地球を愛の星へ

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アポロンからのメッセージ(4)

ならば、なぜ神はそのような状態を放っておくか。
地下の者たち、魔王と呼ばれている者たちに関しても、説得には行きつつも
なぜ彼らを強く罰しないのかと申しますと
それはこの地球という修行場の中において
人びとは愛が何であるかということを学ぶために
存在しているということなのです。

愛が何であるかということを学ぶということは、愛一元である自ら自身
神の子が何者であるかということを学ぶことにもなります。
そして、宇宙を統べる愛の法則である、愛の本源である神を理解していく
神の愛というものにたどり着いていく、愛を学んでいく
神を学んでいくための悟りの道
それが、その途上にある者たちが今、集って修行しているのが
この地球というもののレベルなのかもしれません。

だから、調和され、そのような段階を越え
宇宙を越えていく愛のエネルギーというものをもう学び
一人ひとりが愛の化身、神の愛によりつくられた
自らが愛一元の神の子であるという認識に至った
宇宙の他の惑星の者たちにしてみましたのならば
自分を愛するように他者の愛を、他者を生かしていくということ
それが自分たちの共通の親である
宇宙の根源の愛の神に対するほんとうの親孝行であり
神の愛に報いる道であるということを、おのずとみんな知っているのです。

深い、深い所におきまして、私たちは愛によってつくられた
愛の親である神の子どもたちであります。
その意味におきまして、地上における仲間たち、生きとし生けるすべての者は
私たちは、奥にある神性におきましてひとつであります。
愛の子どもたち、愛である親の、根源の神に創造されました愛の子どもたち
それが私たちの姿そのものであります。

でありますから、誰一人として根本的に悪の方はいらっしゃらないし
愛というものを理解するための、途上の
まだ修行中の、学ぶ途中にある者たちであるということ。
その愛を学ぶために、神の愛というものを学ぶために
様々な戦争や傷つけ合いをして、他者だけを傷つけるのではない
他者を傷つけたと思ったのがほんとうは自らも傷ついていたという
苦しみを生んでいたという、その連鎖の中で、人びとは愛というものを
他者を傷つけ合うということがいかに愚かなことであるかということを
そのことを皆、学んでいくのです。
それを神はお許しになっておられるのです。

なぜなら、時は永遠なのです。
魂は永遠の時を与えられております。
その中で、次々と起こることを通しながら
神は忍耐強く私たちがひとつずつステップアップして
学んでいくことを待たれておられます。
「愛一元として、愛の化身そのものとしてつくられし、光り輝く神の子たちよ。
そなたたちが神の子たちであるということを
愛の魂そのものであるということに気づき
我のもとに帰って来なさい」と、神は常に呼びかけておられます。

愛のバイブレーション、愛の旋律を奏で合う者たちは、愛の共鳴を生み出し
愛の波長同通の中で、この地上は清められていきます。
愛ばかり語るレムリアと言われるかもしれませんが
我々が今、レムリアに出て伝えていくこと、その時の共通テーマは愛なのです。
愛が何であるかということがわからぬから
地上には様々な戦乱と苦楽の歴史が起きているのです。

人びとがもう一度、原点に戻るために
愛の神の本源の、神の子としての原点に戻るために
私たちは今
そのひじょうにシンプルな愛というものを様々な角度から語り伝える
そのようなことをもって、統一認識として今、レムリアに出て来ているのです。

バラバラのことを言ったのなら、レムリアは混乱するでしょう。
ですから、今人類が学ばなければいけないことを一点に絞り
我々はそのことをメインにして様々な個性を通して
役割を通して私たちはあなた方に話をしているのです。

ですから、愛しか語れないのではなく、愛をメインに語っているのです。
そして、その愛とは何であるか。
愛こそが神そのものであり、私たち、一人ひとりである人格を持つ神の子たちの
その本体そのものが愛であるということ。
簡単なようでいて、愛が何であるかがわからぬから
人びとは何も学んで成長していないのだということ。

何をなせばいいのか、愛が文字だけで書かれ、文書だけで書かれたとて
そんなものは実践を通さなくては、愛というものが何であるかわかりません。
実践を通し、愛の言霊を本来、人生の中で奏でることができた者は
それだけで神の使者と呼ばれます。

マザー・テレサと呼ばれていた方がいかがでありましょうか。
言葉だけで語られたでしょうか。
マザー・テレサと呼ばれている方の言葉も美しかったけど
彼女の言葉、行動、人生、活動そのものが、愛の表現でありました。
その両方が伴ったとき、人びとは神の使者というのです。
神を感じるのです。

愛を極めたときに、人びとはそこに、愛を極めた姿の中に
根源である神のお姿そのものに同通し、感じ取ることができ
自分の中にある愛のバイブレーションに感応し、感動をもってその方を通して
親である宇宙の根源の愛の神という姿を見させていただくことができるのです。

ですから、愛深き者になりなさい。
許して、許して、自らも許し、生かし、感謝し
人びとの中に愛というものを奏で合うような、そのような社会にしていく。
そのような時代をつくっていくということ。
それが、次の世代に課せられたあなた方の使命でもあります。

愛というものをほんとうにわからなくては
キリスト教と呼ばれているものだけにおける
その神というものの、イエス・キリストが説かれた
神の愛というものを説かれました。
そして、イスラム教の中におかれましても、仏陀の慈悲の中におかれましても
愛というものは様々な形を通して語られてきたのです。

でも、今、それらすべて学んだ上で、その集大成
そしていちばんわかりやすい言葉で愛が何なのかというものを
総合的な学習を通しながら、実践を通してー
実践というのはそのまま時代を変えていく行動原理そのものを言うのです。

愛というものが語られた宗教が
政治体制や社会の基盤とかけ離れていたときではなく
愛というものを語っていく言葉が、そのまま社会に影響し
人びとの心を変えて、人びとの心の連結を生み
その感動と同調していくバイブレーションの中で
社会の基盤そのものが変化をとげていく。
そのような行動、実践を通して
愛というものがこの社会の中に具現されていく。

それをもって、神の国、仏国土を実現させるという
高橋信次、エル・ランティという方が、最初、悲願のように申されていた
神の国、仏国土の実現を目指して頑張ろうとおっしゃられた
その言葉の意味合いが生きてくるのです。
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高橋信次、エル・ランティと呼ばれる方は
地上に今回お出になられ、その個性を獲得され
今もエネルギッシュに天上界においても地上に来ても頑張られておられます。
我々が「父よ」と呼び、愛し、尊敬し、敬う方でもあられます。
あの方の熱意は、かつてのG会と呼ばれているものを通して
八正道というものを説いた
それだけにおいても、今や「高橋信次教」と呼ばれるような
熱烈な方がたがおられるのも事実でありましょう。

生前、お会いしていた方においても、お会いしていなく
その後にその教えを知られた方におかれましても
熱烈な方がたがおられると思います。
であるならば、それほどに偉大な魅力のある方であったのならば
かつての八正道を説いた、その魂の悪霊のこととかを説いた
それだけでほんとうに終わってしまうような、そのようなことだけで
高橋信次と呼ばれている霊が終わりを告げているかといったら
とても、とてもそのようなものではないのです。

あの方がそこで説かれた法というものは、ほんの切り口でした。
そして地上におかれて個性体を獲得されたということをもって
天上界より自分の肉体というもののかせをはずした意昧での通信を送り
地上の者たちを善導していく、指導し
まさにエル・ランティこそが夢に描かれた地上仏国土
地球を愛の星に変えていくという
その最後の総決算の大計画の陣頭指揮をとられておられるのが
エル・ランティそのものであられるのです。

それほどに、高橋信次と呼ばれる方が
行われようとしていた使命というのは大きく
熱意というものは破格的なスケールの中にあるのです。
ですから、慕って、あの方を慕って
G会とか高橋信次だけを祭り上げる会があちこちにありますけれども
あの方を師と思われるのであるのならば、あの方はそんなちっちゃな
ちっちゃな日本の一新興宗教の教祖だけで終わっていたような
そんな小さな方ではないということ。

もっともっと、破格的な大きな、この地球人類の命運をかけていくような
そのような陣頭指揮に当たられるような、偉大な生命体であるということを
師に対して敬意をもって認め、この地球人計画の、大改革の運動の中に
高橋信次によって指導された方がたよ、集結し
高橋信次がこれからやられようとしておられる計画に対して
力を貸していただけるのが真の弟子の筋ではないかと
私などは思うのであります。

(2005.6.16 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-11-30 15:58 | アポロン | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(28)

あなたたちの中で盛んに話題になっている、アミとかいうのも
我々の中から見たらば、地球は地球として精一杯の
こういう霊言者(アマーリエのこと)を出して、指導してますよねえ。
計画も第一、第二、第三と立てている。

こういう地球神レベルでの努力と、あとやっぱり我々は宇宙界の人間だから
ほかの惑星の方たちと話をしながら、外部的な意味で
やっぱり地球を宇宙の一員にするための
ま、いい意味での刺激として、協力してくれるという
彼らなりの努力方法も数々あって、やっぱりその中の一環として来る。

それと、我々が言ってることが違ってたらおかしいじゃない。ね、
だから我々はちゃんと、宇宙会議の中で
話がちゃんとできてるっていうことを
こういう我々が話していく内容と、外部の異星人が話をしてきた
そういう書物がね、一致するってこと考えて
だから我々の計画も、宇宙の人たちが言ってることも、根本的には同じ
地球の進化発展の今この一大セレモニーのために
もう内と外が手を取り合って
やろうとしていることなんだっていうことが
証明されたっていうことでしょう。

この人があの本を読んで、我々の言葉でまねをして
これだけの数々の膨大な霊言をつくれるとしたら
この人ほんとに天才だと思うけど、そんな能力はないわけだから
当然、我々の言葉を伝えながら、地球の神霊レベルの指導を受けて
この人はやってるの。

だけど、宇宙は宇宙のほうから我々の要請を受けて、地球に対して
まあ黒船来航のように、刺激を与えてくれているってことも事実なわけ。
だからそれが今、手を取り合おうとしている。

新たな時代を、幕開けしていくためにはね、その今までのたくさん
まあ産業廃棄物とかじゃあないけれども、ごみがいっぱい出てきて
悪想念がいっぱい出てきていると、それを一度大清算していかなかったら
新たな美しい宇宙文明つくれないでしょう。

だからそれを総整理するためには
やっぱり数々の、津波でも地震でもそうだけれども
人びとが、人類がため込んでしまった悪想念を、清算していくという
その過程において、どうしても必然的に伴ってくるものであって
ただ、今まず、法の根幹を降ろさなければね
もう今度来るのっていうのは地球レベルの大清算になってくるから
部分的なエリアだけの清算ではないからね。
そうすると、下手すると
人類どれくらい生き残れるかっていうくらいのことになるわけ。

でも、常にそういう種人種がいてだよ
それでまた、新たな時代をつくってきたってのもあるから
それほど少ないとは思わないけれども
でもやっぱり、間違った者が多い場合は
ほんとに意識的に目覚めた人たちが核となって
新たなまたものを興していくわけだから
そういう意味で多くの人たちが巻き込まれるかもしれないけれど
まずひとつの、その宇宙文明にシフトアップしていくための
その前段階としての総清算というのが行われなければ
次の次元には行けないということ。
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古いものを引きずったままなかなか行けないということだよね。
ある意味で宇宙に開国しろということでー
この間、面白いこと言ってたね、誰だっけ。
「黒船を宇宙船だと思え」みたいなこと言ってたでしょう。
それは同じことなんだね。
まさに、うまいこと言ったもんだと思ってたけど。

だから、確かに、明治維新の中に
これから宇宙文明に対して我々がやろうとしている縮図が
そこにすべて入っているということ。

彼らが刺客に切り殺されていった。
だからこういうことやる人たちは、常に批判と中傷と
身の危険の中にさらされていくということ。
でも、「彼らの時代から見たらはるかに安全だよ」と言われた
そういう時代。
でも、彼ら頑張ってくれたから
言論の自由も、信仰の自由も、出版の自由もあるわけでしょう。
あなたたちがやるためには彼らが命がけで戦ってくれて
あの封建体制の中から解放してくれたという、そういうところで
我々が、わたしもそうだけども、法を説くことができたしね。
あなたたちだってこういうことができるわけだ。

その上であなた方が頑張って、今これから新たな
我々の世界からの通信を中心にした法というものを残してね
それに宇宙の法っていうのが出てきて
地球の法の中から、延長として宇宙に対する認識があり
そして宇宙のほうからの、宇宙人たちからの呼びかけもあるというのが
合致した時に地球レベルで宇宙の仲間入りができるという
そういう水準の時期が来るという
それは周期においても、すべての意味においても
今回はすべてが一致した時
だからこのチャンスを逃したくないという
我々の必死な思いがあるということ。

あとそれからやっぱり、相当な意味で
地球神霊の体が蝕まれているということを考えると
あまりもうこれを延ばしてもいけないから
地球レベルで一度総清算を行わざるを得ない。
もうこれ以上は耐えさせておけないということがあるということ。
それぐらい人類はひどい病巣をつくってしまったということだよね。
そんなことでいいでしょか。

(2005.3.17 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-11-27 19:46 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

日蓮聖人からのメッセージ(12)

今、ホームページで多くの人びとの関心を惹いているのです。
時間は多少かかるかもしれません。
でも、いつか時が来たならば、必ず爆発的な人気を呼び
多くの人びとのニーズに応えていくことがレムリアの中にあるでしょう。

その時に、どうか
Eさんやこの者(アマーリエ)だけに法を説かすということではなく
あなた方一人ひとりが、すでにもう、じゅうぶん蓄えてきた法を
お一人おひとりのかたちで発表していってほしいのです。
語っていってほしいのです。

ここには、芸術家さんもいます。
お医者様もいます。
そして、多くの仕事をできるだけの能力を持った他の方々がいるのを
私は見ていてよくわかります。

あなた方はたいへん有能な方々なのです。
ご自分の職場において、生きる場所において
どうか法を語っていただきたいのです。
法を表現していただきたいのです。
それをしなければ、法はただ、絵に描いた餅に終わってしまうのです。
その生きた法を世の人びとに伝えてこそ
法灯というのは灯されたことになるのです。

一部の者たちだけが悟り悟りといって
知に明け暮れたテスト、勉強だけに明け暮れていた時代。
まず小乗として己自身をつくってから、大乗、多くの人びと
大衆を救済するという方法論はわかりましたが
しかし、その小乗の極致にいくまでもなく
多くの者たちは、その身勝手さゆえに堕ちていったのです。

ですから、あなた方はもうじゅうぶん学んでいるのです。
学びながら法を説き、日常生活の中に語り、大衆救済をなさい。
それだけのもう力があります。
それだけのじゅうぶん熟した時を歩んで来ているのです。

あなた方を見ていて思います。
幾転生、このためにあったのか。
この地球人類、地球文明というものが、大きな、大きな、大転換の時を
今、経験しようとしているのです。

その「時」というものがわかったのなら、今あなた方が命がけで
今の仕事をしなければいけないということが
私に言われなくてもわかるはずなのです。
わからなければなりません。
その覚悟の中で、ご自分たちの光線をー
ひとつだけではないのです。
多くの特技があり、多くの使命があなた方にも降ろされているのです。
(難問にぶつかった時)安易に私たちに聞くのではなく
まず、ご自分たちでやって(検討しあって)みなさい。
そうすれば、もう答えが出ているはずなのです。

神は、ひとりとして、同じ人をつくりませんでした。
どんな人であっても、道端にある雑草でも、何かしらの意味を与えられ
必然性を与えられ、その個性をおっくりになられているのです。
であるならば、道端の草よりもけるかに優秀であるあなた方に、
あなた方独自の、オリジナルの使命を与えないわけがありましょうか。

どうか誇りを持ち、ご自分たちの過去の幾転生、地球人類
地球文明の中で生きてきた総決算として
今回の転生を生き抜いていただきたいのです。

今回の転生といいましても
そう何十年も何百年も生きているわけではないのです。
あと数十年なのです。
その間に、今、神はあなた方の仕事を欲しているのです。
どうか命がけで頑張っていただきたいと思います。

Eさん、あなたは今(編集するのに)心に自信がないですね。
次の霊言集を出す時に
どう自分の意見をまとめていっていいのか、自信がないのです。
でも、それは、本をたくさん書いていくうちに
自信というものは出てきますから。

一冊目の出来具合い、素晴らしかったのですからね。
そんなに気負わなくていいですから。
まず、最初の頃からの、そうですね、今、さっき聞いていましたけれども
流れの中で、どのような展開でレムリア(の動きが)が起きてきたか
それを、やはり、聞かなければ普通の方はわからないのです。

どのように天上界からの呼びかけがあり
どのようなシチュエーションの中で、このような霊言が降りてきたのか。
同じ言葉であっても、TPOというものに応じて、やはり違うのです。
我々の言葉も、相手があって言っていることなのです。

ですから、その状況をしっかり説明して、一冊分、内容の濃いものを。
一冊目が勝負ですよ。(この最初の霊言集)
よろしいですか。
霊言集というものは、これをまず、虎視耽々と見ている者たちがいるのです。
その者たちをうならせるほどの内容を、やはり、つくらなければ駄目なのです。
一冊目で評価されるのです。
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一冊目が駄目であるのならば
レムリアの霊言はいい加減であると、偽物であると
そのように高を括られてしまうのです。
ですから、別に誰のものを入れてもいいのですが、あなた方の意見を伺いながら
人気のあるものを、良かったものを、レムリアの当初からの流れに応じて
あなた方が編集していただければいいのだと思います。

そして、本が出るのには、たいへん時間がかかります。
経済的にもエネルギー的にもたいへんなロスが多いのです。
ですから、やはりネットを通して、経済的な部分も含めて
今、お話になられていたような方向性で頑張っていただきたいのです。

そのうえに、支後者も出て来ます。
今は経済的にたいへん負担がかかっていますけれども
それも、そのうちに解決されていくことでしょう。
だから、もう少し、我々を信じていただきたいのです。
そして、我々にもっと霊言を降ろしてほしいというのであるならば
降ろしましょう。

ただ、わかっていただきたいのですが、さっきも申しましたけれども
人にはそれぞれの専門というものがあります。
ですから、あまりこの者の認識力のないものを上から降ろしたとしても
その霊人が言おうとしたものをこの者が言語化できないのです。
認識能力というのはそういうものなのです。

「器」とよく申します。
梵天であればまあ降ろせるとか、まあ菩薩界の者であるならばこの程度だとか
九次元の方だから、八次元レベルだから、七次元レベルだから
この程度の認識能力の法を説いたのだとかいうことを
あなた方はご存じだと思います。

それは、その者の器に応じて、認識力というものがあるのです。
天上界から同じ霊言が降りていても
その者が持っている器の認識能力に応じて
言語化されていくということなのです。

ですから、認識能力がない者に、いくら本物のニュートンが出て来て
本物のクートフーミーが出て来て、量子力学や原子論を語ったとしても
この者は翻訳できないのです。
それを(この者が)嫌がって
クートフーミー様はずっと順番待ちをしているということなのですけれども。

でも、昨日言いましたような
次元構造の簡単な物理的説明とかいうものであるならば
この者の認識能力を使って話せるということなのです。
ですから、やはり、この者の器、認識能力
力量というものをわかったうえで降ろしていきます。

皆さま方、男性です。
ひじょうに知性的であり、理性的であり、理数系において
とても得意な方々が多いと思います。
でも、この方は、本来、芸術関係の星から来た方でありますので
ひじょうに感性的なもので、すべての現象をとらえるという癖があるのです。
しかし、女性の中では相当に知的に優秀な方なので
理論的な話には相当ついて来られるはずなのです。
しかし、多くの方々においては、まだまだ物足りなく思うかもしれません。

でも、これは、今のこの時の中で
精一杯のことであるということを皆さま方は認識して
そのうえで我々の霊言というものを聞いていただきたいのです。

私も、この方の言語中枢を使って
たいへん、横文字の言葉に慣れて参りました。
横文字の言葉しか入っていないことがありますし
日蓮の時代とかの日本語ではたいへん違うのです。
私も相当慣れて参りましたが、このあいだのゾロアスター様は
遥か古代の霊であり、言語も
そして通信方法もご存知ない方でありましたので
たいへん苦しんで、降ろすのにたいへん苦労なさっておられたようです。

でも、ゾロアスター様はずっと順番を待っておられ
今回、九次元の方十人すべてが降りるというのが
今回のレムリアの目的でもございます。
そして、九次元の方といえども、皆が一丸となってこのレムリアのために
天上界が一丸となってこのために、努力を惜しまないという決意のもとに
皆が(アマーリエを通して)出て来ております。

(2004.8.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-11-24 07:20 | 日蓮 | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(10)

この地球というものを考えていたときに
大いなるアクエリアスの時代という霊性進化の発展の時期
高度なバイブレーション、精妙なバイブレーションの中で
地球自体が進化発展してきた時期というのがあります。

今まではひじょうに野蛮な、ひじょうに幼い
そう、言うならば小学生低学年レベルの修行の場所であったのかもしれない。
愛の心をもって、もう少し文明、科学を発達させ
文明人の仲間入りをさせていきたいと
高度なことを教えてあげたいと思っても
その前に、宇宙を統べる愛の法則である神のご意志
その法則に則った動きをしないから
自浄作用により淘汰されてきたというのが今までの歴史なのです。

だからこそ、あなた方はまず人びとに伝えよ。
神とは愛の根源そのものであると。
愛の法則そのものであると。
大宇宙すべてを生かしむその思いは
神の愛の法則そのものが生きとし生けるものに染み渡り
神の愛のエネルギー、神の光が
すべての生ける神の子たちの体の中に流れ出でて、その姿形をつくり
それを神の体の表現体として、この大宇宙を統べておられるのだと。

法則。
愛とは法則であり、愛は旋律であるということ。
波動であるということ。
この愛の法則に則らぬものは
この大宇宙において存在を許されぬものであるということ。
それが許されるような次元のレベルの地球であるということを考えると
いかに我々の地球というものが
まだまだ初歩的修行の段階にある星であるかということがわかるであろう。

今、ルシフェル、サタンなどの者たちがここから抹消されることなく
その修行の、反省の場として、彼らに許され、与えられているというのも
彼ら自体の修行の過程の中で
まだまだ地球はそれが許容される修行場であるということなのだ。
だから彼らにしても
もしこの地球自体の修行場としての役割がレベルアップしていったのなら
彼らはその姿を見て反省し、同じく上がってくるやもしれぬが
そうでなければ、別の形で別の星に行って修行するような形態を
とらなくてはいけなくなるかもしれない。
そのようなこともあるということをわたくしは告げておく。

だから、わたくしとしてみれば、この地球自体を修行場として
もう少し高い次元の波動の中にある、愛というものを圧倒的に体現できる
そのような磁場にしていきたいと
そのような星にしていきたいというのが
今回の大プロジェクトの目的なのです。

それには、今回のような飛躍的にステップアップする時期というのが
かつて数千年前、いや数万年前より
宇宙の中における地球の時期というものを
よくよく考えて設定されているということ。
数万年前からおかれていた、今日の大事な地球にとっての要の時期が
今回の計画であったということを思うならば、みだりに簡単に
我々天上界の者たちが諦めてしまうには忍びないという気持ち
わかっていただけるのではないかと思います。

このようなチャンスをつくるために
他の霊人方もおっしゃられていたけれども
命を投げ出した数々の方がたの努力と歴史があって
今日がつくられてきたのです。
その大事な、まさにこのとき
今現在に、この磁場の、この光の中心にあなた方がおられ
そして奇跡であると思われるような
霊界通信を受けている立場であるということ。
そのことを思って最大限の努力をしていただきたいと思います。

地球の使命は、この太陽系の中において
太陽系のプリンスと呼ばれているほどの立場であります。
大宇宙からみると心臓部に近く
この大銀河系宇宙自体がひじょうに知的な場所でもあり
神のお体をもし大宇宙に例えるのなら、地球の位置は
ひじょうに要のところにあるとわたくしは認識しております。

銀河系には他にも、我々地球よりもっとすばらしい星はあるのですが
我々にしてもこの美しき地球を
大宇宙の心臓部の中においても恥ずかしくない水準のものに
光輝かせていきたいと
地球を預かるものとして、わたくしはそのように思っております。

人びとの心の中に愛がなくなったとき、愛の法則により
その人類はこの地上に、いや宇宙に住むことが叶わなくなるということ。
それは波長同通、因果律の法則の中にあり
愛の法則の中にあることなのです。
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圧倒的な愛、圧倒的な光の前に闇など存在しえないのです。
しかし、ほんの一部の闇がこの地球に巣食っている
そのほんの一部の闇に光の軍勢が負けたという事実があることを思って
闇というものをばかにできないと
ミカエルたちのように精一杯、闇と闘っている者たちがあります。

しかし、本来、大宇宙というものを
宇宙全体を神のお姿と、お体としてみるのであるならば
地球の中におけるわずかなものなど、地獄界などは
ちょっと転んでけがをした
かさぶたくらいのようなものでしか存在しえない
ほんの一点にしか過ぎぬということ。
そのことを考え、あなた方は闇に怖気づくことなく
けっしてそれに負けることなく
毅然と、光の使者としての道を歩んでいってほしいと思います。

神の愛というのは無限であり、神のエネルギーというのは無限であり
この大宇宙は愛の法則により、無限の光により
その法則により動かされているということ。
それを、今回のレムリアの教えの一番大事なところとして
あなた方がしっかりと後世に残さなくてはいけない。

神というと、人間の形をした
我々のような者たちが根源神であるかのように思われてきた。
しかし、我々は高級神霊であり、あなた方の指導者ではあったが
イエスもモーゼも仏陀もアラーも
みんなすべてが、あなた方より先輩である指導者たちであったのです。

神本来の姿は大宇宙の中にある愛のエネルギーです。
その愛のエネルギーをすべての者たちが分け与えられ
神の子として存在している。
だから、自分たちの存在を最高に輝かし、個性を発露させていくのは
自らの中にある愛の思いを最大限に引き上げて
愛のボルテージというものを最高限度に引き上げていって
宇宙の神に感応していくということです。

自分の親である神の愛にもう一度自分自身を投げ込んで返していくという
戻っていくという姿。
それこそが自分本来の道であり、そのときにはじめて
一人ひとりが違う個性と才能を分け与えられ
つくられた神の子であるということを、今一度認識し
他の者と何が違うか、どんなすばらしい才能があるかということに
真に気づくことができる道を築くのです。

自分の欲や、大きくなって名声を得たいとか
そんな思いで自分の将来の仕事や自分の天命、天職というものを考えるよりも
一度、神の愛という存在の中に自分自身の存在を投げ入れることです。
原点に戻り、自分の中からもう一度神の本源に
大宇宙の本源に還って、結びつけて
自分自身の原点に戻っていくということ。
神の愛を通して自分自身に還りついていくということ。
そのことを人類は知らなくてはいけない。
そうでなければ、これからの地球に修行する者たちにとって
すばらしい人生の修行形態というのはありえなくなるということを
あなたたちの法の中にぜひ残していただきたいのです。

今のあなた方の人生にも役に立つことでしょう。
でも、これから後に生まれくる者たちの、これからの者たちにとって
それが常識になっていかなくてはなりません。
愛の波動に同調できる者だけが残っていく。
それが神のご意思でもあるのです。
それに背いている、それにそぐわない者は
波長同通の原理の中で、大宇宙に存在を許されなくなっていくということ。
そのことをもっともっと学ばねばなりません。

(2005.7.30 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-11-21 08:38 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

天之御中主之神からのメッセージ(11)

日本神道最高位、天之御中主之神さまのメッセージです。
2800年ほど前に現在の九州、高千穂峰に生誕しました。
後の神武天皇にあたり、日本の国づくりのために肉体を持った
地球霊界最高層にほど近い、高級霊の方です。
2006年にレムリア・ルネッサンスアマーリエさんが
降ろされたものの一部です。

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いちばん大切なのは、神の方向を向くということ。
全身全霊をもって神の方向を向くということ。
神の子として生きるということ、それに尽きているということ。
とても簡単なシンプルなことである。

大自然と調和し、大自然の中にある、大いなる自然界の循環の中で
すべての万象、万物が神の子であるという、その大循環の中で
その中に生かされている地上の人間たちも、神の子の一部として感謝し
すべての者たちが助け合い、すべての大自然界に感謝し、調和し
みなで手を取り合って、辛いこと、悲しいこと、悲観的なこと
そういうものを考えず、ただただ光を見
ただただ、神のほうを向いて明るく生きていこうと 。

闇の部分がけっしてないと言っているのではない。
本来闇なしと言うけれども、悪なしと言うけれども
その部分がないとは言っていない。

ただ光の方を見続けることにより、闇も悪も気にならなくなり
そちらのほうを見て、くよくよしている暇があるのならば
明るい明日を明るい未来を夢見て
努力して生きていこうではないかというのが
光一元の本来の教えなのである。
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神はけっしてそなたたちを罰しない。
そして、そなたたちは最も高貴であり、偉大なる一人ひとりが
神の子としての本質を持っている。
そのことに気づいて、勇気を持って、神の子の本質をきらめかして
地上に生きていっていただきたい。

そのような者たちが一人、ひとりと増えていくことが
それこそがこの地上をユートピアにし、地上を天国にするという
その道であるとわたしは思う。
地上の生活、日常のひとコマひとコマを無視して
この地上に天国はなし得ないとわたしは思う。

一人ひとりの気持ちがいちばん苦しむのは、自分の神の子としての生き方に
嘘をついた時から
自分は知っているのにそのような生き方をしているという
そのストレスの中で
そなたたちも多くの不幸や苦しみをつくり出しているということ。
ならば、もっと正直に、自分自身の可能性に忠実に生きてみようと
その勇気のある者たちが出てきてくれることをわたしは心から願っている。

誰に強制されたものでもなく、そこに生まれることが最も深い学びであると
そしてそなたたちの仕事を、使命を果たせる場所であると信ずればこそ
そなたたちはそのような肉体と環境を用意してきているのであるということ。
であるならば、ほんとうの真実を知ったのならば、不平不満はなく
ただただ感謝しかないはずである。

「永遠の時の中における魂の目での成長」という視点がないから
今の地上の者たちは、いたずらに悩み、苦しみ
本来価値のあるものを捨て去り
ほんとうに価値のあるものではない、無意味な享楽的なものの中で
出世とか学歴とか、お金とか名誉とか、そういうものに奔走しているのである。

生活を維持する最低限のものは、肉体がある以上は必要ではあるが
それ以上のものを持って人生の喜びとし、価値尺度とし
そしてそちらに向かって大成して
成功していくことのみが人生の成功感覚であると
間違った方向に努力することのみが人生の成功感覚であると
そのように、間違った方向に努力する者たちがあとを絶たない。

そのようなものはがらくたであると、そのようなものを手に入れたとて
そなたたちの魂がそれを通すことで、ほんとうに成長すればよいが
多くの者はそれにより魂をおとしめ
ぜいじゃくにしていってしまっているだけであるということも
気づかねばならぬ。

地上に降りた今の時は、
あとで取り戻したくても取り戻せないほど
貴重な時の価値を持っている。

今できることを、永遠の魂の中で
地上で修行できる時は、ほんとうにわずかな時である。
永いながい永遠の魂の中で、そなたたちが今この地上に肉体を持ち
自らの魂を成長し、進化させ、学び
そして多くの者たちのために、そしてそれ以上に神の使者として
天上界の意向を受け、その仕事ができる幸せに浴している。
そのような貴重な瞬間は
これからの転生の中でも、そうはないかもしれない。

それにしても、この地上の一瞬一瞬は
黄金でできた時のような意味を持つ。
その時に「無駄な生き方をするな」とわたしは言いたい。
ほんとうにあっという間の数十年であるとわたしは思う。

毎日毎日が平凡なことの繰り返しであり
また今日のように明日が、明日の次に明後日が
一年後が、十年後が、永遠に続くかのように
そなたたちはこの地上の時を生きているかもしれぬ。

でも、そうではないということ。
いつか必ずや「死」というものが訪れ、そなたたちは地上の仲間たちから
家族から別れて我々の世界に帰ってくる。
それはすべての者において平等であり、ひとつの真実として
システムとしてあるということ。

であるならば、残された黄金の時を
月日をどうやってそなたたちは生き抜くか。
今回のように、特に歴史的なターニングポイントにあたるような時代を
生きているそなたたちは、この黄金の日々をどうやって生きるか。

いちばん大事なことは、神の子としての神性、あなたの魂のうずき
それとズレず、ギャップを起こさずに一体となって生きる
そのぐらいのストイックな勇気のある生き方
そのようになった時、本来の神の子としてのあなた方と
地上であなた方が行う、振る舞う行いが一体となる。

そのような生き方をしてみせたのが、最近で帰天した中では
マザー・テレサと呼ばれている方がおられるであろう。
あの方は、地上に降りた神の子としての彼女の魂と
地上に姿を持っている
その肉体の振る舞いが、言動が、すべて一体となった
ずれのない生き方をした方
それがマザー・テレサのような方であったとわたしは思う。

であるならば、そなたたちがそなたたちの光を最大限に発信するには
天上界の意向のために自己を犠牲にして不本意な生き方をするのではなく
そなたたちの神の子としての神性のその「うずき」に
地上の肉体を持ったそなたたちが一体となる努力をして
そなたたちのオリジナルの
そなたたちでしか出せぬエネルギーと愛を地上に広げて
発散して生きて行くこと、発信して生きて行くこと
それこそが最大の神のメッセンジャーへの道であるということを
わたしは言っておきたい。

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他の天之御中主之神からのメッセージ
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by nagoyasc | 2016-11-16 15:07 | 天之御中主之神 | Trackback | Comments(0)

アモールからのメッセージ

ひじょうに不幸な土壌の中で、仏陀という方は下生せられ
そして今回、法を説かれたのです。
やはり、幼きころよりの家庭環境、そしてこの地上における教育
そして身の回りにある方々の影響を受けながら
時代というものの影響を受けながら
彼は彼なりに頑張って法を説こうとされた。
そして、我々も精一杯、その彼を信じて呼びかけをしたのです。

そして、彼はそれなりにパーニャパラミタを開き
天上界からの仏智である法を降ろし、精力的に
今のあなた方のようにテープ起こしをひとりでし
そして、そのあと来た仲間と一緒に一生懸命
書籍を出そうとしてくれたのです。

私は彼の初期のころの覚悟を
彼の最初のころの情熱に満ちた、頑張ろうという
我々のために一生懸命報いようと思って頑張ってくれたあの姿が
けっして嘘だとは信じたくないのです。

一生懸命、私たちの言葉を聞いていた青年の
まだ若きORという者の眼差しを私は見ています。
そして、信じていました。
けっして、最初から間違っていたわけではないのです。
最初から間違って悪として生まれて来る者など、誰もいないのです。

しかし、そのような者であったとしても
心得違いをして魔に魂を売り渡したとき
いかなる私たちの世界の仲間であったとしても
このような哀れな姿になってしまうのだということ。
それを我々は学び、そして地上の者たちも、その姿を見ることにより
いかに法の世界で生きるということが厳しいかということ。
そして、一瞬の油断があれば
このような危険の中に堕ちていくのだということ。
それがたとえ九次元といわれる者であろうとも
その危険性の中にいるということをね、わかっていただきたい。
人類は学んでいただきたいのだと
その見本を、ある意味で例を見せてしまったのだと
私は、そのように思うのです。

だから学んでいただきたいのです。
私とて同じなのです。
いつ、そのような危険に遭うかもしれないのです。
かつて、エッセネ派という方々がおりました。
以前にも出られ、素晴らしいお話をしてくださった
私を育ててくれた女性の方々が来ておられました。

そしてエッセネ派の長老と呼ばれる方もおられ
私を初期の頃から様々な見聞に連れて行き
そして多くの聖書の知識に対する解説をしてくださり
そして私にいろんな秘儀を磨くようなチャンスを与えてくださったのも
エッセネ派の方々なのです。

そのような愛ある深い信仰心の団体の中で、私は育てられたからこそ
今日のイエス・キリストといわれる姿に
法を説く二千年前の私の姿があった。
法というものを、イエスが、イエス・キリストとしての
愛の法というものを説けたという実情があったのです。

それから見ると、私は大工のせがれではありましたが
今日のOR氏に比べると、まだまだ恵まれていたのであるなと思います。
彼は、そういう意味でひじょうに不幸な境遇でした。
しかし、それをものともせず頑張ってくると言って
出て行かれた人なのです。
どうか、そのあたりのことをご理解いただきたいのです。

彼を責めるのは簡単かもしれない。
でも、今の時代の中で、今のこの波動の中で
この難しい時代の中で法を降ろし、法を説き
そして一個人として悩み、人生の苦悩も修行も行いながら
人類救済という仕事をしなくてはいけなかったという彼の立場を
どうか、どうか、皆さまご理解いただきたいと思うのです。

彼一人を裁くことは簡単かもしれない。
でも、いつもそのような危険性の中で
大いなる使命を果たしていく我々にも
常にその緊張感と、責任と、己自身の能力に対する
ジレンマというものとの戦いがあるのです。
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なぜ、私がこのようなことを言うかというと
先ほどの方もおっしゃっていましたけれども
ミカエルも言っていたと思いますけれども
ここにおられる方々というのはね、指導者になっていく方々なのです。
そして指導者に、本来の指導者になるために
もう二度と心得違いをしてほしくないという
そのような天上界の祈りがあなた方に対してもあるのです。

私のことをイエス・キリストと呼ばれているだけの生命体であると
あなた方はお思いかもしれない。
イエス・キリストという生命体だけではなく
かつて幾転生しながら私の中にも、多くの過去世の知識があり
ひとつの、あなた方が認識しているナザレのイエスというだけの男ではない
男性霊としてのイエスという、キリストという、その生命体があるのです。
アガシャーと呼ばれる生命体だけではないのです。

最初に来たときは、アモールと呼ばれておりました。
その総合的な本体の名をとおして、アモールと呼ばれておりました。
アモールとは、意味として「愛」ということなのです。
私は愛というものを説くために、この地球に招霊された魂なのです。
魂の中において愛を語ることが私の本義であり
創造主が私に要請されたことであるからこそ、愛というものを表現し
愛というものを通して法を説きつづける
それが私に課せられた使命であり、私の仕事の内容であるのです。

そのように、私たち九次元の者たちを
そのような使命を預かった、一光の天使であるのだと
あなた方は、もうそろそろ、とらえてもよいのだと思います。

神よ、神よ、と手を合わせ、私たち人格神に対して
根源神であるかのようなあつかいをする時代は
もう少し経ったら終わっていくのです。
そのような錯覚があるからこそ
エル・カンタラーを「生き神信仰」の中で祭り上げてしまったのです。

違うのです。
人格を持って修行している私たちも
あなた方と同じ指導的な立場にはありますが
やはり、ひとりの修行をしている魂であるということ。
ただ、普通の方々以上に、この地球というものを管理し
地球というものを指導していくという責任において
あなた方より、少しばかりは責任の所在が大きいのかもしれません。
ただ、それだけのことなのです。

(2004.8.21レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-11-13 13:28 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(27)

理念的に、その法っていうものを、地球をアガシャー系としてやっぱり
法として管轄して、動かない人たちもいるっていうこと。
地、火、水、風っていう、宇宙を構成しているエレメントっていう
要素っていうのが、いくつかの要素があるわけだけれども
その中でやっぱり、大地に根を張っていくとか
自らが愛の固まりとして火のようになって万物を育んでいく者とか
あと、水のようになって人の心を潤しながら
万物を成長させていく役割の人とか
いろいろなのがやっぱりね、星の中でも、魂系団の中にもあるんですよ。

で、このレムリアのこの芸術関係の人たちっていうのは風なんですよ。
だから我々が「レムリアの風」って、風を出してくるのも
芸術関係の方たちは風なんです。
だから一個所にとどまっていられないの。

人間の転生の、人生の中から見たら、たかだか百年足らずでしょう。
その中で見たらばね
永遠の時に、何億っていう時代に思ったかもしれないけれども
我々のように、ずーっともうはるか昔から時を流れてくると
この人たちは一瞬にして、素晴らしい風を吹かせて
そしてまた別のところに去って行く
風のように行く人たちっていうのが、感覚的にあるわけねえ。

だから名前が「レムリアの風」っていうのも
その名前をここに最初もらったっていうのも
ひじょうに商標登録で、この人が守ろうとして、すごく頑張ってたでしょう。
それも、そういう意味があるのね。
ちゃんと意味があって
上から言葉、グループの名前っていうのはもらっている。

だからそれは逆に言うと、風のグループが出て来てるってことが
ある意味で言うと、今までの仏陀系団の人たちがあまりにも地に根を張って
法の根幹の部分でかたくなに頑張り過ぎたから
そこの緊張感、ストレスをほぐすという意味でも
さわやかな風を送り込んできたっていう、そういう計画でもあるということね。

人はそれぞれの自分の生まれもった魂の属性に応じて
仕事というのはするものだから、使命というのは与えられるものだから
じゃあ逆に、人の心がかさかさになってしまったならね
「水の系団の人たちが行って、大地を潤して来い」と言って
出て来る場合もあるわけですよ。

それに対して、やっぱりこうかたくなな頑強さが出てしまった時は
ある意味ですべてを握りしめ過ぎて、大地に根を張りすぎちゃう場合は
「一度握りしめたものを離してごらん」っていう意味もあって
その風という人たちが出て来ているっていうとこもあるんですよね。

話はそれてしまったかもしれないけれども、だから大きな意味において
あなたが考えているような、アトランティスがあった
ムーがあったっていう時の、次元のシフトアップっていうのと
今回の次元のシフトアップつていうのとは全く違うものだということ。
宇宙文明の、上に上がっていくためのシフトアップであったということ。

アトランティスの時にもできたら
まあアトランティスの時と今回の時とはリンクしていることがすごく多くて
科学と精神のバランスっていうものを、両方にとって、両輪にして
新たな宇宙文明に行きたい。
だから、ま、ある意味で
アトランティスの時の集大成でもあったっていうのは事実ですよね。

だから、あの時には仏陀も出ているし、アガシャーも出ているわけだから
そういう意味で言うと、最後法の集大成をしていって
その上で科学文明ってものがものすごく発達していくことによって
できたら宇宙文明の幕間けができたらいいなっていうのも
確かに成長過程としてはありました。

でも、あとこれがね、人間の体の成長と同じで
アクエリアンエイジというのがあって、水瓶座の時っていうのがあって
これは霊性進化の時というのがあるんですよ。
それがひとつの周期的なものの中にあって地球自体に
だからそういう意味で
ひじょうに霊的なスピリチュアルなものの
ジャンプアップできる時期っていうのが
この今地球にちょうど時期で表れている。
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我々そういう暦のようなものも、宇宙のエネルギーの作用っていうものが
反対にこう割り出す形
それで今の時っていうのを設定してきているのもあるんで
これはあんまり、君、話す内容じゃないんだけど
まあ宇宙界的な話ですよね。
その意味で、あと別に、これが宇宙的な意味で
宇宙の一員としての意識に発展していくことができたのならば、ね。
そしたら今度は新たに地球に
別の修行形態っていうのももたらすこともできるし
地球自体で、今までのプロセスの修行の魂たちは
ま、今いる人たちが、全部卒業できればそれでいいんですよ。
でもそうでない人たちは、地球が今度新たなね
宇宙文明からの魂の修行の場所というふうになるから
今ついてこられない人たちは、別の星に行くことにもなるのね、逆に言うと。
わかる?

ここ自体が宇宙文明の一員になったら、たとえば今小学生くらいかもしれない。
でも中学校レベルの磁場になったら
小学校卒業できない人たちは、まあいてもいいけれども
「ほかのところに行って、もう一度小学校やってらっしゃい」って
ことにもなるでしょう。
あと、中学以降の勉強の、もう終わってしまった人たちがいるならば
それ以降の別の惑星に行って
もっと上のことを勉強したいって人も出てくるわけじゃない。

だからそういう時期っていうのがあるんですね。
入れ替えをしていく、その時期にもなっている。
そういう意味でぜひとも
この地球として、我々もこれだけ頑張ってきたんだから
ひとつの周期として、宇宙文明の仲間入りをさせていくような
そういう高度な精神的な修行形態ができるような惑星に変えていきたいと
そういうふうに今、地球っていうものを、磁場を整えようとするために
いろんな法を降ろしているということ。
それにはまず心の教えが大事だということね。

(2005.3.17 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-11-10 08:03 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(22)

愛をひたすらに表現していく。
根源の神が愛そのものであるということ。
そこに全幅の信頼をおけたとき、自らに対する信頼感としても
愛というものを、奉仕しようというエネルギーが
自然に魂の奥底から湧き上がるものなのです。
その信頼感を抜きにして、男女の問題においても
地球すべての人びとが愛し合うということにおいてもあり得ないのです。

自らが神の子であるということを知り得たときに
はじめて、人びとは絶対的な愛を信じることができ
誰も裏切らない、誰からも裏切られない
そういう自らへの愛に報いていこうとする。
愛の奔流として、自らを愛に向けて解放することができるのです。
神が、愛のエネルギーそのものであるということを知らない
自らが神の子であるということを知らない魂にとっては
そんなことは恐ろしくてできないのです。

そして、一回きりの、たかが数十年の人生がすべてであると思うからこそ
恐怖心が湧いて、何が何でも
人を傷つけてでも、人を蹴落としてでも這い上がって
自分だけでも今世いい思いをしようという
そのような欲とエゴのぶつかり合いが出るということなのです。
そんな認識から、もう解放されねばなりません。

一時この肉体をまとっていても、病により傷つき、使い物にならなくなったら
「早くほんとうの、幸せな実在界に帰っておいでよ」と
上から手を差し伸べているのが、天上界なのです。
数十年の命、長く、天寿を全うしたといって
百年、二百年、生きたいと思うかもしれないけれど
そういうものが、今の地球において
ほんとうの意味で幸せであるとは思えない。

我々の世界に行くと、肉体というものはそれほど老化しないですみます。
質は変わってしまいますが、ずっと持っていたいと思ったら
持っていけるのです。
記憶も、維持したければ維持していくことができる。
記憶を失ってしまうから
今回の人生だけがすべてであるという無知蒙昧なところに
人間は墜ちていってしまうのだけれども
ほんとうの意昧での記憶を維持して
永遠の魂であると実感するなら
人びとは、永遠のときの中で、ゆったりと愛を表現していく
心の豊かさとゆとりを取り戻すことができるのです。

その中で、むやみに、人を支配していきたいとか
自分の思いを実現するために
戦争を起こしてでも、人びとを自分の支配のもとにおいておきたいとか
そのような思いは自然に消えていくのです。
ただただ愛を願い、ただただお互いに愛し合うことの喜びの中で
ともに信頼し合って、喜びに満ちて、感動に満ちて生きていく。
それが、本来神が望む、神の子としての生き方なのです。

そうすると、社会はたいへんシンプルなものになります。
数々の取り決め、自分を不幸から、脅迫的な
侵略されるものから守ろうとするゆえに
地球はひじょうに複雑化しています。
そのようなもので自らを守ろうとするから
複雑な鎖、バリアが張り巡らされているのです。
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愛と信頼がほんとうに理解できたとき
あなた方の世界はひじょうにシンプルなものになるでしょう。
生活もシンプルになってきます。
あなた方の肉体までも、変化していく時代がくるのです。
その質量も変化するでしょう。
ただ愛の思いで変わるということ。
愛の浮力で、余分なものが自らの想念から消されていったとき
物質的にも変化が起きるのです。

そうなれば、今の医療とは違うものが出てくるでしょう。
肉体というものは、魂が一時、地上界において
愛の奉仕者としての仕事をするための仮の姿、舟として与えられたものです。
それがほんとうに認識できれば、いたずらに肉体に執着をして
人の臓器を奪ってまでも永遠に生きていたい
いつまでも生きていたいというむやみな執着もなくなるから
医学も根底から変わってくるということなのです。

幸せ、喜びというものは、愛を実感したときに起こります。
物質を所有したところからくる喜びなどは、一時のものなのです。
永遠には続きません。
愛の感動、愛の喜びの中で、神の子としてほんとうに愛を実現したときに
人の幸せというものはあるのです。
その究極の姿が、男女の合一の姿にあるのかもしれない。

本来、男女というものが罪悪なものであるなら
男性と女性が交わるということが罪のものであるなら
神はなぜあのような喜びを、引き合うような、陶酔感を与えたのでしょうか。
最終的に、男女が睦み合ってクライマックスに達したとき
宇宙の根源のエネルギーに同化していく
上昇していって、神の懐に、ふたりで一体となって飛び込んでいく。
それを喜びとし、究極のエクスタシーとして
神が人の体に埋め込んだのです。

「あなた方は霊的にも進歩成長しなさい。そして悟りを開いて
自分のパートナーと出会い、ふたりで一体となって手を取り合って
最終的にわたしのもとに戻っていらっしゃい。
神の愛の化身として、わたしの元に戻っていらっしゃい」と
それを、魂においても、肉体においても、神は埋め込まれているのです。
それが、本来の性というもの、セックスのクライマックス
エクスタシーの構造原理として、人間の体に埋め込まれているのです。

喜びを持つことが神と出会う道には至らないと
罪悪感を埋め込まれてきた人類だから、そこに罪悪感があるだけのことです。
喜びがあるということは、その道が
神が望まれておられる道だということなのです。
ただ、今は性の喜びというものを濫用しているだけ
ほんとうの意味での喜びとして
神が望まれておられる道へは活用していないというだけのことです。

野獣性を帯びた、男性が次から次へと女性をあさるような
最近では女性も男性をあさっていくような
「そのような道が、ほんとうの意味で幸せであるか」と
そういう者たちに聞いてみたい。
次から次へと女性を変えて、愛なきセックスだけを渡り歩いている者に
「ほんとうにあなたは幸せですか」と、聞いてごらんなさい。

常に彼らは飢えているのです。
男性遍歴を、女性遍歴を繰り返せば繰り返すほど
自分の中で、「それは違う、こんなはずではなかった」という飢えだけが
塩水を飲むように蝕むのです。
遭難したときに塩水を飲むと、もっともっとのどが渇くでしょう。
それと同じです。
むやみやたらな異性との交遊、性的な体験の積み重ねは
繰り返せば繰り返すほど、自らの中に飢えを生んでしまうのです。
そして、ますます自分自身の幸せから遠くへと、自分をいざなってしまう。

だから、仏教においても「みだりに女性と交わるな」「交遊するな」と
そういうことを言っているだけなのです。
だからといって、「かけがえのない相手と出会うな」とか、「結婚するな」とか
そんなことはひと言も神は言っていないのです。
男女が出会い、アダムとエバが会ったときのように
ふたりが出会って「産めよ、増やせよ、この地上に満ちよ」と
男女の性というのを分け、祝福し、子孫繁栄を願ったのです。
子孫繁栄を願うということは
つまり、男女が出会って愛し合うということなのです。

そこには、ひとつの罪悪もあるはずがないのです。
そこに罪悪感を埋め込んでしまった
今回の文明における宗教の責任は大きいかもしれない。
でも、それはその段階では必要だった。
そして今、この罪悪感から、あなた方人類は抜け出さなくてはならない。
健全に、抜け出さなくてはいけないのです。
そして、真に愛し合う魂に、男女において性的なものは
この地にて、子孫をつくって繁栄していくという目的と同時に
恋人、男女の夫婦愛、それを最終的に完成させるためにある。
それがセックスであるということなのです。

究極的に統一していくこと、統合していくという過程において
セックスという行為があるのです。
そこにおいて究極の喜びがあり
クライマックスには、ふたりでともに神に通じていく、昇っていく瞬間がある。
タントラの中で、男女が性的な意味において
ほんとうに深く愛する男女がですよ、ほんとうに深く愛し合う男女が
セックスの中においてクライマックスに登り詰めていくときに
一躍菩薩の境地に、神に合一していく道があるということを
唱えているはずなのです。
それを説いているのです。

ヒンドゥー教の中にも、仏教のタントラと、密教とか言いましたか-。
今回そのことを少し、彼女(アマーリエ)に勉強させたのですけれども
その道は、僕はそのことを言ったのです。
「けっして、間違ったものではないよ」と。
それは、かけがえのない愛、分けられたものが再び出会って
そしてともに神のもとに帰っていく
神の子として、親のもとに帰っていく道そのものであるのだと-。

別にセックスがなくたって、男女は愛し合うことができるのです。
でも、セックスがない男女の愛はどこか不完全です。
霊天上界においては、セックスはありません。
魂と魂が出会うというだけで
互いに手と手を握り合っただけで、感動、喜びがあります。
でも、肉体をもつこの地上においては
感性として受け入れていくべきものが、ひじょうにろうかいにできているから
肉体の機能の中に神の存在を埋め込まれ
その中で、愛の喜びを、肉体器官に埋め込まれてつくられていますから-。
それが神の慈悲でもあるのです。
この喜びを通して、摂理を通して
「あなた方は、神の子として神の世界に戻っておいで」という
その悟りの道も、ちゃんと自然界に埋め込まれているのです。

動物たちが、どうでしょうか。
動物たちが愛し合って子どもを産んで
かわいい子猫や子犬たちが生まれてくる姿
その姿を見て卑しいとか、汚らしいとお思いになりますか。
そんなことはない。
かわいいでしょう。
いかなる動物も、そしていかなる植物も、種をなしていきます。

そして、愛し合う恋人たちの姿を見て
まあ、他の人が愛し合っているのを見て
うらやましいとジェラシーを感じるのは別ですけど
どの恋人たちでも、どの夫婦でも
仲睦まじく寄り添う姿は美しいではありませんか。
自分とは違う人たちで、まったく知らない人たちであったとしても
愛し合う姿、仲のいいご夫婦
特に、年齢を重ねたご夫婦が仲良く歩いておられる姿を見て
美しいと思いませんか。
愛とは、究極的に美しいものなのです。

(2005.8.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-11-07 12:48 | マヌ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(9)

我はエル・ランティなり。
あなた方の使命が明かされてより幾数年がたち
今このような状況において、あなた方が心を合わせ
次なるステップヘ向かい、精進してくれていることを心より感謝し
あなた方の労をねぎらいたいと思う。
この度の計画は複雑難解にして
一度にすべてを明かすにはあまりにも常人の理解の枠を超えていたので
段階を経て、あなた方に伝えてきたという事情がある。

まず第二の計画により、頓挫した体制を整えるということ。
法の確立を、再編をするということ。
光の天使たちを救済するということ。
そして、次の時代にあなた方の法をバトンタッチしていくということ。
そのことをあなた方の最初の使命とした。
しかしこのように通信塔がしっかりと回復したことをもち
あなた方への使命がまた拡大されたことに関し
あなた方の努力が、苦労が大きくなることを申し訳ないと思うが
我々天上界の意向だとくみおき
しっかりとそれを果たしていただきたいとお願いしたく思います。

今回わたくしが出てきたのは
あなた方もよくよく存知おいているであろうが
今回の計画の実行者はエル・カンタラーご自身であられ
そして天上界においての最高責任者は
インマヌエル、イエス・キリストと呼ばれる方でありました。
それが、事情があって代わることになり
わたくしがその天上界における指導の責任者となることにより
あなた方を直接指導していくということを考えております。

これから行われること。
あなた方が今CDを出され、本の伝道を開始されるということ。
すでにもう小冊子という形で法の種蒔きをはじめられているということ。
どうかこれを継続し、世界中にインターネット発信ができるような形において
あなた方のいう、スピリチュアリズムという霊性の時代の幕開けとなるべく
法の種をしっかりと発信していただきたいと思うのです。
なぜならば、世界中にて多くの光の天使たちが
あなた方が発信されるそのときを待ちわびているということがあります。
世界中の光の天使たちが、この日本より発信される霊文明の
霊天上界の計画の発動に連動するように
すでにインプットされているという事態があるのです。

多少遅くはなったけれども、この天上界の青写真
天上界の様々な宗派の根源神と言われている者たち
ローカル神における神と言われてきた者たちからの通信が
いっせいに起きることをもって、それが発信されることをもって
海外の者たちもともに霊文明の夜明けというものをつくっていくという
そういった計画が最初から天上界においてなされていたのです。
ですから、あなた方の書籍販売、CD販売
そしてインターネットヘの発信を経て、その数年後に世界中で連動し
動き出していくのだということを今あなた方に告げたいと思います。

今はまだ、興味関心を持つ者は少ないかもしれない。
しかし、次の書籍で、あなた方の存在というものが広まっていったならば
必ずや日本においても世界においても
霊言のブームというものが必ずや広がっていくと
わたくしは確信しております。
なぜならば、そういう時代がもう目の前にきている
いや、もうはじまっている時代であるということ。

霊性の時代、あなた方の言葉で言うならば
水瓶座の時代という名前を聞いたことがあるでしょう。
アクエリアスの時代という霊性の時代、愛の時代の幕あけが
もう今世紀の初頭よりはじまっているのです。
それにより、霊性の開発というもの
人類の深層心理の中に、神の子意識の中において
そのような波動に敏感に反応するという
そういう時代が今きているというのが事実なのです。
あなた方が霊天上界の波動というものをストレートにぶつけていったとき
彼らがそれを待ちわびていたように反応してくる。
そして、それが世界中に向かって発信されていく。
そのような計画になっております。

今は、せっかく用意しても、なかなか販売が迫いつかぬと
売れぬと思うかもしれないが、あなた方によくよく言っておく。
けっして焦ることなかれ。
けっして焦ることなかれ。
光の天使たちは大体において猪突猛進、思うと命がけであり
進むときにまわりや後先を考えず
熱意のあまりに死にもの狂いでがんばりすぎ、焦りにより墜ちてしまう。
かつての者たちもそうであった。
けっして焦ってはならぬ。
やっとここまで立て直した計画である。
よくよく慎重に忍耐をもって、愛の法を説きなさい。

神の愛とは、本来は限りない忍耐につぐ忍耐に彩られたものである。
我々の愛がそうであるように
たとえ地上の者たちにどれだけの愛と知恵ある導きをしたとて
地上の者たちがその意に沿わず、少しも学ぶことなく、傷つけ合ったとき
我々は忍従をもって、愛をもって人類を見守ってきた。
であるならば
神の子であるあなた方は、わたくしたちと同じ心境になりなさい。

愛の種が蒔かれるとき、神の愛が光として放たれるとき
必ず、忍従というもの、忍耐というものを持たねば
人びとの、神の子たちの心にも、生活にも落ちてゆかぬもの。
神の愛というのは限りない忍耐心というものであって
その愛というもので、人びとの心を指導していくのであると思いなさい。

だから、性急になり、焦り、後先を考えず
今のことだけ、目の前のことしか見えなくなるのではなく
今はそういうときであったと、ゆったりとした気持ちで
愛の祈りの中において、神の子たちを
愛そのものである神のもとに指導して導いていける
そのような光の指導者として
天使としての役割を果たしていただきたいと思う。

我々から見たならば、あなた方がやってきたことなどは
早回しで見たほんの一瞬のこと。
まだまだ一点にしか過ぎぬ。
やっと立て直した最後の望み
これをつまらぬ焦りや闘争心や
つまらぬ、挫き倒されるような人びとの妨害によって
打ち倒されることは避けねばならない。
弱き心の中に人びとはおのれを見失い
この地上の欲にかまけ、神の子としての光を失い、闇へ墜ちていく。
そのようなことにならぬよう、よくよく一人ひとり、己自身の心を反省し
常に自己点検されることをお願いしたいと思います。

あなた方がこれから明かされていくこと。
それは常にステップバイステップで、一歩一歩進んでいくのです。
あなた方の体制ができればこそ、次の予定が明かされるのです。
一生懸命、あなた方なりの地上の努力をもって仕事をなされたとき
またその上の計画が明かされていくのです。

大筋においては、最初に伝えたこととなんら変わりはない。
ただ細かいことにおいて、多少盛り込まれたこともあるかもしれぬ。
そしてこれから先、行われる順序において多少変更があったとしても
あなた方がやらなくてはいけないレムリアの使命は変わっていないのです。
今はまだ、これが全世界に広がるとは
あなた方は少しも信じられないかもしれないけれども
しっかりと足元を固めて、今やるべき仕事をされてゆくことを望みます。


エル・ランティ:地球霊界九次元の中でも破格のエネルギーを持ち、
        エホバの神やアラーの神として知られている存在。
        今から約三億六千五百万年前、
        ベーエルダ星から約六千万人を率いて地球に飛来した。
        これが地球人類のはじまりとされている。
        長い間、地上に肉体を持つことはなかったが、
        日本に高橋信次として転生し、正法神理を説いた。
        現在は天上界にて「第三の計画」の最高責任者となっている。


(2005.7.2 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2016-11-03 07:12 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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