地球を愛の星へ

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ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(25)

女性たちがみずからの女性性を認識し
変わっていく中において
やはり男性たちにも目覚めていただきたいと思うのです。

やはりこれまでは、優秀な女性たちを男性たちが敬遠し
自分の個性を表現して仕事をしようとする
才能豊かな女性に限って
孤独になっていたということもまた事実なのです。

女性が幸せになるには、男性の理解が必要ですし
そしてまた、男性が幸せになるには
やはり女性の理解が必要です。

宇宙の陰陽の役割をしっかりと見極めたならば
女性をほんとうの意味でサポートできる
女性の素晴らしさに対してちゃんと敬意を払うことができる
それが真の男らしさであり
男性として勇気ある姿であるという認識を持つ。
それがほんとうの意味でこれからくる時代の
成熟した男性たちのあり方ではないかとも思うのです。

家庭をつくるのは、女性だけではありません。
今まで男性は、自分たちが社会をつくらねばという
責任感の中でやってこられました。

でもこれからは、子どもに対しても
女性と対等に手を取り合っていく。
そうやって社会を、家庭をつくっていく
エネルギーになるんだという観点から
もう一度新たな原点に戻って
男性性というものを考えねばなりません。

子どもを通して、父性というものはどういうものであるか
どこまでは関わっていいけれども、どこからは駄目であるか
そういう問題は、いつも女性たちに押し付けて
自分たちは逃げてきたというところもあるのではないでしょうか。

子どもというのは、両親の姿
夫婦の仲睦まじい姿を見て
健全に育っていくものです。

男性も、家のことを女性に任せっぱなしにするのではなく
ともに家庭をつくっていく。
そして妻たちに温かい言葉をかけてあげてください。

女性というものは
言葉によってひじょうに傷つきもすれば
喜びもします。

ご主人様の温かい言葉
ご主人様の愛情に抱きとめられて
奥様はまた頑張れることでしょう。

原点は、男女の助け合いです。
男女の愛です。
男女が手を取り合い、愛し合い、受け止め合うということ。
そこからすべてが湧いていくのです。

その結果として子どもが生まれ
地球の未来、人類の未来へ希望を残します。
そこを抜きにして、愛の星というのはないのです。
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女性の法は、女性だけが学ぶものではありません。
男性が女性の法を理解するということは
男性自身がどういうエネルギーであり
どういう役割であるかを改めて学ぶことであり
愛する女性をどのように愛していくかを学ぶ道でもあります。

女性が女性性として素晴らしく輝いていくためには
男性の愛が必要です。
そのとき、相手が何者であるかをきちんと踏まえたうえで
愛するのが男性の使命であり、役割でもあるのです。

愛する相手を深く理解しようと思うこともまた
女性に対する男性の愛の姿なのです。
女性たちも、もう一度原点に戻って
女性本来の姿を再確認しようとしております。

男性たちも、力ずくで頭ごなしでやっていくことだけが
ほんとうの男らしさではないのだということ。
男の愛の優しさとはどういうことなのか。
それをほんとうにわかったならば
この世の中は何て素敵になるんでしょうと思います。

ほんとうにやさしい、ほんとうに愛を表現できる
真の勇気を持った男性たちと、自分の受容性を認識し
育む愛、受け止めるやさしさに満ちた女性たち。
そういう人たちが手を取り合って、協力し合って、愛し合って
歌を歌いながら、喜び合いながら
地球の未来を救っていくことができる。

そんな素敵な地球ができたのならば
それだけで、この地球は楽園になり
愛の星へ変わるのではないのでしょうか。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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by nagoyasc | 2017-06-25 19:01 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

アモールからのメッセージ(7)

アモールです。
今日は、みなさま方の前で、再び霊言を送ることができますことを
心より神に感謝申し上げます。

いくつか質問がおありのようでしたので
わたくしがお伝えしたいこととまた別に
最初にお答えしておこうかと思います。
聖書にあった言葉についてですが
そのことは、これから話す内容とも
ひじょうに深く関連していることのように思います。
これからわたくしが話すことは、わたくしたちはみんな神の子であり
神の子であるのは、人間であるわたくしたちだけではない。
動植物、地球という自然環境すべてが神の子であり、もっと広げていくなら
宇宙のすべての星々、星雲、大宇宙すべてが神の子であるということです。
わたくしは今日、それを伝えたいと思ってきています。

それを、わたくしがいたナザレの時代
わたくしが叱りつけたから波が収まったとか、わたくしがいるのに
波が荒立つわけはないのではないかと思われるかもしれませんが
そういうことは、わたくしをひじょうに買いかぶったものの言い方です。

わたくしたちは、一人ひとり、みんなつながった神の子です。
神の子としての一体になって織り成す綾のように
ひとつの大きな絵巻物のように
大宇宙をつくりあげている、それが神の子たちの実態です。

自然界には精霊があります。
海には海の、空には空の、そして山には山の
そこに、自由意志をもって生き
己の魂を修行する、神の子たちがいるのです。
ですから、精霊たちの意志を無視して、わたくしがいるからといって
波が荒立たないなどということはありえないのです。

海神の精霊によって海は荒立つもの。
わたくしはあのとき神のメッセンジャーとして
多くの者たちに法を語り伝えようとしました。
なぜ海に、船のほうに出たかというと、群集が押し寄せてきましたから
ですから、わたくしは、距離をとるために船の中に入ったのです。

そのとき、海がひじょうに荒れて、風も強かったので
「わたくしはこれから、神の使者としての話をしたい。
だから波よ静まれ、風よ静まれ」と言ったのを憶えております。
でも、海には海の精霊が、風には風の精霊が自然界にはおりますから
彼らの意志により、吹かせていた波と風、そういうものがあったとしても
おかしいことではないと思います。
その場所を借りて、わたくしは、愛の言葉を、神々の言葉を
地上の神の子たちに伝えさせていただいたという
それだけのことだったのですから
そのようにとらえていただければよろしいと思います。

わたくしは当時、神の使行として
地上に神の言葉を伝える者としておりましたけれども
「神」ではございませんでしたし、あなた方と同じ「神の子」でしたから
神の子として、精一杯、神の使者としての使命を果たすために
多くの者たちに言葉を伝えていた者であると、そのような立場だったのです。
よろしいでしょうか。

愛の段階論について、それと、愛の本質についての質問がございましたけれど
これは今日、わたくしがお話したいメインテーマでもありますから
それは、わたくしの話の中で、お答えしたいと思います。
その中でわからなかったら、またご質問ください。
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わたくしは、「アモール」(AMOR)という名前を神より授かっております。
これは「愛」を意味します。
あなた方の中で、愛ということは何であるか。
長い歴史の中で問われてきたことでしょう。
でも「アモール」というのは単になる恋愛や、家族愛というものではなく
今日レムリアで言われておりますように
愛、アモールの本質とは、宇宙を統べる神の本質そのものなのです。
それは、レムリアを通してすでにお伝えした通りです。

愛というのは何であるか。
それは、宇宙を貫く根本的なエネルギーです。
神が、宇宙の中で壮大な摂理として行われている、法則そのものを言うのです。
多くの人々を、ただ無償の姿で、あるがままに受け入れ
相手を生かそうとするエネルギー、それを「愛」というのです。
そのエネルギーが、宇宙に満ちています。

個人的な、家族的な、地域社会の中の愛を
わたくしたちは初歩的段階として学んできました。
でも、ミクロ的な部分からマクロ的な部分に進むなら
我々太陽系だけでなく、銀河系、小宇宙、大宇宙という、大いなる神の体
その表現体として大宇宙が存在する
その根本原理に愛のエネルギーというものがあり
この宇宙の隅から隅まで内在し、生かしめている力であるということなのです。

そこで神は、あなた方が気づくはるか昔より
宇宙の中で、地球に対して恒星という太陽をもたらし
太陽の恵みをあなた方の地上に与え、酸素や、オゾン層をもって
人類を、生物を、神の子を守ってこられたのではないでしょうか。
これは、ほかの宇宙においてもそうなのです。
そして、それに今、わたくしたちがやっと気づいて
生かされているということに気づきましたが
何億年も昔から、神はただ無私に、愛ひとすじに、見返りを求めず
無心のエネルギーで、大宇宙の生きとし生けるもの
神の子たちを育んでこられた。
これが神のお心そのものであり、神の摂理なのです。

あなた方は、愛について
見返りを求めたときに愛は死ぬということを学んでいますね。
愛というものは、ただ相手のあるがままを受け入れ
無心に与える一方になって、与え続けていくものです。
そこに、愛の本質がある。
そのことを、大宇宙の創造原理を通し
この宇宙の中において、神は表現されているのです。

もし、この地上にから太陽がなくなったら、と考えてください。
あっという間に人類は凍え死んでしまうでしょう。
酸素がなくなってみたら、と考えてください。
あなた方は10分と生き続けることはできないでしょう。
オゾン層が破壊されたら、あなた方は紫外線にさらされ
いろいろな宇宙線の影響で、あっという間に死んでしまうことでしょう。

あなた方がそのことに気づくはるか昔より、神は語らず、無心に愛を与え
あなた方を生かしむために
愛のエネルギーであなた方を守り続け、育んでこられたのです。
これが愛の根本原理です。
愛というのはそういうものです。
それを、神が、宇宙というこのお体を通して教えくださっている。

最初に「思い」がありました。
神の、ご自分の愛の表現としての地上を、宇宙を創造される
最初の「思い」がありました。
最初に言葉ありき、最初に「思いありき」なのです。
その「思い」で、ご自分の愛の表現形としてのこの大宇宙を
ビッグバンとともに創造されたのです。

だから、その愛を「宇宙」と申しますし
神は最大の芸術家であるとも言われるのです。
愛の中から、この宇宙すべてが生まれているのです。
隅から隅までの星々、恒星、衛星
星の上に息づくすべての動植物、鉱物に至るまで
すべてが、神の愛の摂理と、愛の思いで生まれた、神の子たちなのです。

愛の思いをこめて、神はすべてを創造されました。
それを育み、保持し、生かすために
それに気づこうと気づくまいと、愛を注ぎ
すべての大宇宙を生かそうと、無償の愛で
すべてを今日まで育んできたのです。
地上における、神の子たちの修行場として与えるため
地球も存在しております。
そうなるように生まれたのです。

神の叡智、摂理として「原因結果の法則」は
あなた方はもう知っているでしょう。
自分がしたことは自分に戻ってくる、そういう摂理があります。
そして「親和性の法則」があります。
同調するもの同士が引き寄せ合うという法則があります。
そのような摂理の中、神の無限の愛が、この宇宙を隅から隅まで貰いている。
わたくしたちを生かしているのは、神の大いなる慈愛の思いであるということ。
愛のエネルギーであるということ。
そのことを学ぶ時期がきたのです。

地球は、神の子のひとつの惑星として誕生しました。
その使命を持たされて、この宇宙に存在しています。
わたくしたちは、さまざまな未熟な段階で
自らが何であるかということを学ぶために、神の子としての意識を磨き
自らを神の通路として、神の表現形として発散するために
この修行場を与えられたのです。


アモール:イエス・キリストとしてイスラエルの地に肉体をもち、愛の教えを説いたことで知られる。アトランティス時代には、アガシヤーという名の指導者として、愛を中心とする教えを説いた。天上界では、白色光線(愛)を担当し、さまざまな指導方針を決定する役割を担っている。

(2005.7.30レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-06-22 09:03 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(34)

この地上における将来というものは、あと数十年をもって決定されるのです。
あと数十年をもって決定されてしまうのです。
神が支えておられるこの両手が
支えきれているエナジーというものがもつかどうかということ。
あと数十年なのです。
それをミカエルが言っていた。

あなた方の寿命だけではない。
地上における今回の文明が、あと数十年であるということ。
そのことを今、わたくしは明かすのです。

数十年という時をもって、この地上の者たちの善なるエナジーというものが
魔というマイナスエナジーに勝てるかということ。
それをもって清算をつけられるかということ。
それが宇宙連盟と呼ばれているところの会員に
メンバーに属することができるかということの大いなるジャッジ
裁定されるということ
ジャッジされるということの基準になるのです。

マイナスエナジーがまさっている星を
宇宙連盟の一員に入れるわけにはいかないのだ。
そのぐらいのこと、あなた方わかるであろう。
マイナスエナジーがまさっているものを宇宙連盟の中に入れ
愛ある星であると
神の星であると認定されることは無理なのです。

けっして、そのようなハイクラスにいくことを我々が望んでいるために
無理やりあなた方に言っているわけではない。
それが大いなる人類の、この地球に住んでいる者たちの未来において
大いなる神のご意思の中における、神の子としての進化の過程において
この地球という星をね、預かる者として、この星を宇宙連盟の一員として
神の星として光らせたいから、わたくしたちはあなた方に言っているのです。

このような地球というものが
歴史的な流れの中において、スパンの中において
重大なターニングポイントというものを負わされたことはなかった。
わたくしが生まれたときにおいても、イエス・キリストと呼ばれ
ナザレのイエスが生まれたときにおいても、仏陀におかれてもなかった。
たいへんなターニングポイントであるからこそ
本体のエル・カンタラーが降りて行かれたということ。
そのような大事な節目に、エル・カンタラーが駄目になり
そして、あなた方のような方がたに対して
このような巨大な計画のお願いをしなければいけないということ。

そのようなことを、わたくしたちはもう、申し訳なくてしょうがない。
でも、これを今あなた方に、パイプラインが
このようなアンテナが復旧したことをもって
地上のあなた方に伝えることをもって
最後の救いとしてあなた方に動いていただきたいと
この地上を愛の星に光らすための
最後の逆転ホームランというもの、そういう言葉ありますか?
そういうことにもっていきたいというのが、我々の意思の中にあるのです。

本来なら駄目だったのです。
本来ならもうね、失敗しているのよ。
失敗しているのです。
でもね、最後のいちるの望みとして
今この者が立ってくれたということをもって
マヌが行ってくれていることをもって
この天上界との最後のパイプラインをつなぐことにおいて
我々の無念な意思というものをあなた方に
地上の者たちに伝えたいということ。

そうでなければ、なぜ高橋信次、エル・ランティがこの地上に出たのですか。
なぜOR、エル・カンタラーが出たのですか。
それで終わって天上界が黙しているのであるのならば
あれは単なるデモンストレーションであり
単なる虚言であったということではないのか。
それを信じ、多くの光の天使たちが下生して行き
多くの光の天使たちがその意思を代行するために集まってくれたではないか。

彼らは今、自らの学びの生活の中に戻り
「あれは一体何だったのであろうか」と
自らに問いかけているのではないだろうか。
違うか。

天上界は見捨てない。
天上界はあなた方、一人ひとりを愛し
巨大なこの天上界の地球救済計画のために
この何千年という時をかけて、着々と準備をしてきて
そのために地上に今回、意気込んで下生して行ってくれた
光の天使たちがたくさんいたからこそ、我々もこのようなお願いをしに-

何とか彼らの悲願を達成し、彼らを救済し
そして、この地球計画の本来の意思を持ち直すために
あらゆる努力をしたいと思い
このような掟破りな計画も出しているのです。
そのような真意というものを、あなた方わかっていただきたいのです。

いきなりミカエルが出て来て、沈痛な思いの言葉を吐くかもしれない。
でも彼には彼の思いがある。彼の無念さがある。
どんな思いで高橋信次、エル・ランティを父と呼び、TKを母と呼び
どんな思いでこの者を姉と呼ぶか。
あの者の気持ちがわかりますか。

今この地上に最後、出て行くことによって
彼はこの計画における責任をすべて取ろうとしている。
彼ひとりに背負わせてはいけない。
でも、彼はすべてを背負おうとする。
けっして彼ひとりに背負わせてはいけない。

我々も精一杯の思いをもって、今九次元十人が出ようとしている。
あなた方もこの天上界の、我々の無念さというものをわかっていただきたい。
けっしてね、我々九次元が神と呼ばれていい気になり
天上界で神として王座に座っているわけではない。
誰よりも心を砕き、誰よりも涙を流し、この地上を愛し
この地上を神の星とするためにあらゆる努力をし
苦労をしているということ。
あなた方、神の子たち一人ひとりを愛しているということ。
そのことをわかっていただけるのであるならば
今回、人類は大いなる学びを得たのであるということを
わたくしは思うのです。

けっして、我々は全知全能の、万能なる神ではない。
根源神と呼ばれている、地域的な意味において
指導してきた過去の歴史はあるかもしれないけれども。
ユダヤ教の教祖、キリスト教の教祖、イスラム教の教祖、日本神道の教祖
いろいろな神として呼ばれてきたかもしれない。

でもね、我々は教祖と呼ばれるために
根源神と呼ばれるために努力してきたのではない。
ただただ、無償の愛をもって
神の、天上界の神の大いなる根源的なる宇宙の法であり
愛の法である神の意思をあなた方に伝えるために、伝えたいために
幼い理論をもって人びとを指導しながら、「わかってほしい」と
いちばん大事なものを
何がいちばん大事であるかということを伝えるために
わたしたちはそれぞれの地に、その年代に降りて行ったのだよ。

その中におけるリスクというもの
ひじょうに危険なことは常にわかりながらも
我々は神の国をこの地上に具現するために、反映させるためにね
我々はこの地に降りて行ったのだ。
その意味において、我々はけっして崇拝されたいとか
栄光を自分の身に映したいとか、そんなこと思ったことはない。

そのような過程の中で、大いなる愛というものが、どこまで発現できるか
どこまで無償の愛というものを我々が表現できるかということを
我々自身もまた聖書の中でー
神により修行させられている一信徒であるということ。
一神の子であるということ。
九次元においても我々は修行の身であるということ。
そのことをやっと伝えるべき時がきたということ。
あなた方に伝えに今、来ているのである。

そのようなことを古代の時代であるならば、伝えられなかった。
今は伝えられる時代がきたということ。
そのことをもって、あなた方に伝えるのです。

どうかその我々の天上界わたくしのようなモーゼがユダヤ教であるとか
ナザレのイエスがキリスト教であるとか
あなた方の文明においてはそのように思うかも知れない。
でもね、わたくしたちはいくつもの、幾多の文明を見続けてきた中において
モーゼは別の名前で呼ばれ、イエス・キリストも別の名前で呼ばれね
仏陀もいろんな名前で呼ばれて、さまざまな貢献をしてきたのですよ。
だからわたくしたちは、けっして、モーゼとか、イエスとか、仏陀であるとか
そのような名前、孔子であるとか、そんなことは思っていないのです。

どうかあなた方、わかっていただきたい。
わたくしたちは生きとし生けるもの。
かつてあるときよりこれから未来永劫生きるもの。
魂は永遠不滅にして
ひたすら神の修行の過程の中において永遠なる階段を昇り
自らの不甲斐なさの中に、永遠なる神の完全なる姿を目指し
修行をする一信徒であるということ。
そのことを、わたくしもあなた方と同じであるということをもって
わたくしもあなた方にお願いするのです。

あなた方と同じ神の子なのです。
それをやっと明かす時がきたのです。
だからどうか、エル・カンタラーをそのような観点で見ていただけるのであるのならば
彼であってもパーフェクトであるということはあり得ないということ。

であるならばあなた方も、同じ仲間をフォローするということ。
ね、そのことを思って、あなた方のできることをもって
彼の今あけてしまった穴を埋めていただきたいということ。
それができるのは、けっして多くの者ではないということ。
我々の言うことがほんとうに理解できる者たちであるということ。
そのことを思ったのならば-、

誰でもがわからないのですよ。
日本中の者たちにこの言葉を伝えたとして、ほんとうに心に深く留め
涙を流してわたくしの今の言葉を聴ける者たちが
どれだけいるというのですか。
あなた方であるから、選ばれたあなた方であるからこそ
今この言葉が胸に落ち
今聴けるこのテーブルに座れるのではないのでしょうか。
であるならば、どうか我々に力を貸していただきたい。
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これから孔子が出られ
エル・カンタラーが、エル・ランティが大いなる宇宙の法というものを通して
今までの計画における、穴のあいた部分を埋め合わせされるというふうに
お話が先週あったと思います。
これが今、天上界の方針であるのです。

でも、最終的には地上におけるあなた方の自由意志において
あなた方が受け止めていただき、受け入れていただけるのであるのならば
我々、天上界の者たちはそのことを、計画を実行していきたいのです。
そのような承認をいただきたい。
そして、そのために協力をいただきたい。

このわたくしのような者は、地獄の掃討
地獄のエナジ―というものを抹消させるために戦っているけれども
今この地上からのマイナスエナジーの無限供給という
それはもうすごいものがある。
そして、レムリアというものが出てきたことにより
彼らは一度、自分たちの勝利というものを味わっているのです。

サタンたちは、自分たちはエル・カンタラーを倒したということにおいてね
自分たちが勝ったと思っている。
しかし、ここにおいてレムリアというものが出てきたことにおいてね
あなた方をもって、彼らはひょっとしたら違うかもしれないということで
また魔の再攻撃が出てこようとしている。
そのための計画を今練っているのです。
嵐の前の静けさというのは今のことなのだ。

だからあなた方は力を抜いてはいけない。
彼らがどういうことをしてくるか。
彼らはこの地上を完全に自分たちの手に掌握するために
この野心のために、この権力のために
一人ひとりの心の中に入ってくるのです。
外からくる者は、あのようにホームページでくる者などというのは
小さい、小さい者なのです。

気をつけなさい。
いちばん大事なことは、高橋信次、エル・ランティもおっしゃられた
いちばん大事なことは「己心の魔」ということ。

今回の騒動を見ていればわかるでしょう。
あなた方を消耗させ
いちばん苦しめたのは仲間たちにおけるものであるということなのです。

仲間の心の中にくるということ。
だから、ほんとうに不退転の境地を持つ者たちをね
仲間に入れていきなさい。
曖昧な者はね、単なる読者にしていきなさい。

彼らを連れて行くことはたいへんなロスになり
彼らにとってもたいへんな苦しみを生むことになるのです。
だから、彼らを無慈悲の中に切り捨てるのではなくて
彼らをおいて行くことが慈悲であり、愛であるということをもって
ほんとうに不退転な者を選んでいきなさい。

それはけっして固定化されたものではないのです。
不退転の者たちの十人のメンバーのエナジーが集まれば
天上界は何事においても、地上において、エナジーを
下の地上界において送ることができるのだということ。
固定されたメンバーであるということではない。

十人のエナジーの器というものが
我々、天上界にとって必要であるということ。
できるならば十二人ということです。
十二弟子とイエス・キリストは言われて、十二人の弟子を選ばれました。
十二という数字は天空におきましても
すべての天宮、十二宮というものがあります。
十二という数に霊的な意味があるのです。

そして、七という数字にも霊的な意味がある。
あなた方は、レムリアは八という数字を預かっている。
七という数字を越えるものが八というもの。
八というものは無限を意味するもの。
それをこの者は預かっているのです。
それは神々の期待がこの地上において
レムリアにおいて、最後の局面であるということ。
そのことを思ってね、八という数字があなた方に与えられたのです。

無限を意味すること。
無限の可能性を意味すること。
ユニバース、宇宙を意味するものが八であります。
八というものは末広がり、すべての意味を含めて
豊穣、豊満、すべてを含めて
すべての可能性を含むのが八なのです。

あなた方はその数を預かる者として
その誇りを持って、残された人生を生きていきなさい。
大した人生を生きずしてあの世に帰って来たとしても
安逸な人生をこの地上において生きてきたとして、あの世に帰って来ても
あなた方に残っているのは悔いだけだろう。

このような計画を聞いてしまった上においては
残りの人生を必死に生きていきなさい。
そうでなければこの天上界に帰って来ても
たいして幸せにはなれないであろう。
あのような局面に、人類の大事な場所にいたのに
自分は何をしていたのであろうかという後悔ばかりが起きてくるでしょう。

(2004.12.25レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-06-19 08:33 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

天照大神からのメッセージ(4)

日本神道の女性の中には、穢れというものを極端に忌み嫌い
わたくしたちのこの女神の世界に隠れこむという者たちが多かったから
生まれていく回数も減り
日本女性に対する指導というものが立ち遅れたかもしれないのです。

しかし、今、このように女性の指導者が
このわたくしたちの用意した大和の地に降り立ったということ。
どうか、このことの意味を深く留め
わたくしたち日本神道の女神たちの期待も一身に受けて
日本の女性を通して、世界の女性たちに
本来、女性の法とはどうあるべきなのか
それを打ち出す時期が来たのだと、わたくしも卑弥呼様も、胸が震えて
意気込んでいるのが現状なのでございます。

ですから、この方の使命の中には、女性の法を確立するということ
女性の法を打ち出すということ
それは、中央の方のお考えの中にあるものでもあるのです。

女性が法を説かれ、女性が女性としての道を極めるという中において
女性の法が現されたことは、今回の文明ではあまりないのです。
わたくしがかつていた時に
やはり、美しき、優美なる女性の模範的な姿として
どのようにあるべきかということを説いたことはあります。

そして、キリスト教の中で、聖母マリアといわれる方が
その清楚な母性に満ちた美しさの中で、多くの人びとを
女性たちを指導した姿というものもあるのです。
しかし、それは、多くのシスターという、修道院の中の閉鎖的なものの中で
やはり、一般の家庭生活をする者たちの手本としてあったものではないのです。

仏教においては、もっと悲惨でした。
仏教の中において、女性は本来、いないのです。
存在として許されていないのです。
存在として許されない者たちの天命を現す法など、どこにもないのです。

そのことをお考えになり、今、この時期に女性の法が説かれるということがー
男性方はあまり興味がおありではないかもしれないけれども
地球の全人口の半分は女性なのですよ。
女性たちを救っていかなければ
地球全部の人びとを救うことはできないのです。
その女性たちにとって
いちばん大切な女性の法というものをこれから説かれようとしているのです。
それをまとめ上げるのが、この方の使命なのです。

だから、男性の方々、どうか
根本法の再編纂ということが日蓮様や高橋信次様から
皆さま方に依頼などおありでしたけれども
そのようなことのヒントとなること助言となることを
この方は伝えることができるでしょうけれども
どうか、女性の法を説く者として、この方の時間とエネルギーを
わたくしどものほうに貸していただきたいのです。

それくらい、この方に、わたくしも卑弥呼様も期待しているのです。
なぜならば、卑弥呼様には悲願がございます。
あの方の魂のご姉妹が、今、地上におられ
本来であるならば
あの方が女性の法というものを説かれるお役目にあったのです。

あの方が高橋信次様のお嬢様で生まれ
そして、現象をもって女性の法というものを打ち出すことにより
そして、仏陀と一緒になられていかれることのなかで
あの方が説いてこそ、大いなる女性の法がひろがっていくという
そういう救済措置、女性に対する救済方法というものが
本来の計画であったのです。

しかし、それが、第一段階、第二段階で挫折をしてしまい、失敗し
そして、この第三の計画の中に女性の指導者を降ろすというかたちで
失われていた女性の法を、今一度、降ろすという希望をつないでいるのです。
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このあとの孔子様では、これはできないのです。
他にできる女性はいないのです。
だから、わたくしたちは、全面的にこの方を指導することによって
女性の法というものを打ち出し、多くの女性たちの心に安らぎを与え
わたくしたち女性が、何のために宇宙の神から創造され、期待を込められ
どのようにしたら、わたくしたち女性が幸せになっていき
その幸せをもって、男性方を、殿方を幸せにして
本来の使命にお返ししていくことができるか、助力できるか

その女性の道というものをわたくしたちは
今回、どうしても降ろしたいのです。
そのために、ここに弟橘を降ろしているのです。
この方が法として打ち立てられ、皆さま方に、女性たちに伝えられたものを
彼女は生きざまの美しさとして、表現してみせるのです。

彼女は常にそうです。
難しいことは言わないのです。
日本神道の女性は、だいたいが難しい理論的なことは言わないし
言えないのです。
わたくしとか卑弥呼様のような者は、ひじょうに限られた者たちなのです。

ただ、心性の美しさ、感性の美しさ、優雅さ、謙虚さ、美徳、愛というものを
その誇り高さ理念の中で、美しさとして
その生きざまの中に、彼女たちは表現していくすべを持っているのです。
その献身に満ちた、その謙虚さ、やさしさ、美しさ、誇り高さ、芯の強さ
それが日本女性の美しさであり
日本女性の鏡として、彼女は常に生き続けてきたのです。

その者を降ろしました。
ここに今、降ろしているのです。
今日、この日に、ここにあなた方が集っているということ。
そしてこの方がこれからやるということ。
その女性の法がこのようなかたちでしっかりと継承されていくであろうことを
わたくしたちは計画して、このような計画をこの方に告げて
高齢であるにもかかわらず出産していただいたのです。

これも、別のところに、豊玉という者が降りているのです。
豊玉が降りて、本来は女性の法を優美さの中に伝えるという役があったのです。
TK女史様が(女性の法を降ろすことが)だめになったあとに
豊玉がやるかもしれなかった女性の法、また、そこがだめになることにより
磁場が破壊されることにより
彼女も女性の法を説くことができなくなったのです。
だから、こちらにお願いをし
そして、その者を引き継ぐ日本神道の女性として
また新たに、その妹が、急濾、降りていくことになったのです。
そのような我々の世界の計画というものがあるのです。
それを今、明かしたのです。

女性を救わなくてはなりません。
女性の心に、今一度、謙虚さと安らぎを見出さなければ
あなた方男性たちも、けっして幸せになれないのだということ。
それが集大成として、この最後の法の総仕上げの時にきているのです。

(2004.8.21レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-06-15 06:17 | 天照大神 | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(33)

今のあなた方が聞きたいことは
芸術とは何かという、方法論的なことなんでしょうけれども
僕が九次元の立場として、根本的に、芸術のどこに本来の使命があるのか
一人ひとりが、私たちが言っている宗教と呼ばれているこの法ですね
これを学ばずして、芸術家として普遍的な作品を残す道はないと
究極は、「神こそGreat・Artistである」という
その真髄まで神の子と呼ばれている一個人がどこまで達することができるか。
その道は無限にあるのですよ。

我々オリオンもまだまだ、もっともっと上がいるわけでー
僕らはね、上に行けば行くほどー
あなた方は九次元をひじょうに間違ってとらえているのですけれど
たまたまこの地球の中の、人格的な指導者層としては
責任を持たされていますよ。十人ね。

でもやっぱり僕自身にも修行があるんです。
日々頭を悩ましているものがあるわけです。
それがあってこそ、この地上での修行も楽しいかなと
目的もあるかなと思うわけですね。
だから、僕らも人格霊であるということ。
欠点があります。
けれど、いいところもあるから、みんなそれぞれ個性を出して
みんなで力を合わせて地球を預かっているわけですね。

そして、これを越えていくと、惑星自体が進歩していくとね
九次元、八次元レベルの人たちばっかりが住んでいるような惑星になってくる。
すると、その指導者はもうちょっと上(の次元)になってくる。
そして惑星自体がもっとシフトアップしてくるとなると
物質的なものを越えた波動の中に入ることもあるわけです、次元構造的に。
そういうふうに考えるとね
九次元なんて、上が何百次元まであるかわからないけれど
究極の神に至るまでのどれだけの階段があるか
階梯があるかということが見えてきちゃって。
エル・ランティが言ってたけど、「自分がまだひと桁か」って
そういう感覚になってくる。
上にいけばいくほど己の未熟さがわかるんですよ。

だから九次元にいたから最高だとか、そんなことあるわけない。
上にいけばいくほど、己の未熟さ、自分の中に欠けているもの
もっと目指したいものが出てくるし
九次元に行ったら、みんな惑星になっちゃうのか
石の塊になっちゃうのか
僕はいやです。
僕はいつでも音楽を歌って、ダンスをしていたい。
表現し、メッセージを伝えて指導していくのが使命であると思うし
そういう僕の自由意志も十分あるわけです。

だから、九次元が十人いたとして
みんなが同じ道を行くわけではないんですよ。
エル・ランティなんかとっくに十次元にいけるでしょう。
それでも、人間が好きなんてすね。
お節介なまでに出てきて、一生懸命自分の情熱を傾けて
人びとを進化発展させたい。
そういう方なんです。
だから九次元にとどまっておられる。
ご自分だけが早く惑星の塊、石の塊になりたいとそっちのほうへ
それが悪いってこと言ってるんじゃないですよ
それは地球意識に対してたいへん失礼な話ですからね。
誤解しないでくださいよ。ね。

でもそういうふうに、ほんとうに不自由なところに入るんですよ。
地球っていう核の、霊的な部分の中に入って、自分の身をすべて投げ出して
投げ出すことによって、そこの上に多くの生物を育み、人類を修行させてー
そこで核爆弾とかそういうものを爆発させたら
やけつくような痛みの中で、どれほど苦しまれることでしょう。
その、すべての痛みも苦しみも、喜びもね
すべてを分かち合い、享受し、投げ出して
神の愛のための修行の場として育むのだ、というその圧倒的な愛の思いです。

人格神であったら味わえないような厳しい修行がある反面
すばらしい圧倒的な愛の喜びもある。
それが、十次元と呼ばれている、惑星立識の方がたの愛なんですけれども。
その中にご自分を投げ出して、修行している方があるんです。
それを越えていくと、惑星意識から
今度は恒星意識という大陽そのものになって
自らが愛の塊として、愛の量というのは熱量に比例しますから
その熱の塊として、太陽などになっていく方は、圧倒的な格をもっておられる。

そして太陽自体にも、あなた方ではわからないでしょうけれども
そこに住まう者たちがいるんです。
そういう方たちは物質的な波動ではないところでね
また別の肉体というのを持ってー
そこにいる方はもう、愛一色の思いです。
受け入れるとかそういうことではなく、愛をそのままに発散する。
そういう恒星意識と、そこに住まうかたがたがいる。

ある程度の意識になれば、地球を脱出して
別の惑星に移住する、そういう時期というものがある。
前にちょっとお話しましたよね。
だからそう考えると、無限の進化の道があることになる。
無限の進化の道ですよ。
僕らだって、僕みたいな九次元の者でも、九次元の中では下っ端かもしれない。
もっと十次元、十一次元へ行けるような力をお持ちでも
九次元にとどまっておられる方-
大きく見れば、十次元、十一次元でもまだまだ下っ端かもしれないよ。
もっと何十次元、何百次元と呼ばれているようなすばらしいところに行って
究極に最後行きつくと、どんどん純化した愛だけの思いになって
神の大きな愛の中に同化されていく。

そういうひとすじの光が、どんどん次元が高くなり、純化して集合し
大きな愛のエネルギーの渦となって、この大宇宙を統べていく。
それこそが神の愛そのものであり、神の子たちの究極の姿かもしれない。
純化した愛のエネルギーとして
この宇宙を生かしめていくエネルギーになっていく。
最後は純化し、法則になるのかもしれない。

そういう進化過程があって、そこに到達すると
この地上においての物質化、表現媒体としてのそれぞれの惑星の中で
神の愛を表現しようという
物質エネルギーをまとうことはどんどんなくなっていくから
だから、方法手段として物質というものを使って
この地上においても神の表現、美というもの
愛の表現者としての役割使命を背負いたいという
そういう役割が今あなた方、肉体を持った地球人の使命でもあるんです。
c0171476_15184465.jpg

さっき言ったでしょう。
僕たちが見ることもかなわない深海の底にね
あれだけの美しい世界をつくられる神ですよ。
目に見えない究極の大宇宙にも
見てごらんなさい。
木の葉の一枚一枚、夕日のひとつひとつ。
野生の動物だって、高山に生えている植物だって、花だってね。
誰にも見られずに枯れていくかもしれないのに
精一杯の美しさを競って生きているじゃないですか。
それが自然であり大宇宙であり-

だから自然はそのままで神の芸術作品なのです。
神がそのままに表現なさると、最高の芸術作品ができるのです。
すべてにおいてね。
僕らも意識を高めていけば、心が愛とやさしさに満ちて
調和されたものになっていけば
肉体もまた、調和された均整のとれたものになる。
細胞にまで意識が影響していく。
美が、その肉体においても統治され、統合されていく
そういう段階にくれば、肉体が美しくないわけがない。
そういう段階が来ます。

それぞれの個性はありますよ。
美しいからといって、マネキン人形のようにみんな同じではないんです。
碓かにオリオン系には金髪の人が多いですね。
でも、金髪じゃない人たちもいるんです。
金髪が美しいと思っていない人は、髪の毛は茶色であったり
ブルネットとよばれている茶色、栗色、それから赤い髪の人もいますよ。
それは、ご自分たち一人ひとりが美として
意識体として自分が表現したいと思う肉体を創造するからです。

ただ、圧倒的に金色、ゴールドが
神の光線にいちばん近いものという評価としてあるので
金色というのはとても好まれます。
究極神に近い美であると
その表現形として、金髪、ブロンドがあるんですね。

だから、僕たちは、肉体においても創造者であり、芸術家であるということ。
そういう部分がすべてにおいて出てくるんです。自然界と同じなのです。
そういう意味において科学者と同じ、芸術家もインスピレーションを受ける
そういう方法論があるということを今日はお話ししました。

あなた方がこれから説こうとする根本法、エル・ランティが説かれたことが
けっして無駄ではないということ。
それがすべての原点であるということ。
遠回りのように思うかもしれないけれども
まずここで意識革命が行われなければ
また科学と宗教が対ぐして、ばらばらの中、統合されることなく
結果的にぶっかり合って滅びていってしまうという
その愚を繰り返してはいけないということ。

宇宙連合に行って、宇宙人としての意識に上がっていくには
その壁を乗り越えて、人間が神の子であること。
愛の表現体であり、愛の魂であるという
愛の光そのものの分霊であるということ。
そのことに一人ひとりが気づいていくということ。

(2005.2.9レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-06-12 05:47 | マヌ | Trackback | Comments(0)

ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(24)

そのためにも、まず私たち
女性たち一人ひとりが母性の力に気づき
ほんとうの意味で女性本来の誇りを取り戻すことです。

母性というものは、母親だけが持っているものではありません。
すべての女性に神が与えてくださったものです。
これまで、その女性本来の力というものが
ずっと見失われてきていました。
今まで女性たちは抑圧され過ぎていたのです。

かつては教育も受けられず、選挙権もありませんでした。
しかし今は、大学に行くこともできて
知識を持って世の中を見渡し
判断することができるというありがたい時代です。

戦後、女性たちは、「ヨーイドン」という感じで
いっせいに自由な方向に開放されたのです。
しかし、そうすると今度は、女性が男性化し
女性が男性と競い合うようになっていきました。

日向様は、「猫と犬のたとえ」をされています。
猫は女性で、犬は男性です。
猫は、ゴロニャンって言いながら近づくけれど
首輪をつけて散歩なんかされるのを最も嫌う
気ままでしなやかな生き物です。

それなのに、私も犬になりたいと
首輪をつけて散歩をさせてちょうだいと
勘違いした猫たちがいっぱいいる。
猫は猫だから素敵なのに
犬になりたがっているとおっしゃっています。

振り子というものは、一度開放されると、両極端に振れます。
でも最後は、中庸、中道がいちばん大事なのです。
端から端までよく見極めた上で
ならば、新時代の中道とはどういうことなのだろうと。
神からつくられた女性性というものに
もう一度戻って見極めましよう。
本来の女性としての誇りを取り戻しましようということです。

女性が女性であるという母性、女性性に気づいて
そして美の体現者であり、表現者であるという
その使命をしつかりと自覚したところで
皆さま方お一人おひとりにしかない可能性
個性、才能を開花させ、新しい時代に向けて羽ばたいていく。
その自覚があってこそ
きたるべき宇宙時代の女性たちと言えるのだと思います。

そのときには「女だからできないよ」なんていう仕事はないのです。
「女性だから、母性的だから、子どもを産んで素晴らしいから、
家の中だけに入っていろ」と、そういうふうに持っていくために
私たちは、今、女性の法を語っているのではないのです。

新時代に行くということが、閉塞感の中に
また逆戻りする」のではないということ。
自分の中にある手かせ、足かせ、それをみんなはずしていって
ほんとうの意味で私たちの魂を自由に解放させていくことなのです。

神の子として
きたるべき新しい時代にふさわしい姿とはどういうものか。
主体性をもって、オリジナルの自分を表現していく。
そして、それは宇宙を貫く原因結果の法則で
すべて自己責任で刈り取るものなのです。

自由意志という尊厳で私たちは守られているのだから
自由意志で、自分の個性に応じて仕事を選び
そして悔いのない姿で愛を表現して
愛の仕事をしていきなさいと、そこに気づいていくことが
最後この女性の法を学んできたところの
究極にあるのだと思います。

今までは何だかんだ言っても
男性たちに金銭的な意味でも
社会的にも守られてきたんですね。

「男性や古い習慣、形に守られながら
受け身の依存的な姿勢で不満ばかり言って
自分の不幸の原因を他の方がたに責任転嫁するような
もうそういう甘えは許されない時代なんですよ」と。
そういうことを、逆に、新たな宇宙時代の女性たちに
求められているということです。
c0171476_11585377.jpg

女性性と自分の力をわきまえたうえで
自分の足でしっかり立って
個性と可能性を開花させてごらんなさい。

そうなったとき、自分を自分らしく素直に表現できて
分の中にある女性性と戦わなくなって
そして、ものすごくやさしい思いで
人類を、神を、宇宙を、受け入れていく。
そういうエネルギーになるのだと思います。

女性たちの認識が変わって
自分の中にある根源的な母性と女性性を
余すことなく表現しだしたら
それに触発されて男性たちも社会も変わってくるはずです。

ですから、皆さま方だって
ご自分ならではの素晴らしい才能を
たくさん持っていらっしゃいますから
女性性のエネルギーを職業の中においても発揮していく。

ただ、子どもが母親を必要としているときというのもありますから
そのときは、お母さまとして育んであげていただきたいと思います。
また、そういう女性が社会復帰できるような社会をつくることも
とても大切だと思います。

人生の中にむだなことはありません。
今回結婚されて子どもをお産みになった方がたは
どうぞ送り出していったあとに
今度は社会を育み、包んでいってください。

今、世の中には、ホームレスとか
孤児のお子さま、孤独なお年寄り
さまざまな形で愛の手を必要としている方がたがいます。

マザー・テレサがおやりになったように、自分の子どもだけではなくて
どこか他の子どもたち、そして社会に対して、愛を実践していく。
どんどん女性性の母性で、介助のお手伝いなど
できることをおやりになっていただけたら
女性の中にある力はもっともっと広がり
ぎすぎすした世の中を
潤いある素晴らしい社会に変えていけると思うのです。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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他のアマーリエからのメッセージ
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by nagoyasc | 2017-06-08 06:29 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

アモールからのメッセージ(6)

私、イエスの所属する光線の中では、愛というもの
その中で「慈しむ」というものをもって法の骨格としております。
それゆえ、病で苦しみ苦痛でのた打ち回る者たちを優しい眼差しの中で
その苦しみを軽くし、人びとを救わんとする、その医療行為をもって
人びとを幸せにし、慰めていくという
その使命があるのもホワイト霊団なのです。
だから私のもとに所属をし、私のもとに帰依しているということをもって
彼らが白衣をまとっていることも事実なのです。

そして、ここにもお医者さんがおられ
介護をしている女性がいるということも私は知って
今日は来ているのですけれども
あなた方に、ぜひぜひ、お願いしたいことがあるのです。

苦痛を和らげるために、地上の肉体的病というものを癒すために
たしかにあなた方の仕事はあることでしょう。
たしかに肉体の苦痛にのた打ち回っていては
やはり「愛ある許し」ということのできるようなゆとりはないはずなのです。

しかし、どうか、いちばんの不幸は、肉体的苦痛ではなく
魂を腐らせ、見失っていくことのほうが
どれだけ本来、不幸であるかということ。
その観点に立ちまして、病というものと、病を治療するということ
介護をするということを見守っていただきたいなと思うのです。

肉体だけをいたずらに延命させ、肉体だけをいたずらに治療し
薬漬けにすることをもつて
その人の苦しみを癒し、愛で包むということではないのだということ。
永遠に生きるのであるならば、永遠に修行したほうがよいのであるならば
神は肉体の寿命というものをもっと長くされたことでしょう。

しかし、やはり、どんなに生きても八十年、九十年
短い方では二十代、三十代で亡くなられる方もあるのです。
しかし、それは悲劇ではないということ。
どのように限られた天命の中で、寿命の中で、己の修行をし
どれだけ光を発信し自分自身の本来の仕事をなして
そして、その寿命の中で、無事に魂を輝かせて還ることができたか。
そのための修行のひとつの道具として
この肉体というものが与えられたのだという、深い感謝をもって
この地上を修行する、そのような大事な道具であるということ。
そう思って、肉体というものを見ていただきたいのです。

ですから、たとえば、野球の名ピッチャーと呼ばれている方であったとしても
自分の大事なボールやグローブ、バッターであるならば、大事なバット
そういうものを軽んじて粗末にしたら名選手にはなれませんよね。
やはり、卓球をしたり、テニスをしたりする名選手と呼ばれている方も
音楽家でもそうです。
大事なヴァイオリンを、大事なピアノを、どれだけ慎重に選び
そして手入れをし、慈しんでいることでしょう。
それと同じなのです。
肉体というものは、そういうものなのです。

二十代で還ることを良しとして
設計された人生を迎えられた方がいるのです。
そして、そういう肉体において、最後、ピリオドを打つには
やはり、病というものをもって、終止符を打つ場合が多いのです。
交通事故で亡くなる方もおられます。
沢山おられますけれども、最後にどうですか
人生計画を立てて、地上に降りて来る時に
最後、車にひかれるをもって、ジ・エンドというふうになさる
そのような計画を立てられるでしょうか。

やはり、その時期が来たら、生命体というのは、自然に
自分でセットされた爆弾が、自然に爆発するかのように
ある一定の状況というものを細胞変化の中で起こらせ
そして、その肉体に終焉をもたらすものなのです。
それは静かな、ある意味で自爆的な死というものを
自分に引き起こしているのです。
それが病の根源である場合もあるのです。
そのような、いろいろな意味をもって
人生計画というものを立てているのです。

ですから、どうかお医者様は、いたずらに長く苦しみを引き延ばしたりとか
延命だけのために、病気と不必要に戦わせるという態度を
どうか考え直していただきたいのです。
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何がいちばん大切なのか。
いちばん大切なのは魂であり、肉体ではないということ。
魂はまた、輪廻転生で生まれ変わればいくらでも別の肉体は与えられます。
しかし、それにより、不必要に魂が傷つけられた時
その魂を復活させるのはたいへんな年月を要し
傷ついた魂を修復するということは
本人にとってもたいへんな苦しみを伴うことなのです。

ですから、最後、看取る時に
マザー・テレサがなされたように、最後、彼女は延命はしませんでした。
最後、死に行く時に、死んでいく者たちの手を、彼女は両手で握り
そして、安らかに
人間としての尊厳の中で、魂を天上界に送り出して行かれたのです。
それが神のもとへ、確実に送り届けるという手段であるということを
彼女は信仰心の中で知っていたのです。

だから、肉体だけが人間であり、肉体の苦痛を救うことだけをもって
病める人びとの幸せがあり、それがホワイト霊団の目的であり
医療行為の全てであるというふうに思われぬこと。
魂を救い、最後、時間の流れの中で、この肉体の終わりをもって
死を迎えるのであるならば、どうか、「その生きてきた人生に幸あれ」と
そして「安らかに神の国に旅立たれよ」と
そのような思いをもって苦痛を和らげ
見送ってあげるという愛の思いで
その肉体生命の終焉を看取っていただきたい。
そのように介護していただきたい。
いたずらに戦わないでいただきたい。
戦ったり、いたずらな延命や、いたずらな身内の嘆きや執着というものは
その魂を迷わすことになるのです。

私たちから見れば、神の国に戻って来ることのほうが
この地上界、殺伐とした地上界に長らくいるよりも
よほどその魂にとっては救いになり
これ以上いたならば、どれだけ傷ついて
これ以上いたならば、どれだけ自分の魂を汚してしまうのかという
さまざまな状況がある中で
今いちばん、還るのがよいと本人も決め、守護霊も決めたからこそ
そのような病気が起きているのだということ。

そうでない病気もありますよ。
不摂生によって行われたこと
一時的な事故や、一時的な薬害、薬などにおいて起きてしまったような
そのような病気は、最善の治療策をもって治してあげていただきたいのです。
しかし、その魂において、その肉体において
セットされた時限爆弾が爆発するように、癌とか肝臓病とか
そういう致命的な病気が起きてきた時は
患者本人の苦しみの中で、最善の治療をする中で
「今は、そのホスピスというところで死を迎える」ということを
正面から受け入れさせ、その患者の魂の指導をするということが
医療の一部として出てきてはおりますが
もっともっとお医者様たちには
そのシステムというものを開発していただきたいのです。

医療系の方たちというのは、ひじょうに知的に優秀であり
理論的な方が、理数系の方が多いですから
やはり、目に見えぬ世界というもの、魂の実在というもの
本来は、自分たちが戦っている
「肉体物質というよりは、魂のほうが優先されるべきだ」という理論に
なかなか同意できない方々が多いのは事実なのです。

しかし、ここにおられる方々のように、法を学び、G会やK会というもので
我々の生の声を聞き、魂が永遠で、生き通しであり、幾転生をし
本来、何がいちばん価値があるか
ということを学んだあなた方であるのならば
多くの人びとを看取るという方法においても
もっと心のケアと申しますか、魂のケアにおいての方法というもの
見送るということ、マザー・テレサが行ったようなことを
もっと高度に、医療システムの中に取り入れていただけたらと思うのです。

肉体というのはひとつの道具であるのです。
どんなに愛して、どんなに手入れをしていても
使い込んで古びていって、折れてしまったバットでは球は打てないのです。
折れたバットは、「ありがとう」という感謝を込めて
処分するべき時期が来たというのも、また、事実なのです。

そのように、肉体というものをお考えいただきたいのです。
人間の肉体をもって、人間の尊厳があるわけではないのです。
魂の輝きをもって、神の子人間の尊厳があるのだということ。
それをどうか
医療の中に少しでもよいですから輝かせ、活かしていただけたならば
この私の気持ちも、多くの医療系団の方々の具体的なお仕事として
レムリアの仕事として、花咲いていただけるのではないかと、私は思います。

(2004.8.21レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-06-05 08:44 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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