地球を愛の星へ

高橋信次からのメッセージ(32)

あなた方にとっても、卒業試験が近いということなのですよ。
これだけの智慧を積んでる者たちはね、魂的には古いんです。
各星雲、星々からそれぞれの系統を引いてやって来てるんです。
だからその人たちにも、一定の周期により
他の星に生まれ変わっていくという方たちもいるのです。
その周期から考えたら、卒業試験、地球の卒業試験があなた方一人ひとりに
ま、全員とは言いませんけども
ある者たちには課せられているということなのです。

地球には地球の、学習の場としての段階があるのです。
わかりますね。
地球の段階での卒業をしないとですね。
たとえば、ここが小学校レベルたったとしますよ。
そしたら次の中学校には行けないし
その上の高等学校や大学には行けないわけです。

そうすると、他の進化した惑星に移住して行くとですね
そこではもう、今、地球で学んでいるような
「信仰とは、神と共に生きる」「愛深く生きること」とか
この方、言ってましたけど
そういうレベルのことは、もうとっくに卒業しているわけですよ。
その上で、その先が出て来るわけです。

そこの世界、そこすらもまだ基盤が確立していない方はね
その上の中学、高校には上がれないんです。
そして逆に、他の惑星からの移住の人たちを受け入れて
地球の中で、新たな環境の中で修行させるわけです。

それを我々は宇宙界といいまして、ほかの星々と連携をしながら
そういう修行の魂を受け入れたり
他の惑星へ卒業できる者たちを移住させたりとか
そういうことも我々はやっているんです。
それが九次元、宇宙界という者たちの仕事でもあるわけです。

十次元以上になると、惑星意識とかになりますからね。
そういう移住だとか
一人ひとりの人間のフォローと言いますか、ケアと言いますか
そんなものまでは、人格霊ではないですからね
そこまではなさらないですから。
そういう雑用は、一手に九次元が引き受けて、他の星まで出向いて行って
一生懸命、ごちゃごちゃ交渉しています。
そういう外交の営業マンみたいなこともやっているのが
まあ九次元の、まあ「総合的な雑用係」というのが九次元かなあ。
そんなこともやってるわけですよ。

そういう意味でのね、地球意識的な
卒業レベルの時期が、もうそろそろ近いという意味での、まあ卒業試験かな。
地球というものの卒業試験の時期に来ている者たちが、こういう文明国
まして法の中心のところに降りている者たちにはね、多いんですよ。
だから、あなた方も心して、この修行をやってください。
あと数十年です。
地球のことが、後で懐かしく思う時が来ますよ。

「あの時にああしときゃあよかった」なんて言っても
もう後では味わえない別の環境に行きます。
だから、地球の中でどれだけの光を発信して
どれだけの成果を出すことができたか。
そのことを考えて、日々のご自分たちの修行をなさるということです。

みんなで、集団で個性を滅却して、個性をなくしてですねえ
全体で何かをやるために、誰かひとりの言うことを聞けなんていうのは
どこも法ではないし、神が望んでいる方向ではないのです。
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いいですか。
最初に根本法を降ろす時は、まあある意味で、骨格はもう降りたのです。
仏陀や私が降ろしました。
その「法を降ろす」というのは九次元でなければ降ろせないのです。
その説明、補足、そして解釈
そういうことは、まあこの方でもできますけれどもね。
でも根本法を降ろすには、降ろす権限というのがありまして
そのことは我々が担当しているのです。

今はどっちを向いていいかわからない、混乱の時です。
その中で大きなたいまつをあげてね、「こっちか神様の道だよ」と
「たしかにレムリアの計画は、神様が立てた計画なんだよ」ということを
優秀なあなた方が言ってくれることがね、僕たちの力になるということ。
それをどうか心にとめて、私たちの力になっていただけたらと思っています。

そして、皆さん方が、余力があればですね
私の「新復活」、ORさんの時やったから
私は「再復活」ってテーマはどうかと思ってるんですけども
まあ、何でもあなたたちの好きに付けていただければいいんですけども
僕はやさしい言葉で、ちょっとページ数長くなるかもしれないけれど
「法を語れ」と言われたら、やさしい言葉の法がいくらでも出ますからね
いくらでも話せると思います。

ただね、第一の計画があり、第二の計画が挫折したということ。
ここから人類が学ぶことはとても大きいと思うのです。
私たち九次元にとっても、学ぶことは大きいですがね。
皆さま方にとっても、地上の仏弟子たちにとっても
光の使者たちにとってもね
しっかり学んでおくということ。
そこにおいて自分たちも考え
そして高級霊からの直接の霊示が降りているうちに
その意見を聞くということ。
それを書籍に残していくということ。
それは大きな、後で人類の財産になる、遺産になることであると
私は思うのです。

稀なことではあるけれども、どこに落ち度があったのか
どこに、まあ、あまりサタンや魔のせいにはしたくないけどねえ
でも魔の爪が引っかかり、引きずり降ろされていったのかということ。
そこをしっかり人類は学んで、反省する
いい判断材料をあなた方は残せると思いますよ。

これからなんか「家族論」とか、「愛の讃歌」とかやると
僕、ちょっとエッチなおじさんにされてしまったんでねえ(笑)
「ちょっと、ちょっと控えようかな、レムリアのためにも」と
思ってますけども
それはちょっとマヌ様に任せることにしてですね(笑)
私は高橋信次としてのちょっと、こう、威厳を復活させるために
ちょっと、もっと格調高い話をしていこうかなと
思っておりますけれども。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-05-02 16:04 | 高橋信次 | Trackback | Comments(0)

アモールからのメッセージ(4)

我ら、救世主と呼ばれている九次元というものは、別名「宇宙界」と申します。
宇宙界というのは、他惑星、他の銀河とつながっているということなのです。
そういうことを明かされたと思うのですが
八次元の上段階から九次元においては宇宙界と申します。

他の惑星、他の太陽系、他の銀河にも我々には友人がおり
そのような星々の間で密に連絡をとりながら
次にこの星に来て修行したい者たちを受け入れたり
また、我々の星の中で修行が終わった者たちを
他の惑星のほうに送りこんで移住させ
さらなる魂の進化発展ということを常に計画しているのです。

それが宇宙界といわれる我々の仕事内容なのです。
あなた方が神と思い、神よ、神よ、救世主よと呼んでいる
私たちの仕事内容はそれなのです。

他の惑星に行きますと、私たちのような者
まあ、私たちのようではないにしても
ほとんどが菩薩界以上
ないしは如来という者ばかりが住んでいるというような
高度な星もあるのです。

さきほどから聞いていますと、それこそ、この地上におきまして
東大とか、そのように難しい学校の大学院のレベルに相当するような
ほんとうの意味で、神の子としての大学院にふさわしいような者たちが
住んでいる惑星もあるのです。

そこにはもう、戦争もなく、愛と調和があり、互いに生かし合い
神のために貢献し、真実なるものを語り、慈しみ合い
そして、神というものが偉大なる芸術家であるという意味において
高度な芸術的表現を行いながら、そして、深い愛と慈悲の思いの中に
自分たちの惑星だけを彩るのではなく、他の惑星に行って
他の惑星の進化発展のために貢献したいと思って
移住して行く者たちもいるのです。

言ってみるならば、この方が来たオリオンという星も、そういう星なのです。
ひじょうに科学文明が発達し、神理もひじょうに深く浸透し
そういう社会的も安定した、もう戦争、殺りくがないというところ
そこにおいてこそ、文化というものは爛熟し
芸術というものは発展していくのです。

だから戦争や殺りくというものがもうない、そういう惑星の中で
ひじょうに「真」「善」「美」というものを極めた
そして高度な科学文明というものも発達した
そのようなすばらしい調和された惑星が、この方の住んでいた星なのです。

我々が新たに授かった惑星地球において
一から「ユートピア地球」というものを
創りたいということにたいして招霊されて
その使命を帯びた者たちが、そこから大挙、来てくれたのです。
ベーエルダといわれている、エル・ランティという方がおられた星も
たいへん高度な星でした。
そしてオリオンといわれていたこの星も、たいへん文明が爛熟し
ひじょうに高度な生命体が、精神的にも豊かな者たちがいた惑星なのです。
私はそのような星に、いつか地球もなってほしいと
願わずにはおれないものなのです。

神とは、「宇宙を統べる根本的な愛の法則」のこと。
そこまで究極的に言いつめるならば
「人格など持たない、根本的な愛の摂理そのもの」が神であるのです。
それを認識するには、今までの人類では幼すぎ
それを聖書の中で語るには
あまりにも人びとの認識力が不足していたのです。

だから私たちは、その時代時代の方便の中で、モーゼは十戒というかたちで
私は山上の垂訓という中で、仏陀は八正道とかいろいろなものを通して
無学であった多くの人びと、迷いの多い人びとたちに
神への道筋の、初歩的なステップというものを伝えたのです。

しかし、そのようなものは終わっていって
これからは高度な「神との遭遇」というもの、「神との出会い」というものが
真実というもののベールがはがされていく時代が来るのです。
それが宇宙時代の夜明けというものであり
我々は、あなた方を無知蒙昧だと思って見下し
ほんとうの真実を明かさなかったという
意地悪をしていたわけではけっしてないのです。

愛というものがいちばん大切なものであると。
目に見えない神を信じる信仰心がいちばん大切であり
それを信じる者が本来の正義であるということ。
ひじょうに初歩的な神理ではあるかもしれませんが
小学校の子供に教えるかのように、それを噛んで含めるがごとく
何度も何度も学習させながら、練習問題を解くように
各文明を興しながら人びとに教化してきたのです。

しかし、これからはもう、そのような時代ではないのです。
愛と慈しみをもって、そして認識力と共に、科学文明と共に
宇宙時代の幕開けというものを切り開いていく。
そのような時代がこの地球的な流れの中で、地球文明の中で要請されている
私たちが宇宙界の者であるということがほんとうの意味で明かされていく
そのような時代であるということなのです。

あなた方は、我々が、そのようなことを言うと戸惑われるかもしれない。
私が出て来れば、手に穴があき、足に穴があき
白い着物を着た、やつれた、痩せた男が出て来ると
お思いになっているのかもしれない。

しかし、天上界で指導している、イエス・キリストと呼ばれている
インマヌエルというユダヤの時代にいた男は
もう天上界で指導はしていないのです。
そのようなものは、ひとつの経験として
パーニャパラミタのひとつではありますけれども
私は、本来のイエスの本体
アモールと呼ばれる生命体として活動しているのです。

あなた方の認識においては、私が最初、地上に来た時
私は地球の者から見たら宇宙人であったのです。
宇宙人が神であるとは言いません。
私も今は、地球の神のひとりです。
そして、地球人なのです。
愛する地球を授かり、そこで修行し
地球と苦楽を共にしてきた、そのような者なのです。

でも、地球にしか生命体がいないとし
地球以外には神の愛など届きはしないのだという
そのような、あまりにも幼い、無知蒙昧なところから
人びとを解き放たねばなりません。

他の惑星にも、他の宇宙にも素晴らしい人類はいて
さまざまな地球以上の文明が興っているのだということを
もう知らなくては遅いのです。
そういう段階に入ってきたということを、今、私たちは告げているのです。
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そして、これからいろいろなことが起きていくでしょう。
悲劇的なものがあるかもしれません。
世の中には天変地異というものもあり
そして貧困、戦争、殺戮ということが
数々の悲しみが、この地上界にはあるのです。

しかし、どうか皆さま方
このような苦しみをあまり抱きしめないでいただきたいのです。
これは流れ、通過していく。
次に希望ある時代が開ける
幕開けとしてこのようなものが出ているのだというふうに
思っていただきたいのです。
私たちは、やはり、愛と共に生き続けるうえにおいて
必ずや、地球を愛の星にして生まれ変わらせてみせるという
信念のもとに指導しているのです。

オリオンという惑星には、羽根の生えた者たちが住んでいたといわれて
あなた方も聞き及んでいることでしょう。
彼らが、なぜ羽根で飛ぶことができたか。
それは我々が考える以上に、科学的な論理
今、地球で常識とされているものが違うのです。

あなた方が原子と信じ、あなた方が物質と信じている
その重力、その物質構造において
あなた方から見たならば、三次元と思っているかもしれないけれども
彼らは精霊界、四次元ぐらいのエーテル体と呼ばれているような
肉体を持っていたのです。
だから、ひじょうに軽やかな肉体を持っていたのです。
霊界と呼ばれている見えないものでもないのです。

ただ、この三次元だけではなく
四次元、五次元というこの地球におきましても
霊天上界というものにおきましても、波長同通の法則において
光の粒子、そのエネルギー波動の質の違いにおいて
四次元、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元という階層が
できているだけなのです。

それを惑星意識レベルに広げてみるならば他の惑星は
私たちが考えているような三次元波動の中で物質化しているのではなく
目に見えないと信じているかもしれないけれども
単に私たちから見たら波動が違うだけであって
実は別の波動で見たならば
生命体が生きていたということもあり得るのです。

だから、今の地球の科学者だけが目に見えないから
その惑星には人類はいないのだ、生命体はいないと思っていると
それは単に波長をキャッチできぬだけのことかもしれないのです。
それぞれの惑星には、それぞれの使命があって生み出されているのです。

根本的な宇宙の神のいたずらやきまぐれで
惑星や星々が誕生するわけではないのです。
しっかり、その意図があり、目的があり
宇宙の中に、それぞれの惑星や恒星、衛星というものが
生み出されているのです。
そして、その中で一定の基準において人類というものが
それぞれの、そこに住まう修行の場としての生命体というものが
必ず用意されて
その修行場としての使命を果たしているのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-04-29 14:19 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

モーゼ/モーリャからのメッセージ(32)

このレムリアに対しても、多くの罠が、トリックがかけられているということ。
そのことをミカエルは悔しくて、悔しくて
涙を流しながらあなた方に、語り伝えているのです。

もっと気づきなさい。
もっと気づきなさい。
魔がどのようなトリックをあなた方にかけているかということを。
もっと冷静になるのです。

もっと気づきなさい。
そして今、あなた方が今この人類の命運をかけて
あなた方はそのキーパーソンになっているということを
あなた方はもっと気づかなくてはいけない。

わたくしが紅海を割ったことよりも、エジプトの者たちを救済したことよりも
もっと大いなる奇蹟があなた方の肩にかかっているのだということを
そのことをもっと認識しなさい。

この者ひとりに負わすのではなく
あなた方一人ひとりの肩に背負っていただきたいのです。
あなた方、地上に肉体を持っているあなた方の力を借りなくては
どれだけわたくしたちが悲壮な決意を持ったとしても
この地上を変えていくことはできないのですよ。

わかっていただきたい。
この地上を変えたいのです。
この地上、物質界という、地球というものを救っていきたいのです。
そのことを、思いを、肉体を持っているあなた方
一人ひとりがその心に受け止めていただけない限りは
わたくしたちがどれだけ霊天上界において戦おうとも
地獄に降りていって戦おうとも
この地上にユートピアを実現することはかなわないのです。
そのぐらいの理屈は、あなた方、賢いのですからわかるでしょう?

どうか、この者ひとりに背負わせないのです。
背負わせてほしくないのです。
あなた方、一人ひとりができるのです。
できる力があるのならば、魔のトリックに引っかかってはなりません。

〇〇さん、あなた魔のトリックにかかりやすいですよ。
多くの人の善意を信じるということ。
そして、今がどれだけ大切な時期にあるかということ。
そのことを思うのならば、もっとおのれを引き締めなさい。
あなたがこれから死ぬまでに負う責任は大きいです。
あなたができる可能性が大きいからこそ
天上界からあなた方に旗ふり役というものが
あなた自身に役を与えられたのです。
でも、こんなわずかなことで引っかかってはいけません。

仲間を信じることです。
一人でわからなくても多くの仲間がいるのです。
その者たちがキャッチしたらば素直に聞いて、そして、隙をつくらぬことです。

ミカエルがこの間、日蓮をさしのけて出てきました。
彼の気持ちなのです。
ミカエルはね、いつもわたくしといっしょに戦っているのです。
だからわかるのです。

あなた方が今この日常の中で、この場所でね
楽しくワインを飲んでいられるのも
我々が必死になってあなた方を、こう、護っているからだということなのです。
そのことをもっとわかってほしい。

我々はこのために命をかけている。
このために地球というもの
地球神霊というものをいかに救っていきたいかということを
もっともっと、あなた方わかっていただきたい。
その思いを伝えたいのです。

その最前線にいるミカエルは、体を張ってわかっている。
それを指導しているわたくし自身が、そのことをあなた方に伝えたくて
この間、マヌに、「わたくしにも出させてくれ」というふうに言ったのです。

確かにマヌもわかっているのです。
あまりにあなた方が、あまりに追いつめられてはいけないと思うから
確かに彼なりの配慮の中で体を張って、この荒い三次元の中で通信塔として
裏方の役割をしていてくれているということなのです。

でもね、実質はね
もうこの地球はね、滅びていてもおかしくないという事情があるのです。
そう思ったなら、あなた方一人ひとり、今の日常をやっていられますか。

我々が十次元にお願いに行ったとき、どんな思いでわたしたちが
わたくしたち十人が十次元の地球神霊に対して
それ以上の力に対して頭を下げ、詫びながら。
「もう二度とこのようなことをさせないために
我々十人が力を合わせて、戦って
この人類を守り、宇宙文明の仲間入りをするために
この地球というものをシフトアップするから
エネジーをいただきたい」とぬかずいてお願いをしたか。
あなた方このわたしたちの気持ちがわかるだろうか。

どのような気持ちで願い出たか。
エル・ランティがどのような気持ちになったか。
仏陀がどんな気持ちで涙を流されたか。
あなた方にはわかるだろうか。

先日、エル・カンタラー出ておられました。
彼の気持ちを思うとね-
我々はけっして彼だけの問題ではないと思うのです。
たまたま、わたしはね、古代の時代に出た。
純粋な時代の中でね
神というものを伝えていくことができたからかもしれない。
でも、この近代の中で、この波動の荒い時代の中でね
仏陀は精一杯、法を説かれた。
でも、育ちの中において、信仰心というところに
ひじょうに問題があったのも事実なのです。
彼だけの魂の、彼だけの努力のために彼を悪く言うのであるならば
それは片手落ちなのかもしれない。

わたくしは彼(エル・カンタラー)の無念さを知っている。
でも、彼はいっさい弁解をしないよ。
彼はいっさい弁解をしない。
そして、その罪を償おうとする。
それが天上界の者たちの姿なのです。

でも、今回の失敗を彼ひとりの責任に負わすことはできない。
わたくしたちがみんな精一杯、この穴のあいたことをフォローしようとして
みんな、マイトレーヤーにしてもね、マヌにしても、ゾロアスターにしてもね
カイトロンにしても、みんな出て来てるんだよ。
それをわかってはしいんだよ、あなた方に。
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あなた方はね、信じられない。
映画の中の、SFの中だけの
夢見心地のようなことに思っているかもしれないけど
実際、地球の命運を担っているのはね、あなた方なんだよ。
それを思ったのならば、もっと厳しい思いで、我々の無念さを背負ってほしい。

あと数十年、重いかもしれない。
あなた方にこのような荷を負わすということは
わたしたち九次元の者たちはたいへん申し訳なく思っているけれども
でもね、この者を含め、あなた方にお願いするしか
今この地球の命運を償うことは、軌道修正することはかなわないということ。
そのことを思ったのならば、あなた方一人ひとり
できる限りの力をもって残りの人生を神々の前に捧げてくれないだろうか。

わたくしは力強い者と言われ、正義を担う者と言われ
「正しき者は常に勝つのだ」ということを言い続けてきた者ではあるけれども
さすがのわたくしにしても、紅海をまっぷたつに割ったとしても、
今回の地球文明の命運を正しい神の方向に向けていくということを思うとね
たいへんな時代にきたと
今ターニングポイントにきたということを思っているのだよ。

この者にしても、昨日、一昨日から
「根本法を預かるのはわたくしの霊格にはないことです。
わたくしにそのような任を負わせないでください。
わたくしがもし間違ってあなた方の意思を伝えたならば、
わたくしは取り返しのつかない罪を犯すことになります」
ということをこの者は言っているのです。

それも気持ちはわかる。
でも今、アンテナが復活した以上
この者を通してこの地上にこの九次元の意思というものを
伝えることをもってしか
今地上を救う道はないのであるというこそのことを思ったのなら
あなた方はどうかその手足となって働いていただきたい。

この者は通信機としての機能しかないかもしれない。
でも、それを聴いたならば、あなた方は動く力を持っている。
動く才能を持っている。
動く力、もうこの世的に素晴らしい力を持っているあなた方ではないのですか。
どうか、この力をこの地上にひろげ
大いなる力をもってこの地上を救うきっかけとなっていただきたい。

(2004.12.25 レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-04-26 07:23 | モーゼ/モーリャ | Trackback | Comments(0)

マヌからのメッセージ(30)

芸術というものはね、前もいいましたけれども
「神というものは最大のアーティストである」と
芸術家であるということはよく言われるでしょう。
深海の中を見てもね、美しい、ほんとうに美しい海の世界がある。
あなた方が見ることがかなわないくらい深い深い海底には
見なかったらもったいないような美しい世界が展開されているのですよ。
色とりどりのね。

そして星々、空を見上げたなら、この空を見ても美しいけれど
空を越えて宇宙の大いなる惑星、太陽の周りをまわっている星雲とか
見てごらんなさい。
何時間望遠鏡を見ていても飽きないほどの美しい光景が-
見る機会などない世界なのに
誰に見せるために神はこんな美しいものをおつくりなのだろうと思うほどに
ここかしこに神の芸術というものがあふれているものなのですよ。

ただあなた方が認識できない、見えないだけ。
あなた方に見えないだけで、この世界には、ほんとうに美しい光景があります。
誰に見せるためではなく、神そのものが愛であり
神そのものが美の表現としての-
「真・善・美」と言いますけれども
神というものが表現されると、美そのものになっていくのです。

だから、空の星ひとつ、星雲のひとつ-
そして神の愛する海であり、生き物たちであり
草原で走るシマウマ、走っているライオン。
いかがですか。
どの姿を見ても美しいじゃないですか。
砂漠の中にいるラクダですら僕は美しいと思う。

その「美」という感性
それをどれだけ研ぎ澄まして神の波動と合わせられるかで
現実にあらわれている、神のおつくりになったものに
どれだけの感動に震えながら神の美を感ずることができるか。
それこそが神を感じることであり、神の愛を感じることであり
そして、我々のように芸術という媒体を通して
神の愛の表現媒体として芸術というものをたまたまいただいた者たちが
この使命を降ろしていくのだと-

大いなる信仰心のもとに神の愛を受けとめたとき
我々はどれだけ高い次元の、神に近づく境地で
どのくらいすばらしいものを地上に出していけるか。
それが芸術家としての資質であり、芸術としての悟りの方法であり
その結果、表現される作品がどれだけすばらしいものであるかという
評価の水準であるということを、それを僕は伝えたかったわけです。

ですから、神を認めない、神なき芸術などというのは普遍的なものではない。
なぜなら、芸術というものは
神の愛の表現媒体以外のなにものでもないからです。
科学もそうなのです。
神の愛、神というのは愛そのものですから
神の愛そのものがひとつの法則によって
この地上というものが動いている。
それをまたひとつの方法論と機能において
人びとに対して提示していくのが科学なのですけれども。

芸術というのは、美の表現者として神の臨在、愛の臨在を人びとに伝えていく
そういう方法であるということ。
多少違いがあるけれど、結果的には科学も芸術も
すべてが同じだということを僕は言いたいのです。

だから、レムリアにおいてはね、オリオンにおける芸術を基礎としていて
まあオリオンは特に「真・善・美」の美というものが
ひじょうにクローズアップされた惑星ですけどー
でも、美だけ表現していれば真も善もなくてもいいのかということは
そんなことはありえないのです。

神の中に「真・善・美」があるのならば
神の愛が何であり、真実が何であり
何が善きことであるか。
神そのものが何であるか。
善としての神理というものがどういうものかがわかっていてこそ
本来の、神の愛の表現媒体としての「美」という結果として
美の表現形が出てくる。

だから、芸術家といわれている人たちは
神理の知識に深いぞうけいを持っているわけですよ。
そのぐらいの水準まで上がっていくということ。
それが、美の表現者としてのオリオン以外の惑星であっても
同じだということです。

神理、そして、つまり「法」ですね、それがしっかりとわかったなら
結果として語る言葉、立ち居振る舞いすべてが美になっていく。
仏陀のような方たちばかりがいるような惑星であっても
それが芸術の星でなかったとしても
彼らの言動、生き方、着る衣服、仕草、動作
そして語りかけ合う言葉の旋律の美しさ、それらすべてが美になるのです。
すべてが連動していくものなのです。
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神に至る道というのは、方法においては違いがあるけれども
神が愛そのものであることに辿り着いたときには
神を求めることそのものに「真・善・美」というものが含まれていて
そこに美的なものが出てくるのです。
その美へというものをクローズアップして
僕らのように音楽とか詩とか建築物とか、あらゆるものですよね-
ある程度進化した惑星の中では
日常の中に美的なもの以外を人びとが受け付けなくなるのです。

音楽も、ただ騒がしいだけの、人の心を壊すような地獄の歌みたいなものが
地球ではまだはやっているでしょう。
でも、神のもとへと続くような意識レベルになったなら
地獄的な波動のものは、人びとが望まなくなるのです。
調和された美しい天上界的な調べが心地よくなる。
この地球においてもそうだと思いますよ。
地獄的なものは一時的な刺激として好む人はいるかもしれない。
けれども、根本的には
多くの人びとは安らぎや、愛や、平和を望んでいるはずですから
そういうことを考えればこれからは
天上的な音楽が人びとの間で口ずさまれていくだろうと思っています。

今、芸術家たちは混乱していて
前衛アーテイストとか言われている人たちはね
現代的なものでも、地獄的なもののほうが刺激的だから
そういう刺激だけが個性であると
それが芸術の本髄であるというような認識
低いレベルの中にまだいるので
現代アートはひじょうに混乱はあるかもしれないけれどー

芸術が芸術だけであるとか、科学が科学だけであるとか
宗教が宗教だけであるというふうに
あなた方、この地球の文明自体が、まだそういう次元にいるから
別々に、独立しているように思うかもしれないけれどね。
最終的に地上が、仏陀や、エル・ランティがおっしゃられるような
法の極みに達して人類がみんな神の子であるのだと(知れば)-
神の子とは何か。
神は愛である。
愛の本源に戻りましょう。
愛の本源から分かれた御魂、分かれた光線一人ひとりがあなた方なのです。
一人ひとりが愛の表現媒体なのです。
その認識に至れば、愛の表現媒体として
結果として美が出てこなければおかしい。
そこのところまでわかっていただけましたか。

神の表現媒体は、結果として美になるということ。
その生き様に真実があり、善があり、圧倒的な愛に包まれたとき
人びとの仕草、言葉ー
愛が細胞レベルにまで至ったならば、みんなが美男美女になるのです。
もし、その段階で醜悪なものがあるとしたら
それはまだそのレベルに達していない。

神の愛の法は、いちばん美しい
均整のとれたものになろうとする習性があるのです。
ですから、それが細胞レベルにまで到達したならば
高度な惑星に至ればね
みんな美男美女になっている星があるというじゃないですか。
「オリオンから来た人たちはみんな美形が多い」と
あなた方はよく言っていましたけれども
それはベーエルダ星においても
どこの星においても、ある程度進化発展したとき
個性の違いはありますけど、みなさんとても美しいです。
均整のとれた美しさをそれぞれの個性で持っています。

僕らの星は、特に美というものを前面に打ち出した惑星であるので
美に対する感性も研ぎ澄まされたものがあります。
美的なものを、自分たちの肉体細胞レベルにおいても
媒体として表現されて、改造されているということかもしれない。
でも、みんな、それぞれの惑星での美意識で
最高であると信じているものを、形態としてまとっているということですね。

(2005.2.9 レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-04-22 12:47 | マヌ | Trackback | Comments(0)

天照大神からのメッセージ

天照でございます。
ここに皆さま方一同、お集まりになられるところに
日本神道を代表いたしまして
この天照が、皆さま方にご挨拶ができることを
心から光栄に思い、神様に心から感謝いたします。

わたくしのような者が、ほかの神々をさしおいて出てくるのも
どのようなものかと思いましたが
今回、この方の使命を考えてみますに、女性霊からもひとこと
女性の使命ということを語りたく
そして、大和心というものを皆さま方にお伝えしたく
わたくしは、今日、参ったのでございます。

今、この方がお話になられましたように、今日の日本というものを見まして
わたくし天照も、卑弥呼様も
そして、天之御中主ほかの神々も、心を痛め
しかし、今日、神の国として、この神国日本というものが
この神理が説かれる場として、選ばれているということを
わたくしどもは心得ておりましたので
そのような宗教の根源として世界を救っていく光の発信地として
そのお役目があるために、わたくしたちは長い間、この大和という
日本という国土を調和し、指導してきた者たちなのでございます。

そして、今、この「日本神道」という枠から超えて
この「日本」という名を外して「神道」というものが世界に出ていく
そのような時が参ったのだとわたくしは思っているのでございます。

古来より、大和の民というものは、大和心という調和の中に
大自然の調和の中に、秩序と礼節を持ち、簡素というものを美徳として
その生き方を学んできた者たちなのです。

今日、物質的には、おっしゃられるとおり、豊かになったかもしれません。
しかし、心からの礼節というもの、謙虚さに満ちた、神々を敬うという信仰心
そして、日常の中にあまりにも物があふれすぎ
幸せの価値観というものが物質的な豊かさの中にしか見出せないという
哀れな貧しい心の持ち主に
日本という国民たちがなってしまったということを
わたくしは深く憂うものなのでございます。

人が幸せに生きる時、その時に
物というものがたくさんなければ幸せになれないということは
過剰な物質の中にしか己が幸福感というものを見出せないという
そのような間違った心の教え、心の価値観というものが
根づいてしまったかのように思われるのです。

日本という、大和というもの、かつての伊勢神宮とか
日本の建築というものをご覧になっていただきたいのです。
大自然の中に育まれ、包まれ
そして、その大自然の美しさを、そのまま木の感触の中で、簡素さの中で
自然と溶け合うという建物、建築様式の中に、自然と一体となって
人間たちも、国民たちも、その自然の中の一部として
大自然の中に感謝をこめて生きるという
それが、大和心の信仰心であり、生きざまだったのです。

そこに多くの物はいらないのです。
山に生えている木を切り出し、そこに簡素な家を建て
生活調度品においてもシンプルであり
けっして電化製品とか最先端の機器がなくても
人びとは幸せに暮らしていたのです。

いつからでしょう。
幸せというものが、物をたくさん所有するという
所有欲の中でしか見出せなくなってしまったということ。
それとともに、人びとは、本来、神に感謝し
自然の中で共に生きるという心の豊かさ
ゆとりというものを、謙虚さというものを失っていったのでございます。

神々の心というものを常に感じ
そして、神により導かれ
神により降ろされた言葉を指導者というものが受け入れ
祭政一致の中で日本という国を指導してきた。
それが、ある意味でいうと、卑弥呼様やわたくしがやってきたルーツであり
そして、その思いを継いだのが、天皇家という、日本という国が
天皇制という中で流れてきたのだと思うのです。

そのようなかたちで、神に結びついた指導者というものが国民を治め
そして、神様のお心と一緒になり、自然に包まれる。
自然というものは神様のお心です。
大宇宙の調和の心なのです。
その中に包まれながら、簡素さを持ち
謙虚さと秩序と礼節というものの美徳の中に包まれて
日本人、大和の者たちは幸せに生きてきたのです。
これが大和の民の美しさであったのです。
それをわたくしは、皆さま方に伝えてきたはずなのです。

しかし、戦争が終わり、それまでにも仏教が入り
キリスト教が入りということはございましたけれども
そこまで、それほど日本人という、大和の魂というもの、心というものは
それほどひどく塗り替えられたとは思っていないのです。

しかし、第二次大戦という戦争があり、それを敗戦したことにより
アメリカから、外国から、西洋の間違った発想が日本の中に植えつけられ
そのことにより、日本人は、己が美しさを
大和民族としての誇りまでも捨てて
間違ったものの刺激の中にのめりこみ、物質文明と科学文明の中で
わたくしたちが持っていたかけがえのないものを捨て去り
そこへまい進し、今日の没落を招いたのでございます。
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このようなかたちというものはある程度
わたくしたちの世界からも想像はしていたものです。
想像はしておりましたが、やはり、人びとの心の荒廃ぶりを見ますと
特に女性たちの心の荒廃ぶり、礼節のなさというもの、それを思いますに
わたくし天照は心から悲しく、日本女性として、大和女性として
ほんとうに恥じ入るものが多いのでございます。

かつて、大和の女性、日本の女性というものは
世界の女性の手本となるべき美しさと、知性と、謙虚さに満ちた信仰心
それでいて誇り高いものを常に持ち合わせていたように思うのです。

けっして男性に張り合うことなく、男性たちの使命というもの
天意というもの、天命というものを優先し
弟橘が表現したように、日本女性の美しさというもの
心意気というものを現しながら、男性の使命というものを補助していくという
補助者としての美しさを、常に見せ続けてきたように思うのです。

しかし、それが失われてしまいました。
日本の女性たちの心の中に、謙遜、献身の美徳というもの
優雅に生きるということがどれだけ伴うものであるのか。
数々の高価なもの、バッグやブランドというものを身につけて
高価なドレスを身にまとい、派手なお化粧をしながら
美しさを競っているように思うのですが、わたくしのような者から見れば
とても地獄的な波動の中で、表面だけの装いの中で
女性たちが美というものを追求しているかのように思うのです。

女性の美しさというものは、心性、心根の美しさにあります。
心の優雅さにあるのです。
女性が心の中に謙虚さと、男性に対する、自然界に対する
信仰心に対する、神々に対する、謙虚さ、美徳というものを失っていった時に
女性がどれだけ表面を塗りたくってみたところで
そこに美しさは存在しないのです。

内側からにじみ出てくるものなのです。
美というものは、内側からにじみ出てくるものなのです。
いっとき若い頃に、表面だけを飾ってみたところで
少し話をすれば、その方がほんとうに美しい人であるのか
心性が美しい方であるのか
男性たちでも見抜いてしまわれるのではないでしょうか。

しかし、わたくしが思いますには
男性方にも、多少、罪があるのではないかと思うのです。
そういう女性が、その道に励んだとしても
男性たちが、まったく、そのような女性は必要としないということを
はっきり明言してくだされば
彼女たちも、それが間違った方向であるということに気づけると思うのです。

しかし、やはり世の中には、奇をてらい、派手なものを好み
表面的な美しさの中でちやほやされることを、とても悦に入り
甘美な思いをする女性たちがいるので
男性に認められたくて、そのような表面的なことをするのだと思います。

今の女性たちが真に美しくなるには、心根のやさしさ
心から出てくる生きざまにおける優美さというもの
それは謙遜に裏づけられ、信仰心、神への信仰心を今一度、取り戻すという
その謙虚さに満ちたものなのです。
その謙虚さ、礼節というものがなくして
女性の美というものは存在し得ないのです。

(2004.8.21 レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2017-04-19 15:44 | 天照大神 | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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