地球を愛の星へ

中山みきからのメッセージ

わたくしは中山みきと申します。
あなた方のお知りおきの記憶の中では
天理教と呼ばれているところの教祖と呼ばれた者でございます。

あの当時は江戸時代という封建時代の末期という時代の
世の中がまだまだ士農工商と呼ばれる身分制度の中で
人びとの自由意志というものは少しも通らず、その身分
そして男女の差別の中で
人びとは食べるものもままならず、生きる目的も知らされず
ただただその体制の中で
縛られるような閉そく感の中で生きていた時代だったのです。

わたくしはその時代に生まれました。
そこで一介の、農家と言っても多少は大きいうちでございましたが
そのような、まあ農家は農家でございます。
そこの妻として、母として、嫁ぎ先で一生懸命
普通の平凡な人生を送っていた者なのです。

でも、私の心の中にあるのは、いつも神さんと一緒に
人びとがみんな自分たちの個性を、それぞれの素晴らしさを光り輝かせて
みんなで手と手を取りおおて、みんなで幸せに
神さんの喜ばれる世をつくろうやないかという
そのような思いで生きていたのです。

ですから、私の気持ちの中には
結婚して、その中で幸せだけを見いだすというよりは
なぜにこのように農民の世界にも庄屋があり
そして畑を持ってる者たちがおり
そして水呑み百姓と呼ばれる小作のように、一生、人の田畑を耕しながら
一生、生きる望みも張りもなく、食べるだけに追われ
いや、食べるものすらままならぬ、ひもじい思いをして生きていくという
そのような貧しい者たちがたくさんいるのだろうかという思いを
持ち続けておりました。

わたくしが四十近くなった頃でしたか、たいへんな飢饉がありまして
多くの小作たちが、多くの者たちが次々と飢え死にしていったとです。
行って、その中でどうにか助けてやりたいなあと思っても
私の力ではどうにもできなかったのです。

なぜこのような天変地異が起き
なぜ一方ではうなるほど食べるものがあるのに
このような者たちは飢え死にしていかねばならないのだろうかと
その姿を見るにつけ、悲しくて、悲しくて、はらはらと涙が落ちたのです。

私は一部の富んだ者たちよりも、彼らとともに生きようと決意を決めました。
彼らが何も持たなくても、食べるものにひもじかったとしても
そこに幼子たちがおり、女たちのにぎやかな笑い声がさざめき
男衆たちの元気な働く姿があれば
人はこの世でいくらでも幸せに生きていくことができるのだと
私は思いました。

なら、人びとの心に、私にだけしか聞こえなかった
神さんの心をみんなに伝えていこう。
そして、物はなくても心がけは神様のほうに、ひとすじに向かって生きる。
そのような社会をつくることで、人びとの心の中に幸せな思いをつくり
それこそが、いちばんこの地上を苦楽のない素晴らしい
神様の喜ばれる地上天国とさせていくことができる道ではないかと
私は私なりに考えたのです。

それを指導なさられたのが、やはり私の守護霊であられました。
わたくしは若い頃から、神さんの声が聞こえておりました。
でも、それを言うことがあまり人には喜ばれず
私の心ひとつの中におさめておりました。

でも、その飢きんが起きたとき
自分の気持ちの、私の存在そのものが揺さぶりを受け
神様に、今思うと守護霊様に、さあ、お前が生まれて来たのは
ここに来て世の建て直しのための先駆けとして
人びとに神さんの言葉を伝えて
人びとに幸せな世の中をつくる、そういう生き方を示しなさい。

そして、わたくし自身が神の社そのものになりて、人びとに模範となりて
神の使いとして、神の使者として
この地上に生きるその姿を見せていきなさいというふうに言われたのです。

それを覚悟をしたとき、そのときわたくしは家族の者に言ったときにしても
周りの者たちの反応はたいへんなものでした。
今の時代よりも身分制度が激しいだけではなく
男女間の差というのもひじょうに大きかったとです。

ですから男女の中において、夫に妻は常に服従し
夫のもとに三つ指をついてその家のために生きるというのが
その時代の女たちに要求されていたものですから
わたくしが神そのものの社となりて生きていくと言ったときには
たいへんな反対にあったのです。

でも私の意志はもう固く
そして、いやだと言っても、もう神さんには離してももらえず
お前がその道を極めぬのならば、お前の命も絶ってしまおうと脅されるほどに
私はその使命というのを受け入れざるを得ないという状況におかれたのです。

そのときに私の気持ちの中にあったものは
この百姓たち、学問もないこの民人たちの心の中に少しでも幸せと
そしてさまざまな無知な無理解さの中に、苦しみの中にあえぐ人びとに
少しでも神様の世界の様子を伝えて
そしてそれをわかりやすい言葉で伝えて
難しい漢字なぞ、そういう難しい難儀な言葉なぞはなく
すべてが易しい和言葉で、女、子どもたちにもわかる言葉で
私は口伝えに伝えてきたのです。

というのは、あなた方の時代と違いまして
わたくしたちの時代はほとんどが、周りの人びとが文盲でした。
文字も書くことができず、書物も読めず
そして伝える言葉もすべてが口移しで伝えていったのです。

だから私はこの世の成り立ちも、この世の摂理というもの
神さんの教えというものも
易しい言葉で、人びとのかけ声の中で、身振り手振りの、舞うことによって
ひとつの表象的な形をつくることによって、男女差別がひどければひどいほど
男性も女性もみんな五分と五分、どちらが偉いでなし、どちらが卑しいでなし
互いに手を取りおおて、みんな仲良く互いに助けおおて
万物創生の始まりはそこから始まったんよと言いながら
夫婦仲良く暮らしなさいというふうに、まず伝えたのです。

そして、そこで生まれた子どもを大切にして、子どもたちも親の元で
頭ごなしに親に服従するのではなくて、親を大切にし、みんなの喜びを
みんなの苦しみを分かち合うことによって
人びとの心というものを喜びに満たすことが
自分の喜びであり幸せであるという
そうやって世の中から
すべて苦しみのない喜びに満ちた社会をつくっていこうと
それが完全調和されていったとき
この地上はすべて苦しみのない世の中になるのやよと
いうふうに私は伝えていったのです。

わかりやすい言葉で、わかりやすい身振り手振りを交えて
なぜあのような舞いをつくって、踊りを私か口移しで教えたかというと
私の周りにいた者たちがみんな無学文盲な者たちであったから
ということなのです。

彼らにわかるには、彼らの言葉で伝えて、易しい言葉で伝えながら
そして彼らの身振り手振りを通して
彼らに信仰心というものをしっかり根づかせることを図ったのです。

だから踊りというものは、歌というものは
その時代は娯楽は何もありませんでした。
あなた方の時代のように、テレビだとか映画だとか
そのように楽しい娯楽がたくさんあればよいのですが
ましてや彼らは貧しい身分の者たちばかり。

何にもない、電気もない時代の中で
人びとが苦しみと飢えと貧困にあえぐ時代の中で
ただ唯一の喜びといったら、声を出して踊って騒ぐ盆踊りのような
そのようなものがひじょうに
民衆の中で祭りというのが根づいていった時代でもありますので
やはりいちばん原始的かもしれないけれども、ひじょうに人びとの心に
貧しい者たちでも喜びの娯楽としての部分がありながら、その形を通して
みんなが舞うことを通して
「ああ、生きてることがありがたいな。神さんありがとうございます」と
みんなで手をつなぎおおて舞いながら
「さあ、みんなで手を取りおおて、仲良く調和して
みんなで助け合って生きていこうよ。
これが人びとが喜び、神さんが喜ぶ社会だよ。
これが地上の苦楽のない時代、世の中なんやよ」と私は言いながら
人びとに伝えていったのがほんとうなのでございます。

(2005.6.30レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-08-15 05:07 | 中山みき | Trackback | Comments(0)

大天使ミカエルからのメッセージ

その昔、我々のいたベーエルダの星
そして、その星々の領域の中で、忌まわしい戦いがありました。
高度に進化した星々の中で
それぞれが互いにスペース・エンジェルのようになって助け合っている中で
何ゆえにそのような『スター・ウォーズ』のような
戦争があったかということ。
それを今地球がステップアップせんとするときにおいて
明かしては混乱をきたすので、その話は伏せておかれました。

そのとき、ルシという男は、たいへん知性と力に満ちた男でありました。
あなた方からさっき質問が出ていたように
何ゆえに彼がそれだけの力が持てたかというと
今あなた方の世界において、裏界、ないしは
裏界から少し判断を間違うと下に行ってしまうという
やはり力でもって思いを実現していくという、神のごとくあるその創造力
その具現力にたいへん長けた男でありました。
ひじょうに高度な知性を持ち、その知性を誇り
その創造力のパワーに自らも酔いしれ、神のごとくなれると
我々から見るとそのように、うぬぼれていってしまったのです。

当時、惑星連盟という、高度に進化した惑星の間に
宇宙連合の原初的な段階のユニオンのようなものがございました。
ひじょうに無垢な、神の手足となって働こうというさまざまな者たち
あなた方から見たら異星人たちが
みんなで力を合わせて連盟をつくっていたのです。

それは宇宙の中のひじょうに広い領域でございましたが
そこで彼は、連盟に所属する星々の代表の者たちの心に
「あなた方も自由意志があるのならば
わたくしがやっているような神のごとき創造性を使って
もっともっと自己実現できるよ」ということを、表面でそう言うのではなく
彼らの気づかない形で一種のそそのかしをしたのです。

そして、愛と敬意と友情で結ばれていた惑星連盟の者たちの間に
不信感の種をまき、信頼の絆をズタズタにし
そして、とうとう惑星同士が戦いにいたってしまったのです。
実はそのようなことをしたのがルシという男でした。

彼の持つ魅力、彼はひじょうに知的でかつ説得力を持ち
そして力が長けていたので
その力により信奉者がひじょうに多かったのです。
彼についてくる者たち、彼のファンの者たち
その一大勢力というのが彼を守っていたのです。
『スター・ウォーズ』という映画の中にあるように
高度に科学文明を持った者たちが、その不信の種の中において
愚かにも宇宙空間で戦闘を繰り広げてしまったという
そういう歴史があったのです。

ルシフェルという男は、オーム神霊の持つ力と同じ
いやそれ以上のものが自らにもあると
神に挑戦し、神に自らの力を認めさせようとしました。
神のごとくなり
さらにオーム(宇宙神霊)を凌ぐような大きな存在になれると
なれるはずであると、一時は信奉者を集めて力の拡大をはかり
多くの者たちを惑わせたのです。
ふたつに大きく分かれて戦った
そのときの闇のそそのかしの張本人がルシであったということです。

多くの者たちが、どちらかに付いて戦いました。
ひじょうに多くの犠牲が伴い
その戦いの中で惑星自体が破壊されてしまった者たちもあります。
しかし、最後は、大いなる宇宙の神に帰依する者たち
すなわち、自らがたとえ神の素晴らしい表現体であったとしても
それでも自分たちは大いなる神の一部であって
宇宙の根源的な神に帰依する心が大切であると思う者たちが
その中で戦っている者たちの半数よりもわずかな比率であるけれども多く
そして力も伴っていたので
ルシたちが率いた勢力を封印し、打ち負かすことができたのです。

その後、惑星連盟は
ルシとその仲間として動いた者たちを裁判にかけました。
何ゆえにそのようなことをしたのか
その思いの間違いを彼に反省させるようにもっていきました。
そして、他の者たちにおいても、あまりに無垢で、あまりに善意に解釈し
あまりに人を疑うことがなくなっていた段階の惑星の者たちでも
いくら進化していたとしても、究極的には自らを神のごとく成長させていき
表現していく中において、心の片隅にエゴの思い、神のごとくなりたい
いや、神をも凌ぐ存在であるというエゴが最後の最後に残っていて
「我々も、いつルシの二の舞になるかわからない」と、反省しました。

それゆえ、「宇宙連合というものをつくって
お互いに宇宙の平和を乱さないようにしよう」と
そして、「進化発展していく星々のためにも、我々はひとつの規律をつくり
このような戦争を繰り返さないために
皆でともに次なるシステムをつくろうではないか」ということで
宇宙連合というものが発足した、そういう経緯があります。

あなた方の今の地球で、ほかの異星人から伝え聞いたことの中に
「オリオン大戦」と呼ばれているものがあるかと思いますが
それが、わたくしが今言おうとしているものに相当すると思います。
しかし、混乱してはいけないのは
この方(アマーリエ)が来たのがオリオンということになっておりますが
そのオリオンの星の者たちが起こした戦争とはまた違うということです。

オリオンというのは、ルシファーたちが所属していた
その世界にあった連合のようなものをいうのです。
そのエリアにおいて大戦があったということをいっているのであって
この方の母星の者たちが引き起こしたということではありません。

わたくしのいた星にしても、この方がいた星にしても
あなた方の感覚ではとても遠いもののように思われるかもしれないけれども
わたくしたちが星々の間を動くスピード感からすれば
ほんとうにご近所であり、同じ地区にいる仲間であると感じられる
そのような位置関係にあります。

わたくしもあのときのことを話すのはたいへん気が重いのですが
もうそろそろそのことを話さなくてはいけないと思います。
あなた方は先ほど、「魔王と呼ばれる者たちが
上位霊界から地獄に堕ちている場合が多いのはどうしてか」と
質問されましたが
それは、そのときのルシの部下たちが多いということなのです。
ルシの信奉者たちが多いのです。

そして、彼らの惑星はたいへん高度な惑星であり
ひじょうに高い境地とエネルギーと
科学力を持ち合わせていた星の者たちですので
地球に来たあとも、ひじょうに大きな力を出す能力を兼ね備えていたのです。

そして、先ほどの話でありますが
その評議会の中で、ルシとその仲間たちが引き出され
彼自身に対するジャッジが評議会で下ったのです。
それがどういうことかと申しますと
ルシはエル・ランティ預かりになったのです。
そのとき、ベーエルダで
エル・ランティの新たな挑戦というものがありました。
ルシは、戦争犯罪人として罰を受けるために、地球へ送られたのです。

そこに、この間、聖アントニウス様がおっしゃったように
地球が「究極の二元論」の惑星と呼ばれるいわれがあります。
彼は望んで地球に来たわけではありません。
ひとつの惑星を動かしていたぐらいの男でありますから
そのような未開の星に行って一からやるということは
彼にとっては刑罰に等しいことであったと思います。

エル・ランティが彼を預かることにより
彼の優れたところをもう一度引き出し
その土地で貢献することによって神の子として出直す
その可能性にエル・ランティはかけられ、お引き受けになり
そして、評議会もエル・ランティに彼を委託したというのが実状です。

この地球に来てからのち、彼が暴れ出したときに
聖書の中で、わたくしが最後、地獄の中にルシを封印せしめた
という記述があると思います。
それは、オリオン大戦のときもそうだったのです。

わたくしはわたくしの星においても、将軍のような立場にございまして
彼の強いエネルギー波との戦いになったとき
サタンとなった彼と一騎打ちをしたのです。
そのときに、我々の所属する宇宙の指導霊の、高次元のところから
ルシのエネルギーを封印するという
「エクスカリバー」という剣を授かったのです。

それは宇宙の正義を守るために、代々渡されてくるものであります。
わたくしのところに来る前には
さまざまな惑星の力ある方のもとを回ってきました。
オリオンのマイトレーヤー様のもとにあったこともあるのです。
そして最後、わたくしのところに来て
わたくしはその剣とそのエネルギーを使って
ルシが放つ巨大なエネルギー波を封印し、
彼を抑えることができたという
そのときもそのような戦い方をしていたのです。

ですから、ルシを伴って地球に来るとき
エル・ランティはルシの後見人のような存在で
引き受けた責任がある方でした。
そして、わたくしはルシのエネルギーを封印する力を持った者として
地球に同行して来た、というのが実状であります。

(2008.2.6レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-08-10 06:53 | ミカエル | Trackback | Comments(0)

イエス・キリスト/アモールからのメッセージ(3)

霊言集とかで我らの言葉を伝えることにより
または、ホームページなどで見ることにより
あぁ、私たちも皆、同じ神の子であったのだと
光の化身であるのだと思って
自らがその愛の化身であることに気づき
神の子であるということに気づき
一人ひとりが、神の子として本来の姿に生まれ変わっていくことをもって
愛の伝道者と言います。
愛の担い手と言います。
そのことがいちばん大切なことなのです。

おなかを空かせ飢えているからといって
水やパンをいつまでも配っているのが
けっして愛ではないでしょう。

飢え死にしかけた時には、確かにその時に水とパンを与えることが
さしあげることが
その方の命にとって愛ある行為となることもあります。

でも、長期的に、長い間、この方たちにとって、どのようにすれば
いちばん愛ある姿かといったら
ひとつの井戸を掘ってさしあげることかもしれない。

水を与え、その水でもって、あなた方は稲作をするのだよ
食べ物をつくるのだよと言って、教えてあげることのほうが
長期的に見たら、その方にとっては
自立支援していくための愛ある行為だということがあるでしょう。
であるならば、あなた方がやろうとしていることは
ういうことなのです。

一見、もっと安易な、愛の配り方があるかもしれない。
でも、あなた方が今降ろし、霊言集として出そうとしているものは
その時は、すぐには効き目がないように思うかもしれないけれども
この霊言集の、天上界の言葉をもって
多くの人びとがその書物を読むことにより
自らの神性と、自らが神の子であるということ
自らの尊厳ということに気づいていくことにより
一人ひとりが、その気づいた時より、未来永劫に向け
神の子としての愛の化身として、生まれ変わっていくということ。

その瞬間が訪れるという、魂の歓喜の時がくるということ。
そしてほんとうに神の子として、自らを信じられた時に
彼らは光の化身として、今度は愛の担い手として
他者への愛を伝えていく伝道者となっていくのです。
そのようにして、愛というのは語り伝えられ
光というものは伝えられていくのです。

ですから、今やっていることが、まだるっこしく思うかもしれない。
今やっていることがどれほどの価値があるのか
もっともっと世間で見た慈善業のようなことのほうが
より愛深い姿ではないかと言われることもあるかもしれないけれども
ひじょうに遠回りで、地道な作業のように思われるかもしれないけれども
今、天上界よりの扉が開き、我らの言葉が直にこのように降りるときに
この霊言集を、この我々の言葉を地上に降ろしてくださるということ
そのことのほうが長期的に見たのならば
どれだけ数多くの魂を救っていくか知れないということ。
その意味をもって、あなた方の仕事を受け取っていただきたい。

霊言集を降ろすということ、霊言が降りるということ自体も
この時代の中におき、かつての時代から見ても
これほど立て続けに霊言が降りることはないけれども
我らの言葉を、直接この地上に降ろすこのチャンスに
少しでも多くの言葉を、明快な言葉を使い、ひじょうに日常的な
多くの人びとの目線に合った言葉として
納得できる素朴な言葉を使いながら
より明快に我々の意思を伝えていくということ。

その言葉を学ぶ人びとの、人目の多さということを考えると
易しい言葉を使いつつ
多くの人びとへのメッセージを伝えていくということ。

そのことが、のちに書物となって残ったときに、時代を超えて
次々と多くの人びとに
我々の天上界の意思ということを伝え、彼ら自身がその書物を読み
一人ひとりがまた、神の子へ、神の子へと気づいて
自分が本来、神に生かされた愛の化身、神の子であると知り得て
それを信じて、その自らが変身したとき
神の子としての自分自身に変身していったとき
その魂は光り輝き
時代から時代へと連鎖反応的に人びとが生まれ変わっていくのです。

それをもってなくしては、この地球を、今の戦争や、争いや、貧困や
様々な悲しみ、苦しみの差別の中で、乗り越えながら
愛の星にしていく道は切り開かれないのです。

ですから、とても、今さら愛と思われるかもしれないけれども
信仰の世界も、この宇宙も、この世の中も
すべてが愛により、愛に始まり、愛により終わっていくのだということ。

愛は循環し、愛は未来永劫に、永遠に流れ続けていくということ。
愛なくして、いかなる者たちも幸せにはなれず、愛そのものの奔流の
枝分かれした自分自身が神の子であり
愛の化身であるということに気づいたのなら
自分を愛するように、他者を、身のまわりの者たちを
地球の生きとし生けるすべての者たちを愛していく。
その姿が当たり前になってくるはずなのです。

その時にはいかなる差別も、悲しみも、苦しみも消えていくのです。
自然に消えていくのです。
そのような星にするために、どうか、私に力を貸していただきたい。
愛を伝えるということに臆してはなりません。
愛を伝えていく、自らの使命というものを正面から受けとめ
このレムリアを中心に神の霊言を世に伝えていくということ。
霊言集を広めていくということ。

そのことをもって使命となされ
けっしてそれが
多くの人びとの悲しみ苦しみを救うことが、離れていることと思われず
今あなた方がおやりになることが、最終的には、多くの人びとの苦しみや
悲しみを救っていく大いなる力で、手段であるというふうに神は思われ
天上界はそういうふうに考えて、今の計画を降ろしている。
大切な、大切な計画の中に、あなた方がおられるだということを
どうか理解していただきたい。

(2005.5.14レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-08-04 16:03 | イエスキリスト/アモール | Trackback | Comments(0)

小桜姫からのメッセージ(3)

祈りについてですが
それはまだ、小桜には小桜レペルでの悟りの中でのお答えしかできませんけども
それでよろしゅうございますかしら。

私が見ておりますのに、祈りというのは、やはり皆さま方の世界で見たのならば
「目に見えないものなぞは、人の裏で人の幸せというものを
一生懸命祈ったとしてもそんなものはくだらないものだ」と
「目に見えないから、したって、しなくたって同じだよ」と
お思いになられるのかもしれませんけれども
私たちの世界では、祈りはそのまま言霊なのです。
そして、まあ地上においてもそうなのですけど
目に見えるエネルギーとして実際に巡ってくるのです。

愛の祈りをした者は、やはり愛のエネルギーというものが
その方を通して周りに満ち満ちていくのですね。
ですから、祈りの言葉そのものが行動であるということ。
だから、けっして無駄ではないということです。

善念、正しい思いというものは、愛の思いというもの
愛念というものを出されておられる方は、その愛のエネルギーは地球を一周して
またご本人に戻ると言われております。

実際に霊界に来ると、それを目で見ることができるということ。
三次元ではたまたま見ることができないだけであって
やはりその同じ法則というものは、地上においても働いてございますので
ですから人の裏をかいて悪いことを思っていることは
レムリアでも盛んにこの頃おっしゃられておられますように
原因・結果の因果律ということをもちまして、やはり人の裏をかいたり
人に悪意の思いを持ったり、批判や中傷をしていく者というのは
必ずやご本人に戻っていかれますので
皆さま方を根本的に害するということはできないはずなのです。

最後、その結果を刈り取っていくのはご本人であるということ。
その意味において祈りというものは、やはり行為
そのまま行動であるということ。
エネルギーの法則におきましても、まさに愛の思いを
愛念を出すということは
けっして無駄ではないし、徳となっていくということなのです。

ただ、祈りというものの質を考えていったときに
ただ相手のことを、いいこと思ったから、幸せを祝福したから
具体的に地上で何にもやらなくていい
あとは神様任せとか、そのようなことでは、実際に人生の中に
ほんとうの意味での力のある生き方というのはできないのだと私は思うのです。

やはりほんとうに
レムリアだって素晴らしい動きになってほしいと思うのだったら
わたしは祈ってますから
一日百回祈ってますからそれでいいじゃないですかとおっしゃられても
実際三次元で力をお持ちになっている方であったのならば
肉体をお持ちになっておられる方であるならば
では具体的に自分の人生の中で何かできるのかということを
行動の中において実現されていかれてこそ
祈りがそのまま即行為となって、祈りに力が出て
そして現実生活においてこのユートピア化というものを
レムリアの素晴らしさというものを現実に引き寄せていく
大いなる推進力になっていくのだと思うのです。
それがあってこそ、肉体を持った意味があるということなのです。

ですから、祈りというものの中には、自我我欲による物質的な欲
欲念による祈りというものと、それから自分たちではない他者に対する幸せ
愛念というものを込めて神仏に祈る祈りという二種類があると思うのです。

もっと詳しく分ければ別に分けられるのですけれども
大きく分けたときには、欲念から出てくるものと
自分の欲とかそういうものではなくて
自分のそういう欲念から離れたところから大いなるもののために
他者のために幸せを祈るという
大きな意味で二つの祈りになっていくのです。

その欲念から出たもの
それがたとえば念が強ければ確かに引き寄せるという法則はございますけれども
皆さま方がそれを見ていて、その祈りが全部かなえられるかと申しますと
いくら念が強くても、かなえられる祈りと
かなえられぬ祈りというものがあると思うのです。

そしてそれが、神様がいるのならば
どうしてこの苦しい病気を治してくれないのか。
どうしてこのようなひどい状況にわたしたちがおかれているのかとか。
どうしてこのように貧乏なんだとか。
そのようなことを、神も仏もあるものか
という言葉をよく聞かれますでしょう。

でも先ほどから申し上げておりますように、私たちの世界で学んだことを
地上で肉体をもってそれを合格するために
皆さま方は肉体を持たれて地上に出ているのです。

その時にね、たとえば自分の中に課題があるのです。
たとえば、今世出たときには平凡に生きて、幸せに生きたならば
自分は怠け心がまた出てしまうから、絶対に平凡にだけではなくて
より多くのもとに、神仏のもとに貢献して生きてくる人生を
自分自らが計画の中に盛り込んで、それから逃げられないように
自分を設定して出て来る場合というものもあるのです。

病気においてもそうでしょう。
あと、体の状態においてもそうなのです。
一見その方にとって不幸と思われることが、多々あると思うのですけれども

この間、ヘレン・ケラー様がお出になられておられましたけれども
では、じゃあ三重苦であったから彼女は不幸であったかというと
不幸であるか不幸でないかということは、病気であるとか不具であるとか
お金があるとかないとかということは、根本的に違うということなのです。

もし病気を、「神よ、こんなに苦しい病気があるのですから
わたしの目の前からすべて病気を治してください」と。
そして
「こんな貧乏はいやだから、すべて今、天からお金を降らしてください」と
もし祈って、それが、もし全部神様がお聞き届けになって
その祈りが全部かなったとしたならば
ほんとうにそれがその魂にとって幸せなことであるのかと考えたときに
小桜は絶対にそうではないというふうに
もう今では、はっきり言えるのでございます。

それはなぜかと言うと、小桜は、たとえば次に出て行ったときに
どうやったら七次元として、また次も七次元に戻って来ることができるか。
今六次元から七次元に上がったということにおきまして
霊界ではひじょうにうれしいことなのですけれども
地上に出て、ちゃんとある程度の行動、救済というものができなければ
七次元から出て行ったからといって、七次元に戻ることはかなわないのです。

やっている内容が七次元クラスのことではないのならば
六次元に戻って、もう一度学び直し、ということなのです。
そのために何百年間も一生懸命、霊界では奉仕をしたり勉強をしたりして
魂の成長のためだけに、私たちは生きておりますから
そのような修行をしているのです。

それが地上に出て、より多くの者への奉仕ということを
今回の何百年、ほんとに長い方でしたら千年とか二千年という周期
まあ私たちのような場合におきましては何百年、短い方でありましたら
何十年という周期をもちまして、地上においてテストを受けて
上のクラスに戻って行きたいからこその状況、環境設定というものを
その人生の青写真の中に書いてくるのでございますね。

ですから、そこにおいて逃げられないように、自分自ら病気とか、寿命とか
いろんなものをすべて設定してくるのでございます。
もし、そのためにあるこの病気をなくしていってしまったら
自分はまた安易な生き方をしてしまうであろう。
それからあと、ひじょうにハンディキャップを負うことで
たとえば過去世のカルマの清算を一挙につけてしまいたい。

そして因果律というのがございますから
人間ですから、何事もいろいろな意味で間違ったこととか
悪想念があるのですね。
それを、出たときに一気に解消するためには、昔では業病と申します
今では難病と申すような
原因不明の病気に急にかかったりする場合があるのです。

それはなぜかって言うと、その時期に一挙にカルマの総清算をして
そして十分償いをして、次の世界にまた飛躍して、アップしていこうという
そのような気持ちをもちまして、その時期、苦しむようにできているのです。
それを与えてくださったこと自体が慈悲なのです。
神仏の慈悲なのです。

それを全部、今苦しいからといって、その病気をなくしてしまう。
そして、今貧乏であるということを通して
ひょっとしてその方は、王様で人をこき使いながら
ひじょうに安楽の中で自分を見失った過去世をお持ちの方なのかもしれません。

ですからこそ、今回はなるべく貧しいところに生まれて、貧乏をしながら
魂の強さというものを磨きながら、そしてそういうものにとらわれない
そういう安逸さに流されないような生き方をもって
自分の中で精進していく人生を選ぼうと思って
ある意味で言うと、質素な家庭を選んで来たりもしたかもしれないのです。

そしてその中において、もし一時期、破産したりとか
ひじょうに苦しい状況があったとしても
それはその方の魂を鍛えるためであったりと、ほんとの試練の中を通さねば
魂というのはやはりふやけてしまうのです。

ですから、そのような中に魂を通すことによって
魂を鋼のように鍛え上げて、のちのちにその方が素晴らしい仕事を
生まれて来た本来の仕事をされるために
前半において環境的にひじょうに貧乏な経験を通して
魂を鋼のように鍛えあげるという
そのような意味において、貧しさというもの
貧乏というものを自分たちの人生の前半に持ってきたりとか
それを決められたのは、肉体ひとつひとつまで決められたのは
ご本人自身であるということなのです。

神仏を恨むなどというのは、とんでもないことなのです。
出たいということを自分で希望を出して、自分で人生の計画書をつくり
ご兄弟やら両親まで決めて、守護言にまでお願いをして
自分の魂の飛躍のために、「次、出た時の数十年の人生の中で
これだけのものを、課題を盛り込みたいので、どうか守護霊よ、指導霊よ
この内容が果たされますように
自分の天命が果たされますように
ご指導をいただけますようよろしくお願いいたします」というふうに
そのようにお願いをして、私たちは出てくるのです。
そうやって地上に出ます。

こちらでは、二百年、三百年あっという間にたってしまうのでございますよ。
でも皆さま方が永遠だと思われている肉体の生命なぞは
長く生きられた方でも八十年そこそこでしょ
今の方たちの寿命が長くなったと言われても、そんなものです。
小桜たちの時代では、五十年、六十年。
六十年生きたら長寿だと言われた時代でございます。

そんなようなあっという間の
ほんとに五十年、六十年のあっという間の人生を地上で過ごす中で
ほんとに一年一年が勝負のようにカルマを返すときがあったり
自分で失敗したものを取り返したり
いや逆に自分の魂を鋼のように鍛えるために
このような環境を、あのような環境をというふうに、自分で一生懸命用意をして
その結果が今自分に正しく出てきている。

それを見守り、指導するのが守護霊、指導霊であり
目の前にある苦しみや悲しみや、そのような難儀なことを全部
「その障害を全部どかしたまえ」という祈りを
もし守護霊、指導霊、神様たちが、いくらその人をかわいいと思っても
その目の前にある障害物をどかしてしまったら
その人生そのものが失敗になってしまうということ。
何のためわざわざこの人が苦労をして、地上に肉体を持つ計画を持ったのか。
その根本的な修行の意味まで無駄にしてしまうということなのです。

(2005.7.21レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-07-30 07:32 | 小桜姫 | Trackback | Comments(0)

聖アントニウス(恒星意識)からのメッセージ(5)

あなた方は、今日本という場所にいて救世の計画を実行している。
あなた方の教えとルネッサンスの動きをもって
この地球の灯台となる国へと変わるために
あなた方の国は頑張ってきたのではないか。

この地球自体が、今度はその愛の原理の実績を持って
この大宇宙に発信する灯台の役割を持つ惑星になる。
それこそが地球本来の使命なのである。

地球意識は、その使命を果たすために
この地球という美しい惑星をつくり上げ、生命を育んでこられた。
そして、その役割を今果たさんとするために、このときが訪れているのである。
そのことをあなた方は知る由もなかろうと、わたくしは思う。

太陽系に星々はあれども、この使命を担っているのは地球だけである。
それゆえに、月というものを地球につくることを、最初の段階で計画し
陰の意識としてセレニテイを宿らせることを決めたのである。
わたくしのパートナーが仕事をしに行っているということは
そういう意味があるということである。

わかりづらかったかと思うが、これは銀河系の使命でもあり
太陽系の使命でもあり、そして、その使命を太陽系の代表として
今、地球が担ってくれている。
それが地球という惑星の本来の目標であり、存在意義でもある。
それが、全宇宙からの観点である。

あなた方は精神文明の発達によって、地球人類がシフトアップするために
ほかの惑星の者たちのように宇宙空間に出て行くために
この計画が降ろされたと思って、頑張ってきたかもしれない。
でも、そうではないということを、わたくしの世界から、いやわたくしではない
銀河意識の方の伝えたいことも含めて、今日は説明してみた。

伝えたいことはたくさんある。
ほかのなくなってしまった惑星や、この者が見ている、ほかの次元の空間へ
メビウスの輪のように行って帰ってくること
あなた方の兄弟の惑星についてとか、数々の質問があるかもしれないが
そんなものはアカシックレコードを見ればわかることである。

そんな知識や情報ではなくて、今のあなた方、この時点での地球が
宇宙の中においてどれだけ大きな意味合いを持ち、使命を持ち
その究極の場にあなた方が位置しているかということを
わたくしは今日伝えたかった。

この文明においては、あなた方が知っていることがあまりに少ないために
伝えられることがひじょうに限られてしまった。
というのは、ほかの文明においては、ほかの惑星人と相当コンタクトし
宇宙空間のことについてもよく知っていたこともあったのだが
あなた方の場合は、ほとんどそれがご法度のように規制されているので
認識としてないのだと思う。

しかし、この地球が「プリンス」と呼ばれ、「高貴なもの」と言われるのは
太陽系全体が最大の目的とする使命と責任を引き受けている
崇高な、高い理想を待った星であるという敬意を込めて
「銀河系のプリンス」という称号を与えられて
今日まできたということなのである。
プリンスの星であるからこそ、わたくしの妻を、パートナーを
この地球の衛星である月に宿らせ、今日まで導いてきたのである。

あなた方が今やろうとしていることは
単に一惑星のシフトアップということだけではなく
宇宙全体の停滞に対する新たな挑戦なのである。
この試みが、失敗ではなく成功するのだという希望の原理を
全宇宙の先輩である停滞した惑星たちに向けて
愛の原理として、励ましの原理として発信する。
その実績を、今ここで形づくるためにこの地球の挑戦はあるのだということ。
エル・ランティの挑戦があるのだということ。

地球意識がひじょうに苦しんで、つらい思いをして血を流している。
ほんとうにつらい中にいながら、それでも彼は、今回の行動実績をつくるため
愛の理念を全宇宙に発信するため、あなた方に希望を託している。
それが今、クライマックスに達しているのだということ。
その三次元の代表があなた方であるということ。
その役割にあるあなた方だということを、どうか知っていただきたいと
今日、あなた方にメッセージいたしました。

ほかの瑣末的な情報に関しては、アカシックレコードを調べたり
九次元の方にでも聞けば
いろいろわたくしより細かいことを教えてくれると思う。
わたくしは銀河系の中の太陽系を司る者として
そして、地球を見守り、愛してきた者として
今、あなた方のほうからわたくしのところに来てくれたというこの瞬間を
たいへんな感激をもって受け止め、その気持ちをあなた方にお伝えし
今のあなた方の役割、状況というものをお伝えすることにテーマを絞りました。

シフトアップはもう目の前です。
この書籍を通して、地球の人びとを変えてほしい。
「絶対に成る」というポジティブな思いで
あなた方が行動を起こされるのならば
もうこの計画の成功は目前であるということ。
それをあなた方の勇気の原理、行動原理として、頑張っていただきたいと思う。

過去のあなた方の文明を見ても、このようなチャンスはなかったということ。
それを、ここまでもってきてくれたあなた方に、心から感謝したいと思う。
どうか、最後まで頑張り続けていただきたいと思います。
では、今日はこれで、あなた方にお別れを言いましょう。
ありがとう。

(2008.2.14レムリア・ルネッサンス
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# by nagoyasc | 2018-07-23 05:59 | 聖アントニウス(恒星意識) | Trackback | Comments(0)



一般財団法人レムリア・ルネッサンスより許可を受けアマーリエを介した天上界からのスピリチュアルメッセージを転載させていただいています。
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