地球を愛の星へ

<   2016年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧

モーゼ/モーリャからのメッセージ(28)

これからは理屈だけではなく、実践行動のある者たちが望まれている。
釈迦教団系というか、黄金光線の者たちは、そなたたちに
優秀な頭脳の総力を挙げて、大事な基本書、根本書というものを
書いていただきたいと思っている。
多くの者たちが理解できる易しい言葉で、いちばん大事な言葉
エキスを並べたものを小冊子としてつくっていただきたい。
それはレムリア・ルネッサンス編として、誰かが書けばよろしいだろう。

お坊さん軍団、黄金光線の者たちがいるのだから
まあ、実践のために来た者たちが
法の基本理念を古くというのは難しいかもしれないが
なるべくわかりやすい形で、根本法のダイジェスト版をつくってほしい。

福沢諭吉さんが、『学問のススメ』をつくっていただきたいと言っていたが
ある意味で、現代版神理の、そう『神理のススメ』というような小冊子
それを安価に大量につくり、今回きた、実践能力、行動能力のある方たちが
それこそ手渡しで渡していけばよいと思う。

書籍をお買いになった方に、その書物を付けてもよいし
そしてそれが人気が出てきたら、いずれコンビニでも売っていくような
そのような作業があってもいい。
そして最終的には、その神理を、買わなくても
インターネットなどで簡単に見られるように
根本的なこと、長ったらしく難しいものでなく、簡単に、端的に
女性でも、小さな子どもたちにもわかるように
役に立つような形で打ち出していく。
そして、インターネットさえ見られればその勉強ができるくらいの
そのような形で広げていってほしい。

今は小学校でも、中学校でも、ネット環境を完備している時代である。
そこに適応し、易しい形で、いちばん大事なものから優先して広げていくのだ。
地球のルーツとか、この者の過去世がどうとか、そのようなこと
ひじょうにマニアックな、しかも興味本位のものであるから
そのようなものは置いて、まず大事なものをー

危機に瀕しているとき、今、家が半分燃え落ちようとしている状態
猛火の中で、あなたがたは何をするか。
理屈をこねるよりも、水を持ってくるであろう。
そして、まず火を消すだろう。
そのくらいの気持ちが必要である。

ただ、てんぷら火災のようなときは、水をかけたらますます火が広がる。
そのときは化学薬品の入った消火器をもってくるか、毛布をもってきて
酸素を減らして火を消すというふうに、頭を使って消火を考える。
それと同じように頭を使いなさい。

効率よく神の法を伝えるには、まず、エキスの粋を集めた小冊子をつくるとか
書籍をつくっていくとか
全国に広がっていく同志たちに呼びかけて、その者たちの手を通して配る。
そういうネットワークをつくっていく。

そしてそれが、協力しようと思っている外国人の者の手に渡り、翻訳されて
海外に出て行くことだろう。
そのうちに、もっと仲間を募っていくことで協力者があらわれるから
この教えを海外に発信していくのにそう時間はかからないと思う。

大事なことは、書籍を出すこと。
そして、安定させた磁場で、霊言を収録していくこと。
我らの計画、そして今の時期、地球の文明の中において
そなたたちがどのような状態にいるかということを
尻に火がついているような状態であるということ。
その危機感が理解できたら、これからは、法理念をまとめつつ
法を学んだ者がいかに実践し、行動の中で
具体的に多くの人びとを救いうるかという
そこが問われているのである。

そのような実践能力のある行、自らに厳しい者、そして法というものを
自己野心や、自分の悟りの道具として使うのではなく
ひとりでも多くの方がたを救いたい
神の子として、神の恩に感謝し、報いていきたいと思う者たちだけが
愛の使者として、神の使者としての仕事をすることによって
結果として、地球が以後、救われていくか、滅びていくかが決まるのである。
c0171476_13344917.jpg

そなたたちにも、幾たびも言われているであろう。
この地上の転生で、そなたたちが任されている仕事は
これほどやりがいのある転生は他にない。
嫌かもしれない。
嫌な者もいるかもしれないが
今生の人生がどういう意味を持つかという、本来の意味がわかったのなら
この地上で、ひとりでも多くの者たちを救いえてこそ本懐を遂げられる
実りある人生だと言えるだろ。

自己愛、自己の欲望に振りまわされて、人びとの幸せよりは自らの幸せ
自分勝手な思いで、権力、野心の中、一生終わっていっても
そんなものは少しも魂の成長の役にたつことはなく、魂の記憶にすらならず
自らをいやしめた、落としてしまった
恥ずかしい経験としてしか残らないものだ。

それよりも、自らの魂の成長、ひとりでも多くの者を幸せにし
神の計画の使者として、ひとりでも地球人類を救った
幸せにする仕事をしたということで、自らの魂の格が上がっていくのである。

我々の世界でも、実践行動なくして
九次元まで上がってくる者は一人としておらぬ。
法理念だけを学んだだけでなく、九次元に上がるまでの間に
多くの行たちを救い、指導してきた精神的指導者、実践能力のあった者たちこそ
八次元如来格、九次元救世主界にくる器が磨かれるのである。

そなたたちが、レムリアにおいてこの仕事をするということは
逆に言うと、他の転生を、何万年分もの転生を越えてしまうほどの
大いなる仕事、業績として、自らの器を広げるもの、判断能力を養うものとして
大いなる魂の学習の場となる。
実績を積む場となる。

ここに座っている者たちの中から
八次元如来、九次元救世主界の仲間が増えるかもしれぬのだから
それを楽しみにさせてもらおう。
それくらいのチャンスが、幸運が訪れたのだと思って
喜んで使命を果たしていただきたい。

この数十年、数々の失望や、苦しみや、困難に巡り会うことだろう。
しかし、それらはすべて、自らの魂を磨き
神の子の使命を果たすための大事な要素であり
神の恩に、愛に報いる、大いなるチャンスを与えられた
すばらしい場にいるということを思えば
いかなる銀難苦難も喜びとなるだろう。

どんな形であるにせよ、そなたたちが傑になって死ぬことも
火あぶりの刑になることも、叩き斬られて死ぬこともないであろうから。
いろいろな不遇はあるかもしれないが、そなたたちの時代は恵まれている。
かつて、神の使者として、不遇に死んでいった者たちもこの中にいるだろう。

命がけになってやった者もいるだろう。
その経験からに見たら、別な意味ではたいへんかもしれないが
それはどの残酷な仕打ちは受けないのだから、ぜひともがんばってほしい。

このレムリア号の航海に、最後まで乗船できる者として
ぜひ、がんばっていただきたい。
我らはこの者(アマーリエ)と同じで、ひとりとて置いて行きたくはない。
すべての者が使命を持ち
意気込みを持って出てきた者であるのを知っているからこそ
最後まで連れて行きたいのである。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-29 07:09 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

ポセイドンからのメッセージ(4)

自分たち自らの、九次元の言葉を、理念を
そのような高い理念というものを降ろせないからといって
自分たちをいたずらに自己限定したり、卑下するのはやめなさい。
そのようなものは
けっして多くの人びとの心の中に待ち焦がれているというよりは
人類の遺産として降りるべきものなのである。

今、ある意味で、菩薩級のそなたたちが、わかりやすい言葉で
そして、天上界の波動というもの、天上界の意思、計画というものを
地上に、人びとにわかる言葉で伝えていく。
そのことのほうが、一般大衆の者たちにとっては役に立ち
まさに神仏の使者ここにありというふうに
共感を持って受け入れられるかもしれないのである。

あまりにも九次元の方たちが多く出られ、如来界の方も出られ
そしてまた、次に孔子と呼ばれる方が出られているから
九次元の方の理念を聞くのが当たり前あると

だから、今のレムリアが降ろしているものが
それはどの高みがないのではないかというふうに言われているところも
多少はあるかもしれないし、自分たちもそのように思っているかもしれないが
でも、私はそうは思わない。

これだけのものが降りているっていうのは
今までの時代の中でも、それほど、そんなにないのである。
このように多様に、このようにいくらでも呼べばどんな霊人でも出てくるような
そんな事は前代未聞である。

先ほど話していたが、地獄霊の者、煉獄の者
様々な霊界巡りの者たちの書籍というのは、確かにあったかもしれぬ。
でも、そんなものではない。
ただ、天上界にのみ焦点を合わし
神々の言葉を縦横無尽に伝えてくるという
これはあとで考えたら素晴らしい業績になるし
画期的なことであったというふうにレムリアの位置づけというのは残ると
私は思っている。

救世主たちが救世主の理念をもって
時代の指針というものを伝えて、救っていく。
それはそれで、よくあることなのだ。
逆に言うとそなたたちのような役割というのは
今まで少なくとも、わしは見たことはない。
このような緊急事態に、このような計画を実際に発動され
このような霊言を降ろしながらつないでいくということ。

いやあー、これは、素晴らしいチャンスを、そなたたちはもらったのであると
そして、アテナよ。
そなたがこのような霊言というパイプをつなげる
そのような力を、もう一度、復活したということ
このような使命の中に
今自分の力を発揮できるということを神々に感謝しなさい。

いやだ、いやだとばかり、いつまでも言っているのではなくて
そのような自分の能力を与えたもうた神に感謝をして
精一杯、この役割の中で自らの力を発揮し
神仏の現れの中には、このような在り方もあるということを
時代の中に発信しなさい。

女性というものはどうしても軽んじられ、その役割というものが限定されて
自分たち自身も限定し、多くの者たちにおいても
女性の本来の力というのが期待されないし、発見されないできたと思う。

ギリシャの時代の女神たちは、ひじょうに自信に満ちていた。
自らの力というものをよく知っていたし、誇り高く
なかなか鼻っ柱の強い連中が多かったので、わしなんかも難儀したけれども。
でも、今の時代においても、そのような女神たちの
あの誇りの高さ、気性の強さを通して
本来、女性霊が何ができるかということを
この地上に表していく恰好の機会を
そなたが女性であってこの使命を引き受けたという
降ろされたということをもって
もう一度、世の中に発信していくべきであろう。

女性本来の力というものが、男性たちでは、なかなか真似できないような
このような霊言能力を自由自在に出していけるということ。
そのことを、私は、わしはひじょうに感動をもって見ている。
たぶん天上界の諸霊たちも、みんな感動をもって見ていると思うよ。
こんな事ができるんだと、逆に思っている。

男性ひとりで出て来た如来界の者が
ひとりで出て来ただけでは、このようなことはできぬ。
このように神がおつくりになっているのだなと
改めて我々も学ばしていただいている状況である。
c0171476_8434792.jpg

以前、マヌが、マヌ神が言っておられたが
このようなことが起きたから、逆に面白いことになってきたと。
まあ、あの方らしい表現ではあるが。
わしもどちらかというと、そのように思っている。
兄上もそのように思っているようだ。
我々もそう思う。

まあ、あのまんま仏陀が出て、大成功を収めておしまいというのでは
あまりに我々から見ても面白くなかったかもしれぬ。
このような状況になって、いろいろな者たちが、本来もう一度初心に戻って
神々も互いに手をつなぎ合って
みんなが総力を結集して、命がけで天上界も出て来ている。
みんな必死な思いで、この地上を救わんがために
神々も一致団結してきている。

わしはそのようなチャンスを
我々、天上界の者たちにおいてすら
与えたもうた大宇宙の神に感謝している。
このような、そなたたちの三次元での計画の頓挫というのがなかったなら
ここまで本気になって、天上界の神々も本気になって、胸元を分かち合って
みんなで手を取り合うようなことはなかったかもしれん。
だから、そなたたちも
「このような素晴らしい神々たちに対しても、
成長の機会を与えてくれたのだ。この三次元は」と
そのぐらいの気持ちになれ。

起きてしまったことを、くよくよいつまでも悔やんでいても仕方がない。
このようなことがあったから
我々のように、本来は出てくることもかなわないような神々が
地上にメッセージを送る可能性を与えられて
そして、ゾロアスター神とか、マヌ神とか、マイトレイヤー神とか
本来だったら出てくるわけもない神々が、命がけで出て来られている。
教えを地上に伝えられておられる。

このような素晴らしい、感動的な、歴史的な瞬間に
そなたたちが今、肉体を地上に持ち、その使命を与えられたという
今世の、この使命のあり方というもの、これを長い転生の中で
さぞや素晴らしい栄光に満ちた業績として、魂の思い出として
そなたたちの魂の中に、刻まれることであろう。

(2005.6.2 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-26 19:36 | ポセイドン | Trackback | Comments(0)

マイトレーヤーからのメッセージ(9)

この地上においては、二元論的に善悪というもの
「スター・ウォーズ」という映画におきましても
ダークサイドとフォースというのを預かる善なる者との戦いという
二元論的に、キリスト教社会では描かれていると思います。

なぜ二元論的なところで出しているか。
それはまだ地球が未開発の、小学校レベルの星であるからこそです。
未熟だからこそ、二元論がまかり通るのです。
大宇宙に二元論はありません。
日本神道の方がおっしゃられるように、光一元になっていくのです。

闇というものは、ダークサイドというのは
そのように未発達の
神の子としての神性を悟らぬ者たちが多く住んでいる星で
人間が神より与えられた、創造性という自由意志を乱用した姿の
影の部分として、ダークサイドが出ているのであって
大宇宙を照らす、大いなる愛の法則、愛のエネルギー体から見たのならば
ほんのわずかな一点の、小さな、小さな影の部分にすぎないのです。

圧倒的な光、圧倒的な愛の荘厳な旋律の流れる大宇宙で
愛のエネルギーをたたえている圧倒的な愛の量からみたのならば
悪といわれている、善悪の悪と呼ばれている者たちが放つエネルギーなどは
ほんのわずかな点にも満たぬのです。
そして、これは地球だけではなく、ほかの星でも、未発達のところでは
そのような段階にあるということは事実です。
それは発達段階としてあることなのです。
自由意志の濫用です。

神は神の似姿をもって、神の子たちを創造されました。
神自らが、創造されるということを
天地を創造されたという創造するエネルギーを持たれているゆえに
わたくしたちにも自由意志で、創造する力を与えられております。
それをすばらしい方向に使っていくのか
そしてダークサイドのほうにくるような
悪想念としてのエネルギーをつくることも
それはわたくしたちが修行過程として与えられているものなのです。
ですから地球という星のレベルの低さによって
このような陰の部分が、人間の自由意志においてつくられているわけであって
神のお心が、神が地獄界を創造されたのではないということ。
そのこともわきまえていただきたいのです。

この地球自体が浄化され、小学校レベルから中学校レベルになり
傷つけ合ったり、殺し合うことが
結果的には自分自身のためにならぬのであるとー。

人の幸せを願うことがめぐりめぐって
自分の幸せにもなるのであるということがわかってきたのならば
暗黒面の部分、地獄界の部分というものは
自然に抹消され、消滅していくのです。
そのときを、悠久のときの流れの中で、我々は待ち望んでいるのです。

地球意識がお苦しみになっておられるその姿を
ほんとうに申し訳ないことであるとわたくしたちは思うけれども
「どうかどうか、地球人が、神の子たちが
迷いながらも学んでいる最中であります。
もうしばらく我慢していただけないか。
もう少し学んで、彼らが脱皮するときまで、お待ちいただけないか」
というふうにお願いをしながら
地球という場所を修行場として、お借りしているということが事実なのです。
c0171476_9594612.jpg

地球意識も相当お苦しみであられます。
そのことを考えると、もうそろそろ脱出していかなければなりません。
いつまでもこのようなことをしていたら
がん細胞のようになって地球意識が苦しまれているし
地球人としてもあまりにも進化発展がなさすぎるのです。

大きなターニングポイントとして、
今回の救世の大計画が降ろされているということ。
そのために、九次元が何人も何人も降りてきて、天上界が総力を挙げて
このような異例の通信を送っているのです。
そうでなければ、過去のような単なる修行場だけで
次の文明を降ろせばいいということであるのならば
とっくにこの文明はなくなっているでしょう。

でも、このチャンスを、ここまで進化させるのに
わたくしたちは数千年という時をかけて、この文明をつくってきました。
数千年、数千年といいながらも、アトランティスのときからみたら
また数万年というときを考えながら、ひとつの大きなローテーションの中で
わたくしたちは地球を進化発展させているのです。

このチャンスを逃したなら、アクエリアス、アクエリアンエイジ
水瓶座の時代と呼ばれている時代の中で
このひとつのバイブレーションの中で、霊的な進化をとげる
ちょうどいい追い風に乗ってきている時代なのです。
このチャンスを我々はちゃんと使って、地球の次元を上げていきたい。
そのためにも、思想的な意味でも、この計画の続行というものを
ひじょうに無理な形かもしれませんけれども、あなた方にお願いしながら
今日引き継ごうとしているのが実態であります。

わたくしたちにはわたくしたちの世界でしか言えぬもの
言えぬ、考えて苦しんでいることというのがあるのです。
あなた方には、無理なお願いばかりを申し上げて
申し訳ないと思っているのです。
この者(アマーリエ)におきましても
あと何年これをやっていけるかわからないけれども
最後のときまで、わたくしたちの言葉を伝える通信塔としての使命を
果たしていただきたいと思っております。

この者は、オリオンにいたときから
このような特殊な能力を持っている者でありました。
アトランティスのときは、わたくしはこの者とともに
使命を果たしたものでした。
ですからこの者が、自分を信頼しないで
自分の使命から逃げようとしておりますけれども
この者がほんとうの力を出したときに
今回の計画の、いちばんの適任者であるということを天上界で判断して
この者に使命を降ろしておりますので
その分ちょっと自分にも甘いところがこの者はありますから
どうかみなさま方で盛り立てて、助力していただいて
逃がさないようにしながら
使命を果たしてくださるようお願いいたします。

愛というのは無限なものです。
あなた方の心に湧いてくる、ふつふつと湧いてくる愛の思い。
神の子としての愛の思い。
それは永遠に無限に出てくるもの。
しかし、それは自ら自身を信頼することからしか出てきません。
自らを否定して、自分の現実から逃げたときには
神がお与えになった、あなた方に本来つくられた
能力も、才能も、愛の力も、出てこないのです。

ですから今回一度っきりの人生、今の瞬間を生きるのは一度だけです。
今というこの瞬間に、神の子として最大限
あなた方の尊厳と誇りをかけて生き抜き、愛の心を発信し、輝きわたらせ
このレムリアのための一条の光として、あなた方が立派に使命を終えられ
わたくしたちの世界に戻られることを、お待ち申し上げております。
そのときこそ、天上界の者たちはあなた方を
拍手喝采をもって迎え入れることでしょう。

地上で富や財産や、地位や名誉を手に入れることよりも
神の使者として、地上で、すばらしい人生を生き
天上界に喝采をもって戻られる
そのことをあなた方が、本来の自らの幸せであると思っていただけるならば
どうかレムリアのためにも、わたくしたちのためにも
地球のためにも、神のためにも、そしてあまねく神の子たちのためにも
愛の存在を光り輝かせ、戻って来られることをわたくしは望みます。

少し長くなりましたけれども
マイトレーヤーとしての話をさせていただきました。
わたくしの法の話は、多少仏陀とは違っているかもしれません。
でも、星を越え、どんな立場をも越え
法を預かる者は、神の思いを伝えるところに使命があります。
わたくしが説く法、マイトレーヤーとして説く法も
エル・カンタラーとして説かれる方の法と根本においては同質です。

これからも、あなた方から要請されるならば
法の輪郭について、お話しできることはさせていただきたいと思います。
どうかわたくしをこれからもお呼びくださることを望みます。
今日はありがとうございました。
失礼させていただきます。

(2005.7.9 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-24 11:53 | マイトレーヤー | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(24)

天変地異とシフトアップの兼ね合いね。
これは地球の歴史をひもといてみると、長―い、長ーい歴史があるからねえ
そんな簡単に一口で言えるものではないけれども

あのう、天変地異が起きることと
そのシフトアップっていうことというのはね
シフトアップの時期というのは確かにあるかもしれない。
またここでは全部言えないような、その地球における周期ってこともあるんで
まあすべて明かすわけにはいかないところもあるけれども

基本的に分けて考えてみるとね。
天変地異というのは
地球とかにたまりにたまってしまった悪想念の大掃除っていうことですよ。
だから、次の新しい時代を迎えるには、今の悪想念を大掃除して、洗い流して
その上で新たな、きれいな、別の次元のものを打ち出していこう
新たな文明をつくっていこうっていう
だからその直前にだいたい天変地異っていうのは起きてくる。
そういうのはありますよ。

だけども、そのシフトアップっていうのは
まあシフトアップにもいろいろな種類があってね
あなたが考えているようなシフトアップとは
ちょっと今回のは違うかもしれない。

たとえばアトランティスでも、ムーでも、それぞれの時代時代の中の
ひとつのまあ九次元が何人かで担当して
新たなその個性のある文明をつくっていく。
それはレムリアでも同じだったわけでしょう。
そういうものを、まあ大きな一大文明ってのをつくっていきながら
そこに出て来る魂たちが、たとえば、まあモーゼが出るんだったら
超能力っていうか、正義ってものを中心にした、力ってものを中心にした
そういう文明ってものをひとつの個性体としてつくることでね
個性の場をつくることで、人は学ぶことはある。

でも、そんなことばかりではいけないから
次は、今度は感性を中心にして
感性を磨くっていうことをテーマにした文明を興すことで
また魂たちはみんな生まれていって、そこで魂を伸ばす、ね。
次はやっぱり科学とか、そういうものを通して、新たな文明を通して
次の時代の幕開けのために、科学的なものにも慣れていくためにも
アトランティスみたいなものをつくる。

ムーっていうのはもうちょっと素朴な
いわゆる、アミ二ズムっていわれたようなね
そういう、ある意味で霊能力、素朴さ、その根源的な
そのう、宇宙っていうよりは人間としての、「霊性」って言うんですけれどね
霊性を開発していくような
そういう動きっていうものの中で、やっぱり人びとが学ぶ。
そういうのをひとつの、九次元の霊人たちが企画をして
自分たちの個性に合わせて、文明をつくっていきながら
まあ地球にいる魂たち、人類たちに対して
そういう魂を修行する場所を提供するという意味で
明というのを興してくる。

だからある程度この、感性の文明なら感性の文明、モーゼがっくった文明
ゴンドアナみたいな文明ならゴンドアナ、アトランティス、ムーっていう
そういう、ひとつの修行の形態が終わったなら
まあ学べたなっていうのがあったならば
それはそれである程度、その天変地異という形で清算をつけていっても
それはそれでまた、次の文明を興すっていうことを前提にしているので
あえてそれを止めない、引き止めない。

その種人種っていうのだけがほかのところに逃れていってね。
次の文明っていうものをまたつくっていく。
そういう子孫を残していく。
文明の最小限のものを引き継いでいくっていうところでは
次に引き継ぐけれども、また逆にゼロのところから新たに
新たな文明をつくっていって魂の修行をする。

それがまた、地球人に対していろんな意味で、感性から、悟性から
それから知性とか、正義感とか、そういうものを学ぶ意味で
バランスのいい魂の修行、発展ということを考えて
我々がある意味で上で企画をするわけですよ。
だから、そういうものとして
ひとつ文明が終わっていくっていう形態がある。

最後の時にはやっぱり、悪想念がたまったりもするから
当然次の文明を出すためには、きれいにまっさらにするためにも
地球意識が、その反作用ってことでそれをきれいにして
文明が終わると
ほら、人間だってたくさん行楽地に集まると
ごみいっぱい出るでしょう。
そのごみをどうするかっていったら、最後やっぱりごみを燃やすなり
焼却するなりして処分するでしょう。
それと同じなんだよ。
c0171476_2016249.jpg

文明がひとつの場所に、たくさんの人が出て
たくさんたくさん修行をするとね
いろんな悪想念みたいなのが残ってしまって
そこの部分がごみのようにうず高く、修行したいい部分もあるけど
悪い部分として
一個所に集中的に悪想念が残ってしまうという現象が起きる。

その時にやっぱり地球意識としてみたら
局部的に悪想念がこう残っているわけだから
それが気持ちが悪い。
だからそれを何とかしたいと思って部分的にふるふるっとやる。
それがある意味で天変地異という形となる。
そういう要素がありますね。

だからそういう意味での反作用としての天変地異っていうのはあるけど
ま、あくまでそれは局部的なもので、そういうふうにして
数々の文明を人類に提供しながら、興してきたってことはあります。

それと今回のは、地球の年齢から考えて
我々がベーエルダとか、いろんな星から来て
地球人類ってのを創造してきたわけですね。
地球の環境になじむように
いろんな肉体を持って来た惑星人もあるわけだけど
そこの中で、いろいろと我々も努力をして
地球にいちばんふさわしい肉体ってものをつくってきた。
その中で、まあこの時期において、そろそろみんな母星から来た者たちが
地球人としての総清算っていうか、総決算を
「そろそろ成果を見せてみろ」っていう時期がくるわけですよ。
そうすると、地球自体の寿命ってのがあるでしょう、やっぱり
十次元の方が今入ってくださるけど
その方の修行の時期も限界があるわけですよねえ。

それから考えた時に、もうそろそろここらへんで
宇宙文明の仲間入りをしていかないと今まで局部的に
時代時代の中で、自分たちの地球人のためだけに
魂を磨くために、我々九次元の十人の中で何人かがつくって
彩りをつくって地球人として修行をするっていう形態から
もう地球人としての形態から、今度は宇宙の一員として
「地球人として、これくらい完成したものができたよ」っていうことを
発表しなきゃあいけない時期っていうのが出てくるんですよ。
そうしないと、その時期が地球の年齢から逆算して出るということね
その時期があるということ。

(2005.3.17 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-22 07:12 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(25)

魔を切るということ
魔を切りたいのであるならば
我が名を呼びなさい。
我が名を呼びなさい。

これから、あなた方に来て、干渉して来るのは
かつての少々の浮遊霊だとかそのような次元の自称神々であるとか
そのようなレベルのものではなく
どんどん魔界のランクがアップしていった者たちが
あなた方の道を塞ぎに来ることであろう。

その時に、あなた方が、魔王たちを追い払えるような力がある者は
この中に一人とていないのです。
その時に我々は、やはりエネルギーの法則というものがあり
信頼してもらえれば、それだけの力が出せるのです。
信頼して呼んでもらえれば、それだけあなた方を救うことができ
それだけの力を我々は発揮することができるのです。

でも、このミカエルが偽物であるかもしれないというさいぎ心の中で
我が名を呼ぶことすら、ちゅうちょし、ためらうものがあるのならば
我々が護ってあげたいと思っても、あなた方を護ることはできないのです。
そのことを信じていただきたいのです。
そして、慣れぬ魔王たちにかかずりあって
本来の、本業である仕事をするエネルギーや体力の消耗を
防いでいただきたいのです。

前にもこの者が教えたと思うけれども、もし、魔に襲われたと思ったならば
目の前に「バリアー」を張りなさい。
心の中で目の前に透明な幕、透明な盾でもよいのです。
アテナが持っていたような大きな盾です。
あなた方の時代でいうならば、巨大なこの丸いスクリーンというのですか
そのようなものを目の前にイメージするのです。

そして、エネルギーの中で、相手の、まず、エネルギーを防ぎなさい。
そうしてから我が名を呼びなさい。
わかりますか。
そうでなければ、ポイント攻撃をやられ
エネルギーにより、瞬間的にやられる場合があるのです。
それが肉体に出るのです。

それがこのあいだ、Yさんの息子さんに起きたことでもあるし
わかりますか。
お母さんをいちばん苦しめるのは、誰をいじめることですか。
最も愛する息子を、のたうち回らせることであったのですよ。
その時は、あなたの力で、手に負えないと思ったのであるなら
我が名を呼びなさい。
そして我が名を呼んで、それでも方法がわからなくているのならば
この者に聞きなさい。
この者は、その専門家であります。
そのことに関してはわかるはずなのです。

この中で見ているとやはり、霊感の優れた者たちが多いように思うのです。
霊道が開いていればいるほど
そのような影響というものは受けやすくなるのです。
だから、いたずらに霊道を好むことなく
やるべき本来の仕事をしていきなさい。

霊道を開くことによって、他の者たちができないということを
現象として出したいなどということが、阿羅漢という名のもとに
もし、あなた方が行いたいという欲があるのならば
それはオウム真理教がやっていた空中浮遊と同じようなことの
神理の裏返しになってしまうのです。

霊道現象の中で、けっして守護霊やなにかと同通することが
現象を確立しなければ悟りが上がっていけないなどというのは
詭弁以外の何ものでもないということ。
現象には現象を担当する者たちがいるのです。
c0171476_1161178.jpg

かつて昔、レムリアの時でも、アトランティスの初期においても
人びとの心は美しかった。
この地上もまだ初期の頃は
そんなにマイナスのエナジーというものが、満ち満ちていなかったから
霊道というものが開いていて、天上界の者たちと交流していても
何ら危険がない状態であったのです。

しかし、今の時代において、もし霊道を開いていたならば
無差別憑依というものが起き、あなた方一人ひとりは、あっという間に
地下に引きずり降ろされて行ってしまうということ。
その危険から光の天使、あなた方一人ひとりを護るために
けっして霊道を聞かせないのだということ。

それは、けっしてあなた方の力量とか
魂が劣っているのではないのだということ。
そのように、奇をてらった能力をひけらかしたいというような思いが
悟りという名のもとにすり替えられて
そのような能力が欲しいというようなことにいったのならば
とんでもないことになるのだということ。
それを仏弟子と言われているお坊様たちはわからなくてはいけません。

二千年、三千年前に仏陀が説かれたことを杓子定規に思い
霊道現象も杓子定規にあなた方は思うかもしれない。
時代、政治的な背景、その地球のその状況、環境に応じて
法というものは説かれ
方法論というものは打ち出されて来るものなのです。

それを我々八次元、九次元の者たちは、計画を練りながら
今回の救済計画において、どのような立場を光の天使たちに取らせ
どのようなやり方において仕事をさせていくかということを
我々は会議をしながら決めていっているのが現状なのです。

そして、今のこの時代、この時期の世界、日本の情勢において
ましてサタンの力が荒れ狂っている時に、むやみに霊道など聞かせたら
とんでもないことになるのです。

そして昨日も伺っておりましたが、霊界通信機というものを
もし心の調整のできない者たちが使ったのであるのなら
これ以上マイナスの波動というものをこの地上に膨らませたのならば
先程も言いましだけど
上の世界からのプラスの光のエナジーによって
かろうじて、ぎりぎりのところでバランスを取っている
後のない状態であるにもかかわらず
もし増幅装置のように、機械でむやみにマイナスからのエナジーにより
どんどん、どんどん、無差別憑依された者たちを
この地上に蔓延させてみてごらんなさい。
それこそマイナスエナジーが増幅し、サタンたちの思うつぼに落ち
この地上はあっという間に滅びてしまうのです。

だから我々は霊界通信機というものもつくりません。
そして、光の天使たちも、本来持っていた霊能力というものを封印させ
一部の者たちだけ、使命のある者たちだけに
このような現象というものを通させて
あなた方に私たちの言葉というものを伝えているのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-19 12:37 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

日蓮聖人からのメッセージ(11)

覚えておいていただきたいのです。
けっして、法を再編纂するということが
けっして、けっして、他教団を批判したり
前回のK会という団体に対する誹論・中傷であってはならないのです。
そんな必要はないのです。
レムリアの言葉で語っていけばいいのです。

ただ、最初の三部作(原初版=『太陽の法』『黄金の法』『永遠の法』
1987年からに1990年にかけて出版されたもの)というもの
最初のあの三部作は、人類の財産なのです。
遺産なのです。

あれを降ろせるのは、九次元の中といえども
やはり、エル・カンタラーであるからこそ降ろせたということ。
そのことをあなた方は知らねばなりません。

霊言をとれるからといって、なんでもかんでも降ろせるわけではないのです。
その人の言語中枢、その方の認識能力、その方の使命に応じて
そして、その時というものに応じて、我々も言葉を使っていくのです。
だからけっして、言葉が難しく
難解なものばかりを今求めていても降りないのです。

降りなかったものは仕方ないのです。
仏陀が降ろせなかったものは仕方ないのです。
しかし、たしかに(自我欲での知と意によって)手垢に汚れ
真っ黒になってしまったものを
それを人類の遺産として語り継いではいけません。

そして、神の愛の賜物である、せっかくの法というものを
このまま、塵、芥の中に汚され、人類の中から抹殺してもいけないのです。
それでは、何のためにエル・ランティ(高橋信次)が降りられ
仏陀がわざわざ下生なされたのか。
そのことの意味もなくなりますし、あなた方が、それをしてくれなければ
せっかく、たいへんな思いで孔子という方が出て来られたのに
その方がする仕事の土台が無くなってしまうのです。

だから、九次元の方が、また法灯を継がれる時まで
あなた方が、その法灯をつなげなくてはなりません。
そして、法灯をつなぐということが
時代の先を指し示す女神が出たという時に
その法すべてを、この女神に押しつけるようなことを
仏弟子たちがしてはならないのです。
それを私は、日蓮の名をもって、あなた方に言っておきます。

あなた方は少し、霊言をとるということを勘違いしているのです。
霊言をただ、口先だけで降ろす時
それは巫女という者がいたかもしれません。
でも、我々の話がわかり
我々の話をあなた方にわかるように伝えられるという方は
霊言能力以外に
法というものを理解しているある程度以上の格の方でなければ
この我々の言葉を地上に降ろすということはできないのです。

この方はとても嫌がっています。
とてもやりたくないのです。
それもわかるのです。
あえて彼女は、今回、正面に出ることを避けて
人生の計画を立ててきたのです。
いちばん痛いところ、いちばん痛い時代(過去世での心の傷)を
突っつきながら
その時と同じ仕事を彼女はしなくてはいけないということ。
それを考えたら、どうか力になっていただきたいのです。

彼女は個人的な魂の修正にも入っているのです。
それがほぼ終わりかけてはいます。
終わっていった時に、彼女は本来の力を出すでしょう。
彼女の魂は傷を受け、本来の霊格を落としていたのです。
それが修正された時、彼女は大いなる力を出していくことでしょう。

でも、やはり役職が違うのです。
個性に応じて役職が違うのです。
今の時代、これだけ魔がはびこり
第一、第二の計画で
あのような力のある方たちが堕ちていったことをみるならば
いかに魔に強い戦闘系の個性の者がこの任にあたらなければ
この法灯を護るという仕事ができないか
それはあなた方であっても、おわかりになるはずなのです。

よろしいですか。
今も魔が狙っています。
今、この結界の外にも魔が来ているのです。
(しかし)あなた方は護られているのです。
そのことを深く神に感謝し、我々も死に物狂いで、一丸となって
あなた方の仕事を援護しようとしています。
指導しようとしております。

自分たちだけが苦しいのではなく、自分たちだけが迷っているのではなく
天上界の天使たちと、我々と共に仕事をしていくのだと思って
どうか、このレムリアのために力をお貸しいただきたいのです。
c0171476_16162547.jpg

人びとよ、謙虚でありなさい。
傲慢になってはいけません。
法を学ぶということが、知恵を蓄えるということが
知識を蓄えていくということが
けっして傲慢になれと、知で人を見下せということを
我が仏弟子たちに教えた覚えは一度もないのです。
仏陀ですら、そんなことは一言もおっしゃらなかった。
我々はそれを信じて、誇りを持って、法を護ってきたのです。

でも、どうでしょう。
法を護った(今までの)仏弟子集団は、ほとんどが知により天狗となり
頭でっかちとなり、闇の中に消えていっているのです。

数少ない、法を護る者たちよ。
どうか、その知恵を、知性を使い、心に燃える信仰心をさらに奮い立たせ
我が日蓮のあとについてきてはいただけないであろうか。
私たちも、あなた方が頼みの綱なのです。

神は、けっして人びとを見下したりしない。
神はけっして人びとを、魂においてじゅうりんし
操り人形のごとくし、支配しようとなぞ、少しもなさらない。

神は、常に愛に燃え、謙虚さの中で互いに生かし合い
自分の命を捨ててでも多くの者たちを救い、多くの人びとを活かし
多くの者たちの天命を、いかにしたら果たすことができるか
それを常日ごろ、自分の生活を捨ててでも
自分の時間を無くしてでも全てを打ち込み、神の子たちのために
地球人類のために働く者たちのことを神というのです。
高級神霊というのです。
あなた方はけっして間違ってはいけない。
それを後世の者たちに伝えなさい。

知天狗になってしまったK会の者たちよ。
どうか、信仰心というもの、知を学ぶというもの
悟りを突き詰めていくということ
己を高めるということ、神の使徒となるということが
あのように情けない姿になるということではないのだということを
あなた方は後世に伝えていただきたいのです。

あなた方のように、教養深く、知性の豊かな者たちこそが
この時代の先頭に立って
愛深く、謙虚に、そして、おおらかに
楽しく生きていくことを見せたときに
はじめて時代の者たちは気づくことでしょう。
それをK会は間違っていったのです。

このあいだ、ゾロアスター様がお出ましになられ
この者を通して、なぜ、なにゆえに、OR氏という魂が
堕ちていったかということを
イスラム教の観点から、お話しになっておられました。
私日蓮も、日本における宗教界を預かる者として
謙虚に聞かせていただきました。

中東という所は、たしかに、今は殺戮につぐ殺戮がある所かもしれない。
でも、彼らは命を張って、神のために生きよう
神のために死のうとしております。
その方法論は間違っているかもしれない。
でも、彼らの生活は常に神と共にあり
常に神のもとで、神に喜ばれるために
神に誉めていただくために、己の命を捨て
その信仰心の中に一生を終えていくのです。
このようなベースが、もしこの日本に
もっとしっかりと根づいていたのなら
今回のような悲劇は起きなかったのかもしれない。

どうでしょう。
銃や爆弾で死ぬのと、(一方で)人類を救うことができたかもしれぬ
その大いなる希望の法が潰えてしまった
終わってしまったという悲劇を考えたならば
正直なところ、どちらのほうが人類にとっての悲劇であったであろうか。
私は、そのように反省した者として、心がたいへん痛んだのです。

我らが師、仏陀、釈迦牟尼仏がお出ましになること
降臨されるということを
私たちは長いこと待ち、そのために用意をし
そのために今日生まれて来るということを
どんなに喜び勇んで出て来たことでしょう。
宣誓式における誓いをどのようにしたことでしょう。
新たな希望の中で、今回こそはこの地上ユートピアを打ち立てるのだと
自ら志願をして
命がけの思いでこの地上にあなた方は出て来たはずなのです。
どうか、その時の念いを想い出していただきたいのです。

あなた方がこのように、神理のもとに、曇ることなく
正しい判断力を持ち
今、このレムリアに集われたということ
それを私は心から神に感謝いたします。
そして、これより後、あなた方の力をもって
レムリアは格段と成長し、格段と大きな力をつけていくことでしょう。

(2004.8.20 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい。
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-16 12:59 | 日蓮 | Trackback | Comments(0)

ポセイドンからのメッセージ(3)

そなたたちが、神仏の、我々の次元の言葉を地上に降ろせる
唯一の団体であるということ。
その磁場であるということ。
その認識を忘れてはいけない。

人の世の中というのは個性の数の分だけ、自分たちの信義というものがある。
だから、その自分たちの、己の正直な本性に従い
精一杯頑張れば、頑張るほど、あつれきというものも生んでくるのも
この地上のまた醍醐味であると言ってもいいだろう。

だから、そういうものに引き倒されるのではなく
そういうものを相手にしながら、そういうものを乗り越えながら
ますます魅力あるレムリア・ルネッサンスになっていけば良いのじゃ。

最初から間違うことを恐れて
最初から人を傷つけることを恐れて、きれいな言葉しかしゃべらない。
人を傷つけたり、乗り越えたりすることが嫌だから、戦うことが嫌だから
きれい事の中だけで終始しているような者たちに
ほんとうの生きているひたむきさ
ひたむきに生きる人間たちの美しさなんていうものは伝わらない。

神の使徒たちが、なぜあのように一途で、あのようにストイックで、美しく
あとで、後世の者たちに伝えられるかと言うと
それは、彼らが命がけで信じたこと
さまざまな艱難苦難に遭いながらも、ひとつひとつ乗り越えて
悩みながら、苦しみながら、涙を流しながら
それを乗り越えて来た、その姿を見て、彼らは、周りの者たちは
「ああ、あの方こそ、
あの方がたこそ間違いなく神仏の、神の使者であった」という
心からの感銘をもって
その言った者たちの言動というものを受け入れていく
神の言葉というものを受け入れていく。
そういうものなのだ。

だから、さまざまなトラブルが出たのならば
それを通して、そういうものを出されたからこそ
「このように対応したから素晴らしかった、レムリアは」と言われるような
そのような自らを光らすような
そのようなものとしてそなたたちは利用していきなさい。
乗り越えていきなさい。

人というのは、内在するものというものは
なかなか表面には出ないものである。
目先だけきれいなことを言うことはいくらでもできる。
神を唱えることもできる。
だけども、いざという時に
どのようにその人間が言葉を吐き、行動をしたかということ
そのことをもって、どんなにきれい事で包み隠していても
表面に出てしまうということ。

どれだけきれいな言葉で、神仏で、美辞麗句で飾ったとしても
自分が傷つかないように平和というものを語り伝えたとしても
その人の行動を見てしまったら、一発で人は見破ってしまうものである。
そんなものだ。

その時に、ひたむきに、ひたむきに生き続け
ひたむきに、そなたたちのように神理の言葉を、一生懸命に
こうやって一冊、一冊つくり、CDを焼き、梱包し
人びとのもとに伝えてほしいと、届いてほしいという願いをもって
そなたたちは命がけでやっている。

そのひたむきさが、人びとの心に伝わった時に
ああ、これこそレムリアであったと
レムリアこそ神仏の使徒であったということが
周りの者たちにわかってくるのである。
その姿をもって、人びとたちは、生きるそのひたむきさとその後ろ姿をもって
人びとは、真に神仏の使徒であったかということを見破るのである。

だから、様々なトラブルがあろうと、様々な挑戦を受けようと
それを受けたからこそ
まさに、この人たちこそ神の使者であったというような
そのような高い見地による、勇気のある高潔な生き方をもって世に示せ。
それができるそなたたちであるから、今ここにいる。

イエス・キリストにおいても、命ごいをすることは簡単であったはずであろう。
そして、ソクラテスにおいてだって
逃がしてもらうことだって可能であったであろう。
でも、彼らはどうであったであろうか。
ゲッセマネの園で祈っていた時のイエス・キリストにしたって
追っ手が来るのをもう知っていたのである。
逃げようと思えば逃げられた。

でも、神によって
それを逃げるのは彼にとっての本分ではないと言われた時に
彼は自らの運命を受け入れることを選択したのである。
十字架の上から、「降ろしてくれ」と、わめくことよりは
神のもとに帰っていくこと、天に帰っていくことをもって
自らの生涯を神仏の、神の使者であったということを
彼は証ししたということ。

ソクラテスにおいても、自分が語り伝えてきたこと
一生懸命伝えてきたこと、それを命ごいなんかする以上に
素晴らしいエリュシオンという天国の世界に帰って行くことのほうが
私にとっては本来価値があるということ。
こんな肉体よりもっと素晴らしい世界があるのだということ。
彼はその魂の高潔さをもって証すために
脱獄することもなく、自ら毒を飲んだのである。
c0171476_8195054.jpg

だから、いかなる艱難苦難がこようとも
その時こそ、本来の神仏の使者であることを証しする絶好のチャンスであると
そのぐらいのことを思え。
神仏の使者に対して、道を塞ぎ、その行く手を邪魔だてするということは
した者にとっては致命的な魂の恥辱となって、その後残るであろう。

そのことを思うのであるのならば、いかなることがあっても
それにより、自らの神性を証しする絶大なるチャンスをもらったのだと思って
そのような場所を与えてくれたことによって
自らの魂を光らすことができるのだと
その者たちに感謝してやればよい。

それくらいのゆとりを持って、そなたたちはこの運動に対して
人びとの手本となるべく生き方を世に示しなさい。
これぞ神仏の人であったという生き様をもって、人びとに伝えていきなさい。
それがレムリア・ルネッサンスの使命です。
そのような生き方をもってでしか、人びとは納得はしない。

目先だけで、神が、神仏の使者が、ユートピアがと言っても
もう言い尽くされた言葉ばかりでしょう。
言葉自体では、もう、言い尽くされているのだ。
だから、高橋信次が転生輪廻という言葉、そして、様々な八正道とか
そういう言葉も、もう言い尽くされてきたかもしれない。

目新しい言葉がない中で
そなたたちが間違いなく天上界の使者であるということを証しするのは
そなたたちの言動、そなたたちの振る舞い
そなたたちのホームページの在り方。
そして、ひたむきに何をしていくか、自分自身を一切弁解せず、弁護せず
言われても、相手に愛と感謝と祝福を送り続けるのであるのならば
それこそ誠に神の使者であるという証しなのである。

もっとも卑怯なのは、神の使者に対して徒党を組んで
でたらめな言葉を言いながら中傷し、その道を、神の道を塞ごうとする者。
それ以上の卑怯な、罪な悪行はないであろう。
それをやっている者たちを不欄に思え。

そなたたちは、少しも不欄ではないと、私は思う。
だから、常に神の子としての、自らの神性に照らし合わせながら
今自分たちが何をするべきなのかということを慎重に、慎重に考えながら
でも、時には情熱を持って、この運動というものを推し進めていきなさい。

まず、天上界の波動を、我々の言葉を、この地上に語り伝えるということ。
それはもう、数々の霊人から言われているから
そなたたちもよくわかっていることであろうが
やはりこの言葉をもって伝えられてこそ
レムリアの本来の使命が果たされるということ。

(2005.6.2 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-13 11:43 | ポセイドン | Trackback | Comments(0)

マイトレーヤーからのメッセージ(8)

悟りというものを難しい難解なものにしてしまった罪は
我々指導者にもあるかもしれない。
多くの人びとが、小さきもの、弱きものの幸せのために生きる姿
それこそを宗教は目指し
神は、宗教を様々に興しながら、地上の者たちを指導してきたのです。
神の子たち、あまねく神の子たちを、幸せに生かしたい。
神の子本来の姿に戻していくことにより、大調和の中
この星を祝福された愛の星にしていきたいと願うその姿こそが
神のもとへ導く道であり、悟りの階梯なのです。
はき違えてはいけません。

いつの間にか、悟りのはしごを昇っていくことが
まるで自分の地位や、位を上げていくかのように思ったり
悟りを、難しく難解な、一部の者たちだけのものにしたり
ハードな修行、難行苦行を通した、一部のエリートたちだけの
苦行の姿であるというふうに、誤解させてはなりません。

すべての者たちが、心を切り替えていったならば
すべての者たちが、一躍跳入、神の子の
悟りのボサッターの境地になっていけるのです。
簡単なことなのです。

「自分を愛するように他者をも愛せ」と
インマヌエルが、イエス・キリストがおっしゃられた。
それを実行するだけ、心根において、思うだけ
それで、神の子の愛の姿に戻っていける。
それほどに簡単なもの、難解なものではないということ。
それをわたくしは、法を預かる立場の者として、語っておきたいと思うのです。

インマヌエルは、イエス・キリストは、ナザレの地におかれたときに
易しい言葉で、自然に、娼婦たちにもわかる
当時何の学問もない者たちにもわかる易しい言葉で
神の愛の法を説かれたように思います。
易しい言葉で語れるのです。
易しい言葉で語ってこそ神理であるということ。
そのことを思って、レムリアとして、法の再編纂にあたっていただきたい。

座礁してしまった計画の後始末部隊として
あなた方はご苦労をされているのですけれども
法の再編纂、霊言集の確立、理念の確立、天上界の青写真を地上に降ろし
次の者たちへ引き継ぐという、大使命があられるのも事実です。
それができたのならば、今度は神の法というものを
根源的なところで、易しいところでまず唱えなさい。

難しいものを難しいとして言い立てることは簡単なことです。
難しいところまで高まっているものを、簡単な言葉に絞って
万人にわかる言葉として、エッセンスを出していく。
それこそがほんとうに実力のいることなのかもしれません。
そして、その易しい言葉で神理が伝えられていったとき
地上の二割の、難しいことがわかる者より
八割の、難しいことのわからぬ神の子たちを救っていけるのです。
八割の者たちが救われなければ、この地球は愛の星にはなりません。
八割の者たちも神の子たちです。
その者たちにわかるように伝えるのが、神の慈悲でもあります。
神のお心でもあります。
そのようにどうかみなさま方、愛というものを-。
c0171476_8491089.jpg

仏教の最高峰として仏陀が
法の高みというものを降ろされるご使命がありましたから
高みをひじょうに難解なものとして降ろされたこともあるでしょう。
しかしそのあと、無駄な難解さに陥って、道を誤ってしまいました。
高みを出しだのなら、次は広がりが必要なのです。
広がり、大衆伝道に出していくには、法の高みにあったものを
ポイントを絞った愛のエッセンスにして、易しい言葉で伝えていく
その作業に当たらねばなりません。
それが、もう少したったら
レムリアの方がたに対する使命として出てくるのです。
次はそこにくるのです。

数々の書籍が出て、多くの人びとが手にとり、違和感なく
我々の霊言集や、神の語る言葉が
人びとの心に染み入っていくときをもってこそ
人びとの中に、霊言ブームと申しますか、レムリアの書籍によって
多くの方がたが連鎖反応的に救われていくという事態が起こるのです。
難しいものを難しいとして出さないでいることは
巷の霊媒師と同じであると思われるということもありまして
ある程度難しいことも申しております。
しかし、わたくしが思うには、法というものは元来が易しいものであると-

あなた方は、一度オリオンからの通信を受けたことがありますね。
オリオンの、この方(アマーリエ)の母上からきた通信です。
彼女の言葉には、大きな愛とやさしさが満ちています。
彼女の言葉、「難解なものはいらないのだ」と
「神の子として、あなたらしさを、
あなたの愛を表現して帰っていらっしゃい」と
母親としておっしゃっていたでしょう。
その姿に尽きているのです。

けっして難しいことばかりを、頭でっかちに言っていることが
進化した証ではない。
愛のレベルの高い星ではないのです。
愛の思いにおいて、愛の感性において、すばらしい感受性の中において
愛というものを抱きしめて生きている。
そのように表現して生きておられる。
その質の高さ、その感性の豊かさ
それこそが、進化した星の方たちの愛の姿なのです。

法の極みを管理するものは、その時代の最高の知者
賢者という者たちが頂かることは実際にあります。
しかし、みんながみんな難しい顔、しかめ面をして
難しそうな言葉で、難解な哲学的な議論をしなければ
愛というものの価値が高まらない、高度な星にならないと思うのは
大きな間違いであるということ。
わたくしは法を管理するものとして、あなた方にお伝えしたいのです。

愛の化身であるということは単なる情実に溺れた愛で
情念だけで愛を捉えるのではなく
やはり、他者と分かち合い、他者の幸せを願う
その愛の心こそが、本来の愛の尊さであり
それがすべての宇宙をあまねく照らす、神のお心であり
神そのものであるということ。
そこに至るのが、神の子としての使命であり、方向性であるということ。
それをしっかりと認識することが大切なのです。

(2005.7.9 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-10 20:07 | マイトレーヤー | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(23)

今のこの使命において、これだけの荷は重いかもしれないけれどね
肩の荷は重いかもしれないけれども、でもあなた方の中において
今このような大事な局面に接しているのだということ。
その中で仕事をしているのだということ。
そのことをどうか認識していただきたいと思うのです。

そして、このようなチャンスは滅多やたらにこれからも
転生しても出くわさないということだけは私は言っておきます。
なかなか会えるものじゃないですよ。
あなた方、面白い時代に生まれてきました。
この人生をどうか楽しんでいただきたいと思います。

ほんと、マヌ様じゃないけれども、仕事は楽しんでやるもの。
「ワクワクしながらやる」という言葉が
今またはやっているようですけれども
ほんとうにワクワクとしながらね。

僕もね、ほんとにこんなふうに発展してくるんだと思うと
やはり一度はあきらめかけたこの救世の計画を
あの時ほんとうにつないで
ミカエルに尻を叩かれながら
我々も「やれやれ」と思ってやり始めた計画ではあるけれども
でも、やっぱりやってよかったなと。

結果どうなるかわからないけれども、でもそういう結果ではなく
最後までやり続けた、あきらめなかったというその努力において
我々はこの地球において、精一杯の仕事をしていきたいという
その熱意というもの
あなた方をけっして裏切らないという気持ち。

神の愛に報いて、神の愛に感謝して、精一杯の仕事をしていける
そういう地球であるということを、神の子たちであるということを
この地球の今回の救世事業で
宇宙の友たちに実証し、見せていきたいと思っているのです。

どんな断末魔にあっても、最後まで我々は希望を捨てなかった。
最後まで神の愛を信じて、精一杯の努力をしたんだと、そういうふうに思う。
そして最後、あなた方が宇宙の友たちの助けを借りながらであっても
このように素晴らしい惑星、愛の惑星にすることができたのだということを
私は彼らに向かっても、高らかに感謝とともにうたい上げて
メッセ―ジを伝えていく。
そんな地球の未来を目に浮かべながら
日々頑張っていたいと思っているわたしなのです。

ですから、どうか皆さま方においても、つらいこともあるでしょう
ご苦労なこともたくさんたくさんあるのはわかっているのです。
でもほんとうにやりがいのあるものは
汗のにじむような、苦しさに満ちるようなこと
努力の必要なことかもしれない。
でも、ほんとうにやりがいのあることだから、それはわたしが請け負うから
これをぜひ頑張り続けていただきたいと思います。

おもしろおかしいことだけではないかもしれないけれども
でも、宇宙人シリーズがきて
十分おもしろおかしいとこも出てきているわけだし
わたしの友人たちもどんどん紹介してもいいしね。

ただ、宇宙のその成り立ちとか
そういう細かいことにあまりマニアックになりすぎていくということは
本筋としてのあなた方の使命を見失うよ、ということは
わたしも同感でありますので。

あなた方がやろうとしていくこと。
それは易しい言葉で根本法を説くことであるということは
それはもう言い渡されているでしょ。
難しい言葉でなく、易しい言葉で伝えていく。

そうでなければ、多くの地球の友たちにはわからないのでありますから。
わたしが生前語ったように
こういうどこのおじさんにも言ってもわかるような
おばさんたちに言ってもわかるような
ちっちゃな子どもたちにでもわかるような言葉で、神理というものを説いて
彼ら自体の素晴らしさに、火に点火していく
神の子としてのエネルギーを展開していくという
そのような使命にぜひとも全精力をあげていただきたいと思うのです。

僕はもう今、天上界にいてうれしくて、うれしくて。
いつも、まあねえ、レムリアの仕事をやれる時はうれしくてしょうがなくて
いつもメッセージするんだけれども。

今ねえ、宇宙の私の友たちも訪ねて来てくれて。
宇宙界っていうのはね、ほかの宇宙ともつながっているの知っているよね
君たち、ね。
c0171476_14255765.jpg

だから僕の昔からの友達とかもみんな来て
「やあ、なかなか地球やるじゃないの」
「もうダメかと思った」って言う人たくさんいるんだけれども
「なかなかやるじゃないの。
宇宙時代の幕開け、うまくいくんじゃないの」っていう
「そういう可能性出てきたじゃない」っていうそんな話をしながら

「いやあ、実は奥の手があったもんでねえ。
わたしもなかなかあきらめが悪いほうなんで
これからももうちょっと頑張りたいから、ぜひ協力をお願いしますよ」
なんて言って
ほかの宇宙人のマスターたちにいろいろお願いしながらね
一生懸命話をしてる。
そのような親睦の時を持っているというのも事実なのです。

ですから、それはあなた方においても
この地上においても同じ状況が繰り広げられてきているということ。
宇宙の友たちの来訪を通して、地球というのが今どういう次元にあるか。
ただ宇宙人であるという、宇宙人からのメッセージで華々しいとこ
目新しいものにまた振り回されて、本来が地球自体の成長のために
本来地球人たちの霊的な
内面的な成長のための精神復興のルネッサンスであるということ。

精神復興の救世運動であるという原点を
ぽやかすようことにならないように。
それだけはくれぐれも言っておきます。

ね、顔がゴジラみたいだとかいろいろ言われて怒ってた人いるけど
ゴジラみたいなだとか、足が八本だとか、何が八本だとか
ワニみたいだとか、トカゲみたいと、いろいろあるかもしれない。

そっちのほうが面白いかもしれないけれど。
面白いかもしれないけれども、それだけではなく
彼らが伝えたい内面的な神理というものを
自分たちの精神革命の中に取り入れていくことこそが
意味があるのであって
細かいさまつ的なことというのはどうでもいいことなんです。

その自分たちの生き方において、地球人が今脱皮していく意味において
彼らのメッセージの中からほんとうに魂に役に立つことだけを取り入れて
自分たちを霊的に成長させていく。

そのことに意味があるのであって
彼らのUFOだとか、そういうことにばかり興味を持って
いちばん大事な、地球自体が霊的に目覚めて精神革命を行っていく
ひとつの流れというものを見失うようであってはいけないということを
私は言っておきます。

派手なことにどうしても人は目をとられます。
でも、SFまがいのことばかり、SFだと思っていることは
今まで現実ではないと思うから
まあワクワクドキドキするのであろうけれども
でもわたしから見たら
そんなものは、慣れてしまえば現実以外の何物でもないのです。

ですから、現実の中において
今何をいちばんやらなくてはいけないかということ。
地球霊団として、地球霊団の中に所属する地球人として
そこから派遣された光の天使の集う、使命を帯びた第三の計画実行集団
レムリア・ルネッサンスとして、あなた方がどのような役割をするべきであり
どのような仕事をし
どのような覚悟をするべきであるかということを見失わないように
くれぐれも見失わないように
しっかりと心に据えて頑張っていただきたいと思うのです。

(2006.3.4 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-08 06:45 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(24)

ミカエルが本物であるか、偽物であるかなどという詮索は
もう、どうでもよいのです。
かつて起きたことが、どこまでほんとうであったか
どこまでが間違っていたなどとかいうことを
もう、詮索する必要は、私個人の意見としては、ないと思うのです。

新たなレムリアの計画として
新たな道をあなた方がつくっていけばいいのです。
天上界の宝というもの、霊示というものは
けっしてK会だけの専売特許ではない。
こうして降ろせる者がいる限り、いくらでも天上界からの叡智というものは
無尽蔵に降りて来るのでございます。

それを今、降ろせる時があり
そして降ろせる者が、この地上にいるということ。
その時があるのならば、どうかこのチャンスを無駄にすることなく
あなた方が利用し、そして我々の言葉を聞いたならば
ただ聞くという受け身の言葉で終わらせるのではなく
あなた方の魂の中で、あなた方の仕事を通して
この地上に光を発信していただきたいのでございます。
それが、本来の、光の使者としての仕事なのです。

頭でっかちの法理論というものだけを確立し、小難しい理論だけで
人びとに本の中だけで、難しい言葉の理論闘争をすることが
けっして法でもなければ、神理の集団でもないし
光の使徒たちがやることではないのだということを
あなた方もっとわきまえなくてはいけません。

神の計画のために、心を無にし、己を無にし
仕事をすることができる、貢献すること
そのことこそが悟りであるのだということを
無私なる思いの中で、神に仕えていくという思い
神に生かされているという感謝の思い
それが我々、神の使徒、天使と言われている者たちの仕事なのです。
それをはき違えるようなことを、K会では打ち出したのではないでしょうか。
それをひどく悲しく思います。

ミカエルという者がこの地上に肉声を聞かせるというチャンスは
かつて、そう何度もなかったはずなのです。
TK女史を通して、私の言葉を聞かれた方も何人かおられるようですが
そのような言葉を語り、そしてOR氏の時ですら
私の生の声を一般の方々が聞けたでしょうか。
聞けなかったはずなのです。

それから考えると、今このように
縦横無尽に何度でも肉声を聞かせられるチャンスを
神が与えたもうたということ
それをこの場でミカエルは、心から感謝したいと思っております。
あなた方は、ひじょうに歴史的意味においても、恵まれた方々なのです。
我々は、そんなにたびたび
このように地上の者たちに言葉を伝えに来るのではないのです。

そしてこの後、霊言を降ろすために来られるであろう
イエス・キリストといわれる方がわざわざ九次元から降りて
あなた方に言葉をかけに来られるなどということは、かつてなかったのです。
必ず通信伝達の者が、ワンクッション、ツークッション入って
伝えに降りて来たはずなのです。

それを今、じかに我々の声をあなた方一人ひとりが聞けるということ。
それはひょっとしたら、あなた方は天上界に還ったとしても
我々の生の声を聞けるチャンスは、そうたびたびはないかもしれない。
そのようなことが今、この三次元において、起きているということ。
そのような奇跡の中に今、あなた方が生きているということ。
それをもっとわきまえていただきたいのです。
c0171476_6534693.jpg

そして、それに慣れっ子になることなく、この一回一回の霊言を大切にし
その中であなた方が人生に活かすということ。
どうも見ていると
霊言が降りることだけを受け身で待っているように思われますが
それを一人ひとりが学ぶことを通して、学んで持ち帰り
ご自分たちの仕事に、自分たちの仕事の中に
日常の中に活かしていただきたいのです。

そしてレムリアとして、第三の計画として、あなた方一人ひとりが結束し
ひとつの流れを、時代の波を
風を吹かせていっていただきたいのだということ。
それを心よりお願いいたします。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
スピリチュアルメッセージ集のご案内
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村*あなたの愛に感謝! バナーをカチッとして下さい
[PR]
by nagoyasc | 2016-09-05 06:49 | ミカエル | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリ
最新の記事
以前の記事
ブログパーツ
ブログジャンル
画像一覧