をもって
ああ、だから人間はみな神の子であるということを実証したのである。

黄金光線の、仏陀光線の者たちは、仏陀の慈悲深き法の教えをもって
その法の高さをもって、悟りをもって人間神の子の段階論を示したのである。
赤の光線の、モーゼの正義の法則の中にも、人間が神の子であるからこそ
心強き者として人びとを救うために、多くの者たちを救うために
神の子たちを救うために命を張り
仲間のために命を投げ出しても戦う姿をもって
神の子の高潔さを示しだのが、また正義の光線でもある。
c0171476_9332436.jpg

だから私たちは、けっして多くの者たちが言っているように
光一元だから、善悪二元論と対立するものであるということの
対極にいるのではなく
高橋信次、エル・ランティと言われる方がおっしゃったように
人間、神の子であるということは、本来神の子であるということをもって
光一元であり、神性そのものであり、この世は本来、神がおつくりになった
光一元の大宇宙の神の懐の中に抱きしめられている。
そして、その神の似姿をもってつくられたのが光の子である
我々、神の子であるということをもって、「光一元」と申したのである。

悪というのは、我々がお風呂に入って垢を落とすように、汚れを落とすように
浮いてくるような塵、芥のものにすぎぬ。
そんなものは、本来が神の子である本体から見たら
取るに足らぬものであるということ。
そのことを明かすために、私もあなたも、それぞれの光線を巡って
過去修行を連ねてきたのである。

私が紫の光線として今回出ているのは、やはり法秩序、礼節をもって
その中においても、和をもって旨とし
調和をもって旨とするという中においても
神の子としての美しさ、調和していく美しさというものもある。
当然ある。

それが今回の地上救済の大計画の露払いとして我が使命があったがゆえに
この地上の紫の国としての中に
過去世、伊耶那岐命として生まれた過去世をもって
もう一度紫の光線を通して、光一元というのは神の子であると
人間、神の子であるということを語り伝えるために
紫の光線としての人格を持って生まれてきたということである。

私においても、あなたにおいても
けっしてひとつの力、光線ということはない。
本来が光明思想の者たちはそうである。
紫なら紫だけということもない。
光一元というのは、本来人間は、すべては神の子であるという思想をもって
それを具現化せんがために
それぞれの光の光線の中に散っていった者たちがいるのである。

そして、それぞれの光線を巡ることにより
自らも、他者においても
神の子であるということを実証するがための人生であるということ。
私も、我がプロティノスという過去世をもって
伊耶那岐命という過去世をもって
そして今世、大救済計向がこの神の国、日本から行われることをもって
谷口雅春という、この光線をまとって出たというのが結果である。

だから、最初から紫だけに固執して、紫以外は出ないとか
紫で出た谷口雅春であるから、伊耶那岐命であるから
青の光線で出たプロティノスがおかしいとか、そんなことはない。
今回の文明以外のところでも、私はいろいろな光線で出ている。
そなたが赤の光線で出たり、ホワイト霊団で出たりするのと同じである。
根本は同じ。

光一元というのは、人間神の子であるということを
様々な局面において実証することをもって
我らが使命としてあるということ。
それが神の証の証人として、我らが神の光の化身として生きるということを
その使命の一端として担っているからである。
そなたもそのように思いなさい。

自己限定をするのではなく、たまたまこの日本の国から
この大救済計画が一人、二人、三人、四人というふうに九次元が出られる。
我が教えも出てきたということをもって、この日本の地というのが
かつてより神国日本、神の国日本と言われてきたように
神の法が降ろされる地として、天上より選ばれし国であったということ。
その国に、露払いとして、今世、近代日本に出たということをもって
紫の光線をまとったということが事実である。

そなたはそのようなことに縛られなくていい。
そなたはある意味で言うと、七色の光を発する者。
それはこの霊言者においてもそうであるが
七色の虹を預かる者であると言われているはずである。

それは一色と言うにはあまりにも事足りないくらい、今は本体が出る時代。
そのような自己限定の中では、最終的な使命を果たすことができない。
そのような最終的な局面にきているがゆえに
人びとに、あなたは何色光線だけだという言い方は許されぬ。

それゆえに過去世だけを、局部的なもののみをもって明かすことは
地上にいる者にとっては増上慢、自己限定、自己卑下
様々なものを呼ぶだけにおいて、けっして得にはならないということを
高級神霊により判断され
そして過去世があるという実績は、もう高橋信次、エル・ランティ
OR仏陀において実証され済みという結果をもって
そなたたちへ、レムリアは過去世認定はもうしなくてよいということを
言われたのである。

だから、自らの過去世のことにこだわり過ぎない。
過去世とか光線にこだわり過ぎず、自らが集大成として
本体として蓄えてきたものをすべて発揮していきなさい。

私も同じである。
紫の時代として、紫光線の者として出たものではなくて
その集大成として我が教えはあったはずである。
単なる日本神道だけの教えとして、『生命の実相』があったと思うか?

それは我がプロティノス時代の集大成、哲学の粋をもって
日本神道だけではない教えの粋をもって
そして天上界のインスピレーションをもって
あの『生命の実相』全巻がなされたと思うのならば
自動書記により行われたものであるのならば
天上界の意思においても、我が人生においても集大成であったということ。

あれは哲学行としての過去世が十分に生きた本であるということ。
そのことを思って、あなたはひとつの光線であるというふうに
我が教えにおいても限定するのはやめていただきたいと思うし
あなた自身に対しても、限定するのはあまり賢い策ではないというふうに
得策ではないというふうに思います。
よろしいでしょうか。

(2005.4.30 レムリア・ルネッサンス

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by nagoyasc | 2016-06-18 15:23 | 谷口雅春 | Trackback | Comments(0)

ノストラダムスからのメッセージ(5)

エドガー・ケーシーのように病気を治すことを中心に
まあ、それはサリエルという医療系の者がやったから
そういう個性としてやったのですけど、さまざまな予言というものも含めて
やはり人は病んだとき、苦しいとき、その苦悩の中で神に出会うのです。
その時にこそ、神の声が聞こえるのです。

肉体はね、長く生きようと短く生きようと
逆に、ボロボロの体で長く生き続けることに意味があるとは思えない。
地上でやるべきことが終わったならば、早くわたしたちの世界に帰ってきた方が
よっぽどその魂においては救いであり、幸福なことであると思うのだけれども
地上においては、この高々数十年の命がすべてであり
それにのみ長く生きることが幸せであり、延命することがその人の幸せであり
そのような間違った考え方が根づいているから
いたずらに人の臓器まで持ってきて
ほかの者たちの血液まで入れることによって
肉体だけを長く生きながらえさせようとする。
そのような価値観から、もう抜け出ていかなくてはいけない。
でも、人びとは安逸に、安楽に生きているときには
神とはなかなか出会えないのです。

喜びがあり、悲しみがあり、苦悩がある。
悲しみや苦悩がなぜあるか。
それは、悲しみや苦悩を通して、人びとが人生の本来の意義、意味
そして、神と出会う瞬間を、チャンスをいただくという意味もあるのです。

いたずらに長く生き、いたずらに苦悩を取り去ることよりも
その苦悩を通して、いかに内的に、内在する己自身の神の子の神性を通して
神と出会う瞬間を持つことができるか。
霊的に、霊として目覚めるチャンスをいただけたか。

そのために、病はあるのであると、悲しみはあるのであると
苦悩があるのであると、そのような引導を渡してあげられるような
それこそが、ほんとうのお医者様の務めであると思うのです。

その意味において、エドガー・ケーシーなどは
どのように具体的に痛みを楽にするか
病を克服していくかということを教えた。
そのスピリチュアリズムの流れもあったのです。

そのようなことを通して、人びとは感動し
確かに、一般の医学でわからぬことを彼がどんどん治していくのをもって
天上界があるのだと、霊的な世界があるのだということを
ひじょうに苦しみから解放された、喜びをもって受け入れることができた。
そのようなことを実証した。

それ以外に、そういう時期がき、そしてシルバー・バーチなども含めて
多くの霊界通信が、霊媒というものが、もう降霊会というものが
けっこう西洋では、イギリスもそうです、アメリカでも、世界各地で行われ
もう今や、霊言をとるということが、それほど不思議ではない。
そのような下地をつくったことにおいて、エル・ランティが降りられ
仏陀が降りられてくる準備をしたのです。
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霊性というものを、しっかりとこの物質界に打ち出しておかなければ
あのような近代の幕間けが、資本主義の流れの中で
人びとが物質、物質というふうにきてしまった流れの
科学が急速に上がった時代に、今度は内的な神に出会っていくという
一見、逆行現象に思えるようなところに人びとを誘導するのは
ひじょうに難しかったということなのです。

しかし、内在する永遠の命、神の子としての最後の証明のチャンスが
科学のピークが行われたときにこそ、天上界の本来の意味は
信仰、宗教というものと科学というものを統合することにおいて
地球系神理として、その極みをもって、ピークをもって
この大計画というものが仏陀、エル・ランティのご計画の中に
この計画というものをつくられ、降ろされたというのが、今回あったのです。

ですから、ちゃんと下準備があった。
これはあなた方から見たらわからないかもしれないけど
神の真理というものは時間をかけ、忍耐をかけ、着実に
ひとつひとつ緻密な歯車のような計画の中で、大いなる人類を導くために
愛の教えと愛の救済計画をもって
天上界により進められてきた連綿とした計画の
歯車のひとつであったということ。
その中において、わたくしもフランスに出て、その役割を果たし
スウェーデンボルグなども、みんなその役割の中に出てきた者たちなのです。

わたくしたちの残していったものを通して
「ああ、神の国に予言があるのである」と
スウェーデンボルグのような者を通して
霊界通信というものがあるのであるということがわかったからこそ
今このような計画が降ろせるということなのです。

わたくしたちがやったことよりも、エドガー・ケーシーが降ろし
シルバー・バーチたちが言ってきたものより、はるかに今度は上をいくものが
その救世主界と言われる方がたが降りられることにより
ひじょうに具体的に、ひじょうにシンプルな形で事実を明かされてきた。

(2005.4.7 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-06-16 07:45 | ノストラダムス | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(20)

この宇宙人からのメッセージというもの、これがあなた方から見たら
ひじょうに奇異なものに思われるかもしれないけれども
本来の魂において、あなた方はみんな宇宙人であったということ。
ルーツ的には皆そのような
何かしらのルーツというものを持っているものです。
どちら系、というものを持っているのです。

でも、そういういろいろな惑星から来た方がたが
今ひとつの地球というところでともに集い
ひとつの大きなプロジェクトを立ち上げて
新たな文明の実験というものを通しながら
自分たちの霊的な修行をしていく。
そして、新たな魂たちの修行場の提供をしていこうという
そういう仕事に打ち込んでいるわけでもあります。

あなた方の中で認識し、あなた方の中でほんとうにここの段階を
使命を終えていったのならば
今度はあなた方自身がもっと、物質的な二元論ではない、光一元の
そして物質的な重い波動から解放された惑星に
この地球にいるかもしれないし、ほかの惑星に転移して行くかもしれないし
そして、次の惑星に行った時には
あなた方が今当たり前だと思っている転生輪廻。
今、まず転生輪廻があるということを学んでいるのに
もう今度は転生輪廻という枠から、かせから外されていくという
そのような、新たな自由な環境の中で
修行していく時代もまたくるということ。

それはあなた方の心がけ次第
頑張り方次第であるという、そういう時代もまたくるということ。
ありとあらゆる無限の可能性が満ちているのが、この宇宙でもあるのです。

神の愛というのは、ありとあらゆる愛を含んで
私たちを生かすために無限のエネルギーというもの
可能性というものを提供してくださるのです。
ですから、私たちは自由意志において、自分の与えられた個性を
かけがえのない命というもの、素晴らしいエネルギー
個性を輝き渡らせるためにありとあらゆる挑戦をしていく。
「自分に正直に光り輝かせよ」と、宇宙の友たちが再三あなた方に言うのも
そういうところからきているのです。

あなた方の、まず神の子としてふたをしてしまった自分に不正直な姿に
まず正直になって、人を傷つけよということではないよ。
自分に正直になりながら
自分がほんとうにやりたかったことに忠実に人生を生きてごらん。
そしたら神様が、どれだけたくさん神の子たちがいようと
その人ならではのかけがえのない命
かけがえのない個性というものを埋め込んで
神の子たちを創造されたのだということを
もう何年も前からレムリアでは言っているはずなのです。

そのかけがえのない個性というものを光り輝かすには
自分にまず正直であるということ。
自分に正直になり、自分でなくてはできなかったということを
魂のうずきの中において、真摯な努力において実現し
そしてその光を発散したのならば、そのエネルギーを
愛のエネルギーをもってひとりでも多くの神の子たちのために
神の愛に感謝し、恩に報いるために
多くの愛の循環作用の中において仕事をし
愛の輪廻を繰り返していくように、ほかの方がたのために献身していく姿
それが宇宙を支えているのです。
それが宇宙を愛のエネルギーとして支えている根源でもあるのです。

神ご自身が無償の、無限の愛で、神の子たちを
数々の多くの次元にまたがった神の子たちを包みながら
神の子たちを生かすために無償の愛を与えてくださっているのです。

あなた方はそれを与えられ、生かされている中において
自分のエネルギーに気づいたのならば
自ら自身の神の子としての存在意義に目覚めて
無限の神へ近づいていく進化の過程に沿って
あなた方の仕事をしていくということ。

それがほんとうの意味で神に回帰していく
神の子の姿であるということなのです。
その進化の過程においては無限のステップがあるということ。
わたくしなどでもまだまだであるということ。

私もちょっとは偉いほうかもしれないけども
私よりもっともっと偉い人はいるわけであって
そんな、偉いとか偉くないとかの問題ではないけども。

もっともっと多くの、もっと別な、有能な形で、大きな形で、神の子のために
宇宙のために、神のために、少しでもその愛というものを貢献できる
そのような仕事を探すために、多くの人たちは努力をしているし
その努力においては終わりがないということ。
神から与えられた叡智には終わりはない。
無限の進化があるということ。

そのことを思ったのならば、あなた方が本来神の子であるという
まずスタート地点につくということが
そのベクトルにおいて、進化の過程において
ひじょうに重大であるということなのです。
性悪説の中にいる限り、人類に無限の進化などはないのです。
神の子に無限の進歩なんかないのです。
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性善説と呼ばれているけれども、本来あなた方は神の子であるよと。
愛の化身の一部であるよと
あなた方が神に回帰していく、本来神の一部であるその姿に戻っていく
その道をあなた方は歩みなさいという、そこを学ぶために
今地球はそのような修行段階にあるということなのです。

そのことにほんとうに気づいたのならば
あなた方がこと細かに地球の、地上人類の神の子たちに言わなくても
彼らは彼ら自身の力で、自らの素晴らしさに気づいていくことでしょう。
それを気づいていくには、他力ではいけないのです。
自力でなくてはいけないのです。

自らのつくられた、創造されたときの素晴らしいエネルギーに
素晴らしい可能性を掘り起こし努力していくには
それはその方自身の主体的な努力
そのために自由意志というものを神は与えておられるのですから。

他力本願ではなくて、自分自身の力において
一人ひとりが目覚めていくということ。
その意味においては、自力でなくてはいけないということ。
その自力でもって自分の、無限の宝の宝庫の扉を開けることができた
そういう者たちが、今回地球のこの段階において
卒業していくことができる方たちなのです。

自分の、神の子としての宝の素晴らしさに気づいていけるか、いけないか。
それは、人生を賭けた彼らの真摯な態度にもあるし
そのために気づきを与えるために、我々はこの地球系神理の
この法をこの地上に広めるために、計画を立てていることは事実なのです。

その根本の法となるもの。
大事な、大事な核となるもの。
それをあなた方は、これからしっかりと残そうとしています。

(2006.3.4 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-06-14 20:59 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

西郷隆盛からのメッセージ(2)

あんた方も同じだと思うちょります。
一人ひとり見たらそれぞれ素晴らしい方がたです。
でも、今のこの日本で、今のこの現状の中で、精一杯生きようとされて
努力されてるお方がただと思うちょります。

どれだけ、一人ひとりで生きたら別のことできたとしても
今のこの状況の中で、できること、やはり限りがあるとでしょう。
その中で、枠の中で、自分自身が精一杯考えて
精一杯生ききるちゅうことが
いちばんだいじなことなんではないかと思ちょります。

その結果、時代に名前が残ろうと、おいのように汚点残そうと
そんなことはいいとです。
その与えられた時代の中で、自分が何をしようと、必死に生き抜いたか。
何ができたか。
それは、自分が必死に努力したという気持ちだけ
何を信じたかということだけをもってよしとしようと
おいは思うちょります。

だからそのあと死んで、天国の、極楽の高い世界に行こうと
下に行こうと、おいはどうでもよかったとです。
おいを慕ってくれる若者たちば、見捨てられんかったとです。
あの者たちの気持ちもわかったとです。

いつの時代にも、いろんな思いを抱えた人たちがおります。
ひとつの流れがひとつの時代をつくっていくからといって
そうではなかった者たちの思いがまことではなかったかというと
それは言い切れないものがあるのではなかとでしょうか。

彼らなりに、古い体制は引きずってはいたけど
その中で精一杯、まことに生きようと
いちずに思った者たちだったのかもしれない。
その者たちも命を捨てて
自分たちの信ずるもののために頑張ろうと思った時に
その気持ちをみすみす無下にはできなかったという
その気持ちがあったとです。

なら、彼らといっしょに
こんなおいの命ぐらいいっしょに死んでやろうと、おいは思いました。
そのために歴史的にどう評価されるとか、そのあとどう思われるとか
そんなことはおいはどうでもよかったとです。
竜馬もそうだったと違いますでしょうか。
ほんとうに後世名を残したいとか、神様にいい評価を受けたいとか思うなら
もっと別の生き方があったと思います。

何度も言いますけど
明治維新の時に生きた連中は、そんな器用な連中ではなかったとです。
死に物狂いで、自分の信じた思いを生き抜いた者たちだったと
おいは思います。

だから、偉い神さま方さし置いて
おいのような者が今日呼ばれるような場ではないと、思っちょりましたけど
もし、おいのような者が語ることが
今レムリアで、数々の攻撃を受け、敵に言いたい放題言われてるあなた方の
少しでも勇気となって、活力となって、役に立っていただけるのならと思い
今日は恥ずかしながら、参りました。

おいはそんな能弁な者ではありません。
真心だけで接してきた、信じ続けた者だけのために
おのれ自身がどう評価されるかということなんか考えずに行動してきた
無骨な男です。

もしあんた方が、おいの生き方から、何か学べるとしたのなら
おいがいちばん信じたものは、あの百姓の、薩摩の大地を、貧しか土地
シラス台地のあの土地を、耕す農民の者たちの
おてんとうさまのもとで幸せに生きたいと願う、生かせてあげたいという
その願いそのものであったということ。
それをひと言伝えたいとです。

明治維新というとあまりにも大きな時代確かにあったんです。
それはわかっちよりました。
近代への警鐘を鳴らすという意味において
古い江戸の、徳川幕府というものが
変わっていかなければいけない時代にあったということです。
そのためにおいたちは、力を、知恵を出し合って
新しい体制、近代国家にするために頑張って
みんなで降りて来た魂であったとです。

でもいちばんだいじなことは
その国民たちの一人ひとりの幸せにこそ、その原点があるということ。
そのこと、原点ば忘れちゃいけないと思うちょります。
そこにほんとうのまことがあり、まことの人情があり
人びとの幸せがあると思うちょります。

一人ひとりの人びとが、国民が、人民が
幸せになれない天下国家なんて何の意味がありますでしょう。
一人ひとりが幸せに暮らせない憲法なんて、何の意味があるでしょう。
そこに幸せがあることを夢見て
おいは頑張って、薩摩の国から江戸に出て来ました。

その気持ち
それがまだ今の日本では伝えられていないかもしれないけれども
おいの心の中に流れていたのは、その薩摩の風景でした。
みんなふるさとを愛しちょります。
いろんなことがあっても、自分のふるさとを守るには日本を
日本を守るには世界を、この地球を守らなければ
身の回りにいる人びと、一人ひとりの幸せばないと、おいは思うちょります。

あんた方は世界を変え、この地球を変えていかれる方がたです。
でも忘れないでほしい。
そこに住む一人ひとりの幸せが地球全体に拡大されていくという
そこの原点は見失われんことを、おいは願うちょります。

偉か神様いっぱい出ちょります。
おいのような普通の人間が、出るような
偉いようなこと言える立場じゃなかと思います。
でも、おいは神様じゃないから、普通の百姓たちと同じ立場にいるもんだから
だから言わしてもらいます。

おいたちのような、神さんから見たら普通の
端のような人間であったとしても
おいたちもみんな神の子です。
おいたちが幸せになれる天下国家をめざしていく
おいたちが幸せになって感じていける、この地球を早く実現させ
戦争とか争い事を抜きにして、神さんの愛の光のもとに幸せに生きる
この地球というものをつくるために
おいたち明治維新の者たちは命ば張ったということだけは
今日伝えていきたいと、思ちょります。

原点を忘れないでいただきたいと思とります。
計画は大きくなればなるほど
原点が一人ひとりの人間の幸せであるということ
そこが見失われがちなのです。
おいはそこにこだわり続けたばかな男です。

でも、あんた方がおっしゃられる人間神の子
転生輪廻をくり返した永遠の魂を持っちょるということを
もう明かされるときがきた時に
一人ひとりの命は大切にすることは
一人ひとりの命は、幸せを大切にされるっちゅうことだと思うちょります。
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ですから、どうか政治体制、憲法、歴史ということはだいじです。
でも、おいはそういうことの専門家ではなかとです。
おいは真情で生き、誠でぶつかって、情に流されて、散った男です。
そんなおいがもし
今の日本で、近代の日本で名を残していただいているのであるなら
そこに答えはあると思うちょります。

おいは別に人気なくってもよかとです。
別に歴史に名前残ってなくてよかとです。
でも、人びとば愛しちょります。
一人ひとり、じいちゃん、ばあちゃん、若い者たち、子どもたち
犬っころまで、みんな、愛しちょります。
みんないっしょに幸せばなりたいとです。
そのために、おいはこれからも生まれ変わって
この地球のために、神さんのために、頑張りたいと思う。
そんな男です。

たまたま日本に出ました。
たまたまこの薩摩の地に出ました。
この巫女さんが、この方の半分の血ん中に薩摩の血が入ってるちゅうことば
おいはとても嬉しく、誇らしく思います。
薩摩の人間は思い込むと命がけです。
薩摩の女子は特に勝ち気です。
思うと強いこと言います。

ほんとは薩摩隼人がけっしてりっぱじゃあないのに
薩摩のおごじょがみんなりっぱなのに
気が強くてりっぱだから、薩摩隼人をりっぱにするのに
薩摩おごじょたちはその陰に隠れて憎まれ役ば引き受けちょります。

この人見ても、そういうところあるなと思うちょります。
どうか皆さん方、お願いしたいとです。
この人もそう器用な人でないから、おいのように、思うと命がけになって
自分がどう思われるかなんて、自分がどう思われたいかなんて
考えて動ける人ではなかとです。

だから守ってやっていただきたいと思います。
おいと違って、あんた方見てると、とても賢か、賢か人たちです。
だから、どうかお願いしちょります。
この最後の計画を無事に務め上げて
一人ひとりの心を、幸せを、大切にした
素晴らしいこの地球にするために
命ば張って、頑張っていただきたいと思います。

(2005.4.16 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-06-12 06:50 | 西郷隆盛 | Trackback | Comments(0)

勝海舟からのメッセージ(4)

大事なことを今、神さんから預かろうとしてるあんたたちがいる。
それが、神仏の「法」と呼ばれてるものでしょ。
これが、そのうちに理念として人びとの心に入っていったときに
自然と、国とか社会とか、文化とかが全部変わってったときに
いちばんふさわしい形で各論が出てくるんだよ。

それにはもう少し時間がかかる。
そのときにいちばんふさわしい形で、今はこうやって日本っていうところで
あんたたちが日本の政府っていうことをやってるかもしれない。
でもそのうちに、「日本が」、「アメリカが」とかっていう
その国家意識もなくなってくるかもしれない。
世界がひとつになってくる時代がきたときに、政治機構も違うし
そこまでいけば経済論も違うし
世界統一政府みたいなものが出てくるかもしれん。

そうしたら世界統一政府の中における
今言ってる日本国憲法とかいろいろあるでしょう
その憲法の条文だって変わってくるかもしれんってことだ。

たぶんそのときに、神さんの世界から一体化した
この憲法みたいなものが出てくる。
そうなってきたときに、ほんとうの意味で最終的な
地球の社会改革っていうものが総仕上げが出るかもしれん。

それは、まだまだあんたたちにもおれたちにも明かされていない
どうやら社会変革の青写真っちゅうのかね、それがあるような気がして
匂って、匂ってしょうがないんだけど
俺にはまだ、残念ながらまだそこまでは見してもらえんけど

そこにおいては、それこそ今まだ出て来ない
この間言った聖徳太子さんとか
ああいう人たちが今俺たちの陣頭指揮とってたけども
ああいう、もっと俺たちの上の社会改革をする方たちがいてね
その人たちがその宗教の、宗教というか、神仏のこの法の種が落ちた後の
具体的な世界の改革のそういう組織図
青写真というのをやっぱりちゃんと練っておられる方たちがいて
その方たちの青写真が出てくる。
そのために、その青写真をもって埋め込んだ魂の連中が
これから後、出て来るという。

その連中が青写真を見せてくれるよ。
だから、今大事なことは、その社会改革の青写真の連中が出て来る前だ
その前に、あんたたちがほんとうの意味で神仏の神の子としての
心得っちゅうかなあ
神の子として、神仏の子としての生きるべき姿っちゅうかなあ
それを、あんたたちがしっかりといろんな霊言集とか
そういう、これからいろんな書物を一人ひとりが
あんたたちも書いていくらしいが
そういうものを通して世界に発信してくれるということ。
その価値観がいちばん大事だっていうこと。
そのことを一人ひとりが認識した上で、今仕事をしてほしいと思う。

そのうちに「宗教」とかそういう言葉はなくなると聞いてる。
すべての中に神仏の心、神の子としての心、心意気
それとやっぱりほんとうの意味で我々も真実というのを知らされる時がくる。
そういう時代がやっときたんだっていうこと。
そのことを考えてほしい。

明治維新っていうのは、確かにひとつの時代としては大きな
日本の中でもヤマ場だったし
ひじょうに成功した大きな革命のひとつではあったけど
これをやった日本男児がおるんだから
この日本を拠点として、偉―い上の神さんたちが
この最終的な地球を変革させる大計画を、この日本から発信しようとして
偉い偉い神さんがふたり降りて来た。

エル・ランティって言われるお方と、仏陀と呼ばれる方が降りたという
その土壌を用意するために、俺たちなんかの時代があったっていうこと。
それを思うと、その夢はまだまだあきらめてはいけんと思うよ。
あきらめたらいかんと思う。
あんたらがいてくれる限り
この夢はあきらめずに希望をつないでほしいと思う。

大変な時代なのもわかるしね。
あんたたちもいろんなこと言われてるのもわかってるけど
でも、できる限りこの今やってくれようとしてる仕事
これをつなげてほしい。

この種がしっかりと地面に根づいてさえくれたら
人の心に届いていってくれたら
必ずやそれを通して次に生まれてった者たちが
時間の流れの中でその意志を継いでいくから。

それにはまず心の中で、大いなる時代の先を読んだ人たちが
次の時代の価値観の転換という精神的な土壌、精神的な理念というものを
ひとつの時代に提示していかなければいけんということ。
そういうものを滅多やたらに普通の人たちが出せないということ。

そして、こういう新たな教えというか、考えが出たときは
必ずや反対するもんがいるっていうこと。
だから、その者たちを怖れることもないし
そういうもんか出て来たから自分たちが間違っているだなんて
思わんでいい。

ただな、わかってほしいのは
今あんたたちを今一生懸命、足を引っ張っている連中がいるでしょう。
あれ見てるけど、どうだい、みんな仲間だろ、元は、な。
俺たちもおんなじたった。

さっき聞いてると、幕府の入閣と、討幕派と、な、いろんな人間がいたぞ。
だけど、こっち戻って来たら、みんな仲間だったんだ。
たまたまどっちに行ったかっていうだけだった。
みんな仲間だ。
あんたらもみんなそうだ。

あの人たちだって、みんないっしょに神さんの仕事したかった。
熱い思いを持って出て来た、あんたたちの仲間さ。
みんなただ、いる位置が微妙に違ってきてる。
それは俺たちの時代もおんなじ。
そうでしょう。

でも、みんなひとつの時代の要請を受けて
熱い思いで出て来たっていう意味では仲間だ。
そしてそれが、どっちが正しいということではなくて
まあ、あんたたちが実際今は正しいんだけれどね
神さんの言葉も直行で聞けるから。

でも必ずね
正しいことを言う人間がいて正、反、合っていうのあるでしょう。
正しいことを言ったら、それに対してアンチという連中が出て来る。
そしてお互いに切磋琢磨し合っていきながら
ひとつの時代の文化っていうものをつくっていくっていう。
その闘い合いをに見ながら
普通の者たちが、何をあんなところでやっているんだろうと思いながら
その中に巻き込まれていって
ひとつの時代のムードをつくっていくっていうのがある。

だから、アンチって呼ばれてる連中も、ある意味であんたたちを叩きながら
あんたたちの仕事を世間に評判として伝えてくれる
そういう役割があるんだと思って
相手にせんでいいけどね、相手にしなくていい。
相手にしたりとか、自分たちが間違っているんじゃないかとか
そんなこと思わなくていいけど
彼らは彼らなりに一生懸命かみつきながら
あんたたちの仕事が、こんなすごい仕事を降ろせる人間がいる
こんなすごいことをやろうとしてる連中がいるっていうことを
普通の人たちの中に一生懸命伝えてくれようとしてる人がいるんだと
そう思って、感謝して彼らを許してやんなさい。

みんな同じところから出て来てる。
帰ったら、みんな俺たちみたいに
「みんな仲間だったなあ」って、言い合う時がくるよ。
だから許してやれ。

あんたたちのことを随分叩いてるのを
みんなにでも見て、困ったもんだと思ってるけど。
俺たちはね、今日そのためにみんな連れて来たんだよ。
わかるかい。
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新撰組だろうと何だろうと、さっき言ってた白虎隊でもみんな同じだ。
自分たちの中でその時代、その時代、その生まれ落ちた環境、教育
そのときの判断で、自分がどこに所属するかっていうこと
それを選ぶのは人間の自由意志だけれど
でもやっぱり人間っていうのは生まれ落ちると環境に左右されてしまう。
そういう弱いところもあるでしょう。

その中で、各々が、何か起きようとしたかわからなかったから
精一杯自分なりに判断して、自分の所属する派閥を決めたわけだ。
グループを決めたわけだ。
で、そこで精一杯生きた。
それが結果的に仲間と斬り合うことになっちゃったかもしれないけれども
でも精一杯みんな生きた。
生ききろうとした。

そこにおいて思えば、みんな精一杯働きたい
その時代をつくりたいと思った想いにおいては、みんな同志であり
仲間であったということ。
ひとつの大きなプロジェクト、計画の中の
みんな同じ仲間であったっていうこと。
それを、帰って来るとわかるんだよ。

自分がいつも、殺さなきや、斬り捨てなきゃいけないと思ってた人間が
実は生まれる前、「いっしょに頑張り合おうな」と言って、握手をして
ともに肩を叩き合って出て来た仲間だったっていう。
それを、生きてる限りなんとしてでも追っかけて斬り殺そうとしてた。
それが、帰って来てからわかる。
でもそのときに恨まないこと。

みんなひとつの時代をつくるために出て来た仲間であるってことは
同じだろう。
高橋さんや、ORさんを通して
みんな、あんたたちだって集まろうとしてた。
その中で、さまざまな自分たちの意見が食い違ったり
環境とか教育、思想ってものはすごく人間には影響大きいから
でも無事にここに辿り着けたあんたたちだから
それはあんたたちが正しい
「周りが間違っている」って言うかもしれんけど
今は、俺たちの時代よりまたはるかに複雑で
はるかに大変な時代だと思うよ。
だからといって、選択肢を間違ってあっち行ってしまった彼らを
「仲間でない」と言うことはあまりにふびんだなと

帰って来て、今肩を叩き合ってる俺たちだから言えることかもしれない。
実際に、愛する仲間を斬り捨てた連中だっているんだよ、刀持ってたから。
今、言葉の刀、剣であんたたちを切り刻もうとしてる連中がいるけれども
でもそれだって、ほんとうは憎くてやろうとしてるんじゃない。
みんなあんたたちの仲間だって思うから
だから俺もそういうことを言ってる。

だから許してやんなさい。
許してやって、自分の非を認めて苦しむのは彼らではあるけれども
そのときに「大丈夫だよ、ひとつの役割だったよ。
同じステージのいろんな役割があったから
あの時代がああいう素敵な劇ができたね」と。

(2005.3.19 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-06-10 09:50 | 勝海舟 | Trackback | Comments(0)

福沢諭吉からのメッセージ(3)

このあいだ勝海舟といわれている方が
「各論はいい」と、「これから出てくる」とおっしゃられておりましたが
わたくしも全く同じように思います。

まずあなた方は総論をつくりなさい。
そして今、共通認識としての、高次元からの
ひじょうに理念的に高いものが今降りているのです。
それをしっかりと地上に文献として残し
それをもとに人間教育の原点とするような書物
そのような方法論というものを大方でもいいからつくっておいていただければ
あと細かな体制、学校のシステム、男女共学、男女別学、そのようなものとか
どのような内容を通したら世界がいっしょになっていけるかということは
各論としては時間の流れの中で、多くの者たちがやっていく作業であるのです。

でも根源的な、根本的な総論
その総論としてのあなた方はすべてをまとめていくという
そのような作業というのは
これは、明治維新の時を超える多くの優秀な方がたと
天上界の神々の、高級神霊と呼ばれている方がたのご計画抜きにしては
とてもではないけど人類には与えられるチャンスではないのです。

まれに見る素晴らしい大改革の時を
あなた方は生きておられるのだという誇りをお持ちになって
ぜひ頑張られていただきたいと思うのです。

このような高次元の言葉を、地上に生きているうちに聴けるということは
我々の時代においてもあり得なかった。
それどころか自分が神の子であるとか
神の計画の一員として今回地上に降りて
自分が教育者としての役割をしているなどということすら
わたくしは生きているうちに考えたこともなかったし
その、でも与えられた魂のうずきの中で精一杯
おのれの役割を果たしたつもりではいるのです。
一生懸命、がむしゃらに生きたつもりなのです。

でもそれにおいてもやはり悲しいかな
人間として精一杯生きたのではあるけれども
やっぱり神意、神のみ心ということにおきましては
ほんとの意味での神意は理解できていなかった。
そのように悔やまれること、反省する点
多々、こちらの世界に帰りましても、あるのでございます。

でもまあ、人間のやったことです。
そして明治維新は明治維新として
そのような者たちが精一杯力を合わせたという中におきまして
まあそれなりの成功を遂げたのであろうというふうに
みんなで評価しているのであります。

でもあなた方がやろうとすることは
竜馬が言っていたように、世界維新ということ
地球維新ということを旗印におやりになるということ。
その意味においては、理念的なものが何よりも基盤になるということ。
そして、このような高次元の言葉が降りているというチャンスを
ほんとうに人類は感謝しなくてはいけないということ。

どんなに一流の教育家が、一流の啓蒙思想家が
一流の指導者が降りたといっても、政治家が降りたといっても
やはりこのように直接に神の言葉を聴きながら
神の計画に参りできるということはなかなかなく
やはり地上に降りたわずかばかりの知識を使った人間知の
知識を使った判断力となります。
そのような時にはやはり、完璧なことはできず
やはり多くのブレが生じるのが常なのです。

今回このように、八次元、九次元と呼ばれている
あなた方の世界で呼ばれている根源神といいますか
そのような我々から見たら
神の神と呼ばれている方がたの世界の言葉というものを
今地上に降ろされることをもちまして
わたくしたちもこちらの世界で聴くことができるという
そのようなシステムになっております。

我々の世界では我々の世界で集められて話を聴く場合も、確かにあるのです。
指導も受けているのですが、やはり今地上に降ろされた計画をもって
我々が今どのような立場にいるかということを新たに認識し
勉強させていただいている次第なのであります。

あなた方は、今自分のおかれている立場をほんとうに理解しなくてはいけない。
そしてこのような霊言者という者が今地上に与えられ
天上界の神意というものを、直接に聴くことができ
それを即社会に反映していく
そのような今社会状況であるということ。
そのことを思うのであるならば、どうか精一杯
わたくしたちの分までも頑張っていただきたいと思うのであります。

今この日本において、日本から発信するという意味をもって
わたくしは心から、自分がかつて日本にいて
日本の基盤づくりをしたひとりであるということを
自らの仕事を、改めて誇りを持ち、神に感謝するものであります。

教育というのは人間を活かすことであります。
若者のエネルギーを、夢をすくいあげ
それを彼ら一人ひとりの人生の中で、いかに燃焼させて
一人ひとりの人生を活かしていくということ。
そのことを社会に集約的に集めてこそ、社会は変わり、社会はよくなり
時代はひとつの時代をつくっていくのです。
活気ある時代をつくっていくのです。

若者が死んだような価値観の中にいる時に、社会は活きてはいかないのです。
いかに若者たちに夢を持たせるか。
新たな価値観の中で、一人ひとりの一回きりのかけがえのない人生の中で
最大限燃焼する努力をするように
彼らの気持ちを向けさせ、指導していくかという
そのような一流の教育家、宗教家、教育者というものが
これから現れる必要があるのだと思います。

しかれども、新たな教育者が現れたとしても、あなた方が残してくださる
このような新たなものさしというものを、しっかりと残していただかなければ
このように難しい神理の奥義というものは
やはり宗教系の方たちでなければ打ち立てられぬものでありますから
やはりその根本法というものをしっかりと今回、地上に残していただきたい。

この宝さえあれば、のちに時間をかけて、優秀な者たちを各論として
実現者として、具現者として、政治家、教育者、文学者、科学者
いろんなものを通して社会を各論でつくり上げていくことはできるのです。
その意味においては時間の流れは必要かもしれない。
でも大事なものは、まず種まきをするということ。
種まきというのは神理の、この神の言葉を今降ろすということ。
それを編纂するということ。
これはとてもとても大事なことであります。

そしてできますれば
あなた方が編纂した中から第二の『学問のすゝめ』と呼ばれるようなものを
人間学に近いようなものを、そんなに厚いものでなくていいのです。
わたしの書いたものはそんなに分厚いものではありませんでした。
誰でもが手に取って学べるような
そのようなものをできますれば書いていただけますと
それが多くの者たちにとって救いになりましょう。

おのれの人生の羅針盤となり、判断の材料となり
新たな時代を築いてくれる若者もその中から出て来るでありましょう。
そのような期待を込めて
わたくしの『学問のすゝめ』を超える第二の『学問のすゝめ』である書物を
あなた方の中から出していただけることを、切に願うものでございます。
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先ほどのご質問の内容にございましたが、今の教師というものが劣っていると
お嬢さんがひじょうに苦しんでおられたということも、先日聞いておりましたが
確かにそのような不平等な扱いということはあると思います。
でも教育者自身がわかっていないのです。

教育というのは何であるか。
さっきから申しますが、人間学なのです。
人間がどのように生きるべきか。
それを教師たち自身がわかっていない。
本来の教育のプロとして、子どもたちを活かし、子どもたちの人生をかけて
自分が関わることによって、彼らもともに、自分もともに成長していこうという
そのような高まいな思想を持っていない者たちが多いのです。

「教師にでもなろうか」と言って
妥協してほかに仕事をするところがないから
教育実習を通して教職というものにあわよくばなったら
そのポストを離さないでいようという、その程度の者たちが多いのです。
だからひじょうに官僚的、役人的
そういう意味においてはひじょうに自己保身型の人間が多いのが
事実かもしれません。

だから自分がペナルティをもつようなことはなるべく避ける。
そして自分が気分がいいようなところで点数をちらつかせて
その限られた夢のない社会の中で、自分の最小限の欲得と言いますか
自分の中における居心地の良さというものを
身につけようということでのえこひいき
昔から教師の中にえこひいきというのがよくありますが
えこひいきというものが起きてくるのだと思います。

でもそんなものはいずれ消えていくものです。
そういう時代を生き抜いてこられたのならば
そういうことだけはしてはいけないというように、魂に刻まれて
新たな教育者、新たな未来に子どもたちに対して
いかようにしたら新たな時代をつくっていくことができるか
いかようにしたら新たな次の時代をつくっていく人材を
育成していくことができるか
その高まいな理念における真の指導者
真の教育家というものを生み出していくような土壌というものを
つくっていくためにも
あなた方の今の仕事があるのであると、わたくしなどはそう思います。

一度にそのような、今の時代から見て
実力のある教育者というものが送り込まれるわけではないのです。
まず理念というものが送り込まれ、それを読んで育った世代の中から
克己心というものを持ち、大いなる、社会を変えてやろうという
竜馬たちみたいな者たちがまた現れてくるのです。

ですから、あなた方がやったものを、種をまいてくださったものを通して
社会に出ていった時に、それを幼い頃から読みながら
社会革命家のような者たちが、新たな時代をつくる者たちが
続々と今生まれていっているのです。
ですからその者たちに委ねることとして
あなた方はあなた方がやられるべきことを、精一杯おやりになられることを
わたくしは心からお願いしたいと思うのです。

種あってこそ、芽が吹き、幹が育ち、葉を繁らせ、枝を張るのです。
種なくして、そのような大木は育たないのです。
種さえ落ちて地面に根づいてくれれば、そこから芽を吹き
時間の流れの中で大きなる悠々とした大木が育っていくことでしょう。

今大事なことは、今この土壌の中に新たな価値観という、神理の基準という
大事な、大事な一粒の種を落とすことにあるのです。
その種を落とすことをもってあなた方の天職とし、使命となさられる
そのことを誇りに思われ
しっかり仕事をしてこられることを心よりお願い申し上げます。

あなた方がそれをしてくだされば
その後の社会は、社会構造の変革は、わたくしたちが引き受けましょう。
わたくしたちの仲間が引き受けましょう。
各論におきまして
それぞれの分野において命を張って彼らはやってくれることでしょう。
しかしその種、一粒の種、地上にまからずんば、落ちなければ
その後の社会構造改革というものはあり得ない。
教育改革というものもあり得ないのです。

時間の流れというのは多少必要でしょう。
でも、今あなた方がおやりになっていることが
とても大事なことなのであるということ。
その後の日本を変えていき、世界を変えていかれるのであるという
尊い、尊いお仕事であるのだということを
今日わたくしはお話しさせていただきました。
ではこれにて失礼致します。
ありがとうございました。

(2005.3.24 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-06-07 11:15 | 福沢諭吉 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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