地球を愛の星へ

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モーゼ/モーリャからのメッセージ(33)

かつてミカエルが言っていたけれども
それだけのことをやってだめであったのなら
わたくしたちもあきらめようというふうに思うと
ミカエルは言っておりました。
わたくしも脇で聞いていて、そのとおりだと思いました。
それだけのことをやって、最善の努力をして、それでも地球人がわからず
マイナスエナジーの中に溺れていって
また原始社会の中に落ちていくのであるのならば、それもいたしかたないと。
それはけっしてエル・カンタラーだけの責任ではないのだと
わたくしたちの責任もあったのであるのだと思えるのではないでしょうか。

たまたま最後、エル・カンタラーはご自分自身の責任をもって
この地球というものを最も愛し
古くから指導してきた霊として
最後のこの一大決算の時にエル・カンタラーがお出になったということ。
そのことをもってね、今回出られたということ。
ひじょうに任が大きかったということです。

『太陽の法』、『永遠の法』、『黄金の法』というものを通し
『宇宙の法』までいかれるということ。
そのことはね、ものすごくたいへんなことであった。
根本法としてたいへんなことであった。
そういう意味においても、最初の三部作が出たというだけでもあなた方は
人類は幸せであると思わなくてはいけないよ。
あの三つが出ただけでも、あれを学べただけでもね、幸せであるということ。

次の『宇宙の法』というものに関して
これから先行きの地球の未来というものを通して
エル・カンタラーは残りを語られようとしている。
その気持ちをね、この者を通して
たとえ言葉が全部伝わらなかったとしても、それを伝えようとなさっている。
その必死さ。

そして、それを支えようとするマヌの気持ち。
それをみんな援護しようとする九次元の気持ち。
どんな気持ちで我々があの方を思い
この今、地球を愛そうとして、あなた方に願い出ているかということ。
わたくしはあなた方にもっとわかっていただきたいのだよ。

簡単に魔にやられないでほしい。
魔は常に勝ってきたかもしれないけど
大いなる神のもとにおいて本来であるならば
一部の影にすぎないのである。

本来の神の子として、光の中を歩みなさい。
いかなることがあっても負けてはなりません。
いかなることがあろうとも、光の中を歩むのです。
影に負けてはいけない。

影の中において暗躍する者があったとしても
それは歴史の中において、けっしてメインの者ではないのです。
本来神の光があり、大宇宙の神があり、光の中におき
大いなる創造の原理の中で、愛の原理の中で、神はその意思を発現し
人びとを創造され、生き物を創造され、愛の原理の中で
大いなるご自身を表現されようとしているのです。
その一部としてこの地球というものが
これから役割を果たしていくということ。
そのことを思ったのならば、一部の魔に負けてはなりません。

大いなる光の影というよりは
本来の、小さな地上の人間たちが誤った意志の中で地下に堕ち
そして、サタンというような者になったかもしれないけれども
根源的な光のエナジーの中から見たならば
わずかな、わずかな握一点にしかすぎないのです。
そのような大いなる圧倒的なる神のエネルギー
大いなる神の光のことから思ったならば
悪の力などということを恐れてはならない。

けっして恐れてはならない。
しかし、侮ってもならない。
あなた方は侮りすぎたのです。
第一、第二の計画において、彼らの力というものを侮りすぎたのです。
でも過大評価することなかれ。

今回の計画において戦闘系の者たちが出てきたということをもって
あなた方はもっと自信を持ち、彼らより神の子である自分たち
自らのほうが力があるのだということ、天上界のバックアップを得て
神の意思を得て、この地上を神の星とするのであるということ
愛の星にするのであるということを
あなた方はもっと覚悟しなくてはいけない。

そのような意識があなた方一人ひとりにあればね-
十人いればこの地上を救えるのです。
かつてそのようなことを言った者がいたかもしれない。
そう、坂本竜馬という者が出たときに、言っていました。
十人いればこの地上を救える。あなた方は十人いるのです。
であるならば、一人ひとりがそのように肺に落としなさい。

あいまいな、優柔不断な者はもういらない。
これからはもっともっと覚悟を決めた者だけが十人いるならば
この地上を救えるのです。
どうかそのような、けっして絵空事ではないということ。
映画のようなフィクションの中にいるものではないのだということ。
あなた方、一人ひとりがキーパーソンであるということ。
そのことを真摯に受け止め、我々の力になっていただきたいのです。
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魔を侮ることはないけれども、けっして魔を過小評価することなかれ。
そして、今この場に座れるという栄光に浴しているあなた方であるということ。
我々の言葉を直々に、個人的に聴けるということが
どれだけありかたいことであり、どれだけ貴重なことであるかということ。
あなた方はもっともっと肺に落とさなくてはいけない。

かつてそのことに慢心し、神をも裁いた男がいたけれども
けっしてそのようなことになってはいけない。
常に謙虚でありなさい。
神の前において謙虚でありなさい。
そして、おのが使命を果たすのです。
そして、状況判断を誤ることなかれ。

今どういう立場にあなた方がおかれ
どのようなことをしなくてはいけないかということを
もっともっと一人ひとりが気づかなくてはいけない。

紅海を割ることよりも、あなた方が今しようとしていることが
はるかに難しいことであるということ。
そのことをもっと思って
この地球の命運を肩に背負って頑張っていただきたい。

荷が勝ちすぎると思われるかもしれない。
この者においても、胸がつぶれそうな思いで毎日
を生きているということも事実なのです。
でも、この任を誰かが背負わなくてはいけないのです。

であるならば、あなた方、一人ひとりがこの者に背負わせるだけではなく
みんなで任を分かち合って、背負うことにおいて
この天上界の大いなる計画を遂行していただけることを
心よりあなた方にお願いするものなのです。

(2004.12.25レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-05-31 10:22 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

天照大神からのメッセージ(3)

こうやってお見受けいたしておりますと
皆さま方は、聖職者、仏弟子の方々、そういう方々が多く
家庭生活よりも、男女の道ということを極めるというよりは
神様の方が大好きな
そういう法の求道者といわれる方たちが多いように見受けられます。

昨日、日蓮様、高橋信次様のありがたいお言葉をいただいておられましたが
このような法が降り、じかに言葉を聞けるという時代は
今までの時代の中でも、たいへん稀に、稀に見る時代なのでございます。
わたくし天照の言葉も
このように自由に地上の者たちに伝えることができる。
そのような時代は、何千年ぶりであろうかというふうに
わたくしの中でも思うのです。

じかには伝えられないのです。
肉体を持った地上の者たちに、このように我々、高天原から降りてきて
自由にわたくしの気持ちを伝えるなどということは
なかなかなかったのです。

以前、ORという方に、わたくしは降りて
メッセージを送ったことがあるのです。
しかし、やはりあの方の頭の中は、やはり男性であり
女性に対する独特のご意見があり、わたくしの思いというものを
女性のものやわらかさの中で、皆さま方に表現するということが
なかなかできなかったのです。

しかし、この方が今、女性としてわたくしの言葉を受け
皆さま方にお伝えいただけるということにおいて
わたくしはとても心からの喜びを感じているのです。
言葉や難しい理論ではないのです。

優雅さ、優美さ、秩序というものの中における
女性本来の謙虚さというもの
信仰心の美しさというもの、礼節が本来どういうものであるかということ。
礼節がどういうものであるかを
理論の中で、言葉だけで定義できるものではないのです。
これは、ひとつの波動の中で
皆さま方に感じていただくものでしかないのです。

わたくしたちは、高天原の頂点にいるからといって、自らを偉しとし
神の中の神であるといって
国民たち、人びとを見下しているようなことはけっしてないのです。

上に行けば行くほど、己が未熟さというものを知り
大いなる大宇宙の神の前にひれ伏し
「我々をどうかお使いくださいませ」という、謙虚さに満ちた中で
さらに高級神霊と呼ばれている、根源の神に向かって
礼拝をしているのでございます。

そのような気持ちというもの、そのような言葉の中に
礼節というもの、秩序というものがあるのです。
本来の秩序なき礼節はないのです。

皆さま方の、このあいだのホームページを見ておりましても
わたくしは、「信仰者たるもの誇りを持て」と
やはり言いたいのでございます。
秩序があり、礼節がある。
それがないものの中に、自由も愛もないのだと思います。
けっしてそれは神の御心ではないのだと思うのです。

あなた方は本来であるならば
このような最高霊域からの言葉は受けられないのです。
その神の使者として、人びとを見下すのではなく
神の使者としての誇りを持って
礼節というものをしっかりと踏まえた秩序というものを
確立せねばならないと思うのです。

そして、「生かす」という、大いなる愛の思いの中で
秩序というものは自然に見出されてくるものなのです。
人を支配する組織ではないのです。

秩序というものを
皆さま方は間違ってとらえられておられるかもしれないけれども
謙虚さに満ち満ちた、人びとを生かし続けようという愛の思いの中に
自ずとできてくる秩序の形式なのです。
それを、今一度、打ち立てていただきたいのです。
そのような思いがあれば、いたずらな混乱は防げることでしょう。

そして、神の心を、神の言葉を
すべての判断基準の中心に据えることなのです。
この神の国、神国日本というものは、常に神の言葉を降ろし
神の言葉のメッセージにより、政治というものが営まれてきたのです。
その時にこそ、この国土が、無事に、安らかに治められることができ
そして、女性が指導者として立つ時、この国は最も安定していくのです。

今は魔が暗躍し、暴れ狂い、法を学ぶ者たち、光の使者たちを惑わし
地下へつぎつぎと引きずり込んでいるのです。
このように、波動が乱れた暗い想念の時代の中で
今ひとたび、女性が神の言葉を授かるところに立たれたのです。

この方は、外国の神であるということを
ご自分のことの中にひじょうに引け目としてあり
わたくしや卑弥呼様に対してひじょうに気を使われており
このような言葉を受けるということに躊躇されていたのですが
どうか、そのようなことを思わないでほしいということを
再三、申し上げてきたのです。
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わたくしたち神道においても、「日本神道」の中から
「日本」というものを外すべき時というのが参ったと思っているのです。
神道の中にある素晴らしい教え、理念というもの
それを単なるこの日本国土という中ではなく、世界へ発信していくという
そのような時代が参ったのだとわたくしは思っているのです。

その時期がやってきた。
そのような時代がやってきた。
それで、この外国の女神がこの地に降りられ
わたくしたちの言葉を伝えるという意味が
ますますもって、大きな意味をなしてくるのだと思うのです。

この方とは、かつて昔、わたくしも共に同じ時代に出たことがあるのです。
わたくしは、この方を妹として出ていた時もあるのです。
ですから、魂の根源は、日本神道であるとか、ギリシャの神々であるとか
キリスト教であるとか、仏教であるとか、あなた方の今回の文明の中では
そのような位置づけをするかもしれない。

そして、わたくし天照も
日本神道の主宰神としての立場がございましたので
日本神道の女神であるという、主宰神であるということをもって
大和心を、女性の美しさ、優雅さというものの中で
この日本の国民たちに指導してきたものであるのです。

しかし、その時代はもう終わりに近づき、日本神道ではなく世界神道に
いえ、世界神道という枠を超えて
大いなる宗教がひとつのものの中に統合され
そして、本来の大いなる法が
この地球の法として確立される時期がやってきたという
大いなる時であるということ。

今までは、とても、地域的な宗教が、地域的な神々が腕をふるい
世界的な交流のできない時代でございましたので
地域的に、ローカルな宗教の神々としての役割を果たしてきたのです。
しかし、これが、大いなるもののご指導の中で
大いなる神の、中心におられる神のご指導の中で
ひとつにまとまる時期がきているのです。

わたくしたちも、最初は、他の天体から来ました。
他の星から来て、そして、今は地球の神となり
地球を最も愛する神となっているのです。
地球人になっているのです。

ですから、他の惑星から来た者であるという
他の惑星から持って来た理念というものに
固執しているわけではないのです。
地球としての、本来の在り方というものを
これから地球教という、教えを一本化する
大事な、大事な時期が来ているということなのです。
そのために、今、大いなる力が働いているのです。
そのことを皆さま方が、その「時」というものをわきまえられ
この今回の改革というものに取り組まれていただきたいと思うのです。

物質的な豊かさというものだけで
幸福、不幸というものを限定しすぎるものではありません。
本来、人の幸せというものは、幸福というものは、物質だけではないのです。
心の中にある充足感によるのです。

神に生かされているということ。
大事な人びとに愛され、愛し合っているという幸せの中にあるものなのです。
その心を、今一度、取り戻すために
たかが数十年の修行の場として、この地上を与えられているのです。

しかし、素晴らしい学びができる地上の修行場とするために
どうか、光のユートピアの修行場とできるように
皆さま方に力をお貸しいただきたいのです。

この日本というものの使命も、そのうちに終わりを告げていくことでしょう。
大きな天変地異がある中で、長い目で見たならば別な意味で
地球の意識の中の一部として統合されていく時期が来ると思うのです。
その前に、地球の理念として
今ひとつに、中央の神々が努力していらっしやる根本法というものを
今、地球上にひろげる、そのための発信基地として
この神国目本というものが選ばれているということ。

そのために、九次元といわれる、最高霊域におられる
九次元のエル・ランティ様、仏陀という方の本体が
そして、我々、紫神道からいいましても
最高位にあられる孔子様といった方が
次々とこの日本国に、大和の地に降り立たれているのです。

そのために、わたくしたちは努力をし
この国を光の国とするために努力をしてきたのが
わたくしたちの役目であったのです。

そのような光の場として、この大和の地という
ものを、わたくしたち本来の目的の中で、今、活かしたいと思うのです。
閉鎖的な島国という感覚で
ほかの神々を排他的にするような思いというのは
わたくしたちの中には、けっしてないということです。

(2004.8.21レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-05-27 12:59 | 天照大神 | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(32)

僕らが考えているのは表面的な体制のことではないのです。
個人の意識の中に、あなた方は地獄のサタンの子じゃないんだよ。
神の子なんだよ、とー
前にも言いましたね。七色の虹が架かるように
それぞれの光線の中に、あなた方がつくられた個性がある。
役割というものがあるよ、と。

自分に出会いなさい。
自分自身の外側ではないよ。
内側にどんどん入っていったときに、あなた方は自分自身と出会うんだよ。
それを僕たちの世界では「悟り」というんだよ。
けっして悟りは外にあるものではない。
荒行や修行をしなければ得られないものでもない。
小難しい理論や神理の知識や、妻子を捨てた孤独の中で
人を愛する喜びも知らないで生き続ける、修行をする
それだけが宗教者の姿であり
その究極にあるものだけが悟りであるというふうな
間違ったものを悟りだと考えているのかもしれないけれど
そんなものではないんだよ。

神の世界は、愛とやさしさと信頼に満ちている。
美に満ちている。
無限の赦し合いで、神につくられた美の中で
自分の生まれてきたことの意味を知り
多くの人びとを愛し、愉しみ、豊かに生き続けていく。
それこそが、神の子としての悟りそのものなんだ。

幸せというのは、悟りというのは、頭の中で考えたり
外部で修行して苦しいことをして得ることではなくてね。
自分の内側にあるものに出会い、自分自身の中に発見し
幸せというものを感じることなんだよ。
そういう、いちばん大事な感性というもの
それに悟りが入ると悟性というものー
悟性を通して一人ひとりが行き着いていく道。
それこそがほんとうの意味の悟りなんです。

あなた方の今の悟りを見ていると、知性、知的な思考パターンばかり。
それから非人間的な修行、荒行ですか、人間としてバランスを欠いたもの
それを一部の宗教者たちが刻苦勉励していくことが
悟りというふうに思われているがそれは違う。
悟りというのはそんな難しいことじゃないと前から言っている。

軽やかにステップを踏み、生きていることの喜びをみんなで分かち合って
歌を歌って、お互いに愛し合って、神の喜び
自分たちが創造され、実在しているということに幸福を感じー
感じなければ感謝も出ないでしょう。
お互い幸せなんだって称え合うこと。
喜び合うことを忘れて、どうやって分かち合ったり
目に見えぬ神に感謝するの、君たちは。

そして、かけがえもなく愛する人びとたちに対して
いっしょに生まれてくれてよかった
ありがとうという思いで、助け合って生きていく。
ねっ、それがいちばん大切なことであり、神が望まれていた姿なのです。
それが神の子というものの姿。
愛や信頼や分かち合いのないところに、赦しのないところに
神の子は存在できないのです。

この間も、オリオンの母上があなた方に通信を送ってこられたとき
けっして難しいことは言わなかったでしょう。
でも圧倒的な愛のハーモニー、旋律の中で
優雅な、美的な、赦しに満ちたやさしさの波動というものを
あなた方に送ったはずです。
すべてこれに尽きるんです。

母親が娘を思う気持ち、多くの人たちに対して自分の命をかけて
地球の人びとのためにお役に立ってきなさいねと励ますー
寂しかったことを言いたくても言わず
それをすべてのみこんで激励したではありませんか。
その姿、そこに、神の子の姿というものが如実にあらわれている。

愛が、世界の中に、日常の中に生き様の中に、すべてに浸透していったときに
「宗教」はなくなるのです。
「天使」という言葉もなくなるのです。
なぜなら、みんな同じ神の子の仲間たちだから。
ただ、指導者はいます。
いつの時代でもいつの社会でもいる。
でも、神の子として別格のものがいるというわけではない。
その道は、すべての神の子たちに対して聞かれた道であるということ。
そこに至るのが早いか遅いかだけです。

自己研さんの道に厳しかったかどうかだけ。
しかしそれは、どれだけ自分にストイックに、家族も捨てて修行しなさいとか
小難しい理論だけを学びなさい、ということではない。
どれだけ多くの人を愛することができたか。
どれだけ多くの人びとを赦すことができたか。
愛するために、どれだけ大きな業績を、人びとに対する愛の表現媒体として
すばらしい作品とか仕事をなすことができたか。
それが問われるということ。
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レムリアのときは一部分で実現していました。
人の判断基準、芸術作品を通して、その方がたの人格を判断する-
ハイレペルな神の旋律を表現できたのだから
当然、ハイレペルなものを受信できる器であったのだと
溢れんばかりの愛の思いがなければ
それに同通した神の次元のものは降りないわけですからー
自分だけ良かれと、自分だけが名声を受けたいなどというやましい心があると
高い次元の神の愛の作品をキャッチする波動には合わせられないのですよ。

無私な思いで、自分自身もすべて捨てて
「どうか神よ、私たちを神の表現媒体としてお使いください」と全託する思い
「どうかお役に立ちたいのです」という思いになったときに
神の根源的なソースと直結して
その方の個性に応じたすばらしいインスピレーションが
降りてくるものなのです。

それを受け取ったとき、今度は自己研さんした技術を使って巨大建築をつくり
音楽やいろいろな作品の中に表現していった。
その作品を、自己研さんの技術レペルプラス、その人の愛の波動で
それだけのインスピレーションを受信することができたということには
トータルなものがあるわけですね。
偏っているとできない。

トータルな人格においてその作品ができたということを
作品を通して(表現し)それを見抜く民衆、大衆の目があった。
それだけの水準にあったわけです。
文化も技術もハイレペルなものを、民衆が持ち合わせていたということ。
そしてそれを降ろす人たちも、神に至る道の中に芸術という使命があるとー
究極的に、芸術の真髄に神がある
神の愛があるということを知っていた者たちが
自己研さんしたというのが、レムリアの姿です。
そのように僕らが、ゼウス神や僕などが指導したのです。

今のように学歴とか、一部の思考理論だけに卓越しか者たちが
価値が高いというベクトルをつくるというのではなく
感性で神と出会っていく道というもの
やはりそれのほうが理屈を越えて神を享受する
感知する力を持つ、それこそが本来の悟りである
修行であるというふうに打ち出したのが
レムリアという文明の特色だったのです。

それがすべていいとは言いませんよ、私は。
それは私とゼウス神がやったひとつの方法であって
そういう個性の文明をつくったということなのです。
そして、ひとつの文明の色づけとしてね
今回も、多少、初期のギリシャのように
解放的な部分をオープンに出していくー、オープンにして
神の子としての化身としての肉体人間というものを受け入れて
誇りをもっていこうという、それがギリシャの思想の根本にあるわけです。

神託というものもあるでしょう、ギリシャの中に大いなる神からの言葉を
巫女たちがぬかづいて、多くの為政者、王族たちも
大きな時代の転換点になれば、デルフォイの神託などを伺ったはずなのです。
時の為政者たちであっても
究極は神の本意に従いたいとそういう思いがあった。
さらに、人間が神の子であるということを堂々と表現する形として
芸術を栄えさせていった。
だから、ギリシャというのはひじょうに水準の高い文化だったのですね。

仏陀とか、イエス・キリストの愛の教えとか
それぞれ、モーゼの教えた正義を通したひとつの教えがあるんですけれど
ギリシャ的な部分もないと、人間は苦しくなってしまいますから
私やゼウス神が、文明の色づけとして
ギリシヤという時代を打ち出していった、というのもあります。
そのルーツはレムリアにあり、レムリアのルーツはどこにあるかというと
ゼウス神がいるから別なんですけど
オリオン的な部分が多分にある、オリオンの系統をひいている。
このアマーリエも僕といっしょに出てきていたという
そういう過程があるんですね。

(2005.2.9 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-05-22 08:34 | マヌ | Trackback | Comments(0)

ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(23)

皆さま方の中にある、女性としての神性
それは補助者であるからといって
けっして劣るものでもなく、恥すかしいものでもなく
素晴らしい高貴なエネルギーに満ちた
神につくられた陰陽の陰のエネルギーだということ。

その力に気づいてください。
ご自分たちの中にあるエネルギーに気づいてください。
そして、それを高らかに母性とともに謳いあげ
今一度、地球の中で、「大和撫子、ここにあり」と
女性性の気高さを世界に向かって発信していただきたい。
それを、日本神道の女神様たちは、願っていらっしゃいます。

かつてこの日本という国には
自然と調和して神の心を生きるという日本神道の美しい教え
そして儒教の教えもありました。
「神の国、日本」と言われた神聖な国でもありました。

日本は、大和の国と言います。
大いなる和、和心、大調和の国です。
天照様や日向様、聖徳太子様など多くの方がたが
日本から世界を一つにまとめあげるこのときのために
信仰心のあつい国土をつくってくださったのです。

日本人が神とともに一体になって生きていたとき
日本はひじょうに深い精神性を持った国でした。
日本の女性たちも、大和撫子といって
世界の男性からあこがれられるような存在でした。
「中華料理を食べて
日本の女性を妻にしたら幸せだ」と言われるほどでした。

にもかかわらず、戦後、アメリカによって
唯物主義の価値観を入れられたことで
あっという間に日本人は、その神性
大和心の気高さを失ってしまったのです。

今、援助交際をする日本の女の子たちの姿を見て
ほんとうに天照様たちは深い悲しみと恥ずかしさで
いっぱいだとおっしゃっていました。

「日本女性は気高く、尊く、本来この国は、女性が治めたときに
もっともよく治まる]と言われた国でもあります。
どうか、その女性の気高さというものを
日本女性から発信していただきたい。 

世界に向けて提言をしていくのに、女性の立場というのは
今、とても発信しやすいのです。
そしてそれが、今の地球を救う根源的なエネルギーになるのです。

「一人の女は弱し、されど母は強し」と言います。
愛する者を守ろうと思ったとき、女性はいくらでも強くなります。
逆に言うと、命を守るということ
それは自分の子どもを守るということだけではなく
多くの世界中の子どもたちの未来を守ることが
地球人類の未来を守ることであり
それが私たち女性の喜びであり、幸せになるということ。

そのような認識があったならば
そしてその思いのもと、女性たちが団結したならば
必ずや素晴らしい時代がくると思います。


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最初は、「愛なんか信じるに値しない」と言う者もいるでしょう。
でも、「愛のキャンドルサービス」と申します。
みんなでこつこつとバトンリレーのように
愛を渡し合っていったならば
どんな方がたも神の子です。
みんな心の中に愛の炎を持っておられます。

その神の子である神性のキャンドルに点火していったならば
必ずや皆が愛のエネルギーとして目覚めます。
そして地球を愛のエネルギーである
神の子たちがおおうことにより
この地球は愛の星へと生まれ変わります。

外側から体制で強制してもだめなのです。
教育もそうです。
外側から高圧的にやってもだめなのです。
真にハートの中から、魂の中から
自分がどういう存在であるか、どう生きたいと思うか。

そして、愛と感謝に満ちて生きていったならば
自分が神の子としての
愛のエネルギーそのものだったのだと実感できたときに
必ずやそのエネルギーに共鳴して
多くの人びとの中にある愛のキャンドルに点火されていくことでしょう。
そしてそれを、この日本から行わなければならないのです。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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他のアマーリエからのメッセージ
http://nagoyasc.exblog.jp/i10/

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by nagoyasc | 2017-05-18 05:35 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(33)

それは、我々九次元の者たちにとっても同じなんだ。
我々だって、毎回毎回、出てね、イエス様だって傑にあってね
毎回なぶり殺しにあってね、それは生き埋めにされちゃったこともあるしね
たいへんなこといっぱいやってるわけだ。
だからけっして、安易に行って、安易に上に還って
九次元に還って来られるだなんて、思ってもいないんだよ。

君たち、何か誤解してるんだよ、九次元のことを。
神様だって言われて、拝まれて、偉い顔をして
「何でも取り仕切れて、うらやましいな」とか、思ってるんじゃないの。
「威張ってて偉いな、いいな」、何か、この間、言ってたよね。
「九次元は俺たちの気持ちわからない」なんて言って(笑)
モーゼが出て来て、血相変えて、怒ってたけど。
あー、みんなにはなかなか九次元の苦労っていうのは
わかってもらえないかもしれないけど。

我々だって出ればね
「いつ滑り堕ちて、真下に堕ちるかもしれない」
それにイエス様ですらね、そう思って毎回出て行くんだよ。
そうやって、毎回、生き埋めにされたり
毎回、傑にあって還って来るわけだよ。
痛い思い、誰だってしたくないけどね。
それでもイエス様は自分の身を挺してでもね、
愛を説いて、多くの人びとを愛によって救いたいという
そういう自己犠牲的な魂の方なんだよ。
で、毎回出て来られるわけですよ、痛い思いをしてね。
その姿をね、君たち学んでほしいんだよ。

そのイエス様の中に、「自分が偉い」とか、「拝まれたい」とか
「自分が少しでも立派な洋服を着たり、宮殿に住んだり
そんなことしたい」なんて思いがあって、傑にあって出て来るかい。
違うだろう。
ほとんどすべての人生の喜びを、全人類のために捧げつくして
そして、その挙げ句に、痛―い思いをして、還って来るんじゃないのかい。
それでも、それがイエス様の愛ですよ。
それがアガシャーと言われている方の、偉大なる魂なんだ。

それをもって、我らの系団は、「アガシャー系」という誇りを持って
愛を説く系団であるということ。
その意味において、地球という星を、「アガシャー系」と名乗ることで
愛を中心に法をまとめてきている。
いろんな星々から来て、いろいろな神理を持ってみんなやって来ている。

でも、イエス様の説かれる愛をもって
地球的神理というひとつのものを僕たちはまとめあげてきて
それを我々が、九次元が責任を持って
法として毎回降ろしているということなのです。
だから法の根幹を決めて、地球的神理というものを決めて
今の地球の段階に応じて、法というものを決定している。
その決定権、そして降ろす責任というものは
九次元が担っているということなんだ。
わかるかい。

だからこの人には降ろせないということ。
この人には今、九次元のフォローが入っているけれど
でもやはり、アテナという属性においてね
アマーリエさんという人の属性においてね
やれることとやれないことがあるということ。
それ、さっき日蓮も言っていたけど
どうもこのあいだから本人も混乱してるし、周りから期待されると
どうしても応えてあげたいという気持ちもあるかもしれない。
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でも私はね、TK女史の二の舞をさせたくないから、この人にはね。
一生懸命、この年なのに、忙しいのに出て来てくれたからね。
この人にもうこれ以上つらい思いさせたくないから。
だから皆さんにお願いしたいわけだよ。

人にはね、固有の使命というものがあり
神様に与えられた役職というのがあるんだ。
その意味において、あなた方が今、護ろうとしている人
ついて行こうとしている人にだって限界があるのだということ。

でも、あなた方が持っていない遥かなる力を持っている人であって
今、この時代の中で、神に要請されるその個性、その力
この人が持っている力が、我々、神々がいちばん必要としている
この時代が必要としているから、この人を中心に計画を立ててきたということ。
それをどうか理解して、彼女を盛り立て、彼女にないものを
あなた方の優秀な頭脳でフォローしながら
助けてあげていただきたいと思うのです。

その上で、随時、順番に、我々は何でも降ろします。
一度に降ろしたら、混乱するでしょう。
そして我々も、どういう人が集まって来、どのような方向性がいちばん、今の
これからの時代にとってふさわしいかということ、そういうことをね
少しずつ我々も、まあ。
あなたたちよりも、二手、三手、四手先を読んでますけどね。

我々だって、一から百まで全部わかるわけじゃない。
そんなお仕着せのものはね、少しも生きた指導能力とは言わないんだよ。
我々だって、ちゃんと今の人類、想念の動き、そしてどんな人が集まって来て
どの程度の覚悟があるのか
「ああやっぱりだめだったか、今回もなしにするか」とか
そんなつらい覚悟を決めて、そのような決定をするのも
まあ我々の世界ではあるんだけれども
そういうことをやっぱり読み取っていく。
そういうのも我々の責任なのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-05-15 08:08 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

アモールからのメッセージ(5)

私がそのような話をすると、たいへん驚かれるかもしれない。
しかし、そのようなことを語ることも、また、私の使命のひとつであるのです。
そのような惑星から来たということ。
この者が、そのような惑星から来た者であるということ。

そしてまた、その修行をこの地球において
この地球を芸術的に彩るという使命を終えたのならば
また別の要請される惑星に行って
「真実」と「美」と「愛」と「芸術」というもので貢献するという
そのような使命の発達段階において
また別の惑星に行くという人たちもいるのです。

そして、この地球における修行を卒業し、学んだことというものをもって
さらに高度な惑星に行って修行し
愛というものを、芸術というものを表現していかれるのです。
それは、それぞれの惑星からの人びとも、皆、同じなのです。
秩序と礼節というものを持って、この星に来られて移住し
使命を果たされる方もおられます。
そして智というもの、ゼウス的なものを持って来られた方
ベーエルダから来られた方、いろいろな方々がおられるのです。

皆が皆、移住されるわけではないのですが、どうでしょうか。
小学校卒業のレベルを持っているにも関わらず
小学校が大好きだからといって、いつまでも中学校、高校、大学に行かず
いつまでたっても小学校にしがみついていることが
その人のためになるでしょうか。

そうではないはずなのです。
ですから、地球での修行が終わっていくならば、次の別の惑星へと移って行く。
しかし、それは一人、二人では行けないのです。
やはり霊系団として、ある程度集まって
お互いに、その星の人口を受け入れるという
お互いの、宇宙界同士の協議と承認をもって他の惑星に移って行くのです。
受入先の許可も要るのです。

ですから、ある一定の周期の中で、卒業生というものを大量に送り出していく。
そのようなシステムがあるということ。
それは我々の世界の秘密であり、あなた方に明かされてはいなかったのです。
かつても、そのような卒業をしていった者たちが地球の中にもいたのです。
私たちは見送ってきたのです。

そしてまた新たな別の星から、地球的に言うのであるならば
アフリカとか、アンデス山中の未開地のような所に、他の惑星から
まず、人間としての修行形態の基本的なものを身につけるという意味において
受け入れている魂集団も、他惑星から来ているということも事実なのです。

そのようなことをあなた方は認識し
これから宇宙時代の幕間けが来るということ。
波動理論において、多くのあなた方が考えている
想像を絶するような生命体というものが他の惑星にもいるということ。
今、地球人が到達している科学レベルが全て万能であり
地球以外には、他の惑星には生き物など、生命体などいないなどという
思い上がった考え方から、人びとの無知蒙昧な
ある意味での物質中心主義的な、唯物的な
誤った信仰心から解き放たねばなりません。

そうでなければ、あまりにも幼い発想を持って宇宙に行ったら
笑い者にされてしまうのです。
それが地球系神理として示されるために、数々のスピリチュアリズム
そして、いろいろなUFOとか
宇宙人とのコンタクテイを通してのさまざまなことが
今日的に語られてきているのです。
c0171476_13415559.jpg

OR氏の降ろした法の中にも、宇宙の構造、次元構造、他の惑星のこと
そういうこともしっかり語られているはずなのです。
宇宙界の秘密と神秘というものを語れるのは、宇宙界の者たちなのです。
宇宙界に所属している、八次元上段階から九次元の者たちにのみ
それを言う権限というのが与えられているのです。

どうか理解していただき、このような時期が来たということ。
そういう時期がやっと来たからこそ、エル・ランティにおきましても
私におきましても、他の九次元の者たちにおきましても
この「ステップアップの時期」という言葉を使うのは、そこなのです。

このステップアップの時期を、みすみす無駄にしたくないと
かつての母星から来た者たちに、我々もこれだけ頑張って努力してきたのだと
これだけ地球人も素晴らしくなってきたのだということを評価していただいて
宇宙の一員として、この地球を認めてほしいと
そのような時期にきているのだということなのです。

しかし、第一、第二の計画が挫折し
そして、第三の計画の後がないということも、また、事実であるのです。
過去、いくつかの文明が、その中で滅びていきました。
今回こそ、滅ぼさせることはないと言って計画を立てたのに
やはり、このような結果になってきてしまった。
けれども、我々は三番手として、今回の計画を立ち上げることを決断し
そして、そのために全精力を、天上界の神々が一丸となって
あなた方のバックアップをするという大号令をかけております。

ですから、この、あなた方に霊言を降ろすという時
今日の、ひじょうに記念的なこの集会において、多くの神々が降臨し
多くのことをメッセージとして語り、告げようと来ているのです。
このような頻繁な密度で、このような次元の者たちがメッセージを送ったことは
かつてなかったはずなのです。
そして、私か語るような内容が、語られたはずはないのです。

それは、今回来た、五人の方々をもって
このレムリアの、私がかつて弟子と認めたように
十二人の弟子たちをもって、天上界が承認し
決意表明をしたということなのです。
ここがそろうまで、我々は、このことを語るのを控えていたのです。

ですから、今日、あなた方が来たということをもって
天上界の諸霊は次から次へと、こぞって
いろいろな激励の言葉を語りに来ているのです。

ですから、どうか迷うことなく、今まで私たちが語り伝えたことを血肉として
あなた方の言葉をもって、地球系神理の集大成を練り上げるということ。
正しい神への道筋を語り伝えるということ。
それをどうか、あなた方の最後の仕事として、卒業試験として
今生の修行の総結集として、あなた方がやっていただけることを
私はここに、切にお願いに来たのです。

私は今日、「宇宙の観点から見た地球」
そして「宇宙系神理における、今日の地球系神理の、今の時期」
というものを語り伝えたのでございます。
それを語るのが、私の属性でないとお思いかもしれませんけれども
もうそろそろ
そのようなことからは脱皮していきたいなと思っているのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-05-12 16:28 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(22)

今、自分の愛する子どもたち、愛する家族
そして未来の地球に生まれてくる
子どもたちの幸せのために
今自分たちが何に目覚め、何をするべきか。

その原点の立ち戻り
新たな価値観で社会を立て直していくということ。
その転機に地球が入っているということです。

その中において、まず家庭というものを基本として
世界に向かって愛が発信されるということ。
愛とは、まず家庭に宿るものなのです。
だからこそ、家庭の中に息づく神理というもの
神の教えというもの、それをどうか伝えてください。

偉そうにきれいごとを言うのではなく
ほんとうに生きた姿として
皆さま方のお子さま方を通して
実践の中で伝えていただきたいと思います。

家庭というのは愛の巣です。
愛ある家庭から飛び立ったひな鳥たちは
愛豊かに飛んで大空をかけめぐり
そして必ずやまた羽を休めに戻ってくるのです。
そのように戻ってきたいと思える家庭をつくることです。

マザー・テレサがおっしゃいました。
「愛というのは、本来、家庭にこそ宿るべきものである」と。
「家庭というものを核として、地球に広がっていくものである」と。
そして、その家庭を誰がいちばんとりしきるかというと
やはり女性たちなのです。

お母さんが、女性が、家庭の中の太陽です。
どれだけお金があろうと、どれだけ立派な家を建てようと
その家庭の中に愛が不在ならば
どんな成功者といえども、幸せとは言えません。

子どもにとって、愛ある家庭はかけがえのないものです。
そしてそんな家庭をつくるには
家庭をしっかりあらしめようという
母親の努力が必要なのです。

子どもを中心にした家庭を築くというのは
やはり男性がやろうとしても難しいのです。
男性は、外で戦ってきてくたくたです。
子どもたちも自分が成長するので精一杯です。
そして、男性たち、子どもたちが疲れて
羽を休めに戻ってくるのが、家庭というものです。

お母さま方が家庭の中心になって
愛を燦然と輝かせ
お子さまたち、ご主人方が帰ってくる場所をつくろうと
努力されるかどうか。
それが、お子さまたち、ご主人方の
一生の幸せを決めるのです。

それには、自分の欲望を押し付けるのではなく
条件をつけず
ただただ相手が素晴らしい存在として
花開きますようにと
天命を果たされますようにと
祈る無私な思いの中で
お子さま方、ご主人方を包んでいく
それが本来の愛の姿です。
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そして、家庭に愛が宿ったとき
地球は変わります。
地球がほんとうの意味で、愛の星になるのです。
逆にそれ以外に
地球を愛の星にする道はないのです。

いくら社会構造やシステムを変えたとしても
そこに愛は宿りません。
愛というのはシステムや形や物に
宿るものではありません。
人びとの心の中に宿っていくものなのです。

地球に住まう神の子たち
人類すべての胸の中に
ほんとうの愛の灯を照らし出したときに
みんな宇宙船地球号の乗組員であると
兄弟であると
手を取り合うことができたときに
それは、宗教や言葉
そういうものをすべて越えて
ほんとうの意味で地球を愛の星に至らしめ
地球は次の段階に
ステップアップできるのかもしれません。

ならば、次の時代を切り開いていくキーポイントは
女性たちが自分たちの役割を
再認識することだということ。
そのことがとても大きいのです。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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他のアマーリエからのメッセージ
http://nagoyasc.exblog.jp/i10/

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by nagoyasc | 2017-05-08 07:24 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(31)

芸術というものをひとつのものとして
現代の人たちが思っているような芸術論として割り切るよりも
神に近づく道を個々が修行して、修行という言葉はあまり好きじゃないけど
神に近づく道に一人ひとりが励んでいけるか。
心がけにおいても、受けとめる感性においても
どれだけ高度なところに進化発展していけるか。
表現する技術においても、自己研さんの道をいかに怠けずにやっていられるか-

感性が受けとめても、それを表現する技術というものがなければ困りますよね。
だから、日常の努力、自己研さんはとても大事ですよ。
でも、技術だけがうまい人がいるじゃないですか。ねっ。
音楽でも絵でも文章でも、何でもそうでしょう。
歌でも、上手なんだけどなあ。
音大出ていてうまいんだけどなあ。
美大出ていてうまいんだけどなあ…。
でも、絵がつまんない、音楽がつまんないねっていうの、ありますよね。

逆に、歌手でもけっして音程がきれいにとれるわけではないけれど
あの人の歌はハートにグッときちゃうよ、という
そういう人っているじゃないですか。
そういう人は、感性の大事な部分、愛というものが何であるかってことを
自分の魂にしっかりと抱きしめていられている人なんです。
ひじょうに未熟な表現手段であるかもしれないけれども
感性を通していくことによって人びとの心をつかんでいるのですね。
そういう人はね。
もっと完璧な技術を学べば、もっともっとすばらしくなるかもしれない。

じゃあ完璧な方法、技術とね、それを表現しようとする魂と
どっちのほうが重要かっていうと
どっちがどう欠けてもほんとうはいけないのですけれども
優先順位をつけるならばまず、「ハート」ですね。
まず「感性」です。

どれだけの愛を自分が抱きしめ、それを表現したいと
多くの人びとに対して分かち合いたいと思うか、そういうオープンな気持ち
その思いを、神への感謝として、神の表媒体として、一人ひとりが受け入れて
それを発信することによって分かち合いたいと
神に対する感謝の思いを分かち合いたいと
それがたまたま自己研さんした歌声であり、音楽をつくることであったり
絵を描いたり、文章を書いたり、建造物をつくることなのです。
その心で表現したときに、多くの人びとに感動を与えていく。
それこそが真に価値ある芸術作品であり、それこそが真の芸術家であると
僕らの世界では評価されているのです。

エル・ランティもおっしゃっていたけれど
単に、興味本位な刺激的なものだけがいいのなら
天上的なものよりも、地獄界的なスキャンダラスなものを出したほうが
多くの人にはおもしろいかもしれない。
でも、おもしろいものと、真にハートから
心の底から感動させていく、質の高い芸術とは違うから
その分かれ目は、スキャンダラスなものに終始することではなくて
神を、自分がどれだけ認識でき、受けとめられ
自分の使命をどれだけしっかり感じ取れて
その使命に生きようという情熱があるかという、その理解なんです。
理解した人たちが、真の芸術家なんです。

そして、本物というのは神の表現媒体すべてがそうなのですよ。
哲学者においてもすべてがそうです。
芸術家だけではありません。
すべてが神の愛の表現媒体として存在する。
学者であれ、子どもたちを育んでいる母親や父親やいろんな人たち
みんなそうですけど、すべてが愛の表現者であるということ。
神に対する感謝のもとに生かされている
僕らは神につくられた七色の光線の中の、神の子であるとー
その基本的な、エル・ランティがおっしゃったような
ほんとうに基本的なところに立脚したものだけが、普遍性を帯びていく。
それ以外は、地獄的な波動のもの、スキャンダラスなものというのはね
一過性のものに過ぎないということなのです。

科学においてもそうですよ。
原子論というものであなた方はとんでもない核爆弾みたいなものをつくった。
これも確かに、大いなる科学の発展段階かもしれない。
原子力というものを見つけた。
そこまではいいでしょう。
しかし、そこから核爆弾をつくってしまった。
それは天上の波動とは違うものです。
互いに生かし合おうとか、分かち合おうとかそういうものではない。

核分裂反応というものは、ひとつの法則として厳然として存在しています。
でも、それから爆弾をつくってしまったということは
そこには少しも神への愛とか、感謝とか
分かち合いというものは存在しないでしょう。
殺りくとか、攻撃とか
そういうマイナスのエネルギーの発想にあるわけです。
そういうものは一時繁栄をみても、その原因によって文明が滅びていきます。
だから後の世に残らないのです。

でも、科学の究極において、原子エネルギーという
核融合反応ということを通して
人類が愛と分かち合いというものを、ねっ。
生かし合いというものを、神の子であるという現実をしっかりと受けとめて
ボーダーレスな、国境のない、愛に満ちた地球人としての意識から
さらに宇宙の、宇宙人としての仲間の意識になれば-
地球だけが神のおつくりになった星ではないから。
あらゆるたくさんの星々がつくられ
それが厳然とした愛の法則のもとに調和を保ちながら
宇宙を形成しているのです。
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太陽系だけではない、小宇宙、大宇宙-
僕らでもわからないほどの無限な
大きな神のボディ体を形成しているわけですね。
そこに流れる愛の旋律、それが神の愛の法であり
愛の化身そのものが、我々が神と呼ぶ方であるということです。

先ほど波長同通と言いましたが、神の体である宇宙が愛という法則のもと
その旋律のもとに動いているなら愛に共鳴できない文明
愛に共嗚できないものは、すべて生き残っていけないということになる。
普遍的に存在を許されないということです。
徒花のように咲いたとしても、それは必ず淘汰されていく。
続かないのです。
それは、僕らが、神の体、神という宇宙の中で生きているために
愛に同通しないものは存在できないからなのです。

だから、高度に進化した惑星は、意識の持ち方として
どれだけ僕らが神の愛の中に生かされて、愛の法則のもとに生きているか-
自分たちが神の子である、愛の化身であるということをほんとうに理解し
神の愛の波動に共鳴し、振動し、自分の使命
自分の位置をしっかりとわきまえて、自分の仕事を果たしていく。
それだけが普遍的なものとして残るのです。

そこまでわかれば、お互いに憎しみ合って戦争をするとか、殺し合うとか
そういう低次元のものは存在を許されないのですから
意識レベルにおいて互いに助け合い
赦し合おう、分かち合おう、信頼し合おう、愛し合おう。
なぜなら、僕らは神の愛によりつくられた神の子なのだから。
神が愛なら、自分たちは愛の子どもたちなのだという
意識にたどりつかなくてはいけないのです。

神というのは愛そのものである。
それがすべての文化の中に浸透していったとき
組織、政治機構においてもね
人種が違うからとか肌の色が違うからとか、政治体制が違うからとか
そういうイデオロギーによって傷つけ合ったり
豊かな国があるから、貧しい国があるから
どっちかがどっちかを侵略しようとか
そういった愚かな発想は、分かち合いの愛の中に解消されていくのです。

相手がなにも持たなければ、その者に「どうぞ」と差し出す
無償で助け合って援助し合う。
そういうものが当たり前になっていく。
愛の論理の中で愛が循環しだすのです。
そうなったときに、この物質社会というものも大いに変わったときに
ひとつの惑星が愛の星へと進化する過程の中に誕生するのです。
それを僕らは望んでいるのです。

社会において、革命において、表面だけ改革してもだめなのです。
人間の心の中、教えの中で、我々が神の子であるということ
愛の表現媒体であるのだということを、心の奥深くに落とさなければ
地球を愛の星に変えていくことはできない。
しかし、きちんと心に留めることができれば
この地球はもっともっと美しいものになっていく。
それを天上界は地球に対して望んでいる。

遠回りのように思うかもしれないけれども
地道に法を降ろしてほしいというのはそういうことなんです。
表面だけ「愛で」などと言って、組織だけを変えて
力だけでこの地球を体制だけ変えてみても
一人ひとりの心の中で、ほんとうの意味で平和、愛という思い
愛を心から待ち望むという認識に達していかないのなら
外側だけいくら体制をつくっても
それは表層的なごまかしに過ぎないのですね。

(2005.2.9 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-05-06 05:22 | マヌ | Trackback | Comments(0)

天照大神からのメッセージ(2)

男性方というのは、宇宙における陽のエネルギー
猛々しく世の中を改革し、秩序をつくり
大きく時代を切り開いていかれるという
そのような積極的な力の現れとして
神々は、大宇宙の神様はあなた方をお創りになったのです。

しかし、女性というものは、本来そのように、積極的に秩序を変革してまで
大きな時代の流れをつくろうという者はひじょうに稀なのです。
やはり、力ある男性の脇にいて、補助者として、陽に対する陰の意識として
謙虚さを持ち、その方の潤いとして存在する
美の体現者として存在するということ。
それがわたくしたち女性たちの使命であるのです。

おおかたの者はそうなのです。
わたくしにおいても、卑弥呼様においても
そして、ここにおられるこの方(アマーリエ)においても同じなのです。
本来は同じなのです。

この方も、女性においては戦闘系という
あなた方から見たらひじょうに猛々しい部分をお持ちのように思いますが
この方の心性のなかには、とても女性的なものがあるのです。
その陰の意識というもの、積極性の裏にある意識というもの
男性に対して補助者として仕えたいという思い
そういう思いはわたくしたちでも同じなのです。

ただ、何人かの女性たちが、女性たる指導者たるがゆえに
積極性の意識というものを持って、責任というものを背負いながら
女性霊としての指導者というものを引き受けている
役の者たちがいるということなのです。

だから、それを、わたくしたちがこのような場に出て来るからといって
けっして積極的であり
あなた方に対して畏怖させるような思いというものを持ちたくて
しゃしゃり出てきているわけではないのです。

わたくしは、謙遜と美徳、秩序と礼節、優雅さというものを、今一度
女性たちの心にほんとうの意味で復活したいと思います。
それを、男性方が、やはり時代の流れの中で
そういうものにもう一度還っていくということを
骨格においても、社会の構造においても変革していただける
そのような社会の改革というものを皆さま方に、わたくしは期待するのです。

女性は、組織的な変革というものには向いていないのです。
心性の美しさを現すということ
理念を感性において表現していくということ
やさしさと母性でもって、多くの人を包むということ
そういうことは女性の指導者でもできるのです。

しかし、大きく時代を切り開いていくパワーというものは
陽のパワー、積極性のパワーとして
あなた方のような優秀な男性方にこそ期待されているエネルギーであり
お仕事であるということなのです。
その役割の違いということ。

今の時代は何ということでしょう。
男性と女性というものが同一視されるかのような教育体制の中で
女性だけではなく男性も、己が自分たちの個性
自分たちが本来創造された使命というもの、その陽の積極性
そういうものを見失っておられるのではないかとわたくしは思うのです。

古来、大和の男性たちは、ひじょうに調和を重んじ
大自然と共に生きてきたのです。
それは、男性として、あまり猛々しくないように思うかもしれませんが
しかし、調和をしながらも
そして国の体制というものをしっかりと組織的に打ち立てていくという
そのようなパワーをお持ちの方々が多かったのです。

皆さま方が思われているのは、侍、武士といわれている鎌倉武士という方々が
日本の男性であるかとお考えかもしれません。
わたくしの頭の中にあるのは違うのです。
日本神道の男性方ということをいっているのです。
一部、日本武尊様とか、須佐之男様とか、いろいろ猛々しい方もおられますが
だいたいが日本神道の男性方というのは、ひじょうに穏やかな波動をお持ちの
共に大調和という、自然の中における調和、和をもって旨とするという
調和の中に生きるということを重んじておりますので
あまり猛々しさを前面に出される方は少ないのでございます。

しかし、日本の中に、侍というもの、武士というものが
もう一度、この時代に注目され
皆さま方の意識の中に出てきていると思います。
本来の日本の武士道というものの中に
男性が社会を骨格から変えていくという荒々しさ
そのような男性エネルギーをしっかり表現してきているものも
また、この日本の侍美学の中にあると思うのです。

このことに関しまして
わたくし天照から語るようなことではないと思うのですけれども
やはり男性が男性であっていかれるからこそ
女性がますます女性になっていくという
そういう、やはり、共鳴し合っていくものがあるのです。

男性が男性で、陽の意識が強くなっていったら
女性も猛々しくなるかというと
そんなことはないのです。
強い男性がしっかりしてくれれば、女性も安心して女性に戻れるのです。
それができないから、ひじょうに男性たちにおぼつかない感触を持ち
これでは駄目なのではないかと思うから、女性が男性化しているという
そういう現状があるのです。
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だから、男性方にもお願いしたいのです。
本来、あなた方がお持ちである、陽の意識、積極性の意識、責任を持ち
女、子供を護り、社会を護り、社会を変革していくのだという
本来、大宇宙の神様があなた方に期待してお創りになられた
その積極性の陽の意識というもの、どうかこの日本の国の大転換期に
いえ、地球の、この世界全体の大転換期に
皆さま方が力を発揮されることを、わたくしは望んでいるのです。

男性方が、そのような意識に燃えて
本来の男らしさを取り戻していただけるなら
女性たちは必ずや安心して、本来の女性の姿に戻ってこられるのではないかと
わたくしは、そのように思うのでございます。

女性の一部の中には、近来、ひじょうに知的に優秀で
男性に負けまいとして張り合う者たちが
一時期、台頭していた時代があります。
しかし、そのまた反動もでるやおり
そのようなことがけっして幸せを生まないのであるということ。
女性の幸せは、やはり男性しだいなのです。
そして、男性の幸せも、男性が仕事をもって天命を果たせるかどうか
それも、配偶者である女性しだいであるということ。
そのように皆さま、お思いになられませんでしょうか。

悪い妻がつけば、やはり、それ相応の優秀な方であっても
たいした仕事をできずに堕ちていかれているということは
今回のことを見て、おわかりにもなられるでしょう。

やはり、配偶者というものの大きさ、その男性の仕事を助ける
内助の功の偉大さということも
女性(の美徳)にはあるのではないかと思うのです。

でも、女性が安心して女性に戻れるのは、やはり、男性がー
それだけ、女性はね、男性を尊敬したいのです。
本来ならば敬いたいのです。
敬うほどの力強さを、勇気を、知恵を、愛を
もし、女性に浴びるほどに見せてくれたのなら
女性はたぶん、安心して本来の女性の姿に戻っていけるのです。
その姿を、どうか男性方も見せていただきたいのです。
それが示されるべき大変革の時期が、今、来ているのです。

坂本竜馬とか、そのような明治維新の時の志士たちが
(霊言として)出ているように思いますが
彼らはある意味で、ほんとうに男性の中の男性という方であったと思われます。
そのような男性たちのエネルギーというものが、今一度
この変革の時期に必要になっているということなのです。

あなた方はひじょうに知性において優れておられるかもしれない。
しかし、ある意味で、この時代の中で、本来の男らしさというものを
もう一度、再現なさり、もう一度、取り戻されなくてはいけないのです。
そのように、お考えいただけたならば
わたくしのような者からの男性たちへのお願いでございますが
そのような反省が、そういう観点があまりおありにならないと思うのです。

女性ばかりが反省を求められている時代だと思うのです。
しかし、殿方である男性方にも
そのような反省を多少は持っていただけたならば
共に変わっていけるのではないかなと思うのです。
なぜなら、ユートピアというものは、本来の神の国というのは
幸せな家庭、幸せな男女のあり方というものを基盤として
ひろがっていくものなのです。

どんな人間たちであっても、男性か女性かであり
そして、男性、女性の本来の幸せを見出すことができなければ
心の安定も平和もないのです。
心の平和も安定もないところに、ユートピアなど再現できないのです。
確立し得ないのです。

あくまで、ユートピア、神の国というものは
心の中に、まず、築かれるべきもの。
わたくしたちが本来、神の子であるということ
己が神性の美しさというものに気づいて、もう一度、還っていく
再起する姿であるならば、わたくしたちの中にある
女性であるならば女性への道
男性であるならば男性への本来の道へ
還っていくべきなのではないかと、わたくしは思うのです。

女性ばかりに反省をさせるのではなく、殿方たち、男性方においても
本来、男性はこうであってよかったのであろうかということを
今一度、お考えいただけたならば
わたくしは嬉しいかな、というふうに思うのでございます。

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by nagoyasc | 2017-05-04 05:53 | 天照大神 | Trackback | Comments(0)

高橋信次からのメッセージ(32)

あなた方にとっても、卒業試験が近いということなのですよ。
これだけの智慧を積んでる者たちはね、魂的には古いんです。
各星雲、星々からそれぞれの系統を引いてやって来てるんです。
だからその人たちにも、一定の周期により
他の星に生まれ変わっていくという方たちもいるのです。
その周期から考えたら、卒業試験、地球の卒業試験があなた方一人ひとりに
ま、全員とは言いませんけども
ある者たちには課せられているということなのです。

地球には地球の、学習の場としての段階があるのです。
わかりますね。
地球の段階での卒業をしないとですね。
たとえば、ここが小学校レベルたったとしますよ。
そしたら次の中学校には行けないし
その上の高等学校や大学には行けないわけです。

そうすると、他の進化した惑星に移住して行くとですね
そこではもう、今、地球で学んでいるような
「信仰とは、神と共に生きる」「愛深く生きること」とか
この方、言ってましたけど
そういうレベルのことは、もうとっくに卒業しているわけですよ。
その上で、その先が出て来るわけです。

そこの世界、そこすらもまだ基盤が確立していない方はね
その上の中学、高校には上がれないんです。
そして逆に、他の惑星からの移住の人たちを受け入れて
地球の中で、新たな環境の中で修行させるわけです。

それを我々は宇宙界といいまして、ほかの星々と連携をしながら
そういう修行の魂を受け入れたり
他の惑星へ卒業できる者たちを移住させたりとか
そういうことも我々はやっているんです。
それが九次元、宇宙界という者たちの仕事でもあるわけです。

十次元以上になると、惑星意識とかになりますからね。
そういう移住だとか
一人ひとりの人間のフォローと言いますか、ケアと言いますか
そんなものまでは、人格霊ではないですからね
そこまではなさらないですから。
そういう雑用は、一手に九次元が引き受けて、他の星まで出向いて行って
一生懸命、ごちゃごちゃ交渉しています。
そういう外交の営業マンみたいなこともやっているのが
まあ九次元の、まあ「総合的な雑用係」というのが九次元かなあ。
そんなこともやってるわけですよ。

そういう意味でのね、地球意識的な
卒業レベルの時期が、もうそろそろ近いという意味での、まあ卒業試験かな。
地球というものの卒業試験の時期に来ている者たちが、こういう文明国
まして法の中心のところに降りている者たちにはね、多いんですよ。
だから、あなた方も心して、この修行をやってください。
あと数十年です。
地球のことが、後で懐かしく思う時が来ますよ。

「あの時にああしときゃあよかった」なんて言っても
もう後では味わえない別の環境に行きます。
だから、地球の中でどれだけの光を発信して
どれだけの成果を出すことができたか。
そのことを考えて、日々のご自分たちの修行をなさるということです。

みんなで、集団で個性を滅却して、個性をなくしてですねえ
全体で何かをやるために、誰かひとりの言うことを聞けなんていうのは
どこも法ではないし、神が望んでいる方向ではないのです。
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いいですか。
最初に根本法を降ろす時は、まあある意味で、骨格はもう降りたのです。
仏陀や私が降ろしました。
その「法を降ろす」というのは九次元でなければ降ろせないのです。
その説明、補足、そして解釈
そういうことは、まあこの方でもできますけれどもね。
でも根本法を降ろすには、降ろす権限というのがありまして
そのことは我々が担当しているのです。

今はどっちを向いていいかわからない、混乱の時です。
その中で大きなたいまつをあげてね、「こっちか神様の道だよ」と
「たしかにレムリアの計画は、神様が立てた計画なんだよ」ということを
優秀なあなた方が言ってくれることがね、僕たちの力になるということ。
それをどうか心にとめて、私たちの力になっていただけたらと思っています。

そして、皆さん方が、余力があればですね
私の「新復活」、ORさんの時やったから
私は「再復活」ってテーマはどうかと思ってるんですけども
まあ、何でもあなたたちの好きに付けていただければいいんですけども
僕はやさしい言葉で、ちょっとページ数長くなるかもしれないけれど
「法を語れ」と言われたら、やさしい言葉の法がいくらでも出ますからね
いくらでも話せると思います。

ただね、第一の計画があり、第二の計画が挫折したということ。
ここから人類が学ぶことはとても大きいと思うのです。
私たち九次元にとっても、学ぶことは大きいですがね。
皆さま方にとっても、地上の仏弟子たちにとっても
光の使者たちにとってもね
しっかり学んでおくということ。
そこにおいて自分たちも考え
そして高級霊からの直接の霊示が降りているうちに
その意見を聞くということ。
それを書籍に残していくということ。
それは大きな、後で人類の財産になる、遺産になることであると
私は思うのです。

稀なことではあるけれども、どこに落ち度があったのか
どこに、まあ、あまりサタンや魔のせいにはしたくないけどねえ
でも魔の爪が引っかかり、引きずり降ろされていったのかということ。
そこをしっかり人類は学んで、反省する
いい判断材料をあなた方は残せると思いますよ。

これからなんか「家族論」とか、「愛の讃歌」とかやると
僕、ちょっとエッチなおじさんにされてしまったんでねえ(笑)
「ちょっと、ちょっと控えようかな、レムリアのためにも」と
思ってますけども
それはちょっとマヌ様に任せることにしてですね(笑)
私は高橋信次としてのちょっと、こう、威厳を復活させるために
ちょっと、もっと格調高い話をしていこうかなと
思っておりますけれども。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-05-02 16:04 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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