地球を愛の星へ

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モーゼ/モーリャからのメッセージ(30)

不退転の境地で、本来神の子であるという真なる誇りを持つなら
どれだけでも、宇宙の根源の神からのパワーを引き出せるのである。
智慧も、愛の量も、力も
我らが神の子であるということにほんとうに気づくのなら
宇宙の根源の神につながっている
我らの魂の中にあるラインによって、パイプによって
どれだけでもエネルギーを引き出せるのである。

その鍵さえ、そなたたちがわかっていれば、どれだけでもエネルギーを持てる。
我がモーゼで、力があるというのならば
我らはそのことを認識し、使える者たちなのである。
九次元といわれている者が破格なパワーを持つのは何ゆえかというと
神の子という認識の中、その極みにおいて
根源の神からのパワーを引くことをその力として
例えば我ならば、愛と正義を通して
根源の神からのパワーを引くことができる
その認識に至っているということなのである。

それは我らだけの特権ではなく
そなたたち一人ひとり、地球上のすべての神の子たちに可能なことである。
そこに至るには、神の子であるということを。
自らの幸せだけではなく、他者の幸せのために
喜びのために自らの人生を投げ出し
他者の悲しみ、苦しみのためにともに泣き、涙を流し、悲しみを分かち合う
その観点を持てる者であってこそ
神の子としての心の扉が、エネルギーが開くのである。

神の、宇宙の、大宇宙の神からの愛のエネルギーは
無尽蔵に引き出せるのである。
そのエネルギーを引き出す扉を開ける鍵は、愛ということ。
神の子としての愛というもの
その鍵を、鍵穴に差し込んだとき、奔流のように、愛のエネルギー、力が
根源の神から流れ出てくることであろう。
それが、そなたたちの本来の叡智を開き、パワーアップさせ
より多くの者たちを幸せにするために、救うために
このエネルギーを使いなさいという根源の神からの許可が降りる。
その力を蓄えている者たちが九次元の者たちなのである。

ゆえに、我らの力、確信は、常に人類を指導しながら使ってきた。
自らの力のために使えば
九次元といえども、扉はぱったりと閉められて、ただの人になってしまう。

九次元が九次元であるということは
自らの人生を、生涯を投げ出すことにより
ひとりでも多くの神の子たちの幸せのために
ひとりでも多くの者たちを愛するために
そして、根源の神の愛の思いを実現する道具として、手足として
命がけで使命を全うできること
それを喜びとして、使命として受け入れていった者たちであるということ。

愛として、慈愛の姿そのままに奉仕をしようとする
不退転の境地を持った者たちが
救世主界にいるのである。
そのような境地に
どうか、地球人類から発した者たちも、ひとりでもなっていただきたい。

我らが世界、進化した如来界、そして、九次元の者が出ることを我は望む。
ひとりでも出てくれることを待ち望む。
他の惑星には、九次元が次々と誕生している惑星がある。
ほとんどの者たちが七次元以降で
八次元如来界、九次元の予備軍のような者たちがいて
九次元という救世主界の者たちが次々と出てくるような
そのような高度に進化した惑星というのもある。
できたら、いつかこの地球も、そのような愛の星に進化し
高度な認識を持った、愛の表現形としての惑星になるよう望んでいる。

そこに至る原点は、我が語ったことにある。
根本は神の子であり、永遠の生命を持った、愛の奔流の分光であるということ。
愛そのものが、神の子の証であるということ。
そして、どれだけ多くの宇宙に神の子たちがいようとも
あなた方、一人ひとりに使命があり
あなた方は神の子として、個性を発現しなくてはいけない。
神の子というものを、もっとわからなくてはならない。

そのかけがえのない個性の中に、命が与えられたということを
もっと理解し、自らの人生を光らせ、個性の発現をもって
他の神の子たちのために少しでも役に立ち
他の神の子たちを愛していくために命を捧げる、愛の化身となって生きること。
それを認識するかどうかで、この地球が滅びてしまうか
次の宇宙時代に行ける愛の星になれるかの
大きな分かれ目にきているのである。

我が語ったことは、けっして難しいことではないはずである。
それをそなたたちは書物に書き
いずれは、そなたたちがひとりずつ、言葉で語って伝えていきなさい。
そなたたちは、かつての十二弟子のように
イエス・キリストの言葉をわきで聞き
様々なところに伝道していったように、自らの言葉をもって
神のメッセンジャーとして、その言葉を伝えていく者たちである。

だから、しっかりと学び、自らの言葉においても
神の子としていかにあるべきか、ということを語り伝えられるように
訓練しておきなさい。
そのとき、間違ったことを伝えたなら、後々までそれが魂の恥になるであろう。
そのためにも、しっかりと学んでおきなさい。

そして、ひとりでも多くの者たちを救っていく。
そのためには、あらゆる手立てを使って、創意工夫して
やるべきことを最大限にやりなさい。
いずれは、あなた方一人ひとりの書物を通して語ることで
伝道されていくことがわかっている。
今は、インターネットのような機構を通して
ネットワークが張り巡らされた時代であるから
それをどんどん利用して広げていく。
それを思っていただきたい。

まず、シンプルなことからはじめること。
今までのように、あなた方が神理を学び、高度な知性があり
ある意味でマニアックな趣味を持っている者たちが集うところから
多くの、一般的な者たちに広げていくときに、無理のない形で、易しい言葉で
シンプルなものを打ち出すことに眼目がある。

イエス・キリストが、どのように
学問もない者たちの、あれだけの人びとの心をつかんでいったか。
それを考え、難解な言葉を並べ立てることが、救いの言葉とならないことは
イエス・キリストが証明しているはずである。
シンプルな言葉で、簡単な言葉で、真実を伝えることができてこそ
そなたたちもこれからの菩薩行としての
大事な修行が果たされていくことであろう。

まず、自分の言葉で語ること。
そなたたちが語る言葉と行動で、多くの人びとを共感させ、感涙させ、共鳴し
自らの魂を光らす、作裂させるような仕事ができるかということ。
そのことをもって、そなたたちの悟りとするのだ。

そなたたちが、いくら悟り済ましたように思っていても
そなたたちの言葉を聞いて
そなたたちの行動を見て、ここに神あり、神の子ありと
神の使者ありと思う感動をもたらせないのなら
それはどこか間違っているということ。
他の者に指摘される以前に
伝えていったときに「おかしいんじゃないか」と言われてしまう。
それは、宗教をやるからおかしいというのではなく
愛の言葉に力があるのならば、人びとは必ず気づいていくであろう。
神理というものはそういうものである。

シンプルな言葉であっても、自らを飾らず
ほんとうの言葉で人びとに愛の教えを伝えていきたいと思うのなら
その言葉に力が入る。
神の子としての力が入る。
その言葉で、そなたたちの修行が完成していく。
修行を通して、そなたたちの魂が、器が広がっていくという
大事な実践であり、逆に言うと、そなたたちが試される
テスト期間でもあるということかもしれない。

仕事を通し、自らの魂の器を広げなさい。
稀なるこのチャンスを通して
そなたたちが自分の魂をも飛躍的な成長を遂げるような
そのチャンスとして、レムリアの仕事を使いなさい。

そのかわり、不退転の境地が、愛の心が腑に落ちていない者は
はじき出され、自らこようとしても、波長同通の理論で、親和性の法則の中で
かなわなくなってしまう。
だから、そなたたち一人ひとりが、愛がどういうものであるかということを
しっかり学び、活かしなさい。
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これからは、実践行が大事なときがはじまる。
そして、ひとりでも多くの者たちを救う、光の使者としての仕事がはじまる。
霊言をとらないということではない。
霊言をとりながら、いちばん大事なものは
「レムリアの風」という本の、後ろに出ているはずである。
あれを、何度も言っているけれども、もう一度、学びなさい。
あれは、イエス・キリストから、この者(アマーリエ)が
瞬時にして受信したものである。

たくさんのものはいらない。
ほんとうに必要なものが、そこに凝縮して書かれている。
多くの者たちは、たくさんのことを言ってもわからぬ。
あそこにエキスがある。

それをわかりやすい形で、小冊子としてまず書いて
それから、順番を追って、そなたたちが今まで収録してきたものを出していく。
一般の書物に出すには
明治維新のように、一般の者たちも受け入れられるような形で出していく。
『女性編』もいいでしょう。
『ギリシャ神話編』もいいでしょう。
抵抗のない形にして出していく。
そこから、霊界の認識をしてもらう。
枝葉をつけていくということ。

しかし、幹というもの、根源的な幹は、そうたくさんのものではない。
何十冊も、何百冊も出ていくと、どれが神理なのかわからなくなってくる。
混乱をもたらしてはいけない。
基本的な、かつて高橋信次のときなら「心行」があった。
あのように、レムリアの基本的な教えを明解に書いた小冊子をつくる。
『神理のススメ』をつくるということ。
それを人びとに配布していく。
手に取れるように、目に留まるようにする。
インターネットで無料で見られるようにしていく。
それをまず、正面に出していきなさい。

難しく難解な紹介をするより、まずシンプルに
レムリア・ルネッサンスとは何か
神の価値観とはどこにあるか、ということを
誰にでもわかるように書いていきなさい。
そうすることで、人びとは、大事な要点をつかむことになる。

要点をつかんでから細かい枝葉にしていかなければ
神理をはじめて知った者たちにはわからないから
まずシンプルなものから入る。
神理というのは、基本的にはひじょうにシンプルである。
それを思って、そなたたちが力を出していきなさい。
やれることをしなさい。
そして、やさしいものから順次に複雑なものに
難解なものにと発展させなさい。

「やさしいものだけでは奥がない」と言って、足りない様子の者たちには
これでもか、というくらいの蓄積と、神理の質の高さを持っているのだから
それを出していけるように
そのような態勢を打ち出していけるようにしていただきたい。

この者(アマーリエ)が命ある限りは、実践の指導をしながら
霊言を取っていくことであろう。
霊言を少しでも多く収録し、後世に残しなさい。
他にしばらく、このような霊言をとれる者が出る予定はないから。
孔子には、インスピレーションとして、霊界からの語りかけがあるが
霊言収録というのは、専門で取る者はいないのでー
実践になったら、霊言を取ることだけに生命エネルギーを使う者は出ないから
今のうちに、収録できる言葉はできる限り収録していただきたい。

霊言がいずれ未来の人類に対する遺産となり
人びとは、我々の言葉を学んでいくことになるだろう。
だから、今はこの言葉を伝えていくこと。
そして今度は、行動開始のどらが鳴ったということ。
今までと同じではない。

この流れについてこられぬ者はかまわない。
神の子どうし、仲間を愛すること、仲間をいとおしむことはとても大事だが
根本的には、人類すべてを愛し尽くす
まるごと愛すること、生かすということ
今の危機を、この窮状を打破すること。
それがものすごく大事なのである。
それがそなたたち本来の使命である。
その使命に忠実に、力を尽くしてがんばってほしい。

次なる者たちが、今、呼び集められている。
大きく時代が変わっている。
レムリアの使命が変わってきている。
その潮流に乗って、ついてきてほしい。
不退転の覚悟をしていただきたい。

実践に移れば、それだけの魔の力も出てくるから。
だが、そのような者に脅されるようなそなたたちではないと思うから
我も安心している。
魔の力が出てきたときは、我らの力を使いなさい。
呼びなさい。
あらゆる援護をするために、裏神道の者たち、裏の荒神たちも集結して
そなたたちのところにあいさつに出ているはずである。

そなたたちの心が純粋で、ピュアであり
常に神の意思と相通ずるものであれば
彼らの力をもっていかようにも、そなたたちを助けることができるのである。
しかし、濁った者たちに、我らが力は届かぬ。
だから常に、我々の援護を受けられるように
魂を、反省と、向上心の中において光らせていきなさい。
そうしたら、何も恐れることはない。
我が、モーゼが、そなたたちの後ろにいて援護しよう。
何も怖がることはない。

力だけ、自分の独りよがりの中で、空回りするのではなく
常にレムリアの目的、救済の計画の一助として
自分が何をなせるかということを、わきまえること。
全体として、何をするべき時期にあるかということを、常にわきまえること。
その中で、やれる最大限のことをやりなさい。
やりすぎてはいけないといって、引っ込み思案になることもないし
かといって、自分だけが、という気持ちを持ってもならぬ。
協力し合って、少しでもレムリア号がすばらしい航海ができるよう
多くの人びとに光を届けられるよう、仕事をしていきなさい。

そして、光を届け、たいまつを灯してまわっているうちに
真っ暗な荒海の中を歩んでいたレムリア号のまわりに数々の火が灯り
薄暗い地球が、どんよりと欲望に汚れてしまった
悪想念に汚れてしまった地球が
少しずつ、少しずつ、明るくなってくるかもしれぬ。

今、この地上に霊言が出たというだけで
我々の霊的な目から見たら、日本が明るくなってきている。
少なくとも、神の子としでのうずきを持った者たちが多くいる。
その者たちの心に火がつき、まず日本の、日本人の中から使命に目覚め
手を取り合うときが来ている。

日本で、光の天使たちが光のネットワークをつなげたのなら
この国を通して、神理が世界中に発信されていく時代がくるであろう。
それはあっという間のことである。
その動きが始まったことを肝に銘じ、ただ、仕事をしてほしいと思う。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-31 08:48 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

ポセイドンからのメッセージ(6)

(天上界の役目は何か?今何をしているのかという質問に答えて)
ほとんど兄上と一緒にいる。
この計画のために一度、以前にも出て来たけれども
やはり、兄上の計画の補助者として、今一緒に頑張っている。
そして、今、龍神という者たちが、今回も龍神が来たと思うけれども
結界をつくり、そなたたちを守護するという力を
護衛という意味において、我々が預かっているので
それは、日本神道の龍神だけではなく
我々も脇にいて、そなたたちを守っているということ。
そのように認識してもらえればいいと思う。

だからゼウス神が、理念という部分でそなたたちに知恵を授けるのならば
わしはその脇にいながら、その与えられる、降ろされる知恵というものを
側面から守護し、守るという-

先ほどから言ってるように
そのような、ものすごい念というのが飛んで来ている。
この者にとってみたらたいへんな、念という負担がかかっているのだけれども
そういうものを、結界を張り、守っていく。
そのような役割を、今、している。

日本神道の龍神たちとも仲良くなったぞ。
なかなか、彼らも話をすればわかるいい連中じゃ。
とても、ウマが合うというか
彼らとも、ぜひこれからも力を合わせてそなたたちの計画を守り
この日本というところを通して
世界中を龍神たちの力で守っていこうと思っている。
というのは、それほどに今、地下の者たちのエネルギーが強くなっていて
彼らも馬鹿な者たちではないので
もう、そろそろ本気になって計画を錬ってきている。
まあ、次々と、今回を見ていてもわかるけれども
次々と、いろんな者を送り込んできては撹乱している現状がある。

でも、まだ本気で、いちばん力のある邪悪な者が動いているわけではないので
その者が動かぬよう、その者が出て来た時に
どのように守っていったらよいかということを
わしは他の龍神、日本神道の龍神たちと、荒神と呼ばれている者たちと一緒に
ともにこの日本の、このレムリアのところに結界を張りながら
この大事な、大事な計画を、卵をつぶさないように
一生懸命、光のバリアで包んでそなたたちを守っているつもりである。
そのように、日々、裏方として頑張っているということじゃ。
だから、頑張っていただきたい。

わしたちには、もう一人弟がいる。
ハデスという者がいる。
その者を、できたら救いたいと、わしと兄上は思っている。

彼はまだ、気づいてはおらん。
ルシフェルの二の腕というか、左腕というか
そのような形で、今、一緒にやろうとしている。
それを、わしも兄上も、ひじょうに心を痛めて、何とか彼を説得して
今回、彼のことも引き上げていきたいと思っているのが
私たち兄弟の、かつて兄弟であった者たちの心情である。

あんな事をいつまでもしていてはいけない。
元は優秀な、素晴らしい弟だったのである。
彼は素晴らしい力を持っていたし、知恵も深いし。
でも、ほんのちょっと、ささいな霊的な力が強かったから
ほんのちょっと、間違ったところから悪に加担するルートをつくってしまい
その中で、地下の闇深くに落ちて行ってしまっている。

今はそこで、大いなる勢力を発揮しているが
本来はそんな事をするためにいた者ではない。
ほんとうに素晴らしい光の使者としての
絶大なる実力と叡智というのを兼ね備えた素晴らしい魂であったのだ。

できることなら、このレムリアの計画を出していくことにより
この最後、愛の星にしていくというユートピア化の計画の中で
かつて光の天使たちであって、今地下の世界で猛り狂って
その異形なまでの姿の中で、自らを見失っている者たちに
何とか、何とか気づいて、もう一度光の天使の姿に戻ってもらえるよう
我々も悲願を込めて彼らを救いたいのである。

この三次元を、この地上を光明化し、愛の星にし
宇宙連盟の一員として通用するような
高いバイブレーションの星にしていくということも
もちろんユートピア化としての大いなる目的である。
でも、わしたちのように、仲の良かった大事な兄弟が
いまだ地下の帝王として悪行を果たし続けているという-。

本来の彼の魂は苦しんでいるのだ。
ほんとうの自分の力がこんなものではないのだと。
でも、それすらも訳がわからなくなって、悪に加担している。
その姿をとても悲しいと思うし
そんな事をすることが彼の本来の使命でもないし
彼自身の救いにもなっていないということ。

それをどうか、我々は光の天使たちをもう一度、地下に堕ちた光の天使たちを
もう一度本来の光の天使たちに
ルシフェルにおいても、もう一度、光の天使たちに戻していくという
最後のチャンス、大浄化の過程の中の大いなる計画に
今レムリアがあるということ。
地上だけを救済するのではないのだ。

今、地下の世界に堕ちている、大量の者たちも、地上が変わって行けばこそ
光も地下の世界に届き、彼らも少しずつ事態が認識できて
神の懐に戻って来られるということ。
本来、みんな神の子であったのだと
自らの神性というものを認識するチャンスに遭えるということ。

今はあまりに真っ暗で、あまりにも邪悪な波動の中に満ち満ち過ぎているから
自らの神性を、神の子としての、己の素晴らしさなどというもの
光というものなんぞ、気づきたくても気づけない状況にある。
そのような中で、がんじがらめの中で、真っ暗な中で、精一杯、吠え
猛り狂っているのが現状なのである。

彼らも救っていきたい。
彼らも救っていきたいというのが我々の気持ちにあるから
このレムリアの計画に対して我々が必死になるのである。
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まず、この三次元を浄化し
三次元に神の法というものをしっかりと根づかして
この地上の悪想念というものを払ってしまわなくては
地下に神の光は届かない。
神の光届かないところに、神の子として生まれ変わっていく
本来の姿に戻るというチャンスは
あのような地下深くにいるような者たちには届かないし
認識できるチャンスは永遠にこないのである。

彼らの持っている力なぞというものは
本来の大宇宙を統べる神の力から見たら
ほんとうにわずかな、わずかなものであるのにもかかわらず
あのような狭い閉鎖的な社会の中で、世界の中で
自分たちがどれだけ力があるかということを誇示していく中で
彼らは自分自身を思い上がり、見誤っているだけのことなのだ。

だから、自分たちがほんとうにわずかな小さな世界の中での
ほんのわずかな権力志向であったということに気づく時がくるまで
我々は忍耐強くこの計画を、神の計画を押し進め
そして、この地上の悪想念が、ある程度、払えてきたときに
かつての弟に必死に語り、「もう一度我々の世界に戻って来い」と。
「我々のもとにもう一度来て、兄上と私が仲直りしたように、
そなたとも、もう一度、かつてのように幸せに暮らそう」と
「一緒に生きていこう」と。
そのような語りかけをしたいのである。
そのチャンスを我々は望んでいるし、待っている。
そのために、今そなたたちレムリアの計画が
この地上に行われているのだと思って
どうか精一杯、頑張っていただきたいと思う。

そなたたちが救っていくのは、この地上の者たちだけではない。
あの世に堕ちて、地下の世界において出てくることかなわず
もがき苦しんでいる魂たちも、もう一度、煉獄から解き放ち
神の国に戻していくために、回帰させていくために
そなたたちの計画も、仕事もあるのだと。
そこまで思い、誇りを持って、精一杯、頑張っていただきたいのである。

今日は急に参上したので
あまりたいしたことを言えなかったかもしれないけれど
精一杯の私の気持ちです。
もし、そなたたちが
我々ギリシャの者たちの言葉を聞きたいというのであるならば
どうであろうか。
ギリシャ神話シリーズというのをやって
ギリシャの神々というのはいろいろいろおるし、女神たちもたくさんいるので
そういう者たちを呼んで、特集を組んでもいいのではないかとどうもその話が
少しも出てこないので、いつになったら出るのかと
みんな実は、そう思っているのだ。

みんな自分たちの霊系団の特集を組んでほしいと思っている。
だから、これをチャンスにわしからも言っておこう。
ギリシャ神話シリーズ、オリンポスシリーズなんぞ、どうであろうか。
なかなか楽しいし、結構、売れるかもしれぬぞ。
そのような事を思い、どうかこれからも
ことあれば呼んでいただきたいと思う。

もう、今やギリシャ神話というか、ギリシャの海神などという
けちくさいものではなくて
今、ギリシャの海神、日本神道の海神たちとの
一緒の対談なんぞというのも楽しいかもしれないし
なかなか、酒を酌み交わしながら話をするにも楽しい方がたであるので
そのようなコラボレーションがあってもいいかもしれん。
どうか、そのような新しい見地で、企画をパンパン組んでいただきたいと思う。

(2005.6.2 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-27 08:25 | ポセイドン | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(26)

地球の中においては、宇宙文明にシフトアップするっていうのは
過去のアトランティスやムーの時代というのとは
今回のは歴然と違うってことですよ。
逆に言うと、「最初に呼ばれた人たちが、ある意味で卒業試験を受ける」って
言われたでしょう、前に。
そういうことなんです。

だから、最初に来た霊系団の人たちが卒業していくために
ある意味で仕事の集大成を見せていって
この地球として、宇宙文明の一員としてこと足る魂の次元に行けたかどうか
そこを試される。
ある意味で卒業試験と、最終的な卒業試験ではないけれども
やっぱりそのひとつの大きな
ステップアップの試験になるっていうことですよ、ね。

これを失敗すると、また一から、数々のことを経験しながら
この宇宙文明のとこに行くっていうのはひじょうに難しい。
あなたたちで言うならば
中間テスト、期末テスト、学年末テストくらいなら何とかなっても
まあ言ってみれば
エレベーター校の内部進学テストみたいなとこあるかもしれない。

それが最終ではないけれども、まだ終わりではないけれども
完全な卒業試験ではないけれども、やっぱり大きなけじめの期間であって
地球の寿命から割り出した意味で、今を逃すとひじょうに難しくなる。

ひじょうに大きな、大きな、地球としての
やっぱり地球霊系団
地球のアガシャー系霊団っていうのがあるわけだけれども
それの魂の質を問われ
大きなステップアップの時期っていう意味はありますね。

やっぱり我々が宇宙から来た、いろんな霊系団から来た魂であると
宇宙から来た者たちで宇宙にはもっと多くの
神の、愛の法のもとにさまざまな生命体がいて
さまざまな神の子たちが修行しているんだっていう
ある意味ではほかの水準の惑星から見たら、あったり前のことだよね。
その当たり前のとこすらまだ、昇って行けない。
そこを我々は今シフトアップと呼んでいるわけだ。

そこまでの価値観、さっきあなたが言ったように
「円盤が来たら、すぐ撃ち合いをしてしまうだろう」っていうような
そのレベルから、外に、自分たちだってこの星で修行しているんだから
ほかの惑星にだって修行する人たちがいて当たり前じゃあないかと
宇宙から来た来訪者に対して
「同じ神の子よ」と言って迎えられるような心境に
今の地球人がなれるかどうか。

そこの大きな枠を超えてしまえば
今度はいろんな宇宙から来た人たちがどんどん
さまざまな情報を提供してくれて
地球自体がどんどん、今あなたたちができないようなね
円盤でのワープ航法とか
そういうもの、実際使って僕たちは来たわけだから
そういうものの技術をどんどん吸収できて
あっという間に地球がまたレベルが上がるっていうのは
簡単なことなんですよ。

でも、その自分たちしか宇宙の中に、知的生命体がいないなんていうのは
ある意味で、ここんとこ明治維新の人たちが出てたみたいだけど
一時の日本の状態、鎖国をしていた日本の状態に似ているでしょう。
だから鎖国なんですよ、ね。

宇宙にもたくさんいろんな人たちがいて素晴らしい
はるかに自分たち以上の人たちがいて
その人たちはいくらでも、技術を提供してくれようとして待っているのに
我々がかたくなな気持ちでいて、もう日本しかいないんだと
ほかとは鎖国でいっさいコミュニケーションしないと
だから、野蛮な国だからっていうー。
ほかの国のことを野蛮な国だと思っていたわけでしょう。

日本だけが、江戸だけが最高、江戸っていうか
日本だけが最高だっていうふうに思い込んでいた。
でも全然違うっていうこと。

それが今度は、地球単位で、地球だけが知的生命体じゃあないんだと
ほかにはもっともっと素晴らしい人がいて、神の子たちがいて
その彼らが今黒船のようにやって来て
「手を取り合おう」と、呼びかけている時だよと
「開国しろ」と追って来てるんだよと
その認識を今地球人が、意識転換ができるかどうか。

そうしたならば、ね、開国したらどうですか。
侍がちょんまげを切って刀を捨てて、鉄砲とかピストルとか
そういうものが武器として、戦争のやり方そのものが変わったでしょう。

槍で突っついていた時代から、ね、科学技術がどんどん進んで
もう列車が走るようになり、そのうち飛行機まで飛ぶようになって
人びとの体も、生活習慣も、どんどん変わってって
その後の、開国したあとの日本の精神文化
科学レベルの高度な急成長が一気に
こうぐーっと上がってったわけでしょう。
そういうのと同じ状況がくるんですよ。
それが今度宇宙レベルでね、上がっていく。
そしたら我々が来た原点に戻れるわけ。
わかる?
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僕たちが来たときは、みんなワープ航法使って来てるの。
ほかの惑星から来たってことは当たり前のことなの。
ほかの惑星に素晴らしい人がいるから
素晴らしい個性体の人たちがあっちこっちの惑星にいるから
呼ばれて、招霊されて来ているの。
そんなこと当たり前なの、来た人たちから見たら。

それを地球人にわからせるのに、これだけ時間がかかったってことだよ。
で、これをそろそろ明かしていく。
明かしていく中で、地球自体が、我々が来た水準にまで
やっとこの星をつくり上げたといったら、そこで卒業して
「じゃあ、さようなら。別の星に行くね」って
いう人たちもいるということ、ね。

(2005.3.17 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-24 07:39 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(21)

あなた方も、愛というものをもっと深く理解し
日常の中で、ささやかなことの中で返していく
そういう積み重ねをしてください。
それをやっても裏切られず、傷つけられず、不幸の種を蒔かない
そういう社会を実現するために
愛の教えを基盤とした社会改革をするための
改革者の一群が出てきます。
その者たちが、社会を構造的に変えなくては
いつまでたっても虐げられる者たちが出てしまう。

しかし、愛一元、愛を基本にした、世界の統一ルールに従う
愛の統一政府のようなものができれば
人びとはその中で、無防備に愛し合って生きていくことができる。
自分自身の本来の、ほんとうの姿に正直に生きることができる。
けっして、正直に生きることが放縦になったり
人を傷つけたり、悪意をもつのではなくて
神の子としての神性を表現していくことになる。
それができたなら、地球は大いに変わってくることでしょう。

その過程は、どの惑星も通過してきたことです。
戦争を味わっていない星はないのです。
人間が肉体というものを持った時
動物的な部分が、どうしても物質界に引かれていく。
権力、力のぶつかり合い、支配による欲
そういうものも、基本的に学ばなくてはいけない段階があるのです。

でも、魂は永遠です。
魂は永遠なんです。
だから、戦争はいけないけれど、戦争の悲しみを魂に刻んで
戦争を体験したことも、永遠の魂から見たら尊い経験です。
このような浅はかなことをして、自分は、過去世、人を殺してしまったと-
愚かな思想に踊らされて、人を傷つけてしまったということは
魂の記憶の中に、永遠に残るのです。

だからこそ、愛する人を戦争の中で失って、悲しんで、苦しんだからこそ
平和のありがたさが理解できるのです。
尊さがわかる。
そのことを学ぶために
神は、最初のうちはそういう、浅はかなことも許しておかれるのです。

男女のことも同じです。
魂のパートナーに出会ったということ
その喜びを、最初からいっしょにいるとわからない。
相手をおろそかにしてしまうかもしれない。
でも、最初に分けられ、引き裂かれ、別々の環境に投げ入れられて
お互いが魂のパートナーだとわからない状況、記憶喪失のような状態で
女性霊、男性霊として、この地上に誕生させられたからこそ‐。

これは、霊的な意味でも分けて創造されたのです。
それは、さっき言ったハングリー状態、人間は、なんでもそうですけど
欠けたものを本能的に求める力が働きます。
本能的に自分の相手を求め、エネルギーとして希求していく。
望んでいく。
渇望するものがある。
そのエネルギーが、自己を向上させる浮力になるのです。
それが自分を進歩発展させていく、そういうエネルギー源になっている。
それが向上の原理になり、男性霊をひじょうに高い境涯にもっていく。

女性霊も、悩み苦しみながら、暗に傷つきながらも
切磋琢磨し、自分自身を向上にさせていく。
向上し、自らが神の子だとわかり、自分の内にある悟りを得て
愛の奔流であるということをほんとうの意味で理解していったとき
その段階にきたときに、自分のパートナーと出会っていく。
c0171476_1849644.jpg

どうですか。
異性に対して、失恋や、恋愛で苦しんだり、泣いたことのない人など
ひとりもいないでしょう。
みんな、報われぬ愛に苦しみながら涙を流し
男性の理想はどうなのか、女性の理想は何なのかと
悩むきっかけができたではありませんか。

女性の法とは何なのか。
男性として生きるということは、どういうことなのか。
分けられたからこそ、わからないからこそ
人は求め続け、学ぶことができたのです。
それが、今までの人類の歴史です。
ある程度の段階に至れば、その答えは与えられます。

自分のほんとうのパートナーと出会ったときに
それは万感の思いをもって、感動をもって迎えられるでしょう。
そのとき、他の女性たち、どれだけ美しい人がいても
どんなに素敵な女性がいても、他の人には一切見向きもしなくなります。
以前申し上げたように
ペナルティーを課せられるから浮気をしないなどという
そのようなことではなく、自分の魂においての宝であると
深い感動をもって魂のパートナーと出会っていくのです。

出会ったときには、一切の迷いはなくなるということ。
そこに至れば、今地球が抱えているような、結婚や離婚や、不倫や
そういった問題が解消されていくのです。
でも、今のような、不倫や結婚、離婚、相手とうまくいかない
相性が合わない、傷つけ合う
その苦しさが学習され、体に刻み込まれるからこそ
あとで魂のパートナーと出会ったときに
どれだけ相手を大切にしなくてはいけないかがわかる。

戦争で、悲惨な、原爆の番組をテレビでやっていましたが
あのように、ひじょうにむごたらしい状態で
一瞬にして多くの人びとが亡くなった。
そこには数々の人生があり、亡くなった方はもちろん
生き残った者たちも、失ったという苦しみ、悲しみを通して
戦争の悲惨な体験を刻んでいるのです。
愛するものを失った苦しみを通して
なぜ、どれだけの平和を人類がつくり上げていかなければいけないのかを学ぶ。

そのために、この地球という限られた大気圏の中で、我と我を張り合う戦争が
いかに、ばかげたことかー。
戦争をすることが集団自殺行為であることを、もっと深く認識していけば
人びとの間に、戦争というものはなくなるのです。
視点が低いから、認識力が甘いから、このような苦しみを平気でやってのける。

男女の問題においても同じです。
それを通して、魂は深く学ぶのです。
何度でも言います。
魂は永遠です。
永遠の転生輪廻を繰り返して、あなた方は生きていくのです。
その永遠で何を学んだか。
何を魂に刻み、何が尊いとほんとうに実感できたか。
それを学んだなら、学びを宝として、平和を、
人びとが互いに愛し合うこと、信頼し合うこと
自分が神によってつくられた、かけがえのない魂だということ。
愛の奔流であること。
愛の表現形であること。
愛の奔流、愛のエネルギーそのものであることを理解していく。
愛そのものとして、神の懐に帰っていく、信頼していく、そういう旅なのです。

何も怖いことはないのです。
人びとが互いを傷つけ合うのは、恐怖心によって行われている。
信頼したなら、無防備に愛したのなら
自分は裏切られて傷つくのではないか、という恐怖心ゆえに
人びとは傷つけ合うこともあるのです。

ほんとうの意味で魂は永遠ですから、もし裏切られて殺されて、死んだとしても
たかが肉体です。
肉体など脱ぎ捨てて
実在界と呼ばれている永遠の世界にまた戻ってくればいい。
そして、そこで学んだことを通して
次の転生のときに、より深い愛を表現していけばいいのです。

(2005.8.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-20 08:03 | マヌ | Trackback | Comments(1)

ミカエルからのメッセージ(27)

間違ってはなりません。
ひとつの道ではないのです。
あなた方十人いれば、十六人いれば
すべてのこの方々のね、方法論というのは違うのですよ。
悟りの道というのは違うのですよ。
それを見つけていくのです。

その道しるべは愛であり、目に見えぬ神に対する忠実なる信仰心というもの
それがおのおの方の個性を通して光輝いていった時
プリズムのような七色の美しい虹が天に架かるのです。
それが未来の希望となり
神々が期待されたこの地上を仏国土、ユートピアにする
愛の星になるという計画のもとに、この地球が輝いていく。
その希望をつなぐために、この者(アマーリエ)は出て来たのです。
私たちが助力をしているのです。
虹を架ける者、虹を総べる者、七色を統べる者
それがこの者の使命なのです。

虹というものは希望を表します。
そして虹は七色なのです。
七色霊系団の者すべてを愛し、慈しみ、その懐に抱き
母性の中において、彼らに、一人ひとりを活かすことをもって
神の七色の虹という姿にまとめあげることにより
この地上に希望を架けるのです。

神は、けっして希望をあきらめぬ者。
希望を持ち続け、神の国にすることを最後まであきらめぬ者たち
その者を神の使徒といい、高級霊というのです。
光の天使というのです。

あなた方は一人ひとりが皆、光の天使であるのならば
希望を捨ててはいけません。
私ミカエルも、数々の失敗も挫折もあったけれども
けっして希望を捨てていないのです。
だから、どうか私と共に、希望を捨てることなく、新たな計画のもとに
神の国をこの地上に降ろすという意味において
夢を、ともに同じ夢を見ていただけないかと
ここに私はお願いに上がっているのであります。

魔界の者、侮る事なかれ。
あなた方よりも知という意味においては、格段に優れた者であります。
あらゆる方法論をもって
あなた方はパーニャパラミタもたいして出ていないし
いいですか。
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十分の一といいますけど、十分の一以下の記憶、知性しか持っていないで
地上に出ている哀れな肉体人間なのであります。
しかし、肉体を与えられたということにおいて、行動でき
この地上を物質的な意味において
社会改革をする力というものを与えられているのです。

その意味においては
天上界において、多くの知恵と情報を持っている者たちから見たならば
あなた方は格段に実力のある、パワフルな者たちなのです。
神の道具として、どうか、その人生を光らせていただきたい。
その後、数十年して還った時
私たち、ミカエルをはじめ、天上界の者たちは
あなた方を迎え入れる時、拍手をもって迎え入れるであろう。
その時に喜びをもって、あなた方を迎え入れるであろう。

たった数十年の命なのです。
どうか、神のために命を捧げ出し、最後の瞬間まで、我々のために
我々の計画のために、力を貸していただきたいのであります。
そのために、どうか、油断なさることなく
この計画のために、迷いを捨て、力をお貸しいただけたらと思うのです。

共に希望をかけましょう
未来に対して
神の国を
神の夢を
この地上を
仏国上
ユートピアにするために
我々と共に
同じ夢を見ましょう



(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-17 14:38 | ミカエル | Trackback | Comments(2)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(29)

今ここにいない
いずれこの声を聴くであろう者たちにも語りたい。

地上にいる者たちよ。
そなたたちは神の子であり
そして、自らがこの大救世計画を知り
大事な時代であることをよくよく認識し
意気込んで出てきた者たちである。

今、この救世の計画のために
天上界の我々の力となって、使命を果たし、力を貸してくれるなら
どうか、レムリアの者たちの力になってほしい。

ささやかなことでもよい。
ささやかなものをもって、そなたたちで、この者たちを助けていただきたい。
それが、我々の光の天使たち、救世主と呼ばれている
我々の世界の者たちを、神を助けることにもなる。

そのことを思って、どうか、できる者たちよ
その使命をうずきとしてまだ生きている者たちよ、集まってきなさい。
ここに、光の下に集まってきなさい。

一度は見た、光のもとヘ集結した者たちよ。
また、光が失われて、途方にくれて迷える者たちよ。
もう一度光が、神理のたいまつが灯された。
この光の下に集いなさい。

そなたたちは光の天使として、神の子として本来の光を放ち
愛の化身として本来の使命を果たしなさい。
そのために、そなたたちはこの地上に肉をもち、命をもったのです。
それ以外のために、そなたたちは命をもってはいない。

この大救世計画は、何万年に一度と呼ばれている、壮大な計画である。
その中で、ささやかであっても、光の天使としての計画をしなさい。
けっして、この者たちの足を引っ張るようなことを
この地上の記憶の中に残してはいけない。

できることなら、そなたたちの力をもって、この地球を愛の星に変えたい。
救世主が出ることで、光の預言者を持つことで
常に大計画の推進は行われてきた。
不幸なことに、今は大救世主が失われており
この者たちが立っているけれども
霊言を通して我らが言葉を聴いて、世の中を変えていこうとするなら
愛の言葉を自らが受け入れ
この地上において、具休的に行動し、愛の実践をしてくれるのならば
そなたたちこそが、自らの手によりこの地球を救う
救世主そのものになるだろう。
この地上を救ってこそ、地球の本来の意義、使命は果たされる。

救世主というのは、天上界の言葉を受け、それを愛のもと、神の指導のもとに
人びとに伝え、実践する者のことをいう。
ならば、今、そなたたちがレムリアの計画のための手足として
愛の実践をするなら、一人ひとりが救世主なのだ。
愛の光の天使である。

それほどの力がないと、しり込みをすることなく
自らの人生の最後にできることとして、力を貸してほしい。
その力をもってみんなが手を取り合うことで、つなぎ合うことで
地球を愛の星にしていこう。
しり込みしてはならない。

この地球は、滅びるか滅びぬかの瀬戸際に立っている。
神の手が止めていたマイナスエネルギーの揺り返しが
天変地異として地上に降りかかってきている。
いつまでこの時間を保てるか。
時間とのにらみ合い、時間との戦いになっている。

ほんとうに大事なことは
肉体だけを救うのではなくて、魂を救っていくことに意味があるということ。
魂を救いながら、肉体を持っている者たちの意識を変革し
愛と信頼こそがほんとうに大事なことであると
人びとの心に広がっていったとき
国を越え、国境を越え、民族を、宗教を超越した
地球規模で手をつなぐことになるであろう。
そのときこそ、愛というエネルギーは地上を循環しはじめる。

人びとは、我々は神の子であったのだと、これから神の星にしていくのだと
神のもとに帰って行くという、高度な認識の中
人びとは、今一度、神の子として息を吹き返すだろう。
それであってこそ、神の子としてのルネッサンス
大ルネッサンス運動が起きるのである。

人びとは多くの物を持ちこみすぎた。
数々の欲望想念、不摂生、間違ったエネルギーの使い方により
自らの肉体に病をつくり、数々の遊楽、享楽的な
根源悪のようなものをつくって
快楽にふけり、人びとは混乱している。
それに翻弄されて、社会的にも混乱が起き
間違った価値観の中で人生の目的と意味を見失っている。

神の子としての基準を取り戻していったときに
そなたたちがつくっていった
複雑怪奇な社会のシステムがシンプルに整理されて
神理はとてもシンプルであるということを実現するような
社会になってくるであろう。
病がなくなれば病院もいらぬ。
人びとを裁く裁判所などもいらないようになるであろう。

社会国家をつくるため、人びとが間違った方向でエネルギーを使うから
極度なストレスがあり、歓楽街とか、性的退廃を招くものがある
そのようなものは全部なくなっていくのである。
そうなれば、幼い青少年たちが迷うこともなくなって
魂が何の目的のためにあるか
若い命が、どんな目的をもって努力精進すればいいかということがわかり
教育のシステムも、根本から改革が行われるであろう。
国家体制も変わり、国が変わり、国境がなくなって
地球人類として、みんなが手をつなぎ合う時代がくる。

「我こそは、我こそば」と思い、富や宝や、財産や財宝を求めるから
幸せになる必要以上にそういうものを求めるから
人びとはしゃにむに働き、おかしなものを蓄える。
そのようなものは、すべて、価値観がガラガラと変わる中
なくなっていくであろう。

宗教においてもそうである。
カイトロンが言ったと思う。
オリオンの星には宗教がないと。
宗教は、単に自らが神の子であるという、愛の教えそのものである。
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人類どうしがみな神の子であるから
愛し合おう、信じ合おう、分かち合おうという中において
すべてが、物質文明における、貨幣経済までも変わってくる。
神の子、人類たちは、自らの個性と役割で、精一杯仕事をする。
欲しいものは分配されるようになってくるであろう。

すぐにはそのような社会ができないのはわかっているが
そのかわり、自分でできることをし
神の子として貢献しようと勤勉に仕事をしていれば
物事は循環していくものである。

人が幸せになるのに、たくさんのものはいらぬ。
衣類がたくさんいるだろうか。
食べものがたくさんいるだろうか。
子どもの教育をするのに、過剰な教育費がいるだろうか。

ほんとうに学ぶということは、人を、子どもたちを
過剰な教育環境の中において、ない才能を磨かせることではなくて
ある才能を活かすために、自ら気づき、研さんしていく道を示すこと。
そうすれば、教育費も、教育環境も
おのずと別な価値観、尺度が現れてくる。

病院や、そのような施設でも、圧倒的に病人が減るであろう。
魂が永遠であるということを理解したなら、むやみな延命治療もなくなり
短い命には短い命なりの意味があること、修行の目的があると理解され
医学にもそういった認識が進む。
シンプルに整理されてくるであろう。
あまりにも人間たちが、物質界の中で
複雑怪奇な、難解なものにしてしまった。

物質主義の、科学の混乱の時代の中、次の世紀には
神の子であるということが、永遠の命であるということ-、
この地上においての本来の意義と目的が、人びとの心の中に根づけば
ほんとうに幸せなことは、神の大いなるあらわれである大自然とともに
シンプルに生きること。
そのうえで、科学文明を使い効率的に生きることで
人びとは自由な時間を得る。
過剰な、余分な物質、お金、そういうものに目をくらますことは
何の意味もないということがわかる。

そして、自らの才能を、他者の力になるという愛と思いやりの精神で
互いに助け合い、高め合い、人生の目的とする時代がくるであろう。
そうなったら、多くのものはいらないから
たくさんの生産をする必要はない。
畑を耕したり、魚を獲ったり、そういうことが人好きな者もいるから
効率的に食べ物が生産されて、人びとはあくせくしなくなる。
そこに至って、文化、芸術、科学文明における爆発的な飛躍が起きるのだ。

今は戦争とか、つまらないことで足を引っ張り合い
エネルギーを浪費しているから
発達しているようでいても、根本的には飛躍していない。
しかし、愛の教えが根づけば、次なる扉が開かれ、他の宇宙に行けるような
飛躍的な理論が人類にもたらされるであろう。

人びとは宇宙へ出て行き
今度は、自分たちがある程度気づきえた
愛と奉仕の精神を、神の子としての幸せを
他の、発展途上の星に分け与え
今の地球のように滅亡していこうとしているような他の星に
何かしら手助けができないかと
そのような指導、他の惑星を指導するような仕事を
ボランティアとしてはじめていくことになるだろう。
それがまた、宇宙規模の愛の循環となっていくのである。

我らも、そのような惑星から、地球が立ち上げられたときにやってきて
精神的な指導をしてきたのである。
そうして愛の循環が、神の子としての教えが
宇宙規模に循環されて広がっていくのである。

まず、神の子であること。
愛の光であること。
その尊厳を持つこと。
尊厳を忘れるから、サタンたちのように、欲望に目がくらんで
自らを欲望と権力の中において見失っていくのである。

(2005.10.1 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-13 08:29 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

ポセイドンからのメッセージ(5)

そなたも、そのように、今涙を流しているが
そなたの魂の中においても、このような稀なるチャンスに
今仕事をしているということを誇りに思うがよい。

そなたはたいへん優秀な者ではあるが、優秀なその知というものを
その知でもって、我々の、天上界の叡智というものを地上に降ろし
それを愛をもって地上の者たちに分け与えよ。
それがそなたの使命じや。

そんな簡単に、天上界の叡智というものを地上に降ろすということは
誰でも彼でもができることではない。
やはり、そこにはある程度の知的なフィルターというか
そのような力がなくては、その叡智というものを言葉に訳しながら
地上に実績として、業績として、文献として残すことはかなわないのである。
それができる力を持ち
そして、それを愛をもって、地上の者たちに分け与えていきなさい。

難しい言葉を、難解な言葉だけで終始するのではなく
我々の言葉を、今こう話しているような
このような易しい言葉で人びとに伝えていきなさい。
天上界の者たちが、難解なおかしな言葉ばかりを
哲学のような言葉ばかりで日常会話をしているのではないということを
ぜひ地上の者たちに伝えてほしい。

まあ、アルカナという、ひとつの神の神秘というものが表象的に出るから
ひじょうに地上の者たちから見ると
シンボリックなものとしてとらえられてきたというのがあるから
わかりづらいということはあったと思う。

聖書の中においてもそうだし、スウェーデンボルグが言った言葉においても
ひじょうに難しかったかもしれない。
表象的に出てたかもしれない。
だけども、ほんとうは
地上の者たちとのコミュニケーションの手段に違いがあっただけであって
天上界の者たちは、それが日常の、当たり前の易しい言語なのだ。
コミュニケーションの手段なのだということ。

今、我々が地上の、この肉体の、この言語機能を使って
我々の真意を伝えられるから、我々はけっして
そんな難解な言葉で考えたり話したりしているのではないということを
地上に改めて降ろすことができるのである。
今まではこういう機能を
やはり天上界のルールでしかものを見られないのである。

我々の世界は念だから、すべてがシンボルで
言葉を超えた、念ですべてが認知され、理解されていく。
霊界には霊界のルールがある。
でも、我々が霊界から降りて来て、地上のルールで、地上の言語で
我々の言葉を語っている。
だから、地上の者たちには、とてもわかりやすいはずなのである。

よいか、それが、今までの霊界通信との違いなのである。
幽体離脱をしてあの世に行って、天上界に来たり、地獄界に行って
念の世界でのことを、一生懸命、肉体の
まだ肉体を持つ霊人たちがキャッチしようとしても
やはり、天上界のルールというものが、ひじょうに不思議に見えたり
ひじょうに難解なもので、理解不能なものに見えたかもしれぬが
これは我々にとってみたら、当り前の、それこそ空気を吸って
そなたたちが三度のご飯を食べていくのと同じくらい
当たり前の営みなのである。

しかし、そなたたちから見たら、ひじょうに不思議で、不思議でかなわない。
天上界はそのように不思議な、難解な言葉を
そのような認識でやっているのが神の国の言葉であると
認識であるというふうに
そのようにとらえられてきたかもしれないけれども
そんなことは全くないということ。

それは、我々はこの現代の、この日本という、日本語の、この普通の
この女性の言語中枢を使うことによって、語ることによって
我々も普通の言葉でしゃべって、普通の認識の中で
当たり前のように神というものを認識して
生きているのだということを伝えることができる。

それが、ひじょうにレムリアにおいては、画期的なことであるということ。
それは、前にあった、ORという者がやっていたことも同じである。
肉体人間を通して、認識能力のある、そういう霊言者の言語中枢を使って
我々が直接わかりやすく神理を解き明かすということ。
そのようなことは、なかなかなかったし
そのようなことができる人材っていうのは、なかなかなかったのである。

でも、仏陀においての計画において
我々天上界が総力を結集して、次から次へと霊人が出て来て
地上にメッセージを送るという、そのような計画を上が立てた。
その意味において、ひじょうに稀なる計画が降りたので
それを、そのあとをとれる者というのは、なかなかいなかったのである。

しかし、このように、また、再びアンテナが復旧したということ。
多少、難しい言葉とかは嫌がるということはあるにしても
我々の意志を易しい言葉で語り伝えるチャンスが
また再び復活したということを天上界はたいへん喜んでいる。
c0171476_9431864.png

逆に、このアテナのように難しい言葉をあまり語らない。
語らない、まあ、よいではないか。
語れないわけではないと本人は言っているけれども
まあ、どちらかというと
普通の一般的な日本の女性の言葉で伝えていくことができる。
それでこそ、多くの大衆は理解するのだから。
そのような言葉で、我々も言葉を選んで
そういう者たちでも認識できるような言葉に翻訳して降ろしてくるから
そのまま文章にしていけば
多くの者たちにも伝わる言葉になっていくのではないだろうか。

これがまた、高度な認識の者のところに出て来たのならば
難しい言葉と、高度な認識の霊言を、バーンととったら
また、それを聞いた者たちが、ますますわからなくなってしまうかもしれない。
そうすると、また天上界は、たぶん上に行けば行くほど難しい認識の中で
我々はやっぱり神様のもとに
言葉なんぞは理解できないのだというふうに決めつけてしまうであろう。

でも、ひじょうにわかりやすい言葉で、ひじょうに
まあ、聡明な人ではあるけれども、難解な言葉を使うことを嫌がるからー。
霊言をとるという意味においては、とても大衆向けであるというか
普遍的な神理を易しい言葉で
我々もこうやって言葉を選びながらしゃべっている。
それが、たぶん後の世において語り伝えられた時に
とても意味が出てくると思う。
私はそう思う。

哲学化し、学問化していく、一部の学問僧と呼ばれている
そのようなものだけが神の言葉であるというふうに思うのではなく
易しい言葉を地上の神の子たちに向けて、その一人ひとりを心から愛し
その一人ひとりに対して、ほんとうに愛の星に生まれ変わっていく
神の子としての役割というものを伝えていきながら
彼らの本来の使命に目覚めさせていく。

易しい言葉で、愛をこめて、天上界より地上に降ろされる言霊の中には
誰が聞いても胸を打つ、シンプルだけど
普遍の神理というものが込められているはずなのである。
その言葉を伝えてこそ、多くの者たちが後の世に伝承していきながら
多くの者たちが救われていくのである。

だから、レムリアの本来の使命が、易しい言葉で伝えていくということを
霊言者の能力の限界であるというふうに
とらえられているかもしれないけれども
私は、レムリアが本来、果たさねばならぬ使命を考えると
この者のこの程度の認識力で話すからこそ
永遠の神理というものが易しく世に広められる
絶大なるチャンスを与えられたのだと
そのように、とても感謝をして受け入れている。

前回の、ORを見ていると、あまりに賢く
あまりに多様な書籍を読んでいたから
ひじょうに一部分的において
彼自身の知識による認識力というのが入っているし
そのような言葉が自然に出てくるので
逆に難しくて普通の者ではわからぬというところもあったかもしれん。

そして、どんどん、それが本人の意識の中で難しく学問化し
体系化されていってしまったという傾向を生んだかもしれぬけれども
この者においてはそのように体系化する能力もないし-

アマーリエ:失礼だなあ。ちょっと言い過ぎよ。ちょっと言い過ぎ。

ポセイドン:でも、そのような、そのような方向に体系化したいという意志も
この人は持っていないから、逆にいうと安全かもしれないと
わしは思って見ている。
まあ、怒るな、そのようなことを。
わしはさっきから褒めてるつもりなのだから。

そなたの認識力が、けっして劣っていると言っているわけではなくて
そのような難しい言葉が理解できないからといって
何も悩むなと励ましているのではないか。

だから、自分の能力に自信を持って
易しい言葉でよいから、我々の言葉を地上に伝えよ。
そして、そのような易しい言葉で、我々が語った神理というものを
どうか、そなたのような博識で知性豊かな者たちが
しっかりと文献として、文章として
後の者たちに語り伝える資料として、残していただきたいと私は思っている。

(2005.6.2 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-11 13:56 | ポセイドン | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(25)

我々も各霊系団から引き受けて地球に入ってるでしょう。
我々九次元も十人いるわけだけれども
前ちょっとマヌ様も言ってたかと思うけど
「もうそろそろ自分たちも出て行かなきゃいけない時期がきている」っていう
やっぱり契約があるんだよね、これ。

だから、美を司るところから来る人たちがいて、あの方たちも来て
地球を彩ったならば、また別のところでそういう要請があった時には
そういう人たちを連れてまた、ほかの星にまた移って行って
またそこの星を美しく彩らせていくという
そりゃあ、みんな、モーゼにしたってみんなそうなんだけれども

やっぱりそういう一定のまあ契約期間みたいな
あなたたちから見たらひじょうに、途方もないような時なんだけれども
何億年、だいたいこのくらいまで、シフトアップするところまでやったならば
自分はまた別のところに行って仕事をするというふうなことがあるので
その時期までにある程度の、一定の、何て言うんですか、成果を見せていく。

それを前提に、やっぱり宇宙連盟の中の、地球代表として行った時にも
「このくらいまでにこのくらいの成果で、魂の発展を地球人としてさせて
宇宙文明の仲間入りをしたいので、よろしく頼む」という話が
出ているわけですねえ、わたしからみると。
大体これくらいの期間だろうということも含めて
最初に来てもらって、要請を受けて
霊系団を呼んでいるというのがあるわけですよ。

我々はそんな仕事してんの。
他天体とのね、話を。
これ、でも宇宙界の秘密みたいなとこもあるからね。
あまり言うと、僕もどこまで言っていいかなと-

あなた、なかなか鋭いね、
よくわかってるよねえ。
そういう、そこまで見抜かれてるとは思わなかったけれど

まあ、でもそういう要素があるわけですよ。
だから、出ていく人たちも、移住していく人たちもいるってことが
今回のORさんの本の中にも出ていたと思うけれども
それはそういう意味なのね。

それで、その人たちは、まあ何億年とか
やっぱりここの地球を進化発展させるためにいたならば
そうしたらば、その方たちもまた別の、新たな修行が待っているわけだから
地球を卒業して、また別のところに行って
その上の、やっぱり美意識とかを表現していくようなところを
また人によっては、もっと地球よりも遅れているところに行って
そこの文明の、その星のために貢献したいっていう方たちもいるわけだから
そういう目的のため、あとどれくらいの人数が
どういう人がほしいっていうのが
やっぱり我々の会議をしているところでも要請があるわけですよ。
いろんな惑星がいろんな進化基準の中にいるわけだからね。

その時に
「このくらいの人を、このくらいの割合で、このレベルの人が欲しいんだ」って
いうのがあったならば
「うちのところでもある程度ここまできたんだから
じゃあ僕は、そうか、ほかの星へ行って、
もっと別のことで彩りをつけて来ます」とか
そういうふうなことがやっぱり
ゼウス様とかマヌ様みたいな人たちなんか特に
あっちこっちから引っ張りだこなんだよね、あの方たちは。
ま、ひじょうに人気者というか、いや最後にこの
星のムードをつくっていくっていうのは彼らの仕事ですからね。

やっぱりそういう特殊技術のある方たちっていうのがあって
その星その星に合わせてコーディネートして
そういうひとつの文化、芸術というものを出しながらね
その雰囲気というのをつくる人たちがいるわけですよ。

逆に僕たちのように
法の核心部分っていうのをいつも押さえる人たちっていうのは
それはその各星々にいて、理念的な部分でね
あまり動かないのね、その惑星からはね。

その星のひとつの理念形態としているわけだから
エル・カンタラーとか、ああいう方はずっと動かないでしょ。
そこをエル・カンタラーがいらして、そこにまた我々が呼ばれて来ているわけだ。
まあそれに対して、科学とかね、芸術とか
そういう部分のところの進化発展に関すると
比較的あのう、自分の霊系団を率いて移動して回る
そういう霊系団の人たちもいるわけですよ。
c0171476_1424269.jpg

だから、ある意味でこの人もそうなんだけれども
最初はここは「レムリアの風」っいったでしょう。
なぜ風なのか。
「レムリアの風」、レムリアを中心にする霊系団の人たちは風なんですよ。
基本的に流れていくの。
だから一個所には、ひとつのところにはずっととどまってはいられない人たち。
だからある一定の期間が終わったならば、別の星の要請に合わせて
自分の仲間を率いて、風のごとくにまた新たなムードを醸し出すために
流れていく人たち。
そういうことがあるんですね。

だからそういう意味で、まあ今回も
この人の魂の修復作業というのがひじょうに緊急を要求されたっていうのも
「もしこのままでいったならば連れて行けなくなる」と
「このまま地球に置いて行かなければいけなくなるかもしれない」って
そりゃあもう向こうは必死ですわねえ。
「この人を置いてったらどうしましょう」って人たちたくさんいるわけでだから

そういう意味でも今回、この人が立って、魂の修復をしながら
レムリアっていうものを表面に出してきたっていうのも
深い意味のあることでね。
そこまではなかなか説明はしないよ、我々の人事の問題だから
でもそういうバックグラウンドがあるということ。
そういうふうな動き方をする霊系団があるということ。

(2005.3.17レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-08 13:09 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(20)

僕は、ひじょうに自由な魂ですし、芸術系統を担当している魂でもあるので
自由なことを勝手に言える立場におります。
仏陀が言ったら大変なことにもなりましょう
インマヌエルにおいても遠慮がありましょう。
でも、僕は言えます。
神の世界というのは大らかなものです。
何の鎖もありません。
そして、喜びをもって
存在の喜びをもって神の世界に奉仕し、神に出会っていく。
そんな道が、そんな世界が、神の世界なのです。

少なくとも、地球における天上界と呼ばれている世界は、そういうものですよ。
そうでなかったら、僕らの世界で、救世主界と呼ばれているところは
数々の宗教の根源神みたいな者ばかりがいるわけですけど
みんなけんかしてなければいけないでしょう。
でも、みんな、とても仲がいいんです。
違いを認め合うからこそ、ほんとうの意味で手を取り合い、協力して
地球の歴史をつくってきたのです。

誰だけが偉いとか、どのドグマだけがすばらしい
誰の教えだけがすばらしいということはない。
みんなが、九次元十人が、十人の個性を尊重し合い
それぞれの時代の中で、個性を発揮していく。
そうして人類を指導していく。
僕らは、仕事の苦しみではない、仕事の喜びとして
この魂を神により創造されたことが
すばらしい喜びとして人類を指導していく-
その中において、自らが与えられた個性を発揮することができる。
その感謝をエネルギーとして仕事してきた。
それが僕らの世界なのです。

そこでは、「こうあらねばならぬ」とか
「こうしていかなくてはいけない」とか
「こうしたら罪の子になる」ということはないのです。
ただひとつだけあるとしたら、「愛深くありなさい」ということだけなのです。

愛の思い。
それは、僕らが、自らが神の子であるということを
ただ知っているだけかもしれない。
知って、それを人生の中で、生き様の中で
生き抜いているだけの存在かもしれないのです。
難しいことは何も決まっていないのです。
ただ愛の奔流として、神からつくられたそれぞれの個性を大事にして
自らの命を、神の愛に報いようと捧げて
地球の霊天上界で仕事をしているだけの魂なのかもしれない。
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天上界にいる天使たちもみな同じなのです。
みんな同じ思いなのです。
あなた方が知っている天使もおりましょう。
知らない天使もたくさんいるのです。
たくさん、何万、何十万といる天使たちも
彼ら一人ひとりを「一位」といますが
一人ひとり、すべてが違うのです。
すべてが、すばらしいエネルギーを持ち、個性を持った
尊い神の使者たちなのです。

彼らは喜びに満ち、ともに助け合い、神の世界の中で
少しでも地球世界をすばらしいものにするために
身を投げうって、奉仕して生きているのです。
そこに共通しているのは、「自分は神の子である、愛の化身である。
だから、愛をなしていきたい。
愛を、実際の行為として地上に返していきたい」と
共通原理としてはそこだけかもしれないのです。
それ以外の、宗教的なものや、いろいろな義務とか
ノルマのようなものは天上界にはないのです。

低い世界、っていうといけないかもしれないけど
天上界でも、宗教の枠の中でしか動けない者たちもいます。
そのような者たちの世界においては、自分たちはどういう
これこれの宗教の者であるから、他の者とは話をしたくないとか
そういうこともあるかもしれない。

でも、僕らの世界まで上がってくると
キリスト教であれ、仏教であれ、イスラム教であれ
天使たちは、みんな力を合わせて仕事をしております。
いろいろな霊系団というのはあるんですよ。
霊系団というのはあるんですけれども、みんなが力を合わせて
今、天上界は、みんなで心と心の手をつないで、一致団結して
最終的な第三の計画、地球ルネッサンスの計画実現のために
力を合わせてやろうとしております。

そこの中で一度鎖でもって自己を統御することを覚え
正しい神の道を上がって来て、自らと出会ったなら
その先にあるのは、自らの鎖を解き放つことです。
すべて一切が、万物一切が神の子なのです。
何も怖いことはない。
何も恐れることはないではありませんか。
どこに行ったって神の神殿、この地球は神の神殿なのです。
あなた方はどこまで行ったって、神の愛の懐から逃げられないのだということ。

自分は罪の子ではない、愛を表現された
愛を込められた神の子であることがほんとうにわかったら
あなた方は何を恐れるのですか。
何も恐れる必要はないのです。
愛を表現して、実行して生きていくことだけが必要になるのです。

今、数々の不信感の中で、男女の問題に限らず、家庭の問題、地域社会でも
不信の念が、人びとの苦しみの原因になっているのだと思うのです。
しかし、一人ひとりが神の子であり、愛の化身であることを実感し
行動の中で、日常の中で、人生の中で、誠実に
愛をもって生きることができたら
今あなた方が抱えておられる数々の難問、苦しみ、不幸の種は
ほとんどが解消されてしまうのです。

あなた方一人ひとりが、愛というものをほんとうに認識して、
どうですか。
友人に対しても裏切らず、愛をもってなしていますか。
家族にも、妻に対しても、恋人に対しても、親子でも
ほんとうの意味で、誠実に愛をなして生きていくならば
今人びとの心を苦しめている不幸の種は
大半が連鎖的になくなっていくものなのです。

人と人というのは、合わせ鏡とも申します。
自分が愛ある姿でいれば
相手の中にある神の子としての神性、愛が啓発されて
愛豊かな表情になるのです。
地獄にいるサタンたちも
今はあのような形相をしておりますけれども
ほんとうに愛されているということが実感できたなら
彼らの顔は、あっという間に普通の人間の顔に
それどころか、本来の気高い天使の顔に戻るのです。
人の心というのはそういうものなのです。

(2005.8.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-05 16:31 | マヌ | Trackback | Comments(0)

ミカエルからのメッセージ(26)

この私たちの言葉を信じられぬ者は、それはそれでよいのです。
証明することなど、どこにもいらないのです。

この我がミカエルの言葉を、あなた方の魂の中で
ほんとうに聞いたことも、共鳴するものもない
このミカエルの言葉が偽物であるのだと思うのならば
それはそれでかまわないのです。
よろしいのです。

けっして、私たちはあなた方を説得するために出て来るのではないのです。
このあいだ、高橋信次、エル・ランティがじきじきに出られ
ooさんという方に、あれだけの愛ある言葉を語っておられたにもかかわらず
その方は証明を求められました。
「我が名がわからぬか、師がわからぬか、私がわからぬか」と
エル・ランティは再三、彼に向かって言っておられたはずなのです。

「なぜわからぬか」と高橋信次、エル・ランティはおっしゃりながら
心の中で泣きながら彼は、問いかけていたはずなのです。
「なぜ証明が要るのだ」と。
「あなたが弟子であるのならば、なぜ、愛する師のこの声がわからぬか」と。
それを高橋信次は相手の方に問うておられたのであります。
だから証明をすることはないのです。
わかる方はわかるのです。

我がミカエルの言葉を、私の、ミカエルという、バイブレーションというものを
あなた方がかつて天上界で聞いたのならば
この波動というものをかつてTK女史のもとで聞いたのならば
この波動というものをあなた方はわかるであろう。
同じものであるかどうか、偽物であるかということ
あなた方がわからないのならば
私は「もう、よい」と言うしかないのです。

けっして証明したから信じるという訳ではないのです。
ホームページを見ていてもわかるでしょう。
ああ言えばこう言う、こう言えばああ言うという者たちが
次から次へと出て来て証明を求めるのです。
でも、神は、証明はしない。
証明を求める者に対しては、沈黙をもって答えるという、
「汝、聖霊を試すことなかれ」
「汝、天上界の神々を試すことなかれ」ということを
古来より人びとに伝えて来たはずなのです。

我々、神々の言葉を、聖霊の言葉を信じられぬ者は
証明をしてみせたところで
けっして、信じられるものではないのです。
信仰心というものは、本来は目に見えぬ神というものを信じるということ。
目に見えるものだけを信じているのであるのなら
唯物的な物質主義的なものを拝するという
物質信仰と何ら変わらないではないですか。

目に見えない神というもの、目に見えない聖霊の言葉を信じ
己が神の子としての神性の中で、神の高貴さの中に
己が神の子としてのプライドというものをかけて、神への道へと回帰していく。
物質などに、どんなに誘惑されたとしても
それは、けっして我々の魂を、自分たちの魂を売り渡すものではないのだという
そこに信仰心というものの基本があるのです。
目に見えない神を信じていくのが、信仰心への道なのです。
その目に見えない、明かされない、証明されないものを信じられないのならば
その方は信仰心のまず第一歩から、わかっていないということなのです。
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証明ばかりを求めることなかれ。
理論でばかり、理屈ばかりであなた方は法を語ることなかれ。
知的に優秀な者たちであるのはわかっているのです。
でも、愛深き信仰心なき知など、何の意味もないということ
今回、あなた方は学んだではないか。

我々、如来界、太陽界と呼ばれている者たちは
知というものが優れていますけれども
智慧という意味においては優れているかもしれないけれど
知などに負けない圧倒的な愛の思い
圧倒的な宇宙の根源の神に対する信仰心というものがあるからこそ
我々の知というものが生きてき、そして人びとに役に立つ
九次元、八次元という立場にいることが許されているのだということ。
八次元にいたいから、九次元にいきたいから法を学び
そのために修行をした者など、誰一人いないのだということ。
それをもっともっと、理解しなさい。

いつの間にか次元構造を解説する中に、すり替えが起きているのです。
あの『太陽の法』の中にですら
私から見ると、すり替えが起きているように思うのです。
修行をし、六次元、七次元、八次元、九次元にいくことが
まるで偉しとするかのように、方法論として書かれている。
それはひじょうに間違っているのです。
『悟りの極致』という本の中にあることも
私個人としたら、ひじょうに不服なこともあるのです。

自分を捨て、目に見えぬ神のために奉仕し、大いなる愛のために
多くの人類を救うために、人びとを愛さんがために仕事をしていく。
そのために悟りの道はあるのだということ。
神の子の道はあるのだということ。
それをあなた方は学ばねばなりません。

それは愛と共にあるのです。
人びとを救いたいという、愛の思いがなくては
いかなる知も、何の役にも立たないのだということ。
悟りの方法論だけ説いたって、上には上がれないし、けっして偉くもないし
上に行ったから偉いというのでもないし
己自身の個性を唯一の大事な、大事な
神より期待を込められ、創られたあなた方の個性、命に誇りを持ち
大事にして、活かすことをもって、多くの人びとの救済計画の中に
活かしていただきたいのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-10-01 12:07 | ミカエル | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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