地球を愛の星へ

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エル・ランティからのメッセージ(13)

今、あなた方の肉体は粗い波動で、粗雑な
ひじょうに我々から見ると粒子の重い
重い、重い肉体を持つようになっているのは
あなた方の心の中に
地位とか権力とか様々な名声とか支配欲とか
様々な欲が心の大半を占めているからです。

金銭や異性に対する執着とか
そういう欲が心を占めている。
そのように抱え込むものが多いから
我々から見ると、物質的な低レベルなものに対する執着心が強いから
肉体においても波動においても粗雑な
質量の重いものを肉体としてまとってしまっているということなのです。

すべての執着を解き放ち、すべてのものを足るだけのものにし
食べ物にしても何においても、余分に貯め込まない、抱え込まない。
自分が生活していければいいだけ
そしてそうでなければ多くの者たちに分け与えるということを思ったならば
人びとは、食べるためにあくせくしたり、他の者から守るために
険しい表情で他人を敵視することなどなくなるでありましょう。

宇宙の星で、ある程度進化したところに行けば
大きなセンターのようなところがあり
食べ物、飲み物などはどこにいても、お金など使わなくても出てくるのです。
人はそんなにたくさん食べられるものではないでしょう。
食料にしても、たくさん買い込んでも、食べられる量は決まっていて
余ったものは腐らせてしまうはずです。

ですから、そのときに、その時代その地域において
必要な者たちが分かち合うということ。
分け与えるということ。
ほんとうに愛の思いの中で学んだときに
地域の中において人を蹴落としてでも余分にお金が欲しいとか
余分なものを貯めこもうとか、他の者と比べて自分が惨めだとか
優越感だとか、劣等感だとか
そのような思いもすべてがきれいになくなっていくのです。

この肉体を維持するために必要な分だけを神様から与えられる。
そのためにみんなで働き、地域共同体のように食べ物を用意する。
愛と感謝によって、互いが分け合っていく。
農産物も分け合っていく。
そうしたなら、この世の中から
今の地上界が抱えている多くの悩みとか、貧困とか
そういったものが消えていくことでしょう。

今の地球を見ていても、食べ物の絶対量が足りないわけではないのです。
水にしても富にしても足りないわけではないのです。
一部の者たちが独占してしまうから、飢えて死んでいく者たちがいるのです。

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教科書がなくて勉強もできぬ者たちがいます。
でもかたやこちらでは、贅沢三昧に育って、甘やかされて
物質のあり余ったところで
ぜい弱になっている子どもたちがたくさんいるのです。

彼らにかけている、溢れるようなお金、彼らにかけている物質的なものを
アフリカやハイチなどで飢えている子どもたちに分け与えていく気持ちが
地球人というトータルな目においてあったのならば
子どもたちは学問を受けることができないとか
教科書もないとか、鉛筆もないとか
ついには食べていくものがなくて死んでいくようなことは
地球で起こるわけがないのです。

分かち合うということ。
他者の痛みを我が痛みとしていくということ。
そういう、自分だけが良くなればいいという思いの対極にあるもの
それが愛です。

それを、地球人がほんとうの意味で地球意識として持てたとき
地球人意識として持てたとき、愛と分かち合いができたときに
この地上から様々な不幸が姿を消していくのです。

そういう時代が必ずやくるでしょう。
そのときには肉体も先ほど申しましたように変化を遂げ
物質的に軽やかなものになります。
それは何度も申しました。
そのためには欲を捨てなくてはなりません。

地上的な、自分さえ、我が身さえ良ければいい
我が身かわいさという、その欲を捨てていく。
みんなが、神がおつくりになられた神の子であるという
そのような原点に戻り、愛というものをほんとうに学んだときに
人びとの目は、霊的な目も、霊的な耳も
霊的な様々な第六感、第七感と呼ばれているものすべてが開いていき
この者がやっているように、いろいろな者たちと、精霊たちと話ができ
宇宙人ともコンタクトができるような、そういう時代が来るでしょう。

そのときこそ、霊文明の開化という時代が
宇宙の中における地球にもやって来るということなのです。
その時代、そのときが来るのを、我々は長い間、気が遠くなる程の長い間
人類を指導しながら、楽しみに、楽しみに待ってきたのです。
我々が待ち望んでいたとき
大飛躍のときでもあるということを伝えておきます。

(2005.7.30レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-07-30 07:15 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

アモールからのメッセージ(9)

あなた方が、失うことを怖れているものは何ですか。
地位ですか、名誉ですか、権威ですか、お金ですか、または家族ですか。
家族であったとしても、あなた方が神の子として神性を開き
天命を全うして帰られたのならば、あとで家族が天上界に帰ってきたとき
「わたくしの父は、母は、このような神命の中においてよくやってくれた」
「わたしの娘は、すばらしい思いでがんばってくれた」と
誇りに思われることでしょう。
地上だけの観点で考え過ぎるから、苦を抱きしめすぎるのです。
悲しみをつくり過ぎるのです。

仏陀は「生・老・病・死」と言われました。
「生・老・病・死」の中で、病というのは何であるかと
もうすでにレムリアでは言われているでしょう。
寿命、病は、病ということだけを言うなら
過去世での大量のカルマの清算という場合もあるでしょう。
魂を穢したくないから早く帰ってきたい、と設定した場合は
何かしらの病を設定しなければ帰ってこられないので、病があるのです。

だからそのようにとらえたなら、病は別に何も怖がることではありません。
必要以上に病むことはないのです。
病を引き起こしている原因が、もし自らの心の中にあるのなら
その心を反省すればよいのです。
そして、病はただひとつだけの原因によって
起こることではないことさえわかれば
病と闘うことなく、病と寄り添って生きていけばいいのです。

そして老いていくということ。
いずれ、誰でもが実在界に帰ってくるのです。
この地上の数十年の命がすべてだと思うからこそ、老いも苦しい。
死も苦しいのです。
病も、すべてを抱えて、苦の原因をつくってしまうのです。

でも、あなた方に言います。
あなた方はすべて神の子です。
永遠の命を持っています。
苦しみを握りしめることなく、執着を捨てることにより
苦しみの大半は消えていくのです。

握っているものは何ですか。
怖れているものは何ですか。
地位や名誉、財産、家族も、肉体も、一度離してごらんなさい。
この地上で、何が苦しみでしょう。
いちばん怖れるべきは、神の子としての神性に目覚めないことです。

地上の神の使者としてあなた方が目覚めた現状があるなら
そこで精一杯神の使者としての仕事をしていけば
何も怖れることはないのです。
もしそれで命を奪われるようなことがあったとしても
火あぶりにあったような者たちも
わたくしのキリスト教の弟子たちにはたくさんいました。
それでも、喜び勇んで天上界に帰ってこられたのです。
神の使者として、光の使者として迎え入れられてきたのですよ。
魂にとって、栄光ある歴史になったのです。
あなた方も、そのような神理の価値観を持ってください。

地上は、実在界で修行したことの試験場であるということ。
そして、あなた方が神仏の使者として地上に降り立ったとき
この地上を、地球を修行場として
神の愛の星として光らしめるための使者として
神の代行者として地上に生まれたという、そのことを思い
今何をやらなければならないか、何を悲しむべきか、何が苦しみなのかとー。
もうその境地に達しなければいけません。
今までのような初期の苦しみ
初期の悲しみを抱えるような人類であってはならない。
人類は魂の奥から解放されていくのです。

たとえ死にたいと思っても、自らの魂の記憶をストップさせたいと思っても
肉体が死んでも、それをストップさせることはできないのですよ。
死んだとたんにまた別の意識が芽生え
魂の永遠性を実感することになるのです。
魂は永遠です。
神が無限の修行の中で、わたしたちに無限のときを与えてくださる中で
永遠の中でわたくしたちは進歩発展し
自らの神性を開花させていくというそのような立場に
その場所を神は与えてくださっている。
それは地球だけにとどまりません。
ほかの惑星に行っても、同じ修行が続行されるのです。

であるならば、地上においてあなた方が抱きしめようとする
守ろうとしているものは一体何ですか。
地位や名誉、プライドとは何ですか。
あなた方の文明の中では意味があるかもしれない。
しかし、ほかの文明の中ではまったく価値のないことかもしれないのですよ。
それは神の子としてのほんとうの意味で
あなた方の魂を、あなた方の価値を高めるものになっているのでしょうか。
それをもう一度考えてください。

神の子としての誇り、生きがいを守るために
あなた方があえて守ろうとするものなら、それは価値のあることでしょう。
でも、そうでない、それ以外のことに目がくらんでいるのだとしたら
それは単なる執着で、魂の進化を遅らせているだけかもしれません。
地球人類は、もうそのことに気づかなくてはいけない。

魂が、この地上における命だけで有限のものであるという認識を
あなた方は捨てねばなりません。
そして、愛というものが何であるか、自らが神の子であるとわかったときに
神が宇宙の愛の根本原理であるということをわかったときに
自分が愛の化身であり、愛の分光であるということを理解したときに
あなた方が、愛をなさなければ何の意味もない存在であるということを
学ぶでしょう。
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何度も言いますが、愛は、条件付きのものではありません。
まわりの環境の一切のものを我が痛みとして
分身として感ずることにあるのです。
であるのなら、一見あなた方を誹謗する
敵であると思われる者たちも、神の子たちなのです。
ただ迷い、苦しみ、自らが進むべき方向がわからないゆえに
あなた方を非難しているのかもしれません。

でもそのときに、あなた方も今まで間違ってこられたのですよ。
自分が神の子であるということに気づかず
神が宇宙の中で、無限のときの中で、黙って酸素を、太陽の光を与えて
わたくしたちを育んでくださったことに
まったく恩知らずだったではありませんか。
それにもかかわらず、神は、無償に愛を投げかけ
あなた方を育み、進化発展するための環境を整え
祈りをもって、あなた方を生み出してくださった。
その恩知らずなわたしたちであるならば
あなた方を誹訪中傷する敵を赦すことで
神への恩に報いるとしても、よろしいでしょう。

それをわたくしは言ったのです。
「汝の敵をも愛せ」と。
「右の頬を打たれたのなら左の頬も差し出せ」とも言ったかもしれません。
それは、極論であったかもしれないけれど
敵である彼らも、同じ神の子である、仲間である
兄弟であると言いたかったのです。

「汝、人を裁くことなかれ」ということも申しました。
隣人を裁くということは、己自身を裁くことになるのです。
愛の摂理の中で行なったことは、必ず自分に戻ってくる。
そのことを思って、あなた方は同胞を愛しなさい。
自分の友を、自分の敵をも愛していくことが
巡り巡って、原因結果の法則によって
あなた方が多くの方々から愛されるという結果になり
幸福を生み出すのです。
それは、根本的な宇宙の法則に則っていることなのです。

愛は循環します。
与えた愛を、その人からだけ返してもらおうと思うから、苦しみが湧くのです。
他の人たちを赦しなさい。
あなたの愛を求めている人は、あなた方の身のまわりにいるはずなのです。
できることからしなさい。
無理はしなくていい。
無理をする必要はありません。
あなた方がやれる些細なことはたくさんあるはずです。

毎日、行き交う人ににっこりと笑って
「おはようございます」「こんにちは」と言うことも愛の一歩でしょう。
難民の子たちに五百円のお金を送ることも
その子たちが教科書をもち、食べるものを得
井戸の水を掘ることができたら、それもまた愛でしょう。
それ以外にも、あなた方のように、我々の言葉を直接、出版物にし
多くの人々に対して愛の言葉として直接的な伝道をする。
そういう仕事をするということも愛でしょう。
私生活の中でも、レムリアの仕事でも、職場においても家庭においても
できる限り、愛を与える存在になりなさい。

愛はむさぼるものではないのです。
愛は与えられると思うから怒りがこみ上げるのです。
愛を批判するものとして
批判されることに対して怒りを持つから、苦しみになるのです。

あなた方を苦しめているものは、わたくしも知っています。
わたくしが法を説いた時代にも、数々の法敵はおりました。
身の危険もありました。
命を狙われ、わたくしは毎晩毎晩いろいろなところを渡り歩いていたのです。
寝ることすらままならない。
いつ命がなくなり、神理の仕事ができなくなるかと
弟子たちとともに逃げ回っていたときもあるのです。

あなた方は殺されることもなく
平和な現代で、人権というもので守られています。
ジャンヌ・ダルクと呼ばれる方も、火あぶりになられたとおっしゃっています。
わたくしの弟子たちも数々火あぶりになり
わたくしが十字架に架けられたので
彼らも十字架に架けられてしまった、不幸な悲しみを負っているのです。

そして、あなた方がお話ししている、明治維新の方がたも
命を張って、正義のために、現代の日本を実現するために
刃のもとに命を散らした、若い命を散らした
その覚悟で、今日の日本をつくってこられました。

あなた方は今、命を狙われることはない。
最低限、命を狙われることはないのです。
だから、守るということより、愛というのは与えきりに与えるものであるとー。
見返りを求めるものでなく
条件付きの愛は愛とは呼ばないということをもう学んでいただきたい。
勇気を持っていただきたい。

(2005.7.30レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-07-27 07:13 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(36)

九次元は、四次元から八次元の気持ちがわからないという
修行の仕方はしてないのです。
十次元とか、もっと上のほうで惑星意識として
つくられている場合はあるのだけど
九次元があくまで人格霊であるっていうことは
基本的には、四次元からの修行を一緒に地上でこなしながら
悟りの階梯、はしごというのを上がるようにできているから
やっぱり、四次元、五次元、六次元の者の気持ちがわかってこなければ
その悟りのはしごは、どんな入り口から上がっていったとしても
上がれないようになっています。

そうでなければ、万人のリーダーシップというのはとれないでしょう。
リーダーシップというのは、いわゆる普通の民衆の気持ちがわかってこそ
その心をつかんでこそ、リーダーシップというのをとれるのであって
我々はその修行をしています。

だからけっして、王様ばかりやってきてわからないからこそ
最初から九次元で救世主をやっているのではない。
救世主に誕生していく過程は、万人に与えられたチャンスなんです。

最初からそうつくられているところもあるかもしれないけれども
万人が修行していけば九次元になっていく。
その可能性は、あなた自身にも残されているんですよ。
最初から九次元だから、下の者の気持ちがわからない。
そのような悟りの流れ方、成長の仕方は許されていないのです。

九次元があくまで人格霊であるということは
九次元はけっして最高のものではない。
わたしたちの世界では、それはもう十分認識している。
だから九次元十人が力を合わせるというところでいさかいは起きない。
あなた方のほうが、逆に自分の力量をわかっていないから
お互いに自分の「我こそは」っていうのが出てきて
いがみ合いをしているのではないか。

上に行けば行くほど己自身の限界と謙虚さというのを学ぶし
上に行けば行くほど、自分の上がはるか何十次元まであるかということ。
我々でも、その上の先はわからない。

二十次元以上、先があるのはわかっているけれども
そこまでいくと宇宙の根源神になってくるのでわからないけれども
上には上があるということ。

この地球レベル、太陽系レベル、銀河レベルで話ができるような
指導者以上の指導者が、宇宙にはおられるということを考えたら
九次元がまだまだ小学生レペルにしか映らない我々の感覚を
わかっていただけますか。

けっして完成された姿ではない。
だから我々だって誰だって、修行の過程で
今回のような危険な目に遭うということは十分承知している。
ただ、我々の仲間の中からこういうことが起きたということを
ひじょうに厳粛な事実として受け止めて
我々も気をつけなくてはいけないんだというふうに理解している。
自分の仲間がこうなっている以上、できるだけ彼のために
みんながフォローしてこの埋め合わせをしたいと思っています。

我々の仲問を助けて埋め合わせをしていくことが、我々の今残された使命であり
自分たちにはやらなくてはいけないことだと思っているから
裏に回っていた九次元たちまで、今総動員して出てきているのである。

けっして我々は完成体ではない。
悟りが高まれば高まるほど、己の不完全さと向き合う、そういう道なのです。
悟ったと思うのはまだまだ
自分が小さな中で満足しようとしている無知さに裏づけられている。
だからわたしは、「無知は最大の罪である」というふうにあの時言ったのです。

みんな、我々が、あの世界(九次元)の者は
自信があるように思うかもしれないけれども
それは我々なりに精進努力してきたところの結果であって
自己信頼しているという意味においては
自信があるように思うかもしれないけれども
自分たちの限界ということ
自分に対して神がどのように個性を、期待を込めてつくられたかということを
知っているという意味においては、あなた方よりは優れているのかもしれない。

だから、あなた方も、何でもかんでもやろうとしないで
神があなた方一人ひとりに期待を込められた、その個性、使命というものを
己自身に対して正直に生きるということ。
それが己自身を最大限に活かすということ。
それが世の中をユートピア化していくためにいちばん必要なこと。
そこを抜きに悟りはないのだということを
もっと確実に理解していただきたい。

悟りという完全体のものがあるわけではなくて、一人ひとりの個性に応じて
人のために、神のために、宇宙のために、万人の幸せのために
生きんとするその姿の中に、己自身の悟りというのが輝いている。
そういうものが悟りだということ。
仏教関係者はそこをもう少し理解しなければー

悟り、悟り、というのがひとつのワンパターンのものの中にあるように思って
自分をいたずらに苦しくさせー
一人ひとりが、みな同じではなく、あなた方、墨衣を着ているから
みんな同じ悟りがあると思っているかもしれないけれども
その墨衣を脱いでみたら、仏弟子たち一人ひとりだって
みんな違うんだということ。

そうでしょう。
三人お坊さんたちがいたとしても
その三人のお坊さんたちの個性は、全部違うはずです。
でも、墨衣を着たら、みな何か同じ者たちであり、同じ悟りの段階を経て
みな同じ境地に至らなければ、アラハンだとかボサッターになれないって
思い込んでいるかもしれない。
でも、それは違うのです。

三人の仏弟子がいたならば、三人の黄金光線の中にいながらも
三人の一人ひとりに対して、期待を込められて
神がつくられた個性、使命が賢なっているということ。
もっと自分に自信をもち、もっと自分の魂に誇りをもち
自分の中で、己自身で己自身を輝かすということ。
もう、その仏教とか、キリスト教とか、神道とかいう呪縛から
人びとは抜け出さなければいけない時代がきているのです。
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根源的な神が、何を期待を込めて一人ひとりをつくられたか。
確かに光線というのはあります。
七色の光線のどれかに所属するように
わたしたちがあなた方をつくってきた過程の中にあるように
自分の所属する系団というのは確かにあるのです。
でも、それと己自身が、その七色光線の中の全部が黄色、全部が赤
そして、もっというならば、自分たちは仏教徒である
自分たちはイスラム教徒である
自分たちは神道である、キリスト教徒であるだから、この枠から抜け出せない。

だから、わたしたちはみんながイエス様のもとに、愛というものの中で
イスラム教徒と戦わねばならない。
アラーの名のもとに、クリスチャンを殺さねばならない。
それが今、ひじょうに過渡期的なものとして清算される
そういう時期が、今これからこようとしています。

あなたが、さっき聞いていましたけれども
ローカルレリジョンからスーパーレリジョンヘということ。
それは高橋信次のG会からずっと言われてきたことです。
それを今回求めている。

宗教、あらゆる地域宗教を一度、ひとつのるつぼに投げ込み
金属を溶かすようにすべてを溶かして
そして、純金である地球規模的なスーパーレリジョンというものを
抽出しようという試みが今回の計画の本筋であるのだということ。

このまま地域宗教を放っておいてしまっては、けっして人類に幸せは
そして神の正しい姿というものが認識されないままに
戦争や殺し合いが行われるだけでしょう。
その悪いサイクルから抜け出すためには一度、救世主が
本来の根源的な地球規模的正法の中に統一するという
今回の役割があったのです。
それをORはやろうとしたのです。

それをしなくては駄目なのです。
そうしなければ、いつまでたっても
無意味な戦争や殺し合いは延々と続くことでしょう。
毎日ニュースを見ていて、あなた方はどのようにお感じになりますか。
あのような戦争、アメリカにとっても、イスラムの人たちにとっても
そして、それに巻き込まれて、援助させられながら
いろいろな苦しみをつくっている日本をはじめとする他の国々にとっても
ひじょうに世界的に不幸なことではないのでしょうか。

その根源に宗教というもの、その根源に神があるということ。
そこの矛盾を我々は解かねばならないと思っているのです。
そして、やっとそれができる時代がき、その時がきたのです。
人びとの魂が成熟してきたのです。

ラクダに乗り、砂漠をわたり、羊や山羊と共に暮らしている者たちに
その規模のことを言ってもわからないのです。
砂漠の民ということですね。
その時代では、わたしの行ったシナイ山紅海を割って
奴隷がエジプトにいる時代では
このようなことを話してもわからなかったのです。

よろしいですか。
今は皆さんがひじょうに知的にもすぐれ、いろいろな仏教やキリスト教をー
わたしは砂漠の民という、その時代の者のほうがたとえにしやすいので
その表現をしましたけれども、それは古代ということですね。
そういう時代では、なかなかわからなかったのです。
今の時代になって、わかるようになりました。

だから、わたしたちが指導する一貫の中に
イスラム教徒であった者が次にはキリスト教に出るように
そして仏教も体験するように
神道も体験するようにという指導をしてきたつもりなのです。
だから、あなた方一人ひとりの中に、ひとつの宗派だけではなく
ほかの転生、ほかの宗教の中で生きた時代というのが必ずあるはずなのです。

それを長い魂の転生の引き出しの中にパーニャパラミタとして
さまざまな宗教を学ぶことによって
神はひとつであり、自分の魂というのは生き通しであり
ひとつの宗派に、ひとつの地域に固執するのは
どれだけ無意味な愚かなことであるかということを
魂の歴史の中で学習させてきたはずなのです。
そのことをどうか思い出していただきたいのです。

(2004.1.11レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-07-24 05:55 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

天照大神からのメッセージ(6)

今の時がどれだけ重要であるか。
この認識を持った者たちが、今、ここにこれだけの数、集まったということが
どれだけ奇跡に近いことであるのか。
そして、今、この場所で、わたくしの言葉を、法を縦横無尽に聞けて
神々が降臨しているということが、どれだけ稀有なことであるかということを
あなた方は少しもわかっていないのです。

この時は永遠に続くのではないのですよ。
天上界の扉が開き、法が生の言葉で降りて来るという時は
ほんのいっときのことなのです。
このチャンスを最大限に活かしなさい。
自分たちだけのものとして
自分たちの興味関心のものだけとして溜め込むのではなく
多くの者たちに神々の言葉を伝えていきなさい。
この喜びを分ち合いなさい。
それこそが、多くの、後の時代の人びとを救う指針となることでしょう。

わたくしも見ましたけれど
けっして、あのような理論書というものが
多くの人びとを救うのではないのです。
古来より、わたくしや卑弥呼様や、デルフォイの神託といわれて
ギリシャの神々が言われたことは
けっして、けっして、難しい言葉ではなかった。
昨日もおっしゃられておりましたけれども
イエス様におかれましても、仏陀様におかれましても
けっして難しいことを一般大衆、衆生に語ったのではないのですよ。
いつから、そのような理論書でなくては悟れないと思ったのですか。
どうして、そのように難しい、難しい漢字や
難しい規制をすることでなければ悟れないと思ったのですか。
それは後世の者たちでしょ。
あなたたちのように、知的に優れたお坊様方が
勝手にそのような理論を組み立てたのでしょ。

わたくし天照は、一度だって
そのような難しいことを、過去、伝えたことはないのです。
でも、その易しいけれども、信仰心に満ちた愛の言葉で
多くの人びとを、国民を浄化せしめ、清め
そして、人びとに生きる喜びと希望というものを
神のもとに立ち返らすという
そのような使命において、国を治めていったのです。
それが神のお心を心とし、人びとの心をつかみ
そして、心を幸せに導き、それが社会においても調和した世界を実現し
制度をつくっていくという指針になっていたのです。

古代の社会は祭政一致でした。
本来は祭政一致であるべきなのです。
神の言葉を預かる者が本来、政治的指導者になるべきなのです。
そして、今一度、過剰な物質、過剰な科学の中で
現代科学の中でしか幸せが見出せないという、その誤った概念を
今一度、考え直す時期がきているのかもしれません。

科学の発達というものが、けっして罪であるわけではないのです。
誤りであるというわけではないのです。
そのくらい、わたくしたちもわかっているのです。
ただ、科学の中で、過剰な物質に囲まれたものの中でしか
幸せを見出せないという方向性が
間違っているということを言っているのです。
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掘っ立て小屋のような家の中で、竃で、薪でご飯を炊き
何もない、電化製品もないところの中にだって、人びとの幸せはあるのです。
そのように、もう一度、原始の時代に戻っていくことのほうが
人びとは本来の心の豊かさというものを取り戻していくのです。
自分は何者であったのかという、大自然の中に育まれ
大宇宙の神殿から生まれた神の子であるという
その神の子へ回帰していく、もう一度、その道を
自分のルーツを見出せるのかもしれません。

物があふれ、物に溺れ、そして、うぬぼれきった増上慢の中で
神の子としての己が神性をけがしているのが
今日の現代人のように思うのです。

だから、先ほどの質問にありましたけれども
やはり、組織、国の体制というものが
人びとの心の幸せを左右するのであるのならば
なぜ、あのような人びとを放っておかれるのか
ということも思うかもしれない。
でも、それは、物の豊かさだけが、人の心の豊かさになり
そして、人の幸せになるというのでは、けっしてないのだということ。

そして、わたくしたちの基本の中
特に紫神道、紫の法の光線の中にありますが
指導者というものは、本来、神の言葉を預かり
神近き人が国を指導するということ。
その中に、神のお心を心とした社会秩序というもの
社会制度というものがこの地上に具現してこそ
地上ユートピアというものは再現するのであるということ。

そして、人びとが神の子であるという本来の信仰心に立ち戻り
謙虚さの中で互いに生かし合い、神に感謝し合い、わずかな物質の中で
この地上的な物質に左右されることなく
喜びを感じ、幸福に生きることができること。
それらが、わたくしたち神道の者たちの
この地上をユートピアにするという基本的概念の中にあるのです。

しかし、そこまで、この地上が追いついていないということなのです。
社会制度の変革をするということも当然わかっているので
次に孔子様が出ておられるのです。
いろんな意味があって、あの方が選ばれているのです。
あなた方がお考えになる何手先も、上の神々はお読みになり
今、この方を女性として降ろされ
そして、次に孔子様が降ろされているということなのです。

だからどうか、あの方が成長されるまで、あの方が使命を果たされる時まで
どうか皆さま方が、そのために用意できることを
風土として残していただきたいのです。
用意していただきたいのです。
そうしなければ、また、OR氏と同じことが起きてしまうかもしれないのです。
しかし、それは、そこまで考えても何もできないのです。
我々もやるしかないのです。

孔子様にしたって、「やるしかない」と言って、降りていかれているのです。
ですから、どうか皆さま方、どんな高級霊といわれようとも
やはり、その環境、その時代、そして、その育ち方に左右されていくのです。
その影響から逃れて、法を説くことはできないのです。
ですから、どうかひとつの時代の雰囲気というもの
環境というものを用意して、あの方を待っていただきたいなと思います。

そのために、あなた方が、何をしなくてはいけないのか。
それを、あなた方の知恵を絞ることによって
用意されていかれることをわたくしは期待しているのです。

(2004.8.21レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-07-21 08:05 | 天照大神 | Trackback | Comments(0)

ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(27)

Q.お子さんを育てているとき、すでに今のように悟られていたんですか?

みんな最初からわかるわけではないし
私も霊言を取るまでは普通の母親でした。
ですから、私だって、悩んだり、苦しんだり
子どもに対して無理なことを言ったりして
お互いに傷ついたり、言い合いをしたりしました。

家の中で子育てばっかりして
お化粧ひとつできないでいた時代もあります。
でも、あの時代があったからこそ
子どもを授かること、育てることのありがたさ、命の美しさ
それを体を通して学ばせていただいた人生でもあります。
ですから、「私は平凡だけど、アマーリエさんは特別なんだわ」って
思わないでください。

皆さま方と同じなんですよ。
平凡な人生の中で、一生懸命生きること。
その積み重ねの経験を通してでしか
神様の神理というのは、ほんとうの意味で
自分の血潮となって、理解はできないということなのです。

ご自分たちの、今、目の前にあることを、一生懸命真心を込めて
愛をもってやっていただきたいと思います。
そうすれば、今まで悩み、間違え、傷ついた分
法を学んだときに、その傷口にしみるように
神様が何をおっしゃりたいのかがわかると思います。
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人生はきれいごとなんて何にも役に立たないのです。
他の人と比べて自分の人生は価値がないとか
ちっぽけなものだとか、そんなこと思わないでください。

皆さま方にとっていちばん大切な学びができるからこそ
今、あなた方の脇に、あなた方のご主人があり
あなた方のご両親があり、お子さまを授かっているということです。
そこのところを通してでしか、皆さま方の魂からくるカルマとか
深い学びができないということなのです。

それを度外視して、他の人をうらやましがっても
実際その人の立場になったら
こんなに大変だったのかということもあるでしょうし
そこのところでは、自分がすでに学び終えてしまった
課題しかないかもしれないのです。

皆さま方も、私と同じ、素晴らしい魂であるということ。
そこにどうか気づいて
ご自分に対しての誇りを持っていただきたいなと思います。
無駄なものは何もないということ。
皆さま方の人生を受け止めて、抱きしめて、愛してください。

それが最高の学びであると
神様がお喜びになる道であると
私はそう思っております。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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by nagoyasc | 2017-07-19 07:33 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)

エル・ランティからのメッセージ(12)

あなた方のもとに、これから九次元の者たちが毎週降りてくることでしょう。
そしてそれぞれの宇宙の法を
九次元の法というものを伝えていくことでしょう。
これから本格的に法が降りてくるようになります。
目新しい情報だけではなく、愛の根源である教えを
繰り返しいろいろな方がおっしゃられることでしょう。

九次元の法をストレートに降ろせるときなどは
ほんのわずかなときなのです。
この通信塔たるものの命がもつうちに
我々はなるべく多くの機会を持って
教えを地上に降ろしたいと思います。
ただ、あなた方の認識力をはるかに超えたことを語っても
あなた方は理解していけないから、今のあなた方の仕事に応じて
そして仕事をしてきたことによる認識度をみて
その状態に合わせて、話をしていこうと思います。

今までの菩薩、如来クラスの者たちが
まあ霊天上界はいろいろな個性があるということを証明するために
今とられておられる霊言があると思います。
そのこともまた大事なことであり、彼らの知恵、叡知というものをもって
地上の者たちにわかりやすく伝えるということが大事であるかと思うので
それはそちらでやっていただきたいと思うけれども
我々は我々の中で、九次元が順番に当番のようにあたりながら
それぞれの法というものを伝えていき、それをあなた方が編纂され
題をつけてくださればよいかと思います。
そのような形態をとりたいと思うのでありますが
何かご質問はありますでしょうか。

いかがなものでしょうか。
我々も我々の天上界のほうで決めた計画があります。
大まかなところでは、例えばこの者(アマーリエ)が嫌だといっても
この者を招命し
やってもらえないかと言って迫るという、そこは変えられないのですが
でもそれ以外のことにおいては
地上の者たちの自由意志、実行力、知恵、判断力、やる気
そういうものを鑑みて、様々な計画というのを地上に降ろすのです。

すべてにおいて依存してはいけません。
いつも言いますが、地上の者たちは地上の者たちの努力をもって
自発的な仕事に対する情熱をもって
この任に当たっていただきたいと思います。
それに応じて、計画というのは
どれだけでも次から次へと広く、幅広く、深くなっていくのです。
いくら我々が熱心に言っても、地上にいる者たちに熱意がないのなら
やる気がないのならば、それ以上の計画を降ろせないではありませんか。
ですから、あなた方がやる仕事の質と旨と熱意を見て
我々はこのように急濾、計画のスケールアップを計っているのです。
あなた方がひじょうに一生懸命にがんばってくださり
このように通信が楽に受けられるようになりましたし
いいメンバーも揃って、磁場的にも安定してまいりました。

はっきり申します。
去年の八月、今ここにおられる、一心になって編纂をしておられる
五人のお坊様と呼ばれている方たちがきました。
あなた方五人がきたことをもって、法の編纂の開始となったのです。
そのことはもう告げているはずなのです。
あなた方が法の編纂の中心になっていく。
それをやれる、我々が待っていた方がたがあなた方であったということです。
そのために、その前に旗振り役などをする者たち
その旗揚げのための使命の者たちというのは、それぞれにございました。
でも、法の編纂については、あなた方を待っていたというのが実情なのです。
やはりこのようなことは
専門家がこなくてはとてもできるものではありません。
そして専門家のあなた方がきてくれたおかけで
このようなすばらしい状態になりました。

よいですか。
神の子の使命というものは、常に様々な苦しい戦いの歴史でもありました。
ですから、少々のことにくじけてはなりません。
心をただ光に向けなさい。
神の愛に向けていきなさい。
あなた方にはわたくしたちがついているのだということ
神の愛があなた方を常に守護しているのだということ
あなた方は光の使者なのだということ。
そして、さっきから申し上げているように
宇宙は神の愛そのものの塊であるということ
愛の法則がすべてを支配しているということ
その中における一筋の愛の奔流のエネルギーが
あなた方一人ひとりであるということを思えば
何を恐れることがあるのかとわたくしは申し上げたい。

少々のこと、少々の難儀なことに屈服するのではなく
あなたたち自体の心の中にある弱さに打ち克つようにしなさい。
そして少しくらいのことで何を言われたとしても、心を乱してはいけません。
乱して、力に対して力で、言葉に対して言葉で戦い合ってしまったら
それはともに墜ちていくことです。
その連鎖の中に堕ちてはいけません。
たとえどのような攻撃を受けようとも、自分たちは神の使者として
絶対的なる神の支援のもとにこの仕事を命がけでやろうとしていると
捨て身でやろうとしているという思いがあるならば
その我々の守り、守護があるのです。
何も怖がることはありません。
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先ほど聞いておりましたが、中山みきという女性霊
あのすばらしい女性におかれましても
命を張ってあのようにすばらしい仕事をなさってこられたのです。
それなら、優秀なあなた方が今ここに呼び集められたなら
彼女が捧げたと同じほどの、いや彼女が捧げた意識の半分でも
命がけになって全生涯を神のもとに捧げようと思えば
あなた方はどれだけすばらしい力を持っているのか。
そう考えれば、今この時代において
彼女の何十倍という仕事ができてもおかしくないはずなのです。
それだけ優秀な方々ではありませんか。

ですから、あなた方のその能力を最大限に発揮し
情熱とそして自分の人生すべてをかけて
大いなる宇宙計画、地球計画のために、命を張ってがんばろうと思う
そのことがあるならば、現代のこの科学文明において
最高度に爛熟したこの日本において、この光の中心である日本において
このレムリアにおいて、あなた方には無限の可能性があるということです。
神に貢献できる、無限の可能性の中に使命を与えられ
命を持ち、肉体を持ち
今ここに存在しているということを神に感謝するべきではないでしょうか。

あなた方の使命をもって次世代の者たちががんばっていきます。
地球において、この使命が明かされる時期は
地球がはじまってからそう何度もないのです。
逆に言うと、宇宙のステップアップの時代というのは
地球の周期も地球の年齢も考えて、逆算されてでてくるものなのです。
ですからあなたたちは、この地球の中における
地球という惑星の中における
大いなる周期の大事な、大事なときにきているのだということ。
その中で、このような重大な使命を与えられているということ。
そのことを伝えておきたいと思います。

神の愛というものは、常に人類を育み、動植物を
この地球という環境を通して
神の体としてその表現媒体として、神のご意思を広げるため
表現するために数々の惑星が命を持っております。
その中において、地球というものは心臓部、心の中において
愛を強く問われる、ある意味で言うと愛というものー、
アガシャー系というふうにあなた方は知っておられると思いますが
アガシヤー系団においての心臓部、心の、愛という血液を流す
そのことをもって、修行のメインテーマとしている星なのであります。

ですから、神の体には愛という血液が流れているのです。
それを全身に流していく、愛を流していくポンプが心臓です。
この地球自体、銀河系自体が神のお体の中において
心臓部分であるということ。
心臓部分であるということは当然、愛が何であるかということを
学ばねばなりません。
それをもって愛というものを、愛という血液を神のお体の全身に流していく
押し出していくという、その使命を銀河系自体が授かっているのです。

よろしいですか。
ですから我々がアガシャー系、イエス・キリストを招霊して
愛というものを徹底的に地球人に教えていこうとしているのもそこなのです。
愛が何であるかがほんとうにわからねば
我々の地球としての、惑星としての使命もまっとうできぬということ。
そしてそれは何も、心臓の部分、心としての部分での地球の修行だけではなく
銀河系の修行だけではなく、生きとし生けるすべてのものが
神の中における愛というエネルギーにより生かされ
育まれているものであるということ。
神のお姿そのものが愛そのものの化身であるということ。
そのことをあなた方は、まだまだ感覚的にはわからぬでしょうが
わかる時代が必ずやくるでしょう。

今そのように、硬い、重い肉体にあなた方は
我々からみると閉じ込められているように思います。
本来あなた方は出してみたなら、すばらしいパーニャパラミタを
すばらしい智慧を持った偉大な存在なのです。
だけども地上に生まれて、牢獄のような肉体の中におかれ
そして五感以外の
先ほどから言っているテレパシーとかさまざまな感性というもの
霊能力というものが封印されています。

でもこの時代を超えていったとき
必ずや、そのむくろのような肉体を脱ぎ捨て
もう一段軽やかな波動の肉体というものを
あなた方が手に入れるような時代がくるのです。
愛という浄化におき、物質の質量の意味においても軽やかになり
執着の部分が抜けていったとき、肉体自体にも変化が起こり
波動的にももっと軽やかな肉体というものになるのです。
自分自身が神の子であり、愛そのものであり
それ以外のものは持っても掴んでも意味のないものであるということを
ほんとうに魂が理解し尽くしたとき
肉体は余分なものをまとわなくなるのです。

(2005.7.30レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-07-14 07:56 | エル・ランティ | Trackback | Comments(0)

アモールからのメッセージ(8)

愛とは何か。
それは、古今東西数々の議論の中で聞かれてきました。
ひじょうに幼い段階では、自らの家族、恋人、という
身内のことだけで凝り固まってきたかもしれません。
しかし、本来わたくしたちはみんな、神の子です。
それを、はっきりと、高橋信次、エル・ランティという方を通して
言い渡されたのが、今回の大救世運動の口火でありました。

「神の子」です。
「罪の子」とキリスト教では言われてきましたが
「罪の子」ではない。
わたくしはそんなことを言った覚えはないのです。
罪の子であるとは言っていない。
「神の子」なのです。

「神の子」とは何を意味するか。
それは「愛の子」ということ。
神の意識が愛そのものである以上わたくしたちは愛の意識
愛のエネルギーの表現形なのです。
自らに内在する神性を見つめ、自らの内を反省とともに開いていったなら
神の子としての、溢れるほどの愛が出てくるのです。
そして、わたくしたちは大いなる神の愛の意識につながっていくのです。

どんなに自分がみすぼらしいと思っていても
自分は誇り高い神の子であるという意識に目覚めたとき
人は何に気づくでしょう。
自分が神の愛の一部であったと気づいたとき
自然界も、憎しみ合う友人たちも、敵も、すべてが自分と同じ神の子である
一体であるという、その意識に気づくのです。

あなた方が敵だと思っていた人は、実はあなた方の兄弟である。
あなた方が戦争を仕掛けていた相手は
あなた方と同じにつくられた兄弟であったということに気づく。
そのためには
まず、己自身に内在する神の子としての神性に気づかねばなりません。
それを高橋信次は、エル・ランティは、はっきりとおっしゃられたのです。
「神の子である」「神の子であり、愛の子である」と。

愛とは何でしょう。
愛とは「赦し」です。
自らのカルマや、他者のもつ罪、さまざまな苦しみ
それをすべて赦して、無限に赦し続ける。
その慈愛の思いが愛そのものです。
愛そのものがあなた方、神の子です。
無限の愛の中に永遠を見る。
それが神のお姿そのものであるということ。
それが宇宙の摂理であり、根本原理です。

あなた方は、今肉体の中にあって、傷つけられたら自らの肉体が危険だから
地位が、名誉が、立場が危ないと思うから、戦いをするのでしょう。
何を守ろうとしているのでしょう。
ほんとうの意味で魂が永遠であるということがわかれば
自らが愛そのものの化身であることがわかっていたなら
あなた方は、たとえどんなに傷つけられても
相手を赦し続けられるはずです。

愛とは赦しなのです。
ですから、赦していって、最後、あなた方が究極に気づくことは
大いなるもののため、愛の摂理のために
自らを投げうち、神の愛の通路として
神の道具として神性をきらめかせようと-
使命はそこにしかないと気づくこと。
それが、究極の愛の摂理であり、悟りの極致なのです。

わたくしは、それをあなた方に伝えるために
神より派遣された、アモールという愛の天使なのです。
愛は人を裁きません。
自らも裁きません。
あるがままに愛を受け入れ、愛し合っていく、それが愛です。
条件付きのものは愛とは言わない。
見返りを求めるものは愛ではない。

愛というものは、ただただ相手を受け入れ、相手を赦し
自分自身を受け入れ、あるがままに生かし
そしてともに進化成長し、無限の進化を遂げていこうとする
それが宇宙の根本原理であり、神のお心なのです。
宇宙の創造原理は、その法則の中に貫かれているのです。
あなた方はそれを知らねばなりません。

わたくしのような者、高級霊と呼ばれている指導霊、救世主界にいる者を
「神」と呼んではなりません。
わたくしたちも、また、無限の進化の過程にいる
自らも修行の過程にある神の子であり、修行の身なのです。
それを理解したなら、自らの宗教の救世主のみを絶対視したり
宗教戦争で、地球上の神の子たちを排他的に傷つけ合うことは
二度となくなるでしょう。
そのような戦争は、愛の摂理、根本に反しています。

愛の摂理に反するものは、宇宙の中に存在できないという原理があるのです。
あなた方自身の中に、赦し合い、愛し合い、生かし合い、分かち合う
そういう思いが出てこなければ、地球が存在することが
この文明が存在するということ自体が許されなくなる。
それくらい、神の体である大字宙に
愛の根本原理、摂理が行き渡っているということなのです。
それを理解せねばなりません。

そこがわかれば、あなた方が、隣人に対して
どのように接しなくてはいけないか
家族に対してどうしなければならないかが、わかってくるはずです。
それは、各人が各人の環境で学び取ることです。
だから、地球は修行場と呼ばれるのです。
修行を堅苦しく考えてはいけません。
修行というのは、不本意な理由で、不本意な努力の中で苦しんだり
自分が望まない方向に努力を重ねることではありません。


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よろしいですか。
あなた方は、みんな神の子なのですよ。
神の子ということは愛をそのまま表現している
愛でできているということです。
愛の子、神の子が、本来の姿になっていく道、ただそれだけのことなのです。

自分を取り戻し、神から与えられた自らの個性で、愛を表現し
愛の通路となるため、愛の表現形となるために努力していく。
それを、修行という言葉を使ってあらわしているだけなのです。

いいのです。
わからなければ、ときは無限にあります。
自分に与えられた時間がわずかだと思うから、人々の心に焦りが生れる。
愛とは忍耐であり、期間を限定してあなた方がカツカツすることではない。

忍耐であるとは何か。
わたくしたちも、永遠のときの中
人類を指導するために、数々の文明を興してきました。
であるならば、あなた方も、もっともっと忍耐を学んでください。
忍耐というと、苦しいことのように思われるかもしれない。
違うのですよ。
苦しいことではない。
なぜならときは無限にあるからです。
ときは永遠にあるからです。
永遠のときの流れの中で、あなた方は生き続けていくのです。

ですから、今世だけを思うと、恨みも悲しみもあるかもしれません。
それは、あなた方が一時的な条件を抱きしめすぎたー
それは「執着」と呼ばれるかもしれない
抱きしめすぎた結果による苦しみなのです。
人に殺されても、自分が悪いことをしていないなら
肉体を置いて、わたくしたちの世界に帰ってくればいい。
それを地上では「死」といいます。

わたくしは、三年半しか法を説かなかった。
いつの時代でも、生き長らえようとして
それほど命を長く持ったことはありません。
なぜなら、地上にいるとき、わたくしは精一杯、使命を果たすためのみに
自らの生涯を使っているからです。
肉体の幸福を追求することよりも、与えられた大いなる使命
果たせるかどうか自信がないくらいの使命の中にいたのです。
その使命を果たしたなら、売られ、十字架に架けられても
それも良しとしてー
肉体を置いて、わたくしは、天上界の、仲間のいる世界に戻ってこようと思い
何の執着もなく、人生が短かったからといって
いたずらな悲しみを生むこともなく
喜びをもって天上界に帰ってくることができたのです。

あなた方も、そのことをぜひ考えてください。
地上は一時のものです。
実在界と呼ばれる天上界にこそ、あなた方の本体のエネルギーがあるのです。
あなた方は永遠の時をそこで過ごすことができたにもかかわらず
今回の救世の法が説かれるということで
ひじょうに倍率の高かったこの日本という場所に
この地上に自ら出たのです。

出た理由は何だったのでしょう。
それは、この救世の法を通して
地上を愛の星として光らすための大実験場としての今回の機会に
ひとつの役割を果たしたいと
命がけで、この地上に出られたのではないでしょうか。

人生八十年といいます。
わたくしたちのときはもっともっと短かった。
この地上に生きる長さの中で、葛藤の中で、苦しみを持つ必要はありません。
やるべきことをやったなら帰っていらっしゃい。

(2005.7.30レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-07-10 05:43 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(35)

わたくしたちにとってもたいへん大きな学びであり
大きな試練の時であるということなのです。
わたしたちの中にあるのは、我々がどう評価されようとか
どのような神で拝まれようということではない。
この愛する地上の者たち一人ひとりを
いかにしたら愛することができるか。

どのようにしたらこの地球神霊十次元の意識というものを
お救いすることができるであろうか。
このように苦しまれている地球神霊を
どのようにしたら救っていくことができるであろうか。

このように苦しませてしまった。
悪想念でつつんでしまった。
我々の責任は重いと。
そのような責任の中で我々、九次元十人は
心から苦しみながらその責任の重大さというものを背負っているのですよ。

だからどうか、この地上に生きる者たちに伝えてほしい。
神の国は愛を信じる者たちのみに実現されるのであると。
天上界はけっしてあなた方を見放してはいない。
あなた方一人ひとりは神の子であるのだと。

神の愛を信じなさい。
難しいことはいらない。
神の子であるという誇りをもって、この地球を愛で満たしなさい。
それが神の国である、愛の星であるということを。
この地上にひろげるいちばん根源的なものであるということ。

あなた方は科学とか、文明とか難しいものばかりを追い続け
いちばん大事な神の子であるという本心を
愛というものを、許し合いというものを
あなた方は忘れてしまったがゆえに
この地上を悪想念の、苦しみの多い星としてしまったのではないのかと。

もう一度、すべてを捨てて、許し合い、愛し合い、信じ合い
目に見えぬ天上界の神のこれだけの愛に包まれていること。
原点に戻り、神の星にしていかれるために、神の子本来の道に戻りなさいと。
どうか地上の神の子たちに伝えていただきたい。

わたくしモーゼが直接霊言を送ることは、今はかなわないけれども
これからエル・カンタラーが
エル・ランティが根源法を説かれるであろうけれども
わたくしモーゼから言えることは、そのようなことでしかないのです。

そこさえクリアできるならば、この地球がこれから神の星として
宇宙連盟のメンバーとして仲間入りすることは
少しも不可能ではないのです。

科学文明というものが進んだことにより
根本的に大事なことが見失われてしまったということ。
そのことをあなた方はもっともっと理解し
根本的なものに戻っていただきたいのです。

根本的なものを学んだ上で、科学文明というものが伴ってこそ
新たなるステップアップというものがあり得るのであって
科学文明ばかりが進んで、根本的な心の豊かさというもの
神の子であるという基本的な理念を忘れてしまっては
次のステップには進めないのであるということ。
その根源的なことをあなた方は彼らに伝えていきなさい。

わたくしの言葉として伝えてもいいです。
そして、あなた方の言葉として伝えてもいいのです。
よいですか。

これから地球文明の幕間けがくるのです。
地球文明として虹をかけていけるか。
神の国としての虹をかけていけるか。
そのようなことを思ったならば、あなた方はもっとね
どうか真摯な思いで我々の気持ちをくんでいただきたい。

天上界における者たちは、ものすごい数の光の天使たちとして
あなた方をバックアップしております。
いつでも協力はできる。
いつでもあなた方の要請さえあれば
あなた方をバックアップすることができるのです。

でも、わたくしのように名の残る者がいるかと思えば
名の残らぬ者たちもいるのです。
彼らの分までも含めてあなた方にお願い申し上げます。

どうか天上界の意思を、地上の代行者を通してあなた方が行動し
実践する者としてこの地上に押し広げていただきたい。
そして、この地球を、青きこの美しき地球を、神の星として
愛の星として光り輝くチャンスを
一度、この天上界の意思を代行する者として
この地上を光らせていただきたい。

そのようなものがいかなる奇蹟を生むことよりも
この地球を救うことであるのだということ。
そのことを地上の者たちに伝えていただきたいのです。
あなた方の気持ちを思うと、戸惑っておられるのがよくわかるけれども
どうかわたくしたちの意識を受け止めていただきたい。

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あなた方から見たらば考えもつかぬことかもしれないけれども
G会、K会といって
多くの神々の言葉を聴いてきたあなた方であるのならば
わたくしたちの無念さを理解していただけるのではないのであろうか。

ほかの者であってはわからないのですよ。
たとえ、この今、日本に生きていてもね、わからない。
であるならば、あなた方、一人ひとりにお願いするしかないのです。
そうでなければ我々はあきらめるしかないのです。

でもあきらめない。
最後まで希望をあきらめぬ者、それを神の使徒というのです。
この地上における神の国実現のため、わたくしは最後まで希望を捨てぬ者。
この虹をかける女神のもとに、あなた方は今集いなさい。

この者はまだまだ力を出しておりません。
それはあなた方、一人ひとりにおいても言えるのです。
あなた方、一人ひとりが自分自らの力を最大限に出してこの者に協力をし
みなで、仲間でこの計画のために力を合わせていったときね
この地球が変わるのです。

いいですか。
十人ないしは十二人、本気で力を出した者がいれば
この地球は救えるのです。
もし失敗してもあなた方の責任だと思うことはない。

でも、今やれること、永遠の転生輪廻の中で、この数十年
あなた方が頑張れることをもって
この地球の命運がかかるのであるかと思ったのなら
どうか我々天上界の者に力を貸していただきたいと
心からお願いしたいものなのです。

今回の文明における指導霊として、わたくしも名を連ねております。
なかなかお呼びがかからないようですが
しかし、いつでも呼ばれれば、わたくしは参ります。
そして、あなた方に魔の撃退法
この地上における具体的な魔からこの地上を護る方法論における
智慧というものを、あなた方に伝えることはできるはずなのです。

どうか、あなた方が必要であるなら、わたくしモーゼをお呼びください。
モーゼないしはモーリャと呼ばれている、古代からいる者なのです。
ユダヤ教のモーゼと思うことなかれ。
ゴンドアナすべてを含めて、モーリャという意識でわたくしは今おります。
本体のモーリャという意識において、今あなた方に説明をしているのです。

ですから、この地球を愛してやまぬ者、一信徒であるモーリャとしての
この気持ちをあなた方に今日伝えたいと思って、降りて参りました。
このような時を与えられたことをあなた方に
そして、神々に対して、天上の神に対して心から感謝し
今日のあなた方に対するメッセージを終了させていただきたいと思います。

(2004.12.25レムリア・ルネッサンス
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by nagoyasc | 2017-07-07 08:58 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

ヴィーナス(金星)の法~アマーリエ~(26)

女性の皆さま方、どうか、これからは女性の時代です。
女性が女性である以上
子どもを産むことができるのは女性だけです。
その摂理は決まっているものです。

だからといって、男性に従属する時代ではなくて
女性が本来の女性の力に気づいて
そしてもっと積極的な意志で
ほんとうの意味で自分たちが
どういう存在であるかをわかったうえで
子どもたちを育てていく。

受け身の思いで
「私たちは人類の歴史なんかには関係ないわ」と考えるのではなくて
逆に、「地球を救っていくのは、私たち女性たちなのだ」と
女性ならではのやり方の中で、問題意識を持って
けっしてあきらめないでいただきたいのです。

戦争を止めるのは、私たち母親たちであり
女性たちであるというぐらいの強い思いが
地球環境を守り、戦争を食い止めていく道でも、またあるのです。

どうぞ、環境問題にしても
男性よりは女性のほうが生活の一部ですから
認識も高いことと思います。

C02の問題も、水の問題も
実践できることがあると思います。
そして、自分の周りの方に語りかけていくことがあっても
いいかと思います。

一人でできなければ、仲間がいます。
仲間がいて力を合わせれば、やれることもあるのです。
神理というのは、立派な言葉とか
難しい言葉で書いたものではありません。
皆さま方がお一人おひとり、神の子として、女性として
私はどういうふうに生きてきたんだろうかと問いかける。

女性性というものを尊ぶということは
自分自身を尊ぶということでもあります。
神の子であるということを自分に認めるということは
自分自身を神であると礼拝する気持ちでもあります。

その尊厳の中で、それにふさわしい
それに足るだけの愛を実践して
生きた人生であったのであろうかと
お一人おひとりが生活の一コマーコマの中で、問いかける。
そういう学びのチャンスを与えられているのだと思います。

十人いたら十人違って当然です。
皆と同じである必要はどこにもないのです。
どうか皆さま方、そうやってご自分たちの魂を
人生を、光り輝かせてください。

皆さま方は、神様の花園に咲く、美しい一輪の花です。
女性こそが、ほんとうの花です。
美しい女性たちが、自分なりの姿で
自分の個性に応じて咲いてください。
そうして愛を表現してください。
無心な思いで愛を表現していく。
だから花々は美しいのです。

どうか、皆さま方も、神様の花園に咲く
美しいかけがえのない一輪の花であると
どうぞご自分たちのことを
そういう意味で誇り高く思われて、愛を表現してください。
それでこそ皆さま方の人生は、ほんとうに意味のある
価値のある人生として輝いていくことと思います。
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どれだけ力のある高級霊であったとしても
天上界の方たちだけでこの地球という惑星の
未来を救うことはできないのです。

指導はできても、実際にこの地球を救っていくことができるのは
この地Lに生まれ出て、肉体という物質の体を持った
この時代を生きる者たちしかいないのです。

その者たちが、しっかりとした自覚の中で行動していかない限り
愛の実践をしていかない限り
この地球という惑星が
この歴史の中で救われていく道はないということです。

だからこそ、地上に肉体を持ってきた者たちの責任は
重大なのだということ。
そのことに気づいてほしいと、人類の半分の女性たちよ
そういう願いを込めて、この「女性の法」というものが降ろされています。

地上に肉体を持って生きておられる女性たちよ
どうか頑張っていただきたい。
私たちの分までも頑張っていただきたい。

この地球をよろしくお願いします。
人類の未来をよろしくお願いします。
そのようにおっしゃっています。

「いつまでも肉体はあるわ」と思うかもしれませんが
でも人間、どんなに頑張って生きても、八十年、百年が限度です。
いつかはみんな帰っていきます。

今というときの、一瞬一瞬のありがたさ
今の一瞬一瞬というときの大切さの中で
どうか皆さま方、今、自分が何をするべきか
何をやるために私は生まれてきたのか
それを、問いかけていただきたいと思います。
それは、今の時代を生きる者たちの使命であり
責任であるかもしれません。

レムリア・ルネッサンス / アマーリエ)
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by nagoyasc | 2017-07-06 06:08 | アマーリエ | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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