地球を愛の星へ

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ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(21)

かつて人類を指導するとき、必ず光の柱として
霊言という形で天上界の指導が降りる時代というのがありました。
それが、今、二十世紀後半から
地球に起きているこの一大救世計画です。

法・神理というものを日本から世界に発信し
地球はひとつの惑星であると
そして地球人であるという観点で宇宙の法というものを説きながら
地球人類を目覚めさせていこうと
そのような大計画が天上界で立てられたのです。

そのために、天照様を始めとする日本神道の神々が
大和の国、大調和の精神を旨としてこの国を預かり
長い間、守ってこられました。
それだけ日本神道には格の高い神様方が多いのですが
それはすべて、最後、このときのためだったのです。

坂本龍馬が言っていました。
「俺たちは明治維新というものをやった。
あなたたちはこれから世界維新をやるんじゃろうが。
俺はほんとはそっちがやりたかった」と。

「でもこの計画があるからこそ、あのとき日本に出て、
明治維新をやらなくちゃいけなかった」と。
「そのために命をかけたんだ」と。

「たいしたことはやってない。
愛する女一人守れなかった情けない男だよ、俺は」って。
そういうことを言っていました。

愛とは責任です。
愛する者を守り育てていこうと
愛する者だからこそ守りたいと思うのが
男性の愛であると思います。

女性は、愛する者を受け止め、育んでいきたいと。
花の種である、神様からつくられた素晴らしい個性を
子どもも、愛する男性のことも育んで
天命を開花させるために包んでいきたいと。
愛する方のためだったら命を捨ててもいいと
そこまで思いつめるのが女の気持ちです。
女の愛の姿です。

日本神道の女神様で弟橘姫という方がおられます。
日本武尊というご主人の戦いの道を安全にするために
海神の怒りを鎮めるべく海に身を投げて亡くなった方です。
あの方の姿が理解できないと思うかもしれません。
でも、その姿も龍馬と同じなのです。
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信じられないでしょうけども、女性というのは相手の中に入って
相手の天命を開花させるためならば
自分の身など一心に捨てることができるのです。

女性性の中で、相手の使命を果たすために
そしてその夢を育み、実現させるために
己の命を投げ出していく。
その気概、気迫
それが日本女性の持っていた女性性の
究極の気迫でもあるのかもしれません。

坂本竜馬のおとめ姉さんにしても
おりょうさんという奥さまにしても
しっかりと竜馬の心を受け止めて
その時代の中で、いつ散っていくかもしれない中で
命を張ろうとする彼を必死で守ったんです。

そういう女性たちの支えがあってこそ
勤王の志士たちは偉業をなしていきました。
逆に言うと、どんなに素晴らしい偉人であっても
それを支えるのは女性たちの力であるということです。

そして、命をかけて愛そうとする女をいとしいと思い
その愛する女性を守るために、責任を取り
自分の命をかけて戦っていく。
それが男性性のエネルギーでもあります。

何か自分の使命を感じたのならば
そこに一心に命を張っていくことができる。
そのときには、自分に対する見返りを求めるなぞというような
そんなちっぽけなものはありません。
そういう大きな愛の中に生きるとき、人はほんとうの意味で
神の子であるという神性をきらめかすのかもしれません。

そのような自分の本来の力、パワーの源に気づいて
そのために命を使っていただきたい。
そうやってみんなが自分の力に気づいて頑張るのならば
「愛の星、神の星、地球」は、必ずや実現されると思うのです。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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by nagoyasc | 2017-03-31 08:24 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

アモールからのメッセージ(2)

神というものをどのように切り分けたらよいのかと
さきほどおっしゃっていましたが
神というものは、本来、私たちのような人格神のことをいうのではないのです。

私たちは救世主、メシア界というところにおります。
宇宙界と呼ばれる者たちもおります。
如来とか菩薩とかいう
諸天善神といわれる方々が沢山いる世界ではございます。

しかし、私たちもやはり、永遠の修行を続けていく、そういう旅人であり
そのような人格霊であり、光の天使であり
一人ひとりが神の子であるということ。
その意味においては、あなた方と何ら変わりのないことなのです。

そして、私たちがほんとうに神と仰ぐのは「宇宙の根本的な法則」であり
「根本的な宇宙を内側から生かしめる
大いなるエネルギー体そのもの」を神といわれるのです。

地球意識、太陽系意識、銀河意識、宇宙、大宇宙の意識と
はるかに、上には上があるのはわかっているのです。
しかし、そのような上にいくような者たちですら
各修行の旅路についている者であるということ。
この宇宙を統べる根本的な、大いなる愛ある法則
それが神本来であるのです。
けっして人格的な立場があり、人格的な限界があるというもの
そういうものが神ではないのです。

人類はもうそろそろ、そのことを知る必要があるのです。
それを知らなければ、宇宙文明の仲間入りはできないのです。
一人格をとったナザレのイエスを、神よ、神よ、と崇め奉っているようでは
宇宙文明の者たちの一員として
この地球が認知されるということはないのです。

我々も、かつて宇宙船に乗り
さまざまな星から招霊されて来た者たちなのです。
ですから、それを打ち出さなかったということは
けっして我々が知らないのではなく
そのようなことはわかってはおりましたけれども
まだ、あなた方に伝えてもわからなかったであろうということをもって
我々が神という、神近き、神の代弁者という立場をもって救世主であると名乗り
高級神霊という名を持ち、神々や神社仏閣の神々として
菩薩や如来が降りて行ったということが事実なのです。
しかし、この、今までの地域的な宗教の発達段階が終わり
総合的な地球の宗教というものが
これから集大成を迎えようとしているのです。

ですから、この者に最初、私が通信を送った
イエス・キリストの霊示の中にあったと思うのです。
もう一宗派、一宗教という狭いものは何の用も足しません
ということを私は申し上げたはずなのです。
それが、そういう意味なのです。

キリスト教において、詳しく聖書を知っている、私の山上の垂訓を知っている
仏陀の般若心経を知って、パーニャパラミタを知っている
モーゼのユダヤ教を知り、マホメットのコーランを全部読破できる
言うことができるということが
これからの時代には、それは基盤ではあるかもしれないけれども
それが一度るつぼに投げ込まれ
統合されていく時代がこの時期であるということなのです。
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あなた方の世界にもあるでしょう。
一学期の試験があります。
中間、期末テストというものがあるのでしょう。
二学期で中間期末があるでしょう。
三学期もあるでしょう。
でも、最後に学年末試験というのがあるでしょう。
それと同じかもしれません。

そして中学校であるならば、中学校の卒業試験というものがあり
高校にも卒業試験があり、大学にも最後、卒業試験があり
どんなものでも卒業試験という、トータルなテストがあるのです。
そういう意味で、地球というものが大いなる永い時のスパンの中で、周期の中で
今、地球教としての、ひとつの統一的な神理というものが打ち立てられ
それが地球系神理としてひとつになり
それをもって、宇宙の一員としての仲間入りをしていくという
そういう時代というものが、今日、計画されているのです。

そこまで、仏陀が望んでいた、計画していたものは大きかったのです。
そのようにお考えになられれば
なぜ、高橋信次、エル・ランティ、我が父よと私が呼ぶような方が
露払いに地上に降りて行かれたのでしょうか。
そして仏陀自体、自らが下生し、法を説かれたのでしょうか。
二千六百年前のインドでの法を、また再現するだけであるのなら
わざわざ、またこの時代にやって来ると遺言を残し
このようなかたちで、また下生することはあり得なかったと思うのです。

どうか、皆さま方、わかっていただきたいのです。
このような時代に、いかに今回の法が説かれるということが
どれだけ価値があり、どれだけ我々が待っていた
大事な、大事な時期であったのかということ。
そうでなければ、九次元がこのように立て続けに出て
法をダイレクトに伝えるということ
そして天上界の諸々の神々というのが、次々と霊示を送って
このようなかたちで、前回のK会におきましても
いろいろな高級神霊が霊示を送るということはあり得なかったのです。

そして今回の、第三のレムリアの計画においては
かつて九次元におきましても、隠れていた
今回は補助という立場で影に隠れていた九次元の方々までが全員出て来られ
そして総力を挙げて、この地球の進化のために法を説こうと
多くの人びとに、直接的に、ダイレクトに法を説いていこうと決意をした
そのような背景があるわけなのです。

たいへんな時代であったということ。
たいへんな時期であったということ。
この地球の、地球意識が病み、地球自体が危機的な状況にあるという
ここまで放置し、ここまで来させてしまったという責任は
地球人類全てにおきましても
また、その責任をとるべき立場にある私どもにおきましても
ひじょうに深い責任感と申し訳なさというものを
地球意識に対しても私は感じているのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-03-29 07:17 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(20)

この宇宙は、神様の花園です。
神様は、かけがえのない個性を込めて
私たちをつくられました。

神様の世界は多様性の中で花開き
その中には神の子たちそれぞれの美しさがあり
そしてさまざまな美意識があるのです。

宇宙には、ほんとうに多くの宇宙人の方がたがいらして
スペースエンジェルと呼ばれているように
自分の危険も顧みず、他の惑星の人の幸福と安全のために
体を張って遠い宇宙からやってきて
姿を隠しながら一生懸命働いてくださっている方がたがいます。

彼らの肉体は、尻尾があったり、恐竜みたいな顔だったりと
地球人とは異なっていますが
それは惑星ごとに美に対する感性が違うからで
みんなそれぞれに美しくて
私は、「美の表現は自由なんだ。
神様の世界ってこんなにいろいろな神の子たちがいるんだ」と
逆に感動したものです。

私も女性なので、若い頃は
「もっと美しく生まれていたら」なんて思ったこともありますが
そういうスペースエンジェルの方がたの姿を見ると
もうそんなことはどうでもよくなります。

何てつまらないことで悩んでいたんだろう。
自分が自分であるなら、それでいいじゃない。
自分に正直に、感謝して、愛を表現して
かけがえのない個性をさらけ出して生きる自分を
「美しいね」って言ってくれる人がいれば
必要以上に飾り立てる意味なんて
ないんじゃないかなって、思いました。

私にも女の子が二人いて
その子たちが他のお嬢さんたちを見て
「(自分も)もっとかわいく生まれていたらいいのに」
とか言うのを聞くのですが

「何言ってるの。あなたはそんなにかわいいじゃない。
宇宙中見たって、あなたに代わるかわいさを持っている人
誰もいないわよ」と言ってあげると
「そうかな」とか言って、照れくさそうにしながら
愚痴を言うのをやめてしまうんですね。

美しさは多様で、誰もが神様が与えられた表現形を通して
精いっぱい自分の素晴らしさを表現しているから
みんな美しいのです。

すべての花が美しいように、個性が違う花々があれど
一人として生まれてこなくてよかった者などいないということ。

すべてを神は必要とされ
神により愛されてつくられた
美しい個性のある花々が人類であり
皆さま方であるということ。

それがわかれば、外見のことで
ことさらに悩むことはなくなるのではないでしょうか。
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これから地球が新たなる宇宙時代を迎えていくと
だんだんこの地上と霊的な世界の垣根が薄くなってきます。
そして、この肉体の組成も変わっていき
魂が持つ神性の力が
外に向かってすごくわかりやすく表現されるようになります。

口先で嘘をついていても
表面を塗りたくってもダメなのです。
その方が愛の価値観の中で
どれだけ素晴らしい愛を表現し
叡智や心根の美しさというものを
自分の中に実力として蓄えることができたか
それだけが評価されていきます。

神の子としての神性と、豊かな叡智と愛
それがあればその存在そのものが美を放つということは
宇宙の中で共通なのです。

ですから、三次元の肉体が先か
それとも魂として心が先かと言ったら
明らかに魂の美しさが先なのです。

今ここで、ご自分たちの魂をしっかり磨いて浄化し
神の子としてふさわしい、光に満ちたものにしておかれると
アセンション後にまとう肉体も
それに比例して美しいものになります。

皆さま、どなたにも美男美女になるチャンスはありますからね。
法・神理を学んで、気高く愛ある生き方をされることで
少しでも美しい宇宙人としての
地球人としての姿を現せるようになっていただければと思います。

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by nagoyasc | 2017-03-25 14:49 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

日蓮聖人からのメッセージ(18)

まず第一弾、アラーの神がお話になられる。
この世の中の方たちで
まあイスラムの方たちひじょうに人口が多いのですけれど、アラーであり
そして、エホバとヤハウェに興味のない地球人というのはほとんど
まあアフリカの未開の方たちとか、中国とか
まあ特別に「あまり興味ないよ」って言う人たちはいるかもしれませんけれども
でも、それにしたって、今ある程度の教養、学問のある方たちであるならば
みんな知りたいことであると思います。

今この地球的な意味での、精神的なリーダーシップを握る層というのが
やはりアメリカとかヨーロッパとか、あと日本とか
こういうところに住んでいる方たちは
やはりオピニオンリーダーとして、やっぱり相当光の天使たちが出ていますので
その方たちにまず疑問を投げつけ
この一冊の書物を手渡ししていくということが
彼らの眠っている天命を果たさせていく
そのようなことになっていくと思います。
彼らもだてにそういう地域に出ていないのです。

今、日本から光が上がったときに、その英訳の書物をもって
自分たちがそれぞれ生まれている場所を、地域を照らすために
光の天使としてわざわざそのような場所に
本来は日本に生まれたかったのであるけれども
日本ではなくてそういう場所に、アメリカとかそういうところにたくさん
ヨーロッパとかにオーストラリアにも出ています、そういうところに
みんな手分けして出て来ているということがあるので
彼らもこの書物が出たことによって
彼らの内なる光が灯り、光の天使としての活動が始まる方もおられるのです。

ですから、自信を持ってこの光を発信してください。
それをしなければ、彼らが命あるうちに
この書物が彼らの手もとに到達しなければ
彼らは使命を果たせないことになるのです。
地球規模のネットワークというのが、光の天使たちが埋め込まれることによって
この地球を覆うような
そのような人材というのが実際に埋め込まれているのです。

ただ、このような発信が
このへその日本から、この中枢から発信されない限りは
彼らは日常の中で、自分が何のために生まれてきたのかもわからずに
ただただ善良な人として一生を終わってしまうのです。

でも、やはり彼らの埋め込まれたセンサーが
もしわたしたちのこの光の言葉というのを聴いたならば
やはり心に感じ、その使命というのを発動するように
大いなる光の天使として変身を遂げていくことでしょう。

それがまだ間に合う方がたがたくさんいるし
これからもその地域の人びとのあとを継ぐように
新たな光の天使たちが生まれて来ますので、このレムリアが立ち上がった
最後の希望の光があるということをもって、多くの人びとが世界中の
今眠れる光の天使たちの守護霊たちが期待を寄せて
あなた方の書籍が英訳されて、手もとに届く日を待っているということ。

そのことを思ったなら
あなた方の仕事は、けっして小さな、小さな仕事ではないし
たかが一冊の本ではなく、この大いなるアラーの神やエル・ランティが
エホバの神が説かれる法が、今多くの人びとに
その言葉、語られる根源神の言葉が
この一冊の書物の中に入って、人びとの手に渡るなどという
そのような未曾有の出来事というのが行われる
そのような時代がとうとうきたのだということをー

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それを我々はやるために、この天上界の一大プロジェクトがあったということ。
そのための今回の文明興しであったということなのです。
たいへんなピークにいるということなのです。
この問、仏陀もおっしゃられていたと思いますけれども
やはりいろいろな意味で、この時代の端境期として
いちばん大事な時代をあなた方生きているのであると。
自分は失敗してしまったかもしれないけれども
それほどに今、困難を極める大事な、大事な仕事の山場にいるのだと
そういう自覚を持ってほしいということを
仏陀自らがおっしゃられていたと思いますけれども
やはり我々から見てもそうなのです。

これをやっていかなければ、仏陀が仏陀として
本体としてお出になられた意味もなかったということです。
二千五百年前の仏教の復興をするためなどということがー
インド時代の古くさいことを言ったって、何の意味もなかった。
ただ、それが仏陀意識の魂の書であるということをもって
やはり同じ魂が出られたのであると
二千五百年前に
「ジャブドーバーのケントマティーにまた我は復活する」という
予言を残されて仏陀は入寂されているわけですけれども
「そのことを証明するためにわたしは来た」と言われるために
あの方はその法の一部を明かされましたけれども
本来はこれを説かれるための仏陀本体意識であられたということなのです。
それをやられるということは、本体が出てこられるということなのです。

ですから、あなた方が来るという
今来ているのは、ユダヤ教と言われていたもののモーゼであるとか
モーゼでなくモーリャ様であられるとか
ナザレのイエス・キリスト、インマヌエルと言われた方ではなくて
もうアモール様であると、ね
そして、仏陀意識ではなくてエル・カンターレ様であると
そして、高橋信次と呼ばれている方が窓口にはなられたけれども
本来の根源神であるエル・ランティ、ヤハウェであり、エホバであり
アラーであられる方がもう、そうそうたる方がたがお出ましになられている。
そのような、今法が説かれている時代であると。

それだけでもすごいのに、実際にゾロアスター様、マヌ様
そして、マイトレーヤー様そういう方がたが霊言を送られ
その上に、セラビム、孔子様がこの地上に下生なされて
次の法のバトンタッチをなされるという
こんな計画は我々、天上界におります者におきましても
本来であるならばお言葉を聞くことも
お顔を見ることもかなわない方がたが一堂に会されて一堂に手を組まれ
そしてまた、地上に九次元が、セラビム様まで下生なされて
この法のバトンタッチをされていくという
天上界がいかに死ぬ気でこの計画のために
プロジェクトのために命を張っているかということを思われたならばー。

(2004.8.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-03-23 07:58 | 日蓮 | Trackback | Comments(0)

ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(19)

姿かたちではなく、内面の美しさ
思いが何より大切であるということ。
けれどもそれは、心がけさえ美しければ
何もしなくていいということではありません。

この三次元には肉体があります。
この物質的な肉体と
霊体というのが両方合わさっているからこそ
私たちはこの世に存在して
ここで修行する意味があるということです。
物質は物質で大切なのです。

たとえばお子さまを産んで思いませんか?
どれだけ生活にお金はいらないと、きれいごとを言っても
ご飯やミルク代にこと欠くようでは、やはりだめですよね。

実際に、ほんとうに愛しているのだったら
ちゃんとお米をといで、三度のご飯をつくっているか
頬ずりして抱きしめているかの
行為自体が愛そのものなのです。

愛しているから何もしなくていいというのは
言い訳になりません。
そういうことを学べるのが三次元の素晴らしさです。

ですから、美についても、心がけさえ美しければ
汚い穴の開いたジーンズをはいて
外に出てもいいんだっていうことにはならないんですね。

私はあまりブランドものとか
好きじゃないので買いませんけれども
やはり人様に対する最低限の思いやり、いたわりですね。

たとえば、顔色が悪かったりすると、一生懸命
「赤い色の洋服着ようかな」なんて思って
娘の洋服ダンスを開けて借りてきたりします。
そういう気遣いといいますか
物質面での努力があっての上で愛の思いがあれば
その結果としての美になるのです。

女性たちは、疲れても頑張っている男性たちに
安らぎと憩いを与えるために
美の表現者としての使命を授かりました。
花のような女性たちがいることで
世の中に美しい彩りや、活気と喜びが与えられるのです。

高価な洋服を着たり、派手なお化粧をしたりしなくても
ちょっとした装いを心がけるだけで
年齢に関係なく、女性は周りの方がたの心に
潤いを与えることができます。

美しく思われたいと思って、誰かの評価を求めるのではなく
花が無心に咲くように、周りの方がたへの思いやりの気持ちから
装っていただければと思うのです。

装うことは、愛の表現であり
私たちが個性を発揮する表現の一つです。
ただ同時に、そういう装いということを抜きにしても
無私な思いで、誰かのために愛をあらわし
ひたむきに愛を実践する姿は
ただそれだけで美しいものでもあるのです。

たとえば、子どもを抱きしめ
体を張って守り育てる母親たちの姿
それはたとえお化粧をしていなかったとしても
美しいものではありませんか?

母親業というのは、自分の存在のすべてをかけて
子どもを産み育てる
我が身のことは打ち捨ててでも子どものために生きる
まさに愛の実践をしている姿です。

そのときに、子育てに手一杯で
お化粧や装いにまで手が回らないかもしれない。
出産を繰り返すうちに体型を維持できなくなって
「自分はもう美しくないわ」と思っていらっしゃるかもしれない。

けれども、たとえお化粧をしていなくたって
体型が少々崩れていたって
子どもを全身全霊で愛する母親の姿は
ただそれだけでほんとうに美しいと私は思うのです。

表面的な美については
ゆとりが出たときにまたやればいいのであって
愛を実践して生きていくその姿こそ
何よりも気高く美しいものだと思うのです。

本来の美というのは、肉体の目鼻立ち
細胞を超えたところからくるエネルギー
オーラのようなものです。
神の子としての神性、豊かな愛を光り輝かせて生きているとき
その存在そのものが美を放つのです。
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マザー・テレサの姿を見てください。
年をとって、顔はくしゃくしゃだったかもしれません。
メイクも何もなさらず、インドでも最下層の人が着るという
粗末なサリーをまとっていらっしゃいました。

でもそのような表面的なものを超えて
貧しい人びとのために人生をかけて生きる姿は
ほんとうに美しいものではなかったでしょうか。

自分以外の方の幸せのために努力し、行動していく。
その中で、神の子としての神性のふたが開き
その方の神のエネルギーが細胞から出て
オーラとして表現されてくるのです。

その愛の実践を通して
私たちは本来の神性ある美に至るのであり
それこそがまさに存在の美であるのです。

ぜひ皆さま、そういう美しさをめざしましょう。
神性から輝いたもの
これからはそういう美しさが
本来の美であると評価されることでしょう。

神性のきらめきは、人生をかけてにじみ出てくるものです。
年を重ねれば重ねるほど、ほんとうの意味で美しくなっていく。
そういう美しさをめざしましょう。

表面を塗りたくったり、整形手術をしたりするのではなく
ときとともに、魂の美しさを、細胞から、全身から
オーラとして輝き出すような生き方をしていく。

そうやって女性たちがみな
自分の中にある神性を素直に表現していったなら
皆さまお一人おひとりから、その方らしい美しさがにじみ出て
皆さまお一人おひとりが、まさに女神様となるのです。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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by nagoyasc | 2017-03-21 06:21 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(28)

僕といっしょにダンスを踊ろう。
いつも言うでしょう。
神とダンスを踊る。
神に恋をする思い。
それがあってこそ、バランスの取れた神の道を
踊りながら上がっていくことができるんだよ。

ぎすぎすしたゆとりのない思いの中で
全人類を幸せにしよう、宇宙を幸せにしようなんて思っても続かない。
絶対続かないから。
豊かさの中で喜びをもって
「仕事は喜びをもってするものだよ」って以前言いましたよね。
彼女(アマーリエ)に言ったんですけどね。

でも、あなた方にも言いましょう。
難行苦行で仕事をするのはやめなさい。
仕事は喜びをもってしなさい。

愛ですよ。
喜びは愛し合う者たちの中にある。
仲間を愛し合う愛、人類を愛する愛、そしてパートナーを愛する愛、ね。
動物を愛する愛。
芸術を愛する愛。
すべての中に愛が宿るのです。
そうしたときに、ウキウキとした喜びの中で仕事ができるのです。

あなた方はどうですか。
辛い勉強をするとき、時間が流れるのがすごく長いでしょう。
残業でいやな仕事をやらされるとき、長くていやでしょう。
でもどうですか。
レムリアの仕事をやるときは嬉々としてやっているではありませんか。

人というのはそういうものです。
喜びをもって仕事をしたなら、それは少しも苦しいものではない。
義務でもなんでもなくなります。
喜びの中で仕事をするのです。
それの根源は何かといったら、「愛」なのですよ。

最終的に、レムリアの仕事をすることが全人類を幸せにしていけると
神の愛に報いていける、愛を受け、返していく、恩義を返していく
感謝の法になっていくということを思えば
どんなに辛い徹夜の霊言起こし、テープ起こしの仕事も
CDを編集する仕事もね-
たいへんなお仕事をしてくれている。
みんなちゃんと見ています。

その仕事を見ていてね。
あなた方が一生懸命、愛のもとに仕事をする姿を
あなた方が喜びをもってやってくださる姿を、僕たちは見ています。
だから、神様の仕事、レムリアの仕事以外のことも
全人類を幸せにしていくすべての仕事に対して愛を持つなら
それは義務ではなく、喜びになる。
そうしたら、疲れなど少しも感じない。
エル・ランティも真っ青になるくらい
いつも嬉々として仕事ができる魂になる。

高橋信次、エル・ランティという方は、人類を救うのが大好きな方です。
本来はもっともっと上に行けるのに、行きたくないといって行かないから
いつまでも親分でいるのですがね。
あの方は、それはもう、人類を救うのが大好き。
人間人好きです。

溢れんばかりのエネルギーはどこから出てくるのか-
人類を愛してやまない、愛が湧き上がってくる方なのです。
だから疲れないのです。
どこまでいっても疲れず仕事をしています。
天上界に帰ってきても、精力的に仕事をしているのです。
僕らが、こんなこともするのかと思うような仕事まで、率先してこなす。
それがエル・ランティという方です。
あなた方には、高橋信次、といった方がピンとくるのかな。

でも、僕たちの間では意識体としてはエル・ランティなのです。
エル・ランティという方は、そういう方なのです。
今の仕事を少しも、使命や、重圧や、義務でなく
ご自分の命そのものを、人類に対して救っていくー
それが、楽しくて、楽しくてたまらない。
それがあの方のお仕事であり、愛の究極の姿、生きる喜びだからこそ
不滅のエネルギーを放ちながら
あれだけの偉大なる仕事を、次から次へとこなせるのです。
それゆえに、天上界の諸霊たちの尊敬、敬意を受けているのです。

そのような喜びを、あなた方は、高橋信次という方を身近で知り
あの方の個性を知ることができた、数少ない幸せな方がたです。
高橋信次が伝えた八正道だけをまねるのではなくてね
あの方の個性そのものを学んでください。
疲れを知らず、人類を救うことにただただ喜びをもって
嬉々としていつも仕事をする。
それが、エル・ランティです。

神の仕事とは、あのようにするものです。
それを、あなた方は学んでいただきたい。
エル・ランティのその姿そのものが
神の子として、見習うべき模範的な姿です。
あなた方が、高橋信次の弟子であると思うなら、その姿をまねて
あなた方の命を、個性を通して、少しでもエル・ランティのように
人類のため、神の愛に報いるために仕事をしてください。
不滅の愛をまわりに発散して生きる姿を見習っていく
それでこそ高橋信次の弟子であると
高橋信次を師と呼ぶ資格があるのではないかと、僕はそう思うのです。
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だから、今世の法、数々のことが
最終段階として地球系神理を統合するために
難しい高度なものが次から次へと降りています。
だから、難しいこともあるでしょう。
でも、ひとつひとつ順番に降ろしていますから
ひとつたりといえども、なくていいものなどないということを考えて
ひとつひとつ学んでほしいと思います。

そして、僕たちの言葉を聴いた者として、難行苦行ではなくてね-
彼女(アマーリエ)にも言ってるんですよ。
難行苦行じゃなくて、喜びをもって、感謝をもって
あとですばらしい思い出として語り合うことができるような
そういう仕事を刻んで生きてきてほしい。
そして、僕たちの世界に帰ってきてほしい。
そうしたら、僕たちは、拍手をもってあなた方を迎え入れようと
待っているのだとー、
そのために、どうか僕たちの手足として、がんばっていただきたいと
天上界の諸霊、一丸として
そういう願いを持っているということをお伝えします。

多少長くなりました。
男女の法から越えたことまで話しました。
でも、これが今の僕の気持ちです。
僕は次、芸術論でも出生すからね。
「マヌだらけになったら困る」とか、言ってましたけど
どんどんマヌでいきましょう。
僕も遠慮しません。

でも、これはね、君たちのリクエストあってのことなんだよ。
なければ、出られないから。
リクエストしてください。
そうすると、日蓮あたりが一生懸命調整して、マヌを何回出そうか
次、誰を出そうかと一生懸命苦労しておりますので
リクエストがあれば出ましょう。

でも、たまにはこういう陽気な法もあっていいんじゃないかな。
ここんとこ、ちょっとシビアなのが続いてますからね。
ですから、またお呼びください。
そしたら僕はいつでも喜んでいきましょう。
では、今日はこれにて失礼いたします。

(2005.8.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-03-18 08:10 | マヌ | Trackback | Comments(0)

ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(18)

女性は本来、男性ほど知的につくられている存在ではなく
感性に優れた存在であります。
そして、やさしさと愛による理解力をそなえ
法を中心とした智慧を持っていることが
女性独特の聡明さをもたらします。
その聡明さによって
女性としてのエレガントな美しさが
よりいっそう増すのです。

天照様や日向様
木花咲耶媛命様といった日本神道の女神様は
たいへんお美しいだけではなくて、とても聡明です。
優雅で、女性らしくて、品性があり、謙虚で
男性をすごく立てながら、凛として筋を通すところは通される。

にっこりとほほえんで、母性で相手を抱きしめながら
そのエレガントさで圧倒させて、男性に有無を言わせない。
ほんとうに女性のお手本とも言うべき方がたです。

女神様はそれぞれ、それは美しいお姿で
天上界で燦然と輝いていらっしゃるのですが
その美しさは、愛の思いによるものなのです。

あの世は思いだけの世界ですから
女神様の出しておられる美しい波動が
そのまま、存在そのものの美しさとして現れるのです。

月意識のセレニティ様や天照様なんて
もう目がくらむくらい美しいのですよ。
セレニティ様は、とにかく顔が小さくて
スタイルがよくて足が長いんです。

プラチナのドレスをいつも着ておられて
プラチナブロンドみたいな光線に包まれていてね。
ほんとうに、初めて見たときに
あまりの美しさにびっくりしてしまったくらいです。

厳島神社の竜宮界の女神様たちも
かわいくてやさしいチャーミングな方がたでした。
ひらひらの羽衣を着て踊りながら
私たちの参拝を歓迎してくださいました。

ご自身の女性性に誇りを持ち
みずからこの世の光となり、花となり
母性をもって男性方の心を憩わせ
一人でも多くの方を愛で包もうとされている。

その美しい女性愛が
魂の世界ではひじょうにストレートに
姿形としてあらわれてくるのです。

この三次元では
私たちの魂は肉体に封じ込まれていますから
魂が本来持っている愛の輝きというものを
そのままには認識することができなくなっています。

それでも、心から謙虚に、慎ましやかに
他の方へのいたわりを忘れず
愛と思いやりにあふれてらっしゃる
そういう献身的な生き方をされている方からは
ご自身が意識していなくても
女性らしい美しさというものがあふれ出してくるのです。

それは、「私とご縁を持たれた方が、
一人でも幸せになりますように」という無心の愛が
目鼻立ちや体型など表面的なものを超えて
その方を輝かせるからです。
その誇り高く優雅な姿が
神様が与えてくださった女性本来の美なのです。
c0171476_13505089.jpg

今、世の中には、高価なブランド品を身につけたり
整形手術を受けたりして
美しさを競っている方がたもいらっしゃるようですけれども
たとえ表面だけを変えたとしても
五分か十分しゃべるのを聞けば
その方がどんな方かわかるのではないでしょうか。

今の皆さまのお姿は、皆さま方がお生まれになる前に
自由意志によって自分の愛の学びとして
いちばんふさわしいと思い、選ばれたものです。
ですから、人と自分を比べて
どうのこうのなんて思わないでくださいね。

いちばん大事なことは
私たちのほんとうの姿は魂だということです。
この肉体というものは
やはりどうしたっていつかは老いていくものですし
時期がくれば古い服を脱ぎ捨てるようにして
私たちは本来の世界であるあの世へ帰ることになります。
そのときに持って帰れるのは
この世で得た愛の学び、魂としての豊かさだけです。

今与えられた肉体に心から感謝して
内面を優雅に豊かに磨いてゆくということ。
そして整形手術をしたりするよりも、話せば話すほど
「ああ、魅力的だな。
また会ってもっと話したいな」と思われるような
智慧や愛の豊かさを秘めた女性になることのほうが
女性としてずっと幸せになる近道ではないかなと思うのです。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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by nagoyasc | 2017-03-16 08:27 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

坂本龍馬からのメッセージ(8)

わしらの世界から見たら、わしなんてねえ、ほんとうに短い短い人生
仕事した時期はほんの何年でもなかったよ。
で、ほんとうにわずかな時間しか仕事できずに帰って来た。
そして、こっちの世界でいる時のほうが長いんじゃ。
だったら地上の命なんてほんの瞬間、激しく燃え尽きるように生きて
自分の仕事をしてよかったと、今回はいい仕事できたんだと
男として本懐を遂げたと、そう思えるような一瞬を遂げて帰って来る。

それが万人にも通じるとは思っちょらん。
わしだって、そう思っとるよ。
でも、わしはそうやって生きたぞ。
その姿がこうやって残ってる。
自分の安全ばかりを考えて生きるその姿に
そんな姿に、他の者の感動はないと違うだろうか。

坊さんたちには、坊さんたちの生き方があると、わしは思うちょる。
悟りとか、そういう難しいことはわしにはようわからんから
そういうことは控えるがのお。
でも、もっと男ならやることは他にもあるじゃろうと
この地上に出た以上は、あんたら坊さんたちだって
やることいくらでもあるじやろうが、賢いんだから、と。
神さんの心を一番わかっちょるのは、あんたたちだろうが
だったらもっとやれることあるじゃろうが。
すぐじゃろ、すぐ帰って来るんだろ。

それだったら、その間に
「もう激しく燃え尽きるように、今の時代を生き抜け。
駆け抜けて、大義のために、命を張って帰って来い」と、わしは言いたい。
わしが言えることなんて、いつもこのことの繰り返ししかないんだ。
いつもこのことしか、偉いORさんに呼ばれたって
そう難しいことは言われんし、そう蓄積もないから
「なんかもう、竜馬の話はまたこんなもんか」と
わしの頭の悪さを暴露して帰って来たこともあるがのお。

だけど、わしら、その思い、熱い思い
それだけが竜馬を竜馬たらしめてるものなんじゃ。
その熱い思いだけが、この近代日本国家を動かす
わずかな、及ばずながら助力をしたという、そのことなんじゃ。
その一番肝心な熱い情熱、熱情、激しい思い
それがあんたらには欠けてるんじゃないやろうか。
そういう思いがしてならんのじゃ。

男なら体を張れ。
命なんぞ欲しくば、命なんかくれてやれ。
そして、早く、とっととこっちのほうが幸せだと
このほうがよっぽど酒もうまいし、よっぽど幸せじゃぞ、ほんとうに。

なに、そこの絵描きさんもあんた、毎日大変やなあ。
大変だとわかるよ。
明日食わにゃならん。そりゃ電気代も払わなきゃならん。
わしらはな、そういうこと考えるようにできておらんからな。
ほんと、わしもこりごりじゃ。
わしもそっち行ったら、ほんと、労務者じゃ。
何にもできん。
体張るしか、能のない男だ。

なあ、自分の中で、世間の中で、いい仕事して、いい暮らしをして
住宅買ってローン組んでとか、わしはいやじゃそんなことは。
そんなんはうっとうしい。
そういうことはおよそ向かん男じゃ。

だからそういうことに向く男、向かない男がいるということも
理解していてほしいんじゃ。
でもできないからといって
じゃほかに使命がないということじゃないということじゃ。

それ以外に、それぞれ神さんというのは、一人ひとりの個性の中で
大事なものを埋め込みながら、それぞれのバランスをとらせて
わしのようなけったいな人間もおつくりになっているということ。
芸術家さんもそうじゃろう。
バランスひどく悪いと、わしが見てても思うが
まあ、これも神さん、面白い人間をつくったもんだと
逆に力仕事の中で、感性ばっかり優れた人間というものもつくって
およそ現実感がないということでは、わしらは一緒じゃ。
まあそこは一緒じゃ。
あんたもそうがっかりすることもない。
頑張ってほしいわ。
うん~、あんたにも、ちゃんと使命があるしなあ。

だから、そういう意味で、「命が欲しくば、命なんかくれてやる」と
そう思えるような、そういう細かい、さまつ的な細かい
くだくだどうでもいいことにとらわれずに
皆命がけでこの仕事に頑張ってほしいと
及ばずながらこのわしが、激励に来たわけだ。

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わしは、そんなふうにしか言えんが
だけどあんたら、自分の置かれてる立場
わかってるようでいて、まだわかってないと思うよ。
今やりかけていること、これが成功したあかつきにゃ
十年じゃない、二十年、三十年、百年後には
わしらの明治維新どころの騒ぎじゃないんじゃ。
地球規模的に大変なことが起きた、その分かれ道の
肝心なところにあんたらがいるということ。

それだけに、ものすごく時代の先を見抜くという目
この流れがどうなって、どう連鎖反応して
どういう巨大な可能性を地球にもたらすかということ。
その時代まで、あんたらの誰一人として見抜いている者はおらんじゃろ。
わかっとらんだろ、あんたたちの中ではな。

このごろミカエルさんとかいう、洋物のなあ、天使が来て言うんじゃが
やっと、わしらもそういう地球規模の計画を見せてもらって
はっとたまげたばっかのとこなんだが、わしも知らんかった。
でも、あんたらがやってる仕事がそういう歴史的な、地球規模的な
要の大事なところで、ちょうつがいのように大事なところにいる。
転換点、分かれ道じゃ。

そんな大事な出番がきた時に、男なら命張ってみろ!
だから、あんた残りあと何年生きるつもりじゃ。
そんなにいくら生きてたってつまらん。
はよう、こっちの世界にやることやって帰って来りゃいいんじゃ。

なら、華々しく散って帰って来い。
わしみたいに華々しく、カッコいいぞお。
散って帰って来い。
それが男の本懐というもんじゃ。
そしたら、歴史に名は残るさ。

なあ、神さんの採点や、成績表みたいなもんに
いちいちびくびくするんじゃないよ。
そんなもん、どうでもいいこっちゃ。
わしはほんとに思うよ。

一生懸命生きた。
一生懸命自分なりに、時代の先を見て頑張れた。
そしたら、地獄に行こうが天国に行こうが
そんなもんどうでもいいことなんだ。
下に行ったからっていって、その男の器が、その男のすごさが
けっして劣るもんじゃないということ。
それはわしは、そう思っとる。

立派な男たちが、命張って戦った。
そこにすべての意味があった。
それが明治維新じゃ。
そこが無血革命と言われた、近代日本国家の革命の意味じゃ。
それが近代のリーダーシップというのをとる、日本という国を築いた礎じゃ。

(2003.11.23 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-03-14 19:32 | 坂本竜馬 | Trackback | Comments(0)

ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(17)

大宇宙の神のエネルギーは愛であります。
その愛の中には、両極があるのです。
一つは、叡智あるいは智慧、ウィズダムと呼ばれているものです。
神の愛を表現すると、叡智、智慧になるのです。

これはただの知識とか、難しい学問体系のことではありません。
根源的な神理であり、「法」と私たちが言っているもの。
基本的な宇宙の法則のことですね。

それに対して、こんどは感性の中で
愛を表現するという部分があるのです。
感性の中で愛を表現したときに出るのが、美という表現形です。
そこにおいても、叡智をはらみ
愛を表現するときに結果として美になるのです。

男性というのは、根源的には理知的につくられています。
神の叡智を表現するという役割が
男性性に埋め込まれているのです。
一方女性には、神の愛を表現して美となれ
美しくあれという思いが女性性の中に埋め込まれているのです。

ですから、けっして美男子ではなくても
ソクラテスのように智慧があって聡明な男性なら
男として別格であると評価されるでしょう?

男性はその才気あふれる智慧で
社会を変革していく力となるよう期待されて
神様につくられております。

男性というのは、自分自身の魂からくる叡智、智慧をもって
社会の進歩発展のために
自分の仕事に全身全霊で打ち込めたときに
限りない幸福感を感じるものなのです。

それでは、女性はどうかというと
やはり「美しくあれ」という期待を
女性性の中に込められていますから
美を表現していくことが好まれます。

ですから、男性が美しく生まれなくても
それほど深く悩まないものですが
女性の場合は、ときには性格まで曲がってしまったり
自殺してしまったりすることもありますよね。

私も、「太ってる」とか
「ふけたな」とか言われると傷つきます。
やはり女性にとって美というのは
大きなテーマであり、関心事であるのです。

感性の部分で愛を表現するということ。
そこにおいて、「存在の美」として、女性性に期待を込められて
それをインプットされて生れているのが女性であります。

力ある男性のお側で、謙虚さと愛深いやさしさを持って
その方の潤いとして存在する
美の体現者として存在するということ。
それが神様が女性に与えられた使命です。
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一方、根源的な神の愛というものを
叡智・智慧として表現せよとして
つくられているのが男性性であります。
ですからそこにおいて、男性では智慧ある者が好まれるのです。

そして最後は、男性性と女性性が手をつなぎ
陰陽の愛のエネルギーが循環することで
叡智と美というものが創造原理の中で一体となっていく。

ですから、どんな星雲
どんな宇宙を見ても、美しいではありませんか。
ため息が出るほど美しいでしょう?
そしてその美しさの中には
その惑星や星雲をあらしめている叡智を感じるでしょう?

宇宙を見れば
神こそ最大の芸術家であるという意味がわかると思うのです。
叡智というもの、美というもの
それらすべてを含めて、神の愛のエネルギーなのです。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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by nagoyasc | 2017-03-12 06:49 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(27)

僕だってたくさんの失敗をしてきたのです。
いくつものしくじりをやらかしてきているのです。
でも、失敗したことも、すべてが懐かしい思い出です。
失敗したけれど、精一杯がんばって、自分の中で愛を光らせ
自分なりの役割を果たして生きたいと思い続けてきた。
そして、永遠のときの流れの中で、永遠の命を生きていく過程で
あなた方も僕も、神の子としての使命を果たしていくのです。

それが神の子としての道なのです。
愛の道以外、神の子の道はないのです。
愛のために生きていくのです。
愛のために、愛として生きていくのです。
愛として輝くために神の子はあるのです。
ならば、愛し合う、ロマンティックな愛、配偶者としての恋愛が、愛しあう姿が
愛がないわけないではありませんか。

この地上に男性だけがいたらどうなりますか。
アマゾネスのように女性たちだけしかいなくなったらどうなりますか。
どこにもすてきな幸せな世界はできないでしょう。
男性だけがいたらむさくるしくなりますよ。
女性たちだけがいたら、恐いですよ。

男性がいて、女性がいて、恋をして、惹かれ合って、求め合うから
この地上は美しいのです。
豊かさに彩られるのです。
その究極で、子どもが、新しい生命が生まれ
未来に対する希望が生まれるのです。
それが、神が望まれている地上の姿です。

人間だけではありません。
生きとし生けるものすべて
森羅万象の中にもその摂理が、原理が生きているということ。
これが愛の摂理です。
愛の原理そのものなのです。
大宇宙を統べている摂理そのものが、愛の原理なのです。
これが愛の原理そのものなのです。
そこの中に喜びがあるのです。
愉しさがあるのです。

そこの中において神は、ご自分の創造物を楽しんでおられるのです。
だからこそ、このように愉しい芸術作品である、美しい宇宙を創造し
宇宙の中で、さまざまな芸術や、さまざまな人類の生を通して
ご自分を表現されておられるのです。
生命体を通して、ご自分を表現されておられるのです。

海の中にいる深海魚も、美しい姿ではありませんか。
ゆったりと生きる、浮いているマンボウも、ね。
あのように、誰にも見られることのない‐。
その姿の中に、美しさを感じ、すばらしさを感じるではありませんか。
ミジンコや、アメーバの世界の中にも美しさがある。
その中にもちゃんと神の愛の原理が流れているのです。
生きているのです。
ならば、あなた方、神の子として
神に似せてつくられた人間であるあなた方に
神の愛が込められていないわけがないではありませんか。

神の愛そのもの、神の愛の凝縮された集大成として、あなた方がある。
その中に男女があり、愛し合う姿があるなら
それこそが、神の望まれておられる姿そのものだということ。
間違った性の濫用があるからといって
男女が愛し合い、睦み合う姿を、悪として否定してしまうことは
豊かな人生を、自らの魂を否定してしまうことになるのです。

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愛というのは豊かさを生むのです。
希望を生むのです。
ありとあらゆるものを創造する、その根源的なエネルギーが愛なのです。
愛なくして何も生まれないのです。
愛なくして、生命も、この世の中も、大宇宙も生まれなかったのです。

そのことを思うのならば、あなた方は愛の思いを解放しなさい。
つまらぬものに束縛されず
自らの中にある、こうあらねばならぬという思いから解放して
罪悪感から解放して、間違うことを怖れることなくー

このマヌでもたくさんの失敗があるのです。
しくじりがたくさんあるのです。
そのことを思ったら、あなた方だって失敗をしたっていいじゃないですか。
失敗してもいいから、愛を、愛していくことをやめてはいけません。
愛していくことを止めてはなりません。
愛し合うことに臆病になってはいけません。

傷ついても、傷ついても、ほんとうに愛し合うものであるのなら
必ず、お互いの大事なものに気づいて、まためぐり逢うものです。
そして、その過程を経たからこそ
お互いが根源的に必要であるということをまた学ぶのです。
自らの愛を解放していかなければ
あなた方のほんとうのパートナーにめぐり逢いませんよ。

臆病な者、自分の愛を解放せず、人を愛することから逃げている者は
自らの魂のパートナーに出会えないのです。
臆病な者は、自分の愛から逃げてしまうという
逃げるという性格が出てしまうのでー
そうならないように自分自身の中に、愛に正直に生きていく。
自分の人生に対峙し、直面して、なお、愛を求めていくという
愛してやまない思いを出していくということ。
その勇気を、どうか忘れないでいただきたいのです。

性的なもの、そういうものが正しくなく
神の子としてあるまじき姿であるというふうに
あなた方に今回は埋め込まれてしまったかもしれない。
でも、もうそういうものから解放されてほしい。
そして、愛を、喜びをもって、勇気をもって、あなた方の行動原理とし
生きるエネルギーとして、活力として、希望として
あなた方の人生の中に溢れさせてほしい。

女性を愛する気持ち、男性を愛する気持ち。
そういう思いをもち、幸せに輝いている者は
あなた方の隣人も、社会も、そのまわりにある惑星も、地球そのものまでも
かせにしていく力を持つことになるのです。
溢れんばかりの愛というものを拒否して、逃げていたのなら
愛の力強さにおいてやはり、劣るものになってしまうのかもしれない。
だから、どうか勇気をもってほしい。
愛によって傷つくことよりも
愛してやまない思いを無限に出していけるようー

神は見返りを求めず
ただ愛を与え続けるものだということをあなた方はもう知っているでしょう。
レムリアの教えの中で聞いていますね。
だから、あなた方も勇気をもってほしい。
今回傷つき、分裂していった者たちによって
あなた方はひじょうな攻撃を受けました。
それでも許して、人びとに対しての愛を、レムリアを通して伝えようとした。
その思いです。

男性に対して、女性に対して、傷つくかもしれないという臆病な思いで
どうか愛する思いを止ないでほしい。
そして、無尽蔵に出てくる自分の愛の思いというものを
まわりに対して流していっていただきたい。
愛する異性に対しても、愛が溢れるくらいの生き方をしてほしい。
それによってともに傷つくことが、報われないことがあったとしても
愛というものは無限に、自分の中から与えられ、出てくるのです。
それが、神の子である証明なんですから
だからあなた方も、人類を愛することに関しては認められても
異性を愛することに対しては罪悪感を持つような心が
お坊様たちの中にあるなら、もうそういう思いは捨てなさい。

(2005.8.20 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-03-10 09:04 | マヌ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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