地球を愛の星へ

天之御中主之神からのメッセージ(3)

そなたたちが知らぬ神々もおろう。
かつてもう神話の世界になってしまった方がたもおられよう。
しかし、我らが日本神道の男神たちも、たいへん男気が強く
立派な者たちが多いということを、我は証明してほしいと思う。

そのことをもって、ともに手を携え、外国の神々とも手を携え
この日本から、この神国大和の国、日本から世界を救うべく
救世の大事業が立ち上げられるという最後の希望に、我は心より激励をし
我もともに頑張らんと、固く決意を秘めているものである。

数々の神々が伝えられることを、メッセージをまとめられ
どうか外国にも発信していただきたい。
最初は反応が鈍いかもしれない、こういう時代だから。
でも結構。
気になされなくてよいと思う。

西郷という方も言われていたけども
いつも我々は結果を気にしてはやってはおらぬ。
結果を気にすることなく、その時代を、その時を
精一杯自らの力量を、器に応じてやれることの
最善のことをやられればよかろうと我は思う。

その上で、あとはその時代に、神に委任されよ。
「人事を尽くして天命を待つ」とはそのことである。
その中におき、そなたたちがやれるべきことをやったのなら
そなたたちのやれることを、他の者たちが次の時代にやるであろう。

だから精一杯、今やれることをやっていただきたい。
そうすれば、口火を切っていったのならば
我らが言葉が真実の光を持っていると人びとが思ったのであるならば
必ずや時代の要請の中で
そなたたちの活動というものは、待たれるようになるであろう。

外国では、エドガー・ケーシーとか、シルバー・バーチでも
最初やった時はたいへんな非難、攻撃の中にあったのである。
スピリチュアリズムという精神世界の目に見えぬことを
近代においては打ち出した最初の方たちは、たいへん勇気があったのである。

彼らは気違い扱いにされ、魔女扱いにされていった。
その彼らが頑張ってくれたことをもって
今日の日本が、今日の救世事業が、世界中で行われようとしている。

その今においても偏見もあるであろう。
しかし、人びとはその、もうあと何十年もたたないうちに
今あざ笑っていたことがほんとうの神理であったということを
気づく時代がくるであろう。

少なくとも、命を得、地上の肉体を得、地上を去り
こちらの世界に戻ってきたのであるならば
少なくとも、自分たちがあざ笑っていたものこそが
唯一の神理であったということに気づくであろう。
そのことを地上に普及させるのがそなたたちの使命である。

神の国、天上界、あの世と呼ばれているところだけで共通していたものを
この地上に降ろすということ。
その価値観において、この地上の価値基準を根底から覆し
社会機構を変更させ
この地球というものは価値観の、精神的なレベルアップというものを
次の時代に向けてしようとする大革命であるということを
そなたたちは今やろうとしている仕事の本質をとらえ
謹んで、真剣にこの使命を果たされんことを、我はここに祈ろう。

そなたたちの迷いは、我に預けよ。
そして、もし不安なことがあったなら、天照や日向だけではなく
我にも、いつでも声をかけなさい。
天之御中主、と一言いえば、我が言葉が降ろう。
もう遠慮することはない。

我は、我が日本神道だけのものにあらず。
もう今や地球一丸としての大救世事業において
この天之御中主と呼ばれている者も
そなたたちの助力をすることを、ここに誓おう。

すべては神の光。
すべては神の存在のみがこの宇宙を照らす。
それ以外のものはすべて、夢、幻、影。
人びとの心の迷いにより生じたものである。

ならば、その迷いを振りきり、そなたたちの使命と
そなたたちの道の正しさをひたすらに信じ
命をかけてこの使命を全うされよ。

そのことをもち、この神の国日本は、その光を輝き渡らし
そしてこの国本来の使命を全うし
この地球を救っていくという、霊的な磁場の使命を果たせるのである。

そのために、明治維新だけではない、この大和の国がつくられたとき
この大和の国が、さまざまな天変地異、地殻変動のあとに
この日本神道にこの島国が与えられた時から
この国を通してこの地上を、救済大事業が行われる、この尊い磁場としての
それを守るために、我々日本神道が預かり、今日まできたということをもって
そなたたちは、この日本というものを預かった我らの気持ちも汲んで
どうか使命を果たしていかれたいと思うのです。

明治維新という、国づくりというものを通し
そしてかつて神武天皇、日本武、私たちのような者たちが、この国を統一し
ひとつの立憲国家としてつくっていった過程、聖徳太子たちが出られて
ひとつの日本という国体制にしていった
そのような時代の流れの中におき、いつかは神代の国と呼ばれる国にするという
神々との約束ありしその思いの中で
我は天照たちとともにこの国を頂かってきた。

その使命を今果たさんが時。
この使命果たさんとして
いかにして我がこの国土を預かった、その責任を果たせようか。

それをそなたたちに心から願い
その今回の救世の事業を、今回こそ成功されんがために
我らが日本神道からもあらん限りの力をもって
そなたたちの助力を申し出る次第である。

裏神道の龍神たちは、もうすでにそなたたちの身の周りに行き
数々の魔を撃退し
そなたたちを守るために頑張っている。
今は気づかれないだけである。
精一杯彼らも戦っているのだから。

そなたたちもどうか力を蓄えられてきた力を発揮なされ
この計画のために頑張っていただききたいと
心より切に思うのである。

(2005.4.16レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-10-22 06:14 | 天之御中主之神 | Trackback | Comments(0)

小桜姫からのメッセージ(7)

菩薩界というのは、いかに多くの方がたを幸せにしたか
いかに一人でも多くの方を神様の愛に気づかせて
神の愛のもとに指導して、引っ張って行くことができたか。

そのような指導能力を問われていくのが
逆に言うと私なぞ、まだ口はばったくて
あまり菩薩界のことは申せないのでございますけれども
菩薩界の本来の意味であると思うのです。

皆さま方なぞは、もうそのような段階はとっくに終わられてるので
私が言うのも恥ずかしいのでございますけれども
私は逆に入り口に入って来たからこそ
菩薩界が何の意味を持つのかということを
今はほんとうに今までの世界とは違って感動させられているのです。

菩薩界というのは、やはり多くの人びとを少しでも幸せにして差しあげたいと
具体的に、じゃあ何かできるかという、行為実践にあるのです。
いわゆる「神界」と呼ばれている六次元の方がたのほうが
プロフェッショナルの専門的な知識においては
たけた方が多いのでございますけれども
それを超えて、そのような知識を
今度実際の人生の行動の中において生きてみせる。
そのような方法手段を自分自らが開拓しながら
自分の人生の中に問いながら生きてみせる。
自分ならではの光というもの、個性というものを発現させて見せるという
それをもって、本来菩薩界の力というもの
魂の底力というものを表現していく。

それでこそ皆さま方が、それがおできになったとき
やはり、向こうにもう一度ふさわしい自分が
ご出身になっていた世界に帰ることができるということなのです。
それを失敗したならば、失敗した程度に応じた世界に行って
もう一度しばらく、反省瞑想、そして修行を行った上で
本来の世界に戻って来るということになってしまうのですね。

だから逆に言うと私たちから見ると、本来目的を立て
修行をしているのは実在界のわたしたちの世界
そしてそれから、一生懸命計画を立てて
まあちょっと長い長期な旅行に出るような気持ちで、地上に出て来るのです。
そして、そこで一発テストを受けるのです。

そしてそれがだめだったら、また次に、また帰って来て
実在界で一生懸命修行をして
そして、また次に出て行って、試験を受けると
まあ、そのような流れと申しますか、そのような形でいったとき
旅行先で病気になるのは困るけれども、でもまあ、旅行なら旅行に行って
ある程度やったらば、まあ、こっち戻って来てから
ゆっくりその病気を治せばいいやとか思うじゃないですか。
病気なんてそんなものなのです。

ああ、ちょっと先に肉体が壊れたから、一年間行こうと思ったんだけれども
十ヶ月で切り上げて帰って来ようかとか
そのような気持ちで病気をもし考えたなら
いたずらに病と闘わないで済むでしょう。

そして、一年間十二ヶ月のものが、十ヶ月で切り上げて来たからといって
でも十ヶ月地上で、旅行のいろんなところを見てこられた。
たとえば、ヨーロッパたったら、ヨーロッパにずっと行ってこられた。
「いろんなとこ周ったね、いろんな思い出をつくったね」って。
「楽しかったね。悲しいときも、いろんなこともあったけど
お財布を落としちゃって苦しくて、パン買えなくて困ったときもあったけど
でもあそこの泉は素敵だったね。あの神殿は素敵だったね」って
こちらに戻って来てから仲間にお話をするじゃないですか。
そんなものが、こちらの肉体を持った世界の
楽しみ方であると思ったのならば
の前にあることも、きゅうきゅうなさることないと思うのです。

今確かに見ておりますと、たいへんなこと、あると思いますけれども
まあこの方に関しましても
まあ十分幸せであったでしょっていうことをおっしゃられたと
だから今はもう何もつかむなと言われているとおっしゃっております。

その場合に、たとえば旅行に行かれる期間が一年間であったのならば
あともう残っているのは八ヶ月、もう八ヶ月過ぎてしまったと
残り四ヶ月しかない。
逆に残りの四ヶ月こそ、これからのいちばん大切なことであったときに
「八ヵ月分、もう十分楽しんだでしょ、地上のいろんな日常的なことは」と
そうしたなら、「残りの四ヶ月間、地上にほんとに出た意味を問うて
ご自分の仕事をして帰って来られよ」と。
「そのほうが必ずや旅行の思い出として、素晴らしいものになるから」と。

旅行中に街角で出会った人たちとの幸せな思い出というのはありますよねえ。
いろんな素晴らしいところで、いろんな、やはり思い出をつくるのです。
でもじゃあ、それに、それがすべてそれにしがみついてしまったら
どうなるかということなのです。

旅行先で、いろんな知り得た方たちと写真を撮るでしょう。
肩を叩き合って、一緒にお酒も飲んだり、楽しい時を過ごされても
でもやはり旅行はしょせん、旅行なのです。
やはり自分のホームタウン、故郷に戻って来るものなのです。

そのことを考えますと、やはり地上にいるときに
どんなに愛する妻や子どもたちがいても、夫がいても、兄弟や親がいたとしても
それは地上の、今回修行するために
ご縁を持つために用意して来たものであって
それはその一点の時期にその役割をもって
自分が修行させていただいたというありがたい関係であるけれども
それ以上にしがみついてはいけないということなのです。

それ以上いったら執着になり
本来の魂の自分の使命、目的からは大きく逸脱してしまうということ。
本来の使命はどこであるかということを、神の子としての魂としての修行の
地上の経験知のひとつとして
もし皆さま方がお考えになられるのだったならば
たとえ、どれだけお嬢ちゃまがかわいかろうと、坊やたちがかわいかろうと
どんなに奥様を愛しておられようと、ご主人様を愛しておられようと
そこにしがみつくことは
本来の皆さま方の魂の、本来の意図としては外れているということ。

愛を粗末にするということではないのです。
愛は大切にしなくてはいけない。
いとおしまなければいけない。
ともにその人生を生きてくれた魂、家族に対して
心からの愛と感謝を捧げなくてはなりません。

でも、それが大事だからといって、失うかもしれないという恐怖心にとらわれて
本来の魂がしなければいけないことから目をそらしてしまったならば
人生の大いなる目的からは外れてしまうのではないか。
なぜならば、あなた方は神の子だから。
人間とは、本来が神の子であるから。

そしてそれ以上にあなた方は、今ここにおられる方がたは
神仏の使徒であるということは、自分の幸せ以上に神様の道具となって
より多くの方がたの幸せのために自らの人生を投げ出して、奉仕して生きてこそ
神仏の使徒としての使命を全うしているのであるということ。

そのために仏陀と言われる方は
ご自分の生活も、ご家族も全部捨てて出家なさられたのです。
捨てたからいいとか悪いとかではなくて
やはり、より多くの人類の幸せのために
自分の幸せを、より以上に
神仏の使徒としていかれる道を選ばれたことをもって尊しとされたのです。

捨てられた方にとって見たら、大いなる苦難であったかもしれません。
でもそれによって、時代を超えて、どれだけの魂を
仏陀と言われる方は法を説かれることによって救ってこられたことでしょう。
そのことをもって、神仏の使徒と言うのです。

ですから、地上がもしそうなったら、だから妻を捨てたから
子どもを捨てたからというカルマは残るかもしれない。
でも、大いなる神の使徒として、した仕事の量に匹敵するのならば
そのカルマというのを自ら背負ったとしても
価値のあるカルマであったのかもしれません。
そのように皆さま方もお考えください。

愛というものは身近な者に対して、ある者にとってみたら
家族とともに、とりあえずつつがなく
愛をもって善人として暮らしていくことをもって
人生の最大の目的とされている方もおられるのです。
そういう方はそういう方で、一生懸命生きられればいいのです。

でも、ここのレムリアにおられるような方がたたちは
ご自分自らが自分で書いた計画書の中に
何をいちばんもって最大の価値であるか
自分がやってきた目的であるか、自分の魂の卒業テストの
まあ全部の卒業ではございませんけど
自分なりの今回の、ひとつの意味のあるテストであるというふうに
ご自分で、ある意味での基準を設けて来ておられますから
そういう意味においては、神仏の使徒として何をして来なかったら
たとえどれだけ妻を愛しても、どれだけ子どもたちを愛してきても
肝心な神の子としての仕事を、神仏の使者としての仕事をして来なかったら
それに落第のはんこを押すかもしれないのは
神ご自身ではなくて、ご自分たち自身であるということ。
なぜならば
その計画書は皆さま方がお書きになったものであるからということなのです。

そういう意味をもちまして
地上の人生の本来の意義というものをお考えいただいたのならば
いたずらに生きる人生の日常生活の中で
不必要に失うことを恐れたりとか、勇気を失うことではなく
地上のただの価値観に流されることではなくて
何をいちばん最優先に自分自らが選び取って生きようとするか
そのことが見えてくると思うのです。

そして、寿命は長いにこしたことはないかもしれませんけれども
私から見れば、ただただご苦労が多いなあと思うだけでございまして
やることやったら、早くこちらの世界にお帰りになったほうが
よろしいんではないかしらと思う場合も
ご苦労が多ければ多いほど思うのでございます。

ですから、そうしますと、病との闘い方
死というものに対する寿命というものに対する闘い方
そのようなことも自ずと変わってくるのだと思うのです。

そして、やるべきことを、神仏の使者として死んでいくときに
「ああ、これだけのことを精一杯やったから
結果としてはわからないけども
精一杯やったから、私は帰って行ける」という満足の思いで
最期の時を迎えて
こちらの世界にお戻りになる人生をもって
ほんとの意味での大往生であると
ほんとうにお幸せな人生であるというふうに、私などは考えるのでございます。

そしてその価値観というのは、天地を貫き、転生輪廻を貫き
永遠の生命の中で脈々と受け継がれていくものなのです。
たかだかこの地上にいたときだけ、そのような価値観で幸せではなくて
この生き通しの永遠の魂の中で
本来魂にとって幸せであることは何であるかということを
地上の皆さま方がほんとに理解されるのなら
地上において、ほんとうの意味での神の子としての生き方を
一人ひとりが自覚なされましたら
地上での苦しい他者とのいがみ合いとか、その悲しい不幸の種と
皆が抱きしめてしまっている不幸というものから
人類というものは解放されていくのではないかと
私のような者は思うのでございます。

今日は一般的な女性論っていうところまでは行きませんでしたけれども
地上における生の意味、そしてこの地上を通しての意味
そして祈りというものの意味
そして、かなう、かなわないということが、本来の大いなる神の愛の中において
祈りというものがかなわないということをもって愛であるということも
意味があるんだということを今日申し上げたと思います。

また私のような者でも、今度は現代女性に対する女性論というものも
また用意してございますので、もしお許しいただけるのでしたら
また次回お呼びいただけましたら幸せに存じます。

(2005.7.21レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-10-15 07:31 | 小桜姫 | Trackback | Comments(0)

大天使ミカエルからのメッセージ(4)

わたくしは「いつも思いつめたような顔をしている」と言われますが
それはわたくしがこの美しき地球の中で
新たに出直していこうとみんなでやっているときに
悪の種と言われているような男を伴って来ることにより
この地球の霊界においても環境においても
多くの負担をかけてきたということ。
その全責任をわたくしは感じているのです。

そして「申し訳ない」と
「なんとか地球を護って、地球人類に対して償いをし
これ以上迷惑をかけないように」と思っているのです。
でも、だからといってルシを消滅させるわけにもいかないし
「早くわかってほしい」という板ばさみの中で精一杯
わたくしは自分の使命を果たすしかなかったという、そういう思いがあります。
本来ならば、とっくにシフトアップできる状態でありながら
地球人類にこのような遠回りをさせてしまった
その責任は感じているのです。

でも、恒星意識の聖アントニウス様は、そのルシでさえ受け入れ
無限の赦しの中で、彼の素晴らしさを認め
そして、「彼の持つものが反面教師として、究極の二元論を学ぶ中において
多くの者たちの学びとなるであろう」と
「魂の足腰を鍛えることになるであろう」と
「だから、彼には彼の役割があるであろう」と
「それに負けるようなものであっては神の子はいけないのである」と。
「そのような誘惑がある地球であるよ」と。
「でも、その中で多くの学びがあるよ。
そこで修行したいと思う者たちよ、いろいろな惑星から挑戦してみたいのならば
この地球にいらっしゃい」と。
この地球の指導者であるエル・ランティ、アモール、モーリャたちは
そのような聖アントニウス様の命と地球意識の思いを受けて
地球の指導というものをされ
今日まで、地球としてほかの惑星の方がたを受け入れるという
方針を打ち出してこられたのです。

だから、地球には
こんなにもいろいろな惑星から移住して来る方がたが多いのです。
ほかのさまざまな惑星においては、ルシのような男はいないから
早くステップアップし、自分たちの中では完結された光の世界をつくっている。
しかし、実は魂として、神の子としての足腰が弱いのではないかと
そのように思い、そして混沌として見えるかもしれないけれども
さまざまな挑戦と試しがある地球に行って挑戦したいと
もう一度学んでみたいと
そう思って、移住して来られる魂たちもいるということです。

そういう意味においては、地球はひじょうに難関な実験場であるのです。
そういうことを踏まえた上で、地球というのはそれだけマイナス波動の強い
ほんとうに地獄界がこれだけ増大するということは
この地球意識にとってはたいへんな負担になるということです。
「ほんとう」死にかけているほどのダメージを受けている」ということを
わたくしは以前のメッセージ集においても再三訴えてきたと思います。
申し訳ないことだと思っています。
でも、それでもあえて地球のプリンスは「それを受け入れる」と
「耐えてみせよう」と、「だからそのこの精一杯耐えるこの環境の中で
地球人類たちよ、神の子たちよ、修行し学びとしてほしい」と
そのようにこの修行の場を提供してくださっている。
その志がひじょうに尊いものであるということです。

そして、この地球という惑星において温かく受け入れられ
神の子として修行する機会を、ルシはもらっているのです。
地獄の底につながれているように思うけれども
その中で居場所を許されています。
反省をし、「また神の子として出直したら
いつでも迎え入れて抱きしめよう」と言って
エル・ランティはじめ九次元の方がたも
そして、わたくしたちも、みんなルシを待っている。
そのような状況を提供していただけたということは
ほんとうに地球があってこそのことであります。
そうでなかったら我々は、彼を連れて流れ歩かなくてはいけなかったのです。

神の愛というのはけっして消滅させることではないけれど
ベーエルダにおいてもオリオンにおいても
どこもあの男を受け入れたいと思う惑星はないでしょう。
ならば、人類も住めないような場所に
人びとの愛と理解というものをまったく抜きにしたような
無人の惑星につながれて
牢獄のごとく閉じ込められるか。
しかし、彼は愛に飢えた男ですから
それではいつまでたっても気づくことはできないのです。

やはり魂というのは、愛によって浄められ
愛によりもう一度神の子として戻っていく
そのような環境が必要であるということです。
だから、無人の惑星の、冷たい荒涼としたところにルシをつないでおけば
ほかの惑星には迷惑はかからないとしても
それでは単なる永遠の流刑地にすぎません。

地球という場所で、多くの人びとがいて、迷惑をかけながらも
それでも九次元が十人もいて、多くの仲間たちに見守られながら
彼が気づいて上がって来るのを待っている、そのような環境を許されている。
それはほんとうに地球の愛、地球による愛の理解があってこそ
受け容れていただけたということです。
そして、ルシとその仲間たちがいなくなったことにより
わたくしの住んでいた母星のベーエルダも、オリオンも
そのあたりの領域は全部、再び平和を取り戻したのです。

宇宙連合というものをご存じでしょう。
あのハロルドのような宇宙連合の者たちが
「もう一度秩序と平和を維持するために
あの時のオリオン大戦であったことを二度と繰り返してはいけない」と
言っている。
でもそれにしても、やはりルシがいなくなったことによって
もう一度平和を取り戻せたということがあるのです。
逆にいうと、厄介者払いができたということです。

その彼をこの地球に、愛を注ぎながら受け入れ
さらに、その負荷をあえて受け入れながら
地球意識は、ご自分の使命を果たされようとする。
「その気高い自己犠牲的な、その愛の崇高さに、みな敬意を表している」と。
「それがあなた方の住んでいる地球の美しさですよ」と。
「そんな素晴らしい星にわたしたちは住んでいるのですよ」ということを
今回ぜひ伝えていただきたいと思うのです。

みんな厄介者払いでした。
やはりルシがいると、乱されるということがあるのです。
でも、「彼にいくら誘惑されても
それでも愛のもとに帰っていけるというぐらいの確信を持たなくては
神の子としてやはり一人前ではないのだ」と
「弱腰なのだ」と、エル・ランティはいつもおっしゃいます。

「愛というのは無限の赦しであり、永遠にその者の善性
善なるところを信じて導き受け入れていくものである」と
エル・ランティはそのように思われている方です。
それだけ宇宙連合の中においても
エル・ランティという方は信頼の厚い、愛の豊かな方であるということです。

そして、逆にいうと
エル・ランティがいつまでも九次元から抜け出ないのは
もちろん人間が好きだということ
人間と関わってやっていたいということもあります。
でもたぶん、ルシが気になるのだと思います。
彼を自分が引き受けて更生させなければ
やはり宇宙の平和というものの均衡が崩れるであろうと
そのような思いが根底にあるのだと思います。

その責任を引き受けつつ、エル・ランティもまた
巨大な無限に近いような愛を表現されていらっしゃいます。
惑星意識になるよりも九次元にいて、ずっとずっと大いなる愛を注ぎ
エル・ランティ自らの役割の中で
その責任を果たしていらっしゃるということなのです。
そういう歴史があるということです。
それが地球の使命とも大きく関わっているのです。

(2008.2.6レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-10-10 06:57 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

中山みきからのメッセージ(4)

あなた様がたがやられる以外、今この計画をやられる者はおられません。
あなた方が、神一筋の姿を
生き切る神の使徒としての姿を毅然と見せることにより、ほかの者たちの妨害
ほかの者たちのやゆするようなことは、いつの間にか消えていくことでしょう。

どのように批判があっても、今あなたたちは座敷牢に入れられるわけでなく
鞭で追われるわけでもなく、刀を持って刺客に追われるわけでなく
単なる言葉の暴力はあるでしょうが
私たちの時代にも口さわがしく言った者たちはたくさんおります。
でも、私はそんなものは何も聞かずほっておきました。
逆に、ますます神の国を光らすいい機会であると
逆に言って聞かせたものでございます。

あなた方のように、今このように反対者がいて
彼らがいろいろと興味があればこそ
あなた方に興味があればこそ、あのようなことを言うのであるのならば
そのときこそ毅然として、神の使者としての姿を見せられることを
わたくしなぞは望むのです。

数々の歴史の中で、今日の計画が花を開かせるために
それこそ聖徳太子様がお出になられたときからこの日本の国土というものは
ほんとに気が遠くなるぐらい昔から
天照様たちがこの大和の地というものを預かられて、整えられて来られたのも
今日まさにこの仏陀下生のための、世界宗教のために
この地上ユートピアを実現せんがために
仏国土ユートピアを実現せんがための
神さんの天上界の大計画を具現するための地として
この日本、大和の地が選ばれたらばこそ
今までの綿々とした歴史の中におられる大人物と呼ばれている方がたの
努力と汗と血と涙の歴史があったのでございます。

それは今日、この場所が
この仏陀再誕の地に選ばれておればこそのことだったのです。
ですからそれが、途中でついえてしまうことのなきよう、あなた方がどうか
その神々の夢を繋ぎー
神々の夢は、この日本の地を通し
生き抜いてきた数々の者たちの夢でもあります。
あなた方が彼らの、実際にこの日本の地に生まれて、戦いながら精一杯
この日本の国土を用意してきた者たちの夢を、そして天上界におられる神々の
その神々の計画におかれるその夢と悲願を、あなた方が今
この日本の地に肉体を持って生まれておられるということを通して
あなた方がすべての者たちの夢を引き継ぐのだと
そのように思われていただきたいのです。

そうであるのならば、あなた方は、この今の残りの人生の中において
今できる計画を精一杯おやりいただけるということ。
そして願わくば、私が教えた者たちが、もし聞く機会がございましたら
その者たちが、もし我が教えを聞いて、この言葉を私の言葉であると
もし認めていただけるのならば、わたくしは私の教えた者たちが
この計画のもとにまた合流してもらえるのならば、どれだけうれしかろうと
どんだけありがたかろうかと思うのでございます。

わたくしが地上で精一杯頑張った人生、そのときにまいた種というものが
大いなる時を超えて、神さんの大いなる計画の中に、時代は変われど
次々と我が教えは伝えられて、今日合流すると。
もしその姿があったのならば、私はどれだけ生まれて、頑張ってよかったと
ほんとうにあの時の人生を心から感謝して
神さんにお礼を申し上げたい気持ちになれると思うのです。

ですから、もしあなた方の中で私の教えを知って、その上でこの計画に合流し
力を貸していこうと思う方がいたのなら
この中山みきという、この一介の哀れな普通の平凡な女でございます。
普通の女でございます。
でも、精一杯、あの時代を生き抜いた、そういう女でございます。
このわたくしの気持ちに免じて
多くの人びとが我が教えの中からこの計画に合流し
力を貸していただけることを、私はお願いしたいと思います。

それあってこそ、我が教えも、我が生涯も、真に光るものであり
輝くものであるというふうに思いたいのです。
あなた方の教えの中で、あなた方も気づいておられないほどの
広大なスケールの中における今日の法の高みというのがあるのです。
法の高みというのは、説かれるのはほんとうにたいへんなものなのです。

ほんのちょっと前のことであっても
わたくしの時代とあなた方の時代はかなり違うのですよ。
わたくしたちの時代は、一部の武士とか
そのような者たちだけがちゃんとした教育学問を受けました。
でもほとんどの者たちがちゃんとした学問もなく
そして、衛生状態も悪く、迷信や俗信の中で
いろいろなものに人びとは縛られて
無知の中で魂の自由を失って、封建世界のしがらみと
家と社会のしがらみの中でがんじがらめになって生涯を終えていったのです。

そのようなときに、あなた方がお話しくださるような
高い高貴な神様方の法というものが降ろされましても
それを理解できるのはほんの一部のお偉いお坊様たちとか
武士の一部の者たちであったと、お侍さま方であったというふうに思います。

でも今は、このように多くの人びとが学問を受け
ましてやこの日本は文盲率も低く、みんなが書物を読み
学ぶことができる時代になりました。

そして多くの状態の中で、無知と俗信による人びとの衛生状態とか
幸せに対する価値観というものが、無知なる信仰から科学の普及により
ひじょうに合理的に人びとの幸せの中に、人びとに自由をもたらしたのです。
そういう背景は、しっかりとあったと思います。

そのような科学が進歩してこられ、そして物もある程度近代化され
人びとが自由になって
そのときに精神的にも高く、知性的にも用意されたときに
そういう最後の時に、いつの文明においても最高度の文明というものを
最高度の法というものがその文明の高さに応じて
人びとの心が、状態が用意されたときをもって
天上の神々は最高の法を降ろされるのです。

そういう時代でなければ、たとえばもっと極端に申しませば
原始人たちにそのような高度な法を説いてもわからぬでありましょう。
かつての時代に
ほかの惑星より円盤によって移住してきたなどという言葉をね
語ったとしても、人びとは理解できなかったでありましょう。

そのようなことがわかる時代に今きたということ。
この一瞬をもって
天上の神々は最高度の法を降ろされようとなさっておられるのです。
それを理解でき、受け止めることのできるあなた様方がおられるからこそ
今この法も降ろされるということなのです。

ですから、私はけっして、民百姓たちの気持ちを理解してほしいからといって
法の高みを否定して、低いものだけを言って
かんで含むようなことだけを言ってくれと申し上げに
今日来たわけではありません。

あなた方の高い法は高い法として、今この時代に花咲くために
今までの歴史があり
この日本が用意されてきたということを当然わかった上で
それでも、やはり多くの大衆というもの
あなた方のような博識な
高い悟りをお持ちの方がたのわかる神さんの知識だけではない
もっとわからぬ者たち、女子どもたちへの
そのような神さんの教えを伝えていけるような
そのような道も用意していただきたいなというふうに思って
私のやったことを通して、今日お話に来ただけなのです。

多くの者たちが幸せになっていく、互いに違いを認め合い、個性を尊重し合い
男であるから女であるからともに素晴らしいのやと、それが宇宙の摂理なのやと
このあなた方でもおっしゃっておられる陰陽というものの
それが合体していく姿こそが宇宙の創造原理であり
そしてこの地上における平和の基礎である。

それは男女の姿であり、夫婦の姿であり、家庭の姿である。
家庭がまず調和し、男女が調和し、幸せに互いに尊敬を持ちおおたならば
それを広げていって、隣人たちがみんなで手を取りおおたなら
それが日本中に広がりおおたなら、それが地球中に広がりおおたなら
それだけでこの地上は神さんの星になります。

神さんの愛の星になります。
それを大調和と言うのです。
それを私は伝えたのです。
そのことを私は易しい言葉でお伝えしたのです。

当然、それを伝えて来られたのは
私の守護霊、指導霊と呼ばれている方がたのご指導のもとに
私は伝えてまいりました。
でも、私の時には具体的な名を明かすこともなく
輪王という名前を使いながら
神さんというものを、人びとのわかりやすい仏教の言葉で
人びとに伝えたのが事実なのです。

でも、あなた方の時代には、具体的にモーゼ様が、イエス・キリスト様が
仏陀様が、という言葉をもう出しながら
そして霊天上界の構造もすべてを明かしながら
この地上界に、天上界の秘儀という
アルカナというものすべてを降ろされようとなさっておられます。

それだけの尊いご計画の中の中心におられてお仕事をなさるということが
どれだけ尊いことであり
神の使者として最高の栄誉であるかということをお感じになり
頑張られていただきたいと思います。

(2005.6.30レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-10-07 06:12 | 中山みき | Trackback | Comments(0)

日向(ひむか)からのメッセージ

今この日本において
女性の生き方というものが真剣に問われる時代になりました。
この者(アマーリエ)が「女性の法」というものを引き継いでくださるということで
私はたいへん期待をし、この者に助力し
何とか現代女性に指針となる生き方というものを私自らも通信し
この者においても女性の法というものを説いてもらいたいと
そのように願っているわけです。

まず現代女性の生き方ということの前に
ひとつ、私たちのこの計画におきます
この者の役割というものをお話ししたいと思います。

あなた方もたびたび聞かれたと思いますが、古来より、この日本におきまして
大和の地におきまして
女性というものが神託という高級霊界からの啓示を受けながら
地上の者たちの指導者の立場として、人びとを指導していったという
そのような歴史が数多くありました。
そのような時代がまた再びくるときがあるのだということを
私は天照様と一緒に語り合っていたのです。

この大和の地を最後、和をもって旨とし、最後、神のお心の中に返していく
完結したものにしていくには最後、女性的なる者の力により
この地上を、神の霊的な力により清めていくという
そのような過程が私たちの理想であったのです。

このように女性の巫女、霊媒という形を通して
天上界の者たちの意思というのを地上に降ろしていく。
このような指導体制というのは日本独特のものであるというよりは
世界に共通してあったものだと思います。

それが、今までは男性よりも女性のほうが優位であったということ。
そのような体質があったということをもって
女性の巫女というものが、数々の場所に多く出ていたのです。

しかし、今回のような大計画において
男性の指導霊の方がたが前面に出られて救済計画を行うという
大いなる計画の前に
女性はあくまで愛の補助者としての役割というのが本来
組み込まれておりました。

私が指導しておりました、守護しておりました方におかれましても
本来であるならば、彼女が巫女として霊道を開いていたのですから
霊言をとるという形で前面に出て、霊指導という形ができれば
それはそれでまたよかったのかもしれないのですけれども
あの時には、これから九次元の男性霊が出られるということをもちまして
霊的な意味におきましても
愛の補助者としての役割に徹するということが望まれましたので
彼女自身に、あまりほかの霊人からの通信というのは
控えられていたわけなのです。

でも、本来であるならば
彼女も十分、霊言の通信を受信する力というのはお持ちでしたから
最初からこのような形でなければ
彼女自体の力を、私がかつて、耶馬台国において示したかのような
あのような体制というのが取れたと思うのです。

しかし、今回におきまして
この修正案としてのレムリアの第三の計画の中におきまして
この者が最終的な軌道変更のための計画を担うことになり
私たちはこの者を通して
本来の女性指導体制における巫女という立場をもって
今一度、本来の計画のあるべき姿に戻そうという
そのような計画に賛同いたしました。
あくまで修正のための計画であるということなのです。

本来であるならば、第一の計画、第二の計画通りに
男性指導霊の方がたが事を進めていかれたのであるならば
このような第三の計画を発動しなくてよかったということなのです。

ですから、この者があえて自分から好んで、このような巫女的な立場により
女性の指導的な立場に出て来たというわけではないということ。
修正として、今一度、神理のバトンを引き継ぎ
それを次の男性指導霊の方に渡すというためにおいてのみ
この者は、今ひとたび霊界の通信を受けて
巫女として人びとに霊言というものを伝えるという
そのような使命を今担っているのです。

あなた方が考えておられる霊界通信というのはどのようなものでしょうか。
あなた方の心の中にあるものは、神々が常に答えを出し
地上の者たちが、神々が言うことの
「はい」とか「いいえ」という言葉にすべて従っていく
そのようなものであると、古来より思われていたかもしれません。

しかし、今回の一連の霊言というものは、そのようなものではないのです。
地上の者たちは霊言が降りると言って
すべて神の意思であるということに平伏し
従わなくてはいけないということでもないのです。

その代わり、地上の者たちには地上の者たちの努力があるということ。
地上の者たちがあくまで自立して
私たち天上界よりの通信というものを受け止めて
それを地上の中において、あなた方の力でこの救済計画を実行していくという
それを問われているという、その大事な計画であるということ。

古代においてすべてが、天皇がどちらに行くとか行かないとか
戦争するとかしないとか、兵を引きあげるとか引き上げないとか
そのようなことで、霊言を巫女としてとっていたというのとは
本質的に今日の霊言というもの、巫女の立場というもの
それと古代の巫女としての立場というものとの、霊言の質の違いというものを
あなた方はよくよくわきまえていただきたいと思うのです。

私たちが古代巫女としてあったときには、やはり戦争とか、国家の体制とか
指導体制をほとんど神託により判断し
それに従うことによって人びとを治めていたのです。

しかし、今天上界より、天上界の叡智としての霊言が
今地上に降ろされようとしています。
それは、単に「イエス」とか「ノー」とかいうことだけで
人びとが従っていくのではなくて
あなた方自身で天上界よりの言葉を判断し
その中において、自分が納得できることを選び
自らの知恵として、自らの指針として生かして
この地球をユートピア化していくという
そのような推進力にしていくという、そのようなプロセスのために
あなた方は今霊言を受けているのだということ。
そのために今霊言を受信しているのが
今日の巫女であるこの者の立場であるということを
しっかりわきまえていただきたいと思うのです。

私が出て来て指導していると言うと
かつて、大和の国のとよという立場において
国家体制の指導者として
やはりこの者を指導したことがあるのですけれども
そのような霊言の受信の仕方とは、また今日ではひじょうに違うということ。
そのことをあなた方はよくよく理解していただきたいと思います。

どうも地上の方がたの判断を見ておりますと
霊言をとるならば、全部神が決めてくれるのだと
次は何をするのかと、神託を聞けと、神に聞けと
そのような依存心が強すぎるのではないかと私は見ているのです。
ですから、今このように申し上げているのです。

古代の学問もない時代の、原始農耕社会の中における
古代国家におけるシャーマンとしての役割というものと
今日のように科学が進歩発達し、学問も知恵も
さまざまな宗教というものを学んで
魂のパーニャパラミタを蓄えてきたあなた方の今の修行とでは
天上界の霊言に対する態度、姿勢、そして、その指導され方ということは
自ずと違ってきて当たり前なのだと思います。

あなた方はかつてに比べると、はるかに魂的にも豊かで
成長を遂げているはずなのです。
そして、最後のその総結集、総決算の立場として
今この第三の計画により、最後の地球救済大計画というものの中に
今あなた方が生きているのであると
その人生を問われているのだと思っていただきたいのです。

そうでなければこの者にすべてを、判断を仰ぎ
すべてを天上界に依存するのであるのならば
霊言などというのは、ほとんど毒になってしまうだけであって
地上の修行においては妨げとしかならないのです。

ですから、時代の要所、要所においては、霊言というもの
時にはシャーマンというものが出て来て指導したことはありますけれども
ほとんどが古代の時代より、あまりそのようなものが出て来なくて
人びとの知恵と努力によって歴史を形づくるような方向で
それ以外のわからないようなインスピレーションであるとか
宗教であるとか、新たな宗教改革であるとか
そのような教えの流れの中において
人びとを善導し、指導してきたという過程があるのです。

日向:弥生時代の邪馬台国を治めた卑弥呼(ひみこ)と呼ばれていた女王。

(2005.7.14レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-09-30 06:23 | 日向(ひむか) | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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